全33件 (33件中 1-33件目)
1
映画「ドリーム」を見てきて思ったことが「意識のない差別意識の破壊力」ということ。 映画内の時代ではアメリカの憲法で黒人差別は禁止されています。しかし、州法という自治権が強いアメリカではそれが効力を発している。バスの中での座席の位置とか、NASAの中でのトイレが白人用、黒人用と別れているなど。また、それまで女性がその仕事をしたことがない、という理由で能力があっても技術学校にいけない、認められない・・・ また、印象に残った言葉で映画後半女性の白人上司が「私は差別主義じゃないの」といったことに対して「そう思い込んでるだけ」と・・・この映画内には露骨に彼女たちを差別、迫害する人間はいません。ですが、その言葉や行動の端々に差別的なものが見える。差別する側にとっては大したことないのなので気が付かないけど、それが幾重にも合わさることによってものすごく大きな段差、格差になる。 たとえば映画内で何度も出てくるトイレのシーン。これは当時社内でトイレが黒人用、白人用に分かれていてそれまで黒人がその仕事に就けなかったことから施設に黒人専用トイレがなく、ヒロインは用を足すたびに800メートルも離れた黒人専用トイレに行かなくてはならない。その不便さ、苦労はそこで働いている白人男性たちは知らない(また席を外して・・・ぐらい)。ある日、それを叱責され彼女の怒り(悲鳴)が爆発することでようやく彼らも事の重大さに気が付く。やがて所長はそんなくだらないことで非効率になるな!という意味で黒人専用という看板を文字通りぶっ壊し「黒人も白人もションベンの色は同じだ」という名言を・・・ たったこれだけ。たかがトイレの問題でも「これは差別ではなく問題が起きないための住み分けである」と・・・しかし、仕方ないこと、昔から決まっていること、当たり前であるという差別意識がない差別をしていたという。 翻ってたとえばLGBTに対するとんねるずのあのキャラ復刻問題などはそういう「意識のない差別意識の破壊力」なんだと思うし、現にあのキャラで傷ついた人が当時も今もいて、それを「繊細ヤクザ」などと言ってはいけないと思います。 足を踏んでいる側は踏まれている側の痛みはわからない。踏まれている側が「痛いから踏まないでください」と言ったら、その感想がすべて。踏んでいる側の「そのぐらいたいしたことないだろ、我慢しろ」は何の説得力もないし、言ってはいけない言葉です。
2017.10.31
コメント(0)
見てきた人の評判がやたらいい映画「ドリーム」を見てきました。この映画はソ連とアメリカの宇宙開発競争が繰り広げられていた61年、NASAのラングレー研究所に、ロケットの打ち上げに必要不可欠な計算を行う黒人女性グループがいた。その彼女たちが人種差別、性差別の枠を超え、宇宙開発の重要な発展に、そして、女性や黒人の社会進出に大きく貢献する実話の物語で。 感想:とてもよかった!終始わかりやすく、かつ、知的好奇心をくすぐるエンターテイメントとして、アメリカの宇宙開発の歴史ものとしてすばらしい! と、同時に差別というものが単に感情の問題だけでなく、いかに世の中を非効率にしたり、才能あるものを無駄にしてしまったりといった人類の進化においてそれを阻害するものであるかも、それこそ「数学とか科学という普遍的な世界を扱うことによって」可視化する作品でもあり。 主人公の3人は天才的な計算能力の頭脳をもっている、にもかかわらず、黒人であるということ、そして女性であるということでNASAという白人男性の職場でさまざまな差別的待遇、たとえば黒人専用トイレとか、女性は会議に参加できない、技術職になれないなど・・・しかし、彼女たちはその実力をもって、そして、当時もいた数少ない理解者とともに結果を出すことで環境を変えていく。やがてその功績は認められることによってのちにアメリカ国内での差別解消運動などの大きなパワーにもなり。 この映画が今、この時期、それこそトランプ大統領を生んだアメリカで作られたことは非常に意義深く、同時に日本でも最近ヘイトスピーチを声高に叫んでいるような人がいるので「差別が人類の進化にいかに毒であるか」を訴えることができる作品だと思います。 あ、内容は小難しいところは一切なく、すごくスカッとさわやかで気持ちがいい、それこそ老若男女、万人におすすめできる快作でした! いやあ、何の予備知識もなく見た映画がこんなに面白いとすごく得した気分です!
2017.10.30
コメント(0)
目からうろこが落ちる言葉。給食を残す子供に対して「食べ物がもったいない」というのは間違い。その言葉は食べざかりの子供が残すほどのまずい料理を作ってしまった側に言うべきだ、ということ。 たとえばおなじお米であっても、水加減を間違えればとても食えたものじゃないご飯にも、それこそおかずがいらないごちそうにもなる。また、どんなにおいしくても量が多すぎたら無理やり残さないのは拷問でしかない。 学校教育で問題になるのは子供の個性を無視して無理やり全体の効率にあわせること。昔は放課後まで給食を残さず食べさせる指導が当たり前だった。しかし、それでむしろトラウマになった食材もある。 なぜ子供には人権侵害が教育になるのか?自分の生活を考えればわかるけど、大人になったら外食で自分の食べたくないメニューは選ばない。 食べる物がない時代の「もったいない」と、食べ物が豊富にある時代の「もったいない」は違う。どちらが幸せな時代か?そんなことは子供でも分かるだろう。
2017.10.30
コメント(0)
お笑いやアニメ、漫画などでの同性愛者、特にホモセクシャルやゲイのキャラの描かれ方で昔からこれは差別や偏見が助長されるわけだ、と思うのは、この手のキャラがとにかく主人公などにすぐに性的視線、性的行為をすることで「同性愛者」だという記号を見せること。 しかし、当たり前ですが世間の同性愛者が皆、手当たり次第にこういったことをするわけじゃない。これは「男はみんな女を見たら性的なことをしようとする」と言っているのと同じ。彼ら、彼女らだってだれでもいいのではない。それこそ、とんねるずのあのキャラやクレヨンしんちゃんのゲイキャラはそういう行為を行って笑いを取る。結果、世間で「同性愛者はすぐにそういうことをする」という記号で描かれる。 以前、同性愛タレントと、いわゆる大御所的、同性愛者を認めない大物タレントが話をしたとき、「おかまはきもちわるい、みんなケツを狙われている」というのに対して「私だって選ぶ権利がある、あなたのような気持ち悪い男はお断り」と切って返したのが痛快でしたが。 好きになった相手がたまたま同性であった、というだけの話。そこをギャグにしてバカにするのはそれこそ人権侵害であり、それで笑いを取っている人はいじめや身体差別者とおなじで私は軽蔑します。
2017.10.29
コメント(0)
先日にも書きました大阪の高校で女子生徒が頭髪の色で学校側、先生側からひどいいじめ(と、断言してもよい)によって登校拒否になったことについて。 ネットでちょっと調べただけで「私も地毛が茶色いのを同じように学生時代、先生から黒くするよう強制された」という話が。つまり、こういう理不尽な差別を受けたのは私だけではなかったという、恐ろしい結果です。 と、同時に「日本人なら髪の毛の色は黒」ということが間違っている証拠であり。当たり前です。国籍と頭髪の色が関係するわけがなく、ただ単に比率として黒い毛が多いというだけ。 また、これだけでなく天然パーマを直毛にするよう指導された、小さい頃からずっと伸ばしていた自慢の長髪を校則で切るようにいわれたなど・・・髪の毛だけでもどこまで狂った指導だろうかと。ナチスドイツがアウシュビッツでユダヤ人を入れる際、髪の毛を男女関係なく短く刈り込んだ。この行為と校則の頭髪強制は何が違うのか?説明できるならしてほしい。 私は、髪の毛の色や髪形に限らず、こういった「学業で何の支障もないことを型にはめる」のは明確な人権侵害だと思ってます。そしてそれは歪な国粋主義、民族主義の差別の亡霊でしかなく。 こんな愚かなことを21世紀のこの時代に教育として、しかも公立校が行っている異常さ。これはもっと考えた方がいい。 先生たちは「差別をなくそう、多様性を認める社会にしよう」といいつつ、こんな手前でひどいことをしている。 まずは「合理で説明できないことは単なる趣味や嗜好であり、教育現場で強要してはならない」と思う。
2017.10.29
コメント(0)
学校での頭髪の件で勢いついでに書きますが、いまだに野球部での丸刈り強要する学校とか、あれも人権侵害甚だしいと思います。 よく「夏場は暑いから」みたいな屁理屈を言う人がいますけど、じゃあなんでプロ野球では許されているのか?それどころか海外の少年野球では丸刈りなどしていない。 なんでこういったことを強要するのか?それは単に「野球部員は丸刈りであるべき」という慣例でしかない。昔、中島らもさんがエッセーで「日本の学校とは一定の規格品の人間を作る軍隊の延長でしかない」と喝破されていましたが、まさにその通り。キュウリやナスのような自然物を無理やりケースに入れてまっすぐにするように、社会という市場に流通させるために効率の良い形にする。その一部がこの「頭髪の強制」であり、それ以外に合理的説明がつかない。軍隊が兵士を鍛える時には、決まった軍服を着せ、頭をバリカンで丸刈りにし、同じ宿舎に住ませ、同じ食べ物を食べさせ、肉体的、精神的に徹底的にしごいて、各自から「個性」というものを奪う。命令されるままに動く駒とする。でなければ本来個性のある人間がよくわからない「国のため」というあいまいな概念で死にに行くようなことはできない。その延長に今の教育制度がある。 嘘だと思ったら、学校で当たり前に教えられている体育の授業での科目に軍隊由来の競技がどれほどあるか?「整列、前へならえ、休め」といった行動がどういうものであるか?これだけ批判を浴びても今だ体罰が容認される学校とはどういう意味を表すのか?改めて検証してみればいい。 どうして黒髪でないといけないか?それは単に学校長や指導者の「好み」でしかない。しかしこれはナチスドイツが「純血アーリア人は金髪碧眼でなくてはいけない」というのと何が違うのか?この延長がのちのアウシュビッツと地続きであることを理解していない。 何より「頭髪の染色は禁止」という校則がある学校で地毛が赤い生徒に「黒く染めるように」指導するって、どんな矛盾だよw 指導者の好みで生徒の生活を縛ってはいけない。でないと籠池理事長の作った軍歌を歌わせるあの幼稚園と差がなくなる
2017.10.28
コメント(0)
損賠訴訟「髪染め強要で不登校」高3、大阪府を提訴 記事を読んで胃のあたりから沸き立つような怒りがこみ上げてきました。21世紀にもなってまだこんな教育が、しかも公立高校でまかり通っているのかと。 というのは、私も中学時代、まったく同じことがあったんです。私の頭髪は母方の影響でやや赤い、特に日差しの下だと茶色く見える色をしていました。それを当時の風紀の先生に目をつけられて「丸坊主にするか黒く染めてこい」と・・・何度「これは地毛の色です」といっても聞き入れてもらえず。「明日までに変えてこなかったら俺(先生)がバリカンで切る」とまで。さんざん悩んで親に打ち明けたところ、両親は激怒。翌日、母親が学校に来て校長室で 「私の毛の色をみてもらえばわかるように、この子の髪の色は生まれつきです。先生方は学校教育として身体差別を指導しているのですか?」 結局、校長とその風紀の先生が「お前だけ特別だ」と・・・しかし、おかしな話ですよね。どうして私だけ許されたのか?そこには「親が出てきて面倒なことなったから」という保身しか感じられない。あれだけ高圧的だった風紀の先生がやけにペコペコして。それまで「先生=偉い人、正しい人」という子供っぽい考えだった自分を180度視点を変えさせる出来事でした。 今回のケースで少なくともこの少女は登校拒否という、人生の最も有意義な時間を学校によってめちゃくちゃにされた。しかも、その反論が-----------学校側は生徒の代理人弁護士に「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」と説明している。---------- なんという愚かな回答だろう・・・これ、明確な人種差別です。国連に乗り込んで来られても文句言えない。 私は、学校で子供になされる指導とは「必ず理をもって合理的な説明ができるものでないと教育してはならない」と思っています。だから、部活の「炎天下で水を飲んではいけない」とか、試合でミスした生徒を殴る、といった暴力はやってはいけないし、上の件も髪の毛の色が学業に悪いという、まったく合理的説明がない。 久々にムカムカしたので勢いで書きましたが、このニュースはもっと広げて、日本中の学校でこの手のおかしな事案が起きていないか再検証するべきだと思います。
2017.10.28
コメント(0)
アニメ監督のヤマカンさんがまたかんしゃくを起こしたのか妙なことを・・・ リンクを張るのも面倒だし、協力することにつながるのでやめておきます。ご興味のある方は個人で探していただければと思いますが、つくづく思うのは「ある程度実力があってもうまくいかないクリエイターがこじれちゃうと炎上とレス乞食状態になってしまう」ということかも・・・ たとえば彼のアニメーターとしての実力(作画能力)はあの京都アニメーションで伝説になったハルヒのダンスシーンなどできちんとあるのでしょう。しかし、らき☆すたの監督解任劇からはなんというか・・・周囲に敵を作ることが自分が目立てる唯一のことのようになっていて。作品よりそっちの話題ばかり。 これが、たとえば彼の嫌う「オタクども」をぐうの音も出ないぐらいねじ伏せる作品を出していたら、それこそ彼は神格化され、非人間的、反倫理的なことを言っても宮崎駿のように周囲が「あの人には深い考えがあるんだろう(ないとしても)」なんて都合よく解釈してくれる。ちなみに私はそれを否定しますが。 しかし・・・今、彼の状況はどうでしょう。作品のいい、悪いを論議できない、それこそ「過去にアニメーターやってた人が画面に向かってネットでわめいている」という、彼本人が一番嫌っているまとめサイトのコメント欄の人間とさして差がない状況で。むしろ私たち一般のような消費オタクになりきれないからもっと哀れに見えてしまう。 彼の活動の主軸だったテレビや劇場アニメというのはそれこそ大人数でないと作ることができないものです。そんな中ではこの「炎上主体のレス乞食」的な人はどれだけ他のメンバーの足を引っ張るか。残念ながらWUG2期が彼のもとから離れた後の彼の発言の見苦しさといい、こりゃ一緒に仕事したくない、むしろ関わると自分にも火の粉が降りかかると業界で思われているんじゃないかなあ。 なんというかクリエイターとして「戦う相手の優先順位を間違っている」という印象です。アニメーターなら本来、目の前の紙と鉛筆に挑むことに全精力をかたむけるべきなのでしょうが、それこそ自分を嫌うアンチのコメントに対抗することを戦いと思っているというか。 あんた、アニメーターの実力があるんだから自分の得意分野で相手をねじ伏せなさいよ、ツイッターやまとめサイトの便所の落書きに、わざわざペンをもって反論することじゃないでしょうが…
2017.10.27
コメント(0)
いまだにやっているゲームハードの性能でのゲーマー同士の言い争いって、事実上意味がなくなってきている気がする。というか、本当に誤差レベルの違いでしかない、同じゲームの画面を見比べて間違い探し程度の差であり。 もっと言うと前世代といわれるハードとの明確な差すらわかりにくい。 リッチな画面というのはハード性能以上に開発にかかった人件費の方が大きく比例する。それは同一ハードであってもスカスカな画面のソフトも徹底的にリアルな画面もあるのと同じ。ハードの性能より大きい。 だから、ユーザーは「遊びたいソフトがある」ハードこそ優秀なゲーム機、という基準で選ぶという、考えたら昔から変わらないことであり。もっといえば「ユーザーにハードの性能競争なんて意味がない」と思う。 5年前のハードで超絶グラフィックと呼ばれていたソフトが、現行機になったとたん「前世代レベルの手抜き」と呼ばれる。リアル表現なんてそんなものです。
2017.10.26
コメント(0)
私が長谷川豊という人間を心底軽蔑する理由を書きたい。 まず、私の妹の下の息子は、生まれながらに体内で塩分調整する機能が弱く、現行医療では生涯、薬を飲み続けないと生きていけない体です。 こういう生まれながらに病苦と戦う重い宿命を背負った人は世のなかにはたくさんいて。また、若いうちは健康であったにもかかわらず、ある日突然発病し、人工透析のような高額医療を受けなければならない人も多い。それどころか、貧困であるがゆえに正しい食生活ができず、成人病や生活習慣病にかかるケースが多い。当たり前だが、好きで不健康になる人間はいない。 長谷川氏は優秀な学校を出て、理解力がない人間ではない。単なる勘違い、知識不足からの発言であれば私もそこまで怒らない。世の中には事情を知ってはじめて自分の愚かさに後悔することはある。 しかし彼は「炎上目的であった」と・・・自分の言葉がそういった人々を傷つけることを「わかった上で」あの発言をしたのだ。 さらに言えば、この言葉に当然来るであろう反論や意見に対して「こういうことを発することで論議が深まる」と・・・この発言こそ愚かな言い訳そのものであり。 選挙期間中も、彼は差別発言、反論者を挑発するような過激な発言でわざと炎上を煽り注目を集めようとした。しかし、炎上の火というのは本人だけでなく、その火の粉を浴びて苦しむ人がいる。今回でいえば彼に暴言を浴びせられた病苦に悩む人たちだ。 人間、だれもが健康でありたいし、それでも病気になったらなるべく安い費用で、短い期間で快方に向かいたい。人工透析患者の人だって、私たちが想像できない苦労を続け、それでもいつか完治するのではないかというわずかな希望のもとに生活している。 そして何より怖いのは、彼のこの発言に同調する「たまたま自分が健康なだけの人間」がいるということであり。
2017.10.25
コメント(0)
転職をするにあたって 以前、元の会社の上司に転職を告白したところ、「それは困る、どうしてやめるのか理由が聞きたい」と言われたのだが・・・ 「週休2日という約束で入ったはずなのに土日出勤が当たり前で、残業手当が出ないのに毎日12時をまたぐような帰宅時間が日常化している雇用条件で、他社から仕事内容はほぼ同じ、今より労務管理がしっかりしていて休日出勤の翌日は必ず代休がある、残業がある場合はちゃんと残業代が出る、年収もずっと上の誘いがあったら、やめない理由はない」としか・・・ 一体、何をもって引き留められると思ったのだろう・・・
2017.10.24
コメント(0)
台風で大荒れの選挙でしたが、今回、実は私が一番注目していたのは、人工透析患者は死ね発言で炎上した長谷川豊候補。結果は4人中最下位の落選。 つくづく思うのは「炎上芸で当選できるほど世の中はバカじゃない」ってこと。選挙期間中も差別的、過激なことを言いまくっていたのですが、結果は「そんな人間、信用できるか」という当たり前の有権者の選択。 危ういと思うのはアメリカでも、ヨーロッパでも過激な民族差別発言をスローガンにしたりといった政治家や政党が台頭してきている。これは第2次大戦前の世界と同じで、国内の不満を特定少数者を差別攻撃することによって人気を得ようとする方法。しかしそれは差別される側も人間であるという最低限の常識すらない。 長谷川候補の愚かなところは「炎上で注目を集めれば選挙で勝てる」と有権者を馬鹿にしていた、下に見ていたところであり。これまで多くの人を傷つける言葉を投げつけていた彼には「ざまあみろ!」という言葉を送ります。
2017.10.23
コメント(0)
エンタメ業界に新しいものが出てくると必ず「こういうものが○○業界をダメにする」という声が、本来その業界の理解者である評論家や古参のファンからも出る不思議。 新しい才能や表現が出てきた場合、それは喜ぶべきことなのに。自分たちが脅かされると思うのは早計であり、ファンにとっては勝手に作った理想郷を侵食されているという被害妄想で。 むしろそういう新しさこそ、マニアックになりすぎて閉塞感を感じる業界を突破してくれる。閉塞感の窮まった業界は縮小再生産の自滅しか残されていない。 昔、CGがアニメ業界に登場したての頃、その技術の稚拙さもあって「CGでは生きた人間は描けない、手書きのキャラにはかなわない、本当に人を感動させることはできない」と言われていた。しかし、今はどうだろう?ディスニーに代表される世界でみられているアニメの多くはCG作品であり、日本でもTVアニメでCGを使うことは普通になっている。むしろ昔であればできなかった表現が簡易になり、手書きアニメのレベルまで向上した。 「最近の〇〇業界はろくなものがない」と愚痴る人は、新しいものに触れていない、ゲームであれば続編ばかり買っているようなもの。そりゃ、自分が新しいものに触れていないだけです。
2017.10.22
コメント(0)
先週、長野の実家に帰省した際ですが、急に帰ったので母が「何の準備もしてないけど、松茸ご飯でいいかい?」 ・・・そんな贅沢な「何もない」なんてあるか!w と、いうのも私の家の親戚のおじさんが毎年、自分の裏山でとれたキノコをこの季節よく届けてくれる。松茸もいわゆる市場には卸せない、虫食いで穴が開いていたり、シカや猿が食べて傘が半分かけたようなのを家使いの贈り物として届けてくれて。 そういう意味では他人がうらやむ環境なんだなと。これって海辺の人が当たり前に新鮮な魚やカニを食べられるのに似ているのでしょう。 長野はこの季節、ぶどうやなしなど果物もおいしいので帰省するだけでいいものが食えるんだよなあ。
2017.10.20
コメント(0)
ちなみにこれ、ネット上の匿名掲示板のタイトルではありません。立派な全国新聞の社説です。【産経抄】日本を貶める日本人をあぶりだせ 10月19日 まるで戦中の「非国民を吊るせ!」というような、しかも、「日本を貶める」と上の記事で書いてあることは別に日本を誹謗中傷しているわけではなく、日本の過去の歴史検証であり、世界中どの国でも行われている。 何より一番驚いたのは「日本はパナマ文章の記者が爆殺されるようなことがないからマスコミの報道自由ランキングが上である」という、おまえら、赤報隊事件とか、ビートたけしのフライデー襲撃事件を知らないのか・・・いや、もっといえば記者クラブ制による大手メディア以外の排除して、官房長官などに質問させない異常な状況を何十年も続けていることに対して何の疑問も抱かないのか?あるいは番付きと呼ばれる記者が特定大物の政治家に食事をおごってもらっての取材なんて、アメリカやヨーロッパの新聞記者は考えられない。 今だって「選挙期間中は政治家を取り上げることができない」という、中立という名の報道不自由に有権者を巻き込んでいる・・・ すこし話がそれましたが、私が思うのは「日本人すげえ!俺たち優れている!」とネット上で騒ぎ、排外主義を臆面なく主張する人間に「じゃあ、あなたは一人海外に放り出されて現地の人に「これが日本人だ」と自らの身をもって誇れるものがありますか?と聞きたい。 むしろこの島国に閉じこもって内側だけで「日本すげえ」論をこね回し、排外主義を加速させている連中を他の国の人はどう見るか?それこそ日本を貶める日本人ではないか?
2017.10.20
コメント(0)
神戸製鋼の不正やら 日産、東芝、三菱自動車、タカタなど一流企業の不祥事を見て思うのは「日本企業なら安全」神話のむなしさ。 よく中国企業のこの手の偽装があるとネットですぐに「チャイナクオリティー」だの「あの国の品質を信用する方がおかしい」だの書かれてますけど、結局どの国でも同じ。コストを安くすることを突き詰めると、こういったことが常識になってしまう。しかも、それがマニュアル化されて前任者から代々引き継がれているとそれが不正であることさえ気が付かない。 「コストを安くしろ、納期を短くしろ、人を減らせ、だがクオリティーは下げるな。やり方はお前たち現場が考えろ。できなったら査定を下げる」 そんな都合のいい経営判断の結果だと思う。そして、ブラック企業の多くはこれが「社会の厳しさ」と社員に教育する。
2017.10.19
コメント(0)
選挙期間になるとテレビやラジオなど放送局が個別候補者を取り上げることができない、というのは、たとえば千葉から出る長谷川豊候補の暴言、というか、ひどい差別発言をしていることも、その候補者が維新の会の比例筆頭候補であることも知らされていないんだよな。 これって本当に「報道」の意味を持つのかね?規制がない時期はさんざん報道していたのに、選挙という有権者が最も候補者情報を知りたい時期にまったく無意味な存在になってしまう。 メディアでは今、さんざん「選挙に行け」という放送をしているけど、候補者を選ぶ情報を出さない、いや、出せないような相手に言われたくないよ。目隠しで票を入れろと言っているようなものだから。
2017.10.18
コメント(0)
選挙が今週末に控えていますが、そんな中で「誰に入れていいのかわからない」という人も多いと思います。 で、そんな人におすすめなのがこちら。「毎日新聞 ボードマッチ衆院選 えらぼーと2017」 これは25問の質問と自分の選挙区を選ぶことで自分の意見により近い候補者、政党を知ることができます。ですので特に支持する政治家や政党がない人はこれを使って選ぶのもいいかと。 もっとも、過去のケースを見ていると選挙の時の公約を平気で選挙後に覆す政治家や政党もありますからねえ・・・むしろ、それこそ重大な選挙違反(特に比例で受かった人など)だと思うのですが、それに対する罰則がないのはひどい話だよなあ・・・
2017.10.17
コメント(0)
アニメが製作が追い付かず、総集編でになってしまうケースが昨今よくあって。 で、これに対してオタク側から「本当なら全部完成してから放送するべき」という意見があって。たしかにそのとおり。 ・・・でも、この意見をツイッターで書いている人が、同人イベントでよく本を落としている人なのには笑ってしまった。
2017.10.17
コメント(0)
いつも「俺が厳しくやっているからこの会社は業績を上げているんだ!」と豪語していたカリスマクリエイターがいなくなった後、社内環境がぐっとよくなって退社人数も激減して、結果、以前より利益を出している。 ちなみにそのカリスマクリエイター様は独立して会社を立ち上げたが鳴かず飛ばずで今はどうなっているやら。 むしろ、会社の人間に頼り切っていたのは彼の方だったのではないかと思う。
2017.10.16
コメント(0)
いまだによくわからんのは、「北朝鮮との戦争もやむなし」と吹き上がっている人って、戦争をだれか赤の他人がやってくれると思い込んでるんだろうなと。 派手なドンパチや空爆だけが戦争の被害じゃない。難民が押し寄せたり、国内の物価が高騰したり、戦争で情報統制や個人の自由が制限されたりといったものの方がリアルな戦争。 そういう想像ができない人間が危機をあおり、「早く戦争で決着つけてしまおう」と。しかし、実際戦争の傷はその後何十年も残る。 なくなった祖母も「戦中の5年より、戦後10年の方が苦しかった」と。 映画みたいにさっぱりすっきり終わる戦争などない。
2017.10.15
コメント(0)
ノーベル文学賞を取った日系人イシグロ氏のことでふと思ったことだけど・・・ たとえば坂本龍馬は出身の高知県では「土佐を代表する歴史的人物」として持ち上げられています。が、経歴を見ると身分制度に縛られて自由のない土佐に嫌気がさし、脱藩した、郷土を捨てたから偉業を成しえた人物なんですよね・・・ つまり、高知の人にとっては「地元を見限った裏切者」でもあるわけでw そうやって考えると、たとえば海外に渡米したから大きな成果を成しえた野口英雄とか、当時は日本から石を投げられるように国内ファンから非難されつつ、渡米して、そこで活躍したからこそ世界のメジャー野球選手になった野茂英雄に対しての「日本人の誇り」って、おそろしくみっともない、情けない姿だと思う。 日本には「郷土に錦を飾る」という言葉があるけど、地元が嫌で嫌で仕方なくて飛び出していった人を都合のいい時だけ誇りに思うのは、どれだけ情けないんだよと。
2017.10.13
コメント(0)
自分は今までの人生で「社長の息子」という人と3人、一緒に過ごした経験があります。 1人は小学生のころの同級生。地元の精密機械部品メーカーの工場の社長の息子で、まじめで実直で正義感が強くて成績もいい。まさに委員長タイプの子でした。 2人目は就職の同僚。都内の小さな会社の社長の息子さんで、同期で入った人ですが大変人懐っこい、穏やかで柔和、人当たりがよくて誰からも好かれるタイプの人でした。 3人目は別会社にいた人ですが、これがまあ・・・嫌な奴で。常に偉そうにまわりに暴言を吐く。後輩はパシリのように使う、地味な仕事はやらず、その割に実績もない。「コネ入社じゃないか」とささやかれていたほど社内でも相当嫌われていて。 と、上のようにいろんな「社長の息子」にあったのですが、結論としては「どんな性格かは人それぞれ」という当たり前の結論。よく「社長の息子だから~」的な評価をされる人がいますが、共通項というものは上の3人にはない。これは学歴や出身でその人の性格は決まらない、ということでしょうか。 だから人は個人で評価すべきだと思います。
2017.10.12
コメント(0)
衆院選挙で誰に、あるいはどの党に投票するか? 私の中で投票する、消費税とか原発とか憲法改憲などより大きな基準があって、それは「漫画やアニメ、ゲームなど表現の自由を守る政党、政治家であること」 これ、自分のようなオタクが高じて仕事をしている人間にとっては将来も含めて死活問題になるんです。たとえばこれらサブカルチャーの歴史はこれまで表現を規制しようとする側との戦いの歴史でもありました。それこそマンガ黎明期は手塚治虫先生が子供たちの敵と攻撃され、焚書までされた。アニメも宮崎事件がきっかけでオタクは馬鹿にしてもいいもの、差別してもいい存在と世間に言われ続け、ゲームも子供の情操教育に悪いとずっと言われPTAの敵であった。 そんな中、昔から「こういうのは日本のすばらしい文化であり、表現の自由を守らなければいけない」と言い続けている政党や、実際、国会の場で取り上げてくれる政治家もいます。 今でこそ任天堂は「世界の任天堂」になり、アニメや漫画は海外でも大人の鑑賞に堪えるコンテンツになり、アニメ作品を使った町おこしなどが行われるようになってますが、それまでさんざんくだらないと言ってきた連中が儲かると分かった途端、手のひらを反してすり寄ってくる、もっと言うと国家が自分たちでコントロールしようとする動きさえある。 今回の選挙はとにかく異常な解散(新内閣を組閣して一度も国会が開かれない状態での解散)で、訳の分からない、党利党略選挙であるこういった状況だからこそ、私は自分の一票をこの「表現の自由を守ると宣言する」政党なり、政治家に投じたい。
2017.10.11
コメント(0)
よくわからないこととして、たとえば芸能人が不倫とか、病気をしたといった際に会見をひらいて「このたびはお騒がせをしました」と世間に謝る光景をよく見ます。 しかし、これって世間に謝る必要は何もないですよね?関係者や当事者ならともかく。というか、社会を騒がせたのはマスコミであって、この人たちが記事にしなければ何の騒ぎにもなっていない。特に病気なんて自分に落ち度はないのですからむしろ気を使ってもらうべきもののはずです。 世の中には「謝る必要がないのに謝る格好を見たい人」がいて。たとえば社員が個人的犯罪を犯したことに対して会社の上の人がなぜか謝ったり。逆に「こういう時は当事者に責任がなくても世間に謝罪すべきだ」なんてツイッターで書き込んでいる人とか。 こういう人にとって謝る、ということは何の価値があるんだろう?たとえば私が全く関係ない芸能人の不倫騒動に謝っても意味がないのと同じで、そこに納得も何もない。 以前、ヤマカンさんがアニメ監督を降板させられ、その後全くかかわっていないにもかかわらず勝手にその後の作品の出来に謝罪したりした姿を見たときは「何やってるんだこいつ・・・」としか思わなかったのですが。 世間に対して謝る、というのは実際は対象がいない、壁に向かって一方的に頭を下げているようなもので無価値だと思ってます。
2017.10.10
コメント(0)
先月、通勤中などに使うノートPCを買いました。基本はネットと文章仕事、あと動画が見られればいいレベルなので安くてキーボード脱着式のものを。で、使っていて数日でそのキーボード入力が出来なくなる。 おかしいと思ってサポートに連絡し、いろいろやってみたのですが反応せず。初期不良の可能性があるので購入店で新品交換してくださいと。 で、仕方なく購入店に持ち込んで新品と交換。そしてしばらく使っていました。が・・・1カ月ほどで同じ症状が出る。ネットで調べたら同じ症状が出ている人の書き込みを多く見て。どうやらOS側との相性らしく、解決策はいまのところないらしい・・・ さすがにいい加減にしてくれと購入店に持ち込んで、交渉の結果、返金し、別の同スペックの別メーカーPCに交換購入してもらったのです。 こういう時に店の店員さんはかわいそうだないと。その人には責任はないのに平謝りで。こちらも強く言うことはしなかったのですが、いわゆるクレーマーとよばれる客を相手にしなきゃいけないのはこういう人たちですからねえ。パソコンの不良品は店員の責任じゃないのに。 しかし・・・この責任っていったい誰がとっているんだろう?
2017.10.10
コメント(0)
結論:好きなものを好きに描け まず、大前提として同人とは「自分の好きなものを描く」のが当然の世界。だから、今流行しているアニメやゲームにはまったらそれを描きたくなる、同人誌を作りたくなるし、逆に飽きたらやめる。時には全くマイナーな作品の同人誌を作ったり、オリジナルで書いてみたりと、次々とジャンルを渡り歩くのは「普通」です。 しかし、昨今、まとめサイトなどで流行のジャンルを渡り歩いている=こいつらは金儲けだけが目的の同人ゴロだと・・・ また、2ちゃんの便所の落書きだけならお前らその臭い場所でいつまでも壁に落書きしていればいいけど、ツイッターなどでその同人作者に直接「流行にすぐ飛びつく」「ジャンルに愛がない」など悪口を書き込む輩も。 二次創作する人間にとって、この悪口はどれだけやる気をそぐか?それに、その作者が何を好きになろうと、どんな同人誌ジャンルを書こうと自由。 この手の意見を書くと必ず「本当に好きだったらこんな意見に左右されるな。これで考えがふらつくような信念しかないからおびえるんだ」という輩がいますが。それはお前らに向けて描いている同人誌じゃない。同人は昔から趣味のあった人間が本を売り買いする場であって、そういう意味では文句を言ってくる人間こそ同人の多様性を認めない、同人の精神からもっともかけ離れた側にいる人間だと思います。 何より「不満が有ったら自分で描く」が2次創作同人の世界ですからね。この世界で他人に自分の嗜好を求めるな、と思います。
2017.10.09
コメント(0)
日系の人がノーベル賞を取った時にだけ、まるで日本人が偉業を成し遂げたような報道するの、いい加減恥ずかしくないのかね? 今回イシグロ氏は5歳の時にすでにイギリスに行っていて、イギリス国籍、日本語もほとんど話せない、完全なイギリス人。そんな人に対して彼の出身の長崎では「郷土の誇り」みたいな盛り上げ方って・・・ それ以外にもノーベル賞とった日本人も、日本の封建的な研究体制が嫌でアメリカに行ってそっちで偉大な発明をした途端、日本人がノーベル賞を取った!日本はすごい、みたいな。おいおい、この国から偉大な頭脳が逃げ出したことで発見されたって、誇るどころか恥と思わないのかよ・・・ たとえば在日外国人が犯罪を起こせば「ああいうやつらは」といいつつ、偉業をなしえたら「さすが日本の誇り」なんて、本当にみっともない。 誰がノーベル賞を取ろうと、その人や関係者、協力者以外は赤の他人。手柄だけ誇ろうとするな。
2017.10.08
コメント(0)
日本、国連人権理事会の投票で同性愛者の死刑を支持 まず疑問なのが、「誰がこれを日本の意見として支持したのか」ということ。この手のことを国内で一度でも国民に問うたことがあったろうか?いや、ない。にもかかわらずいつの間にか「日本国の主張」として国連の場で投票されている。 一体、だれが同性愛者死刑を支持したのか?これって恐ろしい話です。 というか、日本より性的マイノリティーの権利が保障されているアメリカが賛成票を入れていることにも驚愕で。もしかしたら日本はアメリカの意見に何の検討もせず追従しただけなんじゃないかという疑問すらあります。
2017.10.06
コメント(0)
原発反対なら左翼とか、自衛隊合憲は右翼とか、いい加減やめてくれませんかね?世の中にはどっちも賛成、逆に反対の人もいるんだし。今回の選挙でも安倍政権には反対、でも、共産党には入れたくない、って人もいる。だからといって希望の党に全権委任したいわけでもない、公明もイヤだ、立憲民主党はうさんくさい、、、 こういうひとだっている。
2017.10.05
コメント(0)
アメリカ、ラスベガスで悲惨な銃乱射事件が発生しまして、数多くの人が一瞬にして亡くなった痛ましい事件。 思うのはアメリカは銃社会でその理由が憲法で国民に武装の権利を与えられている。これは自分たちが迫害された際、武力で革命を起こすことを許されるアメリカ建国の精神からきているのですが。 アメリカで銃を一般人が所有する理由は「護身用」です、が、今回の事件を見てわかったことは、皆が銃を持っていてもこの一人の男の凶行を防ぐことはできなかった、多くの死傷者を出す結果になったということ。つまり、銃は弱者を守る盾になるより、多くの殺戮を容易にするものだということです。 犯人はいわゆる自動小銃で狙撃していたということ。自動小銃といえばいわゆる機関銃と同じ。引き金を引きっぱなしで左右に振れば軸線上の相手が数十人単位で殺すことができる。こんな「護身」があるか、という話で。その恐ろしい武器を一定の審査さえ通れば買えてしまう状況がアメリカの悲劇なんだと思います。 何より、あれだけ多くの人がいながらこの一人の凶行犯に銃で反撃できず、逃げ惑うのみであった、それが何より銃社会の矛盾を表していると感じました。
2017.10.04
コメント(0)
昨日書いたビンタ論を書いているうちに思い出したことがありまして。 自分が中学生だった時、体育の授業で長距離マラソンの授業があった。で、スタートの前に先生が言った言葉「下位3人は罰としてグランド5週追加な」 ・・・これ、いろんな意味でおかしくありませんか? まず、どうして足が遅いことで罰を受けなければいけないのか?むしろ走るのが苦手な人間がさらに過酷な状況にされるってどういう意味なの?さらに言えば、下位3人ということはどんなにクラス全員が頑張っても必ず罰を受ける人間が出てくる。 もっといえば、単に先生は生徒を走らせるだけで具体的な長距離のコツやタイムの上がる指導など一切せず、ただ走れと・・・ この手の理不尽は体育の授業にたくさんありました。
2017.10.03
コメント(0)
TBSラジオ「東京ポッド許可局」でビンタ論というのをやっていて。これは昨今ジャズ演奏家がステージ上で言うことを聞かない生徒をビンタしたことについて、この事件とは関係なくビンタという指導について語り合っていました。 で、この中ですごく納得したのが「ビンタとか体罰ってもっとも即効性が高くてコストが安い指導だから許されている空気があった、でも、それはもはや時代遅れ」ということ。 いうことを聞かない生徒を暴力の力で一瞬で従わせる。そして、それを続けることで絶対に指導者に逆らえない状況を作る。しかしこれは本当に教育なのか?叩かれたら痛いからやめる、というのは、動物の調教と同じでありもっといえばどんな理不尽にも従わせることができる。軍隊の教育がこの典型で、頭で考えたら人を殺すなんて行為をそれまで一般的な倫理観を持って生活していた成人に論理で納得させ教え込むなんて不可能。だから、厳しい肉体酷使と条件反射で動く体にさせることでその辺を完全に切り離す。 しかし、その代償はイラク帰還兵のPTSDなどで自殺者が続発するなど頭が納得していないから戦場から離れて精神のバランスを崩す。 上のビンタの話ですが、自分も嫌な思い出があります。中学時代、とある件で自分には何の責任もないのに連帯責任と称してメンバー全員がビンタをされたこと。しかし、これには何の指導的意義も価値も見いだせない。ただ単に痛い、悔しい思いをしただけ。もう30年近くたった今でも理不尽さしか残っていません。 「殴った手のほうが痛いこともあるんだ」なんていう人間は、てめえの顔をボコボコに殴ってろ、と思います。
2017.10.02
コメント(0)
全33件 (33件中 1-33件目)
1