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「何かと何かを混ぜて食べてみるとこんな味がする」という話はときどき出てくるものだが、なかなか自分で発見できることはなかったりする。しかし、今日は極々小さな発見をした。それは...ホットケーキにチョコレートを塗って食べた後に、「黄の野菜(ニンジンとマンゴーが中心だからこの色かな?)」ジュースを飲むと、野菜の味が前面に出てくるということだ。私は野菜ジュースを自分から好んで飲むことはしない方だったのだが、「黄の野菜」は野菜ジュースの中でも比較的野菜の味が強く前面に出てこない方だと思うので、おそらくかなり飲みやすい部類だと思って気に入っている。というわけで、ホームセンターでいつも箱買いをしてしまう。しかし、今日そのような飲み方をして驚いた。同じジュースなのにここまで味が違うのかと。甘いものを食べた後に野菜ジュースを飲むというのは、それが好きでない限りはちょっとしんどいなと。これがとてもとても小さな発見である。「取るに足らない」という意味で言えば、トリビアということなのだろう。何だか、懐かしい番組の名前にあったな。
Mar 31, 2009
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これは、大学入試でも企業でも起こり始めている話。大学入試においては、確実にそしてできるだけ早く入学者を確保するために、AO(アドミッション・オフィス)入試というのがしばらく前に話題になり、現在までに少しずつ定着してきた感があった。しかし、文部科学省は大学による願書の受付を8月以降に限定する方針を固めたようだ。その理由は、高校3年生の1学期にすでに合格が出されていることが問題になっているからだろう。確かに、早く進路が決まるというのは、受験生によって精神衛生上ありがたいことなのだろうが、問題はその後で勉強しなくなるということである。高校でもあと2学期分のカリキュラムがあるのだが、すでにゴールした後なのでモチベーションが上がらない。しかし、そういうふうにしていると、大学に入学してから困ることになる。低いモチベーションで知識が定着しないという問題もあるだろうが、より深刻なのは「勉強するという行為」自体を忘れてしまうことである。推薦入試で入学した学生と、冬の一般入試で入学した学生とを比較すると、自分がきいて知っていることと感覚として持っていることからすれば、推薦入試の学生の方が大学に入ってから成績がよくないように感じる(ただし、意味のある差があるかどうかは検証しない限りわからないのだが)。また、AO入試の場合は、AOと呼ばれる人の面接を中心にして合否が判定されることから、学力試験を課さないケースもある。しかも出願期間も自由であることが多い。これでは実質的に入試制度の抜け穴になってしまうということを文部科学省は懸念しているのだろう。一方では厳しい入試での競争、他方ではそれを避けることのできる方法の存在、しかもしれが同じ大学に入学できるということになれば、こういうことは当然起きうることだろう。何のための入試制度なのかというところが問われる。しかし、一方で学生を確保することがしんどい大学の場合は、どうしてもそれを使わざるを得ない側面もあったりするわけで、どのようにこの問題が進展していくのか、見通しは定かではないが、大学と受験生とが振り回されてしまう状況にならなければいいのだがと思う。企業でも、特に明後日入社式を迎える学年はプチバブル的なところもあり、「青田買い」のような状況が見られた。しかし、新4年生についてはそうもいかないようだ。ゼミ生とはできるだけ連絡を取るようにしているのだが、そこできいた話だと「筆記が通って3月中旬に面接すると言っていた企業が、 実際は4月中旬に面接の連絡が入ったり… 説明会が告知より遅かったり…というのもあります」ということもあるようだ。確かに、今年は業績等を見ながら慎重に考えていると言うところもある。決算後に微調整があるのかもしれない。もちろん、仕方のないところはあるわけだが、こちらも学生が振り回される状況にならなければいいのだがと少々心配である。もちろん、「青田買い」をやめるということは、健全な方向へと向かっているという点からすれば評価されるところではあるのだが、一度切った舵をどう戻すか、その行方に注目すべきだろう。
Mar 30, 2009
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昨日、大学オケの同期の結婚披露宴に出席した。実家がお寺で、さらに本人も後継者になっているので、出席者は寺院関係者がほとんどで、スピーチも詩吟や和歌なども登場して何とも重厚な雰囲気。私も含めて同期は家族連れで招待を受けたので連れて行ったのだが、子供たちには初めて見たり聴いたりするものがあり。目を丸くしている感じだった。そんな中で、当然スピーチ&演奏をすることになっていた。今回は弦楽四重奏、たった4人なのに半分は遠方からということで、集まって練習する機会も披露宴準備中の会場で1時間半しかなく、さてどうしようかという感じ。事前には5曲ほどあったのだが、すべてやるのは難しいので練習しながらカットしていこうということになった。そして、選んだのは次の3曲。1.アイネ・クライネ・ナハトムジーク(ただし、再現部からのみ)2.プリンク・プレンク・プランク(アンダーソン)3.君といつまでも(加山雄三)ただこれをさらっと演奏するのは面白くないなあというのは、このメンバーの中では必ず出てくる意見で、「何か面白い演出はないかなあ?」と考え始める。まず1.はさらっと挨拶代わりでいいかなということになった。2.はアンダーソンの曲なので面白く何かやってみようということで、4人以外で招待された管・打楽器のメンバーに適当に何か鳴り物を持ってきてということにしておいて、おもちゃのマラカスや笛、さらに打楽器のメンバーが自作の鳴り物を持ってきていた。どのタイミングで叩いたりするかはセンスに任せようということで、練習でいろいろと試して決めてもらった。3.は新郎新婦に演奏している横まで来てもらって、新郎にセリフの部分を言ってもらうということにした。ただ、新郎は曲をほとんど知らなかったらしく、他のメンバーがセリフの箇所が来たらキューを出すということになった(ちなみに、時間のない新郎のために、この曲をやろうと言い出したメンバーが歌詞カードをわざわざ作って持ってきたのはさすがだと思った)。最初はコブクロの「永遠にともに」にするかと準備していたら、離婚の報道!「縁起悪すぎるし、タイミングも悪すぎる」というので寸前に却下となってしまった。それから、宴会場の人に無理を承知で道具を借りて演出をすることに。さて、披露宴は滞りなく進行し、お色直しで登場の直後に出番。席から演奏場所がとにかく遠かったので、どこから行こうかとなったが、一人が料理を運んでくる裏通路に行ってしまい、みんなで通っていくことに。なるほど、宴会場の裏はこうなっていたのかと思った。そして準備を終わらせ、本番。メンバーの子供たちはかぶりつきの場所でカメラを持って撮影し、遊んでいた。スピーチは代表の一人がこってりとしゃべって、1.はあっさり終わり、2.は打楽器隊登場。どうやって打楽器を入れてくるのか楽しみだったが、さすがである。こういうのを考える人に、それを音で応える人、素晴らしい仲間である。それから、メインとも言える3.へ。そこで考えられた演出とは、せっかく曲が海のイメージだからということで、箱と豆を使って波の音を出す(古典的な)というもの。箱は食器をたくさん運ぶために使うものを無理を行って借りた。豆はさすがに原材料のままでストックされていないので、近所の百貨店まで発案者のメンバーと私とで買いに行った。二人で多くの種類がある豆を袋ごと振って音を聴きながら選んでいた。「この小豆はあまり音出えへんなあ」「大豆はそっちよりこっちの方が音ええよ」と話していたこの姿は遠目で見るとかなり滑稽な感じだっただろうなと思う。結果、この演出はウケた。そして、曲が進行し、いよいよ新郎がセリフを。とここで、一人のメンバーがキューを出したのだが、その手には白い手袋が。「宴会場の人に言って借りてきた」と言っていたのだが、これもなかなか笑えた。これは事前に聞いていなかったので「いつの間に、どこから持ってきたのか?」という感じだった。新郎も最初はできないといいつつ、しっかり協力してくれたので、しっかりとした出し物になった。みんなで久しぶりに協力しながら楽しめた。こういう楽しいことをできる仲間というのは本当にかけがえのないものだ。久しぶりに会ったので、事情が許す限りみんなあっさり帰ることもなく、近所で新郎新婦を読んで二次会もやった。子供たちも仲良くなったようで、楽しんでくれたようだ。とてもうれしい一日になった。
Mar 30, 2009
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最近、某生活雑貨店の広告チラシが入っていて、目について思わず購入した。私は通勤時にできるだけ歩くことようにしていて、雨さえ降っていなければ隣の駅まで歩くようにしている。その際に荷物を肩にかけて歩くのは苦になるわけではないが、もしリュックになるバッグがあればと思っていたのだ。 もちろん、ネット通販などでそういうのがあるのは知っていたが、できれば手にとって比較しながら見極めたいというので、時間がちょっと空いた時にその店に行ってみた。 今回購入したポイントは、リュックでも普通のバッグでも使えることと、ファイルを入れてもそれが折れてしまわないこと、そしてできればPCも入ればという感じ。 いくつか広告の品以外も見比べて、スリムだが容量があり、折り畳み傘を入れるスペースが独立しているものを選んだ。 まだ授業が始まってからの荷物の量にどれほど対応するのかはわからないが、リュックにして試しに歩いてみたら気に入って使えそうである。今後を楽しみにしよう。
Mar 29, 2009
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今日はあちこち移動で大忙しの一日。まずは、午前中に娘のヴァイオリンの先生の自宅へ。発表会の打ち合わせと当日演奏するアンサンブルの練習。これを時間いっぱいまでこなして終了後すぐに自宅へ戻って楽器を置いて軽く昼を済ませ、今度は学外の仕事へ移動。会議と研究報告に参加。 それからまた会場を後にして、今度はゼミの卒業生たちと会うためにまたも移動。仕事の話を少しして、後は沖縄料理を食べつつ旧交をあたためる。 卒業してしばらく経つ学年で、久しぶりに会った。やはり話しているとお互いに少しタイムスリップする瞬間もあり楽しめた。 途中、遠方のメンバーとメールをやりとりして遊んでみたりもして、再会を約束してお開きとなった。楽しい時間は本当に一瞬で過ぎてしまうものだ。 ときどきこうして思い出してコンタクトをとってもらえるというのは幸せなことである。人とのつながりは何にも代えがたい財産だと本当に思う。
Mar 28, 2009
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昨日、たまたまつけたテレビ番組を見て屋久島にもう一度行きたくなった。その番組とは、「いきなり、黄金伝説!!」で、お笑いコンビの「よゐこ」が二人で離島で0円生活をしながら一周するというコーナーに屋久島が登場したのだ。ちょっとしたきっかけから先輩の先生の屋久島出張に同行させていただいてはや3年になる(その時の様子はフリーページ「屋久島の春」に掲載)。なかなか訪れることのできない土地だけにいろいろと貴重な経験ができた。訪れたのは2月だったが、菜の花と桜がすでにいっぱい咲いていて、山の麓は完全に春だった。懐かしい場所もたくさん登場した。その時には登山もオプションであったのだが、番組では太忠岳に登って、そこにある大きな石まで行っていた。私はその石を別の山から見たのだが、何とも不思議な感じがした。あんな大きな石がなぜ山にあるのかというのが...。 また、海中温泉にも入っていたが、まさにそれは私も自分でつかった場所だ。荒波がそこで砕けるのを見ながら風呂に入るというのは何とも不思議な感じだ。まだまだあの温泉は健在、懐かしかった。また、番組の名物となっている海で魚を捕るというコーナーでは、大きな魚をたくさん捕って料理をしていた。番組にあったような大がかりな料理ではなかったが、その雰囲気は味わえたことを思い出す。 さらに、番組の中では何度か登場したタンカン、これは本当に美味しいものだった。宿のご主人の農場までタンカン狩りに連れて行っていただいたが、そこでのもぎたては本当に甘く、美味しかった。現在住んでいる地域では、さすがにタンカンはなかなか手に入らないし、売っているのを見つけた場所で値段を見るとなんと倍以上!今度はいつ口にすることができるのだろうかという感じだ。番組は途中から見たのだが、結局最後まで見てしまった。懐かしい景色、それを見るだけで温度や風の感覚を何となく思い出す。もう一度行ってみたい場所だ。ただ、登山をするにはもう少し子供が大きくなってからの方がいいのかもしれないなと思うが。手始めに裏山登りから始めておこうかな。
Mar 27, 2009
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今朝、妻が「入れたてのお茶はいいわねえ」と言ったのをきいて、昔やっていたCMを思い出した。確か、あれはワープロソフト「一太郎」のCMだったと思う。昔のワープロソフトは誤変換がかなり多かった。特にワードでMS-IMEという変換ソフトをそのまま使った場合には、かなり誤変換にストレスがたまったものだった。そこを突いたのが「一太郎」のCMだったわけだ。例えば、そこでは「いれたてのおちゃ」と入れると、「入れた手のお茶」と誤変換された場面をそのまま映像化していて、お茶に手を入れて「あちっ!」というシーンになっていたと思う。今では、少しはマシになっているのだろうが、それでもそのままMS-IMEで日本語の文章を入れていくのはやはりストレスがたまってしまう。というわけで、私はワープロソフトはワードのままだが、変換ソフトは「一太郎」に搭載されている「ATOK」を使っている。本来ならば会社としてはワープロソフトと変換ソフトをバラにしたくないところだと思うのだが、それができるというのは実はとてもありがたかったりするのだ。文章を毎日たくさん打ち込む仕事だけに、こういう細かいことが気になったりするものである。
Mar 26, 2009
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今日は予想通り、ニュースからワイドショーまですべてWBC関連のネタで盛り上がっている。そんな中でやっていたのが、MVPの話。WBCが公式に選んだMVPは松坂だったが、テレビでは他にも岩隈だとか、原監督だとか、いろいろな名前が挙がっていた。私はと言えば、みんなそれぞれよかったというのが正直な感想である。確かに、MVPは一番を決めるためのものだから、その主旨に則って言えば、決めなければ意味はないわけだが、それぞれいろいろな人が役割を果たして力を合わせたからこその勝利である。考え方としては「決めるのはいいが、それはオマケである方がいい」という感じである。岩隈のここぞという場面での好投もそうだし、決勝での内川の二塁送球もそうだし、1次リーグの村田のホームランもそうだし、決勝でのイチローの決勝打も、そのすべてがなければこの結果にはつながっていない。それこそ、目立たないプレーであっても、それを当たり前にやったからこその結果だし、またプロセスでの緊迫感も生まれるのだ。野球というスポーツの魅力はその緊張感の高さだ。少し勝っていても一瞬でひっくり返る、まさに「勝負は下駄を履くまでわからない」という展開、しかも一瞬時間が止まる場面もあったりしてというのが楽しい。そんな中で勝ってきたメンバーはやはりみんなすごいのだ。そう思えるのは、もしかして日本人だから?などと思ったりしてしまう。一つしかない名誉のために必死で頑張ることも大事なのだろうが、みんなでやって頑張り、それをたたえるということも決してすてたものではないと思う。「みんなで」というのは足を引っ張るような表現として見られる傾向が多い昨今であると思うが、やはり一人だけで結果は出ないものが圧倒的に多いのが世の中で起きていること。それを評価できるうまい仕組みが考えられないものかとテレビを見ながら感じた。
Mar 25, 2009
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スポーツのいい場面というのは本当に鳥肌が立つものだ。シーズン中は帰宅後TVで観戦している時も多い野球好きの私としては、やはり野球で世界一というのはうれしいものである。途中、いろいろと大変な場面もあった長丁場だったが、最後は最高の形で終わることができて何よりだ。今日はずっとTVの前に釘付けという訳にはいかず、試合開始後しばらくは自宅で仕事をしていた。しかし、合間に今日私がTVをつけたときは、すべて大きなチャンスを逃した場面か失点した場面のうちのいずれかで、さすがに後半は見ないようにしていた。そのうち、大学に行く用事が発生し、自家用車で出発。このころ、試合は後半戦に入った頃。いつものようにAMラジオをつけて聴いていたら、パーソナリティが「こんな日に聴いてくださるのはありがたい」と言いながら生放送中たまに試合経過を教えてくれていた。大学に着いてから用事を片づけて一段落したところで携帯のワンセグ放送をつけてみる(いつもはほとんど見ないのだが)。すると、ちょうど9回裏、同点に追いつかれた場面だった。しかし、ここまできたら見なければと見始めた。10回表、2,3塁のチャンスにイチローという場面で韓国バッテリーは敬遠せずに勝負。2ストライクからさんざん粘って、最後はイチローらしいセンター前ヒット、低い空振りしそうな球もファールにするなど、一球に対する集中力を最高にまで高めている様子が見て取れた。最後はダルビッシュで締めくくり。やはり見ていてよかったなというのと同時に、変なジンクスにならなくてよかったとホッとした。今晩から明日の朝にかけてのニュースはおそらくこれ一色。多くの人が元気をもらって頑張りたいと思っているところ、日本国内もいい雰囲気で盛り上がっていけばいいなと思う。
Mar 24, 2009
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最近、子供たちがお気に入りなのは、「トムとジェリー」のDVD。息子がインフルエンザの時に病院で見てはまってしまい、ずっと買って欲しいと言われ続けてきたのだが、書店で平積みになっていたのを発見。2枚組で非常にお得の傑作選で、病院で見たものはいずれも収録されていた。私も時々一緒に見せられるのだが、やはりこれはいつ見てもよくできているし面白い。とても70年ほど前の作品だとは思えないカラーの絵の鮮やかさと、ドタバタぶり、そしてそれにはまった音楽の見事さ。トムやジェリーがぺっちゃんこになったあと復活するというおきまりのパターンはやはり笑えてしまう。子供たちは遊ぶネタが切れると必ずこれをかけているようだ。息子の笑いっぷりはかなり豪快でこちらが思わずそれにつられて笑ってしまう。テレビのバラエティー番組にかぶせられる笑い声とかはできそうな感じである。今日は「星空コンサート」という話を見ていたのだが、指揮者をしているトムをジェリーが必死になって邪魔して最後にトムがボロボロになってしまうというオチの話。ここで使われていたのが、ヨハン=シュトラウスの「こうもり」序曲。CDはもちろんあるので、今日のかたづけミュージックとしてかけると大うけだった。しばらく我が家ではこのブームが続きそうである。2枚組に30話以上収録されているので、飽きるまでには相当時間がかかるだろうな。
Mar 23, 2009
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今日は妻の実家から自宅へ戻る日。午前中はまた子供たちが4人で大騒ぎ。場所は室内であろうが、楽しいことに変わりはないということだろう。夜通し屋根を叩く強い雨音が響いていたのだが、それは午前中も収まることはなかった。昼は妻の両親と妹ファミリー、そして私の家族という大人数で地元のうどん屋で、楽しく会食。それからしばらく休憩して、いよいよ帰ることに。今回は短期の滞在だったので子供たちは帰りたくないと相当ごねたが、明日学校があるという現実には勝てず、納得したようだ。運転中は出発してから1時間弱、ずっと強い雨。フロントガラスが雨粒でいっぱいで見通しが悪い状態。運転するのは本当に疲れる天気である。その後一時期雨は止み、走りやすい状況が1時間ほど続いた後、また急にさっきと同じような雨が降りまくる。今度は通行量の多い区間、車間に注意しながらひたすら走り続ける。途中では渋滞も発生して、さすがに全員疲れてしまったため、サービスエリアで夕食&休憩。予定よりも1時間以上遅れて帰宅。ところが、楽しかったねなどと平和に話していたのもつかの間、娘が大事な宿題を忘れていたことに気づき、妻に怒られながら頑張っているところ。果たしていつ寝ることができるのだろうかとちょっと心配である。私は土砂降り続きのドライブに疲れ果てた...。
Mar 22, 2009
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今日も引き続き妻の実家。自宅から遠く、自然がいっぱいあり、時間の流れもゆったりなのでここに来るだけで非日常感を味わうことができる。 午前中は近所に住む妻の妹が子供たちを連れてきて、うちの子供たちと遊ばせることに。小学校が近くにあり、遊び場所には困らないので助かる。私はサッカーなどで子供たちの相手。娘は一輪車の練習に余念がない。 昼食時には、子供たちを家で預かってくれるということで、妻と2人でランチと買い物に出かけた。といっても、近くにある美味しいラーメン屋とショッピングセンターだったりするのだが。天気もよく、ぽかぽか陽気。 それから家に戻ると子供たちはまだまだ遊んでいる。というので、妻と近くの城趾まで散歩に出かける。山城なので半ば登山状態だったが、天守閣まで登るととても気持ちよかった。山へと沈もうとする夕日とそれに照らされる街を見て、その後に下山するが、ここで話好きの地元のおじいさんにつかまり、麓まで一緒に下りることになってしまった。面白い話だったが、最後の方は疲れた。 帰宅すると、娘が一輪車に乗るのを見せてくれた。かなり上達したことが目に見えてわかるほどだった。確かな成長の証、うれしいものだ。 今日は本当にのんびりした一日、とても幸せな気分になれた。
Mar 21, 2009
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朝、娘が部屋にやってきて、興奮しながら言う。 「パパ、一輪車できた!見に来てよ!」 ということで、自宅玄関前で実演してもらうことに。まだ完全にとは言えないのだが、ほとんどちゃんと乗れていた。数日前までに比べると、格段の進歩が見られる。素晴らしい前向きな姿勢である。 さて、その後は連休を利用して妻の実家へ。春休みの旅行が仕事のためにキャンセルせざるを得なくなってしまったために、妻と子供たちのリクエストにより、そうなった。 長時間のドライブとなったが、到着時にはまだ日が落ちていなかったので、妻の実家の前にある小学校で遊ぶことに。娘は持って行った一輪車の練習の続き。息子は巨大遊具で高いところまで登るのに挑戦。こちらも以前には怖がってできなかったことができるようになっていた。 「できた!」という体験の一つひとつは小さなものだが、そういうことがとても大事なのだろうな。
Mar 20, 2009
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今年もこの季節がやってきた。送り出す側としてはうれしい気持ちと寂しい気持ちが入り交じる複雑な気持ちになる。今年も卒業式の日は晴れ、今まで雨が降ったことがないというのはすばらしいことである。昼頃、式を終えた卒業生たちがいつもの校舎へと戻ってきたら、卒業生向けのイベントがいろいろと行われていた。キャンパス内の喜びに満ちた活気は、学祭と卒業式が最もいい感じ。素晴らしいことだ。午後は各個人に卒業証書を渡す作業へ。いつものことながら、なぜか自分が割り当てられる教室はゼミ生が少なく、今年も1人。何とかならないものかと必ず卒業生に言われるのだが、本当に何とかならないのかなと思ってしまう。自分のゼミの分の仕分けなら大変でもやりたいくらいである。この作業は毎年のことながらグダグダで、手際の悪さも手伝って、ゆるーい空気になってしまった。「卒業する実感ないよな」と言っていたゼミ生、ますますそう思ったかも。その作業が終了して研究室の前に戻ると、ゼミ生が集合していた。集まったところで、幹事が代表となってプレゼントをくれた。寄せ書きと、何と桜の木の苗。あまり大きくはならない品種のようで、「大きな鉢か、いっそのこと庭に植えてください。必ず大きく育ててくださいね」と言われた。最後の約束ということだろうか。この学年らしいなと思い、うれしさにちょっとほろっとなった。その後は撮影会に。一人ひとりのメンバーと共に写真を撮る。その合間にいろいろと話したりして、楽しい時間を過ごした。それから空腹状態のゼミ生を連れて謝恩会会場へ。といっても、食堂で行われたもので、本当に立食パーティーの延長のような風景。食べ物はけっこう美味しかったとは学生の評。さらに、イベントの続きを一緒に見て、昨日に続いて軽く飲み会。クラブやサークルに行くメンバー以外は時間があったようで、せっかくだからと開かれた。しかし、昨日も飲んだメンバーにとっては、今日の早起きがつらかったらしく、思いの外早く終了。帰宅はいつも飲んで帰る時刻の3時間以上前だったのだが、気持ちは完全に深夜。気持ちの上で完全に時差ボケ状態である。今ごろきっと学生は徹夜で楽しんでいるのだろう。あと2週間ほどもすれば社会に出て行くわけで、最後の大はしゃぎ。それもいいな。少しばかりうらやましいように思う。これから新しい場所でみんな頑張ってほしいと思う。
Mar 19, 2009
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今日は卒業するゼミ生が集まって最後の飲み会。いよいよお別れの季節だ。彼らとは本当に楽しい2年間を過ごせた。 飲み会で話をすることが楽しく、いい雰囲気のまま、ゴールテープを切れると思う。 これから彼らには忙しい生活が待っているが、頑張って行けることを祈るばかりである。
Mar 18, 2009
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最近、やたらと目がかゆく、朝起きたときに目が開けにくいこともあってその後ショボショボという感じになっている。鼻もムズムズするので、花粉症がひどいのかと思って医者に行ったときには「今年のあなたは軽い方で、たいしたこと無いよ」と言われた。確かに、ひどいときには鼻がグシュグシュになってしまうのだが、今年はそこまでひどくもない。さて、ここ数日、目のかゆみがあまりにひどいのでどうしたものかと思っていたら、天気予報を見て納得。そう、黄砂が原因の一つかなと思う。ここ数日は暖かく、しかも風が結構強い。遠くの景色を見ていると、いつもなら見えるはずの景色がかなりぼやけている。これはやはり黄砂の影響である。自宅に戻ると車もやはり汚れていた。花粉症の季節になるとやはり集中力が殺がれてしまうところがあるのだが、目までダブルで来るとかなりしんどいものがある。いつごろから、こんなに過ごしにくい春になったんだろうか。
Mar 18, 2009
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今朝起きたら妻が一言。 「なかなか色っぽい寝相で、笑うわ。」 いったい何のことか最初はわからなかったが、きいてみるとこんな感じだったらしい。 ふとんから出ていたトレーナーの首の部分が片方に大きく傾いていたために肩が片方だけ大きく出ており、さらに横向きに寝ていたので背中が出ていて、パンツもローライズ状態になっていたそうだ。 そしてだめ押しの一言。 「ヘアスタイルがドラゴンボールです。」 いやまあ、昨日は夜が暖かかったし、飲んでもいたので、かなりひどくなっていたのだろう。寝ている間の責任はとれません…。
Mar 17, 2009
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今日は講演会があった。いいエピソードが盛り込まれたいい話と、内容にツッコミどころ満載の話が入り乱れてたっぷり話を聴いた。授業2コマ分、学生の気持ちになったような気分である。話し方については意識して工夫していかなければならないのだなという思いを新たにした。 終了後は、その話をネタにしつついつもの飲み会。途中、店の中で懐かしい方々に出会い、いつの間にか合流。少し違ったテイストも楽しめた。
Mar 16, 2009
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最近、いろいろな指揮者の方と練習したり、その際にお話しする機会が結構あるのだが、いずれの方も共通しておっしゃるのは、練習回数を重ねるとある程度までは弾けてくるのだが、よりよい表現を目指すならやるべきことがいくつかあるのだということだ。まず、実際に演奏する際には、流れの中で常に少しだけ先を読んで演奏することだ。確かに、その場所しか見ていないために、自分の中のリズム感が崩れてしまうと修正できない人が少なからずいるということは感じる。例えば、フレーズの中で前向きに少し速度が上がり加減になるところもあれば、どうしても時間をかけて表現すべき場所もあったりするが、それは自然なことで、フレーズを理解した上で、その単位で帳尻が合っていればまったく問題のないことである。しかし、一度早くなったものや遅くなったものを戻せなくなるために、そういった現象は起こっている。そういうこともあって、今度は逆説的だが「メトロノームどおり」という観念に縛られすぎないことも重要であるように思う。自然なおさまり方などはあってもいいわけで、そこは指揮者や他の奏者との共同作業になってくる。杓子定規にはいかない音楽の難しい側面だ。そう考えると、演奏は自動車の運転をするのと似たようなところがある。運転していると、信号を過ぎる瞬間に見ても対応できないわけで、少し手前から変わらないかどうかを考え、判断して信号を通過していくことが必要だ。また、スピードとの兼ね合いで途中で黄色になったときに行くか行かないかについてはかなり柔軟に対応しているはずである。こういうことを実は日常生活で知らず知らずのうちに経験しているはずなのだが、弾くのに必死という演奏ではなかなか難しいのかもしれない。そのためには、「気合いと根性の練習」だけではなく、やはり楽譜を事前に読み込んでおくことが大事だ。例えば、一つのフレーズの中にも和音との絡みで音の重要度には違いがある。前の音と次に弾きたい音との関係がどうなっているのか(クラシックの場合にはどうあるべきかと言った方がいいのかもしれないが)を理解して演奏しておきたいところだ。クラシックに限らず、多くの人にとって聴きやすい音楽は、必ずフレーズのおしまいは「チャン・チャン!(ソ・ド!)」という和音になっている(もちろん、裏をかいたりしてさらなる紆余曲折を求めることはあるのだが、それでも最後はそうなる)。つまり、そこが文章でいう「。」に相当する。まずその場所が「。」であることがわかって演奏することが大事で、その最後の音(つまり言葉)を「ね」と優しく終わるか、「だ!」と断定的に終わるかということを考えると、よりわかりやすい表現になるわけだ。それを押さえた上で、作曲家がいかにあの手この手を使って紆余曲折をして曲をドラマチックに仕立てていこうとしているのかを味わうことができれば、これはますます面白くなってくる。これは2時間もののサスペンス・ドラマを見るような感覚かもしれない。筋は単純だが、2時間視聴者を飽きさせないために、犯人をしばらくわかりにくくする展開にしてみたり、温泉や電車が登場したり、主人公がピンチになったりと台本や演出などに工夫をこらしている、まさにそういったものを味わう感覚であるような気がする。サスペンス・ドラマも展開のしかたがわかってくると犯人を見つけるツボがわかってきて、それがさらにドラマを見る楽しみを増やしてくれる。それと同じなのではないかと思うのだ。ただ、音楽の難しいところは、視覚に訴えることができないということだ(パフォーマンスという意味はここでは考えない)。音だけで何とか表現していかなければならないし、それをお客さんに感じさせなければならないのだ。どんなに難しい曲であっても、「何かわからないけど、聴いてて感動した!」とか「鳥肌が立った」と感じてもらわなければ、お客さんにとっては退屈な修行になってしまう。演奏会で「頑張っている姿を見れば喜んでくれる」という考え方もあるが、それだけで2時間聴くだけのモチベーションが保てるかというと、なかなか難しいかもしれないと思う。もっと悪い場合には「おやぢカラオケボックス」状態になってしまう(自分では思い入れたっぷりの歌唱でも聴く側は辛い)。こうなると極端だが、いずれにしても、ただの「発表会」ではもったいない。ちょっとしたことを気をつけて、そこからきっちりと工夫を積み重ねていくことが、一皮むけるための方法なのではないかと思う。作曲家はかなり緻密に考えて書いているところが必ずある(もちろん、そうでないところもたまにあるのだが)ので、それを「面倒だ」とか「感情で乗り切ろう」とすぐに切り捨てないで、食わず嫌いをなくしていくことが大事なのではないかと思う。新しいことに挑戦して、うまくいったことを実感できれば、もっとやってみようという気持ちになる。そのいいサイクルを回すためのポイントをうまく見つけたいところだ。
Mar 15, 2009
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最近、子供教育に関連した雑誌がいろいろと出ている(日経とか、プレジデントとか)。それを立ち読みしたり、ときには気になる記事があると言って妻が買ってきたりというので内容を見るのだが、そこに出てくるのがクラシック音楽を使った話だ。子供のしつけのためにという話で、だらだらとして時間を区切って行動しないという子供に対してどうするかという場合に、「音楽をかける」というのがあるのを見かけた。その音楽が鳴ることで次にやるべき行動を意識するようになるのが効用だと考えられているようだ。その点、うちでかなり前からやっているのが、「就寝前に部屋をかたづけさせるために音楽をかける」ということだ。クラシックの中でも派手なものについては、あまりあちこちで聴く可能性は少ないので、非日常感を出すのに効果的だと私は思う。短い曲か、あるいは曲の一部をうまく使えば、時間を区切って行動させるのにうってつけだ。これで私はいろいろな曲を試して子供たちの反応を見て楽しんでいる。もともとクラシック音楽が多くかかっている家だけに、子供たちに拒否反応はない。最近のお気に入りはこの4曲。ハチャトゥリアン「剣の舞」「レズギンカ」ロッシーニ「ウィリアム・テル」序曲より、ファンファーレ以降バーンスタイン「ウェストサイド・ストーリー」より「マンボ」いずれも2~3分程度で終わるので、これがかたづけ時間の目安になる。「これが終わるまでにかたづけたら明日は○○しよう(これはもちろん出費を伴わないちょっとしたことに限っている)」という約束をすれば、喜んでかたづけるものだ。この時に、キビキビした行動をしていればそれを誉めるとなおよい感じである。もちろん、この4曲の陰にはたくさんの失敗曲もあったりするのだが、それはそれで面白い。ちなみに、子供たちが大喜びしたのは最近購入した「マンボ」で、最近話題のドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラのライヴ盤。最後に会場のブラボーが収録されているのがいいらしい。これからもこういう新しい楽しみ方を開拓するのもいいかなと思っている。
Mar 14, 2009
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鉄道ネタが全国ニュースに出るときというのは、現在では「さよなら運転」である場合がほとんどだ。そして、今日もそうだった。今日限りで長い歴史に幕を下ろすのは東京~九州間のブルートレイン「はやぶさ・富士」である。私は東京発のブルートレインにあまり馴染みがなかったので、知り合いの多くに「乗りに行くの?写真撮りに行くの?」と言われても、「銀河」と「なは・あかつき」ほどの思い入れがないので、そこまではしないのだが、やはり残念だという気持ちは強い。東京~九州間のブルートレインについては、知識としてはたくさんあった。ちょうどブルートレインがブームになったのが小学生のときで、さすがに乗りに行くわけにもいかず、そういう本をとにかく親に買ってもらって、鉄道ライターによる写真付き乗車レポートを見ながら脳内旅行をしていた感じだ。「あさかぜ」に始まり、「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「富士」、今でも覚えている印象的な記事は「富士」に乗ると、2度目の夕方を鹿児島で迎えることになり、夕日の光に輝く海がうつくしいというものだった。24時間以上をかけて走る特急というのは何ともロマンを感じたものだ。一度だけ東京発のブルートレインに乗る機会はあった。それは、大学生の時にクラブのコンパの後そのまま卒業旅行に出かけたとき。「みずほ」に乗ったのだが、今となってはレアな経験だなと思う。長きにわたって走ってきたブルートレインには、それぞれの時代の人々の思いが詰まっている。新幹線ができる前は(少なくとも博多まで延伸される前までは)ブルートレインが当たり前のように走っていたわけで、そういう時代には多くの人が乗ったのだろう。食堂車までついていたというのは、今となっては夢のような話だ。今日のニュース映像を見ていると、「なは・あかつき」と同様、車体はボロボロになっていた。考えてみれば、JRとして分割・民営化された時にはおそらくこうなる運命だったのかなという気もする(会社間をまたぐ運転というのはやはり面倒だろうし)。また、中途半端なダイヤも存続の難しさに拍車をかけたように思う。ちょうどいい時間に出発して到着できるという状態がつくれていて、寝台料金がもう少し安く、そして短い編成でもいいから新しい車両を新造していたら、少しは運命も変わったかもしれないが。とにかく、乗ってもらえないことにはどうしようもないわけで。これでゴージャスなもの(「カシオペア」とか「トワイライト・エクスプレス」のような)ではない、従来型の寝台列車はまた減っていくことになる。あとは「北斗星」「日本海」「北陸」「あけぼの」「サンライズ出雲・瀬戸」、そして急行の「きたぐに」ぐらいだろうか。乗れるうちに乗っておきたいなと、今日改めて思ってしまった。私と同じく鉄道好きの同僚は、夜中に大阪駅まで行くとか行かないとか言っていた。大阪発車は夜中の1時09分、大阪駅のホームにはいったい何人の人が見送りに行くのだろうか。「銀河」の時には2000人いたそうだが(私もそのうちの一人だったわけだが)、今回は駅の近所にでも住んでいなければ、泊まる覚悟がなければ見ることはできないだろう。寝床でブルートレインに思いをはせながら眠ることになるかな。「はやぶさ・富士」が自宅の近くを通る頃は、きっとまだ雨だろう。なぜか最後は「涙雨」である(「なは・あかつき」の時も到着の朝はそうだった)。
Mar 13, 2009
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子供たちが退屈だから何かしたいと言い始めて、最近落ち着く先は学校や幼稚園の行事の記録映像(DVD)。もちろん、これらは私の世代にはなかったものだ。今は写真だけではなく映像メディアが販売されることは当然のこととなっており、いつでも自分の晴れの舞台の記録を見ることができる。中でも好んで見るのは小学校の音楽会と幼稚園の生活発表会である。しかも、自分の出番にとどまらず、全編見ているところがなかなかである。今日はそれを見た後で、ひょんなことから息子の夏休みの絵日記(幼稚園の宿題)が出てきた。それを読み返してみるとなかなか面白い。もちろん、幼稚園児が長い文章を書けるはずもないのできわめてまとまった話になっている。「きょうはゲームをしてあそびました」といった具合だ。中には「きょうはどうとんぼりでパチンコをしました」(これはエンターテインメント施設の中にあるなつかしゲームのコーナー)とか、「きょうはゴルフをしました」(これはWiiSports)など、文面だけを見ればアンタいったいいくつなんや?みたいな感じである。幼稚園の担任の先生は、すべてのページにコメントを書いてくださっている。これを30人近く全員に対してやるのだから、すごい労力だ。これらの回のコメントはさすがに「ん?」と思ったであろうあとが見受けられた。いったい子供にどんなことをさせているのか?とか思われていたりして...。読み通した中の最高傑作はこれ。日記「きょうはそうめんをたべました。おはしもながれていきました。」コメント「それはたいへんでしたね」これは私が出張で不在の時に、私以外が妻の実家に行ったときの話で、近所にある流しそうめんの店(メインは鮎料理屋だが夏は流しそうめんもあるらしい)に行ったときのことを書いていたようだ。先生はきっと「???」と思ったか、思わず笑ってしまったかのどちらかだろうなと思う。しかし、先生のコメントはとても頑張って書いてくださっているのだなというのがよく伝わってくる。こういうのを読んでいると、親としてやはりしっかり見ていかなければならないのだなと思う。
Mar 12, 2009
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昨日、ついに道頓堀川に放り込まれたカーネル・サンダースの人形が川底から発見された。「探偵!ナイトスクープ」でも探索に乗り出されたことがあったが発見されず、そのままかと思いきや、最近進められている遊歩道の工事の調査において磁気探査機に引っかかって発見されたそうだ。遊歩道の工事がなかったら、発見されなかったままだったかもしれないな。新聞の写真も見たが、ヘドロに長くつかっていたせいもあって、ほとんど銅像状態になっていたが、それだけの長い時間が経過したということだろう。カーネルが川に放り込まれたのは1985年、次に優勝したのが2003年、なんと18年もかかってしまった。しかし、その後の2005年もあわせて日本シリーズでは負けてしまい、日本一は逃したままになっていた。そのたびに、「あれはきっとカーネル・サンダースの呪いだ」と言われてきた。しかし、今回発見されたことで、カーネルの呪縛からは解かれるのだろうか。そのうち、「どこでおはらいする?」とか「どこに置くのか?」といったことが話題になりそうだ。ともあれ、今年こそは呪縛が解けてスッキリとした結末になってほしいものだ。ちなみに、軌を一にして、「隔週刊 DVDブック猛虎列伝」のCMが始まった。これも何かの縁なのかな?今年こそ、そろそろ関西が盛り上がってほしいなと思う。
Mar 11, 2009
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今日は仕事で大学へ。多くの同僚が同じ仕事で出勤ということで、夕方からは一緒にカラオケするのが楽しいと一部の同僚間で評判の先生をお招きしての飲み会&カラオケ大会。 飲み会ではバカ話が楽しく、先生も気に入っていただけたよう。私よりも年下なのに古い話をたくさん知っている同僚には先生もビックリだったようだ。 続いてはカラオケ大会へ。ボックスも予約されているという念の入れよう、今日のメインイベント、120分1本勝負である。先生は評判通りの楽しい替え歌&美声。同僚の皆さんもそれぞれの持ち味たっぷり、中でもパヴァロッティばりのカンツォーネにはビックリした。 カラオケに行ったのは、かれこれ1年ぶりぐらいだろうか、忘れかけていた感覚だったが、楽しかった。
Mar 10, 2009
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今、ニュースで話題になっている官房副長官の言葉。その言葉はオフレコで行われる記者との懇談会で発せられたものだ。何とかしていい話を取ろうとしている記者が20人で囲んでそこで言った言葉が「記憶にない」というのはさすがに誰からも信用されず、何ともかっこ悪い話である。それを擁護した後で「やっぱり違った」という首相も何と言っていいのやら。3人も秘書官が横にいて誰も記憶にないというのはいったいどういうことなのかというので、さらにかっこ悪さは度合いを増すばかりだ。言ったことをどうにか消そうと頑張ったらそれはそれで「そんなことも覚えていないようなアホな人には任せられない」と逆に言われる始末、どっちに転んでも批判されてしまうことに変わりはない。確かに、ちょっとしたことだけで揚げ足を取られて批判しまくる世の中も心配といえば心配ではある。誰も思いきったことはできなくなるだろうし、責任の伴うことを誰もやりたがらなくなり、さらには誰がやったところで信用は落ちていくだけになるという不安もあったりで、むしろ恐ろしいことでもある。とはいえ、言った言わない以前に、「記憶にない」と言ってごまかすのは時代遅れなのではないのかと思う。また、それもどちらかと言えば重要性の低い話(少なくとも一般市民にとっては)というのが、あきれてしまう。私も一度でいいからそう言ってみたいのだが、飲んだ後に酔っぱらって記憶をなくしたこともなく、よほどどうでもいいこと以外はあのスパンであれば思い出せるだろうと思ってしまう。もっと大事なことにみんな労力を使わないのかな...。
Mar 9, 2009
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昨日の話。我が家では3月の日曜日のどこかで、両親を招待してひなまつり会をしている。今年は父の体調でちょっとあって何やら開催が危ぶまれた感じで、すっかり話は立ち消えになったと思いきや、昨日当日になって調子の回復した父が「今年もやるって言ってなかったか?」と言うことで、そこまで元気なら大丈夫だろうということで開催を決定。今回は単身赴任で実家に住んでいる弟も一緒に。夕方から飲んで食べてという感じだったのだが、肝心のおひなさまは3日を過ぎたところで片づけてしまったので、「これは本当にひなまつり会か?ただの通常飲み会なんじゃ?」と妻が言っていた。まあ、確かに...。それでも、家族が元気である姿を見ることができて、話もできて、子供たちも大喜びで、よかったではないかと思う。
Mar 8, 2009
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この日は、久々に子供たちを連れて、車で海辺の公園へ。週末も忙しかったり、家族の誰かが体調を崩していたり、おまけに天気も悪かったりで、なかなかそういうチャンスに恵まれなかったのだが、やっと広い公園へのお出かけがかなうことに。子供たちは大喜び。いつものように、通り道にあるケ○タで揚げ鶏を買いに行ったのだが、やはり少し春らしさもある天気だったせいか、ドライブスルーには恐ろしいほどの行列。それを待って、やっと注文。復唱も問題なく、商品を受け取った。さて、公園で開けてみたら、なんと!!クリスピーがコールスローに化けていた。クリスピー3つ+コールスロー1つのはずが、コールスローが4つに。数少ない揚げ鶏を家族で奪い合うことに。しかし、復唱してまで商品を間違えるか?!レシートまですべてチェックしてから車を発車させなければ危険だということか。結局、現場まで来てしまった以上どうにもならないので、家族にたくさん揚げ鶏を譲って(このときの心境はリアルの私を知る方なら推して知るべし??)私はコールスローを3つ食べることに。健康的なんだか何なんだか、わけがわからない昼食だった。とはいえ、子供たちと縄跳びやサッカーをして、また浜にある岩場で遊んだりして、なかなか楽しかった。子供たちは大満足だった。これでようやくちょっと株は上がったかな?
Mar 7, 2009
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最近、いろいろなオケで若手の指揮者の演奏を聴く機会がぼちぼちある(プロオケにとっての定期演奏会ではないもの)。そういう演奏会を聴いていると、というか見ていると、指揮者がオケと闘っている様子を感じ取ることができる。指揮者がいくら燃えている雰囲気を出しても、オケが今ひとつついて行っていないとか、何となく棒とオケの流れがずれているとか、何となくだがそういうことを感じてしまう。ビッグネームであるとか、誰も彼も黙らせるほどの才能があるということでなければ、指揮者はとても難しい立場なんだろうなと思ったりする。オケにはそれぞれペースというものがあるようで、そこにいかにうまく入って行きつつ、何かその気にさせなければならないものがあると、とある指揮者は言っていた。とても大変な商売なんだろうなと思う。プロオケの世界にいる人は「ぜったいにやりたくない」と言う人が多いように思う(サンプルは少ないが私が知る限りはそういう傾向があるかな)のは、きっとそういうことなのだろうなと思う。
Mar 6, 2009
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ゼミの卒業生が「今日お会いできますか?」と言って、2日連続で2人が大学までやってきた。 1人はサービス業に勤務しているのだが、仕事が相当きつい様子。1年で何度か部署を異動することになってしまい、今では営業に異動、いきなりノルマはみんなと同じ、かなり厳しい状態のようだ。ノルマ未達の同期が何人か会社から追い出されたとも言っていた。 そんな中、将来どうしていこうかという相談、というか、むしろ思うところを聞いて欲しいという感じだったので、まずは聞き役に徹して、後は一緒に考えていた。話を聞けば悩ましいところだ。この不況の折、若手を育てるべきと考える会社もあれば、若手だろうがなりふり構わず無理を言ってくる会社もある。ある程度の無理はやむを得ないだろうが、それはさすがに無茶だろうと思うこともしばしばである。 もう1人はメーカーに勤務しているのだが、生産調整で週休3日になってしまったので、せっかくだから会いにきたいと言ってやってきた。とにかくものが売れない以上、どうにもならないという。夏のボーナスは実質ゼロだろうと言っていた。そんな会社の中でストレスを感じていることについて、いろいろ聞いて欲しかったのだろう。さらには帰る途中で居酒屋に行って話し込んだ。 ひとまず、元気そうではあったが、どちらもかなり疲れている様子、今後はどうなることやらという感じである。もはや、自分にできるのは、話を聞くことぐらいしかないが、それでもいいから、元気な顔を見せてもらえると嬉しいものだ。
Mar 5, 2009
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昨日の話。大学時代のオケ仲間(いろいろな大学からメンバーを集めたオケ)の一人が出張で来るので集まろうという話になり、近くの繁華街で集合することに。最近ではあちこちにメンバーは散らばっていてそれぞれの生活があるのでしょっちゅう会うというわけにはいかないのだが、今回は幸いにも3人で会うことができた。この会はいつも休みの日に開催することが多いので、仕事帰りに集まるというのはある意味新鮮な感じがした。繁華街、交通至便の場所で待ち合わせ、その後店を探す。せっかく会うのだから落ち着いて話ができる店をと思っていたら、私以外の二人が「よんきゅさんは、バイキングじゃなくていいの?」と言い始めた。またそのエリアにはバイキングがあったりするのだ。しかし、覗いてみると人が多くて落ち着かない。というわけで落ち着きそうな店に入ってゆっくり語る。話の内容は、仕事帰りと言うことも手伝ってか、お互いの仕事についての話をいろいろとしていた。そして、時事ネタについてもいろいろと語る。もちろん、久しぶりなので楽しかった。けっこう飲み食いをして、出張してきた一人をホテルの前まで送って解散となった。別れ際に一人が「何か、年取ったなあ」などとしみじみ言い始めた。年を取ったというほどの年でもないのだろうが、お互いの学生時代を知っているので、話の内容といい、容姿といい、改めてお互いを見ると、そんな気はやはりするなと思った。再会の時間はたのしく、あっという間に過ぎてしまった。次回はいつになるのかな...。それまでお互いに頑張ろうということで、元気をもらった。
Mar 4, 2009
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私が「並び下手」という話は、過去にもここで登場したが、今日はついに「店選び下手」かと思ってしまう事態に。昼食に入る店を選ぼうといろいろとチェックし、今日は気分ではないなどと振り落として最後に入った店でのこと。確かにここは昼の時間帯は非常に混雑することは知っていたが、回転も早いのでそれほど待つこともないだろうと思って選んだ。しかもメニューもセットなので来るのが早いだろうと思って選んだ。しかし!!残念ながらありとあらゆることが裏目に。まずは、空いている席を探し、広くスペースを取ってグダグダしている高校生を避けて一つ空けて座ったのだが、後から入ってきた客のために動いてくださいと言われた。まあ、それは仕方ないかなとも思ったのだが、その高校生たちはとっくに食事を終えている。携帯電話を触りながらグダグダ、邪魔である。そっちをどうにかしてくれと思いつつ移動。その後隣に来た二人(これが席の移動の元になった)が5分後に注文したものがこともあろうに先に出てきた。しかも、二人で同じものを注文していたのに一人だけ先に出てきたので「同じものを頼んだのにこっち出てきてないやん、早くしてくれるか?!」という声に対して、ホールでは「○○ランチ先に出してくれる?」「ハーイ」とのやりとり。厨房の方を見ると、何だか自分の注文が通っていないような...。ひそひそ話が展開された後、最終的にどうやら思い出されたようで出てきたのだが、さんざん待たされたあげく、なぜ後から来た人の注文の後回しになるのかと、さらにムッときた。そんなこんなで気分の悪い状態で昼食を済ませてさてお会計と思ったら、今度はレジのレシートが詰まって大騒ぎ。レジで5分近く待たされることに。これがまた要領が悪すぎる。ボタンを連打し続けてムダなレシートがどんどん出てくる。もうこの段階までくると呆れてしまった。こんなことになるのならば他の店を選んでおいた方がよかったと後悔しても後の祭り。店選びまで下手だなんて、ガッカリである。
Mar 3, 2009
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何のこっちゃ?という感じだが、これは妻の言う「アルミのタウトレット」に行ったときの話。先日、久々に行ったのだが、店が入れ替わっていたり、商品のテイストも変わっていたりというので、若干の戸惑いがあった。それは妻も同じだったようで、いつもお気に入りで服を買う店でもなかなか買う気にならなかったのだという。そこで妻は「アウトレットだと安いなと前は思っていたけど、最近やっぱり不景気でそんなに安いって思わないな。普段着なんて(総合)スーパーで買うしねえ。まさに、スーパーの女!」と言った後で、私についてもコメント。今回は私も服を買わなかったのだが、その一番の原因は、気に入ったものがすべて自分のサイズだけ品切れだったからだ。アメリカンサイズがちょうどフィットする感じなので、そういう店を愛用しているのだが、今回は残念な結果。そこで...「国際派のあなたには残念な結果だったわねえ。」これは、以前、サイズと服の形がちょうどフィットする店をある場所で見つけて、そこの店のキャッチコピーが「国際派のあなたに」というものだったのを引っかけて言っている。結局、今回「スーパーの女」と「国際派の男」はお互いにお気に入りの服を見つけられず、戦果なし。仕方がないので、お気に入りのインド料理屋でナン食べ放題のランチをたらふく食べて発散!となった。
Mar 2, 2009
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最近、息子がお気に入りのCM。ノーベル製菓の「男梅キャンデー」のCMで、これがかかるとテレビに目が行くのがわかる。CMでは、梅の「男梅蔵」が一心不乱に滝に打たれて修行するという展開。で、それがなぜお気に入りなのかというと、そこにかぶせられている演歌調の歌声がその原因のようである。うなってこぶしをまわしているというのが面白いようで、よくマネして遊んでいる。演歌調のうなりといえば、昨年末の紅白歌合戦の途中でうたた寝していた娘が、石川さゆりの「天城越え」で、うなった瞬間に飛び起き、それ以来しばらくマネをして遊んでいた。子供にとって、演歌のうなりは最近ではなかなか聴くことのできない音だろうし、それがかえって新鮮なのかもしれない。あまりにも息子がマネして遊ぶので、最近では娘まで一緒にやり始めた。我が家の「男梅」ブームはしばらく続くのかもしれない。といっても、実は家族でこのキャンデーを食べたことがある人がまだいないというのはどうなんだろうとも思ったりして。
Mar 1, 2009
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