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2012.12.22
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カテゴリ: 読書案内
【宮尾登美子/櫂】
20121222

◆妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし

この小説は、言うまでもなく著者・宮尾登美子の自伝小説である。土佐で生まれ育った宮尾が、一見華やかな花柳界の裏側や、生き地獄のような貧民窟の様子を、ありのままに描いている。
それはもう想像を絶する世界で、こういう特殊な環境にいた人でなければここまで詳細を語るのは難しいだろう。
時代は大正から昭和戦前までのことだが、ここに登場する貧民窟は、何も高知のこの場所に限定してあったわけじゃないだろう。おそらく貧しい日本の各地に存在したに違いない。
長い棟割長屋に住む子どもたちは皆、覇気がなく、虱だらけの頭でボサボサにし、猿股も腰巻も着けていないのに何の恥じらいもない。老婆は出入口の傍にある便壺に、他人の目も気にせず小水の音を立てる。よそ者が一歩間違えてその地域に迷い込んでしまったら、一面に漂う悪臭に一分と我慢できないところなのだ。
一方、華やかな花柳界を牛耳る元締めは、抱えの娼妓が妊娠しても臨月まで客を取らせ、流産しても商売を休ませないという血も涙もない労働体系を取っている。それはもう生き地獄のような世界なのだ。

人は皆、多かれ少なかれ苦悩を抱えて生きている。だが、現代を生きる我々は、憲法によって基本的人権の尊重が保障されている。なんとありがたいことか! 同じ人間、同じ日本人でありながら、わずかに生きる時代が違うことで、極貧に喘ぎ、人としての存在価値すら危ぶまれる境遇に身を落とさねばならなかったかもしれないのだ。
今は本当に女性の立場が強くなった。以前は考えられなかった男性の領域にもどんどん進出し、女性には対等な職種も与えられるようになった。女性はその性差によって、生まれながらにして男性の下に置かれ、嫁いでは夫に仕え、老いては子(長男)に仕えた。三度の食事も温かいご飯にはありつけず、夫と夫の親、そして子どもらが済ませてから漸く冷や飯をかきこむのが日常だった。
そんな性差を小説の内側から垣間見てしまうと、なんともやりきれない気持ちでいっぱいになる。

『櫂』は、決してジェンダー論を問う小説ではない。ただ事実を淡々と、そしてドラマチックに追うものだ。そこに鮮やかに浮かび上がる高知の下町の光景や風物が、現代を生きる我々の胸に揺さぶりをかける。必死に生き抜く女たちの哀切極まりない嘆きが聞こえてくる。


『櫂』宮尾登美子・著


☆次回(読書案内No.28)は向田邦子の『阿修羅のごとく』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ





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最終更新日  2012.12.22 06:18:59
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