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テスト添削で借り出されたこの奉仕、楽しみがいくつかある。第一に、ベテラン教師たちの作る懐かしいおばあちゃん料理。第二に、強烈な個性の持ち主、T教師。第三に、約1000人もの受験者の答案のなかの珍回答!!である。私が担当したのは、一番受験者の多い初級の2レベル。子供向けのテストなので、なかなか解答が可愛らしい!「絵を見て、文を完成しなさい。」という問題で、---をーーー。の文を作るところがある。ごはんを食べている女の子の絵が書いてあるところに 「ごはん を たべます。」と書くのが正解なのだが、「いただきます を いわなきゃだめ。」と書いている子どもがいた。きっとその子は 家で日本語を使っていて、ご飯を食べるときにお母さんに 「いただきますを いわなきゃ!」といつも言われ続けているのだろう。 他には 「--を」のところはちゃんと単語が書けているのだが、動詞がわからなかったらしく、「ほん を れます。」、「かんじ を えすくれます。」、「でんわ を りがます。」と書いている答案があった。ポルトガル語で「読む」は「LER(レール)」、「書く」を「ESCREVER(エスクレベール)」、「電話をかける」を「LIGAR(リガール)」というのだが、その最初の言葉と 日本語の語尾の「ます」をつなげて、書き込んでいたのだ!わからずやけっぱちに書き込んだのだろう!(笑)一番面白かったのは、なかまの名前を書け、という問題だった。つまり「くだもの」だったら、「りんご」だとか「みかん」などの単語を2つ書くという問題。「虫」のところに「あり」「はねあり」と書いたり、「とんぼ」「あかとんぼ」と書いたりするのはざら。「かたつむり」も ほとんどの子供が「でんでんむし」と書いていた。「とり」のところに、「にわとり」という解答とともに、「ひとり」と書いている生徒もいたし・・。なかには 「くげむし」、「ひげむし」など、妙な単語を書いている生徒もいた。バツにしたのだが、もしかしてこういう虫って存在するのでしょうか?このふたつとも、各二名ぐらいずつ同じ答えを書いていたので、もしかして存在するのかなーっと思って・・。一番笑えたのは 「どうぶつ」のところに、「おとうさん」「おかあさん」と書いてある解答。教師一同大爆笑だった!その子供のお父さんとお母さんが見てみたいものだ!添削を担当したのは 皆女性の教師で、添削するときにも子供の生徒たちに対する愛が垣間見られた。ひらがなに「てん」や「まる」を忘れた解答には ささっと鉛筆で書き足してやってマルをやったり、余分な「てん」などを書いているものは 消してやったりする。(笑)点が足りずに不合格になってしまった答案をもう一度引っ張り出し、少し「お直し」してやる・・。(爆)特に顕著なのが、80歳以上はありそうなおばあちゃん先生で、「まあ、こーんな失敗してかわいそうに・・・ちょいと消してやろう。」なんてつぶやきながら、直してやったりしていた。たまにやりすぎることもあり、他のメンバーに「ちょっとそれはやりすぎよ!」なんて言われたり。(笑)そんな母性本能あふれるおばあちゃん先生たちの愛にはぐくまれて、日本語を勉強するブラジル人の子供たちは日本語を習得していくんだろうなあ・・と感慨深くなったりした。結局、添削も三日で終わり、お開きとなった。年明けには新年会をするそうだが、レストランで行われるとのこと。ちょっぴりがっかり!一品持ち寄りのお昼ご飯のほうが ずっと美味しいのになあ・・とちょっぴりがっかりした私であった・・。
2004年12月24日
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今日は地区テスト添削三日目だ。今日のお昼は またまた豪勢だった。ヒットは青じそをたっぷりつかった天ぷら、いわしの酢じめ、昆布とするめのねばねばの佃煮のようなもの(←名前忘れた!)など。20名ほどの教師がそれぞれ持ち寄る料理をつつきながら、自分の料理の秘伝だとか、その栽培方法などを披露し合う。教師たちはほとんどが日本育ち。だから、日本の味を守っているのは当然なのかもしれないが、自宅で手に入りにくい野菜を栽培しているのにはびっくりした!みょうがだの、みつばだの、さといもだのは当たり前。今日は青しその天ぷらがあったので、しその話題がでた。話によると、青じそを植えても、翌年には赤くなってしまうと言うことだった。どの教師も「どうしたら青いままに育ってくれるのか。」という栽培の悩みを漏らしていた。私はひじきでも作って持っていこうか、と思っていたのだが、今朝ストック庫にしまってあるひじきを取り出し、ふと賞味期限を見ると・・・・1997年・・・・。(汗)水につけると、茶色い濁った汁が出てくる・・。ああ、だめだ、他に何を持っていくか思い浮かばないし・・・と困った挙句、ビーフンをもっていくことにした。冷蔵庫にある肉と野菜でささっと作り、持って行ったのだが、これが大好評で、美味しい美味しいと皆平らげてくれた。皆さん、意外に日本の田舎料理が得意な割に、こういう簡単な外国の料理が出来なかったりするのだ。どうやって作ったら、ビーフンがボロボろっと崩れないのか、味付けはどうするかなど、いろいろ質問された。毎回持っていくものを悩んでいたが、私が普段作っている簡単料理のほうが 実は喜ばれるのかもしれない。なかには ブラジル育ちの教師もいる。彼女たちは日本のお惣菜を作るのが苦手なので、おやつを担当する。日系教師の一人、Fさんは ふっくらとしてメガネをかけた優しそうな女性。おかあさん!って感じの人だ。歳は40前後だろうか。優しい話し方をし、字も小学校の教科書に印刷してある字とまったく同じ字を書く人。字の大きさも全部きちんと揃っているし、形も丁寧に崩れていず、几帳面な性格が表れている。その彼女の作るお菓子は本当に美味しい。4時ごろにコーヒータイムに入り、その時に彼女のお菓子が切って配られる。皆本当に楽しみにしている。一日目はパイナップルのムース、二日目はチョコレートケーキ、三日目はパッションフルーツムースだった。 さて、この日本語教師会の集まり、意外と楽しい。一番の楽しみは お昼時間に日本各地の田舎料理が食べられること。二番目の楽しみは ”T教師”を見ること!だ。”T教師”・・・彼女のことは 数ヶ月前に書いた。とにかく強烈な人だ。顔かたち、着こなし、言動とも。本日の彼女の装いもメンバーたちの注目を浴びた。相変わらずの白髪のおかっぱ頭に、仁王さんみたいな精気のある顔、白いTシャツの上に色が抜けた藍のダンガリーシャツをはおり、そして、ジーンズではなくダンガリー地のショートパンツ・・・ではなくて、キュロットパンツ。そして、いつものように白Tシャツの上にコルセットを巻きつけている・・・。なんで、コルセットつけているのかなあ・・・。聞きたいのだけど、ちょっと勇気がないチキンな私・・。あの仁王さんのようなひん剥いた目を前にして聞けない・・。(泣)そして、遠目に見ると、首元に何か黄色いものを巻きつけている。バンダナかなあ、なんだか不思議なファッションだなあ、まるでガールスカウトみたいな格好をしている意図は・・?などと思っていたのだが、お昼時間に私の前に座った一教師が、いきなりブっと噴出した!「ちょっとおー、Tさん、あなたのその首に巻きつけているものってバンダナか何かなのだと思っていたのだけど、”タオル”じゃあないのよお!」よく見ると、日本の何処かの会社名の入っている”タオル”だったのだ!!!一同大爆笑!!!「あんたあ、お洒落だと思ってまいてんの???わっはははは!!」そう突っ込む一教師に、T教師こう言い返す。「ちがうわよお!肩が痛いから、冷えないように巻いてんじゃあないの!!」それでも一同、笑い続けていた!しかし、今日もやっぱりタオルを巻いていた。今日のは黒。一応、服装と色をコーディネートしてるし、やっぱりお洒落のつもりだったのでは・・・? * * * * * * * * * * * * * * *お昼も終わり、テーブルから使った食器や、残った料理の入ったタッパーなどをさげていると、他の教師が言った。「あなた、背が高いわねえ。165ぐらいあるんじゃあないの??」それから、スポーツをやっていたのかなどといろいろ聞かれていたのだが、それを見て、T教師がやってきた。「ほんとにでけえなあ。何食ってこんなにでっかくなったんだよお!」見ると、大柄だと思っていたT教師は実は背が低かった!!!聞くと、155CMぐらいだという。私が T教師は背が高いのだと思っていた、というと、顔と態度がでかいから、と 他の教師たちは突っ込み、大笑いしていた。そこを T教師はちっとも笑わず、つかつかと私の前に歩み寄り、両腕をつかみ、強い口調でこう言ったのだ。「これじゃあ、私と”SEX”できねーじゃねえか!」私:「・・・・・・。」周りの教師たちは大うけだったのだが・・・。T教師・・・、態度も外見も発言も ほんっとうに突拍子もなく、大胆なお人なのだ!!
2004年12月23日
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私が属している地区の日本語教師会は サンパウロの中でも伝統があり、活発な会だ。ブラジルの日本語教育は 日本と違って児童教育が中心だから、この会では子供用のレベル別能力テストを地区レベルで20年以上も前から行っていて、今や他の市や地区でも実地されている。それをまねて、サンパウロの日本語センターでも同じようなテストが去年ぐらいから行われているが、内容の濃さは比べ物にならない。そんな有能なベテラン教師が大勢いる日本語教師会に私が入ったのは 今年後半のことだ。私が加入してから半年間だけの間でも かなりの活動があった。スピーチ大会の実施、子供用テストの作成、チェック、テスト実施、地区への出張・・。昨日からは 実施されたテストの添削の作業である・・。テストに参加した生徒数は1000人ほど。そのテスト全部を添削するのは かなりの時間を要する。今回は3日間の予定だが、それで終わらなければ、年明けにまた集まって、続きをするらしい。この三日間の労働時間は 朝の八時から夕方五時まで。間に一時間の昼休みがある。お昼タイムのために各自一品持ち寄りするように言われた。その一品持ち寄りが 私にとっては一番の悩みどころだ。以前同じような集まりがあったが、その時に皆がもってきたものは日本の野菜の煮物のようなものばかりで、私が持っていた中華風鳥の唐揚は かなりういていた・・。それで、日曜に東洋人街に寄った際に、この集まりのお昼のために いろいろと買っておいた。なす(←ブラジルのは種入りナスなので日本風のものを買った)、れんこん、しめじ、ぎょうざ、春巻き、だいこんETC・・・。一日目に持っていったのは、レンコンのキンピラ。レンコンは手に入りにくいので、大好評だった。二日目はナスとインゲンの揚げだし。これも好評で、完売だった!三日目の明日は 何を持っていこうか?それにしても、この持ち寄りのお昼ご飯は この無料奉仕の一番の楽しみとなった。平均年齢60歳以上のこの会のメンバーは 日本の田舎のおばあちゃんのお惣菜を頑なに守っていて、私が食べたこともないような未知のお惣菜を持ってくる。鶏の砂ずりの煮物、昆布の変わっているつくだに、みょうがの和え物、沖縄ミソの煮物、煮豆、サトイモの茎で作ったサラダ、しその佃煮、こぶとこんにゃくの煮物など、全て手作りだ。最近食欲がなくて、どんどん痩せていき、困っていた私だが、このお昼ご飯はどんどん食べました!日本にいた頃、キライだったおばあちゃん料理が とっても新鮮で、美味しくって、とっても豪華に見えた。日本料理っていいなあ、美味しいなあと 改めて美味しさを再確認したのだった!
2004年12月22日
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ブラジルの日本人仲間だった友達が日本に帰っていて、この度ブラジルに遊びに戻ってきた。それで、皆と会いたい、sitioで パーテイをするからぜひ来てくれ、とメールをもらった。子供達は休みに入ってから、毎日家かクラブにしか行っていないので、子供の羽を伸ばさせるいい機会だし、家族で遊びに行ってきた。さて、SITIO(シッチオ)。日本語でなんと言えばいいのだろうか?田舎にあるプールやシュハスコ用の釜がある一軒家?レンタルもするから別荘・・とも呼べないし、なんなんでしょ?大抵、何にもない街から離れた田舎にあって、敷地内に家と庭がある。住宅用というよりはのんびりと自然を楽しんだり、休養したりするところだ。動物を飼っているところもある。鶏や、ヤギ、ブタ、ウシ、馬など、動物好きな人は飼っている。それが少し大型になると、「シャッカラ」と呼ばれる。ブラジル人は何かとSITIOが好きだ。パーテイをするときや皆でくつろぎたいとき、よくSITIOを利用する。昔ブラジルが景気がよかったとき、多くの人がSITIOや海の別荘を購入したものだ。今は全ての値段が上がって、自分の住む家でさえ買いにくくなってしまった。しかし、自分が住んでいる家以外の家を何軒か持つと言うことは、手間も家の数だけ増えるということ。SITIOを持っている人は毎週のように出かけていくが、その運転する手間や掃除、家の手入れなど考えただけでも疲れそう。ブラジル人、ほんとにそれで幸せなのか?と思ったりする。私だったら 購入資金でいろいろな訪れたことのないところを訪問し、ホテルに泊まってホテルのサービスを受けてゆっくりしたいと思うのだが。パーテイやら友達グループの集まりで、よくSITIOを借りたりする。それでいつも世話担当の人がSITIOまでの地図をメールやFAXなどで送ってくれ、当日はその地図を見ながらSITIOへ向かうのだが、だいたい一度も迷わずに着いたためしがないような気がする。というのが、大抵SITIOがある場所は町から随分と離れているところで、常に常備している地図の本には載っていない。それで、送ってくれた地図しかてがかりはないのだが、SITIOのある道には 他にも無数のSITIOが存在していて、どこもかしこも似すぎている。しかも、目印になるものがない。道も土の道で、道の名前がなかったりして道を歩く人に聞こうも 誰も知らなかったりする。そんな感じで、いつも道を間違え、他人のSITIOに不法進入したりするという失敗を犯してしまう。今回も例外にもれず、道を間違えたまま10キロ近くも走ってました・・。(汗)それでも、いつもほかの道を間違えた人たちと出会ったりして、最後にはたどり着く。昨日の集まりには 他の日本人仲間もいて、久々に楽しくわいわい話した!イスにどっかりと座ったら最後、尻に根を生やして座ったまま最初から最後までしゃべりまくり、翌日の今日は声がまったくでなくなってしまったほど。(泣) 夕方になり、雲行きが怪しくなってきたので退散したが、帰り道には南米特有の土砂降りの雨に降られてしまった。大雨とサントス優勝のサントスファンによる無意味な車での徘徊(←ブラジル人はなぜかチーム優勝が決まると、喜んでチームの旗やらTシャツなどを持ち出して、市内を闊歩したり、車でクラクションをけたたましく鳴らしながらうれしげに走り回るのだ。ああ、うるさい!)とで、日曜日だと言うのに凄い渋滞に巻き込まれてしまったのでした・・・。
2004年12月21日
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12月は結婚式ラッシュだ。ボーナスがでる時期だからだろうか。土曜日にダンナの会社の同僚の結婚式に招待されたので、行って来た。家から車で5分もかからないところだったので、式の10分前に家を出た。夜の7時からだったが、結局始まったのは 40分も後だった。まあ、そういうのは慣れっこなので気にしない!その教会は プロテスタントのもので、よく通る道にあったのだが、なんと存在に気づかないでいた。「こんなとこに、教会なんてあったんだねー。」などと旦那と話しながら入り、きょろきょろと同僚がいるかどうか見回した。すると、同じ課で働く同僚が合図してくれ、そこに行って座った。今までいろいろと旦那から話しを聞いていたので、大体こういう人かなあなどと想像していたのだが、皆見事外れた!イメージと全然違う外見の人たちだったのだ。特に日系の独身のお局的存在の4人が 割と普通の・・・っていうか、東洋人街でよく見かけるタイプの日系ブラジル人だったので、びっくり。話に聞いていた、数々の彼女たちの恐ろしさ、嫉妬深さ、執念深さからは小奇麗な身なりをしたつんとすましたような30代後半女性を想像していたのだが、実際は人のよさそうな濃い(!)日系人でした。ダンナの同僚の花嫁は 日系人ハーフで、日系だと言われなければ気づかないようなまるっきりブラジル人っぽい風貌で、可愛らしい笑顔が印象的だった。それにしても、神父さんの話が長い長い。同じようなことを何度も繰り返したり、内容にもびっくりした。「男はシェフ(上司)だ。妻にいろいろと指示をしなければならない。妻は家庭をしっかり守って、夫の留守を受け持ち、夫が安心して働けるように努めなければならない。」「妻は朝早く起きだし、家族のために尽くし、使用人に指示などをし、夫は生活の糧を得るために精一杯働かなければならない。」・・・・一体いつの時代の話だ・・・・??ブラジルは今や、夫婦の共働きは当たり前で、クビや失業も多い時代だから、夫が働くだの、妻が家を守るだの言っていられない時代だ。妻の方が収入がずっと多い場合も結構あるし、旦那さんがずっと失業していて、うちの仕事を請け負っている場合もある。それに、女性が働くと言うことは、女性自身の自由が出来ることにも一躍かっていると思う。もし、夫がなくなったり、夫と性格が合わないという場合、だれが彼女たちを守るのか。女性が自分の身を自分で守っていくことができる自由さを持てるようになった現代の社会で、結婚式に牧師が昔の結婚観を説くなんて・・・。私は違和感たっぷりで式に参列していたが、花婿も花嫁も満面の笑顔で、ちっとも疑問に思っていないようだった。歴史の浅い、固定観念も伝統のある国に比べたら簡単に変わりやすいこの国も、こんなところにまだまだ昔の習慣にしがみついている人々がいたようだ。結局、披露宴へは行かなかった。旦那に聞かされた4人の日系お局の話が怖かったので(爆)、行きたくない、と旦那に言うと、旦那も行きたくなかったようで、式だけ参加して、帰りに地元の日本料理店で晩御飯を食べて帰りました!
2004年12月20日
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旦那が ブラジル映画を二本借りてきました。一本は 人気デュオSandy&Juniorの主演映画『aquaria』。このサンディ&ジュニオールはブラジル版カーペンタース。お父さんがセルタネジョ(ブラジル・カウントリー・ミュージック)の大人気歌手 ショロロー(←カタカナで書くとなんだか情けない芸名だな)で、ほんの子供のときから兄弟で歌ってきた。今は20歳ぐらいなのかな?二人とも美男美女で、特にお姉さんは彼女の名前の人形を売り出したり、sandyブランドの化粧品や子供用靴などもあります。ウチのナナが大ファン。 もう一本は 大人気テレビシリーズ『os normais』の映画版。もーの凄い人気で、かなりの興行成績をおさめたよう。 ヴァニ (Fernanda Torres) と ルイ (Luiz Fernando Guimaraes)はそれぞれ結婚しようとしている。. ヴァニはセルジオと、ルイはマルサ(Marisa Orth)と。二人の結婚式は同じ教会で同じ日に行われる予定だった。片方は18時に、もう片方は20時に。ヴァニはルイにライスシャワー用の米を用意するのを忘れたから少し分けてくれないかとお願いするのだが・・・。このシリーズの主演の女優フェルナンダ・トーへスは とってもキョーレツでえげつないんだけど、面白い。ブラジル版久本雅美って感じ。母親は『セントラル・ステーション』主演のオスカー主演女優賞にもノミネートされた大女優フェルナンダ・モンテネーグロ。父親もベテラン代男優で、その娘がはちゃめちゃ女優なのだ。旦那は10年以上も前に 彼女が出演した劇を見に行ったそうだが、最後のカーテンコールの際に なんとパンツもはいていない素っ裸で出てきたそうな。観客は皆唖然としている中を ニコニコと笑顔で挨拶したそうな。変わり者だ。ネタはブラジルらしく、セックス話が盛りだくさん。男性や女性のサイズの話だとか、かなりえげつないが、ブラジル人好みである。それにしても、出演者は最初っから最後まで結婚衣裳一着で通した!
2004年12月19日
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前日、日本語の生徒のイバが来た。イバは黒髪がくりっとした短髪の、うようよっとどこら辺でもいそうな、日本人がブラジル人の顔を連想したときまず思い浮かべそうな一般的なブラジル人だ。 クラス中に毎回携帯に恋人からTELがかかってきていて、前回注意したので、今回は電動にしておいたらしい。ポケットの中の振動でかかってきた事に気づき、こそっと携帯を取り出した。しかし、今回は恋人からではなく、会社からだったらしい。「すみません。」そう言い、イバは携帯を受けた。マジな顔をしながら相手の話を聞いている。携帯を切った彼は ふうとため息をついた。「クビになるかもしれません・・・。」電話は上司からで、月曜日にグループ内の様々な問題を解決するために会議をする、家にある仕事を月曜日に全部会社へ持って来い、などと言われたらしい。それがどうしてクビにつながるのか?と聞くと、自分は会社内でただ一人、喧嘩をする男なのだそうだ。給料が少ないと文句をいい、契約内容と仕事内容が違う、仕事の期日寸前に仕事を持ってこられても困る、出張をしたくない、などなど 何かと不満に思ったことは口に出す性格で、いざこざもいろいろとあったそうだ。その会社の不満を暴露した後で、今度は自分の恋人への不満も口にしだした。「先週末、金・土・日と 毎日シモーネ(恋人)さんとデートしました。その時彼女は金がないと言うから、全て私がおごってあげたので、お金がすっかりなくなってしまいました。そこで、出かけたらお金を使わなければならないので、今晩は彼女のうちで過ごしたいのだけど、と言ったら、彼女は不満そうにOKを出したんです。」彼女は自分の給料が少ないことを分かってくれていない!と怒り始めたのだった。でも、お金がないんだったら、週末全部外食したりするのはおかしいんじゃあないの、自分でもちゃんとコントロールしなきゃね!彼女ともちゃんと話し合った方がいいかもね!などと 話したが、つくづく イバは要領が悪く、悲惨だなあ・・と思った。 そして、同じ日に オタクが来た。彼のことは以前いろいろ書いたが、特撮モノが好きなオタクでアニメイベントにはかならず出没し、写真を撮って売ったりするツワモノだ。彼は大学生で、背が高く中肉中背で、くりくりっとした耳の下までのばした栗色髪で色白。目がくりっとして少年のような顔立ちをしている。彼も いつも金がない。「先生、先日アニメイベントへ行ってきたよ。」彼の話によると、20レアイスしかお金がなかったそうだ。そして、入場料は10へアイス。どうにか切り抜けられないかと考えた彼は ある大学でそのイベントが開かれたことを利用して、「僕、ここの生徒だから」と平然とした顔で言い、入場料を払わずに入ることができたそうだ。 なかでは 漫画コーナーがあって、AKIRAの漫画があった。彼はAKIRAの大ファンで、コレクションをしているのだが、何巻か抜けている巻があってそれが欲しかった。しかし、一冊15レアイス。「頼むよー。ぼくはAKIRAの大ファンで、コレクションを完成させたいんだ。ほら、僕以外に誰も漫画を買っている人がいないじゃないか。お願いだよー。」と泣きつき、結局二冊で20レアイスに値切れたそうだ!凄い! それからしばらくして、のどが渇いてきた。日系企業の豆乳ドリンク「muppy」を売っているのを見て飲みたくなった。友達が一つ購入し、少し飲ませてもらった。・・・が、もうひとつ飲みたい彼は イベント内を歩いている二人組みの女の子に、「1レアイス恵んでくれよお。のどが渇いて死にそうなんだ。でも、僕お金がなくて、買えないんだ・・。」と泣きつき、なんと恵んでもらえたそうだ。そのお金で 晴れてmuppyを購入できたオタク。しかし、小さな袋に入っているmuppyひとつでは満足できず、もうひとつ飲みたくなった。そこで、売っているお姉さんに 泣きつき、こっそりと一つ分けてくれたそうだ。帰る段階になって、バスに乗る金がないオタクは 金欠友達とウクレレを弾いて金集めをしよう、と考え、ウクレレを弾き、ピアーダ(笑い話)を披露して、資金を稼いだという話だ。 真面目で損ばかりし、金がなくてさえないイバと いい加減だがいつもたくさんの友達に囲まれ、金がなくても楽しげなオタク。同じブラジル人で金欠男でも、対照的な二人なのだった。
2004年12月18日
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今週から日本語クラスが休みになったので、家にいて毎日雑用をこなしている。普段サボっていたところの掃除やらかたづけ、洗濯。それに子供の世話も入ったり、振り替えクラスなどもしたりして、思うようにはかどらない。この一週間毎日掃除していて、どこにも出かけていないのに、掃除すべきところはまだまだある。いつになったら終わるのか・・。普段サボっていたつけは大きい。サンパウロはホコリが多い。ちょっと掃除をサボると、黒い粉のようなホコリがすぐ被ってしまう。ぬいぐるみなどを棚に置いたら最後、グレーになってしまうのだ。たまに洗ったりしていたが、それも疲れてゴミ袋にぬいぐるみを全部投げ込み、物置小屋に入れておいた。 そして、猫の毛・・。小さなマット類に毎日掃除機をかけてもこびりつく。掃除機でも何度もこすらないと取れないので、ホンっと疲れる。日本にいたときは 朝一にざっと掃除機をかけて、雑巾で台を拭いたりして30分でおしまいという感じだったのに、ここでは物凄く時間がかかり、私って何のために生きてるの?掃除をするため?・・・とか考えてしまう。 ブラジルでは手軽にお手伝いさんを雇えるのだが、初めて雇ったお手伝いさんを辞めさせるときに、訴えるだのナンだのとトラぶったため、もうこりごりで、一人で頑張ってきた。でも、もう随分時間はたったのだし、新居に引っ越したらまたお手伝いさんを雇おうかな~と考え始めた。他の人は 掃除にどのくらい時間を割いているのだろう?私が異常に要領が悪いのかなあ?
2004年12月17日
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dvdで『エレファント』を借りて見た。 「エレファント」は10年前に起きた高校生による銃乱射事件がテーマになっている。監督のガス・ヴァン・サントは「マイ・プライベート・アイダホ」や「ドラッグストア・カウボーイ」など若者をテーマに撮り続けている人で、日本にいる頃一時はまっていたなあ・・。 「エレファント」という題の意味が分からずネットで調べてみたところ、>>>「It’s the elephant in your living room.(居間にいる象)」という諺の、同じ部屋にいる象を見て見ぬ振りをする、つまり、大きな問題を抱えている物事ほど、みんな無視してしまうという教訓。もう一つは、盲目の男たちがをそれぞれ触って、それが何かを当てようとするのだけど、結局みんながバラバラのことを言って全体像が見えてこない、という仏教のお話。>>>>とのこと。この事件では マイケルムーアの超話題作『ボーリング フォー コロンバイン』という作品もあるし、かなりショッキングな事件だった。しかし、ニュースからは どうしてそんなことが起きてしまったのかは見えてこない。とりあえず異国に住んでいる私たちには 頭のおかしい高校生が 面白半分で銃を乱射したのかなあ・・という程度のものなのではないか。この映画では ドラマっぽくならないようにあえて演技経験のない素人を使い、カメラもプロっぽくないホームビデオぽい演出で、数人の生徒の目による日常が映し出されている。遅刻して涙を流す金髪の男の子、仲良し女の子グループ、写真が趣味の男の子など、一人一人の立場で事件当日の時間をゆっくりと見せている。実際の日常のようにただとりとめもなく、意義のある大したことをしているわけではない日常・・・。しつこく疲れるほどどこにでもある、普通の学校の一日を映し出した後、事件はおきる。それも、アクション映画のように「悪人登場!」の効果的な音楽がでてくるような分かりやすいものではない。静かな ある時間に、静かにその高校生たちは学校に登場するのだ。そして、事件もびっくりするほど静かにあっけなく起きる。人々の悲鳴が嫌と言うほどいきかう地獄絵ではない。ほんとにさりげないのだ!銃撃事件の犯人の顔を知らないが、この映画に出てくるのは平凡な幼い顔をしたいじめられっこ。学校は詰まんないし、うちに帰っても変凡な普通の生活。趣味のピアノはうまくひけなくてイライラし、テレビにはドキュメンタリーが流れている。何気にやっているコンピューターゲームは背中を向けて歩いている人を静かに撃ち殺していくもの。殺せば殺しただけ、画面にさらっとした死体が増える。ゲームをしない私としてはぞっとするようなゲームだが、そういうタイプのものはきっと普通にあるのだろう。一般的な高校生に普通にあるマンネリ生活に銃がたやすく手に入ったら・・・。こういうことも起きるのかもしれない。この映画は観ている間よりも、後にじりじりと心地悪さと気味悪さが襲ってくる。分かっているようで実はちゃんと見ていない現代の日常の異常さを 内容的に強くメッセージを訴えるのではなく、あえて何も語らないことで作品全体としてみたときに強いメッセージが残っている。凄い映画だった!!万人受けはしないかもしれないが、興味があったらぜひ観てほしい、お勧め映画です!
2004年12月16日
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今週から仕事の休みに入った。いつも学校のお休みは 子供たちが実家にお泊り・・・いや、住み移ってしまうので、今回は頑張って一緒にいる時間を増やそう!と思って、毎日頑張っている。何を頑張っているかと言うと、日本語のお勉強(ほんの少しだけ)、お掃除(けんけんがアレルギーがあるので)、お昼の準備(子どもがいないときは作らず簡単に済ませる)、お手伝いをする習慣をつけさせる作業(いちいち教えなければならない)など。しかし、慣れない事をすると、疲れるものだ。しかも、休みに入る前に作った「休み中にやるべきことリスト」は半分以上できたのだが、それ以外の自分がしたいことができない!休みに入って、余計に疲れているような気がしていた。そんなとき、ナナが従妹のうちへ遊びに行くと言う。連れて行ってからしばらくすると、今晩は泊まるということだった。けんけんも実家に行きたいというから、昨日の晩連れて行ってやり、今日は久々に子供のいない日となった。朝起きて、旦那を会社まで送り、ちょっとネットに入ってから朝ごはんを食べ、朝のクラスをした。終わると、家の掃除をはじめ、お腹がすいたら冷蔵庫にある残り物で昼ごはんを食べた。棚や引き出しの整理をし、疲れたから少しソファに座った・・・・・。なんて、静かで、部屋が片付いていて、安らぐんだ???子どもがいないから、片付けたら片付けたまま散らからないことの喜び!あー、幸せ!子供には悪いけど、とっても幸せを感じました。子どもがいると、家の中がパッと明るくなる。楽しい。でも、喧嘩の仲裁に入るときや、時間に遅れそうになっているときのんびりしているといらいらするし、家も片付けたはしから散らかされてしまう。ものすごーくストレスがたまる。自分でも矛盾しているなあと思うのだが、好きなんだけど、あまり家にいて欲しくない。子供の頃は 手芸や料理が上手で、いつも家にいて子供と料理や手芸を一緒にして、3時になったら可愛いテイーセットにお茶を入れて手作りクッキーでお茶をする、というようなお母さんが欲しいなあと思っていた。そして、自分は大きくなったらそうなろうと思っていた。しかし、血は争えないもので、母と同じようなタイプの母親になってしまった。手芸も料理も好きじゃあないし、一日中働いているし、空き時間に子供と会話を楽しむと言うよりは雑用に追われている・・。唯一子供たちと一緒にすることと言えば、皆でDVDを観ることぐらいかなあ・・。 友達の中でも、子供といる時間が至福のとき。子供といるのが一番楽しい、と 四六時中子供のことばかり考えている人がいるが、その人のほんの少しでもその気持ちが私にあればなあと思ったりする。少し羨ましくも感じる。私は私のことで精一杯で、自分のことでさえちゃんとできていないと感じているほどだ。余裕がない。でも、子供のことは世界で一番愛しているし、とても心配している。どうしたら 「子供が一番」になれるのかなあ・・・。
2004年12月12日
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休みに入ってからと言うもの、子供たちと毎週DVDを仮に行くのが習慣となった。うちの子たち、特にケンケンは映画大好き。お気に入りは『007』ものとか、『インデイージョーンズ』など筋肉系じゃなくインテリ系ヒーローものなのだが、ほんっと何でも観る。私がいつも借りる、子供は到底楽しめなさそうなインデイー映画も 結構喜んでみている。今週は ケンケンは『ジュラシックパーク』(知らなかったけどたくさん続編があるのですね!全部制覇しちゃいました・・)、私は『エレファント』、ナナはヒラリーダフの『リジー・マグアイア ムービー』を借りた。 明るくて可愛いのがとりえのどじな普通の中学生の主人公は 中学校の卒業旅行でイタリアへ行く。そこで観光中にイタリアの有名ポップスターのパオロに声をかけられ、自分のパートナーの女性歌手の代わりに歌って欲しいと頼まれる。・・・よくありがちな、アメリカのテイーンネージャーのカリスマタレントもの映画でした。なんだか勢いでわーっと見せちゃって、それにのせられて終わってしまった・・・という感じの語るに及ばない映画だけど、私結構この手のものも好きだったりする。のっているタレントというのは オーラを放ちとってもきらきら輝いていて、見ているだけで元気をもらうって感じ。全盛期のSPEEDやらBoAしかり。一途にきらきらと希望とやる気に満ちた瞳がいいんだよね!思わず応援したくなっちゃいます。この映画はアメリカのTVシリーズものの映画版らしい。全然知らなかったけど、こんなにチャーミングな女の子が出ていたら、そりゃあ流行るでしょう。ヒラリー・ダフは個性的な顔で、可愛いんだけど表情によってはちょっと不細工になったりする。しかし、逆にそこがとってもチャーミング。ただの綺麗な顔じゃあ、詰まんない。こういう、あれ、なんだか今の表情変?とか思った次の瞬間に 満面の笑顔を見せられたら、ますます気になってしまう。『MEAN GIRLS』の子も同じような系統。普通の表情してたら、特別可愛いってこともないよなーって感じなのに、いきなりキュートな笑顔を見せる・・・・フェイント戦法・・・・がお得意な美貌を持った女の子が 今アメリカで人気なのかな?彼女の魅力が満載の映画!って印象でした。
2004年12月11日
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日曜日の忘年会をもって、日本語のクラスのほうも終了した。今まで休んだ分の振り替えクラスは毎晩あるが、一応今週は暇!のはずである。普段出来なかったことをぜーんぶやってしまおうと、わざわざリストまで作っておいたというのに・・・。第一日目の月曜は とりあえずざっと掃除をした。しかし、子供たちに中断され、食べ物を作ったり、世話をしたりとしている間に だんだん掃除が面倒になってきて、普段の掃除のみになった。洗濯もごしごしやらなければならない小さいカーペットや頑固な汚れ物に取り掛かろうとした矢先に、けんけんの「実家へ行きたいコール」が始まった。仕方なく車を運転して、実家まで連れて行く。うちに戻り、ダンナの背広をクリーニング屋まで取りに行かねばならないということを思い出した。そんなとき、ナナが「手芸したい」と言い始める。あ、そういえばまみたんさんに教えてもらったフェルトで作る小物のHPがあったなあと、二人でネットに入り、あれこれと見た。フェルトで作るマスコットだなんて小学校以来だから、なるべく簡単なものを一生懸命探し、必要なフェルトの色をメモり、ナナと二人で出かけた。近所の手芸屋に行くと、なんとフェルトを取り扱っていないという。取り扱っているのは駅前のお店だけだというので、今度にしようねと諦めさせ、背広を取りに行った。その途中で、ここら辺で流行っている一軒のブティックの前を通りかかった。そのお店は流行モノの安い洋服を取り扱っている。値段の表示も10,20,30,40,50レアイスと統一されているから、50レアイス以上の物はない、と買い物客も安心してお店に入ることができる。なかなかうまいやり方だと感心している。仕事も一応終わったし、ここら辺でちょっとお洒落したいなあと思っていたことだし、ちょっと入ってみることにした。このセレクトショップは 安い割にはなかなかセレクトがうまくて、ブラジルの巷にあふれているようなチープ&化繊素材&露出&どぎつい配色といった洋服は取り扱っていない。ブラジルの有名カジュアルブランドの傾向の雰囲気の服を取り扱っている。有名カジュアルブランドは かなりお値段が張るのだが、ここは同じようなテイストなのに値段は安くって、ここへくると必ず何か買ってしまう。だから、普段はあまり近寄らないようにしている。(笑)中に入ると、平日の3時だというのに、住宅地にぽつんとあるこのお店は 人が結構煩雑に出入りしていた。ワンピースやスカート、カットソー、夏用ジャケットなどを試着し、結局夏らしい白地にピンクや水色、緑色のプリント柄のスカートと びょうやスパンコールのついた微妙なグレーがかった水色のTシャツを購入。そのまま、背広を取りに行き、ウチに帰り、洋服を買った余韻でうきうきしていた。しばらくして、旦那が帰ってきた。早速新しい洋服を見せると、よかったね、の一言を面倒くさそうに投げかけ、「ところで、今日は何をしたの?」と質問。結局、大したことをしなかった私の答えに しょーがねーなー!一日あって背広を取りに行っただけかよ、といったような表情をした。それから数十分後、私はよるクラスのためにクラスへ向かい、旦那は子供を連れて公園へ行った。旦那は公園を走り、子供たちは遊具で遊ぶというのが お決まりパターンである。私がクラスをしている間、三人は公園へ行き、戻ってからシャワーを浴び、近所のスーパーへ歩いて行き、薬やら、子供の欲しがっていたアイスやらを購入。うちへ帰り、ご飯を温めて皆で食べ、バナナソテーを作りアイスを添えて、三人でテレビの映画を観ていた。私が10時に仕事を終え帰宅すると、旦那が私がいなかった間にやりとげたことを一つずつ言った。「ほら、僕の方が短時間でいろいろなことをこなすことができる。」・・・なんか悔しかったが、まったくその通り。私にとって一日はあっという間で、なんにもできないなあーと思っていたのだが、よく考えると・・・犯人はネットだあ!(←いや、犯人はネットではなくて、それに依存している私なのだがね。)今日も、何もしないまま一日が終わりそうで、なんだか恐ろしい気がするLUANAなのであった・・・。
2004年12月10日
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私が勤めている日系団体の忘年会があった。うちの日系団体はわが地区では最大の日系クラブなのだが、主な利用会員は白寿会の面々たちで、40歳以下の出入りしている会員がほとんどいないといった状態。日系人の日系団体離れが激しい。やはり、まちが豊かになっていくにつれ、日系人も日本人のアイディンテティを失いつつあるということなのだろうか?田舎の方では未だに日系人が多く集まっているという話だ。わが日系団体は 青年部を何度も発足させたが、すぐに廃れてしまい、若者のいない老人だらけのこのクラブは未来がない!といった悲観的ムードが漂っている・・。そんな状態だから、忘年会だって、当然集まりが悪い。全部で50人弱である。200世帯の会員がいるというのに、たったの50人。そして、そのパーテイは カラオケ部の独占場で、初めから終わりまでカラオケ部のメンバーたちによるカラオケショーで仕切られてしまう・・。そんなだから、私もうんざりしていて、出る予定ではなかった。しかし、土曜日の午後、個人レッスンの授業をしているとき、友人のSさんが現れた。「ねえ、これを日本語に翻訳して明日の忘年会で言ってくれと昨日頼まれたのよ。」みると、ボランテイア活動で功績を挙げて、市や日本から表彰された、あるわが日系団体の重要人物の経歴だった。なるほど、日系人の彼女はいくら日本語がぺらぺらだからとはいえ、翻訳は難しそうだ。困っているから助けてくれ、と泣きつかれ、私も勉強になるからと快く引き受けた。特別予定も入っていなかったし、これで、明日の忘年会に出ないまでも日系団体へのボランテイアは一応したということで許されるだろうともおもったし。彼女は大変恐縮していて、お金を払うと言い出した。私は文協へのボランテイアをするチャンスだからと断ったのだが、それでも彼女はしばらくして、美味しそうなお昼のおかずをテイクアウトのお店で購入して持ってきてくれた。私はコンピュータの前に座り、持ってきてくれた出来立てのラザニアを一切れお皿に載せ、食べながら作業を始めた。 実は昔から国語の苦手だった私は 翻訳だなんて途方もなく実力不足で、しかもそんな功績のある人の経歴だなんて作ったことも真剣に見たこともない。いろいろなHPの経歴ページを見て参考にしながら、A4サイズたった2枚の履歴を3時間ぐらいかけて作り上げた。早速、SさんにFAXで送り、旦那と子供のクリスマスプレゼントを買いに出かけた。問屋街25 DE MARCOには「FERNANDO」という、生活雑貨を破格で売る大型商店があり、そこではおもちゃもところ狭しと売られている。値段もショッピングと比べて20%近く安いので、クリスマスと誕生日のプレゼントはいつもここだ。クリスマスツリーの飾りつけも少し買い、近くにある韓国人街でキムチなどを調達し、家へ向かった。ウチに着くと、彼女から電話がかかってきた。「難しすぎるわよー!さっきからずっと読む練習しているのだけど、舌が回らなくて、しびれてきたわ。おねがい、明日あなたが代わりにやってよ!」「・・・・・。」仕方なく引き受けた。彼女はまともに漢字も読めないので、こんな小難しい経歴のある人の説明なんて大変だろう。あーあ、日曜日はもっと楽しいことをしようと思っていたのになあ・・・。そして、彼女はさらに付け加えた。「そして、今さっきこういうのも頼まれたのよ・・。」聞くと、さらに翻訳しなければならない原稿があるという。仕方なく引き受けた。その時、23時。結局1時まで頑張って起きて、翻訳したのだった。さて、日曜日。結局、ステージに上がって、司会からなにから手伝わされました・・・。ま、それでも家族全員、パーテイ請負会社が提供したお昼ご飯もご馳走になったし、いいとするか!
2004年12月09日
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dvdで『コニー&カーラ』を観た。 将来の大スターを夢見る売れない女性デュオの二人が、偶然マフィアの殺人現場を目撃、逃亡生活をするはめになる。二人は正体をかくすため、女装した男性(ドラッグクイーン)の歌手に化け、毎夜ゲイクラブのショーに出て生活費を稼ぐが、女性らしいよく伸びる歌声と毒舌トークで、予期せぬ大人気を博してしまう。 『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』で人気者になったニア・ヴァルダロス主演の見やすいコメデイー映画。主人公の仲良し二人組がおっちょこちょいで単純なのだけど、憎めないキャラクターで可愛らしい。女性なのに女装したオカマの格好をするのにはかなり笑える。物凄い厚化粧で、強烈!彼女たちとオカマたちとの交流や、オカマならではの苦労なども女性の彼女たちが体験するところも風変わり。可愛らしいコメデイー映画でした。ただ、こういうタイプのショーを見慣れていないのと、それがあまり面白いと思えないので、感動は歌とダンスの好きな人の半分ぐらいだったかも。単純なラブストーリーもひっくるめて、わっと驚く展開も演出もなく凡庸で、私的には全然心に残らない映画だった。『マイ・ビッグ・ファット・ウエディング』同様に。
2004年12月08日
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11月に喘息の発作が三回もでたけんけんは アレルギー科を訪れた際、医師に「アレルギーテストと血液検査と鼻の粘膜検査をするように。」と言われた。それで、先日血液検査に行って来た。ブラジルの病院は 一つの病院で診察から検査、治療、投薬まで全てやってくれるいたれりつくせりの日本と違って、大抵が診療所では診察のみ。診療所で検査の指示や薬を処方してくれ、それを持って各自がその検査をしてくれるラボラトーリオまで出向いて、検査日を予約しなくてはならない。同じ病院にある場合もあるが、ない場合、かなり距離の離れているラボラトーリオまで出向かなければならないこともある。今回も診察日から二週間後のみアレルギーテストが予約できたし、再診は1月の中旬になる。えらく時間がかかるのだ。血液検査と鼻の粘膜テストは同じラボラトリオでやってもらえるのでラッキーだった。朝一にケンケンをたたき起こして、車で向かった。受付で手続をしてから待合室に行くように指示され、待合室のイスに座るや否や、名前を呼ばれた。細い廊下を歩いているとき、小さな部屋がいくつも並んでいるのが見えた。その3メートル四方ぐらいの各部屋で採血したりする。空いている部屋にたどり着き、けんけんはイスに座らされた。まずは、鼻の粘膜を取る作業。プラスチックの先の平たく丸い棒を鼻の奥まで突っ込み、ごりごりとこする。「ううっ、くすぐったい・・・ふうわくしゅん!!」鼻のデリケートなところを刺激されて、くしゃみの連続のケンケン。もう片方、というときには こりごりだと言った風に 拒否していた・・・。それでも、やらないわけにはいかない為、再び棒を突っ込まれ、くしゃみを連発していた。看護婦さんの話では アレルギー体質の人はこういう反応をするのだそうだ。それが終わると、今度は血液検査。血管が浮き出るように ゴムの紐を腕に縛られるけんけん。だんだん恐怖心が沸いてきたようで、「針を刺すの?嫌だ・・・怖いよ怖いよ。」と、足をバタバタ。顔は笑っているのだが、足や腕を落ち着きなく震わせている。でも、歯の治療などで麻酔薬を打つ注射は何度も経験しているし、歯も2本も抜いた経験があるのに、どうしてここまで怖がるのだろうか?「ケンケン、痛くないよ。意識したらイタク感じるよ。怖いんなら、向こうを向いて歌でも歌ったらいいよ。」と、向こうを向くように言ったのだが、「いや、見ていたい。ねえ看護婦さん、痛い?針はもっと細いのないの?」「あのね、これは一番細い針で、生まれたての赤ちゃんの採血をするものなの。これ以上細いのはないのよ。」「あ、待って、その筒みたいなのはナンなのよ。このめもりは?どのめもりのとこまで血を取るの?」と、質問攻め。質問に答えてもらったあと、いよいよ注射針をさすときになると、だんだんパニクってきた。「怖いよ怖いよおおおお。」座ったまま脚を左右に振り始めた。静かにしないと針が折れてもう一度やり直さなくてならないと言っても、怖いものは怖い!ようだ。看護婦さんは危険を感じて、他の手の空いている看護婦さんに腕を支えてもらうようにお願いした。「あれ?想像していたよりいたくないよ。」ちょっと拍子抜けして安心したようだったが、ゆっくりと血を取っていくため痛くなってきたようで、「あ、だんだん痛くなってきた、早く抜いて早く抜いて。」せかし始めた。私も言って聞かせるのだが、意識する分よけいに痛く感じたようだ。「ああ、そんなに血を取ったら僕の血がなくなっちゃうよ!」実際取ったのは注射生一本分で取れるだけの少量だったのだがね・・。採血も終わり、お腹のすいたケンケンは 軽食コーナーへ直行。そこでは 検査のために朝食を抜かしてきた人たちのために コーヒーや紅茶などの飲み物やサンドイッチやケーキなどの軽食を無料で提供している。チーズ入りサンドイッチを食べ、ココアを二回もおかわりした。すっかり満腹になった彼は 目の前に座っている、採血されて余韻で泣いている7歳ぐらいの男の子に同情していた。「あれ、痛かったよなあ?注射の針は赤ちゃん用のものだって言うんだけど、結構太かったと思うし、抜くときなんて最悪だったよ。」なんて言っていたわっていたのには笑えた。彼にとってははじめての血液検査(赤ちゃんのときを除いて)で、自分の赤い血が結構取られているのを見るのは気持ちが悪かったのだろう。それにしても、数年前採血したナナのほうが静かで度胸があったぞ!結構威勢のいいことを言う割には意外と臆病な一面を発見できたのでした!私の子供の頃の 集団予防接種では体育館などで医者の前にずらっと長い列になって並び、次々と注射を打ってもらっていたものだ。その際、たまに怖がって泣いている人を見て、仲間内で、ほらあの子泣いてるよ!なんて言い合ったり、針を刺されても顔色一つ変えない平気な子を見ると、カッコいいな、私もかくありたいなんて子供なりに考えていたものだ。そして、自分の順番になると、わざと痛くもなんともないようなけろっとした顔をしていた。でも、実は結構怖かったし、意識しすぎて注射後ふらふらしたりしていた。やせ我慢の子供だったんだ。今の子供は あまりやせ我慢とかしたりしないのかな?
2004年12月07日
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dvdで『アフガン零年』を借りた。 23年に及ぶ戦争によって破壊しつくされたアフガニスタン。人々の暮らしは貧困を極め、不安と絶望の淵に立たされていた。そんな中現れた武装集団タリバンは、アフガンの人々、特に女性達を制圧し、さらなる悲劇を招いていた。かつて東西文化の交差点として栄えた首都カブール。ブルカを被った女性達は仕事を求めるデモ行進中に、タリバン兵に阻止される。必死で暴動から逃れる少女と母。少女は、一家の男たちを戦争で失い、祖母と母親の3人暮らし。タリバン政権下で家族に男性がいないということは、仕事どころか外出すらままならず、生活の糧を失ったも同然だった。娘を少年に見せて働きに出すしか道はない。長い髪の毛を切った少女は、少年となってミルク屋で働き出す。ある日、少女は街の少年たちと共にタリバンの宗教学校に召集された。不安でいっぱいの少女を、暴動の時出会ったお香屋の少年が勇気づける。彼はいつでも少女をかばい、守ろうとしていたが、いつしか他の少年たちは少女に疑いの目を向けるのだった。監督はアフガンのタリバンの暴挙暴動の様子を描きたかったのだとおもうのだが、映画の出来もとてもよくて、見ごたえのある作品になっていた。主人公の女の子は実際にアフガニスタンで怪我の後遺症で働けない父親と乳飲み子を抱える母親を助けるため兄弟とともに乞食をしていたという。その彼女の怯えたような表情と涙は本物だ。圧倒的な制圧のもとで、恩恵を受けているのは一部の権力者のみ。そのほかの市民は女性だけにかかわらず、男性もまた苦しめられている事実。主人公のどんどん不幸になっていく様子がつらいが、こういうことは普通に行われていることなのだろう。私たちはこういった現実を忘れてはいけない、と思わず考えさせられずにはいられない映画だった。
2004年12月06日
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仕事が終わって、やれやれと自宅のドアを開け、廊下を歩いているときになんだか異様な光景を目の当たりにした!・・・・トイレのふかふかマットの上にシャム猫のネオが横たわり、その背後に白猫のキキが光悦の表情で、ネオの横腹に前足を交互にかけ、”ふみふみ”している・・・・・。まるで、猫による、猫のための猫マッサージ師!なんとも可愛いやつらじゃのう・・・。(←親ばか)ところで、今週末は目が回るほどの忙しさだった。仕事は今週でだいたい終わったので、多少ラクにはなっているのだが、なんと言っても、夏休みに入った子供たちの世話が想像以上に手がかかる。子供を持つということは ここまで大変なのか!と改めて実感したのだった。・・・というのも、私は働く母親をしているのだが、周りの理解と協力が並みではなく、超充実している。舅は 我が家のアイロンがけは全て引き受けてくれるし、網戸の取替えや、水道の水漏れなどの小さな問題は自転車に乗ってやってきてくれて、全て引き受けてくれる。姑も既に成人してしまった子供の世話がやけなくなってしまったため、矛先は孫に向かい、週に二、三度の習い事への送迎を兼ねて、学校へ迎えに行く仕事、お昼を食べさせ、宿題を見てやる作業を全て引き受けてくれていて、その上、週末は金曜から日曜までお泊りは日常で、子供の世話でここしばらく苦労などはしなかった。逆に子どもがいなくて寂しいなあ、などと思っていたほど。 そして、夜働く私のために、子供の習い事への送迎、世話を引き受けていてくれた。いままで、私が子どもと接した時間といえば、朝食の時間と、週二回のみの一緒にすごすお昼の時間、仕事が終わってからの9時以降の数時間のみだった。週末も実家へ行ってしまうので、本当に子供といる時間が他の家庭と比べて少なかった。それでは、やっぱりまずい、もっと子供と行動をともにして、お話などももっとしなければ親子の関係が希薄になってしまうと、今更ながらに心配し始めた私は この夏休みは毎日一緒に過ごすことに決めた。子供たちはまだ9,10歳。取り返しのつく年代なのではないかなと期待を寄せて・・。まず、大変だったのは 姑。子供と一緒に過ごすことだけが人生の生きがいになってしまった彼女は、頭では理解していても、子どもたちがいない日々が辛いらしい。しょっちゅう電話をかけてくるし、「ウチに来たらどうか?」「今晩うちに泊まって明日の朝迎えに来たら?」などと提案する。今まであれだけお世話になっている姑に断るというのは かなり至難の業だ。それで、週末だけは実家に泊まるということで納得してもらった。その次に困難だったのは けんけん。オタッキーなおじさんが給料のほとんどを費やすDVDやビデオゲームの数々が魅力な実家へ行けないという事は 彼にとって拷問に近いのかもしれない。「僕、ママのこととっても大好きだけど、なんだかとっても寂しいなあ・・・」などと、ぼそっとつぶやいたりするのだ。今週も 二回ほど昼間だけ実家に連れて行ってやった。ゲームもDVD映画もない我が家で けんけんを楽しませる方法というものはナンなんだろうか?来週は図書館にでも連れて行ってやろうかな? そして、私自身も子どもが家にいるということが どれだけ大変かということを改めて思い知ったのだった。まず、食事。子どもがいたら物凄く食材を買わなければならない。育ち盛りの男の子と女の子はよく食べる。鶏肉のから揚げなどしたら、1キロの骨付き肉など 晩御飯までもたない!お昼ごはんの際に皆食べつくしてしまって、2,3個だけ、ころんと皿に残っていたりするのだ。以前より、肉屋や八百屋に向かう回数が増えた。そして、洗い物が二倍以上増える。クラブで何をしているのか分からないが、とにかく土汚れで大変!そのまま洗濯機に突っ込むだけでは汚れが取れないのは分かっているので、もみ洗いの服も増え、手間がかかる。さらに、子供のスケジュール管理。だらだら寝ているから、適当に起こし、早く朝ごはんを食べるようにせかし、簡単な勉強をさせてから昼ごはんを食べさせ、お弁当を持たせてクラブへ車で送ってやる。後は夜迎えに行くだけ。それを仕事と平行させてこなすのは、かなり忙しい。それでも、世の中の何時から何時までと定時の仕事についているお母さんたちに比べると随分恵まれている方だと思うのだが、なかなか忙しくて、ストレスがたまりそうになる。私はこれで 一年前鬱病になってしまったのだったなあ・・・と思い出した!それだけ手がかかる子供たちだが、「肉屋行くけど一緒にいこっか?」「クリスマスのプレゼントを入れる箱を買いに行くのだけど。」などとことあるごとに子供たちを誘い、手を引いて、話しながら歩くのは結構楽しい。本当に久しぶりだなあとおもった。私がそう感じるということは、子供たちにとっては尚更だと思う。その成果があってか、少々反抗気味だったななが だんだんと角が取れてきて、やわらかくなってきた。けんけんも いろいろと手伝だってくれているし、母子のいい関係が出来ているように感じてきた。しかし、面白いことに母と子の関係が密になると、あぶれてくるのが旦那である。今まで、旦那と私の夫婦の関係は 毎週末お洒落をしていろいろなところに出かけていたし、男女のかけがえのない関係が続いていたように思う。しかし、母子の関係が密になると反比例して夫婦の関係は冷めていくようだ、いや、私の気持ちが冷めていくといった方がただしいのかもしれない。旦那と二人きりになったとき、思いっきりしらけてしまうのだ。女性の愛の対象というものは 全部平行して、という器用なものではなくて、一つに限られているのかなあ・・と考えたりしたのだった。これは一般的ではなくて、私だけなのかもしれないが・・。
2004年12月05日
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ケンケンは子供の頃から、気管支系が弱い。風邪をちょっと引こうものなら、すぐ呼吸が困難になる。幼児の頃はほんとうに大変だった。ちょっと一日お外ではしゃいだら、夜はせきが止まらなくなり、その挙句はいてしまう。彼の幼児時代の私の記憶は、私が彼の「ゲロ始末係」のようだったということだ。それも成長していくにつれて、水泳もはじめ、あまり風邪を引かなくなったので、だんだんよくなっているのかなあと思っていた。しかし、今年は3回呼吸困難になり、先月は3度も医者に行った。薬を飲んでも、あまりよくならない。医者は、「アレルギーがあるのかも。アレルギー科を受診しなさい。」ということだった。そして、初めて訪れたアレルギー科。受付で事細かに質問された。どんな家に住んでいるのか、アパートか、高いところにあるかそうでないか、床は板張りかタイルか、近くに工場はあるか、自然出産か、母乳はいつまで飲んだのか、などなど。5分以上もそのやりとりがつづき、数分後に診察室に呼ばれた。診察室には若い緑色の目をした男の医者が座っていた。彼は 私のケンケンの病歴についての話を聞いた後、これから先する検査について、こと細かく説明を始めた。アレルギーテストを受けなければならない。そして血の検査も、レントゲンも。その結果を持って、次回の診察の際に対策法を細かく説明する。そして、ケンケンの背中に聴診器を当てて、肺の状態を診察した。その日、けんけんは呼吸の問題はなく元気だったが、医者の話では痰などがあって、あまりよくない状態だということだった。それで、医者は肺に直接効く息とともに吸い込むタイプの薬を処方した。カプセルタイプの粉薬を 専用の筒型の器具に入れてカプセルをつぶす。そうして筒の中にでた粉薬を筒を口にくわえて一気に吸い込む。吸い込んだら、10秒ほど息を止めてしっかり肺にいきわたるようにする。そこで、けんけんはためしにやってみるように言われ、こういうタイプの薬は初めてだったので、おずおずとその筒型の器具を持ち、目玉をひん剥いて筒を口にくわえ薬を吸っていたのには思わずふき出してしまった!この薬は3ヶ月ぐらい続けなければならないと言われた。ブラジルにはアレルギーを持つ子がとっても多いような気がする。特ににおいやホコリのアレルギー。街は公害であふれているからなのだろうか?それとも気がつかなかっただけで、日本も同じようにアレルギー体質の人が多いのだろうか?
2004年12月04日
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先週から数えて奈緒美の3回目のバレエの発表会が 市の劇場で行われた。毎年バレエの衣装を一着ほど作るのだが、結構高い!200レアイスぐらいするのだ。その折角の衣装を一回の発表では元が取れないと思うのか、毎年、場所を変えて3回ほどやる。そのため、12月はじめは毎年、予定を入れられないし、私たち(親)自身も休めないしで、結構疲れる・・。それでも可愛い娘の晴れ舞台、頑張って行って来た。発表は6時ごろ終わり、そこから直行でショッピングセンターへ。まだ、クリスマスの買い物が全部終わっていないし、来週の子供関係のパーテイなどで必要なものも買わなければならなかったから。まずは子供たちがお腹がすいたというので、フードコートでお食事。奈緒美はマック、ケンケンはベークドポテトに海老のクリームがたっぷりのせてあるもの、旦那は中華、私は海老バイア風にした。久々のショッピングでのお食事だが、値段が高くてびっくりした。今年の後半はどこへ行っても随分値上がりしたような気がする。ナナはおまけの『インクリーブルス』(今流行っている子供の映画)を たいそう喜んでいた。いろいろな買い物を済ませ、けんけんの洋服を買おうかということになった。けんけんはショッピングセンターが嫌いで、あまり行きたがらないため、洋服を買う際も私が勝手にC&Aなどで見立てて買うことが多い。日本にもかつてあったC&Aは 返品がしやすく、商品も多いから育ち盛りの子供の洋服を買うのによく利用している。でも、素材があまり好きじゃあなかったり、デザインもどうかな?と思うものが多いので、特にケンケンの年頃の子供には微妙なところである。子供と大人の境目の大きさ・・・けんけんは10歳なのだが、クラスでも大きい方なので、15歳、16歳ぐらいのサイズでなければならない。そういうサイズのものはC&Aでは ドクロ系のおどろおどろしいものか、サーフィン系、スケート系、バスケ系のスタイルしかなくて、中間がないのだ。いつもお買い物に困っていたので思春期の生徒に聞いてみると、いいお店を教えてくれた。「HAND BOOKがいいよ!私はいつもあそこで買っているよ!」とのこと。そこは若者向けのジーンズ、Tシャツがメインのお店。値段も結構手ごろで、いつも若者であふれているお店だ。昨日はたまたまケンケンがいたから、早速そのお店に入った。はじめは面倒くさそうに店の外のベンチに旦那と座っていたが、サイズが分からないため店の中に呼んで、試着させた。そのお店の売り子たちは皆歳が若く、明るく応対してくるので、ケンケンは気に入ったらしく、次々と運ばれてくる洋服をどんどん試着して、結構な時間が過ぎていった。私の方が逆に待たせているダンナのことが心配になり、「早くしないと パパイが怒り出すよー!早く!」なんてせかしていたのだが、本人はいろいろ試着したかったらしく、「じゃあ、あとこれとこれだけ着てみるよ。」と、急いで試着していた。売り子は こちらの事情などお構いなしにどんどん服を運んでくる。ケンケンは褒められると、決められない・・。仕方なく私が仕切って、売り子にもう服を持ってこないように言い、けんけんとどの服にするか話し合った。結局、ワイン色がベースのお尻の部分に白と黒の切り替えがあるショートパンツと、グレーがかった水色のそでぐりにオレンジのバイアスがしてあるプリントTシャツを選んだ。店を出てから、ケンケンが発した一言。「ああ、どの服も素敵で、決められなかったよ。素敵な服を次々と試着するのって楽しいね。あの店が気に入ったよ。またあそこで服をかってよ。」服を買う楽しさに目覚めたケンケンを横目に、「服を選ぶのにあんなに時間がかかりやがって・・・まるで女だ!」旦那が怪訝そうな顔をして言い放ったのだった。
2004年12月03日
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私の歌謡曲デビューは 結構遅くて11歳頃だった。それまで、ピンクレディー(あちゃー)の曲は テレビのバラエテイー番組で歌っているのを見たことがあるぐらいで、一緒に歌ったりとか、興味を持ったりとかということもなかった。それが 転校した学校でクラスメートで 「聖子ちゃん」やら「松本伊代」、「中森明菜」などのステッカーを購入している子がいたり、下敷きに切抜きを入れている子、振りつきで歌う子などがいたりして、ちょっと興味を持った。テレビの音楽番組、the ベストテン だったかな?それを観だしてからというもの、結構歌詞も歌手の名前も覚えて行き、友達の話題についていけるようになった。その次のステップは 「自分のお気に入りの歌手」を見つけることだ!男の子も女の子も それぞれ異性のお気にの歌手がいて、応援している。なんだか楽しそうだなあー、と未知の世界に憧れを感じた。さて、どの歌手にしよう?聖子ちゃんは あまりにフリフリブリぶりすぎて、私のキャラには合わないし、中森明菜も歌い方がなんだか怖いし、トシちゃんはなよっとしてて嫌だし、マッチは歌い方がヤだけど、とりあえずマッチにしておくか・・・?とりあえず友達の間では「マッチ」にしておいた。でも、本当に気に入ってた訳ではないので、彼のファンだった期間は 『ギンギラギンにさりげなく』が流行った間だけであった・・。そのあとで、「シブがき隊」登場!クラス中の女の子が、「私フッ君」「わたしはモッ君~」などと自分の好みのメンバーを みんなの前で公表している・・・。さて、困った、どれにしよう・・。実は全然いいと思わなかったのだ。あんな私よりずっと年上の男の人より、隣クラスの男の子のほうがずっと気になるしハンサムだと思ったのだが、ここは友達の手前、決めなければならない・。結局、「ヤッ君」にした。でも全然いいと思わなかったのだ。その数年後、洋楽の存在を知る!ほんっと それまで全然知らなかったのだ。映画だって、始めてみたのが、テレビで見た『タワーリング、インフェルノ』だったし。(←これは子供心に怖くて怖くて、何度も悪夢を見たほど)私の初洋楽は『マドンナ』。当時はcdなんてまだ存在していなかったので、テープで何度も繰り返し聞いた。土曜日の午後の洋楽番組も毎週欠かさず聞いて、情報をゲット。『明星』みたいな洋楽雑誌などもあるかなーと本屋を探すと目に付いたのが、洋画雑誌『ロードショー』。『明星』などより一回りも大きくて、しっかりとした紙の表紙、表紙で微笑む美しい俳優、読み応えのありそうな厚さ。そのときは買わなかったが、その後気になり始め、何度も本屋へ通っては、結局なけなしのお小遣いでゲットした。それからというもの、映画にはまり始める。しかし、当時は中学生で、お小遣いもほとんどないし、テレビではあまり洋画を放送してくれないし、レンタルビデオだってまだ普及していなかった。だから、雑誌を読むのみ!(泣)毎月雑誌を購入し、この俳優素敵だなとか、この映画面白そうだなと想像ばかりしていた、映画を観ない映画ファンだった!(爆)その雑誌には洋楽の情報も載っていたので、それを参考に友達からテープを借りまくっては聞いていたものだ。高校生ごろにはもうビデオデッキもステレオも親に買ってもらっていたので、洋楽&洋画三昧の日々。「歌謡曲??けっ!」って感じで、日本のものには何の興味もわかなかった。同級生たちとカラオケに行っても、歌える歌は昔の曲だけだし、新しい曲も友達と行ったカラオケで友達が歌っているのを聞いてマスター、オリジナルを聞いたことがないというのも結構あった。そんな外国かぶれだった私が 今ここブラジルで日本の曲を聞いている。宇多田ヒカルなんて大ファンだし、BoAの声も好き、そして、浜崎あゆみにはまっている!!毎日、車の中ではかならず「あゆ」なのだ!日本のpopを聞いていると、それが最近のものだとしても、はるか昔(!)の日本の生活を思い出す。嫌なことも楽しいことも。特に思い出すのが日本で一人で行動していた時間。ブラジル日系人が日本の演歌のカラオケをいつも歌っている理由がよく分かるような気がする。懐かしむという気持ちが。車の中で聞く日本のpopは 私にとって日本とブラジルに長年いる私を記憶でつなぐ大切な道具なのかなあと考えたりする。それが、日本へ帰ったとして日本の音楽を聴き続けるかというと、それは怪しいと思う。日本にいたら、逆に外国の曲を聞いて、まだ観たことのない世界に憧れを抱いているのだろうな。今ちっとも聞かないブラジルの曲も聞いちゃったりして! こういう手に入らないものに憧れ、空想してしまうところが、私なのだろう・・。
2004年12月02日
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金曜の夜は 私がずっと観たかったこの映画『THE STATION AGENT』を家族全員で観ました! Finbarは生まれつき異常に体が小さく、いつも周りの人々に興味の目で見られ、からかわれてきた。そのため、彼自身は 他の人の好奇の目にさらされないためにも、大勢に交わらず、孤独かつ寡黙に生きてきた。その彼の趣味は汽車。成り行きで、放置されたかつての駅に移り住むことになり、そこで以前と変わらぬ静かな生活を営もうとするが、その町の住民とかかわりあわざる羽目になってしまう・・・。 小人のような体を持った主人公の硬く閉ざした心が 徐々にとき開かれる様子を ほのぼのとした田舎の風景とともに描かれている、よく出来た佳作です!見た目が普通の人と違うために 始めは風変わりで興味を引くが、彼は普通の青年となんら変わりないということが分かってくる。しかし、周りの人々が同じ人間として接してくれないことに対して彼自身は悩んでいる。そして、すっかり諦めてしまっている。観ている方は 気の毒だなーと思ってしまうのだが、彼自身は長年のその経験からすっかり慣れてしまっていて、心を閉ざしてしまっているのが悲しい。その彼が 二人の人たちと親しくなり、少しずつ心をとき開いていく場面は見ているほうも嬉しくなっていくのだが、その心を許してしまったがために、痛い目にあってしまいまた再び傷ついている様子は 本当に痛々しい。そして、登場人物の2人もまた、それぞれ問題を抱えている。その三人の心の交流が 本当にほのぼのしていて、誰が見ても楽しめる映画に出来上がっている。 旦那は始まって20分ぐらいで寝てしまった・・。どの映画でも同じことだ、彼の場合!けんけんとナナは 最後まで一緒に鑑賞した。特にナナは 主人公に感情移入して、3度も泣いたといっていた!涙もろいです!明日は 先日途中まで見た『VAN HELSING』を鑑賞予定。途中まで見た感じだと、ちっとも興味がもてなかったのだが、これからどんでん返しがあったりしてはいけない(!)ので、チェックします!(笑)
2004年12月01日
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