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を読み終わりました。明日返却ポストに返却できそう。来週は晴れのはずが、曇りマーク・・・2週間も毎日はっきりしない天気ですか。雷雲はここのところ毎日発生。降り出すとも手がつけられないような大粒のどしゃぶり。早く安定した天気、穏やかに晴れの天気に落ち着いてほしい。今日は池袋に行ってきました。家電製品を見てきました。今は決算期に入っているそうで、買い時かも~~戻ってきて駅を降り、自転車に乗って家に向かっているとぽつぽつというかぽて。。。。ぽて。。。。。と大粒の雨。なんとか我が家に飛び込んで、濡れるという程のことはありませんでした。なんとかセーフ。ちょっとのところでびしょぬれになるから。。。。明日から、9月ですね~いつの間にかすずむしの泣き声が響いてきます。秋の夜長へ。わたしは寝ますけど。
2008.08.31
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「フィンランドの学校で」というコラム障害に関係なうともに学ぶ環境特別支援教育を担当するM先生はの部屋は、狭いけれども落ち着ける雰囲気。そばに座り、先生の真剣で暖かな眼差しが向けられると、不思議と何でも話したい気分になってきます。この人なら自分を分かってくれそうだと。毎週40人から50人のこどもたちが、先生のところへやってきます。先生は特定の児童だけを担当するのではなく、援助が必要な子供達にいつでも対応できるようにしています。目や耳の不自由な子、精神的障害を持っている子、心身ともに健康そうに見えても、実は心が荒れている子、こうして子供達は以前、いわゆる「普通」の子供達から離され、同じような問題を抱えている子ばかりを集めた学校にいれられていました。しかし、ここ十数年でフィンランドは随分変わったと先生は言います。「異なる人々が共に存在できる環境を作ることが大切だと考えるようになりました」障害に関係なく、家に一番近い学校に通えるようになり、学校は快適な学校生活を送れるよう全力でサポートしています。「ちいさな人々、の生活が少しでも順調にいくように。私の願いはそれにつきます。」区別をしてはいけないことは、他にもあるとM先生。「できの良い子、悪い子を小学生で判断するのは早すぎます。 幼いからこそ、その子の可能性を信じなければ。 子供達が自分の人生にどんなことを望んでいるのか、十分に考えるチャンスを与える 必要があるのです。 大人はその答が出るのを、ゆっくりと見守りつつ、待っていればいいのです。」フィンランドはどんぐり教育へとここ十数年で変わった?
2008.08.31
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種には在来種というのがある。随分前に、丹波の方に土地を買って住み始めた自然回帰的友人から、畑には、在来種の種を撒くという話を聞いた。なぜ在来種かと言うと、私はその種に綿々と受け継がれてきた生命力があると思うから。その生命力を頂きたいから。関東は関東の在来種があるはず。急いではいないけれど、その在来種の手に入る場所は知りたかった。昨日、行きつけの有機野菜を扱う八百屋さんで、その情報を偶然もらった。野口種苗メネミル(野口式種子発芽試験器)のページもある。今度尋ねていってみたい。この種屋さんと出会えてとても嬉しい。こうやって一つ一つが揃っていく・・・ありがたいことだ。
2008.08.31
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先日八月の頭に秩父のとある場所で公開されたドキュメンタリー映画。知人の紹介で知りました。問い合わせえをしてみると東京の中野で10月から上映予定とのこと。案内状が来たので、ご紹介。DVDもあります。興味のある方はどうぞ。10月4日(土)~31日(金)10時40分から114分ポレポレ東中野 www.mmjp.or.jp/pole2/JR東中野西口解説北側出口より徒歩1分当日1500円 前売り1300円 中学生1000円日本列島の3分の1の人々が暮らすという関東平野。「お犬様」と呼ばれるオオカミの護符を、土蔵や畑に貼ってきた関東のお百姓の暮らしには今なお身近な自然を尊ぶ姿がある。関東平野をぐるりと囲む山々には、かつてニホンオオカミが棲んでいた。オオカミが護り札となる背景には、人がオオカミをありがたい存在と考えてきたよすがが見てとれる。自然との共生が声高に叫ばれる現在、先人が守り伝えてきた"足元にある暮し”を深く捉え直すことこそが、私達の行く手を照らし出す。ニホンオオカミは絶滅したといわれる。それでもなお、オオカミの護符は今も私達の暮らしを見守り続けている。監督 由井 英オオカミの護符わたし、どこかで見たことがあります。どこだったか・・・・この護符はなんだろうって思ったことがあるんです。でも、誰にきいたらいいかわからずにいました。そのなぞが解ける・・・・
2008.08.30
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昨日の雷はなんですか?もう雷を通り越して、地震か地鳴りか?お友達の家でまたおしゃべりしてしまって・・・・でも、ごろごろと音が鳴り出したので雨の振り出す前に。(自然ってちゃんと合図してくれてるんだねえ)家に戻って30分後、来ました。ざ~~~~~~~~もう傘なんて。一メートル歩いただけでびっしょり見たいな雨。稲光は不気味に光るし、あんな音はいままで聞いたことがないくらい凄い。雷が怖い子は大変だ~~あんなにエネルギーが溜まるまで、溜めたってことが凄いよ。それだけ、気流が激しいってことでしょうか?それに雷が移動していかないの~~みんなみんな、よ~~~い気(感謝)を出して、地球を癒そうなんて思わないわけにはいかない。まだ、今日も曇りだわ~~雨は止んでいるけど。怒っているんだきっとね。地面を覆うな、呼吸が出来ないぞ。木を切るな、保水ができないぞ。ってなかんじで。よしよしってしてやること、どうでしょう。よしよしって。みんなが、「愛してるよ、ごめんなさい、許してください、ありがとう」って言えたら、どうなるだろうね。歯医者に行ってから、小麦粉だの、レーズンだのちょうど切れてしまったし、今日はセールなので、買い物してきます。とても、8月末とは思えない気温。穏やかに秋になっていってほしいなあ。
2008.08.30
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どんぐり理論って自分なりに解釈して、噛み砕いていくと(消化吸収)「みっけ!」が一杯ある。だから、それぞれの人が、それぞれの解釈でいいから、理論を考えてみると、面白いと思う。あちこちに宝物が隠れているような楽しいゲームとしての扱いもできる。「遊び」の「遊び」があるんだ。わかるかな?
2008.08.30
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お友達が息子をブルーベリー狩りに連れて行ってくれました。明日はロボット教室、明後日は塾のテストということで、土日は時間がとれないので。私は今日は4時まで時間がとれないので、お願いしちゃいました。10時から、12時まで摘んでいたそうです。朝方まで、雨っぽかったのですが、ラッキーなことに7時くらいには晴れてきました。もつかな~と心配してましたが、持ちました。雲は出てきたけれど、降らなかったそうです。お蔭様で、ブルーベリー食べることができました。もうブルーベリーも旬が過ぎようとしています。また、来年。今年はクリ狩りをしたいぞと思ってます。1時から3時まで、お友達の息子さんは勉強だったらしい。3時からまた約束して、遊び、わたしが帰るまで、息子達、遊んでいた。お友達の息子さんは月曜日から、週二回塾。残りの曜日は塾の宿題にかかるそうだ。ママはやめたらといってみたが、本人がやりたいそうで、これは難しいね。眠いので寝ます。
2008.08.29
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読みかけの本をなんとか読み終わらせて、仕度して, セルフケアの講座に出かけま~す。天気は荒れ模様。 でも、気持ちは晴れ晴れとした気持ちで一日過ごそう!ありがとうってね。何度も言っているといい気持ちになれる。
2008.08.29
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気に入ったので、メモです。あなたは物事が創造されるのは外界ではないことをすでに理解しました。全てはあなたの内側、思考と感情からやってくるのだと知っています。あなたの思考がすべてをの物事を創造する力なのです。そうだとすると、不足など起こるでしょうか。そんなことは起こりません。あなたの考える力は無限なのです。だから、あなたが現実化できるものは無限なのです。全ての人々にとってこれが真実です。この事を本当にわかると、自分自身が無限であることに気づいた上で、あなたは物事を考えるようになります。何事も限界はありません。制約は人間の心の中にあるだけです。わたしたちが心を開き、無限の想像力に委ねると、わたしたちは豊かさを引き寄せ、全く新しい世界を体験するのです。宇宙はすべてのものを全ての人々に「引き寄せの法則」により与えます。あなたは自分が経験したいことを選ぶ能力があります。わたしたちは誰もが、自分の思考や感情を通して、見えない場所にある無限の恩恵を上手く利用してそれを実現する力をもっているのです。ですから、あなたは、あなた(自分)のために選んでください。それが出来るのはあなたしかいません。祝福して賞賛するとき、あなたは、最高の愛の波動を放射しているのです。すると、それが100倍になってかえってきます。賞賛と祝福は否定的なものを全て消し去ります。ですから、あなたの敵でも賞賛し祝福しましょう。敵を賞賛し祝福すると、賞賛と祝福があなたに帰ってきます。賞賛し祝福するとあなたは自分が新しい波動に変わったと感じるでしょう。そして、あなたは気持ちがよくなります。では。
2008.08.28
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お友達はもう幼稚園のときからのお友達で。息子同士が同じ年。マクロをお互い知っているということも手伝って、仲良くなって。さて、HPの印刷は読みあげたけど、核心の「犯罪に関するどんぐり理論」のなかにある「中学受験の危険性」や「いじめの構造2」の紙は「あとで読んでね」と言って読み上げなかった。じっくり読んで考えてほしいと思う。覚悟が必要だから、どんぐりにはね。少しずつ・・・少しずつ・・・明日はわたしはセルフケアの講座。息子はお友達親子とブルーベリー摘み、晴れたら。
2008.08.28
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8月28日付け日々雑感をみて、プリントアウトして、友達に見せに行くことにした。これと。~プラトンが創立した哲学学校の学校アカデメイアの門にある言葉~「Μηδειs αγεωμετρητοs εισιτω μου την στεγην. 」Μηδειs(メェーデェイス)αγεωμετρητοs(アゲェオーメェトロートォス)εισιτω(エイスィトォー)μου(ムー)την(テェーン)στεγην.(ステェゲーン) →LET NONE IGNORANT OF GEOMETRY ENTER HERE.LET(レット)NONE(ナン)IGNORANT(イグノラント)OF(オヴ)GEOMETRY(ジオゥミトリィ)ENTER(エンタァ)HERE.(ヒア)→どんなに入学を希望しようとも視覚イメージ利用の真価(視考力の使い方)に気付いていない者は何人たりとも入学を禁ずる。●プラトンの「哲学学校:アカデメイア」とイソクラテスの「弁論学校」は当時ライバル校だった。プラトンは幾何学(目で見て考える視考力中心のイメージ操作の鍛錬)を重視し、イソクラテスは文学(暗記中心の言葉の鍛錬)を重視した。逸材は圧倒的にプラトンの学校から輩出された。当然のことである。思考力とは「視考力」を使ったイメージ操作であり、言葉とはイメージを導くための記号に過ぎないからだ。アカデメイアの門には「幾何学の何たるかを知らない者は入学を認めない」という意味の言葉が掲げられていた。ところがこれは幾何学(数学)そのものを指していたわけではなく「人間は言葉を使うが、言葉そのもので考えているのではなく、イメージ(特に視覚イメージ)で考えていることを知っていることが入学の条件である」と言っているのである。計算が速かったり、言葉を数多く覚えることが思考力を育てるのではなく、イメージ操作(イメージの移動・変形・連想・比較)の練習が思考力を育てることをプラトンは知っていたのでしょう。これもプリントアウトして渡すつもり。犯罪に関する「どんぐり理論」2006年11月04日●いじめの構造:原因と対処方法(文責:どんぐり倶楽部・糸山泰造) ●「いじめ」についての議論を多く目にする昨今だが、トンチンカンな解釈ばかりしか出て来ない。情けない限りである。●「いじめ」の原因や責任は100%いじめる方にある。人間に育っていないからである。12才までの教育の失敗である。いじめられる方には何の責任もない。100%ない。まず、このことが大前提である。確かに、キッカケはいじめられる方に多くある、が、それは原因でもなければ責任でもない。「いじめ」は人間らしい判断力を育てて貰えなかった人がする行為だからだ。 つまり、小学校高学年にあたる9-12才で育てられるべき判断力(情緒の安定+正常な感情→人間らしい判断力)を育てて貰えなかった人達の行為なのだ。つまり小学校時代の教育の失敗である。 <いじめの種>は、小学校高学年にあたる9-12才に作られる。どんなに正常に育っていても、この仕上げにあたる<人間的な判断力>を育て上げることが出来なければヒトを人間に育て上げるという<教育>は完結しない。この時期に判断基準を正しい感情に置くことを教えずに(幼稚な)理論から導き出された結論が何の感情的な吟味もなく行動の基準となることを許している(良しとしている)と人間的な判断力を育てることが出来ないのだ。 具体的には、行動基準(自分に言動を許容する基準)を「本当だから」「先生が言ったから」「決まりだから」「友達がしているから」「良いことだから」「本に書いてあるから」「言われたから」などという一見尤もらしい、通常では正しいとされている(褒められたりする)ことを自分自身の正常な感情のフィルターを通さずに(正しい感情の吟味をせずに)行動基準として使ってしまうということである。この<お粗末な結論=言動のGOサイン:行動基準>が矯正されずに進むと「走るの(言動)が遅いから~」「背が低いから~」「仲間じゃないから~」「外人だから~」「色白だから~」「自分より勉強が出来るから~」「自分より勉強が出来ないから~」「綺麗だから~」...となる。つまり、理由は何でもよくなるのだ。「~だから」の「~」さえ見つければGOサインが出るように育てられてしまうのである。異常に育ってしまうのだ。...つまり<いじめ>の対象は無制限なのだ。 本来は(正常な場合は)自分の言動は自分自身の感情が最終的なGOサインをだす。しかし、、小学校高学年にあたる9-12才の時期に、この正しい判断基準の育成を怠ると自分の感情を通さない他人の(都合のいい勝手な理由による)行動基準を利用して動くことに違和感を持たなくなってしまう。責任転嫁の代表例であるが、実際には見逃されている場合が非常に多い。「事実だから~」などと言う教師までいる。事実は判断基準の要素にはなるが、判断基準そのものにはなり得ない。このような正しい判断基準の養成(人間らしい判断力養成)は、小学校高学年にあたる9-12才に必ずしなければいけないことである非常に重要な教育である。にもかかわらず、残念ながら意識的になされることは極めて希であるのが現実である。 昔は<卑怯なことは絶対にするな>というような言い方で家庭や学校で伝えられてきた基準であるが、今は意識されていないようである。非常に危険な(お粗末な)教育環境になっている。 従って、偶然に問題が発生したときに問いただされることはあっても、意識的に<理論的に正しい(幼稚な理論から生まれた結論は本来は正しくないのだが、そこには気付かない)ことならしてもいいんだ>という考えは間違った行動規範であるということを教育することはない。●現代では、<いじめ>を回避する正しい判断基準を持っていない人間の方が圧倒的に多いと考えられる。憂うべきことではあるが、対処法はある。環境を整えることで病気にかかっても(感染していても)発病(発症)しないようにできるのと同様に、<いじめ>を抑制することは環境を整えることで可能であるし、人間的な判断力の養成時期(臨界期)を越えている子供達には唯一の対処方法である。ここでも「ゆっくり・ジックリ・丁寧に」が基本となる。穏やかな教育にまさるものはないのだ。●キッカケを原因と勘違いして<原因追及>をしても何の解決にもならない。全ては教育の責任である。情緒の安定-感情教育-思考力養成-判断力養成を12才までに終えなければ<いじめ>は解決しない。反対に12才までの正しい教育を実践すれば<いじめ>は根絶できる。……………………………………………………………………………………………●最も簡単で効果的な対処方法...いじめっ子だけのクラスを作る。40人2クラスしかなくても、5人のいじめっ子がいれば5人のクラスと75人のクラスにする。教室はどこでもいい。...考えたことがあるだろうか?環境を変える最も速い対処方法である。……………………………………………………………………………………………★中学受験(の為のパターン学習)が<危険>だと警告する理由もココにある。どんなに受験には効果的な手法でも時期的に最も危険な行為となるからである。ヒトを人間に育て上げるための<教育>の仕上げの段階(小4-6)で仕上げが出来ない環境を作ってしまうからだ。あるいは決定的な勘違いをさせてしまう結果(受験勉強)となるからである。<理論的な結論=正解=正しい=いいこと=行動基準としていい>ではない。意識せずに、これを吸収し固定化してしまう危険が非常に高くなる。この中には人間が人間であるための感情判断がない。パターン学習は感情判断を麻痺させる。お金と時間を使ってストレスと危険な教育で子供を人間に育て上げることを止めているのである。 プロ中のプロはこのことを熟知した上で受験指導をする。だから、パターン学習をしていい最短期間を綿密にはじき出すために準備を怠らない。余計な事は絶対にさせない。「絶対学力」にかいてある中学受験の方法はこういうことが大前提となっている。<受験を甘く見ている>という感想があったが、全く逆である。<受験を知り尽くしている>から、たてられる作戦なのだ。12才までの教育でヒトを人間に育て上げることを無視して受験を語ることは犯罪と同じである。……………………………………………………………………………………………2006年11月09日●いじめの構造-2:必然的に<いじめ>を増加させた理由(文責:どんぐり倶楽部・糸山泰造) ●必然的に<いじめ>を増加させた理由<情緒の安定(~3才)-正しい感情の育成(~6才)-人間らしい判断力を含む思考力養成(~9才~12才)>が「ヒトを人間に育て上げる<教育>」の基本構造である。このどれもが欠落しても<ひずみ>が生じるのは当然である。環境次第で発症する場合もしない場合もあるが、環境自体は悪くなっているので上記の基本教育が更に重要となってきている。ところが、公教育は全く気付いていない。だから「我が子を守る家庭教育」が必要な時代なのだ。●昔の<いじめ>は<情緒の安定><正しい感情の育成>の失敗に多くは限定されていた。生活(特に心)に余裕がないとがどちらも難しくなりがちだからだ。ところが、今では最後の仕上げ期の<人間らしい判断力を含む思考力養成>で大幅に失敗している。原因は仕上げ時期である9-12才の時期にしてはいけないことをさせているからである。公教育の現場である小学校も多くの家庭教育も...である。それまで<情緒の安定>も<正しい感情の育成>も乗り越えてきた子供が教育(受験や「もう高学年なんだから」というヘンテコリンな理由)の名の下に潰されている。だから、一見普通に見える子供までもが<いじめ>をする。*考えたり、想像したりするのは異常ではない。飛べないのに飛ぶことを想像するのと同じくらい簡単に想像はするようになっている。が、それを<言動に移すのは異常>なのである。最後の仕上げ教育が出来なかったということである。10年間の子育てが水の泡となる。9-12才の3年間は人間への教育の最後の仕上げなのだ。この最後の仕上げが出来ないと人間らしい判断力は根付かない。すると<人間らしくない言動をとる>ことに歯止めを掛ける(違和感を覚えさせる)ブレーキを意識できなくなる。フロイトの孫娘は「感情のフィルター」と呼び大江健三郎は「ちょっと待ってみること」と言っているようだが、どちらも判断力の基本となる正しい感情を使うことを指している。※<いじめ>は昔もあった。と呑気に構えている人がいるがいるが、今は桁違いなのだ。700人の生徒の中で昔は1割の70人が<いじめ>をしていたとしたら今は場所によっては7-8割の490人~560人である。まさに、異常事態である。しかも、理由も分からず対処法もしらない大人がワンサカといる。これでは、家庭で守るしかないだろう。●<いじめ><不登校><履修漏れ>の全てに共通している認識不足(欠落)は「ヒトを人間に育て上げる」という教育の基本を実践するための理論である。12才(性成熟年齢)までの人間の成長順序が生物としてプログラムされていることを無視した教育の歪みから生まれている。
2008.08.28
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中立ち足を完全に折り曲げると後ろに。2本足で立った状態の飛行機いつもながら、よく作ると思うわ。閲覧ありがとうございま~す。
2008.08.28
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立体の迷路1ピースを転がしながら、最下の階まで、傾かせながら、運ぶ。落ちたらゲームオーバーだそう。やってみたけど、なかなか難しいわ。
2008.08.28
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どうやって「恩返しをするか」ということ。そう!閃いたわ。わかった。なんだ~そういうことなんだね~ああ、目の前にいたわ、そういう人。具体的に見えたわ。具体的にあなたも答をみつけてください。それぞれのやり方があるはず。
2008.08.28
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わたしは南インドの菜食カレーとスリランカの菜食っぽいカレーとネパールのネパーリーの余り辛くないカレーが好き。いつかこの3つのカレーのお店を持って食べたいときに食べにいけたらなあと思っている。そして、友人たちを呼んで楽しい時間を作れたらなあ。経営はすっごく儲からなくても、あそこに行けば美味しい食事と楽しい時間があるというそんなお店。(カレーってお手ごろな値段で味に一番感動できる食べ物なんだな~~~スパイスのバランスはコックの腕次第。だから、よいコックは必須。)そんな話をこの間、セミナーに一緒にいった友人にしたら、「わたしも~」「お店を持ちたいと思っている。みんな呼んでわいわいできるような」「ほんと~それじゃいつか一緒にできるといいね~」とまた夢が膨らんだ。同じような思いも持っている人に出会えるなんてと嬉しくなってしまった。世の中には「食べ物屋をやりたい」って人は沢山いると思う。でも、自分の隣の人がそういう人となるとやっぱり嬉しいものだ。共通部分がどんどん増えていくような仲間、もっと来い来い!!ウェルカムカムである。
2008.08.28
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わたしの心の変化に伴ってなのかなそれとも??いつの頃からか、恩返しをしたい人って増えてきませんか?そして、いつかわたしが。。。ってなんにも変わらないんだけど、たとえば、豊かになったら、恩返ししたいとかって。わたしの場合、そういう人はすっごく助けてくれたというよりも、わたしが勝手に有難がっているだけなんですけど。その人の存在を。普通に買い物をして、対価を払っての中での思いなんですね。そこに行き、顔を見て(当たり前だけど)挨拶をし、買い物をし、会話をし、会話の中で、その人の考え方、そして、行動をみて、その人の行動を理解するわたし。私が、一方的にその人達の存在に感謝の気持ちの先の恩返しというイメージを持つんです。もちろんいつか恩返しをしますというような大それた発言はできません。だっていつか・・・ですから。もし、わたしが豊かになっても、よく考えてみれば、恩返ししたい人の所へいってどうするの?ってこともありますね。たとえば、店を買う? (お店の人ばかりじゃないけれど・・・もちろん)なんか、純粋の恩返ししたいと言っても、なにをすればいいのか。せいぜい、毎日顔を出して買い物に来てねといわれるのが関の山。(人には人のペースがあり、それが生活の流れになっている。それを勝手に変えられない)心のどこかにおいておいて、ときどき、恩返ししたい人と思うとき、思い浮かべる。そして、その存在に感謝する。そう思うことが大切なのかもしれない。そして、そういう存在の人はそれとして、わたしは、自分に出来ることをするのだ。わたしはわたしに今できることをやり続けている。その結果どうなるかわたしは知らない。今、やり続けること。 やり続ける存在であること。そんな感じでいいと思う。
2008.08.28
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夢を見た。夢の途中、雨の音で目が覚めた。夢って忘れちゃうから書いておこう。覚えているところだけ、とお断りさせてもらって、どこかに隠れていたか?人にみつかり捕まる。ここから。わたしと主人は逃げたいけど逃げられないという絶体絶命。細かいところはどんどん忘れていて、とにかく、わたしたちは捉えられそうになっているが、まだ、2人の人にしかみつかっていない。わたしは相手の隙をさぐっている状態。するとその私のそばに居た人がばたっと倒れ落ちる。そして、わたしの目に映ったのは小さな注射針。えっそれで眠らせてしまったの・・・・乱闘もなく、銃声もなく、静か・・な状態だから、急に他の人がくることはない。ま、夢だから。そして、わたしは逃げる。車がおいたあるほうに逃げながら、あっ荷物と思い出す。荷物はリュック一つで、財布はその中。主人があとから持ってきてくれることを願いながら、走る。車につくと、もう一人にも上手く注射してきたのかどうか?わからないが、主人が、荷物を持って車に乗り込んできた。なぜかオープンカー。そして、エンジンをかけると車が、細工されているのか、のろのろとしか動かない。え~~と思っていると、建物の窓から、声。それも助けてくれそうなアドバイス。その声の主が下に下りてきて、案内してくれ、ガレージへ。そこで、車を修理してもらうことに。なぜか、アルミ板を沢山もった修理工がにこやかに現れる。この笑顔をみて、安心した。これで、車は直る。さて・・・・と思っていると、雨の音が。ざ~~~~~~~~~。雨だ。かなり強く降りだしていた。目が覚めた。時計は5時。起きなくちゃ。雨がなかったら、この夢は覚えてなかっただろうな。いままで、夢って絶体絶命で助けて状態で、自分の叫び声で起きたりするんだけど、今回の展開はそうではなかった。そして、なぜか冷静なわたしだった。なんとかなる。そして、なんとかなった。また、車の故障という次の問題。ヘルパーが現われ、解決。凄くいい気分でいたわたし。そして目が覚めた。夢ってなかなか覚えていないので、とりあえず記録でした。
2008.08.28
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で、ゆっくり時間を過ごしながら、本を読んでみた。横にメモ帳をおいて。(もち、「ノートは一冊にまとめなさい」からもらったアイデア)読み始めてすぐに睡魔に襲われる。この調子じゃ、読書どころでないなと思い始めたが、なんとか持ちこたえることができた。結構読み進めることができたが、読み終わらなかった。メモを取りながら、考えながら、という作業がときどき間に入ってしまったから。でも、この作業部分が大事だったりする。ここのところゆったりの時間が取れなかったというか意識してとらないと作れない時間かもしれない。体の芯が冷えているように思うとき、いいですよ、長湯。眠くなってきたので、寝ます。本の残りも読みたいけど。
2008.08.27
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おとといに回覧が回ってきて、秋の市民運動会の参加名簿がついていた。息子は80M徒競走と、リレーと綱引きに出る予定。希望人数が多いとくじ引きとかになるよう。ついこの間まで、スーパーボール救いだとか、風船割りとかしていたのに、もう綱引きも出られるようになった。来年3月で10歳だわ。このとき今なんだよね、やっぱり。昨日、防虫スプレーを目に入れられたと泣いて帰ってきたけど、大事にはならなかったようでよかった。つつがなく日々が過ぎていくのが一番と思います。今日はひさしぶりにいい天気だわ。夕方からまた、くもりあめと天気は変わりやすいようだけど。ああ、今週で夏休みがおしまいだわ~忙しい夏でした。秋に疲れが出たりするので、養生せねば。
2008.08.27
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3日目の朝、朝食の前に宿の周りを散策。息子がいろいろと発見。しかのふんかじられたきのこしかの足跡というのもみつけたが、今一わからなかった。朝食後、まきば牧場に向かって走っていると、富士山が雲海からくっきり。まきば牧場にいっても、富士山。まきばの大駐車場から牧場から歩いて、八ケ岳牧場に行ってみる。広大な農場の向こうの方に牛がいる。そこまで歩いたら大変なので、近いところの牛の方へ。塩をなめている牛。いよいよ富士山の輪郭にそって雲がなめるように上がり始めた。そろそろ時間。ということで、中央道に乗り、途中休憩一回入れて、東京へ。東京にもどれば、暑い暑い。おまけに、電車は遅れているし。思っていたよりもあちこち行って、自然の中にいるのがあったりまえになって。東京になにしに帰るのだろうと考えてしまった。帰るところが違う。それでも、我が家が一番だったりするわけで。我が家の場所が違うのかな。 (了)
2008.08.26
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まきば牧場。おなかの大きいやぎ道路からは気づかないけれど、Pに車を止めて、柵の向こうをのぞくとすごい急傾斜。夕食の時間がせまっていたので、あまりゆっくりできず。できれば、明日また。時間が迫っているのに、寄り道。わきみず。これもわたし、大好き。湧水。どうももう一ヶ所あるらしい。が、行っている暇はないので、地図を撮影。三分一湧水走りに走る。源泉はもううす暗く撮影失敗。すごい水量なのですぐにこの流れこのあとぎりぎりで夕食時間ぎりぎりに宿に。夕食後、レゴを持っていった息子は飛行機作り。星はとても綺麗に輝いていた。けれど、肉眼でなので・・・夜は暖房はいらないけど、充分温度は下がっていた。
2008.08.26
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百合の里のあと、再び清泉寮で車を止める。昨日はどんよりの空だったけど、今日は晴れ、見晴らしもよし。前日雨が降ってきて、滝にいけなかった。滝の近くのPまで行って待機したんだけど、止みそうもないし、最近急な雨のあとの川の増水での事故もあるので、滝への散策は見送りとした。それで、今日こそは。滝が好きなわたしは胸が躍る。昨日のPに到着。その後、川沿いを10分ほど歩いて、滝!この滝はいろんな顔があって、飽きない。一日いてもいいかな~滝三昧でした~このあと、行きに通過したまきば牧場が景色がよさそうだったので帰りがけに行ってみることに。再び、雲が多くなってきた。夕方は、はにわか雨に要注意。
2008.08.26
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二日目、朝5時に起きて5時半に出発。それで、行ったところが車山高原。下に白樺湖が見える。車山高原の野の花。可憐。息子が集めてきてくれた野の花たち。下に下りてみた。まだひとけもなく、静かな湖畔。朝日の中の白樺湖白樺の林を探して、なんとか蜂公園へ。なんとか蜂公園からの展望、向こうに見えるのが車山高原の頂上森の小径真ん中に石があり、なんとも風情を感じるわたし。白樺林、みっけ!百合の里が富士見高原にあって満開だとういうので、そちらへ向かう。その道中に遺跡発見。尖石(とがりいし)その隣にこの木。この木はご神木と思われる。このあたりは縄文時代の集落が発見されている。その遺跡の上にきちんと由緒正しい作り方で、縄文時代の住居が作られていた。中に入ると真ん中に囲炉裏。いよいよ、百合の里へ。と思って車を走らせていると、そばやを発見。そこでお昼。そばは旨かった。食べるのに夢中で写真を忘れた。そば寒天も注文してみた。これがまた旨かった。そこは生のきゅうりをご自由にどうぞというところで、みそがそばにおいてあった。おっことそばというような名前。百合の里はスキー場の夏場の利用。すごい百合の量で、もう「木を植える人」でなくて、「百合を植える人」っていう言葉が頭に浮かんでしまうほど。むせばむような百合の強いかおり。月見草をみっけ。私の好きな野草。息子は虫探し。百合百合百合百合と白樺林とにかく百合なのだけれど、生態系が心配。直ぐ脇で、パラグライダーの初心者コースを発見。息子はもちやりたがったが、半日と一日と2つのコールとも時間的に無理。またの機会に。傾斜面を利用したもので、この日、風もなく、絶好のパラグライダー日和だった。親子ディオもOK。降りるのはいいけど、初心者コースなので、自分で歩いて登る。登るときが辛そう。何度も何度も上り下りするのだろう。小学校低学年と思われるこどももいて、知る人ぞ知るの場所かも。
2008.08.26
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オオムラサキセンターの外に出て遊歩道を回ってみた。かまきり発見。かえる発見。池をのぞく息子。百合の花、まんじゅしゃげのよう。あいがも発見。水車小屋はロマンチックにみえる。センターの中より、野外の散策路の方が魅力的でした~自然の自然で、とんぼやばったや蝶が当たり前にたくさん、飛んでいた。結構、満足したあと、清里の清泉寮に向かう。途中道の駅、花の里、で休憩。つばめの巣ここの食堂は今一。でも、釣堀がある。息子は、釣堀が気に入ったけど、残念ながら、釣りしている時間はない。並んだときにお金を払うともらうチケット裏ソフトクリームの値段表示ゲットしたソフトクリーム息子ポニーに乗る。慣れた足取りでポニー乗る。ほとんど乗ったことがないのに、上手く乗る息子をみて、馬に乗るのもバランス感覚なんだと思う。このとき、雨がざ~~~~と振り出して、乗馬は中止。ほんとはもっと乗っていられただろうに。残念。急いで車に戻り、宿へ。山の天気は変わりやすい。宿につく頃には、雨も上がり、西の空は晴れていた。
2008.08.25
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今日は、どんぐりママとおしゃべり。ここのところ、ホメオパシーにどっぷりだったので、とっても嬉しかったです。セミナーは受身なので・・・・どんぐりは私にとって、受身一本ではないので、面白いし、楽しいわ。お付き合いいただいた、どんぐりママ有難うございました。
2008.08.25
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9月からホメオパシーの学校がスタートするのですが、にもかかわらず、交流会を発展させた、OASIS研究会を発足させようかと思っています。OASIS交流会は主に交流活動です。OASIS研究会は勉強会が主になります。どういう形の勉強会にするかは、ぼちぼち考え中です。 東京辺りにお住まいで、どんぐり理論が好みに合っている方が、いらっしゃいましたら、私書箱などに連絡ください~但し、わたしの時間制限がありますので、人数は限定させてください。麻りあについては過去のブログを読んでみてくだされ。わたしは、どちらかというとING現在進行形の人です。好みに合うものはどんどん引き寄せたいと思っています。自然流が好み。
2008.08.25
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別館は里山についてのパネルなど。里山ってどこかに尋ねていったときも、パネルがあったのを思い出したけど、どこだったかな???東村山あたりの郷土資料館だったか。そんなわけで、2度目の出会いなので、今回は記録に残すことに。里山で遊ぶ。これは面白いとおもったので、全部記録することに。失われる里山とうわけで、雑木林の再生リサイクルが始まっているそうです。東村山あたり(狭山丘陵)とこの八ヶ岳山ろくの共通点は縄文時代から人が住みつき集落があったこと。その時代からついこの間の高度成長期前まで、のんびりと時代が流れていたんですねえ。それを高度成長期の前に戻したいと。戻ってほしいなあ。里山は人と自然の調和で生まれた場所。
2008.08.25
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オオムラサキセンターの建物はのっぱらの真ん中にあるというかんじ。中にはおおきなオオムラサキの模型。むかしとんぼの大きさがわかるようにおじさんの頭を同時撮影神奈川のオオムラサキの標本のひとつ。オオムラサキの標本はたくさんあった。こんなにあちこちに生息しているとは、知らなかったわ。銀のうごくオオムラサキ、なかなか迫力のある舞い方。大ムラサキ北限生息地大ムラサキ西限、南限生息地そして、別室では里山のパネルがあった。つづく
2008.08.25
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息子の荷物。かなりあるけど、自分で決めた持ち物。渋谷でお友達と合流。車に乗って20号を行き、調布から中央道で、長坂ICまで、談合坂で一回休憩したけど、そこで下りて、オオムラサキセンターへ向かう途中道に迷った。そこで、お花が綺麗だったので、車から降りる。むすこはかえるをみっけ!そしてやっとオオムラサキセンター到着つづく。
2008.08.24
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昨日も今日も一日講演会、しかも、目の前に寅子先生がいる、ライブ講演です。この前は沖縄ライブだったけれど。昨日のお話は「発達障害」の症例7ケースの改善とそれに関わる医源病のお話でした。今日はその予防について、です。では~
2008.08.24
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ストローに綿棒を入れてストローを吹き矢のように吹きます。さて口の近くに綿棒を入れるほうが遠くに飛ぶかな?それとも遠いところに入れたほうが?ストローをつなげていきます。また、綿棒を入れて吹いてみます。ストローを繰り返しつなげていきます。繋がるところまで、といっても5本くらいでしょうか?さあ、綿棒を入れて吹いてみましょう。さらに、新聞を的にして吹いてみると、どうなるかな?こうなります。一本のストローではこんなこと、できないんですが、つなげることによって、すごい力になる!さっきのマシュマロの数を増やすとどうなる?いつか、息子は思い出して、もう一度検証してくれるのではないかって思ってます。科学寅さん、いろいろな実験を目の前でやってくださって、ありがとうございました。その後、雑談をして、お昼をご一緒しました。常に、新しい実験のことが頭にあるようでしたよ。こどもたちの驚くような実験、予想外の結果が出るような実験のアイデアを探していらっしゃるようでした。目にみえない電波などを見せるようにする実験を今、考えていらっしゃるようでした。いつか、また、見せてもらいたいなあ。それから、どんぐりのこともお話しました。わたしはどんぐりをNPOにできたらなあと思っているので、NPOに関してもお話を伺いました。アイデアマンの科学寅さんなので、色々と教えていただきました。ありがたいことです。「かむろ」はとてもおしゃれなところでした。センスがいいっていうか。いくつかの飲食店が入っています。一回の訪問では全部は回れないくらい。また、尋ねたいところです。科学寅さんとお話していて、とても和む方だな~って思いました。お忙しい中、時間を作ってくださって、本当にありがとうございました。
2008.08.24
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三本木温泉を昨夜、発見。朝、行ってみると、早朝割引。650円8時入浴。9時までに外に出るということで。出かけていったのは7時前だったから、全然問題なし。ということで、温泉に入ることに。そして、その後、古川へGO。科学寅さんが、事務所にいました。素敵な方でした~初対面とは思えない親しみやすい感じの方でした。息子に実験を見せてくれました。空気を抜くとどうなるか?最初はあまり乗り気でなかった息子も、目がきらきら。こんな感じでした。空気を抜いてどうなる?マッシュマロで。ベビースターラーメンの袋ではどうなるかな?筒の中に水を少し入れて、筒に穴をあけたものを入れて、空気を抜いていくと?実験はもう少しあるのですが、眠いので寝ます。
2008.08.23
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今日は講演会です。「発達障害」という題目。寒そうな天気。昨日の「セルフケア」のテーマは「希釈・震とう」とは。「ポテンシー」とはでした。では、仕度をして出かけてきます。
2008.08.23
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松島海岸へPに車をいれて、散策。まずは瑞巌寺。有料なので入るのをやめることに。さいたら節をわたしが歌ったら、違うだろと主人に言われる。まあ、ばれてしまったか、だんなの知らんかったことが。松島の サーよー 瑞巌寺ほどの寺もない トーエーあれわえーエエ えいと そ~りゃ 大漁だエみやげものやのかまぼこで、焼きかまぼこを作る。やきかまぼこを食べる息子はとてもしあわせそう。温かくて美味しかったそうですよ。その後目の前の海へ。松島海岸のあの有名な風景をいみてまわる遊覧船が何隻も。稼ぎ時ですな。港で、息子がしてたことは、岸壁に張り付いていた藤壺をふじつぼなんとか取ってみたいと悪戦苦闘。そして、古川駅へ「かむろ」の場所をチェック。いよいよ明日。駅の地図にも「かむろ」は載っていました。三本木の道の駅泊。
2008.08.23
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ご神木下から見上げてみた。ゆっくり境内をまわって、牛の石像お隣の志波彦神社へおみくじをまた、引いてしまった。小吉。さきほどの塩がま神社でもお守りを買ったけれど、こちらでも買いました。写真移りはよくないけれど、塩釜港を臨む一時間半もいました。この後松島海岸へ
2008.08.23
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塩がま神社はこんな感じ。おみくじ引いたら、吉。では。眠くて目が開けられないので。
2008.08.22
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8月13日水曜日。午後からドライブに出かける予定(科学寅さんにお目にかかるという)を急遽、朝一に。5時頃には起きていて、交通情報を聞いていた(たぶん)主人が同じくそのくらいの時間に起きたわたしに、「出られそうなら、一時間後に出発しよう。」お盆の混雑のとき移動することをあまり知らない私達。実家が東京と鎌倉だものね。巻き込まれるなら、なんとか最小限の渋滞にしたい。そこで、考えたのが、一宮のお参りを先にすること。神社もうでの好きなわたしならではのアイデア。(いままで、神社もうでのあと予定をくっつけるとドライバーがあまり疲れないですんだ)そして、その後古川にて、科学寅さんにお逢いすることにした。といっても、神社を先にお参りすると私が主人に言い出したのは、2,3日前。実際、主人は、古川にアポの14日午前中までに、たどり着けばいいと思っていた。12日の夜も、翌日午後出発の予定だった。ドライバーの気分にお任せのところもあるので、わたしも午後のつもりで準備もせずにいた。鎌倉から帰ったので、準備というより、洗濯洗濯。そして、一時間ということで、支度をして、息子を起こして、とにかく車に乗せ、6時半くらいに出発。東北道浦和のあたりでひっかりそうだったけれど、ひっかからず、宇都宮の手前で少し渋滞。さらに郡山のあたりで少し渋滞。その間にわたしは助手席で、読書。「ハワイの秘法」をね。東北道仙台南から、有料道路に入り、利府塩がまで下りて、塩がま神社へ。一雨来そうな空模様。この急な階段を見下ろしてみた。塩がま神社とともに是非お参りした方がよいと言われたのが、志波彦神社。こちらの神社も一ノ宮。朱印帳には同等扱いでした。ということでまた。時間切れ。
2008.08.22
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明日は講座に出ようかな~と思ってます。セルフケアのレメディー使い方講座。基本かな~と思います。更新は少しずつでもしよう。
2008.08.21
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さて、自分からやってくれた文章題はこれ。1MX42テントウムシ小学校の一年生20人が男の子一列と女の子一列に並んでいます。男の子と女の子が手をつないで見ると男の子が8人余ってしまいました。では、男の子は何人いるのでしょう。問題うんぬんより、自分からやるっていうことの方が価値あり。と思った日でありました。
2008.08.21
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朝から、今一の天気。と思っていたら、雨が降り出した。あらら、海に入ると体が冷えそうな温度だし。ということで、朝食のあと、弟といろいろ話していた。「木を植えた男」の絵本の話になり、「そのお話のアニメーションの録画があるよ」と弟。わたしはまだ、この絵本を読んでいないので、「是非そのアニメーションをみてみたい」とお願いした。息子も入れて3人で見ることになった。形のいいどんぐりの実を選んで、植えている男。そして、最後には・・・・この話を書いた人は、人任せには絶対しないタイプで、原画は丁寧に一枚ずつ描いていった。こんなところで、アニメーション「木を植える男」をみるなんて。そんなこんなで、結局、3時半の電車で自宅へ。息子はまた、どんぐり文章題をやってくれた。自分からやると言い出した。
2008.08.21
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鎌倉の花火大会は8月11日の月曜日。朝、ゆっくりしてから家を出たら、お昼ごろ鎌倉に到着。まず実家に行き、うどんを食べてから、八雲神社まで、車で送ってもらう。八雲神社にお参りしてから、浜辺まで、歩く。歩く。材木座監視所の前あたりにシートを敷いて・・・敷くそばから、息子は海へ向かって走り出す。息子にとっては待ちに待った海でした~この日、海は穏やかで、雲もなかなかいい。監視所の旗は青。花火大会の為、5時で遊泳はおしまい。そして、それを聞いて5時になったら、とっとと帰るはずが、息子、もどってこず。なんとか息子を捕まえて、6時前に実家に到着。食事をして6時半前にはまた、海辺に向かう。場所を決めて、座ると花火大会始まりの挨拶。グッドタイミング!ビールと豆やおつまみなどを食べながら、花火見物。毎年、一番前の波打ち際で、特等席。花火が同時に2発と水中花火ちょっと前の花火の火薬が残っていて残念。ということで8時50分終了。自宅へ。帰りはのんびり、くろぬまというなじみのおじさんの所に立ち寄る。わたしが小学生のときから、おじさんをやっているおじさん。息子はバンバンと玉の出るおもちゃを買った。おじさんいわく、「こどもの時に遊ばしておいた方がいい。」この日は息子だけでなく、私も海に入った。くらげもいなくて、穏やか、綺麗な海だった。穏やかな海で、浮いて空を眺めていた。塩水だから、浮くの簡単にできる。そんなわけで、りら~~ッくすしたのかな~~自宅に戻るとシャワーを浴びて、もうばったりと寝てしまった私。今も、そんな感じだけど。翌日に意外なものを見ることになるとは。
2008.08.21
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午後の4時半くらいに帰宅しました。パソコンをオンにしたんですが・・・・・なかなか座ることができず、やっと座って更新中です。また、のちほど。
2008.08.21
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天気はくもりっぽそうですが、出かけます。駅まで、自転車。木曜日にもどります。渋谷で合流して、くるまで~す。涼しいのとおりこして、寒そう~~~な八ヶ岳。では。
2008.08.19
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明日は八ヶ岳に向けて朝早く出発なので、もしメンテナンス中だと、書き込めないかな。寝なきゃ。うつらうつらの書き込み更新。
2008.08.18
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田中さんから、電話をもらったのが、10時半。わたしがもどったのが、11時すぎ。結局、12時半はまわった頃、スケート場に到着。冬、ストーブのある部屋の方へ・・・ガラス越しに中を見ると、背を向けて窓の外を向いているご婦人???その人が振り返ると、そうでした、田中さん。「あっどうも。どうも・・・」とお互い再会を喜ぶ。明日でなくてよかったと言いながら、早速、てみやげの酵母パンと河内晩柑を渡してと。グッドタイミングです。お孫さんたち、札幌でなくて今は横須賀に引っ越したそうで。そして、田中さんご自身は、鶴瀬の家が売れて、木更津の家をリフォーム中とか。10月には木更津に引っ越すそう。「遊びに来てください」そんなこんなから、世間話というよりは、家庭内事情の話となり、あまり、聞いてはいけないようなことを聞いてしまうことになって。わたしのことととらえて、自分に、I LOVE YOU.だわさ~~~よかったわ~~ほ・オポノポノのセルフ・ヒーリング知ってて。わたしも嫁ですからね、人事ではありませんわ。話を聞いていて、お嫁さんはインナーチャイルド問題かなって。田中さんとわたしは馬が合うからいいんですけど・・・・お嫁さんには厳しそうだわ~~~だから、わたしにはいい人なんだけど、お嫁さんにはきっといい人には写らないだろうね。人は自分の好きな人にはいい人であり、自分の嫌いな人には、いやな人に見せて、よってこないで~~と無意識にアピールするんだね、きっと。田中さんいわく、お嫁さんの方の実家にいくと、ずっとゲーム機で遊んでいるらしい。田中さんちはゲーム機は持ち込み禁止らしく、うちのゲーム機の方針に対して喜んでくれた。「よそはよそ。うちはうち。」と息子に言ってるわけで。「うちは買わない」旅の話しが受けてしまって、大笑いしてた田中さん。わたしが、その石が見たくて出かけて、それを見たら、その瞬間に納得。そして、自分に言ってたりする。これは有名な○○だけど、やっぱり見ればただの石。湖もただの湖。だよねって、思うんです。とね。それがわかっているけど、やっぱり、この目で見ないとね。大笑いされてしまった。涙流してました。おんなじように感じる人なんでしょうね。でも、そうなんだ、実際。味のある旅は出会う人によって生じる。田中さんに再会できて、よかった。ここのところ、お嫁さんのことで眠れなかったりしたらしいので、今日は大笑いして少し、気分転換になったかしら?わたしも嫁だから、ひとごとではなくて。自分にI LOVE YOU.と繰り返し繰り返し・・・スケートを通して、いろいろ遊んで、楽しんでいた子供達。また、いつか会えそう。兄弟げんかもそれなりに多い、兄弟。なれてない息子は、どつかれたりのタイミングには疎くてこれからは、そういうことも学べるといいな。どつきあいのタイミングなんて変だけど。最寄駅を下りて、散発屋さんへ。これが混んでいた。子供達にとってはつかの間の再会、つかの間の楽しいひと時でした。
2008.08.18
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今、野暮用を終えて戻ってきました。留守録が点滅。聞いてみると、「冬休みにスケート場でお逢いした、田中です。」「孫達が札幌からきていて、今日例のお逢いしたスケート場に行きます。」「お逢いしたいで~~す。」お~~~~~~~~~~なんと。息子は行きたいそうで~~す。なので、急遽お出かけです。焼きたてパンと河内晩柑を手みやげにスケート場にいってきます。また、ブログ書けないわ。お許しを~~明日は朝早く、八ヶ岳に向けてなので・・・・時間がほしい。
2008.08.18
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ということで、書くつもりですが、パソコンの調子がおかしい。書いてきえたらショックだわ。その前にちょっと野暮用で、お出かけ。のちほど。
2008.08.18
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やっとこ「ハワイの秘法」を読んで、返却。火曜日から八ヶ岳に行くかもしれないので、友人と会ったあと、地図を借りに図書館へ。すると、「本が来ています。」と言われ、え~~~なにを予約していたっけか?「The Secret」(角川書店)でした~~まじですか~~~~~~と思いながら、そういうタイミングなのね~と納得。八ヶ岳へ持っていって読むか。これから、八ヶ岳周辺の観光をチェックします。9月からホメオパシーの学校が始まるので、8月中にできることはやらないと。もう予約した本がないことを・・・・祈る。これからは、ホメオパシーの書籍にどっぷりとなるから。
2008.08.17
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久しぶりに友人に会う。というか、友人に会うために、ぽっかりと今日があいているという感じかな~では~
2008.08.17
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どんぐりHPより●教育という名の「犯罪」(文責:どんぐり倶楽部・糸山泰造) ●今、教育という名の下に犯罪が多発している。教育犯罪である。しかし、この犯罪は、厄介なことに、する側(加害者)もされる側(被害者)も、どちらもその犯罪性に気付かない場合が多い。殆どの早期教育、幼児教育、パターン学習を見本とした家庭学習、12才までの管理された児童教育...と日本中の隅々にまでこの犯罪は広がっているにもかかわらず、気付かれもせずに、最終的には本人の持って生まれた<学習障害>というレッテルを貼って放置される。あるいは、テストしか解けなくされてしまったのに「テストが解けるようになりました」と被害を恩恵であるかのように勘違いさえしてしまう(させられている)状況である。●人間の脳が成長できなくなる最も厄介な相手(強敵)はストレスである。そして、そのストレスは徹底反復・高速学習・大量暗記を3大柱とする学習形態によって簡単に発生する。...が、そうとは気付かずに「慣れていない」とか「忍耐がない」とか「苦手だから」などといってウヤムヤにされてしまい、ストレスの原因が目の前にあっても一切気付かれることはない。水の代わりにアルコールを飲まされて脳が危険にさらされているのに「透明だから問題ない」とか、もっと「水分補給をしないから」などと言われているようなものである。●肉体制御(体の動き:スポーツや楽器演奏も含む)と頭の制御(思考)の基礎基本の作り方は全く異なる。利用するものは共に視覚イメージではあるが、その視覚イメージの操作を体の動きの場合には、ある程度無意識に出来るようにしなくてはならないので、反復や高速化も最初から必要とされるが、思考の場合には無意識でしてはいけないし、同じ事ではなく違うことを考えることで思考回路を作れるのだから、反復や高速化は基礎思考回路作成には害になるばかりである。さらには大量暗記は単にデータを増加させるだけなので何の回路も増加させることは出来ずに、逆に回路作成のためのエネルギーを浪費している事を考えると危険行為でもある。ところが「物知り=頭がいい」と勘違いしていると、この危険行為をお金と時間を費やしてまで子供に強要してしまう。●このようにして育てられた子供達は、本来は使えるはずの応用自在の力を封印され(時には完璧に潰され)パターン学習で身に付けた応用の利かない力を使って生きていくしかなくなってしまう。そして、...よくてマニュアル人間...酷いときには学習障害(人為的学習障害:ALD)となる。共通項は「人間的な判断力が育っていない」ことである。短絡的思考、残忍な行為、独善的性格...全て幼児・児童期に、乗り越えなければならなかった(正常な脳の成長をしていれば自然に乗り越えられる)壁を迂回してしまった結果である。教育犯罪とは、この正常な成長(乗り越えるべき壁を自然に乗り越えられるように環境設定をすること)の邪魔をする教育全てを指す。...これは取り返しのつかない、実に悪質な犯罪である。●12才までの教育と12才以後の教育とは根本的に違うものでなければならないのだ。
2008.08.16
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