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人はなぜ怒るのか。最近あまり日常で"怒り"の感情を持つことはありません。でも、たまにイラッとしたり、ムカッとしたり、カチンときたりすることもあります。レジで並んでいたら、前の客に対する店員の手際が悪くて、必要以上に待たされてイラついたことがありました。高校生が並んで自転車に乗り、道をふさがれてムカッとした時もありました。あと、同僚につまらないこミスに指摘をされて、カチンときましたっけ。お前に言われたくない!レベルとしてはその程度のもので、いたって平穏な日々のようです。で、それら"怒り"の感情が芽生えた時、なぜ自分は怒っているのだろうかと考えてみると、自分の思っているように事が運ばなかった時に怒っているようです。自分がこうなるだろうと予測して行動していたことが、何らかの妨害によって順調に進まなくなった時、感情に異変が起きます。そういえば、車を運転しているとよく"怒り"の感情が湧き上がるなあ。車の運転は、常に予測を立てて行います。前の車がスピードをゆるめたら、次の交差点で曲がる準備をしているんだろうと予測し、こちらもスピードを落とし、前の車が曲がる方向に寄ったら、すぐさま逆側へハンドルを傾ける用意を施す。そういうことを、絶えず無意識に行っています。その予測が裏切られると、頭にきます。前の車が、何の意思表示もなく急に止まったりすると猛烈にきます。危険だった時はもちろんですが、そうでなくても怒ります。こちらの予測の範囲外の行動だったからです。そんなときはクラクションを鳴らすか、相手の運転者を睨み付けたりしてしまいます。やった後、嫌な気分になります。何事も無かったのだからよかったじゃないかと、もう一人の自分がなだめてたりします。それで、なんで人は怒るのだろうかと考えたりするわけです。なぜ、予測を裏切られると怒るのか。予測を立てること自体は悪いことではありません。予測なしに運転する方が危険です。人間が、予測したり、計画したり、希望したりするのは正しい生き方です。問題点は、それがままならなかった時に"怒り"の感情を持ってしまうということです。これを、宝彩有菜風に考えるなら、「予測通りにことが運んで欲しいという、"欲"にとらわれているから」なのです。何事も、思い通りにすすんでくれればストレスもないし、平和に過ごせます。しかし、人生思い通りに行かないこともある。それが何なの。レジが詰まったことに腹を立てるのは、レジがつまらないで欲しいという"欲"に囚われているだけです。不慣れな新人が緊張してレジを打ってたら、あわてなくてもいいですよと声をかけてあげればいいじゃない。声をかけなくても、うまくいく"波動"をこっそり送ってあげればいい。並んで走っている高校生の自転車がじゃまなら「ちょいと急いでんだ、ごめんね」とベルを鳴らしてよけてもらえばいい。自分だって、この頃は人に迷惑をかけながら青春してたんだ。同僚に何か言われても、その内容が正しければ素直に聞けばいい。ミスは繰り返さないことが大事だから。わかっていることをしつこく言われた時も、相手は親切で行ってくれてるのかもしれないから、お礼を言えばいい。感謝の言葉は心の傷薬です。たとえ自分が嫌な気持ちになっても、傷薬を塗れば治ります。ストレスを我慢するのはよくないので、"怒りの"感情が生まれたらそれはそれでかまいません。もともと怒りの感情は、"敵"と対峙した時のアドレナリン発動による、緊急戒厳令状態なのですから、自然の摂理です。でも、それを長く続ける、あるいは頻繁に行うのは、自律神経のバランスを崩します。よって、怒っていいけど、すぐに収める。クールダウンして、痛んだ神経の修復に掛るのが大事です。そもそも予測が外れるのはそんなに悪いことでもない。新しい出来事は、新しい自分の発見にも繋がります。自分を信じていれば、新しい自分を発見するのは楽しいことです。予測外の出来事に遭遇するのも。
2008年01月24日
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自分の健康を害してから、“健康”をテーマに学習してきました。自身の病気は“ストレス”による、“心の病気”という診断で、それに対する僕の治療法は“ヨーガ”“半身浴”“丹田呼吸法”というもので、薬に頼ることはしませんでした。それなりの効果は上がり、さらに“ストレス”の対処法を身につけるに従い、徐々に快方へ向かいました。さらに、歩けなくなってきた義父のリハビリにと勉強を始めた“足裏もみ”が、自分に対し効果を発揮し、かつての“心の病気”はすっかり影を潜めた今日この頃です。そんなことから、“健康”を握る鍵は“血行”であると、一つの結論にたどり着いていました。それはいいとしても、足裏もみを始めるきっかけとなった、肝心の義父の足はさっぱりよくならないので、また壁につきあたった感です。それで、あれこれ医療の本を読み漁っていたところ、ある言葉が目に止まりました。それは“自律神経”です。“自律神経失調症”については、“心の病気”の研究の中で通り過ぎていたのですが、今回気がついたのは、“交感神経”と“副交感神経”のことです。“自律神経”というのは人間が生きていく上で必要な体の調整を、意思とは関係なく勝手にやっている神経で、“交感神経(緊張状態時の神経)”と“副交感神経(リラックス状態時の神経)”が交代で機能します。その“交感神経”が担当している緊張状態、つまりストレスを感じている時は、白血球の中の顆粒球が増えるということがある本に書いてありました。このデータは、それまでうすぼんやりしていた道筋に、光が当てられたような気がしました。白血球は、ご存知のように、体内に侵入したウイルスなどをやっつけるために派遣された軍隊みたいなものです。軍隊は、敵をやっつけてくれるのはありがたいですが、敵もいないのに軍隊だけが駐留してると、地元民とトラブルを起こしたりします。同じように、白血球の中の顆粒球が増えると、“活性酸素”を生み、健康な細胞に害を与えます。そうならないように、“副交感神経”がバランスをとるのですが、過度な“ストレス”が長く続いたり、眠れなかったりすると調整がままなりません。このバランスが崩れたことにより発症する病気が“自律神経失調症”なのですが、僕が今思っているのは、この顆粒球が“老化”や“ガン”を引き起こしているのではないかということです。“ストレス”と“老化”そして“ガン”は関係があると感じていましたが、こういうメカニズムが原因だと仮定すると、いろいろなことがわかり、対策も生まれます。つまり、細胞の遺伝子に“老化”や“ガン化”の指令を自分自身が出してしまっているということです。“交感神経”を働きづめにしないで、“副交感神経”をいかに活用するかがポイントです。これが“長寿”の鍵ですね。“ヨーガ”と“半身浴”と“呼吸法”は、血行をよくする事を目的にしてましたが、本当は“交感神経”を鎮めて、“副交感神経”の調整を促すのが目的だったのではないかと、今は考えています。
2008年01月07日
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新年明けましておめでとうございますこの挨拶がいつ頃から使われたのか不明ですが、無事新年を迎えることが出来た、すなわち生き伸びたということが本当にめでたかったのでしょう。去年読んだ本の中で一番印象に残った本は、「あなたの夢はなんですか?わたしの夢はおとなになるまで生きることです(池間哲郎)」という、カンボジアの貧困層の子どもたちをレポートした本です。うすうす知っていたのに目を背けていた現実を見てしまいました。題名どおり、この子たちは大人になるまで生き延びられないのです、貧困のため。日本の子どもたちが(大人でもそうです)わがまま言ったり、贅沢な悩みを抱えているのを見ると、カンボジアの子どもたちは……と思わず言いたくなります。でもそういう僕も、実際にあの子たちを救う手段を持っていないので、とりあえず見なかったことにして今年も過ごすのでしょう。気持ちとしては、困っている人の役に立ちたいとは思っているのですが、世の中に困っている人はあまりに多すぎるので、とても僕などの力ではどうにもならないという現実を盾にして、遠くを見ないようにしています。目の前に困っている人が現れたら、僕の力で幾ばくか救えるなら手を貸したいとは思ってますが。勇気がいることも、時にはしないといけませんね。心の準備だけはしておきましょう。人がやりたがらなくて、誰かがやらなくちゃならないことは、さりげなく率先してやろうと自分に向かって指示を出しています。それが、あつかましくしゃしゃりでたり、ありがた迷惑なことにならないように気配りをする必要があるとは思ってますが。そういう人に私はなりたいって感じですか。職場の先輩が去年の暮れ、体調不良で退職しました。僕の見立てでは“軽症うつ”です。最後の日に、退職してひと月ぐらいは開放感で晴れ晴れするけど、反動が来るかもしれないから、その時は迷わず病院へ行ってくださいね、と自分の経験をふまえてアドバイスはさせていただきました。在職中は、休憩時間などを使って、僕の知っていることで、いろいろ支えたつもりでしたが、全く力にはなれませんでした。知識を持つということと、実際に役立たせる力を持つということは別次元のことです。知っているということで思いあがらないよう、自戒を深めました。役に立たないといえば、義父の足も、“足裏もみ”の効果がさっぱりあらわれません。4ヶ月間いろいろな方式を試したのですが、思ったようには良化しません。足裏もみには、“台湾式”と“イギリス式”があり、そのほか“ふくらはぎもみあげ方”や“関節マッサージ”と範囲を広げ、願いをこめて揉み続けましたが…。ただ、最近ようやく気がついたのは、わかったつもりは僕だけで、義父にとってはそれほど期待を抱いているものではなかったのではないか。僕自身は、“足裏もみ”によって、体調が非常によくなりました。自分を実験台にしてよかったことをやっているのだから、効果が無いはずは無いのですが…。そこです問題は。よくなると思ってやる、受ける、その心理が重要なのではないか。それで、方針を変えました。気持ちのケアを第一に考えて、コミニュケーションを大事に、気持ち良いという感覚を大切にしてソフトな対応に。さらに“足湯”を取り入れました。足湯用のバケツを買ってきて、よく剤をいれアロマセラピーの効果も考え、昔話をしながらゆっくり揉んでいます。こうしながら、少しずついろんなことの効果の説明を、わかりやすくしていこうと考えています。うまくいけば、この経験を智恵に変えて、人の役に立てるかもしれないと思っているのですが。
2008年01月01日
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