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紙屋冶兵衛 きいの國や小はる 心中天(しんじゅうてん)の網島(あみじま) 上 之 巻 さん上、ばっから、ふんごろ、のっころ、ちょっころ、ふんごろで、まてとっころわっから、ゆっく、る、くる、くるくるたが、笠をわんがらんがらす、そらがくんぐるぐるも、れんげれんげればっからふんごろ、妓(よね)が情けの底深い、これかや恋の大海を変えも干されない蜆川、思い、思い、思いの歌、誰が留めるのでもなく自分の心が心を止めるので、門行灯の門司と言う文字の関である。 浮かれぞめきの口から出任せの浄瑠璃、役者の声色、納屋端唄、二階座敷の三味線の音色に引かれて立ち寄る客もある。廓の祝日に遊女を揚げると約束して、それを果たさずに、顔を隠して遣い過ごしをさせられては堪らぬとばかりに忍び風、中居のきよがこれを見て、身を逃れるのがやって来た。頭巾のしころ(後頭部を覆う部分を指す)を取り外し、取り外しして、二三度は逃げ延びたけれども思うお敵(客)なので逃さじと、飛びかかりぴったり寄り添って悪洒落、変な真似をしないで、さっさとお上がりなさい。と、止めたのを女景清は錣(しころ)と頭巾を思わずに多額の費用を支払わせられる客もある。 蜆川に架かる橋の名さえも梅、桜、梅田橋・桜橋と美しい花を揃えたその中で、南の風呂屋の浴衣より、今この北の新地に恋ならぬ衣替え、紀伊國屋(きのくにや)の小春とはこの十月に仇し名をこの世に残せとの印なのだろうか。 今宵は誰が呼子鳥、おぼつかなくも行灯の陰を行違う妓(よね)の立ち帰り。や、小春様か、なんといの、互いに一座打ち絶えて貴面ならずに便りも聴かず、気色が悪いのか、顔もほっそり窶れさんした。誰やらの噺で聞けば、紙冶(紙屋冶兵衛の略稱)様故とかや。抱え主からたんと客の吟味にあわれて、何処へもむさとは(滅多のことでは)送らないとか。 いや、太兵衛様に請け出されて在所(田舎)とやら、伊丹とやらに行かんす筈とも聞き及ぶ。どうでござりやすと言ったところ、ああ、もう伊丹、伊丹と言って下さんすな。それで痛み入りますわいな。いとしぼなげに(可哀想に)紙冶様と私の中、さ程にもないことをあのぜいこき(身の程知らずの法螺を吹く者)が浮名を立てて、言い散らし、客という客はすっかり寄り付かなくなり、内からは紙屋冶兵衛ゆえの迷惑だと私らの仲を割くほどに、割くほどに、文の便りも叶わないようになりました。 不思議に今宵は侍衆(しゅ)とて河庄(茶屋の名)方へ送られるが、こうして行く道でも太兵衛に逢うかも知れないと気遣いさ、気遣いさ。敵持ちででもあるような奇妙な身持。なんと、そこらに姿が見えないだろうね。おお、そんならちゃっと外(はづ)しゃんせ。あれ、一丁目からなまいだ坊主(辻芸人の一種)がてんがう念仏(おどけ念仏、浄瑠璃・小唄などの囃子詞に念仏を入れるので言う)申して来る。 その見物の中に、のんこに髪を結った(両鬢を細く、髷を高く結った伊達好みの若者の髪型)如何にも放蕩者らしい伊達衆自慢と言いそうな男、確かに太兵衛様かと見た。 あれあれ、これへと言う間もなく焙烙頭巾(ほうろくずきん、物を炒ったり蒸し焼きにするのに遣う素焼きの土鍋に形が似ているので言う)の青道心(生臭さ坊主)が墨の衣に玉襷(たまだすき)、取り巻きぞめき(ひやかし客)に取り巻かれて、鉦の拍子も出合い(出まかせ)ごんごん、ほでてん、ほでてんご、念仏のあだ口かみまぜて、樊噲流は珍しからず、門を破るのは日本の朝比奈流を見よやとて、貫の木逆茂木(さかもぎ)引き破り、右龍虎左龍虎(うりょうこさりゅうこ)討ち取って難なく過ぎる月日の関や、なまみだ、なまいだ、なまみだなまいだ、迷い行けども松山に、似たる人なき浮世ぞと、泣いつええ、ええ、わは、わは、わは、笑うつ狂乱の、身の果何と浅ましやと芝を茵(しとね)に臥しけるは目も当てられぬ風情だ、なまみだ、なまいだ、なまみだ、なまいだ。えいえい、えいえいえい、紺屋の徳兵衛、房にもとより恋初めて、濃い染込の、内の身代は灰汁(あく)でも剥げない。 なみだなまいだ、なみだなまいだ、なみだなまいだ、なみだなまいだ。ああ、これ、坊様(ぼんさま)、何ぞ、ええ、忌々しい、ようようこの頃この里の心中沙汰が静まったのに、それを措いて国姓爺(こくせんや)の道行念仏が所望じゃと。杉(小春を送って来た下女の名)が袖から御報謝の銭、たった一銭や二銭で三銭ならぬ、三千余里を隔てたる大明国(だいみんこく)への長旅は引き合わぬ、阿弥陀仏。あわぬだ、あわぬだ仏、あわぬだ。ぶつぶつ行き過ぎた。 人立ち紛れにちょこちょこと走り、とつかわと(慌ただしく、そそくさと)河内屋(前出の河庄)に駆け込めば、これはこれは早いお出で、お名さえ久しく言いませんでした、やれ珍しい小春様、小春様、はるばるで(お久しぶりですね)小春様と、主(あるじ)の花車(かゎしゃ、茶屋の内儀)の勇む声。 これ、門にきこえまする。小春、小春と言って下さんすな。表に嫌な李韜天(りとうてん、国姓爺合戦の敵役の名)がいるわいな。密かに密かに頼みやすと、言うのも漏れたのかぬっと入って来た三人連れ、小春殿、李韜天とは珍しいあだ名を付けてくれましたな。先ず礼から申し述べましょうよ。 連れ衆(つれしゅ、連れ立ってきた仲間への呼びかけ)、内々に話した心中よし(真実があり)、意気方よし(気立ても良い)、床よしの小春殿、やがてこの男俺が女房に持つか、紙屋冶兵衛が請出すか、張り合いの女郎だ、近づきになっておきゃ。とのさばり寄れば、えい、聞きたくもないことですよ。根拠もない噂を立てて手柄になるのでしたら精を出して言い囃しなさいな。この小春は聞きたくもないことですと、ついと退けばまたもや擦り寄り、聞きたくなくても小判の響きで聞かせてみせよう。そなたも良い因果じゃ。天満大阪三郷(天満を始め大阪中にの意。大阪を南組・北組・天満の三区に分けて三郷と言った)に男も多いが紙屋冶兵衛は二人の子の親、女房とは従姉妹同士で舅は叔母聟(おばむこ)、六十日、六十日に問屋の支払い金にさえ追われている身だ。商売だ。十貫目近い銀を出して請け出すの、根引きするのとは蟷螂が斧(もと、カマキリが鎌を立てて車の通路を食い止めようとする意で、此処では分際不相応の事を言う)で御座ろうよ。 我らは女房子がいないので、舅なし親もなし、叔父を持たない。身すがら(一人きりで係累がないこと)の太兵衛と名を取った男だ。色里で僭上(せんしょう、思い上がった高言を吐く事)を言うことでは冶兵衛めには敵わないが、金を持っていることでは太兵衛が勝ったぞ。金の力で押したならば、のう、連れ衆、何に勝つかも知れない。今宵の客も冶兵衛に決まっているぞ、貰おう(他の客に呼ばれ、又は約束のある遊女を別の座敷に呼ぶのを、貰う、と言う)、貰おう。この身すがらが貰ったぞ、花車、酒出しゃ、酒出しゃ。 ええ、何をおしゃんす、今宵のお客はお侍衆、追っ付け見えましょう。お前はどうぞ脇で遊んでくだしゃんせ。そう言ったのだが相手はほたえた(巫山戯た、調子に乗った)顔つきで、はて、刀を差すか差さないか、侍も町人も客は客だぞ。なんぼ差した所で五本六本とは差さないだろう。多く差したところで刀と脇差でたった二本。侍客もろともに小春殿は貰ったぞ。 抜けつ隠れつなされても縁あればこそお出会い申す、なまいだ坊主のお陰だ。ああ、念仏の功力(くりき、御利益)有難い、こちも念仏申そう。や、鉦(かね)の火入れ、煙管の橦木が面白い。ちゃんちゃん、ちゃんちゃんちゃん、えいえいえいえいえい、紙屋の冶兵衛、小春狂いが過ぎて、杉原紙で一分小判紙散る散る、ちり紙で内の身代を透き、漉き損じた破れ紙で鼻もかめない紙屑冶兵衛、え、なまみだ仏、なまいだ、なまみだ仏、なまいだなまいだなまいだ、と暴れまくる門の口、人目を忍ぶ夜の編笠、はああ、ちり紙がわせたぞ(おいでなすったなあ)、はて、きつい忍びようだな。何故は要らない塵紙(ちりかみ)、太兵衛の念仏が怖いのなら、南無阿弥陀仏ならぬ、編笠もこっちに貰ったぞ、と引きずり入れた姿を見れば大小くすんだ(大小の脇差の拵えも渋く)本物の武士だ。 編笠越しにぐっと睨みつけた。まん丸な目玉は叩き鉦を並べたよう。 さすがの太兵衛も念とも仏とも口から出ないで、はああ、と言うのだが表面は臆した顔を見せずに、のう、小春殿、こちらは町人で刀を差したことはない。しかし俺のところの沢山ある新銀(享保銀、享保四年に改鋳した銀貨で、従来流通の四宝銀に対して四倍の価値があった)の光にあったら少々の刀も根締めが歪もうと思うもの。塵紙屋めが漆漉し(漆を濾すのに使う吉野紙)程の薄元手でこの身すがらと張り合うのは慮外千滿(生意気千万)、桜橋(さくらばし)から中町くだりぞめいたら、どこぞでは紙屑を踏みにじってくれよう。皆おじゃおじゃと、身振りばかりは男を磨く町一杯に、肩怒らせて憚ってこそ帰ったのだ。 所柄、馬鹿者には構わずに堪えた武士の客、紙屋、紙屋とよしあしの噂、小春の身に応え、思いくずほれ(思いくっして)うっとり(ぼんやり)と無愛想である折節に、内から走って来て、紀伊国屋の杉がけうとう(興ざめな、当惑した)顔附きをして、只今小春様を送って参りましたる時に、お客様はまだ見えず何故見届けては来なかったのだとひどく叱られました。慮外ながらちょっとと編笠を持ち上げて面体吟味、むむ、そでない、そでない、気遣いはない。跡詰めて(明朝までしっぽりとお契りなさいな)小春様、しただる樽の生醤油、花車様、それでは後で青菜のお浸し物を届けましょうと、口合いたらだら(地口・駄洒落を散々並べて)立ち帰った。 至極堅手の侍は、大きに無聊して(機嫌を損じて)、こりゃ何じゃ、人の面を目利きするのは身を茶入れ茶碗にするのか、嬲られには来申さないぞ。この方の屋敷は昼でさえ出入りが堅く、一夜の他出にも留守居(蔵屋敷の留守居役。裏屋敷は大阪に置かれた諸藩の出張所で、領地から収納した米や特産品を商人に払い下げ、藩の現金収入を図ることを掌った。留守居役はその事務を総括する役人)に断り帳を付ける必要があるのだ。難しい掟ではあるが、お名を聞いて恋い慕うておるお女郎、どうぞと一座を願い、小者(武家で走り使いをする下僕)も連れずに先刻参って茶屋に頼んで宿を取り、何でも一生の思い出、お情けに与ろうと存じたのに、どうしてそれどころかにっこりとも笑顔を見せずに、一言の挨拶もなく、懐で銭を読むように(銭勘定をするように)さてさて俯いてばかり、首筋が痛みはせぬか。何と花車殿、茶屋へ来て産所の夜伽をするような事は遂にないことであるよ。と、愚痴を零せば、お道理、お道理、曰く因縁・委しい事情をご存知ないので御不審が立つはずです。 この女郎には紙冶様と申す深い馴染みの客が御座いまして、今日も紙冶様、明日も神治様と脇からは手刺しもならず、外のお客は嵐の木の葉で、ばらばらばら、登り詰めてはお客にも女郎にも得て怪我のあるもの。第一に勤めの妨げになるものと、堰(せ)くのはどこしも親方の習い、それ故のお客の吟味です。おのずと小春様もお気が浮かないのは道理で、お客様が御不審がるのも道理、道理、道理の仲を取って、又、茶屋お主であるみからすればご機嫌が良かれと思うのが道理、肝心肝文、さあ、はっと飲みかけてわさわさわっさり景気よくあっさりと頼みます。 小春様、春様と言えども何の返答も無く、涙ほろりの顔を振り上げて、あの、あのお侍様、同じ死ぬる道であっても十夜(浄土宗で陰暦十月六日から十五日までの十日間。別時念仏を稱える行事。この間に死ぬ者は成仏できると言う)の内に死ぬ者は仏になると言いますが、真実でしょうか。 それを身が知るものか。旦那坊主(檀那寺の和尚)にお訊きなさい。ほんにそうじゃ、そんならお侍様と見定めてお聞き申したい事がある。自害すると、首を括るとは、定めしこの喉を切る方がたんと痛いのでございましょうな。痛むか痛まぬか、まだ切ったことはない。物を訊くにも程がある、大方なことを問われるでないよ。あ、小気味の悪い女郎じゃとさすがの武士も不審顔。 ええ、小春様、初対面のお客にあんまりなご挨拶。ちっと気を変えて、どりゃ、こちの人(外出中の亭主を指す)を尋ねて来て酒にでもしましょう。そう言って立ち出た門は宵月で影が傾いて雲の脚、人足薄くなったのだ。
2025年03月31日
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下 之 巻 惣七小女郎道行 恋と小袖は一模様、身に引き締めて合ってこそ、寝心もよく、着心もよく、よくよく見限り果てられて、追い出されし、我が宿の辺りに顔を見られじと、戸口も見世も開けやらない。星も暁天のきらめきを見せている。夜も深いが、その深いではないが親の深い恩を重ねて着たるその時は、いとど心も軽く感じる。 今朝、肌薄く行く道は、肩背の苦しい身の行方、身から出た錆とは言いながら、情け馴染みの京の町、三條小橋で知る人に遭う、粟田口かと思ったが、先に心が急く関寺へ、身の衰えが恥ずかしい。 今の小町屋惣七は、博多小女郎のならし竹、何時も心に懸けておく。親の勘気ではないが、かいき(舶来の絹布の名)に綾錦、もはや都を見ることも、またとなるまい限りと言えば、共に泣く泣く憂き苦労、黒い繻子の糸の切れない弁柄縞の、愚痴ではあろうがまだ諦めるには早い。気の弱いことは言わないがよい。 先に行く子に尋ねれば、抜け参宮(親や主に内緒で伊勢参りすること)と答えたが、その頭の抜けが密貿易を連想させてぎょっとしたが、神様、守り給えと再拝の袖に神楽の鈴鹿山、八十瀬の川に濡れ初めたおれとそなたが初恋に、二世も三世も変わらじとのぼせ上がった結果がこの坂の下だ。 今落ちぶれの身と知れば、あんなにも思いつめないでざっと浅黄に染めるのであった。裏表のない心から偽紫の色悪く、やつれ顔を見る悲しさと、絞る袂の涙の露。野辺の草葉も色付いた。泣いて心を乱せとか、あなた以外に頼る人がいないとは言え、この小女郎がいなかったなら、こんな目にも遭わないで済んだものを。世帯の花も散り、縮緬の今のような姿にはしなかっもの。 夢幻のこの世から、未来、未来も、夫婦ぞとすがりついてぞ泣いているのだ。 関のお地蔵は親よりもましだ、そう聞いてはいるが、そのお地蔵様より増しとは思わないが、この世での舅御の機嫌を直して賜れと、頼みを直ぐに救い乗せて、共に助かる駕籠舁きが駕籠をやりましょうかと歩み来る。 尾張へ行く者だが先の宿までの駕籠賃は幾らだね。石薬師までは道は二里ある、駕籠賃はころりころり(銭百文の符牒)は知らない。知らないのならば銭百だ。それは高いぞ、それでは負けて行きましょう、七十文、七十文、仕方がない、負けましょうよと駕籠を下ろした。 道は一筋、駕籠二梃(ちょう)、二人の思いを抱き乗せてか、見かけよりは肩が重い、雲助二人が問答する、小川だぞ、そこをよけろ、肩をかえよう、よし来た。 杖突き坂、小谷(だに)、大谷を打ち過ぎて日影も我も行く空の末果てしなき。旅衣を着たのは昨日今日とは思うのだが、都を出てからはや四日ほど、目的の四日市にもほど近い、追分に到着した。 正(まさ)しかれと、事が上手く運ぶようにと心中で頼みをかけた辻占の、駕籠舁きの詞のはずれ、ころりと言ったのが惣七の胸に響き、役人の縄に掛からない前から気持ちがすくんでしまい、此処で駕籠を交換するのだが、向こうから来た客は駕籠を降りたのだが、惣七の心は身が竦んでしまい、降りることさえできないでいる。 これ、小女郎、先ずそなたから乗り換えに行きゃ。そんなら先に参りまする。四日市とやらで待った居なさい。駕籠の衆、自分は一足早く行くが、あの人もなるべく早くお連れして下さいな。と、降り居の駕籠の河合村、小女郎は何の気もつかずに駕籠に任せて乗り換えて行く。 石薬師から来た駕籠の者が声を掛けて、女中の連れを乗せた駕籠はこれか、うち(駕籠賃)も聞いたぞ、駕籠を替えよう。おっと幸い、さあ、立てよ。旦那殿、駕籠を替えまする。降りてくだされいと簾を打ち上げた。駕籠を替える相手の客、実は役人であったが、は早くも駕籠を降りて引っ提げていた風呂敷包みに身軽い出で立ちの袷と股引き、こはぜ脚絆に身を固めて、腰には早縄、惣七は見るなりぞっとして余所を見る顔。自分の顔は見せまいと忍ぶ頬被り、心が逸り降り立って駕籠の衆、太儀と乗り換える。 駕籠の簾を自分の手に取って引き下ろし、急ぎの者じゃ、割り増しをやろう。さあ、駕籠をやったりと言う声は、人の耳にも震えて聞こえる。 先刻駕籠を降りた捕手の役人が、小町屋惣七、捕縛するぞと声を打ちかけた。駕籠に縒りそ(麻緒を縒った)細引き網(縄)を掛けた。 中でこれはとあがいても翼が無いので飛ぶこともできない。籠の鳥かや惣七は中で音を泣くばかりなのだ。 兼ねて合図の小屋の者(非人、捕り手の命を受けて助力する定めであった)が十手を提げてくるくると追っとり巻き、咎は心に覚えがあろう、そちどもと仲間八人と、罪状明白なるにより召し捕れととの仰せだ。我々は捕りに向かって来た。大人しく尋常に縄につくか、もし手向かうなら力づくでも召し捕るがと言うのだが、念仏の声の他には何の答えも無かったので、此処は途中だ、次の宿までこのままで連れて行って縄を掛けて国元まで引き連れよ。 それ、駕籠をやれ。心得ました、とても逃れられぬ命だ。此処で縄をかけないでも大丈夫だろうと呟き呟き立ち寄って駕籠を舁き上げれば、がばがばと駕籠から漏れて流れる血は、大地に毛氈を引き延べた如くである。 乗り手がうんうんと喚くので、やれ、駕籠の中で自害したぞ。皆、集まって来い、集まって来い。と、駕籠を投げ捨てて恐れをなして駕籠のそばには寄り付かない。 役の者共が立ち掛かって網を引き退けて、簾を上げれば、これはどうだ。一尺五寸の脇差を鍔元まで突っ込んで、刃先は弓手(ゆんで、左)の脇腹にある。虫の息で目だけはぎょろぎょろと、役人も呆れて詮方がないのだった。 かかるところに小女郎が身にもかかった縛り縄、引かれて来る身の悲しさよりも、この有様を見る悲しさ。流れた血潮を踏みしだいて、駕籠の内に顔を差し入れて、小女郎が来ましたよ。わしも今縛られた。縄掛かりましたぞや。昨夜までは同じ枕に起き伏しして、何処までも一緒と約束を交わしたのに、こなん一人が先立って私だけ一人がこの世に生きながらえて、嘆けと言うのですか。苦しいでしょうね、切ないか苦しいか。言うのも涙にかきくれて前後も覚えずに泣いている。 惣七は苦しい目を見開いて、おお、縄にかかったか小女郎。国法を破り、親に不幸の大悪人、広い世界を狭められて所での住み居も出来ないように身を持ち崩し、落ち着く方なく、当て所ない。この所まで迷い来て天の網、地の縄に絡められたこの惣七、故郷に引かれ死罪に遭うならば一門の面に血を注ぎ、親へは不幸の上塗りと思い定めての自害だ。毛剃九右衛門の海賊に組みして今まで身に纏っていた繻子縮緬、そなたに着せた綾錦の冥加に尽きて(贅沢をした罰が当たって)、菰(こも)を被る身に成り果てた。夫に準じて扱われるそなたまで縄に掛けられて、汚名を世間に流させて、憂き目を見せているのは自分の身の一心から事を起こした。 この惣七がいなかったなら、今の憂き目には遭わせなかった。不憫だ、さぞ悲しかろう。長くも添いもしないのに命まで捨てさせる事になってしまったのか。許してたもれ小女郎と、言う声が既に息切れして頼み少なく見えるのだ。 鋭く(いかつく無慈悲)見える捕り手達、面会は獄舎に入ってからは出来ない事、人は相身互い、人と言うものはお互いに思いやりがあるべきだ、両名に名残を惜しませよと大目に見るのが優しい心遣いだ。 聴けば聴くほどになお悲しくなり、その起こりは誰がさせたのでしょうか。小女郎を人手に渡すまいとのお心から。親御に換え、命に換えて女房に持って下さった。それ程にわしが可愛いのですね、冥加ない(勿体無い)とも忝ないとも、お前に禮を言う詞、日本は愚かなことで、唐天竺(からてんじゅく)にもよもあるまい。縛られている手が自由になるならば、拝んで死にとう御座んすと夫の膝に顔を差し寄せて消え入り、絶え入り咽せ返れば、この世で逢うのはこれが最後です。来世も変わらぬ夫婦です。南無阿弥陀仏の声も微かになり、脇差をぐっと抜くなり早くも息が絶えた。 小女郎はわっと声を上げて、待ってくだされ、連れ立ちたい。遅かれ早かれ自分も殺される身の上です、皆様の御慈悲で今此処で殺して下され、殺して下され。そう言いながら狂いわななき駆け回る。 かかる所に検非違使(もと、京洛中の非違の検察を司る職を言うが、ここは、追捕の役人の長)が先頭に立って、此処彼処で召し捕った海賊ばら、傾城が混じって縄を附けたが一度にあちらに引いて来た。 検非違使は一札を押し開いて、召し人共に申し聞かする趣がある、有り難く承れ。一沖(ひとつおき)に停泊する大船につてを求めて波を潜り、水底を抜けて船へ近づき諸種の外国産の商品を法に背いて入手した行為は国法に背く大罪である。武士に仰せて死罪に処すべき所だが、今上天皇が即位なされた御慶事による恩赦で、死罪一等を勅免なされたぞ 聞き終わらないうちから縄付き共は蘇った心地がして、一度にあっと勇んだのだ。 更に、傾城達にうち向かって、汝らは流れの身、彼奴(きゃつ)らに添うのは勤めの習い、科(とが、罪)ではない。今後何処へ行っても自由だ。縄を許してやれと下知したので、畏まりましたと雑色(雑役・駆使にあたる下役人)どもが立ち寄って解く縄の跡。 吹きさすり、撫でさすり、王様(天皇)のやり方は格別に気の利いたものだ。この手が自由になったのなら、廓の門を出たも同様、笑い悦ぶその中で、小女郎は始終しくしくと涙を止めかねていた顔を振り上げて、連れ合いの惣七殿はこのような御慈悲を待ち受けないで、私を捨ててこの世からあの世に飛んで行ってしまい、比翼の鳥(男女の愛情が深いのに喩える想像の鳥。雌雄が各一目一翼で、常に一体となって飛ぶ)の片羽交い、今が羽片ならぬ、博多の小女郎、生きても甲斐のない命ぞや、お慈悲に殺してたべのうと、声も惜しまずに泣いている。 おお、尤も、尤も、夫惣七と同類とは言いながら色に迷った若気の至り、罪の軽重は明白である。自害したのはその身の不祥(ふしょう、不運、不幸せ)、汝は夫に成り代わって親惣左衛門に孝行を尽くし、後世を弔い惣七の追善をしてやりなさい。 勅に任せて彼奴(きゃつ)ばら、それ追い払え、重ねての悪事は出来ないように止め灸(最後に据える灸)として顔に焼き鉄(かね)入れ黒子(ぼくろ)、耳を削ぐ、鼻を削ぐ、血まぶれのままで追い払った。 隣国、他国、幾く万人が博多小女郎の物語を、語るも、聞くも、後代の長い噂を残したのだ。
2025年03月27日
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得心がいかないので、夜前に始めて尋ねて参り、噂に相違しない内の諸道具、商品にびっくり致し、姥に訊いても委しい様子は知らないと申す。 各々も商人、我らも七十八まで商いで食べた者、胴返し(一挙に資金と同額の利益を得ること)の利があったとは言え儲けるにはそれなりの際限がある。これまでは僅か十両十五両を儲けてさえ、手柄顔に吹聴して報告して来て喜ばせた惣七め、一人の親に隠すからには、碌な銀とは思われない。段々悪事が募ってお町内やお家主にも難儀をかけ、その身も人並みな死は出来ない奴、今こう致すのも親の慈悲であり、邪な銀は身につかないと申す。骨身にしみて思い知らせて、憂き潮、苦しい経験を重ねて正道(しょうどう)の商いに取り付く心をつけようと、にわかに道具屋に走るやら、古銭買い(古鉄を買い集める者、屑屋)を呼ぶやら、心がせいてお町内へ無礼(ぶれい)、お家主へ附け届け(お断り)を致さないのは真っ平、真っ平、幾へにもお詫びごと、貸家札をを出して下さいませ。お家は明けます、明けます、というばかりで下げるのは金柑頭(ハゲ頭)ばかりなのだ。 御親父(ごしんぷ)の言い分承り届けた、おれそながら惣七殿には口合い家請け(家を借りる時に口を聞き、保証に立った人)も有る仁、後日の念に御父親の一札(一通の証書)を認めて、それに留守居の婆さんの認印も押して貰いたい。 さあ、会所に同道いざござれと、門の戸をはたと引き立てて、天の岩戸ではないけれども、此処にも紙の貸し家札、残らない千早振る道具、空家とこそはなりにけり。 博多小女郎はすっかり町家の女の風になりきって、夫の惣七は危うい分限、波の上、何百里ともしれない海上を、不知火筑紫と股にかけて気苦労を積んできた身には、京と大阪はついの隣で、夫婦で打ち連れて帰ったのだが、暖簾をはずして大戸を閉めて、墨黒に貸家札、こりゃどうじゃ、はっはっと言うより詞はなく潜り戸押し開けて入ったのだが、湯水を飲む鍋釜もなく、畳を上げて閑古鳥が鳴きそうな寂しさだ。泣くにも泣けずに興ざめ果て、口を開けているだけだ。 惣七の心は、足の裏の傷に応える。足の裏に疵を持てば、後暗いことのある者は、音のする笹原も歩くのを憚る、簀の子にどうとばかり腰を下ろした。 小女郎は急いて、これ申し、ゆるりとしていさんす所ではあるまい。ねんごろにする家主殿、内儀様と私とも親しくしていて、先途下る時にも、土産に大阪の三吉下駄を頼むぞやとおしゃんした。それほどに隔てのない仲なのにこれはまた合点のゆかない仕打ちです。わしゃ、厳重に掛け合って来ます。走り出そうとするのを、これ、これ、これ、女子が言っても埓が明かない事だ。貸家と言っても名前だけで、破れ屋を手前普請(借家人の方で金を出して修理すること)で、根太(ねだ、根太板の意で床板)も追っ付け張るはずで、板も買って置いてある。家賃といえば二ヶ月、三が月先へと遣れど滞らず、町内の付き合いも欠かした事のない自分だ。家財まで取られた上に、姥(うば)の行く方も知れないのは、どう考えても下の考えではなくてお上の指図によるものに相違ない。方々に預けておいた金銀や荷物についての嫌疑なのか、いづれの道でも命有る中一夜も此処では明かすことはできない。 ええ、是非に及ばず、惣七の運もここまでか、こりゃ女子共、男共(連れていた下女や下男に向かって言う)、見るとおりの始末だぞ。わしの力では叶わない。主従の縁も是れ限りだ。大阪での遣い余り、一歩細金(いちぶこまがね、一歩判金と豆板銀)が少々残っている。三人寄って分けて取れ。暇をやろう。さらばさらばと、金更沙(きんさらさ、金色で草花や蔓草などの模様を描いた更紗・綿布)の財布を投げ出せば、お笑止とも何ともお辞儀して遠慮申すのも却って失礼でしょう。又のご縁と口上をひねって財布の中身を探ってみると、手に触ったのは一歩小判も八九両有る。はっと、寝耳に水臭いと驚きながらも半年雇や一年雇の別もなく、連れ立って表に出たのだ。 物音が隣に聞こえたので、姥が会所を抜け出して来て、のう、疎ましや、疎ましや。情けないことになりました。昨日の晩から親仁様がお出でなされて容易ならない事態になりました。浅ましい欲心から海賊の仲間になり、道に外れた銭儲けを結構な事と思っている。磔刑になって木の空に引き上げられるのは今直ぐのことだろう。菜大根を肩に置いても正直な儲けは三文でも身につくもの。そう言い聞かせた詞も反故にして、何で出来た屋財家財、これが我が子の敵じゃと、お可哀想に涙ながらに道具屋を集め、二束三文に売り捨て、家も明け渡して、その上に隣の会所で町役人の前に畏まり、何やら畏まりを言い、何やら断りを言ったり、皆お前様故の御苦労と、涙ぐめば涙ぐみ、これ姥や、掛け硯に入れておいた割符の手形だが、これが入ったままで売り渡されたとあれば一大事だ。入れ物とともに道具屋の手に渡ったか。 いやいや、掛け硯は売れたけれども、その割符は残して親仁の鼻紙入れに納めてありまする。そんなことを気遣いせずに、早く町を立ち退かせてあげたい。はあ、会所から呼ばれています。姥はもう行きまする。私が尚も生きながらえてご縁がありましたならまた会いましょう。お二人ともにご無事でと、帰ったのだがこれも名残が惜しまれる。 呆然として惣七は、親父の耳に入ったからには、世上に知れた極まったぞ。四日市には思い寄る方もある。伊勢路に向けて遁れられるだけは逃れてみよう。もう七つ(午後四時過ぎ)になった。さあ、用意と言っているところに惣七、宿にいるか、早い門の鎖しようだな。潜り戸を開けてさっと入って來たのは毛剃九右衛門。惣七はうろたえて、や、珍しい。何と思ってのことか、先ず先ずこれへと、煙草盆を持って来い、茶を持って来い。と言っていると九右衛門は胡散臭げな顔。 黙りゃ、黙りゃ、惣七、大阪で会ったのは四五日前だ。追っ付け上る京でと言い合わせて、こりゃ宿替えと見た。どういう始末でいづ方に立ち退くのだ。心配だなと言ったところ、いやいや、気遣いなことではない。たった今上って来てまだ洗足もしていない。老体の親、別住まいも異なものと。一所につぼむ談合で諸道具を引くやら、取り込んだ最中なのだ。九右衛門、そなたの京での宿はどこなのか、こちらから便宜しよう(訪れよう)。休んでいきなと出ようとする。 待ちゃ、待ちゃ、はて、きょろきょろと夫婦して呑み込まぬ素振りだ。これ、やがて商売時分(密貿易にかかる時期が來る)だ。こっちも明日国に下る。仲間中から預かった島の割符(島影に来る先方の船と引き合わせる証拠の手形)を受け取りに来たのだ。その割符を渡してから外出しろ。 おお、如何にも、如何にも、その割符は大事にしては箱に入れて封をつけて、親仁に預けた。追っ付けこっちから持たせてやろう。そう言うと九右衛門は顔色を変えて、三千里を股にかけるこの仲間、命とかけ換えの割符を親仁に預けたとは一体何処へやったのだ、上手いこと言い逃れをしようとしてもそうはさせないぞ。仲間を抜けて一人で儲けようと企んだな。音沙汰なしでの俄宿替え、丁度算盤が合うぞ。割符はその肌につけているのは知れたことだ。無理にも受け取ってみせるぞと、大戸潜りの懸け金くるる、しっかりと掛けてのし上がれば(横柄に構えて上がってくる)、小女郎は慌てて、これ九右衛門様、普段から魚と水の仲の良いお仲間です、何の嘘がござんしょう、その割符は二三日内にきっと私が渡しましょう。先ず帰って下さんせと押し出す小腕をむんずと取り、ええ、面倒なと簀の子の上にどうと投げつけた。 卑怯な、女を痛めなくとも言うべき事は身に言えと、脇差に手をかければ、や、刀の鞘の反りをかえして身構え脅しても、割符を取らずにおこうか。ずわっと刀を抜けば惣七も跳び退いて抜き合わせる。双方は腕はくるわないが縄目も弱い古簀の子、所々朽ちている篠芽竹が踏み込んだ足を辛うじて踏みこたえ、右へ払えば左に踏み抜きそうになり、左を切れば右を踏み込み、打ち合う鋒(きっさき)は春の日に溶けていく氷を踏む如くである。 小女郎は中に身を捨てる掃き溜めの鶴よろしく、鍬箒(くわほうき、金属製の細杷・こまさらい)持って開いて刃物を撃ち落とそうと立ち廻った。裾を簀子に絡ませてしまい、かっぱと転んだ頭の上、ひらめく刃が危うい。 辺り隣で聞きつけても、恐れをなして故意に知らぬ顔だ。堪りかねて惣左衛門が何といっても子が可愛いので、割符を渡すぞ、怪我をさせるなよと、表へ廻り門の戸を推せど叩けど開きはしない。くるるの穴から覗いては、はああ、はああ、悲しや、危ないぞともがいては裏に駆け回るのだ。 内では小女郎が障子を外し、九右衛門と惣七の中を隔てる盾として、相手の刃物を押さえようと前に塞がり後ろに開き、隙間を見ては打ち付ける。足を踏み堪えられずに障子を自分の身に背負いながらにどうと臥せば九右衛門がすかさずに片足を軽くがわっと踏み込み小女郎の上に重なり伏して、障子越しに突こうとした。 突いたらおのれ一打ちと、上で煌く惣七の切っ先、危うい中の危うさである。 親はあこがれ気を揉んで、隣の壁を打ち毀ち、打ち毀ちして、手が出るほどに壁の下地(細い竹や木などを組んで壁土を塗りつける土台にしたもの)を引き破り、割符を出してひらひらと振ってみせる親の手つきは物を言うほどに効果が有る。 惣七が素早く見つけて、やい、九右衛門、聊爾(れうじ、早まるな)するな、割符を渡すぞ、言い分は有るまい。こっちも刀を鞘に差す。さあ、差せと鞘に納めて眼前にたちまちにして危うい命が助かったのも、親の慈悲だと割符を持った親の手を押し頂き、押し頂きしてから、これ、これ、確かに受け取れと、渡せばとっくと見届けて、むむ、別條ないないぞ、受け取った。これ惣七、互いに命懸けの身過ぎ(生業、商売)だぞ、魂を磨く仲間の法(掟)、互いに斬り合ったすぐ後から仲良くするのも我々仲間の意気地というものだ。遺恨は残さない、気苦労のある顔色じゃ。山が崩れかかっても狼狽えない心を持たなければこの商売は出来ない。何時もの時分に又下って来いよ。 国で会おうと暇乞い、出て行ったのは図太く大胆だ。 惣七は小女郎を引き起こして、今のを見たか、忝ない。親の有難い慈悲だぞ。この壁の崩れをせめて拝んでくれよ。そう言って泣く。 ああ、有難い御恩徳、慈悲の心を受けながら、壁一重、あちらの舅様の御面体を見ることも叶わないのか。はああ、息が切れて物も言えない。水でも湯でもと苦しむのだが、茶碗一つ、杓一本さえない。あら、気の毒な、どうしようか、そういう声が隣に響いて聞こえ、茶碗にぬるま湯を壁越しに届ける親の手元を見て、はああ、冥加ない(勿体無い、神仏のご加護に適う)有難い、夫婦はわっと泣き出した。 茶碗にすがり、手にすがり、お盃ともお薬とも、氏神様のお神酒とも思われまする。これ以上の慈悲はありません。二人は押しいただいて飲み交わし、申し、お手は取りましてもお顔は知りません。私はお許しは頂いてはおりませんがお前様の嫁です。 どうぞご機嫌を直し、惣七様とも詞を交わし、一期(いちご、一生、生涯)の見始め、見納めにお顔を拝ませて下さいませと、舅の手を我が顔に押し当て押し当てして泣く涙。親の嘆きも現れて腕が震えるのも哀れである。 尽きない涙の手を突き放して、銀(かね)財布一つを投げ出して、早く出て行け、出て行けと言うように門の方を教える手さえ引き入れれば、今は親よ、舅よと頼る名残も切れてしまっているのかと、又も絶え入って泣くのだが、のう、不孝至極の惣七にこれほどのお慈悲、路銀までも下さるお心に背くのは猶更の不孝と、財布を夫婦が戴き戴き、もはや人の顔も見えないだろう。これが本当の名残じゃ、互いに身用意(身支度)して裾を引き上げ泣く泣く表に出たのだが、隣の門を遠くに見遣り、やれ、姥よ、小女郎をただ一目だけでも親父様に見せてやってくれ。路銀のお礼も申したいと小声に言うのを姥が聞きつけて、姥が姿を現すと惣左衛門が、これ、姥や、何をとぼとぼとしている。今の銀は隣の道具を売った銀(かね)で、直ぐに隣に投げ込んだぞ、礼を受けるはずもないことだ。惣左衛門は子供に商いは教えたが、非道の身過ぎする子は持たない。浅ましいやら不憫やら、天道も日月も、神も仏も罰こそ当てはなさらないが、こっちから罰の下に当りに行くとは気付かないのだ。生き物には自然に食べ物がついてまわると諺で言う。 人間が一人生まれれば、乳房と言う天道の御扶持、天から与えられる給付の米が有る。正道に勤めれば分限相応、相応に天の乳房が備わるもの。正道にない銀儲けでは、栄耀をするようではあるが天道の乳房から放たれて、三界(広い世界)の捨て子となり、野垂れ死にする者は数知れない。猫は炬燵に寝臥しする、犬は土辺で物を喰うが炬燵にいる猫の真似はしない。身の分量を知っているのだ。畜類に劣る身の程知らず、成れの果てが思われて不憫さに腹が立つ。そう言って包み兼ねた涙を流す・ やい、惣左衛門の子になりたいのなら、手鍋下げてでも正道につけ。浅ましい死をしないように、命を全うして、順当に親を先に死なせて、惣左衛門の葬礼には喪服の白色を着て供をして見せよ。 その時は我が子だと、棺の中から悦ぶ。早くうせろとばかりにわっと泣き入った。その泣く声が耳に残るのを形見にして、別れ行くのは……。
2025年03月25日
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廓の出入り口の引手茶屋(客を妓楼に案内する茶屋)の佐渡屋と薄約束(内々の約束)、おまえの下りを月よ星よと待ち受けたりゃ、こんな始末でした。人手に渡ればわしゃ生きてはおらぬぞや、金を借りたとしても返せば恥にはならないことです。私に任せておおきなさいと、振り切ったが、遣るも涙、行くのも涙涙、涙を隠して座敷へと繰り歩み(腰を据えて上体を動かさずに、静々と歩み出ること)、毛剃の側に座ればぱっと衣(きぬ)の香があたりの人はうろうろと、顔を見合わす荒男達が俄かにつくろう衣紋附き、鬼が花を見るような風情である。 毛剃様(さん)、お久しぶりですね。わしゃ、こなさんに無心に来た、こちらに大きな揉め事ができてて、馴染みの客から急に身請けをしてもらわなければ、どうしようもない首尾になったのですが、肝心の物、金がない。かねがね、まさかの時は力になろうとの詞もあり、こちらの才覚が整うまで、私の身請けが成る程の金を貸してくだしゃんせ、頼みやすると言ったところ、九右衛門が、日本一の粋様(小女郎を褒めて言う言葉、満座の中で金を貸せなどとは普通の遊女には言えないこと。それを讃えて言った、粋は人情の表裏に通じ、鮮やかな応対をする意)だ、金貸して下さいとは言いにくいこと。 二度と同じ言葉は言わせない、お前の用なら千両でも、万両でも、こりゃ、亭主、小女郎様も一緒に身請けさせて行きたい所に遣りまする。金は毛剃が呑み込んだぞ。先刻に口を掛けた女郎方が見えるまで、小女郎様を借りました。飲めや唄えと騒ぎたった。 ああ、待たんせ、待たんせ、あの障子の向こうに今言った大事な男が来ているのです。連れて来て、礼を言わさせますので、毛剃さん、詞を違えないで下さいな。 男冥利、商い冥利、虚言は御座らぬ。お連れなされよ、の言葉でいそいそと立ち帰る。 太夫様、お出で、と呼ばわる声。門から色の掴み取り、どんな美人でもよりどり見取り、勝山、江口、大磯に寄せ来た波の大騒ぎ。座敷いっぱいに入り込んで、薄雲様、操様、小倉様、三人はお後から、そりゃこそお敵(てき、相手の遊女を指していう通言)と色めいて、毛剃の連れどもがうつつを抜かし、顔に余念はないのだった。 九右衛門が声を掛けて、これこれ、亭主此処にはちっと用がある。妓(よね)様方は入口に近い座敷に控えていて貰いたい。跡から見える太夫方もこの座敷に入ることはしばらく遠慮してもらいたい。おっと、こなたへ来てもらいたい。それで亭主の言いなりに動くのだ。 太夫も田舎となると、こんな扱いを受けても腹も立てずに、誠に大人しいものだ 出るも如何、出ないのも如何と小女郎に手を引かれて惣七は、障子を押し開けて立ち出でた。顔と顔をお互いに見合わせて、やあ、小女郎の馴染みの男とは今おもいだしたがそちの事だったのか。 おお、おのれらに会いたかったのだ、やあ、誰かいないか、こいつらは下関の…、後は言わせないと毛剃の連れども大声を挙げて、頬桁きかすな、撃ち殺せと、蹴り立てた盃、燗鍋(かんなべ)がこけて畳にたぶたぶたぶ、畳が濡れるそれではないが、濡れ(情事・色事)から起こった喧嘩だそうな。大事にはならないかと上女中(台所働きの下女に対して、座敷の事を扱う女中)達や下男。うろつく顔も青ざめて生きた心地もないのである。 毛剃は一寸も動かずにいる。ああ、騒ぐまい、騒ぐまい。この九右衛門に思案がある。彌平次始め皆は残らずに女郎衆のそばへ行け。後は俺が受け取った。 いや、そうではない。我々が相手になりましょう。親仁一人では心もとない。やあ、この毛剃に引けを取る男と思うのか。わいらが居れば喧しいぞ。とっとと行けと睨みつけると、そんなら行きましょう、親仁次第ですと打ち連れて表の座敷へと出て行ったのだ。 小女郎は跡先知らず、何が何だか前後の事情を知らないので、惣七に引き添って九右衛門と惣七の目の動きに気を配る。 これ、若い人惣七殿、此の中のことを一言言っても命がなくなる。仰るな。この方達の商売は見られるとおり言葉に出さずとも知られる。何事も身が大切と思うので、この間の事は言いたくとも我慢なさい。いやと言うなら事になってしまうぞ。や、堪えなされよ、小女郎をこちらに請出すと、そなたの詞が反古(ほうぐ)になってしまう(約束が無になってしまう)。小女郎も可愛い、これまでそなた一途に真心を尽くして来て、女郎の口から金を貸せとまで恥を忍んでの志、踏みつけの目に合わせるのは非常な邪見・無慈悲だ。悪いことは言わないので、この人たちの仲間に入られれて、小女郎もそなたに添わせて、五十貫目や百貫目の金は立て替えて、そなたの親御からは見放されても、必ずこの自分が取立てましょうよ。仲間が多くなるほどこちらは損なのだが、運を力にする商売だ。運が弱くては埓が明かない。 この中のような危急の場を逃れた命冥加(命運のよい、神仏の加護で不思議に命が助かった)な運強いそなただ、九右衛門が力になる人と見て、これ、手を下げる。仲間に入ってくだされと詞だけは下手に出ているが居合の腰、いやと言えば切りかけようと、様子が顔にありありと見える。 惣七も手詰めの返事、どうしても返事をしなければならない土壇場に追い詰められ、仲間に入れば家の大事、刑死の運命が待ち受けている。嫌といえば小女郎を人手に渡すのみならず、この場で命まで取られてしまうのだ。 いづれの道を選んでも死ぬ命だ、謹んで国法に従うか、小女郎に添うべきなのか。二つの心に身は一つに定めかねている。 申し、これ、惣七様(さん)、あの方九右衛門殿の商売は知りませんが、駕籠に乗る人担ぐ人、人の運命は様々です、乗る人と乗せる人、する事は違っても、行く道は同じです(海賊とは気づかずに言っている)。金も取り替え、何から何まで世話を焼こうとの心入れです。以上のことは御身に悪いことでもなし、あっと言って仲間になり、早く私と起き伏しをしようとは思わないのですか。それとも、本当に身の為にならない筋合いの事ならば、嫌と返事を言い切りなさいな。こなさんに添われないのなら生きている小女郎ではない。女房にするなり、殺すなりとして下さい。嫌か応かが私の生き死にを決める大事の返事で御座いまする、急く事は御座いませんよと男の懐に手を差し入れ、おお、この汗の凄いこと。鼻紙のありたけを使って拭き捨てた。濡れで破れる人の身が抑えがたいのが色の道だ。 惣七は、はっとうち頷き、得心(心から承知すること)致した、只今より仲間になり、御指図には背くまい。承り及ぶ、長崎では物の堅めに血酒を飲むとかや。偽りではない惣七の心底、腕に傷を入れて誓を見せましょうと片肌を脱げば、ああ、見えました、見えました、人にこそより何で此方に偽りが有ろう。改めて盃事、皆来い、来いと呼び集めて、小女郎殿、嬉しかろう。 亭主、身請けの惣代金は何ほどだ。書き附けは此処にと差し出した。 おっ取ってさらりと読み、小女郎殿共に七人の身請け代金、千四百五十両だな。端(はした)があって面倒だ、五十両は亭主にやろう。千五百両だ、これを受け取れと、一両二両と数えて七百五十、両方、惣七と九右衛門の二人が合体しての仲間入り 皆、兄弟より隔意なく交われ。謠え、謠え。おんらが在所(俺の田舎)はな、奥山のててうち(丹波の大栗の略)の、でんぐり、でんぐり、栗の木の木の根を枕の転び寝、この小女郎が恋する山家の品物で、なまいだぶつと帯解いて、これ、ござれと抱いて寝て、面白いぞと楽しみける。町の夜番あわただしく人を殺め法に背いた科人が、この曲輪(くるわ)に入り込んだと、上の町から遊客の取り調べ、一人も客衆は外へ出ることは許されません。 捕り手の衆がはや此処へと言い捨てて、亭主を連れて駆け出した。物に動じないのを自慢の九右衛門始め六七人がぐんにゃり、ぐんにゃり、俄かに顔色茹で菜のようしおしおと、こりゃ、堪らぬ、何とか船にたどり着く抜け道はないものか。金が出るのは構わない、土の底へは入れないし、天に登る梯子はないか。隠れ蓑、隠れ笠があれば欲しい。あってくれたらなあと、我が身一つを片付けかねて震えている。 惣七と小女郎が手に手を取って、門口に気を配りながら、固唾(かたづ)を飲んでいる所に、内か隣かぐゎたぐゎたぐゎた、捕った、捕ったと喚く声。 のう、悲しやと一同に、腰を抜かして魂の身に添う者はいないのだった。 亭主の四郎左が立ち帰り、ああ、気遣いない、気遣いない。この博多の殿町で飛脚を殺して金を奪った奴が壁一つ隣の揚屋で捕縛され、代官所に引き連れていかれましたぞ。こっちの事ではない、こっちの事ではないと言えば、一度に顔を見合わせて、ああ、有り難や、やれ、忝ない。あったら肝を潰したと溜息をふっとついたのは、世並みの悪い疱瘡に二番湯をかけた如く(醜い顔にやや生気を取り戻した様)なのだ。 長居は無益、惣七殿、京へ上ろう、上ろう、さあさあ、皆々、往のう、往のうと、女郎衆は駕籠で舟場まで、亭主さらばの声も八人が同時に言うとなると賑やかになる。 七人を一度に身請けとは、聞きも及ば大大盡、お一人お一人の顔に書付を貼り付けたい、のう、磔と聞くもぞぞ髪(ぞっとして髪の毛がそそけ立つ事)嫌々、お手柄のお名が顯(あらわ)れよう、顯れるのは悪事の露見にも言えるので猶気がかり。何にも言うなと出て行くのだ。男自慢は惣七を除いた七人の鼻に現れている。 中 之 巻 競売の市を立てて、屋財家財の崩し売り、捨売に相場なし。戸棚箪笥塗り長持、燭台・椀家具・吸い物椀、まな板仏壇、何や彼や、狩野の三幅対、表具ばかりで百貫の物を捨て値で売る。それに見合う編笠・提灯、同様に不釣合いな中国南京焼きの鉢を、八匁から九匁の捨て値で販売。鍔に見込みの中脇差(鍔の細工に念が入った中くらいの長さの脇差)、鍋も釜も煤けた茶釜、畳も上げた荒道具、簀の子の竹の細道具(こまどうぐ)、有りとあるもの塵も灰も、猫も値打ちににゃん匁、五分と飛んで時鳥、守り本尊に懸け硯、鉄漿壺(おはぐろつぼ)も罷り出でて、金になれとや口々に値段をつけて競る。競る、競る、競り市に町内騒ぎ、喧しいこと。 家主の菱屋嘉右衛門が不審の顔で駆け来たって、これはこれは、狼藉千萬、何事じゃ。この家は我らが貸家だ、主は小町屋惣七と言う西国の商人(あきんど)、夫婦連れ(惣七と小女郎を言う)で十日あまりの逗留で大阪に下る。跡にはあの婆がたった一人です。留守のことはお家主頼みますと言い置き、今日か明日には戻られよう、お姥もお姥で、留守居とは何のこと、これ親仁、まず和御料(わごりょ)は誰なれば良い年をして京の町の作法知らぬか、町所(ちょうところ)にも断りもなく人の留守に踏み込んで畳まで売り払い、後始末はどうするつもりなのだ。この新清町(しんせいちょう、京都七本松通り今出川下るの町名)一町の束ねをする年寄、則ち家主がうっかりと見過ごしにするものか。 姥も一緒に詮議する、隣が町の会所(町内の役人が寄り合って事務を取るところ)、さあさあ、一緒に来いと喚いたのだが、姥は涙に顔を傾けて、親惣左衛門が両手をついて、お家主でもあり、お年寄り、ご尤もご尤も、我らは惣七めが爺(てて)の小町屋惣左衛門と申して生国は長崎。二十ヶ年この方は上方に居住致せども、資本(もとで)なければ商売も捗らず、山科辺に逼塞致して故郷の馴染みを便りに、惣七めが西国通いを致しているが格別の儲けをしたとの便りもなく、どうかこうかと思い暮らす折節に、あちこちで人の取りざた、小町屋の惣七は西国で大儲けをして博多の傾城を請出して、心清町に檜の木作りで節なしの上等な店を張り、風体は無人の暮らしでも、内証の栄耀は千貫目持との噂する。
2025年03月21日
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百年を経てはいないが、衰えは今身の上に来る、小町屋惣七、下の関での大難で命一つを拾い得て、博多まで舟を漕いで、焦がれ付いたのではあるが、身に付くものは手足より外には何のあてもなくて、知る辺の方にも身を恥じて、訪い音信(おとずれ)は絶えたのだが、小女郎の情が忘れられずに恋しさの風に吹き立てられて柳町には来たけれども、金銀が無いので自然に肩がすぼまってしまう。気がひけるままに奥田屋の門を覗いてから退いて見る。物案じしながら佇んでいる風情である。 内では乞食と見て取って、突っ慳貪な尖り声、残り物はもう何もない。他を廻ってみよ、通りゃ、通りゃと追い払う。さては、はや物貰いに見えるのだなと、我ながら落ちぶれ果てたものだなあ。この風俗((身なり)で小女郎に会いたいと言っても聞き入れては貰えまい。聞き入れたところで小女郎の恥だ。 思い切った、顔見まいと立ち帰る後ろから、おお、待ちや、待ちやと禿の重の丞が、これ、今日は太夫さんの心ざし、追善供養の日に当たり、施しの一銭を差し出しながら、はあ、この乞食はお蚕・絹の着物を着ていると、顔を差し覗いて、やあ、お前は京の惣七様(さん)、のう、太夫さん、惣七様(さん)が乞食になってごんしたと、呼ばわれば、首を振って逃げるのを、往なさない待ちなさい。帯に縋って留むる間に、家内も驚いて駆け出てくる。 小女郎は表に走り出て、笠を手荒くひったくって、ほんにそうじゃ、嬉しや、よう来て下さんした。この有様はどうなされたのですか、と聞かないうちからもう涙、涙である。 これ、四郎左様(さん)、惣七様を奥にお連れ申してお噺致したと存じまする。如何にも、如何にも、お馴染み惣七様です、御用があれば仰せくださいと亭主の情にうち連れて、奥の座敷に入るより早くすがりついて、恋しい、床しいは言葉に出して言わなくとも知っている二人の仲、このお姿は親御様の御勘気でも受けてのことでしょうかしら。訳がなくてはならないはず。お前の心の中ではこの小女郎はまだ傾城だと思っておられるのですか。この身は廓に居ても心は疾うに夫婦じゃぞ。 ぼろの着物、朽ち果てて糸で綴ることも叶わない物を身に纏っても、肩や裾を結び合って手を取り、引いて人家の戸口にたって他人の情で命をつなぐようになったとしても、言い交わした詞は違いはしません。今日は母(かか)様の十三回忌の日です、お前に逢ったのは親たちがあの世から手を取っての引合せでしょう。女房や、無事で暮らしていたかと一口言ってくださいませ。そう言っては真実を見せる涙の玉、男もはらはらと涙を零して、声を震わせて、小女郎や、息災でいてくれたなあ。一年ぶりに顔を見て、変わり果てた身なりで不幸な知らせを持って来た。 聞いてくれ、毎年の如くに諸色を仕込んで下った所、下関で海賊船に乗り合わせてしまい、家来は眼前で海底に沈められてしまい、自分の命さえほうほうの体、命からがら此処までやっとのことで逃げ延びてきた。商売の荷物や衣類はそのまま船に捨て置き、肌には一銭の貯えもないので、二枚の下着を一枚づつ売ってどうやら今日まで生き延びて来た。今度の下りの際には請出して女房に持つとの深い契約、その金銀さえ人手に渡してしまった。言葉を違えてしまい、望みを叶えられないこの身だ。自分の不甲斐なさ、それよりもそなたが恨みに思うであろうことが不憫でならず、言わけやら顔見たさやらで見苦しい我が身の恥を顧みずにこへ来たのだ。面目次第もない。そう言って涙で顔を曇らせたのだ。 よう打ち明けて下さんしたな、宝は湧きものです。財宝は得ようとすれば得られるもの、一度失くしたからと言ってもそれきりになるものではない。お命さえあるならばわしゃ嬉しゅうござんす。私の心でお前一人はどうにでもなる。お愛おしや、お肌がお寒かろう。お顔がたんと細くなられましたと、自分の上着を男の肩にふわと掛けて、抱きしめてただ泣くばかりだ。 表には血気の下男、大尽様の御来臨と大声で喚いた。やれ、人が来ます、こちらへと男の手を取り身を引き寄せて奥の一間に入ったのだ。 客はいつぞやの海賊どもで、真っ先に立って毛剃九右衛門、彌平次、傳右、仁左、平左。市五と三蔵が、さあござれと客の手を取らんばかりにして出迎える。引き摺る雪駄(せきだ、揚屋の者が大仰に歓迎するさま、客が雪駄を引き摺る意を兼ねた。雪駄は竹の皮草履に革の裏をつけたもの)に金(雪駄の裏に金を付けて豪華にしたもの)、金に飽かした衣装附き、各々がセル(舶来の毛織物)に羅紗(らしゃ、羊毛に麻を交えた織物)、かるさい(薄手の羅紗)・らんけん(羅紗と同じ)・繻子・天鵞絨(ビロウド)、下着や上着も渡り物(舶来品)、頭は日本で胴は唐、ちくらてくらの一夜検校(どっちつかずの怪しげな俄分限者)、ついに目慣れぬ出立栄(ばえ)、奥田屋に揺ぎ込み、座敷に居流れ、毛剃が諸色・万事を引き受けて、さも指図役らしく勿体をつけた顔。 亭主、うすうすは見知りが有ろう。廓の縦横十文字、昨日まで端ぜせりした(端女郎を漁り歩いた)我々、俄分限(にわかぶんげん)は見ての通りだ、今日からは太夫狂いをするぞ、来る道すがらで見ておいた一文字屋の江口、丸屋の勝山、同じ家の薄雲、油屋の操、和泉屋の小倉、車屋の大磯、この六人を請出して、此処におられる人々の物言い伽、妻や妾にする。明日までは待てないぞ、直ぐに首尾をさせよ。 これはきついと四郎左衛門、飛んで出るのを、やれ待て、やれ待て、亭主が留守では興がないぞ。言いつけて呼びにやれ。 畏まったと硯引き寄せて書き付けて、呼びにやる足、走り書き、早く行って来い、それ、鯉のお吸い物をお出ししなさい。間の襖を取り払って大座敷を一つにしなさい。子供を泣かすな、女房殿に薬を飲ませろ。やっ、何じゃと、花車(かしゃ、揚屋の女将を言う)が患っているか。それ、挟み箱を持ってきなさいよ。油断めされるな、人参を用いて養生が第一だ。持ち合わせている、思い切って煮るとしよう。そう言って蓋を押し開いてひと包、ひとつ選(えり)の大人参を一斤余りを投げ出した。 四郎左には子供が何人いる、娘が一人に男が二人御座いまする。おお、よい子持ちだ、小さいけれどもこの珊瑚珠(さんごじゅ)、対(つい)で秤目(かけめ)が八匁、二人の子に巾着などの根附けとし下げしゃされ。お娘の着物に有り合せた緞子三本と繻子五本、この緋縮緬は裏によいだろう。 綿の代まで相添えて投げ出す、放り出す。頂く亭主は腕が草臥れた。四郎左衛門はぎょっとして、お礼よりも先ず肝が潰れた。いつの間にこのような大分限者にお成りなされたと、問い詰められて間合い詞、きついか、きついか、何とも偉いものであろう。江戸での商いがまだるくて、佐夜の中山(遠江の国佐夜中山)の無限の鐘(観音寺にあった。この鐘をつけば現世で長者になれるが、来世では無間地獄に落ちると言い伝えられた)を突き当てた福々長者、さりながら、この鐘を撞くには作法が難しい。長者経と言って寺につたわる縁起(撞鐘建立の由来を記した文書)の目録を聞かせたいと言って打ち笑えば、亭主は横手をはたと打て(意外な事に驚く様)、さて、有難いお経、我らもちっとあやかるように、そのお経を授けて下されいとせがみたてられて、しからば、聴聞仕れと、何やらしれぬ懐帳を殊勝らしっげに取り出して、吝(しわ)いことの嘘八百、長者経となぞらえて声を張り上げて読みにけり。 長 者 経 そも此の無間の鐘の濫觴(らんしょう、起源)を尋ねれば、天竺の大金持、月蓋(ぐわつかい、毘舎離城の長者。仏を信じて種々寄与するところがあった。滑稽化の為にわざと事実に反したことを言った)と名が高い、さっても吝(しわ)い長者が有った。 仏はこれに示すために朝な朝なの頭陀の行(僧侶が修行の為に食を乞いながら旅行すること)、鉢、鉢も空耳つぶし、うんとも、すんとも、言はれぬ仏の方便で仏身から放つ光はさながら一分小判の山吹色、金と見るより吝ん坊長者は仏の箔を剥がそうとして、欲心から施しをしたのをきっかけに、手の内をまんまと釈迦の手管にかかり渋々ながらに惜しや、悲しや、南無阿弥陀仏、この撞き鐘を建立した。 されば汚い長者の心、末世の今に留まって、先ず初夜(午後の八時頃)の鐘を撞く時には諸行無常、無性に惜しい、惜しいと響くのだ。後夜(午前四時頃)の鐘を撞くときには、金を使うなどとは勿体無さすぎる、是生滅法なことだと響くのだ。晨朝(じんでう)の鐘(午前六時頃)に撞く鐘は生滅々巳、滅多に入用が知れない。寂滅為楽、要らざる金の声、一文惜しみの百損ならぬ、百八煩悩、この鐘の声を聞く人は現世では分限の金持、未来では無間の釜に煮られる。 かかる不思議の撞鐘を疎かに撞てはいけない。さて、行法の次第と言うのは、絹も紬も着ることが出来ずに、木綿布團でさえ栄耀の至で、粗薦を引い起き臥しで、人間は習慣次第でどうにでもなる、奈良茶漬粥、精進潔斎、菜いらず。昼夜にたった二度の食事と、盆暮の二度の節季には尻端折りして往来の中をちょこちょこ走り、ちょこちょこちょこちょこと脱けて落ちてある物をただは置くな。こけても土を掴んで起きるのは七つ(朝の四時頃)から起き出して、質を取らずには金を貸すな。欲しいものは買わないのが徳だ。月夜に夜なべ(夜仕事)をしないのは損、稼ぐに追いつく貧はない。芥子は千にも割り(薪・割木は出来るだけ細かく割って)焚付にせよ、決して灰を取り除けてはいけないぞ(灰は火気を助ける効力があるので言う)。捨てるものなどは何もない。鍋の墨では細眉作り、しべの切れは痺れの妙薬、水のない井戸は梯子の入れ物、鼠の尾まで錐(きり)の鞘だ。差せ干せ傘(からかさ)、人に貸すな鰹節。摺りこぎ・摺り鉢・砥石・石臼・薬研(やげん、漢方で薬種を砕くのに用いる金属製の器具)まで、目には見えなくとも貸すたびに減らずに戻るためしはない。さて、その他は愛嬌付き合い、始末貯え、読み書き算盤、秤目の上を見れば方図もない。我より下を見て手本として、右の条条を守るにおいては微塵が積もって山となり、長者の金言疑いなし。無間の鐘とは名ばかりで、現世(げんぜ)も未来も背かなければ、自然と栄える福徳縁起の聴聞あれと語ったのだ。 尤もとも、尤もでないとも申されない。世間中がこのような身持になれたならば、私らが商売は取り置く、廃業ですなと言って笑った。 座敷の隔ては障子一枚、向こうの騒ぎがひしひしと子女郎の身に応え、ああ、有るところには有る物。五人六人の太夫を請出して、何やろ、彼やろ、是やろと、金銀財宝は塵埃、父(とと)様や母(かか)様の貧な暮らしを見た時も、力に及ばない金を無理にも手に入れようとは思わなかった。しかし、あちらでの身請けが羨ましいと今日という今日はしみじみ思います。わしゃ金が欲しくなりましたよ。仕合わせの良い人を妬むのは道ではないが、どんな男か顔だけでも見てやりましょうと、障子の隙から差し覗き、やあ、あれはわしの近づき、何かの折に相談相手になりましょうと、力をつけてくれた人。金を借りて来ましょうかと進み出したのを引き止めて、兼ねてからの近づきとはお互い同士のことで、他人は知らない。行きずりの客に無心をするとしか思うまい。女郎の口から金を貸してとは身の恥を思わないのか。恥を包むのも事によるぞ、たった今話したではないか、来月には筑後の人が私を請出すと。
2025年03月19日
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博多小女郎波枕(はかた こじょろう なみまくら) 上 之 巻 船をだしゃらば(出すなら)、夜深(ふか)にだしゃれ、帆影を見るさえ気にかかる。 長門(今の山口県西北部、長州)の秋の夕暮は歌に詠まれている文字ではないが、門司が関、下の関とも名に高い、西国一の大湊、北には朝鮮の釜山(ふさん)海、西には長崎薩摩潟(さつまがた)唐阿蘭陀(オランダ)の商品代物を、朝な夕なに引き受けて、千艘が出港すれば入り船も、日に千貫目・萬貫目、小判走れば銀が飛ぶ。 金色世界もかくやらん、沖では何を待つのか、檜垣作(ひがきつくり、両舷に檜垣を組み立てた六、七百石以上の荷船)、十四五端(遠距離を往来する回漕船で、十四、五反の帆を張るもの)の廻船に船頭や舟子(かこ)は褞袍(どてら)着て足踏み伸ばす梶枕(かじまくら、船中に寝泊りすることを言う)、四五人の乗り衆共が櫓(やぐら)の上でつっくつく(熟視するさま)、そよとの波音や舟影にも心を附ける蚤取り眼(まなこ)、物案じている頬がこけた表情。中でも頭の毛剃(けぞり)九右衛門、生まれは長崎、国訛り、こりゃ、うん達(お主たち)、まだ市五郎三蔵の舟は見えないか。心許(もと)なかばい、心魂切(たまぎ)りゃ夜敏(さと)くなって、身だ(自分は)まんじりともせない(出来ない)。首尾よかろうば筑前さなへ(ちくぜん、今の福岡県の北部、の方へ)この船を廻して、柳町(やなぎちょう、博多の遊女町の名)のしゃうしゃうてい(遊女を言う。長崎の方言)ども請け出(だ)して上方さなへ突っ走る。 表の間を借り切った上唐人(かみたうじん、上方の素性の知れない者の意)は船頭が馴染みで筑前まで乗せなければならぬと言う。仕事がうまくいかなかったなら、筑前へは行けないぞ。船出の幸先がよいように良い辻占でも聞きたいところだ。表の衆を呼んで来い。噺でもして気を紛らわそう。 あっ、と答えて平左衛門が呼びに降りればその跡は、鬼とでも喧嘩しそうな男どもがあんぺら(南洋原産の貝多羅・ばいたらの葉を竪に細く裂いて編んだ蓆)を取って敷かすやら、茶だし(急須)に唐茶(中国から渡来した茶)を摘み入れ、注ぎ出す色は薄いけれども頭を頭として敬う礼儀は仲間内の花であるよ。 表の乗り衆の小町屋惣七は生得慇懃で都の育ち、呼ばれて櫓に割り膝(正座)して、船頭と馴染みなので押し付けがましい乗船を願った者なので、御尋ねがなくともご挨拶致す筈であり、無礼御免と手をつけば、ああ、堅い、堅い、同船いたし一つ釜の食事を食べるのは親類同然と申して良い。さあ、お辞儀はやめられて手をお上げなさいよ。この五人は我らの仲間、隔てなく話をする仲、近づきになってお噺なされよ。 こう申している某(それがし)は長崎者、九右衛門と申してそっと致している微力な唐(たう)商売(貿易商人)、こちらは同国の者で彌平次と申す仁、次は上方の小倉屋傳右、難波屋仁左、そこもとを呼びに参ったのは阿波(あは)の徳島平左衛門と申して髪月代(さかやき)を致している。十分とはいくまいが、船中の間に合わせに理髪の用なら遠慮なく頼まれるがよい。して、そこもとはいづくいづかたから参られたのじゃ、我らも生国は長崎で、伜の時分に親に連れられて生まれ所を引越し京住まいになりました。父の名は小町屋惣左衛門、同名の惣七と申す者です。売り買いのために筑前へは毎年の上り下り、どなたも船中平懐(ひらがい)御免(普段と同じ気持でいる意で、楽にする事を言う)、よいお近づきを求めることができましたと、礼儀を崩して膝も崩れて、改まった詞遣いを止めて寝転んで、早くも千年の馴染みほどに打ち解けたのだ。 九右衛門は顔色も打ち解けて、船中の寂しさを紛らわすのには物語ほど退屈しのぎになるものはない。おんども(おれども、の訛り。我々、我)が二十七の年に、薩摩者と喧嘩した噺は嘘じゃなかばん、正真正銘の話だから聞かっしゃれ、九月の七日九日は氏神殿の祭り、本踊いろ、唐子踊いろ、見事なことばん本興善(もときょうぜん)町と言うところで石御器(いしごき、茶碗)に一二杯、肝の束ね(臓腑の真ん中)へ諸白(もろはく、上等の酒)をいっかけた(聞こし召した、注ぎ込んだの意)薩摩二歳(薩摩者を罵って言う詞、二歳は年少者の蔑称)、ふとか男で有ったばん、諏訪(すは、長崎の東北にある諏訪神社)に踊りを見に行くすれ違いに、長か赤鰯(あかいわし、錆びた刀、ここは単に刀を罵って言ったもの)の小尻がくさの、おんどもが脇腹さなへ當たるが最後、引っつまんで壁へかいなすろうと思って、刀の小尻を逆に掴んでくるりと投げ倒した。それはそれは見事なことで有ったがのう。 他国者に投げられては国へ帰っても成敗、処刑されて死ぬよりほかはない。死ぬ命は何処でも一つと、二尺八寸を引き抜いた。コリャン、ほたゆるな(ふざけるな)と又引き担いで投げたがの。角(かど)のある溝石でくさ、頭の皿が粉みじんに砕けた。お、舟で割れたと言うのは忌々しい。頭の皿が走った、走った。血が飛ぶやら、涙が出るやら、頭を抱えて連れていた供の雇人に負われて、小宿さなへ往(い)んだがの。今で思えば無慚(むざう)らしげに(酷いことをした)、そがいにせでも大事なかたん。上方衆は気がよか(気が優しいから)けん、こがいなことは有るまいと、仕形交じりの高噺、皆安閑(ぼんやり」と聞いている。 さあ、京のお客がお話なされよ。段々に所望せん(面白い話を聞かせてもらおう)。上方は色所だから定めて深い訳、色恋沙汰もあるだろう。お噺をなされと口々に乗せれば、乗って、さればされば、親惣左衛門は吟味強く(監督が厳しくて)京・大阪では鐚半文(びたひら、銭一文、半銭でも)も自分のものであって自由にはならない。毎年の筑前通いを幸いに、柳町の小女郎とはそもそもより互いに熱くなってのぼせ、是非当年は請出して、相手の遊女も女房にしてもらうつもりでいる。こちらも当然に女房にするつもりでいる。 半分聞いて、ああ、仰るな、聞くまでもない。我らも博多に参るもの、この一座五人が小女郎殿の身請け幇間(たいこ)、大尽くゎっと祝儀を弾みなさるがよい。と、毛剃りが起きて膝を立てれば、ようよう、身請けの大尽様、こりゃ誰が大尽です。小女郎様の大尽と一座の者がはらりと惣七を取り巻いて、座興も過ぎれば惣七はむっとして、嬲りものにするのか、それとも侮るかと、心がくるくるしてわき返る。 胸を抑えて、えへんえへん、今朝から風邪をひいて頭痛が致す。跡の噺は後刻後刻と言い、どなたもこれにゆるりと御座れと挨拶して、思い悩みながら立ち煩い、やっとのことで下に這い降りた。 身請けする程に内証(懐)が温かなくせに風邪をひいたとは、どこやら足りない和郎(わろ、人を罵ってって言う)そうなと悪口、苦口、豊前の小倉の方向から波を押し切って来る俊足の小舟が、この船を目当てに真一文字、脇目もふらずに真っ黒になって漕ぎ着けたのだ。 九右衛門は始めに立ち騒いで、やあ、三蔵、市五郎、首尾は、首尾は。近年の拍子よくて、荷物受け取り受け取り、銀(かね)渡し、あっちも機嫌、こちらも仕合せ、荷数を手形に引き合わせて渡しましょうと、聞く嬉しさ、船頭起きよ。舟子(かこ)も来い。荷物受け取れ、よしきたまっかせと、心も勇む虎の皮百五枚、仕合せすれば心の塞ぎを治す薬だ。 海老手(えびで)の人参(にんじん、韃靼国・カスピ海から太平洋沿岸までの非常に幅広いユーラシア大陸の地域・産で、飴色を帯びて尾が曲がって海老の形に似ているので言う)五箱で三十斤、仕損じたのは手廻しの緞子(どんす)七櫃二百本。舟から船への移しの麝香、四十臍(へそ)。 何と、遠見(とうみ、海上監視の役人)に見つけられはしなかったか、気もないことを言わしゃるな、そんな間抜けは致さない。紗島絽(しゃしまろ)が十五箱、さりながら五絲緞(むりよう)の繻子が十二丸、世話入った(精製に手数をかけた)漆七桶、運が強かったのは一昨日(おととい)の夜の月影、照りのよい光沢のあるべっ甲百斤、首尾よく済まして帰りました。 天地の恵み、明星ほどの珊瑚珠(さんごじゅ)八十粒、契約書の記載に従って渡しましたよ。この一通は来夏船の割符(わつふ)、迎え船のおでなされとの言伝でした。そう言って渡せば、押しいただいて、手柄高名休み召されよと言い、船中の者に向かって、二人の衆にも酒を飲ませよと命じた。 三蔵と市五郎は喜んで、お目出度いお頭様、ご褒美をしっかりと頂戴して、御酒も祝って下さいませと二人は本船の方に乗り移った。 九右衛門は相仕(仲間、相棒)等を呼び寄せて、小声になって、いづれもみなかったか、荷物を船につみこむ時から、乗合の京の奴、垣立(檜垣)から顔を差し出して、合点が行かないといった顔つきだった。生かしておいたら頬桁叩き喋り散らして、やがては難儀が降りかかるのは目に見えたことだ。さりとて切り殺してしまうのは大事な門出だ。血を見るのが忌々しい。絞め殺して海に放り込め。彼の供の者もいるようだな。油断するでないぞ。 おっと任っかせ、呑み込んだ。皆の衆抜かるな、心得た。とばかりに鉢巻・襷・尻からげ、腕骨試し、力試し、船の仕切り板を小盾代わりにして、時分を伺い、櫓の下の降りるのも忍び足、場所は沖合の真っ只中で潮風以外には仲間だけしかいない。聞く人もなければ見る人もない。人は知らないだろうと思うのが結局は自分達の身の上を知らないのだ。 下人が喚く、よしきた、という声、下人が櫓の上に躍り上がるのを追い続けて、彌平次と傳右衛門の二人が中に取り巻いて、中に差し上げ是わいなと船外に放り込む。波に飲まれて哀れや、下人は海底の水屑(みくず)となってしまった。 さあ、一人はしてやったぞ、惣七めが見えないぞ、探せ、探せ。こりゃこりゃ、此処に伝馬・てんま込め(船の舳先と艫の両方にある出入り口。開口・かいのくち)に居るぞ、という声に、惣七は水棹をおっ取って狂い出て、やあ、海賊めら、様子を一々見届けたぞ、死ぬとしても一人で死ぬものか。外滅法、滅多矢鱈に打ち立てた。 後ろへ廻って市五郎、隙を伺い掴みかかれば取って投げ、投げられながら相手の足首をしっかりと取り、真っ逆さまにずんでんどうと、どうと響く波音に乗じて襲い掛かった。 大勢でかかってだんぼらぼ(海中に物を投げ込んだ水音)、辺も知れない海の中真っ逆さまに打ち込んで、さあ、し済ましたぞ、目出度いぞと笑う声、惣七がはっと気づいて見れば自分は伝馬舟の中いる。物音がしたら都合が悪いだろうと、纜(ともづな)を解いて艫を押し立て悪魚毒蛇の口よりも遁れ難い場所から逃げ出して、一反ばかり漕ぎ出し、漕ぎ出した。 おっ、皆々骨折(ほねおり)、骨折。惣七は此処からお礼を申すぞ。この返報は重ねて返してやるぞ心が急くのでえいさっさ、えいや、運は伝馬舟にあったぞ。押すや櫓腕の続く限り、命を限りと漕ぎに漕ぐ。 いひきにて、いひきにて、すいちゃえんちゃ、すはひすふいてう、ひいたらこはいみさいはんや、さんそ、うゎうわう、うゎうわう、ああ、起きや起きや(禿の声である)、のう、欲市(盲目の三味線弾きの名)殿、その拍子では踊れませんよ、銭太鼓の三味線を知らないのなら始めから始めからそう言ったらよいに。長崎の伊左衛門様(さん)(欲市を指して皮肉って言う、知ったかぶりをする田舎通人の意)は違っているもの、もう踊りませんよ、それで藝があがるものか、三味線が弾き止むまでさあさあ、踊りなされ。と言ったところ、何と言われても踊りませんよ。三味線を止めてこなたも石臼か跛(ちんば)でも引くがよいぞ。何だと、跛をひけだと。盲と思って侮るなよ。目を二つ持ったおのれらにさあ、思い知らせてやろう。そう言って三味線を振り上げて、声をあてどに追い回した。 亭主の奥田屋四郎左衛門が奥の台所から立ち出でて、こりゃ何じゃ欲市よ、慎みなさいな、大人げないぞ。禿共も悪ふざけすると遣手に告げて叱らすぞ。やい、重(しげ)の丞(禿の名)、今日は小女郎様の母御の十三年忌、追善の為に身揚(みあが)りして(遊女がみずから揚代を負担して勤めを休むこと)、小女郎様は奥の間で経念仏をしておられるぞ。付いている太夫様の親御のこと、線香でもあげようと思う気はなくて、盲を相手に何事じゃ。 いえいえ、私ども二人は銭稽古をしていたところ、欲市が三味線で邪魔をしたのです。その銭太鼓がなお悪いぞ、あんな賑やかな稽古はこんな日にするものではないぞ。奥に行って太夫に付き添っていなさい。二人ともにとっとと行きなさい。こりゃ、欲市、表の二階に宰府(さいふ)の源様が来て御座るが見廻ってご機嫌伺いをしたのか。 おっと来た、早速に祝儀の一角(一両の四分の一の価の金貨)にありつこうと、人の巾着を宛にして貰わぬ先の締めくくり。財布ならぬ、宰府の客へと取りに行く。
2025年03月17日
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下 之 巻 與次兵衛吾妻 道行 同じ春に育っても互が相手を知ることがなければ、こうまで恋に苦しむことはなかったのに、花が誘う蝶は菜種の味を知らず、菜種は蝶の美しさを知らずに済んでしまったただろうに、お互いが相手を知らずいたならば、浮かれ初めないだろうに、恋狂いしなかっただろう。 なまじ知ってしまったので、こうまでも心を悩ますのも、思えば情けないことだ。吾妻が立ち寄って、おお、嬉しや、お心も鎮まりましたか。あれ、ご覧ぜよ、虫でさえ、番を離れようとはしない揚羽の蝶、我々も二人連れ、恋の思いも知り抜いた二人であるのに、却って心が弱くなってしまっています。そう言って諌めると、吾妻を請け出せ、與次兵衛、請け出せ、請け出せ、山崎與次兵衛、何時か思いの下紐解て、昔思えば憂い辛い、憂や辛や。忍ぶ昔も憂や辛や、情けなや、誰(たれ)あろう、山崎與次兵衛様だとて人々に遅れぬ、髪の乱れもない。吾妻の顔も見忘れてたわいもないと嗜めれば、そなたは藤屋の吾妻かや、輿次兵衛に色の道で揉まれて鍛えられ、顔色が悪いことよ、愛しい事だ。近いうちにはきっと廓から請出して楽をさせよう、世帯を持って子供を儲けよう、二人で子供を連れて乳母が肩車し、乳母の夫が日傘をさしかけて、肩で風を切るようにして山崎の里を大威張りで歩こうと思っていたが、親の御恩を打ち捨ててそなたの世話になり、なりふり構わずに、昔には似ぬ男山。今では人も秋篠の外山(とやま)の松よ、事問わん、待つのが辛いか、別れが憂いか、待ちも別れもせぬように、親の許した女房は、義理と情けのふた面(おもて)かけて思えど甲斐もなく、今は野末の離れ駒同然の身になってしまった。昨日は吾妻に恋を乗せ、今日は故郷を焦がれ泣き、我から狂う秋の葉の、乱れて袖に置きもせずに、寝もしないで露の露の玉々も、待たれるとしても待つ身にはなるな。親と子の便りをしのぐ山崎の妻もさこそは乱れ髪、結うではないが、言った詞が力ぞや。、わしが馴染みは三重の帯、長い夜すがら引き締めて寝たが、嫉妬や悋気の心もなくて、預かる物は半分の主は忘れていますかや、過ぎし日の楽しかった月見は井筒屋で、底意を汲むそれではないが、隈もない夜と共に、踊りあかした面白さ、わしゃ百までも忘れはしない。忘れぬ物よ、見飽きぬ君が外八文字の道中姿、目付きで悩殺する、身振りで男の心を奪う、傾城がいつも手放さない化粧盥は謂わばその女房役、身請けの計画が虚しくなってしまった、影も宿らないきぬぎぬの別れを告げてきた親を悲しみ、妻を恋い、心一つを二た品に名告りて過ぎた時鳥、父の浄閑のまじめさに似ず、色里で豪遊し大尽客の威勢で茶屋の内儀に送られて、太夫を相手に口説をする。遣手が叩く、禿が眠り、皆が夢の間の境涯と夢が覚めてしまえば粋も野暮も変わりはない。 そうは知っているのだが、尚もその夢に耽るうちに思いもかけぬ事件が起こり、柳の糸のおどろを乱す山おろし、激しい親の諌めの言葉、妻の別れの一言葉、身にしみてじみと恋しくて、互いに手と手を取り合って、声も惜しまずに泣くのだった。 夕日も山の端に近づいて、西北に風起こり、東南に向かう雲の足、梢木の間もはらはらはら、小川の水音さらさらさら、羽のような袖に似た雲、ひらひらひらとあなたに靡き、こなたへと靡き、くるりくるりくるくるりと、廻り廻るや月は行けども、果てしもない思いは目前の親の罰、当たって砕ける男の姿。走れば走り、止まれば止まり、吾妻までが乱れる心、命がつれない流れの身、流れ渡りの世の中に、しばしと留まる賎が家の、軒を尋ねて悩むのだった。 難波潟(なにわがた)、梅に名をとり松茂り、紅葉の錦、昼さえや夜見世を新たにお許しと疾しや遅しと見に来る、廓四筋の町の軒が深く、灯火は星の如くであり、八月十五夜、満月が照り渡る夜よりも明るく月・潮・影と分かれた端女郎の隅々まで客あしらいの良いところは、客の絶えることもな局々は手拭いが濡れない隙はないのだった。 太鼓は打たないで大門に轟く馬の高嘶(いなな)き、井筒の許に乗りかけ馬で駆けつけた客は八幡の難與平、威勢美々しく飛び降りれば、亭主よ迎えの槌で庭を掃く(露骨に世辞や追従を言うこと)には及ばないぞ。玄九郎左、見忘れか、當正月には造作(ご馳走)の上で、貴殿の世話になる、難與平だ。 以前は金銀が無かった、内大臣だった、今日参ったのは内々の訳もあれば金もあるぞ。大臣として罷り通る。そう言ってつっと入った。 誠にそうよ、お珍しい。先ずはお茶、煙草と軽薄にも応対し、油を乗せた灯台も早く立ち替えて百目蝋燭にした。色里というものは金次第でどうにでもなるもの。 九郎左近くに参れと招き寄せて、知っての通りにこの正月に藤屋の太夫から貰った金、直ぐに東にて芽を出して他人に損害を与えずに成功を収めて、骨折りがいがあって、その金を馬の背に積んでこの度罷り帰った。 太夫の吾妻は廓を抜け出して、関を破った科人として行方を捜し求められているとの由。道中すがら承っているぞ。恩を受け、言葉を番い身請けの約束をしていたので、この與平は約束を違えては男が立たない。彼女を請出して肩身の広い思いをさせてやろう。吾妻の年季の証文があるであろう、こちらに貰いたい。金に代えて今夜のうちに万事が落着するように願いたい。九郎左衛門、御差配、御差配とちょっとの心付けでしっぽりと家内が潤うのだった。 お目出度い、お目出度い、吾妻の噂をお聞きとあるからは、申すに及ばないことではありまするが、不思議な事がございましてな、今日暮れ方に田舎めいた浪人がおいでになられて、吾妻が此処にいなくとも年季証文だけでも身請けがしたい。金はないのだが一腰の宇多(うだ)の國行(くにゆき、鎌倉時代の刀匠)、二尺ばかりの段平(だんびら)物(刀剣の身の広いのを言う)を折り紙(刀剣鑑定の証書)と一緒に引換よと奥の座敷に居られるのです。 吾妻の抱え主の置屋の主人にはまだ連絡はしていないのです。あなた様のお申し出と一緒に親方に申し出てみましょう。そう言って立ち出る。 表の騒ぎは葉屋の彦介で、どかどかと入って来た。 こりゃ珍しい、旦那。金が取れたか、儲かっているか。果報な九郎左、金儲けならば俺の方につけ。 軽いお出でが身請けの談合だ、何と、偉いものであろう。お前も知るとおりにこの春早々に山崎の與次兵衛めに小鬢先をちょっとばかり削られた。弓矢八幡堪忍しない気だ。代官所にも訴えて親の浄閑の御預けだ。先方では内々に手を回して段々と詫びごとをする。金ずくで示談にしようとしても百万両でも聞かない俺だぞ。これ、見よ。傷も平癒した。與次兵衛めは憎いのだが、親めの心が不憫なので許したやったぞ。その礼として目腐れ金を酒代と言う名目で寄越した。酒戻し(逆さ戻し、聞こえるのでこれを忌む習わしがあった)をしないのでまあ、受け取っておいた。吾妻めが関破りも、與次兵衛が唆して御預けのうちを連れて逃げた。浄閑はその祟に吾妻と與次兵衛を探し出すまで道具諸色(家財一切)に封印を付けて厳しい閉門。聞けば、與次兵衛めは野垂れ死にしたげな。もしも世間に顔を出せば、そのまま首を切られる身だ。死んだのはむしろ幸せというものだ。さて、談合とは吾妻のことじゃ。関破りの科人だからほっておいたら命も助からない。慈悲深い仏性に生まれついたのが彦介の病、これも助けてとらせたい。先ず吾妻めが手形を請出して、跡でゆるゆると行方を捜し出して、飯でも炊かせ、すすぎ洗濯、手足をさすらせて一生養い殺しにする覚悟、彦介だからこそこうも言うのだ、抱え主と相談して片をつけろ。こりゃ、現銀だと言って亭主の前に、五十両を投げ出した。 與平は始終を聴き終えて、御免と襖を押し明け、亭主、亭主、吾妻の身請けは身が先だ。金子はこれだと持たせていた千両包の木地の台を前にずっしりと飾らせたのだ。 前後の争いをするならば、この浪人者が一番であると、呼ばわって座敷に姿を現して、身請けの代金はこの腰の物、三千貫の折り紙付きだ。刀と折り紙とを一緒に投げ出した。その浪人のなり格好は素性ははっきりとは分からないが、與次兵衛が語っていた治部右衛門に間違いないだろうと、難與平は口を閉じて伺っている。 亭主の九郎左は「福徳の三年目(久々に幸運に廻り合う意)」に行き当って、成るか成らぬかは抱え主の考え次第だ、身が参ろうか、それとも呼びにやろうか。 それは御苦労様じゃ、九郎左、九郎左、やはり身がまいろうとばかりに独り言して駆け出した。 後は互のにらみ合い。彦介は手酷く懲りている。與平の顔が気味悪くて気が気ではないけれども、見かけだけは服部育ちだけに強そう(服部煙草は香味が強烈なので言う)で、煙草盆を引き寄せて煙を吹き出す仏頂面、煙管が迷惑で灰吹きを叩いて返事を待っいる。 吾妻の親方の勘右衛門が揚屋の亭主に連れられて座敷に出て、様子は九郎左が物語って、吾妻の手形を身請けとはついに廓に前例のないことで、何とも返事が致しかねまする。お三人のうちのどなたに手形を差し上げましても、この事が世間に流布して客と手を取り廓を出てからでも、金さえ出せば済むことと悪知恵をつけることになるます。 そこにも駆け落ち、此処でも逃げた、又しても関破りと、廓の騒動、親方仲間の難儀となります。この相談はお受けしかねます。一度吾妻が廓に帰ってきてからと言うのであれば、その顔を見たあとでなら、良いようにと致しましょうが、と聴き終えないで、聞こえた、よしわかったぞ。余人は知らずこの彦介、早速吾妻を尋ね出して、身請けは俺じゃぞ。確かに約束した、罷り帰るとずんと立った。 そうはさせぬと難與平、小腕とって引きかずいてどうと投げ、背骨にしっかりと打ちまたがって、逃げることも早かったが、帰ることも素早い、達者に生まれついた奴。動いたら頭を張り砕いてやるぞ。合点か、藤屋の勘右、尤も千万、今の詞を聴きどころだ、吾妻の顔を一目見たならば、その座で身請けは間違いない。何の虚言を申しましょう。年季も残り少ない吾妻、今まで金を儲けてくれる。偽りは申しません。 むむ、面白い、それで代官所の方も差し障りはないか。その段もこちらから申し下ろせば、相済みます。珍重、珍重、それは何よりのことだ。下々ども、その皮葛籠をもって参れ。亭主、二つを開かれよ。 あっと葛籠の紐を解いて、紐を解く。 中から與次兵衛と吾妻が正気になって立ち出でた。 彦介は吃驚して、親方や亭主も興ざめ顔。治部右衛門は我が身の身分を隠しかねて、やれ與次兵衛か、治部じゃ、治部じゃ、無事な顔を見て嬉しいと、跡は言わずに嬉し涙。悦び顔。 與次兵衛も頭を下げて、何事も御免あれ。親の浄閑にお詫び言、頼むに及ばないぞ、浄閑の心入れも聞いてある。吾妻もいかい苦労をなさった。のう、親方殿、この一腰に引換えて吾妻を身どもに下されと手をつけば、吾妻も、お久しいことで御座います、九郎左様、旦那様へもお詫び致しまする。お頼み致しますると泣いている。 與平は勇んで彦介を取って引き立てて、おのれよく聞け、この與平が江戸へ稼ぎに出た根本の動機は、吾妻殿を身請けして廓の苦患から助けようと、思い込んだ一か八かの商い。銀で五百貫目に近い金高、手間隙言わずに儲け溜め、立ち返る道すがら、與次兵衛様にお目にかかり、様子は段々聞き届けた。貴様を切ったのはこの與平だ。與次兵衛殿に難儀をかけて金銀を大分掠め取ったな。打ちのめしても腹は癒えないが、目出度い時節じゃ、とっとと帰れ。そう言って突き放した。 ああ、有り難や。正月にもこの座敷でとって投げられ、そのあとでは斬りつけられ、今日は又殺されるかと思ったが、お助けは有難いぞ。目出度い三度と言う数にも合う、と逃げだしたのを治部右衛門が片腕をひしいて投げ飛ばし、おのれはどうも往されぬ。浄閑殿が冤罪であることをお上に申し開きもさせ、閉門御免も受けなければならない。そう言いながら素早く縛り上げて、身請けは済んだか與平殿。 いやまだ済んでいない。金子は千両だ、手形に代えてと難與平、親方の前に置いた。 勘右衛門は頭を振り、来二月には年季もあき身も自由になる吾妻だ、千両という金を取っては世間の思惑もあり男が立たない。金は要らぬからお連れなされと言いたいところだが、よもや聞きいれはなさるまい。年季の残りの六月の三百両、あとは要らないと突き戻した。 與平は元からさっぱりとした気性の男で、出来た、出来た、手形は取った、金取った。吾妻の身請けは済みましたぞ。そこで請け出せ、三百両、さあ、手打ちだぞ。しゃんしゃん、もうひとつせい、しゃんしゃん、すっとせ、 こりゃ、亭主、この千両は始めから身請けに当てていたのだ、一銭でも残しては気がすまない。三百両は亭主への祝儀としてやろう。 こりゃ、忝ない。二口合わせて六百両、打っておけ。しゃんしゃん、四百両が残って気にかかる。皆、集まって祝えとばらばらばら、と撒き散らせば、あたり一面は小判の色、畳の色も変わるばかり。 揚屋の男女は別ちなく、押し合いへし合い、拾い取り、みな取り込んだか、目出度い、目出度い。祝って三度、しゃんしゃんしゃんと、手拍子に、口拍子、幸せ拍子の三三九度、末は千秋萬年も変わらぬ妹背を重ねける。
2025年03月12日
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炬燵さえない座敷牢、愛しや、寝ているのか起きているのか、お菊が見舞う駒下駄に、飛び石伝う足音の、さあ、これじゃと飛び立つばかり、輿次さんじゃありませんか、居ても立ってもいられずに、吾妻が見舞いに来ましたぞ。と、聞くよりも早くお菊ははっとして、さても太いこの傾城め、どうすることぞ試してみよう。内側から壁をほとほとと叩けば、むむ、聞こえたか、定めし何処も閉まっていて入る事出来ないだろう。私が心に思うこと細々とこの文に書いてある。とっくと読んで自筆の返事を見るならば、今生での本望です。塀越しに文を投げ込んだ。 ああ、誰が拾うかも知らずに女房の有る男の屋敷なのに、遠慮のないことだと開いてみれば、遊女の手紙に特有の「候うべく候」とある。朧月にも見違えぬ吾妻の筆。もっともらしい箇条書き(お菊の心中の思いで、要件のみを箇条書きにした手紙を交わすのは、男女の愛情がかなり深い場合に見られるので、お菊の反感を誘ったのだ)、この剃刀は私が心を込めて磨いた刃、もしもの折は必ずさもしい者の手にはかからずに天晴れな自害を遂げてくださいな。時は違っても日は違えずに、最後の所は変わっても来世では必ず同じ蓮葉の上に長き契を致しましょうね、目出度くかしこ、と認めてある。 ええ、よくも剃刀など入れられたもの、どうにかしてお命を助けたいと、女房と舅が泣き濡れて父(てて)御様とも争う大事な命だ。偉そうに死ねと書いたこの手紙に、常套の句とは言え「目出度くかしこ」とは何じゃ、下男たちに言いつけて叩き出してやろうかしら。いや、そうすればするだけ夫に悪い評判が立つ、直ぐに会って追い払いましょうと爐路(ろじ)の戸を開けて立ち出た。 のう、輿州様ですか、お懐かしいと縋り寄った手をしっかりと取り、噂に聞いていた吾妻殿ですか。今の文も見ました。わしゃ輿次兵衛殿の女房菊と申す者、遥遥の所をようござったのう。定めて主に逢いたかろうの。知っていらっしゃる通りにあの難儀に遭い、あれ、あの座敷牢に押し込められてはおりますが、おれが会わせはしませんよ。ああ、この菊が逢わせない。吾妻殿には疾くに会って礼を言わなければならないのでしたが、こなた故に大事な家業もよそになり、内は野となれ山となれで、夜だけでは足りないで昼間も里通い、親御の不機嫌に世上の悪口、この度の難儀にはそれ見たことかと益々人の嘲り。我とても女の身、腹が立たないわけではない。夫の恥辱はさがない(嗜みのない)妻と言われないようにと我慢していればお菊は奇特な、悋気しない賢女よと、賢女よと、無理に賢女に仕立てられて、吾妻殿には眉毛を読まれてしまいますなあ(お人よしと見くびられてしまいますな、眉毛は自分のものでありながら自分では数えられぬ所から、自分では気が付かずに他人にいいようにされる意)。こなたを女郎かと思えば鬼か天魔か、この剃刀で人の男に死ねとは何と言う言い草です。死んで良いならこなた一人で死ねば良い。 大事の男の膚(はだえ)は荒らされ、夫の心の底の隅々までも見抜かれて、世間では悪い噂が立てられて生きるの死ぬのの難儀は誰故ですか、傾城殿、そなたのせいですよ。いき(罵り、辱める詞)傾城の恥知らずめと積もる恨みに声高になったのを、輿次兵衛も障子をそっと開けて、あちらもこちらも道理詰め、道理がないのは我だけだと二人の心を思いやり、顔は焚き火に当たったように赤くなり、その癖に身内に冷や汗が出る。穴が有ったら入りたいほどである。 いかほどのお恨み、お叱りもお前様に会ってこの吾妻は申し上げよう言葉もない。引く手あまた、多くの客と交渉を持つ身の上でも、悋気や嫉妬は女の常、お心は堅い、普通の家庭に育った方、誠のない傾城めが騙したの誑したのと憎や、憎やとはお道理ながら輿次兵衛様に逢いましたのは女房になろうとも、手かけ妾になろうとも、申し交わした事もない。勤めとしてお逢い申しただけですが、馴染みになり夜を日に増すお愛おしさ、女子のなづむ風俗(女性が心惹かれる風采)、良い殿御をお持ちになられましたな奥様。身の周りのお世話をなさるのはあなた様お一人の特権です。この度の騒動も、人違いを頼もしい侠気を示しお身の上の大事となったが、それも元はといえばわしから起こってこと、彦介ももう助からない容態だとか、悲しいのは我が身ひとつ、彦介の様子や私の心構えもお知らせ申して覚悟もおさせ致したくて、廓を忍んで抜け出してこの有様です。見つけられたら廓の掟に背いた廉で見せしめに遭うのも合点、相手が死んだら自害を奨めわしもお供と剃刀も用意致しました。 お主の名も流さずに、私も情の御恩にこっそり自害して果てる覚悟で居りまする。御夫婦仲の邪魔はしないつもりです。せめてのことに、もう一度だけお顔を見せて下さんせ。その目を直ぐにでも塞ぎます。のう、お慈悲ですと懐中の剃刀を喉に押し当てて、娑婆(現世、この世)の名残ですと涙さえ見せて思い切ってる哀れさに、お菊はようやく胸のしこりも溶けて、袖を引き止めて、これ吾妻殿、義理にもせよ命を捨てようとは偽りでは出来ないこと、心底が愛しい。主も定めし会いたいでしょうよ。誰にも言わずに内証で会わせましょう。 ああ、有難い、お慈悲深いお菊どのです。大事の殿御をたくさんに抱いて寝ました。堪えてくださいね。はて、取り返されはしまいし、それだけ此方の幸せです。と、心が解けた爐路の中へ、お菊、お菊と呼ぶのは舅の浄閑の声、鼠捕りの升落としを手にして、嫁はどこにいると姿を現した。 あれ、此処に親仁様が、折が悪い、先ずはしばしと吾妻を塀の小陰に隠して、まだお寝も遊ばさずに、夜更けて何用で御座いますか。 いや、別の用はない。これを見なさい、お菊や。若い奴らが仕掛けておいた枡落としがばったりと響いたので明けて見たらば、鼠は逃げて行ってしまったと見えて、枡の中には何もない。これでつくづく世の中の悟りが開けた。中の餌食を頼みにして油断すれば、枡落しにかかってつい殺される。思い切って餌を捨て逃げて退けば、その鼠が命を助かるばかりではなくて、親鼠、舅鼠、女房鼠もいるであろう。この一家一門の鼠どもが悦び、別して、老鼠の親鼠が心の休まりはどれほどであろうか。どんなに嬉しいであろうか。もし若鼠の分別なしが逃げた後で、親鼠がまた落しにかかろうかと、詰まらない意地を張るかもしれないが、いかないかな親鼠は老巧で落としに掛かることじゃないぞ。定めて伯父鼠も有ろう。その巣に屈んでこの辺に姿さえ見せなければ、鼠落しも音無しになって済む。 この度の枡落しに十分に懲りて、夜毎に桁(けた)走り、棚走り、盃をかじったり、親の小判を咥えて盗んだり、荒れ廻ることをふつふつと止めて、後には白鼠の富貴と栄える(白鼠は福の神の使者で、これが住む家は必ず富栄えると言う俗説によって言った)のを、親鼠が見る嬉しさはどうあろうか。戯け鼠の狼狽え鼠、この合点がいかないかと、おりゃこの頃夜が眠られないと涙で声をうるませれば、如何にも如何にもお慈悲な鼠算用、成程私が逃がしましょう。 おお、満足満足、ざっと胸のつかえが取れた、この頃は心にこの事ばっかり、仏間に参っても仏や祖先の顔も見えなかったぞ。嬉しいぞ、今宵からは心静かに看経(かんきん、読経のこと)しようと、念仏を頼りに歩む後ろ姿を見るのも心が遣る瀬無い。 輿次兵衛は走り出て、浄閑の声のする方を向いて有り難涙に昏れる。 お菊は舅の足跡を手に頂いて、吾妻様、輿次兵衛様、今のお慈悲をきかしゃったかや。早く此処を立ち去れば立ち去るほどお心安めの孝行です。浄閑様の起き臥しはこのお菊がいるからは今までよりも猶気をつけましょう。後に気遣い致されるな、お前に誰かをつけたいが、おお、どうしたものかと案ずれば、これお菊様、それにはこの吾妻がいますよ。命を捨てて出た廓、再び帰る心はない。お前さえ御料簡でお許しくださるなら、わしゃ忝ないお供して廓へは帰らぬと思いつめたる詞の末、おお、そんなら後先の首尾はよい、さあ、夜の更けぬ先にと引き立てれば、輿次兵衛は袖にかかるお菊の手を打ち払って、そうすべきではない、そうすべきではない。大学には、人の父となりては慈が最高の徳であり、子としては孝に止めをさす、と言っている。お上から預かり者となった自分が駆け落ちして、先の相手が死んだならば、たちまち親は下手人の代わりとして逮捕されて、首を刎ねられるぞ。たとえ先が無事であっても、預かり者を取り逃がした咎めで、それに相当する程の罪が親仁様の身にかかる。 その難を厭わない慈悲心で親仁は親の道が立つ。輿次兵衛は今日まで始終に親の気に相違して、あまつさえ親を身代わりに逃げて、命を助かり、百年や千年を生きたとしてももう世間には顔向けできない筈だから、天地のうちには住めない。 親父様のお心に背くつまりはないが、嘆きをかけて面白くはないけれども、やっぱりこのまま死なせてくれ。命を捨てて一生の孝行がして死にたいと声を上げて泣いたところ、これもまたお道理と、お菊と吾妻の二人も輿次兵衛の心を否定できないで、泣くよりほかのことはできないのだ。 浄閑が部屋の中から声を挙げて、お菊、お菊、不幸者めが逃げたくないと言うそうだな。ええ、情けない、哀れ知らずめ。七十になる浄閑がゆすられたと言う外聞も悪さ。人にこそ知らせないが、内証で渡りをつけて二百両まで出して示談にしようとしたが、足元を見て千両でも承知しないと言う。浅い疵とは聞いていたが、生きた人間の体のこと、どうなることかと内心で案じている。将棋で心を紛らせば、却って側の者が思い出すように仕向けて、思い出すほどに胸が苦しい。宵から心を粉にして案じ尽くして工夫した枡落しの喩え話、量っても測れない。親の歎きを思いやれよ、一生子でもいられまいぞ。一度は親にもなるであろうよ。この親が子を思う切なさを知らせてやりたいぞ。落ちるのか、落ないのか、早く吐かせ。そう言って声を荒らげて泣く顔は壁を通して外にまで漏れるのだ。 輿次兵衛は涙でひれ伏して、有難いお言葉を聞けば聞くほどに、どうもこの輿次兵衛は思い切って逃亡できません。真っ平御免なさいましと伏し沈む。 むむ、よいよい、年寄った親を持つ者は、一日も親を先に立てて、その身息災で年季ごとの追善供養、弔いたいと願うものだぞ、おのれは親に弔われて歎きがかけてみたいか、さあ、この合口を皺腹に突っ込んで望みの通りにしたやるぞ。 南無阿彌陀仏という声に、申し、申し、落ちましょう。待って下され親仁様とどっと臥してぞ泣いたのだ。むむ、しかと落ちるのか、何の偽り申そうか、やれ、嬉しや落ち着いた。今までの親不孝を皆許し、三十年の孝行をたった一度に受け取った。死んだ婆も嬉しかろう。お菊には親がある。浄閑にはお菊が有る。跡には少しも気遣いするな。連れの女中があるようだ、嫌がったとしても灸を据えさせて、酒を飲ませて下さるな。途中で駄馬になど乗ったならば人が面を見るだろう。値段は高くついたとしても駕籠に乗れ。頼みまするとそこそこに心は千筋百筋の、縞の財布を投げ出してさらばとばかり、言いさして跡は涙に咽ぶのだった。 輿次兵衛はなおも有り難き親の恩と、妻の思い・情け、別れの辛さにうっとりと気抜けの如くによろよろと、前後も分からずに発狂してしまったように見えたので、これ、吾妻じゃ、合点か。あれはお菊様、奥様じゃ。さらばと、せめても別れの挨拶をしなさい。ええ、気の弱いお人やと気をつける我が身も、人の目を深く忍ぶ夜の、いざ、相駕籠と囁いて、袖を打ち払う春の霜。駕籠の衆、いらっしゃいと招いたのだ。 お菊の声もうらがれて掠(かす)れ、のう、いず方に落ち着いてもそのまま御無事の便りを待ちます。泊まり泊まりの朝晩の冷えに気をつけて下されや。 何やら言いたい事どもが胸にはあるが、口には出ない。ただご無事で息災にと言うより他は泣くばかりだ。誠を言えば、我こそは夫を連れて退くのが道、何だ、元はと言えば妬み憎んだ人、駕籠で遣るの妬ましさと羨ましさ。そして悲しさ。色々の思いから湧く涙は多いけれども、結局は夫が愛しいの一筋道を、見送る駕籠も遥遥と、さらば、さらば、のう、さらばの声を紛らす後夜の鐘(午後の八時に突く鐘)こちらへ向かってくるものと言えば空の雲だけで、先を急ぐのは駕籠の足、せめて肩休めして止まればよいのに止まりもせずに、恋の重荷に小附けして、親子の哀れ打ち乗せて、別れ行く身や……。
2025年03月07日
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中 之 巻 覚束無い事であるよ、罪が無くて配所の月を見ることと言った古人の物好きはどうであったか、日陰も見せぬ座敷牢、九軒町の喧嘩、葉屋の彦介が手負いになったこと、代官所の沙汰・裁判ごとになり、相手は山崎輿次兵衛と訴えたので、輿次兵衛も男の義理であり難輿平とは表面に出さずに、我が身の科と引き受けて親浄閑に預けられて、相手の疵は養生して死ぬのか本復か、二つに一つの成り行き次第だ。 我も生きる瀬死ぬる瀬を定めかねたる飛鳥川、明日の日を知らないのは是非もない次第だ。一家の内でも取り分けて女房お菊の物思い、一日も気詰まりなことはなくて暢気に暮らして来た人、煩いが出ようとも何となく心が和むと、炙る餅(かちん)も自分の胸もともに焦がれるままに、庭伝いに行き障子を開けれれば輿次兵衛が顔色も青ざめてうっそりと、気分も悪そうにうつ伏している。 二三日は食事も進まない、何処か悪いのであれば薬でも参らせなされ。自体、お前様の短気が私の明け暮れの苦になりました。もしも私が不義をして、それで相手を傷つけたり斬り殺しでもしたのならば、無理もないとも言えましょうが、それとは変わり今度は馴染みの遊女の事、とかくは売り物、客が何人あっても不思議はない。訳もないあなたの嫉妬から今度の難儀も発生したのです。それとも遊女の吾妻と本妻の私とを同じに思っているのですか。そんな気持を知ったなら一寸も外には出しませんよ。相手を遊女だと侮って嫉妬しなかったのが今では悔やまれます。恨み混じりのうろうろ涙。 言ってくれるな、言ってくれるな、一天下、世間の誰にも恥じないがそなた一人に対して恥ずかしいぞ。気が引ける。さりながら石清水八幡宮も照覧あれ、自分が斬ったのではない。なれども彦介めが輿次兵衛を遣らぬ、覚えたかと仕掛けてきた喧嘩なのだ。身が切ったのも同然だ。殊にその真の下手人とは男同士の義理のある中だ。地獄の底であろうが、何処であろうが、どこどこまでも自分が切ったことにして相手が死んだなら切られる覚悟でいる。とは言え彦介め、さほどの傷ではないけれども、その疵を言い立ててゆすって金をせびりとろうとの魂胆なのは一目瞭然。 みすみす金で買われる命、こっちの蔵の金では買えないかも知れない。預けられたのは母の命日、皆これ親に不幸の罰だと、しょげて首を傾け投首するのは不憫である だから私の父(とつ)さまも、それを言って浄閑の無理解。吝んぼうも事に因る。千両二千両が必要だとしても獨子(ひとりこ)の命には換えられまい。欲からだけ離れれば直ぐにも片のつくことだ、口惜しい、この治部右衛門、浪人の身でなかったならばと、くよくよ言って恨み言、多分、今日にも見えましょうよ。私の実の父にこっそりと頼み込んで、相手の浄閑殿が恥じ入るよに説かせたならどんなに吝(しわ)い親仁(おやじ)様でも納得しないはずはないでしょう。あれ、父さまの声がする。やがて良いことを聞かせましょうよ。 もう、行ってしまうのか、又後で見舞ってくれよ。愛しや、淋しいでしょうねと女夫(めおと)の顔も打しおれて、互の泣き顔を引き隔てる障子の戸を閉める。明り障子から漏れる光にも暗く萎れる心が哀れであるよ。 輿次兵衛の見舞いに毎日淀の渡し舟、梶田治部右衛門は相舅(あいやけ、親家、は嫁・聟双方の舅と姑同士を言う)の聟を思うのも娘の為を思うからだ。 老いの心を悩ませても父浄閑はさほどでもなくて、や、治部殿、おいでなされたか。昨日の指掛けの将棋に勝負をつけましょう。さあ、いらっしゃい。 これは余りな、浄閑老、拙者が毎日老足を運ぶのは聟の輿治兵衛を気遣っての事で、将棋を指しにでは御座らぬ。昨日の勝負はどちらへなりと勝ちと決着をつけてお置きなさいな。御仕舞、御仕舞と言うのだが、いやいや、馬鹿めが事は運次第ですぞ。昨日の駒は動かさずにおきました。さあ、かかっておいでなさいな。 然れば、勝っても負けてもこれ一番で終わりにしましょう。昨夜から、盤の上をとっくりと眺めて見定め、工夫した相手と指すのは怖物(手ごわい気がする)、今度はそなたが指す番か、さあ、おいでなさい。先ず飛車先の歩を突きましょうか。や、この成り金を取るつもりだな。こう寄りましょう。 浄閑は頭を叩いて、はああ、南無三、この桂馬がだめになった、深田に馬をかけ落とし、引けども上がらず打てども行かず、望月の駒の頭も見えばこそ、難かしゅうなったぞ、と案じるのだ。 お菊は盤の側に寄って、これ父さま、あちらの方が落ちれば落ちる。両方の睨み合いで何時までも埓があきませんよ。迷惑する駒はたった一枚です。浄閑様のお手には金銀がたんと御座いまする。欲を離れて金銀さえお打ちなされば、これ、この父さまの向こうの浄閑様のこの馬を助かる。どうぞ、手にある金銀を打ち出されますように思案して見さしゃんせ。合点か、合点か、と袖を引けば治部右衛門は打ち頷いておお、おお、おお、よくぞ知恵をつけてくれた。呑み込んだと言うのだが浄閑はお菊のかけた謎には気が付かない振りでいる。 実の親だと思って助言をしないでくれないか。しないでくれ。又、ちょっこりと歩で合い致そう。むむ、して、お手には何と何ですかな。浄閑の手には金三枚と銀が三枚、歩も有りますぞ。この歩で廻したならまだ金銀は殖えるでしょう。いかい金持が羨ましいか、金持とはこの角が睨んでいるからだ。こう寄ったならば金銀を出して打たなければならないだろうよ。でも、金銀は手放さないぞ。桂馬を上がろう。 治部右衛門は我慢しきれずに、はて、いかい吝ん坊だぞ、沢山な金銀を握り詰めてどうなさるおつもりじゃ。来世へでも持っていかれるのかな。これご覧なされよ、この飛車をこう引けば、天にも地にもたった一枚の此方のこの王が、片隅に、座敷牢のごとくにおっ込めるられて、今の間に落ちてしまうが、金でも銀でも打ち散らして囲うてみる気は御座らないか。 我らが吝いのは知れたことだ。座敷牢に入れられようが、王将が盤の中央で詰められる都詰めにされようが、金銀は手放さないぞ。歩のあしらいで見知らせよう。 此方(こなた)も歩をもって歩(ぶ)に首を提げられるが悔しくはないのか。構わぬ、構わぬ、先ずは逃げましょうかな、これ、そのうちに香車の鑓を以て槍玉に挙げられるが、それでも金銀は出さないのか。 勿体無い事だ、槍玉にあげられようが、獄門にあがろうが、手前の金銀は放さない。絶対に放さない。竜と馬の両方の馬が強い欲の皮、側ではお菊が揉んで、包む涙も手を見せるのは禁じて、命は手詰めと見えるのだ。 治部右衛門は腹立ち顔で、盤中の駒を掻き寄せて、引っつかんで浄閑の眉間にがらりっと投げつけた。 お菊ははっと驚いたが、浄閑はびくりともせずに居る。 治部右衛門は膝を立て直して、恥を知れ、浄閑、相舅はもとは他人、駒を面に投げつけられて咎めもしない恥知らずに言うのも国土の費えであるが、将棋に事寄せて金銀を出してあつかい(示談)にして輿次兵衛の命を助けよとの当てこと、合点しないお主ではなし、歩(ぶ)に首を提げられて槍玉に挙げられても、金銀に関しては出さないとは、治部右衛門に気を炒らせて面白いか、可笑しいか。そっちもひとり子こちらもひとり娘だ、両方ともにかけがえがない。自分は聟を実の息子と思っているが、嫁を娘とは思わないのか。輿次兵衛が切られたら、可愛や、菊が嘆くだろうと思いやって呉れないのは、ええ、さりとては恨めしい お菊が当家に縁談があった時に、婆が制止して、小身であっても侍に縁付けたい。どんなに分限者、金持でも町人とは馬が合わないだろうと、返す返す止めた。いやいや、世間でも名の知られた山崎浄閑だ、武士との付き合いもある人物だ。そう言って我一人が情を張っての縁談だったので、この頃は婆がそれ見たことかと恨み言、お主が吝い無慈悲さのおかげで、五十年添った爺婆の夫婦合いまで不和になった。我が子の命に替えない金銀だ、さぞや親類縁者が飢え死にしても構わないだろうよ。自分こそは現在は浪人の身分ではあるが、主人を持った一家(いっけ)も有る。わからず屋の縁を組み、一門の名を穢した。無念至極とばかりにて、せきあげせきあげ泣いたのだ。 浄閑も涙ぐんで目を瞬かせて、侍の子は侍の親が育てて武士の道を教えるので武士となり、町人の子は町人の親が育てて商売の道を教えるので商人(あきんど)となる。侍は利得を捨てて名を求め、町人は名を捨てて利得を取る。そして金銀を貯めるのだ。これが道と申す物だ。 如何なる大病難病でも、病には療治法が様々にある。国法で取られてしまう命には、人参で行水されるほどに大量に飲ませたとて(朝鮮人参は当時の高貴薬で、これを煎じて飲めば万病に霊験があるとされた)、いかないかな、助からないが、金銀では助かる命なら助かる。命が買える。金銀が大事な宝だと輿次兵衛が知っていたならば、此の難儀はし出来さなかっただろう。どんなに惜しみ蓄えても死んでは帷子(かたびら)一枚とは、この浄閑でも承知しているが、死ぬ時までは金銀を神や仏と尊ぶ。これが町人が守るべき天から与えられた道だ。 金の罰が当たった奴が、まだこの上に惜しげもなく金を出して如何なる天罰大難に遭うだろうかと、可愛いほどに猶更に出しかねている。吝いと名を取るこの浄閑、金銀だけを惜しんではいない。塵灰まで惜しい。たった一人の倅の命、惜しくなくてどうあろうか、坊主頭を将棋盤にとんと投げ伏して泣いたのだが、治部右衛門殿のお恨みも聟可愛さとは存ずれども、さ程に思し召すならば、何故に日頃から身近に引き寄せて異見もしてくださらなかったのです、異見してくださっていれば、斯様な事は起こらなかったでありましょう。と、我が子の戯(たわ)けは思わないで、見当はずれの恨みが出た。 子供故に愚鈍になり、不調法を申すのも存ぜず、奥へ参りまする治部右衛門殿、ああ、死んだ婆は果報じゃ、涙に咽びながらに立ったところ、舅も恨み言うことも無く、泣く泣く表に立ち出たのだ。 跡にはお菊が将棋盤に取り付く島もなく、浄閑様のお言葉の道理は聞こえたようではあるが、金銀がなければお命もない。あの内蔵(家内に戸前のある蔵。金銀・家財を入れる。庭蔵の対)の金箱も用に立てねば将棋の駒も同じこと、ああ、慈悲のない親御やと浮世の頼みも無く涙に昏れて、無常心や入相の鐘がものすごく暮れ渡る。 雁の数を読む朧月、塒(ねぐら)に帰る泊まり鴉が寄る辺なくて、藤屋吾妻の心も急きたち弾む心地、思いを載せて田舎駕籠、淀の川水、流れの身。行くも山崎、帰るも山崎、霞の内の畦道伝い、そりゃ、うち渡す丸木橋、見馴れぬ目には恐ろしく、駕籠を止めて立ち出でて、形振り作るのも町風に、わきまえもない夜半の松風、裾吹き返し里の者に道を尋ねる。 恋の山崎、そんじょうそこと人が教えた家並も、所に希な屋作りで裏門や塀の構えまで同様だ。さては此処だと知れたのだ。 駕籠の衆、ここが輿次兵衛様のお屋敷です。塀越しに見えるのがお部屋でしょう。愛しや、あそこに押し込められているので私はあそこに行くのです。ちょっと隙がかかっても必ず待っていて下さいな。戻りも頼みます。煙草がなければ進ぜましょうか。ちょっと行って来ようと裾軽く、寄るほどに塀が高いので、伸び上がり伸び上がり、伸び上がっても燈火の影も通さず隙間もない。用心が厳しい内の様子。嵐と共に路地の戸を叩いて自分の胸を躍らせながら、耳を壁に押し当てて聞けどもひっそりと音もせずに、何時までこうしていたとしても、誰が取り次いでくれるのか、その当てもない。 吾妻が来たと呼ぼうかと、佇む足は釘氷の如くに冷え凍えている。
2025年03月05日
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常々、金が欲しい、金が欲しい、これを買ってからあれを売ってと、心当ての事共がある。江戸までの道中も二歩(一歩は一両の四分の一に当たる金貨)あれば楽に行ける。高砂、野々宮の謡ではないが目出度い目出度い、母者人、横堀の妹婿に預ければゆっくり暮らせるだろう。そのうちに金も江戸から送金もしよう。難與平の立身出世、吾妻様の御出世、與次兵衛殿の本望、千里も一飛び、一拍子、いづれも瞬く間に叶うでしょう。ひとかどの力量を持った男です。 聞けば聞くほど頼もしい御心底、この吾妻に恋心がある身で與次兵衛様に末永く添わせようとて、俄かに江戸への思い立ち、二人の中を結んでくれる神様、門出の盃でしみじみとお礼を申したい。井筒屋(九軒町の揚屋の名)に御供致しましょう。母御様はどうじゃえ。 いやいや、與平の望みが叶うならこの世に居ながらの生き仏、大夫様、さようなら。いよいよ頼み申し上げるよ、と與平の背中をしとと打ち、こりゃ、あやかりもの、嬉しいか嬉しいかと興を持たせて和らげたのだ。 さしずめ母は太鼓で子は大尽、祝儀としてまき散らす小粒銀よりも大夫の情けを頂いて、帰るさを急ぐ太夫の揚屋入りには長持を急ぐ、いそいそ賑々(にぎにぎ)、揚屋町、道引き舟があれあれと、あれあれ太夫さん、阿波座(あはざ、新町遊郭の町名)から煩い奴が見えますぞ、ほんにほんに身の程知らない大言を吐く者、彦さんですよ。しかもつぶつぶ酔うています。足元がよろめいています。見咎められては猶悪口、と手繰り寄る辺の井筒が許、今までのいきさつ内証を揚屋の主婦に耳打ちすると、呑み込んだとばかりに輿次兵衛の小袖を借りて、仮の輿次兵衛になりすました難輿平は、見馴れぬ揚屋の大騒ぎに恋ぶるいして見苦しい。 足はよろけていても目はよくきいて、袴肩衣(きぬ)筋交いに町いっぱいをひょろひょろと、直ぐにどれ込む井筒屋の座敷。 吾妻は煙管の吸い口閉じて物も言わずに、そっぽを向く。輿平は人に見られたくないと顔を炬燵の中へ差し入れて、被(かづ)く布団の緞子五糸緞(ごしむりょう、中国渡来の織物)、無量の事柄が思われる。 彦介は花車(かしゃ、揚屋の主婦)をひっとらえて、こりゃ、花車様、お聞きなされよ。正月は新春の御慶目出度く申し納め候、このこの、此の鼻は新酒の酔に紛れて、積もる恨みを申し始め候。 何といやる、面白い、そこな遣手めようお聞き。いかな吾妻殿でも、太夫様でも、畢竟は値段の高い惣嫁(そうか、辻君)じゃないか、何と言やる。そうでないとは言えまい。それに、山崎輿兵衛には売ってこの葉屋(葉タバコ屋の意味)の彦介には何故売れないのだ。一文一銭だとて値切らない拙者をどのような者と思っているのか、忝くも桓武天皇無体(たわいもない)攝州津の国服部(タバコの名産地)の住人葉屋の彦介、大阪には五間口の店も所持している。貸し蔵も持参仕るのじゃよ。大金持を知らないのか。 ああ、慮外ながら、嫌とは言われまいよ。都島原(みやこしまばら)上林(かんばやし)の高橋に金を使って髪を切らせた(遊女が客に真実を示すために髪の一端を切って渡す習わしがあった。但し、ここは金をやって切らせたのだ)、伏見橦木町升屋の高尾にまたしたたか金を使って心中(しんじゅう、誠実を示すこと)に生爪を剥がさせてやった。更には鼻も削いだし、耳も削いでくれたぞ。大大尽の彦介だ、山崎の輿次兵衛に張り合って負けて藤屋の吾妻に三度四度と振られてはこの彦介は男の一分が立たない。半分も立たない。今日から三日、ひっ掴んだ相場の高い惣嫁の買い初めだぞ。金銀米銭(べいせん)をぎがらりがらりと撒き散らしたら吾妻がくるりくるりと廻るだろうよ。廻らなかったら賭けをしていい。さあさあさあ、買った、と甘えてだらしなく寄りかかれば、吾妻はムッとして頬を平手打ちしてみ知らせて、えい、あた贅(ぜい)張った無性に思い上がった放言など聞きたくもない。その高橋とか高尾とかは、そなたのような間の抜けた男でも金さえ使えば髪も切り、爪も剥がすだろう。京や伏見は知らないが、この新町では傾城の魂が違う。恐らくはこの吾妻、どうしてどうして、一生身上がり仕暮らしても(身上がりは遊女が自身で花代を負担して勤めを休む事)そなたの様な意地腐りにはどんなに小判で迫ろうとも梃でも動かない。安っぽい女郎じゃありませんよ。 散々大きな口を利いたが、それ程に意気地のある男ならば、手柄に吾妻を廻してみなさい。そう言い放ってすっくと立った。 むむ、張りが強いのになおさらに惚れた、この彦介は吾妻を廻して見せよう。廻るは廻るは遣り手めらが頬がぐるぐる廻るぞ。此処の家もぐるぐると廻るぞ。廻るは廻るは山姥が、山また山に、山廻り、ははは、はは、面白いぞ。どうでもこうでも吾妻殿を奥に連れて行くぞと引き立てた。 酔いどれている上に、もともとがむしゃらな男の腕三昧、吾妻が思わず引かれるのを、何をなさるかと割って入った曳き舟につっかかり、引き退けた。引き舟に向かい風に、花車は向うに押し込んで、遣り手も取って投げると言う乱暴狼藉、血気盛んな若者の血がよみがえり、難與平は歯を食いしばっても我慢が出来ずに、彦介の足首を炬燵の中からしっかりと取り、うんと締めたところが、あ、痛い、痛い、やれ足首がちぎれてしまうはと、目は顰めたのだが口だけは達者で、この炬燵には狼でもいるのか、と取られた足を捻じ戻して蹴る。その相手を引き倒して、蒲団を押しのけてつっと出て立ち、熟柿臭い彦介の鼻の先に渋柿のように渋い顔をして立ちはだかった。 やっ、此奴は何だ、何者だとは失礼千万、眼を開けろよ、人間じゃぞ。男だ。男と言う者を見ておけよ、や、生臭い男呼ばわり、おけおけ、置いてくれ。毎日額に毛抜きを当て、体面を整える程の若者が可愛そうに弱い女郎衆を虐め散らして何が男だ。男に間違いないと言うのなら、さあ俺の相手をしろ。さあ、相手をしないか。 男同士の喧嘩というものを教えてやろう。と、つっと入り、腕先を捻り上げて引っ担いで頭を逆様にして真っ逆さまに落とした。 ぎゃっと言わせないで、でんどう、腹這いにばったと前に腹ばいにさせて、腰骨をうんと言う程に踏みつけて、鼻歌に懐手、吾妻を始め一同の者が可笑しくて笑いを堪える。笑いを殺す笑止顔。 彦介はやっとの事で起き上がり、分かったぞ、己は與次兵衛のまわし者だな。彦介を踏んだぞよ、山崎與次兵衛め覚えておれ、したが、踏まれてもこっちに七歩の勝、正月早々に俺の身代、踏み広げて呉れたな。殊に今年は戌(いぬ)の年、犬は土に寝るもの、年八卦に叶い今年の運が開けたぞ。こりゃ、人が見ない内に巳午(みうま、南南東)の方角が恵方だ、と肘を張って帰ったのだ。 人に踏まれてさえあの減らず口だ、人を踏んだならどんなであろうかと、跡は笑いの賑わいである。 正月買い(正月最初の紋日に遊女を挙げて遊ぶこと)の騒ぎ初め、飾りの下では三味線弾きが、梯子の蔭では寶引き(福引き)、節分豆、豆撒きの年男、槌の子を抱いて稲摘んで、若戎(わかえびす)に掛け鯛、蜜柑柑子・橘・橙と祝ってどこも吉野榧(かや)、かち栗、嘘ではござらぬ、馬尾藻(ほんだわら)喰い積(蓬莱飾り)の土器(かわらけ)、さすぞ盃ちょっと抑えて去年より今年は、みづみづみづみづ、若みんずり(若水を汲み上げる)の井筒屋と湧いて、分けての賑ぎにぎしさ。賑わっている。 粋の粋を越えた、男女の情愛のいきさつを知り抜いた恋の山崎與兵衛が駕籠を飛ばして西口から、おろせが勢い込んで旦那の御出でと言うより家内中がこりゃ目出度いと跣で飛んで出て、門くちまで、福の神のお迎え。 ちょうさやようさや、千歳楽万歳楽(せんざいらくまんざいらく)、奥の座敷に設けの炬燵、亭主は蓬莱を、内儀は銚子、娘は土器(かわらけ)、牛蒡(ごぼう)も身祝い、大夫も全盛。御蔭で我等も暮らし向きは悠々寛々、囲炉裏茶釜の如くにゆったりとしていられる。 先ず大福(元日に祝って飲む大服・茶。茶の湯に梅干し・山椒を入れる)の口開けに変わった噺がござんする。そう言って吾妻は與平を與次兵衛に引き合わせてあった有様の一々を語る言葉に、與次兵衛は兼ねて意趣があった葉屋の彦介をどうかしてやりたいと思っていた折節であった。忝いぞ、與平殿。これから以後は何日までも心安く御意を得ましょう。もうお辞儀はおやめください、御手をお上げくださいな。そう言って一礼する。見馴れ言い馴れ聞き慣れない上品な詞遣いも窮屈だが第一は、足の痺れに難與平はただあいあい、と返事するだけなのだ。 御律儀、御丈夫で何よりです、重畳(ちょうじょう)々々、江戸へとの思い立ち御尤も、御尤も、吾妻のの事は苦になされずに、一廉(ひとかど)の儲けをして上洛してくださいな。出発の祝いに夜を徹して飲めや謡えや、一寸先は闇とかや、先はどうなるか分からないから思い切って騒げと言ってはみたのだが、夜が更けるにつれて母が案じておりまする。大変お世話になりました、與次兵衛様、どなた様も一人残らず御手を取りました、御暇申すと立ち上がった。 余りといえば慌ただしい、今宵一夜は苦しかるまいよ。いやいや、一分は寸の始まりです。油断は稼ぎの大毒と、帯を引き解いて借り着を返そうとする。 吾妻が取り付いて、寒い折から御遠慮をなさらずに小袖を召していらっしゃいな。道中も大井川とか言う川は大層危ない所と聞いています。御無事での吉左右、待っておりまする やがてと別かれ、與次兵衛も見送り、與平殿、山崎(やまさき)には兄弟有りと思し召し、この與次兵衛を心の頼りに致してください。慮外ながら、江戸にも兄弟が居ると思召して下さいませ。互いの無事は状通でと、別れて後は障子を閉めて、月も雲井に寝静まって、松に吹き付ける嵐はまるで鼾(いびき)のようで、與平は九軒を一足、二足、三番太鼓(限りの太鼓、又は終いの太鼓とも言い、これを合図に廓の大門を閉ざした)が打ち止んで、廓が寂しい折であるが、待ち伏せしていた葉屋の彦介は蛇の目の紋を目印にして代與兵衛と認めるやいなや騙し賺して、だまし討ちにはたと斬った。 ひらりと外して難與平、さては宵の戯け者めか、意趣返しの待ち伏せかと、つっと入って跳ね倒して、小刀を逆手に持って滅多突きにした。眉間を突かれて藻掻き廻り、やれ、人殺しだと声を立てた。 見つけられては出世の邪魔だとばかりに、難與平、疾風の如くに逃げうせたのだ。町中が俄かに騒ぎだして、棒だ熊手だと言い立て、ちょうちんを出せ。大門を閉ざせと喚き立てれば、彦介はうろうろと、相手は山崎與次兵衛、井筒屋の客だと喚いている。與次兵衛は聞くより胸にはっしと応えて、與次兵衛は此処におるぞと姿を現した。 声を頼りにして彦介は後ろからしっかりと抱き締めて、相手は捕らえたぞ、組み伏せた。皆々騒ぐには及ばないぞと言ったところ、吾妻や引き舟、遣り手までが半狂乱でその場に駆け付けた。そしてひたすら宥めたのだが放さない。はあ、はっとばかりの涙さえ、何と成る身なのであろうか……。
2025年03月04日
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