全24件 (24件中 1-24件目)
1
最近、嫌なことがあっても腹が立たなくなって来た。ある人とどうしてもテンポがあ わないなと感じているのは私だけではないし、また、言葉に剣のあるある人はだれに 対しても同じような言葉遣いだ。怒りの感情が過ぎれば、誰かに怒りをうまく利用さ れことだってある。正義も人を戦争に駆り立てる動機として利用される。しかし、強 くなり過ぎた権力に対していかに振る舞うべきか?腹立たしい出来事は後をたたない。
2005年10月31日
コメント(2)
夏にはあんなに気に入って毎日のように着ていた木綿のシャツも寒くなってくると色 褪せてくたびれた古着のように見える。今日やっとのびのびになっていた衣替えを終 えた。 仕舞い込まれていた冬服が再び日の目を見るのが不思議だ。四季がなければ衣替えも ない。しかし、人の一生は四季のように循環するのか、あるいは、一直線にすすむの か? 過去など振り向かず進むことができる事に越した事はないが、しばしば、郷愁は止揚 され美化されがちだ。 (本音を言えば、寒くなるとしばらく冬眠したくなる。)
2005年10月30日
コメント(0)
ある展覧会で、その作品の価格が 車1台と同じくらいになればいいなと言ってみた。 それならばこれくらいでもよいねと言われた価格が大衆車の価格。私はその作家を尊 敬しているので、その作品も高級車以上の価値があるはずだと思う。 ローカルな場所で輝いているものならば、グローバルな場所でも輝けるはずだ!
2005年10月29日
コメント(0)
おいしそうにものを食べるらしい。エッチだと言われる。人によく笑われる。よく理 想を語る。しかし、自分の事をしゃべるよりも人の話を聞くのが好きだ。ときどき憂 鬱になるがとことん落ち込んでしまう事はない。基本的には楽天的だ。人は成長する ものだと考えている。
2005年10月28日
コメント(2)
本当は自分が住んでいる土地でとれたものを食べるのが健康に良いらしい。美術品は どうなのかな?むしろ、その土地の作品よりも自分達とは違った価値観の遠くで出来 た作品が好まれたり、珍重されたりすることも多いのではないかな?食べ物だってそ のような傾向はある。
2005年10月27日
コメント(0)
携帯がないと人と待ち合わせて出会うのはたいへんな仕事だ。一度決めた時間と場所 はなかなか動かせない。近くにいても勘違いですれ違ったりする。携帯ができてテレ パシーの力を失った超能力者も多いだろうな!
2005年10月26日
コメント(1)
以前に治療した歯が欠けたので、先週から歯科医に通い始めた。先生が5年ぶりです ねとカルテを見ながら言った。目を閉じて、治療中は口を大きくあけてどうにでもな れと観念する。初回と今回は歯石の除去。これだけでもずいぶんとすっきりした
2005年10月25日
コメント(0)
早朝、夜行バスで東京から戻った。少し、眠ってから大阪に出た。八ケ所の画廊を歩いてまわった。美術館の展覧会のプレビュウに出かけた。約束していた人には会えなかったが、いろんな人に出会った。昨日、ホテルの剃刀で迂闊にも頬を切った。その傷を見て、女の人に引っ掻かれたのか?とひやかされた。大学時代の恩師からは太ったホックニーみたいになってきたねと言われ、京都の画廊のオーナーからは背が高くなったように見えると言われた。なぜなのか外見についての感想をたくさんいただいた1日。今日、画廊から作品の代金の振り込みがあった。お金がなくても楽しむ術は心得ているつもりだが、やはり、活動資金が調達できると元気が出る。大阪からもどって、アトリエに出かけた。疲れを感じて休むべきだと思った瞬間に、少しだけ無理をしてみたくなる。
2005年10月24日
コメント(0)
今日、食事をいっしょするうちに親しさが深まるという話を聞いた。確かに食べ物を おいしそうに食べる人とすごす時間は楽しい。
2005年10月20日
コメント(1)
アトリエから少し早く帰った。少しだけとお酒を呑みながらテレビをつけた。ふたりのタレントさんが喋っているのを見た。テレビを見始めるとついつい集中してしまう。特にストーリーがあると続きが気になる。テレビのストーリーに熱中するのもよいが、テレビの外にストーリーをつくって、日常における集中力を高める方がよいかな?
2005年10月19日
コメント(2)
知り合いの作曲家の作品発表のコンサートに行った。曲を書くことも絵を描くことも同じようなむずかしさがあると感じた。正しい事を訴えるだけでは心に響かない。形式と内容が一致した新しさを見つけなければならない。
2005年10月18日
コメント(0)
昼過ぎに東京行きの深夜バスのチケットを京都駅で買った。 夜になって、帰りのチケットを買っていない事に気がついた。 帰るべき日に帰りたくないという無意識の仕業かな? どこかに行くと帰りたくなくなる。
2005年10月17日
コメント(0)
仕事でたくさんの人と会話したので、夕方、ひさしぶりに深く眠ってしまった。頭が ぼんやりしたまま目覚めて、知人の3人展のパーティーに出かけた。小さな画廊で の50台の男性作家がふたり、30台の女性作家がひとりの展覧会。3年前に亡くなった 抽象画家の未亡人や海外での展覧会が終わったばかりで駆け付けた彫刻家やいろんな 人がいろんな人生に染めあげられて集まってきたのだなとふと思った。いろんな苦労 話を聞いているうち飲み過ぎて酔っぱらった。調子に乗ってみんなを笑わせた。朝方、 服のままで目覚めた。
2005年10月15日
コメント(0)
金木犀の薫りには幻覚作用があるのではないかな。 秋の感傷的な気持ちから人を一瞬救い出してくれる。
2005年10月12日
コメント(0)
義憤は単なる嫉妬心のカモフラージュでしかない。義憤に煽られてある人が大切にしてきたであろう人を貶めるようなことを考えてしまった。しばしば義憤に彩られた正義感がいわれのない人を傷つけることくらいはわかっているつもりでいたが、自分自身の軽率な邪心を恥ずかしく思った。夜、今日は意識が散漫だなと感じて、ゆっくりと呼吸するためにアトリエへ出た。ここ数日何もしていなかったような気分になっていたが、本当はとても忙しくしていたことに気がついた。ステレオでヘンデルのハープ協奏曲を流したら、音が秋の空気にしみ込んで消えて行くのが見えた。
2005年10月11日
コメント(0)
若かった頃、恋人の家をおとづれた帰り、去って行く人よりも、残される方は何倍も辛いと言われた事があったことを思い出した。記憶の中のいろいろな別れにあてはめてみた。
2005年10月10日
コメント(0)
この先に人が住んでいると誰も思わないだろうような道を走って山の上に出ると小さな村落があり、そこに葡萄園がある。昨年、大手のスーパーを退職した義理の兄がこの春から、その葡萄園を手伝い始めた。兄はいつも私のあらっぽい料理をほめてくれるので、刺身とすき焼きと鯛飯をつくり、3年前のボジョレー・ヌーボー・ヴィラージュがあるというのでおそるおそる冷やしてあけた。少し褐色がかって色も良い。軽いが味に深みも出ておいしい。普通は若いうちに呑んでしまわれるボジョレー・ヌーボーもそれなりに熟成するようだ。兄はとても美しい女性と2度結婚して別れ、そのあと、とても気立てのよい女性と付きあったが年齢が離れ過ぎているという相手の両親の反対で別れて郷に戻った。相手の女性が望むならば略奪してくるべきではとふと思ったが、そのあたりの事情は当人にしかわからないのだろう。当事者であっても分からないかもしれない。
2005年10月09日
コメント(0)
急遽、アトリエで飲み会。お土産にいただいた漬け物、冷ややっこ、ししとう、ブタ とイカでお好み焼き、軟骨の空揚げ。焼酎。作品や画材が積み上げられた倉庫だけれ ど、来客にも落ち着く空間のようだ。楽しい会話がなにより。
2005年10月08日
コメント(0)
MIHOミュージアムに行った。 日常から脱走して、自然の力にみたされたケーキを食べて、お茶をいただく。
2005年10月07日
コメント(0)
グループ展を一緒にやったある作家の個展に行った。その画廊の女性のオーナーと話がはずんだ。昔、画廊につとめたきっかけや39歳で結婚したことなど。結婚しているとは思ったこともなかった。彼女は画廊に子どもを連れてくるある作家をファミリーなさびしがりやなのだとコメントした。彼はいつも人のめんどうをみている。やさしくて、かっこよくありたい人なのだ。ピカソや岡鹿之助や池田満寿夫やいろんな画家の話も聞いた。気がつくと外が暗くなっていて、長く話し過ぎたとはにかんだ。夜はアトリエ。いままで誰もやっていないことについて絵と言葉で考えた。似たような事は誰かがやっているかもしれないし、やっていないかもしれない。
2005年10月06日
コメント(0)
壊れるきっかけを作ってしまったかもしれない。それが、はじまるきっかけであれば いい。
2005年10月05日
コメント(0)
冒険好きだけれど、コンサバティブなところもあると言われた。コンサバティブの反意語は何なのかすぐに思い付かなかったが、辞書で調べたら、ラディカルとあった。保守的なところと革新的なところの共存。なるほど。
2005年10月04日
コメント(0)
父は入院する前に愛車を点検に出した。父はその入院で肝硬変で亡くなった。そして、 修理できた車には父ではなく私が乗ることになった。父はいつも車をピカピカに磨い ていたので、私もできるだけ洗車とワックス掛けを心掛けた。今では車は変ったけれ ど、車を磨くとき、父への洗車供養だと思う。車を洗った後、ひさしぶりにプールに 行って1キロ泳いだ。後半、少し息が上がった。
2005年10月03日
コメント(0)
展覧会の最終日、若い友人のKくんが来た。Kくんは夏にある理論家肌の画家に呼びかけて若い作家と場を共有する展覧会への協力をとりつけ、企画運営して成功させた。その後、すぐに東京に立ち、昨日、京都にもどった。目的は尖った芸術を専攻する大学院を受験するためで、合否発表までの2週間そのまま、東京に滞在し開催されているめぼしい展覧会をほとんど見続けたらしい。面接もまったくこびは売らなかったと笑っている。尖った芸術専攻のような専門性を持たないカリキュラムの利点も欠点もわかったうえで応募したので、理論的な考察のために彫刻や絵画の制作はつづけるとはっきり伝えたと言う。結果は、合格!ほんとうにおめでとう。私たちのグループ展を見たKくんの感想は、ほんとうに奇妙な展覧会ですね!。言ってくれる。批判も肯定も含んで、これは私にとって、うれしいオマージュだ。
2005年10月02日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1