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『ランウェイ☆ビート』『ナンバーナイン』『さいはての彼女』『おいしい水』 『キネマの神様』と同じ2008年に刊行された『ごめん』を、 文庫化に際し改題した、4つの中・短篇が収められた一冊。 因みに『楽園のカンヴァス』は2012年の刊行です。 *** 【天国の蠅】この春、神戸にある国立大学に入学するひとり娘・明日香の詩が佳作に選ばれ雑誌に掲載された。その雑誌に「天国の蠅」という詩が掲載されていると気付いた典子は、自身の父に思いを馳せる。娘のバイト代寸借がバレると、自身の詩集を印刷販売するためだと言って、そのまま失踪した父。娘の身体を奪った男を待ち伏せして殴りつけ、娘にバイト代を返却、母の手術代も全額払った父。【ごめん】結婚10年目の陽菜子は、結婚後3人目の男・正哉と二人でプーケット島のコテージにいた。その際、夫・純一が事故で意識不明の重体となったことから不倫がバレ、正哉との関係も終わる。後日、純一が毎月給料日に10,210円を「オリヨウ」に振り込んでいることを知った陽菜子は、振込カードを手掛かりに高知の赤提灯のおかみに辿り着くと、10,210円を手渡し真相を聞く。【夏を喪くす】恋仲にある大物建築家・渡良瀬が情事の直後に発した一言から、咲子は胸のしこりに気付く。医師から乳癌と告知されるが、不倫が疑われる夫にも渡良瀬にも言えないまま社員旅行で沖縄へ。建設設計・開発プロデュース会社の共同経営者・青柳は、自身が失明してしまうと咲子に告げる。咲子は、渡良瀬に送信した別れのメールを夫のアドレスに転送後、道路中央線上に横たわった。【最後の晩餐】2000年の夏以来、久しぶりにマンハッタンを訪れた麻理子。アパートで一緒に住んでいたクロは、2001年9月11日以来行方不明。その部屋の家賃は、何者かによってずっと払い続けられているという。麻理子がクロを失ってしまう契機となったイアンも、自分ではないと言った。 *** 四人の女性は、読者の共感だけでなく、反発を買いそうな女性像でもあります。 なんだかみんな野心家だし、自らの欲望には思実(忠実?)だし。(中略) 四つの作品は解答編までは用意しません。 事件を提示し、主人公がゆるやかな決意をするところで終わります。 長編ではありませんから、掘り下げが足りない部分もありますし、 物語の裏をもっと知りたいとも思わせます。 しかし、たとえそうであっても読者はここで、 作中人物と同じ「異物」を突きつけられるでしょう。(p.291)文芸評論家の斎藤美奈子さんによる巻末「解説」の一部です。それ故、どのお話も読後感はあまり良いものとは言えません。もし、この一冊がマハさんの作品を読む最初の一冊だったら……そう考えると、恐ろしいですね。
2026.07.20
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シリーズ刊行10周年とコミック版第一部完結を記念した一冊。 黒主祇白さんの手による舞台『京都寺町三条のホームズ』の脚本を 望月さん自身がノベライズしたオリジナル掌編に加え、 清貴・葵・円生・利休・秋人の5人がメインの、望月さんによる5つの短篇と、 コミックスの第1巻から15巻に掲載された秋月壱葉さんによる特典4コマの数々。 さらに、望月さんとイラストレーターのヤマウチシズさん、 劇団『月光夜行荘代表』黒主祇白さん、漫画家・秋月壱葉さん、 担当編集者・宮澤さんとのスペシャル対談4つというバラエティに富んだ構成。オリジナル掌編「春霞の夜の夢」は、舞台のシーンがまざまざと目に浮かんでくるもので、いつものお話とは少々異なった趣の、ファンタジー色がとても強いお話になっています。それに比べると、5人のキャラクターをメインにした短篇は通常運転、安心して読めます。また、関係者4人との対談は、どれも作品を理解する上で興味深い内容でした。
2026.07.20
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『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』に次のような記述があります。 僕は文章を書く方法というか、書き方みたいなのは誰にも教わらなかったし、 とくに勉強もしていません。 で、何から学んだかというと、音楽から学んだんです。 それで、いちばん何が大事かっていうと、リズムですよね。 文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。 前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか…… 機械のマニュアルブックって、読むのがわりに苦痛ですよね。 あれがリズムのない文章のひとつの典型です。(p.129)村上ワールドをこよなく愛する私にとって、今もなお印象に残り続ける一文です。そして、次は本書の中の一文。 どうやら私は、頭の中で文字を音に変換してから理解しているようなのだ。 目で文字を追いかけながら、もうひとりの私が脳内で音読してくれている。 合う文体のときは、すらすらと、 馴染まないときは、おっとっと……何回もつまずきながら。 みんなそうだと思っていたけど、どうやらそうではないんやね。 友人や夫は「文字を視覚でとらえたら音に変換されることなく頭に入っている」 と言うから驚いた。(p.18)私は、著者の高橋久美子さんと同様、普段はもうひとりの自分が勝手に音読してくれるけど、特定の人の声で音読させることも出来るし、友人や夫のように変換なしに入って来ることもある。それでも、合う文体のときはすらすらと、馴染まないときはつまずきながらというは常に共通。文章にリズムがないと読むのが苦痛というのは、絶対的に正しいのです。そんな、ことばと「音」、文のリズムについて書かれた本書は、とても贅沢な一冊。途中に何種類ものカラーページや光沢紙ページを挿入したり、様々なフォントやサイズの文字を入れ込んで、変化、抑揚をつけたとても楽しい仕上がり。さらに、方言も駆使しながら、最初から最後まで緩急自在に言葉を操っています。 心に浮かぶ感情にピッタリの言葉を既存の単語だけで構成し、 相手に伝えるというのは、なかなか至難の業。 言葉に置き換わらない感情も本当はたくさんあると思うし、 それを探すには時間がかかります。(p.3)これを読んだ時は、『生きる言葉』に登場した『説明できないわからない気落ちがあるのはなんで?』の質問に対する答えを思い浮かべました。説明できないってことをわかったうえで、いくつかの目印を集めて、だいたいこんな感じ、と伝える努力をすることが、コミュニケーションだし表現だということなのですね。
2026.07.19
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『街とその不確かな壁』以来の長編。 予約していたものが7月3日に届いて、一気読み。 (記事を書くのに、思った以上に時間がかかってしまいましたが……) これまでの村上さんの作品に比べると、素直な流れのお話。 途中で迷子になって彷徨うことなく、最後まで読み切ることが出来ました。 ***【第一章 夏帆とモーターサイクルの男】自身が描く絵本の女性編集者・町田がセッティングしてくれたブラインド・デート。相手の佐原から「醜い」とあからさまに指摘されたにも拘わらず、夏帆は再度会うことに。が、「一緒にモーターサイクルに乗ってみないか?」と誘われると拒否し、再会を激しく後悔。それから2か月、夏帆は一人の少女が自分の顔を探しに行く絵本を描き上げる。【第二章 武蔵境のありくい】夢 - 何かの作用を受けて一時的に質感を変更された現実の一部 - で出会った雌のありくい。彼女に武蔵境に引っ越すよう促され、夏帆は花畑から武蔵境の平屋の一軒家に転居する。夏帆同様、花畑から引っ越し、その家の床下に住むことになったというありくいの奥さんは、ご主人が大型のモーターサイクル音を聞きつけ、危機が迫っていると気付いた経緯を伝える。その後、夏帆はありくいの奥さんに頼まれ「シロアリのオイル漬け」を『とぎや』に取りに行く。それは武蔵境の駅の近くの商店街の中ほどにあり、包丁や鋏を研ぐことを商売にしている店。そして、夏帆が『とぎや』を2度目に訪れた際、ありくいの夫が現れて責務を果たすよう迫る。夏帆は躊躇しながらも、研がれた出刃包丁で店主の心臓を刺し、凶悪なジャガーを排除した。【第三章 夏帆とシロアリの女王】若い女王候補に敗れ、巣を追い出されたシロアリの女王が、ブラジルのジャングルとの間に出来てしまった秘密の通路を通り抜け、武蔵境へとやって来た。そして、ジャガーが『とぎや』の主人に取り憑いたように、夏帆の母親の身体を乗っ取てしまう。夏帆は『とぎや』で母親と会いシロアリであることを認めさせると、真実を引き出そうと試みる。【第四章 守護天使、象の卵とスカーレット・ヨハンソン】夏帆は、これまでのことを『とぎや』で主人と話し合い、「とくべつな刃物」作りを依頼する。「ミソラの物語」の執筆を進めつつ「とくべつな刃物」の完成を待つ夏帆は、三度佐原に会う。そこで佐原は、自身が夏帆の守護天使で、守護天使界のジャック・ケルアック的存在だと告げる。その後、夏帆は完成した「とくべつな刃物」を『とぎや』の主人から説明を受けながら受け取る。夏帆が浦和の実家を訪ねると、シロアリの女王に喉を締め殺されかけるが、危機一髪救われる。本物の母親とシロアリの女王が交互に入れ替わる状況の中、「ミソラの物語」を描き進める夏帆。大柄な雌猫に導かれ、両親の寝室へと向かった夏帆は、本物の母親に促され、躊躇に躊躇を重ねた末、「とくべつな刃物」でその心臓を一気に刺す。翌朝、実家の自室で目覚めると、母親はダイニングの食卓で新聞を読みながら緑茶を飲んでいた。そして、武蔵境方面には一度も行ったことはなく、『とぎや』のことも知らないと言った。武蔵境の家に戻り、夏帆が呼びかけても、ありくいから返事はなかった。夏帆は、「ミソラの物語」を完成させるべく、いつもの仕事机の前に戻っていった。 ***【第四章 守護天使、象の卵とスカーレット・ヨハンソン】の中で、夏帆が描き進めた「ミソラの物語」は、次のようなもの。10歳の少女・ミソラは、家族と一緒にハイキングで森の奥に来ていたが、昼寝から目覚めると、一人ぼっちになっていた。家族に置き去りにされたと思ったミソラは途方に暮れるが、大柄な雌猫に導かれ、一軒の小さな小屋に辿り着くと、中から老人が出て来る。シチューとパンをご馳走になり、寝床で眠った翌朝、ミソラはこれまでの経緯を老人に話す。老人は、猫の名がスカーレット・ヨハンソンで、ミソラの守護天使だと言う。そして、森に行って象の卵を探し、ここに持ち帰ってこられたら、この森から抜け出せるとも。怒った母象にしっかり気を付けるようにと注意を受け、ミソラは雌猫と共に森に出た。そして、ミソラたちは森の奥で探していた象の卵を見つけるが、その後を母象が追って来る。ミソラが小屋に辿り着くと、中から出てきた老人が母象を制止、ミソラから卵を受取る。が、老人の思いがけない言葉で、ミソラは母象に踏み潰され、いったん死んでしまう。生まれ変わったミソラは、境界線をまたいで、元の世界に戻り、平穏な家庭生活を取り戻した。 *** そう、彼らはメタファーであると同時に、紛れもない実体でもある。 その両者(メタファーと実体)は明らかに分離不可能な状態に置かれている。(p.316)世界観は、村上ワールドそのものだと思いますが、お話としては、とにかくスッキリと終わったという印象。今となっては、『羊をめぐる冒険』や『ダンス・ダンス・ダンス』を読んだ頃の放り出されたような自分の感覚がとても懐かしい……
2026.07.19
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『高校事変』の前日譚。 シリーズ完結が目前に迫ったところで時を大きく遡り、 結衣が高校に入学したばかりの頃のお話。 舞台は北茨城、福島との県境に近い今では人口約6千人の寂れた鵺沼町。 ***優莉結衣は高校進学を希望したが、父・匡太が死刑に処せられた凶悪犯であったことから、受入れ表明をしてくれた自治体は全国で5か所しかなく、そのうちの一つに入学する。それが茨城県立鵺沼高等学校だったが、同級生・榎阪道成以外は皆冷たい視線を向けてくる。結衣は、あちこちで度重なる嫌がらせを受けることになるが、全く手加減なしに対応。父・匡太の取引相手でフリーランスのコソ泥・駒ヶ嶺隆敏からは、反故師について聞かされる。反故師は高齢の保護司の一人で、保護観察中の少年を世話しつつさらなる凶悪犯に育て上げた。その一人が匡太で、今回結衣の受入れ表明をした5自治体の地域実力者全員が疑わしいと言う。駒ヶ嶺は結衣に魔手が伸びてくる恐れがあり、鵺沼町の名士・牟禮憲義に注意するよう警告する。駒ヶ嶺と共に、六本木オズヴァルドに出入りしていた徐修也も、結衣を護るべく行動。そして、反故師への礼として匡太が「神通力」を提供したと聞かされた結衣は、牟禮を探るうちにそれがVXガスであり、あと40日前後で容器から漏れ出すことを知る。結衣は放課後義務付けられている自治体バイトに参加し、榎阪、女生徒2名と共に沼へ辿り着く。鵺沼署地域課長・寶角恒吉らにそこで泳ぐよう強要されるが、それは産業廃棄物の不法投棄場所。化学物質を投棄した結果、硫酸の1京倍の強酸・フルオロアンチモン酸に満たされた毒沼で、大量の残土や被災地の瓦礫も山中に運び、その見返りに大企業から裏金を受取っていたのだった。結衣は寶角が運転する小型ホバークラフトに飛び乗ると、沼に浮かぶ小島で牟禮と対峙する。 ***大学生になって、妹たちを護るべく冷静に自分を抑制する結衣に慣れていたせいか、今回のお話の結衣の尖りっぷりには、懐かしさを感じました。しかしながら、この時点で既に身に付けている戦闘能力は驚異的。最後の大脱出劇を見せつけられると、横浜ランドマークタワーの逸話も頷くしかないですね。さて、5人のうちの一人、牟禮は反故師でないことが確定したので、残るは4名。さらに、VXガスの件も未解決で、これは続編なしには済ませられない状況に。シリーズ完結前の一冊と思っていましたが、そうではありませんでした。実際、次の一冊が今月24日に刊行されることが決まっています。
2026.07.04
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2001年『氷菓』でデビューした米澤穂信さんは、 第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)で奨励賞を受賞。 2021年に刊行された本作では、 第12回山田風太郎賞、第166回直木三十五賞、 第19回本屋大賞候補(第9位)、第22回本格ミステリ大賞(小説部門) と受賞を重ね、現在公開中の映画も話題を呼んでいる方。 ***幾万の織田勢に囲まれながら、有岡城に籠り抵抗を続ける荒木摂津守村重。謀反を止めるべく訪れた小寺官兵衛を地下の土牢に閉じ込めるが、その後、城内で立て続けに不可解な事件が起こると、村重は官兵衛に曲事を解くよう命ずる。官兵衛は実相を直截に語ることはないものの、その都度思考の方向性は示すのだった。1つめは、織田に降った大和田城の安部二右衛門の一子で、人質となっていた自念が、御前衆が警固する屋敷奥の納戸で、矢傷を負って死んでいたという事件。2つめは、村重が高山大慮率いる高槻衆、鈴木孫六率いる雑賀衆と共に敵陣に夜襲をかけた際、誰が敵大将・大津伝十郎長昌を討ち果たしたか判然とせず、その首が大凶相の首に変じた事件。3つめは、村重が光秀に和談取次を請う書状と天下の名物・寅申を言付けた廻国の僧・無辺が、警固していた御前衆の一人・秋岡四郎介と共に庵で殺害され、寅申も消えてしまった後、その犯人で織田方と通じていた瓦林能登が落雷で死亡した際、そのすぐ近くで撃ち込まれた鉛玉が見つかったという事件。村重は官兵衛の言葉から、御仏の罰であるとの風聞が流れた3つの事件の共通点に気付く。それは、ある者が、死にゆく民を安んじようとした行為であった。謀反人の存在が気になり、周囲の動きに疑心暗鬼になっていた村重がそのことを伝えると、官兵衛は、村重が直々に安芸に出向き、鞆の将軍家を通じ毛利輝元に出陣要請するよう進言する。しかし、村重は官兵衛の遠大な謀略に気付く。それでも、有岡城を脱け出ると、尼崎城、花隈城を頼って戦い続け、毛利領内に逃れた後も、茶人として摂津に戻り、天寿を全うした。そして、官兵衛は有岡城落城後に救出され、死んだものと思っていた松壽丸との再会を果たす。 ***時代物の中にミステリー要素を巧みに組み込んだ手腕もさることながら、籠城する村重が時が経つにつれ、内部から精神的に追い込まれていく様を見事に描いており、有岡城脱出の背景に実は官兵衛の存在があったとする設定にとても感心させられました。菅田さんは、大河の半兵衛も良かったですが、こちらの官兵衛も適役ですね。
2026.07.04
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