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「何か欲しいものぐらいあるだろ?」 「欲しいモノ?・・・・・ああ、まあね。一応。」 「へえ・・・・・。何にも執着しないお前が、か?珍しいな。 何が欲しいんだよ。」 「全て、僕の一言で終わる世界。」 「・・・・・・・・何だって?」 「ゆるゆると緩慢に腐敗して朽ちていくベタぬりの“理想”に、果てない“希 望”という“欲望”が支配する世界の構造。 そんな虚構が、僕の終わり、の一言で一瞬でブラックアウト。 とか見たいと思わない?」 「・・・・・・・・・・・・・お前は、たまにでいいから、人を おちょくらずにしゃべれ。」
2006年01月27日
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「-----獅吼【シコウ】。」静かに深い呼吸の中、隣を歩く連れをやんわりと呼び止める。すると獅吼は可笑しそうに片頬を上げた。「こんな時でも余裕だな、先生。」色悪、という呼び方が似合いそうな獅吼の耳に響く低音の男の艶を孕んだ声が可笑しな呼び名を氷翠王【シャナオウ】に向けてくる。「あんたへの追っ手かもしれねぇ。」なのに何でそんなに落ち着いてるんだい?と面白げに続けて返す獅吼の声はまるでそうあったらいい、とでも言う様に楽しげだ。「性悪、と言われるな。」そんなでは、と氷翠王は微笑を返した。本当は色悪と言えばぴったりだと思ったが賢明にも氷翠王は辞めておいた。色悪--------その容貌は非常な魅力的で、性は最低の下をいく極めて凶悪、など嵌りすぎで笑えない。その気配を読んだのか、獅吼は片眉をあげて笑う形に唇を歪める。「・・・・・今考えたことを当ててやろうか、先生。」色事を紡ぐ様に甘やかな色っぽい声音に氷翠王は再び微笑する。「少しはお前も親切設計で出来ていたらいいのにな。」揶揄混じりの氷翠王の返答に獅吼は声を立てて笑った。「違いねぇ。」その間も二人は足を止めない。着実にこの地とは無縁の人間がいる場所へと足を進めている。ふ、と視界が稀なる銀灰色を映した。(子供・・・・・・・・・・か。)見れば紅の瞳をした少年がこちらを憎憎しげに睨んでいる。近くには銀灰色の髪をした少女が木に崩折れる様にして凭れ掛かっていた。「おいおい・・・・・・・大丈夫か?」心配とは程遠い声が隣にいる獅吼から発せられるのを聞く。それに敏感に反応して少年は眦を吊り上げた。強い視線がこちらに向けられる。それに獅吼が面白げに視線を合わせる。だが氷翠王の視線は銀灰色の髪の少女に向けられたままだった。雪がその視線をさえぎる様に柔らかに再びちらちらと降り始める。少女のどこかに惑う瞳は氷翠王にやはり記憶の底にあるものを思い起こさせた。これが出会いだった。この出会いが後に全ての周囲の思惑を孕んで氷翠王たちの一生を変えることになる。静かに降る雪はそれを暗示する様に美しく、どこまでも深遠に汚れた地上に綺麗に堕ちて、・・・・・・・・そして、穢れた。
2006年01月09日
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身体の芯から末端にかけての全てを奮わせる和太鼓と里神楽のお囃子の余韻が心地よく残る身体に、山中の霊気と新雪の冷気はひんなりと快い。唯一暗路を共にする上等な連れとは今は会話はなく、けれどそれ故に柔らかな空気は粋な派手好きと浮き名を流す獅吼【シコウ】の身にも上等、と銘打たせるほどの中々の心地がする。しゃらん、と連れが腰につけた銀の装飾品がひやりとした音を立てるのに目を向け獅吼は口を綻ばせた。やはり華、と心中で小気味よく言葉を叩き出す。空に鳴る北国の雪の嵐の様な凛列さの立ち姿。血の青い筋が透けて見えそうな白い肌が、山中の松の青やかさに映え、凄まじいばかりの清やかさ。鮮やかな睫がしっとりと潤むあえやかな朱金の瞳を縁取り、白い柔肌の清やかさが氷翠王【シャナオウ】を非常な美貌に見せている。それでもその美貌が氷翠王を柔に見せないのは、その鞭の様な無駄のないしなやかな身体と、あるいはその朱金の眼差しが野生の獣のように高潔な瞳をしているからだろう。熱く激しく乱れる感情をまるで外に出さないのに、その瞳だけはいつもその凄まじさに此方が息を止める程の激烈な光を宿すのだ。生まれてから十九年間の血反吐を吐く様な苦しみも努力も、怒涛の様な祈りも苦痛と悲痛の涙も、突き上げる様な渇望と硬質のダイヤモンドの様なプライドも、全てその瞳に嵌め込んでいる。この瞳を見る度、獅吼は氷翠王の身体中を駆け巡る氷翠王自身の魂の激烈な光の渦と悪流を見る。だからよけいに艶めかしい。誰もが望んでも届かぬ昂みを目指して目指して駆け上がるその姿は、他の誰よりも神聖で神の許しの様な眼差しは誰より侵し難く綺麗だった。思えば、蒐【シュウ】家に十二年間も人質に捕られていた頃もこの様だった、と獅吼は思い返す。蒐家は王より下賜された家門永続の広大な領地を誇っており、多くの華族が自分の領地外の戦争特需にあぐらをかいている間にその火が自分の領地に飛び火して転がり落ちるように没落していく中、大きな財閥と提携を結んで栄え成功した他に例がない一族であった。しかし、その栄華も長くは続かなかった。何度も続く内乱に皓【コウ】国の無政策もあって、国土の一部は荒れに荒れていた。神に守られた皓国も澱んで溜まり過ぎた膿に溺れ腐り落ち始めているとまで噂され、貧困に喘ぐ農民や商人たちの間では新たな信仰宗教が流行りそれによる一揆も多発していた。曰く、『阿弥陀如来か、御領主か』。これは仏と領主である華族の宗主のどちらが偉いかの比較であり、またどちらの報復が恐ろしいかの比較であった。この考えが恐ろしい勢いで身分を問わず多くの者に浸透し、阿弥陀如来に従うべしとそれぞれ鍬や鋤、槍などを手に決起し襲い掛かってきたのだ。この裏にはこれを機に暴力革命を成そうという寺門や扇動者の手が絡んでいたが、どの領主である華族・・・・貴族は中々これに対処できずにいた。寺門は深くその土地に住む者に関わっており、その一揆に領主を主と仰ぐ臣下達でさえ多くが参加していたのだ。無論、臣下の全てが反乱に加わっていた訳ではないがおそらく半分近くが。それでも日に日に勢いを増す一揆連中に、これ以上手をこまねく訳にはいかず全ての領主が力ずくで一揆を治めた。・・・・が、である。半数もの家臣が参加していたため、貴族一門の力は半減、扇動者達の思惑通りに没落していく貴族も多く、蒐家もその中の一つとなりかけていた。これの唯一の例外が朱樺【シュカ】家であり、氷翠王である。他の領国は一揆に勢力を二分にされ息も絶え絶えの心境の中、唯一被害もなくこの一揆を治め、それどころか一揆を逆手に取り朱樺家と家臣、領民との結束をより強固なものにしたのが氷翠王だったのだ。他領地は飢饉を避けられぬ中、氷翠王はそれを上手く利用し対外関係を有利に進めた。この事が皓国の中央にも鳴り響き、その手腕を多くの貴門の者に買われたがその一年後氷翠王が出奔したのはまた別の話である。しかし朱樺家以外の多数の土地ではこの一揆はかなりに渡って続き、十四、五年続いていた。蒐家が滅びかけたのはこの一揆が始まったばかりの頃で、その蒐家に人質として囚われていた氷翠王がその十二年後にこうも見事に朱樺家の領地に起こった一揆を治めた事はかなりの皮肉である。一揆に傾いて滅びかけていた蒐家を救い、立て直したのも氷翠王なのだから。氷翠王は蒐家傘下の財閥の総入れ替えをし、事業の拡大を図った。この前代未聞の働きかけに蒐家の貴族連中は腰を抜かし、全員反対したが病床にあった宗主が氷翠王に賛同し有無を言わさず強行した。皆あの明らかに氷翠王を軽んじていた宗主が何故、と目を見張ったが、それも無理のない事だった。だが氷翠王は一年ほど前病床についた宗主と周りがおかしくは思わない程度に接触をしていたのだ。平時ならばどんな思いやりに満ちた言葉でも気にも掛けず嘲笑で返すであろう宗主の傲慢さも、病床という自分の先への不安と心細さからすっかりなりを潜めていた。まして氷翠王は甲斐甲斐しかった。絶妙のタイミングで与えられる奇跡の様な思いやりに満ちたまなざしと手、それから不安と自分が何もできぬというもどかしさを包んで否定してくれる温かくも優しく柔らかな物腰。実の子供達が臣下の者に任せっきりにし碌な看病もしない事も拍車を掛けただろう。毎日毎日、自分の看病に明け暮れてその白く繊細な綺麗な氷翠王の指が少しずつ荒れていくのを宗主は見ていたのだ。これが宗主でなくとも誰でもほだされただろう。氷翠王が自分を救いにきた自分だけの菩薩にでも見えたに違いない。すぐに宗主の氷翠王に向ける眼差しは親愛と信頼、情愛へと代わっていった。蒐家の人質である、という氷翠王の自分に対して弱い立場もそれに一役買っているだろう。絶対的な信頼を向けている氷翠王の選択に宗主が否を言う筈もなかった。そうして氷翠王は事業を選別して拡大していった。それが着実に利益を上げ、段々と蒐家が立ち直り始め蒐家の臣下や他貴族の信頼を得るようになった頃、羊毛を主としている蒐家の紡績を氷翠王は他貴族に売却した。この紡績はかなりの利益を上げていて、今後もその利益は伸びるだろうと思われていたので蒐家の者はかなりの反発をした。が、氷翠王が『今でこそ羊毛を主とした紡績は行っている者が少なく利益も高いが、他の多くの財閥もそれに目をつけ始めている。もうすぐ嫌でも価格は驚くほど下がるだろう。ならばその前に他に高く売却した方が利益は比べ物にならないほど高い。』と説得すると、氷翠王の意見に傘下の財閥は誰も反対する者はいなかった。これには蒐家の者は度肝を抜かれた。ほとんど独断のような提案に傘下の財閥はもはや反論もしなかったのだ。いつの間にこれ程の信頼を得たのか。実際数ヵ月後には氷翠王の言うとおりになり、被害を受けなかったのは蒐家と朱樺家だけだった。誰もが氷翠王に厚い信頼と情愛を向けた。誰も氷翠王無しでは蒐家が立ち行かぬ事になっていると気づいた者はいない。これで氷翠王が人質として責を逃れ、自分の臣民の待つ故郷に帰りその上で蒐家の政と財政を動かしても誰も文句など言えぬ程に。蒐家の者は氷翠王の手によって蕩ける程に甘やかされた事に気づいていなかった。自分達が何もしなくてもまるで神の手が蒐家の建て直しを図っている様に、どんどん氷翠王の手から与えられた。気づいた時には誰もが氷翠王の指示なしには何もできない者になっていた。逆に朱樺家の者は君主である氷翠王がいない間、領地を支えなければと鉄の団結を示し奮起していた故に、一人一人の才覚が尖るように際立ち磨かれ凄まじい団結力であった。後に、恐らくこの人質時代があってこその朱樺衆と言われる程に。朱樺家を取り込もうとして逆に取り込まれたのは蒐家の方だった。五歳の頃から人質生活を送っていた氷翠王は猫の子ではなく、まさしく朱樺家の前宗主であった父と同じく猛々しい虎の子であったのだ。とんだ薮蛇をつついたのだ、蒐家は。ここまでの全てが氷翠王の思惑通りであっただろう。唯一の誤算は、他国に追いやられていた色狂いの蒐家の長男が氷翠王の帰郷の時に戻り、『君のために俺は全てを捨てたんだ。』と迫りそれを氷翠王が断れば『お綺麗な顔をして俺の親父まで咥え込んだ淫乱のくせに、俺を拒む気かっ!?』と真も実もない言葉で氷翠王を貶め、挙句の果てには刃傷沙汰になり、それでも飽き足らずこの長男は氷翠王が蒐家に謀反を企てていると嘘ばかりの言葉を流したのだ。氷翠王が十四の時に強姦して子供を生めない身体にしておいて、何が“全てを捨てたんだ”なのかは氷翠王にはさっぱり分からなかったが。蒐家の者は誰も信じなかったが、氷翠王の腹違いの兄だけは違った。氷翠王と兄にはかなりの因縁があった。兄の拷問にも堪えながら氷翠王はそれでも出奔などするつもりはなかった。こんな事がこのままにされて置く筈もないと分かっていたのだ。すぐに、助けと蒐家からじかに手が入れられる事も分かりきっていた。それ程までに蒐家は氷翠王の手を必要とし、無くては生き残る事すら危うい。長男と引き換えにしても手放す筈が無かった。そうでなくともこの男は蒐家の足を引っ張る事しかしていないのだ。・・・・が、その前に朱樺家の古参の臣下が氷翠王のために反乱を起こした。実際、後一歩遅れていれば氷翠王は兄に殺されていたかもしれない。だが現実に起こしてしまった反乱は、はいそうですかと取り下げられる訳もない。このままでは一族郎党が滅びてしまう危険があった。だから氷翠王は反乱組に助け出された後、拷問で負わされた傷と痛みに立つこともままならない身体を駆使して陣頭で指揮をとり、わざと兄と敵対して見せた。そうして反乱組にも兄の郎党にも被害を負わせない程度で引き下がり、反乱組を連れ出奔した。こうすれば兄達だけは身内と敵対してでも蒐家に変わらぬ忠誠をたて、命を削る覚悟もあると言い訳もたつ。朱樺家を半分に割ってしまうが、全滅はしない。氷翠王を見つけて曳き立てるまでは目は向かない。そう思っての苦渋を飲んでの選択だった。それから、二年が経つ。想いを身から離し、雪の積もる木々を見据える。それはとても美しかった。氷翠王は息をつき、立ち止まる。記憶の内に巡る回想を留めたのは、禁足地であるここに仲間の張った結界も近いのに“外”の人間の気配がしたのだ。
2006年01月09日
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見れば心の闇にふと“畏れ”が滲み込むような圧倒的な星空が、頭上に広がる。恐ろしいほどに澄んだ、星闇の空。その殉教者のような敬虔な星の輝きの夜空は清綱【きよつな】に、遠い過去に見た此処と同じような夜空の下の光景をまざまざと思い起こさせる。これならば、友人が来ているからなどと気を利かして咬【ぜん】の部屋を出るのではなかった。しかも咬に何が起こっても駆け付けられるようにとマンションの屋上になど、出るのではなかった。厭でも目に入る咲き乱れるような星空が思い出させるものは、清綱にとってあまりにも重く苦いものだ。ただ唯一の人の姿が脳裏によぎる血迷いと共に浮かぶ。その名を呼びたくなってふ、と、惑う。“彼”は・・・・・・・。『凄いな・・・・・・・。怖くて、涙が出る。』全ての俗な感情を絶した声。振り返らないその横顔は神聖すぎて。触れられない。“彼”は真率に涙が出る、と言い、それでも決して畏れずただ、自らが王と誇り狂う星空を・・・・・・・ただ、まっすぐに見据える。“彼”は一人立ち、振り返らない、決して。“彼”は強すぎて、そして・・・・・・誇り高いから。風に乱れる黒髪に、滾る金の瞳、不屈の意思を表す唇は静かに引き結ばれている。その唇は与えられる苦しみと苦い屈辱に血反吐を吐き、その足首は縋る者の重みと血の味を知り、その指先はまるで寒さに堪えるように孤独に己が身を抱いているのに。それなのに、“彼”はなお強く輝きを増す。“彼”はまさしく勝者であるから。“彼”は一人極地に佇み、ただ上を仰ぐ。まるでこの夜空さえも統べる王者のようだ。卑屈な自分はその姿を見ることすらできない。美しすぎて縋ることもできない。否、自分の卑屈なプライドが“彼”の下につくことを許さない。(違う!)自分は“彼”を愛しているのだ。本当は“彼”の強がりも辛さも孤独も忘れさせてあげたい。求めるものを全て与えてあげたい。全てなし崩しにして求めさせてあげたい。“彼”の全てを拾い上げてやりたい。あの人が辛いなら“愛している”など二度と言わない。“彼”が見るなと言うならこの眼を抉り出そう・・・・・・そうしなければ見てしまうだろうから。“彼”が触れるなと言うのなら手足を切り離そう・・・・・・そうしなければ触れてしまうだろうから。けれど“彼”から離れることだけはできない。それだけはたとえ“彼”でも阻むことはできない。俺は“彼”を愛している。“彼”だけが全てだ。否。自己顕示欲の強い自分はひしひしと己が身体を包もうとする“灼熱”(敗北感)に息もできず、“彼”の臣下としてその足元にほかの連中と同じようには跪くことはできない。何故、“彼”のような人間がいるのか。・・・・・・・違う。結局、自分は嘘ばかりだ。この中に本音などありはしない。判っているのは、“彼”への心臓をじかに焼かれるような灼熱感と執着だけだ。自己愛にまみれた“愛”を“彼”は、“愛”とは認めない。『違う。結局お前は俺のことなど考えてはいない。お前の言葉には“魂”がない。“愛”を語った所でそれはせいぜい偶像崇拝賛美にしか聞こえない。そんなものが“愛”なら、俺はいらない。』“彼”のこの言葉だけが妙に的を得ている。だが“彼”だけが激しく自分を糾弾しながら、その自分の手を身を切るような切実さで待っているのも“彼”自身なのだ。(卑怯者はあなたの方だ。あなたは気づいているのだろう。俺の想いに。)そうして堕ちてくるのを待っている。他の者よりはるかに冷たい態度と憎悪さえのぞかせる言葉の応酬の果てに“彼”はそれでも自分の劣情を煽ることもやめない。その態度もすべて計算ずくで怒りが憎悪に変わりそれが更なる“執着”になるのを“彼”は待っていた。時折見せる冷微笑はこちらだけにいつも向けられる。「元虎【もととら】様・・・・・・・・。」“彼”の名を呼ぶ。そして有家清綱【ありえ きよつな】は一度苦しく奥歯を強く噛んだ。応えはあるはずもない。“彼”は、今はいないのだ。狂い咲く夜空に、否、己の激情に堪え切れず、屋上から階下へと続く扉を開けて階段へと足をかける。そのまま機械的に足を進めた。(顔が見たい。)今すぐ。そうでなければ堪えられない。『そなたの其の情念があの御方を殺したのじゃ。』白炎【びゃくえん】にわざわざ言われなくとも判っている。ほかの誰でもない、俺が、殺したのだ。“彼”のいない数百年もの時をそれでも“彼”を探すためだけに生きてきた。あの時、その背を抱けばよかった。一人立ち続ける気高くも沈黙を守る背に、縋ればよかったのだ。“彼”は抗うだろう。そのあまりの誇り高さ故に、“彼”は手負いの野生の獣の凶暴さで抗っただろう。殺されたかもしれない。けれど何度でも、どれほど醜悪な姿を見せてもいい、“彼”に屈辱を味合わせてもいい、何度でも、それこそ殺されるまで抱けばよかったのだ。臆病な自尊心など捨て、追うべきだった。そこに“彼”の血肉が在ったのなら、抱けば・・・・・・・・。“彼”が其の手に永遠の眠りと安らぎを攫う前に。そうしたなら、“彼”を繋ぎ止め、一人でいかせることなどしなかった。最後の最後まで、孤独を抱いたままいかせることなど・・・・・・・。これほどまでに“彼”への想いが、この心臓を抉るのなら、(其の心臓を滴る血の律動さえ聞こえるのに)、死ぬまでこの腕に抱けば・・・・・・。決して凍った激情のまま、いかせはしなかったのに。(けれど。)けれど今、ようやく“彼”を見つけたのだ。名も変わり、記憶さえも失くし、その姿も声の高低すらも違うが、あの激烈な色を宿すその金の瞳は一片も変わらず。「咬【ぜん】・・・・・・。」“彼”の今際の名を苦い記憶に沁み込ませる。もう二度とその魂を失うことのないように。白炎の血界から血まみれの咬を助け出した時に、抱いた感触を腕にまだ覚えている。その重みを、幾度も刻む。目指す扉に着いた。この向こうに、居る。扉は鍵がかかっていなかった。いつも堅く閉められているそれが自分のために開いていることを清綱は知った。たまらなかった。足は自然と求める相手が居るであろうリビングの方へ向く。・・・・・・居た。「咬・・・・・・。」三度呼んだ。今度はしっかりと。とどくように。「・・・・・・・・っ!」“彼”が驚いたように振り返る。元虎は決して振り返ることはなかった。「・・・・・お前、いつ帰ってきたんだ?・・・・・驚かせるな。」警戒心の滾る瞳は今はけれど拒絶の色を表してはいない。その瞳・・・・・やはり強く輝いて見える。この二週間、共にいて(正確には看病して)分かった。いつもは静かにふつふつと燃えるその瞳。高熱と激痛に苛まれながらもそれは変わらなかった。どこにそんな自制心があるのかと驚くほどに。けれどその瞳はいつもは静かにその奥で炎を滾らせるのに、少しでも触れようと手を伸ばせばぶわっと灼熱が燃え立つ。火傷ではすまないその灼熱はいつもこの人の中にある。眩暈がする。“彼”がいない間の千年の祈りも、“彼”を目の前にすると砕け散る心地がする。(いつまで・・・・・・。)好きだ。この人が好きだ。どうすればいい。一体いつまでこの想いを殺しておける・・・・・・?千年より熱くなるこの想いを、加速する渇望を。自らの内に飼っているケダモノを制御する術はないことを知っている。この想いは一生叶うことはないのか。「・・・・・・有家?どうか、したのか・・・・?」咬が睨むように真っ直ぐに瞳を向けてくる。これが不器用なこの人なりの心配と心遣いだと分かってしまう。だから湧き上がろうとする感情を内心でくびり殺す。殺さなければならない。傷つけるのならいっそ知られる前に湧き上がるたびに殺し続ければいい。内心を表に出さず、清綱は瞳と唇にいつもの真率な笑みを佩いた。「いいえ。何もありませんよ。」いつもの心からの穏やかな気遣いと奇跡のような思いやりからくるその笑みに咬はいつもの安堵を得る。それが少し和らいだ表情から分かった。だから。だから、と。清綱は何度も心に自戒を刻む。今度こそは。やはりこの世界でも孤独を抱く“彼”の、唯一の楔となるように。そのために自分を殺すことを。今度こそはと願いをこめて・・・・・・・・・・・・・。
2006年01月06日
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*“馬鹿も休み休みに”のその後 「好きだよ。」 「お前はなんだってそう割とめんどくさそうに人を おちょくるのがうまいんだ。」 「君こそ最近やたらめったら冗談がうまくなったね。」 「安心しろ。お前ほどじゃない。」 「またまた。謙遜なんてらしくない。」 「俺って奴はどうしてお前と一緒にいるんだろうな・・・・・・。」 「うん、だから好きだと言っているじゃないか。」 「嘘つけ。」 それが好きな奴を見る目だとするならば。 殺戮者はよほどその被害者たちを愛していたに違いない。
2006年01月03日
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*“何を今更”のその後 「どこに行ってたんだ?」 「何。僕がどこで何をしてたか知りたくて堪らないほど、 僕のことを愛してでも?」 「それは一種のいじめか?」 「ああ、そんなに驚かなくても。かわいい人だ。」 「頼むから日本語をしゃべれ。頼むから。」 「反復しなくても君の頼みは断らないよ。“友達”じゃないか。」 「言いたくないなら、はじめから言いたくないと言え。」 「何が?さっきから言ってるじゃないか。君の願いなら、 僕は何をするのも惜しまないよ。」 「・・・・・・・だと思った。」 「うん。そうして仲良しのフリをして、いざとなったらその時には おいしく食べてあげるよ。」 「・・・・・・・・・・。」 「ん?何。“冗談”だよ。・・・・・それが君の願いならば。」 「もう一回、聞くぞ。」 「どうぞ?」 「“どこに行ってたんだ?”」 「天国。」 「・・・・・・・・・・・・・。」
2006年01月03日
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「君さ、よく性格がエグイって言われない?」 「ふーん?知らなかったよ。それって尊敬用語?」
2006年01月03日
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