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大風邪をひいてしまいました。ここ数日体調が変だなと思っていたのですが、一 昨日の夜から微熱が出始め、昨日は9度くらい出て、びっくりです。昨日、今日 とずっとねているので、背中が痛くなってきたので、ちょっと書いていなかった ブログを書いてみようと思ったわけです。 日本では風邪をひいたら、すぐに近くのお医者さんに行って、見てもらっていた のですが、どうも外国に行くとお医者さんに行くのには勇気がいります。ローマ には日本人のお医者さんもいらっしゃるのですが、バスに乗っていかなければな りませんし、修道院と親しいお医者さんもいるのですが、イタリア語で病状を説 明するのは疲れます。幸い、手元にこの前もらった薬があるので、それを飲んで 少し良くなってきた気がしますが、やはり病気のときと言うのは、気分も落ち込 むし、さみしくもなるし、大変です。 自分で楽しみにしていた、聖モニカ、聖アウグスチヌスの祝日もミサができませ んでした。ふらふらしてもミサをやったほうが良いと言う考えもあるのですけど、 やはりただ発音だけしているミサはしたくないんですね。 それにしても、ローマは涼しくなってきました。昼間はさすがにまだ暑いですが、 日が暮れると、ぐっとすずしくなり、長袖が必要になるくらいです。夜もおなか を出して寝ていたので、それが風邪の原因ではないかと改めて反省していますが、 日本のようにエアコンがあるわけでなく、エアコンで温度調整されている環境に 慣れてしまっているので、このあたりがまだ甘いところでしょうか。 とにかく、早く治さないと、皆に心配ばかりかけますからね。それでは、また。
2007.08.27

フェリーを降りて、すぐにローマに戻っても良かったのですが、船があったので、カプリ島によってきました。 サレルモという町から船に乗っていくのですが、海岸線沿いに走っていくので、なかなか風景は見ごたえがあります。もしサレルモから船に乗られるのでしたら、船の右側に座ってください。ナポリからの船は直行しますが、サレルモからは海岸線がなかなか綺麗に見えて、それだけでもいい観光になると思います。ちなみに、カプリ島に近づくと船は結構揺れます。日本の船はできるだけ揺らさないようにしてくれますが、イタリアの船はバスと同じですね。波に真っ向から対抗して走るので、すごく揺れます。島に近づくと、クルーの人がビニール袋を持って、気持ち悪そうな人のところに持っていってくれます。 カプリ島はイタリアのリゾート地として有名です。青の洞窟と言う洞穴があるのでも有名です。ただ今日は波が高くて洞窟に入ることはできませんでした。島を一周する観光船に乗ってグルッと周ってきました。確かに綺麗な島ですね。しかし、もう疲れてしまっていたので、すぐに帰ってきてしまいました。 カプリ島にいかれるなら、島に渡る前に、青の洞窟に入れるかを確認してからがいいと思います。それから高速船とフェリーがありますが、時間にして30分ほどしか違いませんが、値段は大分違います。揺れも高速船の方が揺れますから、フェリーで行かれると、少し快適かもしれませんね。 ということで、結構移動の多い旅でしたけど、楽しかったです。今回の旅で感じたことは、多くありますが、シラクーサは、もし可能なら行かれるといいと思います。よく祈ることのできる地です。
2007.08.21

今日は今回の旅の目的でもある、シラクサの聖母の教会に行きました。正式には、ラクリーメの聖母といいますが、1953年の8月29日から9月1日まで、マリア様が涙を流されたという場です。この教会はとてもとても大きな教会です。何千人という人が集うことができるでしょう。3層構造になっていて、大きな聖堂が2つ、そのほかに小さな聖堂が12くらいあったと思います。天に向かってそびえているので、遠くからでもすぐに分かります。朝7時に教会に行き、7時半からミサでした。それから、泣かれたという聖母のところにいって、お祈りをしてきました。(教会外観・塔はとても高いです)(教会内部・とても広いです)(屋根を内部から見た様子・天に突き刺さっていく感じがします) 泣くとか出現すると言うと、私達はすぐに奇跡とか、それが幻だとか色々考えたりするのですが、巡礼に言って最も大切なことは、そこでゆっくりお祈りすることだと思います。なぜ泣かれたかとか、歴史とかを知るのも大事なことですが、多くの人がその場で祈っているところで、私もその一人として、教会の一員として、小さなものとして祈ることがもっと大切でしょう。5分10分お祈りするために座って、すぐに次の場所に移っていくというのもいいかもしれませんけど、椅子に座って、跪いたりして、神様と共にいる時間を普段とは別の場所で持つと言うのは、それだけで巡礼の意味があると思います。その意味では、別に遠くまで来なくてもいいわけですけど、多くの人が祈った場と言うのは、やはり尊い聖なる場なのですから、その場に自分を置くと言うのは、これも大事なことだと思います。実際に巡礼地では、よく祈れると思います。 この地には、もう一つ大切な場所があります。大失敗したことに名前を忘れてしまったのですが、ペトロの弟子がペトロに派遣されて、シラクーサにきて、宣教し、殉教した場所があるのです。私達は司教と呼びますが、それは単に信仰が厚い人というだけでなく、教会から派遣されて、やってきたと言うところに大きな意味があります。特に彼はペトロの派遣によってきたのですが、これは現在の司教職と一致するものですし、教会の大きな流れを感じることができます。カタコンベ(地下墓地)に、その跡があるのですけど、その時代の人は司教がなくなった後も、彼のお墓の前で罪の告白をしていたそうです。やはり、相当人々の信頼も厚く、殉教がしるしとなって、世を照らしたということでしょう。 その他にもギリシャ遺跡が多くあります。ディオニシオの耳といわれる耳の形をした石切り場とか、やはり大きなギリシャ劇場もあって、これも楽しかったのですが、やはりキリスト者にとっては、前の二つが強烈に印象に残るでしょう。今日は結構ハードな一日で、シラクーサを周ってから、すぐにメッシーナに向かいました。電車で4時間くらいですが、そこからフェリーに乗ってナポリに向かいます。フェリーはオーバーブッキングで部屋がなくなってしまったので、廊下にタオルを敷いて寝ました。結構多くの人がそうして寝ていたので別に気になりませんでした。ちょっと床が固いので熟睡と言うわけにはいきませんが、それなりに眠れるものです。結構疲れていたと言うのも、あるでしょうね。
2007.08.20

今日はタオルミーナという町に行きました。ここはギリシャ遺跡が多くあって有名です。シラクーサから見て、カターニャよりも向こうにあるので、ルートの作り方を間違えた気がしましたが、がめつく観光と言う旅でもないので、また電車にゆられてゴトゴトと走っていきました。2時間くらいでしょうか。町は山のてっぺんにあるので、駅からバスで上っていきます。15分くらいかな。シチリアの風景と言うと、荒れた岩肌というイメージがありますが、この町はそのイメージぴったりです。 結構日本人観光客も多かったので、日本でも有名なのでしょうね。そして、この町は何がすごいかと言えば、やはり海でしょうね。ケーブルカーで山を降りると、きれいなきれいな海があります。映画にも出てくるイソラ・ベッラ(美しい島)というところに降りるところができます。海水浴場になっていて、今はバカンスのシーズンですから多くの人が泳ぎに来ていました。でも、イタリア人はあまり海に来ても泳がないで、横になって、体を焼いていたり、浜辺にベンチを借りて寝転んで本を読んだり、おしゃべりをしたりしているのが多いみたいです。日本のように海が人でいっぱいと言うことはありませんでしたね。イソラ・ベッラは、どうやら入れないらしく、外からしか写真は撮れませんでしたが、綺麗な海に綺麗な島があるのですから、確かに絵になる風景です。ついでに、この町にはたくさんのお菓子屋さんがありました。とても甘そうだったので食べませんでしたけど、今から考えるとおいしそうなので、やはり食べておくべきでした。失敗です。 でも、休憩しているとき、アイスクリームのサンドイッチを食べました。パンにアイスをはさんでいるだけですが、これがとてもおいしいのです。一度試してみてください。結構癖になる気がしますよ。
2007.08.19

今日から3泊ほど、シチリアに行ってくることにしました。休暇と、シラクーサの聖母のサントゥアリオに巡礼にいくためです。夕方4時45分の飛行機で、ローマからカターニャに向かいました。飛行機はAir Oneという航空会社でしたが、綺麗でいい飛行機でした。約1時間15分でカターニャの空港に到着しました。土曜日だったので、カターニャからシラクーサへの直行のバスがなかったので、一度町にでて、電車でシラクーサに向かいました。 ホームにいってみると、何やら1両だけの電車が止まっているではないですか。 カターニャもシラクーサもシチリアでは大きな町ですから、まさかこの1両の電車(ディーゼルですからで列車でしょうか?)だとは思わなかったのですが、車掌さんに聞いてみると、やはりこの電車でした。中に入ってみると、何かとてもレトロな感じの椅子があって、40年位前にタイムスリップしたみたいな気がしました。ごとごととゆれながら、時々ピーって警笛がなるのを聞くと、何か旅に出ていると言う気がしました。しばらくすると、エトナ山が見えてきました。1993年に噴火して、真っ赤な溶岩を出していたので、有名な山です。今も噴煙は上がっているようです。ちょうど海に差し掛かるところで、夕方とも重なって、とても綺麗な風景です。写真ではなかなか映らないのですが、海もとっても綺麗です。電車の旅はバスとは違い何かいいような気がしますが、何がいいのでしょうね。1時間半くらいかけて、ようやくシラクーサに到着です。もう日が落ちていたので、暑くもありませんが、ローマより少し湿気があるかなと言う気がしました。すぐに小さな食堂に入ってご飯を食べたのですが、海の幸いっぱいで、大満足でした。 今日はほとんどただ移動しただけでしたが、旅行している気分いっぱいで、大いにリラックスできました。
2007.08.18
今日は聖母被昇天の大祝日でした。そして日本は終戦記念日でもあります。政治的にことでバタバタすることは、毎年ですが、平和を祈り求める私達にとって、今日はとても大事な日です。昼食で仲良しの韓国の神父様と一緒になりましたが、彼とは日韓関係について、偏見なく対話することが可能ですが、今日はイタリア人やインドネシア人も交えて、前の戦争の話になりました。インドネシアももちろん日本軍が駐留していたので、戦争の時の日本と言うとあまりいい印象はないのですね。まあ、色々といわれましたけど、戦争と言うのは、本当に人の心に大きな傷を与えることだと感じました。 これは昼食の話なのですが、今朝6時に起きて、7時のミサの準備をしていました。6時50分に香部屋に行き、7時に聖堂に行ったら、誰もいないじゃないですか。いつもブラザーが4人いるはずなのに。聖母被昇天の祝日にミサに来ないとは、この不信心者と、ぷりぷり怒って、小聖堂に行って、一人でミサをしました。 ミサを終えて、部屋に帰って、片付けなどをすると、聖堂の方がなにやら賑やか。聖歌らしきものが聞こえてきて、総長が司式する声が聞こえるじゃないですか。「ああーーイタリアは今日、国の祝日なんだ」と気づいたのは、このときでした。日曜、祝日は、ミサが8時からなのです。しかも大祝日だから、ここにいる会員みなが集まって、ミサを捧げているのですね。まあ、ミサがなかったというわけではないので、取り返しのつかないミスと言うことはないですが、失敗失敗。 涼しくなってきたので、朝晩は過ごしやすくなってきました。日本は今猛暑のようです。お体にお気をつけください。
2007.08.15
今日は、聖マクシミリアノ・マリア・コルベ神父様の祝日ですね。今朝もミサを司式しようと張り切っていったのですが、今日は私の会の総長の誕生日で、総長が共同体のミサに来られました。総長を補佐につけることなど、できるわけもなく、主司式してもらいました。今日はちゃんと準備していったのに、少し残念といえば残念ですが、総長と共同司式できることは少ないので、とてもいい機会でした。 そして、今日の祝日は日本でも宣教され、アウシュビッツでなくなられた偉大な司祭、殉教者であるコルベ神父様ですが、非常に真面目で固い人だったそうです。固い人というと、今の時代はマイナスイメージを受けるときもありますが、自らの生き方に忠実であればあるほど、固くなるだろうなと最近感じます。この固さというのは閉鎖的という意味ではなく、むしろ固いからこそ発するメッセージの真実さが伝わるような気がします。彼は日本にいた期間はそれほど長くなく、特別大きな業績を残したわけでもないでしょうけれど、彼の生き方にカトリックでなくても、共鳴する人が多いのは、頑固なまでの生き方に、「なぜ?」と感じるからではないでしょうか。 日本では「なぜ?」と考えることが少なくなってきました。社会はサービスに熱心で、ある意味で、問いも答えも与えてくれるからです。今ローマで学んでいて、感じるのは、いかによく問えることが大切かと言うことです。私がよく勉強を教えてもらう神父様がいるのですが、質問すると、彼は私の質問を、自分の質問に変換して、言い直してくれます。質問の意味を明らかにしてから、答えてくれるのですが、自分の質問が、なるほどこういう意味だったかと感じることがしばしばあります。この問いを深めていくと、多くの場合、自分の持つ質問は「なぜ?」に行き着くような気がします。もちろん、これは私の個人的な傾向なのかもしれませんが。同時に、人が回心をする可能性があるとするなら、それは必ず「なぜ?」に結びつくような気もします。 なぜコルベ神父は、殉教の恵みを与えられたのでしょう。今感じることは、彼の死を通して、神は自らが最も嫌うことを世に明らかにしようとされたからではないでしょうか。それはもちろん、人間の罪であり、戦争であり、尊厳の無視ということでしょう。明日は全世界のカトリックは、聖母被昇天を祝います。御復活についで、大きなお祝いの一つです。今晩から、明日にかけて、修道院でも大きな祈りの時間が設けられています。聖母が天に上げられた記念。この大きな喜びと栄光が私達に何を語ってくれるのか。今日と明日、マリア様のことを、熱心に伝え、マリア様と共に祈ったコルベ神父様と一緒にゆっくり祈り、深めていきたいと思います。
2007.08.14
何度も書いていますが、今イタリアはバカンスの時期です。昨日の夕食はたった13人しかいませんでした。古くからここの修道院にいる神父様が、「歴史的な少数だ」とびっくりしていました。本当に少ないですねぇ。 13人のうちの半分は、ブラザーですから、今この修道院で現役で働いている神父は少ないわけです。朝、5箇所のシスターの修道院に行かなければならないので、今週は何度かブラザーと一緒にミサを捧げないといけません。要するに、私が司式しないといけないということです。今日は別の神父様が司式をすると昨日言っていたので、朝ゆっくり起きて、聖堂に行くと、誰もいません。ブラザーが4人座っているのですけど、司祭がいないのです。そこに、ひょこっと院長が現れて、「ミサしてね」と一言いって、去っていきました。 毎晩寝る前に、福音は読んで寝るのですけど、ミサでは音読しないといけないのです、当たり前ですけど。練習していなかったので、ちょっと悲惨でした。食卓の典礼は、毎日ほぼ同じなわけですから、問題ないのですが、やはりことばの典礼は、練習しないと駄目です。なんとなく、今週は何度も司式しないといけない気がしますから、ちゃんと練習して寝ようと思います。 ちなみに、ローマは昼間はまだ暑いですが、朝晩は本当に涼しくなりました。少し勉強しようという気が起こってきました。よかったよかった。
2007.08.13
今日はアシジの生んだ偉大な聖人の一人、聖クララの祝日です。日本ではフランシスコが圧倒的に有名ですけど、フランシスコを語るときに、クララを除いて語ることはできないでしょう。私もそれほど詳しいわけではありませんけど、クララは最もフランシスコに近かった人の一人です。フランシスコの精神は、その最も近い人に理解され、その人の生き方を変えていったという事実がクララの生き方にあると思います。もちろん、クララも高い霊性を持って人だったのでしょう。クララ自身は観想修道女でしたから、決して派手な活動を行ったわけではないですが、それでも、アシジを攻めてきたサラセン人を撤退させた奇跡とか、多くの人が少しでもいいから、クララの声を聞きたいとサンダミアノの修道院に押し寄せてきていたようですから、やはり素晴らしい宣教を行っていたわけです。 聖クララの日に何を祈ろうか、それを考えていましたが、今日は、いのちについて祈ることにしました。サラセン人を追い払ったと、奇跡のように書かれていますが、多くの人を殺害して、略奪を繰り返していたサラセン人ですが、きっとクララに出会って、声を聞いただけかもしれませんけど、回心の体験をしたのではないでしょうか。 北風と太陽の話のように、サラセン人を力で追い払うのはきっと不可能だったことでしょう。しかし、クララの祈る姿、彼女を通して示される神の栄光を前にして、きっとサラセン人は、いのちというものに出会ったのかもしれません。 今の日本でも、このいのちへの体験というのは、とても大切だと感じています。日本のニュースをインターネットで見ますが、自殺や殺人などのニュースが多くて、時にはがっかりさせられることがあります。私の友人が、「いのちの大切さ」というCDを作っているのですが、これを以前、何度も見ていました。みるというか、パソコン用のCD-ROMなので、パソコンをさわっていたのですけど。小学校とか中学校の副教材として作成されたらしく、完成度も高いものですが、それ以上に、いのちの大切さを、私達がどのように考え、どのように伝えていくことができるのか、そのヒントになることが多く収められています。まだ販売は続いていると思いますから、機会があれば、ぜひご覧になったらいいと思います。http://blog.aldus-asile.com/?eid=76221 今日、クララの祝日に、私達を通して、いのちの大切さが、この世界に伝わりますように。そして、私達自身が、一層いのちへの憧れと希望を持つことができますように。
2007.08.11

今日、私のところを尋ねてきていた青年がフランスに旅立って行きました。とても、生意気なくせに、人に頼ろうとする部分もあるところが、何か自分と似ていて、おかしかったですね。だから、いらいらするところもあるのですが、私も周りに対して、ああなんだろうなと感じました。周りの方々、ご迷惑をおかけしています。 この時期、フランスにイタリアから行く電車は、ほぼ満席です。ローマからの電車は5日後までとれなかったので、フィレンツェ発になりました。ひとりで行かせてもよかったのですが、彼はこれから3ヶ月、また結構大変な旅をするみたいなので、ここは最後まで面倒を見ようと思ったので、ついていくことにしました。丁度彼が、ピサを見たいというので、ピサを訪れてからフィレンツェにいきましたよ。 このピサという町は、それなりに大きいのですけど、観光のスポットは、ピサの斜塔のある広場だけでしょうか。普通の町の中に、綺麗な大聖堂と斜塔が並んでいます。 一つの広場にスポットが集まっていると言うことは、そこを見るだけで終わるわけですから、地味と言えば地味な町なのでしょう。駅からLAM Rossa という番号のバスに乗って10分くらいでドゥオモの前に着きます。みんなが降りるので分かりやすいです。城壁の中に入ると、すぐに大聖堂と斜塔が目に付きます。やはりびっくりしたのは、斜塔って、本当に傾いているって言うことです。ちょっとびっくりするくらい傾いています。きっと日本だったら、とっくに撤去されているのではないでしょうか。 結構、世界の名所の写真などを見て、期待して訪れるとがっかりするということが多いですが、斜塔は期待以上です。期待以上に傾いています。塔の上にも上れるのですが、3時間待たなければならず、私のローマに戻る電車に間に合わないので、残念ながら上りませんでした。傾いているところを上るのですから、結構面白いかもしれませんね。次回上りたいと思います。 もう一つ面白かったのは、斜塔の前では、多くの人がいろんなポーズをとって、写真を撮っているのです。もちろん斜塔を支えているとか、押しえているとか、パターンは決まっているのですけど、大体皆が同じポーズを取るというのは、とてもおかしいですね。 きちんと写真に納まっていれば、絵になるわけですけど、別の角度から見ると、とてもおかしな絵になります。これをあちこちでやっているわけですから、斜塔の前の広場は異空間となっていますね。 ピサはフィレンツェから電車で1時間半くらいのところにあります。フィレンツェに泊まれば、日帰りでいけるわけですけど、見るスポットは少ないので、時間がある方だけにお勧めします。もちろん、斜塔をみると結構感動しますから、見に行って後悔することはないでしょう。大聖堂の中もきれいですしね。観光スポットの中に聖堂があって、そこを多くの人が訪れるということは、とても意味があると思います。日本では、教会を訪れるというのは、少し勇気がいることですから。観光の時間の中で、聖堂に入って、何か祈りを感じてもらえることがあれば、素晴らしいことだと思います。どのようなきっかけで、神様の愛に触れるのか、それは人間には分かりませんが、観光地にある教会を通して、きっと多くの人が何かを感じていっていると思います。これは、教会がもつ大事な使命の一つではないでしょうか。神様は、すべての人が救われるのを望まれているのですから。
2007.08.10
今日は多くを語る必要はありません。日本に2つ目の原爆が投下された日です。亡くなった人、今も苦しんでおられる方のために、そして平和のために、いのちのために、祈りの一日にしようと思います。
2007.08.09
なぜか分かりませんが、ブラウザからブログが更新できなくなりました。色々 試しているのですが、うまくいきません。 ローマは暑いです。一時期の猛暑は去って、夜は涼しくなってきましたが、や はり日中は外に出るのが嫌になります。そうなると、修道院から外に出ることが 少なくなるわけですが、ローマの本部修道院は、大きな敷地の中にあって、外か ら木で遮られえいて、かなり静かです。夜は近くのコロッセオで夜一時くらいま で、音楽祭をやっているので、これには参りますが、昼間などは車の音もあまり せず、別世界です。きっと中世の修道院は、こんな感じだったのではないでしょ うか。 あまり引きこもっていても問題なので、散歩がてら、4大聖堂を回ってきまし 。全部歩いてと思ったのですが、さすがに聖パウロ教会は遠いので、最後電車に 乗ってしまいました。イタリア人が少なくて、外国人が多いのは、この夏のロー マの特徴みたいなものですが、これだけ人がいながらも、結構聖堂内が静かなの には、驚かされます。聖ペトロはどうしてもざわざわしてしまいますが、他の3 つは、多少話し声はするものの、静かです。観光だけでなく、巡礼に来ている人 が多いと言うことではないでしょうか。 写真がうまく載せられるか分かりませんが、写真は私が住んでいる本部の修道 院です。 明日はバチカン美術館にいってみようかと思っています。
2007.08.09
ローマに戻ってきて、暑さもあって、少し体調が悪かったです。おなか壊してしまったり。ちょっと疲れが出てきていると言うことかもしれません。少しおとなしくしないといけないようです。 今、日本から青年が一人来ています。前に少し書いているとおりです。明日彼はローマを出発しますが、若さを全面に出して、強がっている雰囲気が、10年、15年前の自分と似ているような気がして、懐かしい気がしています。ローマに来て、1年。ここで一番学んだことは、自分の弱さとそれを受け入れてくれるコミュニティですが、受け入れるとは必ずしも居心地がいいということを意味するわけではありません。共同生活は、それなりにストレスもたまるものですし、その中で自分の場を見つけるのは、結構大変だからです。外国人が強さで対抗しようとすると、疲れますね。強さや能力で自分の場を見つけていくと言うのも、一つの方法なのでしょうが、お願いしなければ何もできないことも多く、それを頼む謙りと、頼みを断られたときの謙遜さを学んで、共同体と共に生きていくと言うのも一つの方法だと思います。 これは決して修道生活に限られたものではないでしょう。家庭でもそうだと思いますし、会社のような小社会でもそうだと思います。特に家庭は最も大事な共同体の一つであって、義務とかも関わってくるので、少し見えにくいですが、謙遜さが求められ、大事な位置を占めるはずだと思います。これは今、少し考えていることなので、またの機会に書きたいと思います。 今ローマの修道院はあまり人がいないのですが、韓国人の神父さんはいます。彼とは別に仲良しと言うことはありませんが、関係はいいですし、彼は自分の主張も強いですが、人の話を良く聞いてくれるので、ここでの私の生活にはなくてはならない人です。青年が来ているので、昨日3人で韓国料理に行きましたが、そこで色々話ができて、今朝3人でミサをしました。イタリア人のおじさんがミサにあずかりたいと言われたので、4人になりましたが、今日は主の変容の祝日です。英語でするつもりだったので、説教と言うか、お話も英語で考えていたのですが、イタリア人のおじさんがきたのでイタリア語でしなければならず、頭が混乱しました。 今日は日本では広島の原爆の日です。主の変容の祝日が原爆の日とは、とても意味深いと思います。日本人は今日、平和を強く願うときだと思います。多くの人が一瞬になくなりました。今でも苦しんでいる人がいる。神学的な意味は多く語られていますが、主の変容は、私達と共にいてくださる主が、確かに父の右の座におられ、この世界をみておられることを確認することでしょう。天と地が、神と人間が、確かに結ばれているということなのです。私達は、原爆の日に平和を祈ります。しかし、今世界では相変わらず戦争をしているのです。22人の韓国人の人がアフガニスタンで人質にとられています。争いと憎しみが目に見える形で現れている出来事です。平和を祈ると言うことと、平和な世界が訪れると言うことは、つながっているはずなのに、なかなか平和が実現するのは難しいのです。しかし、主の変容とは、それが確かに可能であって、平和を祈ることは平和になることだと知ることができます。平和とは何かを語るのは、ここではふさわしくないでしょう。多くの人がなくなった戦争を決して忘れず、平和に向かって歩むとき、歩む道は自ずと示されていくはずだからです。イエスはエルサレムへ向けて歩み始められていますが、そこには十字架があるにもかかわらず、イエスは歩まれまれたのですから。平和のために祈るとき、人質になっている韓国人のために、祈ることは絶対に必要でしょう。それは今日のミサの分かち合いの中で、韓国人の神父さんが語ってくれたことです。政治的に難しい状況にあるのだが、彼らが解放されることを、そのことを神に祈りましょう。これは祈る中で大事なことで、祈りが自分から離れず、具体的なイメージを持って、祈りに私達が責任を伴うということです。神に祈るというのは、とても具体的なはずです。もちろん、何を、どう祈ったらいいのか分からないことも多いのですけれど。 原爆ー主の変容ー人質 この今持つ具体的な複雑な構造の中で、今日ミサを捧げました。よく祈れたと思います。自分達が持つ願いの核が見えてきたような気がします。そして、十字架の意味も少し分かったような気もしています。天と地を確かな絆で結ぶために、主は十字架という道を歩まれました。今日、私達が祈り求めることに、道が示され、真の平和が来るように、祈りを捧げたいと思います。
2007.08.06
ペルージャからローマに戻ってきました。ペルージャではインターネットの接続があまりよくなかったので、ブログを更新できませんでしたが、ローマでは比較的つなぎやすいので、これからまた更新して行こうと思います。あまり更新していなかったので、多くの方から心配メッセージを頂き、ありがとうございました。 ローマはとても暑いです。ペルージャの修道院は土の上に立っているので、暑いといっても、まだ大丈夫でしたが、ローマは岩の上に立っているので、石が焼けてしまって、温度がなかなか下がらないのですね。それでも、先週は昼間40度を超してしまい、夜は暑くて眠れないという日が続いたようですから、それに比べれば大分ましになったのでしょう。それでもやはり暑いので、昨日扇風機を買ってきました。こっちはクーラーというものがほとんどないので、扇風機が暑さ対策の最高の味方です。 外を歩くときには、水の入ったボトルが必要なのですね。水はローマの街角のあ ちこちにある水飲み場で補給すればいいのですが、空気が乾燥しているので、あ まり汗が出ません。正確には出ているのですが、すぐに蒸発して、汗をかいてい る気がしないので、どうしても水分不足になってしまいます。日本人の観光の方 が、気分が悪くなって座り込んでしまっている姿を時々見かけますが、水不足の ことが多くて、お水をさしあげたら、あっという間に500ccの水を飲んでし まわれることがありますね。 聖書の中には、水に関する記述が多くあります。聖書の書かれたパレスチナの地 は、ローマに比べて、水はもっと手に入りにくく、暑く、過酷な中で書かれた水 に関する記述です。 「谷川の水を求めて、あえぎさまよう鹿のように、神よ、私はあなたを慕う」 典礼聖歌にもあるこの言葉ですが、水を求めて、あえぐ姿。水を求めて、さまよ う姿。それは単に水を探しているのではなく、どこにあるかもしれない自分を生 きながらえさせてくれるものを求める姿であり、本当に生と死のぎりぎりの境を 歩んでいる姿なのでしょう。ほとんど希望もないとき、神を慕うことができるで しょうか。私達の信仰が問われている姿が示されているように思います。 日本も暑い日が続いていると思いますが、皆様お体に気をつけて乗り切ってくだ さい。
2007.08.05
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