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昨日、映画の帰りに買い物にいったら、ハートの形の型があった。一枚で12個くらいできる。で、板チョコを買ってきて、溶かして、その型にいれて、ハートのチョコつくりたい~と息子。今日は、一人で板チョコを買いに。そして、ゆせんで溶かすやりかたを教えて、柔らかくなったら、型に入れるとだけ伝えて、あとは勝手にやらせていた。そして、一枚の板チョコから6こ分ができた。冷蔵庫にいれて冷やして、10分たったらできるから、といったのだが、遊びに行ってしまった。今日はハートチョコをみるのを楽しみに帰ってきた。3個は自分で、3個はパパ。(わたしは甘いのはあまり)まず、記念撮影。輝きが食欲をそそる。そして、パクっと あっという間になくなる。チョコの魅力はき・け・んちなみにパパも甘党。だから、きっと喜ぶはず・・・今日は遅い帰宅か、泊まりだったあ。あ~あかわいそ。
2008.01.31
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怪我をしたところに巻いた包帯を、昨夜、お風呂に入りながら、石鹸で洗って、一生懸命、水分をとって半乾きにしていた。それでも、アイロンをかけるにはまだ、水分が多い。それで、干すことになったもうわたしが忘れたころにベランダんから家の中に入ってきた。その後、洗濯物を干すのにベランダにでると、包帯が干してある。四角形の洗濯干しの3つの洗濯バサミを使って。ふとわたしは微笑んでしまった。長いことベランダにいたのはこれを干すのにどうしようかといろいろ考えていたんだ。いろいろやってみて、結局この干し方に落ち着いたわけか。と、すると、なにも考えずに洗濯バサミに洗濯を挟む私はなんだ?と考えてしまった。包帯ひとつ干すにも、どうしようかと考える息子は愉快で。どんぐりの文章題はやってないけど、考えてる。ああだのこうだの考える時間があるっていいかも。今朝はその包帯、無事に乾いていて、外遊びのときに包帯を自分で巻いて(最後の結びはわたしが)出かけていった。お風呂で水気を取っているときに、プラスチックの筒に巻きつけていて、皺になりにくくしていた。なので、とても綺麗に乾いて、アイロンはいらなかった。う~ん。
2008.01.31
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息子はなにを思ったか、靴を丁寧に洗い出した。「ふ~ん」と思っていると、ずっと洗っている。紐もはずして、石鹸付けて。ようじも使っていた。もう一足は洗っただろうと思ったころ、片方だけやっと(納得がいくまで)洗い、ベランダに干した。そして、もう片方は「後でやる」と。そういって、遊びにいった。息子のこういうところ、納得いくまでやること、根を詰めすぎないところ(息抜きができる)が好きだ。わたしはついつい息抜きという切り替えを怠る。あ~あ。息子の方がたくましい。 大きくなったものだ。
2008.01.31
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校長が使いを主人の会社の職場に送り、話したいことあるといって学校に呼んだわけだが、多分、丁寧に「知ってますか?ご存知ですか?奥さんこんなんやってますねんどうおもいますか~どうにかなりませんか~」と暴露して妻とバトルをやらせようとしたかも。校長は私にも言った。「家にいずらくしてください、そしたら、学校に行っていたほうがいいやと思い、学校に来ます。」そこで、思った。学校は、というか、校長は親子関係、壊しても、こどもは学校。(親子関係壊れたも、そんなの関係ない)夫婦関係、壊しても、こどもは学校。(夫婦関係壊れても、そんなの関係ない)家族関係、壊しても、こどもは学校。(家族関係壊れても、そんなの関係ない)職場にずかずかやってきて 職場にお子さんこうなのよっていいふらす。 (職場の関係、壊れても、そんなの関係ない)この「使い」、こう主人にこういった。「校長が、奥さんじゃ話にならないから、と自分に泣きが入ったので来た。」と。私は校長、お子さんが、とにかく学校敷地内にいればいい。 あとのことは関係ないおっと~そういう校長とはこちらから関係もちたくないと、いいた~い。学校の責任て、 かなり・・・・これは、責任でなくて・・・校長は人格者で尊敬できる人のはず・・・・わたしのイメージが・・・ガタガタ~いやいやそんなはずはない。わたしは悪い夢をみているのだ。早く目を覚まそ。
2008.01.30
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クラスメイトは外遊びで会うたびに「学校にこなくちゃいけない。」「一回はこいよ」というらしい。わたしは息子に「校長先生にいわれたのかどうか聞いてごらん」と。それで、息子はクラスメイトにきいてみたそうだ。そしたら、「そうだ」といったそうだ。そして、最近良く遊んでいる友達は「学級崩壊」のクラスの子。隣のクラスの子。その子には校長はそういうふうに言ってないそうだ。非常に合理的。学級崩壊のクラスは担任は続投で、校長がクラスにいるらしい。でもなんか違うような。うちの子一人のために職場まで使いをやる校長。三十何人もいるクラスのこどもたちと親御さんにもっときちんと対応してほしい。おかあさんたちは困っている。担任のことを問題と思っている。うちは困っていない。問題と思っていないから。(校長が困っているのか)だれが困るかで、対応が違ってくるようだ。
2008.01.30
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糸山メソッド「絵で解く算数」低~中学年版 朝日新聞社http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4023303844/503-6037139-6891137?SubscriptionId=1Y150EEM5WFVQ65FWHG22月7日発売だそう。
2008.01.30
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「母べえ」見てきた。ほろり、と泣いた。なんか、吉永小百合の役の母べえになったような気分。子供への話しかけもああいうふうになってしまった。息子は「Bee Movie」をみた。終わったあと、どんなお話か尋ねた。息子は内容を話してくれた。息子の好きな話と思った。
2008.01.30
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息子と一緒にいて、息子の言葉に耳を傾けて(言動の意味を)、考えて接していると、息子はわたしを育ててくれているって思う。そうすると、・・・・それは、すごい「教育法」かも。 ・・・・尊敬・・・・・・・・・かんしゃ・・・・
2008.01.30
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ある本に「狂言」のことがでていたらしい。息子はわたしに説明する。「「すっぽん」て舞台にあるんだよ。」「?」わたしは舞台に詳しくない。「どこでみた?図鑑?」自分で調べたの?かなりぼろぼろになっているこの一冊。「大図解」小学館そのなかのページを開き、(歌舞伎座)「ほら、スッポン」「お~」「花道の「せり」のこと」とかいてあるではないか。こどもは興味の向くままに調べていくもんだ。そして面白い言葉を自然に、覚えたりする。こういうふうにであった言葉や絵は忘れにくいものだ。楽しんでいるから。
2008.01.30
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大豆のいり豆があったので、おふざけで、節分ごっこみたいなことをやった。息子はちゃぶ台を盾に。わたしはタオルケットをかぶって。豆の投げ合い。息子はいろいろと工夫して豆があたらないようにする。ローラースケートのサポーターを持ってきて、レゴブロックのコンテナのふたに腕とともにくくりつけ、盾に。これはなかなかいいアイデアだ。場所の移動。 すみっこの方に移動して、陣地を作る。などなど、たかが豆を投げる、当てる遊びのわたしには、息子なりの真剣な工夫に驚く。そして、わたしの「空き」を狙っている。こどもは真剣に遊ぶ、ほんとだ。目の前にそういう息子がいた。嬉しかった。そのあと、掃除を始めると、頼みもしないのに、手伝ってくれた。あちこちに入り込んだ豆。豆。そして、ふとしたことから、掃除機にえんぴつが吸い込まれ、息子はスイッチを止めないまま、ひっぱりだそうとして、鉛筆の先で手のひらをひっかいてしまった。まずは手を洗わせた。はじめは、痛くて洗えないようなので、歯を食いしばることを教える。消毒。しみることの我慢。バンドエイドより包帯と判断した息子は包帯を取ってくる。その息子に包帯の巻き方、先を割いて、二股にし、結んで止める方法を見せる。包帯が巻き終わるころには、息子も落ち着いてきた。わたしは、息子に対して「意識して」接するようにと思っている。思っていても、なかなかできないってわかっているけれど。最近、少しできてきたかな。(変わったなあと思う)なにをするにも、どんなときにも、「意識して」接すること。(まずは認知)「意識して」の言葉はたしかどんぐりの掲示板で何度か読んだ気がする。じわじわ~とわたしが変わっていくような(本音は信じられない!)(次に理解から実行)親だから、できるのかな。親じゃなくても出来る人はできるんだろうな。まずは息子。
2008.01.30
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レーズン入りのこの食パン。毎日一斤焼いてます。多いときはもう一斤。パンケースに白神酵母5g入れ、ぬるま湯熱すぎず、ぬるすぎず160gを加え、5分待ち、混ぜる。そこに南部地粉250g完全粉15g自然塩 4gどんどんいれ、パンケースをセットして、スタート。(ドライイーストコース、レーズンあり、焼き上がり淡で)5分して 大匙1くらいのオリーブ油(はなます)さらに10分くらいして、カチカチカチといったら、50gのレーズンを入れ、あとはそのまま、焼き上がりまでほっておく。焼きあがり時間はスタートと同時に表示される。焼き上がり時間までにもどれば、買い物も。レーズンは入れたほうが釜伸びします。高さは高いところで15センチくらい。24時間以内には食べてしまう。息子はジャムを、わたしと主人はそのまま食べてます。この間、油分をいれなかったら、ちょっとぱさぱさになったのでやっぱり大匙1くらいは入れることに。
2008.01.29
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短編がいくつか入ったこどもの文庫本。(あまんきみこ)「この本を読んで」と息子にいわれて、読みきかせしていた。このなかに「すずかけ通り3丁目」というお話がある。戦争に関係したお話。わたし、だめなんです。こういう話。で、涙があふれてきて、声が詰まって、読み聞かせが・・・できなくなる。以前、息子の3年の下の教科書にもあまんきみこさんの、「ちいちゃんのかげおくり」というのがでていた。戦争の話です。やっぱりだめなんです。「おかあさんの木」という文庫本を息子に読んでいたときも、やっぱり涙があふれてくる。今日も、なんとか読み終わったあとは、もう「え~んえ~ん」と大声で。息子はタオルをもってきてくれて、「ママ、これよんでもらうんじゃなかったよ。」「ママ、大丈夫だよ。」って言って慰めてくれるけれど、自分の無力感についついどっぷりと入ってしまう。亡父に東京の大空襲の話を聞いたことがある。まったくのうてんきなわたしだったと、思う。「思い出したくない」「あとからあとから、爆弾が降ってきて、こわくてこわくて」「熱くて熱くてみんな川に飛び込むんだ」「でもそこも熱くて・・・」そんなことを口走って、口をつぐむ亡父。時々戦争の話があると、父の言葉を思い出す。「戦火を潜り抜けてきた」とは命だけでなく、精神的にもしっかりしていないとやっていけなかったと思う。担任が言っていた。「ちいちゃんのかげおくり」を読んでもこどもたちは戦争が悲惨とぴんとこないらしいと。どうも「イメージ」ができないらしい。ということはそこに「悲しみ」が「イメージ」できないということだ。戦火を潜り抜けてこられた父と母がいて、私がいる。もし戦死していたら、わたしはいない。そう思うと、生き抜いてくれ、まだ健在な母が有難く思えて。そう感じたら、父や母の短所など、たいしたことではないと思えた。生きていること、それ自体が凄いこと。存在自体が凄いことと。そして、わたしには「息子」がいる。私は息子に命をつないだ。生きてほしい。生き抜いてほしい。
2008.01.29
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西欧では、産業革命により産業の構造が基本から変わった。家内工業は企業による量産時代となる。そこで、こうした量産体制で流れ作業の機械と一体化して働く人材作りが求められ、公教育としての学校教育体制が作られた。学校教育の表面のカリキュラムは、文字や算数などを教えるために作られているが、実は、隠されたカリキュラムがある。それは第一に、時間厳守。工場を操作する時間を守る必要があるから。第二は、上司の命令に絶対服従のこと。これは量産体制の工場では人は組織の一部となって働かされるので、命令に素直なことが求められるから。第三は同じ作業で飽くことなく忍耐強く続けること。流れ作業で単調な同じ作業をあきずに行う忍耐力が求められるから。やはり、学校教育とは、人を組織の一部に組み込むための人づくりをする部品工場だった。日本では、現在のような公教育が制度化されて、百年そこそこである。この制度は時の政府が日本より進んでいる西欧文明諸国の学校教育制度を取り入れることで諸外国からの遅れをとりもどし、富国強兵政策を推進するために、文盲率を減らし、国民の知識向上に役立てようとするものだった。今から、175年ほど前に起きた産業革命のころ。一握りの特権層の子供ではなく、平民の子供達を大量に教育し、コントロールしなければならなかった。産業革命以前の時期に、子供が成長するのに必要とされたスキルとは全く無縁の、行動様式や初歩的技能の教え込むために、「教育」が動員された。自動人間としての機能になりきることが出来るスキルがそれです。これをやりきるには二つのことをしなければならない。一つは子供の自由な精神を破壊することです。一箇所にじっと座っていたい、並んでいたい、言われたとおりのことをいつもしていたいと思い込ませなければなりません。かけっこするなど、もう許されません。もはや、自由はない。したいことをしてはならない。好奇心の導くままに学ぶなんて許せない。ただただ厳しい規律を受け入れていればいい。誰もが同じ事をいつも必ずしている。適応しなければ、罰せられる。二つ目は、子供達にある特殊なスキルを教え込むこと。読み、書き、計算。この特殊なスキル。子供達は読むことを覚えなければならない。指示を読めるようにならなければならないから。書くことも教え込まねばならない。文書作りできるようにならないといけない。算数を教えこまねばならない。そうすれば産業経済が求める標準的帳簿つけが出来るようになる。それは産業革命以前の人間の生存、あるいは人生とは無縁のもの。この変容は実に素晴らしいものだった。1800年当時、強制教育は世界のどこにも存在しなかった。それ以前の数百年と全く同じ状態でした。それがわずか百年後の1900年になるとあらゆる先進国が強制教育を制度化していた。それほどの短期間にこどもたちはみな「教授」に従属しなければならなくなってしまった。突如として、教師や学者が社会にとって重要な人物になった。私達は今日においてもなお、子供達の意思をくじいている。子供をロボット化し、機械のように扱い、頼まれもしない、必要でもないカリキュラムをどんどん積み上げている。それもこれも、175年前に起きた産業革命によるもの。1800年当時に、戻れたら・・・アンスクーリング!
2008.01.28
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校長先生がお話がしたいということで、午後七時過ぎに学校へ到着。校長は父親から母親に説得をしてもらうつもりだったのだろうと主人。途中、7時50分くらいに「時間大丈夫ですか」と校長の方が・・・主人に「全然大丈夫」と元気に答えられて・・・「困った」と思ったかも。最初から肘掛に乗せた手がパタンパタンと動いていたらしい・・・8時半まで、うちの考え方を説明したらしいが、さて。同席者なし。なので、となりの職員室へよく聞こえるように大きく元気な穏やかな声で話していたという。次回は同席者をお願いしようか、とも。校長は・解決方法をさぐりたいと自分本位。・どうしても登校刺激はしないといけない。(クラスの子供達にさぐりを) 「息子さんはクラスメイトと遊んだとき学校に来たいっていってるそうですよ」・籍にこだわる校長なので、「籍を抜けますか」という主人に 「義務教育ですから」の一点張り。・「わたしと同じ組織の人ですよね、お父さん。」 「そうです。だからうちの子は枠から外したいんです」の一言にさて・・・・長い文章題をやっているそうですが、彼はその問題を解けるんですか? 「答えを導くためにどうすればいいかを分析する力をつけてほしいから」、 やっている。答えがあっているかが問題ではない。」と、ばしっと。主人は・学校に文句はない。学校には学校のやり方が在る。・勉強とはテストで点数をとることではない。・問題に当たったとき、困ったときに、どうすればいいかと考えられる子になってほしい。・大人ともよくコミュニケーションが取れる子なので、3年生という枠でなくてもいい。・こどもの個性を重視して伸ばしたあげたい。・大人でもいるでしょ。実年齢と一致しない人。息子も実年齢に一致しない所がある。・答えを導くための方法をいろいろ考えることが大事であって、 それは普段の生活にも繋がっていくことではないでしょうか。 それが人の厚みとか幅につながると考えます、と説明。校長は「合わない」ということですね。とそれは認めたようだ。「学校としては連絡したいことはお父さんにします」ということで、主人は了承。平行線のまま、金曜日の夜の一時間半が過ぎていった。
2008.01.28
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父親いわく、「休みとれれば、草津でも大島でもいけるね~」「ねえ、ママ~」と台所のわたしに。「いけるよ~」とわたし。「どこいきたい?」息子に聞いている。「新婚旅行。」「だれと?」と父親。「ママと。」「いつ結婚したの?」「この間、指輪プレゼントしたから。」「パパはどうすればいいの?」とパパ。「・・・・・・」息子。
2008.01.27
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わたしでは話にならないと校長は、担任からの言葉で判断したらしく、息子の父親の会社に連絡を取った。午後4時52分息子の父親から電話。(人の携帯使って)今日、帰りに校長に会いに行く。「え?なんで」突然の連絡にびっくりのわたし。さて、大急ぎで、わたしが校長に伝えたことをことをもう一回伝えて・・・・」駅について、また電話をくれる。(午後6時50分)「これから、行く。」またまた、2言3言付け足す。そして主人は校長に会った。つづく。これからお出かけ~ではでは~
2008.01.26
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息子がお腹に居たときに「バルーン」とか「たまごクラブ」(その当時)立ち読みして、(何ヶ月かやったら飽きたけど)ゲットした情報(言葉)、それが「胎名」。男の子か女の子かわからないし、と楽しく思いながら、主人と二人で考えた。「胎名、なににする?」「う~ん」「う~ん」「宇宙からきたから「宇」ーちゃん」と主人。「うーちゃん?」「なんか、語呂、悪くない?」とわたし。「ねえ、「無」から生まれてきたから「無」-ちゃんは?」とわたし。ということで、「むーちゃん」に決定!それからは「むーちゃん、元気だ~♪どこ・ま・で・も~ ム~ム~」(線路はつづくよどこまでもの替え歌)とか「むーちゃん むーむー むーちゃん むーむー むむむむむ~」とかあと一曲あったはずなんだけど、思い出せない。お風呂に入ったときとか、歌ってたわけだ。そして生まれて、「ムーちゃん」と呼んでいた。だから、そのころだけ知っている人は「ムー」が名前だと思っているかも。幼稚園でもなんて呼んでますかってきかれて、「ムーちゃん」。いつのころからか、親は言わなくなったけど、(内緒なんだけど、絶対内緒)(プライドが傷付くから)家の中では自分のこと「ムー」って呼んでる。「うちのなかだけね」と息子。「言わないでね、だれにも」外では「オレ」って言ったり(男の子と遊ぶとき)「ぼく」といったり、よく使い分けてるなと感心する。「母べえ」という映画のタイトルのパンフにこの家族の造語で、「母べえ」「父べえ」と呼び合っていた仲むつまじい家族。(娘たちも名前に「べえ」をつけて。)と書いてあって、「そうかあ」と思った。「方言」でなく「造語」かあ。そういえば、うちも実は、あるぞ。と思った。ははは。息子が作った造語。「パパちゃん」「ママちゃん」いつもではないけれど、使っている。可愛い造語だな。(内緒、内緒のはなしは、あのねのね~♪)
2008.01.26
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過去ログで何回か糸山先生がおっしゃっている言葉。禅宗の言葉。読んでいて、先生にこの言葉を頂いたかたはラッキ~って思ったものだ。そして、先生は読んでいる皆さん一人一人にももちろん、投げかけている。しょほっしんしんじ べんじょう しょうがく初発心時 便成 正覚仏教の悟りの世界で「悟りを求める心を初めて生ずるときそれがそのまま最高の仏の悟りに結びつく」という意味。「発心」とは「あることをしようと思い立つ」の意味。「正覚」とは「真理を体得した仏の悟り」の意味。実社会に当てはめると、「さあ、やるぞと本気でやる気を起こした時に初めて、 何事もいずれ必ず上手くいくものだ」あるいは「さあやるぞと発起した時、何事も既に成った様なものである」逆にいえば、「本気で本人が自覚しなければ、成る物も成らない。」ということ。「人を動かし、事を成し遂げる」極意である。人に自覚を促し発起させるのは極めて難しい。「人が自覚し発起するために何をなさなければならないか」よく考えなければならない。今風の言葉でいえば、「啓蒙と共感」と言うことになる。そして、焦らず、人が自覚し発起するまで、じっと我慢して待たなければ成らない。そうすれば「有限である人間」が修行あるいは稽古という「無限の世界」に居ることになり、「無限の力を発揮する」ことになる。「無限の力」というのは「横に」「縦に」 「360度に」そして、「無限の宇宙に」。今のどんぐりの和、輪、倭どんぐり万歳!
2008.01.25
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すばらしい!あなぐまさんちの過去ログファイル是非、ご覧ください。
2008.01.24
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katさんのコメントがいろいろ思い出させてくれて、ずっとパソコン前に。子供達のことを描いた部分をまとめようと、C&Pしたり、次にみなさんの先生のお話部分を まとめようと C&Pしたりこれらをやるのに、お気に入り登録を一揆にさせていただきました。よろしくおねがいします。これからちょっと出かけます。わたしもまだ、オフ会のこと書きたいがまだまとまらない。ぼちぼち書いていきます。やっぱり「こと」は大きすぎた。そして、じわじわ~と。
2008.01.24
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今日は大きなゆきだるまをまず作って、自転車が雪で乗れなかったので、バスで映画館へ。バス停で待つ間、小さな雪だるまを作って。映画は(MR Bean)は面白かったようだ。どんな話だったか、帰りのバスの中で尋ねる。それから、映画からもどると、寒いベランダで、なんとそりをつくっていた。すぐ壊してしまって、また家にもどり、作り直し。近くの斜面のある公園に行ったらしい。戻ってきたのが、6時半くらい。また、ばらばらにしてしまったらしい、そりの木の破片とともに、満足そうな顔。ご機嫌。家では、今度、針金を3本あわせて、錨のようなものをつくり、いろいろなものを引っ掛けて遊んでいた。わたしも引っ掛けられた。「テラビシアにかける橋」の映画のパンフレットをみていたら、こんなコメントが。「僕自身も子供のころは外で遊ぶのが大好きで、友達と一緒に想像力を駆使して クレイジーなゲームをやっていたから。 この映画が気にいったのも「みんなもっと外に出て遊ぼうよ」って メッセージを感じたからだと思う。」と主演の男の子。どんぐりっ子には見てもらいたいなあと思った。感じてもらいたいなあと。息子と観よう。26日土曜日より。
2008.01.23
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気を取り直して映画見に行ってきます。息子がもやもやを笑い飛ばしてくれますように。今、雪だるまを早速、作成中。だれも邪魔されないで好きなだけ雪を使えるって大喜びだよ~ん。では。
2008.01.23
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昨日は怒り過ぎてしまって。これじゃちゃんと対処できないなあ。でも、独り言としてはまあ、こんなもんだろ。怒りのつぶやきと思って聞いてやってください。いろいろ考えて、まあ、「上の意向」もあるかなとちらっと思ったりもした。が、とにかく、担任に伝えなければ。雪だよ。でも、行かねば。担任は早く来るので。待ち伏せと思ったが・・・・うまく捕まえられず、(気づかれず)学校の中へ。・・・困った。 靴箱がある出入り口前から、職員室前の廊下を見通しながら、「しかし、今日、今、このとき、言わんであんたどうする!」と自分を励まし、チャンスを待つ。「おい、学校がはじまっちゃうぞ。」とまた、自分に言う。校長(先生)が旗を持って正面玄関からでてきた。横断歩道に立つんだ。と思っていると、わたしに気に付いて、「○○ですか?」「はい」とわたし。また、玄関の中に入って、職員室に向かって大声で呼んでくださる。担任登場。校長に大声で呼ばれて何事かと言う顔。さらにわたしの顔をみて・・・挨拶もそこそこに(学校が始まるから)「来ないでください。」と単刀直入。「ほんと?」とちょっと困った様子の顔の担任。「先生。」「ほんとにほんとです。」「あのね、わたしは3学期まで、担任だから・・・責任があるの。「こない」といわれたからって、ほっとくわけにはいかないの・・・」「わたしは、お母さんの言っていることわかるんだけど、様子はどうなっているんだって・・・・」「上から指示されるから?校長?」「そう・・ほんとは翌日からやらなきゃいけないんだけど。わたしはお母さんの言ったことわかっているつもりだから、いままでやってなかったのよ。」「そうか、やっぱり。わかりました。先生は分かってくれてるはずって思ってたから。昨日の訪問、怒ってブログに書いてしまった。」と担任への信頼がもどる。「知りませんってわかにはいかないし、もうわたしが○○のこと忘れているって思われても・・・」「先生、そんな忘れてるなんて思ってませんよ。こんな言い方私がするのも変ですけど、「見守ってくださってる」って思ってます。「アドバイスの先生も、わたしが行こうかっていうんだけど、おかあさんはこういっているからって説明してるのよ。」「先生、段階があるんでしょうねえ。担任つぎは誰、つぎは校長つぎはその上ってね。」「だんだん、私の手を離れていくかもね。」「そうですね。わかりました。だんだん、コミュニケーション抜きの「形だけ、来い、学校に」ってお偉方がいうようになっていくんですねえ。」「・・・・・」「校長の立場もわかりますが、わたしも「意思表示」しないとということで言いにきました。」「ちゃんと来て、「意思表示」してくださるのは、こちらに分かりやすいのでいいと思います。」「そういうことなので・・・わたしはわかってるんだけど。」「それでね、ブログのアドレスもってきました。 公にされるとちょっとなんですが。先生の安心用というか。気が向いたらどうぞ。」ということになった。のである。昨日、息子は帰ってくるなり、「先生きた?」「何で知ってるの」「遠くに見えたから」「先生は気づかなかったよ。」担任は息子をみたいんだと思う。そういう人間味のある人だ。わたしは担任というより、人間として好きなので、(えらそう)これからも(担任はずれても)お付き合いして頂きたいと思う。(迷惑か)一年のときの担任と2年のときの担任に対しては決して!思いも付かなかったことだ。一年のときに会っていれば。いやいや、今年(必要なので)必然だった出会いと思うことにする。昨日少し落ち着いてから、思ったことがある。「守る息子がいる。」幸せなことだ、と。 感謝。担任の訪問はこんな気持ち「にも」させてくれたのだった。
2008.01.23
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担任が、おいでになった。登校刺激だ。息子は不在。セクハラじゃ~と思う。教育者の特権?嫌がらせだ~「じゃ、その辺りを回って行きます」悪ふざけ?登校刺激はやめてください。嫌だってわからない相手にどうする?いや、わかりたくない相手にどうする?自分の立場が大事だもの、わかりたくない。子供のため? 自分のためでしょう。上からのお指図だから、でしょう。これってストレスだ。子供にもストレスだ。これが”日本”の”教育”学校に行くか行かないかは子供本人が決めるということを理解してもらえない。無理に連れて行って将来子供に恨まれたら、そのときは学校と担任に責任をとってもらいます。覚悟してください。
2008.01.22
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そのママの田舎は福島の須賀川。「帰ろうかと思って。」「かえれば~」「家も建てなくてもあるし。建てるけど。土地もあって~」「かえれば~」「でっかいうち建てて~遊びにいくからさ~」「そ~お~、来てくれる?」「いく、いく、田舎大好きだもの。 こんなひとがごちゃごちゃしたとこにいなくたって。帰るとこあるなら」なんて話から・・・・・こどものはなし(3人のお子さん)、学校のはなし、そしたら、「田舎帰る前に、外国に子供つれて一年くらいいきたい~」と「どのへん?、アメリカ方面とか、ヨーロッパ方面とか?」「ニュージーランド。あそこはいいらしい。それとフランス」「へ~」「あのさ、こんな本あるよ~」と見せたのが、「世界一素敵な学校」帰りがけに図書館に帰そうと思って持っていた。「アメリカ東部だけどね~」「まあ、住まないとだめだけど。ママの理想に近いかも。」今度はあちらが「へ~」とちらと見てからメモを取っている。「将来がどういうふうになるかわからないからね~」とママ友。そこで、わたし。「あのさ」「こういうのがあるの」と「絶対学力」の本を取り出し、「中一のおねえちゃんにやらせてみたら、小6の問題。絵を描くんだよ。」真顔で「へ~」と言った後、「やらせてみる」とママ。「この問題は一回読んで、消しゴムを使わないで絵図を描く。」「絵を描けば子供が何を考えているかわかるよ。答えだけだと正解だと正解になっちゃうけど。絵があると偶然正解でも、そうとわかる。」等々とえらそうに演説。「これ図書館にあるよね~」名前をメモしながら。「いいよ~貸すよ~」(2冊持っているわたし。)「え~いいの~」「どうぞどうぞ。」「夜やらせてみるよ」「かけてもかけなくても、13才だから、こういうやり方があるって説明しちゃった方がいいかもね~」とやっぱり偉そうなわたし。「また、どうだったか。メール頂戴」そんなわけで、本を貸して別れた。13歳のお嬢さんは「自分のペース」をちゃんと分かっている様子のこどもなので、まあ、ためしにって感じですすめてみた。うちの子と同じ、3年の男の子、今年4月で一年生の末の男の子二人は四谷大塚の通信(知育が結構入っているので)をやっているそう。さて、ママ友はどうするかな。
2008.01.22
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先日「お茶しません?」と幼稚園のママからメール。「久しぶりなので、会いたい~」と返事。これから出かける。残り一冊の本のメモしたいところをワープロに落とした。やっと完了。返却できる。そしたらちょっと気づいたことがあった。ワープロに叩き込んでおくのは、学校と話すときのわたしの方の資料にするため。ではでは~
2008.01.22
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先生の印象は?「思っていたより細かった。」「やる気をもらった。 見ただけで。」(親は涙、先生すごい!)「にこにこして、ちゃんと遊んでる?みたいなかんじの顔だった、愉快だった。」「ふつう、勉強しているかみたいに大人はすぐ聞くけど・・・ 違う雰囲気だったから、よかった。」息子は、先生がおいでになるというと行きたいといった。ちょうど主人も仕事で。しかし、息子は一人でお留守番も出来る子だ。だから、来たくなければ「来なかった」と思う。「なんで先生に会いたくなったの」「オーラがでているから。」「どういうオーラ?」「引き寄せるような・・・」「?」あまり聞くのはよそう。
2008.01.21
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家の近くのデニーズがあいていた。もうちょっと余韻を~ということでモーニングを。息子は本をみつけて、読み出した。わたしは「サイン入り」のご本を出してサインをみながら味わっていた。結構そこにいた。今回の旅は終わった。もううちはそこ。そして「旅」好きのわたしは、思い出した。そう、以前、旅から帰る列車の中で、時刻表を広げ、次の旅の計画を立てたものだった。旅の終わりは、次の旅のはじまり。どんぐりとともにまた、新たな日々が始まる。どんぐり倶楽部は文章題だけではない。日々の生活の心構えも含めて、どんぐり倶楽部なのだから。帰宅のあと、父親から蕨もちをお裾分けしてもらい、食べてから、外に遊びに行った息子。それから、しばらくすると遊び相手がいないのか、戻ってきた。10時過ぎに出かけるという。元気だ。お昼ごろ、プールに行くといって水着を取りに戻る。「あっそう」といって100円をわたす。すごいパワーだ。3時ごろ戻り、作っておいた石焼き芋を手にまた、外へ。その後、女の子が誘いに。入れ違いになったようだ。5時半ごろ帰宅。ちゃんと時間は守ってくれた。とても朝帰りとは思えない。感心してしまう。わたしはといえば、図書館から次の予約が入っているので本を戻してくださいの電話が19日に入っていたので、昨日は一日、読み終わった本の”印”部分をワープロに落とすのに追われていた。さて、息子に感想をきいてみよう。
2008.01.21
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ロッカーの軽いがかさばる荷物を取り出し、構内の土産物屋へ。息子が父親にお土産を買うという。わたしだったら、だらだらと決めるところ、ぱっと決めた。「わらびもち」と「わらびもち栗入り」「生もの」なので重い。家に帰ってから気が付いたが、添加物は入っていない老舗のわらびもちだった。katさんもおみやげを買い、構内の「デリカフェキッチン」へいってみる。奥は煙い。 構内の通路に出ている席は煙くない。でも、席がない。とちょうど立つ人が。そこはすばやい息子。さっと席を確保。テーブルを二つくっつけて。とりあえず、のみもの。ロイヤルミルクティー可愛そうに、眠そうなkatさんをつかまえて、話しかけるわたし。わたしは9時40分発のバス。息子が9時10分まえを知らせてくれる。「じゃトイレ行って歯をみがいてきて。」さっと行ってくる息子。びっくり。しょうがないわたしも同じように行ってくる。いよいよ9時。katさんとお別れ。「じゃまた~」バス乗り場に到着。帰りの席は息子と別々。待っている間に着込む。それから空気枕など4つを膨らます。そして乗り込むと行きと違って座席間は狭い。まあ、あと寝るだけだから。と思いなおす。結構満足だったので、そのまま寝てしまった。2時半に起きた。諏訪に停まり、トイレ休憩。次が談合坂。ここでお手洗いに。と靴を履こうとすると靴がはけない!どうやら足が浮腫んでいるらしい。え~そしてまた、うつらうつらしていると、定刻より10分はやく着いた。ゆっくり空気枕をかたづけ、降りる。息子も元気だ。山の手線に乗り、池袋から地下鉄に乗り、駅につく。7時前。帰ってくる途中、雨がバスの窓をたたいていたので、雨かなと思ったが、どうやら晴れてきた。自転車で帰れる。温かいお茶がのみたそうな息子。駅の周辺はまだ店は開いていない。家へ戻るか。
2008.01.20
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朝から何件目?5件目。katさんは充電が必要ということで、ヨドバシカメラの中へ。子供達はお腹すいたというので、「パスタ」その後「スウィ-ツ」残ったママは5人。こども4人。だらだらと雑談しながら、余韻を楽しむ。しまりすさん、お付き合いいただきましてありがとうございました。息子は本を借りて読んでいる。息子の落ち着いている姿が見られると嬉しい。そう、ということは以前は・・・いつか落ち着くだろうと思っていた。どんぐりに出会って4月で一年になる。こどものほうは遊んで、どんぐりの文章題。親の方はこどもがくつろげる環境を心と言葉と・・・で整える。なんて思っていたら、それがそれがこんな出会いに。まさかのまさか。そして、なんと、まさかのまさかのまさかのまさか、糸山先生とお話できるなんて!まだ、一年もたってないわたしが!ちょっと「くら、くら」する。ここでの時間はなんかこう、弛緩の時間みたいだった。そして、7時半くらい。解散。katさんと息子と3人に。katさんの充電を終え、駅構内へ。
2008.01.20
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向かいのビルにあるレストランで席がとれたので、(ころころさんありがとうございました) そちらに向かう。 ママ8名はお茶が来るのもそこそこに質問。 先生の新しいご本は「朝日出版BOOK」というところから出るそう。 朝日系の教育部門で何か起きているかも? こどもたちはジュースを飲み終わるや(うちの子だよね一番は)誘い合って外へ。 何をして遊んでいたか息子に聞いてみた。(息子のブログにあとで移します) 最初は「どろけい」をやっていた。 そのうち息子が「本格的なやつをやろう」といって、「裁判ごっこ」という鬼ごっこを考えたそう。(たぶん言い出 した) それをみんなでやっていた。犯人がいて、カメラ人、アナウンサー、目撃者、警官。 カメラ人は犯人を追って本当にカメラをまわしていた。 息子はずっと犯人役ではしりまわっていたそう。 犯人は捕まり、牢屋に入れられ その後裁判して、25年の刑務所行きになり、 だけど、仮釈放されたそう。そこで時間切れ。 この仮釈放は息子が自分で言い出したそうだ。 スティッチの映画を児童館でみて、言葉を知ったそう。(だよね~) 5時ごろ中に入ってきた。息子はきちんとリュックに荷物を詰めていてこれはびっくり。 (今朝の喫茶では出しっぱなしだった) 息子は女の子ともよく遊ぶ。 昨日も遊びを誘いに来たのは女の子。 こどもたちは気持ちよく遊んでいる様子。 ごめんね。親の都合で移動させて。 内容は改めて。 5時になり、先生をタクシー乗り場まで送る。 「先生、ありがとうございました。」 先生は最後まで手を振ってくださっていた。(~~~) さぞかしお疲れになっただろうと。 それでも、賢い選択をしたどんぐりママたちとお話できて、充実した時間だったのでは ないだろうか。(客観的な分析) 「「ほんとにわたしはこの場にいていいのだろうか」と思うよ。」とちゃことらさんに 言ったような気がする。 「あっ先生と握手するの忘れた!」とわたしがいうと、 ちゃことらさんも、しなかったそう。(忘れたわけではないかも) 「きっとまた、会えってことだねえ」と勝手に決め付けているわたし。 さて、次は・・・どこでお茶を飲む?
2008.01.20
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お店に入る。わたしは引きっぱなしのまんま。なので、息子に枚岡神社の「お守り」を先生に渡してとお願いした。息子はちゃっと渡してくれた。その後もちゃっかり先生とお話している。自己紹介したのか?このとき何を話したか教えてくれない。くじで席を決め、座る。食事はランチコース。前菜(3品)(トマトのころころサラダ、茹卵の刻みと蟹肉とマッシュポテトときゅうりの和えたもの、フライドオニオンとチキン)(息子より)おしゃれな盛り付け。お皿は細長い長方形。コンソメのカップスープ、鮭のフライとマッシュポテト、タルタルソースがけ、またはチキングリル 麺のフォーかココナッツカレーかナシゴレンのどれか。それにデザートとのみもの。こどもは前菜プラス一品で。カレーか麺か、いためご飯。息子はカレーにする。息子は自分の分とわたしの分をおよそ平らげる。蟹?はどこにいたのか?と今聞いている状態のわたし。デザートだけは一人で食べた。というより、息子はお腹いっぱいだったんだろう。しまりすさん、こちらのお店をチョイスしていただき、ありがとうございました。息子は満足だったと思います。食事が終わるころ、みなさんから、先生に質問がどんどん出始める。そして写真もそれぞれ取り始める。サインもしていただきながら、質問の方も。わたしはこの際なので、ありったけの糸山先生のご本を背負ってやってきた。重かった。そして、無事サインしていただいた。感激だ。このサインを見るために、覚悟を新たにすることだろう。「先生、ありがとうございました。」あじさいさんに写真をおねがいしたら、先生が他の方の質問に答えている姿のまま、わたしとちゃことらさんがにこやかにカメラに向かって笑っている写真をとってくれた。それも2枚。これもあじさいさん流のジョーク。息子は自分のペースで遊びをみつけているらしい。と思ったら、子供達を誘っている様子。むむむ・・・言ってもきかんからなあ。あとの方でいいんだけれど、(雑談しながら)と思っていたら、本当に後のほうの質問になってしまった。先生のアドバイスを聞いていたら、全体写真を取ることになっていた。失礼。みなさん~このときかなり重要度の高い個人的な質問をしていたのだ。質問が終わってほっとしていると、もうそらまめさんが帰る。という。お写真をとらせてもらった。そしてMakiさんも!そらまめさん、Makiさん、有難うございました。子供達をみていてくれたのだ。話が前後するが、息子に何して遊んでいたか聞いた。おにごっこ、たかおに、かくれおに、かくれんぼ。外から戻るときエレベーターの中で「気持ちを変えよう」とそらまめさんが言ってくれたので息子のきもちが変わったそう。さすが!都会のまんなかでも、おにごっこの子供達であった。お開きとなりそして、息子は自分からリュックを持っていってくれた。ころころさん、会計ありがとうございました。
2008.01.20
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「枚岡」駅に着くと、ちょうど電車が出てしまった。急行が通り過ぎていく。息子に電車の写真は「「まよこ」からでなく、前正面か後ろ正面の方がかっこいいよ~」と言う。けれど、そんなに簡単に取れるものではない。一番端に構えている暇はないし。電車がきた。そして「東花園」で準急に乗り換える。「なんば」に到着。梅田と勘違いして「JR」の方へ。いけない。「御堂筋線」でした。ホームへ急いで・・・・と思っていると、(だいたい10時ごろ)いつもの調子のわが息子。「あ、魚がいる!」水槽が通路に飾ってあった。「写真とっていい?」わたしは一呼吸して。「いいよ」水槽は3つもあった。息子はどれにしょうか・・・わたしは「・・・・・」やっと御堂筋線に乗り、「梅田」に到着。改札をでると、はて、風景が今朝と違う。ヨドバシカメラの前だ。とにかく上に上がる。お~正面が新阪急ホテルだな~となんとなく自分の位置を把握。katさんにメール。喫茶店に入っていくと、もうみなさんほとんど来ていた。知っている顔はカットして、みなさんのお名前を聞く。顔と名を一致させるのが苦手なわたしだから、必死。一応、記憶されたらしいと思ったら、一安心。座ってしまった。息子に「鳩サブレ」のプレゼント出してといわれてリュックから出す。子供達に一枚ずつのはずが、一家族に一枚ずつとなってしまった。ごめんね。さらに枚数不足が発覚。プレゼントできなかった子供がでてしまい、ごめんね。サクラさんとお話。嬉しい!話したかったの。自己紹介し、「えサクラさん!」多分私こういった。「若い!」それで、いくつなんてわたしは聞かなかったけど。そんな歳を聞くなんて。あれ?知らない顔が・・・もう一回ぐるりとチェック。そうこうしているうちに時間~いざ「イヴ」へ。ころころさん、会計ありがとうございました。そして、ころころさんについて、ぞろぞろと。そのたてものに着くと、4階は12時にならないと入れないそう。ということで、建物も前で待つ。こどもたちは時間つぶしのため日向へ。と、わたしも行こうとしたら、ころころさんが横にいるではないか。会ったらお話したい一言があると事前予約をとっておいた。今だ。チャンスとばかり、その一言を話し始めてしまった。その後わからん帳をみせてもらう。なるほど~こういうふうに作るのね。どうして振り返ったのか。記憶にない。上に上がるエレベーターの横になんと!!糸山先生が立っていらっしゃる!「一瞬、わたしはどこ?状態。」みんなで引きまくる。日向にいった人たちに合図送る。ぞろぞろとこちらへ。肝心の息子がいない。トイレというので、そらまめさんが連れて行ってくださったとのこと。この場をお借りして改めて「ありがとうございました。」というわけで、エレベーターに乗り「イヴ」へ。つづく
2008.01.20
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地下鉄御堂筋線というのに乗り、「なんば」へ。そこから、近鉄「なんば」へ乗り換え、近鉄奈良線で「枚岡」へ。近鉄の「なんば」のホームで普通列車を待っていると反対側に「名古屋行き」の特急が停まっている。お~名古屋にいくのか~あじさいさんはこれでくるのか?とちらっとあじさいさんのことを思い出す。息子に「おみくじひいていいからね」というと喜んで同行すると言ってくれた。奈良線は急行に抜かれたりして思っていたよりもなかなか「枚岡」につかない。「枚岡神社」は「河内の国の一宮の神社」でまあランクが上からあるとすると河内のお国では一番上。それで、今日の一日どんぐりオフ会に来る方々が(遠方の人も多いので)無事に過ごせますようにと参拝にきたわけだ。ご祭神はアメノコヤネノ大神、ヒメ大神アメノコヤネノ大神は、天の岩戸開きのときに天津祝詞の「太祝詞事」を奏上した神さま。丁寧に手を合わせた後、朱印帳をお願いするために、奥の窓口へ。窓口の奥に人影発見。消える前に声をかけ、ご朱印をお願いする。息子は「おみくじ」なのだけれど、向こうのおみくじやお守りの窓口に人影はまだない。それでもそちらの方に息子はかけて行った。しばらくすると、さきほどの窓口の横の玄関が開き、寒いから中へといわれる。「?」「大丈夫です。」というと、重ねていわれるので、玄関に入った。玄関に入ると、すぐの部屋に手招きされる。「え?」「息子を呼びよせないと」と思い、手招き。そして、折角なのでそのお部屋に入る。どきどき。そこは「応接間」だった。ちょっと年代物の質の良いソファー。「すご~い」「神社の、こ、こんなところ入ったことないぞ~ 神社の応接間は西洋風だった」なんてことを思いながら、あたりを見回す。皇族のカレンダーがかかっている。神社のお祭りの大判の写真。こっそり洋間を撮影。し~そのうち巫女さんがお茶を。「お茶?」なんで~器だってそりゃ庶民用でなくて、 渋い焼き物で、わたしが口つけていいんですか~って代物だし。折角なので、飲んでみると、「ち、ちがう。」「これは玉露とかいうものでしょうか?」「なんで~???」普通は10分程待たされるけど、境内をうろうろして過ごすもの。時間が過ぎていく。だんだん10時までに梅田に戻れないぞ~と思い始まる。「だって、これからおみくじひいて、・・・」と思っていると、(多分)大宮司さんが「いやあ、間違えちゃって~」と入っていらした。「ページを開いて墨で書こうとしたら、いつの間にか違うページが開いてしまって、そこに書いてしまった。今、新たに正しいページに書いて、間違って書いてしまったページにはこうやって、綺麗に上から新しいものを張りました。だから、大丈夫です。」と見せてくれる。「!」それで。その紙を上から張ったページを乾かしていたのか。それで時間がかかったのだろう。「おかげさまで、この立派な応接間に入れてもらえて、お茶まで頂けて、 すごくいい経験をさせていただきました。」とは言わなかったが。「あ~そうだったんですか~。 ありがとうございます。」とお礼をいい、ちょっと世間話。どこから来たとかいう・・・そして、丁寧にお辞儀をして、玄関をでて、玄関横の窓口にも会釈。みなさん、一応にすまなそうなかんじであった。拝殿の前をとおり、反対側の窓口で、おみくじを引き、お守りを買う。息子のおみくじは「吉」 大吉の次にいいんですよと巫女さんに言われる。息子は「大吉」の次は「中吉」じゃなかったっけと一人ごと。うぐいすがいた!とカメラを持って撮影しようとしているが、近くじゃ取れないよねえ。お正月の鳥居お飾りがわたしの知っているものと違う。無事に参拝した。鳥居をでてお辞儀をしてから、駅へ。9時を回っている~さあ、梅田に帰るぞ。いよいよ~
2008.01.19
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18日夜、そろそろ出かけなくてはと言う時間に、息子は「大阪にいくんだ~」と父親に。「いいな~一緒に大阪いきたいな」と父親がうらやましそうに言う。「おみやげ買ってきてあげる!」と慰める息子。土曜日は朝から一日出勤の父であった。(結局夜も遅かったらしい)夜8時過ぎに家をでて、自転車で15分で駅へ。急行で池袋まで行き、電車はすぐ来て池袋から新宿へ5分。新宿新南口の改札へ。そしてバス乗り場を探す。「どこどこ?」と探すわたし。振り返ると「切符売り場」。「どっかにターミナルがあるはず」と思っていると、息子が「バス乗り場ってあっちに書いてある」と言う。「そうか、そうか頼りになる目のいい息子よ」と思う。(めがねをかけても息子の視力の方がいい)そして、矢印の方へ。待合室の座席は一応にいっぱい。とにかく安いチケットにしたので、トイレなしバス。息子に「トイレ行って」と先ず行かせ、わたしも。息子はいよいよバスこのバスで「大阪」に行くと思うと感激と興奮の様子。息子は高速夜行バスは初めて。そして「バスの準備がととのいましたので~」の案内にチケットを見せて乗り込む。「以外に足元ひろいじゃん」と思った。あとでわかったが、たまたま右後方の非常口ドアの横だったかららしい。足元に新聞をひろげ、空気枕、空気背当て計4個を息子に膨らましてもらう。毛布も出して、準備OK.息子は「フランダースの犬」を取り出して。読書灯を教える。本人は大人気分を味わっているようだ。そして、その後、談合坂、諏訪とトイレ休憩の度に降りたわたし。諏訪の休憩で、雪あるかなあ。ない。談合坂でちょっと雪があったのを息子が見つけた。そして、眠ったんだか、よくわからないなか、時計をみると、6時10分ほど前、降りる支度しなくちゃと、慌てて空気枕の空気を抜きまくる。そして、薄暗い中、定刻より早い時間に大阪駅の前にバスから下りた。ジャ~ん。先ずは無事に到着。(歴史的瞬間だ!と勝手に思うわたし。)この荷物をどこかロッカーに。それと洗面とトイレ。大阪駅構内の地図をみながら、トイレを探す。そして洗面。洗面台と(化粧)鏡が別だった。 鏡のところにいくとみなさん熱心にお化粧。朝一番の時間なのに混んでいた。ちょっと口紅だけ・・と手早く。となりの人に一目されたような速さ。それでも息子に「遅い。」と言われ、「ごめん。これでも早いよ~」と力説。それから、ロッカー。バス乗り場に近いところがいいと思ったら、3時間で300円。それは~ちょっと取りにこられない。うろうろする。うろうろしついでに、新阪急ホテルまでいって、場所をチェック。ところが喫茶の名前が合わない。「あれ~」実はホテルの裏から入っていったので、一番目の待ち合わせ場所が、一番奥の喫茶になっていたのだった。それがわかって安心。だから、場所チェックは大事よ。と自分に言い聞かせる。一安心のあと、駅にもどり、荷物のためのロッカー。すると、値段が違う。こちらは一日300円。「お~こうでなくちゃ。ここにしよう。」と軽いがかさばる荷物を収める。「腹減った~温かい飲み物が飲みたい」と息子いうので、構内のモーニングサービスのあるカフェへ。紅茶かコーヒーだから、しょうがない、息子は紅茶にする。一段落。ここでメールを。トーストが焼けてきた。それを受け取って、食べようとしたら、バターもなにもない。「う~ん、大阪だからな。」と思いながら、レジへ。ジャムがある。取ろうとすると、20円という値段札。「あれ?」「バターかなにかついてないんですか?」と尋ねると、「お~関西人でない」というリアクションがちらっと見えた後、バターナイフとホイップバターを手渡してくれた。さて、食事を終え、次はもう、決まっている。一路「枚岡神社」へ
2008.01.19
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昨日は風が強かった。私達が家にもどったとき、ちょうど友達が遊びの誘いにきた。息子は凧をもって出かけた。友達は大きな凧にびっくりしていた。7時前に帰宅。遅かったので、理由をきくと、凧が風に飛ばされ、糸巻きも一緒に飛んでいってしまい、追っかけていたらしい。よくまあ、木にひっかからなかったものだ。昨日も寒かったが今日も寒い。息子はこの寒い中遊びに出かけていった。さ、いよいよ、今夜いざ大阪へ!
2008.01.18
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夜行バスで大阪にいきオフ会に参加します。もちろん息子も一緒。なので、土曜日はブログお休みです。今回、どんぐりママのお顔拝見だったつもりが、大変なことになって。どんぐり倶楽部の糸山先生が福岡からお出まし!オフ会に参加。まさか。やっぱり信じられない。明日のこの時間は高速バスの中・・・・さ、寝よう。
2008.01.17
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実家の親には、さすがに余計なことはいえないので、今日は法事で学校を休んだことにしたと伝えた。息子は、実際、よい経験をしたと思う。お経を一緒に読んだり、お焼香したり・・・背筋を伸ばして頑張っていた。親に言われなかったのに。無事、終わりほっとした。さて、次は! オフ会だ!
2008.01.17
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「earth」を昨日、息子と観に行った。自然界の厳しい現実がスクリーンに映されていた。わたしは「屋根」のあるところでぬくぬくと暮らしている、と思った。そして、母親たち。何ヶ月も何も食べないで、おっぱいをあげて子供達を育てる。(ホッキョク熊、くじら)そしてこどもたちが旅をするのに十分大きくなってそれから、えさを探しに、旅にでる。(お店にいくのではない)母とはすごいものだ。すごすぎる。わたしは「穴」に入りたくなった。映画の始まる前の予告編をみて、息子が、「ガンバレ、なんて気安く言わないで!チェスト」を観たい、といっていた。そんなわけで、チラシを何枚か持ってきた。「Mr BEAN カンヌで大迷惑」息子は「だいのあとなんて読むの?」と聞くので、わたしが「どれどれ」とみて、「めいわく」と答える。そしてチラシを熱心に読んでいた。(なるほど。こういうチラシも読み物になるのねと納得)これは来週の水曜日に観に行く予定。あと持ってきたチラシは「テラビシアにかける橋」同名の物語の映画化「いじめられっ子が少女との出会いで変わる」1月26日から~「エリザベス・ゴールデンエイジ」敵は自分の心にもいる。これはわたしが観たい。2月?「マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋」 ・・・「自分のこと信じなきゃね」2月16日~ 勇気をくれそう。「母べえ」わたしが観たい。1月26日~ 「団塊ボーイズ」うちの主人向けかしら。バイクにのっているので。 2月9日~ 昨今、映画産業は収益が伸びている。自転車で20分かかるところシアターがあり、新しい映画をどんどんやる。この距離が、いいのか、悪いのか。
2008.01.17
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上州というば、群馬。そこの高崎の直売所で手に入れてきた中力粉:つるぴかり。昨日、この粉でパンを焼いた。南部の地粉と同じくらいのできあがり。十分膨らむ。この粉は、グルテンを多く含む小麦として多分最近品種改良されたものだと思う。もともとの上州地粉(農林61号)はグルテンがほとんどなく。うどん向きやパイ生地向き。パン向きの強力粉で有名なのが北海道のハルユタカ。ただし生産が気候に左右されやすく、安定していない。(品薄なので、お高い)そこで、パンにも使えるように中力の小麦をなにかとなにかの掛け合わせ?で品種改良して作った。高崎の手前の藤岡の直売所は驚くほど小麦の粉の自家製品が所狭しと売られている。最初その種類の豊富さにびっくりした。和菓子(おまんじゅう、あんこもち)から、パン、チーズケーキ、おやき、生うどん、生そば、菓子パン、おこわ、やきそばまで。それぞれ生産者のおばあちゃんが作っているのか、個性豊かであった。この中力粉使いたいなと思ったが、ちょっと買いにいくというわけにはいかない。一キロで350円。 先日値上がりした南部地粉も同じ値段だった。一斤に250グラム使うので、4斤分。さて。とりあえず、今日もこの つるぴかりで焼いてみる。
2008.01.17
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昨日弟から電話があり、亡兄の法事のことを知った。兄はわたしが生まれる前になくなっているので、正確な日を知らなかった。お寺から弟のところにはがき連絡があったそうな。弟から都合をきかれ、弟の都合と私の都合とあわせた結果、結局、明日となった。
2008.01.16
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1MX31きょうは ぜんこくたからさがしのひ、です。どのたからばこにも 3このウメーゾあめが はいっています。かめきちくんは ごぜんちゅうに たからばこを2はこ みつけました。 ごごは 今までに 3この たからばこをみつけました。では、きょうじゅうに たからのかずを ぜんぶで20こいじょうにするには、あとなんはこの たからばこを みつければいいでしょう。息子は勘違いして読んだ。息子は勘違いしそうだと思い、気をつけて読んで勘違いした。というのが本当のところ。「ごごはいままでに、3このたからばこを」この部分を「ごぜんとごごのいままで」と解釈してしまった。その後も「ごろごろ」っと勘違いの雪ダルマ状態。そこでわたし、一言「なんで・・・・」と言おうとして思いとどまる。自分の頭をぽこぽことやりながら。「ばかばか・・・」「ここでなんで・・・」とまたわたし。思いとどまる。「もう一回やってみる?」「やらない。」と息子。また、自分の頭をぽこぽこやりながら、「ばかばか・・・」といってしまうわたし。ちょっと自分が情けなくて・・・おい引き際悪いぞ!と内心自分に言う。すると息子は「そういうこと、マイナスなことをいっちゃあだめ!」とわたしを制する。「あたまを叩いちゃだめ!」「じゃなんていったらいいの?」とわたしが聞いてみる。息子はしばらく押し黙ってしまった。そして、言うには「「えらい、えらい」っていいなさい」「え?えらいえらいって 言うの?」とすっとんきょなわたし。「そう。」「えらいえらい」と言って頭をぽこぽこした私であった。わたしは超えた。超えることができた。一言言わないで昨日は終わった。息子の方が一枚上手のような気がした。これが人生。
2008.01.16
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どんぐり倶楽部の掲示板の過去ログをメモをとりながら3ヶ月もかけて丁寧に読んだ。時にはうるうる・・・としながら。そして、私は、みなさんともうすごく知っているような心理的錯覚?に勝手になってしまった。糸山先生にはいろいろと気付きの機会を与えて頂き、感謝してもしつくせないと思い、過去ログを読み終わったら、「書き込みするぞ」と燃えていたわたしだった。ところが、過去ログを読み進めているうちにわたしは、こう思ってしまった。「こんな風に書けない」膨大な過去ログを読み終わるころには、勝手なわたしの親近感と現実のギャップに整理がつかず?、「書けない」わたしがそこにいた。「なんで書けないの?」と自問自答してもわからなかった。しょうがないので、「私は実は文章を書けない人なんだ」と納得することにした。もしかして、こういう親は以外に多いかもしれない。先生に感謝、過去ログに参加されていて質問してくださった方々に感謝。と思っていたら、あと感謝するひとは~と思いが広がっていった。育ててくれた親に感謝、うん?、いや産んでくれた親に感謝。わたしがここに存在しているんだから。だから、笑おう。あとは・・・間接的に知らない人たちが、どこかでわたしを助けてくれているこういう人にも感謝。はて・・そうすると、世間に感謝? 空気吸って生きているから、環境に感謝。地面があるから、いや、生かされていることに感謝。宇宙の中で生かされている!わたしの親の親の親・・・・から脈々と続いている命。命のつながりに感謝。ということはご先祖さまに感謝。むすこも生まれてきてくれた、これから先につなげてくれよ・・・と感謝。まだ、論理や理屈で解明されていないことはたくさんある。でも、自然の中で動物も植物も人間も、微生物も細菌も、命の連鎖の中で今、生きている。生きて、生かされている。ああ、先生のおっしゃっりたいことは 「大自然のこと」そのもののように思う。アイヌ民族には「役目なしに天の国から下ろされた生物はひとつもない」と言う諺があるそう。今生物学の分野では、生物多様性がテーマになっているそう。(こんなに多様でなくってもいいのに、実にさまざまな生き物、生き方が共存していることが 明らかになってるそうです。)それぞれ役目があって、生を受けた。その役目とは?分かっちゃ人生つまらない。言えることは「そのまま、その人の個性(くせの場合も)を生かしてそのまま生きる」ということ。「自然体で生きる」しかない。そうやってお役目をみつける。どんぐり倶楽部の掲示板の背後に流れるおおきなもの、それがなんだかわからなくて、それに圧倒されていたわたしがいたのかもしれない。それが、わかった。
2008.01.16
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昨日はお出かけして、あるママと昼食を一緒に。もちろん、息子も一緒。どんぐりの話。息子の話。息子もわりといい子だったし、わたしも、話の途中に割り込まれてもあまり気にならなかった。そして、そのママの近況、幼稚園の近況などであっと言う間に時間に。そのママにこのブログの話をしてしまった。その後に、東急ハンズに。わたしは「白神酵母」を買いに行った。そのあと、息子は組み立てのグライダーをほしがった。「凧があるかきいてみれば」と提案。階は違うが「凧」があるらしい。値段が心配だったが、その階に。そして、ことが起きた。息子が一番高い凧をほしがった。グライダーの凧版みたいなものだ。結局、「ママは高すぎると思う、けれど、あなたが決めたら。」言ったにもかかわらず、親の顔色を見ている息子。「ママはどう思う?」と繰り返す。「ママは高すぎると思うから、買うの反対」「でも、あなたが決めたことは、認めるよ。」結局、息子は買った。残ったお年玉の中から後で出すということで。意気揚々と歩く息子。あれ?態度が変わった。はっきり言ってころっと態度が変わった。「へ~」スイッチみたいなものがあるというなら、「オン」状態と言おうか。いつもなら、はっきり反対するわたしだが、今回はちょっと態度を変えてみた。ちょっと変えたってところが彼に響いたのかな~「どんぐりやってね~」と聞いてみると「いいよ~」いいお返事。「うわお」息子は家にもどると、凧を組み立て、早速、飛ばしに出かけた。うまく飛んだらしい。無事、壊さないで嬉しそうに戻ってきた。お友達にあって自慢もしてきたようだ。お顔も満足そう。ああ、凧がすぐに飛ばなくなるような状態になりませんように。今日は「earth」だ!息子と映画時間を共有できるのが嬉しい!息子のみたい映画「Mr Bean」シリーズはなんと19日から!
2008.01.15
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初登場のハマクロンミニを車輪に使用。
2008.01.15
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先日、スケート場に行った帰り、駅の横にある雑貨店の中へ息子に誘われて入った。息子は「指輪、ママどれがいい?」という。「う~ん、あんまりどてっと大きいのは家事がしにくいし~」と言いながら ウインドーショッピングのつもりで、一通り眺めてみる。「これがいい~ オレンジっぽいし。小さいし可愛いし」息子は「じゃこれね」と確認。「うん」といってわたしは指から外し元の位置へ戻し、店からでる。昨日、夕方、父親と出かけるとき、「おみやげ楽しみにね~」と息子。「うんわかった~」と軽く受け流していた。そして、帰ってくると、父親が息子に「ほんとにポケットに入ってないの?」落としてきたのだ。(そのおみやげ)息子はかなり慎重にポケットを探しているが、ない。だんだん、半べそ状態。さらに、静かな混乱。すっかりしょげてしまっいる息子。言葉もない。父親がいうには、息子にしては高価な指輪を買った。「一言言おうか」とおもったけど、「ママに」といういうことで、黙っていた。さらにラッピングまで丁寧にしてもらった。お金は「ラジコンへり」の返金の自分のお年玉を当てた。「え~本当に買ってくれたんだ~」「本気だったんだ」息子にとって高い値段と父親がいった、その指輪。「どこで落としたか、思い当たる?」「どこまで、確実にもっていた?」そりゃわかれば、(大人だってこういうときはパニック)すぐ言うはず。夕飯をたべさせ、「きっとみつかるよ」と私は声かけして、息子と一緒に探しに出かける。息子は誰にも言われないでも、しっかりマグライトの光が強いか確認してから携帯する。「それはビニールの小さな袋に入っている。」と父親の説明。家をでて、きょろきょろしながら、自転車を進める。少し先に大きな通りがある。そこで信号待ち。そしてきょろきょろしながら渡る。帰ってきたときも渡った側で信号待ちをしていたそう。渡りきったところで、息子は薄明かりのそこにビニール袋をみつける。「あった~これだ~」大急ぎでもどる。早速、父親に報告。びっくりの父親。息子はビニールからラッピングされている箱を取り出して、「早く開けて中を確かめたいので、開けて」と私に言う。ラッピングがとっても可愛くて、開けるのがもったいないみたい。そこで、開けたらもとに戻せないかもしれないから、先に撮影。そして箱を開けて、中の指輪を出す。「よかった~ちゃんと入っていた~」とやっと安心する息子。息子の「気持ち」が嬉しかった。そして息子は今日は一つ、学んだと思う。これからはポケットのものを落とさないように気をつけるだろう。落とさないようにするにはどうしたらいいか工夫するだろう。わたしは今「息子の心に寄り添っていたい」と思っている。その思いがこんな形で返ってきた。「指輪」そのものより、「気持ち」が嬉しかった。息子に聞いてみた。「なにがあなたをこうさせたか」ということを。「あの、レストランにいったり、いろいろしてくれた時があったでしょ。、あの時。」「あの時にプレゼントをママにしようと思ったの。それはママの誕生日のあとだった。 誕生日のプレゼント、遅くなっちゃったけど。あれは誕生日のプレゼント。」そう聞いて思い返してみると、多分、そのころは、私が「覚悟」を決めていた時期だったんだろうと思う。息子に寄り添っていくぞと。「伝わっていたんだ。」「これからも心していかねば」と改めて思った。「わたしが変わることも含めて」
2008.01.15
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今から息子にお願いしていること。2つ。ママの誕生日忘れないでね。会えなくてもカードを送ってね。独立して住んでも、一年に一回、お正月くらいは顔を見たい。大きくなったとき、覚えていてくれるだろうか。
2008.01.14
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昨日に引き続き、最後の部分を。精神医療と文化精神医療だけでなく、さまざまな学問、文化は諸外国からの遅れと取り戻すため、追いつけ、追い越せと、明治以来急遽輸入したために、輸入当初のままで日本の学問文化にならないでいる。だから、土着の学問文化として定着したものにはなりきれていない部分がいまだにあるのではないか、と思っています。フロイトの成し遂げた仕事は、心の働きに自然科学というメスを入れるきっかけとなったと言う点では評価しなくてはならない。けれども、精神分析の理論だけで人間の心のすべてが説明され尽くすというものではないのです。そういう意味で、臨床心理学や精神医療には精神分析が大幅に取り入れられていますが、それが全てだと思うことは危険なことだと思います。科学的な合理性が真実なのではなくて、現実に存在する現象が真実なのであって、現象を系統立てて抽象化し、理論として一般化することで、学問が成り立っているに過ぎないのだと言うことを考えないといけない。学問とは人類の知的軌跡でしかなく、だから科学的ということは現象に素直であるということが本当であろうと思います。すでに学問として知られている理論に合うか合わないかではなくて、今、現実に出会う現象に一番合うと思うものが見い出せるなら、それが本当なんだと考えていく必要があります。こういうふうに話していきますと、われわれが診ている精神病とされる方々も、精神科医学といわれる理論体系のなかで、そう分類されているにすぎません。そして、その方々の生きざまというか、ありようも、生き物が生き物として自分の個体を保存したり、生命を保存したり、生き物が生き物として、生きつづけようとする宇宙的存在としての宇宙意思の現れによるのであって、そのなかで、さまざまな状況がおきているのだということがよくわかる。とすると、病気とか、病気でないとかではないく、"人”の在り方そのものを示す姿だということが見えてくるのです。ですから単純に病気は不健康なものと決めつけるのではなく、生き物としての自己保存本能というものを発揮する中で、いろいろな症状や状態が作られていくのだと考えると、病気ということもまた、その人の生き方の一つであって、それも生き物としての健全な生き方、と見ていく必要があるのかもしれません。今のように、ストレスの多い学校状況であれば、不登校となるこどもが増えて当然だ、というのも同じ論法で理解しなくてはならないでしょう。この渡辺先生の勤務されていた国府台病院のなかの登校拒否の親の会である「希望会」が「登校拒否ー学校に行かないで生きる」という本を出版しました。その後要望があり病院以外の方を対象に「登校拒否を考える会」がつくられました。さらに「東京シューレ」へと進化していきます。ですから、渡辺先生と東京シューレは深い関係です。その東京シューレの「ホームシューレ」に今、親子で所属しています。その中のイベントとして、親ゼミというのがあり、それに参加すると渡辺先生とお話ができるようなんです。お会いしたいような・・・どうしようかな。
2008.01.14
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一回め本体のモジュールの問題でコントロール不能(主人の分析)で交換。2回目は本体のモジュールの問題でオーバーヒートしてないのにオーバーヒートのサインが出る。そして動かなくなる。で、交換しにまた池袋に。お店に青色はなく、回収されているとのこと。(苦情が何件かあったらしい)それで返金を頼んでみたらしい。が、黄色と赤しかないといわれ、息子は「黄色」といっていたので、交換してみたらしい。ただし、「今度、うまく飛ばなかったら返金してね。」と先に釘をさしたらしい。フロアの一角で、主人は試験飛行してみたらしい。今度はリモコンがオフなのにプロペラがまだ回っている。(コントローラーの指示を忠実に再現できない)お店の人がやってきて、「どうですか?」「ちょっと反応が鈍いようです。やってみてください。」と主人。お店の人がやってみてから、やっぱりうまくいかない。店員いわく「こんなものだと思ってください。」「思えません。」と主人は(ばかいってんじゃないよ。うりものでしょ。景品とか、試作品とかじゃないんだから)お金を返してもらってきた。店員もしょうがないと思ったらしい。というわけで、HELI Qは我が家から姿を消した。今、息子は「やまと」を 「ゆっくりじっくり丁寧に」という合言葉とともに、急がないで作っている最中。
2008.01.13
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「不登校のこころ」渡辺位 教育史料出版会 1992年「学校化社会」最近は学校が絶対化されていて、学校化社会などという言葉もありますが、社会一般ではとにかく子供に物心さえつけば、無事学校に行けるように育てることが子育て上は一番重要であるように考えられていて、子育ての主役であるはずの両親はこどもがただただ無事に学校に言ってくれていさえすれば安心している。つまり親の愛情とは学校に行ける子にそだてることだと親が思い込んでいく。そのなかで本当は親と子の愛情を深める事に子育てのポイントがあるということが忘れ去られていってはいないのか。言い方を変えると親と子とがなじみあえなくても学校に子供がなじみさえすればことが済むと思い込んで子育てが行われている。そうした状況をまのあたりにしているとやはりこれも、学校化社会とか、学校信仰とかいわれるように、子供にとっての価値は学校教育がすべてとするような、病む社会の中で起きた家庭、あるいは家庭内の異変でもあるのかな、と考えられてきます。不登校がその家庭よりも学校のほうが絶対と思い込む価値観の中で問題にされているとするなら、やはり不登校を問題にしない社会になったときにはじめて子供が家庭を中心にした生活をすることも問題にされず、そのなかであらためて親と子の関係を見直す状況も作られてくるのではないかと思います。もっと真剣に子ども自身の存在ということを考えて、単に学歴とか学力とか形式的な学校集団の経験というものだけで子育てのすべてが終わったとするのではなくてもっと親と子、大人と子供との人間関係を通して広がる子供の内面の豊かさというものに目を向けることが大事なのではないのか。そういう意味で社会側を尺度にした社会中心の「常識」に基づく「子育て論」というものの誤りを見直していかなくてはならない。そして、人間というものは初めに言ったように生き物ですから、生き物としての人間を中心にした"人”への見方とか考え方というものに価値が見いだせるように社会の価値観が変わっていかなければいけないのではないかと思います。でもついわれわれは「合理主義」による社会になれ、理屈に合いさえすればそれが良いこと、正しいことと思ってしまう。でも、その論理によって立つものが間違っていたら、それに基づいて構築されて理論というものは、正当性を失うものです。でも、理にかないさえすればそれが正しいという見方にとらわれてしまうと、要するに基本理念よりも理屈が通ればいいのだというようなことになってしまいますがそうではないのではないか。やはり理屈よりも、人間の本質というか、生き物本来のあり方に基づいた原則や感性こそが本物なんだと、私は思いたいのです。わたしはあるとき親より先生の方が絶対と思っていたのを思い出した。
2008.01.13
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