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昨夜出張講義から帰る途中、義姉から電話があった。「もしかして、オルケの家に『イ』の薬はあるだろうか?」私ははぁ?と思って「ええ?そんなのある訳ないじゃないですか」と言った。そしたら「どうやら次女(ってことは私の姪)が『イ』を移されて来たらしい」と言うのだ!私はびっくりした!否、普通の人なら誰でもびっくりするだろう。そんな発展途上国じゃあるまいし、『イ』だなんて。「このままじゃ家族全員が全滅だ。悪いんだけど薬を買ってきてくれないか」私は講義先の職員の車で送ってもらう途中だったので、できたら義姉が車でちょいと買ってくればいいのに、と思って「いやあ、今車で送ってもらっている所だから・・・」と渋った。夜だし、薬局で『イ』の薬ありませんか?なんて聞くのも恥ずかしいと思ったからだ。でも義姉はどうしても私に用を足してもらいたいらしかった。結局「じゃあ、私が駅前でわざわざ下ろしてもらって買ってきますね」という事になった。横で運転をしていた職員のKさんが私がびっくりしているのに気がついて「子供になにかあったの?」と聞いてきた。私は身内に『イ』がついたなんて言えないよおと思ったが、Kさんは気さくで何でも話せるような人だったので「なんか近所の人の子供(実は姪)が『イ』をもらってきちゃったんだって」といったらさすがに「どえええ!?」とびっくりしている。「それで薬を買っていかなくちゃいけないから、悪いんですが今日は駅前で適当に下ろしてもらえますか?」「でも薬局で『イ』の薬買うなんて恥ずかしいかもね・・・」「だからその人私に頼んだんですよ、きっと!」「でも今時『イ』の薬なんて売っているのかな?」「ほんとに今時いるんでしょうかねえ・・・」そしてKさんは途中にあった薬局に連れて行ってくれた。幸いお客は誰もいない。薬剤師もおじいちゃんという感じの人だ。「すみません。『イ』の薬って置いてありますか?近所の人に頼まれて・・・」(言い訳がましいね)「『イ』?あるよ。何歳?」「9歳なんですけど・・・まだ、『イ』なんているんですか?」「ああ、いるよ。これは洗髪後に使うんだけど、卵が残っているから1週間は使い続けてね」と、薬剤師のじいちゃんは、別に驚く様子もなく淡々と薬の説明をしてくれる。一緒に付いてきてくれたKさんも「ふむふむ」なんてうなづいている。薬の箱も汚れてなかったし、たいして珍しい事ではないのかもしれない・・・なんて思った。Kさんが家まで送ってくれて、義姉の家に薬を持って行った。『イ』がいる家だ、と思うと申し訳ないけど中まで入れなかったわ・・・それにしても『イ』だなんて・・・学校で移されちゃったのだろうか?だったら同じ学校に通う息子も注意しなきゃ・・・・でも注意って言ってもどうよ?予防なんてできないでしょ。そういえばこの前の日曜日にモギョクタンに行くって言ってたから、そこでもらっちゃったのかしら・・・ぞわわわーーー、しばらくモギョクタンには行けないな。さっき日本語で『イ』について検索してみた。そしたら。未だに日本でもあるらしい。学校や幼稚園で集団発生する例もあった。恥ずかしくて言えない事が殆どみたいだけど・・・ あなどれないな、しらみ君も・・・・
2005.09.28
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午後、ほんとに久しぶりにぶらっとカルフールに行った。色々買い足さないといけなかったのに、オットと息子はおもちゃ売り場に直行。「運動会で3等だったからおもちゃを買ってあげる☆」なんて勝手な事をオットはぬかしている。そこで見つけたのはガンダムのプラモデルだった。オットと長男はそこからもう動こうとしない。よく見ると日本製で、説明書も日本語だったが、オットの一押しで1/144スケールのフリーダムガンダムというのを買ってやるはめになってしまった。勿論小1の長男は作れない。オットがチマチマ作りたいのだ。日本で買うといくらなものか分からないが、韓国ウォンで18900ウォンなり。次男が黙っちゃいないだろうから、彼にもやっぱり144スケールのストライクガンダムというやつ、こちらは3900ウォンだった。同じスケールとはいえ、箱の大きさと、価格差が気になった。次男のやつはすぐ壊れてしまうような気がした。息子たちはご機嫌。「4等だったら買ってあげなかったんだよ」なんてオットは言うけれど、なんで私の財布から出すのさあ。そして家に帰って早速作りはじめる。私は3900ウォンのに挑戦だ!・・・やっぱりちゃっちい感じ。関節がひざとひじは固定されてしまっているし、頭もゆるゆるで「コテン」と首をかしげたようになってしまう。でも次男はそれなりのようで、足を取っては「お外に行くよーー。靴履こうねーー」と遊んでいた。そして1持間後くらいには「ツノ」がバキッと折れてしまっていた。一方18900ウォンのガンダムはやっぱり少し高いだけあった。オットは長男に教えながら黙々と作っている。真剣なまなざしだ・・・・3900ウォンのよりパーツが多くて時間がかかったが、できあがりはカッコイイ。関節も沢山曲がるから色々なポーズをつけられる。「おすわり」させたり「アンニョン!」とあいさつさせたり、「180度開脚」とか、「シエーー」とか、「挫折」とか・・・おお!片足でも立つね!そんでもって簡単にポロっと取れたりしない。・・・・おもしろいーーー!以前にオットが買ってきた「ゾイド」とか「なんかのガンダム」とかはオットかチマチマ作るだけ作って子供に与えていたが、幼児対象の合体ロボットみたいにはならないので、子供の手には負えなかった。すぐにバラバラになって部品がなくなって、説明書もなくなって、再生できないままになってしまった。しかし、今回のはなかなかだね!調子に乗って「期末試験でいい成績とったら今度は1/100スケールのをプレゼントね」という約束まで・・・!息子を持って、今まで味わった事のない世界を体験できるのかなあ。とふと思った。
2005.09.25
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先日の日記で日本語のプリントを徹夜して作った、と書いた。なぜそうなるのか?理由はいくつかある。その1、意外と凝り性だから。私は数年前にAB型であることが発覚したが、自分の関心のないことにはてんでずぼらなのに、凝りたいものにはとことん凝ってしまう性分を持っている。だからって素敵なプリントが作れる訳ではないが・・・その2、PCがモーロクしている。速度の遅さにイライラ虫が爆発しそう。早く買い替えたい。その3、遅い時間に始めるから。夏休みの宿題も一夜漬けだったように、授業の前の日になってからやっと作成に取り掛かる。しかも家事を片付けて、子供を寝かしつけてからやるので、必然的に深夜から始めるようになる。その4、全然関係ないネットサーフィングが始まってしまうから。一番大きな理由がこれ。今回は特に36個もの画像を取り入れるというもので、PCに画像がストックされているものも使ったが、なにぶん凝り性なもので気に入らないものも多くて・・・それで新しく画像を検索しているうちに明後日の方に行ってしまうのだった。私がよく使うのはやはりグーグルイメージ検索。ためしに「りす」の画像を探してみよう。コピーする時に画像が崩れないよう、写真よりもイラストがいい。できれば単純でかわいいもの(これ重要)大きさも適当なやつ、となるとなかなか出てこない。ああ!「リス」にしてみよう。やっぱり写真が多い。お?なんじゃこりゃ。 「リストラ」・・・・待ちに待ったイラストだ! 「リストラ」・・・・ぷぷぷぷーーーー!?とサイト(へなちょこ動物園)を訪問して楽しんでみたり・・・おまけで お次は「しか」「珍味 いしかわや」「・・・しか分からない」「・・・しか買えない」「・・・しかり方」・・・全然シカがでてこない・・・・「シカ」はどうだ! 「はなシカ」 「しからん」おやじギャグ要素が強くなっていく・・・そして・・・「ナウシカ」「シカクイズQ&A」からこういうサイトにとんで「奈良のシカも大変なのねえ」と思ったり。「富士山遭遇動物マップ」なんか見てみたり・・・「シカクイアタマを丸くするゲーム」・・・ふむふむ・・・「地域によって異なるシカの使い方」・・・なるほど・・・じゃあ「鹿」!おお、それらしいものが・・・と思ったら「猪鹿蝶」だって。こんな感じで、遊んじゃって、気がつくとびっくりな時間。もるさんのページに飛ぶ事もよくあります。(ちなみに「不滅の李舜臣」や「李舜臣」で検索するととぶわにのページが上位に!<-当たり前か)結局あらかじめ保存してあるいつもの画像を使ったりして。フッ・・・
2005.09.24
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長男の運動会だったのだ。こういうのが大好きな義姉は早くからお弁当を準備して場所を取り、「ハヤクコイー」と待っていた。この小学校は去年開校したばかり。施設はいいのだが運動場が狭いのが気に入らなかった。1年生は60メートル走(何故60M??)とくすだま割りと、お遊戯で、低学年のプログラムは午前中でおしまいになった。深刻だなと思ったのは、子供達の走るスタイルがなっていないということ。男の子はまだいいが、特に女の子はどうやって走ったらいいのか分かっていないような子が多い。かわいい女の子がドテドテドテと走って来るのだが、足が前に進まない。手を振っていない。なんかぎこちない。体育の授業もあまりないから、走る指導とか受けていないらしかった。そういえば私が子供の頃は体育の時間に50M走とか嫌というほどやらされたっけ。そして、もっと嫌だったのは年に一度の「体力測定」走るのや飛ぶのはそれなりだったが、筋力の弱い私はけんすいとかいやーな種目だったっけ。韓国では小学校から期末試験とかあるくせに、体力測定みたいなのは聞いたことはなかったな。(先輩ママさま、小学校でやるんですか?)ちなみに長男は8人中3等だった。ビリじゃなくてよかったわあ、と一安心。お昼前のクライマックスは青チーム、白チーム対抗のリレー。(韓国は紅白じゃなくて青白)リレーの練習もさせなかったらしい。皆バトンの受け渡し方を知らない。私は心の中で叫んでいた。ナニヤッテンダ!カンコクノキョウイクハ!!こんなせまい校庭で、体育の授業もなく、子供達は走り方さえも知らない。一体子供達をどこに導こうとしているのか。ちょっと不安になった運動会だった。
2005.09.23
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朝からこんな記事にびっくりしてしまった!目が覚めちゃったよ。【F1】琢磨の来季正ドライバー“消滅”…今後は移籍が濃厚兄の影響で昔からモータースポーツって好きだったんだけど(勿論見るのだけ)まだモータースポーツの未熟な韓国ではF1でさえもTV中継されない。それどころか、ニュースにもならない。昨年まではそれでも香港スターTVが入っていたので、時間の合う時はひげヅラのおじさんの中国語の解説付きで(もちろんなに言ってるか分からない)なんとか琢磨君の雄姿を見ることができた。しかし!今年からはスターTVも入らなくなってしまった!!TT(韓国の地方の有線放送は気まぐれです)それでこうやってネットで琢磨君の情報を得るしかなかったのだが・・・今季はなかなか大変そう・・・というのがこんな僅かな情報網ででも伝わって来るのだった。こんなニュースが入ってきたけど、私はいつでも琢磨君を応援してるよ!なんか、琢磨君はどんなことがあっても乗り越えるような気がするのだ。私も一応国外で暮らしている身だから、琢磨君が海外を転戦しながら頑張っている姿を見るととても励まされる。これからも最高を目指してがんばれ!佐藤琢磨君オフィシャルサイト(この件についての本人のコメントあり)はてなダイアリー「佐藤琢磨とは?」在韓のみなさんも琢磨君を応援してね!
2005.09.22
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秋夕、って言っても、うちは本家じゃないから祭祀はないし、今年は本家の末娘がお嫁に行くから祭祀はしないということで、ちょっと気の抜けた秋夕だった。今日は小学校の交通奉仕にまで行ってきた!(エライ!当たり前か・・・)実は中学校の日本語のプリントを作るのに殆ど徹夜状態で、ちょっとフラフラしていたけど、「子供の安全を守らなきゃ!」と頑張ってきた。お陰でシオモニとお風呂に行く約束をすっかり忘れてしまったが。そう、先週からまた中学校の授業が始まった。ホントはやりたくなかったんだけど、もう一人の先生ができなくて、私も断る理由がなかったから。クラスは勿論1学期より減った。てことはお給料も減るんだけど・・・TTまあいいや。1クラスに初めての子と、前に授業を受けていたこ子とごちゃ混ぜになった。担当の先生は「できますか?」と不安げに言われたが、どっちみち、前にやっていたって言ったって、1学期は「イ形容詞」までしかできなかった。40時間でそこまでしか進めないなんて・・・ま、そんなレベルなのだ。振り返ると「なにやってたんだろ・・・」としみじみしてしまうのだが・・・そんなこんなで今日は中学校に行く日。徹夜で作った出来立てホカホカのプリントを携えて、意気揚々と家を出た。あれ?「出来立てホカホカ」だっけ?「ホヤホヤ」だっけ?まあそんなことはどうでもいいや。(気になるなあ)家を出た私は何だか不吉な予感に襲われた。家から中学校まではそんなに人通りの多い所を通らないが、なんか、所々でニキビヅラの少年や、やまんばカットの少女が私服で歩いている。(あれ?まだ学校やってる時間なのに・・・)そう思いながら学校に近づく。いつもこの時間になると学校方面から大挙して押し寄せて来る中学生が、いない!はっ!もしや・・・今日休みなのでは???学校の周りのプンシクカゲやトースト屋もシャッターを下ろしている。よほど道ゆく人を捕まえて「学校休みなんですか!!」と聞こうと思ったが、一応学校の門をくぐってみる。やっぱりしーーーーーーーーーーーーーーんとしている。事務室は開いていたので寄ってみる。見慣れた事務員が私を見つけて言った。「あらーーセンセ!今日孝行休みなんですよ!連絡受け取りませんでしたか?」な・・・孝行休み!?そういえば学校ってよくそんな事言って休む場所だったよな。今回の秋夕は土・日に重なり、今日まで休暇の会社も多いと聞いていた。徹夜で作ったプリント歯を食いしばって歩いてきた道程・・・そんな文句が頭の中を巡り、正にorz・・・って感じ。まあ帰りには市内に出て買い物もしてきた。やっぱニキビ少年、やまんば少女が沢山町を徘徊していた。やまんばカットってわかる?なんでこの何年かこの髪型が流行っているのかわからない。最近は異常に前髪をカットしてあったり・・・韓国のムスメ達よ、君たちのセンスが理解できないよ、おばさんは。。。町で久しぶりにホットクも買ったし、私も思いがけない休暇でありがたかったわあwそれにしても孝行休みって・・家に子供がいたら、孝行もへったくれもないわよね。
2005.09.20
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ちゃんと韓服を着て、礼節教室しているかなあ・・・次男は皆が脱帽する程我が強い。毎朝がファッションショーだ。ちょっとまて。上の3行繋がってないぞ。こういう子って結構いると思うけれど、次男は服に彼なりのこだわりがある。これは長男もそうだった。(今もそう)つまり、ママが選んだかわいい服には目もくれず、自分の着たい服ばかりを着たがる。「だめよそんなヨレヨレの服着て行っちゃ!」といっても頑として意地を張り通すのだ。最近の次男のお気に入りはジーンズ。このジーンズ、長男のお下がりなのだが、あまりに次男が履くもんだから膝に穴があいてしまった。それでも履きたがったので膝にワッペンを貼ることにした。しかし、韓国では「ワッペン文化」が普及していない。日本みたいな手軽なアイロンで貼れるワッペンはまだしも、普通のアップリケでさえもこの田舎じゃ売っていなかった。韓国では穴があいたら捨てる。今時膝にアップリケをしたズボンを履いている子なんて見掛けない。本当は私が恥ずかしくて嫌だったんだが、あまりにジーンズに固執している次男のために取って置きのものを引っ張り出してきた。こんなこともあろうかと、捨てる服から取り出して保管してあったスヌーピーのアップリケだ!それを一目一目ジーンズに縫い付けた。(涙)次男は「モンモンのパジ」と大喜びで、二日に1回は履くようになった。もう片方の膝が擦り切れてきたけど・・・・そんな感じで朝からファッションショーを繰り広げる次男。「今日は涼しいからこれ着ようか?」「イヤダ」「じゃあ、どれにする?」「コレ」(と真夏に着ていたスカスカのランニングを引っ張り出す)「それは、見る人も寒くなっちゃうから・・(早くしまっておくんだった)これ着ようよ」「ヤーダ」(気を取り直して)「じゃ、ズボンはこれにしようね」「モンモンのパジは?」「あれは昨日履いたから、いま洗濯機で洗っているの。こっちのジーンズの方がかわいいし、ポケットもこんなについているし、オンマもこんなの履きたいな!」「えー、ヤダ」「ちょっと履いてみようよ!」「ヤダ!」「いいかげんにせい!!」これが毎日の日課なので、いい加減疲れている所に、今日は秋夕前の「礼節教室」なるものをやるので韓服を着させてこいと保育園からお知らせがあった。次男は韓服は持っていなかったが長男ので十分いけるはずだ。それでおととい韓服を出して次男に当ててみようとした。「これ、兄ちゃんのだけどすごくかっこいいね!今度から君のものだよ。さあ着てみようか!」次男、一瞥して「ヤダ」「どおして?ほら李舜臣将軍みたい、かっこいい!!」「イ・スンシン?」(ちょっと関心を示す次男)「そうそう、将軍も小さい頃はこういうのを着たんだよ」「アニヤ!イ・スンシンのは赤いやつ!」と、結局試着もしてもらえなかった。オットに相談して、どうせこれからも何かと必要だから、流行のスタイルの韓服を新調するか、ということにもなった。しかし、時間がなくて、それもできず、礼節教室の朝がやってきてしまった。「いいか!それ着なかったら保育園に行っちゃだめだぞ!」とアッパに念を押されて、しぶしぶと上衣に袖を通した(私のいうことは聞かず、オットのいうことは良く聞く)「まあ!かわいい!かっこいい!すてき!王子様みたい!イ・スンシンみたい!」と誉めまくるが、むっとした次男の表情は晴れない。なんとかしてズボンを履かせなくては!「今日はお友達みーんな韓服着て来るんだよ。きっとチャンソンが一番かわいいと思うな!!」しかし、微動だにしない次男。ズボンを履かせられないように、膝を丸め込んでしまった。もう私も力尽きたわ。次男を普通の服に着替えさせて、韓服は紙袋に入れてお迎えの先生に渡した。皆が着ていたら、着たくなるかな?できたら秋夕の日も着て欲しいけど・・・
2005.09.16
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この間、外で遊んでいた息子達が息切らして家に飛び込んできた。「トンボがクモの巣にかかっていて、二人で助け出してあげた!!」私もなんだかうれしくなって「わあ!いいことしたねえ」と誉めた。そしたら長男はそれだけじゃない、と誇らしげに続きを話した。「助けたトンボが自分達の周りを一周して、空に飛んで行ったんだ!」「きっと『ありがとう』って言ったんだよ」「僕もそう思う」男の子だから感受性が疎いと思っていたが、子供は子供なりにいろいろ経験して感じているものだ。李舜臣将軍は「敵を倒そうと海に誓うと魚達が飛び跳ね山に誓うと樹木が応える」とおっしゃった。(感動!)(すみません、また李舜臣ネタだわ、苦笑)戦争という状況下でも自然を感じられた将軍の感性には敬服するばかりだ。なかなか自然の多い場所には連れて行ってあげられないけれど、感性を育ててあげたいなあ。こんな小さなトンボと触れ合ったような経験をもっと沢山させてあげたい。
2005.09.14
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思い出話をひとつ。長男を妊娠したのは97年の秋だった。おめでたを知って、なんだかうれしくもあり、未知の経験に不安もあった。妊娠発覚と同時にいつもお腹に向かって話し掛けが始まった。「あかちゃん、これが○○だよ。あれが○○だよ」「出てきたら一緒に遊ぼうね」「こんなことがあったけど、お前だったらどう思う?」などなど。あまりに話し掛けていたので、実際生まれてからも空っぽのお腹にいつも話していたくらい。貧乏夫婦には、お金のかからない胎教方法だった。日本で妊娠、出産したことはないので日本の事情はよく分からないが、韓国ではほぼ慣例的に「奇形児検査」というのを5ヶ月目くらいに実施する。血液検査でお腹の子のダウン症などの染色体異常の発見の助けになるというもの。家系に障害を持っている人がいるという話しは聞いたことがなかったので、そんなに気にせずに検査に応じた。病院から電話があった。「検査の結果をお話しなければならないので、至急保護者と来て下さい」えっ?私は不安になった。こんな呼び出しを受けるなんて、結果が悪かったに違いない。オットと病院に駆けつけると先生はこう言った。「血液検査の数値が高いので、ダウン症の子が生まれる可能性があります」「どうしたらいいんですか?」「羊水検査をするか、早めの中絶をお勧めします」私は頭が真っ白になってしまった。病院を出てオットと喫茶店で話した。オットは「諦めよう」という。羊水検査は7.80万ウォンかかるし、リスクもあるらしい。そこまでして染色体異常を見つけるまでに、中絶の時期を逃してしまうこともあるらしい。私は泣くばかりだった。けれども「どうしよう」と思いながら気持ちは固まっていたと思う。どんな子であっても、与えられた命なんだから、産んで育てよう。義父母にはショックだろうからとアガシに相談した。「オンニー、そんな子どうやって育てるの?お金を貸すから堕ろしなさいよ」そういう言葉を聞けば聞くほど「産みたい」と思っていた。そして日本で看護婦さんをしていた友人に話すと、日本では奇形児検査なんかしない、とのこと。血液検査だけでの判断だから信憑性は低いのではないかとの事だった。とりあえず、軽々しく「中絶しなさい」という産婦人科への信頼を失ったので、天安の産婦人科でもう一度診てもらうことにした。その先生は「心配しなくていい」と言ってくれた。「この前も検査に引っ掛かった人がいたけれど、無事に正常児を産んだよ」私よりも不安気なオットに対して言ってくれたようだった。そして再検査をするようにしてくれた。その先生に会って、私の心は決まった。何がなんでも産んでやろう。数日ショックで胎教もできなかったが「オンマが絶対守からね!」とぶつぶつと胎児に話し掛けた。再検査の結果はシロ。長男は染色体の異常は持っていない。昨日のニュースで「既婚女性の3人に1人は中絶の経験」と言っていた。これってすごい多くない??多分私のようなケースで中絶した人もいるだろうし、男子を産まなければ・・・という風潮のために犠牲になって行った女の赤ちゃん達も多いと思う。理由は経済的、年齢的なものが多かったけど。命って何なのだろう。こうやって親のエゴで簡単に消されてもいいものなのだろうか?産婦人科がお金儲けのために薦めているとも思えるし・・・私の場合アガシが「そんな子産んで・・」と発言していたげれど、障害のある子は生きる権利がないのだろうか?確かに福祉制度の整っていない韓国では障害と向き合うことは大変だと思うが。でも、生まれる理由があって宿る命じゃないのだろうか?経済的に、年齢的に、と言って中絶する人は、実はそういう問題はそんなにたいしたことのない人たちだと思う。ただ単に「チャルナッテイル」としか思えないのだが。(アガシを見ても)ファン教授が遺伝子工学分野で注目を浴びているが、そんな事より、命について真剣に考えられる国民になれたらいいと思うのだが・・・
2005.09.13
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李舜臣が終わって2週間・・・はああ・・・代わりに面白いドラマもやってないし・・・BSも入らなくなっちゃったし・・・と、この「不滅の李舜臣」の後番組は色々と言われていたが、モンゴルドラマの「ジンギスカン」なのだ。この大河ドラマの時間枠に、KBSさんが作ったドラマではないなんて・・・相当な赤字なのだろうか(何気に心配)確かに「李舜臣」では韓国大河ドラマ史上最高額の制作費を使ってしまったからね。日本の将校達甲冑や鎧も日本からの特注品だったし。船も数隻作っちゃったし。お陰で面白かったけど。(うふっ)でも中国では放映されなかった(できなかった)という「ジンギスカン」をわざわざこの時間にやるなんて・・・ぶったまげたよ。いつもはこの時間になると気合を入れていたのに、今週からは脱力気味。でも見てみた「ジンギスカン」いやあ、本当にモンゴル系の人と日本人と韓国人ってよく似ているなあ。昨日は幼きテムジンが父を殺され、復讐を誓うという場面。父親が臨終に「タタール族は絶対に許してはならない。成人男子は皆殺せ」と言っているのを聞いて、大陸民族の底知れなさを感じてしまった。ところで私はどうも吹き替えって苦手。それから皆同じ顔に見えてしまって、いちいち「だれそれ」って書いといてくれないと困る。けれども草原の風景は素晴らしかった。来週も見るかなあ・・・「李舜臣」が見たいよう・・・
2005.09.12
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昨日長男のクラスの姉母会長さんから電話があった。日本ではなんというだろう?父兄会?PTA?韓国ではクラスの父母の集まりを「チャモフェ」(姉母会)という。本件は今度の運動会のために寄付金を募ってます、ということである。韓国っておかしい。こういう行事の時にクラス毎にまるで競い合うように準備するし、教室の備品なんかも姉母会で用意しなければならない。教室の浄水機の水代も姉母会が出していたらしく「1学期は15万ウォンも出て、子供たち皆大きくなりました」と嫌味を言われてしまった。教室の掃除もしてあげなければならない。私の都合の悪い時間にこの掃除があったため、1学期は参加できなかった。普段何もやっていなかったので、運動会の寄付には二つ返事で応じた。「ところで・・・」会長さんは言った。「うちの娘がチャヌ(長男の名前)が好きで、手紙を出したんだけど」チャヌと会長さんの娘はチャックン(ペア)だ。「でもチャヌがその手紙を捨ててしまって、すごく傷ついちゃったのよねー」「えーーっ!」もらった手紙を捨てるなんて(しかもあからさまに)大人の常識では考えられないことだ。でもしょうがないなと思った。チャヌはまだ1年生で、そういう事が全然分からないお年ごろなんだから。しかし気に入ったから手紙を出すなんておませだなあ。女の子ってみんなこうなの??とぶわに家には男の子しかいないので、よくわからないなあ。なんにしても女の子を泣かせるたあ、あっしが許さねえ!(半七捕物帖好きだったなあ)ビシバシ言い聞かせたけど、よく分かってないみたい。それにしても、男の子が女の子なみの感受性を身につけるにはどうしたらいいのだろうか?今後の子育てにイエローフラッグが立ってしまったような気が・・・
2005.09.10
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cumiちゃんから「夢バトン」なるものが回ってきました。1.あなたの最初の夢は、なんでしたか?それはいつごろ?具体的な夢を見たのは高校生になってからだと思います。音楽家になりたかったんですが・・・(恥ずかしい・・)2.あなたにとっての夢とは何ですか?いつも失ってはいけないものでしょうね。3.今一番の夢。何年後に叶う予定ですか?1年後には叶うだろうと思っています。 4.叶ったごほうびは何にする?家族で焼き肉パーティかな、やっぱり。5.夢に対する意気込みを一言!これからも夢を見続けて行きたいもんですね!バトンは、最近楽天をおろそかにしていたこともあって、すでに回っているかもしれないからあえてご指名はしません。まだやってない方は、秋のひととき、ちょっと自分を振り返れるかもしれませんね。なんか、考えちゃったです。結婚して、子供もできると、自分の夢よりも家族の夢を見がちになる。じゃあ、自分の夢って何だったかな?家族を言い訳にして、自分がなりたかったものをおろそかにしているかもしれないな。(別に家族に対しても一生懸命やっている訳ではないのに!)三十代半ばになってこれから自分の「夢」を叶えて行こうとするには、すごくリスクもあるし、力も要る。でも、自分という一人の人間をもっと大事にして生きたいな。具体的な夢、漠然とした夢、いろいろありますが、夢の先にある自分を目指していきたいですね。cumiちゃん、すてきなバトンをありがとう。
2005.09.09
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「不滅の李舜臣」が終わった後遺症から抜け出せない私、とぶわに。重い心を引きずる私に追い討ちをかけるように、病魔に襲われる・・・!その名も「花粉症」この何日か目がかゆい。いや正確には夏の合間から少しずつ痒かったのたが、目に前髪がかかったからかな?くらいにしか思っていなかった。しかし目のかゆみと共にくしゃみと鼻水を併発した。風邪ではない、アレルギーだ。私の母は日本で「花粉症」が騒がれる前から花粉症で苦労してきた人で、遺伝していたら私もかかるかもしれないなあ、なんて母を見るたびに憂うつになっていたのだった。しかし私は以前軽い喘息にかかったこともあり、アレルギー体質なのは間違いなさそうだった。韓国はまだ日本より空気がきれいらしい。韓国に来るに当たり「発作が起きたら・・・」と準備した薬の類も日の目を見ることがなかった。しかし、この秋人生で初めての花粉症・・・明け方鼻が詰まり、目が痒くなり、はれ瞼が余計にはれぼったくなってしまった。なんかだるいし、頭も痛いし・・・花粉症の人は本当に大変だなあ・・・それで今日は目医者に言ってきた。一番苦しい目のかゆみを何とかするためだ。お尻に注射を打って、飲み薬と目薬の処方を受けた。今は痒くない。薬の力はすごい。でも、これから毎年苦労しなきゃいけないのかな。秋の花粉症だけど春もこうなるのかな?私の子供にも遺伝したらいやだな・・・ブルーなとぶわにでした。
2005.09.06
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