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2006年03月16日
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ジェンキンスさんの『告白』という本を読みました。

貧しい家庭に育ち、年齢詐称して軍隊に入り、おべっかをつかって昇進し、ベトナムに派遣されるかもしれなくなった将来に悲嘆して、ロシア経由で帰れるんじゃないかと安易に思って非武装地帯を徒歩で逃亡し、そのまま囚われの身になり、他のアメリカ人脱走兵とその家族とで小さなコミュニティで生きてきたという半生が綴られています。

脱走米兵のうち2人が病死しています。
なくなった人たちの性格については比較的良い人として描き、現在唯一生き残っている人のことは、ほとんど悪く書かれています。
自分に対しても暴行等ひどいことをしたやつだから、どうせもうどうなってもいいから、ぼろかすに書いているのかなと思っていたのですが、よく考えたらそうではありませんね。
「北朝鮮の犬」という言葉は、こちらからみれば罵倒語ですが、向こうにいる人にとっては良い人として認識されます。
裏切り者のジェンキンスに与しなかった立派な人物ということになります。
つまり、今後もうそこで暮らすしか道がない友人の平和な生活を守るために、そこを強調して書いたということも考えられます。

周囲が狂っている環境の中では、一緒になって狂ってしまうか、冷静に演技するかどちらかでしか、生命が維持できません。


絶対的な力関係が崩せない世界にいて、「賢く生きる」ということは、いわゆる頭脳明晰であることではないということが、よくわかります。
頭がいいと言われる人は、相手の矛盾をついて抹殺されるか、相手の理論を完全に覚えようとするか、どちらかになってしまいます。
従順にしてみせることはできても、忠犬にはならない。
つまり「馬鹿だから仕方ない」と諦めてもらう部分を、(実際に馬鹿であるかどうかはともかく)残すことが、そうした世界で生きていくのに、最も必要な力になるんだということがわかりました。

全てを告白することはできないんだろうとは思いますが、国家に軟禁されていたときの人生観は、たぶん事実だと思います。
「1990年代後半、私たちの生活はある種の単調なパターンにはまっていた。私もあきらめていた――娘たちはやがて工作員になり、数年後には二度と会えなくなるかもしれない。そしてひとみと私は20年近くそうしてきたように代わりばえしない日々を送っていくのだ。立石里に住み、畑を耕し、あるのは互いの存在だけで、それを最大限に生かしていくのだ。そして、北朝鮮で死ぬ。それは100%確実だった…2002年9月17日になるまでは。」

その国に生まれ育ったわけでもなく、他の世界を知っている人だから、ここまでの絶望感があるのです。
日本やアメリカのような国にいても、こうした感覚を持つ状況も生まれることもあると思いますが、どうにもならなければ、引越したり、転職したり、あるいは離婚したりと、自分の意志で改善できる余地はあります。
周囲の環境を変える権利が一切ない。

まだ大勢の人が、この諦観を抱えながら、かの地で生きているといるのです。


ひとみさんに対する気持ちについては、真実以上のことを書いているんじゃないかと思います。


ジェンキンスさんのプロポーズのことばが良いです。
(実際は朝鮮語だったはずですが、インタビューをまとめた本なので英語直訳調です。)

「次に連中が君をいつ、どこの、どんなところへ連れて行くかわかったものではない。私と結婚すればここに居られるということだけは確かだ。そして少なくともここはいやではないと思うし、ここなら安全だということはわかっていると思う。私を愛していないのは知っている。こんな短い期間では誰だってそうだろう。そして正直に告白すれば、私もまだ本当に君を愛してはいない。でも愛せるようになると思う。君もいつの日か私を愛してくれるようになると、私は思っている。私たちには普通の男女のようにじっくり結婚を考えている時間も余裕もないんだ。この国では何が起こるかわからないから、明日にも連中は君をよそへ連れて行ってしまうかもしれない」

結婚できた理由については次のように自己分析しています。

「第一に、ひとみに優しくして、なんでも彼女を第一に考えて行動したこと。たばこの火をつけてやり、一番よい食べ物をまずひとみにあげ、家具を作り、贈り物をした。

そして第三に私がひとみに正直な気持ちだけを伝えたことだ。ひとみには私が必要なこと、私たちはお互いを必要としていることを。そして、彼女を守ると約束したのだ。」

確かに、ここまでされたら、どんな人でも結婚したくなるかもしれません。
(一番よい食べ物をくれる人、というのはポイント高いです。)

ご長男が生まれてすぐになくなったそうです。
「私は悲しかった。そして息子が生きるチャンスも与えられず死ななければならなかったことが哀れだった。しかし正直なところ、むしろ妻のひとみのことを思うともっと悲しく心配になった。私は平壌商店に行き、ひとみの好きなスルメイカを買ってやった」
好物にそんなものしかあげられないのが悲しいけれど、そうやって思いやりをもって「お互いの存在を最大限に生かして」ひっそりと暮らすしかなかったことを思うと、胸がつまります。

日本の生活でも、完全な自由を手に入れたとはいえません。朝鮮語も英語も使えませんし、自分の家族や長年互いに辛い日々をともにしてきた仲間と話すこともできません。
佐渡での生活は、北朝鮮よりもはるかに良いので、文句を言える立場にないということはわかっているだろうし、長年しみついている習慣も手伝って、日本に住んでいる限り悪く言うことは絶対にできないと思います。
ただ、「彼女を守る」と約束して始まった夫婦関係が「かかあ天下」に移行してしまったことは、少々不満なようだということはわかりました。
現代の日本の感覚だと、まだ60代なら、隠居するのは早い気がします。ジェンキンスさんも、何かやりがいのある仕事を見つけられるといいなと思います。





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Last updated  2006年03月16日 22時52分38秒


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