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春歌の写真を入れてある写真立てが、ついに老朽化してきた。二枚合わせになっている枠部分が剥がれてきたのだ。接着剤で貼り直した。しかし、一度剥がれてしまったもの、再び駄目になってしまう日は近いだろうなぁ。5年かそれ以上使ってきた写真立てなので、老朽化して当たり前だ。しかし、敢えてこの写真立てが気に入って使っている。枠にずらりと、写真に写る春歌を取り囲むように、ベッドメリー・積み木・木馬・ハンガーにかかったワンピース・・・などの飾りが付いた、まるで「春歌の部屋」のようなデザインのこれが、気に入っている。全体的に黒ずんできたし、かと言って拭き掃除しようにも素材上、上手く拭き取れないものだから汚れるに任せるしかないのでいずれは買い換えた方がいいのだけど・・・ 写真立てを直すために、一旦写真を取り出した。むき出しの写真は四隅の背景も見え、その分生々しく・・・臨場感に溢れていた。あの日あの時、まだ「生きて」いて温かかった、春歌の小さくて可愛い頭を撫でた感触(一生忘れることなどない)、機械の音、蘇生を試みるスタッフが4~5人ぐらいいたこと、諦めムードな夫(本心では、生き返ることを熱望していたかも知れないが)、写真を撮ってくれた母、隣室で聞こえる、よその新生児の泣き声・・・それらの記憶が久々に鮮明に蘇り、同時に春歌への想いも久々に強く蘇り・・・涙が暫く止まらなかった。写真に写る、この小さな唇からは、どんな声が聞けたのだろう。開かなかった目で、どれだけ沢山のものを見ただろう。頭の中に、これから先、どれだけ沢山の記憶・・・家族や友達との思い出・・・を蓄えていっただろう。叶わなかったことが、とても悲しく、苦しい。巷では、もうランドセルの広告を目にするようになった。見たくないからと、逃げてはいられない。「4人もの母親」の私が、こんなことで時々激しい悲しみに沈んでいるなんて、ちゃんちゃらおかしい話だ。少なくとも、世間一般はそう言うだろう。・・・と、感情のままに書いてしまったが、また明日からただの「子沢山の母ちゃん」に戻るとしよう。伊吹の運動会である。和樹も同伴、急遽、長男にもほとんど子守役として付いてきてもらうことにした。まだまだ危なっかしいが、結構頼りになる長男、お喋りが半分理解不能ながらも、上手になってきて可愛い盛りの和樹。次男は学校公開日が重なってしまったので、午後、学校に見に行く約束をしたが。皆、大変だけど可愛い子供たち。春歌・・・今夜だけ、お母さんは貴女だけのお母さんになるよ。
2006年10月27日
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昨日19日、伊吹は5歳の誕生日を迎えた。この一年間で、変わったことと言えば・・・・米飯や固形のおかず、ヨーグルトを嫌がらずに 食べられるようになったこと。 同時に、スプーンやフォークでも受け付けられるようになったこと。・(S園限定で)コップの水を少しだけ飲めるようになったこと。 ただし、家では頑として飲まない。・歩く距離が確実に伸びてきていること。・大人への甘え方や表情がはっきりしてきたこと。・ウンチが出ると、「気持ち悪い」と感じるようになったこと。・服を脱ぐのが益々上手になったこと。 ただし、状況を分かって脱ぐわけではないので、困りごとでもある。これからもう少し頑張って(?)欲しいことは、あまり欲を言うつもりはない。ただ一つ・・・・メガネを嫌がらないでかけようよ。なだめすかしつ、メガネを何とかかけさせていられたのは遥か以前のことである出来ることならコンタクトレンズにでもしてしまいたいが、無理なのは百も承知。てか、コンタクトをすんなりと入れさせてくれるぐらいならメガネだって嫌がらない筈だよなぁ。昨日はイオンSCまで、予約しておいたケーキを取りに行き、ついでにBDプレゼントを物色。本当言うと、つい先日まで、プレゼントは別になくてもいいや、と思っていたのだが。伊吹の喜びそうなものと言えば、大体決まってくる。タオル地のようなソフトな肌触りで、振ると鈴などの音がする、赤ん坊向けのオモチャ。既に家にあるもので充分事足りるし、いらないや、と。しかし、昨日突然気が変わった。たまには、年齢相応のものをプレゼントしたい。伊吹には勿論説明書通りには使いこなせないだろう。だが・・・親の欲目というか、わがままと言ってしまえばそれまでだが、5歳という年齢にふさわしい扱いを、たまにはしてあげたかった。そこで、少しでも伊吹が楽しめそうな、少女らしいおもちゃはないかと探し、決めたのは↓これ。振ったりボタンを押したりすると、さまざまなサウンドが鳴る。対象年齢は3歳以上となっており、本来の5歳児には少し幼稚かな?『ふしぎ星のふたご姫』というアニメで、ヒロイン二人が使う何らかのアイテムらしい。「らしい」というのは、私は女の子の間で流行っているものをほとんど知らないから。実を言うと、このおもちゃが『ふしぎ星~』のものだと分かったのも家に持ち帰り、伊吹に手渡した後だった。それまでは何故かキューティーハニーだと思い込んでいた。これではまるで、孫娘の誕生日にプレゼントをリクエストされたが、間違って似て非なるものを買ってきてしまった、おじいちゃんのようである。(おばあちゃんでなく、おじいちゃんというのがポイント)お前は本当に娘を持つ親なのかと、自分を問い詰めたい気分だ。でもさ・・・仕方ないのだよ。伊吹のような「流行に絶対流されない、超マイペースな娘」(あえてそう言おう)しか育てたことがないと。それから、同じくイオン内の「マザーグースの森」というお店で、伊吹にお弁当箱を購入。今まで使っていた、ウサハナのお弁当箱の蓋が割れたためだ。このお店は、木製のおままごと道具や、オリジナルキャラの『ももうさ』(?)のぬいぐるみやドールハウス、可愛い生活雑貨などを扱っており、女の子一色といった感じである。特におままごと道具は必見だ。いつか、こんなおもちゃで一緒におままごとが出来るだろうか?ねぇ?いぶちゃんと、私自身も少女趣味的なものが大好きではあるが、何となく場違いなような、気恥ずかしさを覚える。トミカやプラレールの売り場に行くとホッとするのは何故だろう。やはり、私は「男の子の母ちゃん」に染まってしまっているんだろうな。それはそれで、悪い気はしないのだけど。BDケーキは夕食後にいただいた。既に夕食を済ませ、マイペースに遊んでいた伊吹。再びハイチェアーに座らせられたこともあり、ご機嫌斜め。「もうご飯は済んだのに、一体あたしに何の用なのよ?」と言わんばかりの表情だった。ヨーグルトを好むようになったので、それと同じような食感かと思われる、レアチーズケーキをスポンジの間に挟んだケーキを口まで持っていったのだが・・・ぷい、と、顔を背けて拒絶、撃沈。ヨーグルトに混ぜてみても、駄目。今年こそ、主役としてもケーキを食べてくれるかと期待していたのだが・・・また少しずつ慣らしていこうね。ちなみに、ハッピーベルンは出る音が楽しいらしく、ヘラヘラキャッキャと笑いながら遊ぶ姿を見ることが出来た。まあ、顎にコツコツを当てたり、空き箱を舐めたりと説明書に記載されていない新しい遊び方もしたが。制限時間内に沢山ベルの音を出すというゲームなども出来るが、単純に音が出、LEDランプが綺麗に光るおもちゃとして、買って正解!だったかな?また、和樹も同じくハッピーベルンを気に入り、伊吹から取り上げては遊んでいたことは言うまでもない。ま、とにかく・・・お誕生日おめでとう、いぶちゃん 話は変わり・・・夫が退院しました。今日の朝食で、やっと「形のある」お粥を食べられ、医者に退院許可をもらえたそうだ。・・・いいのか?今日からいきなり通常食で。もっとも暫くの間、通院をしなくてはならないが。本人も、腹痛はほとんど起きなくなり(完全ではないということか)その他自覚症状もなくなったらしい。仕事への復帰は3日後の火曜日。それもいきなり残業つき。確かに、働いてもらわないとどうしようもないが、ぶり返して再入院ということだけは避けてもらわないと。ちなみに入院費は総額13万円。手術は行っていないので、金額としては妥当なのか、どうか。うち、郵便局の養老保険から入院保険45000円が下りたのでひとまず胸を撫で下ろした。あとは民間の保険会社から、いくら下りるか・・・夫から今朝「退院出来るから迎えに来て」と電話があったとき、真っ先に思ったのが「さて、いくら請求されるだろう」だった。夫には申し訳ないけれど。結果的に夫は大病ではなかったのでそんな心配のみで済んだわけで、その点は感謝すべきだろう。何にしても、よかった。ご心配をして下さった方々、本当にありがとうございました。
2006年10月20日

伊吹は、昨日からやっとS園に復帰した。復帰一日目は、10月生まれの子たちのお誕生会。バースデーカードに貼る顔写真は、何日か前に先生がS園にて撮ってくれるのが普通だが、伊吹は休みっぱなしだったので、私が自宅で撮影した。携帯のカメラを「インカメラ」モード(自分の顔側を撮影出来る)に設定しないと、正面からのまともな顔が撮影出来ない伊吹。20回近く撮影しては削除を繰り返し、やっと奇跡的にカメラ目線&笑顔で撮れたのが、これ。否応なしに私の顔も写ってしまうものだから、ボカシ加工(笑)すっぴん&眼鏡&ビールで赤ら顔の私など、お見せ出来たものではない。S園に持っていったところ、好評であった。よかったね、いぶちゃん しかし、この写真だけ見ると、普段はなかなか正面を見ず、視線も定まらないだなんて、誰も分からないだろうな~(?)少しは知的に見えないことも・・・ないはず・・・だよね?お誕生会の日の、先生からのおたより帳のコメント。*カッコ内は注釈「久しぶりの登園でしたが、朝から割とごきげんないぶちゃんでした。“キャッキャッ”と声が出ていました。お誕生会の出し物では、“手をたたきましょう”に合わせて、鈴をリンリン鳴らしてもらいました。(伊吹が自分で鳴らした、ということか?)(バースデー)カードのお写真も“かわいい”と大好評でしたよ。ケーキは、一口はヨーグルトと一緒に口にしましたが、あとは“イヤー”という感じで、残してしまいました・・・。」伊吹、すまん。忙しさにかこつけて、市販のロールケーキ(しかも安物)にホイップ済み生クリーム、それにフルーツを乗せる筈だったのがその生クリームがとてつもなく軽く、ケーキに塗っても塗っても泡のようになり、汚くなってしまったのだ。そんな生クリームの上にはフルーツがきちんと乗せられず、ロールケーキの周りにただ散りばめただけ。単なるロールケーキと果物になってしまった。そんなんじゃ、食べる気も失せるわな明日の誕生日当日には、美味しいケーキを予約してあるからおうちで食べようね。値段も割りと高級なヤツだし。今日はS園から歩いて10分ぐらいのところにある、芋畑でお芋堀りをした。親も同伴なので、今日だけ母子通園である。行きのバギー上ではご機嫌な顔で背筋をまあまあ伸ばしていたが、畑の土の上に座らせられた途端、指をしゃぶって現実逃避伊吹によるお芋掘りではなく、私の仕事となってしまった。だが、大泣きしなかっただけでも成長だろう。帰りのバギーでは熟睡。昨晩6時間しか寝ていないのだから、当たり前と言えば当たり前の状況だった。その後のお弁当の時間になると目がパッチリ冴えたのも、いつものことである。芋は一家庭につき、3キロ近くはあったかも知れない。大収穫和樹の通う保育園でも、今日は「園外保育」として、和樹の“もも組”も近くの公園までお散歩に行った。S園前の駐車場で車の中にいたら、保育園から出てきたもも組の子供たちや先生方が目の前をゾロゾロと歩いてきた。お揃いのカラー帽を被り、和樹は列の後ろの方。隠れようかと思ったが、どんな顔で歩いているのか見たい、という好奇心の方が勝り、見てしまった私とバッチリ目が合い、一瞬ベソをかくような顔をした和樹。「しまった・・・『お母さ~ん』って駆け寄って来るかも・・・」とヒヤリとしたが、すぐに前を向いて散歩続行。よかった・・・遠くなっていく子供たちを見つめ、暫くなごんでしまった。その後、楽しく元気に帰って来られたかな・・・?
2006年10月18日
入院中にも熱が上がったり下がったり、腹痛も治らなかった夫だが今日あたりになって、ようやく良い兆しを見せ始めてきた。食事を今朝から摂れるようになり、さぞ嬉しいかと思いきや「すごく不味い。あんなの食ってれば痩せるわな」と。食事と言っても、米飯などはまだ7分粥か何からしいので、いかにも「病院食」と言う感じなのだろう。まあ、総合病院だし、通常食も期待は出来ないだろうが。そして、土曜日あたりに通常食へと切り替え、上手くいけば退院だとか。11日の入院から約10日・・・長かったような短かったような・・・いや、まだ退院と決定していないので、何とも言えないけれど。朝日新聞の冊子『暮らしの風』に、ちょうど大腸の病気について書いてあった。便の異常を自己チェックする項目や、主な病気、予防対策など。「大腸憩室炎」も載っていて、症状としては「便に血が混じる」ということ。しかし、そんな症状だけでは何とも言えないわな。そして、高齢者に多い病気として大腸憩室炎が載っていた。高齢者ですか。高齢者に多い病気にかかる、42歳の我が夫これからは今まで以上に自己管理に気を付けてもらいたいものだ。私も、妻として出来る限りのことは・・・とは言え、家では同じものを食べているのに、夫だけがすぐに腹を壊したりするのはどうしてか。やはり体質なのだろうか。「退院したら、どこかに夕食を食べに行こうか」と提案したところ、苦笑いしながら「金、あんの?」と入院費の明細を見てから、外食のことは考えよう。
2006年10月18日
11日(水)から、夫が急遽入院となってしまった。先日の日記で「腹痛と熱があるらしい」と書いたが、休み明けの10日、かかりつけの開業医の紹介で行った病院で 大腸憩室炎と診断される。この病状については、例えばここに分かり易く書かれている。また、別のサイトでの説明文を参照すると、>(憩室とは)わかりやすくいうと大腸にできたくぼみです。> ちょうどポリープとは逆の構造です >悪い病気ではありません。>また頻度の多いもので大腸検査をおこなうと>10人に一人くらいに見つかります >原因不明の腹痛で検査をして>けいしつが原因だったということがよくあります。>残念ながらあまり有効な治療法はありませんが>患者さんは痛みの原因を知ることで不安が取り除かれます ・・・ということだ。つまり、大騒ぎするような大病ではない。しかし、これだ!というような治療法も特効薬もない。酷い場合は外科手術を施す場合もあるというが、夫の場合は「酷い」レベルではないのだと思う。病状を軽くする方法として、禁飲食+抗生物質の点滴。現在の夫の治療法が、これである。一昨日ぐらいまで水も飲めなかったのだがその後、水やお茶は解禁となったらしい。栄養剤の点滴のお陰で空腹感は感じないが、料理番組を見ると食べたくなるという。まあ、当たり前だ。で、この大腸の病気だけならともかく、左足だったかな?親指の爪が巻き爪で、化膿している状態。包帯を巻かれ、濡らしてはいけないので、入浴も出来ない。今日は看護師に「その足を絶対に濡らさないようにすれば、お風呂に入れますよ~」と言われていたのだが結局入れたのかどうか・・・先週は伊吹までもが風邪で体調を崩し、酷い時の二日間(熱&鼻水でグズりっ放し)はヨーグルトだけの食事で生きていた。何も食べないよりはマシだが、何が心配って、これがきっかけで、今まで食べられた食事内容が再び食べられなくなるのが一番である。ご飯ものを嫌がって食べず、うどん&ヨーグルトだけという生活がおよそ三日間。昨日あたりから、やっと食欲が戻り、ご飯もそこそこ、量も食べられるようになった。丸々一週間、S園を休んでしまった。明日からの一週間は・・・多分大丈夫だろう。明日はいきなりH学園でのOTとPTだが・・・夫の面倒は、スポーツ新聞と着替えその他を毎日届ける程度なので和樹の保育園の送迎・伊吹の療育と併せても用事そのものは苦にはならない。しかし、である。まだ請求されていないので現実味がないけれど、医療費。そして、仕事への復帰のめど。医療保険には入っているが、黒字になることはあり得ない。今後の予定が大幅に変わってくる・・・否、嫌でも変えなくてはならない、ということを肝に銘じておかないと。あーあ。本当は、伊吹の療育どころではない状況なのかも知れないが、夫も別に生きる死ぬの大病ではないわけだし、かと言って私ものほほんと遊んでいられる筈もないし。とりあえず、報告まで・・・
2006年10月15日
一昨日土曜日は、和樹の保育園の運動会だった。アルバムに写真をアップしたので、お暇な方はこちらをご覧下さいな。どうも、和樹は本番に弱いタイプなのか、上がり症なのか・・・それに加えて、なかなか頑固なところもあり、リトミックの時に他の子とお揃いで着るべき緑色系のTシャツも嫌がって着たがらず、それは練習の時も本番当日も同じだった。(結局、一人だけ他の服を着た状態で参加した)本番に弱くて頑固な性格・・・そう、どこかで見たようなタイプの子だと思ったら・・・次男とよく似ているわ・・・末っ子ということで、最後の最後に良いとこ取りで生まれたんじゃないかと親馬鹿な私たちは勝手に思っていたのだが、やはり蛙の子は蛙ということだろうか。ああ・・・来年、再来年、そして小学生以降の運動会での和樹の様子・・・今からでも簡単に想像出来てしまうではないか。2歳児の今は、多少トロくても可愛さでカバー(?)出来るけれど。ま、とりあえず今回は可愛かったので良しとしよう。・・・結局、ただの親馬鹿ですなさて、タイトルの件だが。夫が、一昨日・・・和樹の運動会当日・・・の朝、「俺、38度の熱があるから(会社を休んで)寝てるわ」と言ってきた。この日、夫は午後からの出勤予定で、運動会は私と伊吹、夫の三人で見に行く予定だった。幸い、長男が中間テスト期間で部活の練習がなく、家にいたので伊吹の面倒を見てもらい、私一人で見に行くはめに終わって帰ってくると、夫も病院から帰宅したばかりの様子。「腹が痛くて熱があり、風邪かと思ったから内科で診てもらったが『よく分からないから外科で診てもらった方がいい』と言われた。でも、もう内科で何時間も待たされてクタクタだから火曜日に紹介された病院に行ってくる。」と、夫。腹が痛い=小腸が炎症を起こしているらしいのだ、内科医曰く。それがどういうことなのか分からないが、夫自身は、あまり消化の悪いものは食べない方がいいだろう、と思っており、一昨日からおじやのようなものや、ヨーグルトしか食べていない。今は38度もの熱は出ておらず、問題は腹痛だけの様子で、食欲自体は普通にあるようで、まともな食事が食べたくて仕方ないようだ。で、そんな私自身はと言うと。昨日の日中から、急に左下の奥歯に、浮くような痛みが出てきた。舌で上から押すようにすると、痛い。痛みは徐々に広がり、夜には口中の左半分がおかしくなってしまった。舌の左端までが痛み、食べ物の咀嚼も上手く出来ない。また、喉も腫れ上がり、溜飲する度に喉が痛む。それでいて生唾が頻繁に出るので、辛い。そう、腫れたことによる痛みだ。それが口中を支配してしまった。今日の朝食は、夫とお揃いのおじやを食べた(笑)おじやの米でさえ、飲み込むのが辛かった。家事は何とかこなせる程度に元気な夫に家を任せ、休日歯科診療所に行ってきた。歯肉炎だそうな。虫歯ではなく、歯茎の炎症。また、噛み合わせが悪いのでそれが負担になっているようだからと、左下奥歯の一部を少し削ってもらった。そして、炎症を起こしている歯茎の一部を切開し、炎症止めの薬を注射器で歯周ポケットに注入して終了。抗生剤や鎮痛剤、歯茎に塗る薬も処方してもらった。その後2時間位は、切れかかった麻酔と未だ腫れが引かない痛みで何もやる気が起きないぐらい憂鬱だったが、帰宅後すぐに飲んだ鎮痛剤が効いてきてからは何とか普通の食事が出来るまで回復した。ま、左側ではほとんど噛めないし、右側でも半分は丸呑みだけど。鎮痛剤や抗生物質は、飲んで丁度2時間ほどで効いてくるようだ。口の中が痛くないって、素晴らしいと、普段は思ってもみないことで感激した出来事だった。しかし、薬が切れてくると、重い痛みが少しぶり返してくるし、舌も未だに大きく動かすと痛い。歯茎の腫れも完璧に引いたわけではない。ついでに、塗り薬はものすごく不味い。かかりつけの歯科でもう一度診てもらうまで、まだまだ油断は出来そうにないな。今回痛んだ奥歯の更に奥に、親知らずが曲がって生えかけたまま出てくるのを途中でリタイアしているらしい。本当は抜いてしまった方がいいと言うが・・・下の親知らずを抜くのは尋常じゃなく痛いと聞いているので、迷う。思えば、歯が痛くて辛い思いをしたのは10数年ぶり。自分では結構丈夫な歯だと思っていたし、現に「歯自身」は丈夫な方かも知れないが、「土台」の方も丈夫でなければ仕方ないことである。歯ブラシや歯磨き粉のCMではないが、「歯周病予防」頑張ろうっとというわけで、病人夫婦とは大袈裟かも知れないが今日は元気な長男や次男をこき使ってしまった一日だった。チビ二人の面倒、買い物、掃除・・・ありがとね、息子たち。私はもう大丈夫そうだが・・・夫。色々と心配である。
2006年10月09日
今から3ヶ月前の7月19日の日記に、ABRの検査結果が中程度の難聴(80デシベル&60デシベル)と出た、と書いた。これは、OTやPTでお世話になっているH学園での診断結果である。この結果を、小児医療センターの耳鼻科で話したところ、「それはおかしい。ASSRという、もっと詳しく調べられる検査で調べましょう」と言われ、その検査をやったのが先月のことだった。そして、今日は診断結果を聞く日。ほとんど暴風雨のような天候の中、行ってきた。病院の駐車場には車が溢れ、仕方なく枠外に駐車。耳鼻科医曰く・・・「とても良い結果が出ましたよ。両耳とも30デシベルぐらいです。検査をする度に、少しずつ改善されているみたいですね」あれ?そんなに何度もこの病院で検査をやっていたか?記憶にないわけだがまあ、とにかく至って正常値ということらしい。重度の知的障害に加え、難聴では、確かにとても辛かった。3ヶ月前にH学園で結果を聞いた時は、「もう何でもきやがれ」と強がってみたものの・・・やはり怖かった。よかったね、いぶちゃん!今日は耳鼻科の後、遺伝科へとハシゴ受診だった。遺伝科の先生は、初めて見る人だった。赤ん坊の時の伊吹を知っている先生ではないので、私としてもあまり打ち解けることが出来なかったというか・・・素朴なオッサン先生で、悪い人ではなさそうだったのだけど。次回は半年後に受診予定。今までは3,4ヶ月おきだったのだが、H学園の小児神経科に定期的にかかっているなら、そちらでほぼお任せすればいいでしょう、とのこと。ちなみに耳鼻科も次回は半年後。ここ何ヶ月か、鼓膜チューブを入れる都合もあり、1ヶ月おきにかかっていたので、間が空くことはとても嬉しい。でも、鼓膜チューブの世話になっている限り、受診がゼロになるということはないだろうな。ところで、私自身の健診について。一昨日、S医院にてもう一度採血されて帰ってきた。1時間待たされて、やったことは採血だけ(;'A`) 来週の水曜日以降に電話をかけ、診断結果を聞くことになっている。何でもないことを祈りたい。
2006年10月06日
先月は一度も日記を書かないという最低記録達成。時間がないわけではなかったが・・・何か色々疲れてしまって。微熱が出たり下がったりの繰り返しは相変わらずだし、伊吹の用事をさぼってしまいたい日もあったけれど、微熱程度で休むのも何だか罪悪感があったし、その後身体がどっと疲れてまた翌日・・・という悪循環。ここ2,3日は熱も出ずに落ち着いている。それだけで、心身共に少しは楽だ。掲示板に書き込みしてくれた方もいたのに、レスが遅くなってしまい、申し訳なく思う。で、その「微熱が続く」という症状。これに加えて後頭部と肩の重~~いダルさ(痛みではない)それも、酷すぎて吐き気を伴う日もある。やはり普通の状態ではないな、と自分でも思ったしかかりつけの内科医にも「市の健診を受けてみたらどうか」と言われたので、長年気後れして行かなかった婦人科検診に先日やっと行ってきた。女性のヘルスチェックというのと、子宮癌検診。婦人科は、伊吹をお産したS医院。もう結構なお歳だろうが、クルクルとよく動き回る様子と患者に対するはっきりした物言いは、相変わらずの先生だ。よく知っている先生ということもあり、癌検診の方は思っていた以上に抵抗感なく受けられた。特に痛みもなかったし。ついでにいうと、エコーに映った自分の子宮が懐かしかった(笑)看護師に身長、体重、採血、血圧を計られ、「上が140・・・ちょっと高いですね」と言われた近頃ずっと微熱があることなどを話すと、「自律神経や甲状腺の方のトラブルも考えられるかもね・・・34歳?厄年だからね~」と・・・厄年とか前厄とか、そういうのは私はほとんど信じていないが、その前に言った「自律神経」「甲状腺」云々はやはり聞き流すことは出来なかった。先生は、当日は特に何も私に言わなかった。「重大な異常があったら、今夜にでもお電話します。子宮の状態は見た限り全く問題ないからね」とだけ。現にその日のうちに電話は来なかったので、一安心。健診から6日後ぐらいだったろうか、先生から自宅に電話があった。「血圧が少し高めなのと、白血球が多めなのが気になるので近いうちにまた来てください」とのお言葉だった白血球の数が、普通なら8500ぐらいのところを9200あったという。詳しいことは何も分からないが。血圧は、確かに140というのは私としては見たことがない数値だ。100もいかない時の方が多かったから。全く動揺しなかったと言ったら嘘になる。それで結局、私は一体どうしたのさ?!と思っても、次回来院して再検査→その結果を聞くまでは、どうしようもない。夫に話すと、やはり少しびっくりしたようだ。「お前、まだ死なないよな~?俺がお前と結婚したのは、俺より長生きするだろうと思ったからだぞ?」と言うので、私が「それだけかい、理由は?」と聞くと「それ以外に何があるんだよ」という素敵なお言葉(`Д´) だが、父親を早くに亡くし、娘を亡くし、その後母親も亡くし、父違いの兄も立て続けに亡くした夫にとって身近な者の死は何よりも見たくないのだろうと思う。内心の動揺を下手な冗談で紛らわせたというのが本当のところかも知れない。と、色々考えていた矢先、夫は会社の人から聞いてきたらしく「白血球が少ないのなら問題だけど、多い分には大丈夫らしいぞ!血圧も、風邪をひいてると高くなったりするらしいな」と何でもない顔をして報告してきたま、白血球については、確かに私も「少ないよりはマシ?」とは思っていたので、夫の話を聞いても特にびっくりしなかった。う~ん、その通り、何でもなければいいんだけどさ。まあ、結果を聞かない限り何とも言えないわな。というわけで、明日からもまた何事もなく一週間が始まるわけだが。月曜になるとまた微熱が出たりするのだ、これが・・・やはり精神的なものなのか・・・?
2006年10月01日
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