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昨年大晦日の日記を、今読み返してみた。・和樹が「だっぶっぶ~?(大丈夫)」という言葉を覚え、指差しでのジェスチャーが上手くなったこと・伊吹が風呂のお湯をゴクンと飲み込むようになった。コップでは飲もうとしないのにということが書いてある。和樹に関しては、今やペラペラお喋り男と化し、その成長たるや目を見張るほどだが、伊吹は・・・風呂のお湯ゴックン・・・変わってないんですけど。でもまあ、ゴックンに留まらず、最近はお湯すれすれに唇を付けて、ブクブクブク~と出来るようになった。誰が何と言おうと、伊吹にとっては大きな進歩なのだ。来年の大晦日は、どんなことを書いているかな?私としては多分、史上最短日記だけど、今年の締めくくりとして書かずにはいられなかった。では皆さん良いお年を・・・元旦早々また書くつもりである
2006年12月31日
何やら意味深なタイトルのようであるが、実はそのまんまの意味だ。そう。大事な思い出の品を紛失してしまった。昨日、和樹を保育園に迎えに行った時のこと。天気が良いので、自転車で迎えに行った。ビニール袋に入った汚れ物を、いつも送り迎えの際に使っている大きなエンジ色の手提げに入れ、その手提げには更にお便りノート(子供の様子について親と先生が記録するものだ)と、園で写してくれた和樹の写真。買ったばかりのもの。手提げ袋は自転車の前籠に入れた。と、ここまでは何の問題もない。後悔その一。帰り道にあるスーパーに買い物しに寄ったこと。それでも買い物後にちゃんと考えていれば失敗はなかった。後悔その二。買った品物を前籠に置き、その代わり手提げ袋を後ろの子供椅子に置き換えたこと。(ちなみに和樹は前の椅子に座っていた)後ろの椅子は一応「荷物置きとしても使える」(取説による)が、「椅子」の形は変えることは出来ない。つまり、本来乗せた子供の両足を出す為の隙間は、子供ではなく、荷物を置いたとしても、開いたままである。後悔その三。その、大きく隙間が開いた後ろの籠・・・いや、椅子に、手提げ袋をポンと置いた状態で、自転車をこぎ始めたこと。後悔その四。「そんな風に置いては、落ちる可能性が高いだろう」とはこの時に限って微塵たりとも思わなかったこと。で、家に着いて和樹を下ろし、後部の椅子にある筈の荷物がないことに初めて気付いた・・・魔が差した・・・とは、正にこんな状態?手提げ袋がずっしり重いか、形がパンパンになるほど大きな荷物が入っていた、或いは地面に落とせば絶対に気付くぐらい音の大きな鈴でも付けていた・・・なら、その分紛失する可能性は低くなった。しかし、汚れ物はほんの数点。汚れオムツも、入園したての頃にスーパーの大袋にギッシリ・・・だった頃と違い、今はゼロ又は一つ程度。スカスカの手提げ袋だった。そんなものを後部の椅子に置いて、起伏の激しい道を自転車で走れば、そのうち地面に落ちてしまう・・・そんなことは小学校低学年の子でも分かること。いつもなら、充分理解している上で、肩から提げるだろう。それをしなかった理由は、きっとこうだ。“今日は”後ろの椅子に置いても、きっと落ちないだろう。落ちても、きっと気付くだろう。どうしてそんな自信が?!と自問自答しようか、とにかくそう思ったらしい、その時の私は。何かなくし物をしたり、車をどこかに擦ったり・・・などミスをする時は、いつもそう。大丈夫な筈がないのに、その時に限って根拠のない自信のようなものがある。正確には自信などではなく、何も考えていないのだろうけど。和樹たちは長男に任せ、すぐに元来た道を辿ってみた。約三往復。時間は既に夕方6時。店などの前の歩道は明るいが、それでも昼間とは違う。全く見つかる気配なく、それでも夕飯の支度や子供の世話のため、一旦帰宅。子供を風呂に入らせ、夕食を一緒に食べ、一通り終わってから再び探しに行ったが、合計五往復ぐらいする頃には寒さで身体がこわばっていた。身体だけの寒さではなかっただろうけど。近くの交番で尋ねたが届けはもちろん出ておらず、遺失物届けを出し、帰宅。翌朝、つまり今日も保育園に行く時にまた同じルートをゆっくり辿ってみたが、目に入るものは全く別の落し物。手袋やハンカチ、ハンドタオル。そして、煙草の吸殻などのゴミ。関係ないものは星の数ほど落ちているのに、私の探しているものは見つからない。何故そんなに必死なのかって?お便りノートをなくしたからだ。はっきり言って、手提げ袋も汚れ物の服もタオルもどうでもいい。手提げは年季の入った安物だし、服も保育園用に買った安物だ。問題は、お便りノート。園での和樹の一日を、担任の先生方が綴った記録ノート。私自身も、先生のコメントへの返事や、家での和樹の様子を楽しみながら書いている。時々ネタが思いつかない日もあったが、そのことで和樹に向かって「ネタがないから何か面白いこと言って」と頼むと、下あごを突き出し、アイーン(@志村けん)のような顔で押し黙ったりして、それだけで面白いネタが出来たり。伊吹のS園のお便りノートは、複写式になっており、切り取った方のページは園で保管してくれているので万一片方がなくなっても問題はないのだが、保育園のはそうではない。なくしたら、それっきり。そうは言っても、入園した頃からの記録を全部一冊に綴ってあるわけではなく、今までのは園で一旦預かってくれていて、親の元にあるのはここ数日分(二週間分ぐらいか)。一年のうちの、せいぜい二週間分の記録。だが、失った記録を復活させることは出来ない。園から買った写真は、ネガがあるのでそれを見て選び直すしか方法がないらしい。見本として置いてあった写真も売りさばいてしまい、締め切りはとうに過ぎているので。だが、買い直すことが出来るだけでありがたい。たかが保育園のお便りノートだが正にお金には代えられないもの。一年の終わりに、記念すべき大ポカをやらかしてしまった。まあ、でも・・・和樹の笑顔が、私の沈んだ気持ちを半分ぐらいは浮上させてくれている、かな・・・そのうちに半分と言わず、すっかり浮かせてくれますように。和樹自身が私の傍にいてくれて、これからの毎日を楽しいネタで一杯にしてくれればそれでいいや。・・・と思うことにしよう。
2006年12月28日
先週14日は、S園のお楽しみ会だった。伊吹の“ほし”組の出し物は『カレーライスをつくりましょう』(タイトルうろ覚え)。どんなことをやるかと言うと・・・子供が両手で抱えられる大きさの、紙製の立方体×子供の数にそれぞれカレーの材料(野菜・塩・胡椒・ルーなど)の絵が描いてある。それらをステージの端にあるダンボール製のお鍋に運び、入れるのだが、運び方は子供によって色々決められている。大半は、二人一組で担架?に材料を乗せる方法。一人の男の子は、S園での昼食時に使っている配膳用のワゴンに乗せて。そして、我が伊吹はと言うと、ウォーカーを使ってお鍋の近くまで歩いて行き、待機している先生に材料“豚肉”を受け取り、お鍋にポイ!・・・う~ん上出来。と、上手くいけばいいのだが、最初の入場のところから気分が乗らず、ウォーカーの内側で床に崩れ落ち、そこを先生に起こされ、また歩き(歩かされ)、またまた崩れ落ち・・・という按配。肝心の「お鍋にポイ」のシーンでは、始めに椅子から立たされた時は気乗りしない様子で焦ったが、何とかお鍋までたどり着くことが出来たもっとも、“豚肉”をお鍋に入れたのは先生。伊吹自身は豚肉に手をちょっと触れただけで、黒子役の先生が代わりに、という格好。全員お鍋に材料を入れたら、お鍋の絵が描いてあるダンボールを一枚剥がし、その下にはカレーライスが!「はい出来上が~り♪」というわけである。それから、お次は私たち親もステージに登場。“材料”を一人ずつ、自分の親に手渡す。伊吹はまたもやウォーカーで私の元に。この時は床に崩れ落ちることもなく、ゴールまで頑張れた『カレーライスをつくりましょう』はここで終わり、第二幕(笑)として「親子スキンシップ」体操をステージ上で披露した。一つ目は、子供を親の膝に座らせ、バスに見立てて身体を揺すってやる『バスに乗って』。二つ目は、子供を立たせ、洗濯物に見立てて身体をポンポン叩いたり「風に揺らされたり」する『せんたくもの』(これもタイトルうろ覚え)。どちらも、土曜日に教育テレビでやっている弘道お兄さんときよこお姉さんの番組からである。見てないけど。スキンシップ体操の時は、伊吹も含めてどの子もとても良い笑顔を見せているので、出し物に取り入れたらしい。親馬鹿の自意識過剰かも知れないが、特に伊吹ははっきりした笑顔を見せてくれる希少な場面だ。だからこそ、先生方も考えてくれたのかも知れないな。なんてね。もしそうなら、この目論見は大成功だリハーサルの時もよかったが、本番では更に楽しさ一杯、嬉しさ一杯の笑顔を見せてくれた伊吹。『せんたくもの』の最後に、子供をギューッと抱きしめるのだが、これは私が一番好きな部分。伊吹を背後から抱きしめ、頬っぺた同士くっ付ける時、毎回毎回、伊吹への愛しさのあまりに泣きそうになる。こんなに可愛い笑顔を見せてくれるこの子には、どんなことだってしてあげられる・・・と思う。ま、歌が終わった途端、また日常に戻ってしまうのだが昼食後は親の出し物。踊りである。昨年同様、二組に分かれ、有名な『アブラハムには7人の子』(正確なタイトル知らん)、もう一組は『おかあさんといっしょ』から『おっとっとのオットセイ』。私はオットセイの方だった。番組に出てくるイラストのオットセイの顔を形取って帽子のように被り、両手にはイラストのオットセイの手を形取って手袋のようにはめた。ステージの中心には「行司」役のオットセイ。そして、全員で番組の通りに「ちゃんこ、ちゃんこ」と踊る。出だし部分で、私たちはお相撲さんの構えの姿勢になり「どすこ~い!」とシコを踏んだのだがその時点で既に先生方などから笑い(失笑?いや嘲笑?)が漏れた。いや、笑っていただけて何よりだが。振り付けは、私は一箇所だけ遅れをとってしまったが後はパーフェクトだったつもり。後で録画したのを見てみると、何だかやる気がなさそうな自分が映っていたのだが、やる気は充分だった。残念だったのは、よりによってこの時期に流行りだした手足口病や、風邪や嘔吐下痢症でお楽しみ会当日に休んでしまった子が多かったこと。それにより、子供の出し物は勿論、親の出し物参加者もだいぶ減ってしまった。『オットセイ』のメンバーも少なくなったし、ほし組の子も一人欠席。時期が悪いのだろうが、一応クリスマス会を兼ねてのお楽しみ会なので、ずらすわけにもいかないのだろうし・・・伊吹と私にとっては、S園での最後のお楽しみ会。泣きそうになるぐらい感動した、親子スキンシップ。何とか頑張れた『カレーライス』。そして親の奇抜な出し物夫も今年は出席し、ビデオカメラを回していたが「いぶちゃん、だいぶ歩けるようになったな」と感激したようだ。頑張る姿をお父さんに見てもらえてよかったね、いぶちゃん。また一つ、良い思い出が出来た。
2006年12月19日
今日は、H学園のPTで、S園のプールはお休みした。朝はゆっくり寝かせ、ゆっくりの朝食の後出かけたので伊吹は絶好調最近は、足の過敏を和らげることを重点的に行っており今日はタッパーに入れた小豆に触れることを最初にやった。先生の膝に座った姿勢で、始めは脛に小豆をパラパラ。少しずつ足の裏にも小豆を触れさせ、慣れさせていった。伊吹にとっては、「大人の膝に座る」のが最大のポイントらしい。一人で床に座らされると、怖いのか不安なのか(両方か?)たちまち拒否反応を示すことが多い。トランポリン遊びも同じで、直接トランポリンの台に乗るのはアウト。膝に乗っていれば、どんなに揺らされても楽しそう。今日も試しに少し一人で座らせてみたが、それまで余裕の顔をしていたのに急に眉をしかめ、居心地悪そうにした。(でも泣きはしなかった。偉い!)その後は、元々「暖簾」に使われる、プラスチックの玉飾りのような物を身体に巻いたり触らせて遊ばせた。ちなみに、伊吹の最近のブームは紐関係。この間、充電器のコードを引っ張って携帯の画面にヒビを入れたのもこういう理由からである。ところで・・・来年4月に、市内に新しい障害児デイケアサービス施設が出来る。知的障害児枠と肢体不自由児枠の二つがあり、定員は各30人。 *ちなみにS園は今まで語ってきた通りH16年度(だったかな)から 肢体不自由児の受け入れは行わなくなった。 伊吹が入れたのは「自立歩行出来る見込みあり」という理由で。魅力なのは訓練と外来診療の場が建物内にあるということである。他の売り(?)は、給食あり・送迎バスあり・週一の母子通園以外は親が残る必要なしという点か。ついでに、駐車場は敷地内の他にも近くの民間の場所を借り上げる予定で、スペースは広いらしい。これを聞いた当初は、なかなかいいなと思いつつ、そこに移ろうとまでは思わなかった。「来年には年長だし、就学までたった一年だから」と真っ先に思ったしでも一番の理由は親の自分がS園から離れたくなかったということ。送り迎えの際にも親子で過ごす時間があり、毎日弁当を持たせ、親が手伝いに借り出されることも多い、とても忙しいS園生活。実際それで疲れることが多いがそれでこそ通うことが楽しく、好きだった。もうすっかり、S園を卒園するつもりでいて、卒園の日を思い描いては泣きそうになったことも何度かある。だが、ここ暫くH学園での訓練の予約が上手く取れず、PTとOTの日を別々に取ったり、小児医療センターの外来受診で立て込んでいることも多かったりして、S園を休んでばかりいるうちに、考えは変わってきた。今のまま、訓練&外来とS園を天秤にかけた生活(今日みたいな日が良い例である)をしていて、果たして伊吹にとって良いことだろうか。あと一年間も、歩ける子たちの中で唯一人、先生の手を煩わせていて良いのだろうか・・・と。「(就学まで)たった一年」と思うのは、自分たち大人や健常児から見た感覚に過ぎないのかも知れない。伊吹のように、亀よりスローペースな子にとってはどうなのだろう?一年間“も”運動発達面で取り残されていて、いいのか。確かに、元気に歩いたり走ったりする子たちに揉まれて伸びていく子もいるだろう。だが、伊吹にそれを期待するのは難しいことだ。伊吹は伊吹なりに周りを観察していることは確かだが、「刺激を受けて自分も歩行が上手くなる」時が来るのか、または一体それはいつになるのか、今は全く想像がつかない。ここはひとまず、身体発達面で同じぐらいの子たちと同じスタートラインに立ち、始めから焦らずのんびり頑張ってみるのはどうだろう・・・というのが、新しい施設、それも肢体不自由児クラスへの入園希望を出した理由だ。S園では普段、部屋から部屋への移動などで唯一人ウォーカーを使い、リズム体操でも唯一人さくさく歩いたり出来ないし、言われたこともほぼ100%理解していないので先生の一人が常に介助している。様々な場面で、先生方が頑張ってフォローをしてくれている。とても有り難く嬉しいことなのだが、伊吹に手がかかる分、他の子たちに迷惑が及んでいないか?当の伊吹だって、フォローを受けるにも限度がないか?・・・と、特に最近考えるようになった。小学校は養護学校確定だな、とは療育手帳がマルA判定されてから決めていたが今ではそれも身体障害の養護、と考えを固めている。就学直前の一年間も、この際身体障害の方で伊吹ペースでまったりと、しかしシッカリと過ごさせてやりたい。そう思った。新しい施設への入園希望の申請を済ませ、つい数日前にS園の園長にもその旨を話した。実を言うと、園長には何だかとても言いづらく、担任の先生に始めに打ち明け、その先生を通じて前もって話してあったのだが。園長も「そうですね・・・その方がいぶちゃんにもいいと思います。確かに、寂しい気持ちも私としてもありますが・・・」と答えて下さった。遠慮がちな言い方だったが、そう言ってもらえてよかった。次男と一緒に、5年前の3月にS園の門をくぐってから、本当に色々な思い出が出来た。まだまだお世話になると思っていたのに、急な展開で、気が付けばあと僅か3ヶ月・・・まだ礼を言うには間があるけれど。ありがとう、S園。
2006年12月08日

最近何だか日記が月イチのペースになってきているのはきっと気のせいではないだろう。ネタは沢山あるのだが、いざPCに向かってもやることは家計簿をつけたりオークションを見たりそのうち伊吹や和樹に邪魔をされるので仕方なく電源をOFF(伊吹に電気コードを抜かれることも・・・)。ついこの間は、PCのモニター脇で携帯を充電していたのだが、充電器のコードを元気よく振り回されたかと思ったら「ガーッハッハッハァ」と笑いながら豪快に携帯をデスクにぶつけられ・・・サブ画面にヒビが入りましたとさ。(本当に「ガーッハッハッハ」と笑うのだ、だみ声で・・・)まあ、携帯はもうすぐ機種変する予定だからいいが、そういう問題ではない。そのついでに、モニター脇に置いてあったココアのカップが携帯が当たって落ち、ココアがカーテンに・・・ちなみに、カーテンは二週間ほど前に洗ったばかりだった。とりあえず、次男が誕生日を迎えたことを。今月2日に、次男は9歳になった。プレゼントは、2,3ヶ月前に自転車を買ってやったのでそれでおしまい。まあ、クリスマスが控えているからねぇ。(と、1月5日生まれの私も、子供の頃はそんな感じだった)ケーキは本人のリクエストで、チョコレートケーキ。日曜日以外、毎日スイミングに通い、火曜日は「ことばの教室」に通所し、忙しい次男。背は相変わらず低く、クラスでも一番か二番に小さいし家族で一番痩せっぽち(ああ・・・肉を分けてやりたい)だがスイミングはほとんど休まず通い、現在は10級(最低)から7級にレベルアップ!ことばの教室のお陰で、苦手な発音もだいぶ綺麗になり、また、そのお陰か、自分に自信がついたようで授業中も発言が多くなったそうだ。休日にお互いの家を行き来する友達も出来た(一人だけだが・・・)。勉強はまだまだ言わなきゃやろうとしない時が多いしお世辞にも成績が良いとは言えないが、今のところ授業にも付いていっている様子。精神年齢がまだ実年齢に追いついていないところがまだ心配である。6歳年下の弟・和樹と同レベルで喧嘩するのは、もうやめなされ。でも、ごく最近は、時折「兄貴」らしい雰囲気を漂わせることもあり、少しホッとしている・・・かな。幼い=可愛い、というイメージから、下に二人も妹弟がいる息子の癖に、つい猫可愛がりしてしまいたくなるのだがいつまでもチビじゃないもの。少しずつでいいから、兄貴らしく成長していって欲しい。ことばの教室の日は、他のきょうだい抜きに二人で会話出来る数少ない貴重な時間。このまま綺麗な発音が定着していけば、通所する必要がなくなるし、いつまでも通うようでは問題だけれど今の時間を大切にしたいね。ね?お誕生日おめでとう。他にも書きたいことはあるが、また改めて・・・
2006年12月06日
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