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「彼女は女の子だった ナチ政権下のドイツで。 そういう状況で言葉の力を発見したのはなんとふさわしいことか」 (マーサーク・ズーザック『本泥棒』) (今回は、前回の続きになっていますので、もし読んでいないという方がいましたら、一つ前のエントリから読んで頂ければと思います)『本泥棒』の語り手は「死神」です。この突拍子も無い設定と、その「死神」による、スラスラと流れるような語りというよりは、どちらかというとランダムでゴツゴツとして語りは、最初ひどく戸惑いました。けれども読んでいくうちに、その純粋な一人称でも純粋な三人称でもない不思議な文体が、語られる対象との絶妙な距離感を生み出していることに気付き、全く違和感が無くなるとともに、むしろこの小説はこの語りの形式でなくてはならなかっただろうとまで思うようになってしまいました。一人称や三人称であれば、おそらくこの小説はもっと感傷的でべたべたしたものになっていたでしょう。それがこの形式によって、「優しく突き放す」ような適度にウェットなリアリズムが実現している。またおそらくこの形式は、全知の神のような存在による語りという形式で書かれた19世紀小説のパロディなのでしょうが、19世紀小説の「全知の神」が実のところ作者の化身であるのに対して、『本泥棒』の死神は作者ではない。そのため、作者にすら語りにくいことを、「死神」が代わって語ってくれるということになるのです。本の帯には、『タイム』誌からの引用として「すごみのあるブラックユーモアを使って、一見暗く暗鬱な主題を耐えられるものにしている」という評が載っていて、「暗く陰鬱な主題」を「耐えられる」ものにすることが果して必要なことなのかどうかよくわからないのですが、少なくとも、「死神」でなければ語れないことを語っていることは事実だと思います。何より「死」をその重みをきちんと保持したまま、それでも尚単なる「死」として捉えるという。小説は、主人公の女の子が(盗んだ)本を通じて「言葉」を覚え、「言葉の力」を獲得していくという筋立てになっており、それぞれの章は、そこで重要な役割を果たす「本」の題名になっています。これは本好きにはたまらない仕掛けでしょう。実際、この小説はとにかく本を読む喜びに溢れています。漫然と本を読んでいる日常をもう一度振り返させられるような。ついでに言えば、子供が本を通じて成長していくというのは、とってもジュナイブル的なのですが、それにもかかわらず、物語の最初から、最後はアンハッピー・エンドになることが示唆されており、それがまた物語に緊張感を与えることになっています。もちろんこの仕掛けが無理なく成立してしまうのは、語り手が「死神」であるからに他なりません。 ・・・と褒めちぎってみた訳ですが、実は『本泥棒』を読んでいる間ずっと、こうした巧みさに感心しつつ、一方で何か納得のいかないものを感じ続けていました。それは、なぜこのっマーサーク・ズーザックというオーストラリア人はナチス・ドイツを小説の舞台として選んだのだろうかという疑問です。「訳者あとがき」によれば、作者は最初現代のシドニーを舞台に書こうとしたのですが上手くいかず、ドイツとオーストリア出身の両親から何度も聞かされた2つの話に、「本を盗む」というモチーフを合体させたところ、話ができあがったとか。けれども、前回書いたように、「ナチス」とは何なのかということをグダグダと考えていた僕は、もしその選択が、単に一つの極限状態を設定することで話をもっともらしくするためだけの選択だったらイヤだなあと感じていたのです。確かにベルリン五輪のエピソードや、ヒトラーの誕生日の描写、ホロコーストへの言及等々、物語の背景もとても丁寧に描かれてはいます。でもそれにしても、下手すると世界史の授業のようになりかねない気もして、やっぱこの物語がどうしてもナチスドイツでなくてはいけないのかどうかが納得できなかった。 物語を残すところ後4分の1程度、というところで、突然そのことが腑に落ちました。詳しく書く訳にはいかないのですが、これは単に「言葉の力」について書いているだけではなく、「ことば」による支配に抗するための「ことば」の力について、さらには同時にその無力についても書こうとしているのだと気がついたのです。いや、小説のテーマを1つに絞ってしまうのは危険なことなので、言い換えますと、これが「ことば」をめぐる支配と(しばしば無力な)抵抗についての物語だと捉えることで、僕にはこの小説が一挙に説得力のあるものになったのです。ナチスを「言葉による支配」と捉えること。そしてそれを丁寧に描き出すことを通じて、「言葉による支配」は今もなお、決してなくなってはいないということを示唆すること。現代と歴史的出来事を無理矢理に結びつけるのではなく、一つの歴史的事例を丁寧に描ききることで、そこから現代にも連なるようなテーマを掘りおこしてくること。この小説がしていること(の1つ)はそれなのだと。それはまさに、「ナチス」とはそもそも何かと考えている僕に、何か手掛かりを与えてくれるものでもありました。 そうすれば、上で褒めちぎったような技巧の数々も、単なる技巧のための技巧ではなく、そのテーマを生かすために何より必要な要素に思えてきます。つまり、小説としての楽しみを十分に備えつつ、なおかつその楽しみを通じてさらに多くのものを掬いだしてきている、と。うーん、実に見事です。読み終えたときの充実感は相当なものがありました。小説にはまだまだこんなことが出来る。いや、「言葉」にはまだまだこんなことができる。陳腐な表現になってしまいますが、本当に「全ての本好きに贈る」です。追記:昨夜、ブログを書き終えた後、本棚の奥からH・マウ/H・クラウスニック『ナチスの時代――ドイツ現代史――』(岩波新書)が発掘されました。ひとまずこの本でも読んでもう少し勉強したいと思います。なお、1つ豆知識を。『本泥棒』の冒頭には、「死神」が赤・黒・白の3色について語るシーンがあり、「訳者あとがき」では、その3色がナチスの鉤十字の色でもあると説明しているのですが、『ナチスの時代』によると、そもそも赤・黒・白というのは、1918年以前の帝政ドイツの旗の色でもあり、1918年以後も、それを誇示することが、黒・白・金で出来たワイマール共和国の旗に対する敵意を表現することだったそうです(そしてその敵意を、ヒトラーは利用した、というのが『ナチスの時代』の作者たちの主張のようです)。 ←もしよろしければclickを!
2008年02月27日
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マーサーク・ズーザック『本泥棒』は、本の宣伝文句を見ればすぐさまわかるように、舞台がナチスドイツに設定されています。今年に入ってクラウス・コルドンのベルリン・シリーズを読むことで20世紀前半のドイツに一層の興味を持つようになり、その一方で去年はクリストファー・プリーストの『双生児』やサラ・ウォーターズの『夜愁』など、たまたま第二次世界大戦時を扱った本を幾つか読む機会があった僕としては、その2つがちょうど重なる時期を扱ったこの本に、とても良いタイミング出会えたなと思って最初は手に取りました。小説としての楽しみを期待することはもちろんですが、同時にナチスというドイツ史上、いや世界史上類いまれなる重要性を持った事象について、その同時代的な文脈で考えるヒントが得られるであろうとも思いながら。 さてナチスについて考える際に、しばしば重要なのが、ナチズムというものが何故実現してしまったかという問いです。これはつまるところ、以前書いた「ワイマール期」の評価にも関わることで、実際クラウス・コルドンは、1919年の王制廃止に始まる一連の事態が、ナチスの台頭を阻止するべきであった筈の勢力を分断してしまい、その結果として1933年にヒトラーが政権を取ることを許してしまったと考えているようです。いやそこまで楽観的ではないかもしれませんが、少なくとも組織立った抵抗運動が出来なかったということは強調しています。だからこそ彼は『ベルリン1919』と『ベルリン1933』を書いた。 多少(僕が)単純化してしまっているにせよ、ともかく、反対勢力がきちんと結集していればナチスを阻止できたかもしれないという、それなりにポジティヴなこの観点に対して、もっと徹底的にネガティブな観点ももちろんあります。例えば歴史家のホブズボームは、以前にも紹介したLondon Review of Books(vol,29, no.16)のエッセイで、ワイマール政府が、ナチスではなく、もっと伝統的な保守政権によって取って代わられたほうがまだ良かったかもしれないという議論に対して、それは「ヒトラーの台頭を、包括的な反ファシスト連合によって防ぐという展望と同じくらい非現実的だ」と指摘し、さらに続けてこう書いています(下手な翻訳ですが許して下さい)「右派であれ左派であれ中道であれ誰一人として、ヒトラーの国家社会主義という、それまで誰も見た事が無く、その目的は理性的に考えると想像もつかないようなものであった運動を見定めるための現実の基準を持っていなかった、というのが事実である」 これはこれでなかなかに陰鬱な凄みを持った主張です。同じような見解を、文化史家のスチュアート・ヒューズが書いた『大変貌』の中にも見つけました。ジュゼッペ・アントニオ・ボルゲーゼという歴史家がこんなことを言っているそうです。「一世紀以上ものさまざまな予言の時代の間にも、一人の予言者も……ファシズムのようなものを想像しなかった。来るべき未来のうちには、コミュニズムやサンディカリズムやその他諸々はあった。アナーキズム……戦争、平和、大洪水、汎ゲルマン主義、スラヴ主義はあった……。だが、ファシズムはなかった。それは誰にも意想外に出現した……」こうして見ると、ナチズムがなぜ登場したかについて考えることは、そのままナチズムそのものについて考えることにつながるということになります。しかしここまで来て、僕は立ち止まってしまうのです。ナチズムについて考えるためにヒントと最初に書きましたが、ではそもそも、その考える対象そのものについて一体僕は何をどこまで知っているのだろうかと。教科書的な知識は一応あるつもりです。ハンス・リヒターの『あのころはフリードリヒがいた』やフランクルの『夜と霧』といった「定番」は読みました(ただ『アンネの日記』は読んでおらず、『本泥棒』の宣伝コピーが『アンネの日記』+『スローターハウス5』となっていたので、慌てて『アンネの日記』も買うだけは買いました)。ランズマンの映画『ショアー』も観たし、それと同時期にプリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』も読みました。去年は偶然に、河島英昭『イタリア・ユダヤ人の風景』という素晴らしい本に出会い、その流れでかねてから読もうと思っていた徐京植の『プリーモ・レーヴィへの旅』も読むことも出来ました。 しかし、実のところ、こうしたものに触れてわかることは、圧倒的なまでの「言葉にならなさ」です。『ショアー』を観た後の感覚は今でも忘れません。何というか、自分が普段生きているのとは全く関係のない世界に一人投げこまれてしまい、その世界では誰ともコミュニケーションが出来ないし、かといってその世界について現実に周りにいる人に話そうとしても、どういう風に話したらよいのかさっぱりわからない・・・という。とにかくたまらなく淋しくて、その日はずっと誰かに何かを話をしたかったのですが、どうせ話しても通じないだろうなあと思いつつ結局何も話せずじまい。比べるのもおこがましいですが、その後で読んだプリーモ・レーヴィの本では、強制収容所から帰還した人々が、そこで起ったことが余りに信じ難く、また言葉にすらならないので、その経験を誰に話しても信じてもらえないだろうと考えたという話が書いてありました。そして徐京植の『プリーモ・レーヴィへの旅』に詳しく書いてあるように、アウシュビッツからの生き残りであるプリーモ・レーヴィは、それでもなお強制収容所について書き続けたものの、ある日身投げをしてしまうのです。ホロコーストは、そうしてひたすらに理解されることを拒もうとし続ける。 そしてさらに言えば、こうした「言葉にならなさ」にしても、さしあたり「ホロコースト」に限ったことであって、ナチズム全体についてではないのです。つまり「ホロコースト」について仮に何かをつかんだとしても、それを生みだしたナチズムについては、まだまだ全然手が届かないということ。「ホロコースト」というのが、ナチスが行った想像力を絶するようなことの1つであるのは確かです。でもそれがナチスの全てではない。アドルノが論文「文化批判と社会」(『プリズメン』に所収)に書きつけた「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という有名すぎる言葉にしても、それが何を意味するにせよ、「アウシュビッツ」という言葉が、それを生み出したもの、そしてそれを生み出したものを支持したもの全てを指しているのは間違いないでしょう。そしてそれこそが、まさに「それまで誰も見た事が無く、その目的は理性的に考えると想像もつかないようなものであった運動」というわけです。しかしその運動の全体について僕が一体どれだけのことを知っているかと言えば、まあ殆どゼロといってよいでしょう。しかしそんな状態で、果して「ナチズムについて考える」などということが出来るのか・・・。今のところ僕に思いつくことは、ようやっとエーリッヒ・フロムが『自由からの闘争』を書いた理由が腑に落ちたとか、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』を今更だけど読んでみなくてはとか、ひとまずそのくらいなのです・・・。『本泥棒』の感想を書くための前置きのつもりだったのですが、すっかり長くなってしまいました。『本泥棒』そのものの感想については、次回に回したいと思います。すみません・・・。
2008年02月26日
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以前、アメリカの古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドの『ダーウィン以来』を読んでいたら、ほ乳類が一生のうちに呼吸する回数はみな同じだと書いてありました。ちょっと驚いて、念のために動物学者の本川達夫さんが書いた『ゾウの時間 ネズミの時間』を確認してみると、やっぱり、殆ど全てのほ乳類は、一生をトータルで見ると同じ回数だけ呼吸し、同じ回数だけ心臓を動かしていて、その呼吸の間隔や心拍数は、体重に比例して変わっていくのだとなっている。つまり小さな動物(そして寿命の短い動物)ほど、それだけ速く呼吸し、心臓を動かして生きているということ。だから猫を見て、のんびりしているなどと思うのは、人間の単なる思いこみで、猫は猫なりに、人間なぞよりはるかに猛スピードで生きていて、むしろ人間の方がずっとゆったりとして生きているということになる。もちろん、これは時計の時間で比べるからそういうことになるのであって、むしろ猫と人間は、比べるのもバカバカしいほどに、違った時間の中を生きていると言ったほうがいいのかもしれませんが。 もちろん、違った時間を生きているのは、動物だけではないでしょう。呼吸の間隔や心拍数はそれほど違わないかもしれませんが、同じ人間でも、子供と大人では、違った時間を生きているだろうと思います(「子供の時間」なんて言い方をよくしますね)。もっと言えば、時間の違いは子供と大人だけでもない筈。以前、インドネシアを旅した人のこんな話を聞いたことがあります。彼が田舎を歩いていると、とてもゆったりしたペースで農作業をしているお婆さんたちを見かけ、普段は自分でも農業をしている彼は、そのペースなら簡単についていけると思い、作業に参加したそうです。けれども、いざ参加してみると、作業はものすごい速さで進行していて、彼は全くついていけなかった。相変わらず、お婆さんたちの作業はゆったりのんびりに見えるのに。 よく、どこそこでは時間がゆっくり流れているなどといいますが、簡単にそういうことを言ってはいけないのだと、その話を聞いて思いました。速いとかゆっくりとかではなく、そういうところでは多分、流れている時間の種類が全く違うのだろうし、そもそも同じ速さの基準で比べることができないのだと。 以前このブログでもちょっと名前を出した森田裕子さんの書いた『内側の時間――旅とサーカスとJ・L・G』という本を読みながら考えていたのはそんなことでした。森田さんは、以前フランスのサーカス学校に留学して、サーカスの研究をし、そして日本に戻った後に『サーカス そこに生きる人々』を書いた人で、彼女はそれからしばらくして、またフランスに行き、今度はサーカスを手伝いならが、一緒に旅をして生きていく生活を始めました。『内側の時間』はそのことを綴った本です。題名にも「時間」という言葉が使われているように、森田さんはサーカスに流れている、別の「時間」にこだわります。それはショーが行われている間に流れている「曖昧な」時間のことだけではありません。キャラバンで巡業していくサーカスのカンパニーは、日々の生活そのものが、独自のテンポで動いているし、ヨーロッパ中を旅するキャラバンは、行く先々で違う時間に出会う。「内側」の時間というのは、ショーの「内側」であり、またショーを演ずる人の「内側」なのだけれど、森田さんはショーの「外側」の時間も随分強調しているように見えます(巻末には森田さんが撮った何枚もの写真が収めてありますが、ショー自体の写真は一枚もないのです)。 森田さんはさらに、そうした違う「時間」を生きることの難しさについて、主にサーカスと文化政策の関係を通じて、所々で考察を展開しています。残念なことにこの考察の部分は、抽象的なのに舌足らずで非常に読みにくく、ときに単純すぎで、あまりほめられたものではありません。ただ少なくとも、違った「時間」を生きることが、フランスであれどこであれどんどん難しくなっているように感じるのは確かだと思います。もちろん日本でもそれは同じこと。違う時間が流れる違う場所には、多分違う言葉があって、違った人間関係がある筈で、違う時間が難しくなっていくということは、そうしたものも難しくなっていくということだから、それは考えてみればひどく息苦しく、そしてひどく寂しいこと。いや、本当は寂しがっているだけではいけないのでしょうけれど。
2008年02月23日
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確か一昨年の11月くらいだったと思うのですが、関口義人『ジプシー・ミュージックの真実』という本を読みました。ルーマニア、マケドニア、ブルガリア、ハンガリー等々、東欧諸国を巡って、それぞれの国のジプシー(ロマ)とジプシー音楽について説明するという内容の本。そのずーっと前に、クストリッツァの映画『アンダーグラウンド』を観て衝撃を受け、思わずファンファーレ・チォカリーアのアルバムとゴラン・ブレゴヴィッチのアルバムを一枚ずつ買ってしまいつつも、その後はジプシー音楽のCDを買うこともなく、クストリッツァの映画『黒猫・白猫』やトニー・ガトリフの映画『ラッチョ・ドローム』『ガッジョ・ディーロ』なども見逃してしまった僕としては、改めて東欧のジプシー音楽と出会い直さなくては!と思い、関口さんの本を手に取ったのでした。 そして本はまさに期待通り。文章自体にはやや不満が残ったものの、それを補って余りある丁寧で豊富な説明には大満足でした。ジプシーが元々インドの辺りから旅を続けて東欧の方にまでやってきたこと、そしてその行く先々でその地の音楽に影響を与えて来たことなどはぼんやりと知っていたのですが、そのインド発祥説にも疑義が呈されていることや、東欧のジプシーと一口にいってもその辿って来た歴史も、そしてもちろん音楽も、国によって、さらには一国内の地域によっても全然違うこと等々、全く知らないことばかり。安易に「東欧のジプシー音楽」等とひとくくりにしてはいけなかったという訳です。もちろん東欧以外にも「ジプシー音楽」はあって、それらもまた実に雑多であることは言うまでもないありません。 本を読んだ後、巻末に紹介されているCDを何枚か買い、いつの日か関口さんのように生で演奏を聴きたいなあとか、やっぱりガトリフの映画は何としてでも観ないとなあ、などとぼんやり考えつつそれから1年。映画『ジプシー・キャラバン』公開を知り、これは何としてでも観に行かなくてはと思い、早速劇場に足を運んだ次第です(そういえば今年になって劇場で映画を観るのは初めてだ)。 映画は2001年にアメリカで行われた、ジプシー音楽のコンサート・ツアー(そのツアー・タイトルが『ジプシー・キャラバン)の様子を記録したドキュメンタリー映画です。コンサートの出演者はルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークフ、マケドニアの「ジプシー・クイーン」ことエスマ、インドのマハラジャ、スペインのアントニア・エル・ビバ・フラメンコ・アンサンブル、そしてルーマニアのファンファーレ・チョクルリーア(CDと日本語表記が異なりますね)。 映画の半分はツアーの様子ですが、ツアーの映像の合間合間に、ツアー後に収録されたそれぞれのミュージシャンの出身地の映像やそこでのインタビューが挟み込まれます。その編集はなかなかのものだし、何よりミュージシャンたちの言葉や行動は、ツアー中でも地元でもとても魅力的でとてもおかしい。なので音楽に全く興味が無い、という人には辛い映画かもしれませんが、ジプシー音楽にさほど親しんでいない人でも楽しめる作りにはなっています。というか、ジプシーの迫害の歴史や、彼らの音楽に込められたものについて、簡単なコメントは幾つか聴かれますが、そうしたことについての詳細な説明はあまり無いので、コアなジプシー音楽ファンの人には少しもの足りず、むしろジプシー音楽の入門として最適かもしれません。 僕にとっては、ミュージシャンたちの地元をちゃんと紹介してくれるこの映画を見ることは、関口さんの本と合わせて、自分の頭の中にジプシー音楽の「地図」を作り上げることでした。ジプシー音楽発祥の地(ということになっている)インド、ジプシー音楽と密接な関係を持つスペインのフラメンコ、そして東欧のそれぞれスタイルの異なるジプシー音楽。そもそもジプシー音楽に限らず、音楽は人と一緒に旅をし、そこに音の痕跡を残します。その痕跡を確かめて行けば、そこには1つの「地図」が出来る。以前、知り合いのウード(アラブの弦楽器)奏者に、弦楽器の「旅」の話をしてもらったのですが、それはまさに音楽で地図を描くことでありました。そうした地図をも沢山自分の中で持っていたいと、とてもとても思うのです。もちろんその作業はまだまだ始まったばかり。ジプシー音楽以外にも聴きたいCD、読みたい音楽関係の本は沢山あるのですが、ひとまずやっぱりジプシーの歴史をもっとちゃんとおさえたいなあ。関口義人さんの本もまだまだ他にあるし、『立ったまま埋めてくれ』なんていう切ない題名を持った本も読みたい本リストの上位に位置したまま。何とか時間を作って、読んだ報告をまたこのブログでしてみたいと思っています。 追記:ジプシー音楽初心者がエラそうに何ですが、買ったCDの中で一枚だけ紹介を。ハンガリーのバンド、Romano Dromの『Ando Foro』は、聴きやすいけど、ジプシー音楽の持つ音の緊張感がしっかりと込められている良いアルバムでした。興味はあるけど何から聴いてよいかわからないという人にはぜひオススメ。 ←もしよろしければclickを!
2008年02月20日
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「今日あるがままのザイラを描きだすということにはまたザイラの過去のいっさいが含まれておるはずでございましょう。しかし都市はみずからの過去を語らず、ただあたかも掌の線のように、歩道の縁、窓の格子、階段の手すり、避雷針、旗竿などのありとあらゆる線分と、またさらにその上にしるされたひっかき傷、のこぎりの痕、のみの刻み目、打った凹みといったなかに書きこまれているままに秘めておるのでございます」 (イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』)以前、このブログで『ベルリン1919』を取り上げたときに(「ベルリンの傷跡」)、「痛ましい記憶が傷跡のように残っている」とか何とか書きました。その後、上に引用したカルヴィーノの文章を見つけ、上手いこと書くもんだなあと感心することしきり。僕が書きたかったことを、もっと暗喩的に、かつより普遍的で的確に表現するとこういうことになります(何も記憶は「痛ましい」ものだけではないですものね。さてさらにその後、松山巌『手の孤独、手の力』を用事があって読み返していたら、その中の「河口の舟に視入る影」という短いエッセイに、少し形は異なるのですが、やはり似たような「都市の記憶」についての記述がありました。東京は多摩川の河口にある羽田の町を、松山さんが1975年頃に訪れた頃の話です(尚、羽田市とか羽田町とかいった地名はありません。羽田空港のある辺り一帯のことを指している模様) 何でも羽田空港の駐車場には、神社も無いのに鳥居だけがポツンと立っているらしいのですが、その鳥居について松山さんは色々な「うわさ」を耳にします。やれ鳥居を動かそうとした米兵が痺れたとか、熱を出したとか、はたまた鳥居を動かしたら飛行機事故が増えたので元に戻したとか、とにかくその町の色々な人が色々なバージョンの「うわさ」を教えてくれる。さらに松山さんが調べてみると、この町には他にも昔から色々な「うわさ」が伝わっていて、大正時代には、近くの「味の素」の工場では蛇の粉を使って「味の素」を作っているという「うわさ」まで流れたとのこと。松山さんはそこからさらに筆を進めて、「味の素」の「うわさ」の奥に、工場の排水によって漁師たちが仕事を奪われたという経験を、そして鳥居をめぐる「うわさ」の奥には、進駐軍によって町の一部が接収され飛行場に変えられてしまった経験を見て取ろうとします。もちろん松山さんは、漁師たちが意図的に「うわさ」を流したとか、米兵に対する反感から「うわさ」が作られたとかいいたいのではありません。ただ、工場や進駐軍をめぐって様々に積み重なった複雑な思いが、「うわさ」の中には込められているのではないか、と。そして彼はこう書きます。「戦後にはこのほかにも、羽田では昭和29年(1954)の重油流出事件(東京ガスの二十トンもの重油が海面に流れ、海苔にも大被害を与えた)や昭和39年(1960)の学生闘争、ハガチー事件など数多くの事件が起きている。にもかかわらず、これらのことを語る方は少なくとも私が聞いた範囲ではいなかった。尋ねなければ答えようもない、遠い話のようだ。海を埋め立てたコンクリートが彼らの口を閉ざしている。 しかし厚いコンクリートを剥がせば、羽田の、いやどの町においても呟きが聞こえて来はしないだろうか。ただ、私たちはいま彼らの黙して語らぬことの重さをこそ噛みしめるべきであろう」 エッセイを読み終えて思ったのは、これで1つミステリが書けそうだな、ということでした。いや何も必ずしもミステリである必要はないし、そもそも「厚いコンクリートを剥がす」というのは小説に出来る重要なことの1つだとは思うのですが、ミステリというのはとりわけそれに適したジャンルだと思うのです。トマス・H・クックがやっていることなんてまさにそうした「記憶」の掘り起こしと言えるでしょう。ただ残念ながら、僕は今のところ日本のミステリで、そうした作品に出会ったことはありません。以前触れた芦辺拓の『時の誘拐』はそうした意図を持っていたと思うし、ある土地の伝承を利用するというのであれば、例えば米澤穂信の『犬をさがせ』なんかがそうでした。でもどちらも、上に書いたような重く積もった複雑な「土地の記憶」を掘り出すまでは到底行っていないのです。もちろん僕が単に知らないだけで、きっとどこかにはあるのでしょう。そうした優れたミステリに出会うことを夢見るというのも、それはそれで悪いことではない筈です(そういえば浦沢直樹の『MASTERキートン』の中に、まあまあいい線を行っているエピソードがあったなあ)・・・。追記:なお、上に取り上げたエッセイだけでなく、『手の孤独、手の力』は、同じ「松山巌の仕事」シリーズ『路上の症候群』とともに、とても良い本です。またこのブログで取り上げることもあるかと思いますが、ともかくオススメですよー。 ←もしよろしければclickを!
2008年02月17日
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「歴史的瞬間に立ち会う」とか「その時歴史が動いた」といった言葉を僕は好みません。理由は至って単純。歴史はいつだって「動いて」いるし、私たちが生きている刻一刻が「歴史的瞬間」だと思うからです。「歴史的瞬間に立ち会う」といった発想は、大きな「歴史的」出来事をつないでいく歴史観を根拠にしています。そうした歴史観ももちろん必要ではあるのですが、そうした「歴史的」出来事にしたって、その前後に営まれている日々の生活の積み重ねの上にあるという、別の歴史観も大切にしたい、と。 こう書くと、何だか、以前の「文化史としての歴史小説」と同じようなことを書いていると思われる方もいるかもしれませんが、その通りです。というか、その後桜庭一樹の『青年のための読書クラブ』『少女七竃と七人の可愛そうな大人』を立て続けに読みまして、少し桜庭一樹が持っている「歴史意識」のようなものについてもう少し書いてみたいなと思ったのでした。 読んだ方はご存知の通り、『青年のための読書クラブ』は、都内のとある女子高を舞台にした短編がオムニバス形式で並んでいて、それが全体としてその女子高の100年の歴史を描き出しているという構造になっています。ただ『赤朽葉』とは異なり、基本的に歴史はその高校の中で閉ざされており、高校の外で動いている歴史の流れについては簡単に触れられるくらいです。ですから1910年代から2019年までの100年を扱っているといっても、日本の二十世紀を描く!などという壮大な野心を持っているわけではない。それでも感心してしまったのは、たとえ閉じた世界についてのことであれ、こまごまとした歴史の積み重ねとして「現在」というものがある、という感覚が伺えるからです。これは、大きな「歴史的」出来事と現代とをアクロバティックに結びつけるようなやり方(いくらでも例はありますが、例えば村上春樹の『ねじまき鳥』にもそういう技巧的なものを感じました)よりもずっと繊細な歴史感覚ではなかろうかと思うのです。 『赤朽葉』以前に書かれた『少女七竃と可愛そうな七人の大人』(そういえばこれは「ミステリ」ではありませんでした)の場合は、舞台は現代から動きません。描かれるのは旭川の小さな町の狭い血縁関係。共同体のどろどろした血縁関係を書くというのはミステリに限らず日本の小説の大好きなテーマですが(僕は根拠なく、これは19世紀フランス自然主義の悪影響ではないかと思っています)、桜庭一樹は、そうしたどろどろした血縁関係を描くというよりは、少女七竃が、その血縁関係を知ることを通じて、自分という存在を作り上げて来たものをきちんと見定め、そうして成長していく様を描いているように思えます。単に血縁関係だけにこだわるのではなく、一緒に住んでいる祖父、時々一緒に住む母、そして七竃という3世代のそれぞれの生き方を意識的に比較しているのもおそらくはそういうことで、これもまた歴史意識といって良いのではないかと。実際この「3世代」というテーマは『赤朽葉』にも引き継がれるわけですしね。 そしてつまるところ桜庭一樹は、『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』『少女には向かない職業』等で、殺すか殺されるのかのギリギリのところで生きながら、それでいて(だからこそ?)生の感触が乏しい現代の少年少女たちを描き出した後に、どうすれば今の世の中で、より肯定的な生の感触を取り戻し、誰も殺すこともなく生き延びることが出来るかを考えようとし、それをまず「現代に歴史的に捉える」ことを通じて行おうとしたのだと思うのです。『七竃』『赤朽葉』『読書クラブ』の全てに共通しているのは、過去が常に未来へと開かれている、ないしは開かれようとしていることです。そしてついでに言えば、未来へと開かれている過去というのは、必然的に「老い」という問題とも直面しなくてはいけないのですが、『七竃』や『読書クラブ』のもう1つの重要なテーマはまさにその「老い」。桜庭一樹の少女趣味というか少女好きははっきりしていますが、彼女は少女を少女のままに留めておくことを拒絶します。それもまたもしかすると、歴史と向き合う以上避けられないことだったのかもしれませんが。 こういう筋の通し方をする作家って、いるようでいない気がします。少なくとも僕はそういう現代の日本人作家を殆ど知らない。相変わらずほめ過ぎな気もしますが、僕にはかなり稀有に思えるこの作家を、もう少し読み続けてみたいと思うのでした。うーんまずは『ブルースカイ』と『私の男』を読まなくちゃ、ですね。 ←もしよろしければclickを!
2008年02月14日
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「地図にない場所をさがしたくて 地図ばっかり眺めてた」(知久寿焼『地図にない場所』)「どこに意識をむけても、肉体と意識をもった人たちがうろついているのが見えた。どんな地図にも載っていない情報だ」(スカーレット・トマス『Y氏の終わり』) 言葉と現実の関係というのは、哲学や文学の世界では、昔からずっと最重要の問題の1つです。存在している現実に言葉をあてはめているのか、それとも言葉で認識するから現実が存在するのかという大問題がまずあって、それに関わって、例えば詩人や芸術家といった特殊な人だけが認識できる高次の現実があるという考え(ロマン主義)とか、言語というのは現実に恣意的に対応する記号のシステムでしかないという考え(構造主義)とか、言語は現実に対応しないで勝手に意味を作り出すシステムだという考え(ポスト構造主義)だとか。 いや、こんなことを書いたのは、何も生半可な知識をひけらかすためではありません。今朝読み終えたばかりの『Y氏の終わり』が、まさにこういったことをテーマにした小説だったからです(『Y氏の終わり』はshovさんのブログで知りました。shovさんに感謝!)。何しろ、このお話自体が、人間の意識の世界を飛び回るというもので、主人公はデリダが大好きな英文学専攻の大学院生。そしてその主人公のモノローグや他の登場人物との会話の中では、やれ宇宙の発生はどう解釈できるかとか、相対性理論とはいかなる「物語」かといった、およそ「認識」をめぐる議論が次から次へと出て来るのです。「思考実験」という言葉が小説の中には頻出するのですが、この小説自体、一つの思考実験といってもよいかもしれません。人間の意識の世界というものが存在するとすればそれはどんなものであるか?という。 そもそも小説というのは、高次の現実云々は脇においておくとしても、言葉だけで世界を構築するという特異な性質を持っていて、その点では思考実験にぴったりと言えます。本には書いてあるのは(挿し絵がついていることはありますが)基本的には黒い文字だけ。それなのに、私たちはそれを読んで様々なイメージを作り上げるのですから。おそらく「わかりやすい」とされる小説というのは、そのイメージを作りやすい本のことを言うのでしょう。自分が生きている現実にとても近い世界を描いていればイメージはしやすいし、子どもの本に挿し絵がついているのも、イメージを作るのを手助けするため。でも、到底想像のつかないような世界を言葉で作り出してしまうというのも、小説の大切な1つの役割の筈です。そして『Y氏の終わり』は、少なくとも「意識の世界」という捉え難いものを描き出すということには、結構成功しているように思います。 さて、『Y氏の終わり』を読んでいる最中、急激に普通の「ファンタジー」小説を読みたくなってしまい、ラルフ・イーザウの『ネシャン・サーガ1・ヨナタンと伝説の杖』を図書館から借りてきて、『Y氏』と並行しながら読んでいました。この本は、数年前のハリー・ポッターの大ブームに便乗して雨後の筍のように出版されたファンタジーの1つで、訳者が『ベルリン』シリーズと同じ酒寄進一さんであるという理由で、僕も途中までは読んでいたものです。改めて読みたくなったのは、一応ファンタジー作品(ミステリ仕立てのSF風ファンタジー?)である『Y氏』がどうにも頭を使って疲れてしまうので、もう少しわかりやすいファンタジーも読みたいなあと思ったからでした(どうも僕自身疲れていたようで、『ネシャン・サーガ』を借りてきた数日後に風邪を引いてしまいました。まだ治りません)。実際、『ネシャン・サーガ』はとても読みやすく、『Y氏』よりも先に読み終わってしまい、今は次を読もうと思っているところです。ただ1つ気になったことがあって、それは「わかりやすい」「読みやすい」ファンタジーというのは一体何なのかということでした。 ファンタジーと言っても色々あるでしょうが、基本的には「どこにもない場所」を描いたもの、もしくは普通の世界に「考えられない事」が起こるもの、のどちらかでしょう(『Y氏』はその両方をやっています)。『ネシャン・サーガ』はもちろん、主に「どこにもない場所」を描いたものです。ただその「どこにもない場所」はやけに想像がしやすい。もともと西欧のファンタジーの多くは、アーサー王に代表される中世騎士物語から素材を取ってきていますし、日本のRPGゲームなどがそれを再生産しているため、私たちが剣とか魔法とか竜とかをイメージしやすいのは当然なのですが、それだけではありません。「ネシャン」という架空の世界に出て来る山は、私たちが普通に想像する山とどうも余り違わないし、それは食べ物や服装にしてもそうです。見た事もないような動物や植物も出て来るには出て来るのですが、それも普通の動物や植物を少し加工すればイメージが作れるようなものばかり。何と言うか、基本的に「想像の範囲」で書かれているのですね。さらには、最近のファンタジーの多くがそうであるように(これはゲームの影響もあるのですが)、ちゃんと地図までついている。だから少なくとも読者は主人公たちがその世界の「どこにいるか」はわかるのです。つまり「どこにもない場所」ではあるけれど「地図にない場所」ではない。 それに比べると、『Y氏』で描かれる意識の世界は、少なくとも私たちが通常思い浮かべるような「地図」で描ける世界ではありません(一応その世界なりの法則はあるようですが)。なので主人公たちがその世界の「どこにいるか」はさっぱりわからない。その意味では、『Y氏』の方がファンタジーとしての「純度」は高いのかもしれない(良い悪いは別として)と思っていたのです。そしてついでに言うと、カルヴィーノの『見えない都市』に描かれた数々の都市は、「どこにあるか」がわからないだけではなく、存在するのかしないのかも、もちろんそれぞれの関係もさっぱりわからない、完全に言葉だけで構築された都市で、その意味では最高純度のファンタジーなのかもしれないなあ、と相変わらずちょびちょびと齧りよみをしながら考えたりもするのでした。
2008年02月10日
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今日はちょっと番外編みたいな感じで。 バイト先に新しい古本屋が出来たので、先日あまり期待せずひやかしに入ってみたところ、少なくともいい加減な古本屋ではなく、それなりのこだわりを持ったお店で、何冊か欲しい本が目に留まりました。その時は持ち合わせが殆どなかったので、高橋康也『ウロボロス』にするか寿岳文章『わが日わが歩み』にするか迷った挙句、寿岳さんの本を購入。寿岳さんの名前は、冨山太佳夫の『書物の未来へ』で知ったような気がしていたのですが、帰って確かめてみるとそれは勘違いで、しかも寿岳さんは英文学者であることは確かなのですが、民芸運動などにも関わっていることまで判明し(知らなかったのです)、ウィリアム・モリスと日本の民芸運動とのつながりについての文章まで書いている。そうすると、小野二郎さんの本で名前を知ったのかしらん。いずれにせよ嬉しい誤算でした。それより前にたまたまブックオフで100円で購入したばかりのW・H・ハドソン『はるかな国 とおい昔』の訳者である寿岳しづさんが、寿岳文章さんのお連れ合いであることもWikipediaで知ってますます嬉しくなってみたり。 で、買って返る電車の中や、家に帰って来て珈琲なぞをいれながらパラパラ読んでみたのですが、つくづく思ったのは、ああこういう本は家ではなく喫茶店で読みたい、ということでした。おそらく寿岳さんの本は学問的には殆ど「新しさ」はないのだとは思うのですが、それでも一世代前(二世代前?)の学者が書くようなふるめかしい文章で書かれた短いエッセイの数々はひどく心地よく、そしてこれは、頭をフル回転させてぐいぐいとのめり込むように読んで行く本ではなくて、頭の中に沢山の隙間を作って時々ぼんやりしながら読むような本で、それにはおそらく喫茶店が一番だろうと。 ただ、最近は色々あってそういう時間がとれません。たしか長田弘さんの『風のある生活』という本の中にあった、一日に一回は喫茶店で本をゆっくり読むような時間があるべきだという意見は全くその通りだと思うのですが・・・・。それにしても何故喫茶店なのだろうかと考えてみると、おそらくそこが時間的にも空間的にも「切り離された」場所だからだろうと思います。自分に関わりのある全てのものから、さしあたり距離を取ることができる場所。そうすると頭の中にうまいこと隙間ができるのです。そういう場所って実はなかなか無い。マンガ喫茶もそれに近いですけど、最近はインターネットなんぞがありますので、どうしても外部の世界に「接続」してしまう(開かなければいいだけなんですが)。そうするとせっかくの隙間が本とは関係のない余計なもので埋まってしまうような気がするのです。 後日、別の古本屋で今度はイタロ・カルヴィーノの『マルコ・ポーロの見えない都市』を購入しました。カルヴィーノは高校生のときに『木のぼり男爵』を読んで、何が面白いのかさっぱり判らずに、それ以来ご無沙汰になっていたのですが、『見えない都市』の最初の数頁を読んだだけでその面白さに愕然。そしてこれもまた、寿岳さんの本とは少し違う意味で、喫茶店で読むべき本だなあ、と思ったのでした。隙間が必要な本という意味では同じ。ただその隙間に入ってくるものの密度がすさまじい。寿岳さんの本は、文章の隙間に合わせるように自分の頭の隙間を作って、その隙間自体を楽しむような感じですが、カルヴィーノの場合は、十分な隙間を作っておかないと書いてあることが満足に自分の中に入ってこないという感じ。今度は高橋源一郎のとあるエッセイを思い出しました(書名は忘れました)。彼が作家デビュー前に肉体労働をしていた頃、時々仕事を休んで喫茶店に出かけてモーニングセットを食べながら吉田健一の本を読み、読んでいると余りに多くのことが頭の中に入ってくるので時々窓の外に目を向けてぼんやりしなくてはいけなかった・・・という。 ああ何て贅沢な時間の過ごし方だろうと思いつつ、やはり喫茶店に行く時間は当分作れそうにないので、仕方なく時間の合間にちょびちょびと寿岳さんの本とカルヴィーノの本を読んでいる今日この頃なのでした。カルヴィーノの本については、また触れる機会があると思います。あー、でも喫茶店に行きたい!!追記:冒頭の写真は僕の家のすぐ近くにある、まさに読書にうってつけの喫茶店です。昔は週に2~3回は行ってたのになあ・・・。
2008年02月07日
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香月洋一郎さんという人が書いた『記憶すること・記録すること』という地味だけど素敵な題名の本があります。香月さんというのは確か宮本常一の鞄持ちとして、宮本さんと一緒に色々歩いて回った方で、現在は神奈川大学日本常民文化研究所に属している筈。つまりはフィールドワークを行う民俗学者。その本を読んだのはかなり前なので内容についてもあやふやなのですが、確かどこかの山奥で農業を営んでいたおじいさんが、戦前から戦後にかけて、彼が働きながら見ている風景がゆっくりとゆっくりと変わって行ったという話を引き合いに出して、そういう歴史的な変化(ここでは近代化)がどのように「経験」されたかこそ自分が知りたいことだというようなことが書かれていたように記憶しています。桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』を読んでいて、ふとそのことを思い出しました。 『赤朽葉家の伝説』の舞台は、作者の生まれ故郷である米子市、ないしは、米子の市街からかつてたたら場があったという伯耆のあたりまでを一つの村にぎゅーっと押し込めたような架空の村です(以前このブログで桜庭一樹の生まれ故郷を境港と書きましたが大間違いでした。恥ずかしい)。その村は海から山まで全部詰まっていて、基本的にその海から山へ向けてスロープになっているというか、階段状になっているという設定。ついでに一人目の(そして実質的な)主人公である赤朽葉万葉は千里眼であったりするので、この小説では、彼女の目から見た村の風景、ないしは村の風景の変化がしばしば説明されるのです。三世代に渡るこの物語は1953年から始まり現代で終わるので、おおよそ日本の戦後50年が、1つの地方都市という定まった地点から観察されている(つまり定点観測)といってもよいでしょう。 「近代化」とか「高度経済成長」とか、そういったものに関する教科書的な説明はいくらでも転がっているのですが、それが現実に生きる様々な人々によって様々に経験される様子というのはなかなか捉え難い。それがある程度長期的な変化となると尚更です。もちろん香月さんのような民俗学者や、いわゆる民衆思想史と呼ばれる分野の研究者の人たちなどは、まさしくそういった作業をしているわけですが、実のところ小説というのも、フィクションではあれ、いやフィクションであるがゆえに、そうした経験を捉えるのに最適な方法の1つなのではないかと今回改めて思ったのでした。そもそも考えてみれば、小説はこれまでもそうしたことをしてきた筈で、例えば『赤朽葉家』もそれなりに意識していると思われる、トーマス・マンの『ブッテンブローク家の人々』などはまさに、19世紀ドイツの変化を、1つの家族が四世代に渡って経験したことから捉えようとしたわけです。『ベルリン1919』に始まるシリーズにしても、今度は20世紀前半を、やはり三世代に渡る1つの家族の視点から描こうとしたものですし。 何というか、桜庭一樹という人はつくづく正統的な小説家だなあと思ってしまうわけですが、もう1つ『赤朽葉家』が面白いのは、その歴史変化を描くにあたって、文化史、とりわけ若者文化の戦後史に焦点をあてていることです。日本の戦後文化史というのは、大塚英志のものなど僅かな例外を除けばあまり優れたものがなく、最近になって論文集『オカルトの帝国』や坪内祐三の『1972』とかいった興味深い本も出てきましたが(宮沢章夫の『80年代地下文化論』はぱらぱらっと見た限りではそれほど面白くなさそうでした)、それらは一般的に、時代が限定されているということはさておいても、どうしても東京中心になってしまうのですね。若者文化、とりわけ1970年代以降のそれが全国的な広がりを持っているのはもちろんですが、地域によっては当然タイムラグもあるだろうし、受け止められかたもそれぞれ違うでしょう。獄本野ばらが名作『下妻物語』で書いたように、ロリータを茨城でやるのは東京でやるよりずーっと大変なのです。そういうわけで、鳥取という場所からの若者文化史という意味でも『赤朽葉家』はなかなか楽しめました。特に、どうしても紋切り型になってしまいがちな「高度成長」だとか「公害」だとかの記述に比べ、1980年代の不良文化の描写などは、おそらく作者自身の青春時代とも重なっているせいか、なかなか鋭いことも書いてあるのです。まあ文化史のパートについても、ちょっと年代的に?なところも無いではないのですが、ともかくその心意気やよし、でしょう。 ちょっとほめ過ぎな気もしないでもないので最後に一つ。この小説は、第三部に入って突然ミステリ仕立てになるのですが、果してそれが本当に必要だったのか。「謎」を解く過程で、それまでの歴史がまた姿を変えて現れるくるようであれば、ミステリ仕立てにする意味もあろうと思うのですが、そういうことも(僕が読んだ限り)ないし。桜庭一樹がミステリ好きなだけなのか、それとも東京創元社の意向なのか、わかりませんが、何か付けたしみたいなんですよね。別にミステリが悪いといっている訳ではないですが、無理にミステリにするくらいなら、いっそ全くミステリの要素がない作品をぜひぜひ書いてほしいなあと思います(あ、もちろん桜庭一樹のラノベにはミステリじゃないものもありますよ)。せっかくこんなに書く力があるんだからさ。 ←もしよろしければクリックして頂けると嬉しいです。
2008年02月03日
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先日、イギリスミステリ作家のスティーヴン・ブースが書いた『死と踊る乙女』という作品を読みました。前作『黒い犬』に続くシリーズ第二弾なのですが、人間描写もより繊細になっているし、会話も洒落てきたし、格段にレベルアップしていてビックリ。前作と合わせて、ヨークシャーの風景がますますくっきりしてきたのも嬉しいところです。ただ、今回書きたいのはそのことではありません。 このブログでは、過去1、2回ほど、ミステリ評論家の書く「解説」なるものにケチをつけたことがありますが、今回読んだ『死と踊る乙女』の巻末についた関口苑生さんの解説が、なかなか面白かったのです。内容をごくごく簡単にまとめると、吉田茂元首相がかつて、愛読書を尋ねられて『銭形平次』と答えたことに関して、英国通の吉田茂はイギリス的な風俗小説に当たるものとして『銭形平次』を挙げたのだという中村真一郎の説明を紹介し、その上で、生活や人間を丁寧に描写するイギリスミステリは、『トム・ジョーンズ』やジェーン・オースティンなどのイギリス風俗小説の伝統に連なっているのに対して、アメリカや日本のミステリは謎と論理に特化していってしまった・・・・というものです。 それほど数をこなしている訳ではないですが、僕がこれまで読んできたミステリを振り返る限り、この「解説」はとっても腑に落ちますし(もちろん例外はありますよ)、以前「ミステリの風景」で書いたことも要するにそういうことなのだと思います。ついでに言えば、僕がアメリカや日本のミステリに比べてイギリスのミステリを好む理由もわかった気がしました。何というか、僕は謎解きを楽しむというよりは、「場」か「風土」とかそういうものを知りたくてミステリを読んでいるんだろうなあと。その「解説」によれば、吉田茂は『銭形平次』には江戸の市民生活が描かれているのに、最近の小説はいくら読んでも生活が浮かび上がってこないと言ったらしいですが、そのことはおそらくイギリスの現代文学にもあてはまってしまう。最近の流行りである、理知的で論理的で、しばしば「ポストモダン」などと称される小説は、それはそれで読めば面白いし、遠ざけている訳ではないのですが、現代のイギリスの生活とか人々の感情とかいったものはどうも見えにくい。そこに不満を感じてしまうと、どうしてもミステリに向かってしまうのですね。 もちろん、そうした風俗小説の伝統を受け継いでいるのはミステリに限るわけではなく、デイヴィッド・ロッジなどがそうした要素を取り入れているのはもちろんのこと、『トレインスポッティング』に代表されるアーヴィン・ウェルシュの作品などはとても見事な風俗小説だと思います(『トレインスポッティング』は映画も悪くないけど、小説はさらにずっと面白いです!!)。それから読んでいないのですが、ニック・ホーンビーなんかもその系列に入るのかもしれませんね(あと『ブリジット・ジョーンズ』も?)。そうそう、どちらかといえば「ポストモダン」な小説を書いているグレアム・スウィフトが、1つとっても風俗小説的な佳作『最後の注文』を書いているというのも、そう考えるとなかなか興味深いです(まあ、『ウォーターランド』にも風俗小説的な要素はもちろん入っているのでしょうけど・・・)。 ちなみに我が家には、以前新古書店で見つけ、イギリスの小説であるという理由だけで(そして全部100円だったので)買ってきた、いかにも読みやすそうなイギリスの現代小説が何冊か転がっています。一応名前を挙げておきますと、ニッキ・フレンチ『メモリー・ゲーム』、J・J・コノリー『レイヤー・ケーキ』(また映画の原作。この映画も結構面白かった)、フィル・アンドリュース『オウン・ゴール』、それからセリーナ・マッケシー『テンプ』。『テンプ』以外は、ミステリないしはスリラーという体裁を取っているようですが、さてこれらは優れた風俗小説であってくれるのでしょうか。いつになるかわかりませんが、読んだら(そして面白かったら)またここで報告できればと思います。
2008年02月01日
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