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話は35年ほど遡る。僕は高校2年か3年、純子さんは一級下なので、2年か1年。季節も覚えていない。多分部活の試合の帰りだったと思う。なぜかその時純子さんと並んで歩いていた。純子さんとはそれほど親しくしていたわけではない。体はちっちゃかったけど、妙に大人びた雰囲気の後輩だった。それで、あだ名は「おばちゃん」。その前に何か話していたかどうかも覚えていない。唐突に彼女が語りだしたような印象が残っている。「先輩、今日の日の、この時って、今しかないんだって、考えたことありませんか?」訊かれたのは覚えているけど、答えたかどうかは覚えていない。高校生の頃は、時間なんぞ無尽蔵にあるように思っていた。「私、思うんですよね。今この時は、今しかないんだから、一分一秒を大切にしなくっちゃいけないって」こんな話をする相手に選ばれたのは光栄だけど、僕はまだガキでした。それが正しい考え方だとは分かっても、だから何っ?て思うのが関の山。1つ年下の純子さんの方が、明らかに人間のステージが高かった。先輩としての威厳がパラパラ剥がれるのを感じつつ、何かを答えてだろうけど定かではない。多分、彼女は僕に聞いたり話したりしているんじゃなくて、自分に対して確認していたんじゃないだろうか。その言葉が、不思議と30数年間、僕の心の引き出しにしまわれていた。50才手前で僕は心身症に悩まされた。診断書に「うつ症状」と書き込まれた。そんなバカなと思いながら、この苦しさから逃れる術を探した。そして、行き着いた安全地帯は、「過去を悔やまず、未来を憂えず、ただ今だけを大事にしろ」ということだった。過去も未来もすべて幻。今、目の前にあるものだけが真実。漸くそう思える今日この頃。あの時の純子さんの言っていたこととは少し違うかもしれないけど、話の相槌が出来るようにはなった気がする。その後の純子さんの成長をぜひ伺いたいと思っていたところ、運命の偶然か、部活のOB会が催された。純子さんが来るかどうかは分からなかったけど、彼女がどんな大人になってどういう人生を選んだか、噂だけでも聞けるかなと、密かに楽しみにしていた。旧友に会うのはとても楽しく、浮かれたひと時を久しぶりに味わった。宴たけなわで、ここにいない仲間の話題になり、そういえばと、純子さんのことを訊いてみた。訊かれた後輩たちは、顔を見合わせ、ぼそりと言った。「おばちゃんは、亡くなりました」10年以上も前に、旅立っていたのだ。一人の後輩が、目を手で覆い、病気の説明をしていたようだが、音が消えた僕の耳には届かなかった。純子さんは、自らの薄命を知っていたのだろうか。それで、今の一分一秒を大切にしようと思っていたのだろうか。彼女は短くも、濃密な人生を送ったに違いない。残念と思う僕は、何を悔いてるのだろう。言葉には魂が宿るとわが師は言う。確かに彼女の言葉は、僕の心に魂として生き続ける。純子さんが残してくれた言葉を宝として、彼女に恥じないように僕自身が、この魂を大切に生きて行くのがこれからの使命なのだ。
2008年11月30日
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2008年という年を振りかえって、大きな出来事を書きとめておこうと思う。まだ今年が終わったわけではないから、あとひと月半のうちに大事件が発生するかもしれないが、多分このことが一番大きな出来事だと思う。バラク・オバマが次期大統領に選ばれた。この日記は、十年後の自分に向けて話しかけている。この事件が、今年のトップニュースであることは、十年後に考察してもでも正しいと思う。それだけ歴史的なことだ。アメリカ史を紐解けば、必ず人種問題、多くは黒人問題が存在している。歴史的事件が、歴史自身にどのような影響を与え、歴史的にどのような解釈をされるかは、100年を待たなくては分からない。当然自分は生きてないので、そこまで考える必要もない。このようなことは見守るしかない。バラク・オバマは黒人である。白人と黒人の混血だが、黒人の血が混じると黒人というくくりになる。黒人が大統領になることを、20世紀の人間は実感として予想できなかったと思う。黒人の大統領候補が誕生するだろうぐらいは予想できても、一気に大統領まで上り詰めるとは。しかも圧倒的な勝利で。日本にとっては、共和党が勝ってくれた方がいいという論はよく聞いた。前回民主党がクリントンで勝ったときの政策が、かなり日本にとって厳しいものだった。保護政策に舵をとられ、ジャパンバッシングなる嫌な思いもした。それが繰り返されると、大方は予想している。その割りにおびえてないのは、前回の教訓で、うまく立ち回る術を学習しているからだ。それと、世界同時金融危機の方が問題が大きく、来年のことより今現在の尻についた火の方が重大なのだろう。世界同時金融危機も、もちろん歴史的事件だ。でも、これは前世紀初頭の世界恐慌とは色んな意味で違うと思う。むしろ日本が経験した、バブル崩壊の世界版という感じだ。アメリカのサブプライムローン問題の根が、世界中に張り巡らされた結果、こうなった。少し前に、汚染米事件というのがあったが、それとよく似ている。ほんの一部、汚染米を混入させたことで、全ての商品が返品される羽目になった。ひどい所は、混ざってないのに不安だという理由で売れなくなってしまった。サブプライムローンもそうだ。いろいろな金融消費品に、サブプライムローンの債権を紛れ込ましたがために、全ての商品が不安商品になってしまった。よくわからないのは、この危険は数年前より指摘されていた。何か手を打つなら十分時間があった。充分時間があったにもかかわらず、ジョージ・ブッシュは何もしなかった。何もしないから、大したことないのかと思っていたらとんでもないことになってしまった。株価は暴落した。その暴落の仕方を見て、世界恐慌の時と同じだといっているのだ。世界恐慌の時は、マーシャルプランが発表された。そして、オバマもそれと同じようなことをする予定だという。第2次大戦は、アメリカを始め、ヨーロッパの大国が保護主義に傾いたため勃発することになる。オバマは民主党で、民主党は前例から見ると、保護政策主義を向いているだろう。しかし、オバマは黒人と白人の混血という以外にも、キリスト教とイスラム教の混血という面も備えている。人種のハイブリッドであり、宗教のハイブリッドでもある。しかも、幼少期はアジアのインドネシアで育った。彼の体のなかにはアメリカ、アフリカ、アジアがある。将に、グローバルな人間なのだ。ゆえに、アメリカ一国の利益優先の保護主義は摂らないだろうと考えている。彼のうますぎる演説を聞いて、ヒットラーだという文化人もいる。あくまで世の中に登場したときのヒットラーを比喩しているのだ。熱狂的に彼を支持したワイマールドイツの感情も今なら解る。接戦で続いていた大統領選が、金融危機のせいで、一気にオバマに流れた。つまりこういうことだったのだ。今、日本にいる自分は、株価の下落のニュースは聞こえていても、差し迫った危機は感じない。本当は感じるべきなのだろうが、麻生太郎の迷走と、マスコミの劣化もあって、現状を把握できていない。ただ感覚として、日本はまだましかなあと思っている。ひょっとすると、90年前もそうだったのではないか。島国の小市民は、欧米世界と少し感覚が違っていたのではないかと思う。心のどこかで、なんとかなるだろうと思っていたのではないか。自衛隊航空幕僚長の「侵略は濡れ衣論文」が、少し話題になっている。内容は、渡部昇一の論議の模倣に過ぎない。本当のことを言うと、自分も渡部史観の方を今まで支持していたのだが、今思うにちょっと違うものも感じる。なぜなら、世界恐慌の再来といわれながら、大戦前夜の感覚のかけらもないではないか。大東亜戦争は防衛のためという建前の元に、誰かが仕組んだと考えてもいい。物事は複数の角度で捉えねばならない。それと、熟成期間が必要となる。やはり、歴史は100年待つべき物なのだ。
2008年11月13日
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