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最近、金など貴金属が高騰していますが、何故でしょうか。それは、貴金属が産出量が限られためずらしい希少価値の物質だからです。同様に、「人間の命」も儚くて必ず終わりの来るものであるゆえに、愛しくて尊いものなのではないでしょうか。 中世の錬金術師は、何とか金を創り出そうとしましたが失敗しました。でもそれで良かったのだと思います。もしも、錬金術が成功して「金」がありふれた物質になっていれば、今頃土砂と同じぐらいの価値になっていたに違いありません。 ところが、錬金術と違って医術は劇的に進歩しました。義手や義足、臓器移植や骨髄移植、各種抗生剤やワクチン、ペースメーカや人工呼吸器。医術の進歩とともに、かつて助からないと言われていた病気がどんどん減っています。ガンですら半数の方が治る時代を迎えています。医術が進歩した分、人間の命の尊厳が昔より軽くなってしまったのかも知れません。繰り返し報道される無差別殺人事件が私たちに警鐘を鳴らし続けている気がします。 一体、将来、クローン人間や不老不死の薬ができたらどうなるか。。。医術の進歩を否定するつもりはありませんが、そろそろ、我々人間は、自分たちの命の尊厳をどのようにして守るのかという問題と真剣に向き合う時期に来ているのだと思います。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.3.30 vol.122 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■来週4月1日から宋休さんの個展が開かれます。 詳しくは今後の予定のコーナーをご覧ください。■第2作目の詩画集『であえてよかった』の再版を望まれるお客様の声に お応えして、柴田宋休さんが第3版増刷を決断されました。発売再開時 にはこのメルマガでお知らせします。(4月以降の予定) 最後の購入チャンスになる見込みです。ご購入はお早めに!! ☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 十分でも 二十分でもいい 毎日つづけていると 確実に成長する ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■ありがたい (2007年5月) 世界では、戦争で砲弾の飛び交う真っ只中に、止むを得ず暮らしている人たちもいます。かつての日本もそうでした。 比べる訳ではありませんが、食べる物も着る物も充分にあり、贅沢を言わなければ寝る場所もある日本です。お米と味噌があれば充分に生きて行けると、戦争を経験した大先輩が教えてくれました。贅沢に慣れた現代の日本人は、感謝を忘れているのかもしれません。 つい基本的なことを忘れてしまいがちです。最悪のときには、そこから出発すればいいのかもしれません。少しでも楽をしようと、見栄をはったり中途から出発しようとするから疲れるのではないでしょうか。仕事がなければ探せばいいのです。 一人の人間が食べる量も着る物も限りがあります。一度にそんなにたくさん食べることはできません。一度にたくさん着ることもできません。有り余るほど持っていなくても、それなりに生きていくことはできます。 物をたくさん持つことによって幸せになりましたか。お金や物を得るために、その代償として多くの自由な時間を失ってきたのではないでしょうか。のんびりと現在を楽しむ人が珍しくなってきました。目に見える経済至上主義のため、多くの人たちが自分中心に生きるようになってきたように思います。だから悩みや病氣が尽きないのかもしれません。 今日 たべるものと ねるところが あるなんて ありがたい 今日 生きて いることに 感謝────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年03月30日
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本氣でやる氣があるなら、新しくやり直してみる。一度失った信頼を得るためには、中途半端な覚悟では相手に通じません。 信頼関係は1回や2回会っただけで出来るものではありません。何か事が起きたとき、どのように対処するかによって築き上げていくものかもしれません。従って何度かの疑問と思われるような行為はマイナス要因となって、次第に信頼関係は崩れてきます。一度信頼関係がなくなってくると、よほど本人が努力しない限り、元に戻ることは難しいようです。 自己中心的で周りとの協調性がない場合、人間関係が長く続くことは少ないようです。何らかの形でトラブルが起き易いからです。相手の立場になって物事を考えませんので、やがて協力者も去っていくのかもしれません。 一方、人の話をよく聴いて直ぐに行動に移す人は、どんどん変化していくのではないでしょうか。向上しようとする意欲が見えますので、次第に協力者や応援者も現れ、信頼関係も深くなっていきます。 他人や周りの所為(せい)にしない生き方には、確かなものがあります。他人の所為にしているうちは、問題をすり替え直視していませんので、結果的には本人も向上することもなく、周りとの関係も改善されることはないのかもしれません。 そのときの自分の調子によって、心が大きく変わる不安定な人は、重要な仕事を任せられることは少ないような氣がします。もし自分が頼む立場であれば、心の安定した人や会社にお願いするのではないでしょうか。良いときばかりもつづかない悪いときばかりもつづかない変化はチャンス
2008年03月29日
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今日やるべきことをやっているとき、弱音を吐きません。無心になってやっていると、余計なことを考えません。 山登りのとき、すぐに登れると勝手に想像してしまうと、とても疲れます。頂上までそれ程の時間はかからないだろうと思うと、実際には違う場合が多いからです。最初、これから進む目標を見るのはいいかもしれませんが、登り始めたら余計なことを考えず、一歩いっぽ歩めばいいのです。 大変な作業のときも、早く終わりにしようとか、できればやりたくないなど余計なことを考え始めると、益々疲れるばかりです。山登りを始めてから、無心になることを覚えましたら、途中で景色を楽しむようにもなってきました。 辛いところに焦点を合わせると、辛いことから早く解放されたいと考えるばかりです。しかしちょっと意識を変え、そのような中でも楽しみを見つけることです。案外探せば、身近にあるものです。楽しんでいるうちに、頂上に着くことができます。 体に余裕が出てくると、心にも余裕が生まれてきます。まずは体力づくりかもしれません。最初、弱音を吐く人でも、毎日続けることによって大きく変化してきます。継続は人間を変えてくれるようです。あせらずあわてずあきらめずゆっくり大物になる
2008年03月28日
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自分の力で上手くいっていると思っていたら、大きな間違いです。すべてのことは自分一人ではなく、相手や対象物があって成り立っています。いくら自分が頑張っても、周りとの関係が上手くいかなければ、物事はスムーズに運ばれません。 一人で考えることは僅かであっても、お互いに協力することによって、いろいろなアイデアが出てきます。そのためには普段から、何氣なく意見の交換をすることかもしれません。話さなければ、何を考えているか分かりません。 人の話を聴く耳を持っている人には、人は話してくれます。でも聴く姿勢がないことが分かれば、やがて本心を話してくれる人はいなくなります。上から下への一方通行の会話は、両者にとって空しいものです。しかしお互いに本心を伝え合うことができれば、それは前向きで有意義な時間となります。 よく経験することですが、話が分かったと言いながら、いつまでも行動に移さない人がいます。本当に分かっているのか、私には疑問です。たぶん頭では分かっているつもりなのでしょう。もし本当に理解しているのであれば、即行動が伴うのではないでしょうか。 いくら意見を集めても、それを実践してはじめて新しい結果が出てきます。それには上から一方的に考えを押し付けるのではなく、各自が自分の判断でやる氣を起こさせるよう工夫することかもしれません。 大人になるに従って、私たちは褒められることが少なくなります。悪いところを見つけるのは誰でも得意です。しかし忙しさのあまり、良いところを見つける習慣を、いつの間にか忘れてしまいがちです。 物事の良いところを見つける習慣が身につけば、何一つ無駄なことはありません。すべてが学びへと変化していきます。いくつになっても、文句を言われるより、褒められると嬉しいものです。元氣柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』よりどんなにちいさなことでもほめられるとうれしい条件のいいとき感謝できるのはだれでもできるどんなときでも感謝できるようになれば一人前かも
2008年03月27日
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40年前の活字を集めて印刷していた頃の話です。私の先生の経歴書を、ある印刷屋さんに毎年のようにお願いしていました。すると毎回、どこかしら1ヶ所間違いがあるのです。毎回、氣をつけてやるようお願いするのですが、毎年そうでした。いくら言っても駄目でした。勿論その印刷屋さんは現在ありません。 以前頼んでいた桐箱屋さんの話です。器一個一個に合わせて作るため、寸法を測り電話にて寸法を確認するのですが、出来上がってくると、その桐箱屋は度々間違うことがありました。やがて違う桐箱屋さんにお願いするようになったら、一度も間違うことがありません。 どちらにも共通していたことが、間違っても大した反省がないことでした。間違いを真剣に受け止めていれば、二度と同じことを繰り返さないよう注意するのではないでしょうか。本人に直そうという自覚がないとき、同じことを繰り返すようです。 ひとつの行動でその人すべてを判断する訳ではありませんが、おおよそのことは分かります。その人の物事に対する考え方は同じですので、行動パターンが似てくるのかもしれません。 信頼できる人は、何を頼んでも信頼できます。誠意があるから、その人なりに真剣に取り組むのかもしれません。一方、信頼のない人は何をやってもらっても、何かが欠けているのです。勿論トラブルも多いようです。物事に対する配慮が足りないのかもしれません。 一度や二度なら許してもらうことができますが、三度目も同じ行動であったとき、余程本人に直す氣がないときは、やめた方がいいのかもしれません。いつまでも生きている訳ではありませんので、だらだらとお付き合いしている時間もありません。 何氣ない言葉の端々に、その人の本心が出てきます。プラスに生きているかマイナスに生きているかも分かってきます。見える人には見えますので、配慮のある生活を心掛けたいです。大吉柴田宋休第3詩画集『すべてがチャンス』より類は友を呼ぶ不満のところに不運があつまり感謝のところに好運があつまる
2008年03月26日
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私たちの周りも自分自身も、日々刻々と変化を続けています。一日の変化は僅かかもしれませんが、生きていれば1年5年10年と大きく変化していきます。いくら変わりたくないと思っても、現実は容赦なく変わっていきます。 現在元氣な人であっても、いつ何が起こるか分かりません。反対に病気であっても、いつまでも同じ状態が続く訳ではありません。現在上手くいっているからと安心していると、そのまま続く保証はありません。現在どん底にあるからといって、それもいつまでも続く訳ではなく、考え方を変えることによって新しい変化が起きてきます。 運命は決まっているから、未来など変えられないと思っている人もいるかもしれません。しかし私は違うと思います。今日の生き方によって、それに相応しい未来に変化していくのではないでしょうか。不幸と思えばどんどんそのようになっていきます。生きているだけでも有難いと思っていると、出会う人物も変化してきます。日々思っていることが、結果として実現しているだけではないでしょうか。 未来が明るくなっていく人と、暗くなっていく人とに大きく分かれます。実際にはいろいろな原因が重なって未来が変化していくのでしょうが、その根本は、本人に真心があるかどうかによって方向性が決まってくるような氣がします。 自分本位の行動には、相手に対しての真心がありません。一方、自分中心に生きていない人は、どのようにしたらみんなが良くなるかを考え、行動しているのではないでしょうか。生き方も丁寧です。 物をつくるにあたっても、真心を込めたものには、温かさがあります。少し下手でも、真心を込めた歌い方には、心に響いてくるものがあります。現在の心の状態が、外に出ているだけなのかもしれません。外側も大切ですが、それ以上に内面を大切にしたいものです。新生柴田宋休第3詩画集『すべてがチャンス』より過去にもどることはできなくてもあたらしくやりなおすことはできる
2008年03月25日
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都会では競争相手が多く、何の努力もせず旧態依然のまま経営していると、直ぐに廃業に追い込まれてしまいます。時代の変化と共に仕事内容や方法を変えることにより、企業も商店も変化せざるを得ない状況にあります。 一方、不便な田舎では商店も少なく、お客様も近くの住民を相手としているため、手を抜いたサービスであっても、昔ながらの殿様商法がまだ存続しているようです。ただし新しい店が出来たとき、そのサービスに余りにも差があるため、閉じなければならないことは目に見えています。 競争を勧める訳ではありませんが、独占が通用していると、いつの間にか奢り(おごり)の心が出てくるようです。物の見方も自分中心になり、やがて時代と共に取り残され、井の中の蛙になっていくのかもしれません。 友人からいただいた米、いただいたものに文句を言う訳ではありませんが、精米したにもかかわらず、その中に余りにも多くのもみ殻のついた米が入っているのです。米を研ぐとき、いちいちそれを取り除いています。更に一時が万事なのでしょうか、小さな石が入っていることが多く、よく確認しないと不愉快な氣分になります。 たぶん精米の機械の1ヶ所に穴でも空いているのかもしれません。友人から話を聞いてみると、そこの商店主はお客様の意見は聞いてくれないとのことでした。近くに店がないため、仕方なくそこで頼んでいるそうです。偉そうな商店主と友人との会話が目に浮かぶようです。 マッサージの仕事、昨夜は9時から始めて、終わったのは午前1時半、帰宅したのは2時でした。でも仕事があることに感謝です。私の場合プロとしてやっているため、お客様の要請があればいくら時間が遅くても、やるようにしています。自分の都合を優先していたら、やがて仕事の依頼もなくなるでしょう。 お客様が減ってくるのも、勤めていた職場を辞めさせられるのも、それなりにいくつかの原因があるからです。そこに共通しているのは、口先だけで実行が伴っていなかったり、自分中心に物事を進める癖かもしれません。相手の身になって考えることが出来れば、物事はうまく運ばれていきます。人間、偉くなってしまったとき、そこから転落が始まるのかもしれません。
2008年03月24日
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1年近くウォーキングを続けてきて、ずいぶん脚力がついてきました。最初の頃は同じ場所を歩いていても、それで精一杯でした。しかし不思議なことに、脚に余裕が出てくると好奇心も旺盛になってくるようです。 どうせ歩くなら、同じところを歩くより、その日によって変化をもたせることによって様々な発見があります。ただ脚を鍛えるだけで満足出来ない私は、ウォーキングのための新しいルートを、機会のある度に探すよう心掛けています。 1昨日、初めての場所を歩き、そこに古い山道を見つけました。最近の里山はとても荒れています。50年前だったら民家に近い山は、燃料や肥料となる宝の山でした。しかし現在では、薪をとるためや落ち葉を集めるために山に入る人はいませんので、倒木等で荒れ放題です。 昨日の午後、鉈を手にして、新しいルートのために人が通れるようにと、小枝等を切ってきました。また一つの楽しみが増えました。今回の道には山桜の大木がありますので、開花が楽しみです。 話は変わりますが、茨城県日立市には大企業の「日立製作所」があります。住民のほとんどが「日立」に何らかの関係した仕事をしています。しかし現在は街全体に活氣がなく、シャッター通り等の名がつくほど元氣のない街に変化しています。 「日立」が全盛の頃、「日立」の下請けだけを仕事にしてきても大丈夫でした。しかし時代の変化と共に、それらの下請け会社の多くは倒産しているとのことです。その頃から先を読み、「日立」だけに頼らず、他社との関係をきちんとしてきた中小企業は何とか生き延びているとのことです。 いつでも新しいルートを探していれば、何かがあったとき、融通性がきくのではないでしょうか。物事はいつまでも同じようには続かないということです。脳のシナプスを鍛えるためにも、初めてのことにチャレンジする習慣が身につけば、何があってもチャンスになるのではないでしょうか。一辺倒ではなく、様々な組み合わせには可能性が満ちています。自分中心をやめて神さまや仏さまの声を聴くようになったらピントが合うようになった何でもいい新しいことをやってみると元氣が出てくる無理をしなくても今日できることをやればいい
2008年03月23日
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人間社会はこれまで大きな成長を遂げてきました。歴史上においても、石器、青銅器、牧畜、稲作、産業革命、情報革命、宇宙開発など幾度となく高度な発明や発展を遂げています。確かに、集団としての人間の能力の成長は素晴らしいものです。 一方、個人としての人間の能力はどうでしょうか。鳥や獣を解体する能力、聴覚や視覚能力、運動能力など、私達現代人は、原始人と比較して個人としての能力が明らかに衰退しているのではないでしょうか。 このように、「成長」と「衰退」とは別のものではなく、同じ事柄を別の角度から見たときの言葉に過ぎません。「幸福」と「不幸」も同様です。どんな不幸な出来事の中にでも、幸福の青い鳥は必ずいます。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.3.22 vol.121 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■第2作目の詩画集『であえてよかった』の再版を望まれるお客様の声に お応えして、柴田宋休さんが第3版増刷を決断されました。発売再開時 にはこのメルマガでお知らせします。(4月以降の予定) 最後の購入チャンスになる見込みです。ご購入はお早めに!!☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 十分でも 二十分でもいい 毎日つづけていると 確実に成長する ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■見守る (2007年5月) 自立心旺盛な次女の行動を見ていると、心配な部分もあります。これは親から見た場合です。しかし本人にとっては精いっぱい考え行動しているのでしょう。理屈と現実の違いを学習しているのですから、見守るしかありません。 現在、娘二人との父子家庭です。考え方によってはとても恵まれているのかもしれません。いない妻の分まで私がやらざるを得ないので、なかなかできない体験を、させてもらっているのかもしれません。 経験が多いからと、自分の考えを押し付けるのではなく、できるだけ娘からも謙虚に学ぼうと思います。時代が大きく変化しています。古い価値観にこだわっていても仕方ありません。これもチャンスですので、現実を前向きに受け入れ、私も一緒に変化しようと思います。親子共々どのように変わるか楽しみです。 子供はさておいて、自分の楽しみと運動のためにと、この夏の富士登山に使うトレッキングシューズを購入してきました。高校生の頃、山に登ろうとしても、金銭的時間的に制限があり、思う存分できませんでした。これから時間をつくって、近くの山々を歩こうと思います。 さっそく今日は足慣らしに、4時間位かけて雨巻山に登ってきました。小さな滝、「清滝」で美味しい水を飲むこともできました。 自分 だけでなく みんなそれぞれ けんめいに 生きている すぎた ことより これから やればいい────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年03月22日
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心が重いときは外に出て体を動かし、汗を流すと、汗と一緒に体から余分なものが出て、心も軽くなります。心が重いときは、頭だけで考えているときではないでしょうか。過去や未来を心配しているとき、体中の血液も停滞し、次第に体も重くなってくるのかもしれません。 心配して問題が解決するならいいのですが、心配という思考法は、前向きな問題の解決法ではありません。心配することにより、更に不安が集まってくるからです。心配が心配を呼び、悪循環を繰り返しながら、いつしかそこから抜け出られなくなるようです。 いっそのこと体を動かすことによって、いっとき心配から離れることが必要なのかもしれません。スポーツの好きな人は、自分の得意とすることをやるのもいいです。あまりスポーツの得意でない人は、普段歩いたことのないところを歩いてみてはどうでしょうか。 冬を越えた野山には、いろいろな生物が動き始めています。小さな花も咲き始めました。それぞれが懸命に生きています。自分だけ重い空氣の中にいたことに氣付くでしょう。同じことを繰り返していても解決しないことが分かれば、違うことをすればいいだけです。今までの自分から一歩、外に出ることによって、解決するのではないでしょうか。 初めてのことにチャレンジすると、脳にとってとてもいい刺激になります。今まで使っていなかった部分が動き出し、アイデアも自然に出てくるようになります。それには普段から、新しいことにチャレンジする心の余裕を持ちたいものです。 肉体的に疲れていると、自分のことで精一杯で、心に余裕もなくなってきます。そのような意味でも、まずは出来ることから体力づくりです。考えている時間を体力づくりの時間に切り換えればいいのです。体が動くようになれば心も軽快になり、的確な判断が出来るようになります。いっぽ外に出て違うことをやってみる一歩柴田宋休第1詩画集『あるがままに』より実際にやるかそれともやらないかそこが分かれ目失敗してもいいじゃない実際にやってみれば未来は確実に明るくなってくるのだから
2008年03月22日
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何があっても、そのことを受け入れ、生きていることに感謝出来るようになることが、最終的な目標なのかもしれません。現実世界では事業に成功したとか、有名になったとか、たくさんの物を所有しているとかの、目に見えることがその人間の判断基準になり易いのですが、本当にそうなのでしょうか。 見える世界で恵まれることもいいことかもしれません。しかしそれ以上に、心の状態が真の意味では重要なのではないでしょうか。たくさんの物を持っていても、その幸せがずっと続くのであればいいのですが、持っている人にとってはそれが当たり前となり、喜びとは繋がりません。 たくさんの物に囲まれていると、いつしか感謝することを忘れてしまいがちです。健康でいるとき、その健康の有難さに氣付く人は少ないようです。病気して初めて、健康の大切さに氣付くのではないでしょうか。 また現実には、同じ状態がずっと続くことはありません。家も建てたばかりはいいのですが、10年20年経てば古くなってきます。そして私たちの体も確実に老化していきます。たくさんの物を持って満足出来るのは、ある程度の年齢までではないでしょうか。歳を重ねるに従って、物に対する執着はなくなっていくようです。 死ぬとき、物を持っていけません。残された物は本人にとっては大事な物だったかもしれませんが、残された家族にとっては処分せざるを得ない物が多いのではないでしょうか。それぞれに自分の人生がありますので、いつまでも過去にこだわっている訳にはいかないからです。 たとえどのような状態であっても、その中から喜びを味わうことが出来るようになることが、感謝の生活なのかもしれません。それは他と比較することではなく、小さな感謝の積み重ねかもしれません。感謝の人は顔も心も穏やかです。なごやか柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』よりひと月先のお金がなくても今あたたかなお風呂に入っています何とめぐまれているのでしょうかゆっくりした時間もあります充分に食べるものもあります有難いことに家族もいます応援して下さる方々もいますどんなときでも私たちはいつもいつも愛されています何とめぐまれているのでしょうかゆったり宋休サイン柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』より痛いところはやさしくゆっくり撫でてあげるといいこころ静かに手を当てるだけでもいいさびしいから痛いのかもしれない
2008年03月21日
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思っているだけでは相手に伝わりません。本人は自分が思っているのですから、分かっているのは当然なのですが、それを言葉や行動にしないと、周りの人にとっては何を考えているのか分かりません。自分が分かっているから相手にも分かるだろうと思うのは、自分勝手な考えです。 もし肩が凝ったという妻がいれば、言葉だけで大変だねと言ってみても、相手には口先だけしか伝わりません。本当に大変と思うなら、少しでもいいから肩を揉んでやることではないでしょうか。やり方が分からないからやらないのは、口先だけで、やる氣が全然ないからです。たとえ下手でも行動することによって、相手にとっては精神的にとても楽になります。 手当てという言葉がありますが、痛いところに手を当てているだけでも痛みが和らいでくることが分かります。血液の流れのいい人であれば両手が温かいですので、その手で患部に当てればいいのです。それは氣のせいと思うかもしれませんが、私たちの体からはエネルギーが出ています。この場合は良いエネルギーです。 知っている・分かったという言葉は、頻繁に使わない方がいいようです。会話の途中で、それは知っている、それは分かっていると言うことによって、相手の人は会話を中止せざるをえません。私はあなたの話を聞きたくないという言葉でもあるからです。言葉にもエネルギーがあります。 日常の些細な言葉や行動が、後で大きく影響していきます。最初から大きなことになる訳ではなく、小さなことが積もり積もって、大きな出来事へと変化していくのではないでしょうか。何氣ないマイナスの言葉には注意したいものです。こつこつやっていれば何とかなりますうまくいかないのは誰のせいでもありませんいちばん自分が問題なのです いつもまもられているのだから感謝をわすれない
2008年03月20日
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出る杭は打たれるといいますが、本当にそうなのでしょうか。中途半端な状態のとき、打たれるのかもしれません。一氣に上に伸びれば、人から何かをされることもありません。しようと思っても手が届かないのですから、問題になりません。 どんぐりの背比べをしているとき、人から何かを言われたり、足を引きずられたりするようです。雲の上になれば、住んでいる世界が違うのですから、氣になることもありません。 私たちは成長するとき、いろいろな出来事によって試されるのではないでしょうか。解決出来ないときは、それまででストップします。鍛練という言葉がありますが、社会の中で揉まれることによって、私たちは成長します。 学生時代は先生が教えてくれるかもしれませんが、実社会に出てからは、自分で方法を探すことが求められます。教科書通りにやっていても、現実はそんなに甘くありません。本氣になって工夫することによって、やがて智慧として働くようになるのではないでしょうか。 頭でいくら考えていても、何にもなりません。実際にやってみながら方法を探すことが、生きるということなのかもしれません。当然失敗をしたり、痛い思いをするかもしれませんが、そこから深く学んでいくようです。本当にやり直したいならちっぽけな自分を捨てて本氣でやってみる氣迫柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』よりあるけなかったらはっていけばいいはうことが できなければこえにだせばいいこえがでなければみぶりてぶりでもいいそれができなければ根氣よくおもいつづけるのだ
2008年03月19日
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雪の中にある木の根元、何故かそこには雪がないことに疑問をもっていました。木は生きているから、その熱のために雪が融けているのだろうと勝手に思い込んでいました。でもそれは私の勘違いだったようです。たぶんビル風のように、強い風によって木の根元は雪が吹き飛ばされているのではと、最近思うようになってきました。 思い込みが強いとき、人の意見を聞くことが出来ません。何といっても自分の考えが正しいのですから、人の話を聞く必要もないのかもしれません。一度思い込んでしまうと、なかなかその間違いに氣付かないようです。そのためには普段から謙虚な氣持ちで生活することが必要なのかもしれません。 物事を固定して考えず、いつも頭を柔軟にしていれば、思い込みによるトラブルはずっと減ります。私たちは一旦決め付けてしまうと、そのことを再検討する氣は起きないのかもしれません。 新しいことにいつもチャレンジしているとき、実体験が多い分、様々な角度から物事を見ることが出来ます。チャレンジには新しい氣付きがあるため、考え方を修正することが日常的になってきます。 今年の冬はずいぶん雪山に行きました。もちろん風の強い雪の中を何度も歩きました。実際に、風によって吹き飛ばされている現実を見ているから、考えが変わったのでしょう。想像力は、その人の体験の範囲でしか想像出来ないのかもしれません。 同じところを歩いても、観察力のある人とない人とでは、見るところが全然違うようです。どこを見るかによって、感性も違ってくるのかもしれません。見るべきところに焦点を合わせ、良く見れば、身近なところに発見があります。どんな人でもそれぞれに果たす課題があるようだ自分だけが大変なのではなくそれぞれに与えられた課題がある
2008年03月18日
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ときどき厳しい自然の中に身を置くと、生きようとする生命力のスイッチが入るのかもしれません。日常の恵まれた環境の中ばかりで生活していると、動物本来の大切なものが退化していくような氣がします。 野生の動物に餌付けをすると、厳しい自然の中で生きて行けなくなるそうです。自分で餌を探すことをしなくなるからです。野生の動物は自ら餌を探し、生き続けています。 サラリーマンの友人と自由業の私で、昨日、日光の社山に登ってきました。山に向かう車の中で、ふと氣付いたのです。多くのサラリーマンは、きちんと与えられた仕事をしていれば、毎月の収入がある程度保証されています。一方、私のように自由にやっている仕事は、いいときもあれば全然収入のない月もあり、とても不安定です。 しかし考え方を変えてみると、不安定だからこそ、いつも頭を働かせたり目を輝かせて、何かのチャンスを探す習慣が身についているのかもしれません。ボーとしていたら、食べることさえ出来なくなってくるからです。冗談半分に私は野良犬、サラリーマンである友人は、会社に飼われている飼い犬かもしれないと話し合いました。 生命力という観点で見れば、どちらが力強いか分かり易いのではないでしょうか。大事に育ててもらっているときは、具合が悪くなれば病院に連れて行かれ、治療をしてもらうことも出来ます。しかし飼い主が何らかの事情でそれを放棄したとき、生きる力はありません。初めから自分で生きているものは、普段から周りに過大な期待をしていませんので、不安になることもありません。 雪の中を歩くのは、雪のないときに比べて何倍かのエネルギーを使いますので、とても疲れます。しかしそれ以上に、雪の風景には魅力があります。 日光の男体山(2,486m)を、いろいろな場所から見ていますが、今回登った社山からの眺めが最高のようです。自分の場所を変えることによって、あのような風景に出会えたことに感動でした。ひとつの方向から物を見て、全てが分かったように論じることは愚かなことだと氣付かされました。 昨日、平地は曇り空のようでしたが、私たちがいた山の世界は一日中、5月の陽氣で晴れ渡っていました。帰宅してお風呂に入って、腕が日に焼けていることに氣付きました。高度によって、こんなにも体験していることが違っていることに驚きでした。雲の上の有難い一日でした。
2008年03月17日
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同じ出来事でも、その人の解釈の仕方によって、受ける印象は人それぞれです。例えばあることで失敗したとします。ひとりの人は、もうやる氣をなくしてしまいます。また一方の人は、一度や二度の失敗で挫けることもなく、工夫を重ねて、新しい展開へと進化していく人もいます。 先日パソコンで作った画像を、多くの人が簡単に見ることの出来る「PDF変換」をしようと思いました。しかし今回購入したソフトには変換機能がなく、不便でした。そこでネットにてフリーソフト(無料のソフト)を探し、インストールしましたら、私のパソコンでも使えるようになりました。 変換ソフトをインストールすることによって、私のパソコンに新しい機能が追加されたのです。それまでやろうと思っても出来なかったことが出来るようになったのです。そのとき、ふと思ったのです。人間にも、ソフトみたいなものを入力することによって、思考が柔らかくなるのではないかと。 頭のカタイ人間でも、体験を通して真理が分かれば、それまでの考え方と違ってきます。ひとり一人がわざわざ体験しなくても、思考を変換出来るようなことがないだろうかと思ったのです。 現在の私に急になった訳ではありません。少しずつ解釈の仕方を変えることによって、現在のように楽になってきました。以前は嫌だと思っていたことが、現在ではそのように解釈しなくなりました。すべてをプラスに捉えるようになったのですから、その人の考え方次第のようです。 その人の脳を通過することによって、出来事の意味が正しく把握され、困難と思うのではなく、楽しみに変換するような仕組みがあるような氣がします。同じ山に登っても、それを苦痛と感ずる人もいれば、それを楽しみや感動と思う人もいるのです。解釈の仕方によって、こんなにも違うのです。 確かなことは、頭のカタイ人は物事を柔軟に解釈することが出来ないため、問題も多くトラブルも絶えないようです。一方、思考の柔らかい人は、無理することもなく、自由に生きられるのかもしれません。同じ人生、味わって生きますか、それとも苦しんで生きますか、どちらを選択するのも本人次第のようです。すべてをプラスに解釈するようになったら笑顔が増えた
2008年03月16日
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私達は日常生活の中で様々な問題に遭遇します。そこで大切なのは、自分が問題に出会ったときに何に焦点を当てるかかではないでしょうか。 なぜ起きたのか、誰が起こしたのかなど、原因(Why)を探すのは、その問題を研究対象にしている人やマスコミにとっては大切なことかも知れません。しかし、問題に遭遇した当事者にとって大切なのは、問題をどのように回避するのか、どのように解消するのかなど、方法(How)を探すことです。 どうしても方法よりも原因探しに注意が行ってしまうという方は、「目の前に起きる問題のすべては、前世の自分が引き起こしたもの」と考えるのも方便です。自分が起こした問題なら、自分で解決するのは当たり前ですから。 さあ、いつまでも過去(原因)に囚われていないで、今これから何ができるかを考えませんか。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.3.15 vol.120 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■第2作目の詩画集『であえてよかった』の再版を望まれるお客様の声に お応えして、柴田宋休さんが第3版増刷を決断されました。発売再開時 にはこのメルマガでお知らせします。(4月以降の予定) 最後の購入チャンスになる見込みです。ご購入はお早めに!!☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 十分でも 二十分でもいい 毎日つづけていると 確実に成長する ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ --------------------------------------------------------------------■雪の刈込湖・林の写真に感動 賀川康子さん刈込湖の美しい写真をありがとうございました。感動いたしました。先生の益々のご健康とご活躍をお祈りしています。4月の益子での展覧会を楽しみにしています。ありがとうございました。感謝の言葉を尽くせません。(2008.03.06) --------------------------------------------------------------------■Re:雪の刈込湖・林の写真に感動 宋休さんいつもご訪問ありがとうございます。4月の個展では、今回少し遊んで、石ころに文字を書いてみました。昨夜はそのためにと、石ころの大きさに合った小さなゴム印を作りました。(2008.03.06) ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■静かな時間 (2007年5月) 目先が大変だからと、バタバタしても、何もいいことはありません。そんな時こそ目を閉じて、おなかでゆっくり深い呼吸を繰り返せばいいのです。呼吸が整ってきますと、心も落ち着いてきます。腹が決まると、そのうちいいアイデアも出てきます。焦っているうちは、何の解決にもなりません。 日々の生活は次から次へと、やることがたくさんあるから、かえって静かな時間が必要なのかもしれません。一日のある時間を、目を閉じて瞑想してもいいですし、無心に汗を流して歩くのもいいかもしれません。自分に合った方法を探してみてはどうでしょうか。 家族のため、お金のために行動することも大切です。私は今まで自分の健康のために何もしていませんでした。自分の体に感謝していなかったようです。家族のためにガンバッテいる人は特に、自分のための時間が必要かもしれません。体あっての家族です。 静かな時間は経済的な収入には直接つながりませんが、それ以上に心の健康に影響を与え、日々の安心につながるようです。騒がしいところを好んでいる人は、心に落ち着きがなく、余裕もないのかもしれません。 静かな時間をもつことによって、精神的な余裕が生まれてきます。問題をたくさん抱えている方、ぜひ試してください。新たな展開になると思います。 おちついて 準備を しながら 待てばいい────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年03月15日
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どんなに小さなことでも、新しい発見はうれしいものです。 家の近くをウォーキングするための、新しいルートを見つけました。そこに道はないと、最初から思っていれば、探すことはありません。しかし、どこか行けるところがあるだろうと探していれば、見つかるようです。 以前から氣になっていたのですが、体力不足のため、その場所を越えようとは考えていませんでした。その道は思いがけないところにありました。自宅の東側の山をひと回りするルートです。そこには高圧線の鉄塔があるため、小さな道が隠れるようにして作ってあったのです。昨日、雨の中を、傘をさしながら1時間程かけて歩いてきました。 人間の脳は、使う人には応えてくれるようです。探す氣がある人は、そのような目で毎日暮らしています。あまり探す氣のない人は、何となく毎日を暮らしていますので、何かを発見することもありません。能力は訓練することによって身についてきます。脳も体も生きているうちに使わないのは、勿体ない話です。 先日、海上自衛隊イージス艦と民間漁船との衝突事故がありました。どんなに最新鋭の機器を搭載していても、最終的には人間に優るものはないのかもしれません。 所詮、器械は人間によって作られたものですので、予定通りに動くようには出来ていても、計算外の思いがけないトラブルのときには、役に立たないことを教えてくれました。自動操舵や居眠りをしていては、事故に繋がるには当然の結果だったのかもしれません。 何でもそうかもしれませんが、物事は急に起きている訳ではありません。いくつかの条件が揃ったとき、起こるべくして起きているのかもしれません。良いことも悪いこともです。毎日の生き方が結果として出ているのではないでしょうか。初心 柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』よりいつもがはじめていつもが発見
2008年03月15日
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素人はいつでもやめることが出来ます。しかしプロはいったん引き受けた仕事は、やり遂げなければなりません。大きな違いです。 趣味の世界であれば、自己満足であっても許されますが、職業としてやっている場合は、自己満足ではなく相手がいますので、お客様に満足されることが要求されます。つまり自分だけでなく、相手がいるということです。 趣味のときは、相手との関係でお金が動くことはありませんが、仕事としてプロとしてやっている場合、お金が動きます。お金をいただくということは、仕事に対しての責任も要求されます。言い訳は通用しません。 先日、知人のお店にお寄りしたら、パソコンのトラブルで困っている様子でした。もしかすると私でもある程度の解決が出来るかと、どこがおかしいかいろいろと試してみました。すると有料でパソコンを教えてくれた方が、違うパソコンと交換したため、そこから不具合が生じていることが分かりました。 思い切って今まで使っていたものに交換しましたら、今まで通り使うことが出来るようになりました。話を聞いてみると、本職のパソコンの先生ではなく、趣味程度の知識でしかも有料で教えていたらしく、知識の無さと責任の無さに考えさせられました。中途半端な親切心が、裏目に出てきたようです。 単なる仕事としてお金のためにやっているとき、肝心なことは後回しの場合が多いのかもしれません。そこを教えてしまうと、その後の仕事がなくなってしまいますので、余計に時間をかけるのかもしれません。教える立場として、肝心な部分が何か分かっていないから、教え方もあやふやなのでしょう。安易にお金をいただくと、信用までなくしてしまいます。 ずいぶん前の話です。新しい粘土を使って花入れを作り、デパートでの個展のとき販売しました。水漏れ検査では大丈夫だったのですが、会場で3日くらい水を入れて飾っていましたら、水が僅かにしみ出てくることが分かり、後日新たに作り直し、お客様のところに一軒一軒届けたことがありました。 でも私の場合は、それがひとつの縁となり、現在でも繋がっています。トラブルのときこそ、どのように対応するか、本質が問われるのかもしれません。いちにちのはじめとおわりに感謝のことば
2008年03月14日
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急にやろうとしても中々出来ませんが、少しずつ毎日やっていると、平氣になります。才能があるからやっている人は、案外少ないのかもしれません。努力の積み重ねによって、才能が開花するようです。工夫しながら続けることの出来る人は、可能性に満ちていますので、確実に変化していきます。 同じことの繰り返しは最初の頃、余計なことを考え易いのですが、動作が体についてくると余計なことを考えなくなり、無念無想の状態になることが出来るようになります。すると不思議にも直感が働くようになり、突然アイデア等が出てくる機会が増えてきます。 やってやってやっていると、突然ヒントが出てきます。頭だけで考えているうちは、中々いいアイデアは生まれてこないような氣がします。どちらかと言えば、頭の中が空っぽの状態になったとき、天からアイデアがおりてくるのかもしれません。従って頭の中にいっぱい詰まっているとき、頭の中に余裕がありませんので、新しいものが入ってこないのかもしれません。 作文苦手な私が、出来るだけ毎日ブログを書いているのも、何かを書こうと懸命に努力している訳ではなく、無心のときにふと出てくるヒントから書くようにしています。そのような意味では、いつも頭の中を空っぽにするよう心掛けています。お陰さまで、氣になることは先延ばしにするのではなく、出来るだけ早い時期にやるようになってきました。 今年の富士登山は、体が昨年とどのように違っているか楽しみです。そのためにも、出来るだけ毎日歩くよう心掛けています。しかも平坦な道より、坂道を楽しむようにしています。家の近くは山ばかりですので、何と恵まれているのでしょうか。肝心なことをやっていれば大丈夫
2008年03月13日
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今年はじめて、ウグイスの鳴き声を聞きました。鳴きはじめのウグイスは、とても下手くそです。でも鳴き続けていると、あの美しい鳴き声になってきます。 誰でも最初は下手くそなのかもしれません。でも続けることによって、上達してくるようです。私も人前で話すことが大の苦手でした。しかし機会のある度にチャレンジすることによって、現在では人前で話すことが楽しくなってきました。予定通りに話すだけでなく、アドリブも平氣になりました。 何でもそうですが、やめてしまえば、それまでです。しかし続けていれば、その人なりに成長するようです。壁に当たったら少し休めばいいのです。休んでいるうちにアイデアも出てきます。工夫することによって、何かしら方法が見つかるものです。 生きるって、その連続なのかもしれません。壁がなかったら頭も体も使うことをしないのではないでしょうか。当然使わなければ努力することもなく、対処する術を体得することもありません。成長した人間ほど、たくさんの壁を経験しているのかもしれません。 新しい体験は、私たちを成長させてくれます。やったことがないから、やらないという人もいますが、そこには向上心も進歩もありませんので、好奇心が育つこともありません。生き生きしている人のほとんどは、好奇心も旺盛です。チャレンジするから元氣が出てくるのではないでしょうか。チャレンジ、イコール、パワーです。 今月に入ってから3回、家の近くの三登谷山(みつとやさん、433m)に、運動のため夕方登っています。昨日は頂上近くの尾根で「満作」が咲いていました。春の山でいちばん最初に咲く花です。今年は遠くから眺めるのではなく、身近に見たいと思っていましたので、それが実現しました。1年前にその場所まで行くのに息が切れましたが、現在では少し休憩を入れれば平氣になりました。 続けることの凄さを実感しています。もし生きていれば、来年の今頃、何をしているのでしょうか。楽しみです。私にとってはすべてがチャンスです。 機会を待っていたら、マッサージの仕事も増えてきました。仕事の帰りにはゆっくり温泉にも入れるのですから、有難いことです。初めは下手でも続けていれば何とかなります大きな壁柴田宋休第3詩画集『すべてがチャンス』より順調に進んでいましたがあるとき突然目の前に大きな壁があらわれ行く手を遮られてしまいました体力に自信のあった私は壁に向かって体当たりをしたり大声で文句を言ったり勢いをつけて駆け登ってみたりとあらゆることをやってみましたがとうとう疲れ果て壁の前で休まざるをえなくなりました。何日すわっていたでしょうかすると小さな声で静かに前じゃない横 横とかすかに聞こえてきましたへとへとでしたがなす術がなかったので前でなく横に進んでみました何日 歩き続けたでしょうかすると あの大きかった壁がだんだん小さくなり力のない私でも進める道があったのですずいぶん遠回りになりましたが壁を越えることができたのです 安心宋休
2008年03月12日
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川の流れによって、石と石がぶつかると、お互いに丸くなります。ダイヤモンドも原石のままではただの石かもしれませんが、磨くことによって、貴重な宝石に生まれ変わります。 人間も温室育ちでは荒波を乗り越えることは出来ませんが、社会に揉まれることによって変化していきます。ゴツゴツしていたものの角が取れ、どのような状況でも適応出来るよう、丸くなっていくのかもしれません。 河原にある石ころを見ると、様々な色や形をしています。角が取れた小さな石ころたちは、私たちに安心感を与えてくれます。同じようでも良く見ると、それぞれに個性があります。どこかにあった石が、川の流れと共に少しずつ削られ、現在の場所まで流れ着いたのでしょう。 かつての私はとても人見知りでした。人との関係が不得手で、出来るなら人間相手の仕事でなく、一人でも出来る仕事と思い陶芸の道に入りました。しかし人間変われば変わるものです。その私が現在では、人間を相手にする仕事(坊主・マッサージ・講演)をしているのですから不思議です。 悩み苦しむことにより、人間に関心を持つようになったからかもしれません。様々な人間の生き方を見ることによって、多くの学びがあります。1年や2年では分からなくても、長い年月を通して見ることにより、本質が見えてきます。 何かあやしいという生き方をしていれば、やがてそのような結果が出てきます。反対に誠実に生きている人は、そのように結果も出てくるようです。 その人間の眼を見れば、分かるのではないでしょうか。落ち着きのない眼は、心も不安定のようです。穏やかな眼のとき、心も満たされているのかもしれません。心の眼に曇りのないよう、生きたいものです。今日できることを今日やればいい
2008年03月11日
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すくすくと順調に育った木は、人間のためにある程度の大きさになったとき切り倒され、材木として使われます。一方、用材に使うには曲っていたり癖のある木は利用できないためそのまま残され、やがて大木となるのかもしれません。見方を変えれば、目先での役に立たなかったから生き残ったともいえます。 花粉症で悩んでいる方が多いのではないでしょうか。用材確保のために、人工的に自然林を切り倒し、杉やヒノキをたくさん植林しました。以前に良かれと思ってやったことが、現代になって被害になっているのですから皮肉です。 杉やヒノキの多い田舎の人に花粉症が少なく、杉やヒノキから遠く離れた都会に住んでいる人に多いのは、汚れた大氣が関係しているのかもしれません。人間が便利さを求めた結果、我が身に降りかかってきたことなのかもしれません。 目先だけでの判断は、後になってから問題が出てくるようです。長い目で見たとき、何がいいのか分かりません。材木の話を聞いたとき、私は人間も同じような傾向があるのではないかと思いました。 現代の日本の企業は利益優先のため、出来るだけ正社員を使わず、パートや派遣社員が益々増えてきているようです。確かに目先で考えれば、会社も存続できるかもしれません。しかし大きな流れで見れば、低所得者が増えれば、やがて自社の製品も売れなくなってくるのは当然です。 たとえ自分の会社が残ったとしても、そのような考えではやがて時代と共に消えていく運命にあるのではないでしょうか。共存共栄を本氣で考える時代になってきたのかもしれません。 利益優先の会社は、利用できる若い社員は優遇します。しかし、ある程度の年齢になれば容赦なく切り捨てます。高齢者を大事にしない社会は何かがおかしいのです。何百年も生き続けている大木は、私たちの身勝手さを、黙って見守っているのかもしれません。真面目にこつこつやっているとそのうち何とかなります 五十歩百歩柴田宋休第3詩画集『すべてがチャンス』より縁があるということはどちらが上とか下でなくいっしょに成長していく仲間なのです
2008年03月10日
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仮説です。精神と肉体のバランスが崩れ、頭だけで考えるようになったとき、自ら命を絶つことが起こり易いのかもしれません。おなかが空いているとき、空腹を満たすため、生きようとする本能が活発になり、死ぬことを考えないのかもしれません。 物質的に豊かになった現代だから、急激に自殺者が増えているのかもしれません。国民の多くが貧乏だったとき、これほどの社会問題となるほど多くはなかったのではないでしょうか。 満たされ過ぎていると、その有難さをつい忘れてしまうようです。いつもあるのが当たり前となってしまうからです。そのような人たちは、無くなってはじめてその有難さに氣付くのかもしれません。病気してはじめて、健康の大切さに氣付く人は多いのではないでしょうか。 私たちの体は健康のとき、痛みという症状は表れません。しかし不健康な生活をしていると、内蔵などの痛んだところが悲鳴をあげ、注意信号あるいは危険信号としていろいろな症状となって表面化してきます。痛くなってはじめて、その異常に氣付くようです。 身の丈に合った生活、両足で一歩いっぽ確実に歩いていれば、大きな問題になる前に解決するのではないでしょうか。足元を忘れたり、肝心なことを忘れたりしているうちに、精神的にも不安定になってくるのかもしれません。 現代人は特に知的労働が増えています。それと共に体を動かすことをつい怠ってしまうのかもしれません。最近、運動をするようになってから氣付いたことですが、体を動かしているとき、悩んでいる時間がありません。肉体労働者で死を選ぶ人が少ないのは、それが人間として健全だからなのかもしれません。普段から体を動かす習慣はとても大切です。風雨体験実際に味わってみると確実に成長する柴田宋休第3詩画集『すべてがチャンス』より
2008年03月09日
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生きていれば、何とかなります。昨日、用事のついでに鬼怒川べりをウォーキングしていたら、ちょっと氣になる人に会いました。彼はリュックを背に、両手に荷物を提げ、普通の人が通らないところを歩いていました。目と目が合ったのですが、言葉を交わすこともなく通り過ぎました。服装もそれほど汚れている訳ではないので、ホームレスではないようでした。 ある地点まで行き、車に戻ろうと帰ってきましたら、橋の下で彼が休んでいました。何か事情があるかと言葉をかけてみましたら、昨日、派遣の職場を解雇され、生まれ故郷の群馬県の前橋に行きたいとのことでした。所持金を聞いてみましたら、800円位だそうです。見捨てる訳にもゆかず、いろいろ方法を考えた末、警察に連れて行き、事情を話して相談にのってもらいました。 この寒い中、一晩は橋の下で野宿したらしく、途方にくれている様子でした。目の前に大きな川が流れているので、自殺の可能性があると思ったからです。車の中で聞いてみると、2度ほど警察にお世話になったことがあるらしく、正直に現在の状況を話せば、力になってくれると思ったからです。 2日ほど前に、派遣会社を解雇され、数千円しかお金がない女性のことがNHKで放映されていました。彼女も思いがけない出来事に途方にくれている様子でした。でも考え方を変えたら借金がない分、可能性はあるのではないでしょうか。本人には分からない、何かのこだわりが原因なのかもしれません。職業や場所を限定しなければ、出直すことが出来るのではないでしょうか。 良くも悪くも、人生って思いがけないことが起こるのではないでしょうか。もっと早めに相談出来る人がいれば、そこまで行く前に方法が見つかったのではないでしょうか。元氣なうちは孤独もいいかもしれません。しかし何かがあったとき、どんどん考えが狭くなり、悪い方へと考えていくのかもしれません。信頼関係の大切さを、改めて考えさせられました。じぶんのものと思っていたがすべてのものはひととき天からおかりしているのですちっぽけな自分を捨て悠久なる天にまかせる蓮のように泥の中から咲く華になりたい
2008年03月08日
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種を蒔いて条件が揃えば、芽が出てきます。短文を書くようになってから、そろそろ15年になろうとしています。お陰さまで応援者によって3冊の詩画集を出版することも出来ました。 欲が深いかもしれませんが、出来るならもっと広まり、身近なところに短文を置き、生活の中で役立つことが出来ればと考えています。縁のある方がそれぞれに実践を通して身につけてほしいからです。悩んでいる人が少しでも楽になることを願っています。 4月の個展では、石ころに紙を貼り、そこに短文を書いたものを出品します。今までは和紙に墨書し、額装していました。小さな作品では短冊や色紙・寸松庵などの紙に書くことが多かったです。また陶板は最初の頃から手がけていますが、手間がかかるため、ある程度高価になってしまうことが課題でした。 より多くの人たちに文章を広めようと、パソコンを覚え、自分でハガキに印刷するようにもなりました。カレンダーも最初の頃は応援者が作ってくれていたのですが、最近は自分でも作れるようになりました。すべてが私にとっては種蒔きだったのかもしれません。 最初、印刷物を販売しようとしたとき、肉筆でない作品を安く売ることを反対し、離れていった方もいます。私は肉筆だけにこだわる必要はないと思っています。新しいことを始めると、反応は様々です。今回出品する「石ころ書」も賛否両論あるかと思いますが、物づくりの原点に返り、楽しみながら準備を進めているところです。 「石ころ書」を通して、少しでも多くの人たちに、肉筆の小さな作品を持ってもらい、言葉の持つエネルギーを身近に味わってほしいです。そして少しでも、ニコニコの輪が広がっていくことを願っています。たとえお金がなくても工夫すればできることはいくらでもあるまごころの種をまく雨も風も雪もあるからいいのですおかげで何が来ても平氣になりました
2008年03月07日
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滅多にないことかもしれませんが、もしかすると、電力の供給が止まることがあるかもしれません。そのための準備や心構えがしてありますか。電氣が止まったら水が出ません。ご飯も炊けません。ほとんどのトイレも使えません。信号も止まりますので、ほとんどのことがパニック状態になります。 便利な生活をしている人ほど、手も足も出ない状態になるのではないでしょうか。大きなビルや工場・病院では非常時のためにと自家発電が設置されているところもあります。緊急のための安全弁です。 普段の生活の中で、いつも周りの便利さに頼っている人ほど大変かもしれません。足腰の弱っている人はどこにも移動することが困難になるのではないでしょうか。 ウォーキングのため、山の急な坂道を歩いて、ふと考えたのです。1年前とずいぶん違ってきたからです。それまでの私の生活は、出来るだけ階段は使わず、体力を使わない楽な方を選んでいました。体力が衰えているのを知っていながら、それほど重要とは考えていなかったからです。 体力と氣力は密接に関係しているようです。体力のおちている人は、氣力も同時におちているのではないでしょうか。何かがあったとき、体力があれば氣力もありますので、何かしら方法を見つけようとチャレンジするのではないでしょうか。 判断力も体力・氣力のバランスがとれているとき、余裕をもって全体を見ながら判断することが出来ます。自分の足元がガクガクでは、たとえ良い考えがあったとしても、行動することが出来ません。 これから何かをしようとするなら、まずは体力づくりかもしれません。友人も私の勧めで運動をするようになって、最近は体調も良くなり、氣分も晴々とのことです。重い腰を上げて、動き出せば、確実に変わってきます。本氣柴田宋休第3詩画集『すべてはチャンス』より口先や格好だけのときいざその時が来たときチャンスを目前に逃げてしまうことが多い心底から思っているとき百遍の言葉よりひとつの実行になる格好だけのとき何も変らなかったが本氣になると変化が起こる坊主宋休
2008年03月06日
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ときどき外出した際、「ついでウォーキング」をします。私の場合、決まった時間に決まった場所を歩くことは性に合っていないようです。何かの用事で外出した際、初めての場所を歩くようにしています。 家に帰ってからでは時間が遅くなり、ついその日は運動をしなくなるからです。それならば場所を限定せず、とりあえず少しの時間だけでもいいから歩くようにしていると、脳にとってはとても良い刺激になるようです。 昨日も父のところに用事があり、帰宅してからではウォーキングも無理かと思い、帰宅途中、茨城県桜川市の上野沼を歩いて1周してきました。夕日が湖面に反射したり、冬鳥が泳ぐ様子を見たり、遠くから筑波山を望むことも出来ました。ちょっと発想を変えただけで、見える世界も豊かになってきます。 マラソンをしている友人が、会社から帰宅してからでは冬の時期は暗くなってしまうので、最近はさぼっているとのことでした。頭を柔らかくすれば、何も帰宅してからやるものと決め付けなければ、会社の近くを明るいうちにやることも可能なのではないでしょうか。 買物に行ったついでに、買物だけをするのではなく、その前に、初めての場所などを歩いてみると小さな発見があります。子供の頃の寄り道の感覚かもしれません。雨が降っていれば、デパートの中でも可能です。どこにでもある階段は特に運動になります。 時間に余裕のないときは最短距離もいいかもしれません。しかし知らずのうちに、いつも効率ばかりを考え、無駄なことをせず、楽なことをしようとしている私がいました。仕事だけに片寄れば片寄るほど、体に無理が重なっていることに氣付きませんでした。 人間の体は、仕事などで同じところばかりを使っていると、動かしていない部分は退化していくようです。そのためにも普段使っていない脳や筋肉を働かすよう心掛けたいものです。何もしなければ、当然サビも溜まってきます。天真筆がなければクレヨンでかいてもいい紙がなければ大空にかいてもいいもし本当にかきたいのならどんな方法でもいいんだよ遠慮せずとことんやってみることだよ柴田宋休第2詩画集『であえて よかった』より
2008年03月05日
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最近、あおさの味噌汁ファンになって、回転寿司で磯の香り一杯の味噌汁を楽しんでいます。そこで、家でもと思い、家内に近くのスーパーで「あおさ」を買って来てもらって味噌汁に入れて家族で飲んだら、舌触りが粉っぽくて変なのです。おかしいなと思って「あおさ」のシールを剥がして見たら、何とそこには「青のり粉」と印刷されているではありませんか。そう、タコ焼きや焼きそばに掛けるアレだったのです。そのメーカーは、商品の売れ行きを良くしようと思ってやったのでしょうが、偽装はいただけません。結局、それまでの信頼を一気に失墜させただけです。失った信頼を取り戻すことは容易なことではありません。 さて、我が身を振り返って、私たちも同じようなことをしてはいないでしょうか。他の人にうわべだけ良い顔をしたりお愛想を言っても、直ぐに表面のメッキは剥がれます。人の本質は行動を見れば判ります。行動の積み重ねが信頼につながるのだと思います。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.3.5 vol.119 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。 お客様のぱるる(郵便預金総合通帳)口座からケーズプラン売店の振替口座への送金が、ゆうちょ銀行の平成20年9月30日までのキャンペーン期間中、『ATMでの送金手数料無料』です。 また、郵便振替払込書に記入してATMから送金すると窓口を利用するよりお得です。(送金額3万円未満の場合、ATMの送金手数料は80円) ☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 十分でも 二十分でもいい 毎日つづけていると 確実に成長する ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■だいじょうぶ (2007年5月) いつも心配をしている人は、次から次へと心配が集まってくるようです。反対に、いつも前向きに生きている人は、何があっても何とかなると、余計な心配をしませんので、それなりに対処できるようです。 私たちはつい周りに原因を見つけようとしまいがちです。しかし運を悪くしているのも、運を良くしているのも、最大の原因は自分なのかもしれません。一時的には良くなっているように見えても、他人の所為にしているうちは、本当には好転しないようです。 今日、食べて寝るところがあるのですから、それでいいじゃありませんか。将来の計画をたてることも大切かもしれません。しかし半年先、1年先の心配をしても、明日、交通事故で死ぬことだってあるのです。 死ぬときが来たとき、死ぬことができるのです。焦って死のうとしても、死ねない人もいます。今回の人生で、まだやることが残っているからかもしれません。 今日できることをやって、天に任せて生きることができれば、肩の力を抜くことができます。すべてはこちら側の都合でなく、向こう側の計らいによって生かされているのではないでしょうか。嫌々生きるのも、楽しんで生きるのも、自分の人生です。 いつも 思って いることが 実現して いるだけ────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年03月04日
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聡明な人は別かもしれませんが、多くの人たちは失敗の中から、少しずつ真理に氣付いていくのかもしれません。 先日の雪山のことです。30センチ位の雪であれば登山靴にアイゼン(靴の底に付ける爪の付いた滑り止め)を付けただけで大丈夫なのです。しかし積雪が1m以上になると、足が雪の中に埋まり、歩くことが困難になります。そこでスノーシューという西洋カンジキを付けると、埋まることもなく歩くことが出来ます。 しかし道中が長く、スノーシューのある部分の金属が足に当たり、いくら調整しても足が痛くなってきました。同行した友人も同じだったらしく、彼が実験的に片方のカンジキをはずし5・6歩あるいてみたら、そちらの方が楽だと言うので、私もスノーシューをはずして歩き始めました。 5分位は足の痛みもとれ良かったのですが、やはり足が雪に埋まり、とても疲れることに氣付きました。簡単に取り付けることが出来れば、直ぐにやるのですが、寒い中での交換は手が凍えますので、そのままスノーシューなしで歩き続け、判断の甘さを反省しました。 友人が5・6歩あるいて、こちらの方がいいとの判断に、直ぐに同意した私を深く反省しました。もうちょっと長い時間、彼の様子を見てからやれば良かったのかもしれません。彼も同じく、相当疲れた様子でした。 しかしこの失敗の中から、スノーシューの長所を知ることも出来ました。金属が足に当たる部分は、帰宅してから自分で改良し使い易くしました。痛い思いをしたから工夫するのかもしれません。 もし失敗がなかったら工夫することもありませんし、物の見方も変わらないかもしれません。失敗のお陰で痛みも分かり、自分が変わっていくのでしょう。他人事でなく、実体験には深い氣付きがあります。一歩柴田宋休第1詩画集『あるがままに』より実際にやるかそれともやらないかそこが分かれ目失敗してもいいじゃない実際にやってみれば未来は確実に明るくなってくるのだから
2008年03月04日
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昨年3月からウォーキングを始めて、約1年になります。いろいろな意味で、ずいぶん変化しました。最初は少し痩せようと思い始めたのですが、それだけでは満足できず、変化を持たせて、ときどき山を歩くようになりました。 最初の頃は家の近くの山(533m)でも、息が切れ大変でした。しかし続けることによって脚の筋力がずいぶん違ってきました。現在では一日、山を歩いてきても、翌日には脚が痛いということはなくなりました。最初の頃は2・3日、痛みが残っていたのですから、人間って続けることによって、知らずのうちに大きく変わってくるようです。 何の知識もなく、身近に出来ることから始めることによって、1年経過して装備も変化してきました。まさか冬山に登ろうとは思っていなかったのですが、感動を味わうことによって、少しずつ出来る範囲でチャレンジするようになりました。 ただ山を歩いて、どこどこの山は良かっただけでは、やめていたかも知れません。しかし実際に行動を起こすことによって、いろいろな氣付きがありました。ちょうど昨年4月頃から文章を書くようになり、ブログを書き始めたことが更に後押ししてくれたのかも知れません。 氣付きを直ぐに文章化することによって、何となく私の頭の中にあったものを明確に分かり易く表現するようになったようです。何が縁になるか分かりません。 少しずつ体力がついてくると、比例して好奇心も湧いてくるのかも知れません。最初は遠くから風景を見ていたのですが、実際に自分の足で行ってみると、ほとんどが想像とは全然違っていました。毎回、想像と実際の違いを思い知らされました。 登るのは辛いときもありますが、出会った感動は実際に登った人にしか分からないのかも知れません。感動や氣付きに出会うために行動を起こしているのかも知れません。彌次郎兵衛柴田宋休第1詩画集『あるがままに』より型にはまった きっちりした安定は見かけと違って予想外の変化には意外と脆いものだしかしバランスをとりながら変化に応じてゆっくりと動けば心は安定してくるサーカスの綱渡りは 短い棒では安定しないが一見必要もないような長い棒の方がバランスがうまくとれるということは いざという時一見無駄に見える遊び心や好奇心が生きる原動力になるようだ
2008年03月03日
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友人と山に向かう車中で、友人と私の根本的な違いを話して感じたことです。以前の私、修業時代そして20年余りの結婚生活、すべてが嫌だった訳ではありませんが、どちらも自分に対して無理をしていました。つまりいろいろと周りのことを考えると、我慢している私がいました。自分で決めた道でしたので泣き言を言うことも出来ず、無理をしていたようです。 そしてここ数年大きく変化してきました。何が原因か考えてみましたら、離婚を機に我慢する生き方を卒業し、本音で生きるようになったことです。 生活の中で様々な問題はあるのですが、肝心なことに対して無理をしなくなってきました。経済のためにと、無理してまで仕事をしなくなりました。それよりも自分の役目を淡々とするようになってきたのかもしれません。だから社会に対しても人(自分も含めて)に対しても、不満がなくなってきました。 自分で無理な生き方をしているとき、人を許すことも出来ません。思うようにいかない自分に対しても、同じように不満を持つのかもしれません。自分の現在の状態が分からず、他人のことを理解しようと思っても、それは無理なことなのかもしれません。 すべてのことは自分が原因であると氣付けば、自ずから日々の生活が変わってきます。人のせいにしない生き方になってきます。人のせいや社会のせいにしないから、自律している生き方とも言えます。いつも周りに依存していると、その分、不満や悩みも多いのかもしれません。 我慢は体に良くありません。多くの場合、我慢の生活を続けていると、何らかの病気等となって表面化してくるのかもしれません。美味しいお酒はいいですが、やけ酒は良くありません。憂さを晴らす賭け事も体に良くありません。タバコで氣を紛らわせるのも、問題の解決にはなりません。根本原因が自分にあることが分かってくると楽になります。人のせいにしないからです。我慢する生き方を卒業し本音で淡々と生きるようになったら楽になりました
2008年03月02日
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自分ことで精いっぱいのとき、心に余裕がありませんので、眼を開いていても周りのことは見えなようです。従ってその人の心の状態によって、見え方がずいぶん違うのかもしれません。同じ場所を通っても、感性が鈍いときは、何も発見することはないようです。 また自分中心に生きている人も同じような傾向があると思います。調子がいいときはそれなりに見えるのですが、その人にとって不都合なことが生じてくると、一変に眼が曇って、非常に偏った物の見方をするようです。 この世には、肉眼で見える世界と見えない世界があります。肉眼で見える世界だけがこの世だと思っている人ほど、目の前の出来事に左右されるのではないでしょうか。出来事によって右往左往しているときです。車のハンドルに例えるなら、安定した動かし方でなく、急に右に動かしたり左に動かしたりと、不安定な状態です。 大きな流れに任せるようになると、全体を見ていますので、無駄な力は使わないようです。そのときに何をしたらいいかが分かるのではないでしょうか。もちろんどのような場面であっても逃げることはしません。青年期までは逃げることがあっても、ある程度年齢を重ねれば、逃げても何の解決にもならないことが分かってきます。 その人にとって必要なことが、それぞれに相応しい形で起きているのですから、その中から学んでいけば、それぞれが変化に富んだ人生なのではないでしょうか。時間はかかるかもしれませんが、逃げなければ何とかなります。焦点見えるものに焦点を合わせていたとき目先のことにふりまわされいつも忙しかった静かなお念仏に出会い見えるその奥に生きる焦点を合わせはじめたら静かな安心に包まれるようになった見えるものが本当と思っていたが見えないものがより真実だった※ 今朝5時半に家を出て、日光前白根山(2373m)に登ろうとしたのですが、下界は晴れていても、山の上は降雪のため、予定を変更して、刈込湖までスノーシューでの散策をしてきました。1メートル以上の積雪です。そして1時間、車で山を下った日光市内に雪はほとんどなく、数時間前の雪と氷の世界が嘘の世界のようでした。
2008年03月01日
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