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今朝の那須の天気は、薄曇り。家から見える山々は雪雲がかかり、初冬の風景でした 今朝(11/30)の那須の風景そろそろ冬に向かっている・・風の冷たさに冬の始まりを感じました きょう、新蕎麦をいただいてきました「今年の新蕎麦を打ったのでいらしてください・・」とご近所のTさんからランチの招待をいただき、伺いました Tさんのお宅は、イギリスのチューダースタイルの洋館家具調度もすべてイギリスのアンティークに囲まれ素敵ですゲストルーム二部屋はバストイレそれぞれについて・・エレベーター、ワインセラーもあり・・初め見たときは、ペンションか隠れ家のレストランかしらと思ったほど・・「館」という表現がぴったりのお宅です Tさんのご主人は、那須に来て”蕎麦打ち”を勉強されたそうですが見事な腕前です テーブルには、突き出しが用意されていましたアンコウの肝、鮭の昆布巻き、手作りの塩辛がお蕎麦をいただく前のお酒の肴によく合いました 新蕎麦を用意してくださった薬味と一緒にいただきました蕎麦の香りがぷーんとして・・茹で加減もわたしの口に合いました日光の今市のそば粉を使っているそうですお蕎麦をいただいた後の蕎麦湯も香りが残っていて、美味しい新蕎麦に感謝でした Tさんご夫妻は、旅が好きで年二回、自分たちで計画を立て、テーマ旅行を愉しんでいるそうです暖炉の前で、食後の珈琲をいただきながら・・今年は、春にチリ・・9月にアイルランドをほぼ一ヶ月旅してきたお話を聞かせてもらいました11月終わりの素敵な時間でした
Nov 30, 2006
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昨夜の”マイシネマシアター”は、『ローマの休日』でしたもう何度も観た映画なのに・・です先日、観た映画の重さから、気分転換に『ローマの休日』よかった!!です“デジタル・ニューマスター版”のDVDを買い求めていたのでいつでも「アン王女」に会える・・(ちょっと乙女心をそそられる)モノクロ映像が、ローマの街をイメージする想像力も掻き立てられ返って、カラー映像よりもインパクトがあったように今回、見直してもそう感じたオードリーの作品は、どれも大好きで観たけれど『ローマの休日』は、オードリーの魅力がこの映画で集約されている代表作にして、これ以上の作品はほかにない思っているたとえが・・ちょっとへんかな・・日本の寅さん役の渥美清のような・・『ローマの休日』で、”オードリーのイメージが作られてしまった・・”そう思える・・ 1953年の作品なのにいつ観ても新鮮な感動を与えてくれる名画たる所以なのでしょうね物語のラスト、グレゴリー・ペック演じる新聞記者ジョーとオードリー・ヘプバーンのアン王女の”恋”・・成就しない”恋”ゆえに美しい・・この映画がハッピーエンドだったら・・やはり絵にならない・・お互いの万感の思いを胸に秘め、ふたりの表情と視線だけで、お互い想いや恋する気持ちが痛いほど伝わってくるセリフはなくても・・視線を交わすアイコンタクトのクローズ・アップが、すべてを語っている・・恋愛映画のせつなさ、はかなさ、想いが観るものの心を打つ・・観てよかった!!ほんとによかった オードリーのことを書いたのはこれで三回目でした過去の日記より・・[オードリー・ヘプバーンに寄せて(2004.5.24)][オードリーの魅力は・・(2005.4.5)]
Nov 29, 2006
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11月28日・・きょうは、わたしが決めた「いい庭記念日」植物に関する本を書棚から取り出し、我が家の庭のイメージ作りを愉しんでいます英国の女性は、自宅の庭を美しい花でいっぱいにすることが家事の仕事のひとつになっているそうで、街中の家、郊外の家々はどの家の庭も思い思いが庭作りがされていて道行く人を愉しませてくれます さて、ここは日本の我が家・・わたしなりに工夫をして、マイガーデン作りをどうしようか・・思案中・・ きのう、ベルの散歩の途中、自宅に菜園を持つ方のお宅のご夫妻から「よかったら、うちの野菜持ってって・・」と声をかけられました奥さん「そろそろ、冬になるのでそれまでに収穫しようと思ってね」わたし「いい土だから、野菜が見事に育ちましたね~」奥さん「黒土だからね、でもね、耕すのがたいへんだったの・・」わたし「石が出てくるの?」奥さん「ううん、竹の根っこが張っていてね、抜くのがたいへんだった」わたし「そう・・ご苦労があったのね、でも、いまこんなに見事な野菜がいっぱい・・」ご主人「よかったら、持ってって・・いま、はさみを持ってくるから・・」ご夫妻が、大根、水菜、小松菜、にんじんを持たせてくれました葉つきの大根の葉は、ほんとにきれい・・水菜は、やわらかく、小松菜は葉が大きく・・にんじんは、泥つき。 那須に来て、野菜を見直す食生活になりました大地の恵みに感謝。そして人々のぬくもりに感謝する毎日です
Nov 28, 2006
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昨夜の、「マイシネマシアター」に選んだのは、”めぐりあう時間たち ”(邦題) 「 The Hours 」 ハリウッド映画の大女優三人が織り成す「死」が漂う人間の心の葛藤を描いた重い苦しい映画クランクインしたとき、話題になり大きくマスコミで取り上げていたのでぜひ、映画館まで足を運び観たいと思っていた映画だったけれど残念ながら見逃し、昨夜、DVDで鑑賞。ヴァージニア・ウルフ著『ダロウェイ夫人』を映画化した作品出演は、ニコール・キッドマン(作家ヴァージニア・ウルフ)ジュリアン・ムーア(主婦ローラ・ブラウン)メリル・ストリープ(編集者クラリッサ・ヴォーン)モノクロ映像で・・「あなたの人生をこれ以上ダメにしたくない」と遺書を残しニコール・キッドマン扮する(作家ヴァージニア・ウルフ)が入水するシーンから始まる・・内容については、映画を観ていない人のために伏せておきますが三人の女優の個性と個性がぶつかり合い、絡み合いしながらそれぞれ環境も時代の経過も変化しているけれど、内面的にはどこかで接点がある・・「花を買ってくるわ」この台詞がこの映画のキーワードにもなっている気分が滅入っているときに観るとますます気分が陰気に・・そして幸せな時間を過ごしているときに観ると不幸な気分になるかも・・鑑賞後は、重苦しい余韻が残る映画でしたヴァージニア・ウルフの姪がこう訊ねます「死んだらどこへ行くの?」「死んだら来た場所に戻るの」「来た場所はどこ?」「それは・・わからない・・」主婦ローラ・ブラウンの息子が尋ねます「ママ、パパのケーキは・・?」「・・・作りましょうね・・」・・と言葉と裏腹に、ケーキを作ることの行為に”自分を偽っている。。”と思う苦しみが伝わってくる自分の人生を生きていない、そういつも思いながら生きている妻の苦しみがこの会話の重苦しさも「死」へと結びついている予兆を感じる・・編集者クラリッサ・ヴォーンのエイズで苦しむ友人リチャードが訊ねる「死んだらどうなる・・?」「死んだらすべて終わりよ・・」と会話が終わらないうちに自宅マンションの窓からリチャードが身を投げる難解な作品だと言われている『ダロウェイ夫人』は、心の葛藤を時間の経過を超越したオムニバスで綴った作品のように感じた。正常な精神を持たない作家ヴァージニア・ウルフの純粋で少しのことで傷つく隙間を埋めるために書かれたこの本は、人間の「生」と「死」の狭間で苦しみながら生きつづける「心の生死」をよく捉えられた作品になっていると感じた"あなたの生き方、ホンモノの人生を生きてるの?”・・と問われているいるようなメッセージが隠されているような考えさせられました内容は、重いけれど・・観応えのある作品でした
Nov 27, 2006
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昨夜、那須の異次元空間へ行きましたRistotrante LA VITA e BELLA(リストランテ ラ・ヴィータ・エ・ベッラ )日本語で『美しい人生』という名のレストラン那須で知り合った別荘仲間と「どこか素敵なレストランで会食をしましょう!」という相談がまとまり、11月にオープンしたレストランへ・・ この日は、友引で今月最後の結婚式のパーティが何組も入り、「平常のレストラン業務は、休ませていただきます」と予約を入れるとき、説明があったので、「日をあらためてまた予約を・・」と、言おうとしたら「少々お待ち下さい」と、電話の前で待っているとコック長に電話が変わり、「この日は、あいにく6時過ぎまでパーティーがあるのですが6時半なら、予約をお受けしますが・・」と・・仲間のみなさんと相談し、6時半のディナーを予約しました そして、昨夜のこと・・6時20分ごろ、レストランに着き、館の門からアプローチを上がって行くとライトアップされた館の上に三日月が幻想的で、絵のように美しく思えましたクリスマスのデコレーションをした、玄関ドアが開きました ミッシェルガーデンコート「リストランテ ラ・ヴィータ・エ・ベッラ 」玄関から、3階の部屋へと案内されましたイギリスのマナーハウスそのままに石造りの素晴らしい館の中を貴婦人になったような気分で部屋まで歩いていくと・・中世の食堂にタイムスリップしたようでした この日のディナーのゲストは、わたしたちグループだけ。料理は一品ずつ、頃合いを見て、運んできます メニューは・・前菜(那須の野菜を使ったオードブル)パスタ(イタリアの海老[スカンピ]のパスタ)サラダ(彩りの美しいサラダでした)メイン(那須牛のひれ肉のトリュフ詰めとさまざまなフルーツをソテーしたもの)デザート(生チョコレートとオレンジ、キャラメルムース、焼きたてラムレーズンのパイ、4種類のフルーツをMIXしたシャーベット)コーヒーどのお料理も文句なくおいしい・・おいしいとしか形容する言葉がないほど。 メニューの「サラダ」 きのう、レストランのマネージャーはじめスタッフの皆さんのサービスの素晴らしさは、ほんとに非の打ち所のないほど完璧で、食事、雰囲気ともに最高の食事の時間を愉しむことができましたこの館は、イギリスからラインストーンという石を輸入し、マナーハウスをイメージして建てられたそうで、結婚パーティや同窓会、会食などに利用できるようにいくつものお部屋が人数に合わせて用意してあり、すべての部屋をマネージャーが案内してくれました同じ部屋はひとつもなく、それぞれ魅力のある部屋のしつらいがしてありました帰りも玄関まで見送りを受け・・仲間のみなさんと共に、大満足の夜を過ごしてきましたきょうも昨夜の余韻が残っていて・・
Nov 26, 2006
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今朝の那須は、-3℃・・外に置いてあったバケツに氷が張っていましたそろそろ街はクリスマスの飾り付けがはじまっていますきょうは、11月24日クリスマスイブまで後ひと月・・今朝、玄関にクリスマスリースを飾りましたこのリースは、10年ほど前に京都の花屋さんでみつけました玄関ドアの面いっぱいになるほどの大きなリースで・・お客様と一緒に華やかな気分でクリスマスを迎えたいとこのリースにしたあのころを思い出しながら・・今年は、このリースを飾ることにしました毎年、クリスマスリースを選ぶときをとても楽しみにしていてわたしが手作りしたことも、またいただいたことも・・街に出かけたときに偶然みつけたことも・・きょうから、少しずつクリスマスの飾り付けを愉しんでいこうと思います 我が家の「玄関リース」です 先週の土曜日(11月18、19日)に主人の仕事の若いスタッフの人4人が那須の家の新築祝いを携えて、東京から遊びに来てくれましたバーベキューをリクエストされていたけれど、夜になると冷え込みを感じるようになった那須では、野外での食事は風邪をひきそうなので今回は、家で食事をすることで納得してもらいました新築祝いに立派なバーベキューセットをみなさんからいただきました春を迎えたら、桜のお花見のころに、このバーベキューセットでお花見をする約束をして・・まぁ、盛り上がりました若い人のエネルギーをいっぱいもらって・・遊びました遊び・・なにを・・?トランプに久しぶりに興じました最初は、わたしのリクエストで「ババ抜き!」・・で、誰がババを最後まで持っていたか・・って・・・むむむ・・わたしでしたやはり・・この日集まった中では、わたしが最年長・・ごもっともですねその後、気を取り直して、「大富豪」をしましたわたしは初めてだったので、若い人に教えてもらいながらの参加。なんとなんと・・またまたわたしはビリの大貧民・・でした。回数を重ねて、一番いい成績は、ビリから三番目夫は、大富豪なのでした。夫曰く・・「迎えた側が大富豪と大貧民で調和がとれてるんだよ・・」だそうです。大勢で食卓を囲み、わいわい言いながら食べて、飲んで・・おしゃべりして大宴会になりましたその日のメイン料理は那須牛の「すき焼き鍋」満足してもらったようで何よりでした朝食は、野菜たっぷりと地元のウインナーを入れたスープとサラダ、地元の卵の目玉焼き、それに美味しいと評判のパン屋さんのパン朝食を抜かすことが多い若い人たちは、たいへん喜んでくれました朝食のテーブルを記念になんて・・写真を撮っていたのも作り手のわたしも嬉しく思いました みなさんからのお土産のとらやの羊羹 「大地」の焼き菓子の詰め合わせ自然素材にこだわった東京で人気のお菓子それと京都出身の人のお土産は京都のお漬物でした再会を楽しみに・・みなさんのクルマを見送りました
Nov 25, 2006
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・・晩秋の候、その後お変わりありませんか?・・友よりの便りが届きましたそろそろ年賀状の準備の季節に入り、お身内の方が亡くなった報告の葉書に近況報告と共に綴られていますここ数年、知人、友人の「年賀状を失礼します」の葉書が多くなりました我が家も二年続き、年賀状を失礼した年がありました葉書をいただいた方には、お悔やみの言葉とこちらの近況報告を書き返信するのですが今年は特にその数が多くて・・一年を家内無事に過ごせる年に感謝したい・・そんなことを思いながらお返事を書いています きょうの那須は、晴れたものの風が強く吹き荒れる一日でしたそろそろ冬支度も終盤にさしかかり・・ご近所の家々でも薪ストーブの薪割りに精を出しています 薪小屋には、薪がこんなに積み上がりました 昨夜、マイシネマシアター開設・・って、”我が家でDVDを観ながら、長い冬を愉しもう”とDVDを借りてきて、いままで見逃した映画を観ることに・・まず、初めは・・「マザーテレサ」を観ましたオリビア・ハッセーがマザー・テレサを好演していました2時間足らずの内容では、マザー・テレサのすべてを表現するのは困難であると思えるドキュメンタリー風の映画でしたマザー・テレサは素晴らしい。偉人である・・俗説ではあるけれど・・言葉ではいい表せないほどの人間「マザー・テレサ」の魅力がまた、よみがえってきました。「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」この聖句を実践したマザー・テレサに心を揺さぶられました
Nov 24, 2006
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きのう(11/22)、晩秋の那須をドライブしましたあれほど賑わった紅葉の時期の観光客もなく、ひとり旅のような道路をすいすい気持ちよく移動し、葉を落とした木々の間から秋の真っ青の空が見えました我が家から15分ほど、クルマで行くと「乙女の滝」があります 「乙女の滝」の看板ですシーズンが終わり、人の気配がしない静かな滝壺近くまで降りてみました沢名川の清流にかかる落差10M、幅5Mほどのその名の通り、乙女を想像するような美しい滝ですあ、そういえば・・ここは、日光国立公園なのですねと、いうことは、我が家も国立公園の中にある・・素晴らしい自然環境に感謝する日々です 「乙女の滝」滝を見た後、駐車場まで戻る途中、野うさぎを発見!!はじめは、背中しかみえなかったので・・リスかそれともサルが丸まっているのか・・近くによってみると・・野うさぎが草を食んでいました この野うさぎは、人を警戒するでもなく、無心にただ無心で一生懸命、移動しながら草をむしゃむしゃ・・あまりにかわいいので何枚も写真を撮ってきました「乙女の滝」でみつけたピーターラビットちゃんは、連れて帰りたいくらい愛くるしい・・冬の準備の食料をいっぱい食べている最中なのでしょうね ほっぺがふっくらして・・カメラを向けても・・逃げない野うさぎちゃんでした ※あれこれ書きたいことがあるのですが、書き込む時間がとれなくて話が前後するこのごろの更新です・・しばらく日記には、日付を入れることにしましたいつも、読んでいただいてありがとうございます
Nov 23, 2006
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東京での日記のつづきを記そうと思い、PCの前に座ったものの・・ここのところ、気になるニュースやわたしなりに最近、やり過ごすことのできない出来事が多くあり、閑話休題で日記のテーマを変更しました。 さて、東京での二日目は・・ホテルで朝食の後、娘を見送り、そのままわたしも白金周辺を散策してきました。ホテルのすぐ近くにある、「八芳園」の庭を拝観。 「八芳園」の門[八芳園]東京の紅葉スポットといわれている「八芳園」は、春は、桜の名所にもなっていて、春、秋の季節には池を見渡すカフェで水面に映る桜や紅葉を眺め、オープンカフェに出て、秋の午後お茶を飲みながらひとときを過ごすのも気に入っています。今回、わたしが訪れたのは、開館すぐだったので、庭園内をスタッフの人たちが朝のお掃除をしている最中でした。「お庭を拝見させていただきたいのですが・・よろしいですか?」と声をかけると・・「どうぞ・・」と快いお返事に甘え、お庭を拝見してきました。わたしひとり・・ゆっくり庭園を歩いてきました 小さな柿の実がついた盆栽 わたしの宿泊したホテルが見えました 松は冬支度紅葉はちらほら・・でしたが、都会の緑は、ビジネスマンたちのオアシス・・前夜の時ならぬ雨が木々の汚れをも落としてくれたようで雨の滴がキラキラ輝いていました
Nov 22, 2006
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医師で作家 斎藤茂太さん死去きょうのニュースで知りました。90歳の高齢にもかかわらず、いつも穏やかな口調で語りかけてくださる「もた先生」が大好きでした。************************************NHKのニュースより・・ 斎藤さんは大正5年に東京で生まれました。歌人で精神科医の斎藤茂吉を父に、作家の北杜夫さんを弟に持ち、明治大学文学部を卒業したあと、昭和大学医学部などで精神医学を学びました。精神科の医師として患者の治療に携わるかたわら文筆活動を始め、昭和39年、父茂吉の性格について専門的な分析を加えながら書いた随筆「茂吉の体臭」を出版して話題になりました。その後、「長男の本」や「飛行機とともに」など家族や心、旅行に題材を取った随筆を相次いで発表し、優しく穏やかな人柄で「モタさん」の愛称で親しまれました。日本精神病院協会名誉会長や日本ペンクラブの理事、日本旅行作家協会の会長などを歴任し、昭和62年には勲2等瑞宝章を受章しています。斎藤茂太さんの弟で作家の北杜夫さんは「兄は高齢でしたが、とても元気に執筆活動を続けていたので、まだ大丈夫だと思っていました。唯一残った肉親だったので、ほんとうに悲しい気持です」と話していました。******************************斉藤茂太先生の本から、多くのの生きるヒントをいただきました。「いい言葉は、いい人生をつくる」サブタイトル―いつも私は「言葉の力」を味方にしてきた 素敵なメッセージがたくさん詰まったわたしの愛読書です。亡くなられても心にたくさんの宝物をいただいた「もた先生」はこれからもずっと傍にいらしてくださると・・・心からのご冥福をお祈りします
Nov 21, 2006
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11月20日付けの朝日新聞朝刊に下のような記事があり、共感したので掲載します。記事は作家であり写真家の藤原新也氏*************************************時流自論=朝日新聞=記事より11月初旬のある日の夜10時、JR山手線に乗っていた。隣の席に塾帰りらしい小学生が座る。ランドセルからスポーツ飲料とサンドイッチと「ポッキー」を取り出し、携帯でメールをチェックしながら食べ始める。夕食らしい。携帯の画面には、「あいつ」「ゴキブリ」という言葉がちらりと見える。小学5,6年くらいだろう。子どもは携帯画面を見終えると、手提げバッグからゲーム機を取り出し、一心に両手の指を動かしはじめる。画面には飛行機の陰が浮遊しており、神経症のようにたたきつける指の動きと連動してビームを発射し、しきりに何か得体の知れないものを攻撃している。その子の姿に、催眠術のようなピアノ曲がバックに流れる塾産業会社のテレビコマーシャルが二重写しになる。テレビの中の子どもたちは異様な静寂の中で鉛筆の音だけ発し、黙々と答案用紙を埋めている。塾の行き帰りは、あたかも何かから追われてでもいるように前のめりで早足で歩く。「君、ごめんね。さっき携帯、見えてしまったんだけど、あのゴキブリって、何のこと」隣の子は、一瞬驚いたように眼が泳ぐ。「まぁいいや、それで君、毎日この時間に家に帰るの?」ゲーム機を操作しながら、わずかにうなずく。「・・・・・・・苦しくない?」ちょっと間を置いて、意外にも吐露するような小さな泣き声が返ってくる。「・・・・・・くるしいけど、しかたない」子どもはそのまま、足早に次の駅で降りる。私はその後姿を見ながら、昨今騒然となっているイジメの正体と出所のすべてがそこに集約されているように感じ入る。イジメ事件が起こると世間の怒りはイジメた側の子に向かう。だがそんな短絡的な問題ではない。「ゴキブリ」と言った子が今度はいつか自分が「ゴキブリ」にされるかもしれないという攻守の堂々巡りの中にあるように、イジメはリストカットと同じ、”子どもという集団の自傷行為”なのである。くだんの夜の電車の小学生のように、イジメる側もイジメられる側も、子どもたちはその終わりのない競争原理と抑圧の中で疲れ切っている。受験管理教育という名の”強制収容所”の密室で喘ぎ、心が痛み、歪み、イジメ合うことでガスを抜くという自傷行為が繰り返されているということだ。悲惨である。だがその堅固に構造化してしまった教育のあり方を根本的に組み替えないかぎり、いかなるその場の対症療法を行ってもイジメ自殺は消えない。もう評論言語は意味をなさない時代に来ているのである。腐った根っこを掘り出し、別の土壌に植えかえる抜本治療のみが必要とされる。たとえば受験戦争のピラミッド構造の頂点にある東大をまず解体し、全体の縛りをゆるやかにする一見暴論に近いような見解も、そのくらいの荒療治が必要という意味で拝聴に値する。この、やらなければならないが出来そうにもない携帯電話所持の年齢による線引きも考えられる。たとえば、たばこは発育途上にある子どもの身体に影響がある、として20歳で線引きされている。それでは、なぜ発育途上の子どもの心を複雑に蝕んでいる携帯電話所持の線引きをしないのか。携帯は、子どもに最も必要な他者との肉声や身体の接触を奪う。内面を育む本を読まない。迂回するという無駄がなくなり、行動が定型化される。心が内向して現実に向き合わない。そして人の目を見ない。子どもの情報が親の前を素通りする。イジメ仲間の情報伝達のツールになる。中には一ヶ月に6万円もの通話代を浪費する子がいる。「アダルト」も見放題。出会い系サイトに平気でアクセスしてレイプされるケースもある。その効用より害の方が圧倒的に大きい。甘く見積もっても心身形成期の小中学生で線引きをし、携帯を禁止するという法を施行すべきだと私は考えている。受験産業で巨大な利益を上げている企業には申し訳ないが、かなうことなら塾も小学生までは廃止すべきである。商売の自由は保証されるべきだが、意味のない受験本位の知識を詰め込んだ子どもの”オタク化”が進みこそすれ、それによって子どもの知能が低下するとは思えない。それが証拠に塾があるのは世界で日本と韓国と中国の都市部だけで、アメリカにもヨーロッパにも、当然アフリカにも東南アジアにも、日本のような塾はない。塾がなくても彼らは立派にやっているではないか。ちなみに教育機関のテレビコマーシャルが全国規模で流されているような不可思議な国は、日本と韓国だけである。子どもの深夜の帰宅もそうだが日本という国は異様な国なのだ。その異様さが異様なイジメや自殺に噴出していると言える。まだまだ根本的な発想の転換をしなければならないことは無数にあるが評論家口調をする”タレント”が、受けねらいで教育再生会議のメンバーに任命されるような施政が行われる日本にあっては、実現への期待は薄いだろう。であるなら、イジメ自殺は未来永劫に終わらない。********************************イジメや子どもの自殺が毎日のように報じられ、やり場のない悲しみと怒りの矛先をどこへ向けたらいいのかさえわからない虚しさを感じている。こたえはわかっているのに・・イジメをなくすこと・・ただ、それだけのことなのに・・大切な生まれてきたいのちをイジメによって、自分の手で痛めつけないように・・自分の力では、もうダメだ!と思ったら、誰でもいい・・助けを求めて・・声を出して助けを求めることも勇気です。勇気を持って、助けを求めてほしい待ってるから・・死なないで・・
Nov 21, 2006
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先週の水曜日(15日)に東京へ行きました。今回の予定は、友人のK子さんと娘、そしてワーク仲間のUさんと出会うために・・この日は、港区白金にある都ホテル東京に宿泊しました。友人のK子さんとランチの約束をしていたので、このホテルのレストラン「四川」にて、待ち合わせ。ちょうどお昼の時間・・サラリーマン風の人、幼稚園帰りの母子連れ、外国人のグループ、モデル職風のグループ・・さまざまなグループがランチを愉しんでいました。K子さんとは、7月の初めに会った後、それからお互いの状況が変化したのでおよそ、4ヵ月半ぶりの再会でした。K子さんの自宅もリフォームをわたしの那須の家の建築と重なりお互いに家の環境が変わった後の近況をあれこれおしゃべり・・ レストラン「四川」の通路は、兵馬俑をモチーフにしたオブジェがありました。食事を終えた後、庭園が美しいロビー「バンブー」でお茶を愉しみました。このお店の人気のスコーンと紅茶のセットをいただきました。近くに住む、外国人もファンが多いとか・・K子さんとのおしゃべりは尽きなくて・・ 部屋にチェックインをして、お部屋でまたまたおしゃべりの続き・・ 部屋のベッドの前のフォト。モノクロの写真が・・なかなか素敵!K子さんが新しい生活のスタートに。。とフェイラーの室内履きのプレゼントをいただき、愛用させていただくことに・・夕方近くになり、K子さんと通称プラチナ通りを散歩に出ました。プラチナ通りの銀杏並木は、まだ紅葉には少し、時間がかかりそうでした。そのまま、目黒駅まで、K子さんを見送り・・またの再会を約束してわかれました。 ホテルの部屋に戻り、荷物を整理したり、本を読んだり・・そのうちに娘からのメールがあり・・7時には、ホテルに着く、と。娘の案内で白金のレストランバーへ・・「今夜は、わたしのおごりだから・・ね」娘の言葉に・・嬉しいやら、頼もしいやら・・成長したものです・・母のわたしは、娘をみるとまぶしく感じます帰りは、予報にはなかった雨が降り始めていました。近くなのに、タクシーを娘が呼んで、ホテルまで帰ってきました。東京での暮らしの近況を娘と話しながら・・ベッドの中に入って、またまたおしゃべりの続き・・部屋の窓から、東京タワー、六本木ヒルズ・・が見えました眠らない街・・東京の夜は、宝石のようにまばゆい光が夜を照らしている・・ ホテルのベッドは、寝心地がよく、気持ちよくやすめました 翌朝、娘と朝食をとり・・娘は、ホテルから出勤「職場まで、近いのでたまにはこういう朝もいいね」・・と嬉しそうに出かけました。ホテルの玄関まで娘を見送った後、ひとりでホテルの周りを散策・・今朝は、近くの「八芳園」まで・・ ホテルのカフェテリアの前に、可愛いわんこの水飲み場がありましたほほえましいので・・写真に撮ってきました・・つづきは、また・・
Nov 20, 2006
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きょう、東京からの来客を見送り、「遠くから来てくださって、感謝しなくてはね~・・」と思わずつぶやいたわたし。夫「そうだね、まぁ、よく来てくれたよ。」と・・わたし「感謝の気持ちを表すとき、無意識に手を合わせるわね、宗教を意識してというのでもなく食事のときに『いただきます』と手を合わせたり・・ね、この手を合わすという行為はどういうことを意味してるのかしらね。」夫「中国の書では、手を合わせることは垂直になり、指先が天を向く、天と地を結ぶ書。つまり、書(漢字)は上から下へ書くんだよ。日本語を横書きにするようになり、日本語文化もおかしくなってきたような気がする・・」・・と夫のやりとりの後、どうして感謝の気持ちを表現したり、神社、お寺、教会では、祈りのときに[手を合わす]のか・・気になり、調べてみました。[南禅寺派 兵庫県・盛重寺住職 平尾宗信 ]さんのお話がわかりやすかったので引用すると・・ お寺にお参りに来ると手を合わせます。法事やお葬式の時も手を合わせますね。仏教ではまず手を合わせる事から始まります。右手と左手を合わせるから「合掌」といいます。神社にお参りしても「かしわ手」といって合掌と形は少し遣いますが手を合わせます。また仏教や神道だけでは無く、キリスト教や様々な宗教でも手を合わせるという事からスタートします。では何故手を合わせるのでしょうか。 右手と左手というのは同じ手でありながらそれぞれ役割があり、常に違った働きをしています。右手が箸を持てば左手はお茶碗を持ちます。右手がペンを持てば左手は紙を押さえます。また右手を私とすれば左手は相手となります。仏教では右手が私なら左手が仏様、神道では右手が私なら左手が神様となります。仏様と自分とが一つになり、神様と自分とが一つになります。 ご飯をいただく時にもまず手を合わせますね。食事をいただく時には、食材の命と自分の命が一つになる。相手と自分とが一つになるというところから始まります。ひいてはこの世に生きるもの全ては姿形は違い、様々な役割があり、違った生き方をしていますが、決して別々のものではなく皆同じです。皆寸分変わらぬ同じ命を持って生まれて来ています。その同じ命が一つになるのです。草も木も、太陽もお星さまも、神様も仏様も皆自分と一つになるのです。そこにはなんの差別も隔たりもなく、喧嘩も、戦争もありません。それが合掌の心なのです。*************************************** 両手を合わせる、両手でにぎる、両手で支える、両手で受ける、両手の愛、 両手の情、両手合わしたら喧嘩もできまい、両手に持ったらこわれもしまい、 一切衆生を両手に抱け (坂村真民『両手の詩』) ***************************************手を無意識に合わせて・・感謝の気持ちを表現する・・世界共通の素晴らしい心の表現なのだということを再認識しました
Nov 19, 2006
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なんというあわただしいせいかつを・・きょうはそんなことをおもいながら・・あす、東京からお客様を迎えるのでまた、あらためてゆっくり日記を記しますみなさん、素敵な週末を・・!
Nov 17, 2006
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東京へ行っていました。少し前に帰宅したのですが、これから用事を済ませ今夜は、早めにやすむことにします。留守の間に訪問、コメントをいただきありがとうございました。みなさんのところへは、明日にでもゆっくり訪問させていただきます。では、おやすみなさい
Nov 16, 2006
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文通はじまる・・結婚当初より、長男が誕生してしばらく暮らしていた湘南鵠沼。市主催の母子サークルで知り合ったN子さんは、当時教員の産休を利用して参加していた。N子さんの家は、ご主人の両親、妹さんは母屋に、そして同じ敷地内に別棟にN子さん夫婦とYくんは、暮らしていました。食事は母屋で、大家族が共にする素敵なファミリーでした。この町では珍しい大農家の家で、ご主人の両親は、田や畑に毎日、出ていて、収穫の作物をときどき、我が家に届けてくださいました。N子さんのご主人もN子さん同様、高校の教諭をされていて、ご夫婦共に魅力ある人柄で、いつお邪魔しても居心地のいい空気を感じていました。我が家とN子さんの家を行ったり来たり・・付かず、離れずのいい関係でした。あるとき、わたしの夫の転勤が大阪に決まり、転居を余儀なくされ慣れない土地での不安をN子さんがなぐさめてくれたり、励ましてくれたり・・「ね、同じ日本だもの。電話もできるし、あ、そうだ!毎日、日記交換みたいに文通しようか・・」と提案してくれたN子さん。長男が4歳までの湘南での生活は、海が近くなので海や海浜公園で真っ黒になって遊んでいたあのころ・・子育てを通して、共に悩みを相談しあったり、本の貸し借りをし合ったり、旅も、料理も、新しい情報をお互いに教えあったり・・これまで、いっぱいN子さんと共有した素晴らしい時間。”ありがとう、N子さん。”関西での慣れない暮らしを湘南からのN子さんの便りがわたしを救ってくれ、元気をいつも与えてくれていました。その後、また夫の海外転勤が決まり、しばらく文通はとだえがちになったけれど・・なぜかタイミングよくN子さんのお便りが届きどんなに励まされてきたか・・京都、そして東京に・・いまは、那須での暮らし。子育てが一応終わったN子さんとわたしの文通がまた再開している・・筆も素晴らしいし、文章も大好き・・N子さんとの友情はこれからも文字から伝わる心を感じながら・・お互いの”いま”を共有できる幸せに感謝している・・いただいた百合を甕に容れ・・甘い香りが部屋中に漂っている・・
Nov 14, 2006
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きのうの日曜日は、天気予報が”ハズレ”で晴れの予報が晴れのち雨のち雪・・おまけは、強い風。おまけは”グリコのおまけ”なら、ついていても嬉しいけど強い風は、いらないおまけ!!そんな大荒れの天気から、今朝は、一転して、見事な快晴になり、我が家から見える山々は、うっすら雪をかぶり、冬化粧に・・きのう、行く予定だった薔薇の園芸店へ・・これから冬に向かうので、薔薇の花はあまり咲いていなくてその中でイングリッシュローズがいくつか甘いかぐわしい香りで迎えてくれました。お店のアドバイザーに聞いてみると”できれば、春に植えることをおすすめ・・”と教えてくれたので来年の春までに、欲しい苗を選んでおいて、「薔薇の咲く庭」作りにチャレンジすることにしました。園芸店の帰りに、紅葉が見ごろになった二期倶楽部へ寄り道してランチを愉しみました。 食後、二期倶楽部の庭を散策紅葉の写真を一枚、撮ってきました
Nov 13, 2006
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お~、さむぅ・・今朝の那須は冷え込みました昨夜から北風がゴーゴー音を立てて吹き荒れ、風の音が気になりベルに起こされ・・寝不足気味・・朝、いったん晴れたものの、山にかかる雨雲がこちらへ向かっていました急に雲行きがおかしくなり、とうとう雨に。そして気温も下がり外気は5度。雨から雪に変わり・・荒れた天気に。きょうの天気予報では、晴れのマークがついていたので外の用事を済ませようと思っていた矢先の天候不良で、きょうは、家で過ごしました。積もるほどの雪ではないものの・・今年、初めての雪になりました。東京は「木枯らし一号」がきょう、吹いたのですね。晩秋から初冬へ・・季節の歩みを感じた一日でした。そして、今、この時間、星がこぼれんばかりに瞬いている美しい夜です。那須は高原に位置しますが、あなどるなかれ・・山の天気同様、めまぐるしく変化するので、外出するときは家の戸締り、咄嗟の雨のために窓は全部閉めて出かけます。特に夜半の風は、ヒューヒュー、ゴーゴー、シュ~っ、ぴゅ~っ・・さまざまな音を立て眠りの邪魔をします。自然の驚異を感じるこのごろ・・雷雨のときに思い出すのは、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中でマリアのベッドに逃げ込んできた子どもたちと一緒に歌う「私のお気に入り」という歌 「My Favorite Things」Raindrops on roses and whiskers on kittensBright copper kettles and warm woolen mittensBrown paper packages tied up with stringsThese are a few of my favorite thingsCream colored ponies and crisp apple streudelsDoorbells and sleigh bells and schnitzel with noodlesWild geese that fly with the moon on their wingsThese are a few of my favorite thingsGirls in white dresses with blue satin sashesSnowflakes that stay on my nose and eyelashesSilver white winters that melt into springsThese are a few of my favorite thingsWhen the dog bitesWhen the bee stingsWhen I'm feeling sadI simply remember my favorite thingsAnd then I don't feel so bad
Nov 12, 2006
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昨夜、メールボックスに一通のメールが届いていました。わたしに「PCの画像の取り込み方」を伝授してくれた素敵な友人から・・この友人は、最高に美しい写真を撮るカメラマン。彼の撮る写真には、物語が感じられ、センスの良さが気に入っていて”う~~む”・・と言葉を失うほど、見入ってしまうのです。彼からのメールに一枚の写真が添付されていて・・ この写真・・どこかで見た絵画のようでしょう?そう・・印象派の・・クロード・モネのあの名画「睡蓮」の・・そしてこの写真は・・わたしが少し前まで暮らしていた家の近くの公園の池。素敵でおしゃれなプレゼントに感謝。ありがとう!!Fhuさん。
Nov 11, 2006
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I子ちゃんのはなしI子ちゃんは、東京のある町で生まれました。お父さんは、お祖父さんの代から続いている鉄工所を引継ぎ、地域でも面倒見のよい社長さんで通っていました。お母さんは苦労知らずのお嬢さんがそのままお嫁にきた生活観のない女性で料理も裁縫もあまり得意ではなく、そのかわり社交性のある明るい人でした。食事の仕度は、お姑さんがしきっていました。I子ちゃんは、そこの長女として誕生し、家族、会社の従業員、近所の人、たくさんの人に可愛がられて成長しました。I子ちゃんが、小学校3年のときのこと・・国語の授業でY先生が黒板に漢字の筆順(書き順)を書き始め・・その順番が違っていると思ったI子ちゃんはY先生に「先生! その書き順、おかしいです。」と手を上げて言いました。するとY先生は、真っ赤な顔をして怒りました。「Kさん、先生に間違いはありません!!廊下に立っていなさい。」とI子ちゃんは、どうして自分が立たされなくてはならないのかわからないまま廊下に出て立っていました。それから、Y先生はことあるごとにI子ちゃんにつらくあたるようになりクラス中でI子ちゃんがテストで良い点数のときにY先生はこう言いました。「Kさんは、カンニングをしていい点数をとった」・・と。クラス中は、I子ちゃんを無視したり、からかうようになりました。小学校5年のクラス替えがあるとき、I子ちゃんは、担任が変わりクラスメイトが変われば、学校が楽しくなると期待していました。クラス替えの発表があったとき・・I子ちゃんは悲しくなりました。また、Y先生が担任に・・5年の夏休みが終わって2学期が始まったころ、I子ちゃんの家の会社がお父さんの人の良さが災いして、会社が倒産して家族が離散してしまう出来事がありました。I子ちゃんの両親の離婚、おじいちゃんは病気でおばあさんは自殺。I子ちゃんと弟は、お父さんと小さなアパートで暮らし始めたもののなかなか新しい仕事につけないお父さんは、子どもたちの給食費も払えないことをいつも不憫に思いつつもお酒に浸りました。ある日、給食を食べられずに残したI子ちゃんにY先生がこう言いました。「Kさんの家は、お父さんの仕事が倒産して、給食費も払えなくなりました。それなのに給食を残すなんて、みなさんどう思いますか?」I子ちゃんは、とっても悲しくなりました。テストは、がんばっても「カンニングした・・」とY先生に言われるしそのころから、テストはいつもわざと間違えるように答案を書きまたは何も書かず0点のときもありました結果、成績はどんどん下がり、父親には叱られ、Y先生には「学力が下がったのは、家庭環境が悪くなったから・・」と言われ、クラスメイトから学校帰りにいじめにあうようになりました。小学校時代は、なんて悲しい時代だったんだろう!・・とI子ちゃんは、振り返ります。中学生から、I子ちゃんは親戚の家の養女になりました。新しい町での中学校生活が始まりました。成績は優秀でいつも学年で上位の位置にいました。そして親友もできて・・高校から大学へ・・と進んで・・ある日、小学校時代の自分の姿(I子ちゃん)を思い出し、急に悲しくなりました。”あのとき、いやな思いを誰に相談すればよかったのか・・誰もいなかった・・誰も・・”では、なぜ、あんなに悲しくていやだった小学校の出来事を耐えることができたのか・・?”自分を支えていたのは自分のプライド・・だったような気がする。。”と自問していました。”ただ・・ただ・・耐えて・・耐えて・・誰かに話せば自分がもっとみじめになる・・””そう思った”と。現在、I子さんは、神経内科の女医さんです。そしてわたしの大切な友人です。いま、「いじめ」が社会問題になっています。昔がよかった!!ことはなくて、昔も「いじめ」は、ありました。「いじめ」は、犯罪です。「いじめ」により、自殺させたら、自殺させたあなたは、犯罪者です。「いじめ」た、あなたは人の痛みをわからない人です。いのちの大切さ・・自分のいのちが大切なように人のいのちも同じように尊いのです。互いに憎しみ合わぬよう・・いのちをはぐくんでいけますように・・
Nov 10, 2006
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落ち葉の舞い散る停車場は~・・♪なんでもないカフェなんでもない路地裏なんでもない看板・・いつも見慣れた街の風景も季節の風が秋色に染めていく・・・・なんて・・またまた「ロマンチック病」に・・アブナイ、アブナイ・・ さて、きのうの日記のつづき・・『日塩もみじライン』を降りて、鬼怒川の温泉郷へと・・まもなく、温泉街を流れる鬼怒川が見えてきました名称の通り、鬼が怒っているような川原の石や岩がゴツゴツしていて・・”男性的な川だなぁ”と実感。 橋のたもとで写した鬼怒川の流れ 橋の欄干に紅葉の模様がかたどられていました 橋の真ん中まで行って写した鬼怒川日差しが強くて・・なかなか思うように撮れなかったけれど・・今年の秋の鬼怒川での記念に。 橋から見た「人形の美術館」のちょうど12時の鐘が鳴り時計が12時をさしたところ・・鬼怒川で美味しいと評判のお蕎麦屋さんで昼食をとり、川治へと移動しました 彩りが美しい紅葉がありました緑、黄色、赤のコントラストが太陽を浴び・・美しく輝いていました素晴らしい秋の日の紅葉狩り..自然の大きな恵みに感謝。
Nov 10, 2006
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穏やかに晴れた秋の日帰りの旅に出ました。きのう、(11月8日)の朝9時少し前に家を出発し、栃木路の「紅葉狩りルート」をクルマで移動しました。クルマのナンバーに興味を持ち、眺めていると品川、練馬、湘南、横浜、山形、新潟、大宮、岩手、土浦、袖ヶ浦etc.関東、東北からのクルマが多かったですね。カワリダネは、大阪、沼津、北九州・・なんていうのもありました。(わたしって・・ヒマというか物好きですねぇ)『日塩もみじライン』名の通り,いまがピークで、クルマが途絶えることなく続いていました。途中、山間に雪が降った後があり今年の秋、初めて見る雪を写真に収めました。 道路の片隅に雪が・・ さらにクルマを走らせて・・富士見台展望台へ・・ 展望台の案内板 富士見台より遠くの山々の眺め・・富士見台展望台から、富士山、白根山が見えました。 お天気は、素晴らしく、車中から見る紅葉がパッチワークのように自然の織り成す風景が見事でした。 おまけ!!ベルも『紅葉狩り』に参加してきました○つづきはまた明日へ・・
Nov 9, 2006
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「柔らかい初雪の面のように、ふっくらと光線を中に吸い取る」『陰翳礼讚』で谷崎潤一郎は和紙のことをこう記している。穏やかに晴れたきょう、栃木路のもみじラインを通り、紅葉狩りを愉しんできました。くねくねと道路は、山から山を上っては下り、下っては上り・・山々にはいま、まさに紅葉の盛りで赤や黄色の色さまざまに・・と歌にもあるように美しい景観を見せてくれていました。きのうの大荒れの空模様の影響で山のところどころに雪があり、この冬初めての雪を見てきました。塩原温泉から鬼怒川温泉、川治温泉を周るルートは、いま、観光シーズンで平日のきょうも、クルマの列が続いていて・・早めに出発した我々は、混雑に巻き込まれずに往復できました。写真を撮ってきたので、また次の日記にUPします。鬼怒川温泉郷に「花の宿松や」という旅館があります。この旅館は女性にとても人気があるそうで竹久夢二の世界がテーマになっています大正ロマンを彷彿としたほのかな光が似合う宿。谷崎潤一郎の小説の一部をふと思い出しながら・・和紙を用いた障子の働きを「側面から射して来る外光を一旦障子の紙で濾過して、適当に弱める・・・ ピカピカ光るものを見ると心が落ち着かない」日本人は、こうしてまばゆい外光を繊細な光に変え、「夢のような明るさ」と感じたという・・蝋燭のあかりのゆらめきとその下で闇に沈む漆器の金の美しさ。日の光のもとではけばけばしい金蒔絵もまたたく灯りと「合奏する無言の音楽の作用」をする・・と。秋は、灯りが似合う季節・・小さなオレンジ色の炎。匂い立つようなやさしい季節の香り。秋の夜長、蝋燭のゆらめきを見つめながらグラスをかたむけ心のどこかにポッと炎が灯ったような穏やかな気分になれそう・・夜も更けて、お気に入りの音楽を聴きながら、時だけがやすらかに流れて・・いつになく・・ちょっとロマンチックな気分で書いたかなぁ・・
Nov 8, 2006
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秋が日一日と深まっていきます那須のいまの様子を写真で収めていこうと思いつつもチャンスを逃したり、なかなか思うような写真が撮れなくて写真を一枚、満足に撮ることのむずかしさを感じるこの頃・・それでも懲りずにこれからもわたしの目でみた風景を写真に収めていこうと思っています 最近、わたしが撮った写真より・・ 「我が家の庭の木々たち・・」 「小菊を花瓶に・・」 「Hさんからいただいた石榴・・」 「那須の山・・11月7日の風景」 気象の変化が大きく、そして”自然は生きもの”を実感する毎日です。きょう(11月7日)の那須は、昨夜の星のまたたく美しい空から一転して朝から雨に風が強く、森の木々たちの枯葉が降り注ぐ一日でした。北海道佐呂間では、竜巻が起こり、多くの方が被害に遭われました心から、お悔やみとお見舞いを申し上げます。
Nov 7, 2006
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今夜の月は満月。いま、部屋の窓から大きなまんまるの月が薄い雲を払うように光を放っています。星の存在よりも今宵は月を愛でたい・・しばし見惚れていたい美しい夜になりました。 きのう、我が家にてランチを共にした方のお話より・・その方をFさんとします。Fさんは、商社マンとして外国をずっと周っていました。Fさんが渡航していたとき(活躍されていたとき・・)は、まだ日本の航空会社が海外に就航されていないころで海外勤務の折りは、外国の航空会社の飛行機を利用していたそうです。KLMオランダ航空、ルフトハンザドイツ航空。。など席は、そのころ、白人は飛行機の前方、中央を占め、後方にアジア、アフリカなどの有色人種。飲み物を頼んでもなかなか来てくれない。食事は、前方がまず先、その後中央、その人たちの食事の後片付けが終了後に後方の有色人種の食事が配られ、それも不味い冷たい食事が供された。外国での仕事も日本人だというと相手にもされないことがしばしば・・その中で根気強く、仕事の足がかりをつけて、やっと軌道に乗り始めると次の任地へ転勤・・この繰り返しでアジア、中近東、アメリカ、ヨーロッパへとずっと海外勤務が続いていた。。シンガポール勤務の時にやっと日本航空が乗り入れになったとき、仲間と空港まで行き、互いに涙し喜んだそうです。宗教、食事、文化、言葉の違いでいろいろ誤解を受けたり、また誤解したり・・想像以上のストレスがかかり、よく休みになるとヨーロッパの街へ遊びに行くことが結構、リフレッシュになっていたという話でした。Fさんに質問してみました。わたし「いままでいらした国の中で、この国に暮らしたいと思った国はありますか?」と伺うとしばらく沈黙の後Fさん「・・ないですね~。日本が一番いいですよ。」わたし「そうですか・・日本が一番・・」Fさん「いいですよ~・・日本は。特に那須は一番ですよ。」お互いに顔を見合わせ・・「そうですね~」と笑いました。Fさんは、東京にマンションと横浜に家があるのに10年前から、はじめは別荘に建てた那須の家に定住してしまったそうで留守宅は、ときどき様子をみに帰る程度だそうです。那須の魅力を聞くと・・「四季それぞれに変化するさまをみて暮らしているとあっという間に一年が経ち、二年になり・・それも飽きないんだ。」とおっしゃっていました。外国暮らしが長く、やっと落ち着かれた日本の場所は那須の自然に囲まれた暮らし。素敵な初老の紳士のFさん。外国暮らしで学んだお料理もお得意で・・次回はFさんのお宅で「中近東料理のパーティー」をすることになった。いまからとても愉しみです・・商社マンの先駆けとして、世界を周り、日本の輸出入の足がかりをつけてくださったFさんたちのご苦労があればこそ・・いまの日本があることに感謝したひとときでした。
Nov 5, 2006
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11月初めの土曜日・・きょうは、近所の方を招いてランチタイムをご一緒しました。メニューは、「焼きカレー」・・って?・・どんなモノかというと・・先日、我が家の近くのインド料理のレストランでメニューに「焼きカレー」とあったので注文してみました。サフランライスが石焼き鍋に入っていて熱々の状態で運ばれ、その上からカレーをかけて・・石鍋が熱くなっているのでカレーがジューっと音をたて・・生卵が添えられているので、まるで「石焼ビビンバ」のカレー版といった感じかな。食事の初めから、最後まで熱々のまま・・美味しくいただけました。早速、我が家でも・・と、アレンジして、きょうのランチは、我が家風「焼きカレー」を作ってみました。バターライスを土鍋に入れ、火にかけ、その後カレーと卵を割りいれさらに土鍋の蓋をして、しばらく焼きました。おいしい・・おいしい・・の言葉に調子に乗り・・これからの季節に我が家のメニューがひとつ増えました。きょう、ランチにお誘いした方のお話が興味深かったのでまた、次の日記に記したいと思います。それでは。。また・・おやすみなさい
Nov 4, 2006
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先日、”わぁ、なんて素晴らしい人なんだろう!”・・とTVを観て感動した人がいた。朝日新聞にこの人の記事が書かれていたので紹介記事を・・仕事をしながら家事、家族の世話を当たり前のようにこなし、さらに仕事の効率化をはかり、仕事と家庭のバランスをとりながら社長としての責務も果たす・・久しぶりに”人”に感動したひとときだった。佐々木 常夫さんの紹介のHPはこちら・・↓[佐々木 常夫] 那須に来て、新たな出会いがあり、毎日のように”いただきもの”をしている。先日は、ご近所のOさんから静岡のマスクメロンを・・きのうは、埼玉に家のある人が別荘に来られ、草加せんべいを・・今朝は、東京の医師夫妻が別荘に来られ、抜きたての大根を届けてくださった。野菜、果物、魚、お菓子など・・”いただきもの”に、その方の思いや人のぬくもりも伝わり大切にそして愛しい気持ちで調理し、またお茶の時間を豊かにしてくれている。今朝、いただいた大根は、見事なまでの立派な葉がついていて早速、大鍋に湯を沸かし、大根の葉をゆがいた。緑がさらに色濃くなり、ゆがいた葉を細かく刻み、ごま油で炒めだしと醤油とすりゴマで味をつけた。たくさん、できたので冷蔵庫に保存し、炒飯、または箸休めに重宝しそう・・大根は、明日のサラダに使うことにして・・大根を薄切りにして、スモークサーモンをはさんで食すのもいいかな・・そんなことを思いながら・・大根から想像力をふくらませていることにまた、新鮮な野菜がキッチンを賑わせてくれていて”早く、料理してね””おいしくつくってね”と野菜たちの声が聞こえてきそうな・・このところ・・キッチンにいる時間が長くなっていると実感した一日でした。
Nov 2, 2006
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