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しつこく、前々回からつづておりまする。 三十代の半ばに突如飛来した最悪の敵は、僕の肺機能を低下させた。難病指定、原因不明、いきなり延髄切りを食らわされたようなそんな四文字熟語の攻撃に思わずダウンを食らった僕だったが、かろうじてテンカウント手前で立ち上がった。立ち上がって急ぎファイティングポーズ、とりあえずこの息苦しさを自分が我慢すればいいのだろうと解釈して試合を続行した。しかし、ことはそう単純ではなかったのだ。喩えるなら、排気量が50ccに減ったのに無理を言って今まで通り250ccクラスでエンデユーロレースにエントリーし走り続けた僕は、結果周回を重ねることなくエンジンを焼きつかせてしまった、つまりは少ない肺活量を補うために働き過ぎた心臓が今度は悲鳴を上げて急性心不全で緊急入院するハメになってしまったのだ。かくして、集中治療室のベッドの上で麻酔を打たれ約一ヶ月の間僕は眠った。その姿は仮面ライダーのオープニングで改造を受ける本郷猛に引けをとらなかったらしく、MAXでは体につながったチューブ、コード、の数が実に14本に達していたのだと、目覚めてから嫁さんに教わった。しかしながら僕は目を覚ました、残念ながら改造人間にはなれなかったが、そんなこんなでなんとか復活を果たした。そして現在、学研の参考書よりももっと自由自在に動ける僕がいる。無理はできないが大抵のことはできるし、走ることはできないが馴染みの居酒屋にだって顔を出せるし、さすがに野宿ツーリングは難しいが近場のバーベQなら参加できるし、電車移動は辛いが愛車マセラッティekワゴンさえあれば何処へでも飛んでゆける。あの時は歩けなかった足だって、箸を持つのに震えた腕だって、ほら見てくださいよこの筋肉、カッチカチでしょカッチカチでしょ、ゾックゾクするでしょ、ねもう完璧!そう、だから今は肺活量が少ないと言うだけ、ただそれだけ。僕の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。だから、世の中に起こることを人間の小さな定規で計るべきじゃないとそう信じている、それにスチャダラパーだって言っていた「クヨクヨしたって始まらなぁ~い」って。そんなわけで三夜不連続でお送りした今回のスペサル企画、とりあえずはこのへんでお開きにしたいと思います、尻切れトンボってか!ま、またおいおい。とにかく雷蔵、反復横跳びはできませんが、想像よりもきっと元気です。 今日の一曲 『ドント・ウォーリー・ビー・ハッピー』 斉藤和義
2009.04.29
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前々回からのつづきである。結論から言うと僕は単車をおりた男なのだ。話せば長くなるのだけれど、ちょうどこのブログを書き始めた2005年5月僕は、その数年前に突然身に振りかかった病気との闘争の、中でも人生最大の危機であった半年越えの入院からなんとか帰還して自宅に戻った。しかし戻ったと言っても体力の低下は著しく、もちろんそれまでの日常をスタートできるワケもなく、長い長い自宅療養という名の引きこもり生活に突入した。ま、それに至る経過はおいおい説明するとして、僕は予定のない毎日を埋まるための手段の一つとしてブログを始めた。その少し前に僕は、単車を当面封印しなければと覚悟を決めて手放していた。だから大げさに言えばこのブログは、山口百恵がステージ上にマイクを置いて立ち去ったがごとき潔さで単車から身を引いた僕の、愛した単車たちへの鎮魂歌(レクイエム)であったのだ!(おっ!いい感じだ、何だか知らないけどかかっこいいぞ、僕!)実際ね、そんなわけだったから昔話と家族や友達等身近な人の話しか書けなかったワケですよ、自らの生活はここ四年まったく起伏がなかったんだもん。それでも病気のことを絡めると結構面白いネタはあったのだ、ただ不幸自慢になるのは避けたかったし、あえて話題にせずに今日までぼやかしてきた。もちろん今後も涙を誘う展開になる見込みはない、当ブログは今までどおりただただネアカ、弾けるハイテンションをモットーにお送りしていく予定なので間違ってもこんなことで引かないようにお客さん!ちなみに今回のカミングアウトの原因は、春から学生になったのだ。長い引きこもり生活で少しは体力もついてきたので、思い切ってこの春から一年間パソコンの基礎応用編をマスターするべく四十にして職業訓練校に通い始めたのだ。途中でへばらず無事卒業できれば第一関門クリアーである。今後も日々通勤する仕事は不可能だが、在宅でもできることはあるはずだと、まずはスキルアップ!てなわけで、なんだか長くなったてきたのでこのへんでまたまた次回へつづく。
2009.04.25
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ブログ書くのに 疲れたみたい 嫌いになった ワケじゃない パソの電源 付けているわ ページもちゃんと 覗いているわ 多分あなたは いつものことと 思っているに ちがいない だけど今度は 本気でヤバイ 書くべきことが 浮かんでこない 単車はすでに 手元にないし 面白話も 湧いてはこない それでもいいかい ほんとにいいかい ちなみにマサ吉は 毛が 濃ぃ~♪
2009.04.23
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前回の日記のカキコミで、ちゃのうさんに教えてもらったのは、アクセス数が大台の十万件を越えたという事実。それでは皆さんいっせいに右上の数字を見てみましょうか、ほら十万件越え!パチパチパチ。「本人まったく気づいてなかったんでやんの、バカじゃない!」との声も何処からか聞こえてくる気もしますが、ま、とにかく、管理人がたよんない分読者がしっかりしてくれててヨカッタヨカッタ!と言うことで、本日は大台を越えた記念「雷ちゃんのドーンといってみよう!栄光の軌跡スペシャル」でお送りします。思い起こせば2005年の5月だったはず、流行のブログに手を出しちまったのは。しかし、ただの日記と言うのも能がないし、どうせなら単車をキーワードに過去のドタバタ話バカ話を小出しにして一日一個づつ書いていこう、そうそうネタが尽きることもないだろうとスタートした。しかし、一年を待たずして単車ネタはあっけなく尽きた。しかたがないのでそこからは、家族のバカ話、仲間内のアホ話、ためにならない無駄話でなんとか引っ張って今日に至っている。ちなみに最初はライブ○アで始めたんすよ知ってました?こんな感じ、リンク先にもあげているけれどこの色合いに見覚えのある方は当ブログの上級者!とは言ってもラ○ブドア時代の約四ヶ月弱は、広い大海に浮かぶ笹舟の心境で、きっとWeb上の誰一人見に来てくれていない、そんなあきらめにも似た喪失感との戦いの日々だった。だから始めてのコメントは嬉しかった、関東方面の同年代のダートライダーイワオさん、楽天への引越しから徐々に疎遠になってしまったけれど今も時折休眠中の彼のサイトを訪ることを僕は忘れない。そんな訳でスタートした同年の八月に、知人からの勧めで早くも楽天さんへのお引越しを敢行し、そこからしだいに訪問者も増えだして現在に至っているというワケなのだ!と、こんなあっさり終わってはスペシャルとは言えないな。そう、ここからがスペサル。このブログの読者はホント言うと七割方が知人である、おそらくそうである。その方たちはとりあえずこちらに置いといて、残りの読者は今までにこんな疑問を持ったことがなかっただろうか?コイツのブログは単車をメインにもってきているワリには単車にまつわる話は昔話ばかりで現在進行形の記事が一向にアップされないぞ!ついでに言うと周囲のコトばっかりで本人の日常についての記事もやたらと少ないぞ!そういった疑問を今日は一気に晴らしていただこうと思ったが、何だか思いのほか長くなったのでとりあえず今日のところはこのへんで、もやもやさせたままで次回へつづく!
2009.04.18
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前を行くおっちゃんの後ろ頭のうなじ辺りの髪の毛が、まるでレツゴーじゅんの前髪みたいに一箇所だけクルっとカールしていた。これってワザとだろうか?こういったファッションなんだろうか?もしかしたら前髪の方もクルっとレツゴーしているのだろうか?そういった数々の疑問を残したまま、おっちゃんは足早にこちらを振り向くことなく遠ざかりやがて見えなくなった。もしかしたらと僕は辺りに気を配ったが、長作らしき人物は見つからなかった。
2009.04.14
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我らが単車屋の社長に関しては、昔から数々の逸話が伝え残されている。たとえば、ぎっくり腰になり一週間絶対安静を言い渡されたのにその日からバリバリで単車を整備していたとか。メガネレンチが見当たらないので右手人差し指をカギ型に曲げ、なんなくボルトを締めたとか。コケて曲がった単車のハンドルをエキスパンダーのように持って真直ぐに戻したとか。空気入れが見当たらない時に単車のタイヤを口で膨らましていたとか。そのほかにも、たとえばあしがら山でクマと相撲していたとか。ヒクソン・グレイジーと引き分けたとか。京の町に夜な夜な現れた鬼と対決して右腕を切り落としたとか。若い頃にはギニュー特戦隊に所属していたこともありナメック星侵略作戦にも参加したらしいとか。そういった具合に数え始めるときりがない。そんな社長の店に先日顔を出した時のこと。最近めっきり衰えたわと言って社長は入り口の方に視線を向けた。そこには、先ほど一見の客がエンジンがかからなくなったからと修理を依頼して置いて帰ったSR400が佇んでいた。ガラス戸の向こうにはうららかな春の日差し、しかしその時伝説の男にはあるまじき弱気発言が社長の口から飛び出した。「SRってセル付いてないなぁ、キックかぁ~、かかるかなぁ?」それを聞いて、腰から砕けそうになりながら僕は「かからいでか!」と思わず突っ込みそうになった。でもやめておいた、だって僕たちは誰もが知っているのだ、わざわざ突っ込みを入れるまでもなく、いかに衰えたとしても社長の右足キック一発でエンジンのかからぬ単車などこの世にあろうはずがないってことを。
2009.04.11
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最初から最後まで観てたわけじゃないんだけど、昨日だったか一昨日だったかにやってたTBSの特番で日本の名曲を振り返ってみちゃいましたって番組があったんですけどもね。僕は他の局のこれまた特番か何かを観ながら、時折カチャカチャとチャンネルを変えてはその番組に合わせ、テレサ・テンの『別れの予感』に聞き入っては涙したりしていた。実際なかなか渋めの選曲でもって番組は長丁場の三時間くらいだったか頑張ってやっていた。司会の安住さんも嫌いじゃなかったし、思い出の歌もパラパラ登場していたので、そんな風に時折思い出したようにチャンネルを合わせては覗いていた。ところが、いつしか裏の番組の方に見入ってしまっていた。随分たってから、あっちはもう終っただろうか?と慌ててチャンネルを変えると、偶然にも安住さんが番組のシメの挨拶をしているトコロに間に合った。安住さんは神妙な顔で視聴者に別れを告げていた、せっかくなのであと一曲、最後にこの一曲をみなさんとともに聴きながらお別れしたいとそう呟いていた。トリです、紅白で言うならサブちゃんです。もちろん紅白ではないけれど、そうそうたる選曲だったのでオオラスはいったい誰だろう?と頭をひねっていた僕の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。「最後の一曲は柏原芳恵さんで『ハロー・グッバイ』です」そしてテレビから流れ出したあのイントロ。ビャビャビャビャンビャビャビャビャビャビャビャン ビャビャビャビャビャンビャン 紅茶の美味しい喫茶店~♪」寝ながらコケた。
2009.04.09
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日々、自身のボキャブラリーのなさを実感している。たとえばチョットばかり小難しい小説を読み出すと、今まで生きてきて出会ったことのないような単語にまだまだ出会う。もしくは、かつて出会ったことはあるが意味の解らぬままスルーしてきた単語にもどしどし出会う。とりあえず四十年は日本人をやってきたはずの僕なのに、つくづくボキャブラリーのなさを痛感する。さらに、母国語ですらそうなのだから横文字でこられればなおさらで、さらにダメダメ。英語さえなければ浪人なんかしなかったと言い切れる僕にとって、横文字は邪魔者以外の何者でもない。ゆえに、この歳まで外国語はできうる限り避けて生きてきた。喩えるならそう映画『ミスターロバーツ』において、あの狭い補給艦ポリバケツの上でひたすら艦長を避けていたパルバー少尉と同じくらいに外国語を避け続けて生きてきた。したがって、この世にはいまだ僕の理解せぬ横文字が溢れている、横行している、増長している。ただまあヤツラも新聞等の中に登場している分にはまだいいのだ、しかしひとたび会話の途中で出現したりするととたんに僕は弱弱しい笑顔を浮かべ余裕のない表情であやふやになんとかその場を切り抜けるコトだけを考えねばならなくなる。そしてとりあえずその場は切り抜けといて、何かの拍子に思い出しては辞書を片手に調べてみるようになった、それも最近のこと。たとえば「ステレオタイプ」ってヤツも長いこと解ったふりをしてごまかしていた一つだ。思えばプリプリが「ステレオタイプの毎日が~♪」と歌ってた頃から疑問には思っていたのだが長らくほっとらかしにしていた。恥ずかしながら三十代にもなってから、ある日突然思い立て調べたら「型にはまって固定的であること」だと判明した。そこで始めてそうだったのか!と、プリプリは繰り返される退屈な日常から脱出しようと歌っていたんだと理解した。そんな感じで、一番最近調べた言葉がこれ「マイノリティー」。よく聞く言葉なのに理解もせず、これまた今まで適当にスルーして流していた。調べてみると「少数派」ってことだった、なるへそ!ちなみに多数派はマジョリティーですと。そして瞬間的にひらめいた事柄が一つ。以前、エンデューロを始めた初期に先輩Hさんから下りでの単車の乗り方のついて教わった話を書いた。それは、Hさんは基本とは真逆に下りではタンクの上に乗れ!つまり前乗りしろと僕らに教え、マヌケな僕たちはそれを信じてしばらく危険なその乗り方を続けていたというエピソードだったのだけれども、もしその時点でこの「マイノリティー」の意味が解っていたなら、マイノリティー、前乗り、少数派、まさにぴったりこの単語が話のオチに使えたのになぁと、まあそんなつまらぬ考えが頭をかすめたワケです、はい。
2009.04.05
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世に名の通った人のことをメジャーという単語を使って表すが、メジャーにもいろいろありまして、いちよう全国区なんだけれどもイマイチ浸透していない人を総じてリトルメジャーと言ったりする。てことはもちろんマイナーの方にも、全国区にはなっていないんだけれどもその筋ではすっかりブレークしており「あんたビッグだよ!」と偏った方面から絶大なる支持を得ている方をビッグマイナーと呼んだりする。そして今日紹介するのが、まさにビッグマイナーと呼ぶにふさわしい作家宮田珠巳さん。この作家さん、今までにも我がブログには何度かご登場いただいている、しかしマイナーなだけにきっと皆様の記憶には残っていないとの確信に満ちた自信がある、したがって今回もしつこく登場のはこびとあいなった。タマキングこと宮田珠巳さん、彼は旅もののエッセイを得意とする物書きである。旅がしたいからという理由であっさりサラリーマンをやめ、それで実際なんとか食いつないでいるところをみていただいても、その文才の片鱗がうかがい知れるというもんだ。しかも今回は、天下の集英社のウエブ文芸サイト『レンザブロウ』の中に我らがタマキングの連載を発見してしまったんです、こいつぁー読まねば!読まねば!連載は、四国八十八箇所を周るゆるゆるな紀行文、その名も『だいたい四国八十八カ所』。現在連載九話目、グフグフ笑いながら読み進めていくと自分も菅笠をかぶり四国の空の下でお遍路さんを周りたい!そんな気分にさせてくれます。しかもウエブ読み物と言うことは対価を払う必要もなく、何だか申し訳ないような得したような・・・御用とお急ぎでない方は是非覗きに行ってきてください。ちなみにタマキングのブログはweb本の雑誌にて『スットコランド日記』好評連載中。
2009.04.01
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