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学校が始まったので、ちょっと忙しくなりました。勉強ばかりしているということもないのですが、復習とかしていると、あまり時間がなくなります。日記もあまり更新できていないのですが、ちょっと慣れてきたらできると思います。 最近の出来事として、あまりにメールが文字化けするので、携帯電話でインターネットにつなげるようにしてみました。この修道院のサーバーが文字化けの原因みたいで、インターネットカフェでは文字化けしないのに、自分のパソコンから送るとだめなんです。ですから、携帯電話でつなげるようにしたのですが、この方がいいようです。ローマのインターネットポイントは高いのですね。ペルージャは安かったから何ともなかったですが、ここでは毎日インターネットポイントに行くと、不経済すぎます。携帯電話では25ユーロで9GBの転送量まで大丈夫だそうです。昼間はつなげないという条件付なのですけど。9GBがどのくらいか良くわかりませんが、相当いっぱいであるのは間違いないので、メールの送受信とかブログの更新くらいではいっぱいにならないでしょう。ちなみに接続速度は、日本の光とかADSLに比べれば考えられないほど遅いです。 イタリアの携帯電話は比較的簡単に買うことができます。日本と違って、ほとんどがプリペイド式で、そのあたりの携帯電話屋さんとか電気屋さんで携帯本体(一番安いので10ユーロ位)を買って、それに携帯電話会社のSIMというICチップ(10ユーロ)を入れると使えるようになります。パスポートを見せて、ホテルの住所を書けば買えるようですよ。日本の携帯電話をこっちで使って、国際電話料金を払うよりも、こっちの携帯電話を買ってしまう方が安くつくかもしれません。ちなみに、ドイツとかフランスに行っても、イタリアの携帯電話は使えるようです。私は行ったことがないので、確認してないのですけどね。 数年前までは、Eメールもなく、携帯電話もなかったのに、よく考えるとすごい技術の発展ですね。これを良いとか悪いとかいうことは、今はしないでおいて、古代遺跡に囲まれるローマの町で、最新技術の象徴のような携帯をみんなが持っているのは、なかなか象徴的で面白いですね。でも、なにもかもが、当たり前になっていく社会というのも、何か怖い気がするので、時々立ち止まって、見つめなおす時は必要だと思います。 四旬節が始まりましたが、ニュースを見ても、やはり戦争のニュースが多いですね。戦争が当たり前ではない世界が来てほしいと心から願って、この40日間を過ごしたいと思います。
2007.02.28

今日は修道院の学生の共同体の遠足がありました。まだ試験が終わっていない人もいるので、全員参加ではなかったのですが、車に二台でフィレンツェとシエナの旅に出かけました。ローマからフィレンツェまでは、車で約3時間、フィレンツェからシエナは2時間ほどです。 なんと朝5時に出発というので、ビックリさせられたのですが、遅刻する人もあまりなく、5時半には修道院を出発しました。いつも渋滞しているローマの町も、土曜日の早朝ともなると、ほとんど車もいなく、スムーズに高速道路へ。一路フィレンツェを目指しました。私は前の晩あまり眠れなかったので、車の中ですぐにお昼寝(まだ早朝ですが)してしまいました。 途中で一度休憩して、朝ごはんを食べ、ずんずんとフィレンツェに近づきました。イタリア人の神父さんが運転していたのですが、イタリアは道が結構複雑なので、フィレンツェについたら、なかなか中心に近づけません。一方通行も多いですからね。しかも町の中心ではなかなか駐車スペースが見つからないので、仕方なくちょっと離れたところに車を止めて、歩いていきました。中心から15分くらいのところでしょうか。 まずポンテ・ベッキオにいったのですが、これは以前に紹介したのでカットしましょう。そしてすぐにウフィツィオ美術館に向かいました。一人の神父さんはイタリアの歴史や絵画などに詳しいので、いろいろと説明してもらいました。絵をゆっくり見るのもいいのですが、解説付きというのもいいものですね。ちなみに、レオナルド・ダビンチの絵は近づくと、警報機がなるのですが、私はそれに気づかず何度も鳴らして、しかられました。数多くある名画の中でも、やはりレオナルドの絵は貴重だということなのでしょうね。 ちなみに、真面目に、この美術館を回るなら3日位かかるのではないでしょうか。ちょっと立ち止まって、ゆっくり絵を見ているとすぐ時間がたってしまいますし、見ごたえのある絵が多いので、疲れやすいのです。気が抜けないというか、力がある気がします。 それから、ドゥオモに行ってきました。前に一度行ったことはあるのですが、ここの絵はやはりすごいと思います。写真ではうまく伝えられないかもしれませんが。 みんな疲れきったので、もってきたお弁当を食べて一休みしました。少しぶらぶらとしていたのですが、フィレンツェだけでなく、イタリアの町は道が風景になっているので、好きです。ちょっと休んでから、次はシエナに向かいました。シエナはそれほど大きくないですが、きれいな町です。フィレンツェと似ていますが、田舎の大きな町という雰囲気を残しています。ちょうどついたとき、サッカーの試合をしていて、1キロ以上離れている駐車場まで、大声援と地鳴りがしていました。シエナとミラノの試合だったそうです。特に得点が入ったときについたので、ものすごい声援でした。 私たちはその大声援のそばにある聖ドメニコ教会に向かいました。この教会は聖カタリナを記念する教会です。ここで私たちはミサをささげました。この教会には聖カタリナの頭部があるのですが、その裏にある聖堂でミサをしました。学生神父たちだけなので、いつもと違い、リラックスしてミサができました。司式はイタリア人の神父でしたが、ひとつの共同体が心をひとつにして祈り、主の食卓を囲むというミサでした。この教会は古いので、祭壇が壁についています。司式者は「主は皆さんとともに」のときにこっちを向くのですが、これは日本では見ない光景です。私の住んでいる修道院にも、こういう祭壇はあるのですが、大体一人でミサをするときに使うので、大勢がいるときに、くるっと回るというのは、初めてかもしれません。 ミサが終わり、カテドラルに行きました。フィレンツェよりも小さいですが、まだ完成していないらしく、今は建設していないのですが、建設を終えたわけでもないそうです。今でも、最終的な壁が残っていて、そこまで広がる計画ではあるそうです。何年も完成しないで残っている壁というのも珍しいかもしれません。(これが作りかけの壁です) さて、ここを出て、有名なカンポ広場に行きました。ここは広い広場です。昔ここが集会所みたいなものだったそうです。それに、この時期はカーニバルの時期ですから、子供たちが仮装をして遊んでいました。お姫様がいたり、スーパーマンがいたり、カーニバルとはこういう風に楽しむのですね。ここで、しばらくみんなとおしゃべりをして、だんだん日も暮れてきたので、帰ることにしました。 イタリアは近くにある町でも、町ごとにいろいろな雰囲気を持っています。何かオリジナリティがあるのです。これはとても面白いことだと思います。イタリアは特に町のオリジナリティを大事にするといわれていますが、無理に違いを作るのではなくて、何年もかけて、その違いというかオリジナリティが形作られていくというところに、歴史の重みを感じることができます。私達の信仰というのも、これなのでしょう。私達ひとりひとりの信仰は私達の人生が終わると、この世での信仰は終わります。しかし、この信仰は私達の信仰に触れた人の中で生き続けいくものでしょう。私達の信仰の美しく、神の栄光をたたえるものが残るならば、神を信じる民が生きている意味の目に見えるしるしとなりますね。私たちが秘跡的な存在であるということでしょう。もうすぐ四旬節が始まります。私たちが秘跡的な存在であることができるように、復活を迎えるまでの40日を準備していきましょう。
2007.02.17
学校が始まって、授業で使う参考文献を探しに本屋さんを回りました。今日は授業のない日だったので、午前中は昨日の復習をして、午後は出かけたわけです。日本で神学書というのは、あまり多く出ていないのですが、ローマにはさすがにいっぱいあります。しかも、本屋さんの数も多いので、ひとつでなくても、もうひとつ、またひとつと回ることができます。なかなか面白いですね。 ミサに関する本だけでも、棚3つくらいにぎっしりあったりと、口をあけたまま探してしまいそうになります。すらすら読めるわけでもないので、欲張って買わないようにしているのですが、タイトルだけでも面白いものとかもあります。 でも、結構意外だと思ったのは、イタリアって本が高いのですね。多分日本よりも高い気がします。おそらく高くても売れるからなのでしょうけど、神学書なんか、たくさん売れるから安そうなものなのですけどね。本もできるだけ多く読もうと思うので、よさそうな本があったら、ここでも紹介したいと思います。
2007.02.14
今日から学校が始まりました。いよいよです。ゼミナールがあるというので、いってきたのですが…何もわかりませんでした。今日の1時間の中でわかったことは、次回が3月5日で、場所はウルバノ大学であるということだけでした…。イタリア人の日常会話も難しいけど、やはり講義は難しいですねぇ。特にゼミですからねぇ。ちょっとまだ無理かもしれないと思いつつも、とりあえずちょっとだけやってみようかと思います。 韓国人の同僚神父から、今朝「絶対何もわからないから安心しろ」と、励まされたのか、脅されたのかしたのですが、本当にそうだったので、びっくりしました。普段使っている言葉が出てこないわけですからね。まあ、そのうちわかるようになります。 外国って、自分の部屋から一歩外に出ると、異空間なので結構自分を客観的に見ることができて面白いのですが、今日の私は本当にコチコチだったような気がします。体からして、こちこちでしたものね。司祭叙階式でも、それほどコチコチにならなかった私がコチコチになるとは…。でも、そういう自分も興味深くて、面白いものですねぇ。 講義は明日から始まります。これもまた楽しみですねぇ。またコチコチになるのかしら。それでは、また。
2007.02.12

日曜日です。天気も晴れではありませんが、まずまずです。お昼ごはんが終わって、はりきって出かけました。ローマにいるからには、やはり初代教会の殉教者のお墓に行ってお祈りしたいと思いましたから、カタコンベ(地下墓地)に行くことにしました。近くに、聖カリストと聖セバスティアノのカタコンベがあるようです。バスで行けば、ほんの2,30分でつけるようです。まず、聖ヨハネ(ラテラノ)の前からバスに乗りました。せっかく行くのですから、ラテラノの中を見学し、洗礼堂も見てきました。この2つは前に、ここに載せたことがあるので、今日は省きましょう。何度行っても、力強さを感じる教会です。 バスに乗って、しばらく行くと、ローマの城壁に着きます。ここが昔のローマの町の果てだったのかと思い、バスを降りました。カタコンベに向かって歩いていくと、有名な「クオ・バディス」の教会が見えてきました。「どこに行かれるのですか?」という意味だそうです。聖ペトロがローマから逃げようとしたとき、城壁のそばで主とであったそうです。そこで、ペトロが「どこに行かれるのですか?」とたずねたところ、主が「あなたに代わって十字架につきにローマに行くのだ」といわれたところだそうです。そして、聖ペトロは回心してローマに再び戻り殉教したそうですが、ここがその場所だそうです。 小さな教会ですが、巡礼教会なのでしょう。小さいけれども、祈るのによい雰囲気があります。とても静かです。そして、教会の入り口付近に、主の足跡が残されています。 本物かどうかわかりませんが、ここに主がおられたのだと思うと、よく祈れた気がします。再び、カタコンベに向けて歩き始めました。古代ローマの時代に作られた道を、歴史を感じながら歩いていましたが、狭い道を車が猛スピードで走るのですから、命がけです。それから、30分くらい歩いたでしょうか。聖カリストのカタコンベという看板が見えてきました。やれやれと思い、入り口にいくと、閉まっていました。2月20日まで休みだそうです。相当ショックでした。がっかりして、もうひとつの聖セバスティアノのカタコンベに向かいました。15分くらいでしょうか。ここはカタコンベに大きな教会があります。しかし、ここのカタコンベも閉まっていました。相当がっかりしましたが、せっかくきたのですから、聖セバスティアノ教会に入ってみました。中には、聖セバスティアノの像やお棺があります。初代教会のものと思われる壁画とか、私が好きそうな祭壇画がありました。もう夕方だったので、あまり人もいなかったので、しばらく黙想していましたが、ここも静かでいい教会でした。カタコンベには入れなかったのですが、ゆっくり祈る時間が取れたのは、お恵みだったのでしょう。帰りは、別のバスに乗ったのですが、なんとそのバスは、私の修道院の近くを通るバスではないですか。来る時も、これで来ればよかったのですね。でも、ラテラノにもいけたし、またカタコンベにいくことになったのですから、今度はこれで行くことにしましょう。帰ってきて、汗びっしょりになりながら、これを書いています。いい日曜日でした。
2007.02.11

ローマに戻って、町をうろうろしてきました。写真は今日だけのものではなくて、前撮ったものもあるのですが、もったいないので載せておきます。 私の住んでいる修道院の隣にある教会です。2つの教会があって、聖ヨハネ・パウロ教会と十字架の聖パウロ教会です。奥に見えるドームが十字架の聖パウロ教会です。内部でつながっています。聖ヨハネ・パウロ教会は初代教会の殉教者のお墓の上に建てられています。キリスト教の歴史の中でも大事な場所だそうです。初代教会の共同体があった跡が残っているのです。またこの教会は、結婚式でとても有名です。毎週土曜と日曜は必ず結婚式をしています。すぐそばに、大きな公園があって、結婚式が終わると、そこで記念写真を撮り、また近くにコロッセオもあるので、その前に移動して写真を撮るといった感じです。ローマの中心にあるという立地のよさもあるのでしょうが、音響がすごくいいし、雰囲気もいいので、結婚式にふさわしいからなのでしょう。内部の写真はうまく撮れなかったので、今度載せます。 すぐ隣にある私がすんでいる修道院です。 10分ほど歩くと、聖アナスタシア教会があります。ここは永久聖体礼拝が行われているので有名です。落ち着いて、静かな雰囲気をいつも保っていますし、いつも祈っている人がいて、祈りの雰囲気に満ちています。巡礼でローマにこられたら、お祈りにこられるといいところだと思います。 今の時期はあまりお世話になりませんが、ローマのあちこちに、こんな水飲み場があります。ローマは水が飲めて、おいしいです。多くの人はミネラルウォーターを持っていますが、それがなくなると、ここで補給しています。道端で売っているミネラルウォーターは2ユーロ位します。大体300円くらいしますから、この水飲み場はありがたいです。水が出ているところをふさぐと、蛇口の途中に開いている穴から、水が上に向けて出てきますから、すぐに水が飲めますよ。 聖アナスタシア教会の横にあるチルコマッシモというところです。公園みたいになっていますが、ここはベン・ハ-という映画の最後のシーンの戦車の競争を撮影したところだそうです。ここにセットを作って、撮影したのですからすごいですね。今は犬が散歩していたり、ジョギングする人がいたり、石畳で足やひざに負担がかかる中、芝生や土のあるところを歩くことができるのは、結構いいです。 ちょっと方角が違いますが、スペイン階段の上からとった写真です。トリニタ・デイ・モンティ教会からです。ちょっとした小高い丘になっているので、ローマの町がよく見えます。高い建物が少なく、見晴らしがいいのが、ローマの特徴でしょうか。フィレンツェもこんな感じですね。 毎日、パスタとかジャガイモを食べるので、少し太ってきたので、毎日せっせと散歩することにしました。散歩していると、面白い写真も撮れそうなので、いいものがとれたら、載せるようにします。 雨が降っていると、本当に暗い感じのするローマの町ですが、晴れていると、冬でも外に出たくなります。今暖かいですしね。今日もお散歩に行ってきましょう。
2007.02.10

修道院の周りを散歩してきました。雨上がりで、ぬかるんでいたので、あまり遠くにはいけませんでした。まだペルージャから引っ越して1ヶ月くらいなのに、やはり散歩すると懐かしいですね。 1ヶ月前は、ほとんど外に出てこなかった子犬がちょこちょこ走り回っていました。この子犬の親もすごく臆病なのですが、遺伝なのでしょうね、この子もすごく臆病ちゃんです。庭で働いている神父さんの後を、ずっとついていって、私が近づくと、逃げる逃げる。一生懸命逃げます。ついに、追いついて、写真を撮りました。 ウサギも大きくなっていましたが、私がお気に入りで、よく餌をあげていた白と黒もぶちのやつは、もういませんでした。きっと…。 七面鳥も、この一ヶ月ですごく大きくなっています。もう私が近づいても逃げないほどです。写真に少し鶏も写っているので、どのくらい大きいかわかるでしょう。日本で生きた七面鳥を見たことがないので、どのくらい大きくなるのかわからないのですが、大きくなるものですね。 今回、庭のほうに行った理由は、羊が見えたからです。ちょうど、神父さんもいるから、羊を接写できると思ったのですが、ぬかるんでいるから、これ以上近づいたらだめといわれてしまったので、残念ながら、近くまではいけませんでした。餌の時間なので、餌場に戻ってきているところです。餌場でなくても、草を食べているのですが、冬なので餌をきちんとあげないといけないのでしょう。 田舎にいると、いるときは気づかないのですが、やはり自然の中にいるという気がします。ここも近くに高速道路が走っているので、車の音も結構するのですが、耳を澄ますと、鳥の鳴き声がして、木が風になびく音がして、多分リスだと思うのですが、小動物が走る音がしたりします。自然の音とか風景は、いつまで見ていても飽きないものなのですね。神様がおつくりになったものだから、完全なのでしょう。
2007.02.09
ペルージャに来ています。来週の月曜から、いよいよ学校が始まるのですが、イタリア語を勉強した証明書が必要になって、再びペルージャに来ています。やっと本来の勉強が始まるという感じですね。少しは気が楽になります。 ペルージャはローマより、多分、2,3度気温が低いでしょうね。ローマはコートを着ていると、汗ばむほどですが、ここは着ていても少し寒いくらいです。ほんの1ヶ月前までここにいたのに、なんか戻ってくると懐かしいような気がします。私って、結構保守的な性格なのかもしれません。結構環境の変化に弱いのかしら。 昨日は、ここでは、日本26聖人の祝日でした。2月5日は聖アガタがあるので、2月6日になるのですね。皆が私に、おめでとうといってくれて、何か不思議な気持ちでした。日本にいるときは、あまり日本の殉教者を意識したこともなかったのですが、ヨーロッパで、そして世界で日本の殉教者の記念をしているというのは、何かずっしりとしたものを感じました。なかなか福音が伝わらないとあせることも多いですが、日本には、この世の命を超える信仰が確かに根ざしていて、その信仰は世界中のカトリックが尊敬しているという現実を目の前にしたとき、決して言い訳の出来ない責任というか、使命感を感じさせられます。いじめや自殺が日常的になってしまっている今の日本において、確かに私たちがなすべきことはあるように思いました。これについては、いろいろ思いもあるのですが、またの機会にまわしましょう。 ペルージャは本当に静かです。ローマの騒がしさが嘘のようです。ちょっと寒いけど、窓をあけて、風の音を聞いています。自然の音って、いつまで聞いていても飽きないものですね。それでは、また。
2007.02.08
本当に暖かな日が続いています。もう2,3回はとっても冷える日が必ず来るそうですが、東京なら3月下旬という感じでしょうか。桜が咲いてしまいますよという感じです。町には、ジェラートを食べながら歩いている人をよく見かけますから、やっぱり暖かいということでしょう。ただ、こっちの人は冬の夜でも、時々ジェラートを食べているので、必ずしも当てになるしるしではないのかもしれません。 今日はカメラを持っていくのを忘れてしまったのですが、その分、ボーっと歩く人の姿を見ていました。いまさらですが、この世界には、多くの人がいるのだなぁって思いました。イタリア人は家族の絆がすごく強いみたいで、休日はよく家族で出かけているみたいです。ポポロ広場にも、多くの家族が来ていました。ただ、家族が一緒に歩いているだけなのに、幸せそうな顔をしているのは、やはり幸せとは量では測れないことなのでしょうね。お父さんの手にぶら下がったり、肩車してもらったりしているのは、日本と同じですね。 一方でインドネシアのジャカルタで、大きな洪水があったようですが、ここにいるインドネシアの神父さんの家のそばだったようで、とても心配していました。夕食は彼の隣に座ったのですが、いつも明るい彼が何か沈んでいて、祈らずにはいられないという雰囲気でした。結局彼の家族は無事だったようなのですが、自分の育った土地で大きな災害がおきて、多くの人が傷つくというのは、本当に本当に悲しいことなのですね。私もともに祈ろうと思います。 感じたことを、感じたままでなく、祈りで締めくくるというのはキリスト者にとって、大事なことだと思いました。幸せも悲しみも、決して理屈ではないですものね。そして、本当の最後は、主の祈りで締めくくるのが、とっても安定するのではないでしょうか。さて、明日も早いので寝ましょう。おやすみなさい。P.Sあまりインターネットの調子がよくないので、日記もあまり長く書くことが出来ないみたいです。でも長くないほうがいいような気もするので、このままにしましょう!
2007.02.04
今日は、主の奉献の祝日でした。そして、奉献生活者の日でもあります。時差ぼけがようやく直ってきたので、2月から通う学校に行って、登録手続きをしてきました。ちょっと道に迷ったりもしたのですが、どうにかたどり着き、登録も出来ました。再来週から学校が始まりますよ。 さっきも書いたように、奉献生活者の日ですから、私の修道会からもサンピエトロ大聖堂に招待されたようです。院長から整理券をもらったのですが、他の神父さんが、もうすぐ帰国するそうなので、譲ってしまいました。ブログに教皇様の写真をのせるチャンスだったのですが、次回にまわしましょう。またきっと機会があるともいます。 ローマは今とても暖かです。冬だというのに、昼間は半そでで歩いている人もいるほどです。私もセーター一枚でしたが、なんか春のようなぽかぽかした日差しだったので、近くの公園で座りながら、本を読んでいました。 夜は修道院で、特別の典礼があって、真っ暗の中を一人ひとり手にろうそくを持って、修道院内を練り歩き、聖堂に入ってミサにあずかるというものでした。かなりの距離を練り歩いたので、手がろうそくだらけになりましたよ。ろうそくの光というのは好きですが、ずらっと並んだろうそくの光の列は、確かにきれいでした。写真に撮れないのが残念でした。なぜなら、手にはろうそくがあるのですから。 この日記も、また少しずつ書いていきますから、よろしくお願いします。そして、今回、日本ではあまり人に会わなかったのですが、今回お会いできなかった方は、そのうちまた戻りますから、そのときお会いしましょうね。
2007.02.02
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