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適当に作った息子のたけとんぼ。プレイパークでアッキーが教えてくれなかったって。それで息子は例の如く自己流でやってみた。この部分を適当に削ってみた息子結構、飛ぶもんだ~わたしは感心するだけ~ わたしはセンスなし。
2008.04.30
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息子のブログ作りました~まっつの腕白記録これからぼちぼち更新します~
2008.04.30
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なかなか咳が収まらない。 昨日は元気になったと 本人が思ってしまって、 ちょっと調子に乗りすぎたかな。
2008.04.30
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の引越しをしようかなって、(まだ、一月分しか書いてないんだけど・・・)思っていて。 (2月分は書いて、消えたんだよね、アップ寸前に、で、そのまま・・・)いくらでも後回しできるんだけど、(わたしがタイピングしているので)だから、今日、やってみようかな。(写真はなしなんだが)パソコンは音痴なので、人一倍時間がかかりそう。さて、よっこいしょっと。出来上がったらよろしく~わたしと息子は別行動なので、やっぱ、記録(宝物だからね。)が必要ですね。
2008.04.30
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上から。正面から。主砲、福砲。黒いのはロケットランチャー:本当に飛び出す。要注意。
2008.04.29
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息子は昨日はリンゴジュース(りんご100)ときよみ(かんきつ類)、くらいしか食べられなかったけれど、(有機野菜のお店に買いにいった)今日は「玄米クリーム」(自然食)やみそうどんをもりもり食べ始め、それから、おみやげにビスケット(自然食の)っていうくらい元気になりました。お見舞いを下さった方々、ありがとうございました。うちはいつもホメオパシーのレメディを飲ませて対処してます。肺サポートのレメディを実は切らしていて、これから買いにいってきます。ショップが月曜日お休みなので、今日まで待ってました。では。
2008.04.29
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息子が椅子を作ったよ~と持ってきた。脚の長さがそれぞれ微妙に違うので、がたがたする。わたしは「え、すごい、自分で作ったの~」とコメント。(初めて作ったいつでも使える作品)がたがたに関してはなにも言わなかった。他の人のところにも自慢の息子。「すごいね~」「すごいね~」のあと、のコメントが聞こえてくる。「このがたがたを直すやり方、教えてあげようか?」「お」と内心思うわたし。息子いわく、「いい~」(教えてくれなくても)ああ、息子はがたがたするけれど(大人には気になる)息子には「もうこれで十分満足のできばえ」だったんだな。と思った。だって、「椅子」の出来栄えをみた瞬間、わかった。自分でイメージして、木材探して、どうやって、のこぎりをつかったのか、どうやって長さを測ったのかわたしはまかないやっていて、具体的には、見てなかったので、わからなかったけれども、息子は自分でやってみて、わからないところはきっとだれかに聞いてのこぎりを使い、釘で、気合をいれて打ちつけた、にちがいなかったから。そして、わたしの方も、言わないし。あ~だの こ~だの、言わない。何するの~もあまり聞かない。ここ、わんぱくはそういうところだと思っているからね。写真も実はとってない。(言い訳)わたしは息子とは全く別行動で、まかないの簡単な段取りのあと、他のママたちと下ごしらえ。かまどの準備ができれば、鍋を火にかけて、出汁をとったり、その後、煮えてきたら、あじ味をして仕上げ。あじつけがOKで、出来上がれば、食後の片付けがスムーズに行くように、洗えるものは、どんどん洗って水切りしておく。食事の間に乾いていれば、ふきんで拭く手間がなくなるし。ここにくるママたちは自発的に、仕事を探してやってくれるママばっかり。わたしが洗えるものを洗って水切りしていれば、誰かが鍋を運んでくれて、配膳してくれている。そして、遊んでいた子供達は、列を作り、順番に配膳を受けている。昔の村の寄り合いでの賄ってきっとこんななんだろう。(わたしもここでのまかない、楽しんでる)ってなわけで、息子の写真は いつもアッキー(ボランティア)の取ってくれた写真を見ている。これからも写真よろしく、アッキーありがと。写真は、帰ってきてからのお楽しみ~になっている。息子はきらきらビー玉ができなかったので残念がっている。じゃ、次回ね。とわたし。
2008.04.29
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プレイパークで、椅子を作った息子。http://plaza.rakuten.co.jp/wanpakuma/diary/200804280000/槍も披露。ただの木の棒みたいだけど、実は先をカッターで鋭く尖らせている。
2008.04.28
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息子はめったに具合が悪いということはない。一年に一度とか?忘れた頃に熱をだしたりする。そんな元気な息子が、今朝から具合が悪い。今日は息子の様子をみていようと思う。
2008.04.28
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今、無事自宅に、もどりました~夜を徹してですね、(わたしは徹夜をしたという記憶がないくらいしたことがない)うみなさんとちゃこさんとなんだ~かんだ~でしゃべってました。これから、寝ますっていいたいところですが、我慢します。
2008.04.27
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天気が安定しない。ところにより、雷も!ありそうで、おっと~車でいくから、そんなんへっちゃらだけど。では~珍事件がおきるか?
2008.04.26
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明日は千葉で月一のプレイパークのはず。だけど、午後から雨っぽい?日曜日はもう雨で。だから、お泊り会は中止かな?ってまだ、なにもきいてないんだが。息子は明日に備えて、もう寝息をかいている。そんなわけで、わたしも寝る。
2008.04.25
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「リンゴとリンコ」という言葉は読めるし、発音できるけど、これだけでは、意味はわかりません。そこで正体不明の「リンコ」という言葉を「リンゴの隣で口を閉じて微笑んでいるお魚さん」と定義すると発音からイメージしたものを見る=「分かる」ようになります。さらにリンコがリンゴを食べる方法を問いかけると「口を開ければいい」というように、イメージを操作する=「考える」ようになります。「読める」とは発音できること。「分かる」とは発音からイメージしたものを「見る」ことができるということ。(理解する)「考える」とはイメージしたものを頭の中で「移動変形させる」ことができるということ。 (思考する)
2008.04.25
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バスを裏にかえす。大きい飛行機大きい飛行機の後ろにのっていた小型飛行機。
2008.04.24
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覚書チェストより。この自顕流の稽古や郷中教育活動のの表面だけを見て、「後輩は先輩に絶対服従だなんて、戦中のあの悪夢に逆戻りする気か」なんて批判をする人がいる。そういう人は、物事の本当に上っ面だけしか見ていないんだと思う。昭和20年、日本は戦争でアメリカに負けた。戦勝国のアメリカは、「軍国主義的」と思われる全てのものに対して停止解散命令を出してきた。でも郷中教育は、そんな外国の干渉に負けなかった。なのに、敗戦後は外国ばかりか当時の日本人自身の中からも「日本人のものの考え方が間違っていたから、間違いが起きたんだ」って、それまでの日本人すべてを否定する動きが出てきたんだ。いいものも悪いものの選別しようとしないで、とにかく、あらゆるもの全部だ。郷中教育も、そういう風潮の中で伝統がとだえそうになった。目上の人間を敬え?なに馬鹿なこと言ってる。人間はみな平等だ。先生も生徒も平等だ。先輩も後輩も平等だ。自分の権利はどんどん主張しないと、いいように丸め込まれるだけだぞってね。その結果、どうなったか。学校も社会もめちゃくちゃになってしまった。それでようやくみんな気が付いたんだ。昔から日本にあった「いいもの」まで捨ててしまってはいけないんだって。表面だけで物事を判断してはいけないんだ、って。たとえば、自顕流が人を斬りたくなる人間を育てているか?違うよな。自顕流には「刀は抜くべからざるもの」という教えが根底に流れていることを習っている人間ならみんな心得ている。つまり大切なのは・・・本質をみろってことだ。」世の中にはいろんな人間がいて、いろんなことを好き勝手に言っている。その中の、何が「本質」かは自分自身でつかめ。「自分の頭で考えろ」ってことだ。置いてきたいいもの、気付いてほしい。
2008.04.24
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覚書「チェスト」より。川島芳嗣(よしつぐ)は大きな声で挨拶したあと、古い歌を歌った。「わが胸の燃ゆる思いに比ぶれば 煙はうすし桜島山」「ぼくらの大先輩たちはこんな歌を歌いました。鹿児島からは、いつでも桜島がみえます。活火山で、いまでもマグマを煮えたぎらせ、噴煙をあげています。しかし、若者達はその火山よりももっと熱い心で生きている、そんな意味の歌です。あれが桜島です。みなさんを熱い心でお迎えします。」「チェスト」は敵中突破を前にした薩摩武士達の掛け声であること、ボーイスカウトと鹿児島の関係について話をした。このあたりが薩摩の国と呼ばれていた古い時代から、郷中(ごじゅう)教育というものがあった。青少年をそれぞれの地区で教育するというものだ。「負けるな、うそをいうな、弱いものをいじめるな」を合言葉に、上の者が下の者を鍛えて導いていく。この郷中教育から西郷隆盛、大久保利通といった歴史を動かすような人物が育っていった。これをみたイギリス人が、自分の国でも同じようなことをやろうと百年前に作ったのがボーイスカウトである。「そんな郷中教育も長いあいだ途絶えていましたが、この研友舎によって復活しました。それではこれから、野太刀(のだち)自顕(じげん)流の実演をします。」野太刀自顕流の野太刀とは、合戦に使う太い刀のことである。合戦は外でやるものだ。だから、道場には屋根も壁もない。白い玉砂利をしいて、まわりを竹垣でかこっただけの広場。木刀はユスとよばれるかたい棒である。まずは横木打ちの実演。ユスの木を束ねた物を台の上におき、同じくユスの木刀で上から思い切り振り下ろして叩く。そのとき、裂帛の気合い「チェスト!」と声をあげる。激しくふりあげ、ふりおろし、声と息の続く限り横木をたたき続けるのである。「朝に3000、夕に5000といわれるくらい、この続き打ちを昔のさむらいたちは毎日やったそうです。」郷中教育の中で教わったこと。「先輩は後輩のお手本になる」「卑怯はいかん」薩摩の三つの掟「負けるな、嘘を言うな、弱いものをいじめるな」昔の人は「勝て」って言ってないんだ。「負けるな」なんだ。「勝て」と「負けるな」は明らかに違うよな。」「「勝て」って言われると、誰かなく人が出てもいいから、と言われているような気がする。 「負けるな」は誰も泣かさないと思う。」「神統流「頭浮き」かな。薩摩の剣法にはきみがやっている自顕流、正しくは薬丸自顕流とか野太刀自顕流とかいうんだが、それがあるように神統流という武術としての泳ぎ方があるんだ。」精矛(くわしほこ)神社、研友舎がある神社「5月にちょっとしたいきがかりで、剣法の練習をみたことがあるんです。みんな真剣で、厳しい練習をしているんだけど、なんていうか、お互いを信じあっているっていうか。そのとき、外国からたくさんのお客さんがきていたんだけど、ぜんぶ子どもたちで接待するんです。いったいどうんなふうに教えれば、そんなことができるのかなって、神主さんに相談にいったの。」「で、どんなことを教えてくれたの」「ちょうど中学生と高校生がけいこしていたのね。師範の神主さんは、ほんのときおり、静かな声で指示や注意をするだけなの。それがかえって、教えるものの自信というか、ゆるぎない姿に見えて、思い切って聞いてみたの」「ほう?なんて?」「どうすれば、そんな自信に満ち溢れた教え方ができるんですかって。そしたらね、神主さん、自信なんてもっちょりませんって、笑うの。じゃあ、どうしたら、子供達は、こんなふうになれるんですかってきいたの。」「そしたら?」「そしたらね、神主さん面白いことをいうの。子どもは、おとなの立派な訓示やお説教は聞きません。こどもを動かすものは、「おっ かっこいい」ですって。」「かっこいい?」「そう。カッコいい。黒袴の高校生達が打ち合いをしているのを、中学生の子たちが、あこがれの目でみているの。その高校生たちも、きっと、師範や有段者のかっこいい大人の姿を見ているんだわ」「なるほどな」「神主さんは、最後にこう言ったの。目の前に、ほんとにいいものがあれば、ほうっておいたって、子どもはまねをしますって。」「辛いときほど、自分のことより人のこと」「え?なにそれ」「自分がつらくてどうしようもなかったら、他の誰かを助けることを考えろって」目で見て、かっこいい。そうすると真似る。学ぶ。火山より熱い心で生きている。おお~
2008.04.24
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わたしが、多分過去ログ?から、書き写したと思われる。(全くの覚書)20年かかった。子ども時代に必要なもの遊び・友達・視考力(A・T・S)2大学力:感味力と思考力 (じっくりゆっくり丁寧に)(視考力を使ったイメージ操作)12歳で人間に成長させる人生を楽しむことができる動物思考力=言葉→イメージ(化)にする力をつける。頭はイメージを楽しむ体は感覚を楽しむ「思考力」「楽しむ力」感覚「感味力」深く味わうこと時間をかけてマイペースでじっくり味わうこと。宿題も過程がわかるものでないと意味がない。回路(深思考)、ときどきチェック。反射回路にもどるから。「意識して」「集中を集中して」明確なイメージを頭の中で描きながら。入力ー出力はあと言葉イメージ優先。今は入力だけ今は出力だけというのは在り得ない。行間を読む言葉以外の視覚イメージを状況に合わせて再現する。(自分がみたことがある雨が降っている様子を思い浮かべてごらん)調べること。ポイント「調べ方を工夫する」日常のこと楽しく感じること「言葉とイメージ」「肉体とイメージ」「音とイメージ」「絵画とイメージ」常になにかと組み合わせてイメージを再現して操作することが大事教えなければならないこと。「努力することは絶対できる」ということそして、「このことが大事なんだ」ということ努力することそのものが大事だと、気付いた人は「失敗するのを恐れない人」になります。結果のために努力しているのだと思っている人は他人の評価に流されてしまいます。自分の評価は自分が自信を持ってすべきなのです。そこには誤魔化せない自分がいるからです。努力することに成功することが価値のあることだと子どもに伝えてください。
2008.04.24
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主題歌「流れる雲よりはやく」を息子が鼻歌で歌っている。オーデションで、「大きくなったら、東京に行きたい人」と聞いたところ、一人もいなかったという。オーデションに参加の子ども達、みんな自分の郷里に誇りをもっているのだ。ああ~感動。そうだよね。本当はそうでなくちゃあいけないんだ。日本中のこどもたちが、そうでなくちゃあいけない。図書館から本を借りてきた。チェストにはポプラ社から2冊の本がでている。一冊は挿絵つきの「がんばれ、薩摩隼人」もう一冊は映画原作本、これは大人用かな。「がんばれなんて、気安く言わないで。」「自分を乗り越えるための合言葉」息子は挿絵つきの児童用の「チェスト!」をあっと言う間に読んでしまった。映画原作本も、「読みたい」そうだ。両方併せて、映画のお話になっている。ああ、もう一度映画みてもいいかな。
2008.04.24
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「チェスト!」鹿児島の郷中(ごじゅう)教育の中に出てくる言葉だそうで。すごく、よかった。よかった。よかった。3シーンくらい泣かせてくれた。心に残った言葉「目の前にいいもの(かっこいいと思うもの)があれば、子どもは放っておいても勝手にまねをします。」(本質を見抜く)「この海で 学んだのです この山から 教えられたのです 勇気を出すことを 励ましあうことを 諦めないことを そして 感謝することを」「自分が今、本当に辛くて どうしようもなかったら、 他の誰かを助けることを 考える」ポプラ社から、同名の本がでている。読みたい。あけにょろさん、ほんに よかとばい。
2008.04.23
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横浜OASIS交流会のため電車の駅で先頭に並んでいた。となりには坊やとママ。幼稚園入学前か年少くらいの歳に見えた。その坊やが静か。手を握ってもらって静かに直立している。動かない子どももいるんだなあ。と。向かいのホームに電車がとまった。初めて、なにかママに言っている。ママはあまり反応していない様子。こどもはそれ以上ママに話しかけてない。電車が到着。私たちは乗り込む。4つ目の駅でかなり人が降りた。席が空き、その坊やのママが子供を座らせる。「あっさっきの坊やだ。」と思った。ママはわたしの横に立っていた。わたしの前の席が空き、どうぞとわたしがそのママに言った。子供はママにとなりに座ってほしいものだ。そのママはわたしに「どうぞ」といってくれた。わたしは「お子さんがとなりに座ってほしいんじゃないんですか」と言ってみた。それでも「どうぞ」と言ってくれる。一言、ぼうやに、「ごめんね」と言ってシートに座ったわたし。坊やはちょっと不満顔。でも、ぐずったりはしない。窓の外をみたら、とママに促されて、体をねじる。ねじるだけ。靴を抜いて、外をみる?ってママに聞かれて、靴を脱がせてもらって、体の向きを変えて、窓の外を見始めた。わたしは、息子と違うなあ。と内心気になる。このくらいの子どもは好奇心の塊じゃあないか。この坊やは静かすぎる。私は、席を譲ってもらったし、ちょっとしたお礼+α をして差し上げられないか?と「子育てと教育の大原則」を読みながら、考えていた。それで、思いついた。私は名刺を取り出し、名刺の裏に「子育てと教育の大原則」と先生のお名前、出版社、「どんぐり倶楽部」とHPアドレスを揺れる電車の中で、みみず字で書いた。そして、電車が横浜駅に入る直前に立って、「ありがとうございました。」とお礼をいいながら、「あの、これ」と名刺を渡し、「この本、読んでみてください。これが「どんぐり倶楽部」のHPのアドレスです。」って。「それから、これが私のブログです。よかったら、読んでください」ママは「あっそうですか。じゃ、アクセスしてみます」って、唐突なわたしの申し出に、びっくりしただろうに、そう返事をしてくれた。そして、私は横浜駅で電車を降りた。そのママが、「どんぐり倶楽部」のHPにアクセスするか、先生のご本を読むか、わたしのブログにアクセスするのか、わからないが、いつか、思い出して、アクセスしてくれたら、と思う。わたしは、みなさんに勇気をもらった。前のわたしなら、思いついても、最後の最後で、名刺を渡せなかったはずだから。力をありがとう。
2008.04.22
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参加されたみなさん、お子さん連れのかた、一時間くらいかけて来られた方、ありがとうございました。参加者はゆみさきさん、Kさん、あけにょろさん、家☆ねこさん、ゆっくりちゃんでした。みなさん、初顔合わせだったので、とっても~新鮮でした。ご意見など、ありましたら、私書箱にお願いしますです。時間があっという間に過ぎましたねえ。みんながみんなの力になったでしょうか。目の力のすごさを感じることが出来たように思いますが、いかがでしょうか。ブログでの感想など、宜しくお願いします!わたしも伝えたいと思っていたこと、言い忘れたことなどあったら、後日書いて行きたいと思います。お疲れ様~~
2008.04.22
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先生には3種類在って免許で給料をもらうのは教員。教師は、上手に教科書や知識を教えることができる人。そして、教育者は免許に関係なく、子どもを見据えて心を育ててやれる人。親も、社会の人も含まれると思う。そうか。社会に足りないのは、本物の「教育者」だったのか。誰がやってもいいんだ。
2008.04.21
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本日は横浜でOASIS交流会。」きゃ~どうしましょう。だあれも逢った事ないぞ~みんながみんな初顔合わせ。初顔合わせって、これから、芝居でも始めるかってイメージになっちゃうんだけど。わくわくしますね。
2008.04.21
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ポップコーンをうまく作るのが板についてきた息子。今日はチケット購入のあと、また、ポップコーンの種?を買った。家に帰ると何度も何度も作って、ビニール袋大に入れ、時間を見計らって出かけていった。戻ってくるとビニール袋は空っぽ。よく売れたようだ。プレイパークにも,種を持っていこうと思う。
2008.04.21
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「最高の人生の見つけ方」(The Bucket List)(棺おけリスト)余命6ヶ月二人の輝かしい人生はそこから始まった。一生分 笑う。勤勉実直な自動車整備工と大金持ちの豪腕実業家。出会うはずのない二人が、人生の最後に病院の一室で出会った。お互いに人生の期限を言い渡されたという以外に、共通点は何もない。そんな二人を結びつけたのは、一枚のリスト -ー棺おけに入る前にやっておきたいことを書き出した"棺おけリスト”だった。そうして、始まった二人の生涯最後の冒険旅行。人生を悔いなく、楽しく生きるのに、遅すぎることなど決してない。残された時間が長くても、短くても、最高の人生を生きるのはあなた自身。これは見なくちゃ。人生を楽しむための参考に~
2008.04.21
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「自分を乗り越えるための合言葉 チェスト!」映画の予告編で見て、息子は即座に「みたい!」って言った。わたしも内心、「見てほしい」って思った。「鹿児島で大正時代から行われ続けている伝統的な行事=錦江湾横断遠泳大会。波あり潮ありという小学生には過酷な4.2キロを全員で泳ぎきる!という大会。お話はこの大会に参加する子どもたちと周りの大人たちを描く。息子と二人で20分のサイクリング。座席指定をしてチケットを買ってきた。水曜日に見にいく。
2008.04.21
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息子と一緒に歌えるかな~って音楽本を広げてみたわたし。ショック!知っている歌がほとんどない。さくら さくらこきりこぶしまきばの朝もみじゆりかごの歌みかんの花さくおかせいくらべ君が代このくらいか。あのころの曲は歌いやすかったような気がする。メロディと詩の言葉の高低が一緒だった。詩も豊かな表現でイメージが湧きやすいように思う。私の小3の時の担任は歌が好きな女性で、クラスのみんなが歌えそうな歌を探してきては、合唱していた。そんなにクラスのみんなが歌が上手かったわけではない。が、みんなで歌うのが楽しかった。新しい歌の楽譜をもらったとき、どきどき、わくわくしたのを思い出した。次はどんな曲だろうって。そんなわけで、その当時使ったいた歌集はかたっぱしから歌っていた。レパートリーはかなりあったと思う。でも、息子の音楽の本は全然違う曲が載っていた。寂しさを感じてしまった教科書だった。さらに教師も昔はこんな、わたしの担任みたいな教師もいたが、今はカリキュラム通りにやらないと「いけない」そうで、(多分校長から大目玉)あのタイプの先生はもう、いないんだろうなあ。いても同じようにできないんだろうなあ。ここでもマニュアル通りカリキュラム通りが強調されているらしい。心が抜け落ちていないか?
2008.04.21
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息子は自分で「どうも学校は自分に合わない」って思っているらしい。自分でそう思っているから、行かないことに「自己否定」っていうのはない。そして、学校が終わる頃を見計らって友達と合流し、遊んでいる。逞しい。わたしにはできない。っていうか誰にでもできることではないかも。先日、友達を小学校の校門で捕まえようと、学校に行ったそうだ。「え?」すると、担任が校門のところにいる息子を見つけて、手招き。(一年のときに他のクラスの担任だった現担任、もち覚えられている息子)手招きされた息子は素直に校門から学校に中に入って行ったそうだ。注目の的だったらしい。半分恥ずかしい、半分注目されて英雄気分?担任いわく、「これ大事な書類だから、そういっておかあちゃんに渡して頂戴。」って言ったそうだ。「え~~~~」担任と話したの?「で、担任はなんかいってた?」「うん、学校に来なみたいなこと言ってた」「でなんて、いったの?」「いい~」って言った。そういってその場を走り去ったらしい。あの~あなた型破りすぎ~「今後は校門でなくて、横断歩道のところで友達捕まえてね。」とわたし。ところで、その大切な書類は個人情報関係の書類。その日、わたしが買い物から戻ると、ポストに黄色いビニール袋が差し込んである。中をみると書類の入った封筒。担任はこの書類をお友達に、もたせたのか?と思っていたのだが、ポストに書類を差し入れたのは息子本人だったとあとで、わかった。「先生が大事な書類だから、おかあちゃんに渡してっていうから、そのまま遊びに行かないで、ちゃんと戻ってきて、ポストに入れておいたんだよ。」と「えらいでしょっ」ていう感じで言う。できれば、ポストでなくって家に持ってきてほしかったが、「そうか。ありがとう。」といった。以前の息子なら、ポストにも入れにこないで、遊んでいるうちに、書類は行方不明になっただろうと思いながら。わかってきたじゃん、息子~
2008.04.21
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月に一度のプレイパークが雨で順延。となるとリュックに詰めていたみんなにあげるつもりだったお煎餅の缶はリュックから出され、中身が減っていく。しょうがないと改めて仕入れたのが、マシュマロ、バーベキュー用。3袋。3袋というのは、お友達の分も。それから、小さいバスケットにお菓子。ところで、武器作成にに余念がない息子。新にまた、枝をカッターで削って先を尖らせている。リュックに詰めるものを自分で決めて詰め、いやに用意のよい息子。楽しいって思えば息子もきちんと準備を自分からする。よしよし。今日は、午後、自転車で15分ほどの民家園に一人ででかけた。そこで、たくさんのつくしをとってきた。すっご~い。やったね。鳥取で、取ったほどではないけど。それで、「炊き込みごはん」のリクエスト。で、炊き込みごはんにした。写真はないけど。つくしのはかまを取るお手伝いしてくれた息子。お料理は大好きな様子。この調子。
2008.04.20
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「子どものための日本の名作 」作者別三冊 世界文化社宮沢賢治 10編の童話には科学と空想と豊かな自然が溶け合った、楽しい夢がある。小川未明 10編の童話にはロマンチックな空想の美しさと、正義を愛する心がある。新見南吉 10編 の作品には、人の心のふれあいを求める作者の熱い願いがあって、人間の喜びと悲しみが、伝わって来る。どの作品も繰り返し読めば読むほど、味わいが深くなる。
2008.04.20
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エッセイを読みながら、思ったことは感じ方が似ているような気がした。(えらそうなんですが。)自分が書いたら、表現のしかたは違っても、こういう切り口にするんじゃないかって。ときどき、読んでいて、自分の文章のような錯覚。不思議な感覚。~ってやっぱりえらそう。読んでいてそう思っただけで、実際、書いたらこんなふうに書けないってことはわかってるけれど。御本を読んでいて、「次回はアトリエにお邪魔したい」って思った。「鈍行」に乗っている大人って表現。わたしもそうです。わたしは、ずっと絵が描きたいって思っていた。でも、描くと思うように描けない。なので、ずっとお休み状態です。たなか先生の御本を読んでいて、そうだ、描いて見ようって恥ずかしながら、思い始めた。なにを描きたいって、自分に尋ねたとき、写生みたいな絵は、わたしの描きたい絵じゃないって。気が付いた。わたしの描きたい絵は抽象画。気持ちを表現したい、光を表現したい。たなか先生の行間から、わたしが描きたかったものがちらっと顔を出した。今までなんできづかなかったんだろ?たなか先生はテンポがゆっくり。だから、ゆっくりだから見えることがいっぱいある。こんなわけで、ご本のプレゼントは本そのものだけではなかった。発見もプレゼントしてもらった。さあて、どうしようかな~
2008.04.20
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混む地域なので、寒川神社と八幡様(地元ではこう呼ぶ)に参拝だけして、大急ぎで戻ってきた。そしたら、晴れてこない様子。ますます雲が増えてきて、風が吹いて寒くなってきた。ああ、風が唸り出した。
2008.04.20
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お豆腐とわかめのおみおつけ。だしは、昆布&干ししいたけ。息子はこのお豆腐と若布の味噌汁がすき。昔、息子が若布がちょっと苦手だったとき、若布はすごいんだよ~お味噌もすごいけど。広島に原子爆弾が落とされたとき、若布と味噌をたくさん地下に蓄えていた病院があって、被爆した人たちに毎日、若布の味噌汁を飲ませたら原爆症の人で助かった人たちがいたんだよ。すごいんだよ~息子はその話を聞いて以来若布ってすごいって思ったらしく、たくさん入れて~と食べてくれている。
2008.04.19
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パパのパジャマが破けていた。「縫ってくれたら、着るよ」なんて、軽く息子にいったらしい。が、息子はそういわれたから、一生懸命針仕事。もちろん、自己流。集中して、自己流で縫っている。いつか、ちゃんと縫えるようになるまで、練習。練習。工夫して縫ってみるのも、面白い。わたしとしては、これは 雑巾にって思うんだけど。まっいいか。
2008.04.19
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ママを変えるにはどないしたらええやろ~ってなことで、う~ん。考えてみるっていったんだが。(小脳が働いていてくれた?)そうだ、そうだ、っと閃いた。気がつけば、余りにも「当たり前」なんだが、この場合は、「ママにも絵を描いてもらう」それも、楽しくそうだよねえ。それだよ~もち、ちょっと文章題は選ばないといけないと思うが。どうでっしゃろか。独り言でした~
2008.04.19
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「アトリエの窓から」牧歌舎 たなかかおる先日、鳥取を訪ねたときに初めて会ったどんぐりママに頂いたご本だ。しかも著者のサインと絵筆でお花の絵。おっと~ぐっと来ましたよ~こんなわたしに、ご本を下さるなんて。感激!その中から、ちょっと。完成されてしまうって、すごく寂しいことなんじゃないかな。別に、人は「完成」をめざして生きてるわけではないような気がしてきた。もがき続けて一生を終えたって、とても味のある人生だと思えてきた。足りないものを、お互いに埋め合って、やっぱり生きてるって、未完成のドラマだね。そうだ、そうだ、「足りないものを、お互い埋めあって」なのだ。どんぐりのママたちにわたしの足りないものを埋めてもらっている。そう感じる今日この頃。だから、感謝。みんながみんなの力になっている。これなんだよね。だから、居心地がいい。「このご本とご縁が在ったのだから」と、しげしげと本を見つめ、ぱらぱらと捲ってみたりしていた。ああ、そしたら、このご本が、語りかけてきたのだ。「こんな本にしたらどう」で、閃いた!そうだ、こういう本の構成にしよう!素敵な挿絵が入ったご本をプレゼントして下さったのは、じゃ~~ん POKEさんでした~POKEさんは、大先輩のどんぐりママです。お会いできて、とっても光栄でしたあ。
2008.04.19
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息子が「風船をもらってきた~」って自分で膨らましたらしい。わたしの前に持ってきて~目を描き、鼻、口、それから、手を片方ずつ。それで終わりかなって、みていたら、足をにょっきり描いて、頭と体の輪郭を描いて、まゆげを(描いたら、表情がかわってしまった~)足し、最後に前髪をちょんちょんちょん。さらさら~と描く息子の手先を目で追いながら、「えっとわたしはこの歳にこんなでなかったような。もう超えてるね~」と内心つぶやく。(自分と比べるなって!)そして、ネーミング「バケ~くん」「なんで?」と尋ねたら、「おばけだから、バケ~くん」あ~なるほどね。その後、「しまった、足を描かなければよかった~」と言っておりました。そして、風船を裏っかえてしにして、あっかんべ~最初に「ばけくん」とお話しさせておいて、途中でひっくりかえして、「あかんべ~」。なるほど、表情に変化をつけたわけだ。「ばけくん」に話しかけながら、会話している息子。聞いていると面白い~今みたら、耳も描いてあった。ふ~ん。言わなくても、自分で考えて描きたかったら描いていくんだね。
2008.04.19
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自分自身を肯定するために、 自分に自信を持つために、 自分を信じるために、 どうしたらいいか? 自分を好きになること。 自分が自分を好きにならなくって 誰が、自分を一番好きになってくれる? ここから、全てが始まる。 ここが スタートライン。 自分を好きになること 自分を大切にすること。 そ、 自分のテンポで いろんなこと味わって、 自分を好きになる。
2008.04.18
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この映画をDVDで見た。我が家にこのDVDがある。ずっと前に知っていて、買ってあった。久しぶりに今日、見てみた。この映画のkey wordは ”possible" 「 出来る」ってことと”forgiveness" 「許し」。"By giving up somethingorby giving something,you get something back,you get to save your life"何かをギブアップ(悪い習慣)したり、人に何かを(善意でしてあげる)与えたりすることで、自分も又、何かを得たり、救われたり。橋から飛び降りようとしている女の人に"Have a cup of coffee with me?Do me a favour? Save my life."「お茶しませんか、お願い、そうするとぼくが助かるんだ」なんて。でも、助けることが助かることなんだな。情けは人の為ならずいい映画でした~Pay it forward (善意を)次に渡せ主役の少年は撮影中に12歳になったそうだ。興味深いことがあった。お話の中に出てきた先生の住んでいるアパートが「The OASIS」私の交流会と同じネーミング。あれ~偶然なのか~必然なのか?っていうほどのこともないけど。ちょっとびっくりのシンクロ。
2008.04.18
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残念ながら、どんぐりパパにはまだ会ったことがない。でも、たくさんのママたちに逢って、「みんながみんなの力になっている」ってことがひしひしと分かってきたかな。じわ~と感じてきたかな。「どんぐり理念で子どもを育てよう」って思っているママたち。この穏やかな、和やかな雰囲気。これを大事に、大切にふわ~っと綿あめのように持ち上げてそっと包んでおきたい。包んでおくだけではもったいないか・・・みんなの力を、この力を九九って・・・今、味わっている最中。みなさん、ありがとう。感謝です。今でも「どんぐり倶楽部」に感謝、乾杯、万歳~であることには違いない。けれど、「あ~ら不思議」の魔法にかかったら見えてきた。見えてきた。見えなかったものが。最初は先生が一人で始めた「どんぐり倶楽部」。「志のある者」のために設立してくださった。私も一人で始めたっていうか決めて、過去ログを読んでいたら、錯覚してきて、投稿している人たちが仲間に思えてきた。一方通行の思いだったけどね。片思い。この錯覚は「よい錯覚」で、「よい錯覚」っていうのももしかして、初めての体験かも。そうすると・・・「過去ログ」に感謝。投稿者に感謝~~~なまじ薄っぺらい過去ログじゃなくってよかったのかも。過去ログはお宝、宝の山。掘るかどうかはあなた次第。味わって、味わって、どんぐり倶楽部の中にはたくさん、たくさん味わえるものがあるんだ~みっけ!しよう。ほんとにほんとにどんぐりママたちありがとう。わたしの力になっています。あっ先生もね。糸山先生、ありがとうございます。
2008.04.18
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実は100円ショップのダイソーで、見つけたダイソー文学シリーズ13新見南吉大人の文庫本。まあ、そのうち読むかなってこんな本を買っておいたわけだが。新見南吉のお話は読み聞かせしたことがある。「ごんぎつね」なんか息子は好き。いたずら好きのきつねはいたずら好きの息子には共感するところがあるはず。そして、いいことをしていたのに悲しい結末。どうしてそうなったかよ~く考えてみると・・・息子にはぴったりのお話。「手袋を買いに」もあったか~いお話。その文庫本を寝る前の時間に読んでいた。「へ~え」と思う。仮名もぼちぼちふってある。「読んで~」といってきたのが、「おじいさんのランプ」「昨日読みながら寝てしまった」と息子。わたしは全く文学と縁がなく育ってしまって、息子のおかげで、このように読ませていただいているわけだ。話は飛ぶが新見南吉の育った半田市には一度いってみたいって思っている。賢治の花巻には行ってしまった。あそこの記念館はよかった。息子は気に入ったようだった。お話がアニメで見られるん。矢勝川に行ってうなぎとごんぎつねを探さなくちゃ。そして、お話を読み聞かせた。読みながら思った。途中でやめてっていわないかなってね。息子にはちょっと耳が痛いか?ってとこもあってね。しかし、「止めて」とはいわなかったな。「米を搗いたりして一生を送るとするなら、 男とうまれた甲斐がないと、つねづね思っていた。 男子は身を立てねばならない。しかしどうして身を立てるか。 身を立てるのによいきっかけはないものかと、こころひそかに待っていた」13歳の少年がこう考えていたのだ。(もう12歳すぎたからね、きっと自然に育った子はこう考えるんだね。)と内心思ったわたしだったが、言わなかった。「古いしょうばいがお役にたたなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことは決してしないということだ」こんなところにビジネスの心得が書いてあるなんて。息子に読みながら、わたしもうなづいていた。「このお話、あの話と似ているよね。」とわたし。「あ、そうだね、にているね」と息子。そう、あっちの話は おばあさんがやっぱり自分の若い頃を孫に語っていた。たしか「藁で作った長靴」を見ながら。なんて話だっけ。忘れてしまった。でも、いいのだ、題名なんて。息子と話が通じたのだから。息子がこのような文庫本を読むようになったんだなあって。いつになったら自分で読むんだろうなんて思っていたのはいつのことだったか。余計な心配(あんまり心配ではなかったけど)だったということ。回り道、寄り道、みちくさ、の息子だけど、辿り着いたら、強いよね。道程(過程)は納得、満足、味わいの連続のはずだから。
2008.04.17
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最初に逢ったのが、ひまわりさんあじさいさんちゃことらさん今思えばこれが始まりだった。カニ先生の学習会。東京市ヶ谷でした。これってブログに書いたっけか?豪い遅くまでずっとしゃべってた。あの時ねえ、あじさんはあじさんて思ってて、せかせか母さんとは知らんかった。あのとき、帰り際に、月一回くらい集まろうかなんてちゃこさんに行ったんだ、私。ひまわりさんは横浜の塾の先生。次が1月のプレイパーク。初めて逢った人のみ。Katさん、あなぐまさんオフ会などで逢った人をずっと羅列じゃ~ん糸山先生しまりすさんころころさんそらまめさん、サクラさん、ほにょさん、ジュピターさん、すみれさん、かなにゃんさんメイさん、ひつじぐささんミカリン(spring)さんmakiさんひらりさんテフコさんノクターンさんあおママさん、のそのそさんあけにょろさんmutanさんバムさんうみなさんこりんごさん(すれ違ってたポンチョさん)loveさんAさんりんりんさん月読みうさぎさん(グロワーズさん)Pさんmagatinさんアンさんtocoさんひろばさん雪の結晶さんすいすいさん抜けてる人がいたら、ごめんちゃい。ってことは何人に逢ってるのかな?
2008.04.17
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これは苦情か?それともネガティブの拡散か?それともなんだ?ということで、学級通信を記録。(担任の"好み"の通信)○年○組 起動! いよいよ本格的に○年○組の生活が始まりました。1組、2組、3組、そして二人の転入生、みんな3年生までのいろいろな生活習慣や学習習慣を背負っています。朝の会から始まって、礼の仕方や学習への取り組み方、給食の配膳の仕方、掃除のやり方、連絡帳の書き方等すべて違っているのです。そして、どのクラスの子どもたちも、自分達のやり方がベストだと思っています。まず、そこからスタートするので、○年○組方式を新しく作っていかなければなりません。今はその話し合いの時期なのです。 それからもう一つ大切なことがあります。それは「子どもは担任の声に反応する」という事なのです。ずっと一緒に生活してきた前の担任の声には反応しても、新しい担任の声では体が反応しないようです。この声が聞こえたら、言うことを聞かなくちゃ、と子どもが思うには何日かかかるのです。さて、○年○組はどうでしょう。現在の状況はまだまだ100%とは言えません。でも、毎日生活をしていくうちに子どもたちは変わっていきます。○年○組号が、レールに乗ってぐんぐん進んでいけるようになるのは今週の半ば過ぎではないでしょうか。わいわいうるさいくらい元気なクラスになるだろうなと、学級通信は「わいわい」という名前にしたのですが、やはりその通りでした。元気なのは結構、おおいに結構です。この時期のエネルギーは素晴らしいものですから。でも、秩序のないのは危険です。小さなおふざけが、大きなケガに結びつくことがあります。せまい教室にエネルギーにあふれた30人以上の子供たちがいて、机や椅子がいっぱいなのです。ものを投げる、縄跳びや手提げをふりまわす、走り回る、教師用の椅子に友達を乗せて押して遊ぶ等、一つ間違えると大きな事故に結びつくことがたくさんあります。○○先生が厳しすぎるというのでありません。学校生活を安全におくるための大切なルールです。きちんと守っていきましょう。持ち物について音楽:音楽袋に音楽で使うものを入れ、学校のフックにかけたままにして持ち帰りは学期の終わりです。中味は教科書、バインダー、みんなのうた、リコーダー、筆箱(小さなもので結構です。いちいち出し入れが面倒なのです。忘れて音楽室に行ってしまうと、取りに戻るのは他のクラスへの迷惑にもなります。) 今まで使っていた鍵盤ハーモニカは教室が狭く、置くところがないので、使うときだけ持ってきます。ロッカーは小さく、ランドセルしか入りません。習字道具、絵の具セット、おまけに鍵盤ハーモニカでは、とでも(ミス!)収納しきれませんので。筆箱:筆箱なのですが、缶ペンはやめていただきたいと思います。カチャカチャうるさい音がとても気になります。シャープペンシルについては、社会科見学などの場合は仕方ありませんが、普通の授業の中では使いません。赤鉛筆の変(ミス!)わりのボールペンも3色以内のものにしてください。 勉強と関係ないカラーペンや、面白い形の消しゴムなどをもってきて、授業中に気持ちがそちらにいってしまうことのないようによろしくお願いします。宿題について 宿題は、原則として毎日出すつもりです。音読、プリント1~2枚。または漢字や教科書の問題のときもあります。宿題がない日はまずないので、ご家庭でも声かけを宜しくお願いします。 連絡袋に青い色画用紙の音読カードをいれて登校し、まずは配膳台の上のかごに音読カードを入れ、連絡帳は今日のページを開け、名札を自分で取って付けます。これが一日のスタートです! ○年○組、これから毎日頑張りましょうね!!これは苦情でしょうか?穏やかでない文章。これが正に先生の好みっていうやつですね。納得。とても、父兄に向けての通信とは思えません。こんなものを客観的な形でもらえてよかった。(当事者じゃにないもん)アンスクーリング正解!表現もあれ? 文章の筋もあれ?やっぱりこの学校あれ?もし、あれって思わないなら そっちの方があれ?いや、ほんとのところ、信じられない。こう思うのはわたしだけ?感想を。
2008.04.16
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因幡の国、二日目です。朝食はガイドブックでみつけたお店へ。っと当てにしていったら、なんと店が変わってた。で、朝の時間に店はやってない。それで、来る途中にあった、レディースホテルのモーニングサービスへ。ところがここも営業中だったのは食事ではなかった。え~んわたしはいいんだけど、息子がねえ。「お腹すいた~」それで、もう、こうなったら駅だってんで、駅に行って、そこの食堂に入った。朝の定食。息子はラーメンだって。でも、先に出てきたのは、定食。我慢できない息子が、ラーメンが車でまつわけもなく、定食を食べ始める。そのうちに来た、来た、みそラーメンが。それで、今度はラーメン。わたしもいろいろ言いたくなって~それでも、言うのは我慢我慢という気持ちはだんだん身についてはきたから。あまり言わないようにして、好きに食べてもらった。無事朝食を食べ終える。その後、そらまめさんに又会って、因幡の国一ノ宮に参拝。その間、こどもたちは小豆くんの小学校の運動場で遊んでいた。参拝を終えて、社務所で、朱印帳を受け取るとき、「どちらから?」と宮司さんに尋ねられた。わたしがどこから来たのか知ると、獅子舞のときの獅子でなくて、この地方独特の麒麟舞のときの由緒ある麒麟の頭の部分を持ってきてくださり、わたしに持たせてくれて、写真まで取ってくださった。びっくり。そして、一円札のときにはこの神社が印刷されていて・・・と、一円札を取り出して説明してくださる。おお。すごい。この神社のご祭神も印刷されている。なるほどね。わざわざ私一人のために、説明してくださり、とても嬉しかったです。初穂料を奉納してきてしまった。それから、子供たちと合流。食事にするか滝にいくか。結局、近くで食事。その後、外に出て、田んぼ用の用水路の土手につくしをみつけた息子は大喜び。もう取って、取って、取って。持ちきれないほどに取った。うちの近くではこれだけ取れない。う~ん。その間、そらまめさんとおしゃべり。その後息子の希望で、海岸に行くことになり、海岸の近くの駐車場へ。息子は海岸へ一目散。そこで、別などんぐりママと会う。お話していると、なんと昨日のどんぐりママがやってくるではないか。びっくり、びっくり。でも嬉しかった。そこで、4人でお話。時間はあっという間に過ぎて、なごりおしいけど、わたしたちは、飛行場まで送ってもらった。有難うございました。地元のバスは本数がないからって言われてすっかりお世話になってしまった。わたしも、息子もとってもいい思い出ができた。砂丘で大自然のはしっこに触れることができて、息子にとっては何かを考えさせられたと思う。いつか、聞いてみたい。そうそう、息子はらくだに小豆君と乗ったの。息子はもらったらくだの毛(キャメルってやつですか)をパパへのプレゼントにしたよ。小豆君、また、いつか遊んでね。ありがと。鳥取空港から、あっというまに羽田空港。ゲイトがはじっこだったから、ロビーまで長かった。空港で大急ぎで軽く食事をして、リムジンバスで戻ってきた。楽チンでした。ずっと座ってこれるし。家に戻ったら、もうパパが帰っていた。さあ、明後日は東京オフ会だあと思いながら、パソコンにスイッチを入れた。
2008.04.16
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自然に「親が文章題やろうね」って言ってやってくれる子はいいんだけど。うちの子はまだ、その覚悟ができてない。「じゃやらなくていいよ」、っていうと。「えっやるよ」っていうんだけど。「どうしてうちの子!絵を描いてくれないの!」ってっていうママたちいると思う。わたしはそんなママたちに縁があったら、読んでもらいたいな。わたしのブログ。「今、ぼくは、遠回り中、迂回中、道草してるの。」そう、リセット中。本人が自分で実行中のリセット期間。こどもが絵を描かないときは見守りましょう。待ちましょう。リセットを邪魔しないようにしましょう。どんぐり文章題をやらなくても、親がどんぐりの理念で育てていれば、子供は安心してリセットできる。親がどんぐりの理念を理解すること。まずは親が。親だよ。遠回りかもしれないけど、親がどんぐりの理念(実は自然に沿った生きかたなんだけど)をまず理解しようとすること。子供に親はこれで、いくよって姿勢を見せる。言葉だけでなくてね。子供が絵を描かないどうしよう。じゃなくって、「ママが変わってくれない、どうしよう。」ってこどもが思わないように。子供は文章題が好き。というかお絵かきが好きなはず。絵が上手いかどうかに関係なく。親が変わらないと、どんぐり文章題も”ただの問題”になってしまうんだよね。ただ、解いておしまいの問題になるんだよね、子供にとって。子供がせっかくのどんぐり文章題の「良質」の部分を吸収できなくなるんだよね。たとえどんぐりの問題の絵が描けても毎日やっていたら、それはドリルと同じ。それはパターン学習と同じ。自分のオリジナルの絵じゃなくって、絵を楽しんで描くんじゃなくって「させられていた」今までとやってたことと同じ。喜んでやっていてもこどもはママの顔色をみて、喜んでやっているんだ。絵を描いてくれる子はいい。問題はうちの子みたいなタイプ。いろんな理由をつけて、あとに延ばしている。わたしは、こういう子供を担当している親としてこれは勉強だと思う。こんな勉強させられているわたしは、ラッキー!!って思うよ。こんな風に思えるようになったのもきっと、どんぐりママたちのお陰。だから、まずは親が変わるために、どうしたらいいか?って思ったら、ママたちとおしゃべりしよう。そうするとね。どんぐりマジックどんぐりの魔法にかかるの。まずは親が魔法にかかるのよ。どんぐりはねどんぐりママたちはね。みんながみんなの力になるって知っている人たちだから。あ~ら不思議。無口だった人がおしゃべりになり、躊躇していた人が行動を起こすようになる。どんぐりマジックの和、輪、倭。子供が絵を描くまで、親がいらいらしているんじゃなくって親がどんぐりマジックに掛かる。あ~ら不思議。OASISという交流会があるよ~
2008.04.16
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担任からの学級通信には、「うるさいくらい元気なクラスになるだろうな」と学級通信は「わいわい」にしたそうな。息子が遊び友達(たくましい息子)から聞いたことには、そのクラス、もう一部、騒ぎ出しているこどもたちがいるらしい。ああどうなるんだ?まだ、二週目ですぞ。息子は担任いやだから、絶対にいかないってわかる。わかる。息子だけでなく、クラスの一部は学校に行きたくない。
2008.04.15
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バッティングセンターで、一番遅い速度のマシーンの前に立つ。一回目は一番重くて長いバット。たまに当たる程度。それでも当たるだけすごいと旦那。続けてやりだそうとしたが、主人がもう少し短いのにしたら、と提案。バットを変える。すると、今度は当たるではないか。今まではバットに降り回されていた感じ。ホームでの立ち方も、バットの持ち方も、バットの構え方も自己流。それでも当たるって事は?ちゃんとボールをみているんだね、きっと。主人いわく、「あれだけ、当たるのはすごい。たぶん自分がやったら、一発も当たらない(主人、運動音痴)」わたしも運動音痴。なぜにして、この息子?このなぞは永遠に解けない。ただ、息子は腹筋と背筋が弱い。なので、背筋を伸ばしているのが一苦労。少し、器械体操でもやって筋肉つけないと。自己流でどこまでできるのかな?
2008.04.15
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どんぐりママの間で鳥取といえば、そらまめさん。先日4月2から一泊の予定でそらまめさんに会いにいった。そらまめさんと急に話したくなって、それから、小豆くんたちがよく遊びにいく滝が見たくて息子と出かけていった。今回は空港まで、リムジンバスで行く。飛行機の本数が少ないので、どうしても朝一の飛行機に乗りたかった。電車でいくと乗り遅れそう。そこで、バスはないかと調べたらあったあった。しかも電車の始発と同じくらいの時間に出発。にもかかわらず、30分くらい早く空港に到着。これは利用しない手はない。値段もほぼ同じだし。というわけで、全くらくちんに空港に到着。ただ、ゲイトが一番のはじっこで、歩く歩く歩く。いったいどこにゲイトがあるの~今回、ANAを利用することになったが、これがバーコード?が紙についていてそれを照らせば、搭乗できるので、搭乗チケットに受付で変えなくてもいいという代物。ANAは全便これに変わったそうだ。なので、これまた楽チン。(あまり楽チンは実は好みではない、わたしなのだが)搭乗時間がきて、搭乗。息子はもちろん窓側の席。そしてラッキーなことに、左側。ちょうど、左下に雪のかぶった富士山を真上からみた。すごくリッチな気分。快晴。見通しは良し。衛星からみる写真のような風景。しまりすさん親子が前日、新幹線からみたものだったと思う。ドリンクのサービスがあった。そして、あっという間に飛行機は鳥取上空に到着。着陸態勢に入り、わたしも強引な姿勢で外を覗いて、息子に解説。あれが鳥取砂丘。 あれが空港。最後は海に突っ込むのかっという体制で空港に着陸。おお~ほぼ予定時刻。そして、空港でそらまめさんと再会。先日、サンシャイン水族館でみつけた、かめさんを小豆君と大豆くんにプレゼント。(つくしと一緒にブログに載せたあのかめさん)そらまめさんとは大阪のオフ会でちょっと挨拶しただけで・・・近いうち鳥取にいったときにゆっくりしゃべろうねとお互いに了解していた。そらまめさんとはいろんな人がしゃべりたいだろうと思っていたので、そちらに譲ることにした。そんなわけで、「こんにちは。はじめまして」と「小豆君大きいねえ」くらいの会話だったと思う。それだけの会話で、再会したときにはもうずっと知り合いでいたようなかんじ。どんぐりのママってみんなそんな感じ。「どんぐり」が魔法の言葉になっている。どんぐりママというだけで、あら不思議~ってね。そして、車でホウキの国一ノ宮につれていってもらう。道中、車の中ではぺらぺらぺらぺらとエンドレスなおしゃべりが。道はきれいな自動車専用道路。そして、車がいない。途中、初めて会うどんぐりママと合流。この方ともあ~ら不思議の魔法のお陰で、初対面の挨拶だけはするが、その後はもう、普通の会話。どんぐりママ同士はこれが普通。あっという間に因幡の国一の宮に到着。なんと、このママはいわゆる”博学”!で、いろいろ神社の説明をしてくれる。ガイド付きみたいだ。これまたラッキー。拝殿で参拝していると、宮司さんが、閉まっていた扉を開けてくれて・・・・ラッキーというか、お祓いの方のためだったんだが・・・・わたしも一緒に、立ちながらですがお祓いを受けてしまった。いや、祝詞を聞いてしまった。その後、朱印帳に朱印をして頂き、ふと、樹が気になった。神社を守っている、ご神木は?どちらに。神社の裏に回ってみる。あった~タブの樹。ところが、よく見ると蟻にやられたのか、折れていた!太い幹がばりばりと折れて、そこに横たわっていた。ああ! 言葉がない。 元の株から、一本の枝がすっくと天に向かってのびて、緑の葉が延びていた。まだ、活きていた!ちょっと安心。これが大自然の生命力だよね。それから、白兎海岸へ。海が日本海の海ではなかった。夏の太平洋側の海であった。サーファーがたくさん海に入っていた。こどもたちは波打ち際へ。わたしは博学ママと一緒に白兎神社へ参拝。参拝後、子供たちをつれて、レストランで食事をして、いよいよ鳥取砂丘に向かう。砂丘を目の前にして、息子は、とみると身体全体で、写真で見た砂丘との違いを感じ取ったようだった。そして、走り出す。わたしと博学ママはずっとおしゃべり。遠くから、息子があっという間に砂丘の入り口からの傾斜をかけおり、がけのような砂丘を上り始めているのがみえる。そして、そこを降りて、又登ってまた、降りて登って・・・何回もやっている。一緒に行かなくてよかった~途中で息子のその遊び?に小豆君も合流した様子。今度は二人で登ったり降りたり・・・博学ママとはかなりしっかりお話ができた。満足。その後、博学ママとはお別れ。息子の海岸に行きたいコールに答えていただいて、鳥取港の近くの砂浜へ。砂丘の向こうの砂浜は潮の流れが速く、すぐ深くなっているということで砂浜では遊べない。砂浜で、息子は犬のように散策。いかの軟骨をたくさん集めた。はこふぐの死骸発見。それで、息子ははこふぐを砂に埋め、いかの軟骨を円状に刺して囲って、さらに見つけたかわいらしいブーケを置いた。お墓の出来上がり。このときの海は、冬の日本海の海だった。鉛色の雲が垂れ込んでいて、海にその色を映していた。そして、冷たくなってきた風。さ、そろそろということで、ホテルまで送ってもらう。このたまたま泊まることになったホテルが実はそらまめさんの結婚式を挙げたところだったそうだ。やっぱりなにかご縁があるんだなあ。そらさんと別れたあと、自分の足で歩きたくたくなった私は、息子と散策に出た。鳥取の市街地は碁盤の目状。これは迷子になりやすいわたしが好きでない路なのだ。それでも、歩きたい。朝、空港でもらった地図を頼りにうろうろしてみた。そして、和食のお店をみつけて、食事。ホテルの部屋へもどり、 一日が終わった。ホテルの部屋は結構広くて、ちょっとリッチな気分。「さっすが、そらまめさんが式を挙げたところ」と勝手に思っているわたしであった。
2008.04.14
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息子が握ったおすし。というわけで息子はへんてこりんなおすしといっている。初めて握ったにしてはそれなりに上手くできたようだ。
2008.04.14
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昨日、法事での義父母とのやり取りを聞いていて、そして、お経の間に、背筋がすぐ丸くなることに気づいて何度も何度も背筋を伸ばそうと意識している息子を後ろから見ていて、息子の中に、「意識してやる」っていうことを「意識し出している」って感じた。じじばばが あ~でもないこ~でもないって息子に言う。息子はいつもそれが嫌で・・・・なんでああいうふうにいうの?っていつもわたしに聞かれる。「聞き流しなさい。じじばばは変わらないから。当たり障りのないように答えて、喜ばしてあげればいいのよ。じじばばのいうことがどうってことでなくって、今、生きているのは、じじばばのおかげって、そう思うの。そう思って感謝して、接すればいいのよ。」息子には何度かこんなようなことを言った。それでも、じじばばの言葉にめげていた息子。でも、昨日は違った。息子は、いつものじじばばの心無い、悪気がない言葉に、きちんと「意識して」答えていた。自然に相手を嫌な気分にさせないで、上手くお話をして、じじばばを納得させていた。じじばばにポイントできちんと感謝の言葉が出ていた。「ありがとう」の一言。「今日、えらかったでしょ」と帰りの車の中で、聞いてきた息子。ちゃんと「意識してやったよ」って、そうは言ってなかったけど、そういうことだ。「うん、えらかったよ、よくできました」と嬉しく思ったことを伝えた。息子は気付いたかどうかわからないけれど、わたしは気づいた。今日のこの上手くできた自分に息子は自信を持ったはずだ。家の中で親に甘えるのはいい。でも、外でどういうふうに振舞っていくか。自分で考えて、できたのだ。息子は自信をつけたはずだ。そして、満足感さえ、感じたように思う。寝るときに、ヒーリングボールを温めているから、早く、お風呂から出てきて。温めたヒーリングボールをママにわたしてから、寝るからという。初めは「カイロ」なんていったいたので、なんのことかよくわからなかった。が、わたしがお風呂からなかなか出ないでいるので、息子がやってきて、「これ」と見せてくれる。「温めているから」と。こんなこと思いつくなんて・・・・何が息子をそうさせたか?と考えていたら、ああ、今日の自分に満足なんだなって思った。彼の中に、わたしの言葉が落ちたんだなって思った。そう思ったので、早速お風呂からでて、息子に声を掛けた。「お風呂から、出たから、温めていたボール頂戴」息子から温かいボールを受け取った。息子は安心して床に付いた。息子は自分が納得しないとやらないタイプだ。だから、今日の彼の態度は彼が納得した結果だった。わたしの言ったことが「腑に落ちた」結果だった。ああ、「息子は「超えた」」そう思った。息子の中のある部分が、「超えた」これから、残りの部分が「超えていく」そう思ったら、嬉しかった。まだまだ、時間はかかるだろう。でも、彼は「自力で」超えた。自分で納得して超えた。これは大きい。この大事な瞬間をわたしは見ることが出来た。それがまた、嬉しい。ずっと待っていたんだ、わたし。そう、いつかこの日が来ることを。信じて待っていた。このヒーリングボールの出所は「ひみつ」なのだが、実はそこにもkeyがある。今月の17日で9歳と一ヶ月になる息子。これから、ますます「意識してやる」ことを「意識」していってほしい。息子は自分の中の自分を超えた。「意識して」何かやることを「意識」した。もうすぐ、「親」を超える。いや、もう「超えた」かも。「わたしはまだまだ「意識して」やるってことの「意識」が怪しんだ。自分から、どんぐり問題をやるって言う日が来るんだろうな。ああ、来て欲しい、その日が。いや、まだ、回り道してほしい。
2008.04.14
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