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昨日は、朝から雪かき。窓から見た時は、たいしたことはないように見えたのだが、実際はかなり深かった。小一時間かかって、玄関前とゴミ箱前、道路を。それから、GEOに寄ってから、11時ころ弓に。一人だったので、的を2枚貼り、6本射ち。一回目は、HBCと20-12の組み合わせで54-55というところで、カスケードに。そこから59-55-56で280ちょうど。次は、トライアンフで。リリーサーはカスケード。その後、STAN、SPOT FOGなど試したが、どうにも安定せず260。練習としても今季最低。Mはないのだから、6本に2本以上8点に外している。最後は矢をFATBOYに変えて、カスケード。「切る射」ではなく「切れる射」。3射ずつで55-54-56-55-55=275。アベレージだ。8点は2本。こFATBOYも悪くはないが、思ったほど10点が出ない。細い20-12の方が安定する。前回の試合では、STANだったが、今度はカスケードでしばらく練習しようと思う。試合は1週間後。
2021.01.31
例によって、金・土・日・月という毎週の4連休の2日目。昨日は、重い雪をかき、妻を歯科医に送り、職場に忘れ物を取りに行き、妻を迎えに行って、あとはダラダラとしていた。今日は、弓、仕事、家事、全部やろうと思っている。先ほど、久しぶりに1500字以上の文章で自分の考えをしっかりと書いた。まあ、誰が読むわけでもないのだが、自分がモノを考えず、ただ世の中に流されるバカではないことを、ほかでもない自分に証明するために書いておきたいだけである。
2021.01.30
昨夜、BS11の「インサイドアウト」という番組を見た。この番組は、明らかにリベラルな立ち位置にあり、BS8の反町とかいう司会者が、大体は政権寄りのトーンで進行していく内容と好対照である。東大卒の開業医がゲストだったが、彼の主張は非常に興味深かったし、納得もできた。まず、コロナウィルスは、インフルエンザウィルスよりも感染力は強いが、少なくとも日本においては、1年間の死者5千人は、従来のインフルエンザウィルスによる死者1万人の半分でしかないという事実がある。また、肺炎の死者は1年間で10万人もいるそうで、その5%にすぎない。マスコミに登場する専門家たちがこのデータを故意に無視し、コロナの脅威を「演出」している可能性は、非常に高い。自分は、10年前の3・11の時から、マスコミに登場する政府寄り「専門家」の話は疑わしいことこの上ないと思っていたので、自分は今回もあまり信じていなかった。何度も書いているが、当時みのもんたが司会をしていた「朝ズバ」では、原子力村の物理学者が連日登場し、「メルトダウン」は起きていないと叫んでいた。そのみのもんたら8人と銀座の高級ステーキ店で会食していた現首相は、相変わらず見識がない国のリーダーである。もちろん、今回の専門家はコロナが非常に重篤化するスピードが速いことを、データとともに指摘していた。しかし、重篤化率はそれほど高いとは言えず、無症状者から感染した無症状者が一番多いだろうということだ。もし、アビガンさえ使えれば、普通の開業医でも扱えない病気ではないという。この薬は、初期の患者が重症化しないためには非常に有効なのだが、現在は重症者にのみ処方が限定されている。副作用もたいしたことはないので、これが使えないのは医療行政の問題らしい。対談者の財部によると、富士フイルムという新参者を既存の製薬会社が排除したいと思っていることが薬事行政にに影響しているという。もちろん、リモート診療など、それなりの感染対策を取れば、という条件付きだ。だが、アビガンは一般の医院では処方することができない。そして、PCR検査をして陽性になった場合に、現在の2類感染症では、保健所が感染者を入院、隔離施設、自宅というように振り分けることになっている。しかし、当然だが、保健所は医師がおらず、通常の意味での医療機関ではない。そこが、実質的に「診断」をしてしまっていることが問題であり、「診察」なしの「診断」は年齢や基礎疾患などの条件だけをあてはめる「機械的」なものにすぎない。保健所の機能ではそれすら追いつかないので、PCR検査を抑制し、ごく一部のコロナを診る病院に過度の負担がかかっている、というのが「医療崩壊」の実態だ。財部の主張は、コロナそのものよりもコロナを毎日取り上げ、1年経っているにもかかわらず、相も変わらずコロナの怖さを過度にクローズアップし、国民と政治をミスリードし続けるマスコミのあり方こそが問題だ、ということだ。また、それに加担している「専門家」がコロナ騒動の確信犯として、批判されるべきだという。自分は、コロナウィルスがつけ込んだのは、人体だけではなく、日本社会の病んだ部分である、と考えている。一例をあげると、昨日書いたオリンピックである。このことについては項を改めて論じることにしたい。
2021.01.30
コロナのこの状況で、オリンピックは開催できるのか、という議論はずっと前からあるが、いよいよ雲行きは怪しくなってきている。そもそも近代オリンピックの理念は「世界は一つ」を演出し、競技という競走の中での友情というストーリーを紡ぐものだった。それが今や、完全にアメリカのテレビ局という大スポンサーなしには成立しないスポーツイベントに成り下がっている。そのアメリカはコロナの最大感染国で、ワクチンの接種も思うように進まず、参加取りやめの可能性もある。その場合、大スポンサーは一斉に降りるから、大会運営は不可能になり、即中止の判断が下されるだろう。世界の感染状況を見れば、アフリカや南アメリカなどの国々は、これから冬期に入り、感染が拡大していく公算が大きい。ワクチンも相当遅れるだろう。もはや、前政権が言い出し、現政権もバカの一つ覚えみたいに言い続けている「人類がコロナに打ち克った証」としてのオリンピックなどというものは絵空事でしかない。オリンピックに関してもう一ついうと、「アスリート・ファースト」というおかしな理念である。アスリートの人生のストーリーに自分を投影するファン心理は理解できるが、だからといって、オリンピックも一つの「ショー(見世物)」であることは否定できない真実だ。本当にアスリート・ファーストなら、無観客でも、テレビの放映がなくてもやればいいのだが、決してそうは考えない。アスリートは案外、オリンピックでなくても世界レベルの競技会に出られれば、いいと思っているのではないか。スポーツに限らず、文化の本質は「卓越したアート(人間の能力と技術)を見る人間がいて成立する」ことである。その見方は自由であり、別に「元気をもらう」ことなどなくてもいいし、アスリートも勇気を与えなくてもいい。「すごいね!」という賞賛の拍手で十分ではないか。自分の生活世界で関わったこともなかった人間に、そこまで入れ込まなくてはならないのかと思う。テレビに映るアスリートに感激して涙するファンの姿は、そういうと烈火のごとく怒るだろうが、己の生の貧しさの現れだ。「貧しさ」とは金銭的意味ではない。そういう希薄なつながりにしかすがれない、という意味での貧しさである。世界中がコロナで大変な時に、別のステージが用意されるアスリートのためにでもなく、また別のところで十分利益を稼げるスポンサーの損失をカバーするためにでもないとしたら、オリンピックをなぜしなければならないのか。アスリートに自己投影してそこから「元気をもらう」ことを期待する「心の貧しい」ファンのために、オリンピックを強行開催することもないだろう。
2021.01.29
昨日は退勤後、3時過ぎにディーラーに。結局、車はドア下のガードだけでなく、ドア自体もちょっとへこんでいて、交換ということに。25万ほどかかるというので、車両保険で直すことにした。保険会社に電話したところ、等級が3つ下がってしまうが、それでも元に戻るまでの増額分は3年間で10万程度。それなら、ということに。最近は自分のような自損事故は結構多いらしく、交差点の雪山にカーブで乗り上げるらしい。自分の場合は、二車線道路の左側にと思って、小さく曲がろうとしすぎたのが原因だった。修理には2週間程度かかるらしく、レンタカーの代車が出た。車両保険に代車特約条項があり、こちらの代金も保険から。今はMAZDA2とかいうデミオの最終型。その前の型に乗っていたから、このサイズには慣れている。「やっぱり小さいのはいいな」と思いながら乗っている。今の車はあと5,6年は乗りたい、というか乗らなければならないのだが、次はもう少し小さいSUVがいい。
2021.01.29
昨日、退勤の時、左折で左ドアを雪山に分厚くこすってしまった。門から出て、二車線道路の左側に曲がろうとしたのだが、右車線から車が近づいていて、できるだけ小さく曲がろうとしたらそうなった。一度降りて確認したときは何でもないように見えたのだが、帰宅してみると、ドア下のウレタンのガードが外れかかっている。ヤレヤレである。たいしたことはないようだが、放ってもおけないので、今日退勤後、ディーラーに行くことにした。歩道の雪山は、冬の道路交通の問題の一つだが、こういうのは初めて。まあ、自損でよかったというべきだろう。
2021.01.28
いつものことだが、火曜日は8時までの仕事で、ここで仕事の半分くらいの体力を使い果たす。そして、これもいつものことだが、この時期は受験生の二次指導で忙しい。そういうわけで、これから、入試問題を数題解いて、レポートをいくつか読んで、今日の準備を。先日、息子とライン。「オレは今、幼稚園協議会の講演準備と、教科書執筆で忙しい」と。教科書執筆??へえ、もうそんなことになったか、という感じ。共著の一人だろうが、何にせよ、よかったね。
2021.01.27
ちょっと面白い小説の断片を読んだ。「断片」というのは、仕事柄、入試問題として読むのだが、大抵は全文というわけではない。三秋縋という人の『三日間の幸福』。作者については何も知らない。読んだエピソードは。「俺」が小学生のころ、若い美人の担任が「道徳」の授業で、人の命の値段っていくらか、という問いかけをする。だいたい2億から3億がサラリーマンの生涯賃金だから、そのくらいかなというお利口さんもいるし、人の命はお金になんか替えられないと強く主張する陰気な女の子もいる。「俺」は「確かにお前の命なら値段なんかつかないよ」とシニカルに考えるクラスのつまはじきものだ。女性教師は、それなら得体の知れない何かがあなたの命の残り半分を買うと申し出たとしたら、いくらで売るかと、さらに問いかける。「俺」は十年後、実際に命を売ってその対価を得ることになる。まあ、だいたいそんな内容なのだが、この歳になるとその後が知りたくなるような小説ではない。例えば、今、100%加害者の過失で自分が車にはねられ死んだとしたら、相手の対人無制限の保険からいくら入るか。おそらく「平均寿命まで生きるとして入る年金総額+今の勤務を70歳まで続けるときの賃金総額ー妻の遺族年金総額」という計算式を基本に、一定の金額が計算されるだろう。しかし、そういう意味での自分の命の値段など興味はない。できるだけ事故などには遭遇せず、病気にもかからず、認知症にもならず、今の生活を続けたいとは願っている。そのためにコスト(お金)はもちろんかかるのだが、それが「命の値段」とも思わない。そのコストはだいたい大丈夫だという計算もある。そんな馬鹿げたことを考える暇があったら、あと10年、20年、どう生きるかを改めて考えてみる方が余程いいではないか。
2021.01.26
火曜日から1週間の仕事が始まるので、月曜日は英気を養う、というか、大体ダラダラと過ごしている。 昨日もそんな日だった。午前は一階の掃除。緞通は小さなゴミが溜まりやすく、老眼鏡をかけて、細いノズルの掃除機で、這いずり回るように掃除をする。後は床の拭き掃除。風呂掃除。昼前に妻を婦人科に送り、自分はかかりつけ医に。2週間に1度、薬だけもらってくる。まだ院内処方だ。 午後からは、国会中継とか海外ドラマとかをベッドで見ながら、ゴロゴロ、ウトウト。もう昼寝はすっかり生活に組み込まれていて、今日は午後からの勤務なのでしたくてもできないのだが、それ以外の曜日は少なくとも30分、長いと2時間。昨日は2時間はたっぷりと。 夜も10時前にはベッドに入り、すぐに入眠。朝は4時ころ起きて、昨夜見ながら眠った海外ドラマを見直し、5時ころベッドから抜け出し、チーズトースト、リーフレタス、カイワレ大根、ウィンナーとコーヒーで朝食。食べながら、3年生に頼まれていた過去問をちらっと読む。出してきたら添削。授業はすでに予習済みだが、展開を考える。枕草子「中納言殿参り給ひて」は、敬語の総まとめに格好の教材なので、今週は2時間古文、1時間漢文だな、などと考える。 食べ終わり、ここでちょっと駄文を書き、また寝る予定。妻が起きるまで、まだ2時間はある。 今日は10時前に射場に行き、1時間半くらいは射つ。それから帰宅。昼食。出勤で、退勤は午後8時過ぎ。1週間の仕事の半分くらいは今日で終わりという感じだ。
2021.01.26
大相撲は、昨日の予想通り大栄翔が隠岐の海を一直線に押し出し、決定戦にならずにあっさりと優勝。正代は、これも予想通り、朝乃山に一方的に負けて結局11勝4敗。昨日は、午後は暇で、幕の内からの全取り組みを見た。その前に各段の優勝決定戦があり、これも面白かった。なんと幕下は9人の決定戦。観客が半分ほどで、しかもマスク着用、声援禁止なので、体がぶつかる音がテレビからも伝わる。長くなると荒い息づかいも。来場所は3月。もしやるとすれば、横綱二人もさすがに出てくるだろうし、面白くなりそうだ。今からチケットだけとっておいて、できれば千秋楽を桟敷で見たい。GoToは復活していないだろうが、それでもかまわない。久しぶりに帝国ホテルに泊まって、吉兆で夕食というのもいい。あとは歌舞伎か。少し贅沢な旅行をしたくなっている。
2021.01.25
試合は午前中で終わり、帰ると特にやることもない。夕飯は久しぶりに手巻き寿司にでもと思い、沖縄フェアで行ったスーパーに。ここの魚は新鮮で安い。二人前で1000円の手巻きセット+イカ、納豆、カイワレ大根、大葉を買って帰る。子どもたちがいたころは、わりに頻繁に食べていたお手軽メニューだが、10年ぶりくらいのような気がする。いや、もっとかもしれない。一合だけご飯を炊いて、いただいたいい海苔に巻いて。まぐろ、とろ、はまち、えび、サーモン、いくら、卵焼きなど。久しぶりに食べるとやはり美味しい。また、食べてもいいなと思ったが、二人だとなかなか面倒で、スーパーの寿司セットなどで済ませることも多い。なじみの寿司屋には去年の夏に行ったきりだ。まあ、一桁値段が違うから、そうそうも行けないのだが、コロナで特にカウンター対面で大将と話しながら、というスタイルは、行きにくいといえば行きにくい。これでもまだ夫婦二人だから、手巻きにでもという気にもなるのだが、一人になるとそんな気持ちにもならないだろう。すき焼きや鍋物も食べなくなりそうだ。そうでなくても何かの病気にどちらかがなれば同じだろう。そう考えると、やあ、久しぶりだね、手巻きは、などと言いながら、ついつい食べ過ぎて体重が増えたと言って嘆いているのも幸せというものか。
2021.01.25
昨日の試合。リリーサーはトリガーレスSTAN。矢は、どうしようかと直前まで試したがFATBOYはやはり左右が安定せず、20-12。 1回目280点。左でやっと試合で280点が出た。10点12本、7点1本。 ところが、2回目は8点のオンパレードみたいになり、274点。数えていないが、8点5本+7点1本くらいの感じ。7点は2回とも狙う前の暴発。 全体としては、後になるに従いだんだん切れなくなり、最初は身体の伸びで切っていたのに、最後の方は身体が縮こまっていた。 たかが60本だが、試合の1本は練習の2本分はある感じだ。スタミナを奪う。 トータル554はシーズンベストで、前回よりも+2点。数えてみると、1回目も2回目も10点は12本くらい出ている。ポカがなくなれば280オーバーは出る。次回はカスケードで何とか560オーバーを目指したい。
2021.01.25
大相撲は横綱二人が休場。綱取りがかかった貴景勝も負けが込んで休場。朝乃山は、一昨日の時点で四敗となり脱落。その朝乃山に勝った照ノ富士も四敗。優勝は一昨日時点では二敗で並んだ正代と大栄翔だったが、正代は照ノ富士に昨日敗れ三敗。星の差一つで大栄翔が単独トップだ。今日は勝ち越しのかかった隠岐の海戦だが、そこで勝って優勝ということになりそうだ。次に可能性が高いのは大栄翔が負け、正代も朝乃山に負けてやはり大栄翔が優勝というパターン。正代が朝乃山に勝って決定戦というのは、一番なさそうな気がする。正代は、悪い引き癖が後半続き、勝っても薄氷の勝利というのが多かった。しかも、「身体が動いている」などというふざけたコメントを残し、あまり反省している様子もない。大関なのだから形だけでも「引きはよくない」とか言ってりゃいいのに、まあ、正直な人なのだろう。引こうが押そうが勝ちは勝ちという考えも確かに成り立つのだが、弓でも偶然入った10点でよし、とは思わない。正代は熊本宇土の出身で、去年はそこで射ってきたから、応援したいのだが、まあ、今場所はちょっと難しいし、ここで三敗で優勝してしまうと、将来にとってマイナスのように思う。千秋楽の今日は北の富士、舞の海の解説のかけあい漫才的な面白さもあるので、幕の内の全取り組みを見る予定。
2021.01.24
昨日の練習では、「虚実皮膜の射」などはやはりダメだ、ということに。案の定、という感じだが、こうなるとカスケードではパンチングショットになってしまう。「切る」という意識を持った途端にそうなってしまう。治すには、少し期間が必要だ。そういうわけでパンチングにはなりようがないトリガーレス、STANで今日の試合はやってみることに。「身体を伸ばす」感じの射だと安定したので、今日はそこを意識して。単に引くだけではなく押し引きで身体を伸ばすという意識で射つと、自然にバックテンションも使うことになる。確かこういうことは2,3年前にも書いたような気もする。つまりは同じところをぐるぐる回っている感じだ。あと地元の試合も3試合くらい。3月の地元選手権で570くらい射てるようになって、アウトドアを迎えたいのだが。
2021.01.24
家から1時間くらいのところに沼があり、毎年白鳥が飛来する。STAYHOMEもいい加減飽きたので、白鳥目当てにドライブでも、ということになった。久しぶりに市外に出かけた。子どもたちが小さかったころは、沼の近くのスキー場に毎年のように泊まりででかけていた。かんぽの宿がまだやっていたころで、2泊8食つきで8900円とかいう格安の値段だった。8食というのは、スキー場でのお弁当までつくからなのだが、よく行っていたと思う。やはり、若かったのだ。そのころは、どの車もルーフにスキーラックを装着していた。スキーももう10年くらい、いや、15年くらい行っていない。最大で5つあったスキー場も今は一カ所だけになっている。スキーラックを付けた車も、姿を消したが、これは車の流行の形状がセダンからSUVなどに変わったこともあるだろう。ともあれ、白鳥や真鴨が集まるところに到着。車を降りて、近くまで。帰りがけに、道の駅によって、アップルパイを二つ買って帰る。夕飯は、先日沖縄フェアで買った沖縄そば。太麺の縮れ麺で、ラーメンとうどんの中間のような感じだ。懐かしい味だ。この前、沖縄に行ったのは3年前。息子たちの結婚式にも来てくれた、お嫁さんの従姉妹の結婚式だった。また、行きたいのだが、ちょっと今はね、という感じだ。コロナで選手権もやはり中止になったし、宿泊旅行に行くのは3月くらいになりそうだ。
2021.01.24
来週の2年特講から、1回1題ずつ、今回の大学入学共通テスト国語の問題を解いていく。平均点の中間集計は116点。予想よりも5,6点高い。やはり簡単だった。高校生の国語の力は年々落ちてきているので、どうだろうと思っていたが、案外そうでもなかったのだろう。第3問古文は、久々に歴史物語からの出題。前回は確か『大鏡』だったが、今回は『栄花物語』。道長の六男である藤原長家が妻を亡くした場面である。おそらく古文の出来は50%を切るくらいだろう。基本的な古語を知っていればできるのだが、丸暗記は通用しない。例えば「まねぶ」は「学ぶ」の古語で「まねをする」意味だと分かっていても、問1(ア)えまなびやらずの訳を選ぶ問題は誤答が多かったと思われる。ちょっとだけ文脈を辿ると、これをだに悲しくゆゆしきことにいはでは、また何ごとをかはと見えたり。・・・・いへばおろかにて、えまなびやらず。(口語訳)このことさえ悲しく嘆かわしいことと言わなくては、ほかに何事が悲しいのかと思われた。・・・・ここまでに必要な基本的知識は、「未然形+で=~しないで」(いはで=言わないで)「かは(やは)はほとんど反語」という基礎的文法。もちろん妻の葬儀の場面だから、悲しいのはその死である。問題は次で、選択肢③は「とても真似のしようがない」。これに飛びつく受験生は「まねぶ」を中途半端に丸暗記しただけだ。ここで必要なのは「え~ず」は不可能表現であること、「~やる」は補助動詞で、「最後まで~する」の意であることという知識だ。そして何よりも「いへばおろかにて」という直前の文脈をきちんと見ないといけない。「おろかなり」は「疎かなり」で、「不十分だ」の意。「言ふもおろかなり」「言へばおろかなり」は「言葉で言うとなると、どう言っても不十分だ」の意味である。だとすると「えまなびやらず」の「まなぶ」は、「悲しいという心の中身を言葉でまねる、つまり表現する」という意味になるのではないか。現に古語辞典では「まなぶ」の解釈として「表現する」というのがある。しかし、受験生がここまで覚えていることは普通はない。「まねる」というのは、「本物」があって、その「イミテーション」をつくるということだ。ここでは「本物」は「心=悲しみ」で、「イミテーション」は「言葉」である。「いへばおろかにて」と前置きしているのだから、「えまなびやらず」の訳は「言葉でこの悲しみを言い表しきることができない」の意味になる。正解は「④表現しつくすことはできない」まあ、こんなふうに全問解説するのだが、今回は問5の和歌の解釈が2問16点という高配点で、対策が必要だ。どちらにしても古文は「解釈」であり、そのために知らなければならないのは、古語の原義である。「原義」さえきちんと理解していれば、あとは「応用」であり、それはそれぞれの文脈においてするほかない。今の2年生はやっとこのことが分かりかけてきているのだが、さて、どうだろうか。
2021.01.23
妻を歯医者に迎えに行き、そのまま中華の店に。ここの焼きそばは絶品だ。パーテーションで仕切って、二人横並びに掛けるようになっている。これなら、店内の感染は心配ない。頼んだのは五目焼きそばのハーフと五目チャーハンのハーフ。妻はエビ焼きそば。久しぶりに外で美味いものを食べた。この状況でもテイクアウトとかはあまりしない。コーヒーを頼もうと思ったが、近くのスーパーでイチゴが安かったのを思い出し、そちらを帰宅後のデザートにすることに。スーパーでは沖縄フェアをやっていて、島らっきょうやジーマミー豆腐など名産を4,5点。魚もいつものスーパーより安くて新鮮だ。甘夏と八朔。などなど買うと5000円を超えた。高いデザートになった、と笑いながら帰る。昼がヘビーだったので夜は軽めに。ジーマミー豆腐が美味しかった。
2021.01.23
昨日は妻を歯医者に送り、終わるまでの間45分ほど射場で。カスケードで時々起こるのだが、「切った」のか「切れた」のかが判然としない射がある。大体10点に入る。これじゃないか!と勘違いする。いや、勘違いとも言い切れない。今日はゆっくりそのあたりを追求するつもり。
2021.01.23
弓を初めて射ったのは高校2年生だったが、その時はいわゆる「一本ボウ」で、「テイクダウン」というハンドルとリムがバラバラで組み立てられる弓など、とても高くて買えなかった。同じく矢も羽根(ヴェイン)はフェザーヴェインで、当時売り始めたプラ羽根は高級品だった。もちろんアルミ矢である。カーボンはまだなかった。トライアンフ、FATBOYの羽根をフェザーに換えてもらった。自分ではできない。こういう時に、弓友の存在はありがたい。レストとの干渉が最小限になるかと思って頼んだのだが、昨日、さっそく射ってみると中りはやはりばらつく。20-12でもばらつく。15本射ってどれも135+2,3点。つまり275前後。火曜日にいいと思ったカスケードはさっぱりで、SPOT FOGの方がまだましだった。弓は道具のスポーツだが、道具の前に腕前である、ということを確かめた昨日の練習だった。今日はSPOT FOGの最適トラベルを探す。三階でも射場でもいい。
2021.01.22
今日は推薦入試で、7時30分ころには家を出る。久々の定時出勤という感じだ。校長時代は、7時15分が毎日だった。今年度は、3時間目からの日が2日、昼からの日が1日だから、ほぼ4年ぶりの定時出勤となる。何だかちゃんとした勤め人みたいだ。多分、昼には退勤できるから2時くらいから射場に。カスケードでどれくらいやれるか、引き続き試してみたい。一昨日の感じだと、赤は射ちようもないくらいのいい中り方だった。弓から帰ったら、相撲。結局、正代と朝乃山のどちらかが優勝するんじゃないかという感じにもなってきた。大栄翔はちょっと難しいだろう。勝ち進んでも決定戦になるとさすがに分が悪そうだ。唯一可能性があるのは、勝ち進み、千秋楽結びの正代ー朝乃山で朝乃山が勝つケースだろう。自分としては朝乃山に3敗でもいいから優勝してもらいたい。何だかんだいって四つ相撲力士が好きだ。さて、ぼちぼち出勤準備。
2021.01.21
昨日、教頭と次年度についての話。元の国語科主任なので、話は早い。次年度は1~3年の特進現代文、7時間、教科会1時間、特講3時間の11時間。現在と同じ待遇。要は週20時間の専任ということらしい。「らしい」というのはまだ正式な決定事項ではないからだ。今年度に比べると1時間多いが、まあ、仕方ないだろう。できれば週3日としたいが、ことによると週4日かもしれない。いずれにしても、特遇であることは確かなので、恵まれているというべきか、安く使われているというべきか。やっている仕事内容を考えれば、はっきりと後者なのだが、他人から見れば、週に3回くらい、昼前ころ出て行って、4時には帰ってくる。たまに、夜8時を過ぎることもあるが、夏・冬・3月は何だかずっと休みみたいだ・・・ということだから、恵まれていると見えるだろう。それで、共済年金分くらいの稼ぎにはなる。いや、三階建て部分の支給は相変わらず停止だから、ならないか。だが、わずかだが、年金は加入しているので増えていくし、保険も共済だし、損得をいえば確かに得の方がちょっと大きい。最低賃金でこれだけ稼ごうとすれば、週6日フルタイムだ。しかし、もっといい条件で他校にという話もないわけでもないのだが、いまさら新たなところで、というのは気が進まない。ちょっと変わったのは、1年の現代文は2時間だが、あと1時間古典との相乗り。半分は現代文、半分は古典。教え子が古典に入るので、その0.5時間はいわば後進の指導をしてほしい、とのことだ。公立中学からの転職だから、新人じゃないし、できないわけでもないだろうが、ちょっとしたアドバイスくらいならした方がいい。素直ないい生徒だった。まあ、そろそろそういうこともやりながら、徐々に時間数を減らし、フルリタイアに備えるということか。特遇もあと1,2年というところかもしれない。
2021.01.21
昨日は、午後から夜までの仕事で、結構きついのだが、性懲りもなく10時から射場に。1時間だけ、と思って行った。最初から点取り。3本×5回を1セットとして、4回で60射ということになる。最初の2セットはSPOT FOG。275だが、8点が3本も。次の2セットはリリーサーをカスケードに変えてみた。ちょっと左右が違うことを忘れていきなり8点からスタート。だが、最終的には282。何となくだが、10点に入れる射の感覚が分かりかけた。「押してから引く」から「引きながら押す」に変えた。そうすると、9点でも「縁」がほとんどない状態。アウターの10点なら3本に2本は入る。だったらカスケードでもかまわない。最近は、トリガー、トリガーレスにかかわらず、どのリリーサーでも一定の中りにはなってきている。明日は午前中で仕事は終わるから、2時半ころから少したっぷりと射ちたい。できれば90射。多分2時間はかかる。
2021.01.20
10万円といえば、まあ、大金だという感覚はあるが、今だと学生でもひと月10万では暮らせないだろう。大学生の時、自分の仕送りは確か3万。授業料が年間で36,000円の時代。家庭教師や塾のバイトで2,3万稼げば、結構リッチな生活だった。10万人というと、まずまずの地方都市である。自分の故郷は、小学生で人口のことを習ったときにはもう10万人を越えていた。こじんまりとした田園都市だった。もう親戚もいないも同然だが、両親の墓があり、弓の試合をかねて年一回は行く。今でも好きな街並みだ。10万回。今日見たらアクセス数の総計が10万を少し超えていた。あまり気にもとめないのだが、再開してほぼ4年。結構たくさん見てくれているらしい。ツイッターとかいう短文投稿には興味がない。やはり、それなりに段落を構成して「文章」を書きたい。書きたいだけで、読んでほしいとはあまり思わない、というか誰かが読んでいることを想定すると、好き勝手に書けなくなる。まあ、毎朝の脳トレみたいなものだ。
2021.01.20
今日からまた一週間。木曜日は推薦入試で授業はないが、採点などがある。まあ、本業はあくまでも授業で、その他のことは雑務だから、実質は5時間+特講が今週の仕事だ。1月もあと2週間だが、2月からは2年生の授業5時間+特講が仕事。特講もあと5回程度である。共通テストの古文と漢文は何とかできるくらいには鍛えたし、現代文はいつやってもOKだから、特講か授業の教材にしてみてもいい。国語に関しては、変わる、変わると大騒ぎしたわりには、センター試験とそう変わらない。気になるのは評論の漢字問題が5択から4択になったことくらい。また、複数資料問題は評論でも小説でもほぼ4択になっている。古文・漢文は5択のまま。4択と5択では、偶然の合格者の出る可能性が相当違うと、昔、何かで読んだ。だから司法試験とか公務員試験は5択だったように思うが、今は違うのかもしれない。逆に言うと選択肢が多ければ多いほど、理性的な選択が求められるということだ。来年度の自分の選択は仕事を辞めてしまうか、続けるかの2択。まあ、どっちでもいいような気もするが、続けるの1択しか実際はないだろう。辞める気はさらさらないのである。お金の問題は多少はあるが、大きいことではない。ただ、来年度が最後の1年になるかならないかは分からないし、せいぜいあと4,5年だと思う。10年ということはまずない。本業の授業をどうやっていくか、そこにはいつも4択や5択ではすまないほど多い選択肢がある。
2021.01.19
欠礼状などで、知人が亡くなったことを知る機会は年々増えてくる。歳だからしかたのないことだが、つい先日も2歳上の知人が亡くなった。新聞の広告で知ったのだが、時節柄、家族葬でということだった。家族葬で葬儀終了の広告を出すと、結局その後ばらばらとお参りが続き、ご遺族はかえって大変だということも聞いていたので、お香典は郵送で。後日、妻と伺うことにしたい。若いころ、よく我が家で雀卓を囲んだ大学の先生で、子どもが小さなころは家族ぐるみのつきあいだった。ここ20年ほどはお会いすることもなくなって、という感じだったが、おととし突然お電話をいただき、妻と自宅を訪ねた。病気の小康状態のような時で、古い年賀状などを整理していたら、自分たちからのが出てきて電話したということだった。多分、最後にちょっと会いたかったということだろう。雀卓を囲んでいたメンバーは電気屋さん、母校の先生で大学の先輩だったが、その二人とも若いうちに亡くなった。4人の中で、自分だけまだ生きているのは、何だか妙な感覚だ。最近は、夢の中に亡くなった知人や両親などがたまに出てくる。夢では、まったく普通にみんな生きている。目を覚ますとやはり何だか妙な気分になるが、そういうことと似ている感覚かもしれない。
2021.01.18
昨日の試合。一応の目標は550点だった。結果は1回目275、2回目277で552点。一応の目標にたいして一応の合格点である。リリーサーはSPOT FOGだが3本だけ1回目でSTAN。8点は1回目2本、2回目はゼロ。ということは10点は、1,2回目とも7本ということになる。矢は20-12。やはりこの細い矢では、10点はなかなか食ってくれない。もし、23の矢ならあと4,5点は、とも思う。トライアンフとFATBOYのヴェインをフェザーにしてもらうことにした。来週は間に合わないかもしれないが、試す価値はある。射自体は、あまりよくはない。押し手がどうしても下がり気味で、サイトで調整せざるを得なかった。今までと同じである。ただ、フォームさえきちんとしていれば、それでも入るときは入る。2回目は最初の10点の後、9-9-9が5回くらい続いたが我慢できた。サイトを調整して、最後は57-56くらいだった。細かな技術でいうと、トリガーに親指を立てたまま当てるのではなく、親指を曲げて当てる直前の形を作る、という変更をしたら安定した。今日、それでいいかどうか、午前中は多分射場が開くので、確かめてみたい。
2021.01.18
昨日の練習では20-12の矢で、SPOT FOG、STAN(トリガーレス)、カスケードの3種類のリリーサーで、15本ずつ。順番に+4、+4、+3。8点はカスケードで1本。以前よりは大分マシになってきているが、まだ270台後半くらいだ。今回はSPOT FOGでいくことに決めた。注意点は、絶対にパンチングしないこと。一度でもパンチングしたら、トリガーレスのSTANに切り替える。切る直前に少し顔を遠くして、的を遠目に見るような感覚で引くと、その瞬間で切れることが多いことも分かった。次にFATBOYを試したが、これはダメ。やはり、レストの干渉の影響が大きいようだ。最後に20-12とSPOT FOGで15射×2回。+5、+5でやっと280。8点はなし。20-12での8点は、75射で1本だけ。自分としては珍しい。
2021.01.17
久々に早起きし、昨日行われた「大学入学共通テスト」国語の問題を一通り眺める。「一通り」というのは、問題文を一回読み、設問のいくつかを解いてみるような「眺め方」だ。全部、きちんと読んで解答→正解と照合、という解き方は、50代まではやっていたが、今は新聞の活字が小さすぎて、老眼鏡でも苦しい。昔から解答して間違ったことはない。所詮、マーク式の問題で思考力などを問うことは不可能なのだが、作成者はそれを「複数資料」とすることで、可能だと錯覚している。相変わらず必要なのは、「辿って読む力」であり、各予備校の評価では「難化」したようだが、自分の印象では小難しくなっただけである。特に「評論」は、生徒のノートを設問者が書き、そのノートの出来があまりよろしくなく、ああ、そういうことなのねと思うのに時間がかかる。今までのように、本文の趣旨・内容を問う方がずっと直截的でいい。このテストは、一握りのレベルの高い大学では配点比も低く、個別試験の記述問題の方が重視されるのは従来通りなので、まあ別にいいか、という感じだ。新聞の見出しは、「マスクで集中困難」などという事の本質とはほど遠いワイドショー的野次馬根性で作られている。困ったものだ。自分の予想では平均点50%強だが、満点率や90%以上の高得点者はそれなりに増え、一方35%以下の低得点者も増えるだろう。その意味では、テストとしての有効性は、幾分マシになったかもしれない。そもそもこのレベルの問題を50万人も受けるのだから、箸にも棒にも、というまともに文章を読んだことのない受験生は最初から3~4割くらいはいる。いずれにしても、すべてをちゃんと見てから、内容については項を改めて論ずることとしたい。
2021.01.17
土曜日だというのに、なぜか日曜日の気分だ。金曜日からの4連休が毎週だとつい勘違いをしてしまう。今日は、10時ころ射場に行く予定。昨日は1時間ほど射ったが、大体275近辺の中り。赤は出ないが、10点も出ないという感じだった。トラベルを短くしすぎたのを、ほんの少し戻した。トリガーはこの調整が微妙だ。SPOT FOGは以前は全然ダメだったのだが、今はわりといい感じである。明日が試合だが、何だかあまり気が乗らない。人数も少ないだろう。
2021.01.16
昨日は1時間。一人だったので的を2枚貼り、6本射ち。最初は8点が1本で274。次は8点2本、6点1本で273。最後のエンドでバテた。押し手がどうにも言うことを聞かず9-8-6。これで、試合なら、あ、終わった・・・という感じ。ちょっとだけレストを出す方向に調整した。多少まとまるようになり、二回目の10点は10本。できれば15本出したいのだが、やはり20-12は細い。
2021.01.15
昨日、3年生は大学入学共通テスト前の最後の授業。今年の生徒は、推薦で私立大に合格を決めてしまった者が多いが、一題だけ問題演習を。「論理」の分野、「科学論」。科学と宗教の類似性を論じた池内了の【文章2】が面白かった。池内によれば、科学と宗教は思いのほか類似性がある。一つは、絶対者ーその代理としての専門家ー一般大衆という三段階のカースト構造があることだ。そして物言わぬ神や科学的真理の代弁者としての専門家が、実際以上の権力を手にすることである。「緊急事態宣言」も一応専門家の集団である「分科会」という諮問機関の意見を汲んで発出されたのだが、専門家の意見を聞くのが遅すぎるという論調は多いし、多くの国民もそう思っているらしく、内閣支持率はガタ落ちである。専門家なら「コロナ」という病気について、他の感染症と比較したときの、感染力の強さと裏腹の致死率の低さや、重症化する割合の低さなども、現在分かっているデータを「総合的、俯瞰的」(もちろんこれは皮肉だ)に解説すべきだが、彼らが言うのは「感染力は強い」「重症化した患者に医療は対応しきれない状態=医療崩壊、が生まれつつある」「宣言を出しても人出は減らない」「コロナについては分かっていないことが多いから怖い」「ワクチンは冷静に評価してからでないと効果は分からない」などということばかりだ。先の科学と宗教の構造的類似性でいうなら、専門家は、コロナという悪神がいて、それは神であるが故に絶対にその正体は分からない。しかし、神であるが故にこの上なく恐ろしいものである。だから、恐れて家に閉じこもれ、と命ずる司祭のようなものだ。一方、政権は経済至上主義という別の神を信仰しているから、それに唯々諾々と従うわけにもいかない。何とか二つの神の融合を図ろうとする。それで、中途半端な宣言を出し、コロナの神に洗脳された国民はヒステリー状態で、内閣を拒絶する。だが、一部の国民は、実はよく分かっていて、外食にも時々出かけたりもする。人出もそう減りはしない。在宅のテレワークができるなら、体もラクだしありがたい。しかし、さすがに旅行には行けないから、お金も一向に使わない。高級車が売れ、バブル期のように株価も上がる。専門家と聞けば、平身低頭する大部分の国民は、それを見てますますヒステリックな状態に陥る。一連のコロナをめぐる言説をみていると、自分にはそういうふうに見えるのだが、まあ、少数意見なのだろう。
2021.01.15
木曜日。今日は担当授業のすべてが3~5限。これで、今週の仕事はおしまい。週3日で、非常勤ではなく、一応20時間の常勤扱いというのは、ありがたい雇われ方だ。それも65歳までだったのを、1年延ばしてもらっている。それには、それなりの理由があるのだが、来年度はこの形なら週4日にはなりそうだ。さて、どうしようか、考えどころではある。いずれは非常勤になるのだから、来年度からということでもいい。ただし、その場合は入試問題検討の教科会からは外してもらうことにしたい。人の問題を直してあげるのは、正直しんどいし、嫌になる。今日は、退勤後、射場の予定だが、あまり無理はしないことに。昨日、三階で30射ほど近射したので、もういいかな、という感じだ。ただ、いずれにしても理事会には顔を出す。日曜日は試合なので、土曜日はじっくり練習したい。朝、ちょっと雪が積もっているので、かかないと。妻の腰の調子が悪い。今年は雪が多い。それから、授業の予習も少し。3年の問題演習は30分はかかる。授業のほかに、来週の特講のプリント印刷も必要だが、これも30分程度。昼休みでできるだろう。今日の弁当は、この前のすき焼きの材料が残っているので、すき焼き弁当。なんだかんだと、仕事が始まると1週間はあっという間に過ぎていく。冬休み中と違って、妙な感覚だ。さて、これからちょっと二度寝。
2021.01.14
昨日は、妻が耳鼻科だったので、職場で少し待機していた。診察は大分遅れて、5時15分くらいに退勤。耳鼻科そばの駐車場で待つ。その間、大相撲がちょうどいいところだった。三大関がそろって黒星。まだ3日目なのに、三敗、二敗、一敗が一人ずつと情けない状況だ。この人たちは本当に強いのだろうか、と思ってしまう。特にカド番の朝乃山は四つ相撲で好きなタイプだけに残念だ。何だか弱くなっている。こういうことはよくある。連鎖反応というやつだ。1都3県の緊急事態宣言は、関西圏、名古屋圏などを加えて、拡大される模様だ。これも一種の連鎖反応だろうか。パフォーマンスの上手な都知事は国の尻を叩いた格好で、宣言を出させた。そうすると同じく感染者が増えている他県の知事も、何だか自分は国の言いなりになっていると思われるのもイヤだし、という「政治的配慮」が働くのだろうか。国は特措法の改正をするようだが、罰則規定を設けるという。「緊急事態」なら、それもやむを得ないとは思うが、「私権」の制限をするだけで十分ではないかとも思う。「私権」という言葉は、「個人主義」が「利己主義」と解されるのと同じく、「基本的人権」という言葉に比べて、「世の中の流れに従わない身勝手な行為」というふうに聞こえる。国会でやろうとしていることは、「緊急事態」下での「基本的人権」の制限である。それをどういうふうにやるかは非常に大事な点だ。例えば、コロナの集中病院を作ることを公立病院に命令する。そのために、必要な人材を入れ替える。都立病院だけで14の病院があり、そのうちの3病院くらいをコロナ疑いの患者しか診ない病院にする。当然専門医、専門看護師をそこに集中する。それ以外の人は、一時的に異動させる。これも十分「基本的人権」の制限に当たるのだが、医療崩壊を防ぐという意味では効果があるだろう。また、その必要性を納得しやすい。しかし、雀の涙ほどの協力金で、店を閉めさせる。閉めない場合には、刑事罰を科す、というのは重大な人権の制限である。あるいは、外出自粛に従わない個人に罰金刑を科すこともそうだ。何でもかんでも「必罰」であるという主張は明らかに「過剰反応」というべきだし、報道もそれを煽っている。
2021.01.13
昨日は、仕事始めだったが、午前中は射場も開いていたし、1時間ほど。ちょうど60射。最初に、SPOT FOG、20-12で点取り。前半+5、後半+3で278。後半に痛恨の8点が1本。なかなか、すべて黄色に、というわけにはいかない。その後はFATBOYやトライアンフを試したが、やはり20-12よりも左右にばらつく。いくら太くても、これでは使えない。本来はレスト調整が必要だが、その時間はとれない。日曜日の試合は20-12、SPOT FOGでトライしてみることにした。昨日、意識したのは最後に背中の筋肉を締める動作。これだと、サイトの下がりは最大限抑えられるし、安定する。ただ、今朝になって筋肉痛。普段使わない筋肉を使えば、無理もない。今日は練習は休みだし、回復するだろう。明日、午後にもう一度、この射を試したい。
2021.01.13
今日から始業。今日は2年生2時間+特講の予定だが、特講をやることにしていたかどうか記憶にない。手元に予定表もないので、行ったらわかることになる。まあ、いろいろと準備もあるから少し早めに出ることに。感覚としては「やっと始まる」という感じ。やはり、仕事が始まると生活のリズムができる。休みもいいが、毎日が日曜日というのはまだ早いかもしれない。風邪も回復したし、3年生は1月いっぱい。2年生は3月半ばまで、とにかく仕事もレベルを落とさずやりたい。
2021.01.12
昨日も2時間ほど射場に。3射×5回を1セットとして、6セット。90本。2セットごとに矢を変える。リリーサーはすべてSPOT FOG。最初は点数は気にせず、エイミングから押し手が下がらないことだけを意識した。もう一つは親指トリガーをどうやって落とすか。一つは、親指の第1関節に当て、後は引くやり方。もう一つは、親指を曲げて引く。どちらにしても、エイミングがしっかりついてからの動作だ。曲げる方が切れやすい。トライアンフ→ファットボーイ→20-12と矢は変えた。最後の20-12の時に、点数を数えた。最初の15射では、+6。10点が6本、8点はない。次の3射が10ー10-9。この辺で280台を意識した。途端に9-8-8。台無しである。その後、9-9-9、10ー10-9,10-10-10でやっと+5。281でかろうじて280台。練習でも久々のことだ。フェザーヴェインの20-12ではレストの干渉が最小限になるのが大きいようだ。矢もファットボーイと同じく速い。しばらくはこの矢で。いずれにしても、ランチャーレストの左側に擦れた跡があるから、レスト調整が必要だが、微妙な調整で難しい。今週は、木曜、土曜と練習して日曜が記録会。何とか頑張りたい。
2021.01.12
前にどこかで書いた課題の解答。昨日書き上げた。今日はこれから残りの答案の採点である。 「人間は一人では完結せず、その誕生と死において他者との関係にかたどられている」と筆者は述べているが、その通りだ。だからこそ、他者と断絶している死、つまり孤独死は防がなければならない。孤独死は、他者に看取られる死と同じ「生理学的指標」に還元できるとしても、「人間的な意味を持つ出来事」とは言えない。 さらに言えば、人間が「他者との関係にかたどられている」のは、「誕生」と「死」の間にある「生」においても同様だ。現代において「孤独死」がこれほど問題化するのは、他者との関係にかたどられない「生」が可能になっているからでもある。 近代は人間を「個人」として尊重することを教えた。個々人は「選択の自由」を手にしている。そして現代は、産業、特に商業の発達によって、望むなら何年でも、誰とも関わらずに生きていけるようになった。無論、金さえあればの話だ。もし、そういう人がいたとして、彼が一人で死んでいくことを「選択」したのだとすれば、それは防がなければならないことなのか、という議論が現実的に可能である。 だが、まず議論の前提は本当に正しいのだろうか?経済的に豊かさの中で、彼はそのような人生と死とを「自由に選択する」だろうか。現実的には、そんなことはないだろう。ほとんどの場合、むしろ、貧困の中で、彼はそのような人生や死に「落とし込まれていく」のである。だから、孤独死は、彼が望み、選択した死ではなく、彼の望みに反して選択せざるを得なかった死である。つまり、彼の死の孤独は、彼の孤独な生の帰結である。 だとすれば、「孤独死を防ぐ」ことは「孤独な生を防ぐ」ことと同義であり、「人間の生は他者との関係にかたどられているべき」だからこそ、「孤独な生」を生きさせてはならず、「孤独な死」を死なせてはならない、といえる。 それを可能にするのは、人間を匿名化していく「社会」ではなく、顔の見える人間同士の「共同体」である。(795)
2021.01.11
昨日は2時間ほど射場に。SPOT FOGでどうなるか、最後に点取り。54-55-56-54-52=271(10点5本、8点2本、7点1本)まあ、初めて試したリリーサーにしては上出来かもしれない。一昨日は点取りこそしていないが、どうみても260台前半くらいだった。今日は冬休み最後だし、午前中10時ころから行く予定。矢もあと2種類試してみる。勘違いしていて来週が記録会。550は出しておきたい。
2021.01.11
1都3県の首都圏に発出した緊急事態宣言は、連休明けには関西圏に、その後、名古屋圏などに拡大されそうな感じだ。陽性率が東京では特に上がっているそうだが、民間検査の影響もあるのだろう。どちらにしても、2000人超えというのは、さすがに違う局面に入ったということだ。個人としては、感染対策は十分やっているし、外食に行く気にもなれないし、これ以上何もできない。今回は、一律で10万寄越せなどという声も上がらないようで、それはよかったが、コロナで失業した人たちが、大人食堂に行列を作る映像は衝撃的だった。8万人というが、その中の一定の割合の人は、路上生活に追い込まれることになる。そういう状況で別に生活に困っていない人が、オレにも10万円くれ、などというのは不見識であり、不道徳だ。前回の一律給付にも自分は反対であることをはっきりと書いたが、同じことは一律6万円という外食事業者への給付にも言える。まず、個々の店に減収額を申請させて、その80%を支給し、支給後、必要な書類を提出させて不正があれば罰するというやり方でもいいと思う。店舗の規模によって1日6万なら十分というところも多いはずだ。あるいは、スピードが大事だというなら、今、6万円を給付しておいて、事後的に調べて減ずるところと増やすところを判断してもいい。とにかく「一律」が「公平」だというのは、自由主義経済下では完全な誤りであることをもう一度述べておきたい。
2021.01.10
昨日は、午前中、久々に射場に。SPOT FOGというトリガー式のリリーサーも試した。どうやら、トライアンフとの相性が一番いいみたいで、わりと中る。終盤は、赤に外さなくなった。近射では、2つ伸ばしたドローレングスを1つ縮めた。やはり、18m先の的を狙うといろいろなことが違ってくる。ピープも5mmほど下げた。鼻水はすっかり止まったので、今日も11時台に行く予定。いや、買い物をつきあってから昼食後になるかもしれない。
2021.01.10
長いと思っていた18連休も、あと3日。1~3月の仕事は少し楽になるだろう。4月からどうなるかは、まだ分からないが、ほとんど変わらないことになりそうだ。風邪は薬が効いて、昨日から鼻水も止まった。体温も完全に平熱。弓の方は選手権のエントリーをやめることにしたが、選手権自体がやるかどうか怪しくなってきている。真冬の移動は、今年はちょっときつい。今日あたり、射場に少しだけ行って、明日の試合には一応参加予定。仕事はあと20数枚、生徒の課題を読み、採点。これからやる予定。2時間はかかるかな。それから、生徒のレベルよりちょっと上の模範例を書く。ここも自分としては大切な仕事だと考えている。書かせっぱなしなら、何の勉強にもならないし、自分のレベルを遙かに超える例では、嫌になる。こう書けば、かなりよくなるし、書こうと思えば書けるな、と思わせることが、教える技術だ。
2021.01.09
正月、4歳の孫とトランプで遊んだ。「神経衰弱」は勝てない。孫は「シンケンスイジャク」と言う。「真剣にやるからシンケンスイジャクなの?」「うん、そーだよ」。最後に合わないカードが出てくる。どうやら、孫が違う札を同じだと勘違いしたか、取った札を小さな手に抱えていたので、そこからこぼれたかしたらしい。いずれにしても、圧倒的勝利を収めた孫はご満悦だ。アメリカのトランプは、僅差での敗北をどうしても認められず、「不正があった」と主張し続けている。頭の程度は4歳児とあまり変わらない彼が4年間もアメリカ大統領であり続けることができた方が不思議だが、それを支えた共和党のエスタブリッシュメントたちの罪の方がよほど大きい。しかも、一昨日は「Walk in!」と煽られたデモが議事堂に乱入、4人が射殺されるという事態にまで及んだ。そこから24時間たってやっと「この騒ぎは間違いだ。平和的な政権委譲に協力する」とコメント。責任逃れを始めている。議会では「弾劾」「罷免」あるいは「逮捕」まで求める声もあるが、今度は大統領のうちに、自らを含む「恩赦」を検討するなど、これほど支離滅裂な終わり方もないだろう。アメリカはトランプのしてきた一連の犯罪と犯罪的政策を清算しなければ、もはや民主主義国家と言えないだろう。そのアメリカに追随してきた日本は、どこへ向かうのか。よく分からないままだ。
2021.01.09
なかなか鼻風邪が治まらず、昨日はかかりつけ医に受診。熱は平熱なので、いきなり行ってもいいだろうという判断。症状は鼻水だけ。それにしても「熱はないから病院に行ける」というのも変な話であり、コロナ下特有の出来事として後まで語られるだろう。それでも看護師の問診はいつもより丁寧に聞き取り、待合から離れたところで待つ。先生の診察はいつも通り、触診もあり、過去のカルテで鼻水がひどかった時と同じ薬を処方してくれる。今朝になって、ほぼ治まっているが、雪かきは人を頼むことにする。
2021.01.08
昨日も三階で二回に分けて50射ほど。3種類のリリーサーを試す。HBC、カスケードともう一つはカーター・エンバー。エンバーは親指トリガー型で、フェザータッチに。今のところ、カスケードが一番いい。ドットについたときに押し、そのまま引くから迷いがないし、切れやすい。ただ、ズレが小さいのはHBCとエンバー。どれがいいか、今日も三階で。
2021.01.07
「仕事始め」といっても、昨日から生徒の休み前の課題作文を読み出したということで、新学期が始まったわけでもない。妻を歯科医院に送った後、学校にもちょっと行ってみた。来週から授業なので、ちょっと教科書くらい見ておこうかと思った。まるで、勉強道具を置きっぱなしにする劣等生である。生徒の授業評価が上がってきていたので、校長からもらってくる。ついでに面談。まあ、指導書のコピーをノートにきれいに貼って授業に行ってた校長だから、何か文句でも言ってきたら、ばっさり斬ってやるつもりだったが、そんなこともなく、終了。評価が高いのは例年のことなので分かっているが、特に教科平均より群を抜いて高い項目は「この授業は力がつくと思うか」で4点満点の3.8強。次いで、「授業を通して学ぶ意欲が高まったか」で3.5強。こちらの方は平均より0.5高い。このアンケートは自分が校長時代に作ったもので、業者との打ち合わせ段階で、特に最後のこの2項目が重要という点は、了解し合っていた。授業技術的なことは実は些末な問題であり、要は学力の実感と意欲なのだ。まあ、パーフェクトではないのだが、自分としてはこれくらいの数字なら合格点だと考えている。意外だったのは一番よかったのが、「質問・発言に適切な対応を取っているか」という項目で3.9。去年よりもずいぶんいい。多分、役職定年から4年目、それなりに授業が進化しているのだろう。あるいは、人間ができてきたのかな?だが、実際のところは生徒の方が代替わりして「前校長」という意識がなくなったことが大きいのかと思う。昔から質問にはできるだけ分かるように応えているが、生徒から見て敷居が低くなったのだ。校長時代は全教員のを見ていたが、はっきり言うとダメな教員はいつまでたってもダメである。経験年数とはほとんど相関がない。自分が管理職だったころは、さぞ居心地が悪かっただろうと思う。仕事が始まるとどうしても早起きになる。考えてみたら、自分が高校生の時も、たいして勉強などしなかったが、朝の1時間くらいは、宿題とかをやってはいた。それで何とかやっていけたのは、今考えると、高校の授業がものすごくよかったからだと思う。もちろん最悪な授業しかできない教師もいたが、ごくまれだった。ところが、母校はいまや悲惨な状態だ。理由ははっきりしている。前の副校長が、勉強ができないヤツだったからだ。それで生徒指導や部活に走った。そういうことが得意な人間ばかりを集め、進学校として欠かせない人材は嫌気がさしてしまったのである。いつも書いているが、小学校だろうが中学だろうが、教師が勉強ができない人間だという本末転倒が、勉強より部活や生活指導という本末転倒を生んでいる。まあ、いまさら世直しをするような年齢でもないから、自分としては与えられた授業を少しでもいいものにという努力をするだけだ。
2021.01.07
緊急事態宣言は、飲食店への時短要請を主な柱とするようだが、協力金ではとてもやっていけないから、要請に従わないという店もあるようだ。それはそうだろうと思う。十分な補償ならともかく、一律に一店舗一日5万円とかいう額なら、家賃と光熱費でなくなってしまうようなところもある。そこで、より実効性を持たせるため、要請に従わない店舗名を公表するという。こんなおかしな話はない。もう何度も書いていていやになるのだが、「要請」である限り、それに従うかどうかは個人の「選択」だ。「選択の自由」は、基本的人権である。店舗名を公表すれば、「あの店はけしからん」と自粛警察的輩がネット上で攻撃する。すると、自然にその店に行くのははばかられる。結果として要請に従わなければ、客も入らず、宣言解除後の風評被害が続くだろう。学校で、宿題を出さなかった生徒名を公表すればたちまち大問題になる。だが、宿題は「要請」ではなく「義務」だ。それすら、大問題なのに、店舗名公表を「問題視」するマスコミの論調はまったく聞こえてこない。弁護士のコメンテーターたちも何も言わない。最近は逮捕された人間でさえ、重罪でなければ氏名公表はしないではないか。いったいどうなっているのか。そもそも頼んでも断った店の名前を公表するというのは、非常に陰湿な意地悪だという、人間として当然の自覚はないのか。学校でいじめの契機になるのは、ほとんどの場合、担任の言動だ。権力のある者がいじめてもいいというサインを出せば、生徒は「安心して」クラスメイトを傷つける。店名公表はまさに国家権力の出すサインである。コロナを機に、日本人全体がますます同調圧力を強め、劣化していく様子が見て取れる。嫌な時代に、老後を過ごすことになりそうだ。
2021.01.06
今朝は4時くらいに目が覚めてしまった。DVDを2話見てから、起きる。朝食はいつも通り。レタスとミニトマト、ウィンナー、鴨のハム、チーズトースト、コーヒー。鼻水も出ないし、平熱。鼻風邪はどうやら回復したようだ。今日あたりから、三階のストーブをちゃんと点けて、練習再開の予定。妻が歯医者なので、その送迎も。整形はずっと休みで行けないのだが、特に腰に問題はない。ひょっとして、行かなくてもいいところに行っていたかもしれない。まあ、様子見して、薬も止めて、大丈夫なようなら、通院をやめてもいいだろう。なにしろ、朝夕の薬が多い。昨年の医療費も二人合わせるとすごい額だ。これは後から申告すればかなり返ってくるのだが。今年は、晩酌をやめようかと思う。どうも、その方がよく眠れるようだ。とりとめもなく書いたが、そろそろ今年の活動を始動したい。
2021.01.06
昨日も一日寝っぱなしの生活。やはり、回復が遅い。歳なのだ。熱は6℃台で、平熱と言っていいのだが、まだ少し体はだるい。昼に風呂に入って、2日ぶりにすっきりした。テレビで緊急事態宣言を今週中にもというニュース。何だか、やたら横文字を並べる、頭の悪さでは負けていない東京都知事との権力闘争のようで、ウンザリする。1都3県の話なので、こちらと関係はない。などというと、また、「自覚のない高齢者」と言われそうだが、もちろん用がなければ外出などしないのだから、こちらも不要不急の外出は控える生活をしている。弓の練習にも当分行けそうもない。「自覚のない」というなら、基本的人権の自粛要請に嬉々として応え、応じない人間を非難する方が、余程「自覚がない」と知るべきだ。いったい義務教育で何を習ってきたのだ、と言いたい。昨夜は多分8時台に入眠。5時半に起床して、久しぶりにソーセージとピーマン、タマネギでソーセージエッグを作った。それとヨーグルト、コーヒー。これにトースト半分で普通だが、それはなしに。みかん2個。まあ、今日はちょっと外に出てみようかなと思う。といってもせいぜい近くのスーパーとゲオくらいのものだ。そろそろ見るドラマがなくなりそうだ。弓も三階で少しくらいなら。
2021.01.05
ここで、散々コロナ対応の批判をしてきたバチが当たったか、それとも3泊4日でやってきた孫と毎日、全力で遊んで疲れ果てたか、昨日はどうも体調がよくなかった。朝に37.2℃。自分は36.0℃くらいが平熱なので、これだと微熱。昼に37.8℃。結構苦しい。症状は鼻かぜである。風邪薬があったので、それを飲む。夜は36.6℃と少し楽になった。昨夜は9時前に入眠。たっぷり10時間は眠った。昨日は昼寝もしたから、自分の感覚では、一日中寝ていた感じだ。朝、かなりよくなったなと思って測ると35.8℃。平熱である。まだ、鼻はちょっとグズグズしている。朝食もいつも通り。味覚もある。この程度なら、かかりつけ医に相談する必要もない。一応、娘にも妻が知らせてくれたが、疲れが原因の発熱だろう。今日いっぱい様子を見て、熱が出なければそれでいい。こういう時の、自分の基本的な対処法は、「暖かくして、美味いものを食べて、寝る」というシンプルなものだ。それで治ればよし、治らなければ医者に。フルタイムの時代はそうもいかないことも多かったが、それでも無理はしなかった。風邪なんか引くのは気合いが足りないからだなどという馬鹿げたことをいう職場ではなかった。もし、かかりつけ医に行くとしても、今は、事前に電話相談ということになるのだろうが、それも必要ないと判断した。解熱剤などの常備薬はあるので、わざわざそれだけもらいに行くこともない。万が一コロナとしても、濃厚接触者は娘一家と妻だけで、すでにしらせてある。そちらの方は、今のところ大丈夫みたいだ。とにかくちょっと熱が出たからといって、大騒ぎせず、普段通りの対処をするということに尽きる。
2021.01.04
東京都の感染者が一気に1300人台まで上がり1都3県の知事は「緊急事態宣言」の再発出を求めたが、政府の腰は重い。新聞によると、緊急事態宣言下でも、できるのは休業要請に応じない店名の公表くらいだそうで、あまり効果のないことはやりたくないということだろう。その物々しい名称と裏腹に、内実は錆びた刀のように切れない。「出せ」と迫る方もそれがわかっている。これじゃまるで、三文芝居の舞台で刀を抜け、いや抜かないと押し問答した末、いざ抜いてみたら竹光だったというオチの喜劇と変わらない。私権の制限はないということをまるでよくないことのように言うバカなコメンテーターも多いが、私権とは「基本的人権」である。近代は「私」を認めるところから始まるということが、まるでわかっていない。自分としては、出して少しでも効果があるなら出せばいいと思う。ただし、休業補償は十分にして、ということだ。今後のGoToをやめただけでも、そのくらいは賄えるだろう。もし出せば、またワイドショーは大騒ぎして、自粛警察番組のようになり、不愉快な相互監視社会が到来する。それでも、自分は行きたいところに行くし、やりたいことをやるだけだ。「日々自由を行使することは、自由を得ることよりも、自由を守ることよりもさらに難しい」というのは、丸山真男の名言だが、本当にその通りだと思う。自由の行使のために、周囲の「白眼視」を「無視」するという、なかなか難しい技術が必要な国だ。そのためには四六時中群れているような生き方をしないこと、である。
2021.01.03
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