2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
昨日はH学園にて、伊吹の脳波検査予定だった。そう、結局は「予定だった」で終わってしまったのだ。昨日の朝はいつも通りに8時ごろ叩き起こし、朝食を食べさせたが、その後二度寝。脳波検査は午後1時からである。ちなみに、前の晩の就寝時間は午前2時。一時期、宵っ張りとは言え、0時前後には寝るようになっていたがまた最近遅くなってしまった。ご存知の方が多いだろうが、脳波検査は、じっとしておれない子供などは、眠らせた状態で行わないといけない。今回はABR(聴力検査)も同時に行うのだが、こちらの検査は更に「熟睡」状態でないといけないため眠くなる座薬を投与する必要がある。いくら眠剤を投与するとは言え、元が元気一杯だったり薬が効きにくい体質だったりすると、難しい。なので、伊吹も本来は眠い状態で来院しないといけなかった。何度か起こそうと試みたものの、揺さぶられても首をグラグラさせられたまま爆睡を続ける伊吹様。とうとう、早めではあるが11時に無理やり起こし、早い昼食を食べさせ、車に乗せてH学園に出発!到着する頃には元気百倍という感じ。それでも、眠剤を二回投与し終わる頃には流石に眠るだろうと思っていた。確かに効いたことは効いたらしく、だるそうにゴロゴロしたり指をしゃぶったりするのだがそうかと思えば急にケケケ!と笑って起き上がり、何事もなかった顔をして遊び始める。これじゃ、家にいる時と一緒じゃんよ・・・真夜中に眠りにつくまでと同じ過程をたどっている。眠すぎてハイテンションというか、眠気に全身で逆らっているというか。遠慮しないで早く寝て下さい。「車に乗せてドライブしてきたり、ご自由に寝かしつけて結構です」とスタッフの方が言うので、伊吹を抱いて廊下に出た。外来に、S園ほし組のお友達が来ていたので「全然寝なくってさ~」と暫く話をした。間もなくその子の順番になり、別れ際ママさんが「(うちの子の診察が終わった後)いぶちゃんがまだ残っていないことを祈ってるよ」と私に言ったのだが、はい、しっかり残っていましたですよ。その後H学園の近くを車でウロウロしたが、普段は車に乗せるとコトンと寝付くことが多いくせに益々目を見開く伊吹様。どうすんのよ・・・と、こちらが焦ったり怒ったりしたところで、益々眠らなくなるのは経験上よく分かっている。タイムリミットの午後4時半近くまでねばったが、ずーーーっとこの調子(ソーウツ状態?)が続いたので意気消沈して帰路についた。H学園から自宅までは、車で15分近くかかる。で、出発して10分近く経った頃・・・伊吹様、爆睡。どうしよう戻ろうか、でも診察時間も終わりかよウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン! と頭の中がぐーるぐるいっている間に、家に着いてしまった。来週金曜日、検査の再予約。今度は朝一、午前9時である。今の生活ペースなら、ちょうど二度寝する時間なので上手くいけば・・・いくのかな・・・本来、検査結果を聞くために今日予約を入れておいた小児神経科をそのままキャンセルせずに、受診した。昼夜逆転がすごいんです、助けてくだせぇと泣きついたところアタラックスPドライシロップ2.5%という風邪薬に似た薬を処方してくれた。脳波検査の結果次第で処方出来る薬の選択肢も増えるのだが、検査は上の通り・・・なので、とりあえずこの薬で暫く様子を見るようである。効いてくれるだろうか・・・
2006年06月27日

今日はS園の土曜参観だった。夫は仕事が朝から晩まであるので行けず(仕事を休んでまで行くつもりはないようで)、昨年度2月の土曜参観と同じく、実家の母を誘い、伊吹と私と和樹、計4人でゾロゾロと出かけてきた。昨晩も宵っ張りだった伊吹。到着してから朝の集会までは、今にも眠ってしまいそうだったがその後の親子スキンシップ体操をやる頃には復活。先生の補助を受け、上手に「どんぐりころころ」などのリズムなども出来たという。ちなみに、このスキンシップ体操やリズムは伊吹が最も苦手とする分野である。「摩擦される」という感触が嫌い、仰向けにされるのが嫌い。無理やり身体を動かされるのが嫌い。・・・と、嫌いなことのオンパレードなのだ、無理もない。しかし、繰り返し行ってきたことにより、今までは1秒たりともされるがままの状態に我慢ならなかったのが、最近少しずつ我慢出来るようになった様子だ。仰向けでも、10秒かそれ以上は平気になり、摩擦や体操も然り。特に、皮肉だが、私が見ていない時の方がより素直になるらしい。今日も、帰り際、母や先生に「どんぐりもちゃんと出来ていたし、結構おとなしくしていた」と報告を受けた。子供って、そんなものなのかも知れない。私は、朝の集会が終了後に「付き添いでいらしたお母さん方は『行ってきます』をして下さい」と言われたので朝の集会以降の体操やリズム、設定遊びでの様子に関しては全て伝聞で知った限りである。(『行ってらっしゃい』をする=帰れ、の意)設定遊びのテーマは「スライム」。先生手作りのスライムを触ったりして遊ぶ、いわゆる感触遊びだった。乾いた砂や小麦粉、ざらざらしたもの(小豆など)には最近はだいぶ抵抗感が薄れてきたが、相変わらず水分を含んでベタベタしたものは大の苦手。スライムも、その苦手なものの代表格だ。手で触っては(触らせられては)自分の髪に擦りつけ、また触っては髪に擦りつけ・・・と、エンドレスだったらしい。あのー、髪の一部がスライムの糊成分や絵の具やらで結構すごいことになってるんですが?まあいいや。髪がガビガビになっても、服が染まっても、新たな感触に慣れてくれるのなら。・・・って、いつ慣れるんだろうところで、普段通りにママが連れてきた子はほし組では三組。うち、夫婦で来たのが一組。もう一組は、うちと同じく、ご主人が来れずママがパパ代わりに来たという家庭。あとはパパたちが、ぎこちない足取りでS園玄関へと集ってきたのだった。朝の集会は、まず最初にリーダー役の先生が「先生おはよ、皆さんおはよ、今日も仲良く遊びましょ♪」と歌うところから始まる。普段なら、ママたちも自然と声を合わせて歌うのだが、今日は勝手が違っていた。先生と一緒に「先生おはよ♪・・・」と歌うパパなど一人もいない。(少なくとも、声は聞こえなかったな)リーダーの先生の歌声ばかりがよく響いていた。慣れない場所で、いきなり幼児向けの歌など確かに男性は歌えないだろう。我が家の夫が参加していたとしても、絶対赤面モノだろう。その後は、いつもと違い、子供が一人ずつ皆の前に出てその隣に保護者、子供のきょうだいも並び、「○○く~ん」「ハ~イ!」だけに留まらず、「○○くんのお父さ~ん」「ハ~イ」という恥ずかしーやり取りを行わなくてはいけなかった。ちなみに、この時の伊吹は、皆の前で指をしゃぶって「伊吹ちゃ~ん」と呼ばれてもどこ吹く風。睡魔がピークに達していたようだ。和樹は自分の名を呼ばれ、とてもいい返事が出来た。何だかなー『行ってらっしゃい』の後、帰りの集会終了後まで私が何をしていたかと言うと、ご夫婦で来ていたRくんのママを巻き添えにし、和樹を連れて近くの児童館で時間を潰した。久しぶりにお邪魔虫=和樹を連れてのS園は母が一緒とは言え、やはり疲れる。児童館はほどほどに涼しく、部屋に出ていたコンビカーで何とか和樹のご機嫌を取り、迎えの時間まで過ごせた。自宅に帰ってから、母に私がいない間の様子を少し聞いたのだが、こんなことも言っていた。・・・途中、会議室にパパさんたちを集め、園長から挨拶があったのだが、園長曰く「障害というものは、治ることはありません」その言葉の前後までは、私は詳しく聞かなかった。しかし、「パパさんたちに対する」言葉らしいなあ、と思った。「障害は治らない」ということは、普段父親より子供と接する時間が多い母親たちなら今更言われなくとも分かっている、もしくは分かろうとしている場合が多いだろう。父親の場合、母親ほど素直に受け入れられない人は確かに存在するだろう。それは事実だと思う。なので、園長のその言葉は実に的を絞り、的を得た一節だと思った。現に、私の夫は未だに障害児としての伊吹を直視できない傾向にあるから。可愛がってはいるのだが、障害は受け入れたくない、よその障害児者も受け入れたくない。直視出来ない。曰く、「俺はどうしても駄目だ。苦手だ」だそうだ。むしろ、今日の土曜参観も「仕事のため」参加出来なくて胸を撫で下ろしている・・・と思う。ずっと目を背けてばかりでは、いいことなど一つもないだろうに。土曜参観などに積極的に参加している、よそのご主人を持つママさんを羨ましく思う気持ちも若干あるが、伊吹の父親はあくまでも私の夫である。なので、羨ましがったところで仕方ないのだが。・・・とまあ、今まで詳しくは述べなかったが(正直、我が家のダークな部分なため、述べたくなかったのだ)、うちの夫の偏見と葛藤は伊吹が生まれて以来ず~っと続いているのである。遺伝科の医師に、真顔で「治らないんですか?」と訊ねたあの日。表向きに平静を装っていた私に向かって、「お前、何でそんなに平気なの?」と半ば怒って聞いたあの日以来。ブログにも書けないような、偏見むき出しの言葉も未だに言うのだが、正直に書いてしまうと一般の障害児者やその身内、そして私自身の心をも傷つけてしまうため、ある程度までしか書けない。まあ、そんな大げさな言葉ではなく、障害についての知識が乏しいような人なら誰でも言っているような内容なのかも知れないけれど。う~ん・・・このまま永久に、私一人が伊吹のことで孤立奮闘していくのかねぇ・・・と言ったら、夫はきっと「俺だって手助けしてるだろ。伊吹のことで忙しい時には家事を手伝ったり」と答えるに違いない。そういうことじゃないんだがな。暗くなってしまったので、話題変更。伊吹が苦手とすること、というか、無関心なことの一つが写真撮影である。とにかく、カメラに対する関心が皆無。よって、カメラの方に目線を合わせないのが最大の理由。また、近視でもあるし、知能的な意味でも視野が狭いことで自分の周囲僅かな距離のモノでないと興味が沸かない。そんな状態で、目線や顔を、こちらの希望通りに向けてくれる筈もない。そんな伊吹をカメラに収める、私の苦労と言ったらもう床にズザザザーー!!と寝転び、伊吹がフッとこちらを見たその瞬間を狙う。・・・のだが、上手くいかず、ブレまくって心霊写真のようになっているか、はたまた伊吹の目線が見事にタイミングを外れてお馬鹿ちゃんが益々お馬鹿ちゃんに見えるような、虚ろな表情が撮れてしまったりするのだ。だが、昨日の夜のこと。久々に携帯へメールをくれた古い友人に、伊吹の写真を添付して送ろうと、またもや奮闘していたのだがふと思いついて伊吹を私の膝に乗せ、「インカメラ」モード(自分自身の顔を写すのに便利なアレですね)に設定し、携帯の画面を伊吹に向けてみた。すると・・・画面に写った自分と私の顔が気になったのか、ストラップが気になったのか、理由は分からないのだが、突如として大きな関心を示す伊吹キャハキャハと笑いつつストラップの方に手を伸ばし、そりゃもう大変なはしゃぎぶりだった。このチャンスを逃してなるものか!と、激写すること3枚。そのうちの1枚がこれである。ボケているのが難点だが。母に見せたところ、「歳相応の表情をしているね」と言われたがどうだろうか?思い返せば、カメラを向けてはっきり反応を示したのがまだ1歳後半の頃・・・ああ・・・母は嬉しいよ。普通の子なら、2歳~年長頃まではカメラを向けるとVサインやらませたポーズをとったりで、こちらがうんざりするぐらいなのだが。よかったね、いぶちゃん。また出来ること(?)が増えたよ。つーか元に戻ったんだがね下手すると「携帯カメラ」限定なのかも知れないが、まぁいいや。
2006年06月24日
お断り:妊娠中で悪阻の激しい方及び神経質な方は読まない方がいいかもです・・・先日のOTにて、作業療法士さんとこんな話になった。私:「ヨーグルトとか、前は食べていたのに・・・もう暑くなってくるし、お湯やミルク以外の方法で水分補給させないと仕方ないですよねぇ」先生:「ゼリーは・・・?今でも食べませんか?」私:「食べません」先生:「麺なら何でも食べるわけだから・・・いっそのこと、固めのゼリーを麺状に細く切って、箸で食べさせてみるとか」私:「ああ・・・市販のゼリーだと緩くて無理そうですね」先生:「お母さんが手作りしてみては?」私:「う~ん、そうですね」先生:「ヨーグルトも、ご飯を食べられるようになったからご飯に混ぜてみるとか」私:「う~ん・・・すごい光景ですね、それは」先生:「いぶちゃんとは逆に、ヨーグルトは食べるけどご飯は食べられない子が以前いたんですよ。でも、その方法を試してみたら、ご飯も食べるようになりました」私:「・・・試してみます」やってみた。炊きたてご飯に、砂糖入りヨーグルトをトッピング。・・・実に美味そうに食べる伊吹。考えてみたら、育児雑誌の付録に書いてあるような、初期や中期の離乳食レシピにも、何じゃこりゃ~なものが結構あったような気がする。特に、ベビーフードを活用したレシピ。「パンがゆ+桃果汁」だの「鶏ささみ+りんごペースト」だの。うろ覚えだが、絶対そういうゲテモノ離乳食がいくつも載っていた。ヨーグルトあえご飯も、その延長と考えれば左程ゲテモノではないのかも知れないが・・・キモ過ぎて、母ちゃんは味見が出来ないよ。ゼリーは、ジャスコで豆腐の入れ物のようなものに入った「寒天ゼリー」が売っていたので、手っ取り早いと思い、購入。麺状に切ってみようとしたが・・・やはり柔らかくて無理だった。手抜きするな、という啓示だろう。とりあえず、と、ヨーグルトと同じく、これもご飯と混ぜてみた。いちご味ゼリーあえご飯の出来上がりである。ふんわりしたお米の香りに、いちごのフルーティな香りがマッチし、ゼリーのぷるぷるした艶に食指が動かされる。で、またしても歓喜の表情で食す伊吹。味覚があるのかないのか、鈍感なのか敏感なのかさっぱり分からないのだが・・・?S園の弁当に、早速ヨーグルト飯を持たせてみたところ、やはりバクバクと完食したそうだ。徐々にヨーグルトとご飯の比率を、今は約1:4ぐらいのところをご飯の率を少なくし、最終的にヨーグルトだけで大丈夫になるようしたいのだが・・・まだまだ道のりは遠そうである。そうそう、冒頭の方で「お湯やミルク以外の方法で水分補給云々」と書いたが、一ヶ月ぐらい前からトロミをつけたくず湯状のお湯を少しだけ受け付けるようになったのだ。とは言え、食事の間に騙し騙し、一口ずつ飲ませられる程度。二口目は「騙したなぁ~~」と怒って受け付けないもので。
2006年06月22日
先週13日に、学区内の知的養護学校へ見学に行った。早速その日に感想を日記としてアップすべく、途中まで下書きをしたのだが、忙しくなってしまい中途半端なところで終了、今日に至ってしまった。だが、せっかくなので下書きの内容をそのまま下にコピー&ペーストしておく。@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 今日は学区内の知的養護学校の公開日で、朝早く伊吹をS園に預けて出かけてきた。いつもは8時55分頃家を出るところを、40分早く出発。相変わらず朝は大の苦手で爆睡を決め込んでいた伊吹、S園に着いても不機嫌で、結局10時半まで寝かせてもらっていたらしい・・・和樹は逆に、早く保育園に着いたことで、先生の言うことをちゃんと聞けて、私からもすんなり離れることが出来た。いつも早めに来ればいいのだけれど、そういうわけにもいかず。養護学校に到着し、丁度大きい子たち(中学生?)が向こうから私たち見学者の方向にやって来た。「こんにちは!」と笑顔で挨拶してくれた子が数人。何だろう?という表情で見つめてきた子が数人。先生方も印象はとてもよかった。印象と言えば、まず敷地や建物の広さにびっくり。小学部から高等部まで一緒なのだから当然なのだろうがそれにしても広い。それでも、空き部屋は一つもなく、廊下の一角に仕切りを作り、物置にしているほど部屋不足だという。もらったパンフレットに、低学年・高学年などに分けて一日の時間割が書いてあり、普通の学校のそれとは全く異なることにカルチャーショックを覚えた。小学部は、いわゆる国語や算数などの教科は午前中の2時間のみで、午後は「日常生活学習」という時間が大半だ。算数などの教科も、普通の学校が例えば足し算→引き算→掛け算→割り算・・・と順を追って教えるのとは異なり、各児童にとってその時必要と思われる単元をそれぞれ教えるという(ピックアップ学習)。そりゃ、今の伊吹に足し算を教え始めたって、マスターするのに何年かかるか分からないだろうからその学習法を聞いて感心したというか、目から鱗、だった。@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@と、まあ、充実した学校訪問だったということはお分かりいただけただろうと思う。(え)どの子もゆったりと学校生活を過ごしている感じで、昨年度S園を卒園した顔なじみの子二人の姿も見ることが出来、ほんの数ヶ月会わなかっただけなのに一回り成長したように思える彼らを見て、よその子にも関わらず、嬉しくて涙が出そうになった。唯一心残りなのが、給食の内容を詳しく聞けなかったこと。通常食・刻み食・流動食の三択から選べると元・S園の子のお母さんから聞いていたが、今年度から自校式ではなく、業者に頼んでいるとのこと。どう変わったか、変わっていないか、伊吹の母としての私には、少々心配な点ではある。まあ、学校公開日は先日に限ったことではなく、またいくらでも機会があるので、また行ってみようかと思う。
2006年06月21日
続きは今日中に、と書いておきながら、夜は睡魔に勝てませんでしたはて、どうして私はその女の子と会話をし始めて心のバリアが(ほとんど)なくなったのだろう。あとで自己分析をしてみた。全くの他人である、春歌と同学年の女児は私と関わりを一切持たない限り、私にとってはただの「イメージ」でしかない。「春歌と同じ年度に無事に生まれ、今日まで成長した女児」という対象物(あえて『物』と表現する)。だが、一度その子が私に話しかけたりして私との間に少しでも関わりができれば、その瞬間からその子は「ただのイメージ」ではなくなり、一個の人格を持ったよそのお子さんへと変化をとげる。よほど小生意気な口を利くお子サマでない限り、よその子の話し相手になるのは苦ではない私なので、その後は「春歌と同学年・・・」と悶々と思うことなく関わりを持つことが出来る。・・・ということなのだと思う。だから、どこまでいっても単なる「イメージ」にしかなり得ない、例えばTVに出てくる「幼稚園の年長さん」の女の子。来年早々には、新一年生の格好をした子供たちが出てくるビデオカメラや学習机などのCMが嫌というほど流れるだろう。それらの姿を見るのは、きっと辛くて辛くて仕方ない。彼女たちが私に直接口を利いてくることはないのだから。ちなみに、同学年と言えど、男児に対しては例え4月生まれの子でも特に何とも思わない。我ながら勝手だと思うが。また、日常的に接しているよその子、例えばS園の子たち(年長にあたる女児は在籍していないが)にもそういったマイナスの感情は抱かない。言うまでもなく、「春歌と同じ云々」という思い以上に一個の人格と接しているという思いの方が強いからだ。ずっと前に、長男の用事で小学校に行った時、春歌と数日違いで無事に次女を出産した方とその次女に再会し、普通にその子と話をすることが出来た、という日記を書いた。あの時も私の心理は一昨日と同じ状態だったのだろう。また一年以上会っていないので、次にばったり会った時はその瞬間は胸がざわついてしまうかも知れないけれど。長々と無駄に書いたが、何が言いたかった(何を自分に言い聞かせたかった)かと言うと、逃げてばかりでは益々自分を追い込むこともある。時には心のバリアを解いてみよう。・・・と、思ったのだった。よその元気な女のお子さんと、春歌の姿を重ね合わせてしまうその辛い気持ちは生涯消えることはないだろうけれど、気持ちを上手に切り替える大切さを学んだ気がする。
2006年06月08日
春歌を失ってから、私が最も見たくなかった光景。それは、春歌と同学年だということが明らかな女児の姿だった。そして最も明らかに同学年と分かるのは、息子たちが卒園した幼稚園の制服やカラー帽子を見につけた子たち。名札や帽子の色形で、どの学年の何組か、一目瞭然だからだ。何事もなければ、春歌も通うことになったであろう幼稚園。偶然街中で年長の女の子を見かけてしまった時には目が泳ぎ、胸がざわついている自分に気付く。年長の女児とその親が集団で降園しているシーンはもっと見たくない。ごく当たり前、日常のこととして、その子たちを連れている母親たちに私は嫉妬する。逆に、年長以外の子だと分かると、どこかでホッとしている。伊吹と同じ年中の子なら、それはそれで落ち込むこともあるのだけれど、春歌との大きな大きな違い。それは、「伊吹は元気に今日を生きている」ということである。何でもない顔をしていながら、醜い心を抱えた自分は未だに存在する。世間から見れば、私はただの四児の母。恵まれている、贅沢者と思われても仕方ないし、実際にそうなのだろう。だから普段は絶対に言えない胸の内だ。昨日、和樹を連れて皮膚科に行った。アトピーは今はだいぶ落ち着いているのだが、飲み薬が切れたのでもらいに行ったのだった。皮膚科は混んでいて、玄関に一人で退屈そうにしている、一人の女の子に目がいった。息子たちが卒園した幼稚園の夏服を着、年長の名札を付けた女の子。嫌だった。どうして今日来てしまったのか、後悔すら覚えた。しかし、そんなことを言っていても仕方ないので和樹と一緒に待合室へ。ところが和樹は混雑した待合室でおとなしくしていられずグズグズとうるさくし出したので、外に停めてある色々な車を見に行こうと誘い、一旦外に出ることぐらいしか方法が見つからなかった。よほど退屈していたのか、元々人懐っこいのか女の子は私や和樹に話しかけてきた。始めは・・・正直、「話しかけないで」と思った。心臓がざわつき、まともにその子と目を合わせられなかった。けれど、とりとめのない話をしているうちに私の中のバリアがほとんど消えていったらしい。「あたし、年長さんだよ」と女の子が言ったのに対し「うん、○幼稚園でしょ。△組さんだよね?おばちゃんの二人の子が卒園したから知ってるよ」と答えると女の子はエヘヘ、と照れたような笑いを浮かべた。(この問答に関しては少し後悔している。何故なら、幼児を狙った事件が多すぎる昨今、どこで聞き耳を立てている変質者がいるか分からないし私自身も不審者と思われる可能性もあるからだ)えっと、長くなりそうなので一旦切ります。続きは多分今日中に・・・
2006年06月07日
伊吹の昼夜逆転生活は、ここ2,3日でほんの少しだけ元のペースを取り戻しつつある。夜12~1時前後に就寝、朝8時過ぎに叩き起こし、朝食を摂らせてS園に送る途中、少し車中でウトウトすることもあるが、S園に着くと目を覚まし、そのまま帰りまで起きていられる。帰りの車中で昼寝開始。2~3時間寝かせておく。また、昨日・一昨日の休日は、10時前に叩き起こし、日中は元気。夕方5時か6時に昼(?)寝。1時間程度で叩き起こして強引に風呂に入れ(って『叩き起こす』ばっかりだな)、そこで嫌でも目を覚ます。そして就寝は12時~1時頃。・・・という毎日。以前のように、丑三つ時かそれ以降に就寝、S園には昼寝をしに行くのが目的・・・という酷さではなくなっただけでも進歩したと思う。しかし、S園でもお昼の時間前までは完璧に目が覚めず、少しでも放っておくと、床に突っ伏して「だり~」とゴロゴロしているという調子である。S園の嘱託医によれば、伊吹のこうした生活ペースの乱れはやはり知的障害児には時々起こることらしい。そして、やはり薬を使用する以前に試みる方法として、・一日三度の食事のところを、例えばミルクでもいいので もう一回分、食事回数を増やす。・夜、寝床に連れて行く前に、ぬるめの風呂に入れる。・就寝前に温かい飲み物を与える。・朝は部屋に日光を入れ、伊吹の周囲を明るくする。・・・ということらしい。で、全てを実行出来ているかというと・・・就寝前の温かい飲み物、は普段からやっているので良し。食事回数、は、昼寝してしまうので機会を逃している。風呂、は、夕食後に入れてやれば同じことだろうか?部屋を明るく、は、一応やっているうちに入るのかな。というわけで、実行出来ているというか、出来ていないというか。少しはマシになったところを見ると、微力ながら役立っているのかも知れない。今日はS園での個別指導の日で、少しゆっくりめの迎えだった。迎えに行くと、伊吹は手洗い場に先生と一緒にいて、蛇口の水で遊んでいる最中だった。「水を出してあげると、すぐに手を出すんです。その後私の服で拭くんですけど」と先生。おうちでもこんな感じですか?と聞かれたが、家では手を洗うのは嫌いである。と言うか、冷たいもの(食事も)は好きではないと思っていた。砂場にも連れて行ったらしいが、気温が高いせいで暖まっていた砂の感触を嫌がったそうだ。>冷たいもの(食事も)は好きではないと思っていたと書いたが、一週間ぐらい前にS園で伊吹の弁当を温めておくのを忘れてしまい、試しに冷たいまま与えたところ文句も言わずに食べたらしい。この間の遠足でも、ほとんど冷たくなった(出掛け直前にレンジで熱くしていったが)パスタもご飯も食べたし・・・こりゃ、また進歩したと言ってもいいかな?ちなみに、今日の個別指導終了間際に電池が切れたように眠りだし、今は気持ちよさそうに爆睡している伊吹である。
2006年06月05日
全7件 (7件中 1-7件目)
1