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28万アクセス、ありがとうございました。今回の駄歌凡歌のテーマは「憲法改正(?)」です。(?)が付いているのは、”改正”とは言えないよね、ということです。安倍晋三首相の年頭記者会見は、「挑戦する一年」として、「憲法改正(?)」にも踏み込んで宣言をした物でした。前回総選挙では、「争点に挙げなかったのに」と批判されたことから、今度ははっきり言ったのでしょう。もともと自由民主党は憲法改正(?)が党是です。その自民党が「選挙で勝ったんだから当然の成り行きでしょ」と言うスタンスです。日本は”民主主義国家”なので、まったくそれで問題はないはずです。ところが、”安保法制反対デモ”を見てわかるように、「憲法改正(?)」→「九条廃止」については国民の過半数が反対です。それが現在の議会制民主主義の矛盾点です。同じ政党の公約の中に賛成と反対があるときは、どうすりゃいいのよと苦悩するところです。対外的には強い首相が長期政権を続けることは良い面が多いのですが、どうしても力に驕り、暴走に陥ることになります。選挙で勝てば、何をしてもいい。民主主義は、意見の違うもの同志が議論して、歩み寄りをしながらも、最後は多数決で決めるという制度です。ルールがそうなのだからそれで仕方ないのです。しかしながら、何故自分の意見と逆のことばかりが決まっていくのか、不満と不安の連続です。僕としては、色々鑑みての結論のはずですが。思えばそれもこれも、”民主党”の裏切りに多くの原因があります。「消費税増税」も「集団的自衛権」も「TPP」も「原発再稼働」も・・・。せっかく政権交代をしても、民主党も自民党も中身は同じだった。選挙で意思表示をするったって、政界は与党も野党も”悪の枢軸”に支配されてしまっているではないか。脱力感いっぱいです。せめて、今の考えを歌に残しておこうと考えています。 百までも 三つ子の魂 忘られず 戦後の恨み 今よみがえり勇ましく 吠える輩の 懐古趣味 正論の時は 時代の中に国民を 一つにまとめる 洗脳が 過ち止める 機会を捨てる戦時中 日本が原爆 作ったら 国民は皆 歓喜したかも敵がいる 恐れがすべて 負の力 視野を狭めて 正義の行進濁流に 飲み込まれたる 歴史あり 避ける手立ての 学びを積めよアメリカを 憎しと歌う 憲法改正の歌 笑顔で握手 ロンとヤスになり九条が 防波堤なり 平和の都 なぜ打ち壊し 災い招くか少しづつ 人類の知恵は 進化する 揺り戻しても いつか良くなる貧しさと 欲が世界を 暗闇へ 天の目を持て 心を磨け 「1956年を考える」で記したように、自民党には「憲法改正の歌」なるものが受け継がれています。この歌の作者、中曽根康弘は後に総理大臣となり、ロナルド・レーガン米大統領と「ロン&ヤス」の関係を持ち、日米協調に貢献しました。それをみれば、この歌は”若気の至り”以外の何物でもないはずですが、なぜか現在の安倍晋三総理が引き継いでいるのです。
2016年01月26日
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こんな猫はどう?、とお客様から画像が送られてきました。僕も制作する時、ネットで様々な画像を参考にします。猫も犬も画像を見ていると、かわいさ満載で時間を忘れるほどです。ただ、画像には著作権もあるので特殊なものは注意しています。と言っても、そんなにそっくりに作れるほどまだ腕もないので、気にするほどでもないか。で、作ったのがこちら。 全長8.5cmのミニサイズです。立体だから、ちゃんと顔も作っています。 フェルティングは、小さい方が簡単かというとそういうものでもなく、この作品も結構重ねて刺す羽目になりました。それにつれ固くなってしまい、針も5、6本折りました。ゆっくり刺せばいいのですけどね。
2016年01月26日
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前回の『今年のピノちゃん』と交換になる、テディベアテラスに展示中の、前回のピノちゃんです。見ていたら、これも直したくなって、つい刺してしまいました。 今年のピノちゃんとツーショット。 ミニギャラリー展の詳細が決まりました。場所は、清瀬の「cafe&gallary いちご」。ホームページ http://aao-kiyose.org/top 3月9日~31日まで。 猫もよいのですが、犬好きも多いのでぜひこちらもと、ご要望がありましたので、このピノも持っていきます。「去年のピノ」なら、これがそうです。 本当は、カレンダーの写真を見て作ったのですが、まっ、いっかあ。 犬と言えば、柴犬がいます。 その他、犬ではないのですが、こんなのも。 それから、ベアシリーズ人気商品「ワールドカップベア」も持っていくつもり。 さらに、子供に人気のこれも。 スペースがどれだけあるか判明したら、もう少し持って行けると思います。
2016年01月22日
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我が家の愛犬ピノちゃんの最新作。今までもいくつか作っていたのですが、納得のいくものが出来なくて、今年もチャレンジしました。 色がうまく似せられないのと、トイプードルの毛質が再現できず、試行錯誤中です。そっくりに作れる先生たちは、本当にすごいと思います。なかなか奥が深い世界です。 それでは、過去の作品のアンソロジーもご覧ください。パソコンに残っていた画像をピックアップしたのですが、日付があいまいで順序がよくわからなくなってしまいました。 たぶんこれが第一号だったと思います。 これは、「ブローチタイプ」*愛犬の肖像フェルトご注文お受けしてます。まだ修行中につき、お安く請け負っていますので、ご希望の方はコメントを入れてください。
2016年01月20日
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本日1月17日は、僕の誕生日。60歳の還暦を迎えました。この節目に、60年前の日本を振り返ってみようと以前から考えていました。(27) 1956年ニュースハイライト(1956年(昭和31年)12月31日) - YouTube ・首相は鳩山一郎でした。(2009年の政権交代で民主党総理大臣となり、稚拙な政治をあからさまにしたルーピー鳩山由紀夫は一郎の孫。ちなみに鳩山内閣農林大臣・河野一郎は、後の”従軍慰安婦問題”で日韓の禍根を残す「河野談話」の発信者河野洋平の父。この内閣では、小泉純一郎の父・純也も政務次官として名を連ねています。鳩山一郎の前の首相は吉田茂で麻生太郎の祖父。57年に首相となる岸信介は安倍晋三の祖父。戦後の政治は世襲によって繋がっていたわけです。 鳩山首相の演説の骨子は、”平和主義”と”民主主義”。この考え方が戦後日本の柱となって政策がすすめられ、現在に至るわけです。一見正しそうな”平和主義””民主主義”ですが、世界の中ではそうでもなく、特殊な思想だったかもしれません。 ・アメリカ・イギリス・ソ連の原水爆実験を批判。年頭に、北朝鮮は国威発揚のため水爆実験に成功したと発表しました。北朝鮮人民は核兵器を持つことを喜ぶようです。日本人のほとんどは、核兵器を嫌います。日本は世界唯一の被爆国だからというだけでなく、DNA的に日本人は戦争を好みません。ふつうこういう民族は、歴史上好戦国に滅ぼされてしまうのですが、地政学上で海が守ってくれたおかげで生き残っていました。明治維新以降、海外で戦争をする機会が生まれましたが、すべてロシアや欧米のアジア植民地化に抵抗するためでした。相手が攻めてこなければ、こちらから攻めることはしません。それが日本人の遺伝子です。 ・沖縄の基地反対運動。日本自体は、1951年の”サンフランシスコ和平条約”によって独立を回復しましたが、沖縄はまだアメリカの占領地として残っていました。「半永久的な基地となる」という解説があるように、沖縄は敗戦の代償にアメリカに差し出された領地でした。これをすべて取り返そうとすれば、そのための軍備も当然必要となり、”平和主義”のお題目だけでは国土を守ることはできません。全世界が、一斉に武器を捨てて”平和主義”を誓えばいいのですが。それは人類が滅びるまで無理でしょう。 ・砂川町基地拡張反対派、警官と衝突「砂川事件」については、昨年の安保法制問題で浮かび上がってきたワードでしたが、こんなことがあったんですね。今、立川方面を車で走ると”砂川町”を通るわけですが、残照は全く見えません。今となっては何で反対してたんだと不思議ですが、時代の熱は時を経ては測れません。 ・自由民主党が作った憲法改正の歌。憲法改正の歌を、鳩山首相以下自民党議員が歌っています。作詞は当時の青年代議士・中曽根康弘。歌詞はこのようなもの。 一 鳴呼(ああ)戦(たたか)いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す 和民主の名の下に 占領憲法強制し 祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月二 占領軍は命令す 若(も)しこの憲法用いずば 天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は 国の前途を憂(うれ)いつつ マック憲法迎えたり三 10年の時は永くして 自由は今や還りたり 我が憲法を打ち立てて 国の礎(いしずえ)築くべき 歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり四 国を愛す真心を 自らたてて守るべき 自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき 原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや五 この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり マック憲法守れるは マ元帥の下僕(げぼく)なり 祖国の運命拓(ひら)く者 興国(こうこく)の意気挙(あ)げなばや 終戦10年余りだと、まだ世の中に敗戦のくやしさが残っています。沖縄や砂川の様子とリンクしてみれば、このような怨念が漂っていることも理解できます。しかし、それは時代背景を考慮してのこと。自民党結党以来の悲願と安倍晋三は言いますが、この歌詞を今読んでも同じテンションで語れますか?憲法を変えるのにやぶさかではありませんが、怨念ではなく、現実な視点で論じるのが良かろうと思います。 ・憲法改正に絡んだ法案で国会が混乱。昨年の安保法制国会の様子と重なります。民主主義は、”多数主義”です。間違ってはないのだけど、少数者の不満は残る。ないということです数で負ける少数者に、どう配慮するかも政治です。結局中途半端な結末に落ち着きがちです。ただし強く述べるべきは、少数者の暴力を容認するわけではないということです。 ・ソ連の微笑外交とエジプトのスエズ運河国有化宣言からのイスラエル・イギリス・フランスのエジプト軍事介入、国連軍の出動。現在に続く中東問題は、主は移れどすでに始まっていました。イスラム教とキリスト教・ユダヤ教の摂理の違いもあるでしょうが、底辺にあるのは欧米の差別思想。差別がなくなるのは理想だけれど、無理だから、せめて理解し合おう。思想信条が違っていても、人間同士であることは変わりない。 ・ソビエトのハンガリー・ポーランド軍事行使。一方東ヨーロッパでは、スターリン死去(1953年)から脱ソ連志向と民族自決運動。それによるソ連の軍事介入、難民流出と歴史はいつも弱いものを犠牲にします。これから米ソの冷戦時代が続きます。ソ連崩壊の後も、大国同士の冷戦は続いています。熱戦でないだけましですが。 ・南半球初の、メルボルンオリンピック(オーストラリア)。夏季オリンピックなのですが、南半球ということで11月22日に開幕(~12月8日閉幕)。あまり話題とならなかったオリンピックでしたが、日本は銀メダル10個の大活躍でした。ただし、スエズ動乱により、エジプト、レバノン、イラクが不参加、ソ連のポーランド侵攻に抗議してスペイン・オランダ・スイスが不参加、中華民国参加に抗議して中華人民共和国が不参加と、当時の国際情勢が強く反映されてしまった大会でした。 ・「日ソ共同宣言」著名。「日ソ共同宣言」の内容は次の通り。 日ソ両国は戦争状態を終結し、外交関係を回復する。(サンフランシスコ条約で為し得なかった講和の成立)日ソ両国はそれぞれの自衛権を尊重し、相互不干渉を確認する。ソ連は日本の国際連合加盟を支持する。ソ連は戦争犯罪容疑で有罪を宣告された日本人を釈放し、日本に帰還させる。ソ連は日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。日ソ両国は通商関係の交渉を開始する。(同日に通商航海条約を締結)日ソ両国は漁業分野での協力を行う。日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す。 後に、エリツィンやプーチンが再確認しているように、日本とロシアの間は「日ソ共同宣言」の距離だけ接近しているのです。残すのは、「平和条約締結」と「歯舞・色丹返還」だけ。何故これが進まないのかというと、日本側が国後・択捉を含めた4島返還を求めているからです。2島より4島の方がいいに決まっているけど、0島よりは2島の方がいい。僕は、2島返還でも合意すべきだという意見です。理由は、”サンフランシスコ和平条約”で、千島列島の放棄に合意していて、戦後の体制はこの条約の下に成り立っているからです。千島列島に連なる国後・択捉はこの条約に従って諦め、千島に含まれない歯舞・色丹は合意のように速やかに返還して、そののちに双方の国に良い方法で話し合いを進めればいい。これは僕だけの考えではなく、地元の北海道民の考えでもあります。千島列島に軍事基地は作らないという条項が付けば、アメリカの支持も取り付けると思う。その上で経済協力を行えば、宿年の敵であることを忘れさせてくれるはずです。考え方としては、中国とロシアをこれ以上近づけさせないことが、防衛上重要になると思うのですが。 ・国連加盟実現。ソ連との共同宣言成功により、日本は国連加盟を受理されました。翌年には、国連非常任理事国になりますので、日本の地位が国際的に回復したことを意味します。今思うと当たり前のことが、この時期にとんとんとすすんで戦後日本の形を作っていったのでした。 1956年は、経済企画庁の経済白書「日本経済の成長と近代化」の結びで「もはや戦後ではない」と記述された年です。沖縄問題や砂川町事件など、米軍基地問題は残っているものの、日本は敗戦のどん底からたくましく蘇っていきます。僕らは、子供の頃”現代っ子”と呼ばれ、新しい社会をつくる担い手として、期待と不安のまなざしで見守られてきました。その現代っ子も還暦を迎え、現代老人時代が始まろうとしています。平均寿命の80歳まで、残りの人生が20年あります。その人生の終章を、健康で平和な暮らしを続け、幸せな生涯を全うするため、さらに自分を磨いていこうと誓った新年でした。
2016年01月17日
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これは、僕が初めて作った作品です。3年前に、佐藤法雪先生の教室で習いました。その時の教科書に出ていたお手本がこれ。 形(首の向き)や色・模様は自由でしたので、こっちを見上げているハート猫に。初めての作品にしては、かなり良い出来だと自画自賛。これに気を良くして現在に至るわけですが、今も試行錯誤の連続です。この猫は、その後、職場の文化祭出品のため少し手を加えました。 加えたのは足でした。そして、今回ミニギャラリー出展のためさらに改良を加えました。いっそ立たせてしまおうと、こうなりました。 フェルティングって、なんて自由なんだろう。いずれこの子もまた変わっていくのかなあ。
2016年01月15日
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昨年からご注文を頂いていたのですが、写真集を持ってくるということでお待ちしていたところ、年を越してしまいました。ご注文は『猫侍』の猫ということで、調べてみますと、なるほどこの子か・・・。 画像を見ながら作ってみますと、思いのほか良い出来に。鈴もつけたりしてみました。ご依頼主さんにも、とても喜んでいただき、今年も良い年になりそうです。 こうやってご注文を頂いて作っていると、だんだん腕も上がってきて、最初に作った物の稚拙さが気になってきます。ミニギャラリー出展用に作ったものを、再度追加で刺しなおしました。 はっきり言って、きりがない。出展するぎりぎりまで刺していそうな気がします。
2016年01月12日
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今年の初イベントは、ミニギャラリーの予定です。昨年に本棚のご注文を頂いたお客様がお店をやっていて、ミニギャラリーのスペースがあるから、フェルティング作品を出さないかと言って下さいました。「テディベアテラス」はベアの店なので、基本クマ以外はNGです。というわけで、クマ以外の僕の作品は、部屋の片隅で眠っています。彼らの晴れ舞台がやってきました。昨年作っていた、猫のブローチはこの日のための物でした。その他に、アイデアが浮かんで、こんなものも作りました。 これは、清瀬のゆるキャラの「ニンニンくん」です。『ゆるキャラ図鑑』によると、《「にんじん」から「にんじゃ」への変身。覆面のひたいには「人」の文字が2つで「にんにん」。人参を介した人と人とのつながりを広げていこうというコンセプト》なんだそうです。オリジナルはこれ。 作っていて思ったのですが、これって、あまり可愛くないような・・・。『ゆるキャラグランプリ2015』にも出場してたんだそうですが、調べてみると、なんと1336位(516pt)でした。そうだろうなあ、ちなみに優勝は地元の利を生かした「出世大名家康くん(6953461pt)」。 ゆるキャラは、過去こんなのも作りました。 右が新座市の「ゾウキリン(ランキング118位55776pt)」、左は練馬区の「ねり丸(同不明)」。こんなゆるキャラも作りました。 大泉学園北口商店街のゆるキャラ「ゆめーてる」ちゃんです。現在、和菓子名店『菊屋』さんに展示していただいています。
2016年01月04日
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2016年、一発目の作品です。干支シリーズ2回目で、今年は「サル」。 今年もよろしくお願いします。 ちなみに、昨年の「羊」こんなのでした。
2016年01月03日
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