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なぜかうまくログインができないので、メールでの更新にしました。 久しぶりにシエナに行ってきました。イタリアに来て、ぜひ行ったほうがいい 町の一つがシエナです。イタリアは観光が大きな割合を占めるところなので、町 も観光地になりがちです。私が大好きなアシジも大きな変化はないものの、やは り少し観光地化してしまっているような気がします。 シエナもやはり多くの人が訪れるところですが、それほど大きく変化していな いような気がします。中世の町がまだそのままあるような感じです。ドゥオーモ にいくと、綺麗な聖堂と共に、多くの人が祈った聖堂があります。見せる場と祈 る場が共存しているのがシエナの大聖堂です。ここを訪れるだけでもシエナに行 く価値があります。 またこの町の小道が私はすごく好きです。きっと車ができるまでは、ここは馬 車が走っていたのでしょうね。ちょうど馬車の幅くらいの道で、なんとなくそれ が目に浮かんでくるような町です。イタリアに来られる方は、ぜひシエナをルー トに入れるといいでしょう。近くに小さいですけど、きれいな町も多くあります。 有名なイタリアでなくて、なんとなくこじんまりとしたイタリアを経験したい方 も、シエナを拠点として動くと動きやすいかもしれません。ちなみに、ペルージャ からバスがでていて、1時間半でつくので、私は今回、朝ペルージャをたって、 夕方もどってきました。カンポ広場で30分くらいゆっくりする時間が持てたの も、今回のよかったところです。前にシエナの話は書いたと思うので、今回はこ のくらいですね。 シエナからもどってきたら、ちょうど私の教会で結婚式をしていました。この 暑いときに結婚式をするのは、大変ですけれど、私のいる教会は、ほぼ毎週土曜 日に2,3組の結婚式があります。大きな教会ではないのですが、家族や友達を 集めるのには十分ですね。何よりも、祝福されて新しい人生を歩んでいく姿は、 いつ見ても、神に感謝したい気分になります。花嫁、花婿もそうなのですが、結 婚式で侍者をする男の子も結構はりきっていて、子供達の姿を見るのもうれしく なります。 最後に、書けるときに一気に書いてしまいましょう。私の修道院では、ここで ワインを作っています。とてもおいしいです。ぶどうの木もここにあって、ここ でワインに変わっていくのです。ワインの貯蔵庫の写真ものせておきましょう。 結構大きなタンクみたいなものです。大体1つが1年持つらしいので、4年くら い寝かせているのでしょうね。毎晩、夕食のために、ワインをここに汲みにくる のは私の仕事の一つです。今回は大学生の子ときたので、写真がとれたのです。 もうすぐローマに戻ります。ここの生活も楽しいのですが、少しローマでした いこともあるので、がんばらなくてはなぁ。それでは、また。
2007.07.29
しばらく日記を更新していませんでした。今、日本から知り合いの大学生が旅の 途中に、ペルージャに寄ってきてくれて、毎日どこかにいっています。しかし、 ヨーロッパは今異常気象なのでしょうか、とても暑いので、一日どこかにでかけ ると、もう他に何もしたくないほどです。へとへとになってしまいます。来週に は、ローマに戻ります。ペルージャよりも暑いので、どうなることでしょう。 イタリアのニュースでは、日本の地震や原子力発電所の問題など、あまりいいニュー スが入ってきません。そろそろ梅雨もあけて、日本も暑くなるでしょうが、皆さ ん、夏ばてをしないように、お気をつけください。
2007.07.28

フィレンツェに行ってきました。今回の目的は美術館です。前にウフィツィ美術館には行きましたが、フィレンツェには、他にいくつか有名な美術館があります。サンマルコも前行きましたね。今回の目的は、アッカデミア美術館です。ミケランジェロのダビデの像があるので有名です。 とにかく、暑かったです。むちゃくちゃ暑かったです。午前中から並ぼうと思ったら、長蛇の列です。これは並んでいては何もできないと思い、フィレンツェで今イタリア語を勉強しているT神父と昼食を先にしました。彼はこの4月からイタリアに来ていて、今イタリア語を学んでいるのですが、同じ分野を10月から勉強するので、これからが楽しみです。昼食は中華料理屋さんに行きました。やはり、同僚と食べるときは、気軽に楽しめる中華が一番ですねぇ。 彼とゆっくり話をして、2時くらいになったので、もう一度アッカデミアに行きました。この時間はイタリア人は大体お昼寝をしているはずですから、少しはすいているはずです。行ってみると、午前中に比べると、大分列は短くなっていましたが、やはり大分長いです。3ユーロを出せば予約を取れるのですが、今ユーロが高いので、少し気が引けたので、とりませんでした。結果としては、絶対にとったほうが言いということが分かったのですが、待つこと1時間半くらいで、やっと入れました。1時間半なら、短いほうだと思います。 アッカデミアはそれほど大きな美術館ではありません。ちょっと失礼かもしれませんが、大で像のためにあると思えるくらい、ダビデ像がメインになっています。これが素晴らしいのは、私があれこれ言う必要などないのですが、もう一つ、ミケランジェロのピエタがこの美術館にはあります。これも素晴らしかったです。ダビデ像の前にあるので、多くの人は素通りしてしまうのですが、バチカンにあるものとは、全く違うぺピエタです。イエスを抱きかかえるマリア様の手が男性のように太いのが印象的でした。美しさを追求したバチカンのピエタと違い、ミケランジェロの信仰が見えるような気がしました。素晴らしいと思います。アッカデミアは写真を撮るのが不可能なくらい多くの職員さんがいて、撮れませんでした。でも、ここにあるものは、実物を見るかプロの人がとったいい写真が多くあるので、私が載せなくてもいいでしょうね。 さて、感動して美術館を出て、もう一つの小さな美術館に行きました。もともと孤児院であったところが今は美術館になっています。ここにあった、陶器でしょうね、できている受胎告知も、私の胸にグサッときました。これが多くの子供たちの人生を見守っていたのでしょうね。多くの子供が傷つき、あるときは命を落とし、あるときは、生きる前から、これはいらないと拒否される。それが当たり前のようになってしまった現代にあって、この受胎告知は私たちに何を語ってくれるのでしょう。「おことばどおりになりますように」 マリア様のことばは、とても重い言葉だと感じました。 さて、これが終わって、フィレンツェの友達と食事をしましたが、そのときの飲み物がこれです。イチゴのカクテルですね。あまいです。 夕食が終わり、夕方になりました。夕方といっても大体9時半くらいでしょうか。今はとても日が長いです。少し涼しくなったので、散歩しているときに撮った写真です。川に映るフィレンツェの町、きれいですね。 本当に暑くて、大変な日でしたが、多くの収穫がありました。
2007.07.13
今日、7月9日は、希望の聖母の祝日でした。特に大きな祝日ではありませんでしたが、とても意味のある日だという感じがしました。「この子は死んだのではない眠っているのだ」と言われたところと、12年間出血が止まらない女のところが福音朗読されました。「あなたの信仰があなたを救った」と言われる箇所です。 私たちはキリスト者の希望というのが、人間の限界の中に収まるのではなく、神様の大きな計画の中に位置づけられていることを知っています。しかし、同時にこの世界に生きている限り、人間の世界におけることに、一喜一憂するのも事実なのです。希望を「神様の御手にすべてをゆだねるとか、神様の愛を信じる」という、神の国の到来を待ち望む者の姿と言い表すこともできるかもしれませんが、人間の限界を味わい、苦しんでいる姿にも、希望があるのでしょう。 「死んでしまったものに、手を置いてください」と主にお願いする。私たちの、この世界の常識では、ある意味で手遅れであったり、不可能であったり、無意味であったり。そのようなことを、主にお願いする。これもやはりキリスト者の希望のひとつの姿なのです。 今日のミサで、結構長い説教の後、司式している神父様が、「ある家族が、小さい子供を交通事故でなくしました。両親は、どうしてもその現実を受け入れられないでいる。そのために、教会にも、来れなくなっている。今日のミサは、その家族のために、祈りたい。今日の祝日は、彼らのためにふさわしい。希望の聖母を祝うのに、これ以上ふさわしい意向はない」といわれました。イタリア人がいうので、実際はもっと長いのですが、要するにこういうことを言われたわけです。 さっき、キリスト者の希望について、ちょっと書いたのですが、昨日この神父様の話を聞いて、希望はもっと深いものだと感じました。希望の聖母の祝日に、希望を持つことをやめてしまっている人のためにいのる。私たちは、親切や励ましの限界も感じます。この世界の傷は、人間の善意だけでは癒されないほど深いものもあるのです。だから、聖母の取次ぎを願うのです。 希望の聖母といわれる絵やイコン、彫刻が多くありますが、その多くは、幼子イエスを抱いている聖母だという気がします。あまりに、不思議なことがご自分の身に起こり、それこそ、希望を持つことも難しかったであろう聖母。彼女だからこそ、受け入れることすら難しい希望をも、すべて理解してくださり、この方と共に、神に祈りを捧げるとき、その祈りは様々な困難と共に、信仰者の持つ真の希望へと向かうのでしょう。 今日いのった家族が癒されるまで、これから何年もかかるかもしれませんし、どのようになっていくのか検討もつきません。希望を願って祈りたいと思います。主は今日言われました。「あなたの信仰があなたを救った」と。主の言葉を何年、何十年後かかるか分かりませんが、真っ暗の中にも希望へと歩むことのできる祈りを捧げ続けていきたいと思います。
2007.07.09

今日は7月7日。七夕ですね。もちろん、まだイタリアはこの時間昼間なのですが、今夜の星空が楽しみです。今日のペルージャは快晴です。きっと、夜は星が見えるでしょう。近くに高速道路が走っているし、星がいっぱいということもないのですけど。 夜12時を過ぎると、教会を照らすライトが少し暗くなるので、少し庭の方に出て星空を見てみようと思います。夜は犬が走ってくるから少し怖いんですけどね。犬といってもシェパードのような大型犬ではなく、小さなやつなんです。しかも、とても臆病なのです、特に昼間は。それが夜になると、走ってきてほえるんです。小さいくせにがんばります。ただ、ほえても誰もでてこないのが、問題なのですけど。 それと、最近、小さい蚊が発生しています。普通の蚊の3分の1くらいでしょうか。でも、それに刺されると腫れあがってしまうので大変です。修道院の庭のベンチでお昼寝するのが日課だったのに、お昼寝していると、親切なイタリア人の神父さんが起こしにきてくれるのです。蚊に刺されるとだめだからって。長袖、長ズボンだから大丈夫だと思うのですが、新設を無にする必要もないので、部屋に戻ってお昼寝しています。 休み中なので、がむしゃらに勉強ということもしませんが、結構本を読む速度も上がってきたので、ぼちぼちとよんでいます。イタリアって、本を出すのが簡単なのかわかりませんが、結構小さくて、それひとつだけを書いた本が結構あります。召しだしのマニュアルとか。なかなか面白いですが、幼児洗礼の少ない日本では、ちょっと使えないかなってかんじでした。次は清貧についてのマニュアルを読んでみましょう。
2007.07.07

サクロ・エレモの帰りに、ラ・ベルナに寄りました。ここも有名な巡礼地です。アシジの聖フランシスコが、この場所で聖跡を受けたので有名です。サクロ・エレモから1時間くらいでしょうか。 ここも山のてっぺんにある静かなところですが、有名な巡礼地とあって、レストランとか案内所とかがしっかりあります。バスの便もよく、多くの人が訪れます。 これがメインの聖堂です。ここで、昼の祈りと祈りの行列が始まります。昼の祈りが終わった後、聖跡の聖堂まで、祈りながら行列し、聖跡の聖堂で祈りをして、またこの聖堂に戻って、祝福を受けました。ちょうど修道女の黙想会があり、司教が黙想指導をしていたので、司式は司教で、行列も荘厳なものでした。夕方のミサは、この聖堂で共同司式をさせてもらいました。 ここで、聖フランシスコが聖跡を受けたという聖堂です。行列のときはともかく、この聖堂はとても静かです。祭壇の後ろにある絵というか彫刻というかは、非常に興味深かったです。多くの人が静かにここで祈っていました。きっとフランシスコも、この場所で何か大きなことを神と語り合ったのだろうと思います。ここは、フランシスコが寝ていた洞穴です。貧しいとか、そういう言葉では、表現できない雰囲気があります。大きな岩に、洞穴があって、フランシスコは、そこで寝泊りしていたそうです。とても固くて、冷たい岩でした。 聖堂の前には、大きな十字架が立っていました。私はこういう大きな十字架を見るのが好きで、かなり長い間、この前に座って祈っていました。十字架を見上げていたといったほうがいいかもしれません。晴れと雨が交互に来る、変な天気でしたけれど、天に向かって立つ十字架は、とてもいいものでした。 とにかく、有名な巡礼地を3箇所回ったのと、色々考えさせられることもあったので、疲れました。日記を書くのも疲れたので、このくらいにしましょう。
2007.07.06

なぜかよくわかりませんが、修道院で遠足に行くことになりました。ひょっとすると、前から決まっていたのかもしれませんが、月曜の夜に、水曜日に遠足に行くからといわれたのです。「カマルドリ」に行くといわれたのですが、何のことかさっぱりわからないものの、院長と副院長が一緒に行くのだから、きっといいところなのだろうと思って、出発しました。 出発してしばらくすると、畑に葉っぱがいっぱい植わっているので、なんだろうと思ったら、今はタバコの季節だそうです。ウンブリアはタバコの産地なのでしょうか?よく知らないのですけど。 大体2時間か2時間半くらいでしょうか。途中から山道をクネクネと走りながら、山奥に入っていき、ついに着きました。サクロ・エレモというベネディクト会の修道院でした。大体1100年前後にできたものだそうです。ここには、2つ修道院があって、このサクロ・エレモとカマルドリというところにあります。サクロ・エレモは、修道士一人一人が小さな家を持っています。聖ベネディクトの戒律を完全に守ろうとしたら、確かにこういう生活になるわけですが、初めて見ました。こういう個別の家を持っている修道院。 ちなみに、食事とミサは共同です。生活と祈りは完全に一人でやるそうです。もちろん、お年寄りも多いので、ひとりで生活できなくなると、共同の家に移るそうですけど。今、生活している修道士の家も見せてもらえました。普通はもちろん入れないのですが、副院長がたびたびここを訪れているそうで、特別に入れてもらえました。ただ柵の内側は写真厳禁なので、写真は撮れませんでしたが、確かに何もない部屋で、ここは祈るための場だという気がしました。当然生活の場でもあるわけですが、その生活は完全に祈りと一体化しているということでしょう。ちなみに、この修道院は多くの修道士が禅をしているそうです。修道院の売店も外にあるのですが、そこには座布も売っていました。ほしかったのですが、42ユーロもしたので、あきらめましたけど。 今生活している家の中は撮れませんでしたが、公開されているところもあったので、そこの写真を載せておきます。ほとんど同じです。ベットはわらで作ったシートがあって、枕もわらで作ったペラペラのものです。机もありますが、木で作られた小さなものです。各家にあるかどうかわかりませんが、聖堂がついていました。家の中に部屋は3つ。寝室、机、聖堂です。ほとんどが司祭ではないので、もちろんここでミサはささげられませんが、公開されているところは司祭の部屋だったのでしょう。祭壇がついていました。 きっと、朝早くおきて、すごいスケジュールなのだろうと思いましたが、共同の時間割は我々とあまり変わりません。孤独と共同生活をバランスさせようとすると、やはりこのような時間割になるのでしょう。 6:00 読書課 7:30 朝の祈り11:00 ミサ(日曜日)11:30 昼の祈りとミサ(平日と土曜日)19:00 晩の祈り この修道院は本当に山の中にあります。ただ、ここまでシエナからのバスもあって、多くのイタリア人が巡礼で訪れるそうです。何かがあるわけではないのですが、ここに来るために出かけるというので、これで少しイタリア人の信仰というのがわかる気がします。普段はあまり教会に来ない人も、休暇などでは、多くの人が巡礼地を訪れるのですから。ここは本当に静かです。こういう場所が日本の黙想の家にもあったらいいなとおもいます。修道生活の基本的な柱の一つは「孤独」です。これは日本語に直接訳すと、変になりますが、さみしくない一人ぼっちといえるでしょうか。これは私が今勉強しているところなので、書くと長くなるのでやめますが、ただ単に神様が一緒にいるから、孤独でいいのだという短絡的なものではありません。これについて、話をするのは日本に帰ってからにしましょう。 さっきも書きましたが、ここから車で30分ほど降りたところにもうひとつ、「カマルドリのモナルテロ」があります。直訳すると、修道院ですが、ここは共同生活です。中には入れなかったので、写真はないのですが、ここは修道士がレクチオ・ディビーナの講座を開いているなど、サクロ・エレモに比べて開かれています。歴史的に別れた理由があるらしいですが、このあたりが違いでしょうか。ちなみに、レクチオ・ディビーナの講座には、毎回100人以上の人の集まるというのですから、すごいです。ちなみに、この修道院は薬局(ファルマチア)を持っていて、昔からここでは色々な薬などを作っていたそうです。今でも、香水とかワインとか、石鹸とかが売られています。薬を作る過程で発見されたものなのでしょうね。薬局といっても、結局は病院みたいなものだったのでしょうか。 本を読むだけではわからないこともあるので、今回自分の目で、修道院を見て本当によかったと思います。やはり祈りには静かさが大事だと感じました。
2007.07.04
私の会の創立者が、会を創立するとき、40日間の黙想をしました。そのとき、日記をつけているのですね。その日記の新しい版が出たのです〔日本の管区本部とシスターのところには、一冊ずつ送ることにしましょう。〕。これはなかなかすぐれもので、オリジナルの写真がついているのですね。前の版から、変更されているところが何箇所かあるようです〔まだ確認していません〕。というのは、うちの創立者、かなり字が汚いです。これは暗号解読が必要だと思えるものもあります。この版には、日記のオリジナルが写真になって、ついているので、おかしいと思えるところは確認することができます。 ちなみに、この日記は既に日本語に訳されているのですが、英語からの訳なので、関係代名詞のかかりかたが間違えているところがあるので、帰国する前に、全部訳しなおしてみましょう。結構解釈も難しいところがあるので、その点もこっちの専門家の神父に聞いてみようと思います。これは会員だけでなく、日本の教会のための奉仕だと言う気がするので、がんばってみましょう。ちなみに、すぐにはできません。特に来週から、かなり忙しくなるので、巡礼団、司祭叙階式、旅行、黙想…が連続してあります。ただ、その中でも、創立者の書いた最初の公の文章ですから、一日少しずつ読んでいくつもりです。もちろん、読むのと訳すのは、全然違うので、訳すのは読むことの数倍の時間がかかるので、あまり早くはできないでしょう。 結構あちこち、うろうろしているのですが、まだパソコンが修理から戻ってきていないので、うまく写真を載せられません。理屈では、ここのネットポイントでもできるのですが、セキュリティソフトが一切入っていないところなので、ウィルスの感染が怖いので、メモリースティックもつなぐことができません。早く直って戻ってきてほしいものです。日本ってやっぱり便利なんですねぇ。
2007.07.03
今日は日曜日。当然ミサがありました。朝9時のミサで、共同司式しようと、イタリア人の神父様に誘われて、「福音読んでね」といわれたので、用意をしていました。アレルヤ唱が終わって、「さて、読むぞ」と気合を入れてたら、その神父様が、いきなり説教を始めたのです。私もそうなのですが、信者さんたちをポカーンとしていて、一人の信者さんが、「まだですよ」ってたぶん言ってくれようとしたのだと思うのですが、神父様、気合が入った説教で聞かないのですね。ちょっとして、やはりここは司祭が行かないといけないと思って、私が神父様のところに行って、「まだ読んでないんですけど」っていったら、「なんで読まないのだ」って叱られました。「ええっ」とびっくりしたのですが、ここは動揺せずに朗読朗読。ミサが終わって、何人かの信者さんに、「よくやった」とほめられました。ほめられるほどのことでもないのですけどね。面白い日曜日のミサでした。
2007.07.01
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