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2016/06/29 水曜日庭に咲く芝桜を撮ったつもりなのだけれど。どうなんでしょうね、シバザクラ?この三つの花の位置関係がなんとも美しい。今日の写真:"トリニティ(三位一体)"160619-R1134785-C1d.jpgfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.30
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2016/06/29 水曜日なんだかじめじめした一日です。これほど雨が降る梅雨は蓼科では珍しい。先日のようなかぁーっとした陽射しが恋しい。今日の写真は庭に咲いたシバザクラ。あえて1輪だけマクロ撮影。撮った写真をモニタースクリーンで見て、初めてああ今な花だったんだと気づくことしきり。それはそうと、ひょんなことから先妻がこのブログを見ていることを知ってちょっと驚いた。このネット時代、元カレ・元カノ・元夫・元妻が互いにネットでアクセス可能なのは当たり前なんですけれど、やっぱりちょっと驚いたのは確かです。だからといって書き方を変えたり内容をチェックしたりはしません。現実社会同様ネットの世界にも、あるいは現実以上の悪意が溢れているのかも知れない。しかしそれでもなお語り続けることが大切だということを、20年以上ブログを書き続けてきて身に染みてよく知っているから。わたしはどこまで行ってもわたしだし、自分が自分であることを止めない。どこまでも自分が自分であることこそが生きることの価値であり生きることの意味だから。今日の写真:"芝桜一輪"160617-DSC02513-3dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.29
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2016/06/28 火曜日昨日とは打って変わって終日雨になりました。裏と表ほど劇的変貌に驚きます。昨日も最高気温は10℃台前半だったけれど、陽射しが真夏みたいに強くて温かかった。今日は陽射しがないのでそれは寒く感じました。家の中では厚手のジャージの上にサッカー選手のグラウンドコートを羽織ってちょうどいいです。北八ヶ岳の標高1700メートルの気候はこんな感じです。真夏でも朝の最低気温は8℃から12℃、日中もめったに20℃を越えません。曇りや雨なら最高気温は14℃から16℃程度。暑がりで汗っかきのわたしには天国のようなエアコン不要の文字通りの避暑地です。避暑地は梅雨もさわやかです。そのぶん厳冬期には氷点下23℃にになるけど。今日の写真:"もうすぐやって来る"from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.28
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2016/06/27 月曜日「都市と自然」と聞いたときわたしがまず思い浮かべたのはこの風景だった。わたしが22年間暮らしている別荘地から山麓の街を見下ろすこの風景。ここでは大都市のように都市の中に「自然」が含まれているのではなく、圧倒的な自然の中にかろうじて「都市」という営みが存在するように感じる。それはさておき、今日は朝から快晴でむくむくとした雲と真っ青な空がとても綺麗でした。梅雨が明けていきなり夏がやって来たような錯覚に陥りました。ここでは雨が上がって陽が射したとたんに急激に湿度が下がります。地表の湿気はあっという間に水蒸気となって蒸発して頭上に登って雲になります。だから、朝からからっとした爽快な気候でした。湿度が下がったので家中の窓という窓を開け放って空気を入れ換え、湿気を追い出しました。その窓からは様々な野鳥の声がどっと飛び込んできます。ラウンジで彼らの美しい歌声に聞き入りながらちょっと微睡むのは至上の心地よさです。この陽射しとひんやりさらさらと吹き抜ける風はまさに真夏の蓼科そのものです。今日の写真:"都市と自然"150918-DSC01441dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.27
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2016/06/26 日曜日クラスで図工の時間に写生に出かけると樹木の幹はもとより枝や葉まで細密画のように描いては教師から注意されていた小学生時代。当時もいまも思いつづけているのだそれはそんなに間違ったことだったのだろうかって。きっと彼らは絵画や写真を「読む」ことのできない人々だったのだろう。いまではそんなふうに感じています。今日の写真:"細密画的な樹木写真"160622-DSC02616-2from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.26
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2016/06/25 土曜日さんざん写真のことばかり書いているくせにわたしは写真談義とかカメラ談義というのがどうにも苦手なのだそれはおそらくわたし固有の非社交的な性格それが原因しているのでは無いかと思うのだこれは「性分」なのでどうしようもないこの年齢になっていまさらそれを欠点として「直そう」などとは思わないっていうか、いまさらなおんないだろうなあってそもそも欠点というのは相対的なものだしねだれだって欠点のひとつやふたつもっているわたしは3つ以上だけどカメラやレンズをかえても撮すことのできるものの本質はきっと変わらないだろうと思うカメラを変えるだけでおそらく写真技術が向上するわけでも無いしたぶん表現力が飛躍するわけでも無いそれでも経験的に言えることは個人レベルで比較するならば「写真が変わる」というのは事実ではあるそれはある種の化学反応のような感覚出会いによる相互刺激というか写真作法の変化による写真の変化わたし自身の変化それを求めて…大義名分(?)としてついつい他のカメラやレンズに目移りしてしまうこれもまた「性(さが)」というべきか究極においてはこのカメラとレンズそして機材でないと撮れないというようなことはあると思うプロの世界ではそれが日常なのかも知れないしかしわたしのような「趣味の写真」の場合はそれなりに目指すところのものに徐々に近づいていくことは可能かとも思う昨今ですいや、そう思おうと自己説得する昨今です ^^;今日の写真:"天国が見えたような気がした夕暮れ"2014-11-13 16.32.16 / iPhone 6from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.25
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2016/06/24 金曜日極論するなら、わたしの撮る写真、あるいは、わたしが撮ることの出来る写真の「深度/深さ」というようなものは、機材を変更したり単に技術が向上したからといって深まるわけではない。あらゆる表現行為あるいは芸術がそうであるように、それは明確な事実であるように個人的には思う。なぜならば、最終的に、極限値としてそこに映し出されるのは結局のところわたしの見る限りの世界の映像だからだ。そこに映し出され表現されているのは、結局のところ、わたし自身に他ならない。そのような意味において、わたしはわたしの存在に向かって写真を撮り続けているような気がしている。そしてそれは写真の上手い下手とか、芸術性のレベルとか、そういうものとはまた異なった次元の営みなのだ。ふとそんなことを思う夜更けです。今日の写真:"二股の枯れ木の間にぽっかりと浮かぶ冬月"DSC00525FP1-EMOfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.24
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2016/06/23 木曜日道具、写真の場合はまずカメラとレンズということになるのだけれど、なんでもいい、様々な相違はあっても、わたしが撮りたいと思い、じっさいに撮ることができる「なにか」は変わらないのだから。そういう風に考えることもできる。しかし試行と思考を重ねるうちに、このようなレンズでこのような性能を持ったカメラで無ければダメなんじゃ無いかと考えるようになるかもしれない。そしてそれは自然なことだ。そんなふうに考えることもできる。ひとつはっきりしているのは、わたしはわたし以上の写真を撮ることは出来ないと言うことだ。わたしが見ることのできるもの以上の「なにか」を捉えることはできないだろう。写真を撮るときにわたしの意志が働く限りにおいて、わたしの意志に沿った写真は、わたし以上のものではありえない。いまそのことを確信する。今日の写真:"玄関から望む風景"20150617-P1140332from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.23
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2016/06/22 水曜日ふだんはあまり使わないレンズLeica Macro-Elmarit R60mm F2.8 をSONY α7R に付けて玄関を出るどんなレンズにも言えると思うのだけれどとりわけLEICAのレンズはフィルター無しで撮るのが一番良い同時に付けたフィルターによってこんなに写りが変わるレンズも珍しいかも知れない今日はフィルターもフードも付けずに撮ってみたそして出会った風景がこれだこれまでで最も思い通りに撮れたと思ういつもの写真とまったく違う風景それでいていつもわたしが見ている風景がそこにある今日の写真:"玄関から望む風景"160622-DSC02605-5from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.22
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2016/06/21 火曜日写真が好きだカメラも好きだどちらがより好きなのかやはり写真を撮ることが好きだだれが なにを使って なにを どう撮るかそれが写真の主たる要素だと思うわたしの場合はだれが どう撮るか なにを なにを使ってということになるかななんてことをふと考える夜更け今日の写真:"Lights"160620-DSC02575-C1-Edit-3from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.21
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2016/06/20 月曜日わたしに限って言うならばというか多くのひとがそのことを感じていると思うのだけれどわたしが撮った写真にはわたし自身が写り込んでいるあなたが撮った写真にはあなた自身が写り込んでいるまるで自画像のようにそこにはわたし自身の何かが写っている感情の投影とか心象風景というのではなくその写真は様々な意味でわたし自身なのだそれこそがわたしが写真を撮り続けている理由表現行為に自己治癒力があるかどうかはわからないしかし自分自身を見つめる機会あるいはきっかけを持つことはきっと良いことに違いない今日の写真:"Lake Suwa"20160326-DSC00726dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.20
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2016/06/19 日曜日こんな季節なのにふとしたきっかけで冬景色を思い出す。それも自宅のある雪と氷の山岳部の冬ではなくて、諏訪湖畔の美しい冬景色を。こちらに移住して来てもう20数年たつのに、わたしが諏訪湖に惹かれて通うようになったのはこの数年のことだ。写真を撮るためと言うよりは、諏訪湖が好きになって様々な美しさに触れて、その結果それを写真として記憶しようとしているように思われる。「記録」ではなくて「記憶」だ。どんなカメラとレンズでもそれは可能なのかも知れない。しかし、個人的には自分の記憶に最も近い映像を捉えてくれる機材を使いたかった。その選択は半分は成功したかも知れないし、まだぜんぜんダメだと言うこともできる。要は自分自身の定めた基準の問題なのだ。要求水準といっても良い。機材の選択が上手くいったからと言ってそれで良い写真が撮れるわけではない。それは言うまでも無いことだ。綺麗に撮すあるいは綺麗に写るということと、そこにある美しさや感動をしっかりと捉えて表現としての写真に仕上げるというのは芸術としての作業なのだから。わたしは芸術家でも写真家でも無いから、高望みはしていない。けれど、自分の記憶として満足できるような写真を撮れるようになりたいとは思っている。今日の写真:"冬の想い出"20151129-DSC03361-12dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.19
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2016/06/18 土曜日普通の一眼レフデジタルカメラからいま流行のミラーレス一デジタルカメラに変更して1年足らず。なんだかストレスがたまってきている自分を感じます。そこでよおおく考えてみると、どうもファインダーが原因であることに辿り着く。たしかに、EVF(電子式ビューファインダー)は便利ではあるのだけれど、個人的にはかなり眼に負担がかかる。それと、写真の対象と直接対峙する感覚が希薄なところがどうにも性に合わない。OVF(光学式ビューファインダー)のカメラに戻すことを検討しています。優れた光学式ファインダーを通して見る風景はたとえようもなく美しいんです。ほんとうですよ。今日の写真:"Mr. Moonlight"160618-DSC02536-C1-Edit-9from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.18
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2016/06/17 金曜日マーガレットの後ろ姿が好きだいつからそうなったのかは定かでは無いしかしこの2,3年は間違いなくそう感じている雨が止んで霧が出てやがて晴れて陽射しが戻ったまるで暗黒から脱する人生の成り行きのように暗黒から光明への1/2の円環を描いた今日の写真:"後ろ姿"160612-DSC02419-C1 1from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.17
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2016/06/16 木曜日雨がちの一日になったというか断続的に本降りになる雨ひさしぶりに地面がびしゃびしゃに一雨あるごとに森の緑はますます濃くなるまさに鬱葱という言葉が相応しいしかし空は日ごとに夏めいて雨が一呼吸すると美しい青を見せてくれる今日の写真:"Sky is Blue"from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.16
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2016/06/15 水曜日ときおり晴れ間が覗くけれどおおむね曇りで驟雨に見舞われる日が多いまとまった雨が終日降り続く日もあるじつに梅雨らしい季節感だ蓼科高原はレンゲツツジとマーガレットが咲いているバラクライングリッシュガーデンでは薔薇が満開の季節車山から霧ヶ峰にいたるレンゲツツジ大群生地の見頃が今週末頃から始まる今日の写真:"Sky is Beatutiful "160527-DSC01999-C1dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.15
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2016/06/14 火曜日穏やかな一瞬がおとずれる。それは唐突であったりそれとわからないほどにゆっくりとした変化であったりいずれにしても厳しい大自然はときおり僥倖(ぎょうこう)のように美しい静寂と穏やかで優美な顔をわたしたちに見せてくれる今日の写真:"Calm Moment "160527-DSC02007-C1dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.14
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2016/06/13 月曜日「都市の中の自然」あるいは「都市と自然」と言うことを考えてみる。それはある意味容易いことかも知れない。わたしたちは日々の生活の中でそのような関係性を持った風景や光景を目にしているであろうからだ。しかし信州蓼科高原北八ヶ岳山腹の標高1700メートルに移住して22年余、現在のわたしにとってそれは「意外」なテーマであって、いささかとまどってしまう。ここでは「都市の中に自然がある」のではなくて、圧倒的な「自然」の中に「都市的なもの、その要素」が散見されるように感じるからだ。ある機会があって、集中的にそのことを思索しながら、それをテーマとして写真のモチーフを探る毎日です。今日の写真:"NEX78 PhotoClub「都市と自然」展への候補 "20140925-P1120317-8from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.13
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2016/06/12 日曜日蓼科の梅雨はわたしがかつて住んでいた東京や横浜などに比べるとからっとしていて格段にしのぎやすいのだけれど、見上げる梅雨空はやはりうっとうしく感じることがある。しかしそれは山麓の街に降りたときだけで、標高1700メートルにある自宅(兼ペンション)では頭上に雲も無くとても明るかったりする。自宅で見る雲はほとんどが視線と水平か、それより下に見ることになるから、頭上からの圧迫感は無い。頭上には高層雲1枚きりだから雨量も山麓よりずうっと少ない。雨を降らせる雲が流れ去ったら瞬時に晴れになる。そのぶん、天候の変化は劇的であり激しいと言えるかも知れない。まあここはすでに登山の世界ですから、そういうことになるのですよね。改めて覚悟を決めて住み続けようと思います。今日の写真:"時空の風"160611-DSC02399-C1dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.12
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2016/06/11 土曜日おおむね晴れだけれど、大気の状態は不安定だそうで、たしかに雲行きは不穏な印象だ。標高1700メートルという山小屋波の場所に住んでいると、雲はおおかたは目線より下か目線と水平に見える。それとは別に頭上を行く高層雲があり、これだけはぐっと見上げてみる必要がある。雲の動きが手に取るように分かるので気象の変化は分かりやすいといえば分かりやすい。しかし、天候が急激に変化するという点ではまさに登山の世界なので注意する必要がある。敷地内の整備をしていると、晴天にもかかわらず突然ぱーんという音とともに10メートルも離れていない電柱に落雷することもある。それが標高の高いこのような山岳地で暮らすということでもある。今日の写真:"美しい雲"160604-DSC02190-C1from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.11
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2016/06/10 金曜日野鳥の声で目覚める。カーテン越しの光がちらちらと揺れる。今朝は晴れているようだ。庭で物音がする。野性の鹿かも知れない。庭には蛍光オレンジのレンゲツツジが咲いている。今日の写真:"レンゲツツジ"160606-DSC02197-C1 3dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.10
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2016/06/09 木曜日今日は朝から曇りでしたが、昼過ぎから雨になりました。やがて本降りになり、その後は日暮れ近くまで夕立のような土砂降りになりました。遠雷を聞いたたような気がするけれど、雷雨だったのかどうか定かではありません。年間を通じてもっとも湿度が上がる梅雨時ですが、蓼科高原はとても湿度が低いので不快指数は低いです。ラウンジの広いグラスエリアから外を眺める限りは、この激しい雨もまたおつなものと楽しむことが出来ます。この雨があるからこそ、豊かな森も美しい花も咲きそろうのだと、改めて思いをめぐらせた1日でした。ところで、JUGEM黒具の不具合の件。サポートからの返信メールにしたがって、ブラウザのキャッシュ全削除、ブラウザの機能拡張(アドオン)の使用停止を行った。加えて独自に、ESET Cyber Security Pro の FireWall 設定のチェック、Macのネット接続設定のチェック、Onyxでのメンテナンス等を行い、再起動したところ、Safari(最新版)ではJUGEMブログが使えるようになった。Google Chrome(最新版)では相変わらず記事投稿画面に記事入力画面が出てこない状態が続いている。JUGEMのブログ構築環境や表示がとてもきにいっているのでほっと一息。今後はSafariで更新することにして…とういことになるのですが。しかたないですね、いろいろあるわけですから、全てに都合良くというのはITでも難しいのかと思います。きょうはようやくまともな環境でブログを書くことが出来ています。ホッ… (*^_^*)今日の写真:"土砂降りの雨/RICHO GR DIGITAL II"160609-R1134742FPfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.09
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2016/06/08 水曜日相変わらずJUGEMブログが使えない(=記事が書き込めない)状態が続いていていささか辟易しています。amebaブログと楽天ブログも並行して書いていますが、昨年末からJUGEMをメインブログとして始めたばかりなのでなおさらです。JUGEMをメインにと考えたのは広告が表示されないところ。厳密には完全にアド・フリーにするには月額300円のアップグレードが必要なのですが、スマホで見たときも見やすいし、クリーンな印象が気に入っています。だからなおさら憂鬱なのです。それはさておき、曇りがち雨がちなすっかり梅雨モードの蓼科高原です。蓼科は年間を通して湿度が低いので梅雨時でもさわやかなのです。雲が多くても標高1700mでは頭上の雲は1層しかなくて、曇っていてもとても明るい。また雲の高さもここより低いことも多くて、そうなると眼下に雲海を見たり雲の中にすっぽり飲み込まれて濃霧のようになったりと、窓外の風景に飽きることがありません。夏の繁忙期に向けてペンション・オーナーとしてはやるべき事が山積しているのですが、さすがに雨が降ると外回りの整備は出来ませんから、雨天順延でも間に合うように計画をしっかり立てて取り組んでいこうと思います。お客様の少ない閑散期でもむしろ多忙観のある昨今です。^^;今日の写真:"我が家の庭のレンゲツツジ"160608-DSC02274-C1from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.08
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2016/06/07 火曜日梅雨入りのようですね。とたんに曇り空が続き小雨がぱらつく季節になったような印象があるけれど気のせいか。呼応するようにいろいろなトラブルに見舞われているが、これも気のせいかも知れない。JUGEMブログも書いているのだけれど、6/6日から急に記事作成画面が表示されなくなってしまった。正確に言うならば、記事作成ページの画面は表示されるのだが肝心の「記事作成フレーム」だけが表示されないというトラブルだ。HTMLの「シンプル・エディター」は表示されるのだが、いつも使っている「リッチテキスト・エディター」が出てこない。HTMLタグを使って書けないことも無いのだけれど、以下にも手間がかかりすぎるという・・・いまさら感。メールで問い合わせてもなしのつぶてだし・・・JUGEMの印象が一気に悪くなった今日この頃です。ちなみにわたしはMac歴20年のMacユーザーです。当方の接続環境に関しては考えられる限りのトラブルシューティングは行ったけれど、怪しい点は見つからなかった・・・う~ん。^^;今日の写真:"光と影のコントラスト"from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.07
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2016/06/06 月曜日庭のレンゲツツジが咲いた。ここは標高1700mだから、ほぼ同じ標高の車山や霧ヶ峰高原のレンゲツツジ群生地でも、見ごろが始まったのでは無いかと思う。この写真は夕闇の中で撮ったものなので、太陽の下で見るよりも赤く、暗い色をしている。レンゲツツジは真っ青な晴天の本よりも、仄暗い灯りの中、濃霧の中のほうが、妖しくくっきりとその輪郭や鮮やかな色彩、そしてその存在を感じることが出来る。レンゲツツジ群生地訪れたときに雨や曇りでも、がっかりしてはいけない。むしろそれは絶好のレンゲツツジ日和なのだから。車山・霧ヶ峰のレンゲツツジ群生地の見ごろはいつもより10日ほど早い、いまから6月下旬まで。今日の写真:"レンゲツツジ/Japanese Azalea"160606-DSC02197-C1 1dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.06
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2016/06/05 日曜日この道の先には秘密の花園のような場所があるわたしが勝手にそう思っているだけなのだけれどあたたかなひとの気配はあるもののいつ訪れてもしんと静まりかえったこの場所森の樹木の細かな枝を巧みにくぐりながら風が吹き抜けるときちょっとだけ目をくれていくそんな感じだ原初ひとの暮らしというものがいったいどのようなものだったのかわたしは知らないしかしわたしはこのような暮らしがとても好きだ好きになった場所で好きなひとやものや犬と静かに暮らすことラッシュのような人生を過ごした後半生そんなふうに考えが変わったっていいではないかそう自己弁護するわたしです今日の写真:"別荘の小径 02"160524-DSC01869-C1 dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.05
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2016/06/05 日曜日この道の先には秘密の花園のような場所があるわたしが勝手にそう思っているだけなのだけれどあたたかなひとの気配はあるもののいつ訪れてもしんと静まりかえったこの場所森の樹木の細かな枝を巧みにくぐりながら風が吹き抜けるときちょっとだけ目をくれていくそんな感じだ原初ひとの暮らしというものがいったいどのようなものだったのかわたしは知らないしかしわたしはこのような暮らしがとても好きだ好きになった場所で好きなひとやものや犬と静かに暮らすことラッシュのような人生を過ごした後半生そんなふうに考えが変わったっていいではないかそう自己弁護するわたしです今日の写真:"別荘の小径 02"160524-DSC01869-C1 dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.05
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2016/06/04 土曜日この道が好きだ。高原別荘地の入り口を入るとこのような家屋が点在する。本来は別荘なので概ねひとの気配はないのだがこちらに移住を決め込むひとも多いようで年を追うごとにひとの気配は濃くなっているそれでもこの道を歩いていても人と出会うことはまず無いその程度の人口密度だ同じ道を夜は野性の鹿が駆け抜け五指にも満たない数の住人が往来しまれに自動車も走るかも知れないまあこの道は行き止まりだから途中で止まることになるのだが獣道のように踏みしめられた砂利道の感触が靴底に心地よい轍の中央と左右に繁茂する雑草を踏みしめる感触が心地よい近くから渓流の音が聞こえるそれはおどろおどろしいものではなくかといってさらさらと流れるのでもなく吹き抜ける風のたてるおとをかき消すことなくたゆみない営みを伝えているそうして語り合う術を持たぬならここにはなにもないのだ誰もいないしだれにも出会うこともないこの道を歩くことは瞑想にも似てわたしのこころの深まりにしたがってやがて静かに語り始めちらちらと踊る夏の木漏れ日のように休むことなくその姿を変えるだからわたしはこの道が好きだ今日の写真:"別荘の小径"160524-DSC01870-C1 dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.04
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2016/06/03 金曜日知らない間にずいぶんたくさんの写真を撮っているようだというよりは、改めて概観してみるとじつに様々なスタイルやモチーフで撮っていることに気づく今日のこの写真ももっと以前に撮ったような気がしたのだがじつはわりと最近のものだったりするどこでどのカメラでどのレンズでどのようにとってのかが暫し思い出せなかったまあそれでいいのかもしれない過去を振り返って学ぶことも大切だけれど過ぎ去ったことをいつまでも携えて生きていくことはとてもとても困難だから時を経て自分の写真にはっとさせられるのは楽しい今日の写真:"メタファー/METAPHOR"20150905-DSC01009-3dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.03
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2016/06/02 木曜日この45年間ジャン・ポール・サルトルの「存在と無」を読み続けてきたとはいってももちろんつらつら読んでいたわけであって求道的に読み解こうと努めてきたわけではない文中に他の哲学者が登場すればその哲学者の著書を読み概観を得てからふたたび「存在と無」に戻ると言った読み方だ翻訳本では理解しにくい文脈は原書と照らし合わせるようにしたその甲斐あってか単に年をとっただけなのか定かでは無いが最近はサルトルの語る言葉やその世界がすっとは言ってくるようになった要は、わたしがひとの話をよく聴く能力を身につけることが出来たただそれだけのことかもしれないのだけれどアルベール・カミュの話だわたしも最初に読んだのはあの有名な「異邦人」だった衝撃を受けたそして考え始めたひとは単に「太陽が眩しかったから」という契機のみで殺人にいたるそのようなものなのだろうかという誰もがはまる問いかけだったその思考過程で出会ったのがサルトルだった。友人関係にたとえるならばわたしはカミュによってサルトルと出会ったのだカミュと出会ったことによって私はものを考える人間になったのかもしれないサルトルの出世作「嘔吐」を読んだよくわからなかった何度も再読するうちに「存在と無」に行き着いたということで私の哲学入門書は「存在と無」だと言っても過言では無いこの著書を軸にしてわたしは哲学の世界を概観することが出来たのかも知れない「いま・ここに・ある・わたし」だけが唯一のわたしでありそれ以外には存在しないわたしはわたしに対して現れるなにものかであるしかしわたしの「意識」は「いま・ここに・ある・わたし」ではありえないわたしとは「それがあらぬところのものであらず、それがあらぬところのものであるような存在」であるサルトルはそう論じるが現在のわたしも同じ考えを共有していることに気づくそれは思想ではなく私の有り様に対するひとつの認識であるあるいはそれは自分という存在に対する感慨のようなものかもしれないのだけれどサルトルの話がメインになってしまった我が青春のアルベール・カミュついては改めて書くことにします今日の写真:"Complete Works of Albert Camus"2016-06-01 17.13.49-2/iPhone 6from 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.02
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2016/06/01 水曜日このブログに載せる写真はあまりよく考えずに直感に頼って選んでいます記事の内容と関係があるように見える場合もあるしそうではない場合もあると思います記事を書くときの私の気分しだいそういうことなのかもしれませんじつにいろいろなものにこころ惹かれるのでいろいろなものを撮すことになりますよくそういうものに「呼ばれる」のを感じます呼ばれると気になってそっちに行ってしまうそしてそれがなんであれ結局そこで写真を撮ることになるそんな日々がかれこれ5年以上続いています今日の写真:"A TREE I ENCOUNTERED DEEP IN THE FOREST"160524-DSC01882-C1 dfrom 蓼科高原ペンション・サンセット
2016.06.01
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