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大阪の「子供に運動会でとても子供が言うような言葉でない宣誓を行っている保育園」が話題になっていますが、政治思想は別にして、自分たちの子供の頃も「指導として」この手の声出しを強要されていたなあと。 自分は田舎の公立校だったのですが、たとえば一年の時に「応援練習」なるものが放課後にありました。生徒会の応援団(応援委員会)と担当の体育会系教師が校庭に一年生を並べて校歌やら大声で応援歌の声出しがあり。声が小さいと先生が恫喝するように大声で生徒を叱り飛ばし、それこそ喉がかすれるほどたちっぱなしでやらされました。 ・・・これ、異常ですよね?今から考えると・・・ そもそも応援ってこういった強要されるものなのでしょうか?だいたいこれ、授業じゃないし。 上の保育園のやっていることと大して変わらないことをやらされていた、しかも、公立校で田舎なので学区にはその中学しかない、強制的に入学させられた学校でこういうことをやっていた。 上の保育園に限らずですが、この国の教育って基本は軍隊式の、社会に出るための一定の規格品を作ることをメインにしているのだと思います。が、それが行き過ぎていることが多い。 ちなみに今でもこの学校ではこの「応援練習」は行われているようで。上の保育園のことを笑えない、なんだかなあと思う次第。
2017.02.28
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新学習指導要領案 聖徳太子が消え、「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ぼう これには首をひねる おいおい!と突っ込んでしまいたくなる社説です。 まず、歴史というのは後に新事実が発見された場合、訂正される方が真っ当なはず。たとえば年号を覚える語呂合わせで「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」と覚えたのが私の世代ですが、現在は「いい箱(1185)作ろう鎌倉幕府」となっているみたいです。 で、上の聖徳太子の話ですが、この主張だと「慣れ親しんだ言い方が変えられるのはしっくりこないから」という感情論、記憶論であって本来教科書で歴史を教える者の言葉ではない。だいたい、聖徳太子に昔から日本人はなじみがある、というのも一万円札に聖徳太子が使われていた世代が思っていることじゃないだろうか?だとすると、今の子供にはそれほどなじみはない歴史的人物で(なにしろ古代史は資料が少ないので未だに新発見や過去の定説が覆ることが多い)定説が覆ることはあり得ます。 歴史のドラマは後の世に作られた逸話や伝説が多い。有名なのは信長の鉄砲3段撃ちとか(あれも講談で広がったお話です)しかし、それは小説や時代劇ドラマで語るべきことであって歴史の教科書には必要ない。 さらに前日、これを反日思想やら日本の精神を壊す陰謀論に結び付けるこんなコラムもこの新聞には載っていて周到な「聖徳太子抹殺計画」 次期指導要領案は看過できない 拓殖大学客員教授・藤岡信勝中でもひどいと思ったのはーーーーーーーーーーーーそもそも歴史教育は歴史学のコピーではない。歴史教育には国民の歴史意識を育てる独自の役目がある。ーーーーーーーーーーーーーー って、それこそ学校で教える歴史教育じゃないだろ! たとえば人類発祥の歴史を語るときに神話の物語、アダムとイブを持ち出したらダメです。それと同じようなことを書いているのです。このコラムでは。 というか、「正しい歴史認識を!」って産経新聞は歴史戦と称して従軍慰安婦問題やら南京事件を「なかったこと」にしようとしてるのと逆の行為で笑えるのですが。こっちは近代史で公文書やら大量の証拠があるのにねつ造扱いだし・・・ 読み取れるのはどちらも一部保守層の「昔の日本は偉大なるものにしたい」ための意見としか思えないんだよなあ。
2017.02.27
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最近国会でも話題になっている塚本幼稚園ですが、この中で園児に授業中にトイレを我慢させ(決められた時間以外はさせない)我慢できずおもらししてしまう園児に恥辱的な指導を行っている、というのがありました。 これについて私も明らかに児童虐待だと思いますし、教育的根拠もない、むしろ子供にひどいトラウマを与えるのではないかと思っています。 が、このニュースを聞いたときに思い出したのが、これって私が公立の小学校に通っていた時もあったよなあ・・・と。今でも鮮明に覚えているのですが、小学校3年生だった時ですがクラスの女の子が授業中に「センセイ、トイレに行っていいですか」と挙手したのですけど当時の担任が「だめです。授業が終わるまで我慢しなさい」と厳しく言い放つ。気の弱かったその子は黙ってしまった。 で、しばらくして・・・その女の子、おもらししてしまったんです。泣きながら・・・ クラスは大騒ぎ、先生はうろたえて「どうしてそこまで我慢したの!」と逆切れしながらその子を保健室に連れて行ったと思うのですが、その後、その女の子は学校でお漏らしした子、というレッテルが張られ、よくからかわれていたのを覚えています。 今はそういう指導は行ってはいけないと先生に言われているみたいですが、こういった生理現象を精神論とか思想性で規制指導する人間がまともな教育な訳がありません。ましてや尿意とか便意なんておなかの調子で5分おきに襲ってくることさえある。一律に時間で我慢できるものじゃない。 上の幼稚園の指導は決定的に頭がおかしい、と、同時に普通の公立学校でもこの手の人権侵害が普通に指導の名のもとに行われている。炎天下の体育の授業で水を飲ませないとか。 こういう理不尽な教育は「我慢を教える」云々の話ではない。上の保育園のようなことになる、これは考えないといけない
2017.02.26
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公の場所で行われるコスプレについて考えたこと。 たとえばプロ野球のファンが好きな選手のレプリカユニフォームを着て球場まで応援に行く、ということはよくあります。球場近くの電車など公共の乗り物にいかにも「ああ、これからナイター見に行くんだろうな」と思われる人。 で、これも立派なコスプレです。アニメキャラの格好をするのと大差はない。しかし、これを「公共の場でコスプレなんてするな!」と、咎める人はいない。 思うのですが、コスプレって「公共の場でやってはいけない」という決まりも法律もないんです。基本、どこで、誰が、何のコスプレをしても許される。法律で禁止されているとしたら性器の露出か警察、自衛官といった職務上権限を持つ制服以外は、どんなに似合わない衣装であろうと、女装、男装であろうと、コスチュームの出来が雑であろうと咎められる理由はない。 最初からドレスコードがあるイベントや場所である場合、それは主催者の責任として守ることはわかります。が、それ以外の公共の場所は「自分がこの服を着て街を歩きたい」ということはだれにも止められないし、そんな権利はない。 逆に考えると「お前にはその服は似合わないから着てはいけない」と赤の他人から言われているようなものです。 この手の意見に「他のコスプレイヤーの迷惑になる」という意見がありましたが、それこそひどい人権侵害を受けていることを許容する意見だよ。私も古いオタクでリアルタイムで宮崎事件とその後の同人イベント存続の危機やオタク迫害の歴史を知っているからこそ、オタク側が卑屈になり過ぎている、世の中の顔色を窺い過ぎているかもしれない、コスプレも考えたら誰に咎められるいわれはないし、それが許される社会の方がよほど自由で楽しい社会だと思うようになってます。もともとコスプレイヤー側の自制的な行動であった「お約束」が、いつの間にか「公共の場ではコスプレをしてはいけない」ルールであるような方向に動いているのは地獄としか。 卑屈なそのオタクの過剰な自制心が表現の自由を妨げるという、かえってオタクが嫌う方向に自警団となって進んでいないか?そう思います。 それこそ動物園にサーバルちゃんのコスで来園しても「ああ、そういう人もいるんだ」レベルの社会の方が幸せだと思いませんかねえ?コスプレイヤーが問題行動を起こしたらそれはコスプレが悪いのではなく、問題行動を起こした人物が個別で悪いのですし。昔、たった一人のオタクの行動で以後何十年もオタク迫害の歴史が作られた、しかし、その迫害は今から考えると間違っていたのは差別していた側であった、アニメや漫画ファンが悪いのではなかった、と、もう主張してもいい時代だと思います。もちろんコスプレも。
2017.02.25
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ふと思ったこと。たとえば半年前から計画し、ようやく手に入れた自分の大好きな歌手のコンサート、チケットも手に入れて当日を楽しみにしていたのに、前日になって務めている会社の上司から「仕事が忙しいから明日、休日出勤して」と言われた場合、これ、仕事断るべきですよねえ・・・ しかし、社会人なら仕事を優先するのが常識!って意見がごく当たり前に通る雰囲気とか冷静に考えると異常な状態。というか、コンサートチケット代を会社が支払ってくれるのか?そんなことはないですから。 昨今、コンビニでクリスマスケーキや恵方巻などをバイトにノルマを課して売れ残った分をバイト代から引くということが行われている店舗があることが問題になりました。他にもバイトを辞める場合は代わりのバイトを見つけてこないと辞めさせないと強要するとか。 他にもインフルエンザで会社を休むことを上司から「迷惑かけやがって」と叱られるなど・・・ 「社会人の常識」の基準がおかしなことになっている。
2017.02.24
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コスプレというのがどこまで認められるか、ということについて【2/22修正】けものフレンズのコスプレをして通常営業日の東山動植物園で撮影したコスプレイヤーが→東山動植物園内では常識の範囲内であればコスプレは禁止されていないと判明するまで これ、難しい問題が含まれています。というのは、コスプレにTPOがある、それを認めない行動は法律的に問題なくても社会から理解されない。というのは私も認めるところですが、動物園のような「楽しむ場所、お祭りのような場所でのコスプレはどうか?」という点です。で、今回動物園側の反応は「常識の範囲内であれば禁止されていない」という回答。で、この常識という基準は個人によって違うので動物園側のスタッフが「その衣装では入場禁止です」とされなければ「常識の範囲内であった」ということだと思います。 コメント欄を見ていて思ったのは今回反対している人の意見の根底は「コスプレを自分は見たくないからやめろ」という感覚。これ、わかるんです。大切にしなければいけない感情です。が、それを際限なく認めるということは、たとえば昨今参加者が増えているハロウィンはダメになる。コスプレがだめという場合、野球場にレプリカの選手の衣装を着て応援に行くこともダメなのか?「女装は気持ち悪いから駄目」というのは、そういうLGBTの人への差別になるのではないか?さらにいえば「似合っていない」というだけで相手の服装を他社が制限する口実にできる。 今回の元になった人はアニメ人気に便乗しての今回の件なのでしょう。が、たとえば有名ドラマで人気になるとその登場人物のブランド服を着て町に出る人はたくさんいる。これも「コスプレ」です。 現状、法律では性器を露出させていたり、警察や自衛官など職務的に責任のある制服以外は規制されるものではありません。衣装も「表現の自由」の大切な一つです。 だからこそ、無下に「場違いなコスプレでアニメやコスプレイヤーの評判を落とすな」論にはできない、難しい問題です。
2017.02.23
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TBSラジオ「荻上チキ セッション22」で、先日取り上げられていた森友学園の理事長の言葉を検証する構成になっていて、これが非常に聞きごたえありました。 まず、前提として本来、先日の放送に今回登場した、疑惑を追及する市会議員さんと、この問題を最初に取り上げた朝日新聞の記者さんが番組に登場する予定だったのですが、放送当日になって森友学園の理事長が「この2人が出るなら出ない」と言い出した、そのため2人に説明し、納得してもらって今回改めて検証もかねて登場、ということです。 で、その理事長が前回、伝説の放送をしてしまってw。こりゃこの2人が出られないわけだわ・・・とあきれるような大演説を一時間一方的にした放送でした。 今回、改めてこの問題について2人が語ったのですが、実に理路整然としている。数字的な疑問、疑惑を持ったきっかけ、疑惑の検証方法、取材によるさらなる疑問点、そこに見える明らかにおかしな財務局と学校側のやりとり・・・ 先日の放送ではとにかく大声で一方的に自分の意見だけをまくし立てていた理事長と違って、説得力というのはこういう論理体系なのだと改めて2つの放送を聴き比べてわかりました。 番組後半はこの理事長の運営する保育園の中で何が行われているかが複数の退園者の保護者からの取材で明らかにされましたが、これがもう言い訳できない民族差別的な教育と虐待としか思えない指導、そして科学を無視した精神教育など・・・これを幼児期に子供に叩き込むのだからいくら私学校と言っても許されない人権侵害、差別が行われている。そして、この学校の方針に賛同し、名誉顧問になったのが安倍首相の奥さん。ファーストレディーがこういう学校の名誉顧問って海外でも報道し始めていて。 話を番組に戻しますが、今回、報道が大きくなってきたことによってこれまで近畿財務局に取材できていたのが急にダメになった、という不可解な状況に。こりゃ相当闇が深く、隠ぺい工作に必死なんだろうと思います。というか、先日の理事長の言葉と今国会での財務局の説明にすでに齟齬が起きている。どう考えても数字的におかしい話だから。 このラジオ番組の好きなところは2時間という長尺をかけて一つの話題を掘り下げる姿勢。だから、自分に興味がなかったジャンルの話も面白くて。今回と前回の放送はTBSラジオのラジオクラウドから聞けますのでぜひお聞きください。ある意味笑えますw愛国者と称して怪しいことをやっている人間の大演説とかもう・・・ね。
2017.02.22
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サラリーマンの幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 私はこの番組を見ていないので細かい考察や勘違いをしているところがあるかもしれませんが、例えば今でも企業によっては新入社員研修に新興宗教団体の行う洗脳セミナーと同じ手法が使われます。特徴として1、外部と隔離された施設に一定期間集める。ネットやテレビも見せない。2、朝から晩まで研修と称した業務とは関係のない作業3、集団行動&連帯責任による罰則4、社則や社歌の暗誦を繰り返す5、短い睡眠時間と休憩時間 世間と隔絶することによって社会的基準から切り離し、単純作業と自己啓発行動を繰り返すことによって心理的ガードを崩し、そこに、洗脳側に都合のいい情報だけを流し込む。 これによって多くの人は洗脳され、会社のやることがすべて正しい、洗脳する側に一方的に都合のいい人間にされる、ということに。 こうやって見ると異常なことが行われていることがわかると思いますが、なぜか企業だとこれが「教育として」許される。それも、日本を代表するような大企業がやっているケースもあります。 最悪なのは「いやならやめればいい」という不公平な力関係で強要すること。しかし、こういう状況が過労死や深夜労働を容認する社会を作る結果になっています。 新興宗教の洗脳セミナーが社会的問題になっているのに同じことをやる会社の研修はOKって、おかしな話です。
2017.02.22
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昨晩のTBSラジオ「荻上チキ セッション22」の放送がすごすぎて放送終了直後に興奮してブログを書いてしまいましたが、一夜明けて改めて思ったのは、この森友学園の理事長の人間性のひどさと、自分が何の悪いこともしていないと思っている面の皮の厚さ、そしてこれが単なる酔っ払い親父ではなくて学校の理事長で子供たちを指導するということに戦慄を覚えます。 突っ込みどころがたくさんあるのですが、まず土地購入の疑惑について、長々と話していましたがチキ氏の簡単な質問に明確に答えられない。論理矛盾が多すぎという。金銭的なおかしさに一切答えられていない。語れば語るほど疑問ばかり浮かんでくる。 そして何より「これ、本当にネット以外で存在するんだ・・・」と呆れるほど人種偏見や差別を公言してそれを正しいとおもっていること。たとえばインタビュー冒頭でかれは「子供のために性善説を教えている」と言っていたが、番組後半でヒートアップしてくると聞いてもいない「新左翼の市議が功名心で~」とか「朝日新聞の陰謀」といったその手の言葉で自分に反対する、都合の悪い意見を片っ端から陰謀論で語り始める(証拠はなし)。この人にとっての性善説って何なのだろうか? ちなみにこの理事長、こういうヘイト文を実際に書き散らしていることについて「愛国心である」と語っている。森友学園ヘイト文書配布 で、本人はこれがヘイトではないと言っているのです。ラジオで堂々と・・・おいおい、民族や国籍を差別するのがヘイトじゃなくて何なのだと。しかもこれを書いた理由について「我々を陥れるための人間がわざわざ園に入ってきて、ネットで拡散させるために~」といってる。この人、何を言っているのかわからない。そんなことのためにわが子を入園させる親などいると思ってるのか?大体それがわかってるなら挑発に乗らずこんな文章は書かないだろうに。 この放送を聞いて、あるいは上の記事を読んでもまだ「この人は素晴らしい人間性だなあ」と学校に通わせる保護者は思うだろうか? 改めて言いたい。今回の放送はみなさん、一度聞いてほしい。で、この人が運営する学校や保育園に通う生徒がどんな教育をされるか? この手の人が口にする「愛国」というものがどれだけ胡散臭いかよくわかると思います。
2017.02.21
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すげえ!伝説だ!伝説の放送回だった・・・聞いていてゾクゾクした!TBSラジオ「荻上チキ セッション22」にて、今、国会でも不明瞭な用地売却問題で話題になっている森友学園の理事長に電話でインタビューだったのですが。 もうこれ、関係者頭抱えてるだろ!この理事長、まさに地雷原でタップダンス踊ってるよ!しかも足が吹っ飛んでもまだやってる! これはラジオのタイムシフトでしばらく聞けると思いますが、もう突っ込みどころしかない!荻上氏もあえて一方的に話させて矛盾が出てくるところを泳がせている雰囲気がプンプンで。で、本人はそんなこと気が付かず、やばいことをべらべらと語りまくる。ほぼ一時間一方的に話していました。 しかしその内容はそれこそこれを証拠として国会で追及できるレベルの言質をあきれるぐらい語って本人はその危なさに全然気が付いていない。これはすごい・・・ いや~・・・この人、自分が語れば世間が納得させられると信じているんだろうけど、論理矛盾と数値的根拠のなさ、そして差別主義を隠そうとしない自称愛国心に「ダメだこいつ、早く何とかしないと・・・」を地で行くような人。こういう人が理事長の学校って、保護者はこの放送聞いたほうがいいw。彼の言っている民主主義という言葉を何もわかっていないことがよくわかる発言ばかり。 今回ほどこの番組が素晴らしいパフォーマンスを発揮したことはない!これこそ荻上チキさんのインタビュアーとしての真骨頂だ!山のように素材を引き出し、相手が気持ちよくなっている隙に理を固めることができる。まさかこれだけ自らたっぷり語った証拠があるのだからこれを基に突っ込まれても「マスコミのねつ造だ!」とはもう言えないだろうな。 さてさて、明日以降今回の放送の検証番組をやるようですが、そっちが楽しみだ。チキ氏含めていろんな人が突っ込みたくてウズウズしてるだろうな。
2017.02.20
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無敵の人間になるというのは絶対に認めない、ってことなんだなと思ったこと。 アメリカのトランプ大統領は、過去に発言した自分の言葉を「そんなことは言っていない!メディアのねつ造だ!」と言い放つ。で、メディアがその時の映像を証拠として見せる。しかし、そのことには一切答えず。相変わらず大声で「マスコミがねつ造している!」と。 で、こういうことを言い続ける人間は基本、絶対に負けない。自分が嘘をついたことさえ認めなければ責任から逃れられることを知っている。それを続けるとどうなるか?結果、真実がどうでもよくなる。まわりに「あの人はああいう人だから」と、低いレベルで納得させられるようになったらしめたもの。むしろ真実追求にかかる検証コストのほうがばかばかしい空気になる。何を言っても聞かない相手なのだから。 そういう人が世界最大の国家の代表になっている。膨大な軍事力、工業力、政治力を使える立場にある。 確か「大統領になったら彼の行動も落ち着く」と言っていたメディア人がたくさんいたけど、そもそも暴言で支持を受けてきた人がそのやり方を変えるということがあるわけがない。現に大統領令でばんばん差別的政策を押し出している。 無敵の人間が自分の思うとおりに行かなくなった場合、かんしゃくをどういった形でぶつけるか?自分に反する意見を一切無視する人間が権力を持った場合。そらおそろしいところである。
2017.02.18
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オタクは動物園に行ってはいけないのか?けものフレンズ効果で動物園が賑わうことへの懸念。 読んでいて笑ってしまうような内容ですが、この手の「にわかは来るな」という発想はほかにもあって、たとえばアニメに限らずドラマでも、映画でも何か話題になって人気が出るとそれまでいた人から急に不満が出る。今まで静かな雰囲気が好きだったのに台無しだ、と・・・ しかし、例えば動物園のような集客施設では運営者にとってはお客さんが多いほうがいいに決まっている。そこで働いている従業員さんたちはお客さんに見てもらうために日々の仕事をしているのだし。 現に客が来なくて閉園になった地方の動物園などはいくらでもある。 アニメで興味を持って本物の動物を見たくなるなんて、実に健全な関心の持ち方だと思う。動物園って子供の頃に行ったきり、という人も多いと思うので。何がきっかけであってもいいことです。私も時々上野動物園に行くのですが、冗談のような安い入園料で一日楽しめます。 実際の目で見る動物の大きさや動き、魅力は動画で見るのとは全然違う。だからこそ動物園の価値があるし、誰もが入れる開かれた場所である。それを「にわかオタクは迷惑だから来るな!」というのは、その迷惑ってひどく個人的なわがままを言っていることに気がついていないのだろうな。
2017.02.16
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VRで遊ぶリアルなゲームをやって思ったことで。 例えばホラーゲーム「バイオハザード7」ですが、このゲームで敵に刃物で斬られるシーン、本当に「痛み」を感じるんです!実際は何のダメージも受けていないはずなのに。 これは視覚と音というのを支配されると、人間はありもしない肉体的ダメージを感じてしまうというやつで。同じく腐った料理やらどろっとした沼地みたいな場所のシーンではその匂いまで感じで気持ちが悪くなる。 思うのはこれって夢を見ているような感覚なのかもしれません。その場合、正直この手のホラーゲームは私には「悪夢」でしかなくて、ちょっと楽しめる領域を超えてしまう。 もちろん、そういうのが好きな方にはおすすめします。VRってここまで感情に訴えるものなんだと驚き。 それともこれもまだ自分が慣れていないだけで、そのうちになれるものなのかなあ。
2017.02.15
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今朝のTBSラジオ「伊集院光とラジオと」で昨今、宗教に入信するために芸能界引退を決めた人気女優に対して、芸能界の大御所などから「身勝手」とか「仕事に穴をあけるなんて」という非難があり、それに対して同じ芸能の世界にいながら違和感を感じる、というのを言葉を選んで語っていて。 たとえば高校野球の世界では筋肉を壊すとして練習でのうさぎ跳びは禁止されている、けど、それで育った名選手は生き残って結果を出したからこそ肯定する。 これ、生存者バイアスというやつで。上の女優さんも自殺を考えるほど思い詰めていた、しかし、そんな人に「周りの迷惑を考えろ」というのは先日、電通で過労自殺した人と何が変わらないのか?仕事のプレッシャーで個人の精神や生命を脅かしてまでやり続けることを肯定するのか?という疑問であり。 責任感があって、気が弱く、でもがまん強い人というのは、それこそ自分がぶっ壊れるまでやらされる。実際に倒れたり、回復不能なまでに精神を病んだ時に周りは今更「そこまでやることないのに」と・・・ 自分に耐えられたから他人も我慢できる、なんて思い上がり。よく「病気を押して舞台に立った芸人」を美談として語られますがそれは決して美談じゃないし、ましてやそれを他人にまで押し付けて正論化したら・・・ そういう意味で伊集院のこの意見はすごく大切だと思います。
2017.02.14
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たとえば最近ネットで人気が広がっている「けものフレンズ」というアニメですが、これ、欠点とされることがどんどん「個性」として見る側に肯定されていく、面白い例だなと感じました。 まずこのアニメはもともとスマホのゲームのアニメ化のはず・・・だったのですが本家のゲームのサービスが番組放送前に終了してしまうという。本来大失敗なのですが、なぜかアニメの世界観「文明が滅んだとされる世界」と妙にマッチしたり。特にEDの廃墟となった遊園地の風景と合わさっていろんな感情を呼び起こさせるというか。 また、本編のCGも一見チープな、一昔前のものに見えますが、それが逆に数あるアニメ作品の中で絵的な埋没をせず、個性を出しています。 他にも第一話の前半が正直絶望的につまらなくて、ここで見なくなった人が後の話の評判で戻ってくる、それが逆に見る側のハードルを下げて「なんだ、意外と面白いじゃん」という人が、いつの間にかこの作品の独特の魅力にはまってしまったり。(本来オリジナルアニメって第一話でどれだけユーザーを引き付けるかが勝負なところがあり) 一度この「いい流れ」になると、すべてが肯定的に受け止められる。愛される作品というのは「あばたもえくぼ」なところがあって。 不思議なものでこれがすべて裏目になる作品もある。この辺は本当にたまたまなのだと思いますが、いずれにせよこの作品を面白いという人も、つまらないという人もいて当然です。 作っている側もツイッターで「予想外の反響に混乱している」というのは正直な感想であろうと思います。ですがこれは狙ってできることじゃないのでこの人気を見て「けものフレンズみたいなアニメ企画」が雨後の筍みたいに発生するのかなあ。
2017.02.14
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プロゲーマーの個別指導が受けられる「GameLesson」延期へ 高額な料金体系などの批判も これ、何の問題があるのだろうか?というか、そもそも問題になる理由が「高額」って、これまでになくて相場のない世界に比較対象がない以上、高額もくそもないと思うのだけれど。 たとえば、私が10年以上やっている日本舞踊。練習時間は一回3~40分ぐらい(それ以上は体力と集中力が持たない)。師匠がワンツーマンでつきっきりで教えてくれるタイプの指導でしたが、時給で換算すると上の指導より高額になります。(といっても回数が毎週一回なのでトータルではそこまで高くなりません) 他にもピアノの練習とか、囲碁の指導碁、ゴルフのレッスンプロなど様々な個別指導があり、どれもカルチャースクールで何人もの生徒に同時に教えるより値段は高くなっています。当たり前です。 で、上の記事での------------------「ゲーム教えてもらうのにこの金額は高すぎる」「ソシャゲに課金したほうがマシ」などの厳しい意見が続出。----------------- というのが意味不明。金額に対して「それでも習いたい」という人がいたらそれは適正価格だし、どんなに安くても誰も応募しなければ必要とされていないものだったというだけの話で。 この言葉の裏には「こいつら、ゲームみたいな遊びで金もうけるなんてずるい」という下種な思考が見て取れます。しかしそれを言い出したらプロスポーツなんてどれも発祥は遊びです。 また、技術のある人間を個人で指導員として拘束する料金として1万円以下は他ジャンルのレッスンプロの相場などを見ても特別高い訳ではありません。 この件に限らずですが、どうにも世の中には「形のないものにお金を払うことをぼったくり扱いする人」というのはいて。技術料ということを何も考えていない。しかし、世の中の人件費というのはほとんどすべてがそういった「形のないもの、他人を拘束するお金」であり、これを嫌な人間は無人島で自給自足の生活をすればいい。 もし、このケースで異議を唱えられる存在がいるとしたら、せいぜいそのゲームの著作権を持つ会社だけであろう。 プロとは自分の能力をお金に変換できる人のことを言う。どんなに絵が上手くても、料理が上手であっても、足が速くても、お金に変換できないのは趣味でしかなく、逆に言えばどんなに下手くそであったり素人と大して差がない能力しかなくてもそれでお金を稼いでいる人はプロだ。
2017.02.12
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漫画家の谷口ジロー先生の訃報に驚きとショックを受けています。 先生の作品は有名なのは「孤独のグルメ」の作画だと思いますが、私にとっては夢枕獏先生原作の「神々の山嶺」が一番印象的でした。連載当時にリアルタイムで読んでいたのですが、とにかく圧巻の山岳描写と野太いドラマにクラクラする作品です。特に、あのシーンでの見開きはもう・・・っ!いままでたくさんのマンガを見てきましたが、最高の見開き絵だと思っています。 他にも「坊ちゃんの時代」や「餓狼伝」など、ジャンルは違っても「ああ、谷口先生だ」と常に絵でもって存在感を示す作風は、ついつい必ず単行本を買ってしまう「画家としての」作家さんでもあり。 本当に大好きな漫画家さんだっただけに残念としかいいようがありません。谷口先生、素晴らしい作品をありがとうございました。
2017.02.12
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学校給食でのハラール(宗教食)提供をもとめている、というニュースを見まして。 思い出したのが私の姉。私の姉は昔から白米が食べられない、という珍しい人でした。あの炊き立ての匂いがダメらしく、ムッとする臭いに戻してしまう。で、我が家では食卓でも姉だけパン、他はご飯を食べる、という光景でした。 学校給食ではどうだったかというと、この辺は親が入学前に学校側に説明していたのでがよくしてくれて姉だけおかずだけでご飯を食べなくてもいい、という対処をとってくれて。白米の日は自宅から食パンを持参してたべていました。 宗教の戒律にあるので食べさせたくない、というのはわかります。だからこそ、給食費を払わない代わりに別の食事選択ができる(弁当持参など)がいいと思います。この辺は多数が少数に合わせるのでも、逆に少数の意見が多数をゆがめるのでもない、個別対処が一番シンプルでわかりやすい。そして、それを「お前だけ特別なのはダメ」になってほしくありません。 体質的アレルギーと宗教は違う、って人がいましたが、宗教の教えに反する行動というのは精神的に本当につらい人がいます。その辺は映画「沈黙」を見ていただけるとよくわかりますがw、多様性を認めるというのは自分の価値観を認めてもらうのと同義語なので、ぜひそういう対処であってほしいです。他人の信じるもの、信仰に限らず趣味でもそうですが、を少数派だからという理由で否定する恐ろしさはオタク迫害を経験している自分のような年寄りオタクには十分わかりますので。 というか、学校給食も選択制であってほしい。弁当がいい人もいていいし、あくまで学校給食は戦後の欠食児童の栄養補完という本来の趣旨をそれてほしくはありません。
2017.02.11
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【全文】自衛隊は南スーダンで「戦闘」していたのか。黒塗りの日報、公開します もともと自衛隊は自国防衛という国内にある有事(天災も含む)に対しての想定しかされておらず、それを法律の拡大解釈で戦闘が日常的な他国に押し出せば絶対に無理が出る。日本国内では隊員の生命や権利を守る法律が銃弾が実際に飛び交う内戦状態の他国では引き金を引くのを躊躇させる鎖になって不利な防戦一方となり、かえって隊員を危険にさらすことになっている。 現地の日報では「戦闘行為がある」としているにもかかわらず防衛大臣は「戦闘行為ではない」とする場合、自衛隊が退却することができないという、現場も法律も無視したことになる。 何より気になったのはある日に一日7人の負傷者が出ていたこと。負傷の理由は黒塗りなのが気になる。戦闘行為に巻き込まれた、あるいはなんらかの作戦行動での負傷なのか?単なる交通事故や食中毒でもなければ一日に7人の負傷というのは考えにくい。 このままだとたとえば自衛隊員の死者が出た場合にも「戦闘は起きていない」とされる。現地からの危険性を報告しても「事なかれ主義で」なかったことにされる(現に今回の日報もなぜか最初は破棄されていたと報告されていた。古いものならともかく、混乱する現地の報告書に当たる日報がわずか数か月前のものであるのに破棄されるのは異常。特に最近は電子データなのだから「物理的に置き場所がない」という理由はできないはずだし) 憲法9条は基本、国内を守るための法律ですから、PKO派遣自体が無理がある。だから大臣の言っていた「法的な意味における戦闘行為ではない。国会答弁する場合、憲法九条上の問題になる言葉を使うべきではないから、一般的な意味で武力衝突という言葉を使っている」というのは、憲法9条に違反するから戦闘行為とは書けない、といっているようなもので。これが許されるなら現地の戦闘で自衛隊員が何十人死んでも「労災であり戦闘行為ではない。事故である」になっちゃうんだよなあ・・・
2017.02.10
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オリジナルアニメで全く注目されておらず、一話目が放送されてもたいして話題にならなかった作品が放送を重ねるごとに人気になっていく、ってのはよくあることです。最近では「けものフレンズ」とか。少し前だとガルパンやまどマギ SHIROBAKOなんかもそういう人気の広がりでした。 で、こういうのを見ているとかならず中盤の口コミ人気が広がってきたタイミングで興味を持ったファンに対して「にわか」とか「人気に便乗」とか・・・ わずか数週間程度の放送を先に見ていたことすら特権意識を持つのだろうなあ・・・別に視聴者にとって「最初から見ている」なんてなんの偉さも優位性もないのに。 前から書いていますけど、その作品を好きになるタイミングなんていつになるかわからない。むしろ「世間で話題になったから見てみたら面白かったのでファンになった」なんてごく当たり前だと思う。逆に言えば「世間で話題いなっているけどこれを見ると便乗しているみたいでいやだ」なんてプライドを持っている方が損をする。面白いかどうかは自分の目で判断すればいい。 特にネットにあふれる変な新規ファン批判も、1クールアニメなんて後追いであっという間に最新放送分に追いつける。そうなったら一話目からのファンも最近のファンも知識の量は全く同じだし。その差はない。 何より製作者側にとっては多くの人が見てくれたほうがうれしいから。 と、某まとめサイトで相変わらずの人気対立煽り記事を見たのでカウンターとして
2017.02.10
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AV強要被害、公明が慰安婦を国際社会に広めることに貢献した人権団体から聴取 慰安婦「性奴隷視」と混同するな すさまじく偏見に満ちた主張だと思いました。 AV出演強要の被害は具体的に出ていて、たとえばタレント事務所に所属している売れない若手女性アイドルが当日撮影の現場でAV撮影であることを知る、拒むと撮影料やセットなどを準備した違約金を払えと恫喝し、結局場の雰囲気で無理やり強行される、というケース。この場合も「最終的に本人が同意したのだから強要には当たらない」とするのだろう。しかし、こうして被害を訴えているということは自分の意志ではなかったことは明白です。 思ったのは「慰安婦は性奴隷ではない」の思考の人って、これに近いんだろうなと。奴隷ではない、最終的に女性の意志だった、だから違うと。なんだかおそろしく都合のいい解釈で、だから上のようなコラムを書けてしまう。------------公式サイトでは「(慰安婦は)当時の日本軍が組織的に運営した制度」「意に反して『慰安婦』とし、監禁して性奴隷にしたことが重大な人権侵害」としている。だが、旧日本軍による強制連行など組織的関与を裏付ける根拠はない。---------------- とありますが、これ、いっぱい出ています。一番わかりやすいところだとこの記事の掲載されている産経グループの元会長のインタビュー本にも。あと元内閣総理大臣の中曽根さんが軍役時代、その手の慰安所の手配を組織的に行っている回顧録とか。一般の目線だとゲゲゲの鬼太郎の作者の水木しげるさんが書かれた従軍記の漫画とか。河野談義以降に国内外で200件以上の資料が発見されていて、これらは近年の話ではなくて何十年も前からある資料なのに、なぜか「なかったこと」にしている。実際に被害女性の訴えもある。国立公文書館にも保管されている。にもかかわらず「証拠はない」って・・・ 冷静に考えてほしい。うら若き女性が快楽を求めて一日数十人もの見ず知らずの男性の相手をする施設に自分の意志で入ってくる女性がどれぐらいいるだろうか?だとしたらエロ漫画の読み過ぎだよ・・・ むしろこういうコラムを平気で書くことができる人は、実際に存在する被害者のことなど何も考えていない。国の名誉とかそんな曖昧なもののほうが優先だと思っている。本当に自分の意思であったなら、まずこんな問題は発生していないはずではないだろうか?この手のことを女性が訴えるというのは相当な覚悟が必要だったはず。 いじめ問題でいじめられた側が必死で訴えているにもかかわらず「いじめではない、単にふざけていただけ」という意見を見たのと同じで、なんとも腹立たしいコラムです。
2017.02.08
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以前から謎に思っていたこと。 たとえば日本の歴代邦画映画のトップ5の4つがアニメで、一番売れたシリーズ書籍が漫画のこの国で、いつまで漫画やアニメは「サブカルチャー」なんだろうか?ということ。 子供時代にほとんどの日本人が経験する文化ですし、ヒットするドラマの原作が漫画ということも。深夜アニメも含めて年間100本ものアニメシリーズが放送されるこの国。 もはやメインカルチャーだろう・・・
2017.02.07
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映画「沈黙」を見てふと思い出した光景。それは20年以上前にあった、幼女連続誘拐殺人事件。犯人が当時まだ世間的に目立たなかった「オタク」という人種のやった凶悪犯罪ということで、世間の目が一気にオタクバッシングになったことです。 その当時のオタク迫害の様子は本当にひどいもので。いい年齢(といっても中高生レベルでも)でアニメや漫画が好きとか、学校の漫画研究会に入っているだけでいわれのない誹謗中傷を受ける、何もしていないおとなしい生徒であっても犯罪予備軍扱いされる。しかも新聞やテレビなども、今からは考えられないほど「こういう連中はけしからん」論を堂々と主張し、オタクは叩かれて当然という空気でした。 それこそアニメや漫画が好き、ということを公言できず、こっそり親や友達に隠れて同人活動している人が普通だった、そういう状況はまさに隠れキリシタンのような。また、親によってはある年齢になったら漫画やアニメを強制的に捨てさせるようなことは教育として行われていたり。宗教を無理やり捨てさせる棄教みたいなものです。 実際、その差別的社会状況は長く続いて。今でこそ大人が漫画やアニメを見ているのもこの国では珍しい光景ではなくなりましたが、いまだに偏見がある人はいます。いや、今でもオタクたたきはごく世間に当たり前にある状況ですが、その下地を作ったような事件でした。 命を懸けた隠れキリシタンと趣味のオタクを一緒にするな!と思う人がいるかもしれませんが、自分の大切なものを他者の偏見で奪われる、虐げられる本質は変わらない。あれから時間がたち、アニメや漫画が日本を代表する文化になっていることを考えると、あの当時差別していた側はどう思っているのだろうか?きっと忘れているんだろうな・・・
2017.02.07
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ラジオで特集を組まれていて興味をもった話題の映画「沈黙」を見てきました。遠藤周作の原作はキリスト教文学の傑作として名前だけは聞いたことがありますがまったく内容を知らず。 江戸時代、ひそかにポルトガルからやってきたイエズス会司祭、ロドリゴが長崎で見た幕府によるキリスト教弾圧のすさまじさと、自らの信仰を試される問いかけに苦悩する物語です。 感想・・・すごく重厚で、それでいて面白かった!この感覚は「アメリカンスナイパー」を見た後の感覚に近いですが。信じる者を他者から奪われることの暴力性、信仰にすがるということは何か?本当の許しを得るとはどういうことか・・・ 見た後に思ったのは、これは単なる歴史の話ではなく、現代でも世界中で、日本でも起きている事象のひとつでしかない、ということです。たとえば、日本は宗教に寛容だ、と言われていますが、それは映画内での井上の言葉でいうと「沼」でしかない、ということ。日本人はいろんな宗教を受け入れる、といいつつ、オウム真理教事件以降、新興宗教に関しては極端な差別を社会が容認する、また、ISの人質事件が起きた際、この国の公安がイスラム教徒の内部リストを作っていた事実がネットに流出したり。それを思うと寛大なのではなく、何かあった途端、オセロの盤面が覆るように一気に迫害に回る根の張れない沼地みたいなところであり。それこそ今の世界でもアメリカ大統領が反イスラム教を公言してはばからないように、この国でも政治の都合で一方的な弾圧はいつおきるかわからない。というか、あの時代の前からずっと世界では起きている 劇中ロドリゴを何度も裏切った弱くて浅ましいと思っていたキチジローという人物が、実は本当の意味で宗教心ある、救われるべき人なのではないか、という問いかけ。他人を救うための信仰が単なる自己満足でしかないというシステム(主人公が信仰を捨てないと信者を拷問でさらに苦しめる)が社会正義のように支配者から語られる状況とか。ロドリゴがその精神の苦痛に耐え兼ね、棄教したからこそ、本来宗教がもたらす平穏と安息の日常を産んだ皮肉とか。 また、信者を棄教させる踏み絵のシーン。「たかが絵を踏むだけだ」と役人の側はいう。それを拒むのは本当にこの国では信仰心からなのか?単に周りの信者の目を気にした世間体からなのではないか?それによって拷問にかけられることは信仰なのか? とにかくいろんなことを考えさせてくれる多層的な作品でした。 映像的にも外国人監督の作った時代劇という違和感はまったくなく。むしろ今の日本でここまでセットなどお金のかかった絵作りや薄汚い(誉め言葉)の役者を集めた映画ができるかと思えるほど。中でも井上役のイッセー尾形さんの愛嬌のある悪役っぷりは見事でした。また、全編通して映画を盛り上げる音楽というのがなく、自然音とわずかに聞こえる信者の讃美歌、仏教の念仏など・・・しかし、それが逆にタイトル「沈黙」を見事に表現している素晴らしい音響演出でした。 あと、当時の拷問えげつねえ・・・ 今度原作を読んでみよう。
2017.02.05
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たとえば、日本人の誰か一人、あるいは数人でいい。フランスの市街地で突然トラックを暴走させ、アッラーの名前を叫びながら多くの一般人をひき殺すテロを行ったとする。 その途端、日本人には強烈な入国制限がかかるだろう。それまで現地で働いている日本人にも監視の目がついて、周囲からもテロリスト予備軍の目で見られることになるだろう。たとえ日本人のほとんどがイスラム教に関係がないとしても。 たった数人の偏った思想の持ち主の行動が簡単に民族感情を変えてしまえる。そしてその傷は何十年、時には何世紀にもわたって続く。それがアメリカの大統領であったらもっと大きなことだ。 安倍首相がアメリカのトランプ大統領の特定国入国規制について国会で質問され、何も答えられないのは、このままでは日本はアメリカの政策を支持した、と中東諸国に宣言したのと同じことである。せめて、こういう時こそ「遺憾の意」ぐらいは表明し、民族問題の火種を潰すことを考えてほしい。今だったら世界がアメリカのあの大統領の異常性を感じているから、非難されることはない。
2017.02.04
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コンビニのバイトを風邪で休んだことを代わりのバイトを探さなかったペナルティーとして給料からその分の時給まで引かれていた、というニュースがあり、なんだか日本の仕事に関する過剰な責任感、そして仕事=社会正義 の思想に怖くなることが。 テレビの風邪薬のCMなどで「どうしても休めない仕事がある人に」みたいなことがごく当たり前に使われる。おいおい、体を壊してもやらなければいけない仕事への義務感って異常だと思わないだろうか? たとえば「残業代を払わない」というのは、本来もっともあってはいけない仕事なんです。だって仕事とは「生きる糧を得るための行動」というのが最も根本のはず。にもかかわらず日本には「サービス残業」なる意味不明な言葉が強要される社会ですから。 冒頭の話に戻ると、こういうケースはたくさんあるようで。仕事に対する責任感、という言葉が本来引き受ける必要のない責任まで押し付けられ、断ると叱責される。 おそらくこのバイトの店長も、フランチャイズの上から無理な責任を押し付けられているのでしょうし、その上の人も同じように過剰な責任を押し付けられて・・・ ブラック企業って案外「仕事に対する責任」というものの暴走なのかもしれない。
2017.02.03
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SNSで中傷した疑い、19歳逮捕 被害の高校生は自殺 不思議な話として、ネットでの誹謗中傷は「そのぐらいはたいしたことない」って感覚の人がいること。しかし、これってアナログな誹謗中傷より被害が大きい場合もあります。たとえば誰かが嫌いな相手の嘘の犯罪歴などを拡散させた場合、ネット上のまとめサイトなどに取り上げられて炎上というケースとか。炎上させるネット民は真偽など関係なく、とにかく集団で一方的に叩くことが目的なので、止められない。 また、最近は就職などで企業側が相手の名前を検索して上のようなニセ情報が出たら採用を見合わせる、ということも十分考えられます。しかし、警察では「たかがネットで・・・」とまともに相手にされないことも。 上のニュースを軽く見てはいけないし、炎上に加担するまとめサイトはそういう行為でもあると考えたいです。
2017.02.02
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最近のゲームのグロさに精神やられない?子供たちに悪影響ないか心配 この意見とはちょっと路線が変わりますが、今回のバイオハザードの新作はVRゴーグルに対応していて、会社でちょっと体験してみました。が・・・ あかん、これ、私にはもはや怖すぎて不快なレベルだわ・・・ ホラーという要素は映画もゲームも「怖いこと」が評価の高さにつながります。が、正直VRのリアリティーって今までどんなにCGがリアルになっても画面の向こう側というガラス越しの安心感があったのが、視界を奪われる没入間でそこが破られる。それがVRの体験の面白さであるのですが、この作品だと「もう触りたくない」レベルの怖さで。 これ、自分が過剰反応なのかと思ったら、先日ラジオで伊集院光氏もまったくおなじぐらい怖がっていたので、それだけ怖いゲームであることは事実です。 しかし・・・たとえばお化け屋敷のような数十分で終わるアトラクションとは違ってゲームって数時間も付き合う形になるのですから、もはや拷問に近いかもw 「面白さ」を感じるのは人それぞれだと思いますが、VRでやる人は本当に怖いゲームなので覚悟してください。 それとも長時間やるとこの怖さにも慣れちゃうのかなあ・・・
2017.02.01
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