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俺を迎えに降りて来た天使の翼はまばゆいばかりの純白でした その両翼は瞳が合ったその瞬間に抉って毟り、 その両手には杭をぶち込んで 両足は鎖に繋いで開かせ何度も汚濁した体液で穢しました 清潔で慈悲深い聖母のような微笑を浮かべる天使を俺は その卑劣な劣情で何度も貫きました もう二度と飛べないように もう二度とこの手から離れていかないように この手で地獄へと昇天させたその天使は淫らで残酷な抱擁で何度も 達かせたのに 決してその激しい灼熱の強い瞳だけは手も届かぬ天上を映し、 決して堕落することはありませんでした ああ、“かみさま”・・・・・・・・ なんで俺があれだけ穢したのに何故あれほどに あの人はあんなにもまばゆいほどに綺麗なのか・・・・・ そして今は、その人の汚液にまみれ果てていた俺が毟り取った両翼は 歪んだ欲望に汚れすぎた人間には眩しすぎて瞳に映せないほどの 純白になって甦りました そしてその瞳は一時も変わらない初めて会った聖夜のままひたむきに まっすぐに天上を映していて・・・・・・・ 今にも羽ばたいて 魂が果てるほど叫んでも声も届かない“昇み”へ行ってしまいそうです きっともう、二度と戻ってきてはくれない たぶん俺はその中でこの行き場のない想いと一緒に燃え尽きて 灰になって死んでしまうだろう どうかいかないで 嫌いにならないで 救って “愛している” “お前だけが欲しい” この二言だけで俺は救われる だから、どうか・・・・・・・・ 未来永劫、あなただけを愛している
2005年12月22日
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ずくずくと皮膚の灼ける音がする (俺以外の誰にも笑いかけないでくれ・・・・・・) どうしたら振り向く なにをしたらあなたを幸せに わかっている なにもしなければいい なにも告げずに 長い時を重ねて得た“信頼”をそうすれば失わずに・・・・・・・ なら、この想いはどこにいくのか 「----------。」 あなたが俺を呼ぶ声が聴こえる 振り返らないあなたの横顔は神聖すぎて 触れられない その瞳・・・・・・・きらきら輝いて見える いつもは静かにふつふつと燃えるその瞳 少しでも触れようと手をのばせばぶわっと灼熱が燃え立つ ・・・・・・・ヤケド、する 眩暈がする (凄く、綺麗だ・・・・・・) 好きだ この人が好きだ どうすればいい (触れたい) この想いは一生とどくことはないのか (こんなに好きなのにか) あなたが幸せであればそれでいい、とか どんなに離れていても愛してる、とか こんなことは思えない こんなものは“嘘”だ “愛”じゃない こんなのが“愛”なら、俺はいらない こんなことで“幸せ”になれるなら俺は“愛”なんて欲しくない 俺はそんなにおめでたくない (この人が、欲しい) 自分がなにを考えているかなんて、もう、わからない (そんな余裕なんてない) ただわかっているのはこの人が好きだということだけ この人の傍から離れられない この人がいなければ一秒だって息ができない 好きだ 欲しい 「抱き、てぇ・・・・・・・・・・・」
2005年12月20日
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*“玩具”のその後 「眠い。」 「大丈夫。寝たらそのまま道に置いて行ってあげるよ。」 「・・・・・・・・お前のせいだろ。」 「おかしいな。君の夜のお相手をしてあげた覚えはないけど。」 「当たり前だっ!!」
2005年12月18日
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*“せめて理由を”のその後 ぬるっ・・・・・・・・・・・。 ・・・・・ぬるっ? 丑三つ時。 学生寮の自分の部屋。 妙に嫌な感じの音に俺は起こされた。 その日一日のうちでもっとも幸福な時間を俺に与えてくれる いじましいベッドから顔を上げる。 誰か知らないがこの俺の貴重な睡眠時間を邪魔する奴は・・・・。 いや、知っている。 こんな馬鹿みたいな時間に俺を起こしてくださる馬鹿の典型みたい な馬鹿はこの世で一人しかいない。 どうして俺はこんな奴と同室なんだろう。 誰か教えてくれ。頼む。 「・・・・・・・・・・おい。」 「あれ、起きてたの?」 てっきり馬鹿みたいに寝てると思ったよ、とこいつは俺の思考を 読んだかのような言葉を意地悪く吐き、部屋の明かりをつける。 一瞬その明るさに目を焼かれるが、次に目に入った“赤”に、 思考はぶっ飛んだ。 ぬるっ、という音は床に落ちた“赤”をこいつが踏んだ、ぬめった 音だ。 「おい、どうしたんだ。その血は。」 「これ?」 こいつはべったりと“赤”のついたコートを手でつまみ、笑った。 「大丈夫。趣味だから。」 「何が趣味だ。切り傷じゃねえか。」 「痛いのが好きなんだ。」 「お前が変態だってことはとっくに知ってるさ。」 「それは重畳。」 歌うように言ってコートを床に放り投げ、それ以上の言及を こいつはさせない。 けれど俺も引く気は、ない。 これっぽっちも。 「昼間の女に刺されたのか?」 こいつにとっては日常茶飯事だ。 「そうだよ。」 あっさりと頷く。 「お前な・・・・・・、死ぬぞ?」 「ただの掠り傷だよ。」 「今じゃなくて、いつか、の話だ。お前の、女への応対は ありえないだろ。」 「声の割りに幼稚な人だね。」 「どういう意味だよ。」 「嫌いか愛しているかの二択を迫る幅の狭い人間に、一体どういう 応対をすれば満足なんだい?」 あざ笑う言葉の割りにこいつの声は怖いぐらいに優しい。 「向けられる全ての感情を受け入れていたらきりがないよ。愛され れば愛し返さないといけない、とでも?」 「それにしたってやり方があるだろ?」 いつか本当に後ろから刺されて死ぬぜ、と返すと、こいつは いつもの笑みを浮かべた。 「その時は別の女が僕を守って死んでくれるよ。」
2005年12月18日
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*“愛していると云うのなら”のその後 「この、人でなしっ!!」 「褒めてるの?知ってるよ。僕が人でなしってことぐらい。」 「おい。なんだよ、この女。」 「さあ?なんだろうね。」 「まあ、とりあえず。ごめんね?」 「・・・・・・・・・・・。」 「あ、かたまった。」 どうしたんだろうね?と、こいつは笑いながらそれでもさっさと 歩き出す。 かたまっている女をほおって。 俺はこいつのその横に並んで歩きながら、何かを言おうかと 思ったが。 やめた。 どうせ無駄だ。 無駄なことを言わない程度には俺は賢明だ。 だが。 せめて理由を聞いてやれ
2005年12月18日
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愛しているだって? あはははははは。 ああ、ごめん。馬鹿にしている訳じゃないんだよ。 ただ僕が現実でそんな言葉を聴くなんて思ってもみなかったから。 羨ましいだけだよ。 愛なんて錯覚か被害妄想か自己欺瞞だって思ってるから。 そんなに君が言うほど美しいものだとは知らなかったんだ。 人の気も考えずに押し付けてくるものがそんなに美しいものだったな んて。 ん? どうしてそんな顔をするんだい。 嫌ってなんかいないよ。 じゃあ好きなのかって? 何で君の頭には二択しかないんだい? しょうがないな。 じゃあ、 “愛して”いるよ 愛しているとほざくなら、 まずは自分から変えてみたらどうなんだい
2005年12月16日
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こいつは眠る前いつも白い錠剤を呑む。 「何なんだ、それ。」 「錠剤だよ。」 「俺を馬鹿にしてるのか?」 「何てことだ。知らなかったよ。馬鹿だったんだね。」 「お前、とんでもなく俺のこと嫌いだろ。」 「それこそ、とんでもない。愛してるよ。世界中で下から三番目ぐら いには。」 「・・・・・泣いていいか?」 「舐めるように慰めてあげるよ。」 「遠慮する。まだ死にたくないからな。」 「そんな七面倒くさい事をしなくても君は何時でも死ねるよ。」 「何で俺が死ななきゃならないんだ。」 「皆いつかは死ぬよ。」 ありがたいことに、とこいつはいつものように笑う。 「で、何なんだよ。その薬は。」 「遠回しに君には言いたくないって言っているのが分からないのか な。」 「分かってるぜ?」 「君ってそういう人間だよね。」 「で、効用は?」 「永劫の眠り。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「冗談だよ。」 こういう時だ。 こいつののらりくらりとした口調と割と何も考えてない笑みに。 本気かそうでないかの区別がつかない・・・・・・。
2005年12月16日
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思うのは例えばこんな時。 クラスメートの女の子がくれたアーモンドタフィーを手の中で転がし ながら、彼は鉄壁の笑みを作る。 そしてそのセロハンの包みを広げて「ありがとう、これ、好きなん だ」と言った言葉の通り嬉しそうに口に放り込み、味わう。 確かこの前。 『こんな甘いだけのもの』 嫌いだ、と言ってなかっただろうか? こう聞けば彼はきっと、 「君たちが好きなものは何でも僕は好きだよ。」 こう言うだろう。何の衒いもなく。 気がなさそうに笑って。 これは私たちが私たちにとっての都合のいい夢を彼におしつけた結 果。 私たちは皆、海のような容量を入れてくれるありもしない受け皿を 欲しがったのだ。 どんな醜さでも受け入れてくれる、都合のいいキリスト《許し》を。 鬱屈して何も無い日常を虚仮にしながらも甘ったれて、何時でもどん な時でも優しい愛に溢れた居場所を。 《それはどこにも得られないものだから》 彼は私たちの理想の被害者。 私たちは彼に有象無象の理想像を求めたのだ。 カリスマは自らが知らない内にカリスマになったのだ。 生贄として。 彼はそれを笑って受け入れた。 賛美する口調でもって。 彼は私たちが尽くし上げた歪んだ“理想”の《ハコ》に 自分を注ぎ入れ、ゆっくりと緩慢に腐敗して朽ちていこうと している。 だけど、本当は皆、こんなことを望んでいた訳じゃないんだよ だから、ねぇ、笑って? ・・・・・・・・・・・・・・。 彼は、笑った。 もう、手遅れだよ。
2005年12月16日
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「何がそんなに楽しいの?」 「酸素を吸って二酸化炭素を吐き出していることが。」 「何も面白くないってこと?」 「さあ、どうだろうね。」 「じゃあ、何でいつも笑っているの?」 「世界が僕を呼んでいるからだよ。」 「どうしてそんなにひねくれているの?」 「前世からだからね。」 「何がそんなに楽しくないの?」 「始めからそう聞きなよ。」
2005年12月16日
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連載小説の方が少し難産ですので、気分転換に詩(もどき)を少しずつ上げていこうと思います。ふいに思い付いた徒然事を脈絡も無く書きたいので《笑》・・・・・・これは連載小説の方ではできないので。小説は感情描写の方に力を注いでいたので、詩の方は会話形式のものを書くつもりです。破綻した会話や、語り掛け口調のものを。受験でストレスが溜まっているので表現をオブラートに包む余裕が無いので少し不愉快な表現が入ってしまうかもしれません。読んで頂ける場合はご諒承ください。乱文、失礼いたしました。
2005年12月16日
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凍りついた脆弱な月が、砕け散った自分の蒼い破片を果てしなく世界に散りばめている。ああ、なんて浅ましく脆弱でどこまでも目障りな。このようなものを。雪灯【セツガ】は笑った。よもや、このようなものを美しいと呼ぶか。頬を伝う返り血が、今日はやけに沁みる。もう使い物にならないであろう刀を地に捨て、赤黒く染まった利き腕を無造作に服で拭う。噎せ返る様な血の匂いが鼻につく。これが夜ではなく他の時間帯であったなら、地面を這い伝う血の流れが思うさま見る事ができただろう。もっとも、積まれた死体で地面など見れやしないが。その場の状況を一端把握し直すと雪灯はすぐに興味を失い、視線を他に滑らせる。最初に目に映ったのは、こちらに転びそうな様子で走ってくる男の姿だった。その雪灯の視線に気づいたのか一瞬男はびくりと肩を揺らしたが、再び上げられた目には見苦しい光が宿っていた。男はそのまま走って来、雪灯の前で勢い良く地面に這いつくばり擦り付けんばかりに叩頭する。死体の上に自分の額や足が乗り上げるのもお構いなしに男はヒキガエルのような身体を擦り付けんばかりに許しを請うた。「我らが護衛に就いていながらこのような体たらく!弁解のしようもございません・・・・・・・・申し訳ございませんでした!!」放って置けば靴まで舐め回しそうな勢いだ。だが男の口調には媚だけは溢れ返って張ち切れそうなほどに旺盛ではあるが、謝罪の心は針の先ほども有りはしなかった。男は自分の不始末のために死んだ部下たちを想うでもなく、まして雪灯への心配や申し訳なさのためにこうして舞台役者も真っ青な寒々しい謝罪をしているのではない。ただこの男は恐ろしいのだ。雪灯の、引いては蒐【シュウ】家の不興を買う事が。それによって自分の地位と、国から貪ることのできる蜜のように甘い利益を失うことが。「御身にお怪我は御座いませんか。」これだけの謝罪では足りないと思ったのか、ヒキガエルは更なる卑屈な媚を見せ付ける。趣向を変えてきたようだ。「中々に芸が細かいですね。」独り言の最後に思わず「ヒキガエル(あなた)は」、と付けてしまいそうになり、その途中で「は?」という困惑したヒキガエルの声に止められる。とりあえず、個人的に笑いの極致。そのヒキガエルの反応に微笑を浮かべて返す。「怪我があるように見えるかい。」雪灯の応答にヒキガエルは歪んだ安堵に顔を綻ばせる。それを雪灯は見逃さずに、月闇に瞳を隠して笑った。その笑みは死神の笑みだったが愚かなことにヒキガエルは気づかない。いや、幸福にも、か。「さすが、蒐家の宗主となる御身であられる!心配は無用でしたな。」声を立てて笑うヒキガエルに合わせて笑みを浮かべながら雪灯は言葉を紡ぐ。「僕の一つの教訓を教えて差し上げましょう。」笑み交じりの雪灯の声は穏やかで優しい。けれど優しい声の人間が優しいとは限らない。「成り上がりたいなら、その口を閉じて語らず、耳だけは網の目のようにそこかしこに広げて置くことをお勧めしますよ。」その雪灯の言葉の途中、ヒキガエルの咽喉からくぐもったグフッという妙な音と勢い良く飛び散る水音が響く。雪灯が腰から引き抜いた短刀でヒキガエルの首を真横に薙ぎ払ったのだ。ヒキガエルの血がそのまま真上に撥ね上がって雪灯の耳朶を汚すのを捨て置き、ぐぐっと力を込めて自分の短刀をもう一度引く。ヒキガエルの目は信じられないものを見た様に見開かれていたが、その目に光は無い。「そうすれば情報が得られるばかりか、あなたはその馬鹿さ加減を周囲に披露しなくて済む。求められても口は閉じたままの方が重畳だ。特に成り上がりたいなら自分の情報は与えるべきではなく、その分耳を意識して使い、他人の情報を得る事に専念したほうが良い。・・・・・・・ただでさえあなたは醜すぎる。」と言っても自分は美しいものなどこの世で一つしか知らないけれど。月の令色が痛いほど照らしてくる。ほろほろと金色の光を零して落ちる満月は、ただ一人のまなざしとなって癒しのように雪灯の身体を撫でる。それを受け、当に忘れた幸福を少しでも瞬時に思い出せる僕はもうかなりのお手軽だ。「・・・・・・何度生まれ変わっても僕を忘れてしまうお馬鹿さんな君には、僕に文句を言う資格は有りませんよ。」空高くから見守る月を見ながら呟く。本当は月なんかよりずっと君のほうが綺麗だと思うが。鬼龍【キリュウ】として生まれ、六道輪廻を記憶を持ったまま巡り続けるようになって早何万回目、自分は地獄の鬼や亡者にも第六天魔王と化け物扱いされる始末。今回も君の魂を追って生まれてきたが、やはり君は覚えてはいない。けれど、君は何度生まれ堕ちてもその柔らかい瞳と華奢な指先は変わらない。僕にはそれが嬉しい。その瞳が僕を映しその華奢な指先が僕の体温に触れたことを、その魂のどこかで覚えていてくれている、とそう思いたいんだ。今回の生で、初めて会った時を回想する。出会うタイミングとしては最悪な機会だったと、今でも少し後悔する。君は幼くして朱樺【シュカ】家の宗主で、蒐家に人質として囚われていた。それから九年ほど経った頃。蛹が蝶になるのを女性の成長に例えるのは美しい隠喩だが、その言葉を当て嵌めるが如き美しい氷翠王【シャナオウ】の成長に欲情したらしい、蒐家の長男、今生の雪灯の兄でもある男が氷翠王を強姦した。その当初は兄も氷翠王も話さなかったので、誰にも知られていなかったが、その数ヵ月後、彼女が妊娠している事が分かり発覚した。まだ彼女は十四だった。兄は自分のしたことを棚上げし、周囲にばれたことで氷翠王に酷い暴力で当たった。彼女は自分が蒐家に人質に捕られている手前反抗もせず、周囲も蒐家の次期宗主のする事に口を出せず傍観していた。当然の如く彼女は流産し、二度と子供を生めない身体になった。その時自分は海外の異国で生まれ育ち、蒐家の人間でありながらこの国に一度も来た事が無かった。どころか、彼女が蒐家に居ることすら知らなかった。らしくもない誤算だった。いつもなら彼女(あるいは彼)と親しい関係になれる家柄の所に目をつけて転生するのだが、今回は前の転生の際に穢れた魂を癒すことで精一杯だったのだ。突然父に呼び戻され、帰った家で見たものに愕然とし、自分の不覚に取り返しのつかない後悔に身を焼いた。その時に始めて会ったのだ。*雪灯が其処を訪れたのは月も中天に差し掛かる頃。つん、と新しい畳の香りのする部屋の端に白い布団が敷かれ、そこに少女が死んだように眠っている。けれど月明かりに照らされるその顔はやはり空気が柔らかく、静かだった。そこかしこに暴力を振るわれた痕が残り、肌が白い上に更に白く見せる包帯をいたるところに巻いているのが何とも痛ましい。けれど、やはり幾年も探し続けたその魂だった。その空気を柔らかい表情を思い浮かべる度に、縁の無いはずの幸福に似た何かを雪灯は得る。雪灯は笑った。その笑みの下に残酷な感情を押し殺す。この相手に積もり積もった感情。それは絶望という陳腐で滑稽な名が付く。この殺意【愛】は根が深い。此処に戻らなければ良かった。この子もきっと、すぐに僕を忘れる。ゆっくりと眠る少女に近づく。月光さえ撥ね返すような潔く、冷たい視線をしばらく受け、少女は身じろぎをした。『・・・・・・・・・あ・・・?』うっすらと少女は瞳を開け、ゆるゆるとこちらを見上げる。『・・・・・・・父、君・・・・・・?』随分と懐かしい人の夢を見ていたようだ。慕う声音に、それを紡ぐ唇はあどけない。あまりにも残酷な返答に、それでも微笑の相槌を打ちながら答える。『違いますよ。覚えていますか、雪灯と言います。』『・・・・・雪、灯さん。・・・・・・はい、忘れません。覚えています。』可愛いことを言う。けれど君は必ず忘れてしまう、いつも。それでも。『どうして僕が兄から君を救ったのか、君には分かりますか。』その雪灯の問いに思いがけず少女は花のようにふわり、と笑う。『優しい、人だから。』切った唇が痛いのか、声がとぎれとぎれに言葉を繋ぐ。『意外なことを言いますね。実の母を殺して体よく海外に追い出された人間に言う言葉とは思えません。』『あなたはたくさんの傷を負っているから。心の傷を負った人はその痛みが分かるから。・・・・・・あなたはきっとそれに気づいていなくて、人よりもっと痛いから。だからきっと忘れているだけ。温かい優しさを。』少女はいつか雪灯が願ったように、真っ直ぐ雪灯だけに微笑む。それだけで雪灯は報われる。その今までのどの転生の時よりも少女が優しく微笑みかける。誰が本当にこんな輪廻を巡り続けたいと思うものか。本当は、叶うなら、ずっと・・・・・・・・・・・。*鎖にがんじがらめにされて堕ちた月を、ただ雪灯は無心に見上げる。この地獄のような場所。できるならあの愛おしい魂と永遠の眠りにつきたい。健常な理性は当の昔に絵に描いた餅になっている。君の傍ならたとえ地獄でも昇天ができるだろうに。彼が願うのは、救われることではない。(そんなものは無駄だと知っている。)ただひとつ。本当にただ一つであったのに。
2005年12月10日
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あれから人目を避けて町を出、今は踏みしめる雪さえ半ば凍っている山の中を歩いている。空には高く令色の月。地上の純白はその令色の蒼に染まっている。美しい。吐く息は白く凍る。けれどもう慣れたもので、この冬の山を往き慣れない者にとっては極寒の地獄でも、あまり寒さは感じない。何より、禁足地の結界が近い。その山の結界と連動している自分には、この山の極寒は脅威ではない。その代わり瞳に熱が籠もるのを氷翠王【シャナオウ】は自覚した。瞳が疼く様にまわりの血管が異様に脈動する音を感じる。もう限界らしい。だから瞳にかかる少し雪に穢された黒髪を後ろに梳き上げて立ち止まり、獅吼【シコウ】を呼び止めた。瞳の熱感を受けて少し声が低く掠れる。けれど妙に美しく突き抜けて透るその声が獅吼に届いたようだ。獅吼はいつもの人を食ったような視線を氷翠王に返した。「どうしたんだ、先生?」ふざけた様なその呼び名に無意識に反応しながら、氷翠王はその瞳を向ける。「ああ、もう切れちまったのか。」氷翠王の瞳を見、思い出したように近づいて来て獅吼は慣れたように氷翠王の顎を掬い上げた。屈み見るでもなくそのまま背筋を伸ばしたままで氷翠王の瞳を上から観察するように見てくるので、思わず氷翠王は首が攣りそうになる。そのまま文句も言わず、ただ撥ね返るような視線を獅吼に据えると、ニヤついた獅吼の瞳が目に映った。(・・・・・・・・。)反射的に身構えたくなった。「言っただろ、色々と役に立つって。」そう言って不敵な面構えを物騒に笑ませる。時々こういう眼をする、と氷翠王は思う。喰らい付くような眼だ。血迷いが一瞬脳裏をよぎるが、獅吼の言った意味に思い当たった。待ち合わせた場所で、獅吼の冗談への切り口上に、居なくてもそれほど不自由はしていないと切り返した事を言っているらしい。「何だ、根に持ってるのか?」不意の逆襲に、氷翠王は少し肩を揺らして笑った。氷翠王の瞳に和やかで優しい光が戻るのを見、獅吼もその瞳を穏やかに笑ませた。「口が減らねぇな、あんたは。」思わず獅吼は苦笑する。こんな風に時々妙に素直に氷翠王は笑うからたちが悪い。しかもほとんど無意識ときてる。始めは気づかなかったこういう些細なことも今は分かる様になっている。誰も占めることの無かった心の内を、何かが入り込んで、何かが動く。確実に変化していく。夜通し帰ることの無かった自分の屋敷に毎日帰り、午前中から起きて、今はこうやって相手と共に帰路についている。この相手が居るということ。それだけで習慣さえが変わっている。(・・・・・・・・・なんかもう、逝って来い、ってな感じだな。)もう変更のきかない感情を一端後回しにして、獅吼は氷翠王の瞳に再び目を戻した。「痛てぇか?」大分、氷翠王の瞳に溢れる気の流れが荒くなっている。心なしか目尻が紅い。獅吼が施してやった符術が綻んできているようだった。「・・・・・・いや、痛みは無い。」「そうか・・・・・、だがもう町から大分離れたし解いても構わねえだろ。」冷えた水の入った竹筒の中に解の符を溶かし込み、それを氷翠王に手渡す。氷翠王は何のためらいも無く、飲み干した。変化は、劇的だった。凄まじいほど清麗な気が、氷翠王の身に柔らかく風が吹くように満ち満ちる。漆黒の髪が更に深みを増して、月闇の色に代わる。黄金の光輝を流し込んだような琥珀の獅子色の瞳は、まろやかな艶を帯びた朱金の色に代わる。符で抑圧されていた色と魂気が元の姿を取り戻して行く様を、氷翠王は瞳を閉じて追いかける。このままの姿では町へ下りる事ができないし、自分の気が周囲に影響を与えすぎると分かってはいるが、気と色を抑圧されるのは結構辛い。自然な形に完全に解放されたのを感じ、氷翠王は知らず、ふうっと息をついた。ゆっくりと瞳を開ける。瞳は直ぐに月の令色に染まる雪景色を切り取って映した。生き返った心地がする。渇いた咽喉に冷えたおいしい水を注ぎ込まれたように。思わず息をつく。「よっぽど疲れてたみてえだな。」獅吼は少し姿勢を崩し、煙管に火を点けながら心底面白げに笑った。それに氷翠王はゆるく微笑を返し、無難な言葉を選び更に瞳を艶やかに笑ませて歌うように言った。「多少は。」「・・・・・・・やっぱり口が減らねぇぜ。あんた。」俺の符術に文句つける気かい、先生?と獅吼も切り返してくる。妙に男の色気のある声音に凄味が混じるいつもと同じ口調。だが煙管を吹かしながらも逸らされない視線に、氷翠王は少し瞳を細めて聞いた。「何だ?」「あんたを見てる。」問うた疑問はすぐさま簡潔な言葉になって返される。氷翠王は呆れた様にゆるく笑った。けれどその笑みは柔らかい。「見て楽しいのか?」呆れたようなけれど和やかな口調のまま、手の中に未だ少しの水の残る竹筒に眼を移しながら氷翠王は聞く。「楽しいぜ?」と、笑って返し、「あんた酒はどんだけいけるんだ?」と、ふいに思い付いた事を口にして聞いた。そう言えば今更だが、氷翠王と酒を飲んだことが無いことに気がつく。思わず氷翠王に視線を向けると映るのは研磨された気とそれ以上にその性質を表したような綺麗な姿勢とまなざし。他も・・・・・・・美の極致と言ったところか。キリリと引き締まった線の小気味良くしなる身体に、灼熱の太陽よりはるかに激烈な光を宿す朱金の瞳が合わさって、返って妙に艶かしい。女の纏う色香ではない、そんな生ぬるい代物ではなかった。一目で他とは違うとわかる瞳の強さと華(ソンザイカン)。己の誇りに真摯に報いようとするその態度は同性である女よりむしろ“牡”を刺激する。・・・・・・・そうでなくともかなりの眼福である。月などを愛でながら酒を飲むより、この相手を見ながら飲み交わしたほうが楽しいような気さえする。「?それほど弱くは無いと思うが。」それがどうかしたのか、と唐突な問いに、けれど氷翠王は答えを返す。「今度また酒でも一緒に飲もうぜ、先生。」不思議そうに、けれど弱くは無いと言い切る望み通りの返事を頂いたので。笑みつつ、否とは言わせぬ口調で切り込む。「構わない。」それに応と答え、氷翠王は顔を上げて獅吼と視線を合わせた。・・・・・・・・何か、いや、かなり楽しそうだ。と、思わず氷翠王は頭の中で反復する。(・・・・・・早まったか?)思わずこう考えたのも、無理も無い話しである。
2005年12月09日
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ビリビリと心臓を揺さぶる和太鼓の音。目に映るのは燃え盛る紅の篝火。鼓膜を震わす里神楽のお囃子の音が近い。露店から離れた神社の境内は里神楽の舞台に近いからそれも当たり前か。空を見上げると凍り付いて零れそうなほどの蒼い月。今夜が祭りでなければその凍った蒼い月光はすべからく全てをその令色に飲み込んだだろう。かん高くそれでも美しい笛の音を心の奥深くで聴きとめ、月の令色に身をひたす。薄く細めた自分の瞳は境内をそっと這うが、求める姿は見当たらない。約束を果たした今宵の待ち人はいつとも現れない。いつもならそう探さずとも見つけることが出来るし、そう待たずとも相手が自分を見つけるが。・・・・・・・この関係をほかの者は羨ましいと微笑む。(自分はそうは思わない。)だが、これはいい。いつもの探さずとも待たずとも、謀ったようにお互いを見つけ出す賭けの伴ったお遊びより、こうやって祭りの喧騒の中いつ来るかも分からぬ相手を待つほうがよほど性に合っている。待つことは嫌いではない。勝負事に慣れた自分は待たなければならない時があるのを知っている。どこかの坊やみたいに突っ走ってばかりじゃ獲物は手に入らねぇ。まあ、賭け事ならともかく、待つのが人間なら、不快にさせられるかさせられないかはそれも人によりけりだが。待つことが苦痛ではないのはもう幾年も待ち続けている相手だからだ。待ちに待って、疲れてしまったとも言う。いや、違った。脳裏によぎる血迷いが今宵の待ち人の姿となって、神楽のお囃子にちらちらと紛れる夜の闇に浮かび上がる。いつも傍にはいた相手だ。だが自分が魂の底から愛おしんだ相手は少し見ない間に驚くほどの様変わりを遂げていた。いつだって真っ直ぐに微笑む相手の周囲の空気はいつもどこまでも柔らかく水のように澄んでいた。それは今でも変わりなく見える。だが自分はいつもその姿に取り返しのつかない“変質”を見ることが出来た。どこまでも柔らかいその相手の周囲の者を癒す才能は、偶像崇拝を賛美するかのような連中の中にあって、そのまま暗い力を孕むカリスマへと見事なほどの変貌を遂げた。何故あれほどの変貌を目にしながら他の連中はどうして気にもならないのか。考えても埒は明かない。結局。どう変わったとしても、“高嶺の花”は“華”なのだろう。周囲がどう変わってもあの相手だけは変わらずに在れると、そんな都合の良い事を本気で思っていた自分が甘かったか。出来ることなら。ぶちまけてみたいのだ。相手の、陽にさらされない“傷”を。膿んで腐敗していてもいい、聞くに堪えない腐臭を撒き散らしていてもいい。(それすらも愛おしいと思うだろう。)誰にも開かれない“傷”は、いつまで経っても癒えない。ならばいっそ抉り出してその膿みを無理矢理にでも舐めとってやらなければ、相手はそのまま腐れ落ちるだろう。むしろ望んで。最期のとき、相手はそれは美しく微笑むに違いない。だが、思い通りにさせるつもりはない。それでは自分の気がおさまらない。あの愛おしい魂を孤独の底に置いたままは死なさない。わあっと周囲の喧騒が大きくなる。お囃子ではなく騒々しいざわめきの声に、松明がパンッ、と音を立てて爆ぜる。来た。月から視線を流し、喧騒の中心に目を遣る。其処には人目を惹く人物がいるのが見えた。大地を思うさま駆けるためにあるような伸びやかな肢体に、その線に合った上下とも黒の合わせの洋装がよく映える。鴉の濡れ羽のようなその色は何故か夜の海に散る波を連想させる。その黒のいかにもシンプルな中に、触れてもそこに在るのか分からない位の細く華奢な銀の鎖の装飾具が細腰を強調し、艶気まで添えている。個人的には美の極致。けれど最も美しいものは未だはっきりとは此方に向けられない。その人物の視線が無造作に周囲を流れる。見ろ。その目に映せ。自分から声を掛けてやるつもりはない。それでは意味がない。その瞳に映るのは。その瞳が一瞬、ふいに魔が差したように月の令色に向けられる。そして針で空けたような間の後、その令色を纏ったままの瞳がまっすぐに此方に向けられた。思わずゾクリ、と鼓動が沸く。分けの分からない優越感が血の中にジリジリと湧いた。研磨された宝石のような瞳だった。やっと俺を見留めるその瞳を真正面から見返す。そうだ。逃がしゃしねぇ。「よお、先生。」逸らされないその瞳を見据えながら声を掛ける。「獅吼【シコウ】。」先生、という洒落半分の呼び名に幾分目を細めながらも、氷翠王【シャナオウ】は名を呼び返して此方に歩み寄ってきた。そして厭味でもなく、さっさと一人で帰ったかと思った、と言う。少し、いやかなり心外な言われように内心苦笑しながらも獅吼は不敵な面構えを笑ませた。「まるでその方が良かったような口ぶりだぜ?」いろいろと役には立つはずなんだがな、と冗談交じりに見返せば、相手も負けず劣らず、「それほど不自由はしていないがな。」とキリキリと口上を笑みと共に切り返す。こういうのを“類は友を呼ぶ”と言うのか。はたまた“朱に交われば赤”、か・・・・・・・。どっちにしろ、たちが悪いことには変わらない。「おいおい、頼むぜ、先生。」「なら気づいていたなら声を掛けろ。」おかげで探し回ったとそのまま続ける口調はけれど柔らかい笑み交じりだった。こっちが最初に氷翠王を見つけていてそれでも声を掛けなかったことに気づいたらしい。内心舌を巻きながら、けれどその思考は別に気づいたことに塗り潰された。いつもは遠駆けの後はもっとすっきりした顔をしているが、今日は浮かべる笑みにも憔悴が滲んでいる。一瞬、橙火【スミカ】に連れ回されたせいかと思ったがそれにしてはどこか様子がおかしい。「どうした。」短く切るように問い、腕の中に抱き寄せる。微かに血の香がした。だが氷翠王に血は付いていない。触れる皮膚からそれが分かる。呼吸も心拍も通常と変わらない。怪我はしていない様子にほっと息を付き。それでも反論をさせないように更に深く抱き寄せた。「----------------------。」獅吼が口を開く前に、氷翠王が言葉を口に乗せる。その言い様に思わず目を見張った。『お前しか思いつかないんだ。』そう言った。けれど驚いたのはその言葉ではなく、口調だった。縋るような、願うような口調だ。こんな弱みを見せるような態度は未だかつて氷翠王は見せた事がない。「ただの移り香だ。だから、気にしなくてもいい。忘れてくれ。」傷ついたような悲しみの蒼を瞳に映しながら氷翠王は続ける。嘘ではなかった。ただの移り香だ。問題は誰の移り香かであって・・・・・・・。一瞬失う痛みが血迷いが脳裏をよぎる。やはり気づいた、と思った。獅吼が気が付かないはずがない。雪灯【セツガ】の移り香だった。「お前しか思いつかない。私に余計な気を遣ったり偶像崇拝の道具に使わない人間が。・・・・・・・・・・・・・お前しかいなかった。」だから、と。「だから何も言わないでくれ。」悲痛な告白をしながら氷翠王は今更実感する。愚かだ。愚かだ、と。告白は柔な身の逃げだと氷翠王は知っていた。あまりの自分の愚かさに。微苦笑が零れた。けれど、その惨い感情に伴った笑みの割には氷翠王の目は落ち着いていた。惨い言葉を吐く割に、瞳だけ優しい。世界の終わりがそこに待っていることが分かったかの様な瞳の笑み。諦め切った瞳だった。その笑みを見た瞬間、獅吼は今更ながら実感する。本当に、今更・・・・・・・。氷翠王のその瞳は、何度も他の自覚の無い“他人”に執着され、理不尽な目に遭ってきた人間の瞳だった。そしてまた、その執着が遣って来た時と同じく唐突に、理不尽に去って行くことを理解している瞳だ。そうでなければ、このような微笑をその透徹したような表情を浮かべられる訳が無い。氷翠王は此方の目を見ない。触れる体温だけが隙間を埋めようと虚しい空回りを繰り返す。その瞳だけが優しい。その唇から先程の言葉以外、紡がれる様子はない。その唇が紡ぐなら、たとえそれが何の意味も成さぬ音の羅列であってさえ意味を見つけようと自分は躍起になるだろうに。何も成せぬ自分に獅吼は内心ゾッとする。それに気づき、氷翠王は思わず自分を抱きしめる獅吼の背に腕を回した。獅吼の体温はしっくりと温かく、腕になじんだ。それが温かく、優しく・・・・・・・、救われると共に、何より痛い・・・・・・。氷翠王は知らず、先程と同じ微苦笑を浮かべた。泣き顔のような笑みだったのか。笑みのような泣き顔だったのか。獅吼は判別が付かなかったが、けれど自分の行動と意志を実践することはできる。氷翠王の背に腕を回し、その肩をただ撫でてやる。そうしながら心の底で自分への憎しみと苛立ちを飼い殺す。ここまで追い詰められているとは、どうしてやっても何を言っても、自分では氷翠王の痛みを取り除いてやるには至らない。その場しのぎに“禁足地”の村から連れ出してやっても、ただの時間稼ぎにしかなっていない。それどころか、却って氷翠王に堪らない想いをさせている結果になっているかもしれなかった。「どうして・・・・・・・。」と、出掛かる言葉を口の中で噛み砕き飲み下す。その呼吸に気づいたのか、氷翠王は身体を離しかけた。それを許さず、腕に抱く。離すつもりは無かった。何かを欲しがるなら何でも与えてやるつもりだった。人のぬくもりでも、癒されるための嘘でも、その心が責任への呵責に苛まれるならそれを断ちたいというのなら自分が憎まれ役を負うつもりで・・・・・・・・・それこそ、なんでも。だが、それさえ叶わないなら。それさえこの相手が許されないと思っているのなら。せめて、もうしばらくは・・・・・・・・このままで。せめて相手の震えが止まるまで。それぐらいの時間はこの相手に許されてもいいはずだ。「・・・・・・・・。」氷翠王が少し安堵するように身体を預けてくる。それだけが唯一の救いだった。今はこうしてやることが泣けないこの相手への、ただ一つのしてやれることだ。・・・・・・・今は、まだ・・・・・。
2005年12月06日
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すぐ傍から、からん、ころんと少し間延びした愛らしい音が響いている。やけに眠たげなその音は、夜に賑わう祭りの喧騒の中をぬって歌のように何かを訴えかけてくる。それを言葉に表すとさしずめ、眠い、眠くてたまらない、とでもいう所か。傍らを見るとやはり橙火【スミカ】が眠たげに何度も瞳をこすりながらヨロヨロと歩いている。その度に、橙火が履いている可愛らしい細工の入った紅い下駄がからん、ころん、とのんびりした音を鳴らしている。はたから見ている分には微笑ましい光景だが、死ぬほど眠いらしい。氷翠王【シャナオウ】は微かに吐息して微苦笑した。無理もない。あれから箍が外れたように隅から隅まで走り回るようにして露店を見て回ったのだ。よほど嬉しかったらしい、はしゃぎすぎて疲れたようだった。ましていつものこの時間ならとっくに眠っている頃だろうから、なおさら。「橙火。」眠た気な頭になるべく響かないようにそっと低く、できるだけ柔らかく声をかける。それから一呼吸置いて橙火の瞳を覗き込んだ。「眠い?」あやす様に甘いその声音は一層橙火を夢の中に誘い込むようだった。そのあまりの心地良さに橙火は少し小首を傾げ、ビロードのような瞳で氷翠王を見上げた。なんて甘い声を出す人だろう、と夢現に思う。まるでさっき食べたふわりと甘い焼き菓子みたいだ。「・・・・・・・うん。」蕩ける様に眠いので、橙火はこくん、と頷いた。「じゃあ、お兄ちゃんの所に行こうか。」何処に居るか分かる?と柔らかくて甘い声が聞く。「・・・・・・・・えっとな?あっち・・・・・?」半分寝たような疑問形の答えがあっち、という指差しと共に返される。少し困ったような氷翠王の瞳が向けられたが橙火はもう幸せな眠気の中に引き込まれている。(・・・・・・・あっちってどっち?)とは思ったが口には出さず、しょうがない、自力で見つけよう、と決意して橙火を抱き上げて立ち上がった。そうすると間髪を入れず、幸せそうな寝息が聞こえてきた。氷翠王の肩に頭を預けるようにして眠っている。「橙火?」呼びかけても返事はない。なんて幸せそうに眠るんだろうと、浅く吐息し、微苦笑する。自分には一生かかってもできそうにない、と思う。「・・・・・・・・おやすみ。明日の糧になるような良い夢を。」そっと愛おしむように呟き、その額に口付ける。そして、さあ、探さないといけないなと苦笑し、なるべく振動を与えないよう歩き出す。その時の自分の顔に本当に幸せそうな微笑が浮かんでいたことに、氷翠王は気づかなかった。*「こんばんは。」柔らかい、鑿を木に打ちつける音が雨のように優しく響いている露店に近寄り、氷翠王は声をかけた。その露店には面や細工の美しい簪や櫛、陶器物までが綺麗に並べられていた。素人でも上等な作りのものだと分かる。氷翠王の声に今まで面を彫る作業に没頭していた男が顔を上げ、視線を寄越した。「・・・・・・君か。」そして氷翠王の顔を認めると、その手に持っていた鑿を置き、表情をふと和らげた。そうすると厳しかった男の顔が、どこか菩薩のような暖かみを添える。真率さと優しさが際立つこの男のこの表情が氷翠王は好きだった。「橙火を連れてきてくれたのか。」氷翠王の背で眠っている橙火の寝顔を見、重いだろう、預かろう、と氷翠王の背から橙火を抱き上げ上着をひいた茣蓙の上に寝かせた。そして男は顔を上げ、氷翠王に視線を戻した。それからおもむろに言う。「昨日よりも大分顔色が良い。」言われて思わず目を瞬いた。そして苦笑する。「そんなに死にそうな顔をしていたか。斎【イツキ】。」いや、と斎は手元の面を再び拾い上げ、作業に戻り始める。「君はそんな無様な真似をさらす人間ではないだろう。」確認する、と言うよりただ事実を述べている斎の口調に促される。「だがそれは長所でもあるが同時に短所でもある。」トントンと鑿が木を打つ音がそれに賛同するように続く。斎が何を言っているのかは直ぐに分かったが、それ故に容易に頷くことはできない。なぜならそれは自覚を促すほどに正しい。そしてそれは簡単に自分の首を絞めることになる。そして決定的。そうした自分は求められていない。鑿の音が止む。「・・・・・・君は君が思っているほど、幸福ではないようだ。」静かな声が返される。再び鑿が木を打つ音がしだした。「君は深く的確に俺たちを理解しているが、俺たちはいくらそれに努めていても君を理解するには至っていない。」それはそう仕向けたからだ。それは自身の望んだことではあってもお前たちの責任ではない。この思いも口に出すことは叶わない。このことを自分から認めて口に出すことはできない。許されてはいない。斎は氷翠王の研磨された宝石のような瞳を見つめた。その瞳は他人の心に静かに響きすぎるのに、優しさを与えて包み込んでやるには何も欲してなさすぎる、と斎はふと思った。どうすればいいのか分かることもできない自分はひどく鈍感であるに違いない。そして氷翠王の周りには自分と同じ鈍感な者が多すぎるのだ。だから斎はその先を口にした。「俺は君を深く理解しないまま、それを悔いるだけの人間でいるつもりはない。無論、君の心にずかずかと土足で上がりこむような事はするつもりは無いが。」こうでも言わなければ、いつか氷翠王は傷つくだけ傷つき、仲間はそれも知らぬまま永久に氷翠王自身を失うことになるだろう。そうなってからでは遅い。今までも誰に精神的に頼るでもなく、一人で背負い続けることで氷翠王は自身にかなりの無理を強いている。「今のまま、君は走り続けてもいい。だが、皆君を愛しているしきみの力になれればと思っている。それだけは覚えていて黙って受け入れてくれないか。」『一緒に来ないか、斎。たぶんきっと気に入る。優しい人たちだ。優しいお前にきっとなじむ。』これは数年前に氷翠王が暖かい手と共にさしのべてくれた言葉だ。この言葉に少しでも恩を返したい。力になりたいと言ったのは、まぎれもなく本心だ。慈愛のこもった斎のまなざしと声がそそがれるのを、氷翠王はじっと聞いていた。まるでその言葉を心に沁み込ませようとするように。やがて氷翠王はその金色のギリギリ一歩手前の琥珀色の瞳を細め柔らかく息を呑み、笑ませた。その色素の薄い獅子のような瞳に、斎は一瞬目を見張る。今まで見たことも無い強い光を見せるその瞳は、まっすぐに一筋に、全てを受け止めるように斎を射る。まるで全てを統べる王のような誇り高い瞳だった。けれど氷翠王はその自分の美しさに気づいていない。次にやっと向けられた笑みはいっそ屈託が無く、暖かで少しはにかむような微笑だった。「・・・・・・・ありがとう。」ほかに言葉が思いつかない、とほんの少し幸福そうに言う。照れているようにも見えた。それを見て思わず嬉しく思ったのを、斎は否定しなかった。氷翠王が冷え切った自分の肩に思わず手を置くのに、上着を掛けてやりながら大分高く上った月を見て斎は微笑み、言った。「獅吼が待っているんだろう?早く行ってやるといい。」「ああ、そうだな。」じゃあ、また村で、と挨拶をし、踵を返そうとする氷翠王を引き止める。「今度また屋敷に来るといい。その時は夕飯でも馳走しよう。」優しく暖かな斎の微笑を受け、氷翠王は少し目を見張った。「・・・・・・斎には敵わない。」そして本音を口にし、嬉しく笑った。そして二度、心底からの言葉を唇に乗せる。 ありがとう、と。
2005年12月02日
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町が深い藍色に沈む頃合。今日はそれが格別早く、そして格別美しい。暮色の朱を刷いた空は今は磨き上げた宝石の瑠璃色に染まり、しっとりと艶やかさを帯びつつある。風にもどこか夜気を感じる頃合であった。だが今日は通りから人いきれが減る気配はない。もうじき、夜になろうというのに人々は通りに溢れ、多くの店が賑わっている。人々もシャン、と胸を張りどこか楽しげに、藍に染まった空が今艶やかさを添えるのと同じように、昼間見た顔より皆“華”がある顔つきをしている。通りを賑わせている子供たちも弾けるように笑い声を上げ、はしゃぎながら通りを走り抜けていく。夜が近づくにつれて町はにわかに活気付いていくようだった。昼の喧騒とはまた違う町の界隈には艶やかな堤燈が段々と灯されていく。どこかから、里神楽のお囃子が響き始めた。それを境に、町は祭りの歓声に、張ち切れんばかりに沸いた。かん高い笛の音や、店の呼び声が景気良く派手に飛び交い、叩き返される。祭り独特の熱気の華やかさに、やられる。通りに茣蓙を敷いたり台を置いて、居並ぶ露店はそれだけでどこか迫力があり、華やかな堤燈に照らされるその様子はいっそ小気味いいほど艶やかで派手であった。今日は山の方では朝から雪が降っていたが、ここは冬の寒気をどこかに蹴っ飛ばしてしまったらしい。「・・・・・すごい、な。」自然と素直に言葉がこぼれ、氷翠王【シャナオウ】は思わず柔らかい笑みを浮かべた。あのまま白銀に染まる草原で雪灯【セツガ】と別れ、馬を駆けさせてこの町に今着いたばかりだ。獅吼【シコウ】も今日、これがあると分かっていたから氷翠王を村から連れ出したのだろう。活気付く町からは、こんな時期に祭りを開けるだけのこの町の土壌の下強さと、ここに暮らす人々のどっしりとした力強さが分かる。その力強さをとても尊い、と思う。この町の祭りを、外と断絶された村のあの子達にも見せてやりたい。「あ姉ぇっ!」突然、力一杯の声が、かくれんぼの鬼が「見つけた!」とばかりに嬉しげに響いた。聞き慣れたその声が元気いっぱいに駆けて来るのを聞き、声の主の姿を求めて通りをザッと見通す・・・・・・・・・よりも先に、かなりの速さと強さで腰辺りに衝撃がきた。とっさに正面から飛び込んできたのを、なるべく相手に痛みを与えないために両腕を回し、柔らかく抱き止める。「あ姉(ねえ)!やっぱり来とったんや!」どこから走って来たのだろう、かなり熱い身体で、息も大きく乱れていた。ずっと探していたのかも知れない。「大丈夫?」柔らかく促して、ひんやりと冷えた水の入った竹筒を自分の腕の中の少女に手渡した。氷翠王の言葉に一つ大きく頷いて、少女は竹筒に口を付けて水を飲み干した。それで落ち着いたのだろう、息をつき、再び抱きついてくる。「なあなあ、一緒に祭りまわろう?あ姉も来とるて聞いたけん嬉しゅうなってずっと探っしょったんや。」なあ、まわろう?と、また繰り返して見上げてくる。初めて来た祭りにはしゃいで、早く露店を見て回りたいのかうずうずしている。今にも走り出していってしまいそうな感じだ。少女からは幸福の匂いがした。「いいよ、橙火【スミカ】。」その微笑ましさに何気なく橙火の頭を撫でてやると、橙火は照れくさそうにけれど幸福そうに笑った。*見つけた!、と思ったから、その姿が視界に入った途端無我夢中で走ってその白くて細くて温かくて優しいその手を握って、腰に抱きついた。手加減もせず走り込んだまましがみついたから、二人して倒れそうになったけどその人はやっぱりその優しい手で抱きとめてくれた。いつも優しく笑うその人は、だけどこの町で見ると何処か・・・・・・・・橙火の手の届かない遠い何処かへ行ってしまいそうな風に見えて、悲しくなったのだ。だから、抱きついて「一緒にまわって。」とせがんだ。他の人はいつも苦笑しながら困ったように笑うのに、その人は橙火が大好きというみたいに嬉しそうに笑って頭を優しく撫でてくれた。そうすると、さっき感じた悲しさが嘘みたいに遠くに飛んでいって、今度は楽しくって嬉しくってワクワクした。本当は初めて来たお祭りを本当に本当にその人と回りたかったのだ。だけどいつも忙しくて、村から出ないその人とは無理だと周りに言われてほとんど諦めていた。せっかく一緒に住んでいる兄に仕事のついでに連れて来てもらったのだから、大好きなその人と一緒に回りたかったのだ。けれど、しょうがない。その人はその村の人々への責任と義務があるのだ。橙火や皆のためのことなのだと分かっているから、何も言えなかった。皆への愛情が深いその人は、橙火がいつ見ても、朝から晩まで仕事をしていて、深夜遅くに目が覚めて橙火が屋敷から外を見ると、必ずその人の屋敷の、その人の部屋はいつも明かりが点いていた。だから、邪魔はしちゃいけない。すっかり諦めていたけど、今朝、獅吼がその人が今日は村から出て町に行く日だと教えてくれた。それを聞いて、朝から嬉しくて、ワクワクして、その人が来るのは遠駆けの後だから遅いと分かっててもずっと探してしまっていたのだ。「橙火?」大好きなその人の綺麗な声に呼ばれる。嬉しくなってその人の手を握った。その人も笑って握り返してくれて、そのまま手を繋いで歩く。「?何か欲しいものはないのか?」あんなに祭りにはしゃいでいた橙火が、今は黙ってその人と手を繋いで歩いているだけで露店を見ようともしないをその人は不思議に思ったのだろう。けれど橙火はその人と手を繋いで一緒に歩いているだけで幸せでお腹いっぱいだった。「うん・・・・・。なあんにもいらへんよ。」橙火はその人に拾い上げて救ってもらった一人だから、その人を本当の両親のように、姉のように、兄のように・・・・・・・違う、それよりももっと大切な人として慕っていた。橙火は赤ん坊だった頃親に捨てられたが、自分を生んでくれたことをとても心から感謝している。生んでくれてありがとう、といつも寝る前精一杯の心を込めてお礼を言う。自分は今生きて此処に居て、幸せだった。だってこの人にも会えたのだ。もし自分が捨てられていなかったら、この人にはたぶん一生会えなかった。「橙火。口開けて。」優麗な笑みを浮かべて氷翠王は、橙火の目線と合うように地面に膝をつく。「・・・・・・・・・・・?」言うとおりにすると、直ぐに口の中にふうわりとした甘さが広がった。それから何か、柔らかくて甘い香りがする。温かい。びっくりして目の前の相手を見つめると、その人は口の中の甘いものに負けないくらいふうわりと優しい瞳で笑った。「異国の焼き菓子だって言ってた。さっき露店の人がくれたんだ。」美味しいだろ?と橙火の頭を撫で、あげるよ、とお菓子を手渡された。たくさんの綺麗なお菓子が橙火の手から零れ落ちそうになる。さっき、って一体いつの間に貰ったんだろう、と橙火はやはりびっくりした顔を崩せない。焼き立てだから、本当についさっき貰ったはずなのに。魔法みたいだ。この人はいつもこうやって幸せをくれる。「もっと欲しがってもいいんだよ。橙火。他に何が欲しい?」さっき何もいらない、と言った橙火の言葉を拾い上げてくれたのだと橙火は気づいた。思わず、驚いてその人を見つめる。「子供はもっとわがままでいていいんだよ。橙火はもっと欲しがっていい。」その人は両手で橙火の頬を包み込んだ。そしてまるで熱を測るように額をコツン、とあわせた。「今日だって言ってくれれば、橙火と一緒に始めから来たのに。」注ぎ込まれた柔らかくて幸せな言葉は、とても思いがけなくて。「周りのことなんか気にかけなくていい。橙火がしたいことはしたいっていつだって言っていい。」「・・・・・・・・まだ、我慢なんて覚えなくていいんだよ。」真剣な温かいその言葉の後に、それに橙火と一緒に来たかった、とからかうように優しい笑みをくれる。涙が出そうになった。いつだって、自分が欲しいと願っていても自覚できていないような奇跡のような夢をこの人は叶えてくれる。こんな“かみさま”みたいな人を、橙火は他に知らない。だから思う。この人に少しの幸せでもあげたい、と。だから祈る。この人がいつも幸せであるように、と。「あのね・・・・・・・・・・・。」だから、橙火は口にした。いつも、いつだって欲しいと思っていた“そのこと”を。誰よりも大好きで、大切なその人に。
2005年12月01日
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