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もし生まれ変わりがあるなら、私の前回の人生でやり残したことが、徹底することかもしれません。徹底とは底に徹すると書きます。中途半端では氣付くことがなくても、徹底することによって腹も決まり、分かることがあります。 私の法名は「尋蓮社底誉宋休 じんれんじゃ・ていよ・そうきゅう」といいます。師の松井康成氏が名づけてくれました。なぜ底誉なのか最初分かりませんでしたが、先生は直感的に私に必要なことが、底に徹することだと知っていたのかもしれません。 入門した当時、集中はするのですが飽きっぽく、何をしても長続きしない性格でした。10年余りの修業の結果、少しのことではへこたれず、こつこつと続ける人間に変化してきました。出会いによって人間は変われるようです。 性格だから変われないという人がいますが、それは性格のせいにしているだけで、本氣で変えようとは思っていないからではないでしょうか。どうしても変えざるを得ない状況になってくれば、人間は変わることが出来ます。現在のままでは無理かもしれませんが、考え方を変えることによって、それは可能です。 ウォーキングを始めて1年以上になってきましたら、平らな道を歩くことより、山道の急な坂を歩くことが最近多くなってきました。坂道は息が切れ大変です。だからこそ、ひたすら余計なことを考えず集中出来るようです。1時間前後のこの時間が、私にとっての瞑想の時間なのかもしれません。 続けることの凄さを実感しています。昨年の今頃は、同じ山を登るにも息が切れ、やっとの思いで歩いたことを思い出しました。現在はちょっと休憩を入れるだけで脚が痛くなることもなく、息も直ぐに正常に戻るようになりました。運動嫌いだった人間が、こんなにも変われたのです。歩くことが楽しみに変化してきたのですから、何がどうなるか分かりません。 誰でも可能性をもっているのですが、それに氣付かず過ぎてしまうのかもしれません。自分には無理だと思わず、興味のあることにチャレンジしてはどうでしょうか。氣付いたときが始めるときです。遅いということはありません。氣付いたときが、その人にとっては一番いい時機なのです。方向を転換し悩むことにサヨナラしたら人生おもしろくなってきた
2008年04月30日
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岐路に立ったとき、どちらにしようかいつまでも迷っているとき、何も進展しません。欲張って二つを一緒にとることは出来ません。そのときの直感でどちらかを選べばいいのではないでしょうか。もし失敗したとしても、心を新たにやり直せばいいのです。失敗を恐れて行動しないとき、目先での失敗はないかもしれませんが、成長もありません。 迷っているときの特徴は、新しい一歩を踏み出せないことです。失敗を恐れているから、なかなか行動に移せないのではないでしょうか。本当のことは実際にやってみなければ分からないのですが、消極的に生きている人は、それまでの自分の経験でしか判断出来ませんので、つい安全な方を選んでしまうのかもしれません。 最近の私は、体験するために生きていると解釈するようになってきました。すると以前のように失敗を恐れなくなってきたのです。生きるとは、体験の中から何かを学んでいくことが中心と考えていますので、結果ばかりを氣にしなくなったのかもしれません。 事情があって直ぐに行動出来ないとき、何もしないのではなく、私の場合は言葉に出してみたり、文章として発表します。意志表示をすることによって、チャンス待ちの態勢になってきます。水面下では、見えない速さでどんどん変化しています。 昨夜ふと思いついたことです。久し振りに托鉢をしてみたいと考えました。以前と違うことは、携帯か小さなパソコンを持参し、出来るなら毎日、自分のブログにつなぎ、心の変化を書いてみることです。登山のために脚の準備はしてありますので、私が何時やるか決心さえすれば、可能です。 あれもこれもと同時には出来ませんので、自分の心に素直になって行動するだけです。新しい体験は発想を豊かにします。ウォーキングを始めて1年が過ぎました。最近では平坦な道を歩くことより、近くの山道を歩くことが多くなりました。このひと月は時々走るときもあります。続けるって凄いです。
2008年04月29日
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あの人が何とかしてくれるだろうと、当てにするとき、実際には期待通りにいかないことが多いのではないでしょうか。うまくいかなかったのは相手に問題があったように思いがちですが、実は自分がそもそも問題だから、そのような結果を招いているのではないでしょうか。 人に期待する生き方はなかなか思い通りにいきません。自分のことさえ思い通りにいかないのに、他人を思い通りにしようとするのですから無理もありません。それよりもまず、自分が出来るあらゆる可能性をやってみることではないでしょうか。 実際にやっている姿は周りにも影響を与えます。もしそれが本氣なら、周りの人たちの心も動き、応援者が現れるかもしれません。中途半端な氣持ちでやっているとき、誰も感銘も受けませんし、応援する人もいないでしょう。 損か得かで生きていると、同じような考えの人たちが集まってきます。目先の損得を離れ、真剣に生きているとき、同じような人たちとの出会いが重なってきます。自分の周りを見れば、自分がどのような方向に進んでいるかが見えてきます。 物事がうまく流れているときは、たとえ障害があったとしても、それほど氣にすることもなく、過ぎてゆくのではないでしょうか。反対にうまくいかないときは、障害がたびたび重なってきます。氣付かないだけで、こちら側にどこか問題があるからではないでしょうか。 今日生きているという、感謝を忘れているときも、物事はうまく運ばないようです。自己主張するのではなく、自我をなくすことによって、物事はスムーズに流れるようになります。自分が正しいと思っているだけで、天地に逆らった生き方には無理があります。無理をした生き方はうまくいきません。 自分にとって都合のいいときだけ感謝するのではなく、たとえどんなときでも感謝することが出来るようになれば、それがニコニコ人生の始まりなのかもしれません。経験することで、無駄なことは何ひとつありません。感謝に氣付くために、あらゆる出来事があるのかもしれません。損得をはなれまごころが動き始めたとき天地も応援してくれる
2008年04月28日
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かつての私はとても不安で心配性でした。『あの時こうすればよかったのではないか?』と過去にこだわり、『今度も前と同じように失敗したらどうしよう』と未来を憂いていたように思います。 例えて言えば、かつての私は、荒野で自動車(自分)を前に進ませなければならないのに、バックミラーで後ろ(過去)を見て、また、双眼鏡で遥か前方(未来)を見て、それだけで運転しようとしていたのですから事故を起こさない方が不思議でした。今思うと無謀な生き方をしていたものです。 それに気が付いてから、自動車(自分)の直前(今)を肉眼で良く見て、その状況に応じた運転(今できること)をするようになりました。今に注意を集中させることで、学ぶことが増えると同時に失敗も減ったように思います。また将来に対する不安も心配も気にならなくなりました。 メルマガをご覧の皆様は、どのように生活されていらっしゃいますか? ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.4.27 vol.126 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 笑顔と 感謝の あるところに 好運が やってくる 前向き宋休 ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■詩画集『であえてよかった』第3版の発売を開始しました。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■時間はつくるもの(2007年6月) 自分にとって本当に必要なことなら、そのための時間はつくれるものです。 運動をすればいいことは、頭では充分に分かっていたのですが、実際の行動にまで至りませんでした。できるなら楽な方法で健康を維持しようと考えていたからです。以前はスポーツジムに通うにはお金がかかるとか、時間がもったいないとか、やらない理由ばかりを考えていたようです。 意を決し、身近にできることから始めようと、実際にウォーキングを始めましたら、筋力だけでなく精神的にもいろいろな変化が起きてきたようです。ふとした閃きの数も多くなってきました。集中することによって、無心になる時間が多いからかもしれません。 ウォーキングの時間をつくるために、仕事とのメリハリもできたようです。長い時間、仕事ばかり続けていると精神的にも疲れますが、氣分転換も兼ねて歩きますので、肉体的精神的にとても効果があるようです。 更に富士山に登るとか、どこどこの山に登りたいとかの目標があれば、新しい「やる氣」も出てくるようです。健康のためにだけ歩くのでは変化がなく、そのうち飽きてしまい長続きしないかもしれません。しかし美味しい人参が目の前にあれば、それに向かって継続できるのではないでしょうか。運動が楽しみに繋がってくれば、そのエネルギーを他の分野にも広げることもできます。 四十代までは何もしなくても大丈夫かもしれません。しかしその頃から、それまでの無理な生き方が体に出てくるようです。体力が落ちてくると、氣力もなくなり次第に好奇心もなくなっていくようです。疲れた熟年男性に比べ、多くの女性たちは好奇心に満ちています。 何もしないで年齢のままに、老化への道を歩むのも自由です。自ら運動することによって健康の道を歩むのも、どちらを選択するのも本人の自由です。健康も時間も、そしてお金も、自らつくっていくものではないでしょうか。元氣になりたいとか、明るくなりたいという目標があれば、その人なりに工夫すれば可能です。一緒に変身しましょう。 時間がない のではなく ほんとうに 必要なら 自分で つくるもの 健康もお金も 同じかも────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年04月27日
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大切なことに氣付くために、出来事や人に出会っているようです。一見すると全てのことはたまたまのように思えますが、実はそうではなく必然なのかもしれません。 かつて出来事は偶然が重なっていると解釈していたとき、自分の都合によって受け入れたり拒否したりと、その時の自分の都合で判断していました。嫌な出来事は出来るだけ避けていました。すると不思議にもまた違う形で体験せざるを得ないことを知ってから、避ける生き方をしなくなってきました。 自分にとって必要なことが起きていると解釈するようになってから、問題の解決が早くなったようです。かつて避けていた頃は、問題を先送りに生きていましたので、益々問題が問題を生み、複雑化していたのです。 最近は目の前の出来事から逃げることはしなくなりました。どのようにしたら解決するか、楽しむように変化してきたようです。我慢する生き方を卒業しました。我慢した生き方は体にも心にも良くありません。 我慢や辛抱をするのではなく、考え方を変えることによって、出来事の意味が全く違ってきます。いつまでも考え方を変えることが出来ないから、我慢を続ける方法しかないのかもしれません。我慢や辛抱を続けていると人相までも暗く曇ってしまいます。心が晴れていませんので、運勢にもそれが出てくるのではないでしょうか。 自分に起こる出来事を前向きに受け入れるようになってから、スッキリ生きられるようになってきました。余計なことは考えず、方法を探したら直ぐに行動するようにもなってきました。心が軽くなったから、体を動かすことも苦にならなくなったのかもしれません。 体力に自信のあるうちは多少の無謀なことも許されるかもしれません。しかしいつまでも私たちの体は新品ではありません。必要以上の重い荷物を背負った生き方は、そろそろ卒業してもいいのではないでしょうか。 これもあれもと欲張り、必要と思って握り締めていたものを手放しても、大丈夫でした。その分両手が空き、自由に使えるようになったのです。執着がとれてくると、今日を楽しめるようになってくるようです。息が出来る、空氣があることに感謝です。
2008年04月27日
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機嫌がいいときはいいのですが、何か問題が起きたとき、私たちはニッコリする余裕がなくなってきます。本来はそのようなときこそ、余裕を持ちたいものです。ゆっくりおなかで呼吸を繰り返すことにより、平常心に戻ることが出来ます。不安のため慌てふためくのではなく、腹を据えることにより、状況も変化してきます。 氣の小さな犬は、ちょっとしたことでも吠えます。本当に強い犬は少しのことでは吠えません。人間も同じなのかもしれません。心に余裕があれば、バタバタすることもありません。重要なときこそ、ニッコリと余裕をもって対応したいものです。 縁が切れてもいいときは腹を立ててもいいのですが、些細なことに腹を立てていると縁が広がることはなく、だんだん狭くなっていきます。腹を立てることにより、運は逃げていくのかもしれません。怒っているとき、正常な判断は出来ません。ただ自分が正しいことを主張しているだけですので、相手は逃げるだけです。 自分の主張を貫くため、喧嘩をするのは簡単なことです。しかしその代償としてお互いに悪い印象が残り、やがて離れていくことになりかねません。軽はずみな言動は命取りになりますので、慎みたいものです。 とりあえず相手のことを受け入れるという、心に余裕があるところに、好運は流れていくのかもしれません。心に余裕がないから、踏んだり蹴ったりが続くのかもしれません。小さなことを大きく受け止め、過剰反応するため、やがて原点を忘れてしまうようです。 人間は感情の動物ですので、理屈では動きません。もし二つあったとき、気分が良い方を選ぶのは、誰も同じかもしれません。一度悪い印象が残ると、その後もずっと続くのではないでしょうか。好印象を残すのは謙虚さと人間性なのかもしれません。 何でも受け入れるという心の余裕があれば、何とかしようと苦戦するのではなく、楽しみながら生きることが出来るような氣がします。氣が短い私ですが、失敗を繰り返すうちに、待つことも出来るようになってきました。ただ待つのではなく、準備しながら待つようになりました。怒りのエネルギーは破壊へと調和のエネルギーは感謝へと 進んでいきます※ ここのところ期限に追われ、昨夜も朝の3時過ぎまで仕事が続き、寝る頃は少し明るくなり、鳥の鳴き声が聞こえてきました。でもお陰さまで、何とか間に合いそうです。忙しいときこそ、運動もするよう心掛けています。昨夕は三登谷山(みつとやさん433m)に登ってきました。山つつじがあちこちで咲いていました。帰りは時間がなかったので、走りながらの下山でした。
2008年04月26日
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山桜が咲き始めると、こんなにも桜の木が多いことに氣付かされます。一年に一度、その存在を遠くから見ることが出来ます。 山桜は人間が植えたものとは違って、人目につくところにある訳ではありません。でもそれぞれが花開き、風によって花びらが舞い散り、ふと山桜の存在を知ることが出来ます。 私たち人間は、人に見られるために行動していることが多いような氣がします。しかし山桜は人に見られるためではなく、それぞれが精いっぱい天に向かって咲いているように私には思えました。 人間はその時その時代によって価値観が変化しますので、人に認められるように生きていると、長い目で見ると不安定なのかもしれません。しかし天を中心に生きると、天は時代やその時の状況によって変化することはなく、宇宙の道理から外れることはありません。 無理という言葉がありますが、理に適っていないことを無理といいます。理に適っていれば、やがて実現します。理に適っていないことをすれば、当然そのような結果が出てきます。だから無理をした生き方は、長続きしないのかもしれません。 自分中心でなく、天を中心に生きるようになったら、無理をすることがなくなってきたようです。自分中心に生きていた頃、相手のことやその時の状況を無視することが多いため、トラブルも多かったように感じます。 自然に生きるとは、自分の都合で物事を判断したり、自分勝手に行動しないことではないでしょうか。自然を観察すると、無理をした生き方をしているものはありません。人間だけが自分勝手に無理をしているのかもしれません。当然、無理は痛い思いとして、直ぐに自分に返ってくるのではないでしょうか。天に向かって生きているとき活き活きしているちっぽけな自分というこだわりを捨てたら好転してきた自分の都合を優先していたときうまくいかなかったそして自分のことは後回しにするようになったらなぜかうまくいく
2008年04月25日
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いつまでも過去のことにこだわっていることを、執着といいます。過去にこだわって生きているとき、その分、現在は新たに何もしていませんので未来は当然、変化しません。 過去を変えようと思うなら、現在の生き方を変えることです。現在が変化すると、過去の解釈の仕方も違ってきます。あのことがあったから悪いのではなく、過去の出来事があったからこそ、現在の私があると、肯定的にしかも前向きに生きることが出来ます。 次から次へとやることがある人ほど、切り換えが早いようです。現在に集中出来る人は、過去のことにいつまでも引きずっている無駄な時間はありません。従って現在、誠意を込めてやっていますので、後悔することも少ないのではないでしょうか。 私はいくつかの仕事をしていますので、突然仕事が入ってくることがあります。陶芸は個展に合わせて仕事を進めていけばいいのですが、整体や僧侶の仕事の場合、私の都合を優先することはありません。 普段から、急に何があっても対応出来るよう心掛けていますので、順序を変えるのは日常のことです。突然の訪問者にも出来るだけ対応しますので、臨機応変が私にとっては、日常なのかもしれません。 今日を丁寧に生きるようになったら、集中力がついてきたようです。ろくろ仕事で疲れたとき、そのまま頑張り続けるのではなく、30分でもいいからウォーキングをすることによって、発想の転換をすることが出来ます。歩いてきた後には、また新しい氣持ちでとりかかることが出来ます。 人間はロボットではないのですから、同じことを続けていると疲れるのは当然です。違うことをうまく組み合わせることによって、能率が上がってきます。狭い分野だけをやろうとすると全体が見えませんが、全体を見つつ、局所に集中していけばいいのではないでしょうか。私たちは仕事をやるためにだけ、生きているのではありません。 一日の中に小さな楽しみを見つけてはどうでしょうか。遠くにある、大きな楽しみのために無理して頑張り続けるのではなく、足元にある小さな楽しみを見つけることによって、笑顔が戻ってきます。どんなに小さくてもその道に徹すれば本物になれる道に迷ったら原点にもどる
2008年04月24日
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逃げるところがあるうちは、逃げることが出来ます。しかし逃げ場がなくなったときこそ、チャンスなのではないでしょうか。 初めて経験することは、不安なものです。出来るなら不安なことはやりたくないと思うのは私も同じでした。しかしやりたくないからと避けてばかりいると、その不安はいつまでも続くようです。 一歩始めてみると、案外思っていたこととは違っていることも多いのではないでしょうか。やる前に、自分で勝手に難しいだろうと想定していたことに氣付くことがあります。 一歩、足を踏み出せば、次の足も出さざるを得ません。考えているうちは最初の一歩が出せないのです。誰かの、ちょっとした後押しが切っ掛けとなって歩み出すこともあります。追い込まれ、どうしようもなくなって歩み出すこともあります。 人間追い込まれると、余計なことを考えている時間的余裕もなくなってきますので、案外集中出来るのではないでしょうか。時間が余っているとき、余計なことを考えてしまいがちです。しかし残された時間がなくなれば、集中せざるを得ません。 悩み事も時間に余裕がある人に多いような氣がします。食べるために必死になっているとき、悩んでいる時間はないのかもしれません。自分で働かなくても誰かが食べさせてくれるから、余計なことを考えるのではないでしょうか。 火事場の馬鹿力ということもあります。普通なら重いから持てないと判断するから、当然持つことは出来ません。しかし必要があって力を出さざるを得ないとき、自分に出来るかどうかを考えている前に行動しているから、思いがけないことが起こるのではないでしょうか。 後先を何も考えず行動するのも困りますが、考え過ぎて行動出来ないのは現代日本の多くの大人たちかもしれません。もし不安だったら、思い切ってチャレンジしてみることです。チャレンジには新しい発見があります。氣付きのために生きているのですから、好機を逃さないことではないでしょうか。 自分にとって初めてのことは、新しいチャンスです。世界が広がることにより、相手の氣持ちも、少しずつ分かってくるようになります。前に進めばそこには新しい世界が待っているやってみなければわかりませんはじめる前に結果を決めない
2008年04月23日
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呼吸法で大切なことは、吸うことではなく、吐くことが出発のようです。ゆっくり全部を吐き出せば、自然に新しい空氣が入ってきます。必要なところに、必要な分だけ入ってくるようです。 欲張りでたくさんの空氣を吸おうと思っても、人間の体は必要以上に空氣を吸うことは出来ません。従って出し惜しみしている人には、新しい空氣も充分に入ってこないようです。 頭の中も同じなのかもしれません。もしアイデアがあったとしても、勿体ぶって出し惜しみしているうちに、アイデアは新鮮度をなくし、いざ発表したときには既に違う人がもっといいアイデアを発表していることが多いのではないでしょうか。アイデアは新鮮なうちに発表し、どんどん実践していくことによって、更に発展していくのではないでしょうか。 頭ばかりでなく、体も同じようです。動くと疲れるからと、出来るだけ動かないようにしているうちに、知らずのうちに筋力が衰えていくのは事実です。楽をしているとその分、筋力が衰え、不健康への道を歩むことになるようです。 血液の流れのいい人は、新陳代謝も活発ですので、たとえ体に悪いものが入ったとしても、いつまでも体の中に溜まっていません。汗や尿や便となって排出されますので、健康でいることが出来ます。 体調の悪い人、悩み事の多い人に共通していることは、ほとんどの人たちが呼吸法を知らないようです。意識して実践すれば、お金もかかりませんし、特別に時間をつくることもありません。深い呼吸は精神を安定させます。 呼吸が整ってくれば、現在の自分がどのような状態なのかが分かります。自分を客観的に見ることが出来れば、何をしたらいいかも自然に分かってきます。まずは、おなかでの呼吸を身につけることから始めてはどうでしょうか。こころを込めるとこころが伝わるできることをやればいい
2008年04月21日
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きょうの某朝刊に『見るだけでお金と幸せが満ちてくる絵』という題名の書籍の広告が載っていました。販売するサイドの誇張表現とは知りつつも、私たちは「○○するだけで・・・△△になれます」という勧誘や営業トークに弱いのではないでしょうか? それは、楽をして得をしたいという欲が心のどこかにあるからです。 そのような楽な道がないことは『ローマは一日にしてならず』や『学問に王道なし』などの昔からの格言で明らかです。そろそろ無益な蜃気楼を追い求めることを止めて、自分の目標に向かって少しずつ前進することを始めましょう。宋休さんの言葉のごとく『今日できることを今日やる』ようにして行きませんか? ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.4.20 vol.125 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■お待たせしました!! 詩画集『であえてよかった』の発売再開です! お知らせのコーナーをご覧ください。☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 笑顔と 感謝の あるところに 好運が やってくる 前向き宋休 ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■詩画集『であえてよかった』第3版の発売を開始しました。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ --------------------------------------------------------------------■こころのチャンネル kikori-2007さん 昨日(4/15)、妻と宋休展に伺いました。先月、息子が進学の為上京してから元気のない彼女と久しぶりにドライブ。宋休さんから暖かいお茶といろんなお話を頂き、本当にありがたい一日となりました。心配ばかりして子離れできない妻もこころのチャンネルを少し回したようです。週末、石ころと米を持って愚息の所へ行くことにしました。ありがとうございました。 (2008.04.16) --------------------------------------------------------------------■ご来訪ありがとうございます。 Yos!さん ご来訪とメッセージの書き込みをくださいましてありがとうございます。日記を拝読しました。おだやかで円やかなメッセージだなぁ、と味わわせていただきました。あなたのような文章が書けるような人になりたい。そんな気持ちを、ありがとうございます! (2008.04.17) ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■経験者(2007年5月) 登山靴を購入したときのことです。私が行ったスポーツ品店では、最初、近くにいた女性の店員さんに雨具について質問しました。すると専門知識があまりないようでしたので、違う店員さんを探し質問しました。するとその店員さんは登山経験も豊富のようで、丁寧に説明してくれました。 登山靴を二足ほど試しに履いてみたのですが、幅が狭すぎたり、あるいは足のある部分が当たったりと、しっくりしませんでした。すると彼は違う商品をすすめてくれました。三足目で私の足にぴったりのものを見つけることができ購入しました。 後日、友人も登山靴を購入しようと、違うスポーツ品店に行ったとのことでした。そこの店員さんの説明によると、1センチほど大きめのサイズをすすめてくれたそうです。そして靴下は厚目のものを履くとのことだったようです。 たまたま行った二軒の店で、登山靴に対する知識が四十年ほどの開きがあったのです。私の行った店では、自分の足にぴったり合った靴が、現代では商品開発されていることを知りました。従って靴下は特別厚目のものを使用しなくてもいいのです。 そして友人の行った店では、靴に自分の足を合わせるため、厚目の靴下で調整するという四十年前の知識でした。物の数が少なかった私が高校生の頃は、確かにそうでした。本格的な冬山に登るのであれば、厚目の靴下も必要かもしれませんが、趣味の山歩きであれば、そこまではいらないと思います。 店員さんによって、これだけ知識の違いがあるのです。たまたま私に対応した店員さんは登山の経験がありました。そして友人に対応した店員さんは多分登山の経験がなかったのかもしれません。 質問をしたとき、その人が的確に答えているか、あやふやかは、こちら側の判断が問われているのかもしれません。聞く人を誤ってしまうと、全然違うことを教えてくれるときもありますので、氣をつけなければなりません。 価格を限定するなど、最初から制限をつけてしまうと、答も限定されるのかもしれません。こちら側に何かこだわりがあるとき、新しい知識を受け入れることができないのかもしれません。直感を磨くことが大切のようです。 いつもが 学びの体験 だまされたのではなく こちら側が 甘かった 肩の 力をぬいて ゆっくり 息を吐き 冷静に きいてみる────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年04月20日
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生きる力の強い人と弱い人がいます。なぜ分かれてくるのでしょうか。子供の頃は多くの人が好奇心に満ちています。しかし大人になるに従って少しずつ好奇心も薄れ、感動することも少なくなってくるのではないでしょうか。 20歳頃までは、どんどん体力がついてくるようです。しかしそれからは自動車部品と同じように、その人の運転の仕方で違いが出てくるのではないでしょうか。40歳を過ぎた頃から次第に体力が衰えてくることを実感する人は多いのではないでしょうか。 何もしなければ体力も落ち、それと同時に氣力・集中力・持久力もだんだん低下してきます。この機会に生き方・考え方を変えれば大丈夫なのですが、ほとんどの人たちは自分の体の変化に氣付いても、何の対策もしないのではないでしょうか。 生きる力の強い人はエネルギーがありますので、その人なりに何らかの方法を実践しているのではないでしょうか。最近強く感ずることですが、ほとんどの場合、体力の衰えが最も大きな原因ではないかと考えるようになってきました。中高年になってから活き活き生きるには、頭脳の前に体力が前提条件なのではないでしょうか。 栄養剤やサプリメントをいくら飲んでも、外側から一時的に変化を与えるだけで、根本的な変化を期待することは難しいのではないでしょうか。簡単なことですが、普段から歩くようにして、体を動かす機会を増やすことではないでしょうか。体と頭を錆びないよう自ら心掛けることです。 体力のある人はエネルギーがありますので、何かの問題が起きたとき、そこから逃げようとはしません。逃げなければ、やがて時間が多少かかっても、問題は解決します。しかしエネルギーが欠乏している人は、解決する前に逃げることが多いような氣がします。体力の衰えと同時にチャンスを逃すことも多く、後悔することも多くなるのではないでしょうか。 何事も年齢のせいにする人がいますが、そのような人の老化は確実に進んでいきます。考え方が消極的になれば、生き方もそのような結果になるのは当然のことです。体の変化を、絶好のチャンスと捉えてはどうでしょうか。 行動すれば人間は変わることができます。氣付いたときが始めるときです。いくつになっても遅いことはありません。水で何度も何度も繰り返し洗っているとそのうち汚れがとれてくる心も同じです
2008年04月20日
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心身ともに健康のとき、行動力もあるのかもしれません。自分の頭を体重計で測ったことはありませんが、人間の頭は体の中で特に重いと聞いています。悩み事に、もし重量があるとすれば、悩みをいっぱい抱えている方は頭が更に重くなり、不安定で行動できないのかもしれません。 たくさんの問題を背負っている人も、同じかもしれません。未処理の問題をそのまま背負っていれば、更に体重は増え、行動しようにも不自由なのかもしれません。頭の中をスッキリすること、未処理の問題を先延ばしにしないことで、フットワークも軽くなるのではないでしょうか。 今日という現在に生きている人は、行動力のある人です。しかし過去や未来のことばかり考えている人は、頭で考えているばかりで、行動が伴わないのは事実です。過去や未来を心配している人を見れば一目瞭然です。心が現在にないのですから、足元がしっかりしていません。 悩んでいる方は、明日も同じ悩みが続くものと勝手に思い込んでいる人です。明日も生きていると想定して心配しているのです。しかし残念ながら、誰でも明日も生きているという保障はありません。病気でなくても交通事故や災害で、いつ亡くなるか分かりません。現実は変化に富んでいます。 私が悩まなくなったのは、過去や未来に生きるのではなく、今日という一日を丁寧に生きるようになってからのことです。いつまでも生きているという思い込みを捨ててから、今日の出会いを大切にするようになりました。今日を精いっぱい生きるようになったら、悩むことがなくなったのです。 運動をするようになってから、頭の中も空っぽになり、余計なことを考えることがなくなりました。責任感も大切かもしれませんが、背負い過ぎると歩くことさえ困難になります。普段から、必要以上に荷物を持たないことではないでしょうか。自分に起きていることは必要だから起きているのです何ひとつ無駄はありませんやることが次から次へとあるかもしれませんがとりあえずひと休みしてはどうでしょうか焦りは何にもなりません
2008年04月19日
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生活習慣病を引き起こすその予備軍として、メタボリック症候群があります。単なる肥満と違って、内臓に余分なものがたまった肥満です。食生活の乱れや運動不足が大きな原因と考えられます。 これらはその名の通り生活習慣を変えない限り、益々悪化して病気発症の原因になります。余程のことがない限り、私たちは生活習慣を変えようとは思わないようです。出来るなら現在のまま続けていった方が楽だからです。 田舎に住んでいる人ほど運動不足かもしれません。どこに出かけるにも車を利用することが多く、知らずのうちに人間にとって根本的な、歩くという行為を忘れてしまいがちです。 ほとんどの人たちは、運動をすれば体にいいことは分かっています。しかしその中で何人の人が、実際に運動をしているでしょうか。頭では分かっているけど、実際には何もやっていない人たちです。かつての私がそうでした。 頭だけでなく本当に分かった人は常に行動が伴うようです。頭だけの理解は分かったことにはならず、ただ知っているだけなのかもしれません。単なる物知りという知識は、行動が伴うとは限りません。しかし智慧は、知識と行動とが一体化しています。 食べたいものはどんどん食べ、更に運動不足が加われば、病気にならない方がおかしいのです。私たちの頭の中も体も余分なものが溜まったとき、多くの場合、体の不調となって表面化してきます。疲れ易い方、判断力の鈍っている方、体と心の掃除のためにも、まず出来ることから運動を始めてはどうでしょうか。 1年前から歩き始め、私の心と体は大きく変化してきました。体が軽くなってきましたら、フットワークも軽くなり、行動するまでの時間が早くなってきたようです。更に頭の中もさっぱりして、悩むこともなくなってきました。体を動かすことによって、ケセラ・セラが身についてきたのかもしれません。本氣におもって本氣に行動すれば確実にかわってくる
2008年04月18日
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里山では春になると、いろいろな花たちがポツリポツリと咲き始めています。昨夕、久し振りにウォーキングで三登谷山(みつとやさん、433m)に登ってきました。満作から始まり、檀香梅・山桜そして山ツツジと、あちこちの山々が新緑になろうとしています。 山に咲く花たちは何故咲くのか疑問に思っていましたら、ふと、天からのご褒美かもしれないことに氣付きました。ふた月前までは雪が降り、その寒さを越えて咲いていたからです。 人間の場合も、条件に恵まれて育ったとき、うっかりすると感謝の心を忘れてしまうようです。現在を当たり前と思っている人には、感謝の心は育たないのかもしれません。 大きな壁や試練を越えたとき、人間は大きく成長します。どんどん上に伸びるのではなく、厳しい現実の中で、根っ子が地面深く育つからではないでしょうか。根の浅い木はちょっとした風雨でも倒れてしまいがちです。しかし根がしっかりしている木は、少しの風ではびくともしません。 直ぐに結果の出てくるものもありますが、実際には根が育ってから見える世界が育ってくるのではないでしょうか。困難な問題に遭遇したとき、現象という見えることばかりにとらわれず、自分の根っ子を育てる時期と考えてはどうでしょうか。高く上に伸びるためには、深くしっかりした根が必要なのでしょう。 心配事の多いとき、感謝することを忘れていませんか。自分の不遇が氣になっているのは、自分中心に物事を考えているからではないでしょうか。何でもないようですが、生きていることって様々なものに助けられているのです。空氣があり水があり、そして私たちの体は休みなく働いてくれていることに感謝です。きびしい冬を越えたからごほうびとして可憐な花が咲くのかも
2008年04月17日
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全部を完璧にやろうとすると、とても疲れます。どうでもいいことは、程々でもいいようです。力を入れることも大切ですが、いつも力を入れてばかりいると長続きしません。上手に、休みや氣分転換を入れることによって長続きします。体や頭を時々休ませることも、長続きする秘訣なのかもしれません。 何でもちょうどいいがあります。過ぎたるは及ばざるが如しです。先日、皮膚科のお医者さんと話す機会がありました。いろいろと話していく中で消毒について話しました。かつては消毒のためにお医者さんはアルコールを使っていたそうです。一日に何度も殺菌することによって、皮膚を傷めたそうです。最近では皮膚のためにアルコールを使わず、違う方法をとっているとのことでした。 現在の日本ではテレビのコマーシャルのせいか、日常的に清潔でなければならないような情報が溢れています。そのため毎日お風呂に入り、洗剤でキレイにすることが当たり前になりました。 しかし毎日キレイにすることで、かえって皮膚の表面を傷めてしまうとのことでした。程々の方が皮膚の被膜のためには良いとのことでした。薬品を使った消毒が特別なものではなく、薬は毒でもあることを知らない人たちが多くなりました。汚いのも困りますが、神経質になってくると、それが他のことにも影響を与えるのではないでしょうか。 適度なこだわりはいいかもしれません。しかしこだわり過ぎると、見える世界も考えることも次第に狭まっていくのではないでしょうか。悩み事も、ひとつのことをいつまでも執着する習慣から起こるのではないでしょうか。頭の切り換えの出来る人は、たとえ問題が起きても悩むことはありません。 心に余裕がないとき、すぐに頭の中もオーバーヒートするのかもしれません。車はラジエーターによって常に冷却しながら走っています。ラジエーターが故障したとき、エンジンは焼き付き動かなくなります。人間も日常的に冷却する方法を上手く取り入れた方がいいのではないでしょうか。
2008年04月16日
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10回や20回ではなく、千回以上繰り返し徹すれば、物事の本質が見えてきます。何が大切か分かれば、的から外れることはなく、即ほかの行動にも応用出来るようです。 器用貧乏といいますが、それはある程度の域に達していても、まだまだ素人の域を出ていないのかもしれません。プロとしては通用しないから、貧乏なのかもしれません。もしひとつの仕事が一流なら、何をやっても普通の人とは違うのではないでしょうか。 物事にはその人の生き様や考え方が出てきます。趣味で陶芸をやっている方はたくさんいます。その人が今までどのように生きてきたかによって、作るものも違ってきます。たとえ技術がなくても、ひとつのことがある域に達した人の作品には魅力があります。 技術がいくら上手くても、内容のないモノマネの作品もあります。オリジナルの生き方をしてきた人は、そのような作品になります。作品にはその人の人間性が出てきますので、余所行き(よそゆき)で急にやろうとしても、出来ないのではないでしょうか。 ときどき講演をする機会があります。理想的には一期一会ですので、普通は90分位話します。しかしある会で話したとき、主催者から40分しか時間がとれないとのことでした。時間を聞いたとき最初は少し残念に思ったのですが、これもひとつのチャンスと思い、40分でどれだけ内容の濃い話が出来るかチャレンジしてみました。 やったことがないから無理と言わず、人の言うことは聞いてみるものです。チャレンジすることによって、氣付きがありました。また機会があったときにはたとえ20分でも、内容が60分位の話をしたいと考えています。無理だと思えば無理ですが、工夫次第で更に向上するかもしれません。こころを静めれば中心点がわかり的を撃つことができる
2008年04月15日
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マンネリになっていくと、もしそれが会社であれば、やがて倒産へと向かうようです。時代がどんどん変化しているにもかかわらず、旧態依然のまま大した努力もしなければ、当然のことです。少し位の努力では、時代の変化には対応できません。 現代の日本は、物に溢れて(あふれて)います。従って単に物を求めて来店するお客様はなくなってきました。もしどこにでもある商品なら、氣持ち良く買えるお店の方に人は集まります。 お店の周りにゴミが落ちていても誰も拾う人がなく、しかもお店の人も拾わず平氣でいるようであれば、その店に人は来なくなるでしょう。ゴミが落ちていても、そのうち誰かが拾うだろうと考えることに、大きな問題があります。一事が万事ですので、品選びも接客態度も然りです。 もし私が経営者であったら、改善する氣のない社員なら、冷たいかもしれませんが辞めてもらいます。悪循環が続くからです。仕事場に来て何となく時間を過ごし、緊張感のないところに向上はないからです。 看板が汚れていたり傾いていても平氣になったとき、そこの店や会社の経営状態も同じなのではないでしょうか。人間の心は外に出てきます。反対に口先だけで行動が伴わないのは、心にはないからです。普段の何氣ない会話は、その人の心の現れなのかもしれません。マイナスの言葉には注意したいものです。 並の努力では古い体質から脱皮できません。根底から考えを変える位の意氣込みがないと、大きな変化は望めません。先の見えない不安な時代かもしれませんが、生き方を変えるにはとてもいい時代なのではないでしょうか。へたくそでもじぶんの言葉で精いっぱい書けばまごころは伝わるこんな私のところにつよい雨のなかお出かけいただき感謝ですマンネリになったときハッとする感動もあたらしい発見もありません
2008年04月14日
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河原の平たく丸い石の両面に和紙を貼り、そこに色々な詩や言葉を書いた『まるいし』という作品が、宋休さんの新作として個展会場に飾られています。自然の石だけを使っているので、ひとつとして同じものがないのがとても素敵でした。 私たちも『まるいし』と同じように、ナンバーワンを目指すのではなく、世界にひとつだけの石になることを誇りとしても良いのではないでしょうか。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.4.13 vol.124 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■宋休さんの個展が開催中です。今後の予定のコーナーをご覧ください。■お待たせしました!! 詩画集『であえてよかった』の発売再開です! お知らせのコーナーをご覧ください。 ☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 笑顔と 感謝の あるところに 好運が やってくる 前向き宋休 ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■詩画集『であえてよかった』第3版の発売を開始しました。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ --------------------------------------------------------------------■柴田宋休展(益子市)を見て 福来みかんさん 6日(日)に、陶器の町益子を訪れ柴田宋休展を見てきました。 今回は特に、石に和紙を貼り文字をしたためた作品に趣がありました。石からじわっと文字と言葉が滲み出てくるような気がします。傑作です。 宋休様ともお話ができ相変わらずの行動力とパワーを感じました。 また、最近奥様を亡くされた旦那様が、奥様が熱心な宋休ファンだったことで訪ねてこられていました。この方ともご縁がありお話をさせていただくことができ、この方のお気持ちが少しでも理解できたようにも思いました。一期一会の思いです。 ぜひ、皆様も会期中に足を運ばれたらよろしいかと思いました。 (2008.04.08) --------------------------------------------------------------------■更にもう一つの被害者 福来みかんさん 先日土浦市荒川沖で痛ましい殺人事件が起きました。これと似たような事件も後を絶ちません。かつてのブログにも「もう一つの被害者」というタイトルで書き込みました。 こういう報道を聞くと、まずは被害者の方にどうしても同情が行ってしまいます。しかし加害者の家族等にも一瞬にして世間から冷たい視線が寄せられ悲しみは被害者以上だと思います。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を用いた方がありましたが、まさしくその通りだと思います。 そして今の私にとっては、還暦を迎えるほどに生きてきたせいか、罪を犯して加害者となった者は「更にもう一つの被害者」と思えるようになってきました。 どんな人間でさえ、自分の意思でこの世に生を受けてきたものは一人もいないはずです。生まれた時はどんな人間でも悪い子なんかいないはずです。やはりその後の環境によって変わってしまうのでしょうね(前世からの遺伝子は余り考えたくは無いのですが?)。同じ両親から生まれ同じように育てられた兄弟でも、全く別人のようになってしまいます。 そんな異常な人間になった者に対して今回は「更にもう一つの被害者」というタイトルを付けました。 (2008.04.11) ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■一期一会(2007年5月) 病氣、事故、災害など、誰もが平等に、いつ何があってもおかしくないことが分かってから、日々の生き方がずいぶん変わってきました。 親が長生きだからと、自分も平均寿命くらいまでは生きるだろうという保障はありません。勝手に自分が思い込んでいるだけの話です。親よりも早く、四十代五十代で思いがけず亡くなっている人が、実際には多いからです。 だからかもしれませんが、どうでもいいことは後回しにして、大切なことからやるようになってきました。少しずつ一期一会の生き方が身についてきたようです。今日の出会いを大切にするようになりました。 文章の発表も、いいものができたら、いつか発表しようではなく、今日できる精いっぱいを、淡々と書けたらいいと思っています。焦ることもありませんが、もし本当にやりたいことがあるなら、先延ばしにするのではなく、その準備から始めてはどうでしょうか。急に物事は実現しません。 いつ 何があっても いいように 大切なことから やっています────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年04月13日
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連絡を密に取り合っていると、お互いに行き違いがないようです。忙しさのあまり、これ位は大丈夫だろうとしているうちに、お互いの心も離れてしまうのかもしれません。 もしなかなか時間が取れないのであれば、ホワイトボードに連絡事項を書き込むことも可能です。直接電話でもいいですし、簡単なハガキでもいいのです。普段から小さなことでも連絡し合うことによって、お互いに考えていることが分かります。 阿吽の呼吸というものがありますが、普段から密な関係がチームワークとして上手く働いている状態なのかもしれません。会話がなくても大丈夫だと思うのは、その人の勝手な一人よがりなのではないでしょうか。 私の場合もそうでしたが、日本の男性は言葉で表現するのが苦手です。妻に対して、あるいは社員に対して、心では感謝しているから、それをわざわざ口にしなくてもいいだろうと考えがちです。「いつも ありがとう」と言葉にすれば直接ですので、相手に素直に伝わるのではないでしょうか。 身近な人だから言わなくても大丈夫だろうと、言葉にすることを手抜きしているうちに、心も離れて行ってしまうのかもしれません。身近な人に対してこそ、「ありがとう」や「ごめんなさい」は必要なのかもしれません。 上から下へ、あるいは右から左へと一方的に連絡事項を伝えるだけでは、健全なコミュニケーションは育ちません。キャッチボールのように、考えていることを会話することによって、更に進展します。もし伝えたとしても、それが相手に通じていなくては、伝わったことにはなりません。物事によっては、再確認することも大切です。 言葉のキャッチボールも、最初は慣れていなくて下手であっても、普段から心掛けることによって、上手くなって行くのではないでしょうか。身近なところから早速、練習です。
2008年04月13日
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母が亡くなってからもう直ぐ4年になろうとしています。生きていたとき、意見の違いで口論したこともありました。父は会話することが苦手ですので、余り長い時間話したことはありませんが、母とは会話が弾みました。 とても心配性でしたので、生きていたとき何度もうるさいと思っていました。亡くなってからの方が、不思議にも母の存在を感じます。何か新しい出会いがあったときなど、母が応援してくれていることを実感します。 生きていたときは見える世界に強く影響されるため、お互いに理解の妨げになることもありました。しかし亡くなってからは、純粋に見えない世界での交流ですので、直接響いてくるのかもしれません。 葬儀の際、急に亡くなられ、思う存分看病が出来なかったと悔やむ方がいます。でも大丈夫です。今からでも遅くありません。出来ることはいくらでもあります。故人が喜ぶような生き方をすれば、それを全部見ていて、一緒に喜んでくれるのではないでしょうか。 死んだらおしまいではありません。残された人たちの心の中で、ずっと生き続けています。生きているときは、実際に会う会わないなどありますが、亡くなってからは精神世界ですので、思いは瞬時に実現します。いつでも思い出せば、私たちのすぐ近くで、守ってくれていることを実感出来ます。逃げることをやめ縁のあることは何でも体験するようになったら無理せず力まず歩くようになったあした何があるかわからないから人生って変化があっておもしろいうまくいかなかったのは誰のせいでもなく自分が一番問題だった
2008年04月12日
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人の氣持ちが少し理解出来るようになってきたのか、共感することが多く、ときどき涙ぐむときがあります。辛さを乗り越え感動したときなど、感動を共感するのかもしれません。 一時的に波風のないときもあるかもしれませんが、殆どの人たちは上ったり下ったりを繰り返しているようです。振幅の小さい人は平凡な人生、振幅の大きい人は波乱に富んだ人生なのかもしれません。 人生プラスマイナスゼロと聞いたことがあります。辛い体験の後の喜びは計り知れないものがあります。課題のない人はいないと思いますが、直ぐに乗り越えることが出来るような場合、その喜びもそれ程ではありません。手をかけた分、達成されたときの喜びは深いものがあります。 先日、車椅子に乗った青年がボクシングを練習している風景が放映されていました。どのように試合をするのか疑問に思っていました。すると、そこのジムの代表者が彼の前に跪き(ひざまずき)、相手をしていました。何でもやる氣があれば出来ることを教えていただきました。 私たちはつい出来ない理由を考えてしまいがちです。出来ないと思っている人は百パーセント出来ません。自分で出来ないと決め付けているのですから、最初からチャレンジする氣がないのでしょう。やる氣がないのですから、出来ないのは当然です。 本当にやる氣のある人は、出来ない理由を考えません。どうしたら出来るかを考え行動するのが常ですから、やがて何らかの方法を探します。生きるって、最後の最後までチャレンジすることかもしれません。あせらずゆっくり進めばいいまごころで生きているとまごころが集まってくる
2008年04月11日
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団塊世代の私は、受験のための勉強をした記憶がありません。高校は進学校でしたので、ほとんど全員が大学受験のためにと勉強していました。私はその頃から例外だったのかもしれませんが、点数をとることより、好きな道に進むことしか考えていませんでした。 入学できる人数は決められていますので、受験によって合否が判断されます。合格できる人がいれば、そこから漏れてしまう人も出てきます。言葉を変えていえば、受験は競争社会のはじまりなのかもしれません。 他人のことを考えているより、自分の成績を上げることを優先して生きている中高生は多いのではないでしょうか。私の嫌いな言葉に勝ち組・負け組という表現があります。そのときの目先の結果に対する表現です。しかし残念ながら勝ち組になったとしても、いつ負け組になるか保障はありません。転落するのは、あっという間です。 順調に行っている人ほど、つまずきや失敗の経験が少ないですので、何か予想外の事が起きたとき、脆い(もろい)のかもしれません。人生には必ずといっていいほど、上るときもあれば下るときもあります。様々な経験をしている人は、たとえ予想外のことが起きても、動揺することはありません。 努力して勝ち取る生き方もあります。しかし残念ながら本人の心には余裕がありませんので、待つことや譲ることを忘れてしまうのかもしれません。競争を否定する訳ではありませんが、競争社会の弊害なのかもしれません。 人と比べる生き方をしていると、勝っているときはいいのですが、負けたとき、どっと疲れるようです。人間誰でも歳をとれば、弱者の体験をするようセットされています。弱者の体験は他人の痛みが分かりますので、温かさが育つのかもしれません。あせらずあわてずあきらめずゆっくりチャレンジ雨も風も雪もあるからいいのですおかげさまで何が来ても平氣になりました
2008年04月10日
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直面している出来事は、自分にとって必要があるから起きているのです。自分にとって大変なとき、何で私がと思うのは当然かもしれません。しかし本人にとって必要のないことは起きていないようです。いつまでも頭の中で理由ばかりを考えていると、益々暗くなってきます。 それよりも、どのようにしたら乗り越えることが出来るか、方法を考え行動することではないでしょうか。悩んでいるばかりで行動しないとき、状況の変化は起きてきません。どんなに小さなことでも、出来ることから行動してみると、次に何をしたらいいかが見えてくるものです。 直ぐに解決が出来なくても、時間が経てばやがて解決します。焦って出来るだけ早く何とかしようと考えるから、頭がパニックになるのではないでしょうか。焦れば焦るほど、混乱するばかりです。 そのようなときこそ、ゆっくりおなかでの呼吸を繰り返すことです。呼吸が整ってくると、腹も決まってきます。この際、与えられたことは何でも体験しようと、考え方を変えてみてはどうでしょうか。とても楽になります。 自殺者が年間3万人を突破したそうです。交通事故による死者より増えたとのことです。単純に計算して1日に82人が亡くなっていることになります。交通事故も他人事ではありませんが、自殺も身近なものになってきました。 よくよく考えて死ぬ人は少ないのかもしれません。暗いことを考えているうちに、発作的に行動してしまうのでしょうか。たとえその時どんなに苦しくても、生きてさえいれば、何らかの方法が見つかるのではないでしょうか。 それには普段から物事を明るく解釈する習慣が、生死を分けるのかもしれません。調子がいいときはいいのですが、何かを切っ掛けに調子が悪くなったときこそ、明るく考えることによって未来が変わってきます。 良いときばかりも続きません。悪いときばかりも続きません。良いとか悪いとか目先で決めつけず、体験するために生きているのですから、変化をまたとないチャンスと捉えてはどうでしょうか。生きてさえいれば、何とかなります。自ら死を選ばなくても、時期が来れば、あちらに帰れるのですから、焦らないことです。良いことばかりもつづかない悪いことばかりもつづかない変化はまたとないチャンス闇を見ていたから苦しかったのだこれからは明るい光をみつめよう
2008年04月09日
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お金が無くて使えないのは、貧乏かもしれません。しかしお金があっても使わない人のことを、貧乏性と言うそうです。勿体ないからと、お金の使い方の分からない人です。 何でもそうかもしれませんが、使うべきところに使っていないと、物は役に立ちません。後で使おうと思っても、遅い場合もあります。何でもタイミングがあるのかもしれません。 私の文章の発表は、出来るだけ新しいうちに発表するよう心掛けています。後のためにと、後生大事にとっておくことはしません。とっておくと何故か新しい文章が生まれてこないからです。いつも頭の中がスッキリしているから、新しい物の見方をしたり、氣付きがあるのではないでしょうか。 人間の体も同じように、体を大事にし過ぎあまり運動をしないと、体の中の血液の流れが悪くなり、老廃物が溜まり易い体になります。これもひとつの出し惜しみではないでしょうか。動くことは新陳代謝を高め、血流も良くなり、体も軽くなります。 自分の体の中の血液の流れは見えませんので分かりずらいのですが、清流の流れと淀んでいる川の流れとの違いは分かります。動いているものは綺麗ですが、動きがなく溜まってくると、水も腐ってくるのかもしれません。 肩が凝り易い人は、血液の流れの悪い人たちです。血液の流れを良くするようにすると、自然に肩の凝るのはなくなってきます。人にやってもらう、あるいは凝り性だからとあきらめず、運動や物の考え方を変えることによって改善出来ます。何か心新たに行動することによって、変化が起きてきます。最悪を何度か経験すると少しのことは平氣になる
2008年04月08日
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だいじょうぶ、やる氣になれば、誰でも出来ることがあります。静かに繰り返し祈ることです。何とかしよう何とかしようとバタバタするのではなく、心を静め無心になることではないでしょうか。 駄目なときは、心が乱れているから上手くいかないのです。バタバタする程、良い結果に結びつきません。反対に心を静めることによって、何かが見えてきます。大木の根っ子が、いつも地面の中で活動しているように、最初に見えない世界が動き始め、やがて現象界にも変化が起きてくるようです。 坂村真民さんの「念ずれば 花ひらく」があります。現代の私たちは余りにも忙しいため、自ら念ずることを忘れているのかもしれません。花が開くために念ずるばかりでなく、日々の感謝も同じかもしれません。ちょっと状況が思わしくなくなってくると、つい感謝を忘れてしまいがちです。 私たちにとって、どんな失敗でも、その人にとって無駄なことはひとつもないようです。学ぶために生きているのですから、一つひとつが貴重な体験なのです。一度体験してパスすれば、そのことに関しては卒業ですので、同じようなことがあってもアタフタすることはありません。 精神世界においても、小学生を卒業したら次には中学生向けの課題が与えられ、それを卒業すれば高校生・大学生そして社会人の課題へと、次第に難易度の高い課題が与えられてくるのではないでしょうか。 生きているうちは一生が学びなのかもしれません。様々な出来事という課題を、大変だと解釈すれば、生きていくことは苦痛かもしれません。しかし考え方を変え、積極的に生きることによって、訪れてくる出来事が楽しみになってくるのではないでしょうか。さて今回の課題はどのように解決するかと、楽しみにすればいいのです。解決できない課題は与えられてきません。しずかに祈ることはできる
2008年04月07日
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人間の体は、自動車部品のように、悪いからといって簡単に交換出来ません。不摂生な生き方をしていると、無理が重なり、部品が傷んできます。愚かかもしれませんが、具合が悪くなって初めて、健康の有難さに氣付くようです。 若いうちは現在の元氣がいつまでも続くような錯覚をしがちです。過ぎてみると、過去に戻ることが出来なく、生きている限り未来へとどんどん進んで行きます。60歳が近づくようになると、1年があっという間に過ぎて行くことを実感しています。でも1年が短いということは、嫌なことがないからなのかもしれません。 現代では体を酷使して駄目になるようなことはないのかもしれません。しかし不安定で変化の多い時代ですので、精神的に過労な人たちが益々増えてきているようです。何の対策もせず仕事に追われていると、順調のときはいいのですが、ひとたび問題を抱えてしまうと、解決方法が分からず、何をしたらいいか分からず、混乱することが多いのではないでしょうか。 一生懸命ガンバリ続けているうちはいいのです。しかしそのエネルギーが欠乏してくると、急激に変化が起きてきます。精神的に落ち込んでくると、目に見えて体にも不調となって表面化してきます。心の状態が体と直結していますので、注意信号あるいは危険信号として目に見える形となってくるようです。 自動車も普段から点検整備等の面倒を見ることによって、たとえ古くなっても何とか動いてくれます。しかし使うばかりで面倒を見ないで使っていると、急に故障になるのではないでしょうか。自分の体も同じです。私たちの体は私たちが寝ている間にも働いてくれています。時々は自分の体にも感謝の心を忘れないことではないでしょうか。考えているだけでなく行動が伴うと変化がおこる
2008年04月06日
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関東地方では桜が見頃ですが、いかがお過ごしでしょうか? 忙しい時にこそ、ゆったりした時間を過ごしたいものです。お花見のそぞろ歩きも素敵ですが、益子町で開催中の宋休さんの個展に足を運ばれて贅沢な時間を過ごされるのも今だけの楽しみではないでしょうか。 個展でしか入手できない『まるいし』。ひとつとして同じものがなく、味わい深い新作です。暫く絶版となっていた詩画集『であえて よかった』も第3版として再登場しました。 ギャラリー館長(ケーズプラン 川又) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ┏━━━━━━━━┓ ┃であえてよかった┃ 柴田宋休インターネットギャラリーメールマガジン ┗━━━━━━━━┛ 〔不定期発行〕 2008.4.5 vol.123 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ - MSゴシック等のフォント設定でご覧いただくと、より見やすくなります -──────────────────────────────────── 柴田宋休インターネットギャラリーより最新情報をお届けします。 ホームページもあわせてご覧ください。⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ 宋休さんのブログ「遅咲き宋休記」⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/ ☆★☆━新 着 情 報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■宋休さんの個展が開催中です。今後の予定のコーナーをご覧ください。■お待たせしました!! 詩画集『であえてよかった』の発売再開です! お知らせのコーナーをご覧ください。 ☆★☆━今 月 の 言 葉━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ 笑顔と 感謝の あるところに 好運が やってくる 前向き宋休 ☆★☆━お 知 ら せ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆■詩画集『であえてよかった』第3版の発売を開始しました。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/■遠方の方でも柴田宋休さんの講演を聴くことができるようになりました。 「遅咲き宋休の講演CD」、第1作~第3作まで好評販売中です。■「詩画集(※作者の直筆サイン入り)」「日めくり集」「講演CD」など、 豊かな人生経験と宗教人としての立場から人の生き方を優しい言葉で語り 掛ける柴田宋休さんの芸術作品をインターネット販売しています。■詩画作品の代金支払いは、ATM利用の郵便振替がお得です。※お求めは【ケーズプラン売店】で → http://cart.lolipop.jp/LA29003943/☆★☆━柴田宋休さんの今後の予定━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ (※ご本人コメント:いつものことですが、生きていればのことです)■講演会について【いのちをテーマとした講演会を各地で行っています】■個展について 【「柴田宋休 陶・詩画展」を各地で行っています】 開催日: 2008年4月1日(火)~15日(火) 10時~17時30分(最終日は15時まで) ※午後は作者来場 場 所: 陶芸広場つかもと ギャラリー「びんろう」 http://www.tsukamoto.net/ 栃木県芳賀郡益子町益子3330-1 問合せ先: 電話0285-72-5656 会場地図: http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E140.6.48.6N36.27.55.1&ZM=9☆★☆━談 話 室 か ら━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ────────────────────────────────── ※皆様からの談話室へのご投稿、楽しみにお待ちしています。。。 0(^^)0 柴田宋休ファンの談話室 ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/soukyu/bbs/────────────────────────────────── ☆★☆━柴田宋休さんのエッセイ、詩━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ■運のいい人 (2007年5月) 自分のことで精いっぱいのときって、根本的な間違いがあるから、運も良くならないのかもしれません。 自分が中心ですので、相手や周りのことを考える余裕がありません。相手の立場を理解しようとは思わず、自分の正しさを主張するだけのようです。相手も自分は正しいと思っていますので、お互いにぶつかるのではないでしょうか。争っているということは、多少の差があっても、同じ種類の人間なのかもしれません。 分かり易く、客観的に自分を見るために、同じような人が鏡の役目として会っているのではないでしょうか。自分を映す鏡です。似たり寄ったりなのかもしれません。 運のいいことが続いている人は、どのような生き方をしている人でしょうか。反対に運の悪いことが続いている人は、どのような人でしょうか。自分の周りを観察すれば、思い当たる人がいると思います。 運が良くなりたければ、運のいい人の真似をすればいいのです。運の悪い人と同じことをしないよう、努めればいいのです。何もしなければ、現在の状態が更に進んでいくと思われます。深みに入る前に、氣付いたら早く方向転換することかもしれません。 健康についても、同じことが言えるのではないでしょうか。健康になりたければ、健康になるような生活をすればいいのです。何の工夫もせず健康だけを願っていても、それは虫のいい話です。健康な人は、客観的に自分の体の声を聞き、それなりに体を動かし努力しているのではないでしょうか。 自分中心 だったとき 歯車の 回転が合わず うまく いかなかった────────────────────────────────────☆このメールマガジンは転送OKです。良かったら知人に紹介してください。★このメールマガジンの一部を転載する時は、必ず出典元を明記してください。────────────────────────────────────☆★☆[柴田宋休インターネットギャラリー]━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ※メールマガジンの購読・受信停止の申込みはホームページから ⇒ http://soukyu.e-ksplan.jp/ ■このメールマガジンは、配信希望登録をされた方と、柴田宋休作品を ご購入いただいた方へ配信しています。Copyright(c)2005- Soukyu Shibata Internet Gallery All rights reserved. ☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
2008年04月05日
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本氣かどうか、試されているのかもしれません。保険外交を30年続けている方にお会いしましたので、話を聞くことが出来ました。 保険外交員は、会社側としては自分の知り合い・家族・親類等を勧誘して辞めてもらってもいいという話を以前聞いたことがありますので、長く続ける秘訣をお聞きしました。 当時まだ女性が外で働く時代ではありませんでしたので、御主人に働くことを反対されたそうです。そのため仕事で辛いことがあっても、一切家庭に持ち込むことはしなかったそうです。その中で、男性が外で働く大変さを実感したとのことでした。 最初の頃はいくら歩いても、来る日も来る日も契約が取れなかったそうです。1度や2度断られても彼女の場合、ある程度日数が経つと再び出かけて行ったそうです。 初めての出会いは、あるお客様と話をすることが出来るようになったとのことでした。しかしそこでは直ぐに契約を取れなかったそうです。でも度々訪問する彼女の姿を見ていたある社長さんが、初めて契約をしてくれたそうです。 もう来なくなるだろうと、ずっと彼女の姿を見ていたそうです。そしてあなたなら大丈夫だからと、信頼を得ることが出来たとのことでした。何でもそうかもしれません。案外ひとは良く見ているのかもしれません。軽い氣持ちなのか、それとも本氣でやる氣になっているのかを。 口先であれをしたい、これをしたいと言っているだけでは何の変化も起きないようです。しかし自ら行動を続けていると不思議にも、賛同者も現れてくるようです。最初から周りに期待しているようでは、誰も応援者は出てこないでしょう。 本氣や真剣は、行動となって出てきます。更に続けることによって、思いが少しずつ形となってくるのではないでしょうか。ちょっと手を抜けばそのような結果が丁寧に心を込めれば真心が出てくる
2008年04月05日
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集まる人の年齢に応じて、話題も様々です。先日のホテルでのマッサージのときのことです。年齢は60歳頃から70歳前後の人たちの部屋でした。それぞれが病院での検査結果を話していました。 私は施術していましたので、ただ黙って聞いていたのですが、少し氣になったことがあります。検査結果に対し、お医者さんが処方してくれた薬を飲むことがあっても、積極的に健康になるよう自分から何もしていない様子でした。 検査をするのはいいことかもしれません。もしそのように健康に関心があるのなら、検査以前に、自ら健康になるにはどのようにしたらいいかを実行することではないでしょうか。自分では何もせず、お医者さんに自分の健康を任せているとしか私には思えないからです。 良いお医者さんに出会えば、余分な薬は出さないと思います。しかし病院経営からか、ほとんどの病院ではたくさんの薬を処方してくれます。私からしたら、薬を飲んで解決するのではなく、薬を飲まなくていいように、それぞれが工夫することが大切ではないでしょうか。 「自力整体」の矢上裕氏は予防医学を提唱しています。病気になったら病院に行くのではなく、どのようにしたら病気にならずに済むかを考え、毎日の生活をすることではないでしょうか。病気になるのは、その人の日常生活の結果です。対症療法で、その場しのぎをしても根本的には解決しません。 何かをきっかけに生き方を大きく変えると、物事の見方や考え方も変わってきます。周りを変えようとするのではなく、自分が変わることによって、出来事に対する捉え方も、見える景色も変わってきます。
2008年04月04日
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普段思っていることが実現するようですので、ときどきイメージだけでもいいから練習してみようと思います。いずれ死を迎えるときのことです。明日かもしれませんし、何十年も先かもしれません。そのとき、にっこり笑って、有難うの言葉を残し、あの世に帰れれば理想かもしれません。 私たちは毎日、死と同じような体験を繰り返しています。眠っているときです。だから目を閉じて眠る前に「にっこり、ありがとう」と毎夜練習するのもいいかもしれません。何事も急にやろうとしても出来るものではありません。普段からの心掛けが、物を言うのではないでしょうか。 どんなことにでも感謝出来るようになると、毎日が楽しいものです。文句を言ったり、他人の所為にしていたとき、イライラすることも多く、身近に楽しみがあることさえ忘れていました。いつも護られていることに氣付きましたら、生きているだけでも、とても有難いことなのです。 先日出かけた際、久し振りにカツを食べました。ところが半分くらい食べましたら、もう食べたくなくなってきたのです。頭ではたくさん食べたいと思っていても、実際には体が要求していないのかもしれません。そのときふと思ったことは、素食の方が体のために良いのではないかということでした。必要以上の贅沢で余分な食事は、体には良くないようです。 物にも心があります。たくさんの物を持ち乱雑にしておけば、家の中も心も乱れてきます。丁寧に扱っていれば別です。物は丁寧に扱えば、そのようになってくれるのではないでしょうか。言葉は発していなくても、その姿から物の氣持ちも分かるのではないでしょうか。そのためにも必要最小限がいいのかもしれません。 たくさんの物を求め、ギラギラ生きるのも人生です。出来るだけ物を持たないよう、すっきり生きるのも人生です。にっこり笑ってありがとうとふるさとに帰りたい
2008年04月03日
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1年前に初心者用の登山靴を購入しました。この1年の間に、山に登る回数も多かったせいか、よく見ると靴がずいぶん傷んでいました。 3月の雪解け山を1日歩き下山したとき、水が多少浸透し、靴の中が湿っぽくなりました。最初の頃は良かったのですが、やはり安物は駄目なようです。この際、改めて防水のしっかりしたものを購入しようと、以前買ったスポーツ用品店に行きました。 しかしその会社では本格的なものは扱っておらず、どこで扱っているか店員さんにお聞きしました。すると直ぐ近くに他社の専門店があることを親切に教えてくれました。 近くでしたので直ぐに違う店に行き、私の足に合う靴を探しました。しかしいまひとつ合わず、そこでも店員さんにどうしたらいいかを尋ねました。すると丁寧に、あるメーカーを教えてくれました。そして最後には、その位のお金を出すのであれば、自分の足に合った誂えも可能なことを教えてくれたのです。5月にちょうど東京に用事があるので、そのときにでも注文しようと考えています。 はからずも、続けて二人の親切な店員さんにお会いすることが出来ました。自分の店のことだけでなく、専門的な知識を持っているから教えられるのかもしれません。物を聞く場合、人を間違えると、冷たい返事が返ってくることがあります。その場合、相手が不親切なのではなく、聞く人を間違ってしまった結果なのではないでしょうか。 一言会話をしてみれば、おおよその見当がつきます。人に道を聞く場合も同じです。分からない人、説明の下手な人に聞いても、埒(らち)が明きません。※「がんばりましょう」という言葉は、元氣な人にはいいかもしれません。しかし疲れきっている人には、とても失礼な言葉です。注意したいものです。何か違う表現がないか考えていましたら、ふと出てきました。かげながら祈っています
2008年04月02日
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1年のうちに数回、個展をしています。いつものことですが、個展前の2・3日はぎりぎりの体験です。更に私を試すかのように急用も入り、何とか時間を調整しながらやっています。もちろん普通の人たちが寝ている時間も仕事を続けています。 時間が無ければ無いなりに工夫を続けていると、それなりに何とかなるようです。あきらめなければの話です。予定していたことを全部やろうとしても無理と分かれば、要点である大切な部分からやるようにしています。 頑張り過ぎてやったとき、自分ではある程度満足出来ても、結果的には余り良くないようです。要所を押さえていないからかもしれません。自分の意思ばかり主張することを考え、一人よがりになってしまうのかもしれません。最近やっと、人の意見も取り入れるようになってきました。 目的に向かってひたすら歩き続けるのではなく、最近では途中での出来事を楽しむように変化してきました。肩の力を抜き、何とかなるさと思って行動していると、案外元氣が出てくるものです。生きていれば「ケ・セラ・セラ」です。 個展初日を迎え、ひと安心しているところです。茨城県日立市から遠路わざわざ個展会場に、花を活けに来てくれました。忙しいなか、遠くから来場して下さる方々に感謝です。石ころに紙を貼り、墨書した作品は「まるいし」と呼ぶようにしました。自然から生まれた石ころには、形に無理がありません。天にまかせて今日をあじわう
2008年04月01日
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