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すっかり更新が滞っているうちに、エロコメントがたくさんついてしまってびっくりしました。ところで、ここ両日、自衛隊の漁船衝突事故で赤旗も大盛り上がりなのだが、記事の中に赤旗らしいトンマな批判があったのでちょっと紹介します。漁船を”自爆テロ”扱い渡辺行革担当相の発言「万が一これが自爆テロの船ならどうするのか」を捉えて、被害者をテロリスト呼ばわりする暴言を吐きましたと非難しています。う~む。斜め上の解釈ですね。なんでテロリスト呼ばわりになるのかねー。どうでもいいが。ところで、最近このブログの方針である赤旗ネタを書く意欲が全く失せたままなので、ブログを移転するとともに、つまらない赤旗をいじるのはやめてスタイルを変えることにいたしました。移転先は次のとおり↓一知半解なれども一言申すhttp://yamamoto8hei.blog37.fc2.com/ペンネームもIDもみーんな新しくしてます。今まで拙い私の文章読んでいてくださった皆様、どうもありがとうございました。これからも宜しくお願いします。
2008.02.20

この時期に来て、嫁子供ともにノロウイルスにかかってしまい、すっかり更新が滞ってしまいました。とはいえ、いまも忙しいので、先週のケロケロお気楽日記をご紹介してお茶濁そうかな。手抜きで済みません
2007.12.24

「狸の論理」と戦争責任【その3】を書かねばと思っているのですが、その前に面白い広告を赤旗紙上に見つけたのでご紹介。2008いぬ・ねこ・なかよし憲法9条カレンダー↓う~ん。どうなんでしょう?正直電ボにとってはキモかわいい(笑)としか思えん。いぬ・ねこと9条を絡めるなんて(いぬ・ねこに失礼です)。「おくにことば」で憲法9条への想いを綴るなんて、護憲派以外の人が見て共感するんだろうか?壁にかけ、1年間9条を味わいましょうなんて、まるで標語や格言の世界ですな~。こういう類のグッズを、なぜか護憲派は一生懸命作っているのだが、それ以外の人間にとっては「キモい」とか、「頭おかしい」とか受け取られると想像した事はないのだろうか?それとも、本当にこういったグッズを使って訴えれば、自分達の主張が受け入れられると信じているのか?もし本当だとしたら正に憲法9条教徒というしか思えない。いわしの頭も信心から、といった感じだろうか。本来の議論で相手を納得させることも出来ず、こうしたグッズで自分達の主張を広めようとする姿勢は、はたから見て滑稽かつ哀れにも見えてしまう。しかし、考えてみるとこうした人達というのは、神がかり的で論理で納得するような人々ではないからその考えを変えるのは非常に難しいものがあると感じざるを得ない。説得は無理でも、彼らの考えを論破し、こうした人々の主張をこれ以上広めさせないこと。このことが重要だね。
2007.11.25
ここ数日急に寒くなってきたせいか、嫁さんの車のバッテリーが上がってしまった。ボンネット開けてみたら、マイナス極周りに白い粉がふいていてバッテリー液が下限を下回っていたorz。バッテリーを取り外そうと思ったが、バッテリー極をつないでいるボルトがどうしても外れない‥‥。仕方がないので親父の車を持ってきてブースターケーブルをつないだでエンジンを回してみようとしたが、何故か掛からない???なんで?としばらくやってみたもののどうしても掛からないため諦めてブースターケーブルを外しかけたときに、ケーブルの被膜が切れているのを発見。もしやと思い別のブースターケーブルをつないだらあっさり掛かった。なんとかエンジンが掛かったので、エンストしないよう気をつけながらイエロー・ハットへ直行する。約9千円程予想外の出費が掛かってしまった考えてみれば全くメンテナンスしていなかったもんなぁ~。たまにはチェックしたほうがいいですね。それはさておき、サッカーオリンピック代表が、北京オリンピック出場決めましたね。試合内容はともあれ、出場できた事は本当に嬉しい。でも、多分中国政府は日本の出場が決まってがっかりしているんだろなぁ。また反日暴動みたいのが起きるかもしれないリスクがあるしね。不謹慎かもしれませんが、そういった意味でも、北京オリンピックが楽しみになってきました。ジーコ・ジャパンが、ブーイングをものともせずアジアカップ優勝した時のように、快進撃が出来るよう反町監督には頑張ってもらいたいものです。頑張れ!加油!日本。
2007.11.23

「狸の論理」その3の前に、赤旗の面白い漫画をご紹介。赤旗のなかでも、電ボが唯一楽しみにしているのが、漫画家ふぶき涼子さんの8コマ漫画「ケロケロお気楽日記」です。電ボに言わせれば、赤旗のなかでお金を払って読む価値があるのはこれだけです(断言)!!なんてね。でも、ふぶき涼子さんていう漫画家、ググってみても出てこないんですよね。まだ駆け出しの漫画家さんなのかなぁ?それはさておき、本当に面白いですよ。カエルが主人公の漫画なんですが、そのときの時事ネタを盛り込み、ピピリと山椒を効かしたような笑いを取るんです。それでいて赤旗のように説教くさくない(これ重要。例えば赤旗の連載小説なんて説教くさくて読めたもんじゃないんですよ、実際)。ちなみに今週のケロケロお気楽日記↓は、今話題の防衛省守屋次官ネタでした。 なかなか面白いでしょ。何気に漫画タイトルの上の「えちゴルフ屋そちも悪よのう/いえいえ前次官様程では」なんて挿絵も、芸が細かいな~と感心した電ボなのです。でも、月に2回しか連載されないのが残念です。それに載っているのが赤旗というのがねぇ~。もっとメジャーな日刊紙だったら人気がでると思うんだよなぁ~。もったいない。
2007.11.18
最近、赤旗記事ではなく、すっかり山本七平マンセー状態になってますな~前回に引き続き、「狸の論理(私の責任=責任解除)」について紹介していきましょう。で、このことで山本七平が言いたかったことは何なのかというと、日本の「戦争責任」の取り方についてなんですね。そのきっかけはと言うと、当時、朝日新聞の本多勝一記者が書いた「中国の旅」という記事により、日本中が「一億総懺悔」ヒステリー状態になっていたからなわけで。では、どのように批判しているかといいますと、まず報道によって起きた責任追及の議論について次のように述べています。「朝日新聞」が、中国で日本人が行なった虐殺事件の数々を克明に連載した記事で、大きな反響を呼んでおります。ただ不思議なことには、この記事も、この記事への反響にも、責任(個人の)の追及が全く無いことです。~中略~この報道が、中国における虐殺事件の責任者を日本の法廷に立たせることが起りうるか、と問われれば、この連載はまだ終わってはいないが、終わった時点においても、日本ではそういうことはもちろんのこと、個人の責任の追及も、絶対に起こらないと断言できます。【本多勝一:殺す側の論理p101~】実際のところ、山本七平が断言したとおり、日本人自らが日本の法廷において責任者を追及したことはなかったと思います(私の記憶が正しければ‥)そして、次のように本多勝一に問いかけます(これがまた鋭い突っ込みなんですよ)。「それならきこう。あなたは今それを知った。確実に知ったはずだ、知ったからこそ書いている。そしてこれは日本人の責任だと明言している。日本人の責任とは何なのか。それは、日本人の義に基づく法を制定させ、これら事件の下手人と責任者を法廷に立たせてのみ、これを書いたあなたの責任が果たせるのではないのか。知らないならよい。しかしあなたは下手人の名も責任者の名も知っているはずだ。今、知らなくとも、知ろうとすれば出来るはずだ。なぜそれをしない。なぜその名を公表しない。それをしないなら、あなたは犯人隠匿者として、下手人および責任者の共犯といわれ、一味といわれても抗弁の余地はないはずだ。それだけではない。前にものべたように、それをしないならば、日本人は今後とも虐殺事件等の下手人および責任者の名は一切公表せず、従ってその責任を、日本人自らが追及することは絶対しないと宣言しているに等しいことではないのか。ではあなたは一体何をしているのか、もう一度『一億総ざんげ』を、すなわち『対中国一億総ざんげ』をしろと全日本人にいっているのか。【本多勝一:殺す側の論理p108~】う~ん、厳しい追及ですね。ここでは引用しませんが、本多勝一は反論で、「実名で書いても、編集されて匿名になっちゃうんだもん、俺の責任じゃない」と逆切れし、「朝日新聞にはそう書いてあるが、朝日ジャーナルにはちゃんと実名を載せた」だの見苦しい言い訳に終始しています。それはそうと、引き続き山本七平の追及を紹介していきましょう。それともこれは『狸の論理』なのか‥‥その事実を記し、それを日本人の責任だと言ったことによって、そういった者の責任およびそれを掲載した者の責任は免除され、またそれを読んでこの事実を知り、われわれの責任だといった者は、その瞬間に責任が解除される。だが、われわれの責任だと認めないもの、いわば『ゴメンナサイ』といわない者は徹底的に追及される、という‥‥。これは確かに日本教の世界では正しい。しかし日本教の外の世界では通用しない。この外の世界では、日本人の責任だというなら、責任をもって追及すべき相手は『ゴメンナサイ』といわなかった者でなく、この「行為」の下手人と責任者なのだ。それをしないで、『ゴメンナサイ』といわない者を追及しても、それで『日本人は責任を果たした』と考えるのは日本だけだということを、あなたは一体知っているのか知らないのか?第一、不良品を売ったメーカーの名を通産省が発表しないのが悪いと批判しているあなた方ではないか、それなら虐殺事件の下手人と責任者の名を発表しないのは、もっと悪いことではないのか?【本多勝一:殺す側の論理p109~】こう追及された本多勝一は、末端の下手人よりも、やらせた責任者、つまり天皇が悪いのだから天皇を断罪せよと反論するのですが、ちょいと長くなったのでその先はまた次回ということで。
2007.11.15
狸の論理の続きを書こうと思ったが、赤旗の気になる記事が出たのでちょっとそちらを書くことにした。北朝鮮への制裁措置延長に対する日本共産党の立場詳細は↑の記事を読んでもらえばわかるのだが、要は共産党は北朝鮮の制裁延長に反対した理由が述べられている。今まで制裁に反対していたというのも、ある意味共産党らしくないと思っていたのだが、ようやく本来の姿勢に立ち返ったらしい(冷笑)。しかし、核問題に一定の進展があったからと言って北朝鮮のことを鵜呑みにするとは人が良いにも程がある。共産党の未熟な判断がまったく信用ならないことを改めて世間に示すようなものだ。それに拉致問題については、あまり熱心じゃないようだがそれで本当にいいのか?共産党は弱者を助ける政党ではなかったっけ?いつも旧日本軍の被害にあった他国の被害者については手厚いサポートを見せる共産党にしては、自国民の被害者については知らん振りか?まったくこういう共産党の姿勢を見るにつけ、所詮「弱者の味方」というのは単なるポーズに過ぎないんだなぁと痛感する。自国民より他国の人々に力を入れるのは、やっぱり売国政党としか判断されても仕方がないぞ。共産党よ!
2007.11.03
私も一児の親なのでよく子どもが悪戯をしたときに、叱った上で「ごめんなさい」と言いなさいと躾けているのですが、このことに関してイザヤベンダサン(山本七平)が面白いことを本多勝一との討論において書いていたので紹介していきます。子供が物心がつきますとすぐ、「私の責任=責任解除」という教育が、殆ど無意識のうちに徹底的に行われます。日本人のうち、子供のときに(私の責任です)ゴメンナサイ(またはスミマセン)と言ってあやまりなさい。そうすれば(そのことの責任は追及せず、無条件で)ユルシテあげます」と言われなかった者は一人もおらず、いわばこの考え方は、「子供のとき尻から叩き込まれている」のです。もし子供が、その行為に対して、むしろそれに相当する処罰を受けた方が良いと思って、「ゴメンナサイ」とも「スミマセン」とも言わなければ、この「ゴメンナサイ」とも「スミマセン」とも言わないことに対して、「強情な奴だ、ゴメンナサイといえ」といって、ゴメンナサイというまで処罰が続けられることはありますが、この処罰はあくまでも「ゴメンナサイ」と言わないことに対してであって、そのもととなった行為に対して処罰が下されているのではないのです。【引用元:本多勝一/殺す側の論理p103~】確かに自分も無意識のうちに子供に対してそういう躾を施してますね(電ボも典型的日本人というわけです)。山本七平は、最初にこのことを指摘したのが夏目漱石だと紹介し、次のように「坊ちゃん」の登場人物である狸校長や赤シャツ教頭を引用しながら説明を加えていきます。狸校長も赤シャツ教頭も、ともに私が引用したように「慙愧の念に堪えん」「謝罪しなければならん」と、いわば「明治語」で「ゴメンナサイ、私の責任です」ということによって、当然のこととして、責任が解除されている、という態度を(少しの疑念もさしはさまずに)とっていることです。漱石の卓見はこれを、「私の責任・イコール・責任解除」と把えたことでした(誤解なきよう「責任回避」ではありません)。~中略~「私の責任=責任解除」は責任回避の意味ではないと書きましたが、~中略~日本人の責任回避は、いわば「ほおかぶり」で、徹底的に応答を拒否するという形になりますが、~中略~「ゴメンナサイ=私の責任です=責任解除」はもちろんこれとは別で、私はこれを日本教=人間教における一種の「懺悔→告解」と解しております。いわば「相互懺悔⇔相互告解」ともいうべきもので、お互いに「私が悪かった」「いや私が悪かった」「ゴメンナサイ」「いや私の方こそゴメンナサイ」という形で、ちょうど「私は罪を犯しました‥‥」に始まるカトリック教徒の懺悔を「人間相互」に行うという形になり、それにより「和解」が成立する、といえると思います。それゆえ「私の責任=責任の解除」が成立するわけです。【引用元:殺す側の論理p141~】そして、山本七平は、この論理を「狸の論理」と名づけてこのあと論理を展開していくわけです。まあ、全て謝れば許されるわけじゃないとは思いますが、日本人には確かに一種の暗黙の了解として「いさぎよく謝れば許す」というメンタリティがありますね。話はそれますが、この間の亀田家の父親の謝罪が受け入れられず叩かれることになってしまったのも、このメンタリティによるものでしょう。それはさておき、山本七平は、この「狸の論理」を通して何が言いたいのか?ということについては次回のエントリーで紹介していこうと思います。
2007.10.28

先日流れたニュースに関連して、今日は電ボが使っている携帯について書いてみたい。もうかれこれ4年以上使っている愛機はこれ↓4年前と言えば、まだ社名がJフォンだったんだよね。それがいつの間にかボーダフォン→ソフトバンクところころ変わっちゃって。まあ、東京デジタルフォンからのユーザーなので4回社名が変わっていることになりますね。かれこれもう9年と7ヶ月以上契約していることになるけど、端末はまだ3代目なんだな。でも、このJ-N51は結構気に入っているんです。何が気に入っているか箇条書きにすると・独特の入力方式(T9入力+予測入力)のキータッチ数が少なく出来て入力しやすいこと。・TVリモコンとして使えること。・4年前の機種のくせに、QRコードが使えること。・ステーション配信(プッシュ型ニュース配信)を利用できること(3Gでは不可)・強力なLEDライト(つけっぱなしに出来るのがいい)がなにかと便利なこと。てところかな。なかでも、T9入力(+予測入力)方式は、携帯で文字を入力するのには最高だと思うのだけど何故かNECの端末でしか採用されていない。T9入力をちょっと説明すると、例えば「おはよう」と入力したい場合、普通の入力では、「あ」5回+「は」1回+「や」3回+「あ」3回の合計12タッチ必要だけど、T9入力では、「あ」1回+「は」1回+「や」1回+「あ」1回の合計4タッチで、「おはよう」の候補が出てくる。そしてこの候補を選択すると、今度は漢字変換へと移る仕組み。まあ、今の機種では予測変換機能が充実しているから、実際そんなにタッチしないと思うけど、それを差し置いても優れていると思う。いくら予測変換が優れているとしても、最初の文字が「あかさたなはまやらわ」の5行目だったら(要するに「あ」行なら「お」を出したい場合)、5回タッチしなければならない。T9入力になれちゃうと、これすら許せなくなっちゃうんだよね。というわけでなかなか機種変更しなかったわけです。しかしながら、もうさすがにバッテリーが持たなくなってきた(もう1回交換済み)ので、新しいNECの端末に交換したいと思っているのだが、2007年夏モデルではNECの新端末が出なかった。これは、秋冬モデルに期待するしかない・・・と期待していたわけだが、先日のソフトバンク2007秋冬モデル新機種発表をみてがっくり、、、、またしてもNEC端末がない(涙)もう、NECはドコモしか出さないんでしょうか。またバッテリー交換して粘るしかないかなぁと思案している電ボなのです。
2007.10.27
忙しいので、手短かに更新です。今日の赤旗(10月21日)の一面を見たら、「志位委員長囲み語り合う」という記事があったのだが、その中の一節を読んで過去のエントリーでも共産党の党名変更について言及したことを思い出した。その一節がこれ↓「共産党を伸ばすために名前を変えたらいいという人がいるが…」との質問には、「もうけ第一主義の資本主義では、人類の生存が守れない世紀にきています。私たちは、それを乗り越える展望をもつ党です」とのべ、党の目指す未来社会を詳しく説明した上で、「共産党という名前には、ロマンが込められています」と答えました。ロマンですかorz。ロマンで納得する人がいるとは思えないのだが。。。いくら本人達がそう思っていても、部外者から見れば、「共産」=「私有財産の禁止」とか「一党独裁」とかのイメージしかないのが現実。党名変えたらとの意見は、そういう部外者の目を意識していると思うのだが、TOPの人間がこんな認識ではどうしようもない。改めて共産党のダメダメぶりをこの一節から感じた電ボなのであった。
2007.10.21
沖縄戦の教科書記述問題について書こうと思っていたんですが、今日(10月6日)の赤旗の読者投稿欄を見て、久々に腹が立ったのでそのことについて以下載せる事にした。(教科書問題については、後日詳しく書く予定。頭にきているのでね)靖国を歩いて一同爆笑した 東京都 多田克己(34歳)9月の終りに、また若い人たち(今回は学生)を連れて、靖国神社を訪れる機会があった。今度は、前回歩いたときに気づいた、若い人たちと自分との差を意識して歩いた。今回の参加者は、靖国神社について事前学習をしてきていたので、戦争遂行体制と日本社会ということに焦点を絞ってガイドした。大鳥居から拝殿に着くまでに、「常陸丸事件と日露戦争」「富国徴兵保険相互会社」「大村益次郎と日本陸軍、位階制と勲位」「酒造業と税金」などのテーマで、1945年までの日本を垣間見る。神門までの間の売店では、安倍首相辞任後にもかかわらず、「ガンバレ晋ちゃん饅頭」が頑固に売られていた。一同爆笑であった。遊就館の「展示」でも、映画「私たちは忘れない」のつじつまの合わない感覚にも笑いがあった。事実を丁寧に押さえれば、笑いしかでてこない。若い人たちのこうした感覚を、これからも大事にしたいと思う。 赤旗の投稿欄は、ときどきよその新聞では見かけられないユニークで赤旗ならではの投稿が見られるのでチェックしているのだが、こいつの場合、タイトルからしてすごい。まあ、内容を読んでみると大した事はないのだが、それでも電ボにとっては、読んだあと一種のムカつきというものを残す投稿であった。こいつには「異なる意見を持つ他者」に対する敬意というものが全く感じられない。品性の下劣さを感じてしまうんだよね。まあ、それを堂々と載せる赤旗の神経もどうかしているが(笑)。
2007.10.06
前回の続きをば。それはさておき、この本の価値はベンダサンの記述にのみあるというのが、電ボの評価なのだが、なかでも本多勝一の本質を暴いた一文を以下紹介していきたい。まず、ベンダサンは本多勝一の南京における中国人へのあいさつを取り上げていきます。「南京大虐殺が行われていた当時、私はまだ幼児でした。おっしゃるように、たしかに”一般人民”としての幼児の私には、この罪悪に対して直接の責任はありません。本質的には、中国の民衆と同じく、日本の民衆も被害者だった。ですから私は、同じ日本人の罪悪であっても、私自身が皆さんに謝罪しようとは思いません」by本多勝一それに対比するものとして、西ドイツのブラント首相の謝罪をベンダサンは引用するのですが、ブラント首相は反ナチの闘士であったことを説明し、それゆえに本多氏以上に「直接に責任がない」といいうる立場にあることを強調します。しかしながら、実際にはブラント首相は謝罪している事実を指摘します。これをベンダサンは、最終的に次のように要約します。本多勝一氏‥‥責任がないから謝罪しない。それに対し、反ナチ闘士であった西ドイツの首相ブラントの謝罪を次のように要約します。ブラント氏‥‥責任がないが故に謝罪する。一見、これだけをみれば誰でも本多勝一のことが正しいと思うでしょう。実際電ボもそう考えてしまいました。しかし、ベンダサンはブラント首相の言葉の中には「人は他人の罪責を負うことができる」という思想が流れていると述べ、次のように解説します。一見奇妙な考え方と思われるかも知れません。しかしこの罪責を栄誉と置き換えてみれば、人はみな当然のことのように他人(先人を含めて)の栄誉をにない、本多様とて例外ではないことにお気づきでしょう。本多様は、砂漠にただ一人、自生されたわけではありますまい。二十世紀の日本という社会に生まれ、何の権利もないのに、その社会の恵沢と栄誉を、当然のこととして負うております。従って本多様が『幼児であったから』『責任がない』といわれるなら、日本の伝統的文化、それにつづく現代社会の恵沢と栄誉を受ける権利も放棄されたことになります。責任を拒否したものに権利はございますまい。byベンダサンそして、本多勝一の態度を次のとおり要約します。なぜならこれは「財産は相続するが、負債はおれには関係がない、なぜならその借金は、おれの幼児の時のもので、当時何も知らなかったからだ」と言うに等しいからです。byベンダサンそれに対し、ブラント首相の謝罪が意味するものを次のように解説します。氏はワルシャワの血に対して責任がないがゆえに謝罪し、謝罪することによって、自分に罪を負わせた者を同胞と呼ぶことができ、かつ同胞として糾弾する権利があるわけです。そしてこれによってその民族は、その遺産とともに負債(罪責)も継承していきます。byベンダサンそして次のように筆を進めます。と考えますと、本多様のあいさつは、実に恐ろしい言葉だと言わねばなりますまい。もう一世代もたてば、日本中が「南京虐殺当時私はまだ生まれておりませんでしたから、あの事件は私は何の関係もありませんし、責任もありません」といいながら遺産だけは手離さない人間だけになってしまうでしょう。~中略~そして中国にとって「日本の軍国主義復活」よりも恐ろしいのはこの考え方でしょう。というのは一定の時間が立つだけで、自動的に全日本人に責任がなくなってしまうのですから。byベンダサンそしてベンダサンは、自分には責任はないとしながら、日本軍の悪業を追及している本多氏の態度に次のように疑問を呈します。本多様自身も、自分に全く関係のない人から、何らかの追求をうけたら、「君にはそういう権利はない」といわれるでしょう。これはすべての人間がもつ権利のはずです。では、『この罪悪に対して責任がありません』から『謝罪しようと思いません』と言い切った人が、また『幼児でしたから‥‥』ということばで、もう一世代もたてば全日本人には責任はなくなるという態度をとっている人が、何を理由に、自分には責任追及の権利があるのかという問題です。byベンダサンこのように、本多勝一の態度の偽善性を容赦なく追求していくベンダサン(山本七平)の筆力というものは改めて感嘆せざるを得ません。ちなみにこの追求について、本多勝一は何と回答したか。次のとおりであった。先に書いたように、「『お勉強発表会』ごっこをしながら雑音を立ててくる『知識の用心棒』どものお相手は、ベンダサン氏を含めて今後はもうごめんこうむり、本来のもっと重要と思われる仕事に生涯の限られた時間を使ってゆきたい」と思うからである。おいおい、思いっきり逃げてますな。さすがは日本の良心・朝日新聞社を代表した記者ならではのお返事ですね~。
2007.09.08
久々の更新ですこのところ、山本七平の著作を読むのがマイブームとなっているだけど、先日ブックオフで立ち読みしていたら、本多勝一著作の「殺す側の論理」が百円で売られているを発見した。今まで、本多勝一の本なぞは読んだこともなかったし、「私の中の日本軍」の中でも本多勝一のルポ「中国への旅」が批判的に取り上げられていたので、本多勝一なる人物に一種のうさんくささを感じていたのだけれど、手にとって見るとイザヤ・ベンダサン(山本七平のことね)との討論が収録されていたので、これだけでも買う価値があると思い買ってきました。早速読んでみたのだが、この本の後半は、本多勝一とイザヤ・ベンダサンが交互に相手に対し公開書簡を送ると言う形で、討論が綴られている。まず第一に感じたのが、本多勝一の文章の読みにくさと反論しているときの下品さ。確かにあれだけベンダサンに突っ込まれればまともに反論するのは難しかろうとは思ったけれどもねぇ。本多本人は立派に反論しているつもりなのだろうが、電ボからみると、単なる釈明や相手の細かな部分に対する揚げ足取りに終始していた。相手の枝葉末節について細かく訂正すれば相手の論旨が否定できると思っているらしい。また、自分の論説が正しいことを示すのに、自分の言葉で語らず、一般読者の雑誌への応援投稿をもって証明しよう(結局証明にもなっていない)としたり、相手の質問にはまともに答えず、逆におれの質問に質問に答えていないなどと逆切れするなど卑怯極まりないやり方に終始している。さらには、ベンダサンの正体が、ユダヤ人ではなく山本七平であると決め付け(まあ実際そうなのだが)、そのような人物の言うことなぞ信用できないとイメージ付けることにやっきとなっている。本書をよんで、改めて本多勝一の下劣さを思い知らされる羽目になったのだけれども、それでも本多自身が、自らの恥を晒すような本を出していることだけは評価すべきなのかな。(多分、本多自身は「恥を晒す」とは全く考えていないだろうけど。ひょっとすると印税貰えればなんでもOKなのかもしれないな)今回のエントリーはここまでにしますが、次回この続きを書いていきたいと思ってます。ではでは。
2007.09.08
日本軍や戦争責任に関わる赤旗の報道の仕方は、見事なまでのワンパターンなんですが、今日はちょっと電ボなりに分析してみたい。●赤旗の報道のスタンスとは‥1.日本軍は、常に侵略者の立場で残虐だった。2.一般市民を守るどころか、見殺したり殺害したりした。3.その当時侵略戦争に反対したのは共産党だけだった。4.これらの基準に反する報道は、侵略戦争を美化する誤った報道だ。過去の日本軍を語るとき、常にこの4つの視点に沿った報道しかなされない。こうした報道を見て、電ボがいつも感じるのは‥1.脱日本人的視点(俺達は軍部にだまされたアホな日本人とは違うぜ!)2.自己の絶対正義のアピール(俺達は戦前から平和のためにたたかってたんだぜい!)3.対立意見の無視・封殺(俺達に異議を唱える奴らは平和の敵。反省が足り~ん!)4.一般市民への不信(愚民どもは、常に反省させなきゃまた戦争起こしかねんな)5.自己陶酔(右翼化している日本に対決している俺達こそ平和の希望)6.他人の痛みを我が痛みとする偽善(被害者になりきって報道すると気持ちいい~っ!)てところ。でもね、赤旗さん、日本軍の残虐さを強調すれば、戦争が防げますか?軍国主義者と自分達は違うといえば、戦争が防げるのですか?反省が足りないと強要すれば、戦争が防げるのですか?憲法9条を守れば、戦争が防げるのですか?(これは余計だった)確かに赤旗のいうように「戦争を美化」することは良くないだろう。かといって「必要以上に戦争を醜悪に描く」ことに何の意味があるんでしょ?美化することも、醜悪に描くことも同じではないだろうか。なぜ、戦争の悲惨さをありのまま見せようとしないのか?なぜ日本軍は残虐だったとか一般市民を守らなかったとか強調する必要がある?こうした赤旗の姿勢の裏には、1.軍隊に対する生理的なアレルギー2.戦争自体に対する幼稚な嫌悪感3.残虐さを強調しないとまた戦争へ突っ走ってしまうという思い込み4.軍隊は市民を守らないという偏見があるように思う。最近、右翼化してきたと言われる日本だが、いままでの左翼のこうしたやり方に対する反感が表れているように思うし、残虐さを強調するあまり、その反動で日本は悪くないという右翼を育ててしまっている。赤旗さんの狙いがもろ裏目に出ているよね。それと、不思議なのは、赤旗の戦争責任の問い方は、戦争を起こした結果に対するものだけで、なぜそうなったのかの原因について考えたものは一つもないこと。日本軍の残虐行為や侵略行為をかき集めていく作業にのみ熱心で、日本軍が残虐でなかった行為等は無視または否定するばかり。日本軍が残虐だったと決め付け、そこで思考がストップしてしまい、なぜそうなったのか考えもしない。これじゃ日本人の本性の一つにもともと残虐性があると認めているようなものだ。「日本人=残虐」であると自認することが、後世の日本人にとっていかに迷惑で危険かまったくわかっていないんじゃなかろうか。自ら、日本人に対する一種のレイシズムを育てているに等しい。どうして原因に対する真摯な追求の姿勢がまったく見られないのだろう。確かに日本軍に残虐行為はあった。しかし、なぜその行為が発生してしまったのか原因を、経緯を突き詰めないでなにが「反省」なのか?中国・韓国のおっしゃる通り、相手の言い分を認めひたすら謝罪ポーズをとり続けることが「反省」なのか?そんな反省だったら、猿にもできるではないか!(怒)赤旗では、その原因を単に「一部の軍国主義者」や「天皇制」のせいにしているが、それならなぜその軍国主義者が生まれたのかその背景を突き詰めなくていけないはず。しかしいつもそういった原因究明の姿勢はなく、「軍国主義者がいたから」で終わってしまう。そして、戦前から平和を守るために活動していたのは共産党でしたと必ず付け加える。結局自分が正しいとアピールしているだけの偽善者ではないか。これで何が「平和を守る」だ!笑わせるな。こんな程度のおつむしかない赤旗に、平和を愛するとか、反省が足りないとかいわれるのはまっぴらごめんです。ましてや、赤旗の姿勢に疑問を呈するだけで侵略を美化しているとか軍国主義呼ばわりし非難するその思い上がりの神経には、正直癪に触って仕方ありません。何だかグダグダ書いていて、頭にきてしまった。しまりのない文章になってしまいましたが今日はこれにて終りにします。
2007.08.18
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これは、山本七平が小松真一著「虜人日記」をテキストとして利用しながら、戦前から現在に至るまで日本が抱える課題を丁寧に炙り出していくといった感じの本です。初版が2004年発行で、山本氏(1991年没)が亡くなってから13年後に単行本として初めて出版されました。元ネタは1975年に、角川書店の「野生時代」?に連載された評論らしいので、今から約30年前に書かれたわけですね。「虜人日記」は、山本氏と同じように、フィリピンにてアメリカ軍の捕虜になった小松氏(ただし、軍に協力する技術者=軍属であった)が、米軍捕虜中に書いた日記なのですが、本人が当時思ったことを忘れまいとして書き留めたもので、関係者や読者への配慮といったものが全くなく(実際、本人が亡くなった後日記が見つかり遺族により出版されている)、小松氏の「見たまま」「聞いたまま」「思ったまま」綴られています。本書は、小松氏の「虜人日記」を紹介するにあたって、当時ベトナム戦争に参加した米軍帰還兵への取材をした若き日の田原総一朗の記事がだしに使われています。電ボはこの人が嫌いだったのですが、今や日本のマスコミを代表する勢いの田原氏も、山本氏にかかっては、完膚なきまでに論破し尽くされてしまっています(笑)。初めて読んだ時は、一種爽快感さえ感じるほどでした。今日はちょっと長くなりますが、そのあたりを紹介してみたいと思います。【引用開始】(1974年12月号「月刊エコノミスト」に載った田原総一朗氏の「わたしのアメリカ」の中の「ベトナム帰還兵」から山本氏が引用)帰還兵たちは、わたしたちを取り囲むようにカメラの周りに集まって来た。わたしは、手あたりしだいに彼らの一人一人にマイクを向けて言った。‥‥あなたはベトナムに行っていましたか?「行っていた」海兵隊の帽子をかぶった兵隊だった。‥‥ベトナムで何をしていましたか?「ヘリコプターで運ばれて、裏面にまわって敵をやっつけた」‥‥何人ぐらい殺した?「よく憶えていないし、言いたくもない。(中略)‥‥」隣には長髪にひげを生やした男がいた。‥‥あなたもベトナムに行っていましたか?「陸軍の作戦に参加した」‥‥あなたの役割は?「機関銃を撃っていた。チライというところの戦闘では50メートルぐらいの距離で敵と撃ち合ったことがあった」‥‥何人を殺したか?「よくはわからないが、5,6人には当たったように思う」‥‥直接戦闘は?「答えたくない。ただ、そのときは何かを感じる余裕もなかった。いまでは、もちろんよくないことだと思っている」(中略)終りまで聞かずにわたしはその兵隊の前を離れた。何人かの帰還兵の話を聞きながら、わたしはいらいらしはじめていた。帰還兵たちはわたしの質問に何の疑問もはさまずに、実に素直に答える。しかもその答えは、まるで口を合わせたように、直接の殺し合いの話になるっと、よく憶えていない、話したくない、殺したかも‥‥と言葉をにごし、最後に、そのときは悪いと思っていなかった、判断するゆとりさえもなかったが、いまでは‥‥とくる。まるでパターンだ。どれもがもっともらしい言い逃れのパターンである。本当は人間を殺すときに人間は何を思うのか、殺しの手応えとはどういうものなのか。たてまえではない。良心ぶった弁解ではなく、もっと本音が聞きたい、本音が出ないのは、逆に殺人、殺戮と向かい合う、自分がかつてやった行為に向かい合うのを避けている、逃げている、ごまかしていることではないのか、と、わたしは、しだいに露骨に挑発的に、まるで喧嘩を売るように帰還兵たちに言葉をぶつけていった。「人を殺すのは本当に悪いことなのか」「ベトコンのほうだって殺人をしているじゃないか」「なぜ、ベトナムの戦場では殺人が、戦争が悪いとは思わず、さんざん人殺しをした後で、悪かったなどと言ってみせるのか」「つまりは、あなた方は、自分の行為の免罪符を得ようとしているだけではないのか」そのときだった。ひとりの男が割り込んで来て、いきなりマイクをひったくろうとした。録音担当の安田哲男はデンスケを担いだまま路上に転び、カメラマンの宮内一徳はカメラをまわしながら、逆に男に接近した。「何のためにフィルムを撮るんだ。誰に断ったのか」男は大声で怒鳴り、腕をふりあげて宮内カメラマンのほうに向かう。何人かが、男に同調して、「ジャップ、取材をやめろ」と叫ぶ。(中略)「お前ら日本人には話す必要はない」‥‥なぜだ。わたしたちが東洋人だからって馬鹿にしているのか。「無責任な野次馬だからだ。日本人はベトナム戦争を高見の見物で、そのくせごっそりと特需でもうけている。ベトナム戦争をくいものにして、さらにフィルムに撮って商売しようという魂胆なのだろう?」【田原総一朗の記事の引用はここまで】【山本氏の引用開始】「どれもがもっともらしい言い逃れのパターンである」と記者は断定している。(~中略~)一体この記者は、兵士が何と言えば、「言い逃れでない」と認めるつもりなのか!もしもある兵士が、もっとも巧みな言い逃れ、すなわち相手の予定稿通りのことをいえば、この記者はそれを「言い逃れでない」と認めるであろう。(~中略~)だが相手がそう感じたということは、対話が成立したことではない。否、逆であって、両者の間が決定的に断絶したということなのである。(~中略~)この取材者は、「戦場におかれた兵士」というものを正確に掴んでいるのか。掴んでいない。それさえ掴まずに勝手な断定をするとは。一体なぜ、まず戦場の兵士の実態を謙虚に取材しようとしないのか。一人の人間が前線に置かれる。彼の視界は、快晴の日中に平滑地で三百メートル、雨天・曇天・朝夕には、せいぜい百メートルである。しかもそれが最大限であって、戦闘となり、ピタリと地面にはりつけば視界は前方のみで十メートルもない。見えないのだ。その見えない人間に、何を聞いても答えられないではないか。取材者は、「何人ぐらい殺した」「何人殺した」と執拗に取材している。全くばかげた質問だ、戦場の兵士に、そんなことがわかるはずはない。第一、五メートルも離れていない隣の兵士の戦死の状況だって、正確にはわからない。わからないことはわからないのだ、それを正直に言うことが、なぜ「言い逃れ」なのか。一体、どういう嘘をつけば、言い逃れでないと認定してくれるのか。(~中略~)近代戦では敵影は見えない。そんなわかり切ったことを今でも知らない人がいると会田雄次先生が言われたが、この取材者もその「わからず屋」の一人なのであろう。このような状態で、兵士にこういった取材をして、一体何を聞き出そうというのだろう、どういう予定稿をうめたいというのだろう。兵士は正直に答えているではないか。「よく憶えていない」「よくわからない」そして「言いたくない」と。(~中略~)一体この取材者は、どういう前提で兵士に質問を発しているのだろう。「殺しの手応え」などというものが戦場にあるはずはないではないか。ない、ないから戦争が恐ろしいのだ。なぜ、そんなことがわからないのか。これはおそらく、戦争中から積み重ねられた虚報の山が、全く実態とは違う「虚構の戦場」を構成し、それが抜き難い先入感となっているからだろう。戦場の「見」の範囲がどれだけかということ、射った弾丸の正確な行方などは、内地の三百メートル実包射撃でだって、射手には判定がつかないのだということ、まして戦場ではそんなことは皆目わからない。さらに敵が倒れるなどという光景は、すべての兵士が地面にへばりついている近代戦では、はじめから起こりえないぐらいのことは、ちょっと調べれば、だれにでもわかるはずだ、(~中略~)‥‥それをしないで、予定稿に適合する言葉を無理矢理”取材”しようとする。そして「慮人日記」は、こういう状態とは、全く無関係であり、従ってここには、「見」の範囲が明確に出ているのである。(~中略~)「言い逃れ」と言われてどうするか。N少尉のように沈黙で押し通すか、「ジャップやめる」と叫んで暴行するか‥‥多くの人は、否、少なくともわれわれ日本人は、どちらもせず、相手の常識という予定稿と「なれ合う」のである。そしてそれを「対話」と呼ぶ、実は、遮断であるのに。【引用終了】いかがですか?長々と引用してしまいましたが、このように田原氏の記事をだしに引用しながら小松氏の慮人日記を紹介し、本書は始まっていくのですが、電ボはすっかりはまってしまいました。ぐいぐい田原氏を追い詰めていくその筆力は素晴らしい。この序文のなかで、盛んに出てくるのが「予定稿」というキーワードですが、これはある意味「先入観」だと電ボは思うんですが、この先入観という予定稿から逃れるのは、あらかじめ自分がその先入観を持っているかもしれないと常に自戒していないとできないはず。そのことを意識しないマスコミ関係者は、ジャーナリスト失格じゃないでしょうか。でもあまりにもそうした自覚を持たずに報道するマスコミ人があまりにも多いような気がしてなりません。われわれ一般市民も、マスコミの「予定稿」を読まされているのではと常に疑う必要があると思います。一種のメディアリテラシーですね。そして電ボがこの文章の中で最も感心したのが、山本氏の「日本人は『予定稿』となれ合う」という指摘。確かになれ合えば、お互い無難ですっきりするかもしれないが、実態が歪められてしまいます。山本氏は、「私の中の日本軍」を書いた動機に、日本軍の実態というものが誤解されていると感じたからだそうですが、こうしたなれ合いの結果、戦場の実態が正しく伝わらなくなっているとしたら確かに近い将来、また同じ過ちを犯してしまうとの山本氏の危惧はもっともだと思います。こうした「なれ合い」に気づくためにも、是非ご一読をおすすめします。
2007.08.01
今日は軽く更新します。参院選、自民惨敗でしたね~。あれだけマスコミに偏向報道を繰り返されればどうしようもないか。ネットもまだまだマスコミの影響力にはかなわないですね。まぁ、共産党もまったく奮いませんでした。選挙前の赤旗報道を見ていると、共産党今回は躍進するんじゃないか?と思わせる記事満載でほんとかよと疑っていたのですが、案の定議席を減らしちゃいましたね。(赤旗の記事って、大本営発表を連想しちゃうんだよね)昨日今日の赤旗チェックしたのですが、なぜ共産党が議席を増やせなかったのかという分析や反省の弁と言うものは全くなかったと思います。「議席を減らしたものの、得票数では、前回及び前々回を上回るうんぬん‥‥」などとしか書いてありません。得票数が上回れば議席を減らしてもOKなの?日ごろ、なにかと反省が足りないとのたまうくせに、自らの反省は無しですか?こんなことで、与党を責めることができるのか?自民党より酷い無責任体質だね~。党員の中には、不満もあるだろうに、一切そういった記事は載らないね。元からわかってはいたけど、改めて共産党のダメさ加減を思い知らされた電ボでした。
2007.07.31
ちょっと古くなるが、14日の赤旗に共産党の党名変更について、見解が載っていました。一応、ある後援会員の回答を紹介する形で掲載していたけど、まあ、公式見解じゃないかと。それでは、紹介して行きますか(赤字は電ボの突っ込みです)。【引用開始】「党名変えたら」に答えて「共産党は名前を変えたら?」・・・対話の中で、こう言われることがありませんか。ある後援会会員は、次のように答えています。まずは日本共産党の実際の考え方や活動について知っていただきたいと思います。日本共産党はこの十五日(7月15日)、党をつくって八十五周年になります。日本の政党が離合集散を繰り返し、党名もコロコロ変える中で、戦前から一つの政党名で貫いているのは日本共産党だけです。戦前は命がけで侵略戦争に反対し、戦後は大企業・財界優先、アメリカ言いなりの政治をただすために、一貫して頑張ってきました。(単に共産主義革命を起こそうと反政府活動していたことを、侵略戦争に反対したとすり替えんなよ)憲法を守り、二十一世紀の日本に活かすことを主張しています。当面は、資本主義の枠内での民主的な改革を目指し、国民の合意に基づいて一歩一歩社会を発展させていくという立場に立っています。先の展望としては、日本はいずれ資本主義の利潤第一主義を乗り越えた未来社会に進むと考えています。(う~む。実に曖昧な返答だな。利潤第二の資本主義社会になるということですか?共産主義社会じゃないんだね~)「共産」ときくと、旧ソ連など自由のない社会を想像するかもしれません。しかし日本共産党は、ソ連はスターリンの時代から、外国に対しては覇権主義で、国内に対しては専制主義で、本来の社会主義・共産主義とはまったく違うものだったと考えています。ですから、ソ連が崩壊したとき、日本共産党は「もろ手を挙げて」歓迎したのです。(「うちの子に限って」という親を連想させるような回答ですな) 「共産党」の党名を何となくこわいとか、「ソ連や北朝鮮の仲間なのでは」と感じる人がいるのは、戦前・戦後の長年にわたって、支配層が意識的に反共宣伝を流してきたことなどに原因があると思います。(それだけじゃねぇだろ。共産主義国家の実態を見たのが主な原因だよ)そのことは逆に言えば、日本共産党を支配層が恐れていることの証拠でもあります。「日本共産党」の名前は、いまの悪い政治をこれからも続けようとする人たちがもっとも恐れる「ブランド」だと言えます。私たちはこの党名に誇りを持ち、これからも大切にしていきたいと考えています。(夜郎自大な評価だな。恐れちゃいないよ。五月蝿いと思ってるだけ。そういう意味では意味ある存在ではある) 日本共産党に深い信頼を寄せてくださっている方は、「共産党は『共に産みだす党』でしょう」(元社会党参院議員・西岡瑠璃子さん)など、党名にも愛着を持ってくださっています。新しい世の中を「共に産みだす」ため、あなたもどうぞ日本共産党に力を貸してください。【引用終了】電ボが思うに、共産党員は、本当に共産主義を信奉している人はほとんどいない。というか、志位委員長ら本部の人間も信じていないのではないだろうか。いや、そんなことは無いと主張するスジガネ入りの共産党員もいるだろう。しかし、赤旗を読んでいて共産主義をどのように実現していくのかという具体的な主張は全く見かけたことがない。第一、「確かな野党」と言っている時点で、もう共産主義社会の実現をあきらめていることを公言しているではないか。逆に言えば、与党になるつもりがないからこそ、非共産党員も安心して共産党に票を入れられるという現実がある。皮肉なことだが。結局、共産党員や共産党を支持している人たちは、単にチェック政党としての役割を共産党に求めているだけなのだと思う。実際、そこにしか共産党の活路はないのだろう。しかし、自分達すら信じていない共産主義を党名に掲げ続けることは、組織としてどうなのか?自己変革能力も無いということなのだろうか。まあ、どうでもいいことだが、このままでは共産党の未来はお先真っ暗なのは確実だろう。
2007.07.17
以前のエントリーで山本七平の著作を読んでいることに触れましたが、これから暇を見つけて彼に教えられた新たな視点をちょっとづつ紹介して行きたいと思っています。今回は、太平洋戦争時フィリピンにいた日本人移民について「私の中の日本軍」の中の記述を紹介してみます。私の中の日本軍(上)私の中の日本軍(下)【引用開始】~フィリピンは中産階級のいない国である。その中にわずかに例外的なそれを求めるなら、それは、華僑とバギオの日本人商人とトリンダットの日本人農民であったろう。この人たちは、移民でなく棄民であった。日本政府は彼らに何一つしなかった。彼らは自ら犠牲多いベンゲット道の開削にあたり、その結果、バギオとその郊外に入植し、独力で今日を築いた人々であった。当時は、羽振りがよくて肩で風を切っていた軍人達は、彼らを軽蔑していた。「フィリピンくんだりまできて、相変わらず土百姓か。こんなとこまで来とるんなら、もうちょっとマシな生活をしておったかと思っとったが・・・」と、さも軽蔑した調子で彼らを語った高級将校もパインズホテルにいた。一体だれに、そんなことをいう権利があっただろう。彼らは日本人でありながら、初めから終りまで、ただただ「大日本帝国」に苦しめられただけであった。戦争は、地道な努力の積み重ねである彼らのもつすべてを奪った。単に有形的な財産や地域社会の無形の信頼だけでなく、その生命まで。彼らの多くはジャングルで死に、かろうじて生き永らえた人びとは、すべてを奪われて内地に送還された。彼らがたとえどれだけの軍票をもっていようと、それは実質的には日本政府に没収され、そのうち千円を新円に取りかえてもらっただけであった。確か、軍人・軍属三百円、邦人千円だったと思う。われわれはそれでよい。家まで帰れる復員者用乗車券さえくれれば、一銭も取りかえてくれなくてもよい。否、むしろその方が気持ちよい。しかしこの人たちはそうではない。われわれとは決定的に違う。沖縄問題がジャーナリズムで華やかにとりあげられたとき、沖縄だけが被害者だといった議論が盛んに新聞に載った・・・しかし、本当の最大の被害者とは、実は、私は被害者だという声をあげる力もない人びとであろう。声を出せる人びとは、少なくとも、最大の被害者ではない。私はさまざまな「保証問題」や、それに支払われる膨大な金額を聞くたびに、この人びとのことを思い起こす。そして「公平」とは一体何であろうか、と思う。【引用終了】これを読んで、初めてそういった犠牲者がいたことを知った人も多いんじゃないでしょうか。電ボも初めて知ったわけなんですけれども、実に考えさせられますね。比較対象とされているのが、沖縄問題なのです。沖縄問題には未だに赤旗を始め多くのマスコミが取り上げていますが、フィリピン移民者の犠牲について取り上げている記事を見たことは全くありません。赤旗だけでなくマスコミ全体の問題だと思うのですが、こういうのを見ると世の中「言った者勝ち」なんだなぁと改めて痛感します。山本氏は、沖縄問題について触れていますが、この状況は今現在も続いていますよね。山本氏が指摘したことがいまだ繰り返されている。マスコミの取り上げ方が全く変わっていないということがよくわかります。また、これを読んでちょっと連想したのが、例の韓国人慰安婦。あんなに大声上げて本当に犠牲者だったんですかね。
2007.07.14
久々にブログに書きたいネタが上がってきました。赤旗のHPに載っていない連載物「07私の選択」なので、面倒ですが頑張ってテキストに起こしてみました。それでは引用開始(赤字は私の突っ込みです)。元中国大使 中江要介さん(1922年生まれ、47年外務省に入る。アジア局長、ユーゴスラビア、エジプト、中国の各大使を歴任、87年退職。現在は日中関係学会名誉会長)核抑止力より「外交力」日本の政治・外交を考えるうえで、われわれが選択すべきは何か。平たく言えば、米国一辺倒の外交か、独自の自主外交かということになります。前者は、”米の核抑止力に依存して日本の安全を守る”という立場です。私は、「そうではない、はやりの”○○力”で言うなら『外交力』の選択こそが大事だ」と言いたい。「核抑止力」より強いのは「外交力」なのだと。(だからその外交力って具体的に説明してみろよ)何か国際的な出来事があると、軍事力や経済力、さらには「核抑止力」がどうこう言われるが、「外交力」はあまり問題になっていなかった。(余りにも具体性に欠けるからだろ)外交的に見てどう対処すべきか、またどう対処すべきだったかということは議論されることはなかった。王道と覇道という言葉があります。(おいおい、いきなり何の話をおっぱじめるんだ)核抑止力、軍事力、覇権主義などは覇道です。正義や道徳に基づいて話し合いによって外交力を発揮するのが王道です。この王道の追求こそが、いま求められている。(う~、頭痛くなってきたよ)戦後日本の誤り「選択」ということでいえば、日本は敗戦時に「戦争責任の明確化」という選択をすべきだった。しかし日本の支配層は「国体護持」のために、戦争責任を最後まで追及しなかった。(進駐軍も占領を成功させるためにそこまでは追求しなかったぞ。何でも日本の支配層のせいにするな)ここに戦後日本の誤りの出発があります。その結果、本来ならばA級戦犯の岸信介が、「容疑者」どまりで、最後には首相にまでなってしまった。その孫に当たる安倍首相は、こと外交問題への対応は「逃げ回っている」という一言につきます。(もしそうとしか見えないのなら、あんたは外交官失格だよ)就任直後に中国、韓国を訪問し、「近隣外交」の修復だと宣伝した。しかしその後、中韓両国やアジアにどういう理念を示してきたか。1977年の「福田ドクトリン」のようなものは何もない。「従軍慰安婦」問題でも、「河野談話」「村山談話」を継承すると言うだけで、信念を反映した自分自身の言葉は何もありません。(そりゃ、言いたいのを我慢してるんだよ、お前らみたいな売国連中に足引っ張られるからな)国連安保常任理事国入りの問題にしても、いちばん支持を得なければならないアジアから強い反対の声が出ているという始末です。(他の立候補した国もみんな近所から反対されていた事実があるんだが)六カ国協議でも最近はカヤの外で、「出る幕がない」状況です。(大体、日本の出る幕ってお金払う場面だけだろ、カヤの外でいいよ)口を開けば「拉致」というだけで、真の外交の道を追及しようとしないから、事態打開の道が開けない。(真の外交ってなんですか、あ~、土下座外交のことですね)その一方で安倍首相が執念を燃やしているのは、憲法改定であり、教育勅語復活につながるような教育基本法改定であり、イラク派兵の延長です。これでは「いつか来た道」ではありませんか。(出たね、左翼の決め付け。結局はいつもこのパターンなんだよね。もう少しましなロジック考えろよ)私たちの選択は、敗戦時に誓った、断固とした「不戦の道」のはずです。「今こそ発揮を」久間発言をめぐる問題についても考えてみましょう。自民党も「核廃絶」を口にはするが、一方で全面的に米国の「核抑止力」に頼るというのではおよそ説得力がない。その矛盾にも気づいていないのではないか。(とっくに気づいてるよ。つか、核廃絶なんて不可能とわかってるからそういう態度になるわけ)以下のように言う人はいるでしょう。”相手が核で攻めてきたらどうする”と。私はもう一度言いたい。「核抑止力よりもっと強いのは外交力だ。(お前の脳内で勝手に決め付けんなボケ!回答になっとらんわ)今こそそれを発揮しなければならない時だ」と。(引用終わり)ちょっと、つっこみどころ満載で言葉が荒くなってしまった(汗)。でもキーボード打っていていやになってしまったよ。こんな程度の考え方の持ち主が、元中国大使だったなんてね。これこそ「真の外交力」が無い証じゃないでしょうか。日本の立ち位置すら把握できていないこんな人物が日本の外交に携わっていたなんて今更ながら寒気がします。
2007.07.12
あ~、このブログもすっかり放置プレイしてしまったな。いかんいかん。ちょっと書く気が起きたのは次の赤旗の記事を読んだから。自・民討論は放送法逸脱これね、直接見てないからなんともいえないんだけど、国会の討論よりはずっとましだったみたいだね。いろいろな評価を見たけどお互いそれなりに突っ込みあうことができたらしいし。赤旗がこれにジェラシーを感じて(爆)、上記のような抗議になったみたいだけど。抗議するんなら、志位さんも討論受けて立つつもりはあるんでしょうね。国会討論と違って、野党側も質問に答えなくちゃならないんだけど、その事わかって言ってるのかな?自分は突っ込むだけで突っ込み返すのは許さん!ってわけにはいかないのだよ。覚悟が出来ているのなら、どんどんやって欲しいな。電ボとしては、安倍ちゃんの突っ込みにどう志位さんが答えるか興味ありますんで。でも、実現しないだろうな。
2007.07.04
久しぶりに書き込んだなぁ。近頃書き込む意欲が全くでないんですよ。赤旗さんを愛読してるけど揚げ足とっているのも疲れるし、赤旗さんの記事もテンプレートが出来ているようで(笑)突っ込む気がなくなるんだよね。このブログの主たる目的が果たせない有様です。題名とか変えようかな。。。でもって最近、はまっているのが読書。お気に入りは、山本七平。昔、中学生か高校生のころ「日本人とユダヤ人」を読んで、「日本人は水と安全はタダだと思っている」ことを強烈に思い知らされてはいたんだけど、他の著作は読んだことがなかった。そこでたまたま「私の中の日本軍」を読んでみたんだけど、これがすごかった。今まで日本陸軍について、何も知識はないに等しかったが、これを読んでいかにひどい有様だったのか、そして日本軍についていかに誤解や偏見があったのかがおぼろげにわかるようになった。書評については、今後ちょろちょろ書いていこうと思うけど、この書を読まずして「反省」などできないと思う。右も左も読んでみて欲しい。今はただ、山本七平が戦地から生き延びて「私の中の日本軍」等遺して言ってくれた事を感謝したい気持ちなのです。
2007.05.26
久しぶりに、赤旗の主張を取り上げてみる。実に彼らの考え方が、よくわかる題材だと思ったから。こんなアホな主張をわざわざブログで取り上げるのも、電ボぐらいだろうけどね。-----------------------------------------------------------------------------朝鮮有事対処計画平和的解決の流れに水をさす 日米両政府は朝鮮半島有事を想定し、韓国に居住する日米民間人の退避などの軍事対処計画づくりを開始し、秋の合意をめざしています。 麻生外相は詳細な説明を避けながらも、日米ガイドライン(防衛協力指針)に沿って退避計画を「検討しているのは当然」(一月五日)とのべています。スノー米大統領報道官も、すべての選択肢を念頭に置き「計画は常に作成される」とのべ(同日)計画づくりを事実上認めています。有害無益な軍事対応 日米両政府は二〇〇二年十二月の日米安全保障協議委員会(2プラス2 外交・軍事担当閣僚協議機関)で、日米ガイドラインにもとづく日米共同の戦争計画を決定し、「更なる充実」を合意しました。 これにもとづき、アメリカがアジア太平洋地域のどこかで戦争をはじめるときの自衛隊の米軍への作戦支援や民間港湾・空港の米軍提供などを定めた日米共同の作戦計画を見直し、更新する作業を続けています。アメリカが戦争にふみだす場合にはいつでも、最新情報にもとづいて作戦行動ができるようにするためです。朝鮮半島有事を想定した軍事対処計画づくりもその一環です。 重大なのは、北朝鮮の核開発をめぐる中国、アメリカなどの六カ国協議がおこなわれており、国際社会が北朝鮮問題を粘り強く平和的・外交的に解決しようとしているそのときに、朝鮮半島有事を想定し、軍事対処を計画していることです。 戦争ではなく話し合いで、朝鮮半島の非核化をめざすことはアジアと世界の願いです。いま必要なのはこの国際社会のとりくみをさらにつよめることです。朝鮮半島の有事を想定して軍事対処計画をつくるのは、こうした国際的努力を損なうものでしかありません。 国連安保理事会も昨年九月、六カ国協議の当事国に「外交努力を強め緊張を激化させる可能性があるいかなる行動も慎(む)」ことを求めた決議を全会一致で採択しています。 日米は六カ国協議の当事国であり、国連決議にも従う義務があります。安保理決議に反し、国際社会の一致した平和の努力に水をさして、団結を損なうような軍事対処計画づくりが許されるわけがありません。 日米の軍事協力強化にアジア諸国の警戒心は一段と高まっています。軍事対処計画や「周辺事態法」に「注目せざるをえない」(シンガポール華字紙「聯合早報」)、「日本は米国とのより強力な軍事同盟を模索」(韓国英字紙「コリア・ヘラルド」)といった批判が広がっています。 アメリカは一九九四年に北朝鮮の核開発疑惑を口実にして軍事制裁をくわだてましたが、日本の協力が得られず断念した経過があります。日本が米軍に軍事支援することはアメリカの先制攻撃戦争の危険を大きくするだけです。だからこそアジア諸国がつよく警戒するのです。九条を生かしてこそ 軍事一本やりの政策では、国際的問題を解決できないことはアメリカのイラク戦争の失敗をみてもはっきりしています。 軍事同盟で紛争に介入する時代は過去の時代の遺物になりつつあります。アジアをはじめ世界各地域で軍事同盟に代わって力を発揮しているのが平和の共同体です。紛争を戦争ではなく外交的・平和的方法で解決する流れは憲法九条と同じです。 日米軍事強化方針はアジアの平和にとって有害無益です。軍事対処計画づくりはやめるべきです。まず、これを読んで思ったことは、赤旗の手にかかれば、「万が一の時の対策を練る事もいけない」んだなあということ。でも、これが地震とか鳥インフルエンザとかで、政府が何の対策も練っていなかったとしたら赤旗は許すだろうか?許さないだろう。鬼の首でも取ったように責め立てる筈だ。それが、「軍事」にかかわるとこのような対策を練ることすら許されなくなる。「地震」も「鳥インフルエンザ」も「朝鮮有事」も、国民生活に多大な影響を与える問題であるはずなのに。こうした姿勢は、実に不誠実であると思う。いずれも日本の危機ともいうべき問題であるのにもかかわらず、「朝鮮有事」に対しては対策を練ることすら「平和の妨げ」と批判する。平和のお題目を唱えているが、赤旗の連中こそ、真に「平和の妨げ」でしかないと、この主張を読んで改めて痛感した。
2007.02.05
たまには、赤旗がからまないニュースでも取り上げてみよう。差別的言葉は撤廃、日本産魚類32種類の和名を改名 日本魚類学会(松浦啓一会長)は1日、差別的な言葉を含んだ日本産魚類32種類の標準和名を改名したと発表した。 差別語を使った標準和名はほかの動植物にもあるが、学会として網羅的に改名したのは初めて。 今回改名したのは日本産魚類約3900種のうち、バカ、イザリ、メクラ、セッパリなど、同学会が差別的と判断した九つの語を含む魚32種。例えば「メクラウナギ」は「ホソヌタウナギ」に、「ミツクチゲンゲ」は「ウサゲンゲ」と改名された。同じ言葉が「種」より上位の「属」「科」などの分類単位に使われている例も19例あり、これらも改名した。 標準和名は、ラテン語で表記する世界共通の学名と別に、国内で学術目的に使う日本語名。一般になじみのない学名の短所を補って、生物の研究や普及に役立ってきた。 このニュースを見て、井沢元彦の「言霊(コトダマ)」を改めて思い出した。言霊(コトダマ)を知らない人もいると思うのでちょっと紹介をば。言霊とは「雨が降る」と言うと、実際に「雨が降る」現象がシンクロ(同調)すること。つまり、言葉を発する(言挙げする/コトアゲする)と、実際にその現象が起きると無意識のうちに思っていることなのだ。そんなことあるかと思うかもしれないけど、井沢氏によると今でも日本人はこの言霊に振り回されていると言う。この言霊の支配する世界では、言葉は、「いい言葉」と「悪い言葉」に峻別されてしまい、当然のことながら「悪い言葉」をコトアゲするのを自然と慎むようになってしまう。なぜなら縁起の悪い言葉をコトアゲすることは、不幸を呼ぶからだ。彼が挙げた例で一番自分でも納得できた例が、結婚式で使われない禁忌の言葉。「お終い」を「お開き」、「ケーキを切る」を「ケーキを入刀する」と言い換えるのは、まさにその通りなんだよね。彼に言わせると、「言霊」の影響を受け、日本人は縁起の悪い言葉をあいまいに言い換えてしまう傾向があるらしい。たとえば、「敗戦の日」のはずなのに「終戦の日」、「全滅」を「玉砕」、「値上げ」を「料金改定」などなど。これが高じると、差別語を無くすという言葉狩りにつながるわけで。このことが現実を直視しない傾向を助長してしまう。差別語を無くせば、「差別」がなくなるわけではないのに、差別を無くしたように思ってしまう。今回のニュースも、そんな一例なのかなと思いました。(今回は、ほとんど井沢氏の受け売りです。興味のある人は是非呼んでみてちょ。面白いですよ~。)
2007.02.02
30日の赤旗では、一面及び三面で朝鮮有事の際の日米の作戦改定について取り上げていました。下のリンクがその記事です。朝鮮有事9月までに作戦改定上の記事は一面に載っていたもの。一応論評を避けて書いていましたが、三面では「列島総動員」とか「日本国民の生活を巻き込む危険」とか「平和的・外交的解決に逆行」とか喚いております(疲れるので記事は書き起こしません)。まぁ~、これくらいならいわゆる「想定の範囲内」なのですが、最後が強引だよ。「94年の北朝鮮「核危機」の際、米国が軍事作戦に踏み切れなかったのは、日本側に対米支援の具体的な計画が無かったことが一因だったと指摘されています。今回の共同作戦計画の改定作業は、危険な軍事対応への踏み込みにつながりかねません。」おいおい、まるで有事を想定して対策を練るとそれが戦争への引き金にでもなるというのかい。強引過ぎるよ。まったく。
2007.01.30

久々の更新です。今年も不定期に気ままに書いていきます。さて、久しぶりに赤旗の「痛い」記事を見つけたので取り上げました。その記事というのがこれ↓(今頃画像のUPの仕方をマスターしました)痛いですね。かなり痛いです。叔父さんもまさか自分の墓の隣にそんな石碑を立てられるとは思わなかったのでは。故人の気持ちにお構いなしに、よかれと思って自分の思想を押し付けるサヨクの一面がもろに出ていますね。こういうことされると却って普通の人は引きますよ。わからないかなぁ~。わかんねえだろうなぁ~。
2007.01.19
赤旗ではないのですが、ちょっとつっこみを。医療生協さいたまっていう団体があるんですが、この団体が発行している「けんこうと平和」というコミュニティペーパーがあったのです。多分赤旗関連でポストに入っていたのかと思いますが。(電ボは最近、平和と書いてあるとついかんぐる癖がついてしまいました。これも赤旗愛読の賜物かも‥笑)ちょっと目を通してみたところ、変な政治臭は感じられなかったのですが、中折りにA4二つ折りの葉書厚のパンフが入っていまして、その題名というのが「守ろう!憲法9条/生かそう憲法25条」ともろ政治臭がぷんぷん漂うものでした。その一部が切り取りの葉書アンケートになっていまして、「くらしについてのアンケート」として暮らし向きについてアンケートをとるようになってました。その最後の質問が、思い切り赤旗っぽくて参りました。・「憲法9条」をかえて、戦争する国づくりをめざすことについてどうお考えですか?あの~、医療生協さいたまさん、アンケートに自分の主観を思いっきり入れないで欲しいな~。バリバリ誘導尋問だよ~、これ。単純に「憲法9条を改正することについてどう考えていますか」と聞きゃ少しは公正に見えるのに。こういうところが電ボ非常に嫌いです。左翼の思想の押し付けというか、思い込みというかが、垣間見られてつい取り上げてしまった次第です。
2006.12.11
赤旗のスポーツ欄も愛読している電ボです。「サッカーの第86回全日本選手権」一瞬スポーツ欄のタイトルを読んで何だか判らなかったので書きました。そこでテレビ欄を確認してみたら、何のことはない天皇杯のことなんですね。記事の中身をみても「天皇杯」の言葉はなかったのでわからなかったヨ。まあ、こんなところにも、赤旗の天皇制打倒の意志が垣間見られるんですね。テレビ欄もそう表記すりゃいいのに。不徹底だな。こーいうのみると、韓国のマスコミが「天皇」表記をしないのを思い出しますね。認めたくないから自分は使わないぞっていう偏狭で、相手や第三者に対する配慮のかけらも無い態度は赤旗もそっくりです。天皇という言葉が嫌いだからって、「サッカーの天皇杯」という全く概念の違う別の言葉を使わないというのは、赤旗ならではなんだろうけど、一般読者のことを少しは考慮しろよな。何のことだかわからないだろ。ま、いまさらそんな配慮ができる赤旗ではないんだろうけど(冷笑)。あ、こんなこと書いていて実際大会の正式表記が「全日本選手権」だけだったらど~しよ~(汗)。
2006.12.09
久々に赤旗ネタを取り上げます。一日前なんでちょっと腐ってますが(笑)「慰安婦」決議 再提出へ/米議会 “日本政府の責任問う”/日本の妨害判明しかし、こういう記事を見るとつくづく赤旗って日本語で書かれているけど、日本の新聞ではないなと痛感しますな。これを書いている人は、おおかた自分が「世界市民」にでもなったと勘違いしているのでないか。それとも在日か?困ったことに、この世界市民とやらは、ろくな事実も調べず中韓の言うことを鵜呑みにし、何でも日本が悪いという視点からしか物が見えない大馬鹿野郎なのだ。やつらは、河野談話を必ず引っ張り出してくるが一応河野談話が出された当時の背景はこれ↓石原内閣官房副長官(当時)は、次のように語っている。「強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦16名の証言が決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。もしもこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求める。これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。元慰安婦の証言だけで強制性を認めるという結論にもっていったことへの議論のあることは知っているし批判は覚悟している。決断したのだから弁解はしない」櫻井よしこ「密約外交の代償」「文塾春秋」平成9年4月号要するに証拠は無いけど、あんたらの言うこと信じて、日韓関係のため談話を出しましょう。ってアホなことをしたのが、河野洋平なんですね。これが現在までも、左翼連中の根拠として使われてしまってる。まったく当時の日本の外交はひどいもんですな。この問題で、キーポイントになるのが、「強制性があったかどうか」なのだけど、確か安倍総理も河野談話を引き継ぐと明言したものの、強制性については認めないって言ってましたね。認めるのは「広義の強制性(いわゆるだまされて売られた等は一応強制性があったんじゃないかとする)」はありえるだろうという点で、必ずしも河野談話を100%認めたわけではないんだな。こうした流れも赤旗の記事では華麗にスルー。やつらの卑怯な書き方です。当然、「狭義の強制性(日本軍によって郷里から強制連行され、戦地では何の自由もなく、もちろん無給で、ひたすら兵士にもてあそばれたというイメージ。いわゆる軍用性奴隷"militarysexual slavery")」なんてものは無かったのは、いろいろな資料や証言からも明らかなのにこの点については、左翼の連中ははなから無視。大体、埼玉県の上田知事も言ってたけど、「従軍」慰安婦なんて言葉自体当時は無かったわけで。(そういえば、上田知事も赤旗に叩かれていたなぁ。ぜんぜん問題にならなかったけど)左翼の連中の捏造ワードだと判明しているからか、朝日新聞とか「従軍」をいつのまにか使わなくなっているし。今回の赤旗記事も、読んでもらえばわかるけど、ほとんどが「慰安婦」と表記している。それでも電ボからみれば悪質だと思ったのが、書き出しの「アジア太平洋戦争中のいわゆる「従軍慰安婦」」という表記。赤旗さんよ、「いわゆる」付けりゃなんでも書けるってもんじゃないぞ!!(怒)米国下院の「慰安婦」決議なるものは、軍用性奴隷"militarysexual slavery"だったっていうことを下敷きにしているわけだから、こうした事実無根の非難決議に対して、日本大使館がロビー活動するのは当たり前でしょ。しないほうがおかしい。それを「日本の妨害」と書くのだから、赤旗がどういうスタンスでいるのか良くわかる。反政府どころか反日本ってわけだ。最近の赤旗記事には慣れっこの電ボもこの記事にはむかついたので取り上げた次第。書いた後、空しくなりますが書かずにいられんのです。ふぅ。
2006.12.08
最近、落語にはまってます。というのも、愛用していたipod20Gが壊れたため、ソフトバンクの抱き合わせ販売を利用し急遽携帯を交換することで、ipodnano2Gをゲットしたんですが、itunesも最新バージョンにしたわけです。そこで最近はやっているというポッドキャストやってみるかと思って、試しに聞いてみたのがニフ亭の落語だったんですね。そしたらすっかりはまってしまいました。若手なのであたりはずれがあるのですが、なんといってもただですし。いくつか聞いた中では、三遊亭好二郎とか林家たけ平あたりがおすすめですね。酷かったのが、林家菊蔵の息子のきくお。まあ、ipodの楽しみはこんなところにもあるんだなぁと感じた次第です。それと、NHK教育でも「えほん寄席」という番組をやっているのを発見しまして。わずか5分の番組ですが、まんじゅうこわいとか有名な落語をアニメつきでやってます。赤旗のテレビ欄でも、「えほん寄席」が評判だと書いてありました。4日から第2弾が始まるそうです。これまた楽しみですね。
2006.12.02
久々の更新です。最近、読書にはまってまして、更新する暇がありません。今頃になって、井沢元彦の「逆説の日本史」を読み始めたんです。というのも、近所にある富士見市図書館にたまたま寄ってみたところ、蔵書の処分が行われていまして、その中に「逆説の日本史」が第1巻から4巻まであったものですから、それを貰って読み始めたところ、止まらなくなってしまいまして。まあ、後ほどおいおい感想など書いていこうと思ってますが、ちょこっとだけ。「逆説の日本史」シリーズを読んで、思ったのは、なんてわかりやすく書かれているのかということ。難しいことを難しく書くのは誰でもできるけど、誰でもわかるように書くというのはやっぱり一部の才能がある人に限られるんだなぁと改めて思いました。自分でもなんとなく感じていても表現できなかったことが、見事に解き明かされるのを読むと大したもんだと思わざるを得ません。ま、「逆説の日本史」はおすすめです。ほんとに。では今日はこんなところで。
2006.11.23
すっかり更新が滞ってしまったところで、先日(4日)初めて赤旗まつりに行ってみました。嫁さんが前から行くっていっていましたが、右翼の自分としてはそんなまつりに行くつもりはさらさらありませんでした。しかし、その日に都内で飲み会が予定されていたので急遽行ってみるかと方針変更。赤旗まつり見てその後飲み会へ合流すれば一日有効に使えるだろうってんで嫁さんについていきました。まず、嫁さんから前売り入場券を渡されたんですが、確か2300円ぐらいしたかな。おいおい、こんなに金とるのかよって思いましたね。最寄り駅の新木場駅を降りると、警察の機動隊が詰めていて物々しい雰囲気。右翼の街宣車とかは見かけなかったなぁ。向かう周りの人を見回してみると結構まじめそうな人が多い。ヤンキー風の人(若い人)は全くいなくて、若くてもおとなしい格好をしたのばかりでした。入り口に、右翼の入場お断りの捨て看板が立ててあって、ちょっとびっくり。彼らからしたら立派な右翼の自分ですが、ここは敵情視察(笑)ということで堂々と入っていきました。会場の雰囲気は、幟が多くて政治臭がぷんぷんでしたが、全国物産コーナーとかなかなか楽しめました。ただ、ところどころ憲法9条グッズが点在しているのには苦笑。9条Tシャツなど売っていましたが、これを実際着る人がいるのかね。いたとしたらかなり痛い人認定しちゃいます。会場を占めているのはやはり年寄りが多いような気がしたなぁ。いい年した隣のおっちゃんの会話とか聞いてると、やはり共産党も高齢化しているようで若い候補者がいなくてだめだねぇなどと話しているのが聞こえました。隣で聞きながら、「そりゃ今時の若者で共産主義に染まるのはあんまりいねえだろ」って思いましたね。まぁ、政治臭&入場料がなければ、また行ってもいいかなと思いました。物産コーナーでいろいろ試食&試飲が楽しめたしね。おかげで昼間から酔っ払っちゃいましたヨ
2006.11.05
最近、中川政調会長や麻生外相の「核武装」発言が取りざたされているが、批判のボルテージがまったく上がってないね。一昔前なら首が飛ぶんだろうけど、さすがに北朝鮮の行為を見りゃ日本人だって少しは目が覚めるだろうし。志位さんも外相の資格がうんたら言ってたけど、議論すること自体いけないって言われてもね、共産党内部と違って言論の自由はあるんだからなんら問題ないでしょう。電ボが思うに、左翼の人たちは、議論することで自分達が何も対策を考えていないことがばれるのが怖いのでしょう。怖くなけりゃ、正々堂々議論して非核を訴えりゃいいだけのはず。ちなみに、電ボの意見は、「核兵器を持つべきじゃない」だけど、「持つかもしれないぞ」という脅しぐらいはしてもいいと思う。実際、外相らが発言したことで、中国も北朝鮮の説得に本腰を入れている見たいだし。核兵器を持たなくても、情報衛星+巡航ミサイル+最新鋭爆撃機+MD防衛+防諜・諜報組織を万全にして、敵基地先制攻撃能力を備えれば、北朝鮮ぐらいには対処できるのではないかな。素人考えですが。左翼の人たちもこのくらい対策考えりゃ非核でも安全守れるって主張できるのにね。自分達で思考停止してるから、だめなんだよ。
2006.10.20
久しぶりに赤旗の記事を読んで思ったことをつらつらと書いていきます。ただ、今日は熱を出して会社休んで書いているので読みづらいかも知れませんがご容赦を。歴史問題は根本問題赤旗の言い分って読むと、ほんとに世間知らずのイノセントな人が歪んじゃうとこうなるんだろうなと思います。>、「歴史認識問題であいまいな態度を取り続ける限り、本当の意味での信頼関係を築くことにはならない」と指摘しました。「本当の意味での信頼関係」? そんなの国益がぶつかり合う日中の間で成り立つと思っているところが赤旗らしい。小池さんは、誠意を尽くして謝ればわかってくれると考えているみたいだけど、江沢民が「日本にはずっと歴史問題を言い続けろ」といっていることからもわかるとおり、向こうにゃ謝罪を受け入れる気持ちなどさらさら無いこと知らないのかね。小池の胸ぐらつかんで問い詰めたいですよ。本当に知らないとしたら、脳みその程度を疑うけど、まあ、共産党の首脳陣はそんなイノセンスじゃなく、中国のお先棒を進んで担ごうとしているんだろね。本当に悪質な奴らだ。ただね~、赤旗の読者はそんな意図は知らされていないだろうから、本当に謝れば受け入れてくれると信じてるところがまたダメダメなところ。しかし、相手は話がわかる日本人じゃないのが問題。そこの視点がすっぽり抜け落ちているからダメなわけで。相手のこと研究せずに話を組み立てすぎだよ、赤旗は。赤旗の読者ももう少し中韓の本性を勉強しろよといいたくなるね。デヴィ婦人じゃないけど、戦後60年も経って未だに謝罪しろと言い続けるのは中韓だけですよ。これらの国の異常さをわからないことが電ボには理解不能。歴史認識自体だって、十人いれば十通りの解釈があったっていいはずで。赤旗のいう歴史認識は、すべて日本が悪うございましたって単純なものでしょ。馬鹿にはわかりやすいかもしれないが、それじゃ先の大戦で亡くなった先祖様が浮かばれないよ。先祖をすべて悪者にして、自分達だけが善人ですか?いいかげんにしろよ!戦前と戦後は分断されているんじゃなくて、連綿とつながっているんだ。先祖に全部罪をなすりつけることは出来やしないはず。もちろん、先祖の行いにも悪いところがあったのは認めるけど、いい行い(結果的かもしれないが)ややむを得ない行いもあった事も素直に認めて欲しいね。それ以上に、許せないのが、やってもいない南京大虐殺や百人切り競争、従軍慰安婦などの歪曲報道を中韓の手先となってやっていること。こいつだけは許せん。先祖様を侮辱するのもほどがある。同じ日本人とは思えないね。本当に。やったことで責められるのはしょうがないけど、なんで捏造されたことで責められなけりゃならんのだ。安倍首相の歴史観は、多少右がかっているかもしれないが、電ボには均衡のとれたものだと思う。それを言わせることで、日中間や日韓間に波風を立てようとしてる奴らは本当に許せん!!安倍首相は賢明だから、のらりくらりかわせるだろうけどね。馬鹿どもの相手は疲れるでしょうが安倍首相には頑張っていただきたい。
2006.10.05
いつも愛読していたブログ「博士の独り言」が突然消えてしまった。やっぱり創価学会について書いていたからなのか?電ボは、共産党のことは大嫌いだしその主張もあほらしいと思っている。ただ、野党でいることから影響も無く心配はない。唯一評価できるのは政党助成金をもらってない事かな。これだけは(共産党のほかの主張と違って)筋が通っている。ところが、同じく嫌っている公明党(創価学会)は怖い。平和と福祉を唱えているが、その主張が、中韓の意図に沿うものばかりだからね。(一番許せないのが外国人に地方自治体選挙の選挙権を与えようとしていること。)まして与党の一員として、キャスティングボードを握っているから、共産党より公明党のほうが危険だと思う。やっぱり、共産党と公明党が共倒れしてくれるのが理想なのだが。一応、お互い支持者層が重なり合うので攻撃しあっているが、非力な共産党に期待するのは無理か。そこで、電ボが考えた創価学会退治案、誰か実現してくれないかな。その1、選挙の投票を義務化して、創価学会の組織票をつぶす。↑これすごい効果あると思う。投票率が低いから奴ら幅利かせてるんだよね。確かオーストラリアとか投票が義務たっだような気が。出来ないことは無いはず。その2、宗教法人も普通に課税。↑資金源をつぶす。やっぱり宗教は弾圧されないと光輝かないよね。優遇されるんじゃただの利益集団に堕するのは歴史を振り返れば一目瞭然。どうでしょう。これだけでもかな~り創価学会の影響を排除できるのでは。でも実現難しそう
2006.09.29
いつも、君が代・日の丸問題がニュースで出てくると、憤りを感ぜずにはいられない電ボです。なぜ、こんな問題が持ち上がるのでしょう。一体、ほかの国でこんな騒ぎをしている国があるんでしょうか?日本だけじゃないでしょうか。こんなことで騒いでいるのって。ま、考えてみればそんな問題で騒いでいられる余裕がある社会の証明かもしれませんが。左巻きの人たち、そんなに日本が嫌いですか?そんなに日本を貶めたいですか?もちろん、この問いにYESと答える人がいても、電ボは驚きません。でも、そのことを「私の場」だけでなく「公の場」さえも利用して表明できる「日本」に住んでいられる事にも気づいて欲しいですね。日本はそうした人たちさえ受容できる寛容な社会であることを電ボは誇りに思うし、やっぱり日本に生まれてよかったと思います。こういった人たちは、無視したいところですが、こうした人たちによって子供の教育がなされているかと思うと、やっぱり対策を講じる必要がありますね。ぜひ、安倍総理には、彼ら左巻きを教育現場から一掃すべく頑張ってもらいたいものです。
2006.09.22
電ボの大好きな「おじゃる丸」の原作者犬丸りんさんが亡くなられました。しかも自殺とは、、、非常に残念でなりません。おじゃる丸の原作者といえど、現実の世界では「まったり」生きていくのは難しいのでしょうか?何はともあれ、ご冥福をお祈りいたします。
2006.09.11
志位委員長が訪韓してますが、まあ見事な売国ぶりをさらしてますね。ま、当然予想はしてたのでとくに驚きませんでしたが。。でも共産党幹部が訪韓したのは初めてということもあるのでしょうが、ここ二・三日訪韓の記事のオンパレードです。それに対して紀子様御出産の記事の小さいこと、小さいこと。交通事故レベルです。まあこれも赤旗仕様ということでいいでしょう。まあこれひとつとっても、共産党の人たちは日本の一般の人から見て異端児であるんだな~と実感しますね、改めて。しかし、考えてみると共産党の人たちと韓国人って共通点が多いですね。・人の話を聞かない。認めない。・自分が正しいと思い込んでいる。・自分達を周りより上だと思っている。・間違っていたとしても、決して間違ったといわない。・弱者、又は被害者づらをする。・捏造を平気でする。・都合の悪い事実は認めない。・相手がすべて悪いと思っている。・いつまでも過去をほじくり返す。・目的のためには平気でウソをつく。・自分の主張を認めない奴は敵or馬鹿扱いする。ふと思いついただけでもこんなに出てきちゃった(笑)。やっぱりこういう人同士仲良くしてもらいますか。きっと濃密に付き合ってもらえば初めてお互いに、己のことが理解できるんじゃないかと密かに電ボは期待してます。(ま、韓国の奴らはそれでも自覚しないという予想に1000ウォン。共産党の方はどうかな~。一応日本人だから奴らと付き合えば目覚めるかもしれん。)
2006.09.08
今日は、朝から赤旗で志位委員長の訪韓の記事を読んで胸くそ悪くなっていましたが、紀子様が無事男児をお生みになったニュースを聞いて晴れ晴れとした気分で過ごせました。無事出産できたのが何よりですが、それに加えて男児という点がうれしかったなぁ。これで何とか皇位継承も男系でつなげる希望が出てきました。しかし、世界にもまれな伝統を持つ皇室を貶めようとする奴らがまだまだ跋扈していると思うと油断は出来ません。皇室典範も、旧宮家を復活させたり、養子を認める方向で改正する必要がありますね。頼むよ安部ちゃん。何はともあれ、今日は日本人であることを改めて素直に嬉しく思ったのでした。(志位の訪韓についてはまた後日。今日はめでたい日なので。。。と思ったらもう昨日になってら。)
2006.09.06
赤旗の靖国報道について書こうと思いつつも、毎度同じような記事しか書けない赤旗さんの筆の拙さに書く気が失せた電ボです。ということで、今日は教育基本法を巡る記事について書いていこっと。今日の一面にシリーズ記事で「教育基本法はいま(時代の証言)」というコーナーがあったのですが、文部省が1961年から1964年にかけ全国の中学校で実施した「全国一斉学力テスト」に関する記事なんだけど、これがトンデモ記事なんですよ(ネット上ソースなし)。記事の荒い内容はというと、東沢一郎という元中学校教師の証言でした。1.当時の東沢教師が、(文部省のこの)政策的な意図に反対してテスト補助員を拒否した上、2.生徒に「それぞれが自分で考えて行動するように」と言って教室を出てしまった。3.結果、かなり多くの生徒が白紙答案を提出。4.地元の新聞に載り大騒ぎになり、5.「父母大会」が開かれ「偏向教育が行われている」と東沢教師の処分が決議されるはめに。6.このことを「父母と教師の対立が仕組まれた」と非難する東沢元教師。7.その後の卒業式で、校長は生徒の作った「卒業の言葉」を直前で中止。8.というのも「卒業式の言葉」のなかに学力テストに関する部分があったため。9.しかし、卒業式で生徒代表が校長の意図に反して「卒業の言葉」を朗読。10.しらけていた卒業式は感動を取り戻した。by東沢元教師という記事でした。こんなことが過去にあったんだね~(ため息)。ちなみにその生徒代表が朗読した「卒業の言葉」の内容ですが、「‥わたしたちは学力テストに白紙答案を出したということでマスコミに騒がれ白い目で見られました。しかし、わたしたちは母校を愛しています。そして、小さい力ではありましたが、愛する母校のためにたたかいました。わたしたちは、そこで団結の力の尊さを悟りました‥」しかし、なんで白紙答案を出すことが愛する母校のためになるの?という疑問はさておき、この記事を読めば、この東沢元教師という御仁は、まだ判断力に乏しい子供たちを煽って自分の信条に反する学力テストを確信的にボイコットさせたわけです。そして、そのことを非難されると「父母との対立を仕組まれた」と逆切れですよ。自分が問題を作っておいて、この全国一斉学力テストの実施が、父母と教師の対立を生みましたとのたまう東沢さん。ほんっと典型的な偏向教師ぶりですねぇ。なんで赤旗さんの仲間はこうした「自分のことは棚に上げてほかの事を非難する」のが得意なんでしょう?ね。まあ、この偏向教師がいいたいのは、「再び一斉学力テストが実施されたら、学校の序列化競争が激しくなり、教師と子供の”学び”の楽しさが無くなる」ってことらしいんだけど。こうした記事を読むと、つくづく共産主義というのは、「競争」というものを嫌い「結果平等」にこだわるものなんだな~ってこと。動物のなかにも「競争」ってのは当然存在するし、もちろん人間社会にも存在する。いわば自然の摂理なんだけど、その悪い面だけ問題視しているんだよね。もちろん、その悪い面は何とかしなくちゃいけない問題ではあるけれど、「競争」を禁止してしまったら、プラスの面も奪い取ってしまうことになる。いつになったら、赤旗の面々はこのことに気づくんだろね~。それはさておき、こういった教師に指導される子供たちがかわいそう。何とかならんのかね。
2006.08.25
いやいや、今日は朝から靖国靖国とマスコミが騒がしかったですね。しかし、どんなに中韓から圧力がかかろうと、国内の反日勢力やマスコミが騒ごうと、信念を貫き公約どうり参拝を果たした小泉首相は偉い!!その後の記者会見は、郵政民営化解散の時の会見を髣髴とさせる信念のこもったいい会見だった。きっと首相の会見を全部見た善良な一般市民なら理解してくれると思う(プロ市民は除く)。あれこれマスコミは騒いでいるけど、首相の会見内容にまともに反駁できたものはなかったように思う。いい加減朝日新聞をはじめとする反日マスコミはこの問題を取り上げるのをやめたほうがいいと思うよ。きっと自分たちに跳ね返ってくるはずだから。そういえば、昨日の靖国に関するニュースで、靖国反対している団体がローソクに火をともして反対するパフォーマンスをやっていたけど、気になったのが靖国の表現を「ヤスクニ」にしていること。左巻きはなんでこうもカタカナが好きなんだろうね。「ヒロシマ」「ナガサキ」とかさ。わざとカタカナで書いて貶めているのだろうか。お前ら靖国って漢字書けないのかよとつっこみを入れたくなってしまいます。雑感はこのあたりにして、明日の赤旗が楽しみですね。ワクワク。
2006.08.15
たまには赤旗ネタから離れてみますか。ということで映画の論評なぞ。電ボが、ゲド戦記の原作を読んだのは確か中学から高校あたりだったと思うんだけど、最初に読んだときから虜になってしまいましたね。一応ゲド戦記は全6巻そろえていますが、自分としては1巻から3巻で完結して欲しかったです。4巻を読んだときははっきり言って1~3巻とはまったく違った世界になってしまっていてなじめませんでした。4~6巻で、ようやくアースシーの成り立ちとか人と竜の係わり合いなど説明されるようになっていましたが、後からとってつけたような感じが否めないんですよ。ということで電ボのなかでは、「ゲド戦記は3巻まで!」という勝手な思いがあります。さて、このゲド戦記をジプリが映画化するという話を耳にしたときは、嫌な予感がしました。まず、どうやって内面奥深く描写された世界を視覚化すんのかと疑問に思わずにいられなかったからです。また、どの場面を映画化するのかも気になりました。電ボが好きなのは、やっぱり第1巻の若かりし頃のゲドが主人公だった「影とのたたかい」が一番好きで、次にアチュアンの大巫女テナーが主人公だった第2巻「こわれた腕環」、エンラッドの王子アレンが主人公の第3巻「さいはての島へ」と続くのですが、どれも視覚化が難しいのですよ。そんな疑問を抱きつつ観たわけなんですが、まさか1巻~4巻をごちゃ混ぜにして物語を展開していくとは思いませんでした。ある意味それぞれの巻のいいとこどりなんですが、なんていうんでしょうか、いい素材をたくさん盛り込めばおいしい料理になるとでもこの監督(宮崎吾朗)さんは思ったんでしょうかね。結果としては、それぞれの素材の関わり合いが希薄で、それぞれ勝手な主張したおいしくない料理になってしまったような気がします。この映画は、原作を読んだことの無い人にわかるんでしょうかね?電ボには、ああこの場面は1巻からの引用だなとか、この場面は本来ゲドが体験してきたことをアレンに移し変えているなとかわかるんですが、余りにも人物の背景描写が無いものですから原作を知らない人には、わかるんだろうか?と思います。まあ、そうは言っても、あのゲド戦記を曲がりなりにも映像化したのですから、ある意味、宮崎吾朗さんは良くやったほうでしょうか。でも、原作者のル・グインさんは良くオーケー出したよね。何かゲド戦記の良さが消されて、まったく別の話になってしまった、いわば換骨奪胎されてしまったような作品だと電ボは思いました。ゲド戦記の原作を読んだことの無い人には、言いたい。「原作はまったく違った素晴らしいものですよ」と。
2006.08.13
今日の赤旗には、「世界から注目の「赤旗」」という記事があった。まあ、なんてことはない、世界の人々からも赤旗って賞賛されているんだよぉ~、すごいでしょ~というお手盛り記事なのですが(冷笑)。二万号達成記念の記事のようです。その中に、中国社会科学院日本研究所の主任さんの記事が載ってたんだけど、タイトルを見て思わず笑ってしまった。「日本知るならこの新聞」by中国社会科学院日本研究所主任/高 洪さんおい、マジでそう思っているのなら、中国の対日戦略は思いっきりまちがっとるぞ!!赤旗の記事のどこに、日本に対する正しい認識があるというのだ。。。まあ、現実に中共の奴らの発言を見ても、日本国民の感情を逆なですることが多いから、本気で参考にしているかも知れん。たぶん、中共からみて、実に忠実なポチである赤旗を単に持ち上げているだけなんだろうけど。赤旗は、小泉政権のことをアメリカのポチ呼ばわりするけど、自分が中共のポチに過ぎないことは自覚して無いみたいですねぇ。
2006.07.28
最近、8月15日が近づいてきたせいか、マスコミの反靖国宣伝工作も激しいですね。赤旗さんも、富田メモに飛びついておりましたが、もともと批判の種なら何でも(大嫌いなはずの天皇さえ)利用する節操のなさはわかっていましたから、あぁ、実に赤旗さんらしいなと思っておりました(冷笑)。昨日も、安部長官の靖国参拝のコメントについて批判記事「靖国参拝 安倍長官のトンチンカン発言 国際的に通用しない」が載ってたけど、これを書いた小林記者こそトンチンカン野郎だね。そもそも、こいつは「国際的には犯罪者であることは変わりない」ことを理由に、安部長官の主張をトンチンカンと決め付けている。(決めつけとレッテル張りは赤旗の常習テクニックであるが)が、仮に犯罪者だったとしても(これがそもそも怪しいよね)、刑に服した以上その罪を贖ったわけで、中韓を除く諸外国はそれで納得しているからこそ国内法的に犯罪者ではなくなった経緯があることを無視して安部長官を非難している。この赤旗野郎の言い分は、要するに「犯罪者はいつまでも犯罪者であり、刑期を務めて出てきても、中国様の意向に応じて、永久に犯罪者扱いしますよ。」ちゅうことですね。電ボは日本人なので、こうした似非日本人には激しく虫唾が走ります。また、日本の戦争を侵略戦争と決め付けて議論を展開しているが、そもそもこの認識がおかしいし。当時の日本を取り巻く状況を見れば、どうして日本が一方的に悪いのかを決め付けられるのですかね?アメリカ嫌いのくせして、どうしてこういうときは「アメリカ=正義」を振りかざすんだろ。国際秩序への挑戦だぁ??どうして靖国参拝がそんなことになるんだ。もし、そうだと言うならほかの諸国が反発しているはずですがね。反発が聞こえてくるのは特定アジアの3馬鹿国家だけなのはどーしてなんすか?赤旗さんよ。ま、つっこみどころは満載なのですが、疲れたのでこのへんで。(しかし、世間が相手にしない赤旗について書くのって徒労に等しい作業ですな。書いたあと脱力感にとらわれる電ボですた。)
2006.07.27
ミサイル騒ぎが起きてから、赤旗さんの動きを見ていたんだけど、ようやく正常運転に入ったみたいです(笑)。「敵基地攻撃」発言危険な道への踏み込みやめよいつも赤旗さんの主張を読んでいて思うのが、「当事者意識の無さ」なんだよね。まずミサイルで脅されているという「危機意識」がまったく無いわけだ。彼らの頭の中では、北朝鮮の脅威よりも日本が先制攻撃能力を持つことのほうが脅威だと思っているんだろうね。彼らからしてみれば、日本という存在は、「武器を持たせたら危ないキチガイ」らしい。もしくは再犯を犯しかねない性犯罪者みたいなものか。彼らの立つスタンスというのは何なのだろう。「日本人」とはかけ離れた「コスモポリタン」であるとでも思っているのかな。はたから見て、己というものを良くわきまえないまま「相手の言い分をよく聞くだけの人間」でしかないような気がするね。だから大多数の日本国民から相手にされない存在なのだろう。めでたしめでたし(笑)。この「主張」を呼んでそんなことをふと思った電ボです。しかし、相変わらず、底が浅くて何の解決策も指針も示していない「主張」ですな。まあ、解決策を示せるぐらいなら赤旗ではなくなってしまいますが(冷笑)。
2006.07.13
今日も昨日の東大阪市長選挙について書いていきますかね。赤旗さん、よっぽどこの勝利が嬉しかったらしく、今日の主張(社説)やその他の記事欄でも取り上げとりました。東大阪市長選/民主市政取り戻した市民の力共感呼んだ長尾さんま、赤旗の主張を読む限りでは、「庶民の味方(長尾さんのことよ)が、悪政打破の庶民の声を背に当選した!やった!正義は勝つ!!」みたいなのりなんですね。でも、電ボは、赤旗の言うことは鵜呑みにできない性分なので(笑)、ちょっと他社の記事とか見てみたんですが、案の定、自民分裂選挙に乗じて勝ったのが真相だったみたい。そんなことは、一言もかかない赤旗さん。その姿勢はほんっとに赤旗らしくて素敵です(冷笑)。相も変わらず現状を把握していないのは「赤旗の仕様」なのでしょう。また、主張の中でも言われている「デマ攻撃を浴びせかけ」という表現には失笑を禁じえません。自分を批判することをそのように表現する連中が、「対話の政治」を実現できるわけないですよね。これまた赤旗の性格である「唯我独尊」を端的にあらわしているといえるんじゃないかな。勝因の分析もできない礼賛記事しか読まない赤旗読者は、こーしてますます視野が狭くなるんでしょうね。きっと。
2006.07.04
遅いので今日は短めに。今日の赤旗のトップは、「東大阪市長に長尾氏」という記事だったのだけれど、要するに共産党員の市長が誕生したらしい。で、まぁ一面トップに出すところに、赤旗さんの喜びが表れていて微笑ましい(冷笑)のだが、サブタイトルに、「民主市政再び」って書いてあった。おい、自分のところが勝つと「民主市政」で、負けるとそうでないわけ???電ボは、何気にこーゆー赤旗の姿勢が大嫌いです。
2006.07.03
今日はもう一本書いちゃおうっと。赤旗の北関東のページに載ってた記事なんですが、左翼の思考がはっきりと現れていて面白いと思ったもので紹介します。白昼堂々、迷彩服に驚き埼玉・深谷 自衛隊が街道で訓練埼玉県深谷市を通る「花植木街道」で十六日午前十一時ごろ、銃を抱えた迷彩服姿の自衛隊員が百五十人規模で歩行訓練をしているところを市民が目撃しました。知らせを受けた共産党北部地区委員会は早速現地へ直行。現場に駆けつけ写真撮影した、地区常任委員の今井安治さん(五十七)は「付近に航空自衛隊熊谷基地があり、年に数回、街道での訓練が目撃されています。市民に恐怖をもたらす訓練は異常であり、やめるべきです」と話していました。おまえの考え方の方が異常だろうが!!!まあ、人間いやなものは見たくないのはわかりますが、現実をみなくちゃね。共産党の人たちは。そりゃあ、軍隊などないほうが理想の世界かもしれませんが、現実的に軍隊のない国はありえないわけで。(ま、軍隊のない国としてコスタリカだっけ、左翼が礼賛するのは。日本とコスタリカを同一視すんなっつうの)電ボが思うに、軍隊が訓練しないほうが、かえって心配に思えるのですがねぇ。彼らは、戦争について考えることすら避けているんだよね。ここが左翼の一番問題点じゃないかな。共産党員さんたちは、平和平和と唱えるけど、本当に平和のことを考えたことが無いんじゃないかな。としか電ボには思えません。
2006.06.20
いやぁ~、ほんと久々の更新です。子供のころから、三日坊主だなと思っていたけど、なかなか更新する気が起きなくて。というか、楽天のブログのログインがなぜか自動じゃ無くなって入力パスワード忘れてしまってたのでエントリーできず、ずるずるときてしまったのが真相なんですが。さて、久しぶりに赤旗の読者の広場から、いいネタを仕入れたのでご紹介。子らが危ない平和守りたい名古屋市 梅村 紅美子(ケアマネージャー 41歳)先日、学童の父母会で、毎年七月におこなう学童の親子キャンプの下見の報告がありました。毎年、火文字を立てるところに、今年はポールが三本立っていて、ポールは「日の丸」掲揚用のものでした。岐阜の山間のこぢんまりとした民間のキャンプ場です。すぐ横を流れる川で子供たちは、毎年、天然のアマゴを見るのを楽しみにしています。そんな平和なところにまで「日の丸」が迫っていることにぞっとしました。「このままじゃ危ない!子供たちを守るために、今できることをしなければ!」との思いにかられ、翌日、地元で開かれた「憲法・教育基本法改悪反対集会」に、四年生の息子をつれて参加しました。講演に集まった四、五十人のうち、残念ながら子連れはうちともう一人だけでした。あとは、「わが子」というよりは「孫」の未来を心配して・・・というお年の方がほとんどでした。「若いお母さん、お父さん、あなたの子どもたちが、今戦争への道を歩まされているんですよ!」という気持ちで、沿道の人、車で行きかう人たちに、平和をシュプレヒコールで呼びかけました。いやぁ~、典型的な赤旗の読者さんですね、この方は。「日の丸」=「戦争への道」がしっかり脳内で成立してますな。被害妄想の気が多い人なのでしょう。どうも赤旗の読者は「被害妄想」が激しく「決め付け」て論じる特徴を備えてらっしゃる傾向が多いんですよ。ま、これも赤旗の「仕様」ですかね。ま、それはさておき、この投稿にも、共産党の苦境が伺えますね。集会に集まるのは年寄りばかりと書いてありますが、若者にそっぽを向かれている現状がこの投稿からもわかります。本当、このまま衰退してもらいたいもんです。
2006.06.20
赤旗は、最近「教育基本法改正反対」ネタが多いですね~。それはさておき、電ボがいつも愛読させてもらっているmumurブログに大変共感できることが書かれていたので、以下コピりました。「自分は日本の罪を認めています、悔いていますという、自分一人だけを良心の高みに置いているような感覚がたまらない。」これは別冊正論韓国特集の記事のなかで、元プロレスラーで在日だった前田日明さんの発言なんだそうだが、ずばり日本の左巻きの人たちの特徴をずばり言い当てていると思ったね。日本に安住しながら、自分が日本人であることも忘れ、国際人になったかのような感覚で、日本の恥部をことさらに強調する。そうすることで自分は正義なんだと錯覚する。まさに共産党にもぴったり当てはまるではないですか。戦前から日本共産党だけが唯一戦争に反対し続けた平和の党です、なんて宣伝してるけどね。単に、ソ連から反政府運動を繰り広げるよう指令されていただけのくせに。こういう奴らが、独善・ダブルスタンダードという性格を有しているのは自明の理ですな。だから、彼らのいう平和はまやかしとしか思えんのです。電ボにはね。
2006.04.29
久しぶりのカキコです。久々に面白いネタがあったもんで。このエントリーを書きながら、筑紫哲也のニュース23を見てたんだけど、ちょうど韓国の日本調査船にたいする騒ぎ振りを報道していた。最後に筑紫の阿呆がさらっと言いやがった。「韓国とこのようになってしまったのは、靖国が原因ですね(正確な発言は忘れたけど大体このようなことを言ってたと思う)」こいつは本当に、ニュースキャスターの資格あるんか???赤旗並みの思考回路の持ち主としか思えん。昔から良識のあるキャスター風情を気取っていやがったが、こいつほど悪質で一般人をだますのに長けた野郎はいないと改めて思ったよ。あー、頭にくるなぁ。それはさておき、本題へ。まいど、読者の広場にはおいしいネタが入ってくるんだけど、今日のは極上物です。それでは引用開始といきましょう。「君が代」斉唱不起立を宣言奈良県 河本憲次郎(小学校教員 49歳)この春、転勤した。新しく赴任した学校で好調と全職員に、内心の自由を守るために入学式の「君が代」斉唱時に不起立をすることを宣言し、実行した。校長、教育委員会からの指導や処分はいっさいなかった。東京都で「日の丸・君が代」の異常な押し付け、教職員に対する処分が行われているなか、奈良県では教職員に国旗・国歌への「忠誠義務」が存在せず、処分もできないという前例をつくった。この意義は大きいと自負している。憲法改悪のための「国民投票法案」や「愛国心」を盛り込む教育基本法改悪案の国会上程が狙われている。戦後最大の平和の危機と呼ぶべき情勢である。しかし、戦前と同じ社会ではない。戦後六十一年間のたたかいで、国民のなかに平和・民主主義を求める世論が確実に発展してきていることを確信する。「戦争をできる国」への道が急速に進むなか、たとえ一人でも抵抗・不服従・非協力の態度表明をすることが重要だと感じている。私の職場では、私に同調する同僚はいない。しかし、私の行動を理解、支持してくれている仲間は多いと信じている。全国各地、各職場で、戦争反対、非協力の行動をすすめよう。引用終了あ~、トンチキ教師って本当にどこにでもいるんですねぇ(しみじみ)。こいつの投稿を読んでいると、単なる「わがまま野郎」で「周りの迷惑を考えず」に「自分の行為が英雄的だと勘違いしている」バカ教師としか思えません。こいつのプライオリティ(優先順位)は、「自分の信条」>>>「生徒への教育」なんだろうね。こういう教師に教わる子供がかわいそうでなりません。このバカ教師に習えばきっと、「自分の信条をまもるためだったら、ほかのものは平気で傷つける」メンタリティを子供たちも見習ってしまうでしょう。そりゃ、人間だれでも内心の自由はあるでしょう。ただし、時と場合によってはそれを振り回すことが適切でない場合もあるってことが、こいつは49歳にもなってわかってないんだな。本当にこういった自由を履き違えた身勝手な連中が、子供を教えていると思うと現在日本で起こっているいろいろな事件も起こるべくしておきたのかなと思ってしまいますね。ハァ。ま、投稿するバカあれば、それを掲載する赤旗もバカということでよろしいでしょうか。しかし、奈良県の教育委員会は怠慢だな。抗議のメールでも送ってやるか。
2006.04.19
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