2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
日曜日に、肢体不自由児の養護学校で行われた文化祭に行ってきた。自宅から車で40分ぐらいの、埼玉県比企郡という所。住所だけ見るととても遠方な感じがするのだが、割と近いし、道も分かり易い。県(?)のモデル校に指定されており、設備は素晴らしく、とてつもなく広いと聞いてはいたが行ってみてまず駐車場の広さにびっくり。巨大ショッピングセンター並みだ。建物は、確か平屋だったような・・・まあ、広大な敷地を確保でき、肢体不自由児用なのだから縦に長い建物にする必要もないのだろうし。教室は、小学部だけで一体いくつ部屋があるんだというぐらい部屋数が多いが、一クラスが少人数なのでもっともなことだ。文化祭は10時スタートだったが、何だかんだで着いたのが11時だったので、午前中の出し物は一つしか見れず、その後お昼を買って食べ、後は展示物の鑑賞、バザーをざっと見る、それだけで終わってしまったが、出し物と展示物は素晴らしかった。小学一年生の一クラスの出し物で、劇仕立てのものだった。一人一人にセリフが与えられ、お話が上手でない子には先生が一人付き、後ろから代わりにセリフを喋り、フォロー。途中、歌を歌ったり踊ったりするシーンがあり、全員が生き生きとしているのが感じられた。展示物は、全校児童・生徒の作品だった。運動機能や知的レベル(という言い方は失礼かも知れない)に合わせて、クラス単位で作品は色々で中高生の目を見張るぐらい上手な作品はもちろん、肢体・知的障害の重いお子さんの作品も、先生方の真摯な協力で、非常に美しかったり可愛らしかったりするものに仕上がっていた。クラス単位または一人一人の作品に解説があり、出来上がるまでの過程などが書かれていた。中には、粘土や染料などの慣れない感触に強い抵抗を示す子がいたが、少しずつ慣れていき、製作にこぎつけたという子も。バザーは、終了間際に行ったものだから売れ残りばかりで残念。だが、20円でミッフィーの綺麗なぬいぐるみをゲットS園で伊吹のトレードマークになっている、ミッフィーちゃんだ。本人に早速持たせてみたが、唇で少し触れた後、ポイ和樹がその後抱っこしていた。それにしても、卒業生が出店していた場所で手作りクッキーとか買いたかったな・・・早くに売り切れてしまったらしい来年は開会式から見に行かないと。閉会式をちょっと見たのだが、途中、照明をディスコ調(いや、クラブか?)にしてパラパラを皆で踊っていた。車椅子の子も保護者や先生に車椅子をクルクル回され、ニコニコと笑っていた。このパラパラは、学校の名物らしく、閉会式にこのためだけに顔を出した親子もいた(笑)さて、行って来た感想だが、伊吹の居場所はここかも知れないな・・・ということ。学校の雰囲気がとても良かったということもあるが、知的障害児の学校より、ここのような肢体不自由児の学校の方が伊吹には向いている気がする。4歳5ヶ月で初めて二歩以上歩けるようになったものの、目的地に向かって歩行での移動、と呼ぶにはまだまだ言えない程度のヨチヨチ歩きぶりで、S園においても先生方のフォローはありがたいが、他の子たちに運動面で大幅に取り残されているのは決して否定出来ない。ろくに歩けないだけならまだしも、重度の知的障害も併せ持っている分ほんの数歩移動して何かを受け取るとか手を挙げて返事をするとか、簡単な言葉が分かるとか・・・全てが出来ない。いや、出来ないと言ったら語弊があるかも知れない。人の何倍も時間をかければ、ちょっとした真似事は出来るから。先日もS園で先生の真似をして木琴を叩いたり、ペンを持って紙にトントンと書く素振りを見せたらしいし。だが、最低限歩行が出来る子たちの中でこれからずっと過ごすことで、伊吹のためになるだろうかと思う。比企郡の養護学校で、先生の一人と話をする機会があり、「歩行困難なお子さんが知的の養護学校に通い、周囲の歩けるお子さんに感化されて歩けるようになった例もあります」とおっしゃっていた。確かにそういうこともあるだろうけれど伊吹に関してはそういう可能性を待っていては一体何年先になるか分からない、というのが正直なところ。ここはまず肢体不自由の学校に入学し、状況次第で知的の方に転校かな・・・と、最近は強く思っている。とりあえず、来年度から本格的に他の学校も積極的に見学に行ってみようかと思う。今日は小児医療センターの整形外科へ行った。珍しく空いていたようで、待ち時間は30分程度!(最長2時間半待たされたことがある)だが、診察も超スピーディーで、1分足らず装具を着けていてトラブルはないかどうかの確認と、足の具合の診察。前回、「土踏まずが出来れば、装具はやめて(靴の)中敷に替えられるんだけどね」と言われていたが、今回は「アーチが出来始めているね」と言われた。私が見てもさっぱり分からないのだが・・・そうなのかな?だとしたら、すごい成長だ。歩行回数はあまり変わっていない気もするのだが、少しずつ「歩くための」足に変化を遂げているらしい。やったね、いぶちゃん
2006年11月21日

今年5月に、障害者の訪問理容サービスを初めて受けてから今日三度目の訪問理容に来てもらった。初回から、理容師さんはずっと同じ人で、女性の方だ。今日も上手にあやしながら手早くカットをしてもらった。一度目は、伊吹は半分寝ぼけていたのであまり暴れず、まあまあやり易かった。二度目は、少し眠かったのか空腹だったのか忘れたが、すごく不機嫌で大暴れ。押さえつけるのがやっとだった。今回は、休みでずっと家におり(プールの日だったが鼻水がすごいので欠席)、昼食を済ませたばかりですこぶる上機嫌の中の散髪だった。身体に巻かれたナイロンの布が鬱陶しいらしく、それを取ろうと腕を振り回したが、なだめて防げる程度。慣れない感触が大嫌いな伊吹としては、極めておとなしい方。S園の先生にも指摘されたが、前髪が半端に伸びてしまい、丁度瞼に触ってしまう長さだった。そのためか目やにがいつも付いている状態だった。なので、まず前髪をバッサリ。前髪の外側部分、ちょんまげにしている部分も短めにカット。耳の前の髪は、出来ることなら長く伸ばし続けててっぺんで結びたかったのだが、待っていられない。何しろ、伊吹はいつも顔がうつむき加減である。そのために耳の前の髪は重力によって頬にかかり、しかもそういう癖が付いてしまっている。ここは伸びるのを待つのを諦め、顔のカーブに沿って短くしてしまった。で、完成図↓ちょんまげは半端な長さなので、バカ殿のように空に向かって生えているし、耳前の毛もカットしたことにより横にツンツンと跳ねている。一見、美しくも何ともない髪形だが、決して理容師さんの腕が悪いわけではない。頭の形が横につぶれているので、ショートは似合わないと思うし、かと言って流行の髪形にしたくても本人がその気ゼロなので、お洒落な髪は邪魔なものでしかない。なので、最低限「可愛らしく(?)それでいて鬱陶しくない」精一杯のスタイルが、これである。ヘアゴムも、本当は可愛い飾りの付いたものをさせたいのだがそういう可愛いゴムって、すぐに伸びきったりして駄目になってしまう気がするのは、私だけだろうか?だから最近は、何の飾りもない、シンプルなヘアゴムばかり使っている。私もいっぱしのミーハーな人間だから、娘がいる以上、メゾピアノだナルミヤだ、というファッションに少しも関心がないわけではないし、今の季節なら女児用の可愛いブーツにも目が行かないでもない。ブーツかぁ・・・人並みに歩けて、走れるようになることが先だよないや、大体サイズがないし。伊吹ってば、素足だとまだ12センチ程度だし。小生意気で可愛いスカートを履かせたくても、履かせた傍からストリップをされちゃうからなぁと、片っ端から思ってしまうのでミーハーな女親にはなり切れないでいる・・・来週には鼻水が収まっていますように。浮き輪で水上をプカプカする楽しさを見出した伊吹。その感覚を忘れさせないよう、金曜のプールに本当はもっと参加したいと思う、この頃である。
2006年11月17日

このブログを開設して2年が経ったが、今日初めてデザインを変更してみた。タイトルの"Spring Has Come"にちなんだ、春らしいデザインで通そうかと思っていたのだが、それも何となく飽きたので(爆)ここ一ヶ月ぐらいで、和樹が昼寝をしなくなってきた。保育園に行く平日は、決まった時間に昼寝しているので土日祝日の話であるが、昼寝をしないのならそれでもいいかな、という感じ。いや、夕方になると眠くてグズる様子も見られるし、そこで放っておけば多分寝てしまうだろうから、グズり始めると風呂に入れたり片手間に遊んでやったりして何とか間を持たせ、夜の寝て欲しい時間まで起こしておく。今日は頑張って10時頃まで起きていた。もう少し早く寝てくれてもよかったんだがね。あ、写真は今日撮ったものではないのだけど。 上の兄貴たちの悪?影響で、言葉が益々達者になってきた和樹。アニメの主題歌やセリフなんかはいち早く覚える。最近のお気に入りは『忍者ハットリ君』『妖怪人間ベム』『ルパン三世』あと『つるピカハゲ丸』など。そう、CATVで放映中のレトロなアニメ(ベムは最近リメイクされたものだが)のオンパレードだ。家の中だけならまだしも、保育園の中で、ベムのナレーションの一節「彼らはもちろん人間ではない」とかルパンの物真似・・・のつもりはないのだろうが、「ルパ~~ンさんしぇい」などと言い、先生方の笑い(失笑か?)を誘っているらしい。様々なセリフを言うと先生方が笑うので、益々調子に乗って喋っているとか。もも組の中で、和樹は「お笑い芸人志願者」という位置づけをされてしまったようだ。ま、それもアリか先週水曜日、保育園の面談があった。上記のような楽し恥ずかしな話もあったが、「やはり(早生まれで?)少し幼いところがあり、他の子たちからワンテンポ遅れて行動したり、場の雰囲気が分からず一人でふざけたりしてしまう面もあります」と言われてしまったああ・・・確かに、そんなところはあるだろう。次男もそう言ったところはよく似ている。やはり兄弟なんだな、と、嬉しい気持ちでなく考えた。姉の伊吹が障害児ということで、2歳違いで何事もなく生まれ育ってきた(はずの)和樹。1ヶ月健診で医師に「何の問題もありません。順調に育っていますよ」と言われた時の感激は、今もこれからも忘れることはない。だからこそ「この子こそ・・・今度こそは“普通の”子を」という期待は無意識のうちに大きくなっていたのだろう。なので、面談での和樹の「マイナスの話」(←私が勝手にこう名付けただけだが)が少し出ただけで、少しだが動揺を覚えた。前に触れたと思うが、次男も伊吹同様、S園に通っていた時期がある(週に一回のグループ)。言葉が少し遅れていたのと、オムツが3歳過ぎても外れなかった、という理由でだが、後になって、場所見知りが激しい、人よりワンテンポ行動が遅い、など個性的と言うには少々困った点も見られ始めていた。就学時健診の時は、私と離れ離れになった途端に帰る~!!と大騒ぎをして脱走を計り、特殊学級か普通学級か、あわや選択を迫られそうになった(結果的に普通学級でOKになったが)。今は「場所見知り」に関しては、表向きは全く問題ないがテンポが遅い性格(?)は相変わらずで、また、これはまた別の問題だが、「サ行」「ザ行」「ツ」の発音、つまり摩擦音と破裂音が上手く発声出来ず、今学期に入ってから、学区外の「ことばの教室」に週に一回通っている。長男も小学校低学年の時に「学習障害の“傾向あり”」と小児医療センターで診断を受けているし、次男も上記の通り、診断名こそ医師に付けられていないものの実年齢より少々劣った点がある。つまり、うちの子たちは和樹を除き、一人は正真正銘の障害児、残る二人もボーダーライン上に存在するちょっと難しい子たちなのである。これで、もしも和樹まで「何らかの障害の可能性あり」なんて言われたら・・・と考えてしまうことはある。そして、「頼みの綱は和樹だけだなぁ」とも。保育園の面談で先生に言ったように、元気ならば、それが一番。どうか元気に育ちますように。和樹だけでなく、他の3人も・・・ね。ところで伊吹の声が枯れていて、調子が悪そうである・・・
2006年11月12日
今日は、PTとOTの日だった。PTでは、始めに素足の状態で、足の裏へのマッサージや掌でピタピタと叩いて刺激したりした後、小豆が沢山入ったタッパーに素足を入れさせ、ザラザラの感触を味わせた。掌での感触遊びに限っては、乾いた感触のもの(小豆、砂、小麦粉など)はだいぶ慣れてきたが足の裏の過敏は相変わらずで、今日も当初は小豆に触れた途端に足を引っ込め、(;'A`) ←こんな顔で拒絶していた伊吹。しかし、先生が根気強く伊吹の足を持って、触れさせていくうち、次第に大丈夫になったらしい。顔が(;'A`) なのはあまり変わらなかったが、「思っていたほど嫌な感じじゃないかしら」と思ったのだろうか?或いは「ちょっと嫌だけど・・・試しにやってみようかな」だろうか。冒険心、または探求心のような気持ちも最近出てきたような気がする。伊吹は何事にも慣れるまでに、人一倍、いや、十倍以上の時間を費やすのだが、過敏に対しても同じである。今日は、改めて「時間をかけて接する」ことの重要さを感じた。家でも小豆遊び、試してみようか・・・?と思いつつ、忙しさとメンドクサさで明日には忘れちゃったりするんだよなぁ・・・OTでは、いつものように食事療法。献立は、米飯(味なし)・大根と人参の煮物・サツマイモを潰したもの・玉子焼き・ヨーグルト。始めにヨーグルト以外のおかずを食べさせようとしたが拒絶。味のないご飯が嫌なのか?と、ご飯に全てのおかずを混ぜてみるが、それでも駄目。最後にダメモトで、療法士の先生方が昼休みに皆で食べているという、明太子ふりかけを持ってきてもらい、ご飯にかけてみたら・・・食べた。これをきっかけに、お弁当もヨーグルトも完食!始めの拒絶ぶりは何だったんでしょうね~、と先生と笑ってしまった。以前のように、過敏による選り好みという傾向は少し弱まり、ごく普通(?)の好き嫌いのような様子が見られるようになった。何でも構わず機械的に食べていた頃と比べると、それはそれで良い傾向なのだろう。まあ、どちらかと言えば、嫌いなものよりも好きなものが増えていってくれたら、言うことなしである。
2006年11月06日
書きたいことは沢山あったのだが、そんなこんなで過ごしているうちに日にちだけが経ってしまった。・通施協キャンプ通施協とは「埼玉県通園施設協議会」の略。・・・だったと思う。手元に資料がないので(汗)年に一度、県内の障害児通園施設の親子や職員の希望者が集まり、一泊二日のちょっとした旅行をするもの。場所は、埼玉県皆野町の「いこいの村 美(み)の山」という、小奇麗な宿泊施設。シャワー付きトイレ完備、大浴場も綺麗で広い。我がS園からは、うちを含め三家族が参加・・・の予定が、親や子の体調不良で続々とキャンセル、何と、うち(私&伊吹)だけの参加となってしまった。先生は、園長と他二人の女の先生だが、園長以外は日帰り。というわけで、部屋割りも園長&伊吹&私の三人で密なひとときを過ごした。キャンプの醍醐味は、レクリエーションと夜の懇親会(要は飲み会)である。全ての施設の職員が、それぞれ出し物をやった。S園からは、ブラックライトを使ったパネルシアター。会場を暗くし、パネルに青く光る地球を貼り、「小さな世界」の歌に合わせて子供たちなどの絵を貼っていった。他の施設の出し物も、工夫を凝らしたりして大人が参加しても決して飽きない内容だった。正直、レクが始まって間もない頃は、何家族もの団体で来ている施設の人々に圧倒され、「何か、場違い・・・?」とも思っていたが夕方のレクから始まり、夜の懇親会、翌日のレクを経て解散に至るまでに、「来てよかった」という気持ちになった。懇親会で、同じてんかんを持つ子のお母さんと話したり、また、普段接する機会のない子、例えば肢体不自由児の親御さんの話も聞けたし、楽しいのと同時に、収穫は沢山あった。ちなみに、伊吹は懇親会の間、どうしていたかと言うと園長と部屋でまったり・・・いや、寝かしつけてもらっていた他にも寝ない子は大勢いて、先生方に面倒を見てもらっていたそうだ。とてもありがたいことだ。夫に帰ってから話したところ、「来年は家族で参加するか」と言った。その前に、皆に誘いの言葉をかけることを頑張らないとな~。・運動会先月28日、S園の運動会。写真を何枚か撮ったのでアルバムに載せた。天候に恵まれ、運動会日和だったが、当の伊吹は気分が乗らず、目を伏せっぱなし、指をしゃぶりっ放し、グズりっ放し天気が良すぎて暑いというのが第一の原因だったのだと思う。日陰で抱っこしている時は機嫌が良かったので・・・和樹も兄弟として参加、長男も急遽子守役として来た。大玉転がしやお菓子取りなど、和樹が奮闘。地面に立つ気もない、もちろん歩く気もない伊吹を後ろから抱え、黒子状態で参加する私。誰が主役の運動会なのかよく分からなかったが、まあ、無事に終わってよかった。(?)・脳波検査二回目の脳波検査。前回、後頭部の方の脳波に乱れが見られ、てんかんと診断されたわけだが、今回も引き続き後頭部位に乱れあり。ただし、乱れそのものは小さくなってはいるらしい。デパケンの量を再び増やし、様子を見ることになった。現在の血中濃度は65ぐらいで、まあまあ丁度良いぐらいだと言う。医師にも伝えたのだが、前回デパケンの量を増やして暫く経った頃から、夜、寝入りばなの大泣きがなくなった。それまでは、言葉は悪いが、狂ったようにバカ泣きしていたのだ。今では、黙々と機嫌良く遊んでから、パタンと寝付くようになった。薬の効果が現われているということも考えられるだろう。が、夜更かしそのものは、今のところ変化なし。また量を増やしたことで、どう変わっていくか・・・期待半分、不安半分といったところだ。
2006年11月02日
全5件 (5件中 1-5件目)
1