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アラスター・グレイの「哀れなるものたち」を買書。昨日、この本を買って、予定されていた宴会に出かけたところ、宴会場で忘れてきてしまいました。数人で帰りかけていたのを、宴会の世話をしてくれていた人が追っかけてきて、 「誰か!これ忘れてへんか?」(僕)「あっ!僕の!」 「誰のか分からへんかったから、ちょっと中みたで。難しそうな本読んどるな。」(僕)「(いや。読んでないですけど・・・。)題名を見たらまじめみたいやけど、フランケンシュタインもんやし。」 「いやいや(なにが?)・・・。」(僕)「しかも、女のフランケンシュタインやし・・・。」 「・・・。」この時、いっしょにいた男どもの頭の中に、なにが去来したのか知りようも無いですが、皆黙ってしまいました。「作家アラスター・グレイは、グロテスクな装飾の施された一冊の書を手に入れた。『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』と題されたその本は、19世紀後半のとある医師による自伝だった。それは、実に驚くべき物語を伝えていた。著者の親友である醜い天才医師が、身投げした美女の「肉体」を救うべく、現代の医学では及びもつかない神業的手術を成功させたというのだ。しかも、蘇生した美女は世界をめぐる冒険と大胆な性愛の遍歴を経て、著者の妻に収まったという。厖大な資料を検証した後、作家としての直感からグレイはこの書に記されたことすべてが真実であるとの確信に到る。そして自らが編者となってこの「傑作」を翻刻し、事の真相を世に問うことを決意するが……。虚か実か? ポストモダン的技法を駆使したゴシック奇譚。」(本の紹介より)
2008年01月31日
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ジョン・メイナード・ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」(上)を買書つんどく。はてさて、なんでこの本を買ったかというと、実は僕の学生時代の思い出の本で、当時塩野谷九十九さんの訳でボロボロになるまで読んだ本なのです。今までで、ほんとに読んだといえるのは、この本くらいかもしれません。その後、塩野谷さんの多分息子さんであろう塩野谷裕一さんの訳が出たときにも買い込み、その時点からつんどくメニューに加わったのですが、このたび間宮陽介さんの訳が文庫で出たということで、いても立ってもいられなくなった、とこういう(どういう?)わけなのです。説得力あるなぁ~。ところで、このカバーの絵です。ケインズとケインズ夫人のリディア・ロポコヴァが並んでタバコを吸っている絵なんですけど、これは断じて内容となんの関係もないよ~。変です・・・。
2008年01月30日
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ヴォルテールの「カンディード」を読みました。「カンディード」自体は、前にも書いたとおり再読ですが、今回はいろいろなコントも含めて読み直してみた中で、数ある遍歴譚(遍歴コント)の集大成としての「カンディード」という感を強く持ちました。その現代的意義ということになると、すでに歴史的書物となっていると言わざるを得ないと思いますが、稀有な遊戯的精神の発露という観点からは貴重なものであると思います。こんな言い方は無いのですが、成長しないアンチ・ビルドゥングス・コントみたいな印象です。で、これからのメインとしてはシラノ・ド・ベルジュラックの「月と太陽諸国の滑稽譚」を読んでみます。30年以上のつんどくの中から引っ張り出してきたものです。
2008年01月29日
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あの恐怖(?)が再び降臨!というわけで、吉村達也さんが書いた「マタンゴ -最後の逆襲」を買書つんどく。この前「マタンゴ」を話題にしたときには、このような恐ろしい(?)ことが起ころうとは思っても見なかった!僕は、この偶然のいたずらに、崇高な慄きを感じています(笑)。「富士山麓の樹海の奥深く、大型ヨットが浮かび、亡霊がさまよっている―その「都市伝説」を確かめようと訪れた五人の男子学生と二人の女子高生を包み込む極彩色の胞子の霧。そして現れたキノコの怪物!十年後―悪夢を忘れ、女優、作家、キャスター、刑事、実業家、細菌学者、宇宙飛行士として活躍する彼らのうち、四人の身体に異変が。十年の潜伏期間を経て、肉体がキノコに変身しはじめたのだ!その裏には国際バイオテロ計画が。伝説のマタンゴが、半世紀ぶりに蘇る。」(「BOOK」データベースより)そして、この本の解説の中で縄田一男さんが転載している、吉村さんの「マタンゴの恐怖」を紹介しときますと、「私のホラー作品を読んで「怖くてトイレに行けなくなりました」という感想はよく頂戴するが、その作者の私が一九六三年、小学校六年生の夏に見て、文字どおり震え上がった映画がある。数ある東宝の特撮作品中、いまもなおマニアックな人気を誇る「マタンゴ」だ。(中略)どれぐらい恐ろしかったというと、映画を見終えたあと、アイスクリームを買おうと小銭を取り出す指先が、恐怖の余韻で小刻みに震えて止まらなかったほどなのだ。(中略)さすがに、いまでは怖さはほとんど感じない。だからといって、映画館で手を震わせていたあの日の衝撃が色褪せることは決してなかった。「こころの風景」とは、そうたやすく消えないものらしい。」なんてこと!まるで自分のことを書いていただいているようです。
2008年01月28日
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吉本隆明さんの「日本語のゆくえ」を買書つんどく。「現代の若いやつの詩は「無」だ!」というわけで「神話の時代から現代へ…、日本語表現を考える。」内容らしく、その中で、水無田気流さんの詩が同じように「無」だけれども、その中ではなにかを構築しようとしている例としてあげられていました。ところで、この本の後書きで、東京工業大学世界文明センターの田中理恵子さんへの謝辞があるのですが、この田中理恵子さんが実は水無田気流さんで、この本がなるにあたりインタビュアーなどを務めているそうです。とりあえず、これで水無田気流さん3連チャンはひとまずお休みです。
2008年01月27日
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久しぶりに紀伊国屋書店に行ったら、「「厭犬伝」の著者弘也英明は当社の社員です。」という張り紙がありました。へぇ~。・・・・・。どういう反応を期待されているのか悩んでしまいました・・・。
2008年01月26日
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水無田気流さんの詩をみつけましたので、ご紹介。世界同時多発トロ最初に攻撃を受けたのはペンタゴンだった国防長官は一〇分で駆けつけたが時すでに遅く「なごむニャ」などという 意味不明な言葉があふれていたしかしそれは恐怖の序章にすぎなかったつぎにサミットの内側と外側がおそわれた石油会社も 水会社も 怒れる若者も 農民も「しあわせなのニャ」などという ばかりになった事態を重く見たミッキーはミニーとドナルドを内偵に送ったがこの二人もまた「涙がとまんニャい」などというメールを残し 音信不通となったこうして世界はおそろしいほど ほんわかしていった言葉はすべていったん消去されてしまったので誰もがたずねた「世界って、何だろうニャ」ただ日本の国会だけはキャラクター商品に慣れていたので何ひとつ変わらずえんえんと 予算審議がひきのばされていたこの詩は2006年4月14日の朝日新聞夕刊に掲載されたものとのこと。僕にはなんのことやら分かりませんが、おかしいですね。この詩を含めて、いくつかの詩(ちょっと硬派のものも含めて)が、水無田気流さんのホームページに紹介されていましたので、ご興味のあるかたは、http://www17t.sakura.ne.jp/~intermezzo/index.htmlまで。日記も面白いです。 ↑ これは水無田気流さんのホームページのトップの画像で、第1詩集「音速平和」のカ バーと同じもののようでですが、少しだけ違うところがありました。
2008年01月26日
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水無田気流さんの「黒山もこもこ、抜けたら荒野 -デフレ時代の憂鬱と希望-」という本を買書つんどく。「不安、絶望、締念―「体感格差」の正体。中原中也賞受賞、気鋭の30代女流詩人が問う、「凡庸な人生」から見える、ニッポン社会のゆがみ。」(「BOOK」データベースより) なんだか分からない。「第1章 黒山もこもこ、抜けたら荒野(思い出の人混み/人混みの思い出/あらかじめ失われた世代 ほか)/第2章 「普通」へのノスタルジア(「三種の神器」時代を遠く離れて/母親はお見合い結婚世代 ほか)/第3章 世代観闘争(世代論はなぜ好まれる?/日本社会は「単一的」なのか? ほか)/第4章 一九八〇年代―文化系女のサブカルチュラル・ターン(不思議少女と呼ばれて/文学少女はサブカルにより更新された ほか)/第5章 自分のことは自分で決められる、の罠(選んだものが負けていく/またしても過渡期の世代 ほか)」いよいよわかりませんねぇ~。それでもって、本のタイトルも「黒山もこもこ・・・」ですから、これで何の本だか分かれっていわれてもねぇ~。 一体、こんな本誰が買うんだろう?と思ったら買っていたんでした。
2008年01月25日
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「谷崎潤一郎犯罪小説集」を読みました。「犯罪小説」というタイトルとカバーデザインに惹かれて、ぱらりらと目を通していたところ、引き込まれて最後まで読んでしまいました。「柳湯の事件」妄想てんこもり。うれしくなってしまいました。「途上」心理戦。しかし、やられっぱなしの一方的なノックアウト。「私」最初、何を読まされているのだか分かりませんでしたが、独白の揺らぎ(ほころび?)から、こういう(どういう?)話を読みなれている現代の読者なら、見破ってしまうかも。「白昼鬼語」暗号つき谷崎版二重ドッキリカメラ(なんだそりゃ)。全体を通して、乱歩を想起しながら読んでいましたが、たとえば「白昼鬼語」は1918年の新聞連載、乱歩の「二銭銅貨」が1922年なんだそうです。乱歩の怪奇と幻想の前に、こういう大作家の地ならしがあったことに感慨深いものがありました。
2008年01月24日
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スティーブン・ミルハウザーの「ナイフ投げ師」を買書。ミルハウザーは日本に紹介された当初から読んできている作家ですが、僕にとっては不思議と話の印象は強くなくて、自動人形とかのガジェットが強く記憶に残る作家さんです。今度はどうでしょうか?「自動人形、遊園地、気球飛行、百貨店…ようこそ“ミルハウザーの世界”へ。飛翔する想像力と精緻な文章で紡ぎだす、魔法のような12の短篇集。」(「BOOK」データベースより) ↑ カバーデザインがとてもいいですね!
2008年01月23日
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木地雅映子さんの「悦楽の園」を買書。「この“塔”を出るのよ。出逢いが少女を、革命家にする。相原真琴、13歳。「普通」が求められ、息詰まる学校で、彼女は見出した。パパとママと同じように、妥協せずに。相手は、驚天動地、天衣無縫の先天性不思議少年。「氷の海のガレオン」の著者が描く、気高き少年少女の物語。」(「BOOK」データベースより)「氷の海のガレオン」1994年、「オルタ」2006年。「オルタ」にどうも納得いかなかったので、「悦楽の園」2007年を読んでみようと思いました。この間たった1年です。「オルタ」の子ではなく「ガレオン」の子であることを期待していますが、この違いはとても微妙にも思えます。しかし、僕にとってその意味はとても大きいのです。
2008年01月22日
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D.M.ディヴァインの「悪魔はすぐそこに」を買書。ミステリの中でも、パズラーがそう好きでもないのに買ってしまいました。たしか「このミス」で第5位(?)くらいなのを、見た記憶があります。僕にとってディヴァインといえば、真っ先に思い出すのは「ピンク・フラミンゴ」なんですけど、知ってます?「ハードゲート大学の数学講師ピーターは、横領容疑で免職の危機にある亡父の友人ハクストンに助力を乞われた。だが審問の場でハクストンは、教授たちに脅迫めいた言葉を吐いたのち変死する。次いで図書館で殺人が起き、名誉学長暗殺を仄めかす手紙が舞い込む。相次ぐ事件は、ピーターの父を死に追いやった八年前の醜聞が原因なのか。クリスティが絶賛した技巧派が贈る傑作。」(「BOOK」データベースより)
2008年01月21日
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書店で、ヒヨコ舎編「本棚」というのを見かけたので、ぱらりらしていたら、「あの人の本棚はおもしろい。歌人、漫画家、小説家、絵本作家、翻訳家、イラストレーター、書評家と、いまをときめくクリエイターの中でも「本好き」で知られる人たちの本棚を拝見。本への思いをインタビューと写真で紹介します。(登場する人)石田衣良/宇野亜喜良/大森望/角田光代/金原瑞人/川上未映子/喜国雅彦/桜庭一樹/長崎訓子/中島らも/穂村弘/みうらじゅん/山崎まどか/山本幸久/吉野朔実」なんだそうです。川上未映子さん、桜庭一樹さん入っていますね。タイムリーなので、お二人の本棚を興味深く見てしまいました。発売が1月18日なので、うりは喜国雅彦さん、穂村弘さん、石田衣良さん、大森望さん、みうらじゅんさん、中島らもさんがキャッチになっていました。おもしろいですね。えっ!おもしろくない!すみません、以後気をつけます・・・。
2008年01月20日
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マリオ・バルガス・リョサの「楽園への道」を買書つんどく。池澤夏樹さん編世界文学全集の第二回配本です。「「スカートをはいた煽動者」フローラ・トリスタン 「芸術の殉教者」ポール・ゴーギャン 祖母と孫がたどった自由への道」(帯より)僕にとって、リョサといえば、なんといっても「緑の家」。学生時代、マルケスの「百年の孤独」やカルペンティエールの「失われた足跡」などと同じ頃(25年以上前の話です)に触れた本で、一発でラテン・アメリカ文学の世界に引きずり込まれてしまいました。むしろ、「百年の孤独」よりも印象深かったと言ってよいくらいです。そして「世界終末戦争」。しかし、リョサの本がほとんど絶版なのには、どう考えても納得がいきません。早くノーベル賞でも獲って、復刊してくれないものでしょうか?
2008年01月20日
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今では、書名を見るだけで「いいのかなぁ」と気になってしまう、ピョートル・バヴロヴィチ・エルショフの「せむしの小馬」を読みました。昔々、思い出せないくらい昔に読んだか映画を観た記憶がありますが、小馬の鮮明なイメージは残っているものの、ストーリなんてすっかり忘れていましたので、とても面白く読めました。ご存知「馬鹿のイワン」が小馬に助けられて、皇帝の出すいろいろな難題を解決していきますが、淡々と物語は進んでいきますので、あれこれ首をひねったりするのはバカらしいくらいです。しかし、なぜ小馬は「せむし」なのか?ユゴーの「ノートル・ダム・ド・パリ」のカジモドには「せむし」であることの物語的必然性が感じられるものの、「せむしの小馬」の場合はそういうのは感じられなくて、「長靴をはいたネコ」でもかまわないわけです。解説のなかでは、日照の少ないシベリア出身のエルショフの小馬は「くる病」なのだ、と書いてありました。昔話のなかでは異形のものがむしろ特異な力をもっていることがよく見られるので、そんな系譜につながっているのかも知れませんね。
2008年01月19日
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本日は定休日です。ちょっと忙しかったかな。お休みなさい。ZZZ・・・。
2008年01月18日
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これはとくべつな日やとゆうんで、1.17のことはきっちりと5時46分にブログを更新するつもりでしたが、や、3秒フライングしとおやん、こりゃどうにも取り返しのつかんことや、てくやんでみてもされやんことはしたくないなぁ。というわけ(なにが?)で、芥川賞は川上未映子さんの「乳と卵」に決まったようです。で、直木賞は桜庭一樹さんの「私の男」。文学色は強いかなぁ。どうせなら「赤朽葉」の時に、もらって欲しかったなぁ。ま、なにはともあれ、めでたいめでたい。
2008年01月17日
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きょうは1月17日。ただ今5時46分。僕らの地域にとって、そして僕にとっても、特別な日付と時間です。
2008年01月17日
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木地雅映子さんの「氷の海のガレオン/オルタ」を読みました。「氷の海のガレオン」を読みながら、社会とか制度との折り合いのつけ方、そしてとりわけ「世界」との折り合いのつけ難さ、生き難さ、について考えていました。これは、誰もがどうのこうの言うことはできても、誰もがどうもできない、生まれたときから決しているのでしょうか?「だから、戦える魂だけ、ここにおいで」ということなのでしょう。なんとなくやるせないんでした。それから12年。「オルタ」では、木地さんはすでに結婚し、母となっているようです。娘であるオルタは、精神的になにか欠陥があるらしい男の子からのいじめ(?)によって、学校へ行くことをやめます。ここでは、社会とか制度による犠牲とか、それとの戦いがテーマになっていて、なにかしっくりしないものを感じざるを得ませんでした。いみじくも、藤田香織さんが巻末の解説で、「十二年。待ちに待った今回の文庫化で私は作家・木地雅映子に「お帰りなさい」と声をかけたいと思っていました。けれど、本書を読み終えた今、それもまたちょっと違うような気がしています。」と書いているのも、同じようなことかな、と感じました。傷つきやすい「魂の戦士」は、なにかふてぶてしい戦闘マシーンになってしまったか?というか、これが生き延びるということなのか?
2008年01月16日
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光文社文庫版新訳シャーロック・ホームズ全集の「恐怖の谷」を買書つんどく。前にも書きましたが、この全集の特徴は、ストランド紙初出時の挿絵がたくさん掲載されていることで、見ていても楽しいものです。この9巻でもって全巻完結。めでたい、めでたい。老後、安楽椅子に座りながらホ-ムズをちびちび読む、というような人生が送れれば最高!って気がしますね。
2008年01月15日
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インターネットで注文していた招き猫(鯛つき)届きました。かわいらしいです。ところで、どなたか招き猫(蛸つき)を知りませんか?とても欲しいのです。 ↑ 先住民の招キツネと
2008年01月14日
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弘也英明さんの「厭犬伝」を読みました。まず最初に、どのような世界の何につきあわさせられているのかが分からないので、とまどいました。このイマジネーションは、ちょっとしたもので、初めて触れる人は、びっくりすると思います。人間の骸から生える「汚木」と呼ばれる木から、「仏」と呼ばれる人型を作り、「仏」どおしの「合」と呼ばれる戦いを戦わせる。主人公は、誤ってある仏師を死なせ、また彼の作った「仏」を略奪したために、残された娘から仇討ちの挑戦を受け、生命をかけた「合」を戦わなければならなくなる。このメインを取り巻くモンスターめいた生き物や人の風習などが、またとても異様なものです。たとえば、主人公は幼いときに母を惨殺され、しかも兄に去勢されています。ただ、全体的にイメージ先行型でそれらのつながりが悪く、時に短絡的であるように思われました。深読みを誘うかのような鬼面人を驚かす描写があるかと思えば、断片的でうまく繋がっていない稚拙なところもかなり目に付く。ストーリーが安直だと思うのは、僕の思慮の足らなさかもしれませんが、筋運びの悪さは勘違いではないと思います。しかし、このイマジネーションがどこに由来するものか(コミックかゲームである可能性もありますが、それはともかく)分からないものの、もったいないと思います。エンターテイメントとして説得力のある心理の動きと筋運びによってパワーアップした本を読ませていただく機会が欲しいものだと思いました。
2008年01月14日
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木地雅映子さんの「氷の海のガレオン/オルタ」を買書。「今日も生き延びた。でももうすぐ明日が来る。明日は生きていられるのかな。でも、この人だって生き延びているのだ、生き延びて、22歳で『氷の海のガレオン』を書いた。木地雅映子がどのように生き延びたのか私は知りたかった。まったく書いていないようだけど、どこかで生き延びているのなら、それを知りたかった。その人は外国に住んでいたらしかった、昨年までは。「昨年から、連絡がつかない状態です」。30歳。30年生き延びたということ?それとも、どこかでまだ生き延びているのですか。それならどうか、その世界がそれほどおそろしくありませんように。私はもう25年生き延びました。」(八本脚の蝶:2002年9月25日その2)と、自殺してしまった二階堂奥歯さんが書いている本です。そして「まったく書いていないよう」だった木地雅映子さんは、2007年10月に13年ぶりとなる新著「悦楽の園」を上梓しました。
2008年01月13日
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年末、年始と滞っていた出版物が書店に大量に並び始め、欲しいものもいっぱいあって、ほとほと困っています。また、ぼちぼち買書とつんどく(読書はどこに?う~ん。それは・・・)の日記は書くとして、昨日11日は鏡開きでした。「鏡開き(かがみびらき)とは、正月に年神に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事である。鏡は円満を、開くは末広がりを意味する。武家では、鎧などの具足に供えた具足餅を下げて雑煮にして食し、これを「刃柄(はつか)」を祝うといった。この武家社会の風習が一般化したものである。刃物で切るのは切腹を連想させるため、手で割ったり、木鎚で砕いたりする。また、女性が鏡台に供えた鏡餅を「初顔」を祝うといい、二十日(はつか)にかける縁語とした。また、「切る」「割る」という言葉を避けて「開く」という縁起の良い言葉を使っている。 また、鏡餅を食すことを「歯固め」という。これは、硬いものを食べ、歯を丈夫にして、年神様に長寿を祈るためという。 元々は1月20日に行われていたが、徳川家光が亡くなったのが二十日(慶安四年四月)であったためこの日を忌日として避け1月11日に変更されて現在に至っている。今でも1月20日に行う地方があるほか、京都では1月4日に行われる。これとは別に、祝宴などで、酒樽の蓋を木槌で割って開けることも鏡開きという。」(うぃきぺでぃあ)●どうして鏡開きの前に食べちゃいけないの? ●鏡餅って飾っておくだけじゃダメなの? ●縁起が悪いから開くっていうらしいけど、なんで? ●そういえば、樽酒でも鏡開きというのはなぜ? ●叩いても割れないし、最近は真空パックが主流だけど、どうする?というような疑問に答えたサイトもありましたので、興味がありましたら。http://allabout.co.jp/family/seasonalevent/closeup/CU20070102A/で、うちでも一日遅れの今日、鏡開きをやりました。真空パックのやつなので、開けて餅食っただけなんですけどね。(しかし、一日遅れてもよかったのかしらん?) ↑ いやぁ~立派な鏡もちです。鏡もちはこうあるべきであって、うちのやつと大違いです。
2008年01月12日
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年末に、印象に残った本ということで何冊か挙げたのですが、ちょっと失念していたので追加します。○「ナジャ」ブルトン 狂気の発露、ひらかれた「羊歯の目」に戦慄した。「私は朝になって、はてしのない希望の羽ばたきがそれ以外の恐怖の羽ばたく音とほとんど区別されなくなるようなひとつの世界の上に、彼女の羊歯の目がひらかれるのを見た。それまでその世界の上では、目がとじられるところしか見たことがなかったのだが。」(「ナジャ」) ↑ ナジャの「羊歯の目」のコラージュ○「ひとり日和」青山七恵 決して甘くはないけれど、ほんとによい小説だなぁ~と思いました。というわけで、感想にもなんにもなっていないけど、これにて一件落着。
2008年01月11日
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DBCピエールという人の「ヴァーノン・ゴッド・リトル -死をめぐる21世紀の喜劇-」という本を買書つんどく。なんでもコロンバイン高校の銃乱射事件を下敷きにした「下品な」小説で、ブッカー賞を受賞したときに波紋をよんだとか。DBCピエール「本名ピーター・ウォーレン・フィンレイ。筆名のDBCはDirty But Cleanの略。1961年イギリス国籍の両親の元、オーストラリア南オーストラリア州レイネラに生まれる。1歳半でアメリカ合衆国に移住、7歳から23歳までメキシコ合衆国メキシコシティに住み、その後もオーストラリア、スペイン、イギリスなどを転々とする。現在アイルランド共和国リートリム在住。漫画家、映画製作者、グラフィックデザイナーなどの職業を経たのち、デビュー作である「ヴァーノン・ゴッド・リトル」で2003年ブッカー賞を受賞。」(読むまで死ねるかっ)真正のヤク中でもあったらしい。コロンバイン高校銃乱射事件「コロンバイン高校銃乱射事件は、アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡のコロンバイン高校で1999年4月20日(火)に発生した事件である。トレンチコート・マフィアと自称する同校の生徒、エリック・ハリスとディラン・クレボルドが銃を乱射、12名の生徒および1名の教師を射殺し、両名は自殺した。重軽傷者は24名。学校における乱射事件としては、2007年4月16日にバージニア工科大学銃乱射事件が起きるまでアメリカ史上最悪であり、学校に対する攻撃としても二番目に大規模なものであった。」(うぃきべでぃあ)
2008年01月10日
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今日で、開設100日めを迎えました。自分を褒めてやりたい・・・。記念に(なんの記念や?)テンプレートを変更しました。いつかはオジンニナル・テンプレートで立派なオジンに・・・もうええて・・・。
2008年01月09日
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きのうに引き続き、蝶の脚について。これが平家の紋です。もちろん六本脚です。 ↑ 六本脚だぁ~そんでもって下のが、二階堂奥歯さんの日記のタイトルです。同じものに思えますが、八本脚になってますね。ふ~ん。なにか加工したのでしょうか? ↑ 八本脚だぁ~
2008年01月09日
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もう売っていないと思っていた二階堂奥歯さんの「八本脚の蝶」を書店でみつけたので買書。寄る年波により(トホホ・・・)、ウェブで見ていると目が疲れるし、もうひとつ気合も入らないので、紙の書籍で欲しいと思っていたのでラッキーでした。この「八本脚の蝶」については、いままでも何回か触れていますし、これからも触れると思いますので、今回はこの書名というか日記の名称の由来を、奥歯さんの日記から紹介してみます。「虫のオブジェで一番好きなのは、東大寺大仏殿にある花挿しについている青銅の揚羽蝶だ。修学旅行で見つけて大喜びして、行くたび土産物になっていないかと探すけれど、見たことがない。この揚羽蝶はからだがむくむくしていてかわいいし、なんといっても脚が8本もあるのだ。昆虫の定義は6本脚であることだというのに。本当におかしなやつだ。揚羽蝶という家紋(平家の紋)があって、これはデザイン的には東大寺の揚羽蝶と同じだけど、脚は6本。その他の日本古来の蝶の図版を見ても、みんな6本脚だ。なんで東大寺だけ8本なのか調べていたら、次のような説を見つけた。福寿寺にある平家の赤旗に描かれている揚羽蝶は、触角が6本脚の後方についている(へんな蝶だ)。それを元にして作って間違えたのではないかというのだ。すてきだ。デューラーの犀のように、間違いが間違いを呼び、怪獣が生まれる。8本脚揚羽蝶を私の紋にしようかな。」(2002年8月29日の日記) ↑ 東大寺大仏殿の青銅の揚羽蝶(ほんとに八本脚だ!)
2008年01月08日
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今日は1月7日。といえば七草粥ですので・・・。ってもう書いたやん。そうではなくて、昼ごはんに七草粥を食べました。すぐにおなかが減りました。家に帰ったら、やっぱり晩ごはんも七草粥でした。すぐにおなかが減るのでしょうか?知ったことではないと?ごもっとも。
2008年01月07日
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今日は1月7日。といえば、七草粥ですので、キッコーマンのホームクッキングのレシピから自分の勉強も兼ねて豆知識ということで。 ■ 七草粥のこころ 「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」、子どものころに一所懸命覚えた春の七草の名前です。ゴギョウはハハコグサ、ハコベラはハコベ、スズナはカブ、スズシロはダイコンのこと。この七草をお粥にして1月7日に食べる七草粥の習慣は、江戸時代に広まったそうです。七草の種類は時代や土地によって異なり、七草がもっと多くなったり、少ない場合もあったそうですが、いつの時代もどんな土地でも、年頭にあたって豊年を祈願し、「今年も家族みんなが元気で暮らせますように」と願いながらお粥をいただくその気持ちに差はありません。 ■ 七草粥の知恵 ところで、なぜ七草粥なのでしょう。七草は、早春にいち早く芽吹くことから邪気を払うといわれました。そこで、無病息災を祈って七草粥を食べたのです。古くはまな板の上で、草をトントン叩いて刻むその回数も決められていたとか。こんな、おまじないのような食べ方も素敵ですが、実はこの七草粥、とても理に叶った習慣です。七草はいわば日本のハーブ、そのハーブを胃腸に負担がかからないお粥で食べようというのですから、正月疲れが出はじめた胃腸の回復にはちょうどよい食べものです。また、あっさりと仕上げたお粥は、少し濃い味のおせち料理がつづいたあとで、とても新鮮な味わい。 ■ 七草の効用 では、日本のハーブ七草にはどのようなパワーがあるのでしょう。おもなものを次に挙げてみましょう。[セリ] 鉄分が多く含まれているので増血作用が期待できます。 [ナズナ] 熱を下げる、尿の出をよくするなどの作用があります。 [ハコベラ] タンパク質が比較的多く含まれ、ミネラルそのほかの栄養に富んでいるため、民間では古くから薬草として親しまれています。 [スズナ・スズシロ] ジアスターゼが消化を促進します。 もちろん、いずれもみずみずしい緑の草ですから、ビタミンがたっぷり含まれています。緑が不足しがちなお正月、滋養豊かな七草でクッキングしてみませんか。 (以上キッコーマンのホームページより。キッコーマンさんありがとう!って3回もキッコーマンの名前をだしちまったぜ・・・フフ・・)うちの子どもたちも、なにやら一所懸命に七草の名前を憶えようとしていました。大切にしたい日本の風習だと思います。
2008年01月07日
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仁木英之さんの、第18回ファンタジーノベル大賞受賞作「僕僕先生」を読みました。一言でいえば、少女型仙人に弟子入りしたオタク型青年のビルドゥングス・ロマンということでしょうか。ありがちな設定と思って読み始め、ある意味ありがちな設定で終始したといえばそうなのですが、うまいです。半分を過ぎたか過ぎないか、神馬「吉良」が出てくるあたりですごく面白くなってきて最後には、おじさんも胸キュンでした。甘酸っぱい余韻が残りました。ほんとに、罪のないお話、ある種フェアリー・ストーリーのように思いました。しかし、中国を舞台とした小説(この話は玄宗皇帝時代の唐が舞台です)を書かれる人たちは、変な意味じゃなくて本当によく勉強しておられるなぁ~と感心してしまいました。
2008年01月06日
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昨日、橋本治さんの本は読んだことがないと書きましたが、短編を読んだことがあるのを思い出しました。「マタンゴを喰ったな」というのと「更にマタンゴを喰ったな」というのです。「マタンゴを喰った人間はマタンゴになるという。誰が名付けたのかは知らないが、これは史上最強の生き物である。 キノコがセミの幼虫に寄生して冬虫夏草になるとは言っても、セミがキノコになる訳ではない。鳥が木の実を啄ばんでも、種はウンコで運ばれて行くだけだから、鳥が木の実になる訳ではない。生物の異種は基本的に侵し合わないという生物界の鉄則を踏み躙ってマタンゴは存在しているのだから恐ろしいキノコである。ほとんど意志を持った癌のようなものだ。エイズよりこわい。また、マタンゴという一種卑猥な命名が実はキノコであるというところも、なんとなく両性具有の相互オカマ化現象のようでこわい。」(「マタンゴを喰ったな」冒頭)「こわい」と「気持ち悪い」で、「マタンゴを喰ったな」と「更にマタンゴを喰ったな」は進行していきます。想像したら気持ち悪くなりますが、読んでるとユーモラスで可笑しいです。で、「マタンゴ」です。これは知る人ぞ知る、伝説のというか殿堂入りしているというか、の1963年公開の東宝怪獣映画です。「ヨットで海に繰り出した7人の若い男女が遭難し、無人島に漂着した。そこはカビと不気味なキノコに覆われた孤島で、キノコ以外に食料はまったくなかった。やがて彼らは食料と女性を奪いあい、対立しあう。そんな飢餓と不和の極限状態の中、不気味な怪物が出没しはじめる。」(うぃきぺでぃあ)僕は、この映画を深夜のテレビ放送で見ましたが、気持ち悪いのと不気味なのとで忘れられない映画です。原案は福島正美さんと星新一さんで、福島さんのノベライズ(と思います)があります。さらに、このマタンゴの原案には元になった小説があって、それがウィリアム・H・ホジスンの短篇小説「闇の声」です。ホジスンは僕にとって特別の作家の一人で、いずれ触れる機会があるかと思いますので置いといて、実はこの「闇の声」「マタンゴ」「マタンゴを喰ったな」「更にマタンゴを喰ったな」は、「発光妖精とモスラ」(なんと中村真一郎さん、福永武彦さん、堀田善衛さんの合作です)などといっしょに東雅夫さん編の「怪獣文学大全」(河出文庫)という本の中に入っていて、とってもお徳なんでした。
2008年01月05日
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橋本治さんの「小林秀雄の恵み」を買書、とりあえずつんどく。実は、橋本さんの本は一冊も読んだことがないのですが、一時期小林秀雄さんの本ばかり読んでいた時期があったということで、買ってみました。この本は、もっぱら「本居宣長」をめぐって書かれているようですが、僕はいったん「本居宣長」を読みかけて挫折しています。再挑戦のきっかけづくりにでもならないかな、という期待をしつつ・・・。ところで、橋本さんは、「三島由紀夫とはなにものだったのか」で第1回小林秀雄賞を受賞していて、現在はその選考委員をされているそうです。ちなみに、この賞は、第1回 橋本治「三島由紀夫とはなにものだったのか」 斉藤美奈子「文章読本さん江」第2回 岩井克人「会社はこれからどうなるのか」 吉本隆明 「夏目漱石を読む」 第3回 佐野洋子「神も仏もありませぬ」 中沢新一「対称性人類学 カイエソバージュ5」 第4回 茂木健一郎「脳と仮想」第5回 荒川洋治「文芸時評という感想」第6回 内田樹「私家版・ユダヤ文化論」と、なっているらしく、一体なんに与えられる賞なのか、よくわかんないですね。
2008年01月04日
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坪内祐三さんの「アメリカ -村上春樹と江藤淳の帰還-」を買書。坪内さんといえば、明治・大正文学に造詣の深い人という印象があったので、ポップな「アメリカ」というのは意外だったのと、「坪内さんが村上春樹!」というのがあったので、買ってみました。でも、調べてみたら、出版するのは遅かったもののデビュー作が「変死するアメリカ作家たち」という評論だったんですね。しかも、登場する作家ときたら、デルモア・シュワルツ、ハリー・クロスビー、ナセニェル・ウエスト、ロス・ロックリッジ、ウェルドン・キース・・・まったく知らないアメリカ作家たちばかりで、これだけ知らなければいっそせいせいするというものです。ちなみに、坪内さんは柳田國男と血縁のあるかたらしいですが、坪内逍遥とは無関係なのだそうです。
2008年01月03日
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元旦の朝、家から出たら道路に自分の影が写ってました。ちょっと気に入ったので・・・。わざわざ訪問していただいたかた、ごめんなさい。無視しといてください。
2008年01月02日
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ブライアン・セルズニックの「ユゴーの不思議な発明」を読みました。映画の夢のように、アイリス・インで始まり、アイリス・アウトで終わります。作者はほんとに映画が好きなんだぁ~ということが分かります。物語は、ジュルジュ・メリエスとからくり人形(オートマタ)とマジックです。それとセルズニック画のイラストと、なんとメリエス自身の絵!「現代のプロメテウスは神々の火を盗んで、映画を作る」(本文より)のですね。ところで、この本の翻訳者は金原ひとみさんのお父さんの金原瑞人さんです。さらにところで、セルズニックといえば、「キング・コング」「風と共に去りぬ」、それになんと「ジェニーの肖像」などのプロデーュサーであるデヴィッド・O・セルズニックですね。この二人はなにか関係があるのでしょうか? ↑ 月の顔にささっているロケットです ↑ メリエスの発想はとてもファンタスティックに感じます
2008年01月02日
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金原ひとみさんの「AMEBIC」を読みました。AMEBIC(アミービック)はAMEBA(アミーバ)で、アメーバのようなということのようです。自分が精神的・肉体的にもバラバラに分裂し、それらの各分裂体がまたバラバラに勝手に存在を主張するといったようなことでしょうか。「果肉が無くなった部分、それはやはり白色で、あるはずの部分がないという事は、とても妙な感じがする事を知った。白色の部分にはかって果肉が付いていて、さらに言えば六等分された内の五つのライムがくっついていたはずだ。それらがあって初めて、彼らは一つだった。しかし、三分の一ほど果肉が失われ、惨めな形となったこのライムは、かって自分が完全な個体であった事をもうすでに、忘れているのかもしれない。それは私がかって一つであったように。そして分裂し、分裂し、分裂した部位の幾つかを完全に忘却してしまっているように。私はやはり、自分を忘れている。分裂した部分。切り取られた部分。切り離された部分。それぞれは私に混在しているのに、私はその内の幾つかを、完全に忘れてしまっている。一体何だったのか。何が、何が私から無くなってしまったのだ。何が、私の手を離れていったのだ。いや、自分から切り離したのか?それとも誰かに切り取られたのか?」(本文より)それぞれが自分であり自分でない。それを象徴するように「協議」とか「連合」とかいったある種妙な言葉が重要な部分で出てきます。それにしても「自分から切り離したのか?それとも誰かに切り取られたのか?」というのが気にかかっています。「誰かに切り取られた」としたらそれは父によってなのでしょうか?最期は、死を暗示しており、全体に死の雰囲気が濃厚な小説なのですが、そうかと思えば「愛している」とかいうような神話を信じているようでもある。ちょっと難しかったです。
2008年01月01日
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あけまして おめでとうございます!改めまして、本年もよろしくお願いいたします。買書とつんどくの記録を残そうと始めた日記も3ケ月が無事経過し、今年の目標としましては、せめてもうちょっと、ましな感想などが書けたらと思っています。しかし、なかなか難しいものですね。 ↑ ちょっとセコイお鏡ですけど・・・。ま、いっか。
2008年01月01日
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