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【2016年4月30日(金)】 GW2日目。天気が良い気持ちのいい一日でした。 ゴルフ練習に行こうかと思いましたが、午前中にとある理由で車を使うことになったので、ゴルフ練習は行かず、閑居日にしました。** 京都市内全寺社巡り 山科区#4-2(最終回) **「京都市全寺社巡り」4月6日(水)の歩き・山科区4日目の2回目(最終回)です。この日歩いたコースは、下記の散歩日記に掲載。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604050003/この日に訪れたスポットhttps://drive.google.com/open?id=1vO5QiB1WTH5t_P3XoqJgVjfx8aE&usp=sharing川崎大師京都別院笠原寺の本堂南側の門を出て、山のほうに向かって行きます。細い山道があり、それを登っていくと、後から訪れる岩屋神社の奥の院があります。「奥の院」を示す石碑の奥に鳥居が連なっています。勾配のきつい山道を登っていきます。岩屋神社 奥の院 陰岩さらに坂道を登ります。岩屋神社奥の陰 陽岩 陰岩、陽岩は男女のアソコの形からきているのでしょうか。 細い坂道を登り初めてからの時間は15分くらいだったと思います。 地図によると、坂道を下りたところに、「浄心院」というお寺があるのですが、なかなか見つかりませんでした。行ったり来たりして探し、やはり地図通りのところにありました。一見お寺とは分からない建物ですが、写真にもあるように「浄心院」と表札に書いてあります。浄心院(真言宗)浄心院横の桜が見事でした。笠原寺を下がり、「医仁会いわやの里」の横の小道を行くと、岩屋不動尊があります。岩屋不動尊 水は流れていませんが、左に「お滝場」が見えます。さらに下がると、岩屋神社があります。さきほど紹介した陰陽岩がルーツ。陰陽岩は石座信仰の名残です。本殿境内社群正面鳥居の桜がきれいでした。ご朱印名神高速道路をくぐって西に向かいます。大圓寺(浄土宗) 桜の大木が見ごたえありました。地下鉄椥辻駅から帰途につきました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/30
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【2016年4月30日(土)】 昨日と打って変わって良いお天気になりました。朝は冷え込んだようですが、午後から暖かくなりました。 二人でスーパーまで歩いて行き、買い物している間も私は歩いて、またスーパーに戻って、二人で荷物を分けて持って帰ってきました。帰ってからワンちゃんの少し長めの散歩をして合計5000歩でした。 昨日が寒くて、朝も寒かったので、厚手のパーカーを着て行ったのですが失敗でした。 写真は4月8日撮影の「ナツグミ (夏茱萸)」@ご近所散歩。 グミ科グミ属。開花期は4~5月。6月~7月頃赤い実がなります。それで「ナツグミ」。実は食べることができ、鳥の好物です。原産地は日本。 「グミ(茱萸)」の名前は、「含む実(くくむみ)」(実を口に含み皮を出す意味)が変化して「ぐみ」になったとのこと。また、渋みがあるため「えぐみ」から「ぐみ」になったという説もあります。「みんなの花図鑑」サイトで、この花の名前を教えていただきました。よっちゃん×3さん秀さんだよさんピエロさんオレちゃんさんがめりこさんmomochanさんありがとうございました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/04/30
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2016年5月2日の週の案内です。行事・お祭り超過密週です。●5月2日(月)・安楽寺くさの地蔵縁日/安楽寺 ・神泉苑祭(~5/4)/神泉苑●3日(火)憲法記念日・流鏑馬神事/下鴨神社・神幸祭/梅官大社・稲荷祭[還幸祭]/伏見稲荷大社・開山忌/萬福寺・市民煎茶の会(~5/5)/元離宮二条城清流園・春の大般若祈願会/狸谷山不動院・後白河法皇御木像開扉法要(開扉期間5/1~5/7)/法性寺・タレコ封じ/八坂庚申堂●4日(水)みどりの日・石清水灯燎華(予定)/石清水八幡宮・斎王代女人列御禊神事/上賀茂神社・宵宮祭/八瀬天満宮 ・例祭[さんよれ祭](~5/5*4日は宵宮)/鷺森神社 斎王代女人列御禊神事/上賀茂神社●5日(木)こどもの日・今宮祭[神幸祭]/今宮神社・菖蒲祭/石清水八幡宮 ・例大祭地生祭り[神幸祭]/地生神社・還幸祭/宇治上神社 ・賀茂競馬/上賀茂神社 ・菖蒲神事/貴船神社・歩射神事/下鴨神社・武道奨励繁栄祭・古武道奉納祭/白峯神宮・泰出府君祭[端午大護摩供]/赤山禅院 ・春季大祭[藤森祭]・駈馬神事/藤森神社●6日(金)・新緑茶会(~5/8)/高台寺●8日(日)母の日・いちひめ祭[奉祝祭]/市比賣神社 ・新日吉祭/新日吉神宮 ・例祭[離宮祭]/宇治神社・神幸祭[離宮祭]/宇治神社 ・花まつリ/地蔵寺(桂地蔵)・神幸祭/須賀神社・手づくリ市/平等寺 ・春季奉納護摩/不思議不動院・山蔭神社例祭/古田神社内山蔭神社・厳有忌[徳川四代家綱公忌]・弥勒降誕会・ぼていまつリ/肩福寺◆神泉苑祭(5/2~5/4)神泉苑大般若経六百巻転読祈願法要や、子どもみこし巡行、船上雅楽や静御前の舞の奉納など、3日間にわたりさまざまな催しが行われる。そのほか、神泉苑狂言の資料特別展示や境内では野点や龍王市も行われる。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/30
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2016年04月29日 京都新聞HP 京都府宇治の魅力を掘り起こそうと、宇治市民たちがグループ「ちはやぶる宇治の未来をつくる会」を立ち上げた。第1弾として、世界遺産・宇治上神社近くの二子山古墳一帯で計画がある宅地開発から美しい景観を守るため、30日と5月1日に同市宇治の平等院表参道商店会の一角でフリーマーケットを開き、売り上げを古墳の国史跡指定を目指す市に寄付する。 このグループは、テレビ局で社会貢献事業を手掛けてきた同市宇治の森田誠二さん(60)をはじめ、23~65歳の大学院生や定年退職後の男女5人。 森田さんは2000年、宇治川の景色にひかれて大阪府から転居した。定年退職後、市が主催するまちづくり団体の交流の場で、二子山古墳の史跡指定への動きを知った。市民からも宇治の歴史や文化を発信し、市の動きを後押ししたいと、今春から通う同志社大大学院の同級生や知人に声を掛け、グループを発足した。 今後、額田王が歌に詠んだ場所という下居(おりい)神社(同市宇治)での俳句と短歌の会や、応神天皇の皇子莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)や県神社(同)を題材にした漫画制作など、宇治の魅力を広く伝える企画を考えている。 フリーマーケットでは、本や衣類、日用品、家電製品など約100点を販売する。売り上げは、市が古墳一帯を購入する費用などに充ててもらう。 森田さんは「次世代に宇治の景観を残したい。行政や市民団体、事業者など、いろんな仲間をつくり、つながりの中で宇治を良くしたい」と賛同者を募っている。問い合わせはEメールwakantanka913@gmail.comへ。二子山古墳一帯の景観保全を目指してフリーマーケットを開く森田さん(左から3人目)ら=宇治市宇治・平等院表参道商店会よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/30
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2016年04月29日 京都新聞HP 国の重要無形民俗文化財「壬生狂言」の春の公開が29日、京都市中京区の壬生寺で始まった。素焼きの皿「炮烙(ほうらく)」約千枚が落とし割られる「炮烙割」などが演じられ、多くの観客を沸かせた。 「炮烙割」は、市場での出店順を巡って太鼓売と炮烙売が争いを繰り広げる内容。「カンデンデン」という鉦(かね)と太鼓、笛のお囃子(はやし)に合わせ、面をつけた役者が無言ながら軽妙で大きな動きを見せた。 高く積まれた皿が高さ約3メートルの舞台から次々に落とされ、豪快な音とともに割れると、約400人の観客から拍手が起こった。 壬生狂言は約700年前の鎌倉時代、僧の円覚が庶民に分かりやすく仏の教えを説くために始めたとされる。現在は30番の演目がある。 5月5日まで。「炮烙割」は連日初番。有料。豪快に炮烙を落とす壬生狂言の役者(京都市中京区・壬生寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/30
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2016年04月29日 京都新聞HP 毎年5月1~4日に、京都市上京区千本通鞍馬口下ルの千本ゑんま堂で上演される「千本ゑんま堂大念仏狂言」で、保存会が戦後初めて新作を上演する。かつて使用していたキツネの面を使い、人間の娘に恋する雄キツネの物語に仕立てた。保存会は「付けて演じると面が生きる。楽しんで見てもらえると思う」と話す。 千本ゑんま堂大念仏狂言は壬生(中京区)、嵯峨(右京区)と並ぶ三大念仏狂言の一つで、せりふがあるのが特徴。平安期に始まったとされ、西陣地域の特定の家系に受け継がれていたが、1964年に後継者不足で中断。75年に保存会が発足し継承している。 往時は50番演じられたとされるが、口伝で継承されてきたため、現在は半分程度しか上演できない。新作を公の場で上演するのは戦後初めてとみられる。 半世紀ほど前までは「釣狐(つりぎつね)」という演目が演じられており、保存会にはキツネの面が3枚残る。綱渡りなどがあり、アクロバティックな演目だったと伝わるものの、映像はなく、せりふや詳しい内容は分からない。 数年前から面を活用しようと、保存会の戸田義雄会長が中心となり、キツネをテーマにした新たな台本の創作を模索。試演や議論を重ね昨年「与平狐」という約30分の新作を完成させた。 与平という雄キツネが人間の娘に恋し、師匠のキツネに娘と結ばれる方法を尋ねるが-という内容で、民話や童話を参考にしながら、大念仏狂言ならではのハッピーエンドとした。 戸田会長は「観衆の反応を見て内容を磨き、定期上演できる演目にしたい」と意気込みを見せる。5月1日午後7時からと3日午後6時から上演する。先着300人分のみいすの用意がある。入場無料。。与平(左)と師匠など、3枚のキツネの面を使用する「与平狐」の試演(2014年11月、京都市上京区・千本ゑんま堂)ワルディーのコメント念仏狂言に新作ですか。さすが京都!!!! よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/30
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2016年04月29日 京都新聞HP 平安時代の船遊びを大堰川で再現する「三船祭」(5月15日)の衣装合わせが28日、京都市右京区の車折神社であった。清少納言役を務めるフルート奏者、津田佐代子さん(38)=右京区=が色鮮やかな十二単(ひとえ)を身にまとい、本番への意気込みを語った。 同神社の三船祭は平安時代の船遊びにちなんで1928年から営まれてきた。台風の影響で2014年は中止になったが、昨年から再開。清少納言社が境内にあることから、新たに清少納言役を設けてより華やかに催している。 約10キロの衣装を身につけた津田さんは「歴史の重みを感じます」と緊張した表情をみせた。三船祭では御座船に乗って優雅に扇を流す予定で「生まれ育った地元の祭りに貢献できるのはうれしいです。観客には平安絵巻の世界を堪能してもらいたい」と話した。 三船祭は15日午前11時~午後3時。船遊びは嵐山の渡月橋上流で午後1時40分ごろから営む。三船祭の清少納言役の衣装を身につけた津田さん(京都市右京区・車折神社)ワルディーのコメント 津田佐代子さんは、井筒八ッ橋本舗の会長の長女。葵祭の斎王代同様、名家のご出身ですね。ただ年齢はやや・・・・・清少納言役なので、いいのか。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/30
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月9日の記事≫ 東京都町田市の歌人、OFさん(64)は2009年3月、所属する短歌結社「塔」の選者、河野裕子(かわのゆうこ)さんの歌集にある一つの作品が目にとまった。 《日向にはふふつと椿咲き初(そ)めて癌は誰にも他人事ならず》 上の句ではツバキのおおらかな様子を詠んでいるが、下の句で一転、「あなた、がんをひとごとと思っていていいの」と語りかけ、その落差が読者を不安にさせる。 「宮中歌会始」の選者を務めたこともある河野さんは当時、乳がんを患っていた。闘病ぶりを知っていたOFさんは、心の奥の何かをつかまれたような気がした。 半年ほど前から、薄い血が混じったようなおりものが気になっていた。河野さんの歌にふれ、「すぐに病院に行こう」と思った。 近所の総合病院を4月に受診すると、医師にしかられた。「半年も前から出血を放っておいたんですか。それに、検診も受けてないんですよね」。エコー検査の画像を示され、「子宮がふくらんで、中に水がたまっています。その上部に影があり、がんが疑われます」と告げられた。 「子宮がんなら手術ですね?」と尋ねると、医師から「転移していれば手術はできません」と言われた。動転したOFさんには、医師の言葉がまるで死の宣告のように聞こえた。 「自分はもう、手術不可能なほど進行したがんなのではないか」 上の空のまま次回の検査日を予約し、病院を出た。気がつくと、初めて訪れる公園の中を歩いていた。桜はすでに散り、散歩する人、遊び回る子どもの姿が目に入った。歌ができた。 《さやさやと桜若葉の匂(にほ)ふ辺に病める臓器を意識してゐつ》 歌が仕上がると、不思議に気持ちが落ち着いた。 つい最近まで健康には自信があった。それがいきなり、がんの疑いを突きつけられた。 「公園でくつろぐ人と自分の間に、見えない透明のカーテンが張り巡らされたような気がした」 この日から短歌を心の支えにした闘病が始まった。30年以上ともに歩んできた歌は、作るたび、読むたび、口ずさむたび、病気と向かい合う勇気をくれた。 何か仕事以外に心の拠り所を持っていると、病気と闘うあるいは共存していくうえで、大きな支えになると思います。 私の場合は、振り返って考えてみると、京都検定1級を合格するまでは死ねないというのが、どこかで支えになった、そして今も支えになっているのかもしれません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/30
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【2016年4月29日(金)】 今日からGW。「サンデー毎日」の私にはあまり関係ありませんが。 天気があまり良いとはいえませんでしたが、一人京都歩きに出かけました。「京都市内全寺社巡り」山科区の第7日めで、山科の東野地域を中心に歩きました。 そのルートや訪問地の地図を下記散歩日記に掲載しました。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604290007/ 昼食は、「餃子の王将・京都東インター」店で。何かといえば王将です。野菜炒め、餃子、生中。食べたのが2時半ごろと遅かったのと、炭水化物ダイエットで白ご飯なしでした。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/29
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【2016年4月29日(金)昭和の日】 GW第一日。あまりパッとしない寒そうな天気でしタが、京都全寺社巡りに出かけました。 天気予報では、降水確率10%くらいでしたが、途中パラパラと雨に降られ、風も強くて、この季節にしては寒い一日でした。粒子線治療の副作用だと思われる、照射部近辺の痛みがありましたが、多分治っていく途中なのでしょう、あまり気にせず歩けました。 山科区の7日目。主に東野地域を歩きました。メジャーな観光スポットはありません。【本日の行程】*10:15バス*JR桂川駅*JR山科駅+歩きスタート11:00・ダンジョ水・護国寺・西念寺・旧大野木家住宅(登録有形文化財)・三条大橋・旧渋谷道 道標・志賀直哉旧居跡碑・牛尾山法厳寺道標・清水寺奥之院牛尾山道 道標・蓮如上人南殿御旧地・両御坊道・若宮八幡宮・蓮如上人御指図の井戸・光照寺・蓮如上人南殿御舊地碑・蓮如上人御塚道 道標・史跡 山科本願寺南殿跡 付山科本願寺土塁跡 石碑・法厳寺・宇治道・大津道 道標(再訪)・皇塚(再訪)・妙見宮 道標・餃子の王将 京都東インター店(昼食)・本門仏立宗日風寺山科別院・実如・証如墓・眞光寺・仏光寺旧址・白龍山西雲寺・熊谷蓮心表徳碑・三之宮神社・西楽寺・法教寺・吉川邸(景観重要建造物)・ゆうなぎの水・山科区誕生記念碑*15:50地下鉄椥辻駅*地下鉄四条駅*阪急烏丸駅*阪急桂駅 *バス*自宅17:00◆ルート地図◆訪問スポットのプロット https://drive.google.com/open?id=1NjttlTaOIQLc0JrKBgvrm4BlYr0&usp=sharing◆歩行距離 山科区の歩き部分(約13km)◆歩数 帰宅後のワンちゃん散歩も含めて、18,5000歩。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP 京都市東山区の清水寺・成就院で28日、襖(ふすま)絵「随息界(ずいそくかい)~四季」全54面の特別公開が始まった。日本画家鹿見喜陌(きよみち)さん(67)=左京区=が花の移ろいに生命の循環を重ねて描いた大作で、同院では13年ぶりのお披露目。「月の庭」特別公開に合わせた催しで、参拝者は雨が潤す名庭の緑と美の空間を楽しんだ。 襖絵は、京都迎賓館晩餐(ばんさん)室壁面装飾の原画作者として知られる鹿見さんが2000年に38面を制作し、3年後に16面を加えた。 5室の客殿に収まる襖絵はそれぞれ、桜や牡丹(ぼたん)、菖蒲(しょうぶ)、朝顔など季節の草花を主題とし、色彩のある花びらが白描の葉や茎から生気を帯びて立ち上がる。特に、月の庭と向き合う作品「月・秋草」は、金箔(ぱく)の月の中に咲き誇る秋草、月光に浮かぶハギの影が印象深い。鹿見さんは「時間によって変わる見え方を楽しんでほしい」と話している。5月5日まで。有料。華やかな草花で彩られた襖絵に見入る参拝者たち(京都市東山区・成就院)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP 京都迎賓館(京都市上京区)で28日、通年公開の実施に向けた試験公開が始まった。朝から大勢の観光客や市民らが詰め掛け、京都の伝統技術の粋を結集した内部の豪華なしつらえに見入った。 京都迎賓館はこれまで年1回、10日間ほど一般公開している。試験公開は、無料の定員制で5月9日まで実施し、当日午前9時から先着順に入館時間帯を指定した整理券を配布している。 この日は、京都迎賓館の西門前に早朝から整理券を求める行列ができた。午前10時前に開門されると、参観者らは和式の晩さん室「桐(きり)の間」や、ブータン国王を船遊びでもてなしたという庭園などを見学。壁面を飾るつづれ織りや金細工を施した建具など、日本の伝統美と匠(たくみ)の技が詰まった調度品に見とれた。 熊本県玉名市の前浜健一さん(68)は「庭から建物の柱一つ一つに至るまで贅(ぜい)を尽くされ、言葉にできないほど素晴らしい」と話していた。職員の説明を聞きながら藤の間を見学する参観者たち(28日午前10時半、京都市上京区・京都迎賓館)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP JR西日本は28日、京都市下京区の梅小路地区に建設した京都鉄道博物館(鉄博)で、29日の一般開業を前に記念式典を行った。行政機関や地元自治会など関係者約210人が集まり、蒸気機関車(SL)や新幹線など53両を収蔵する日本最大級の鉄道文化拠点の完成を祝った。 式典で真鍋精志社長は「触って体験でき、子どもから大人まで楽しめる館を目指す」とあいさつ。門川大作京都市長も「地元の地域や関西、日本を元気づける施設にしていきたい」と述べた。テープカットを行い、鉄道文化の発信や地域活性化への貢献を誓った。 式典前には、英国国立鉄道博物館との姉妹提携の調印式も行った。京都鉄博に統合した旧梅小路蒸気機関車館、旧交通科学博物館(大阪市)からの継続提携で、来日したポール・カークマン館長は「(英国に贈られた)0系新幹線は来館者に喜ばれている。鉄道を世にもたらした国と発展させた国で互いに学び合いたい」と述べた。 ゴールデンウイーク期間中の29日から5月8日までは午前9時から午後6時半、通常は午前10時から午後5時半まで(いずれも入館は午後5時まで)開館する。一般開業を前に行われた記念式典でテープカットする関係者ら(28日午前11時40分、京都市下京区・京都鉄道博物館)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP 普段は見られない寺社を公開する春の非公開文化財特別公開が29日から、京都市と京都府八幡市で行われる。伏見区の法界寺では、截金(きりかね)が特徴的な薬師如来立像(重要文化財)が50年ぶりに公開される。 京都古文化保存協会(左京区)が加盟寺社と協力して実施する。 法界寺薬師堂に収まる薬師如来立像は像高約88センチ、平安時代の寄せ木造り。サクラを染めて着衣部分に截金で文様が施されている。岩城秀親(いわしろしゅうしん)住職(65)は「普段は公開していませんが、安産や授乳の御利益があると信仰を集めています」と話す。 このほか、伏見区の瑞光寺は、奈良国立博物館に寄託する奈良時代前期の重文「長屋王願経」を寺院で披露。八幡市の石清水八幡宮では、寛永11(1634)年に徳川家光の造営で完成し、今年2月に国宝に指定された本殿が見られる。東寺の五重塔初層内陣、21年に1度の正遷宮を昨年終えた下鴨、上賀茂の両神社の本殿、浄土宗総本山・知恩院の大方丈なども公開される。 非公開文化財特別公開は29日~5月8日の午前9時~午後4時(受け付け)。有料。問い合わせは京都古文化保存協会TEL075(754)0120。50年ぶりに一般公開される法界寺の薬師如来立像(25日、京都市伏見区)主な公開内容国宝の東寺五重塔初層内陣(2014年4月、京都市南区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP 関西有数のツツジの名所、三室戸寺(京都府宇治市莵道)で、ヒラドツツジ2万株が見頃を迎えている。白やピンク、紫の鮮やかな花が、新緑の境内を彩っている。 ツツジは約30年前、高低差のある境内に伊丹光恭住職(73)が植樹した。現在は七、八分咲きで、今週末に満開になり、大型連休中は花を楽しめるという。 27日も多くの観光客が訪れ、ウグイスのさえずりが響く中、ツツジの前で記念撮影などをしていた。午前8時半~午後4時。問い合わせは三室戸寺TEL0774(21)2067。新緑の中、見頃を迎えたツツジ(宇治市莵道・三室戸寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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2016年04月28日 京都新聞HP 幕末に「禁門の変」の舞台となった京都御苑(京都市上京区)の「蛤御門(はまぐりごもん)」の命名時期が江戸中期の元禄時代にまで遡(さかのぼ)る新説を、京都産業大日本文化研究所の特別客員研究員で市営地下鉄運転手の長谷桂さん(38)=右京区=が27日までに発表した。これまでは、宝永の大火(1708年)後説が濃厚だったが、さらに前に「蛤御門」と記述された史料が見つかり、時代はまたもや遡りそうだ。 長谷さんによると、元禄7(1694)年ごろに成立した「京都役所方覚書」の中から「六門之番人」の項目に「蛤御門番弐人」と記述されていた。同史料を翻刻した史料集「京都町触集成」(京都町触研究会編)を読み解いて見つけた。さらに宮内庁書陵部を訪ねて所蔵の「日野輝光卿記」から、宝永の大火前年の宝永4(1707)年に「祭礼通候間蛤門さし人止也」との記録を確認した。 宮内庁の史料で祭礼時に一時的に蛤御門の通行を止めていたことや江戸期の古地図に開いた門が描かれていることから、蛤御門は「開かずの門」ではないことが分かるという。他の記録から本来の開かずの門は現在の下立売御門だった可能性が高いと結論づけている。 蛤御門は本来、新在家御門といい、後の命名は大火後に、焼けて口を開けるハマグリに見立てたとされる。天明の大火(1788年)後の命名説が根強かったが、近年、湯口誠一氏の研究で「宝永の大火」まで遡ることが分かってきた。 京都・観光文化検定試験(京都検定)の1級保持者の長谷さんは地下鉄業務の傍ら、京産大日本文化研究所に参加し、休日を中心に約1年半研究してきた。新説の発表に「蛤御門の命名に『天明』と『宝永』の両説があることに疑問があった。見落としている史料は意外と他にもあるかもしれない。寛文13(1673)年の火災の影響が考えられるが、なぜ蛤の名が付いたのかは分からない。今後も研究を続けたい」と話す。 同研究所長の小林一彦教授は「命名には前から疑義があったが、時期をしっかり調べ上げた素晴らしい研究で、時代を遡ることを示した意義がある。研究は学者だけでなく、市民の方々が成果を生み出している点をみてほしい」と評価している。現在の蛤御門。当時はやや東側にあり南向きに立っていた(京都御苑)よろしかったらぽちっとお願いします。見つけ出した史料の写しを手にする長谷さん(京都市北区・京都産業大)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/29
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月6日の記事≫ 国立がん研究センター中央病院は2013年、がんの治療に伴う外見の変化の問題に取り組む専門部署「アピアランス支援センター」をつくった。治療中も、働いたり、学校に通ったりする患者が増えるなか、人間関係に悩んだり、行事への参加をためらったりする問題に対応するのが目的だ。 センターが抗がん剤治療中の通院患者に、体に起きる副作用の苦痛の度合いをたずねると、女性では「吐き気」「全身の痛み」などを抑えて「頭髪の脱毛」の点数が一番高かった。まつ毛やまゆ毛の脱毛も10位以内。担当者は、医療が注目してきた肉体的な苦痛より痛みのない外見の変化の方がつらいこともあるとみる。治療で治りやすいがんでも、「頭髪が抜ける」と聞くと、闘病意欲をなくしてしまう患者もいるという。 野澤桂子センター長は「医療従事者の間では、患者は治療に専念するべきだと考えられていた。患者側にも『いい患者』でいたいという意識があった」と話す。 連載で紹介した埼玉県に住む看護師の女性(48)は、入院中にふだんは時間がなくてできないパックをしたり、髪が抜けると地毛ではしない髪形や色のカツラをつけたりした。「外見の変化」を治療のためだから仕方がないと考えるより、新しいおしゃれを試す機会と前向きにとらえていた。 野澤さんによると、患者の唇や爪で容体の変化に気づくことができる場合もあるので、入院中のマニキュアや口紅を認めない病院もあるという。国立がん研究センター中央病院では、吐き気の原因になりやすい、香水などにおいの強いもの以外は制限がない。 がん研究センター以外でも、全国のがん診療連携拠点病院のスタッフも外見ケアの研修を受けている。また、九州がんセンター(福岡県)、四国がんセンター(愛媛県)、神戸大医学部付属病院などは、患者向けに外見ケアの講習会を定期的に開いている。 NPO法人「全国福祉理美容師養成協会」が名古屋市に「アピアランスサポートセンターあいち」をつくったり、日本エステティック協会が専門のエステティシャンを養成したりするなど、民間でも外見ケアの取り組みが広がっている。苦痛に感じる抗がん剤の副作用の順位 私は、後腹膜悪性腫瘍で、ドキソルビシンとイホマイドという抗がん剤を使いました。ここで挙げられた、男性が苦痛を感じる副作用上位10位のうち、私が最も苦痛を感じたのは、「吐き気」と「だるさ」でした。 「吐き気」は制吐剤によって、それほどではなかったので、「吐き気」より「食欲不振」と言ったほうがいいかもしれません。 2015年3月19日に抗がん剤治療の振り返りで、食欲不振にについてまとめていますので下記にコピペします。【以下、2015年3月19日の投稿】◇抗癌剤治療振り返り13 食欲減退(リメイク) 重篤な副作用の可能性の一つとして、ドキソルビシンの心臓への影響がありました。ポータブルの心電図をつけて看護師さんにモニターしてもらいましたが、幸い一度も脈が乱れたりすることはありませんでした。ただし、生涯の投与量Max.が設定されていますので、何らかの悪影響が蓄積されているはずです。将来ボディーブローのように効いてくるかもしれません。 副作用として、その他の症状が出たのは、食欲減退・倦怠感・手足のしびれ・脱毛です。 表1に食欲減退についてまとめました。定量化がむつかしいのですが、闘病記録を読み直して、記号で表しました。同じ症状でも闘病記録では、違う表現になっていたり、記録が抜けていたりすることもあるので、あくまでも目安です。 YD先生の話によると、「私がまだ駆け出しのころは、抗癌剤治療の患者さんは、それこそゲーゲー吐いてましたよ。でも、今はいい薬ができて、だいぶ楽になりました。」とおしゃってました。確かにそのとおりでした。点滴でグラニセトロン、カプセルでイメンドというお薬が制吐剤として投与されましたが、そのおかげなのでしょう、吐き気は感じても実際に嘔吐までいくことはありませんでした。先生だったか、看護師さんだったか忘れましたが、「吐かなくなり、胃に残ってしまうので、余計に苦しいという患者さんもいますよ。」とおしゃってました。 副作用の中で一番こたえたのは、この食欲不振です。白血球減少のほうがよほど重篤なのでしょうが、体が苦しくなるわけではありませんから。表にあるように、抗癌剤投与開始の翌日か、翌々日くらいに食欲が落ちはじめ、4日目から6日目にピークとなり、全く食欲がなくなってしまいました。食事を運ぶカートが病棟に着くとチャイムが鳴るのですが、そのチャイムの音を聞くのも苦痛でした。食事を持ってきて欲しくないとも思いました。それを過ぎると、次第に食欲が戻りましたが、食欲が戻っても、ムカツキやゲップがしばらく残りましたし、クールによっては自宅療養中も残りました。第3クール以降になると、まだ抗癌剤投与していない入院一日目や、場合によっては入院前の自宅療養中にムカツキが起こったりしました。条件反射というか、トラウマになっていたようです。看護師さんも、「そういう人いらっしゃいますよ。」とおしゃってました。 食欲が落ちる期間はしれているので、無理して食べなくてもいいのですが、やはり体力を落としてはならないという思いから、最初は無理してでも食べていました。特に入院食は薄味で(無味といっても過言ではないものもあります)、普段なら食べられるものが、食欲がなくなってくると、全く受け付けなくなりました。しかし、消化は正常に働いているので、食べれば受け付けるのです。なんとも不思議な感触でした。 ある看護師さんが「食欲不振のときも、カップヌードルとかなら食べられるという患者さんいらしゃいましたよ。」と教えてくれたので、試してみたらそのとおりです。何とか食べられるというより、おいしく食べられるのです。入院食の薄味に慣れているので、味覚は麻痺しているはずなのに、ものすごく塩辛く感じました。先生からも看護師さんからも「無理して食べずに、食べられるものだけ食べてもらったらいいですよ。」と言っていただいたので、途中からそうすることにしました。 味を濃くすれば食べられることが分かったので、途中、塩・醤油やポン酢を持ち込んで味付けを濃くして食べようとしましたが、これではなかなか食べられる味にはなりませんでした。ご飯はフリカケをかけると食べやすくなりましたが、食欲最悪のときにはこれも受け付けませんでした。それで、昼食だけ「うどん」にしてもらったこともありました。(M病院では、朝昼晩とも「ご飯」か「パン」か「うどん」かが選べます。)「うどん」は、出汁に味は結構ついているし、流し込めるので食べやすかったですが、手元に届くまでに冷めているし、麺は延びるしでけっしておいしいものではありませんでした。一番よかったのは、お茶漬けです。熱いお茶で、おいしくサラサラと食べることができました。 これで主食はOKですが、問題はおかず。塩・醤油・ポン酢作戦は失敗に終わりましたので、最後のほうは、缶詰やレトルト食品を持ち込んで食べました。味のほとんどついてない入院食と比べれれば雲泥の差で、結構美味しく感じました。あと、果物は美味しく食べられましたので、最後のほうのクールでは、リンゴやミカンも持ち込みました。さらに、お茶も持ち込みました。病院でもお茶はサーバーで提供されていますが、食欲が落ちてくると、まずいお茶も苦痛になってきます。それほど喉が渇くわけではないので、飲まなければいいのですが、「できるだけ水分をとってください。」と言われているので、そういうわけにもいきません。最後のほうのクールは、伊藤園の「おーいお茶」だったか何かの、粉末の溶かしてのむタイプのお茶を持ち込みました。これも正解でした。 さきほどの、お茶漬け・缶詰作戦で注意点が一点。塩分過多になって、水分が体に残りやすくなり、体重の戻りかたが遅くなり、「むくみ」も長引きました。お茶漬けは、ご飯一膳に袋半分でも、結構おいしく食べらられると思います。塩分を減らす工夫が必要です。表1「だるさ(倦怠感)」の副作用についても、2015年3月21日の投稿にまとめていますので参考にしてください。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201503210003/よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/29
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【2016年4月28日(木)】 午前中、予約してあった歯医者に行きました。先週3ヵ月に一度の定期メンテナンスで行ったときに、そのときは治まっていたのですが、右の下が熱いものでしみたときがあったと先生に説明したところ、レントゲンを撮ってもらって、炎症を止める薬を注入してもらいました。今日は、その後の経過確認です。 その後も熱いものがしみることはなかったので、そう説明したところ、「今日、もう一度薬を注入して、このまま様子を見ましょう。また、3ヵ月後に来てください。」ということになり、通常のサイクルに戻りました。 それ以外はルーティーンの一日でした。 朝から雨でしたが、午後からは止みました。少し寒さが戻り、また床暖のお世話になっています。体がついていけません。 それに、ここ2週間くらい粒子線治療の副作用と思われる、照射部近くの痛みに悩まされて、あまり気分が晴れません。場所的には、去年の11月に痛かった場所と同じですが、そのときのような我慢できない痛さではなく、痛みの種類も違い、肌がヒリヒリする感じです。** 京都市内全寺社巡り 山科区#4-1 **「京都市全寺社巡り」4月6日(水)の歩き・山科区4日目の1回目。この日歩いたコースは、下記の散歩日記に掲載。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604050003/この日に訪れたスポットhttps://drive.google.com/open?id=1vO5QiB1WTH5t_P3XoqJgVjfx8aE&usp=sharingこの日は、ハローワーク御池プラザに職業相談に寄った後、土曜日の飲み会で忘れた帽子を伏見「鳥せい」でピックアップし、地下鉄醍醐駅から歩き始めました。いつもの王将で、まず腹ごしらえと思ったのですが定休日で閉っていたので、近くの「さん天」で昼食。●朱雀天皇御陵 東二町 道標 過去の歩きで見逃していたものです。 ●大宅寺『今昔物語集』によると、宮道弥益の妻が、勧修寺の東の山際に大宅寺(おおやけでら)を建立したというが、当時の大宅寺について詳細は不明。現在の大宅寺境内に宮道弥益夫妻の墓が建つというが、お寺の体をなしていない。●川崎大師京都別院笠原寺 弘法大師1150年御遠忌(昭和59年)の記念行事として開山笠原政江尼が発願し、大本山川崎大師平間寺の京都別院として建立された。・大本堂・大本堂からの眺め・ちょうど花祭で、お釈迦様に甘茶をかけることができ、甘茶接待がありました。・修行大師像・開山堂・境内八十八ヶ所 四国八十八ヶ所を再現したもの。・きもの塚・ご朱印●玉洗院(笠原寺前)地図では笠原寺の前に「玉洗院」があることになっています。しかし、それらしき建物の門には「玉洗院」とは書いてなく何も書いてありません。笠原寺の一部のようにも見えました。しかし、前のお地蔵様の後ろには「玉洗院」の看板があります(下のお地蔵さんの写真の右上に一部見えます)。一方、笠原寺の中にも水子供養の「玉洗院」というお堂がありました。もともと、玉洗院は笠原寺の子院か何かだったのを、理由は分かりませんが、笠原寺が合併して、玉洗院というお堂を笠原寺と敷地内に建てたのではないかと推定しましたが、真偽のほどは分かりません。(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/28
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【2016年4月28日(木)】 雨の一日でしたが、午後遅くには雨が上がって、ご近所散歩に出かけました。このごろ粒子線治療の副作用か、以前あったような照射部周辺の痛みがあり、体調が万全ではないのですが。傘を持っていったのですが、雨には降られませんでした。しかし、風もあって寒かったです。天気予報で聞いてはいましたが。 5000歩でした。時々ポツポツ来ていて、道路も濡れていたので、ワンちゃん散歩はなしにしました。写真は4月8日撮影の「オオマツバウンラン(大松葉海蘭)」@ご近所散歩。 「みんなの花図鑑」サイトで、この花の名前を質問したのですが、全員の方から「マツバウンラン」と回答いただきました。しかし、写真ではよく分かりませんが、「マツバウンラン」より明らかに大きかったですし、形も違いますので、ネットで色々調べて「オオマツバウンラン」と判断しました。 「マツバウンラン」は葉が松の葉のように細いことと、花の形が海辺にさく「ウンラン(海蘭)」という花に似ていることからきています。それより大きいので「オオマツバウンラン」。「ウンラン」は海岸に生え花が蘭に似ているところからきています。 「マツバウンラン」はオオバコ科マツバウンラン属。花期は春から夏。アメリカ原産。1941年に京都市で初めて採集されました。「みんなの花図鑑」サイトで回答をいただいた、kayu-さんよっちゃん×3さん秀さんだよさんkurumatabisky(車旅好)さんオレちゃんさんまゆ.さんmomochanさんたぁくんさんありがとうございました。 次の写真が「マツバウンラン」(4月14日@ご近所散歩)です。 私の住む住宅地では、マツバウンランが圧倒的に多く、「オオマツバウンラン」は殆ど見かけません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/04/28
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2016年04月27日 京都新聞HP 京都府亀岡市の観光マスコットキャラクター「明智かめまる」の公式フェイスブックが5月に開設から3年を迎える。1日も欠かさず投稿を続け、ファンの数は2500人を超えた。 フェイスブックは2013年5月1日に開始。「1日1回は投稿する」ことを目標に、市内の観光地や祭り、かめまるの日常を、かめまるが写った写真とともに紹介している。 ファン数は京都府広報監「まゆまろ」の約8千人に及ばないが、1回の投稿への「いいね!」の数は100~200ほどと、まゆまろを上回ることも多い。国内だけでなく、台湾やアメリカ、香港など海外のファンもいるという。「いいね!」が増えるのは、保津川下りなど市内の主要観光スポットの投稿。最近はかめまるをモチーフにした商品を販売する飲食店情報も掲載している。 かめまるは「みんなの応援のおかげで休まず投稿できたよ」と喜んでいる。 フェイスブックは市観光戦略課が運営。投稿の予約機能を使い、土日の更新も欠かさない。スタッフは「毎日プレッシャー」と明かすが、「店舗のホームページともっと連携するなど新しい試みをしたい」としている。フェイスブックの開設3年を喜ぶ明智かめまる(亀岡市安町・市役所)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/28
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2016年04月27日 京都新聞HP 京都市左京区の下鴨神社は、21年に1度行う最重要神事の式年遷宮・遷座祭から丸1年を経た27日、「後(あと)一年大祭」を行った。約千年前に京都から伝えられ、現在も伝承されている富山県射水市の子どもによる稚児舞が神社で初めて披露され、参拝者を魅了した。 祭神に遷座祭の無事を伝え、感謝する神事。 午前11時に始まり、新木直人宮司ら神社の神職や、おしろいを塗って大人の男性に担がれた射水市の小学生6人らが境内に入った。本殿の扉が開けられ、祝詞が奏上された後、稚児たちが舞を奉納した。 稚児舞は、11世紀後半に白河上皇の命で、現在の射水市内に下鴨神社の荘園が置かれたころ、京都から伝えられたという。現在は下鴨神社には伝わっていないが、射水市の加茂神社では、毎年9月に地元の下村小の児童による稚児舞が披露される。国の重要無形民俗文化財。 稚児たちは、本殿前の舞殿に上がり、太鼓と笛に合わせて、体を前後に揺さぶりながらゆっくりと回る所作を繰り返した。稚児の下村小5年小川寛斗(ひろと)君(10)は「少し緊張しました。歴史を感じる下鴨神社で、うまく舞いたいと思っていました」と話した。約千年前に京都から伝わった舞を披露する富山県射水市の子どもたち(京都市左京区・下鴨神社)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/28
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2016年04月27日 京都新聞HP 京都府内の里山に咲く山野草などを紹介する「春の和の花展」(京都市都市緑化協会主催)が23日、下京区の梅小路公園内「朱雀の庭」で始まった。素朴で愛らしい花が来場者を和ませている。 遊歩道に沿う形で170種250鉢が並び、府絶滅危惧種に指定されているムサシアブミや、下向きに咲く小さな花がユニークなフタバアオイなど珍しいものも多い。 また、庭園に併設された「いのちの森」ではクリンソウが見ごろを迎えていて、自然に近い形で群生する濃いピンクの花を楽しめる。カメラを手に散策していた下京区の主婦(69)は「里山を訪れたような気分になれるのがうれしい」と話していた。5月8日まで。入園料200円。週末を中心にガイドツアーもある。TEL075(352)2500。「ムサシアブミ」(手前)などの希少種の花も楽しめる「春の和の花展」=京都市下京区・梅小路公園内「朱雀の庭」よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/28
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2016年04月27日 京都新聞HP 「庚申(こうしん)信仰」の拠点として関西一円から深い信仰を集める京都帝釈天(京都府南丹市八木町船枝)が、近代史や貴重な古文書を編さんした本を制作した。帝釈天の文化や伝統を現代に受け継いできた地元講社員らの歩みを伝えている。 帝釈天は780年に和気清麻呂が創建したとされる。本堂は府指定文化財で、近年は約700メートルの参道に立ち並ぶ108基の「願いの鐘」で広く知られている。 本は「京都帝釈天の歴史」。鈴木春海山主(83)が中心となり4月に発行した。40年ほど前に制作された第1巻に続く第2巻で、古文書の専門家や講社員の協力を得ながら5年がかりで原稿や写真をまとめた。 本では参道の拡幅や鐘の設置、本堂大屋根の修理などを振り返り、時代や社会情勢の変遷とともに管理運営の形態を変えてきた歴史をひもといた。 また帝釈天に残る古文書を解読。位を譲った天皇の「仙洞御所」や、皇女が住む「入江御所」の署名が入った1709年の寄進状などを掲載し、皇族や藩主からも信仰を受けていた歴史を伝えている。 鈴木山主は「文化を守ってきた講社員の努力を改めて感じ、頭が下がる思い。今後も地域の宝として後世に伝えていきたい」と話す。 非売品で、A4判、86ページ。閲覧の希望や問い合わせは京都帝釈天TEL0771(42)3315。京都帝釈天に残されている古文書や、近代史を掲載した本よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/28
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月5日の記事≫ 右腕の腫瘍(しゅよう)で切断手術を受けた埼玉県に住む看護師の女性(48)は2015年12月、いまの病院に勤める前に働いていた医療施設に久しぶりに顔を出した。 以前の同僚たちにはまだ自分の病気のことを打ち明けていなかった。電話やメールでは伝えづらかったので直接話すことにした。 いきなり施設に行くと驚かせることになるかもしれない――。そう思い、施設の近くの喫茶店に元同僚を1人ずつ呼び出した。 「その髪はどうしたの?」 地毛のときはずっと短髪だったが、そのときはおかっぱのカツラをかぶっていた。 「がんになっちゃって、抗がん剤で髪が抜けちゃったの」 「それで、どこのがんなの」 「実はこうなの」と言って、右腕をあげると、みな一様に息をのみ、顔色が変わった。 ただ、女性が以前と変わらず、陽気で前向きなそぶりを見せると、ほっとした様子だった。 「自分が思っている以上に、周りの人はショックを受けるんだ」と気づいた。 日本では患者は化粧などに気を使わず、治療に専念すべきだという風潮を感じるが、「患者も見た目は大事」と改めて感じた。 12月、お気に入りの「レ・フレール」の公演が兵庫県であった。いつも和服を着ていくため、ファンの中では目立つ。和服は「腕」の部分を隠しにくいな――。 「楽しい音楽の前にいやな気持ちにさせたくない」 そう思い、洋服を着て右袖は内側に折り込み、カツラとマスクをして行った。コートの袖はポケットに入れて隠した。毎回のように会場で会う顔見知りのファンたちもすぐそばにいたが、誰も女性に気づかなかった。 「故郷で葬儀や結婚式に出るときにもわからないようにする義手が必要」。そう思って、装飾用の義手をつくることにした。勤務先の病院に出入りする業者に説明を聞き、今年1月に型どりした。 3月には福島県いわき市でレ・フレールの公演がある。それまでには仮の義手が間に合いそうだ。 今度はいつものように和服を着て、いつもの仲間と一緒に、楽しみたいと思っている。 腕切断は非常に残念なことですが、前向きに生活しておられるのは何よりです。 ここには費用のことは何も書いてありませんが、装飾用義手となると健康保険適用にはならないようです。詳しくは調べていませんが、装飾用義手の費用は38万円~となっていました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/28
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【2016年4月27日(水)】 今日は失業給付の4回目の認定日でした。いつもならハローワークが終わった後、京都歩きをするのですが、あまり天気が良くなさそうだし、昨日のゴルフで疲れているので、ハローワークのみ行くことにしていました。 ところが、阪急電車が人身事故でダイヤが乱れていて困った状況に。別のルートで何とかハローワークに辿り着くことができました。予期せず嵐山の渡月橋を渡ることになりました。その様子は下記の散歩日記にアップしました。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604270007/ ハローワークのほうはいつものように、端末で求人を検索して、ダミーの職業相談。職業相談では就職先を探しているという意志は見せなければ、失業給付はもらえませんので、以前から興味のあった求人の現況について質問しました。10人募集のところに、7人が応募したとのこと。今までの職業相談でも、この求人の状況を質問してきましたが、ずっと2人の方が応募して、まだ一人も採用されていないとのことでした。急に応募者が増えたようです。 天気予報より少し早かったですが、午後から雨が降ってきました。** 京都市内全寺社巡り 山科区#3-4(最終回) **「京都市全寺社巡り」3月30日(水)の歩き・山科区3日目の4回目(最終回)。この日歩いたコースは、下記の散歩日記に掲載。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201603300002/この日に訪れたスポットhttps://drive.google.com/open?id=1UaEup3T1OzGGZmur9FoyIeSBebs&usp=sharing前回記事http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604250006/隨心院から北に向かいます。●歓喜光寺・歓喜光寺の開山である聖戒は、宗祖一遍の高弟で、一遍の諸国巡礼に随伴した僧であり、一遍の実弟ともいわれている。 ・『弥阿上人行状』等によると(「弥阿上人」は聖戒のこと)、歓喜光寺は正応4年(1291年)、綴喜郡八幡(現・京都府八幡市)に善導寺として創建されたという。 ・石清水八幡宮に近いこの地が寺地として選ばれたのは、八幡神の本地を阿弥陀如来とする信仰による。 ・それから数年後の正安元年(1299年)、寺は関白九条忠教の庇護のもと、六条東洞院(現・京都市下京区)の源融(みなもとのとおる)左大臣の旧跡(六条河原院)へ寺地を移すとともに、菅原是善(菅原道真の父)の旧邸(現・京都市上京区堀松町)の天満宮とその神宮寺である歓喜寺を合併した。この際、寺号を歓喜光寺に改め、所在地から「六条道場」とも称するようになった。 ・応仁の乱の後、寺は高辻烏丸(現・京都市下京区)に移転し、さらに天正年間(1573 - 1592)に豊臣秀吉によって四条京極へ移転させられて、近世を通じて同地にあった。 ・この地は現在の京都市中京区中之町(新京極通り四条上る)であり、境内にあった天幡宮だけが繁華街の中に残されて、錦天満宮と称している。 ・寺はその後、明治40年(1907)、東山にあった法国寺と合併し、法国寺の所在地である東山区遊行前町(五条通東大路上る)に移転した。東山五条の交差点の近く、大谷本廟などの所在する地区である。 ・法国寺は後陽成天皇の母・新上東門院が、父・勧修寺晴右(かじゅうじはれみぎ)の追善のために建てた寺で、当初「豊国寺」と称したが、豊臣秀吉の没後、徳川家をはばかって「法国寺」に改称したという。 ・移転はさらに続き、昭和50年(1975)には駐車場建設のため東山区の旧地を立ち退き、郊外の山科区に移転した。 ・なお、国宝の絵巻『一遍上人絵伝』(12巻)は、歓喜光寺の開山・聖戒と絵師・円伊によって作製された経緯から、もと歓喜光寺に伝来したものであるが、20世紀末頃に時宗本山、神奈川県藤沢市にある清浄光寺の所有になっているという。(フリー百科事典「ウィキペディア」より引用)山門山門前の石碑の裏側 明治41年内務大臣原敬名での官報の記述が彫られています。 歓喜光寺と法国寺の合弁についての官報のようです。本堂 現在の本堂は、法国寺のもので、慶長6年(1601)に淀君が二世安楽のために 施主となって建立したもの。大日尊 日露戦争の戦死者を供養するため、大正10年に五条坂にあった「法国寺」に 建立されました。石碑の字は富岡鉄斎の書を写したもの。地蔵堂 ・昔、東山の五条坂近辺は、鳥辺野墓地に隣接する埋葬地で、その中に一体の 地蔵尊が安置されていました。人々はお地蔵さんの前を通り過ぎるとき口々に 「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」とお唱えご回向したことから、「南無地蔵」 と呼ばれるようになったと伝えられています。 ・地蔵堂正面中央に安置されている「南無地蔵」は、丸彫りの石像で背丈は 1.6mあり、台座石には「宝永7年8月24日」と刻まれています。 ・地蔵堂には子安地蔵をはじめ8体のお地蔵さんが、堂の周りには約450体の お地蔵さんが鎮座しています。 (以上、駒札から) この地蔵堂も東山五条から移転したもので、かつては法国寺の境内にありました。ご朱印をいただけるかお寺の方に聞きましたが、やっておられないとのことでした。●大宅寺廃寺跡碑 歓喜光寺の隣にある大宅中学校からその北部一帯は、白鳳時代の古代寺院跡の 大宅廃寺跡です。名神高速道路建設に伴う発掘調査で瓦積み基壇の金堂跡や塔跡が 見つかり、大宅中学校開校に伴う発掘調査では掘立柱建物跡が出土しています。 藤原鎌足創建の山科精舎に比定する説もありますが、地元の豪族大宅市の氏寺と みる説が強いとのこと。 大宅中学校内にこの碑はありますが、春休みで授業がなく、部活で門が開いて いたので失礼して写真を撮らせていただきました。●大宅一里塚 東海道から分岐した奈良街道の一里塚。塚上にはエノキが植えられています。 もとは道路の両側にありましたが、今残るのは西側のみ。市内の一里塚が ほとんど姿を消し、貴重な存在で、京都市の史跡に指定されています。●岩屋神社御旅所 東方の山裾にある岩屋神社の御旅所。手前の巨木はクスノキ。●紫晃院 真言宗醍醐派地下鉄椥辻駅から帰宅しました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/27
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【2016年4月27日(水)】 今日は失業給付のハローワーク4回目の認定日でした。いつもならハローワークが終わった後、京都歩きをするのですが、あまり天気が良くなさそうだし、昨日のゴルフで疲れているので、ハローワークのみ行くことにしていました。ハローワークへの出頭時間は8:45-9:45。車で最寄り私鉄駅まで送ってもらいました。 8時過ぎに駅に着いたのですが、人身事故で電車が遅れているとのこと。ホームに人が溢れかえってました。遅れて電車が来ましたが、すでに満員で、降りた人の分しか乗れず、多くの人がホームに取り残されました。次の電車も同じ。30分くらいホームで待ちましたが、次の電車にも乗れない可能性大。トイレにも行きたくなったので、階段を上って改札口のほうに向かいました。そこも人で溢れかえっていました。ホームでの事故防止のため、駅員がホームに降りる人数を制限していたからです。トイレに行った後、また最後尾に並ばなくてはなりません。これでは、ハローワークに何時に着けるか分かりません。 そこで、名案を思いつき、阪急嵐山線を使って行くことにしました。・本来のルート 阪急桂(阪急京都線)⇒阪急大宮 四条大宮(バス)⇒千本中立売 (徒歩)⇒ハローワーク西陣・考えたルート 阪急桂(阪急嵐山線)⇒阪急嵐山 嵐電嵐山(京福電鉄)⇒嵐電北野白梅町 (徒歩)⇒ハローワーク西陣 白梅町からハローワークは結構距離がありますが、歩けないことはありません。幸いリュックの中に地図を入れていたので、判断ができました。阪急嵐山駅渡月橋を渡ります 早朝で観光客が少なく、落ち着いた雰囲気がいいです。嵐電嵐山駅 朝早くて観光客はまばらです。嵐電嵐山駅の「キモノフォレスト」 友禅染が使われています。 帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅で、北野線(右側の電車)に乗り換え 嵐山から乗った左側の列車は「パトトレイン」北野白梅町駅 ハローワーク到着は結局10時頃になり、指定時間より遅れましたが、日にちさえ指定の日であれば時間は遅かったり早かったりしてもいいので、問題なし。 ということで、8500歩も歩きました。午後から雨が降ってきたのでワンちゃん散歩は無しでした。 予期せぬ京都散歩でした。それにしても人身事故の影響で、渡月橋を渡らされるとは思ってもみませんでした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 京都の寺社で使う和ろうそくの製造に向け、原材料となる植物ブドウハゼの種まきが25日、京都市右京区京北下弓削町の北桑田高で行われた。和ろうそくの地産地消を目指す「悠久の灯(あかり)プロジェクト」の一環で、地元でのブドウハゼ栽培を目指す。 ブドウハゼは実にろうを含んでいる。京北地域では民間企業の「JAPAN WAX KYOTO悠久」と京都市京北農林業振興センターが協力してプロジェクトに取り組んでおり、今年から北桑田高も参加することになった。 この日は同センターの三嶋陽治所長らが、同高森林リサーチ科3年の5人に育て方を指導した。ブドウハゼの実を濃硫酸に浸して発芽促進処理を行った後、育苗トレーに培土を入れ、深さ1センチの溝に2センチ間隔で種子を植えていった。ブドウハゼは通常、接ぎ木で増やすが、現在は九州から取り寄せたヤマハゼを台木に使っている。北桑田高での栽培が成功すれば台木に使う予定。2週間ほどで芽が出て、順調に育てば2年後には台木に使えるほど成長するという。 3年草場基冶君(17)は「最後まで見届けられないのは残念だが、後輩たちが引き継ぎ、京北の新しい産業になったらうれしい」と夢見ている。和ろうそくの原材料となるブドウハゼの種子を培土に並べる生徒たち(京都市右京区京北下弓削町・北桑田高)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 京都府乙訓地域で活動するNPO法人「京おとくに・街おこしネットワーク」はこのほど、整備を進めているハイキングコース「西山古道」の地図を作製した。沿道に自生する多数の植物を写真付きで紹介しており、散策のシーズンを迎えて「多くの人に西山古道の豊かな自然を楽しんでほしい」としている。 地図は縦52センチ、横38センチの1枚物で、表裏ともカラー刷り。表は国土地理院発行の地図を基に、京都市西京区の善峯寺から長岡京市浄土谷の柳谷観音楊谷寺を経て、同市の深谷川と小泉川の合流地点付近に架かる立石橋までの西山古道を赤い線で示している。 また、善峯寺近くのミカエリソウ群生地や楊谷寺近くのソヨゴ群生地など、どの地点にどのような植物が自生しているかが一目で分かる。道中の展望台からの眺望や白糸の滝(西京区)などの写真も添付している。 裏面にはアセビやコナラ、コアジサイなど沿道に自生している主な植物23種類を写真付きで掲載、特徴や名前の由来などを解説している。 1枚200円。乙訓地域の書店などで販売している。問い合わせは同ネットワークの中山さん携帯電話090(5165)8405。西山古道や沿道で観察できる植物を紹介する地図よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 幕末に会津藩主・松平容保が務めた京都守護職の上屋敷の遺構が京都市上京区の京都府庁北側の発掘調査で見つかった、と府埋蔵文化財調査研究センターが26日発表した。京都守護職の屋敷遺構は初確認で、長屋の状況が当時の藩士の暮らしをしのばせる。 調査地は上京区下長者町通新町西入ルの府庁北側の中立売署跡。古地図では、容保が京都の治安を守る守護職の就任に伴い、1865年に完成した京都守護職上屋敷の北辺で、藩士が寝泊まりした長屋群があった場所とみられる。 建物跡の柱穴は、3棟分見つかった。宿舎のような長屋風で、重さに耐えられる基礎工事がなされ、2階建てだった古地図の記述と合致する。徳川や松平家の家紋である「三つ葉葵」の軒丸瓦も出土している。 調査地は安土桃山時代にさかのぼると、豊臣秀吉の聚楽第造営に伴い、大名屋敷が建設された地域でもある。発掘では「剣花菱」の金ぱく瓦の一部も出土したが、古地図に記載がなく、どの大名の屋敷跡かは断定できないという。 同センターは「京都守護職の屋敷跡が古地図の記述通りと分かり、長屋が2階建てだったことが実証された意義は大きい。容保はあまり宿泊しなかったようだが、当時の藩士の生活の様子を知る史料ともなりうる」と話している。 現地説明会は29日午前10時と午後1時から。当日のみ現地携帯電話090(3995)3936。調査員が指さしているあたりの縦に並んだ柱穴が京都守護職上屋敷の遺構(京都市上京区・京都府庁北側)安土桃山時代の大名屋敷を飾ったとみられる金ぱく瓦(左)と幕末の京都守護職上屋敷跡で見つかった三つ葉葵紋の瓦発掘調査地よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 京都府南丹市美山町、綾部市、福井県おおい町にまたがる頭巾山(標高871メートル)でこのほど、恒例の雨ごい祭事が営まれた。ふもとの住民ら約60人が3方向から登り、太陽の照りつける山頂で祈りをささげた。 頭巾山は古くから雨ごい信仰の山として知られ、大蛇や竜が住むなどの言い伝えがある。起源は定かではないが、遅くとも江戸時代から南丹市美山町山森区、綾部市古和木区、おおい町名田庄納田終(のたおい)区が祭事を続けてきたという。 山頂では般若心経を唱えた後、一人一人が許波岐(こはき)神社に手を合わせた。3地区の住民は地酒を酌み交わしたり、記念写真を撮ったりして交流も楽しんだ。山森区の下仲喜久男区長(58)は「今後は区民だけでなくもっと多くの人が参加できるよう工夫し、伝統を守っていきたい」と話していた。標高871メートルの許波岐神社で祈りをささげる住民たち(頭巾山山頂)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 京都府宇治市は25日、2015年に市を訪れた観光客が前年より39万6千人増え、559万8千人と過去最多になったと発表した。2年連続でウミウのひなが誕生した「宇治川の鵜飼」やアニメ「響け!ユーフォニアム」の放映なども後押ししたとみている。 これまでの最多は源氏物語千年紀でにぎわった08年の556万2千人。市の調査によると、平等院などの神社・仏閣が前年より1割増加の257万9千人だったのをはじめ、市営茶室「対鳳庵」が2万2千人、府立山城総合運動公園(太陽が丘)が137万1千人、アクトパル宇治が10万8千人といずれも過去最多を記録した。 また毎回20万人前後の人出でにぎわう宇治川花火大会の中止によって開かれた代替イベント「宇治歴史夜噺(よばなし)」も4万人と好評だった。 山本正市長は「東京オリンピックが開かれる前年の2019年に観光客750万人を目標にしている。高速道路網や鉄道網の心臓部にある地の利を生かすとともに、滞在型観光を増やしていきたい」と話した。大勢の観光客が訪れた宇治茶まつり(2015年10月、宇治市宇治)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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2016年04月26日 京都新聞HP 京都府伊根町の新しい特産物にしようと府漁業協同組合と町内の養殖業者が生産に取り組む「伊根サーモン」の求評会が25日、同町日出の町保健センターで開かれた。伊根湾で育った鮮やかなピンク色のサーモンの切り身を関係者らが試食し、意見を交わした。 魚価の低迷などで2015年に6業者まで減った府内養殖業者を後押ししようと、若者や外国人に人気のサーモンに目を付け、府内産の安心安全な養殖サーモンを売り出すことにした。 府の「きょうと農商工連携応援ファンド」の支援を受け、同町の「橋本水産」が、福知山市の業者からニジマスの稚魚約千匹を仕入れ、昨秋から伊根湾内のいけすで育てた。 この日は近隣市町の自治体関係者らが刺し身を試食。「脂が乗っていて柔らかくておいしい」「インバウンドの外国人にも喜ばれそう」などと話した。養殖に取り組む橋本弘さんは「今後も味を追求して生産ベースに乗せ、新しい丹後のブランド品として確立させたい」と話した。鮮やかなピンク色の伊根サーモンの刺身を試食する参加者たち(京都府伊根町日出・町保健センター)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/27
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月4日の記事≫ 右前腕部に悪性の腫瘍(しゅよう)が見つかった埼玉県に住む看護師の女性(48)は、抗がん剤の点滴治療を受けるため、2015年8~9月、国立がん研究センター中央病院(東京都)に3回入院した。 幸い少し胃がもたれるぐらいで、吐き気などの副作用はなかった。ただ、顔のしみがひどくなったような気がした。病室で毎日、顔のパックをしていると、同室の女性患者から「入院中にパックなんかするの」と驚かれた。 「ふだんだと、仕事で忙しいから、こういうときでもないとできないのよ」と答えた。 9月の入院中、病院内にあるアピアランス支援センターの人たちが病室にやってきた。部屋で安静にしていなければならない患者たちにマニキュアを塗ってあげるためだ。ついでに自分も塗ってもらった。「ふだんは絶対しないような色使いにしよう」と思い、黄緑とスカイブルーを交互にした。 抗がん剤の副作用で髪が抜けるのがわずらわしかった。美容室で丸刈りにしてもらった。夏場はカツラをつけると暑い。髪が後ろだけのカツラや帽子タイプの簡易なカツラも買った。 9月には、おっかけをしているピアノデュオ「レ・フレール」の公演が都内であった。カツラをかぶってでかけると、いつもの短髪を見慣れている顔見知りの人たちから、「どうしたの、その髪形?」と聞かれた。「和服に合わせてみたの」とごまかした。 3回の化学療法で腫瘍の大きさにあまり変化は見られなかった。腫瘍を取る際、血管や神経を温存できないので、右腕全体を切断せざるを得ないという。 すでに覚悟を決め、左手だけで生活を送る訓練をしていた。手術は10月。再発や転移を防ぐため、上腕の真ん中ほどまで切断した。「予想より腕が残った。でも傷口がきれいではないな」と思った。 冬になると、髪の抜けた頭は寒い。手術後の化学療法で入院中、レ・フレールのトレードマークが入ったタオルを筒状に巻き、一方の口を輪ゴムで止め、帽子代わりにしてかぶった。 職業柄、事故などで突然手を失った人と接した経験は多い。「自分は準備期間があって恵まれているな」と思った。>「ふだんは絶対しないような色使いにしよう」と思い、黄緑とスカイブルーを交互にした。 私は男性です。でも、入院のときは同じようなことを考えました。せめて着るるものだけでも明るい色のものにしようと思いました。パジャマは病院のレンタルを使っている人が多かったですが、自分で明るい色のものを買いました。それから一日中パジャマでいるのは避け、昼間は明るい色の部屋着に着替えました。 点滴を腕からではなく、CVポートで中心静脈から行っていたので、腕を自由に使え、着替えが楽にできたのが幸いしました。シャツの裾から出ている管が点滴用のチューブです。 ◆2014年8月7日 抗がん剤治療第1クール中の投稿から抜粋 メリハリがある入院生活をするために、昼間はパジャマは着たくないので、写真のようなシャツ姿で過ごしました。◆2014年10月2日 抗がん剤治療第3クール中の投稿から抜粋 写真は、今日のパジャマ。長女とイオンに行ったときに、買ったもの。明るいデザインのものが欲しく、ちょっと高くて3000円以上したが、アーノルドパーマーのこのパジャマを買った。なかなかいいのでは?よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/27
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【2016年4月26日(火)】 今日は「がん」治療からの復帰後第2回目のゴルフラウンドでした。 日本に帰ってきてからは通算105回目となります。【ゴルフ場】 新奈良ゴルフクラブ 初めてプレーするゴルフ場です。また奈良県のゴルフ場は初めてです。 ホームページ http://www.shinnaragc.jp/地図 航空写真 【自宅からの交通】 往復 106km 往:高速利用 所要時間 約1時間10分 大原野~枚方東(京都縦貫・京滋バイパス・第二京阪) 1200円 田辺西~木津(京奈和)510円 復:一般道 所要時間 約2時間【スコアカードとマーカー】 【費用】昼食付き ¥8.765 【同伴者】谷さん、前さん、北さん(皆さんM社時代の仕事仲間)【スコア】(黄色はOB。赤字はバンカー脱出7打)【コースについて】・コースは概して広く、それほどトリッキーではありませんでした。 プレッシャーのあるウォーターハザードは9番ホールのみ。 ただグリーン回りのバンカーが多く、バンカー苦手の私には苦しいコース。・カートがリモコンでないのが残念。・昼食時のおかわり自由のサラダバーはGood!!【プレーの気付き】・前回カウントをするのが嫌になるほど酷いスコアだったのに比べるとかなりましなスコアになりました。・しかし、それでも116なので、全然ダメですが。3ホール目で、バンカーから出すのに7打を打ったので、これが調子がそこそこよかったのにスコアが悪くなった原因です。・左手をバックスィングで伸ばしてハンドファーストで打ち出す打ち方は、ドライバーでも、アイアンでも、アプローチでも感触良かったです。 チョロやシャンクは、ゼロに近かったので、ボールを捕える感じはとても良かったです。 特にアプローチの転がしでは、自信を持って打てています。 ドライバーもアイアンも左に引っ掛けるのが多かったので、その点は要改善です。 打った後、左足が動いているので、これも要改善です。これが左に引っ掛ける要因かもしれません。 バンカーもハンドファーストで打ち出すのがよいようです。・パターは、バックスィングで一度止める打ち方をしてみましたが、やはりイップスに陥って1メートルくらいのが決まらないことが多くありました。 しかし、最後の方で、ストローク同様ハンドファーストで打ち出す方法を試したら安定したので、次回もトライです。 今回少し試しましたが、邪道かもしれませんが、少し腰をスライドさせるくらいのほうが手に余分な力が入らないのと、真っすぐ押し出すために、いいのかもしれません。次回に期待が持てそうです。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/26
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【2016年4月26日(火)】 今日は、「がん」治療からの復帰後2回めのゴルフラウンドで、新奈良倶楽部というゴルフ場に行ってきました。 前回に続き、歩数計をしてラウンドしました。帰宅後の歩数は約11,000歩でした。前回の13,000歩よりは少なかったです。暑かったためか、ちょと息が上がりました。写真:#8ホールよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/26
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2016年04月25日 京都新聞HP 京都の夏の風物詩「鴨川納涼床」の組み立てが、京都市中京区と下京区の鴨川右岸で進んでいる。汗ばむ陽気が続く中、作業のつち音が初夏の訪れを告げている。 京都鴨川納涼床協同組合によると、今年は二条大橋から五条大橋の間に99店が床を出す。床開きは5月1日に行う。 この日、市内は午前10時半ごろの気温が22・7度(京都地方気象台調べ)とほぼ平年並み。照りつける太陽の下、作業員が柱や木枠を取り付け、鴨川べりに風情ある景色が広がった。 川岸を散策していた宮城県亘理町の会社員高橋かほりさん(40)は「初めて京都に来たけど、見た目や高さがそろった床の眺めは美しいです」と話した。汗ばむ陽気の中、鴨川右岸で納涼床を組み立てる作業員(25日午前10時50分、京都市中京区・四条大橋上流)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/26
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2016年04月25日 京都新聞HP 京都府八幡市の市観光協会が、「わたし、八幡市(やわたし)」のキャッチコピーを付けたクリアファイルを販売している。八幡市を「はちまんし」「やはたし」と読む観光客がいるためで、国宝・石清水八幡宮や流れ橋などの名所とともに、市の知名度アップにつなげる考えだ。 キャッチコピーは同協会職員の重中絵美里さん(31)が考案した。市の名前が誤読されることを逆手に、「語呂合わせで、八幡市が自己紹介するイメージで思いついた」と話す。 クリアファイルには、桜のトンネルで知られる淀川河川公園背割堤地区や松花堂庭園、同八幡宮東側の安居橋など名所6カ所の写真を印刷し、紹介している。 京阪八幡市駅前にある観光案内所で購入できる。A4判で1枚200円。PRキャラクター「タケちゃん ノコちゃん」を印刷したクリアファイルもある。「わたし、八幡市」のキャッチコピーと、PRキャラクターの2種類のクリアファイル(八幡市八幡・観光案内所)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/26
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2016年04月25日 京都新聞HP 文化庁は25日、地域の文化財や伝承などを観光資源として活用する「日本遺産」に、旧海軍の拠点「鎮守府」が置かれた京都府舞鶴市など4市が共同申請した提案を含む19件を新たに認定した。全国の認定遺産は33府県37件となった。■明治の近代化を体感 日本遺産は地域に点在する有形、無形の文化資産を一つのテーマでまとめ、ストーリー性を持たせて地域の活性化を目指す事業。昨年度から認定を始め、認定遺産は国が情報発信やガイド育成などに対して補助を行う。2020年までに100件程度の認定を目指す。 舞鶴市は「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴-日本近代化の躍動を体感できるまち-」と題して共同提案した。同市の舞鶴赤れんがパーク(旧鎮守府倉庫施設)や広島県呉市の司令長官官舎、神奈川県横須賀市の猿島砲台跡、長崎県佐世保市の旧佐世保無線電信所などの遺構を通じて、近代化を進めた明治期の躍動感が体感できると魅力を訴えた。 ほかに日本最大の海賊の本拠地だった歴史に焦点を当てた愛媛県や広島県、捕鯨文化をテーマにした和歌山県などが認定された。 京都府では昨年度に「日本茶800年の歴史散歩」(宇治市など)、滋賀県では「琵琶湖とその水辺景観」(大津市など)が認定されており、京滋で3件目。 今年の応募件数は67件で、京滋の自治体が申請した「天橋立」(宮津市、与謝野町)や「神を斎(いつ)く観音霊場・竹生島」(長浜市)など4件は見送られた。 文化庁は本年度の事業費に12億円を計上し、認定遺産への補助のほか、日本遺産のPR事業にも力を注ぐとしている。■「琵琶湖」構成要素に彦根城など 滋賀県では、昨年認定された「琵琶湖とその水辺景観」に自治体として長浜市が加わって7市に広がり、構成要素として同市の「菅浦の湖岸集落景観」や西教寺(大津市)、彦根城(彦根市)など5件が追加されて計26件となった。 記者会見で三日月大造知事は「日本遺産として厚みや幅が広がった。認知度や受け入れ環境の向上に地域全体で取り組んでいきたい」と述べた日本遺産に認定された、舞鶴赤れんがパーク=上=と左下から猿島砲台跡(横須賀市)、旧佐世保無線電信所(佐世保市)、旧鎮守府司令長官官舎(呉市)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/26
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2016年04月25日 京都新聞HP 京都市下京区の東本願寺の能舞台で24日、15年ぶりに能の公演が行われた。同寺とゆかりの深い金剛流宗家の金剛永謹(ひさのり)さんが「鞍馬天狗(てんぐ)」を演じ、約500人の観客を魅了した 同寺の大規模修復完了を記念し、金剛流が定期能の特別公演として企画した。永謹さんは、牛若丸に兵法を授ける大天狗を、力強く演じ、若宗家の龍謹(たつのり)さんは慶事をことほぐ「高砂」を舞囃子(まいばやし)で披露した。 白書院に設けられた見所(客席)を埋めた観客たちは、目に鮮やかな青空や新緑など、屋外ならではのすがすがしい雰囲気で繰り広げられる舞台を堪能した。永謹さんは「普段の能楽堂と違い、時折風も吹き抜けて、心地よかった」と話した。 能舞台では50年に一度、宗祖親鸞の遠忌法要にあわせて式能が催され、明治期以降、金剛家の当主が、代々世話役を務めている。永謹さんは2001年に宗家継承披露の際にも舞台に上がっている。新緑の鮮やかな能舞台で演じられた「鞍馬天狗」(京都市下京区・東本願寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/26
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月3日の記事≫ 右前腕部に軟部腫瘍(しゅよう)が見つかった埼玉県に住む看護師の女性(48)は2015年7月、国立がん研究センター中央病院(東京都)を受診した。 腫瘍を取り出す手術の前に、まず、抗がん剤による治療を受けることになった。腫瘍を小さくする効果やほかの部位への転移を防ぐ効果をねらったものだ。 「腫瘍にあまり変化がみられなかった場合、右腕を切断することもありえます」。主治医の遠藤誠医師(39)からそう伝えられた。 埼玉県内の病院で腫瘍の組織を取る検査を受けて以来、激しい痛みとしびれが続いていた。 「こんなにつらいのに、なかなか他人にわかってもらえない。いっそのこと、切断した方が一目でわかってもらえていいのではないか」。そんなことを考えた。 8月に最初の化学療法を受けるため、入院した。痛みは少し軽くなったが、しびれは続いていた。 病院の1階に、以前から気になっている場所があった。がん治療に伴う外見の悩みに対応する「アピアランス支援センター」だ。入院後にさっそく訪ねてみると、看護師が紙芝居で「治療でなぜ髪が抜けるのか」といったテーマをわかりやすく説明してくれた。 長年看護師をしてきたが、整形外科などが主だったため、いろいろ勉強になった。抗がん剤の副作用で、頭髪が抜けるだけでなく、爪の色が変わり、まつ毛やまゆ毛も抜けることを初めて知った。 「母ががんで亡くなる前に知っていればよかった」と少し後悔した。 退院後に副作用で髪が抜けるのに備え、センターで教えてもらったインターネットのサイトでカツラを注文した。ふだんは短髪で髪を染めたことがない。伸びて色の境目ができるのが気になるし、それを防ぐため頻繁に染めるのがわずらわしいからだ。 「どうせ髪が抜けてカツラにするなら、見たことがない自分になりたい」。そう思って、茶髪のおかっぱのカツラにした。 講習会で、フレームのしっかりした眼鏡を使えば、まつ毛やまゆ毛が抜けても目立たないと教わった。抗がん剤治療開始から約2週間で髪が抜け始めた。カツラも眼鏡も間に合った。>抗がん剤治療開始から約2週間で髪が抜け始めた。 私も抗がん剤治療で、脱毛が起こりました。抗がん剤治療の振り返りを以前投稿したときの、「脱毛」の部分を再掲載します。◇抗癌剤治療振り返り 17 脱毛 副作用の一つ「脱毛」です。起こるべくして起こる副作用ですが、体が苦しいとかはなく、抗癌剤を止めればまた復活します。でもルックス的には一番気になる副作用です。同じ部屋で入院していたHDさんは、ある日突然バサッと抜けて、頭髪全部を剃ってしまったとおっしゃってましたが、私はそこまで酷くはならず、最後までそこそこ残りました。 面白いのは、私は「がん」を発病前にすでに頭頂部が薄くなっていたのすが、そこはあまり変わらず、横や後頭部など、まだまだ髪の毛がたくさんあったところが脱毛したということです。抗癌剤は成長の早い細胞にダメージを与えるということですので、もともと禿げて薄くなって死んでしまっているような毛根には影響をせず、しっかり残っている元気な毛根のみにダメージを与えたということかもしれません。 私の場合、第1クールの退院3週間後に急に脱毛が出ました。私は朝洗顔するときヘヤ―リキッドを使って整髪していますが、そのとき髪の毛がたくさん手に付いたので分かりました。その手に付いた本数を毎朝おおよそ数えて記録しました。それを図1の示します。この本数は、前日洗髪したかどうかも大きく影響してきますので、その日だけでなく、その日も含めた4日間の移動平均をプロットしました。 これを見る限り、どうも波があるようです。抗癌剤投与から1ヵ月くらいにピークが来て、その後軽くなり、また次の抗癌剤の1ヶ月後にピークが来るということのようです。現時点(注:2月22日時点)で最後のクールから1ヵ月半以上経っているので、そろそろ脱毛は治まるはずで、少しずつですが減っているのが分かります。 また新しい毛が生えるのに半年くらいかかるそうですが、重粒子線治療後、再発予防のために抗癌剤投与をすれば、発毛復活ではなく、また脱毛復活ということになります。それでも腎臓がなくなることによる透析よりは格段に受容しやすいです。腎不全で透析ならまだしも、元気な腎臓をとって透析というのは、できるなら避けたいと思って、重粒子線治療を選択しました。 脱毛が発生するのと同時くらいに、髭の伸び方も少なくなりましたし、足や手を見ると、毛がほとんどなくなっていました。爪も伸びるのが遅くなりました。 床屋は、普段は1ヵ月半に1回は行っていましたが、抗癌剤治療中はほとんど伸びなかったので、この半年に1回行っただけでした。 副作用にいかに対応するかという指南書に、脱毛に対して男性の場合は、「前もって短く切っておけば目立ちにくい」というのがよく書いてありますが、それはその通りだと思います。抗癌剤治療を開始する前に短くしておくことがお薦めです。 脱毛が始まると、寝ている間に枕にたくさん抜けた髪の毛が付いたり、床にたくさん髪の毛が落ちたりします。病院では定期的に掃除してもらえますが、気になる人は携帯用のコロコロを持っていくといいでしょう。図1よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/26
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【2016年4月25日(月)】 今日も天気良かったですが、黄砂のためでしょう、もやっとした空気感でした。 今日も昨日に続き閑居日。車に乗っての付き添いのみ外出でした。 昨晩のテニスのバルセロナ・オープン決勝。やはりナダル強しという感じですね。錦織選手も決して調子悪くはなく、攻めていたのですが、ここぞというときナダルが踏ん張り御ました。さすがです。やはり役者が一枚上という感は否めません。でも錦織選手は、このごろ取りこぼしがなくなり安定感が出てきたように思います。** 京都市内全寺社巡り 山科区#3-3 **「京都市全寺社巡り」3月30日(水)の歩き・山科区3日目の3回目。 主な訪問先は隨心院。この日歩いたコースは、下記の散歩日記に掲載。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201603300002/この日に訪れたスポットhttps://drive.google.com/open?id=1UaEup3T1OzGGZmur9FoyIeSBebs&usp=sharing前回書き込みhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604240006/●隨心院(続き)お寺の建物から出て、外周の境内を歩きます。・拝観パンフレットの俯瞰図・絵馬 小野小町が描かれています。・薬医門 外から見ています。・小野小町化粧の井戸 小野小町の屋敷跡に残る井戸で、小町が朝夕この水で粧をこらしたと 「都名所図絵」に記されています。・短歌を刻んだ石がたくさん並んでいます。 一般の方の短歌だと思います。以前、訪れたときはなかったので、ここ5年くらいの間に できたのでしょう。・小町庭苑入口・清滝権現・文塚 深草少将をはじめ当時の貴公子たちから小町に寄せられた千束の文を埋めたところと伝えます。・金堂跡の宝篋印塔・仁海僧正供養塔・榧の木(仁海僧正供養塔後ろ) 深草少将の百夜通いの折、小町は榧の実を糸に綴って数をとり、後にその実をこの地に植えたと 言います。かつては99本あったと伝えられています。そのうちの1本です。隨心院を出ます。お寺の方による団体客の境内での案内で、榧の大木が、地下鉄に向かう途中にあるとのことで行ってみました。・榧の木 残っている大木の一つです。地下鉄小野駅に向かって川沿いにあります。 注連縄が張ってあります。(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/25
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【2016年4月25日(月)】 黄砂でどことなくくすんだ遠景でしたが、気持ちのよい一日でした。今日は一人で散歩。 写真は、4月8日撮影「カスマグサ(かす間草)」@ご近所散歩。 マメ科ソラマメ属 。花期は4〜5月。原産地は日本、ユーラシア大陸など。 カラスノエンドウとスズメノエンドウの間の大きさであることから、それぞれの最初の文字「か」と「す」をとって、その間で「かす間草」と命名されたとのこと。この命名の仕方はユニークですね。「みんなの花図鑑」に写真を投稿して、この植物の名前を教えていただきました。kayu-さんよっちゃん×3さんkurumatabisky(車旅好)さんオレちゃんさんLADYBIRDさんmomochanさんkoryayasoさんありがとうございました。 次の写真は本日撮影の「ニシキギ(錦木)」。 目立ちませんが、緑の小さな花が咲いています。 ニシキギ科ニシキギ属の落葉低木。原産地は日本 朝鮮半島 中国。開花期は5~6月。紅葉した美しい姿を「錦」に例えらて「錦木」の名前があります。カエデ、スズランノキと並び世界三大紅葉樹のひとつです。 以前撮影したニシキギです。冬の枝だけの写真(2月2日撮影)http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201602070003/葉が出始めた頃の写真(4月6日撮影)http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604060002/よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/04/25
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2016年04月24日 京都新聞HP 松尾大社(京都市西京区)の神幸祭が24日、西京区や右京区などで営まれた。恒例の「船渡御」では、水深の影響で神輿(みこし)は渡せなかったが、ご神体を載せた船が桂川の水面(みなも)にこぎ出した。 豊作や氏子の安全を祈願し、平安前期に始まったとされる祭り。桂離宮横の桂川右岸から対岸に渡る船渡御は一時途絶えていたが、1983年に復活した。今年は、船着き場の水深が深かったことなどから安全確保のために神輿を船に載せることは断念し、ご神体のみで執り行った。 法被姿の氏子たちが担いだ神輿6基は午前11時ごろに大社を出発し、正午過ぎに桂離宮横に到着した。今年は、桂大橋を通って対岸に渡り、河原斎場祭を営んだ。「ホイット、ホイット」などの掛け声とともに勇壮に練る神輿に、観客たちは歓声を上げていた。桂川を船で渡るご神体と関係者(京都市右京区)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/25
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2016年04月24日 京都新聞HP 上賀茂神社(京都市北区)が世界遺産であることを示す石碑が境内に完成し、24日に除幕式があった。揮毫(きごう)した茶道裏千家の千玄室前家元らが、いしぶみの登場を祝った。 京都紫野ロータリークラブが結成40周年を記念して奉納した。上賀茂神社は「古都京都の文化財」の一つとして1994年に世界遺産登録されたが、表示するものがなかった。 石碑は一の鳥居前に設けられた。関係者が除幕を行い、「世界文化遺産」と書かれた大きな石碑が披露された。千氏は「世界から多くの人々を迎えてほしい」と話した。世界遺産の石碑除幕式(24日、上賀茂神社)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/25
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2016年04月24日 京都新聞HP 「ぼたん寺」として親しまれている京都府福知山市石原の洞玄寺で境内のボタンが見頃を迎えている。色鮮やかな大輪が訪れた人を魅了している。 洞玄寺は約40年前、檀家の寄進をきっかけにボタンを植えた。約30種、約250株があり、「福知山花の十景」にも選ばれている。 23日は参拝客が満開の赤やピンクの花弁をカメラに収めていた。同寺によると、ボタンは15日から咲き始め、今月いっぱい楽しめるという。29日午後1時半から茶席を設ける。拝観無料。渡辺英俊住職(63)は「ボタンの花は短命だが、花王と呼ばれるほど美しい」と話している。見頃を迎え、色鮮やかに咲くボタン(福知山市石原・洞玄寺)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/25
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2016年04月24日 京都新聞HP 非公開文化財などを公開する京都市と市観光協会のキャンペーン「京の冬の旅」の次回(2016年度)のテーマが、「大政奉還150年記念」に決まった。合わせて、公開予定の幕末ゆかりの寺院などが発表された。 16年度のキャンペーン期間は来年1月7日~3月18日。17年は、江戸幕府が政権を朝廷へ返上した1867(慶応3)年から150年に当たり、幕末の舞台などを紹介する。 京都守護職の会津藩主・松平容保が本陣を置いた金戒光明寺(左京区)では、大方丈で容保の遺墨や会津藩士のよろいやかぶとなどの寺宝を展示する。新選組との縁で知られる壬生寺(中京区)や、徳川将軍家と関わりが深い知恩院(東山区)の大方丈なども特別公開される。 定期観光バス「うるわしコース」は、金戒光明寺や大政奉還の舞台となった二条城(中京区)、王政復古の大号令の直後に徳川家の処遇を決める小御所会議が行われた京都御所(上京区)といった幕末の歴史に登場する地を巡る。 このほか、西福寺(東山区)と、妙心寺塔頭の大雄院と養徳院(いずれも右京区)を冬の旅では初公開する。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
2016/04/25
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朝日新聞「患者を生きる」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。≪2016年2月2日の記事≫ 埼玉県に住む看護師の女性(48)は2015年5月ごろ、右ひじの内側がはれて、少しふくれていることに気がついた。 当時、県内の着物学院に通い、組みひもづくりを習っていた。お気に入りのピアノデュオ「レ・フレール」のパリ公演で着物を着たくて、着付けを習いに行ったのがきっかけだ。「着物に合う組みひもをつくったら」と勧められた。 「変な力が入って、腕が太くなったんですかね」 右腕の異変について、組みひもの先生に話すと、「そんなわけないでしょう。もし、そんなことがあったら、生徒がいなくなっちゃうわよ」と笑われた。 それでも気になったので、勤め先の病院で医師に相談し、6月にMRIを撮った。画像を見た医師の所見には、サルコーマ(肉腫)などの疑いと書かれていた。MRIには、子持ちシシャモのような形の影が映っていた。 会社員の夫(56)は、診断結果を見て「オー、ジーザス」と言った。「なんで英語なの? どういう意味?」と問うと、「おお、神よという意味だ。ぼくの生みの母も育ての母もがんだった。どうして我が家にくる女性は皆がんになってしまうんだろう」と答えた。 おどけたようなその言い方に、女性は「彼の精いっぱいの強がりだな」と感じた。母親をはじめ、自分の身内にもがん患者が多く、「いつかは自分もがんになるのではないか」という予感はしていた。だから、がんになったこと自体はショックではなかった。 ただ気になったのは部位だった。「胃がんなどと違って、腕では周囲に隠しようがない」 7月に県内の総合病院を受診して、検査のため、右腕の腫瘍の組織を一部取った。希少がんの一種で、右前腕部の「軟部腫瘍(しゅよう)」と診断された。希少がんの症例が多い国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)で治療を受けることに決めた。 検査前は痛みもかゆみもまったくなかったが、組織を取ると、激しい痛みとしびれが襲ってきた。 「検査だけで、こんなに痛みがひどいなんて。腫瘍を全部取ったら右腕は助からないかも」。そう覚悟した。>右腕腕部の「軟部腫瘍」 私の2回目の「がん」は後腹膜の「軟部腫瘍」でした。部位は違いますが、同じがん種です。私も10万人に2人の希少がんと言われました。>希少がんの症例が多い国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)で>治療を受けることに決めた。 私は国立がん研究センター中央病院では治療は受けていませんが、セカンドオピニオンは2度受けました。診察を受けたM病院では、後腹膜腫瘍を治療した経験がなかったので、治療方法は手探りで考えるという感じでしたが、さすが国立がん研究センターでは症例を多く扱っているので、より具体的な説明が聞けました。結局、診察を受けた病院から提案された抗がん剤治療(薬剤名も同じ)を勧められました。 続いて、症例が多い大阪府立成人病センターでもセカンドオピニオンを受けました。やはり同じ意見でした。症例が多いこのセンターで治療を受けたいと思いました。しかし、私はすでに片方しか腎臓がないので、経過で透析が必要にになる可能性が高かったのです。このセンターでは透析ができないので、透析の可能性の高い患者さんは受け入れられないとのことでした。 抗がん剤治療なら特別な装置や技術もいらないし、どこで治療を受けてもそんなに変わらないはずと踏ん切りを付けて、結局、最初に診察を受けたM病院で、抗がん剤治療を受けることになりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________________________________________【関連カテゴリー記事一覧】◆がん治療情報http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=16◆がん治療日記http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10◆がん治療振り返りhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2016/04/25
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【2016年4月24日(日)】 昨日の三重県へのお墓参りの疲れが残っていました。昔はどうってことなく、お墓参り行った翌日も何か予定を入れたりしていましたが、やはり歳が歳だけに疲れが残るようになり、外出はできるだけ続けていれないように予定を組むようにしています。今のところ「サンデー毎日」なので、土日に予定を詰め込む必要もないということもあってですが。 ということで今日は閑居日でした。外出は散歩のみでした。 昨日メモを入れておいた実家近くの仏壇屋さんから電話がありました。小さめの仏壇を買わせていただいて、古い仏壇を処分したいと話しました。古い仏壇の処分に3万円ほどかかるとのこと。来月お墓参りに帰るときに、事前に連絡してお店に寄らせてもらって、仏壇のカタログなどいただくことにしました。次々回6月に帰ったときに、仏壇を注文し、8月の息子の7回忌のときに、古い仏壇の処分の供養と、新しい仏壇の開眼供養をしていただく予定です。小さな仏壇なら京都に車で運べるでしょう。少しずつ、実家の処分のことが前進しだしました。 ガスファンヒータとセラミックヒータを片付けました。** 京都市内全寺社巡り 山科区#3-2 **「京都市全寺社巡り」3月30日(水)の歩き・山科区3日目の2回目。 主な訪問先は隨心院。この日歩いたコースは、下記の散歩日記にあります。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201603300002/この日に訪れたスポットは下記。https://drive.google.com/open?id=1UaEup3T1OzGGZmur9FoyIeSBebs&usp=sharing前回書き込みは下記。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201604220005/●隨心院(続き)・薬医門(玄関から見る) 玄関、書院と同じく、寛永年間(1624-1631)の建築で、九条家ゆかりの天真院尼の寄進 によるもの。玄関の左右に小玄関、使者の間があり、襖絵は狩野永納の時代のもので、 「花鳥山水の図」、「四愛の図」が描かれている。 ・小町榧 小町が種を蒔いた言われる、小町榧の切り株。(伝説) ・庭・庭 左は本堂 本堂は、慶長4年(1599)、桃山期の建築で、宸殿造り・本堂の仏像群 金剛薩埵像 重文 鎌倉時代 快慶作薬師如来像 平安時代後期如意輪観世音菩薩坐像(本尊) 鎌倉時代阿弥陀如来坐像 重文 平安時代後期 伝・定朝作不動明王像 平安時代後期弘法大師像 江戸時代開山仁海僧正像 江戸時代釈迦三尊像 釈迦如来像(室町時代) 普賢菩薩像(平安時代後期) 文殊菩薩像(南北朝時代)・奥書院 徳川初期の建造で、狩野派の筆による「舞楽の図」「節会饗宴の図」 「賢聖の障子」「虎の図」よりなる、舞楽の図節会饗宴の図賢聖の障子・榧(かや)の実 次の深草少将の百夜通いの伝説に基づきます。 小町は深草少将に、百夜ここに来たら、望みをかなえると言った。 少将は、くる度に、かやの実を1個置いていった。 小町は、実に穴を開けて、糸を通した。 何回来たか分かるようにした。 実には、穴が開いている。 ・請雨本尊石・全国の小町伝説の説明・はねず踊りの人形・ご朱印(続きます)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2016/04/24
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【2016年4月24日(日)】 雨が降るかもしれない天気予報でしたが、何とかもちました。 久しぶりに二人散歩。といっても、ドラッグストアに買い物に行くついでに、往きの1000歩程度をいっしょに散歩しただけ。店で別れて、あとは一人で散歩でした。ワンちゃん散歩含め、5000歩。 写真は、4月8日撮影の「オランダミミナグサ(阿蘭陀耳菜草)」@ご近所散歩。 ナデシコ目ナデシコ科ミミナグサ属。ヨーロッパ原産の帰化植物。「耳菜草」の名は、2つに分かれた形の葉っぱが「ねずみの耳」に似ていて、かつ、食用にもなるところから、「耳」と「菜」で「耳菜草」となったとのこと。欧州原産なので「オランダ」が付きました。花期は3~5月。「みんなの花図鑑」サイトで、この植物の名前を教えていただきました。kayu-さんよっちゃん×3さん秀さんだよさんkurumatabisky(車旅好)さんオレちゃんさんLADYBIRDさんたぁくんさんkoryayasoさんmomochanさんありがとうございました。 次の写真は4月11日撮影の「モミジバフウ(紅葉葉楓)」@京都桂坂ご近所散歩。 バス通りにある並木です。花期は4月頃。秋に素晴らしい紅葉を見せてくれる木です。実がほとんど落ち、この日くらいから葉が出始めました。 別名をアメリカフウ。 フウ科フウ属。北米原産の落葉高木。大正時代に渡来しました。 葉が5~7分裂することがカエデ類に似ますが、カエデ類は葉が対生に対し、本種は互生であることで見分けることができます。 名前の由来は葉が紅葉の(モミジ)の葉に似たカエデ(楓)というところから。モミジバフウの葉は橙色から赤に鮮やかに紅葉し、葉の形だけではなく、紅葉の色もモミジの名にふさわしい。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村____________________________「散歩・草花記」カテゴリー 色んな花が登場します。http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=34
2016/04/24
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2016年04月23日 京都新聞HP 明治期に京都で行われていた美術教育をテーマにした企画展「日本画初めの一歩-教科書にみる明治美術教育」が23日から、京都市下京区御幸町通仏光寺下ルの市学校歴史博物館で始まる。当時の教科書や生徒が描いた絵画作品など約80点が並び、教育の変遷や実態に迫っている。 明治初期には文明開化の風潮に伴い、鉛筆を使った西洋画の教育が始まった。京都では日本画の衰退を恐れた画家らの働きかけで明治20年代に、全国に先駆けて毛筆で日本画の授業が行われた。 展示されている教科書には、巨勢小石や望月玉泉ら当時の一流画家が作成したものがあり、上質の紙が使用されていた。子どもたちが教科書を基に描いた絵なども並んでいる。 美術教育をめぐっては、後に国定教科書で毛筆画と鉛筆画の教科書が別々に作られ、1910(明治43)年には区別はなくなった。企画展ではこの一連の流れを追っている。 一部教科書の複製を作っており、手にすることができる。 博物館の森光彦学芸員は「画家たちが、日本画の文化継承者として子どもたちを大事に考えていたことがうかがえる」と話す。 6月28日まで。水曜休館で祝日の場合は翌平日。入館料が必要。明治期の教科書などを通して当時の美術教育について考える企画展(京都市下京区・市学校歴史博物館)< 京都市学校歴史博物館について>京都では,明治2年(1869年)に,日本で最初に番組小学校とよばれる学区制の小学校が64校つくられました。 京都市学校歴史博物館は,番組小学校に関する資料をはじめ,京都市の学校に遺された教科書や教材・教具などの教育資料,また卒業生などが学校に寄贈した数々の美術工芸品を収集・保存して展示しています。 元 京都市立開智小学校の校舎が使われています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_____________________________________________________「京都のニュース」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=20「京都の行事・お祭り案内」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=32「京都検定過去問」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28
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