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努力は、女がマタを開いて力を入れると書きますが、 別に いやらしい話ではない。 これは、出産だろう。 努力するのは、赤ちゃんを産む時だけはする。 それで、 我々がするのは、努力ではなく チャレンジ いつもお話していますが、この現実というのはみなさんが、信じ込んでいる観念を映し出す鏡です。 一番強い観念、自分にとってこれならばありえるだろうと思えるような観念が映し出されていきます。 ですから、自分がどんな観念をもっているかのかがわかれば、それを肯定的に使っていくことができます。 そして、だからこそ、現実というのは自分の観念を映し出しているのだということを知るのが、大切なのです。 物理的な現実は鏡にとても似ています。 もし皆さんが、悲しい人生や哀しい状況を体験しているとしたら、それは皆さんの中にある哀しさ、そして その感情を生み出しているか観念を映し出してみているのです。 みなさんが、朝 鏡をみるのと同じです。 鏡の中の顔が悲しい表情をしていても、鏡を触って笑顔に変えようとはしませんね。 鏡のなかの表情を外側から変えることはできません。 自分の顔の表情を変える事、それが唯一の方法です。 この物理的現実というのも 文字通り鏡ですからやり方も同じです。 自分の好まないものが見えたとき、自分の外側でそれを変える事はできません。 外側を変えたければ、自分の内側にあるものを変える必要があります。 なぜなら、外側というのは 存在しないからです。 それは 幻想です。 単に 映し出されているだけです。 みなさん、鏡を見たときわかるでしょう。 鏡の中の人物は、向こう側に本当にいるわけではありません。 それはただ 光が当たって反射し、鏡の中の人物が本当にそこにいるように見せているだけです。 自分のなかにあるものを いつも鏡のように映し出して気づかせてくれるのです。 以上引用 ヴァシャール8より
2010.03.31
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心ってどこにあるのでしょうね? 胸の辺りですか?脳ですか? 本当に そう思っています? 日記は続きになるのですが、津留さんが半田さんを理解した言葉で言うと 風船の内部を覗いているのがこの世界。 まさに、その通りなんです。 部屋の中にいるときは、壁が 表に出ると 空が 風船の内部を覗いている内部の表面。 まあ、なかなか理解できないでしょうが、 この構造に納得できないと、世界が鏡だといっても概念で終わってしまう。 そういう風にもいえるよねで 終わり。 鏡のようであるというわけではない。 比喩ではなく、まさに鏡。 じゃあ、風船の内部を見ているとして、 それは なんなんだということですが、 それが、心なんです。我々は、心を見ることができないのではなく、心しか見えない。見ているのが 心象風景なんです。
2010.03.31
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世界が鏡であるというのは、 体験からも、見ているものと脳の対応関係からも、説明できますが、 構造は、上記のようになっている。 自我は 物理的世界の真ん中にいて、無限に広がる宇宙の中のちっぽけな存在だと思っている。 自我は、二極を持つことで誕生した。 私とあなたは、違う。 生まれたときは、自我はないんですよ。 自我は記憶ですから、記憶が生まれたのは幼稚園くらいでしょう。 それでも、生まれたては 自と他の区別が無い。 自分のこと さっちゃんと 呼ぶわけで、 空間的にも 平面的なおかあさんの絵をかくわけで そういうところから、自我=時間・空間 の誕生。 これが、円の中心に生まれる。 いいですか、 これは、幻想なんです。 我々は、実際後ろを見ることはできない。 秘密は うしろの 正面にある 右の絵の 我々が空間だと思っているのは、外側ではなく 内側だったんだ~ まあ、これを知ったときは おったまげましたが、 この構造なくして、世界が鏡だとは思えない。 これを 半纏 反転といいます。 自我は、見えもしない感じることもない、無限の宇宙のなかにいることを なぜか知っている。 つまり、創造的自我 なんです。 思っているだけ、聞いているだけ、誰かの知識の鏡になっているだけ。 教科書に載っているから、信じているに過ぎない。仮説でしょ。 しかし、目の前の世界は 五感で感じる世界 リアルな世界がある。 これは 創造なんですが、無限の宇宙は想像の世界。 ないものを あるとしているのですよ。
2010.03.30
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与えたものが 与えられる世界 津留幸一 時間は、未来から過去へ流れている 苫米地英人 祈りはすでに 成就しています。 キリスト そのふりをしなさい トマス コンビニで一万円寄付する変なおじさんになりませんか 実現君 まあ、以上のことが 真実だとしたら、 お金持ちになりたい人は、どのように思考すればいいのでしょうか? すでに、お金持ちになればいい。 しかし、どうしてもそのように 思えない人は、どうしたらいいか? お金持ちのふりをすればいい。 どのようにして? 寄付をすること。 欲しいものを手に入れる方法は、 それを得る為の、努力をするのではなく、 その方法を考えるのでもなく、 ただ、出す、与えるだけでいい。 何故なら、世界は鏡だからである~これが 前提 笑えば、笑い 泣けば泣く 欠伸もうつる鏡の世界 だから 鏡は先に笑わないわけで お金が欲しいと 叫んでも 鏡の世界は その世界が生じるだけ 与えたものだけが、与えられるでしょう。 やさしさが欲しいひとは やさしくあるべきであり 愛情が欲しいひとは 愛しなさい ということである。 非常に、単純明快なんですが、 それを 自分の財布は握り締め トイレ掃除を一生懸命しているわけです。 それって、変ではないですか? トイレ掃除がわるいわけでもなんでもないし、トイレは掃除したほうが気持ちがいいのですが、そして 運もつくと思うけれども 誰かがいったから、その方法をお金が入る為にするというのでは、 いわしの頭を信仰するのと、同じこと。 信じるものが創造されるという意味では、効果はあるのでしょうが、 違うようにも思えます。 まあ、お金持ちになりたい人は、寄付をするだけでなれる。 いま この瞬間になれる。 貧乏人は寄付をしませんから、 本当は、逆で 寄付をしないから、いつまでも貧乏なんだと思いますがね。
2010.03.28
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サイキックな能力を持つ トマスからのメッセイジ ふりをしなさい pretend ふりをするとは、pre ~の前に tend 時間 生まれる前に 戻るということ らしい。 歌手になりたいのであれば、 歌手になれる方法や理由を 考えるのではなく すでに、歌手になったふりをする。 やさしくなりたいのであれば やさしいふりをする。 ふり だから、想い=行動は一致しているわけです。 幸せでないのに 幸せであるとおもうわけではない。 成功していないのに、すでに成功していると 思うわkでもない。 その ふりをしているという認識のもと ふりをする。 まあ、本には「光の使者」「愛の使者」のふりとか書いてありましたが、 その そもそもがわからないので ふりはできないですが、 現実的に ふりをするというのは、効果的な願望実現なんでしょうね。 すでに いま それに なってしまうわけですから、 なろうとしても なれないわけで すでに なるしかないのなら、 その ふりをするということが、なることの 道である。 やさしいふりをする、 幸せなふりをする。 お金持ちの ふり をする。 決して 不利では ありません。 未来においては、現在はすでに過去であり この 結果をもたらす 原因を ふりをすることで 創造できる。 いわいる 形から 入るってやつですかね。
2010.03.26
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一人一人空間が違うように、時間も一人一人異なる。 毎日、退屈な仕事や時間の過ごし方をしていると、 なかなか時間がたたないものです。 つまり、長い時間を過ごしている。 ところが、 面白すぎの生活をしていると 時間はあっとゆうまに 過ぎていく。 昔の友人に合っても いつまでも 若い人と、年老いた人がいるわけで、 もちろん、楽しいひとは 若く見えるのではなく、 実際に若い。 40・50でも おじいさんのような方は、たくさんいらっしゃる。 その逆もあります。 一人一人、時間が異なる。 時間とは、心の創造物なのですから。
2010.03.23
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いいことをしていると 思うと、 いいことをしていない人を 不満に思う。 私が こんなに、いいことをしているのに なんで 他の人はしないのだろう。 と、責める気持ちが生じることがある。 誰かのために 奉仕をしていると思うと 辛くなる。 子供を好きになるのに 理由はないし 誰かを好きになるのに 理由がないように 何かをするのに いいことだからという 理由もいらない。 ただ、したいことをする。 ただ、こういうことを書いていても、たまに 本当なのだろうかと 自問自答することだってある。 世界が 鏡としたら、多くのことは説明できるけれども それは、必要条件であって、十分条件ではない。 つまり、鏡だとしたらこういう風に解釈できるから、世界は鏡なんだろうという仮定のもとに推論しているだけであって、 それは 世界が、鏡であるという証明にはならない。 だから、こういう考え方を個々人で試してみて、 やっぱり鏡だねという ようになれば、いい話であるだけなんだろう。 真実よりも、いまこの瞬間に 楽になれる考え方があるなら、 それを利用したらいいだけのこと。 いらいらしているのでしたら、 それには、理由があるからではなく、原因があるからです。 彼や上司に対してイライラしてしまうのは、それまでの記憶が 反復しているからでしょう。 彼が怒りの原因ではなく、なんらかの過去の出来事になかに 似たような出来事があって、それを 反復している。 だから、いつも こういうパターンで振られるとか、うまくいかないという 繰り返しが生じてしまう。 そんな、パターンなんてあるはずがなく、 それを 引き起こし生じさせているものがあるはずです。 そうでなければ、そういう出来事に対して 記憶することがない。 一日生きていて、どれだけのことを思い出せますか? 昼なにを食べたかさえ、思い出すのに苦労するでしょう。 記憶に残らないんです。 記憶に残るものは、過去に同じようなことがあって、その記憶が 引き起こしている現象に過ぎない。 思うに、津留さんの浄化の方法でいいのは、胸からその感情を出すのではなく それを見つめながら、胸にしまう行為だろう。 それは、赦し なんですね。 その感情を 受け入れる。 受け入れられたら、記憶として残らない~浄化。 浄化とは 水に流すというようなものでしょうから、 流れていってしまう。浄仏する。 (全角2000文字以内)
2010.03.21
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ずっと、努力しないで変わらないでいるということを書いている。 なぜか? これが、唯一の変わる方法だからである。 いろいろな状態がある。 仕事関係、友人関係、金銭関係 いろいろと、あなたを悩ましているのだろう。 そして、それを何とかしようと、あなたは努力している。 しかし、ずっと 何回も、同じようなことを繰り返していたり、 変わろうとして努力しても変れなかったのではないだろうか? 努力すれば、解決するという考え方に汚染されているとは思えないだろうか? 同じことをしても、それを努力と感じるひともいるし、楽しいと感じるひともいるだろう。 だったら、楽しいことを選べば良いのに、わざわざ努力を選ぶ。 楽しくないことを、しなければならないと思ってすることを努力と考えるけれど、 そういうことを、する必要は無いのだ。 変わらないというのは、何もしないということではなく、 自分の好きなことをしていいということ。 自我の解放のような感じだろうか。 なんにしろ、変わろうとして何かをしても、変われない。 それが have to,ではなくwant toであるかどうかなんだ。 どうしてこういうことがいえるかというと、 世界=鏡というのが前提にある。 変わろうとすれば、変れないいま~変わろうとしている今が 生じる。 変わらないいまに、満足できることで、その満足に見合った世界が映し出される。 しかし、それは 記憶にあったものではなく、願望にさえでてこない 初めての経験。 ディズニーランドも、最初の何回かのほうが楽しかったはず。 同じ経験は、マンネリになり、飽きてしまう。 だから、世界が 新しい何かをもたらしてくれる。 その最初の前提が、いまに満足していて、今が最高だから変わらないでいいという思いなんです。 自我は、今のままじゃいけないと思い、変わろう変ろうとするのです。 自我は、二極~比較から生まれたものだからです。 いまの生活が不満であれば、その生活に対してどうして 不満なのかを どんどん、自問自答してみる。 そうすると、たいてい 理由がなくなる。 理由もなく、ただ変わることを望んでいるだけ、 しかし、その望む思いこそが 変わらない今を創造する。 努力しないといけない、、頑張らないといけないという、苫米地さんのいう 大きな洗脳のブロックから、ちょっとでてみる。 どうして、努力しなければならないのか? どうして、いまのままではいけないのか? いままで、努力して変わったのだろうか? 等々 変わりたいのであれば、変らない想いが必要です。 変わらない想いを持つには、いまが一番最高と想う気持ちが必要です。 最高だから、変わりたくなくなる。 とすれば、 変わっても、変らなくても、どちらでも最高なんですが・・・ そのとき まったく、新しい世界が現れるのは、間違いないと想っております。
2010.03.18
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その真実とは あなたは、すでにすべてを手に入れているのです。すでに、成功しているのです。 すでに、成功しているのに、そのことを知らないのです。 時間は、未来から過去へと流れていきます。 ですから、過去が現在のあなたの原因ではなく、未来が現在のあなたの原因なのです。 あなたの未来が成功の原因になって、現在のあなたは成功しようとしているわけです。 どういうことか、わかりますか? つまり、いまのあなたが「絶対的にベストの状態」でないならば、未来が不幸であったということになります。 だから、いまが絶対的にベストだと、強く認識することができなければ、あなたの未来には達成している成功もかなえている夢も無いということになってしまうのです。 これが真実です。 しかし、この真実が皆にわかってしまったら、この物理世界でパワーを独占している勢力は、自分たちの支配力を失ってしまいます。 あなたに必要なことは、あなたのなかにすでに備わっている無限の力を見出すことなのです。 努力しないで、成功なんてできないだろう、そういう勢力の圧力はあまりにも強力です。 ずっと、いままで 家庭で、学校で、会社でその洗脳を受けてきたのですから 以上「本当はすごい私」からの引用。 苫米地さんは、時間から、いまこの瞬間が完全であるということを発見し、 津留さんや僕らは、この世界が「鏡」であることから いまこの瞬間が完全であるということを、知った。 入り口は違っても、同じ結論にたどり着いたわけです。 大切なのは、 変わろうとしないこと、 あなたを 変わらせようとする勢力はとても強いものです。 頑張って、努力して、変わろうとして、変れなかったでしょ。 ここに入れば変わる、結婚すれば変わる、資格を取れば変わるということはないのです。 いまが 不満であれば、環境がどのように変化しようとも、 一時の幸せを味わうことしかできない。 間違いなく、不満になる。 外には なにもないからです。 あることに対して、反応してしまうミニ自我というのをたくさんもっているし、日々増えているといってもいい。 その自我が 変わろうとしている。 変わりたい、変りたいと 叫んでいる、もう一人のあなたです。 しかし、その自我は ある出来事にたいする過去のあなたの想いが記憶となって生じた自我であって、本来のあなたではない。 その自我が 「あんな奴嫌い」「こんな仕事したくない」「あの人に合いたくない」 とか 今回の件でいえば、秋刀魚の頭のようなできごとをしてしまう。 だけど、自我は ある原因ということに気づかせないで、かってに理由を考える。 催眠術にかかっている人が、手を上げるように言われて、 「どうして、手を上げたのか」と聞かれ 「手を上げることが、好きなんです」とか勝手に理由をつけるようなもんです。 誰かを 好きになって、あとから あの人はかっこいいから、やさしいから、好きになったと、後から理由をつける。 つまり、なにかをするのにも 理由なんてないし、理由を捜す必要も無い。 ただ、したいことを する。 それが、あなたが 輝くこと、光となることなのです。
2010.03.15
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「いまより上の自分」になりたいために、必死に努力して、自分を変えたいのですか? どうです? 「いまより上の自分」にならないと、成功できないのですか? 「いまより上の自分」にならないと夢を叶えられないのですか? もしそうだとしたら、あなたの「いまの自分」というのは、とてもダメな存在ということになってしまいますね。 本当にそう思います? ひょっとして、誰かからそう思わされているのではありませんか? 立派な先生の書いた本に「自分を内面から磨くことが大事だ」と書いてある。 職場の上司が「努力が足りない」という。 同僚が一生懸命に勉強していて「お前も頑張らないと、落ちこぼれるよ」という。 そういえば、子供の頃学校の先生から、与えられた勉強をしないと馬鹿な大人になるといわれたなあ・・。 そんな経験を弓重ねていくうちに、もっと努力しないといけない、そうしないと人生で成功できないと思わされてきたのではないでしょうか? 実際書店のビジネス書コーナーには、そうしたことを解く本でいっぱいです。 勉強しない人間は馬鹿だ、努力しない人間はダメだ。 こうした圧力が世の中に働くのは、そう仕向けている勢力が存在するからです。 いい大学にはいって、いい会社にはいって、レベルの高い友人や恋人を見つけなさいと勧めます。 どうして、そんなにまで必死になって、私たちに 努力~成長~成功という価値観を植えつけようとするのでしょうか? 彼らは気づいているのです。ある真実に。 その真実とは・・・ 本当はすごい私~苫米地英人著 さあ、苫米地さんのいう真実とは何でしょうか?
2010.03.15
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赦すって、一体誰を たいてい、自分に対して迷惑なことをした相手を赦すと思うだろうが、それはできない。 赦すのは、常に自分自身を 赦す。 相手を赦しているようで、自分を赦しているのだと思う。 何故、赦しが大切かというと、 赦さないと、その嫌な思いが繰り返し自分の世界に反映されるからです。 もちろん、浄化のテクニックというのもあるが、 楔のように刺さったものは、そう簡単に抜けるものではなかった。 なんども、なんども 狐にだまされたいやな思いが繰り返し記憶として出てくる。 その集団の良し悪しをいっているのではなく、その集団に対する僕の思いが、自分で自分を苦しめた。 何故書くかというと、僕は、たいてい浄化のテクニックをすれば 思いに対する執着は取れると思っていました。 確かに、取れるものもあるが、取れないものもあった。 今回の件は、おできのようにだんだん大きくなって、膿が出たというような感覚です。 だから、苦しかった。 これを 膿の苦しみっていうわけです これをいいたいわけではなく、 あることに 嫌な思いがあって、その記憶が繰り返し顕れたら、 顕れないように したほうがいいです。 小さいものなら、浄化ワークで取れるでしょうが、ある程度 おおきなものは 自分を赦すことで、取れる。 自分を赦すとは、どういうことか? 自分を 笑う、自分で 笑うこと。 笑うと身体が緩んで、膿が出るような気がしました。 何回も繰り返しでてくる 思いで、自分自身がいやな思いをするのなら、 そういう思いは とったほうがいい。 なかなか 笑えないですか? というより いつ笑ったか覚えていますか?
2010.03.14
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思い出したくも無い 嫌な出来事があったとしよう。 それは、何回も記憶から出てきて、思いだしてしまうものです。 浄化のテクニックを使っても、なかなか消えない。 それが原因とは思わないで、 何か、面白くない感じがする~イライラ感 別に、何もないのに、大声をだしたくなる。 時には、同じように こちらの意見が通らなくて、いらついてしまう。 だけど、その出来事が原因だなんて、思わない。 それはそれ、これはこれ と思うでしょ。 ところが、最初の嫌な思いが思い出すたびに大きくなって、 おできみたいに なってる。 その 膿が 違う場所から出ていただけなんでしょう。 なんとなく 気分がすっきりしないけれど、その嫌な思いだとは 気づかなかった。 もっとも、とろうとしても取れない。 ようやく 赦せました。 笑えたわけです。 これは、結構 重要かもしれません。 赦すとか、許しとかいっても、顔が怖かったりするわけで、 怖い顔して 「赦します」とかいわれても、全然赦していないわけで。 赦しとは、笑いである というのも、赤ちゃんは一人で 笑っていたりするでしょ。 多分、笑いが 赦しであり 悟りじゃないかって 思う。
2010.03.13
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もし、あなたのところへお金が舞い込んできたら喜びたまえ、しかし、お金がたりないとか 支払いのためとか言う理由で、へとへとになるまで 働くのだけは どんなことがあってもしてはいけない。 さもないと、お金はますます減って行くだろう。 もし、稼ぎが少ないならば、お金が足りないことについて 終始愚痴をこぼすことこそ、よくある間違いなのである。 こうした思考エネルギーの放射パラメーターは 人生の貧乏なラインに合致している。 お金がどんどん少なくなるという不安に屈することは、特に危険である。 お金を失ったり 稼がなかったりする恐怖を抱いているあなたは、 よりによって 最短のルートで お金がどんどんなくなる人生ラインに自分を移動させていることになる。 もしこのわなに 陥ってしまったならば、 そこから脱出 することは 大変難しいが、可能ではある。 まず手始めに、いま あなたが持っているもので満足するように 気持ちを切り替えよう。もっと 貧乏になる可能性もあることを常に念頭においておこう。 お金を手にいれたいという 欲望をあきらめる必要は無い。 しかし、お金があなたのほうへ川の流れのように 押し寄せてこないうちは、心穏やかに接していることが必要なのだ。 これは、リアリティトランスサーフイン 振り子の法則という 本からの引用です。 前から書いていることと 同じことをこの本でも書いています。 お金がないという 思いが ないという現実を強固にし、 努力して頑張って得ようとしても、お金がたまることは少ない。 一時間長くはたらくとか、時給が50円あがるとか、そういうことで 解決はしないものです。 世界は想いですから、 お金が無いという想いが 無いという現実を創り 満たされているという想いが、それに見合う現実を創造する。 なぜかということを 書くのは大変なので今日は書きませんが、 毎回書いているような理由です。 大切なのは、いまを 過去や未来のために 犠牲にしない。 過去の償いや、未来の繁栄のために いま 努力して頑張ればなんとかなると 思っている方の多くは、 何年も 頑張り 努力しておられる。 しかし、いつか 報われると 信じているのだ(これは 宗教そのもの~資本主義という) そうではなくて、いまのままで いることを 自分に赦す。 変らなくていい、努力しないでいい。 もう いまを否定しない。 と 楽なんです。 難しいことを できないことをしようとしないで 楽になること。
2010.03.06
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