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『読売新聞』が社説を出しました10月31日付『読売新聞』の社説です。http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20151030-OYT1T50140.html題は「民主・共産接近 岡田氏が失う物は少なくない」ですが、『読売』らしい期待とおどかしをもった社説の中身です。それでも国民の側からしたら、そこにはどのような問題があるのか、教えてくれてます。
2015年10月31日
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10月のみかんのまとめですこの10月は、柿の収穫が忙しかった。今年は、何年かに一回の柿のなり年で、繰り返し木にのぼる羽目になりました。どこの柿もそうだったと思いますが、自然のありがたい恵みでした。本題のみかんの収穫ですが、10月29日から本番の収穫作業が始まりだしました。初めは少しずつですが、これから忙しくなっていくはずです。これは10月29日、今年最初のみかんの収穫です。早生みかんが2コンテナ、それと柿とスダチです。農家にとっては、収穫は忙しくもあり、楽しい時でもあります。一年のあれやこれやの苦労が、綺麗な果実として実り、収穫する時ですから。しかし、当方のみかん園は、成木が去年は18本あったんですが。この1年間で、2本が完全に枯れて、2本が半身不随に、結局、ことしは、14本での収穫というように減ってしまいました。原因はカミキリムシによる加害ですが、しかたありません。しかし、この10月はみかんのもう一つの問題が見えてきました。今、日本の農家に強いられようとしている政治の問題です。10月4日に、TPPが「大筋で合意した」と政府発表が流されました。TPPとの言葉は踊っても、「秘密交渉」でしたから、何をどんな中身で交渉しているか、当事者の農家とっても、まったく中身は知らされてなかったんですね。その後、秘密にされてきた実際の内容が見えてきました。直近の、静岡県のミカン農家の方の声です。『1991年のオレンジの輸入自由化のショックからまだ立ち直れていない。私のところでも、みかん収入はかつての三分の一、これからどうなるか心配だ』(『赤旗日曜版』11月1日号)農家は、自然を相手に日々汗水流しているわけですが、作物をつくることには詳しいんですが、それを取り巻く社会には、視野が薄い。知らない間に、政治により生産条件が大きく変えられちゃうことがあるんですね。今のTPP問題も、またそうした変わり目です。この「1991年のオレンジの輸入自由化」ですが、その時は部外者でしたが、みかんをつくっていると、どうしても規格落ちのみかんが出来ます。かつては、規格落ちしたみかんでも、それなりの価格でジュース用に出せました。最小限であっても、ある程度の価格で引き取られていたと思います。それが、一定の品質のみかんをつくることの下支えになっていた。ところが、今は違います。このオレンジの自由化によって、低価格のオレンジ果汁が輸入されるようになった。スーパーで100円くらいで紙パックでオレンジジュースが売られるようになった。こうなったら、農家の果汁用のみかんの出荷は、ただ同然の価格になっています。みかんを川に流したり、農道にばら撒いたり、つくればそれだけ赤字というわけです。誰が、こんな亡国の農政をすすめているのか。補助金で依存させてるんですね。いつまで、農家はそんな農政に甘んじているのか。自身の権利を自覚せよです。今回のTPPでみかん農家をどうしようとしているのか。これは10月10日付の「東京新聞」でしたが。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201510190000/ようするに、果汁もさることながら、果実の本体の関税を段階的に0パーセントにするというんです。現在の6-11月は16パーセント 12-5月は32パーセントの関税がかけられているそうです。(現行の関税がどうなっていたか、当方にとっては初耳だったんですが)温州みかんの収穫期は11-12月ですし、中・晩柑橘はその後が収穫です。だから、オレンジの輸入自由化は、それ自体問題ですが、国内の農家を保護するために関税をかけていた。それを今回のTPPは、段階的に廃止するというんです。6年後までに4-11月の関税を0パーセントに、8年後には12月-3月の関税を0パーセントにするというんです。現状を維持・改善するのではなく、輸入品に食文化が変わっても仕方なしとすること。こんなことを勝手に政府が決めて、国民・農民に押し付けようというんです。「保護策を廃止するから、あとは自分で生産性の向上に努力せよ」というんですね。ひどい政策です。農業を知らない人が決めているとしか考えられません。これから、このTPPが国会で内容審議され、批准されるわけですが、とんでもない内容がゴロゴロ並んでいます。どういいくるめるのか。はたして、まともに農家の声が生かされるか。生かされっこないことは、これまでの歴史と、今回の交渉過程がしめしています。その国民無視は、原発、戦争法、沖縄基地などで、強行することは明らかです。自公議員の多数決で、ドンドン推し進めるということです。こんな無茶苦茶な政府は、変えるしかありません。農業を、国民の食生活を、まともにまもる政治にかえなければなりません。さいわいにも様々な分野で、そうした声がおきてきていますから、それらが合流できれば、本当に政治をかえることができます。それしか、農家と国民にとって安心・安全の道はなし、ということです。これが、休日農夫の10月の結論です。さて、そうした中でも、自然は癒しを与えてくれます。これはラッキョウの花です。
2015年10月31日
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みかんについてのTPP交渉、2つの話当方は、みかん栽培を休日農夫で行っています。農家は、日々自然を相手にして汗を流してます。TPP交渉については、ニュースで知る程度だったんですが、自分のみかん生産がどう関係するか、ほとんどわからないことでした。10月4日にTPPが「大筋で合意した」との政府発表が、大々的に伝えられました。このTPPでみかんがどのように関係しているか、あとからみえてきました。10月19日でしたが、みかんの関税が段階的にゼロにするとの中身を知りました。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201510190000/今日、10月30日付「東京新聞」には、オレンジについて、交渉に当たった農林水産省による影響分析が紹介されてました。それによると、1、「国産温州みかんは現在、輸入オレンジと2倍程度の価格差がある中で食味や食べやすさが異なることから、輸入オレンジと区別されているのが現状。2、「オレンジ果汁の輸入量10万トンのうち7割をブラジルが占めており、TPP国からは1割程度の状況。3、「関税は即時撤廃ではなく段階的に撤廃する。4、「TPP合意による影響は限定的とみこまれる。関税の削減・撤廃による輸入国の変化などにより、長期的には国産温州みかんや果汁の価格下落も懸念される。5、「生産性向上など体質強化策の検討が必要。 以上の内容が、農水省が分析した「TPP影響分析の詳報」です。農協は、国産ミカンの水準を高めるために、生産者に対し技術指導の働きかけしています。当方も初心者対象のみかん栽培の講習会に参加してきました。みかんジュースの問題ですが。みかんをつくってると、規格落ちしたみかんが、どうしても出来てしまいます。以前であれば、それはジュース用に一定価格で引き当てられていたはずですが。今現在は、ほとんど生産価格にまったく見合わない値段で引き取られています。まぁ、川や農道に捨てるよりはまし、といったところです。しかも、その引き取りすらも、農協ルートでみかんを出荷している組合員に限定されてます。いつからこうした状況になったのか。今回の農水省報告に「オレンジ果汁の輸入量10万トン」とあります。どうやら、果汁価格の下落のはここに原因があったようです。農家の当事者の知らないところで、政治決定で低価格の輸入に道を開いていたんですね。今回は、ジュースもそうですが、みかんそのものの関税を段階的に撤廃するというんですね。もう一つの記事ですが、「赤旗日曜版」11月1日号にこんな記事をみつけました。「輸入自由化の影響から立ち直れてないのに」と題して、静岡のミカン農家の方の話です。その話によると「1991年のオレンジ輸入自由化のショックからまだ立ち直れてない。価格低迷と消費量減少で、私のところでもみかんの収入はかつての三分の一。これからどうなるか心配だ。」と。これは、みかん農家の生の声ですね。どうやら、農家は自然を相手にしていただけではだめで、安倍政権がすすめようとしているTPP農政について、これを監視していかないと、とんでもない状況を強いられることです。さらに、私などがみかんに係わるようになったのはこの14年くらいですが、私などが知らなかったところで、農家の基盤を崩す農業政策が、この最近に展開されてきたようです。みかんもその一つということです。その延長線上に現在のTPPがあり、弱肉強食の農家対策が行われている。農業の大勢を切り捨てようとしている。これは沖縄県民に対する内容と姿勢と、まったく共通ですね。安倍自公政権は、勝手に関税撤廃の政治決定して、国内の農業生産者の声を無視して、それを押し付けてくる。ここでも非常事態です。日本農業を壊滅させることのないよう、自国の農業を守る政策をはかるように、今の政治を切り替える声を上げるべき時ですね。
2015年10月30日
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今年のみかんの初収穫です真鶴のみかん園では、味見の程度では収穫してましたが。今日、10月29日は、早生みかんの最初の収穫らしい収穫でした。本日の収穫です。早生みかんを2コンテナ、柿を60個、それとスダチ、これが本日の収穫でした。今年は柿が、いつになくたくさん採れました。柿は、早生みかんと一緒に送ってあげたいんですが、例年はそうしているんですが、今年は、みかんが成熟して来るのを待っていると、柿は熟し過ぎてしまいますから、先行するかたちで、この間は柿を中心に提供してきました。柿の大方の収穫が片付いたところで、今度は早生みかんの収穫の始まりです。早生みかんの木は、ようやく成熟しだしてきました。この写真は、本日の収穫をすました後の早生みかんの木です。写真では分かりにくいんですが、みかんが色づいていますが、それは序の口です。問題は、その色づきが果実の成熟まですすんでいるかとうか、この点です。その印は、果皮の全体が色づくこと、すこし赤味がかった色づきを示しだすことです。ふつうは、数日から一週間くらい置いておきます。一般には、少し置くことで、みかんの酸味が抜けて、あまくおいしくなるといわれています。みかんの味には、人それぞれによって、いろいろ好みがあります。昨今では、甘さを中心に追求しているみかんが一般的です。そんな中で、当方としては、酸味の少し残っている下での甘さを目指しています。これは、新鮮でなければ味わえない味なんですが。収穫した果実ですが、これは近しい親類・縁者あてに発送しました。これが、当方の季節の便りです。これから12月末まで、〔収穫-搬送-箱詰め-出荷〕のサイクルですが、一週間で、これを2回転する形ですすめていきます。目標は、5キロ箱で200箱の出荷することです。この出荷計画ですが、この当初の予定は、カミキリムシによりみかんの木が枯らされている事態がすすんだため、実際には、需要・供給のバランスがくずされちゃっていて、みかんが不足すると思います。このため、今回も、みかん園を営む知人に助けを求めることにしています。消費者への供給は、すでに約束しちゃってますから、それは果たさなければなりません。「西湘みかん」として、これから年末まで、収穫-出荷作業にかかります。
2015年10月29日
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お茶の木の剪定をしました10月25日のみかん園ですが。今は、早生みかんが成熟するのを待っているところです。「果報を寝て待っている」わけです。その手待ちの時間を利用して、今回はお茶の木の剪定をしました。お茶の木は、みかん園の土手に、ただひと柵あるだけなんですが。ぼさぼさに伸び放題になっていましたが。その枝を、刈り込みばさみをつかって、低めに刈り揃えました。お茶の木は、みかん園の土手の崩落を防ぐ役目で植えられています。毎年5月初め、八十八夜のころに茶摘みをするようにしています。当方は、茶葉にして2キロくらいの収穫があり、それを製茶して、新茶300グラムくらいが自家用にとれます。小田原方面のみかん園では、かなりの農家が、畑の一角でお茶を栽培しています。JAが季節限定で製茶工場を稼働させます。この地域のブランド品-「足柄茶」として、一般にも流通しているんですね。さて、みかんの方ですが、早生みかんが、そろそろ収穫の始まる時です。今回も、ほんの少しでしたが収穫を始めようとしたんです。ですが、やはり収穫するのをやめました。せっかくのみかんです、ここまで我慢して成熟するのを待ってきたんですから、画龍点睛を欠かないように、納得できる味を提供できるように、もうあとチョットですが、我慢することにしました。ここが肝心のところです。明日、10月29日こそは、すこし収穫できると思っているんですが。
2015年10月28日
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ミツバチは元気に活動しています10月25日、みかん園のミツバチの様子です。陽が差す前は物静かだった巣箱の入り口でしたが、太陽が当たるようになると、ミツバチの動きが始まりだします。早くも、オレンジ色の花粉の袋を抱えて、働き蜂が帰ってきました。ミツバチの飼育は、これまで過去2回失敗しています。最初の年・2013年は、10月2日にスムシが大発生したことで逃去してしまいました。二度目の去年・2014年は、10月25日に、やはりスムシが大発生して逃去してしまいました。従って、普段通りに、無事に10月25日を迎えれた今年というのは、初めてなんです。当方にとっては、これから、未踏の時期に入っていくことになります。ちょっと早いのですが、巣箱は防寒用にベッドパッドで包みました。巣箱は、みかん園の中に置いてあります。太陽が上り、巣箱に陽が当たるようになり、あたりが暖かくなると、ミツハチたちの活動は、巣門をみていると、出入りが活発になります。花粉は、巣箱の中での子育てに使われるのだそうです。これまでのところ、大事なく順調に推移してきています。巣箱の中には給餌器が一つ入れてあります。10日間おきくらいに、砂糖水を補充をしてきました。今回見たら、中がまつたくの空になっていたので、新たに補充しておきました。この秋は、スズメバチやスムシの大攻撃は、これまでと違って、いまのところありません。養蜂家の方のアドバイスによると、「ミツバチが元気なら、スズメバチも近づかないし、スムシの発生も抑えられる」とのこと。この指摘のとおり、この間のミツバチたちの活発さが、攻撃を防いでいるのかもしれません。10月も下旬となり、富士山の初冠雪の便りも届きました。このごろでは、朝晩が冷え込みもきびしくなりはじめました。今がスズメバチやスムシの活動期も最終盤にきているとおもいます。この時期が難関なんですが、ここを過ぎれば、無事に11月中旬まで推移することができれば、当みかん園で、初めてミツバチが越冬態勢に入ることになるのですが。
2015年10月27日
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プレハーノフ著『史的一元論』を読んでます 『史的一元論』(川内唯彦訳 岩波文庫)を読んでます。これは読みかけで放置されていたものですが、読みだした最初は1970年2月なんですね。 この間の『ドイツ・イデオロギー』は、まだ読んでいる途中なんですが、ちょっと寄り道です。 『史的一元論』は、プレハーノフ(1856年-1918年5月)が、1895年に亡命先のイギリスで書いたものとのこと。マルクスが、それ以前のどのような遺産を引き継いで唯物論的歴史観を確立したかを検討しています。 その中身は、第一章「十八世紀のフランス唯物論」、第二章「王政復古時代のフランスの歴史家」、第三章「空想的社会主義者」、第四章「ドイツの観念論哲学」、第五章「近代唯物論」です。 これは『ドイツ・イデオロギー』が直面しているテーマとも重なっているんですね。 プレハーノフはエンゲルスとも親交があった。1895年8月5日にエンゲルスは亡くなりますが、その半年前にプレハーノフにあてて「これ(『史的一元論』)を、(ロシア)国内そのもので出版することができたのは、大成功です。これは一歩前進です。」(1895年2月8日 全集第39巻)と手紙しています。 レーニンもこの本を「ロシアのマルクス主義者の一世代全体をそだてあげた書物」(1910年8月30日 全集第16巻)と評価しています。 訳者によると、プレハーノフの生涯は三つの時期にわけれると。 第一期は1875年から1883年までで、ナロードニキの団体で活動していた時期。 第二期は、1883年から1903年まで、科学的社会主義の立場からナロードニキと論争した時期。「ロシア・マルクス主義の父」ともいわれるのは、この時期の業績です。 第三期は、1903年以降。ロシア社会民主労働党第二回大会のあとメンシェヴィキの立場に立つようになり、二月革命後はプロレタリアートの社会主義革命を否定したとのこと。 この三つの時期です。 エンゲルスとレーニンがここで批評しているのは、この第二期についての評価です。『史的一元論』というのは、この時期に書かれたもので、プレハーノフの代表作とされる著作です。 今は、『史的一元論』を読んでいる途中ですし、全般的な印象ですが。 この著作は、科学的社会主義が成立する上で、それがそれ以前のどのような哲学や歴史思想を背景にしていたか、それをどの様な点で批判的に前進させたのか、これを解明しています。いわゆる「三つの源泉、構成部分」ということですが、ここでは、その原典からの抜粋することで、しっかりした基礎を紹介してくれています。解明の仕方も独創的なものがあります。 全体として、今日的にも新鮮に読めるものではないかと感じています。中身については、また後日、紹介したいと思っています。
2015年10月26日
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柿の実には秋晴れが合います10月25日のみかん園行きですが、柿の収穫が中心になりました。今年の柿は、各地でもそうでしょうが、よく実をつけています。樹上で熟した実を、鳥たちが突っつきだしています。それで、今日は柿の収穫を中心にしました。今日だけで、柿の実を70個くらいは採ったと思います。朝、みかん園に向かう時に、富士山が良く見えました。午前6時22分、平塚から見えた富士山です。この間は秋晴れが続いているため、山頂近くの雪は、少し薄くなりました。さらに走って、6時36分に小田原から見えた富士山です。平塚より近づきましたから、写真でアップするとジグザグの登山道までみえます。穏やかな秋晴れです。柿にしても、みかんにしても、この秋晴れが果実の成熟にとって大事なんですね。みかんの方ですが、早生みかんがだいぶ色づいてきました。秋晴れの青空を背景にしてみかんをみると、じつによい色に見えてきます。これは早生みかんですが、成熟しだしていることが分かりますが、あと少し我慢です。中には、収穫しても大丈夫そうなのもありますが。もう収穫してもよさそうなみかんも出き始めていました。なかには鳥たちが味試しした痕があるのもありました。鳥たちがチョンとくちばしで突っついた痕があるあるみかんもありました。さすがに鳥たちはグルメで、美味しそうに完熟したみかんを試しています。しかし、鳥たちに突っつかれたみかんは、痛み始めますから、除去するようにしています。初期には、このくらい色づくと、収穫を始め出していたんですが。最近では慎重にしています。樹上で完熟させるためには、もうあと少しなんですが、せっかく熟し始めたわけですから、早も義をしないように、あと少しですが、見守っているところです。
2015年10月25日
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箱根・大平台で湯治してきました10月24日(土)、今日は骨休めです。箱根・大平台の姫之湯で湯治をしてきました。午前8時45分、朝日の当たりだした姫之湯です。背後の山も、大平台から見た限り、紅葉にはまだ早いようでした。休憩所の方は、一人で独占、完全に貸し切り状態でした。当方は湯治ですから、仮眠あり、温泉あり、ゆったりのんびりでした。今回は、『ドイツ・イデオロギー』の途中ですが、少し寄り道しています。プレハーノフの『史的一元論』(岩波文庫)を持ち込みました。これは1895年に亡命先のイギリスで書いたものとのこと。どの様なそれ以前の遺産を引き継いでマルクスは唯物論的歴史観を確立したかを検討しています。『ドイツ・イデオロギー』とテーマが重なっているわけです。エンゲルスは、亡くなる半年前ですが、「これを国内そのもので出版することができたのは、大成功です。これは一歩前進です。」(1895年2月8日 第39巻)と手紙しています。レーニンもこの本を「ロシアのマルクス主義者の一世代全体をそだてあげた書物」(1910年8月30日 第16巻)と評価しています。まだ読んでいる途中なんですが、これらの評価について「なるほど」と納得しています。今日の温泉ですが、そこそこのお客さんがありました。お昼くらいはすいていましたが。利用する方たちは、この秋晴れの下、箱根山をハイキングした中でのようでした。荷物といでたちが、それを示していました。今回も、少し周りを散歩しました。内山愚童のお墓から出発です。手前のノツペラボウがお墓です。国賊非国民として圧迫された傷跡を、このお墓が示しています。そのあとで、大平台の寄せ木細工のお店-「箱根工芸」によりました。寄せ木細工でつくってあるストラップを買いました。お店には先客があって、お箸をいろいろ選んで買っていました。お店の中には、立派な寄せ木細工の工芸品はもちろんですが、けん玉とか、木をつかった懐かしい品々が、いろいろと並んでいました。
2015年10月24日
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みかんの収穫の始まりです真鶴のみかん園では、10月21日、ついに収穫が始まりだしました。まだ初めですから、成熟したみかんはほんの少しなんですが。これは早生みかんの成木です。この辺はかなり色づいていますが、あと少し我慢することにして、収穫していません。今回収穫したのは、早生みかんの小木からでした。この木は、前回に熟したみかんを収穫しましたから、本当は少し時間を置いて、残ったみかんが熟すのを待った方が良いのですが。全体の中で、やはり色づいていましたから、ついつい手が出てしまいました。次の木は、早生みかんの成木です。早生みかんの成木も色づきが進みだしています。早生の成木は、全部で5本しかありませんから、貴重です。おそらく、次回の収穫は、この木の中の成熟したものを選んで、収穫すると思います。早生みかんの収穫作業は、これまでの経験からして、11月3日(文化の日)を目途に収穫を始めるようにしています。その前にも一部は色づきますが、極力早もぎしないようにと、はやる気持ちを抑えるようにしています。次は、同じ木を反対側から見たものです。左側が早生みかんの木で、右側は普通温州みかんの木です。みかんの色が、成熟が、早生の木のが早いことが分かると思います。当方の目算では、早生みかんは11月に収穫し、普通温州みかんは12月に収穫するようにと、一般的には考えています。しかし、それはあくまで「一般的」なことで、その年の気候や、日当たりなどの条件によって、個々の木に差が出てきます。また同じ木でも、みかんのついている位置によって、成熟のすすみ具合がかわってきます。要は、図式的にならず、全体によく目をくばるようにして、熟した美味しいみかんを収穫するようにすること。実際に味も確かめて、早やもぎはしないようにすることです。問題は、出荷計画と収穫予想とのギャップをどうするかです。今年は、普通なら表年に当たってますから、去年よりみかんはたくさん採れるはずでしたが。この一年で、カミキリムシにより、成木が4本も枯らされちゃったんですね。このため、今年収穫できそうなのは、早生が4本、普通温州が9本、(裏年の木が2本)で、計13本です。(14年前は27本ありましたから、この間に半分に減ってしまった。小木というのは、枯らしちゃった木に対し、そこに植え替えしたものですが、その木がある程度の量のみかんが収穫できるようになるのは、5年先、10年先です)今年の実際の収穫量はどうなるか。+要因は表年分ですし、-要因は木を枯らされた分です。それを相殺して、収穫量を予想することは難しかったのですね。しかし、出荷計画は守らなければなりません。約束ですから。これまでも、みかん園を営む知人に、落ち込んだ分を補充してもらってました。今回もSOSです。枯らした木の減収分ですが、これは、今年も知人に頼んで、なんとか不足を補いたいと思っています。なんとか不渡りをきたさないように、年末まで頑張るということです。
2015年10月23日
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巣箱に防寒カバーをつけましたいよいよ朝晩の寒さを感じるこのごろです。10月21日、まだ、少し早いとは思いますが、ミツバチの巣箱に寒さ除けのカバーをつけてみました。本格的な寒さは、まだ先ですが、試しに防寒具をつけてみました。その材料はというと、職場で介護用具で不要になったものを利用するようにしました。巣箱の天上と下の板は、介護ベッドの木製ボードで、傷がついて使えなくなったものです。巣箱を覆ったのは、ベッドパッドで、しみが抜けないので廃棄されたものです。巣箱の周りを止めているバンドは、車いすのタイヤチューブで、廃棄されたものです。朝の巣箱の様子ですが、これは日の当たる前です。まだ寒いためか、巣門にミツバチが1,2匹いるだけで、いたって静かです。本当に、巣箱の中にミツバチがいるか、心配になるくらいです。防寒用に覆いをした後ですが、周囲の様子を偵察しているのでしょうか、巣箱の周りに数匹が出てきていました。「なんだ、この白い布は」「いつもとまわりが、少し違うぞ」外からの侵入者がないか、周囲に目を光らせています。やがて太陽があたるようになって、しばらくたちました。午前11時ころだったでしょうか。巣門の周りはにぎやかになりました。すでに花粉を集めて帰って来た働き蜂もまじっています。どうも正面の入り口よりも、脇のすき間の方のがたくさん集まっています。脇のすき間を勝手口として、たくさんの蜂がつかっているようです。当方は、これからは、みかんの収穫が中心になっていきます。少し早いとは思いますが、ミツバチの方は晩秋態勢へ移行してもらいました。あとは、スムシが異常発生しないか、時々様子をみる様にしていきますが。これまでのところ、過去二回の失敗した時とは様子が違っています。今時点でのミツバチの動きですが、かつての時に比べて活発なものと見ています。ミツバチが元気なら、スズメバチもスムシも、簡単には勝手なことは出来ないでしょう。しかし、急に暗転した経験が、去年と一昨年の2回の失敗経験がありますから、気を緩めずに、引き続き巣箱の様子を、監視するようにしていきます。
2015年10月22日
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今日は柿がたくさん採れましたみかん園の土手には柿の木があります。今年は、あちこちで、柿がなり年だという声を聞きます。当方も同様です。今日(10月21日)は、たくさん柿の実が採れました。柿の木は、みかん園の土手に植えられています。土手の崩落を防止する役割をもって植えられているんですね。足場の悪い場所にあります。それにみかんの木の丈夫なものとはちがって、柿の木はある程度太い枝でもボキッと折れちゃうことがありますから、収穫には木から落ちないよう注意が必要です。ほとんど手入れなどしてないのですが、それでも立派な実をつけてくれました。みかんの収穫が忙しくなる前のこの時期ですから、ちょうどいい。しかし、美味しそうでみごとな柿は、だいたい木の高いところに、枝の先の方にあります。人が採らなければ、間違いなく鳥のえさになってしまいます。それにしても、手の届かない高いところに、簡単に折れそうな枝に、実は付いています。これをどの様に採るのか、それが問題ですし、工夫のしどころです。最初の写真が示す通り、この難問は何とかクリアーしています。人間の欲というのは、様々な障害を乗り越えていきます。問題は、収穫した柿をどうするか、です。これだけたくさん採れると、いくら欲張っても食べきれません。収穫した翌日には、時ならぬサンタクロースの展開です。せっかくの、この自然の恵みですから、粗末にしないで、思い切って消費者の所へ届けるということです。今年はサンタクロースも忙しそうです。
2015年10月21日
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戦争法が強行されて一カ月10月19日夜、国会前で集会が開かれたそうです。「総がかり行動実行委員会」の主催とのこと。戦争法が強行されて一カ月、毎月19日に行動することが申し合われていたんですね。そこでの共産党・山下芳生書記局長のあいさつです。http://www.jcp.or.jp/web_mov/2015/10/post-2473.htmlこれは共産党のホームページからですが、なかなか素晴らしい状況の下で、素晴らしい演説です。「戦争法廃止へ、新しい政府づくりへ」国民的運動が一歩一歩前進していることが示されています。
2015年10月20日
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早生みかんとラッキョウの花この間、紹介が出来なかった写真です。10月14日、神奈川県真鶴のみかん園ですが。いよいよ早生みかんが成熟し始めています。小木の方が、成木よりも一足早く成熟がすすんでいます。これは、宮川早生の小木です。よい色をしているでしょう。赤味を帯びてきたのは、「もう収穫しても大丈夫」というサインです。同じ早生みかんでも、成木の方をみると、こちらはまだこれからです。色づきが始まりだしたばかりで、進んだ果実でもまだ黄緑色です。11月の文化の日あたりが、収穫が始まる時期でしょうか。みかんの枝先にクモが巣をつくっていました。「ジョロウグモ」です。人間には無害なんですが。みかん園にいる昆虫をつかまえようとして、あちこちで枝の空間に巣をはっています。以前は害虫駆除の働きにもなるので、寛大に放置しておいたんですが、今はミツバチを捕えようと狙っていて、実際にはその跡ががあります。あちこちに巣があることから、かなりの数のミツバチが捕まえられています。「とんでもない!」。従って、この秋からはジョロウグモへの対処を変えました。巣を見つけ次第、その都度、ただちに、棒で巣を払うようにしています。みかん園のすき間には、ミニ菜園をつくってあります。手のかからない、サトイモとラッキョウが植えてあるんですが。今、ラッキョウに花がついています。線香花火の様なラッキョウの花ですが、わかるでしょか。小さく地味ですが、ところどころに蕾を膨らませていました。これがその花です。今の時期、ピンク色の花が咲くんですが、もうあと少しです。ドタバタしていたり、遠出の合間だったりで、せっかく花が咲いたのに、ついつい見逃しがちです。いよいよ、これから、みかんの収穫の時期に入っていきます。初めはスローに始まります。電車が走りだす時と同じです。せっかく、これまで育ててきたみかんですから、あくまで慎重に、極力早やもぎを避けて、成熟するのをしっかり確かめながら。しかし、そのうちには、猫の手も借りたくなる忙しさになるはずです。芸能人並みの忙しさになるはずです。今年の目標は、年末までに5キロ×200箱=1000キロの収穫目標です。どんな時にも、当方としては、あくまで熟したものしか採らないようにしています。画竜点睛を描くようなことは、愚の愚です。(かつて、それがあったんですが)美味しいみかんを提供するためには、喜んでもらえるためには、そのしっかりした選択的収穫をすることが、一番肝心なところです。
2015年10月20日
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TPPでみかん農家が直面すること 10月14日付のブログで、「みかんとTPP」について紹介しました。 当方は、休日農夫として神奈川県の真鶴でみかんを栽培しています。 みかん栽培といっても、15本のみかんの木ですから、農家の数には入らないのですが。 そのおかげで、TPPでみかんはどうなるのかを考える材料をもっているわけです。真鶴や小田原方面には、専業的にみかんづくりしている知人もいますが、どうしているか。 農家は日ごろは畑作業に体を取られてます。私なども、日ごろは、会社勤めの間に草刈りなどの作業であくせくしてますから、 TPPなどの世の動きや、みかん農家の置かれた状況は、よく分かってないんですが。 10月4日にアトランタで政府間で「大筋合意した」と、大々的に報道されました。 この間、米や牛肉などが問題になってましたが、みかんがどうかはまったく知りませんでした。 それが、10月10日付の「東京新聞」をみると、『決定事項』の詳細が報道されました。 「オレンジ(生果)では、 現在の関税は、 6月から11月が16パーセント 12月から5月が32パーセント」が、かけられているそうです。 (これも、当方は、初耳だったんですが。 当方の温州みかんの収穫は11月、12月です。どうやらみかん農家の出荷時を配慮して、関税に差をつけていたようです。) これを、このTPP合意により、次の様にかえることが『合意された』とのこと。 「4月から11月については、段階的に下げて、6年目には0パーセントにもっていく。 12月から3月については、段階的に下げて、8年目には0パーセントにもっていく。」と。 要するに、「現行の関税を段階的に0にするから、これから安く輸入されてくるオレンジなどと競争して、それでも生き残れるように努力せよ」、ということです。 昨日、知人の専業みかん農家のひとりに聞いてみたんです。 みかんについて、こうした交渉がなされていたこと、その合意した中身を聞いているかと。彼氏が言うのに「まったく知らなかった」と。 この大問題を、交渉の事後になって、今になって初めて知ったというんですね。しかもマスコミの報道を通じて知ったというわけです。 もちろん、問題は、みかんだけの問題ではなく農業の全般にかかわっているし、さらに農業だけの問題ではありません。 大体、関係者をそっちのけにして、政府が勝手に合意してしまうなんて、そんなことは許されるでしょうか。 生産農家に対し『決まったんだから、受け入れろ』と押し付けようとしているわけですが。 農家は『はい、そうですか』などとうけいれるか、とても無理ですね。 それが実施されると、低価格の輸入品との競争を強いられて、生産条件が滅茶滅茶に激変させられます。 こうした問題点が、休日農夫の当方にも、末端のはしくれでも見えてくるわけです。 とにかく、安倍政権がやっていることは、戦争法だけでない。沖縄もそうだし、原発もそうです。 さらに加えて、このTPPでも、内容がひどいし、そのやり方も無茶苦茶だということです。
2015年10月19日
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10月18日のみかん園10月18日(日)午前6時6分、平塚から見えた富士山です。めずらしく、富士山の全景が、雲に隠れずに見えました。それと、手前の山々ですが、肉眼ではひと色で分からなかったんですが、写真で見ると、いくつも重なっているのが分かって、まるで水墨画のようですね。真鶴のみかん園をみてきたんですが。やはり、小木の早生みかんの成熟が進んでいました。それで、選択的に収穫を始めています。まだ収穫できるみかんの数は、ほんのわずかですが。成木の早生みかんの方も、少し遅れてですが、色づき始めました。しかし、こちらは成熟するのは、まだ先です。この成木の早生みかんの収穫は、10月下旬ないし11月からなんですね。以前に、色づき出したのを見て、喜んで収穫したんですが、「酸っぱい!」とブーイングでした。色づきだけで判断してはならない、ということでした。成熟するまで、もう少し我慢です。八百屋さんの店頭に早生みかんが並んでいますが、これは、九州や四国などの、暖かい地方で採れたものです。果皮の色づきは同じくらいでも、北限の産地の、早川・真鶴方面の味は酸っぱい。早生みかんの酸味が薄くなるのはもう少し先です。みかん園の全体としては、普通温州みかんが半分以上ですから、まだ濃緑色です。普通温州みかんの方は、収穫は12月に入ってから始まります。ですから、まだまだ先の先です。今回の収穫分は、近所の人たちの初物の味見用でした。今回の主な仕事は柿の収穫でした。みかんと柿を、ほんの少しずつですが、味見用においてきました。今年は、柿が一般的に豊作のようです。当方も、前回と、今回で80個くらいは収穫したでしょう。まだ、これから色づく柿が、あと半分くらいは残っています。ヒヨドリも飛び交っていますが、もっと別の場所に美味しい柿があるのか、例年に比べてあまりつっついていません、食べきれないのかもしれません。ミツバチの方ですが。朝方の涼しいうちは、動きが静かだったんですが、午前10時も過ぎて、暖かくなってくると活動的になりました。脇のすき間の入口に密集しています。何かスズメバチなどの侵入者を防ぐかのように、密集しています。しかし、とくにこれといった侵入者などは無いはずなんですが。今日は、すこし離れた柿の木では、オオスズメバチの飛行を見たのですが、ミツバチの巣箱の周辺では、やはりスズメバチはみていません。養蜂家の方から「蜜蜂が活動的だと、スズメバチもスムシも来ない」とアドバイスがあり、当方の状況は、よくわからないんですが。大事なければよいのですが。
2015年10月18日
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ミツバチも、いよいよ試練の時です10月17日、今日は雨が降ったため、遠出は明日に延期しました。神奈川県の真鶴のみかん園で、二ホンミツバチを飼っているんですが。今年で、ミツバチ養蜂は三度目の挑戦です。これは、10月14日の巣門の様子ですが、働き蜂がオレンジ色の花粉を抱えて帰ってきていました。これまでのところ、ミツバチたちは無事ですし、順調の様です。しかし、これまでの経験では、この時期は養蜂にとって難関なんですね。これは、一昨年の10月9日に巣枠を取り出した時の状態です。ビックリしたんですが、無残にも巣枠はボロボロにされてました。これはスムシの仕業なんですね。これまで、スムシという蛾の存在なんて知らないし、意識になかったんですが。突然でしたが、初めてそのスムシの脅威を体験させられました。巣箱の中に大量に発生して、巣枠をボロボロにしていました。ミツバチはこの異常事態に、巣箱の蓋を開けた途端にあたりをブンブンと飛び回りだして、ふたたび巣箱にはもどることなく、まったくの収拾不能となり、ただ見守るだけでした。結局、ミツバチはどこかへ逃去してしまった。これが最初の養蜂体験で、みごとに失敗でした。養蜂への挑戦の二度目は、去年の、2014年10月8日でしたが、その少し前から、オオスズメバチが巣箱にやって来るようになりました。そこで、ペットボトルをつかって捕獲するようにしました。これまでの真鶴では、スズメバチなどはほとんど見かけることはなかったんですが、それは、現実の状況を知らなかったんですね。自然の豊かな真鶴半島には、オオスズメバチがたくさん生息していたんですね。養蜂家の方が、その様子をアドバイスしてくれました。これは、10月下旬に、一つのペットボトルを空けた時のもの。なんと、数個のペットボトル全体では、80匹ものオオスズメバチがはいってました。私なども、初めてオオスズメバチの存在を、まじまじ見ることとなりました。オオスズメバチは王者です。悠遊とやってきては、巣箱のまわりをうかがってました。私などが見かけたのは、そのごく一部であって、あらためて多さにびっくりしました。これがミツバチの巣箱の蜜をねらって、繰り返し執拗に押しかけていたんですね。これじゃあ、ミツバチたちとっても、とても安住の地ではなかったわけです。しかし問題は、スズメバチによる外からの脅威だけではなかったんですね。スズメバチに気を取られていた間に、巣箱の中が大変なことになっていました。前回の失敗の原因、スムシが再び大量に発生していたんです。注意はしていたつもりだったんですが。気づいた時には、またもや巣枠はボロボロにされていました。何回かスムシを退治したので、大丈夫と思っていたんですが、甘かったんですね。クモの巣の様な糸をはった中に住み着いていて、ミツバチから身を守っていた。10月25日、気づいた時には、巣枠の大半はスムシの巣と変わっていました。ミツバチもある程度までは、スムシを追い出していたんですが、ここまで行っちゃうと、ミツバチがいくら頑張っても万事休すです。結局、2回目の去年の挑戦も、ミツバチたちは逃去してしまいました。ということで、一昨年、去年と、これまでの2回の養蜂への挑戦でしたが、これが2回とも失敗してしまいました。いずれも難関は、10月の後半から11月上旬、この時期でした。順調そうにいっていたのが、ある日、気づいた時には後の祭りになってました。そうした危険をふくんだ時期にはいっているわけです。今年はというと、まだオオスズメバチを見かけていません。去年より登場が遅いようです。私などが留守の時に活動しているのかもしれません。養蜂家の方によると、「11月上旬までは、注意が必要だ」とのこと。またスムシの方ですが、その都度、注意してみてますが、時々、2,3匹をみつけては、つまみだしていますが、これまでのところ、大量の発生するにはいたっていません。まずまず、大事なくここまではやってきました。しかし、問題はこれからです。注意を必要する時期に入っています。当方はまだ、無事な11月のミツバチを見た経験がないんですね。養蜂家の方のいうことには、無事に冬を越して、来春の分蜂を捕獲できてこそ、養蜂としているといえるし、それが養蜂の年サイクルだ、とのことです。従って、ここしばらくは、みかんの収穫とともに、ミツバチの様子に要注意です。今日は雨でしたが、明日は様子を見てきます。
2015年10月17日
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今日も忙しい、車いすの洗浄作業でした当方は、2001年9月から東京民医連の事務局につとめるようになり、2002年3月からは、現在の介護用具レンタルの事業所で働いています。民医連の中の介護用具の貸与事業です。2011年には、60歳となり定年退職となりましたが、その後は、継続雇用として介護用の車いすの洗浄作業をしています。それも余すところ、あと5か月半となりました。今回は、今日の作業の紹介です。これが車いすの洗浄機です。車椅子の洗浄消毒器です。機械の中に車いすを入れて、18分間くらいの行程で、洗浄機にかけます。順次からすると、その前の作業ですが、背シートやクッションなどは、取り外して洗濯しています。車椅子の本体は、洗浄機に入れる前に、ひと手間の手作業があります。スチームクリーナーなどを使って、タイヤやフレームの大きな汚れをとりのぞきます。機械だけでは、細部の汚れは落とせないんですね。この下作業をしてから、洗浄・消毒機にかけるようにしています。洗浄機を通った後は、乾燥をさせつつ、次のタイヤの空気圧や摩耗品の交換、車軸などの細かな点検にはいります。これで、基本的な洗浄作業とと、大きな補修をすするているわけです。このあと、背シートやクッションをつけて、洗浄作業を終えます。この工程を終えてから、次の人による点検と補修、梱包作業に移っていきます。そもそもレンタル業というのは、一度使った用具が帰って来るわけで、その汚れた用具を、ふたたび洗浄・消毒、点検して、新たな利用者さんに貸し出す。したがって、清潔、安全、安心な用具として使っていただけるように、貸し出せるように、ここでの作業は、事業全体の中でも、大事な部分になっているわけです。この仕事は、レンタルですから、使用の必要がなくなれば帰ってくるわけですが、季節の変わり目などの自然的な条件によっても、介護保険制度の変更などのよっても、返却されてくる用具の数量がかわってきます。そうしたことで、今回は、当方の日常の仕事についての紹介でした。
2015年10月16日
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柿と早生みかんの季節果物が美味しい季節となりました。八王子市在住の休日農夫は、休日ともなると真鶴のみかん園を往復しています。10月14日は、早生みかんの味試しと、柿の収穫がありました。今年は、柿がなり年の様です。みかん園の土手には、崩落を防ぐために柿の木が植えられています。今回見たら、熟した実は、すでに鳥たちがついばんでいました。柿の収穫は、足場が悪いし、枝がボキッと折れるので、ひと苦労なんですが。そこはそれ、欲望のなせる業です。去年は全部で10個くらいしか採れなかったんですが、今年は、今回だけで35個くらいは採れました。柿の収穫時は、早生みかんの収穫が始まりだすころでもあります。何とも、自然の恵みというのはありがたいものです。あれは、2000年の3月でしたが、当方は小田原の市立病院に通っていました。集中治療室にはいった父は、のどを切開して、声が出せなくなっていました。その口の動きから『帰るべえよぅ』といっていることは分かったんですが。病人の手前、『体調が良くなったら、家に帰るさ』と気休めを言ってみたものの、内心では「どこに帰るのか、こだわるほどの何があるというのか…」疑問だったんです。なんたって、真鶴を離れてから30年余が過ぎてましたから、真鶴の様子は、ほとんどわかってなかったんですね。父は1カ月余の闘病生活をして、結局亡くなってしまったんですが。今にして思い当たるんですね。あの時『帰ろう』といっていたのは、みかん園だったんですね。私はちっとも知らなかったけれど、父は、私などの知らない間に、みかん園(5月の花、11月、12月の収穫)をつくっただけではなく、梅(2月の花、6月の収穫)あり、柿(10月の収穫)あり、お茶(5月の茶摘み)ありと、1年間の四季折々を楽しめるようにと、「楽園」をつくってくれてたんですね。もちろん全部で450平米のみかん園ですから、道楽仕事でしかないのですが。それでも、国鉄を退職したころから、83歳で亡くなる直前まで、こつこつと楽園を開拓してたんですね。しかし、命のギリギリのところで『帰るべえよぅ』と言っていたのはそれでした。その後、当方は勝手の分からない、みかん畑の手入れのドタバタ、難行苦行でしたが、少し落ち着いてみれば、あの言葉の意味は、それはもう明白でした。850回の往復を重ねましたが、その都度認識させられます。まして収穫の季節になると、なおのこと、ありがたさを感じさせられます。なくしてから知るありがたさということですが。まぁ、私などにせめてもの出来ることとは、なるべくみかん園を維持するようにして、(しかしカミキリムシが、少しずつみかんの木を枯らしてゆきますが)出来うるところまで維持するようにして、その自然の恩恵を周辺にかえしていくこと、それくらいなんですね。
2015年10月15日
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初冠雪した富士山と、早生みかんの味見10月14日、午前8時56分に小田原SAからみた富士山です。雲の切れ間から、わずかに富士山の頂上が見えましたが、確かに頂上は白く雪をかぶっていました。甲府地方気象台は、10月11日に今年の富士山の初冠雪を発表しました。平年より11日遅く、去年よりも5日早いとのことです。とうほうも、本日冠雪を確認しましたが、これから寒さが、いよいよ下界に降りてくる時期になりました。今日の遠出の目的ですが、その一つは早生みかんの味試しです。これは、宮川早生の小木です。みかん園で一番早く成熟しました。日当りがよいためでしょうか。写真では分かりにくいのですが、一様に色づいていますが、全部が成熟したわけではありません。この中のいくつかに、すこし赤味が出はじめているのがあります。まずは、そのあたりを収穫して、味試しです。まずは、現地で、自分の舌で味見してみました。色づいたものを選んでとったわけですから、自分なりには太鼓判です。しかし、自分の舌が狂っている場合もありますから、自分だけの判断では、評価の客観性が乏しくなりますから、他の人にも味見してもらうために、数個ずつですが置いてきました。その感想を聞けたひとりですが、『うん、まずまず美味しい。単純な甘さよりも、私はこうした少し酸味のある方が好きだ』と。いろいろな所からとどくみかんを食べている方ですから、まずまずの評価ではないかと聞きました。さらに、帰ってからは糖度計です。みかんは、同じ一個の果実でも、陽のたったところは糖度が高い。何回かはからないと、糖度も客観的になりません。今回の計測では、9.7から12.7が出ました。糖度10以上を提供したいと思ってますから、まずまずの線でした。しかし、これは最先端にあるみかんで、ほんの少数です。おおくのみかんは、まだ濃緑色で、成熟しだすのは11月から12月です。これから、順次成熟してくるみかんを、この水準を維持できるように収穫していくということです。ところが、この数日、TPPの問題が明らかになりました。10月4日にアトランタで政府間で「大筋合意した」との報道がされてます。みかんについて、どのような交渉がなされているのか、事前情報はありませんでした。ましてや、その影響がどうなのかなどは、具体的には想像などできなかったのですが。それが、10月10日付の新聞によると、次の様に『決定した』と報道されてます。オレンジ(生果)では、現在の関税は、6月から11月が16パーセント 12月から5月が32パーセントがかけられているそうです。(これも、当方は、初耳だったんですが)これを、このTPP合意により、次の様にかえると。 4月から11月については、6年目には0パーセントにもっていく。 12月から3月については、8年目には0パーセントにもっていく。こうした交渉内容は、今初めて明らかにされだしているわけですが。確かなことは、分からないんですね。もちろん、TPPはみかんだけの問題ではないのですが、この間の、問題がここで末端の当方などにも見えてきたわけです。はたして、生産農家に対して、こうした現状改変を『受け入れろ』と押し付けれるか。とても無理ですね。安倍政権が、内容もやり方も無茶苦茶なのは、戦争法だけではないということです。
2015年10月14日
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退職まであと5カ月半、 今後の見通しは 当方は今、介護用具貸与の職場で、継続雇用として働いてます。来年3月の完全退職まで、あと5か月半となりました。60歳定年の時でしたが、その年度の退職者対象の説明会に参加していた時、会場がガタガタと揺れ出しました。それが2011年3月11日の東日本大震災でした。それから4年余りがたちました。来年3月で完全退職となります。 完全退職した後をどうするか、これが問題になっています。 あの東日本大震災の時に、通勤距離40キロの帰宅困難者の体験をしました。さいわい、板橋区役所で一夜を明かして、事なきを得たのですが。この体験をしてから、生活が少し変化してきました。 一、生活を朝方に切り替えて、通勤ラッシュの時間を避けて早めに出勤するようにしていること。おかげで、すこし読書の時間も出来るようになりました。二、2001年からみかん栽培を休日農夫として続けてきましたが、この負担を減らして無理をきたすことがないように抑えだしたこと。2013年からはミツバチも飼うようにしているんですが、これは失敗つづきで、まだ年間を通して定住できてないんですが。真鶴でみかんを栽培して、それを東京の知人に提供することで努力してきました。三、それらをこのブログ「みかんの木を育てる」で発信してきましたが、去年からそれをフェイスブックにリンクさせることで、知人との相互交歓をつくるようにしてきました。同時に、みかんのテーマに限定せず、政治や学習も含めて発信をするように変えています。 これがこの4年半の変化でした。一言でいえば、老夫婦の部屋の閉じこもりを避けて、社会性を無理のないところで、大事にしてゆくということです。完全退職となると、多分に閉じこもりの生活が予想されますから。「定年退職」とはよくしたもので、それと同時に体の方も衰退していきます。身体も鍛えないと、重い体を支え切れなくなります。時間はあっても金はありませんから、特別な新規の生活などは出来るはずもありません。 これまでの所は職場と休日農夫との「二足の草鞋」を務めてきましたが、さらにあと半年間は今の仕事を-介護用具の洗浄作業を、中心にすめていくわけですが。その先はどうかというと。今の生活の中に、その後の生活があるんですね。端的にみると、この間の方向で生活の重心を変えるということです。まぁ、これが今後の見通しです。この無難な基本の中から、将来がでてくるだろうというのが構想です。
2015年10月13日
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つづき『ドイツ・イデオロギー』を読んで(その18-2)二、最初に、〈三〉の内容について、5つの節の基本内容を紹介しておきます。 第1節、支配的諸思想というのは、支配的物質的諸関係の観念的表現だ。 それは分業により、支配階級の中に精神的労働と物質的労働わかれる。 ある時代に革命的諸思想が存在するのは、すでに革命的階級が存在していることによる。 第2節、支配的諸思想を支配的階級から切り離して、孤立させるなら、その基礎となる諸個人、世の 中の状態から切り離してしまう。 そうなると18世紀以降の歴史家のように、ある思想が歴史時・時代を支配すると。 ますます普遍性の形式をもつ思想が支配するようになるとは、旧い支配に代わる新しい支配階級はその利害を社会全体の利害として示す。すなわちその思想をただ一つの理性的で普遍的妥当な思想として示す。 第3節、ある階級が普遍性をもつとの仮象は、その階級の支配が終わると消える。 第4節、支配的諸思想を所与の生産諸関係から切り離せば、歴史は諸思想が支配すると。 思弁哲学がそうだし、ヘーゲルも歴史の中で弁神論を書いたと告白している。 その芸当は3つの骨折りによる。 1、思想を生産関係から切り離すと、思想が支配するようになる。 2、思想の支配に秩序・関連をもちこむ。それは「概念の自己規定」としてとらえる。 3、自己規定する概念の神秘化を除くため、概念を人格に変えたり、思想家の支配に変える。 第5節、日常生活では人の評価は、言っていることではなく行動の実際から見るのに、歴史記述ではその時代の口上を信じて実際の現実関係を見ていない。 以上が、〈三〉の要点です。 問題は、これらの指摘・批判ですが、それがどの様な観点から行われているかですが。今回は、ここまでです。
2015年10月12日
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『ドイツ・イデオロギー』〈三〉を読んで(その18-1) 今回は、服部訳『ドイツ・イデオロギー』(新日本出版社)の〈三〉です。唯物論的歴史観とは何かを学ぶということです。 9月29日を(その17)として、9月25日(その16)のつづきです。 服部訳『ドイツ・イデオロギー』の〈三〉は、P59からP64の5ページ分と短いものです。 あえて節をつけてみると、全体で5つの節になります。 一、この〈三〉を理解するために、三つの著作に当たりながら読んでみました。 一つは、『ドイツ・イデオロギー』の本体のある部分です。 この〈三〉は、『ドイツ・イデオロギー』全体の第3章「聖マックス」にD「ヒエラルヒー」(全集第3巻のP164からP179)という節がありますが、訳者の服部氏の訳注によると、「『ヒエラルヒー』の一部である」と指摘されています。『ドイツ・イデオロギー』全体は600ページという大部の著作です。ここで相手となっている青年ヘーゲル派のシュティルナーの著作が、なかなか難解なものであり込み入ってますが。それで、〈三〉を理解する上で、そのもととなる「Dヒルエラヒー」部分とのつき合わせが求められたわけです。 もう一つは、エンゲルスの晩年の著作『フォイエルバッハ論』(1886年)です。 以前に当方の推測を紹介しましたが、『フォイエルバッハ論』は大部の草稿『ドイツ・イデオロギー』から、そのエッセンスを基にして書かれたものと思います。『ドイツ・イデオロギー』は刊行されずに、草稿のままお蔵入りしてましたから、著者たちの生前はもちろん、1920年代までは誰も見ることはなかった。マルクスが1883年に死去して、エンゲルスは残された遺稿のなかからこの草稿を見つけたのでしょう。若いころ唯物論的歴史観を新たに確立した考察過程を生で示している史料でしたから、その考察過程の重要性と意義を感じたのでしよう。しかし、そのままではあまりに難解だし、あまりにも大部でしたから、そのままで出すわけにはいかなかった。それで機会をとらえてコンパクトな『フォイエルバッハ論』にまとめるようにした。当人は前書きで「ざっと目を通した」と書いていますが、とんでもない。「ざっと」どころではありません。大きな作業が行われたものとみました。 そうした推測から、この難解な『ドイツ・イデオロギー』を読み解く上で、『フォイエルバッハ論』がそのヒントを提供してくれていると思っています。 三つ目は、不破哲三著『古典への招待(上)』の第二講『ドイツ・イデオロギー』です。 『ドイツ・イデオロギー』を扱った解説書には、「疎外をどうみるか」とか、その人なりの解釈した著作はいろいろありますが、そのものを読み解こうと接近しているものはあまりみかけません。その点でこの不破氏の解説が参考になりました。 字数の制約上、つづきは18-2にします。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201510120001/
2015年10月12日
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「任務限定 暫定的政権を」10月11日(日)の「東京新聞」朝刊を開いたところ、寝ぼけ眼の私にとって、ガツン!とする力ある発言が載っていました。共産党・志位委員長の談話です。これはすべての人たちに紹介しないわけにはい、と感じた次第です。「安保法廃止のための国民連合政府樹立を前提に、選挙協力を訴える共産党の志位和夫委員長に聞いた。 ◇ 「任務限定 暫定的政権を」 野党間に基本的な政策の相違点はあるが、違憲立法を廃止し、集団的自衛権行使を容認した閣議決定を撤回して立憲主義を取り戻す一点で、協力できる全ての人と国民連合政府をつくる。共産党の関与は、閣外・閣内という条件を付けない。 これは任務限定の暫定的な政権。相違点は横に置き、一致点で協力する。例えば労働法制の規制緩和反対も、方向性を共有できると思う。しっかり仕事をやったら衆院を解散し、次の日本の進路について総選挙で国民に信を仰ぐ。これで合意したら、国政選挙で選挙協力をやる。参院選では、三十二の改選一人区で野党が全部勝つくらいの構えでやれば、自公は過半数割れする。粘り強く話し合い、合意したい。」との記事です。私などには、国の政治は、その権謀術策の渦巻く世界では、足の引っ張り合いはあっても、裏切られることはしょっちゅうあったにしても、国民の声が、道理が、力を発揮するようなことは、これまではなかなか関じられなかったのですが。日本人の理性と信用が踏みにじられている今です。これまでの先人による苦労と犠牲にによる権利を回復するために、日本の未来への確かなメッセージが発信されているものとみます。最終的には政党間の協力が実るかどうかですが。いま、黙ってまかせていたら、せっかくの大事な条件のある時に、それをよしとしない権謀術策による混迷におちいることもありえます。チャンスというのはいつまでもあるわけではありません。誰が口火を切ろうともかまわないじゃないですか、とにかくここに現状を変える太い道筋がはっきりと提起されたわけです。政党間の努力を注目しつつ、同時に、ここは国民の側から、労働界でももっと持てる力を真剣に機敏に発揮してもらって、国民的な大きな声を上げていくときかと思います。それだけが共同の道を開く、流れをまともな方向に押していく力ですから。
2015年10月11日
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当団地の周りの様子から当方が外出するのは、みかん園に遠出することぐらいですが。携帯電話を洗濯しちゃったため交換したところ、歩数計がついていました。それで、散歩をこころがけるようにしています。当方の八王子市鹿島の団地は、多摩丘陵の一部にありますが、散歩してみて、あらためてかなりの自然が残されているのを感じます。10分くらい歩いた所にある公園ですが。木の実が地面いっぱいに落ちていました。シイの実だと思うんですが。当方の田舎では、ドングリを食べるとどもりになると聞いていました。ところが多摩丘陵は、みてのとおり、シイの実やらドングリやらいっぱいあります。多摩ニュータウンの団地をつくるために調査したところ、あちこちから縄文時代の遺跡がたくさん見つかりました。多摩センターにある「埋蔵文化センター」にその史料が集められています。その遺跡調査によると、縄文人は「クッキー」にして、木の実を食べていたそうです。「鹿島」や「野猿街道」の地名があるように、きっと、シカやサルもたくさんいて、それらを食べていたんじゃないでしょうか。人の言い伝えには、実際とは違うこともふくまれているようです。さらに歩いて、小学校のグランド沿いの道でしたが、黄色の花を見つけました。セイタカアワダチソウ(ブタクサ)です。ミツバチも、この10月には、この花の花粉を集めてくるようですが、ミツバチではありませんが、蜂が花蜜を一生懸命集めていました。以前にはセイダカアワダチソウは、鉄道の線路沿いに沢山生えていました。14年前に、当方がみかん園を手掛けだしたころは、みかん園にも広がっていました。背丈が1メートル以上にもなるセイタカアワダチソウです。そのころは、草刈りというより、株抜きをしなければならない状況でした。しかし、これにもはやりすたりがあるようで、今ではあまり見かけなくなっています。最後は団地の入り口からです。1本だけですが、他とは種類のちがった木が目につきました。かなり年を重ねたらしく大きくなった木ですが、見なれた葉です。なんと、なんと、柑橘類の木なんですね。何の種類か、分かりませんが柑橘類であることは確かです。常緑樹の木ですから、緑の葉が鮮明なんですが、いっこうに花も果実もつけないんですね。この木は、意識的に植えられたのか、それとも誰かがプイッと種を捨てて生えたものか、ここにあるいきさつはわかりません。そもそも、ここに大きなむ柑橘類の木があるなんて、みな誰も知らないと思います。10月10日、団地の周辺を、3000歩の散歩してみたことの産物です。
2015年10月10日
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秋の大平台の風景から10月7日に箱根・大平台の姫之湯へ行ってきたことは紹介しました。その際、大平台の集落のあちこちを散歩してみました。まず最初は、駅前にある林泉寺です。ここが散策のスタート地点です。散歩する時は、いつもここに立ち寄ってからスタートしています。お寺の裏手には、墓地があります。その一角に内山愚童のお墓と顕彰碑があります。内山愚童については、何回か紹介しています。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201303250000/大平台温泉のガイドマップにも、その内山愚童の墓所が紹介されていました。なんで、内山愚童が処刑されなければならなかったのか。今日の公正な光でみれば、啓蒙的民主主義の、地域ボランティアの青年活動家です。宗門においては、当時の措置を謝罪して、顕彰碑に刻み追悼しています。しかし、責任ある国家と司法は、依然として有罪判決と死刑執行にたいして、その誤りを認めることも、謝罪することもしていません。知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいます。その根本が正されるまで、当方の行脚と紹介は機会あるごとにつづきます。次は、大平台温泉の中心です。林泉寺から国道1号線をはさんで、すぐ向かい側です。これが「メイン・ストリート」であり、大平台温泉場の中心です。この道を手前側に登って、左に折れると温泉場の外周道路になります。外周道路を歩きだしてすぐのところですが、「箱根工芸」という小さな箱根細工のお店・兼工房がありました。箱根細工の品々を見させてもらおうと、お店を覗いたところ、ご主人が出てきてくれて、「うちの工房でも箱根細工の小品をつくっている」と。せっかくなので、箱根細工でつくった携帯用のストラップを購入してきました。さらに少し歩いたら、小さな公園があって、その片隅に湧水が流れていました。「仙元の泉」という名所だそうです。つめたくて、美味しい水です。この湧き水は小さな池にたまるようになっているんですが。この美味しい水を求めて、小さな先客がいました。周囲に気を気張ることもなく、夢中になって飲んでいました。肉眼でみたところは足長蜂と思ったのですが、写真をアップしてみたら、背中の模様からしてキイロスズメバチでした。もっと近づいて撮ろうとしたんですが、さすがに何処かへ逃げていってしまいました。さらに歩くと、道の少し下側に「上大平台信号所」がみえました。大平台駅に続いて、ここも箱根登山電車はスイッチバックしているんですね。さらに歩くと、T字路にでます。その角になる民家の庭先ですが、そこに噴水があるのをみつけました。これは、民家の庭先でもあり、近づいて見るのを遠慮したんですが、あとからガイドマップをみたら「姫の水」という名所の一つなんだそうです。なんだ、それならもう少し近づいて、もっとよく見ておきたかったんですが。これで街の外周道路の半分を回ったことになります。これで姫之湯に戻ったのですが。大平台は小さな集落ですが、こうして散策してみると、いろいろな発見がありました。ゆっくり温泉を楽しむとともに、近くの自然を散策して楽しめます。あえて、日がなのんびりしたいときには、ここはやっぱり、うってつけの場所です。
2015年10月09日
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大平台・姫之湯での湯治10月7日(水)は日常生活を抜け出して湯治です。朝から箱根大平台温泉の姫之湯へ行ってきました。これが姫之湯です。立ち寄りと休憩が出来ます。何といっても、豊かな緑の自然につつまれていて、その中で、リフレッシュできるのは一番です。これが、今回の休憩所です。二階が広間の休憩室になってますが、その一角にある特別の部屋です。窓からは秋風が涼しくて、心地よい季節なんですよ。なにしろ、朝、休憩者としては一番乗りでしたから、施設の人の言うのに、『「特別」をはずしてますから、自由に利用してもいいですよ』とのことでした。ここに陣取って、まずは温泉で目を覚ましてから、溜めこんでいた数日間の新聞に目を通します。そして『ドイツ・イデオロギー』のつづきでした。箱根登山電車は、朝早かったこともありすいていましたが、今日の姫之湯は、お客さんがそこそこ来ていました。立ち寄りのお客さんも、休憩のお客さんもそれなりにあって、二階の休憩室も4組-5組の人たちでにぎやかでした。湯治からすれば、静かで落ち着いてるのがなによりなんですが、そうそう勝手なぜいたくは言ってられません。利用客が少なければ、営業問題になりますから、やはりそこそこ繁盛しているのがなによりです。温泉の効能です。姫之湯は、源泉温度が55度で源泉かけ流しです。浴槽温度は43-44度と、一般に比べると熱めです。この効能を良しとする遠方からの常連さんもあるようです。ハイカーの立ち寄りや、仕事帰りの方もいます。料金は、立ち寄りが600円、一日の休憩が1300円です。今回は、大平台温泉の街中を少し散歩してみました。日がな一日部屋にこもっているよりも、自然を歩いた方がより癒されます。大平台は、小さな集落で、全体に落ち着いた所です。その中に、新して発見でしたが、寄せ木細工のお店もあったり、清水も湧き出していました。温泉とともに、この街中の散策もリフレッシュになりました。
2015年10月08日
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10月7日の箱根登山電車10月7日(水)、今日は休養で、箱根・大平台へ湯治です。なにしろ携帯電話を洗濯してしまう事態ですから。午前7時10分、多摩センター発で出かけました。これは、小田原から箱根湯本へ向かう途中です。正面には、二子山が見えてます。箱根湯本で、午前8時45分発の登山電車に乗り換えて、朝日の当たる出山鉄橋です。出山の信号所からのものです。この景色を見るだけでも、癒されるものがありますが、「箱根の絶景ポイントの一つ」とのことです。登山電車は午前9時に、大平台駅につきました。大平台駅でスイッチバックをします。右側は箱根湯本に下る電車で、左側は載って来た電車で強羅行きです。大平台の乗降客は、当方が一人だったようです。今日は午前9時から午後3時まで、大平台の姫之湯で温泉三昧でした。箱根の自然は、何より気持ちをリフレッシュさせてくれます。温泉と秋風ですから、心地よい時でもあります。その紹介は、また後日にすることとして。今度は帰りの電車ですが、大平台駅を午後3時16分発でした。あまりのんびりしているわけにもいかないんですね。明日の仕事もありますから。ふたたび、出山鉄橋です。今度は陽も西に傾いて、山影のせまる出山鉄橋です。幾分、秋の気配がはじまっています。次は、その出山鉄橋から、下を流れる早川を写したもの。なかなか緑の木々が写真には出てこないのが残念ですが。さて、登山電車の車内はというと、行きも、帰りも、平日ということもあるでしょうが、すいていました。こりは塔ノ沢の手前の、トンネルの中ですが。平日ともなれば、箱根登山電車もご覧のとおりです。たいへんすいていて、ガラガラでした。以前であれば、混雑して座席には座れなかったんですが。湯治にきたものとしては、すいていて静かなのはなによりなんですが、しかし複雑です。大涌谷の警戒は、やはり観光客の足に影響しています。やはり、箱根はにぎわっていてこそ、箱根らしいのですが。当方一人では、観光地の箱根には、大勢に影響なしなんですが。それでも、このひとりが加わるのも、行かないよりはいくらかはましでしょうから。のんびりと、リフレッシュさせてもらった一日でした。
2015年10月07日
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携帯電話を洗濯しちゃいました10月3日(土)、みかん園への遠出から帰宅してからのこと。疲れてはいたんですが、それにしてもまったくの不注意でした。携帯電話をポケットに入れたまま、洗濯機を回しちゃったんですね。洗濯機の底にある電話機に気づいたのは、洗濯が終わった後でした。すぐに電話機をふいて、スイッチを入れてみたんですが、うんともすんとも言わず、液晶画面は真っ暗なまま、何も映りません。中に記録されていた電話帳をはじめ、すべてのデーターが見れなくなりました。急きょ、予定変更です。10月4日(日)は、朝一番で、最寄りの携帯会社の事務所にでかけました。洗濯しちゃった携帯電話を見てもらったのですが、やはり電話機もデーターもダメになっていて、使えないとのことでした。しょうがない、新しい携帯電話に交換しました。これが、交換した新しい携帯電話です。従って、今は、数人を除いて白紙状況です。みかんの関係者も、友人・知人も、すべてのつながりが消えちゃったわけです。SOSです。これから、一人ひとり手探りで、連絡を回復していきますが、消えた携帯電話帳にたよっていたため、連絡のしようがない方もいます。そんな事情にありますので、知人のみなさんには、もし可能であれば、当方の携帯へ一本電話していただけると助かります。
2015年10月06日
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ラッキョウとカマキリみかん園にはミニ菜園があって、ラッキョウと里芋が栽培されてます。みかんの栽培とミツバチの飼育、これだけで手はいっぱいなんですね。それでも、ささやかでもラッキョウと里芋は定番の作物です。手間をほとんどかけずに育ってくれるからです。10月3日、ラッキョウに蕾がついていました。これがラッキョウの花のつぼみです。種ラッキョウは、8月8日に植えたんですが、100パーセント発芽してくれてます。手入れといえば、時々草取りをしてやるだけです。砂地でも育つくらいのラッキョウですから、じつにたくましい。休日農夫には、ぴったりの作物です。これで、来年の6月には収穫できるんですから、たいしたものです。草取りといえば、みかん園の方はというと、みかんの木の根回りは草取りしますが、その他は草刈機による草刈りですましています。一昨年までは、鎌一本での草取りをしていたんですが、もうバテバテでした。体力の限界を実感していた時、みかん農家の知人が草刈り機を紹介してくれました。そのおかげで、去年からは、草刈りがまったく苦にならなくなりました。当方のみかん園は、いっさい除草剤を使ってません。除草剤は、草だけでなく、ミミズや虫たちもいなくなってしまいますから。『沈黙の春』になってしまいますから。ポリシーとして、除草剤は使わないようにしています。おかげで、さまざまな虫たちをみかけます。今回は、草むらで大きなカマキリを見つけました。カマキリは強いんですよ。以前にカマキリが、スズメバチを捕まえてくわえているのをみかけました。あのスズメバチが、このカマキリにはかなわないんですね。そのほかの害虫なども餌にしていると思うんですが。しかし前回、カマキリがミツバチの巣箱の入り口に陣取っているのをみつけました。巣箱を出入りするミツバチを捕まえようとしていたんですね。このほうは、ただちに『御用!』となりましたが。除草剤を使わないみかん園は、さまざまな虫たちの楽園になっていますが、同時に、そこは厳しい生存競争の世界でもあるようです。
2015年10月05日
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湯河原温泉の「ままねの湯」10月3日、真鶴へ遠出したついでに湯河原に足を延ばしました。当方は、畑仕事で汗を流した後は、だいたい湯河原の温泉場で湯治です。温泉場中央にある「ままねの湯」です。温泉の効能を生かすようにしていて、源泉を大事にしている奇特な湯治場です。お昼頃だったので、すいていました。温泉の効能は、疲れや切り傷、皮膚病にききます。それでいて、立ち寄りが200円ですから、足を延ばしたくなるわけです。建物のすぐ裏手に源泉が湧いています。奥の『プール』に源泉をためて、赤いコックで温度を調整しています。効能を生かすため、水は一切加えてないわけです。源泉温度は81度とのことですから、普通の浴槽温度に比べると43度と熱めなんです。これも遠出したときの楽しみの一つです。
2015年10月04日
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連合・古賀会長の国民連合政府への態度戦争法を廃止するための国民連合政府の提案ですが、国民要求の戦争法廃止は、世論の数では間違いなく現実的ですが。その為の政府づくりも、これしかないという道理ですが。労働界の連合会長の談話が報じられました。9月29日とのことですが。http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2601234.htmlこれもまた一つの事実です。労働界にも、一つ一つ障害を克服していく中でしか実現しない、国民の要求は、あなた任せにしていては実現しないというのも現実です。
2015年10月04日
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少しですが採蜜してきました10月3日、今日のみかん園行きは、採蜜が目的でした。ミツバチの巣枠から、少し蜂蜜をいただきました。昨夜・10月2日(金)早朝には、台風崩れの低気圧とその前線が通過したため、かなり強い風と雨が吹き荒れたので、心配していたのですが。さいわいにして巣箱の方は無事でした。みかんの木が揺さぶられて、巣箱をなぎ倒す危険があったんですが。ミツバチのいる巣箱の方は大丈夫でした。しかし、待ち箱の方は、土台からひっくり返っていました。しっかり固定しておいたのですが、強風でなぎ倒されていました。スズメバチ対策でつくったネズミ取りシート置き場の方は、屋根も、木枠も、シートも、あちこちにバラバラに吹き飛ばされてました。もしも、これがミツバチのいる巣箱だったら・・・、ぞっとします。もしそうなったら、ミツバチはパニックをきたしただろうし、当方が、現地に着いた時には、どこかへ逃げ去った後だったかもしれません。さいわいにして、なんとか事なきを得ました。働き蜂たちが、雨上がりの晴天のもとで、しきりに花粉を集めて帰ってきていました。まずは、やれやれといったところでした。さて、今日の目的は、蜂蜜を少し分けていただこうということです。これは、養蜂の目的でもあるんですが、どの巣枠から、どのくらいとったらよいのか。そもそも、どの様に蜂蜜を採ったらよいのか。すべては、当方にとっては、試行錯誤の手探りなんです。全体の巣枠を見て、蜜をためていそうな2枚の巣枠をえらびました。だいたい巣枠の上部には、蓋のしてある貯蜜部分があります。その下には、ミツバチの子育て区域があります。当方の採蜜は、貯蜜部分から、5センチ四方を包丁とヘラでかき落とすこと。いたって原始的な採蜜作業なんですが、下に置いたボールで受けるようにしました。結局、今回の採蜜では、200ccくらいの蜂蜜を採ることが出来ました。あまり、ミツバチたちの巣を壊さないようにして。それでもミツバチたちにとっては、突然の大変な災難のはずですが、大きな混乱もなく、なんとか無事に終了しました。やれやれ、といったところでした。
2015年10月03日
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戦争法をどうしたら廃止できるか、小林節氏と志位和夫氏との対談これは9月28日にインターネット「とことん共産党」で放映されたものです。私も途中からでしたが、生放送を見させてもらいました。それはいまでも、共産党のホームページで見ることが出来ます。http://www.jcp.or.jp/9月19日に、国会で戦争法の採決が強行されましたが、その直後に、共産党は「戦争法廃止の国民連合政府」の実現を呼びかけました。その後、9月25日の民主党岡田代表をはじめ、各政党・団体・個人との協議がすすめられてます。10月1日付しんぶん「赤旗』には、小林・志位対談の内容が、その大要が掲載されました。あらためてこの対談を新聞の活字で読んでみると、実際に生放送を見た時とは、少し違った感じがしてきます。映像が流れ去るのに対して、活字では言葉とその意味をしっかり確かめることが出来ます。今回の提案「『戦争法廃止の国民連合政府』の実現をよびかけます」は、1、戦争法廃止、安倍内閣打倒のたたかいをさらに発展させよう2、戦争法廃止で一致する政党・団体・個人が共同して国民連合政府をつくろう3、「戦争法廃止の国民連合政府」で一致する野党が、国政選挙で選挙協力をおこなうというのが、骨格です。私などが感じた第一は、この提案は、共産党のこれまでの国政選挙の方針を発展させたもので、国民の運動に答えた勇断だということです。「これまでこういう全国的な規模での他党との選挙協力の試みというのは、やったことがないんです」「選挙協力をやるときには、やっぱり国民に大義がはっきりと見えてこそ、自公に勝つことが出来る。」「戦争法廃止と立憲主義の回復-この大義の旗を立て、そのために政府をつくるんだという大義があってこそ、選挙で勝てると思いますね」と、志位委員長の発言です。さらに「共産党は長い間、独自の立場で選挙をたたかってきました。それは原則に立った対応だと思っています。ただ、日本の政治がこういう非常事態にある、そして国民多数の声がある、そのときには思い切って方針を変える必要がある。私は野党各党の党首のみなさんに、『私たちも変わらなければならないと考えました。ご一緒できればと思います』と話しました。」と。第二に、対談では、今の政治の本質が、いろいろ様々にとらえられていました。その中の一つですが。小林氏の指摘ですが。「二つ(問題が)あると思います。世襲貴族みたいな、『3世じゃない、4世だ』なんていばっている人々は、人間としてすべき苦労をほとんどしていないであの地位についているんですね。だから、やはり封建時代の殿様の感覚だと思うんです。根拠があるわけじゃなく、好き嫌いで、思った通り周りが動かないと腹を立てる、そういう人が多いですよ。 それからもう一つは、そうやって彼らが『右向け左』みたいな、わけのわからないことをいっても、『はい、そのとおりでございます』という御用学者、御用評論家がいるんですよね。だから、僕らがいくら頑張っても、『たくさんいる』という「3人」(の戦争法案を「合憲」として憲法学者)が、それを打ち消してくる。」第三に、今後のたたかいについて、ふれてました。私などの勝手な印象からすると、国会で強行採決をやめさせる局面から、新たな局面に移ったと思います。新聞などのニュースでは、なかなか取り上げられなくなりました。では、戦争法廃止を求める運動は下火になったのかというと、現実はそうではないと思います。この今の、一見すると静かなようにも見える中で、現実には非常事態がすすめられているわけですから、戦争法廃止をもとめる運動は、今のこの局面をどうとらえて、どう対応していくか、国民運動の側で問われているし、試されているんだと思います。この対談の締めくくりも、その問題が交わされてました。志位氏は「一つは、戦争法が通ってしまったからといって、あきらめないで声を上げつづけてほしいです。怒りを忘れないで、持続して、発展させていく。粘り強くずっと運動を広げていきたいですね。」小林氏は「怒りが持続するためには、やっぱり、もう一度この戦争法、内容とつくられた手続きがなんだったのか、学習しなおすことだと思うんです。 ぜひ倒閣のための野党政府をつくるたたかいに個人として参加してほしいと思います。」この対談は、全体で1時間くらい行われたでしょうか。野党各党首との会談の様子とか、多彩な問題が議論されていました。ここでは、あえて、それを3つに絞りました。なるべく、この対談を中継録画で、そして新聞で、そのものを追跡してほしいと思います。ここで議論され、提起されている問題というのは、今の日本社会の焦眉の問題だし、国民共同で打開が求められている問題だということを、再確認できると思います。
2015年10月02日
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9月30日、みかん園によってきました今回は、真鶴町にある石碑を調べるため、教育委員会へ行ってきました。その結果は、後日紹介させていただきますが、約束した時間より早くついたので、その前にみかん園の様子を見ておきました。これが、みかん園とその周りの景色です。左側の上は東海道本線です。すぐ手前が真鶴駅です。線路に並行して、一段下がって真鶴道路が走っています。右端には真鶴町役場が見えています。写真の中ほどの緑の部分がみかん園です。真鶴駅のすぐ近くにあって、周りを住宅に囲まれてます。休日農夫は、いつも八王子とここを往復しているんですね。みかん園の中にあるミツバチの巣箱です。右側の小木が、一番早く色づいてきました。他の木は、周りを見てのとおり、まだみかんは濃緑色の状況です。みかん園に着くと、まず注目するのは、ミツバチのようすです。巣箱が風雨などでひっくり返ったりしてないか。スズメバチが寄り付いてないか。ちゃんと働き蜂が花粉をあつめれているか。ふむふむ、小脇に花粉の入った袋をかかえて、帰ってきています。この様子なら、まずまずで、問題なしです。巣箱の近くにはスズメバチの捕獲用に、2本のペットボトルをつるしてあります。しかし今年は、これまでのところは、この仕掛けには入っていません。スズメバチの登場が、去年、一昨年よりもだいぶ遅いんですね。それでも、当方が見ている間に、キイロスズメバチがやってきました。ミツバチを捕まえようとして、巣箱の周りを飛んでいました。さっそく、用意してあった手網をつかって、『御用だ!』と捕獲しました。つかまえたキイロスズメバチは、ネズミ取りを使った捕獲板に貼りつけておきました。こうしておくと、巣箱を襲うスズメバチを捕獲できるというんですね。ペットボトルとネズミ取り式、この二つがスズメバチを退治するための捕獲器です。みかんの方は、色づきが良い果実を、試しに二個とってみたんですが。果皮の方は色づき出しているんですが。さっそく、味試しをしてみました。初物のみかんとしてはまずまずの味ですが、しかしやはりまだ早い。果皮の色づきはまずまずですが、甘さが十分ではありません。色づきを見ただけではダメで、実際に味を見ないと失敗します。やはり定石どおりで、早生の収穫を始めるのは、10月中旬以降ということです。ということで、みかん園の様子を今回見れたのは、それなりに正解でした。
2015年10月01日
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