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熱が、孕む。熱が、爆ぜる。肉が、剥かれる。肉が、食まれる。血の、泥が散る。血が、撥ねる。・・・・・名を、呼ばれる。「熱、い。」あまりの痛みに、それでも熱を逃がそうと咬(ぜん)は、その蒼白く血の赤に染まった唇を歪ませた。皮膚が焼き爛れる痛みに、身の内から痙攣を起こし、喉の奥さえ震える。そうして押し出した声は掠れすぎていて、自分ですら知覚できたのか謎だった。しかし、相手は聞こえたらしい。歓喜を露わにした声が、応えた。「腐毒の魍魎さえ、効かぬか・・・・!」(腐毒、の・・・・・・・・?)聴き慣れた、覇気を宿した男の声を頭の中で反芻する。黴臭い路地裏の空気を揺るがすその声は、まぎれも無く、聴き知ったもの・・・・・。「伯父・・・・・貴?」いやらしく咬の上で蠢動する魍魎の触手が、厭な音をたてる。その音が咬の声を飲み込み、さらに触手が咬の流れ落ちる体液と血を舐めずる音が薄暗い路地裏のコンクリートの壁に卑しく響いた。這い回る触手は、咬の肉と皮をゆっくりと削ぎ落としてゆく・・・・・・・。けれど、それとは別の厭な感覚が咬を支配した。「どう、・・・・して。」続ける言葉は喉から咽せ上がる血に邪魔され、止まる。それでも信じられない衝動に突き動かされ、動かない身体を支え、視線を動かした。そして・・・・・・・・・・。やはり、“それ”が居た。視界に、白い着物を紅の血で汚した美しい女と、他を圧する覇気を持った逞しい体躯の男が、映る。その男の姿に、指先がジン、と凍る。(何を・・・・・・・・。)しているのか。(どうして、<其処>に、いるのか。)何故、白炎(びゃくえん)の傍らに・・・・・・。強い拒絶は、疑心の鬼を呼び覚ます。たかが夢だ。(夢ではない。)ありえ、ない。(けれど確かに其処に、在るではないか。)「あんたも、か?」灼熱する感情に、じりじりと胸を焼かれる。身体中を駆け巡る憎悪と、強烈な自分の物ではない感情が、湧く。それを抑え切れず、咬はギリギリと唇を噛み締める。ぶちり、と唇の切れる音がした。(どうでもいい。)じりり、と指でコンクリートを掻き毟る。びきっ、と爪がもげる音がした。(うざったい。)「贄(にえ)の雛形にもなれなかった赤ん坊が、まさか、<喚魂者>で貴様だったとはな。久しいな、咬・・・・いや、元虎(もととら)。」伯父であった男の声が、やけに耳障りで。「俺は元虎じゃねえよ、咬だ。」自分の掠れた声が、やけに“らしく”て。薄く、嘲笑う。「未だ思い出しておらぬ、か?白々しい芝居は見苦しいもの・・・・、その黄金の炎光の眼・・・・思い出しておらぬ筈なかろうに。」伯父は嘲笑に嘲笑を返し、そしてふ、と思い出したようにいたぶる眼でいやらしく、笑った。「それとも・・・・・、己が臣下に欲情されたことがよほど堪えたのか?」その言葉が、発火点だった。見えなくとも、咬は自分の瞳が黄金の炎光に染まっていくのが判った。「殺・・・・されてえ・・・のか・・・・。」自分でも理由の判らない怒りに、身体が拒絶を起こし、震える。自分の上で蠢動する魍魎が、その咬に煽られた様に動きを激しくする。ビチャアアアアッツツ!!!!どす黒い紅が、爆ぜる。皮膚の無い赤黒い肉が、思うさま、激しく貪られる。まるで途方も無い渇きを満たすように。「ぐ・・・・・うっ・・・ああああ!」あまりの痛みに視界が赤く染まる。えずく声を抑え切れずに、声を上げ、喉の奥をどろり、と血が流れる。「ああ、言い忘れていたが、あまり感情を昂ぶらせない方が良い。その魍魎は血肉に滲む気の汁を喰らうからな・・・・・、感情を昂ぶらせると気が濃密になる。貴様の気は極上だ、あまり自分から誘うな。死なれては困る。」伯父の声は半ば聞こえず、咬は真っ青な唇をそれでも力無く噛み締め、瞳を閉じ続く激痛を堪える。それを見、伯父の眼には一瞬、嫉妬めいた憎悪が宿ったが咬は気づかなかった。それも直ぐに消え、伯父は傍らの白炎の眼を移し、聞いた。「まだ元虎が弱主の内に、このまま<あちら側>に連れて行くのが得策と思うが、いかがか。白炎殿。」「・・・・・・・。」それには白炎は応えず、ただ一筋に咬を見つめる。・・・・・が、ふ、と白炎は妖しく笑み崩れた・・・・、そして歓喜と憎悪の籠もった声で、目の前の狭く薄暗い路地をその白く美しい指で指し示す。「来たぞえ・・・・・・・。」伯父が何が、と聞き返す間も無かった。間をおかず、びちゃり、と異様な音がして咬の上に在った、実物を眼にしてもまだ信じられないほどの大きさだった魍魎の姿が一瞬で視界から消えてなくなった。否、弾けた。四散した細かい魍魎の肉片が、咬を除く二人に降り注ぐ。「何っ・・・・!?」伯父が驚きに眼を見張り、顔を上げると、其処に一人の男が、居た。どこをどうしたらそんな風になるのか、と聞きたいほど服は乱れ、それにはおびただしいほどの血が付いている。髪型も崩れ、額にかかり落ちる前髪はけれど、獣の様な真性の殺気を宿す眼を、隠し切れていない。伯父は思わず、背がびりびりと震えるのを感じた。其れほどまでにその男の殺気は凄まじかった。その男は場の惨状を見、刹那伯父を睨み据えるが、その場のすべてを無視し、咬に歩み寄り、抱き起こした。(この男が、一人であの魍魎を吹き飛ばしたのかっ!!)伯父は一瞬全てを忘れ驚愕し、絶句する。が、その男が先程自分が口にした男だ、と気が付いた。思わず白炎を見遣る。白炎は其れに応えるかの様に、艶めかしく淫靡な美しい声を男に向けた。「何をしに来たのじゃ、有家(ありえ)。」男は咬を腕に抱いたまま、顔を上げる。「・・・・・・・・・。」その動きに反応し、咬は呻いた。痛みと寒気しか感じなかったのにいきなり与えられた温かい熱を不思議に思い、咬は伏せていた瞳を開けた。そして瞳に映った相手にギョッとして、硬直する。その男は自分が先程逃げてきた男だった。訳の判らない恐怖に身を灼かれ、身体が強張り、小刻みに震え出す。するとそれに気づいたのか、男は夕闇の色の瞳を此方に向けた。途端、咬の身体はビクリと震えた。その反応は強い恐怖にさらされた子供の様に痛々しい。其れを見、男は一度苦しく奥歯を強く噛み、それでも真率な眼で咬を見返した。「大丈夫です、何もしません。あなたは・・・・・、あなたは命に代えても私が守ります。」己の身さえ焦がす様に、まるで憎しみさえ籠める様に一筋に・・・・・まるで殉教者の祈りの様に・・・・・男は咬を見つめた。その強い眼に、何かを引き摺り出されるような感覚がよみがえる・・・。(人の熱は、こんなに熱かったか?)疲れた様に、まどろむ様に咬は思う。しだいに、眼がかすんだ。眠る様に気を失う中で、咬は一瞬思う。この熱が自分の世界の全てならいい、と・・・・。精神のギリギリまで追い詰められ気絶する咬を見届け、男は前に佇む二人を殺気の籠もる眼で見据えた。それをはぐらかす様に白炎は言葉を紡ぐ。「そなたを呼んだ覚えは無いのだがなあ・・・・のう?有家?」男は咬を抱き上げ、立ち上がった。その男は、有家清綱(ありえ きよつな)だった。
2005年09月19日
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神なんて、信じていない。“現実”は、終わっていない。・・・・・咲いたばかりの桜を眺める。何故、信じることなどできるのか。・・・・・ギラギラと一年の内、一番地上に近い太陽が身体を灼く。信じている、など信じない。・・・・・色が判るほど強い金木犀の花が香る。どんなに悲鳴を上げ続けても(ドンナニ欲シ続ケテモ)、どんなに血を流しても(心ガ壊レルホド願イ続ケテモ)、自分を救えるのは自分しかいない(ドンナニ強イ想イデモ、叶ワナイモノハアル)。救いの手は現れない(狂夢ハ、終ワラナイ)。・・・・・一片の穢れもない綺麗な雪が、指先から身体を犯していく。春も夏も秋も冬も、俺は何もいらなかった。“唯一つ”がこの胸を灼くから(それが何かは思い出せない)。“此れ”があるから生きていける。他には何も、いらなかった。稲光の様な人だと思った。あの人の気は、とても濃厚なのに何処か冷んやりとしていて・・・・・澱みが無い。あの人の瞳は、痺れる様な黄金の炎光を宿し、向けられる感情の何もかもを照り返すのに何処か熱を孕んでいて・・・・・他意が無い。ああ、と・・・・・。何故こんな人が居るのか、と神を呪った。まるで神の赦しの様な人だ。可哀相な・・・・・、淋しい人だ。血反吐を吐き、途方も無い孤独にその身を震わせながらも一人立ち続け、自ら背後を振り向くこともできない・・・・・・哀れな、・・・・・美しい人だ。その唇で語られる言葉に、いつも自分ですら気づいていなかった卑屈で醜悪な心の内を抉られた。殺意を覚えたのは一度や二度では足りない。憎んでいた、と言っても良い。けれど、あの人の美しさを私は誰より知っていた・・・・・・・愛してすら、いた。憎しみに近い愛、では無い。そんな物は存在しない。憎んでいた(憎んでいる)。愛していた(愛している)。同じ密度で、強さであの人を想う。どちらか一つでも欠けていたなら、此れ程までにあの人に執着はしなかった。自分の命より大切な人だ。あの人が私の“唯一つ”だった。
2005年09月10日
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