小説を書こう!

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2004.12.30
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 その一件があってから、私は自分の腕をカッターで切るようになりました。初めは手首を切っていたのですが、夏などは長袖を着ないと切り跡を隠せないので二の腕を切るようになりました。二の腕なら半袖の服でも切り跡を隠せました。
 ある人には、自分の体を傷つける「リストカット」と言う行為の意味が分からない、と感じられるかもしれません。またある人は、そんなに何度も手首を切るのは自殺したいからだろう、と考えているかもしれません。ですが、それは違うのです。リストカットは私にとって、生きるための手段なのです。
 夜、自分の存在が無価値に思えて、自分が生きていることが無価値に思えて、しまいには今自分が生きているのか死んでいるのか、その境界があいまいになってしまうような苦しみにときどき襲われます。そんな根無し草のような状態はとても辛いのです。自分が今生きているのか死んでいるのかすらも分からないほど、自分の存在が希薄になっている状態は、発狂しそうなほど苦しいのです。
 私はそんなとき、机の引き出しに入れてあるカッターナイフを取り出します。そして袖をめくって二の腕を出し、カッターナイフでゆっくりと切っていきます。確かに痛いです。本当ならこんなことしたくないです。
 だけど腕を切って、流れる血を見て、腕の痛みを感じて、そして、
「今、私は確かに生きているんだなぁ…」
と実感できるのです。その実感は、腕を切る痛みなんてどうでもないと思えるくらい、今の私には貴重な実感なのです。
悲しいけど、私にはそんな手段しか見つけることができなかった。そんな手段に訴える以外に、自分が今生きていることを確認する事ができなかった。
 と言っても、私も確かに、自分の体を傷つける事を絶対的に正しいことだとは思っていません。体を傷つけなければ済めば、それが本当は正しい事なのだと思ってはいます。ただ、私にとってはリストカットは、緊急避難場所であるというだけなのです。
 だから、腕をカッターで切り刻み、生きている実感を感じられ、儚い安心感を感じた瞬間が過ぎると、真っ暗闇に包まれているかのような自己嫌悪に苦しみました。
そんなとき私は、机に頭を埋めるようにしながら、
「誰か、助けてよ…」
 掠れた声で呟きました。
 部屋は静まり返り、音という音は消え去りました。誰一人にすら、私の助けを求める悲痛な叫びは届かないのです。
誰も私を助けてはくれない。たった一人だっていい、誰かに私のことを助けてほしかった。でも、誰も救ってはくれなかった。この地球上には五十億人もの人がいるのに、私を救ってくれる人が一人すら存在しないなんて、なんて悲しい世界なのだろう。
 私はよく、そんなことを思いました。






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Last updated  2009.01.12 11:17:44


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