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受験生諸君の中には「もう7月が終わりか・・・」と思っている人もいるでしょう。その人は本当に自分の目標に向かって真面目に勉強というものに向き合っているんだろうね。一方で、まだまだ夏休みは始まったばっかり!などとたわけたことをいう受験生もいる。「君はこの夏休みが終わったときにどのような自分になっているのかな?」と尋ねても「さあ~?」だとさ。このように育てられたことがかわいそうで仕方がない。もう一方で「全くわからん」という子供の面倒を直に私が見てるのですが、最近はこつさえつかめば自分でどんどんと問題を解くようになってきた。50分もさほど苦痛ではなくなってきたようだ。しかし注意しなければならないのが、その子のレベルは100点満点のテストを実施したとしても60点満点取れれば100点というレベルである。つまり残りの40点の部分はいわゆる「応用分野」であって、文章を読むだけでも苦痛な状態なのだ。だからあえて今は文章問題に取り組んでいない。そのことも保護者には伝え済みである。だからといって全く触れないわけではない。そのためにわざわざ夏期講習という時間を確保してもらいました。テキストは普段使用している問題集。夏用のテキストは使用しない。このような芸当が出来るのも「個別」ならでは!しかも7月一杯までクラブをしていた3年生にとっては8月から夏期講習なんてないんじゃないの?とあきらめかけている人もいる。しかし個別の夏期講習は8月からでも大丈夫!どのように時間を確保して何に取り組むのかを決めていけば、8月からでも十分復習が出来ます。しかも学校の宿題もあるわけで、その宿題もうまくやれば時間中に一緒にやれるかも知れません。ということで3年生諸君!まだまだこれからだ!君の夏は始まったばかり!悔いを残すな実績残せ!
2006.07.26
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明日は大変な一日です。まず朝10時30分から会議。これが2時まで続く。しか~し!私は2時から個別の夏期講習が待っている・・・よって、13時は退散して教室に向かわなければならない・・・よりによってこんな日に会議なんて・・・実は夏期講習の予定よりも先に会議の予定が入っていた。それを何も考えずに受け入れてしまったこちらに非があるのだ。わざと会議の日に講習を入れたんじゃないの?と思われそうですが、決してそのようなことはありません。とにかく大変ですわ~。
2006.07.25
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我が塾は朝から教室を開けている。なのに誰一人として朝から自習に来る塾生がいない。全塾生とその保護者にはお手紙まで配付しているのに・・・理由を聞くと 「雨が降っていて行き辛かった・・・」と、皆口々に言う。保護者に確認してみても同様のことを言う。雨のために大事な学習時間がなくなることは確かに残念ではある。しかし「よ~く考えよぉ~」雨が理由で自習にこれないのは「来れない」のではなく、「行く気がない」だけではないか?そのように2~3人に尋ねてやると、皆「・・・」無言になる。それ以上の追求はしませんでしたが、結局は「気持ちの問題」なんですね。受験は待ってはくれません。子供がこの夏に意欲を持って学習できるかどうかは我々「講師の力量」にかかっています。自分が絶対に合格したいと思っている学校に対してこの夏にどのような対策を講じればよいのか明確に示してやるだけで意欲はわくものである。夏期講習の参加の意義も単純にこのような図式が示せていないから参加に躊躇されているのではないだろうか?
2006.07.24
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うちも夏期講習始まりました!といっても今日はまだ終業式のところも多く・・・ということで国立大学付属小学校のお子さんが来て受講しました。うちの夏期講習の最大の特徴は「個別」講習ということです。つまり、一斉講習だと途中で受講するにしても、過ぎ去った授業は受講できません。しかしながら「個別」なのでいつからでも始められるというメリットがあります。ただデメリットもあり・・・同じ講師に教えてもらいたい・・・などの要望にお応えできない場合があります。講師の都合です。時間帯はあらかじめこちらが指定していますが、その時間意外となると都合がつき辛くなります。一長一短ですね。受験生諸君!ラストサマーチャレンジ!
2006.07.20
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どこの塾も託児所活動が始まる。というのも、朝から晩までそれこそ昼飯、晩飯を塾で食べるという人さえいる。まあ、そこまではしないけれども、要望が多いのは「早朝」の開館だ。 ・朝のうちに塾へ行って学校の宿題を終わらせたい ・夏期講習を朝のうちにやって欲しい ・自習だけでも使わせてもらえないだろうか・・・などなど、様々なご要望を承っております。子供たちも長い夏休みです。我々がしっかり40日を乗り切るためには、規則正しい生活しかないでしょう。摂生に努めます。
2006.07.18
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ジャワ島沖でまた大きい地震が起きましたね。一昨年の12月に地震が起きた時も日本にいながらにして揺れを感じました。私の周りにいた人間は「そんな、あほな~」といってましたが、地震が起きた時刻とほぼ同時刻でしたので間違いありません。今日の地震も日本時間で夕方5時頃らしいのですが、確かに一瞬店舗がぐらっとしました。一瞬「やばい!」と思い、焦りましたが、その後何もなかったので放って置きましたが、やはり地震だったんですね。また津波が大きくて被害も甚大らしいですね。地殻がおかしいのかもしれないね。なにか起きるぞ!日本沈没か!?
2006.07.17
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講師といっても所詮はアルバイトでの雇いこみです。専属の講師というのは私ともう一人の社員のみです。それほど講師に困っているわけではないのですが、夏期講習中にどうしても人手が足りなくなることがわかっているのでこの時期だけ少し増員します。しかしなかなか思う人材が採用できない。妥協すればいくらでも採用できるのですが、妥協すら出来るレベルではない。ただ単に「塾講師がしたいから・・・」などという理由で応募してくる。これは当たり前のことなんですが、ポイントは「それほど思い責任を持たせて欲しくない」という言葉が必ず出てくる。例えば、今回採用した場合、来年の3月末まではその子供を責任持って担当してもらうことになりますよ、というと、えっ?何人くらい面倒見るんですか?という返答。1コマで1~2人ですね、というと、「それじゃあ大丈夫です。」という返答。しかも要望がすごい。一日だけフルでやりたいんですけど・・・確かに出来ることならそうしてあげたい。なにせ客相手の商売です。そう上手く希望の曜日に子供が集まるわけもなく・・・、そんなんだったらいいです、といってあっさり断る人もいる。結局、塾講師とは片手間でやれるような仕事ではないということがまだまだ伝わっていないんでしょうね。だって一人の子供の人生を左右するような仕事をアルバイトに任せるわけなんですから・・・。それなりの覚悟が必要でしょう。私が学生なら・・・もっと割りのいい仕事を探すかもしれません。ただ、根底に流れるものは、「子供たちに学ぶ楽しさを知ってもらいたい」という思いがある。だからこの商売を続けていけるんだろうと思う。世の学生諸君、塾講師のアルバイトを考えているなら「責任」だけは考えて応募してください。一人の子供の一生がかかっています。
2006.07.14
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世の中にはいろんな形の夏期講習が存在する。どのスタイルが我が子に合っているのか・・・考え始めるとキリがない。我が塾の夏期講習は個別スタイルと集団スタイルを両方取り入れたものにしている。とはいっても、集団でやったことを個別でフォローする子供もいれば、全く違うことを個別で行ったり・・・と人それぞれなんです。ポイントとしては、1:自分の目標が明確になっており、どの講習が自分の目標に最短でたどり着けるスタイルなのかを考えること。2:実際に無料体験を行ってみること。特に初めての方はこれをすべきです。3:ペース配分をよく相談すること。以上の3つを胸に秘めて塾を尋ねられたらどうでしょうか?まだまだ間に合う夏休み!などと世間では言ってますが、焦ってはダメですよ!クラブで燃焼したい!と仰るならそれでもいいじゃないですか!その後でどれだけ勉強を頑張るかですよ。大手の進学系の塾だと夏休みが終わってから中3生の募集を一切しないところも多いそうな。一流校に何人合格させたのか。宣伝効果には必要な数字ですね。でも、塾生全員第1志望校合格こそが塾にとって一番の勲章ではないでしょうか?最近つくづくそう思うようになってきました。
2006.07.13
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中学2年生の男の子の保護者と話をする機会があり、ついつい1時間30分も「面談」してしまいました。その保護者は何をしに来られたのかというと「夏期講習の申し込み」だったんです。色々と相談されて話を聞いていると、母親の心の中に溜め込んでいたことがどんどん吐き出されてきて、夏期講習に関係のないような話まで出てきたんです。小6の弟は全く自分で何もしないので連絡帳を保護者が見て用意をされているそうです。忘れ物があったら真っ先に保護者に連絡が入るそうです。保護者いわく「学校の先生から注意されるのが恥ずかしいから・・・」と仰っていましたが、根っこの部分を探っていくと、結局保護者自身が電話で注意を受けることが苦痛なのでついつい手を出してしまう、ということが判明しました。保護者もいうなれば被害者だったんですね。ではどのような対応が望ましいのでしょうか?当然ですが「子供にさせることが大切」なんです。連絡帳に書いてあることを保護者が見て口を出すけれども、手が先に出てしまう。このような会話がなされていました。母:「連絡帳見せてみなさい。○○と△△を準備してくださいって書いてあるよ。それから宿題が出てるよ。P30の□□の問題をやってくるようにって書いてあるよ。わかったの?」子:「わかった~。」母:「わかったらちゃっちゃとやりなさい。」子:「わかった~。」母:「・・・(見ているがじっとしておれなくなり)○○はどこにあるの?」子:「しら~ん」母:「はよ探しなさい!どこにしもたの(しまったの?)」子:「たぶんこのへ~ん」母:「あんた、△△を探しなさい、お母さんが○○探すから・・・」子:「わかった~。」母:「こんなとこに○○あったわ、どこにでもおいといたらなくなるでしょ!ちゃんと決まったところにおいときなさい。わかった?」子:「わかった~。」母:「で、△△は見つかったの?」子:「まだ~」母:「もう、ちょっとどきなさい。・・・こんなとこにあったわ。どこにでも放ってたらあかんでしょ!次、あんた、宿題しなさい。」子:「わかった~」母:「・・・(しばらく見ているが、なかなか手が進まないので)もう、何してんの?はよちゃっちゃとやんなさい。」子:「今考えてんねん。」母:「いつまで考えてんの?そんな問題すぐできるでしょ?」子:「・・・」結局こんなやり取りがずーっと続いているそうです。何が悪いわけじゃない。どうすればよりよい方向へと向かうのか?どうすれば子供は自主的に、てきぱきとするようになるんだろうか?簡単なことです。 今の状況を受け入れてあげてください。 そして、早く準備をするには何が必要か?ということを質問してみてください。 それから、お子さんの様子を見守ってください。これの繰り返しです。すぐに出来るようにはなりません。長い年月がかかる可能性があります。子供が変わるためには親がまず変わることです。見ていて我慢できない性分の方もいらっしゃるでしょうが、手をだすのを我慢し、上記の3つを実践してみてください。最初は禁煙と同じですが、慣れてくるとものすごく楽になりますよ。
2006.07.12
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本日、わたしは感激しました。コーチングが自然と身についている保護者に出会ったのです。その方はお子さんが3人いらっしゃって、上が高3、真ん中が中3、下が小6という兄弟構成です。とにかく話を聞いていると上のお子さんが小さい頃から何でも母親によく話をするそうで、普通であれば高校生にもなればそんなに話をすることはないと思うのですが、進路に関しても自分で決めて「○○にしたからね」といって行動することを母親に伝えるそうです。しかもそのお子さんは自分でその行動の責任をとるということでした。どういうことかというと、「あんたが決めたんやから、お母さんは知らんで」と冷たくつき離す言葉に聞こえるのですが、「わかってる。」というと後はお子さんの行動をじっと見守るようにしておられるそうです。お子さんを「個」として存在を認め、尊敬し愛情を持って見守られていました。やがて信頼関係も構築されるでしょう。一方、今年受験を控えた真ん中のお子さんは、現在いわゆる「反抗期」に入っており、母親の一言一言に「むかつく!」といった状況らしい。別段、上のお子さんと比べるようなこともなかったのに・・・ということです。何に根っこが存在するのか?ちょっと深く聞きたくなりました。私:「いつごろから反抗している、という状態を認識しましたか?」母:「小学校5年生くらいでしょうか、詳しいことは覚えていません。」私:「それ以前のお子さんと今のお子さんと何が変わりましたか?」母:「え~?別に変わったようなことはなかったですが・・・なぜか急に話さなくなりました。」私:「話さなくなったんですね。お母さんとあまり話をしなくなったのは、何が邪魔をしていたんでしょうか?」母:「さあ~、わからないですね。何か邪魔してたんでしょうか?」私:「では、食事の時など家族が揃って話の機会が持てるときの様子を思い出してみましょうか。よく話をされていたのは誰ですか?」母:「上の子です。」私:「真ん中のお子さんはそのとき何をされていましたか?」母:「黙って食事をしていました。」私:「小さい頃から黙って食事をされていましたか?」母:「いいえ、2、3年の頃は上の子と一緒になってよくしゃべっていました。」私:「2、3年の頃は上の子と一緒になって話をしてくれていたんですね。でも、今はというと話しかけても返事もしないわけですよね。よく一緒になって話していた子供が突然話さなくなることはありません。何か心当たりはありませんか?些細なことでも結構です。」母:「そうですね~、普通に接してきたつもりですが・・・」私:「では、2、3年の頃の上のお子さんと真ん中のお子さんは何かモノを買い与える時、どのようにしてこられましたか?」母:「同じようにしてきました。」私:「同じといいますと?」母:「けんかにならないように上の子にも真ん中の子にも同じものを買い与えてきました。」私:「今はどうされていますか?」母:「一緒です。ただ好みが違うので別のものを子供が選んでいますが・・・」私:「ということは、上の子のお下がりではないわけだから不満はないわけですね?」母:「そうですね、着る物や食べ物などでお下がりを与えたりはしてないので、それに対して不満を漏らされることはありませんね。」私:「・・・小さい頃は上の子と一緒になっていろんなことを話してくれた子が、なぜかモノも言わない子になってしまった・・・考えられることは、上の子が真ん中の子の話をさえぎってでも話をしたり、話をしていてもしっかり受け止めてあげないなど、小さい頃のそういった思いが”後々何を言っても無駄”という概念を作り出してしまって、聞いて欲しいことだけがお子さんに溜まるだけ溜まり、そこへ追い討ちをかけて中学校の成績の話などが入ってくると、もう受け入れる素地が全くないので結果として何も聞き入れないということがあるんですが、何か心当たりはありますか?」母:「・・・そういえば、上の子の受験の頃にかかりきりになって真ん中の子をあまり見てやってなかったというときがありました。そのときに本当なら色々と話を聞いてやったらよかったんでしょうが、上の子の懇談やら塾の懇談やらで、とにかく振り回されてました。」私:「そのとき、真ん中のお子さんはお母さんをどう思っていたでしょうね?」母:「う~ん・・・もっと構ってよ、って思っていたのかもしれませんね・・・」私:「私もそう思います。どうやらそのあたりに根っこが存在するようですね。ではこれかお母さんはお子さんに何がしてあげられそうですか?」母:「話を聞いてやりたいですが、話をしてくれないんじゃどうしようもないですね・・・」私:「ではお子さんが話をしてくれるようになるために必要なことって何でしょうね?」母:「・・・どうしようもないですね。何も言わずに黙って見守るだけしかないですね・・・」私:「仰るとおり!今のお子さんの様子を見てそれを受け入れてあげましょう。”苦しい”というなら、”今、苦しいんだね”とそのままオウム返しで返答してあげてください。それが現状を受け入れることなんですよ。」母:「でも何も言わず、見てるだけでは本当に何もいえないですね・・・そのままでいいんですか?」私:「では、何かお子さんに言いたいことが出来た時、まずはお子さんの話を聞くことから始めてください。そして最後にお母さんが言いたいことを言う。そのときに”お母さんも言いたいことがあるけど言っていいかな?”と断ってから話すようにしてください。”なんで自分の子供にそんなこと言って話さないといけないの!!”と思うのは確かにその通りだと思います。ただお子さんも一人の人間なんです。尊敬と愛情を持って見守れば必ずお子さんも接し方が変わってきます。そのために今、お母さんが変わらなければならない時ではないか、と私は思います。」母:「・・・もっと早くそれに気がついていればねえ・・・」私:「そうですね、皆さんそのようによく仰います。しかし未来のお子さんのために今からご自身もお子さんも変われば、お二人にとってどんな未来が待っているでしょうね?まず一歩を踏み出すことです、勇気を持って。失敗してもいいんです。今日や明日にすぐ変わるもんではないです。成功する日もあればそうでない日もあります。根気が要りますが、習慣化すれば意識しなくてもそれが当たり前になります。もうこの話を聞かれたということはよりよい人生の第一歩を踏み出されたんですよ。一緒に変わりましょう。」母:「わかりました・・・今日はどうもありがとうございました。」結局反抗期って何なんでしょうね?大人の都合の良い言い訳なんでしょうかね。自分のことを棚にあげた言い訳に過ぎないのかも知れませんね・・・。
2006.07.08
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うちの塾生は宿題を課すと、ほとんどがその日のうちに自習室でやって帰ります。今日も6年生の子供がそのようにしていたのでちょっと聞いてみた。「宿題はいつやってるの?」「塾でやって帰ってる。」「そうなんだ、塾でやってるんだ。家には持って帰らないの?」「もって帰るとお父さんに怒られるから・・・」「お父さんに怒られるの?」「そう、宿題は学校でやって帰って来い、っていつも言われてる。だから塾の宿題も持って帰れない・・・」「そうなんや。今の気持ちはどんな気持ちなんかな?」「まあ、しょうがないかなって思ってる。やらんかったら怒られるし・・・」「しょうがないって思ってるんや。本当の○○君はどうしたいの?」「やっぱり学校や塾で宿題して帰ったほうがいい。帰ったら遊べるもん。」「して帰ったほうがいいんか。帰ってどんなことして遊ぶの?」「PSPとかゲームボーイとか・・・」「そうなんや。そのときはお父さんもお母さんも何も言わないの?」「宿題すんだんやろな?って聞かれることがある、けど、ちゃんとやってるから怒られることはない。」「そうなんやね。じゃあ今日も塾で宿題して帰るんやね?」「うん」「じゃあわからんとこがあったら聞きにおいでね。」「はい」これが今日の会話の一部であるが、子供がかわいそうな環境で育っているんだなあ、と思って聞いていました。何がかわいそうかって、「宿題しなければ怒られる」という部分です。恐怖支配以外の何者でもありません。北斗の拳の登場人物で言うならまさに「ラオウ」の配下になっています。失敗しないように・・・無難な人生を送るんでしょう。でも失敗すると自分でもリカバリーできないくらい落ち込むんでしょうね。宿題は確かに「自分のためにするもの」なのですが、「怒られるからする」ものではない。これを食い止めるために是非保護者には「どうすれば宿題が出来るのか?」という観点で指導をして欲しい。
2006.07.07
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すぐに「わからん」という子供の体験授業を行いました。6年生でしたので学校で習っているところあたりから攻めてみることにしました。分数の計算のところがちょっと?だったので、そこをやってみることにしました。いきなり分母の違う分数計算をやってみたのですが、案の定「わからん」を言いました。そこでひとつずつ順序だてて説明しつつ、一緒に問題を解きました。最初の一問目は完全に説明、次の問題は半分が説明で半分が自力、最後は何も言わないのに自分から解くという行為に出ました。私はその様子をただじっと見守っただけでした。今日教えたポイントは2つだけ。それは「通分」の仕方。分母が2と5だと通分するといくらになるか?という問題ですが、公倍数、公約数の所を理解していないために通分の仕方さえわからない状況でした。手っ取り早く、パターン1として、分母同士をかけましょう、といって説明し、実際にどうなるのかをホワイトボードを利用して手順を書いていった。子供はしばらくそのボードを覗き込んでいたが、やり方が飲み込めてきたのか、次の問題を自分でやってみようと挑戦し始めた。しかし俄仕込みの方法なのですぐには上手くいかない。手助けしながら何とか解けた。すると3問目に挑戦し出した。今度は自分ひとりで解いたのだ。その勢いで、残り3問もやってみるか?と尋ねると大きくうなづいて問題を解き始めた。3問とも正解だった。もう一つは「約分」の仕方。つまり最大公約数を使って分母、分子を割って簡単な整数の分数にする作業なのだが、約分の仕方もわからない、とのことだった。だから一から説明した、というか、説明しながら一緒に問題を解いていった。ここで必殺「困った時は2で割ろう」作戦を伝授した。というのも、練習問題の分数はすべて分母分子が2で割れる問題ばかりだったからだ。2で割っていくうちに簡単な分数になっていくのを見て「最初から4で割れたかも・・・」という答えも出るようになってきた。「そうやね!よくそこに気がついたね!今の答えは先生感動したわ!」と返答すると子供はものすごく喜んでいた。50分でやれたことは問題数で12問だけ。でもその子はすごく生き生きとして帰っていった。「理解する」とは・・・自分で解決するすべを身につけ、それを自分なりにアレンジして自分で使えるようになること。
2006.07.06
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開館直後に一人の保護者が尋ねてこられた。話を聞いていると、「すぐにわからんというんです。○△塾に通わせているんですけど、先生もさじを投げ出してしまわれたんです。」切実な思いを私にぶつけてこられた。2度通塾したが2度目で子供が行きたくないと言い出す始末。結局、そのまま放ってもおけないので家庭教師を頼むことにしたらしい。家庭教師の体験授業も終わらせたとのことで、体験授業できますか?と飛び込んでこられたようだ。この地域には個別指導塾が乱立している。その中の一教室がうちの塾なのですが、つい先日開校したばかりであまり認知度はありません。唯一チラシで攻め込んだ程度でした。保護者はひたすら「全く出来なんです。すぐにわからないというんです。問題を解くのが遅いんです・・・」そのまましゃべっているといつまでも子供さんを否定する言葉ばかりが出てくると思い、「お母さん、いつから全く出来ないと決めたんですか?誰が出来ないと決めたんですか?何と比べて問題を解くスピードが遅いと判断したんですか?」と聞いていくと、全ては保護者の思い込みや、塾の先生がそう言ってた、学校の先生が言ってた・・・など、決められた時間の中で何かしようとするとき、他の人と比べてどうのこうのという話ばかりだった。「お母さん、問題を解くのが遅いとおっしゃるなら、その事実を容認してあげましょうよ。そしてどうすれば早く問題を解くことが出来るようになるのか考えてあげましょうよ。お母さんも一緒になってお子さんの自信を無くす表現は今後絶対にしないようにしましょうね。」そのように申し上げると保護者はなぜか涙を流されました。
2006.07.06
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塾ですので受講料というものを頂戴しております。1ヶ月週1回で約1万円ほどの月謝です。これを安いと思うか高いと思うかは皆様次第です。問題は何に対してこの1万円の価値を感じてもらうかなんです。例えばA君。A君は算数が苦手で1から10まで教えてもらわないと困る、と保護者から要望があったとします。さてA君に対してどのような指導が必要なのか?求められるのは1から10まで教えてもらわないと困る、という保護者の要望をどのように応えるのか。1から10まで説明しっぱなしのことを1から10まで教えるということなのか?そうではないと思います。ティーチングではない、あくまでもコーチングが必要だと私は常に思っています。答えは子供が持っています。その答えを導き出してやるのがコーチの勤め。この保護者はは必ず勘違いをします。どんな勘違いかというと、1から10まで教えてもらったから出来るようになったんだ、と。何の説明もせずにそのまま放置していると効果が現れなくなったら1から10まで教えてって頼んだでしょ!どうなってんの!?と大クレームでしょう。決め付けは良くありません。これは私がここでいうまでもありませんね。指導の様子を聞いて子供の様子を聞いたときに、「そうなんだ」と承認してあげることが大切なんです。そうやって新たなお子さんの一面を垣間見ることが出来るのも塾ならではなんですね。ここに1万円の価値を見出してもらえればありがたいですね。1から10まで説明して理解できる子供は塾には来ません。自分で解答を見て理解します。ではなぜ塾に来る必要があるんでしょうか?「自分で理解できないからじゃないか!」とお叱りを受けるかもしれませんね。確かにそうです。自分で解決する手法なりを知りえないから教えを請いにやってくるのです。では我々塾人に求められるのはその問題解決の手法を身につける手法を伝授すればよいのか?それも必要なことだとは思いますが、それだけでいいんでしょうか?2x-5=15のxの解が10であることはすぐにわかりますが、小手先の技術を知って本質を知らずでいいんでしょうか?今の日本の教育の問題点はそこにあるのではないか、と最近つくづくそう思います。受験のためにテクニックを授ければそれでいいんだ、合格こそに価値がある、確かにそうかもしれません。ある種「僻み」に聞こえるかもしれませんが、私は学校が時間の都合で本質を割愛するならば、あえてその割愛する本質を子供たちに伝授したい。ものごとにはすべてにおいて本質が存在する。根っこを見つめてこそ最善の解決策が見つかる。2x-5=10の解を求めることよりも方程式の本質を子供に伝えたい。上手く伝えられるかどうかが問題だが・・・
2006.07.05
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「うちの子は数学が苦手なんですよ~」よく耳にする言葉である。私はある本を読んでまさに「あは!」体験をすることとなった。どういうことかというと、「苦手」というのは「決め付け」なのである。A君とB君が数学の問題(10分で20問)に挑戦することになった。A君は10分で20問の問題を解くことが出来た。しかもすべて正解だった。B君は10分で半分の10問の問題を解くことが出来た。しかし2問間違えていたので8問正解だった。この時点でB君は数学が苦手なんだろうか?「苦手」を辞書で調べてみた。(1)扱いにくい相手。そりが合わない相手。 「あの人はどうも-だ」(2)得意でないこと。不得手。 「-な科目」(3)爪がにがく、手に毒があるという手。不思議な力があり、その手でおさえると腹の痛みが消えるなどという。 「私の-薬なりと夜明がた迄さすりける程に/浮世草子・一代女 2」確かに「得意でないこと」という意味が載っていた。更に「得意」とは?何ぞや?と思って調べてみた。(1)望みがかない満足していること。⇔失意 「-の絶頂」(2)誇らしげな・こと(さま)。 「優勝して-な顔をする」(3)上手で、そのことに自信もある・こと(さま)。えて。おてのもの。 「-な技」「-中の-」「お-の料理」(4)商店などで、よく品物を買ってくれる客。 「上-」「お-さん」「-客」(5)親しい友。 「彼の項伯と年来-として一事を隔つることなし/今昔 10」[派生] --が・る(動ラ五[四])--げ(形動)--さ()「上手でそのことに自信もある。」A君はまさにこんな状態なんでしょうね。ではB君はどうなんだろうか?10問解くことが出来た。答えあわせで2問間違えたが8問正解した。彼はこのことをどのように受け止めるのだろうか?ひょっとするとA君がそこまで出来るなら僕もA君のようになりたい!とひそかに闘志を燃やしているかもしれません。そのような状況下で「やっぱりBは数学が苦手なんだなぁ」と言ってしまうと、B君は「僕って数学が苦手なんだ。だからいくら頑張って練習してもA君のようになれないんだ。」と思ってしまうかもしれないのです。そしていつしか数学の点数が取れないことを「数学が苦手だから・・・」という理由で片付けてしまうかもしれません。そうなると自ら進んで算数の練習をしようという気になるでしょうか?ではどのような対応が望ましいのか?それは問題を解き終えた時にどのような一言をかけるかですべては決まります。先生:「10問解けて8問正解だったね。今はどんな気持ちかな?」B君:「悔しい・・・」先生:「そうかぁ、くやしいんだね。何に対して悔しいと思ってるの?」B君:「2問間違えたこと。」先生:「そうかぁ、2問間違えたことが悔しかったんだね。間違えてしまった原因は何なんだろう?」B君:「途中で焦って計算ミスをしてしまった・・・あれさえなかったら・・・」先生:「そうかぁ、焦ってしまったんだね。もっと時間があれば間違えることなく10問とも正解させることが出来たかもしれないね。」B君:「うん」先生:「じゃあ、この時間内で計算ミスをしないようにする為の方法は何か考えられるかな?」B君:「う~ん、計算の練習を一杯する。」先生:「なるほど。計算の練習を一杯すればミスもなくなるね。じゃあ何を利用して一杯計算練習をするの?」B君:「う~ん、問題集かな~」先生:「なるほど、問題集ね。実は問題集と別にこんな計算問題ばっかりが載ってるプリントがあるんだけど、何かの役に立ちそうかな?」B君:「あっ、そのプリントで練習します」先生:「OK、じゃあこのプリント渡すね。でもいつそのプリントを使って練習しようか?」B君:「う~ん、家でやってくるよ。」先生:「そっかぁ、家でやれるか。じゃあ、宿題にするけどいいかな?」B君:「いいよ、これくらいならやれるから」先生:「よし、では次の問題に取り掛かろうか」このようなやり取りが考えられる、というより実際に私が担当した子供の実例です。B君は10問全部正解できなかったことに悔しさを感じていた。A君は20問解けたし全問正解だった。B君も10問解いて10問正解を目指していた。実は私はこの問題を解く前に時間だけ指定しました。10分間でどこまで正確に解けるかやってみよう、とだけ子供に伝えた。だから10分で20問全部解こうなどと一切口にしていない。ポイントにした所は、10分間で「正確に」解こうということ。つまり正確性を重視したのだ。B君は次の週、「先生!めっちゃ頑張ったで!15分で30問全部解けたで!でもな、4問間違えてん。」と喜んで教室にやってきた。私は30問解けたことを一緒に喜んだ。そして4問間違えてしまったことに関してB君と一緒に問題解決策をまた探した。するとB君は「途中の式をちゃんと書いて見直すようにする」という解決策を考え出した。自分で考えた方法なので進んで書いています。彼が今一番好きな科目は数学だそうです。
2006.07.04
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実際にHPをご覧になられた方も多いのではないだろうか?私も改めて拝見しました。その中で非常に興味を引く部分がありました。それはプロに転向した後、「サッカーが好きですか?」という問いに対して素直に「好きです」と答えられない自分がいた、という部分。代表選手にも選出され、日本チームのリーダーも務め、サッカーを愛するのではなく責務のためのサッカーが彼の前にあった。子供の頃の純粋にサッカーが好きだ、ボールを追いかけることが好きだという感覚は子どもの学習にもあい通じるものがあるなぁと感じたのであります。小学校1年生の子どもに勉強は好きですか?と尋ねると不思議なことにうちの塾では100%に近い確率で「ハイ」という答えが返ってくる。逆に中1の子どもに同じ質問をするとこれまたほぼ100%に近い確率で「イイエ」という答えが返ってくる。一体小1から中1までの6年間で何が起こるのだろうか?一番の違いはここではないか?と思うことがある。それは小1の子どもが何か出来た時、親や周りの人は「よく出来たね~!」といって誉めることが多い。実際に我が塾でも小1に限らず、全学年共に自分で出来たことに対してよく頑張ったね、といって誉めるように指導している。親も同様に誉める。だから子どもは勉強が楽しいものだと思っている。一方、中1の数学において、-14+9=23という答えを出したとしよう。この段階で「なんでこんな問題が解けないの?」となってしまう親が実は多い。思っても口に出さない親は、よく我慢が利くほうではないでしょうか。しかしなんと言って声をかければよいのかわからない、な~んてことないですか?実際にこの手の間違いをする子どもはたくさんいます。大事なことは「23」という答えを導き出したことを認めてあげることです。先生:「23か、なるほどね。どうやって考えたのか教えてよ」生徒:「14に9を足して23にした」先生:「なるほどね。確かに23だね。じゃあ、14の前についているマイナスはどうする?」生徒:「・・・-23?」先生:「-23、いいよ。どう考えたの?」生徒:「出た答えにマイナスをつけただけ」先生:「なるほどね。確かにそういう考え方もあるね。他の考え方がないか一緒に考えてみようか。」生徒:「うん」先生:「例えは良くないけど、お金で考えてみようか。-14は借金が14円ありますよ、という風に考えよう。先生は○○君に14円の借金があります。今、9円返しました。今どんな状況かな?」生徒:「先生がまだ5円借金している。」先生:「ではこれを式に現すね。借金が14円だから-14、9円返したんだから+9、この時点で借金がまだ5円だから-5、つまり-14+9=-5なんだね。」生徒:「・・・」先生:「この考え方はあくまで足し算、引き算の時だけの考え方だからね。」先生:「こういう考え方もある。+と+の時や-と-の時、つまり+6+8や-6-8の時は数字同士を足し算します。そして出てきた答えに共通の符号をつけます。+6+8だったら数字同士足せば14ですね。これに符号をつけるので共通の符号は+だから答えは+14。また-6-8は数字同士を足せば14ですね。共通の符号は-なので-14が答え。逆にお互いの符号が違う場合、例えば-6+8や+6-8の時。お互いの符号は+と-で違いますね。こういう場合はまず大きい数字から小さい数字を引きます。-6+8だと、大きい数字が8で小さい数字が6ですね。これを引き算します。そうすると2になりますね。次に符号をつけるわけですが、ポイントは大きい数字の前の符号をつけます。8の前の符号は+なので答えは+2ですね。では+6-8はどうかな?大きい数字から小さい数字を引きます。次に大きい数字の符号を答えにつけます。8の前は-ですね。よって答えは-2となります。」生徒:「・・・(うん、うんとうなづいている。)」先生:「では、問題を解いてみようか。」生徒:「ハイ。」算数嫌いは何も昔からそうではないんです。実は周りの人が算数嫌いにさせているんです。私も算数が苦手でした。しかし講師になったとき、なぜか数学を指導しろ、と半ば強制で決められました。人に教える立場になって中途半端では教えられないと思った私は中1~中3の問題集を何十冊と解きました。そしたら自信が沸いてきました。出来ないんじゃない、出来ないと困る、という状況になれば出来るもんなんだ。私が体得したのはこのようなことでした。それからは出来ない子供の心境や心理を目一杯に理解しようと心がけました。今現在でもそれは探求しています。終わりはありません。パターン化するなんて馬鹿げたことを考えるのが大人の悪いところなんです。子供は10人いれば10人の理解の仕方があります。パターン化してはいけません。真剣勝負です。真剣な先生に子供はついてきてくれるはずだと思っています。私は少なくともそうありたいと思っています。
2006.07.03
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日曜日は基本的に休みなんですが、期末テストの時期なので、何人ほどの子どもが自習に来るのか楽しみで校舎を開けました。午後1時頃にOPENしたのですが、早速1時30分頃に女の子二人がやってきて勉強していました。途中、男の子もやってきましたが、こちらは4時前には帰宅。女の子たちも5時頃に帰宅。その後6時頃にまたやってきて自習。社会と国語のテスト対策をしていたようだ。期末テストもほぼ終了し、次週からはその結果が返却される。問題の分析を急がなければならないのだが、生憎問題の回収すらおぼついていない。なんという塾だ。子ども以上にもっとテストに対して敏感になろう!そう講師に発破をかけて明日以降の指導にあたります。
2006.07.02
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期末テストが月曜日で終了という学校もあり、明日は日曜ですが校舎を開けることにしました。既に4人の子どもがやってくるという情報も入っており、最後の追込みという感じを私自身も受ける。期末が終われば、いよいよ夏です。夏期講習です。中3にとっては最後の追込みの夏なんでしょうか・・・、飛躍の夏なんでしょうか・・・。人それぞれ目標があるのでそれに向けて何とか頑張るだけというのが本音でしょうか。経営とあわせて考える場合、必ずといって夏期講習を我々は勧める。何か理由付けを考えて勧めようとする。でも必ずといってよいほど失敗する。なぜだろう?10年前の私であれば人のせいにしていた。つまり「責任転嫁」である。今はどうか?別に受ける必要のない子どもが中にはいますよ。しかしそんな子に限って受講するんです。逆に受講しないとダメでしょ!というような子が受講しない。特に3年生はクラブも最後の年で、全国大会などに出場する場合は8月下旬までクラブ活動がある。本格的に勉強を始められるのが9月から。公立高校の入試には欠かせない内申点の1/3が決まっているのにクラブなんだ。実績がどうしても必要な塾ならこの時点で少し見放されたような対応を受けるだろう。3年になったらクラブより受験だろ?という考えの下で指導を行っているからだ。私の考えは何度も言うが、「クラブで燃焼!勉学で燃焼!」遠まわしな表現でしたが、要するに「文武両道」です。クラブで何か生きがいを見つけたのであれば全うさせてやりましょうよ。その後、自分の身の丈にあう学校に進学し、そこでまた生きがいを見つけ、更に進学するならそのとき改めて塾を選べばいいじゃないですか。子どものために失敗しない道を歩ませるのも親の努めですが、自分で生きがいを見つけてそれに向けて子どもが努力することのほうがはるかに子どもにとって財産になることをお伝えしよう。私の知人に東大へ現役合格した男性がいます。出身は九州で、母子家庭という環境の中、東大に合格することだけを目標に勉強に精を出していました。念願が叶って、晴れて東大合格を果たした彼に待ち受けていたのは、目標達成の充実感ではなく、虚しさだけが残ったそうです。何を目的に東大に入学したのか?それはただ単に彼の母親の喜ぶ顔が見たかっただけなのかもしれない、と彼は私にそう話しました。その後の彼は趣味であった麻雀に生きがいを見つけ、雀荘のアルバイトをする傍らでセミプロの雀師のような生活を2年送ったそうです。しかし彼の虚しさは決して満たされることなく、その後大学を中退したのでした。何のための東大入学なんですか?塾は実績のためだけに東大を勧めるんですか?もうそんな時代は終わりましたよ!今は塾生全員第一志望校合格のほうが重みがありますよ。だって保護者も子どもも一番の満足って地域一番校への合格ですか?そうじゃない。第一志望校に合格してこそ満足なんですよ。そのために子どもや保護者と綿密な面談を繰り返しながら「なりたい自分になるための方法」を一緒に考える指導が求められるではないでしょうか?
2006.07.01
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