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「ボチョン老師、こんな夜中に何の話だ?」「ご息女のことで大事な話があります。天のご意思により・・・ご息女の命をイムギに捧げる必要があります」「悪い冗談はよせ! 妻が命と引き替えに産んだ子を差し出すなどできるはずがない!」 「ご息女はヨイジュを宿しているのです。だがブラキが・・・天に背こうとしています」 太古の伝説に胸を躍らせ、限りないイマジネーションを膨らませるのは、人間だけに許された特権なのではあるまいか?我々が伝説とか神話と呼び、実際にはあり得ない昔話として語り伝えているものは、子どもたちにのみ許された専売特許などではない。大人だからこそ現実とファンタジーを融合させ、誰もが楽しめるスペクタルストーリーへと高めていこうとするのだ。本作「ディー・ウォーズ」も、500年前の韓国に伝わるというドラゴンにまつわる伝説がストーリーの鍵となっている。(だがこの伝説はあくまでフィクションのようだ)架空の生きものということもあり、CGを駆使した迫力ある戦闘シーンには圧巻だ。高層ビルにグルグルと巻き付く大蛇の猛烈な勢いに、思わず息を呑むほどである。ある時、ロサンゼルスの郊外に大蛇のようなモンスターが突如として現われ、現場を取材していた報道のイーサンは少年時代に聞いた話をふと思い出す。それは、500年前の韓国に伝わる、ある伝説と関わりがあるのではないかと胸騒ぎを覚えたのだ。イーサンは、単なるおとぎ話とは思えず、昔少年のころに聞いた20歳になる女性サラを探し出すことを決意する。サラは世界を救う宿命を負い、イーサンはその女性を守る戦士であると言い聞かされていたことを思い出したのだ。戦闘シーンもむやみやたらな殺戮などは少なく、ヘリが爆発したり、何台ものパトカーや車が玉突き事故を起こすなど、子どもが見ても充分に耐えられるアクションシーンに仕上げられている。また、神話的要素も組み込まれ、ファンタジックでドラマ性を強くしたストーリー展開となっている。この夏、家族で愉快に会話を交わしながら、居間でくつろぐのに持って来いの作品なのだ。2008年公開【監督】シム・ヒョンレ【出演】ジェイソン・ベア、アマンダ・ブルックスまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.30
「お待たせしてしまってどうも・・・早稲田大学野球部顧問の飛田穂洲です」「慶應義塾の小泉信三です」「どういう・・・ご用件でしょうか?」「実は、折り入ってのお願いなんです。ぜひとも飛田さんのお力をお借りしたいのです」 「なんでしょうか?」「早慶戦をやりませんか?」我々が当たり前のように観戦する野球は、その昔、敵国の国技であるとされ様々な場面で制限された。利潤目的ではない大学野球でさえ、人ごみは敵の標的になりやすいという理由から、つかの間の楽しみは奪われていたのだ。吟遊映人も含めてのことだが、戦後生まれの我々は、戦時下における言論統制や思想弾圧なんて、頭の片隅でちょこちょこっと想像してみる程度が関の山だ。軍部が台頭していた当時のような、楽しむべきスポーツさえ制限されていた、自由を奪われ、暗く陰鬱とした社会を簡単に考えてはいけない。本作は、そんな厳しい社会情勢の中、学徒出陣を目前に控えた学生たちを慮り、“出陣学徒壮行早慶戦”と銘打って行なわれた最後の試合をモチーフにした作品なのだ。太平洋戦争中、野球は敵国の国技だという理由で六大学野球は解散の憂き目に遭う。戦争が激化する中、いよいよ学生たちも戦争に駆り出されることになった。そんな折、学徒出陣を控える学生たちの思い出作りにと、慶應義塾大学学長の小泉信三が早稲田大学野球部顧問の飛田のもとに、「早慶戦をやりましょう」と申し込みにやって来るのだった。早稲田と慶應、両大学の試合の何がそれほどまでに心を揺さぶられるのかと言えば、「もう二度と生きて野球をやれまい」とする学生たちの悲壮なる想いが込められているからだ。好きな時に好きなだけスポーツを楽しめる現代では想像もつかない心情に駆られての試合であった。戸塚球場において、慶應の小泉学長が座布団代わりに新聞紙をさりげなく敷くシーンが、なんとも紳士的であった。さらに、試合後、両大学の応援団による力強いエール合戦はすばらしかった。それを目にし、耳にした選手、そして聴衆は人目も憚らず滂沱として涙を流すのである。 この作品は、巷にあふれる単なる青春ドラマとは一線を画し、二度と繰り返してはならない戦争を糾弾した、最高の反戦映画なのだ。2008年公開【監督】神山征二郎【出演】渡辺大、柄本明、石坂浩二また見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.28
「気の抜けたビールと敗北のニオイ。理由があって“スーパー・ソルジャー・プログラム”は凍結された。生身より“鉄”のほうが信頼できる」「スターク(じゃないか)! いつも上等な“スーツ”を着ているな」「いかにも。・・・厄介な悩みがあるとか?」「君ほどでは」本作は、これぞ正しくアメコミの象徴と言えるであろう。主人公はいつだってパーフェクトなヒーローであってはならない。コンプレックスの塊で誰よりも人間臭く、そして情に厚い。だが何らかの影響で、望むと望まざるとに関わらず、自己改革を果たしてしまう。それは本来の自分とはまるでかけ離れたモンスターであったり、ロボットであったり、とにかく“変身”を遂げるのだ。そしてそこからヒーローとしての壮大なストーリーが展開されるというわけなのだ。「インクレディブル・ハルク」においても例外ではなく、主人公はもともと科学者で、どちらかというと文科系である。筋肉モリモリの体育会系とは程遠く、逆に線が細くて薄幸な印象さえ受けるのだ。そんな主人公がある事故によって驚愕すべきモンスターに変身し、大暴れする・・・と言ったアメリカン・コミックの王道をゆく物語に完成されている。研究実験中の事故により、科学者のブルースは怒りなどで心拍数が上昇すると緑色のモンスター“ハルク”に変身してしまうのだった。そんなハルクは、軍事目的のために利用しようと企むロス将軍から逃れながら、南米で生活していたところ、ロス将軍の精鋭の部下ブロンスキーが追っ手としてやって来るのだった。この作品は、観ていただければわかるのだが、単なるヒーローモノとは言いがたい愛と正義の物語として完結している。バケモノのような姿になったブルースを、昔と変わらずに愛し続ける恋人。そんな彼女を命を懸けて護り抜くブルース。この辺りが見どころなのではと思われる。ラストで「あっ!」と驚いたのは、同じマーベル・コミック社による「アイアンマン」の主人公トニー・スターク役のロバート・ダウニー・Jrがチョイ役で出演していること。こういうニクイ演出は、さすがにアメリカならではだけのことはある。エドワード・ノートン演じるブルースが、憂いを抱え苦悩する表情、細身でか弱ささえ感じるのに、ある瞬間、凶暴なモンスター“ハルク”に変身するという激しいギャップがおもしろく、実に良かった。2008年公開【監督】ルイ・レテリエ【出演】エドワード・ノートン、リヴ・タイラー また見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.24
『知らない人が多いけど、人が家で死ぬと後が大変。掃除は家族の役目。大抵が触る根性はない。そこでパパの出番。染みは故人の名残り、姿の記憶だとパパは言う。そして匂いの強烈な記憶は心に染みつき、よみがえる。そういう染みは・・・消すことはできない』毎日必ず事件が起きて、その度に現場は凄惨を極めた状態にさらされる。それがもし殺人現場であったらどうであろう?惨たらしい殺戮の痕跡を残した死体が無惨に転がり、身体じゅうの穴という穴から体液が流出し、おびただしい血痕にまみれた現場は、常人の想像を絶するに違いない。異様な臭いはこれまでに我々が嗅いだこともないような悪臭が立ちこめ、おそらく思考回路を停止させてしまうほどのショッキングなものであろう。さて、そこで問題なのがその事件の後始末である。戸外はともかく屋内で起こった事件の場合、ある程度の掃除をして今を生きる者たちが通常の日常生活を取り戻して行かねばならないのだ。キレイごとではない。今を生きる人間に、“汚い”とか“クサイ”などと言ってはいられないのが現実だ。元刑事トムの経営する清掃会社は、凄惨でおびただしい血痕にまみれた犯罪現場をきれいにする仕事である。ある日、某邸宅の殺人現場の清掃依頼を受ける。つつがなく作業を終了し帰路につくものの、鍵を返し忘れたことに気付き、翌日再び現場を訪れる。しかし、在宅の夫人は清掃依頼したことも知らず、自宅で何が起こったのかも全く理解していない様子であった。本作を観て、改めてアメリカの民間ではこういう清掃会社が存在することを知った。確かに犯罪大国アメリカならではの職種である。おもしろいのは、そんな清掃会社を営む人物を主人公に設定し、そこから派生する事件、からくり、人間関係を見事にコラボさせ、サスペンス仕立てのストーリーに完成させた点である。本作における、二面性のある現役刑事役を演じたエド・ハリスの渾身の演技はお見事だ!愛に枯渇した男の葛藤、そしてやるせない表情に思わず涙を誘われる。主役を演じたサミュエル・L・ジャクソンの存在感のある落ち着いた演技も、言うまでもなく素晴らしいものであった。真夏の夜に相応しいサスペンス映画である。2009年公開【監督】レニー・ハーリン【出演】サミュエル・L・ジャクソン、エド・ハリスまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.20
「これで死者は安らぎを?」「死者は復讐など求めない」「あなたに自由をあげたい。でも地獄はこの中ね」同じアクション映画を観ても、英国のそれには格調高さを感じてしまうのはなぜだろう?泥まみれ、血まみれになろうとも、シャキッとスーツを着こなして、涼しげな表情で闊歩するそのスタイリッシュないでたちたるや!むやみやたらに発砲したりしないのだ。とにかく最低限のエネルギーで、できるだけ一発で敵を仕留める。もしもはずしたら二発目は必殺だからスゴイ。万が一の三発目は、念のため止めを刺すと言った具合なのだ。本作「007慰めの報酬」では、悪役にフランス人俳優のマチュー・アマルリックが抜擢されている。マチュー・アマルリックと言えば、「潜水服は蝶の夢を見る」で見事な演技を披露してくれた人物だ。英国人俳優のダニエル・クレイグと互角の演技で視聴者を釘付けにしてくれるのだ。舞台はイタリアの古都シエーナ。ボンドはあいかわらず謎の組織を追っていた。壮絶な追跡の末、一人の男の存在に辿り着く。それはNPO法人でエコを謳ったグリーン・プラネットの代表取締役ドミニク・グリーンであった。この男はボリビアの天然資源の利権を独占しようと企み、裏でCIAと駆引きに余念がなかった。007シリーズはずい分と息の長いアクション映画であるが、ジェームズ・ボンド役のダニエル・クレイグは、正にミスター・ボンドに相応しい役者さんだと思う。金髪にブルーの瞳はもちろんだが、インテリジェンスでスタイリッシュな身のこなしに世間のご婦人方は黄色い声をあげるに違いない。映画というのは、視覚的な分野を多いに触発される娯楽なので、手に汗握るカーチェイスや風光明媚な海外の古都、それに我々東洋人があこがれる彫りの深い顔立ち、バランスのとれたスタイルなど胸を躍らせる。それら全てをたった一つの作品から与えられるなんて、これほど贅沢なことはない。007シリーズは、我々一般人にスリルとセンチメンタルとそしてちょっぴりのお色気を提供してくれる、この上もなく優雅な英国映画なのである。2008年(英)、2009年(日)公開【監督】マーク・フォースター【出演】ダニエル・クレイグ、マチュー・アマルリックまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.16
「よくポニョを連れてきてくれましたね。ありがとう。ポニョは人間になりたくて魔法の蓋を開けてしまいました。人間になるには、ポニョの本当の姿を知りながらそれでもいいという男の子がいるんです。あなたはポニョがお魚だったのを知っていますか?」「うん!」我々大人も、昔は子どもだった。子どものころはそれなりに純粋で、宇宙人を信じたり、神様や妖精なども信じていた。 吟遊映人も例外でなく、アンデルセンのお話にあるような「人魚姫」は必ずいるのだと信じ、もしもどこかで顔を合わせるようなことがあっても、決して大げさにするのではなく静かに見守っていてあげよう、などと心ひそかに決めていたものだ。「崖の上のポニョ」は、5歳の純粋無垢な男の子と、同年齢ぐらいの小さな小さな人魚との交流の物語なのだが、杓子定規な童話の世界とは異なり、悪役の存在しないファンタジー性にあふれた児童文学なのだ。海の中を悠々と泳ぐ古代生物や、おとぎの国に棲んでいそうな可愛らしい人魚の群れ。 小さくて愛くるしくて、思わず頬を押し付けて感触を確かめたくなるような、子ども心を上手く引き出すことに成功している。父から“ブリュンヒルデ”という名前で呼ばれていたが、沖で5歳の男児宗介に拾われた際、“jポニョ”と命名されとても気に入る。本来は海に棲む金魚であったが、宗介の傷口を嘗めたことで半魚人になってしまう。その後、宗介と同じ人間として暮らしたいと強く望むようになる。宮崎監督の描く子どもたちの表情やしぐさは、どうしてこれほどまでに可愛らしく、惹き込まれる魅力にあふれているのだろう!笑った顔はもちろん、怒った顔つきや泣き顔まで、全てが本来人間の持ち合わせている豊かな感情表現に彩られているのだ。幼いころテレビで毎週欠かさずに見ていた「未来少年コナン」や、友人といっしょに映画館で鑑賞した「風の谷のナウシカ」も実に素晴らしい近未来ファンタジー作品であった。宮崎監督の色褪せない才能と表現力と、そして何より、大人も子どもも魅了して止まない詩情あふれるストーリーは、永遠に子どもたちのバイブルとして語り継がれていくことだろう。2008年公開【監督】宮崎駿【声の出演】宗介・・・土井洋輝、リサ・・・山口智子、ポニョ・・・奈良柚莉愛また見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.12
「(おっと)失礼」「彼は(何者かね)?」「VIPです」「じゃわたしは? “ベリー・ウザイ・人(VUP)”?」永遠の映画人・淀川長治氏の著書を愛読する吟遊映人は、改めて「ああ、単なる一視聴者で良かった」とつくづく思った。趣味として映画を楽しめることほどステキなことはないからだ。氏の著書によると、「映画評論家というものはいいなあ、ただで映画を見て、それの批評を書けばいいのだからなぁと思う。(中略)実は素人考えで、試写を見る役目を持った人たちは映画館で金を払ってのん気に見るような見方では困るのである」とのこと。その試写室での白熱したムードと言ったらスゴイらしい。メモを取る人、あるいは一番前の席でスクリーンを食い入るように見る人、画面のワン・カットも見落としてはならないという心構えで見るのが仕事で、本気で見たら楽しむはずの映画でもくたくたになってしまうと言うのだ。映画を愛すれば愛するほど、つまらない映画を見なければならぬ時の苦しみは素人の想像以上なのだとか。思わず、席を立ってしまうのも理解できるとのこと。しかし、映画評論家らはどれほどバカげた愚作であっても、どこかにいいところがないであろうかと気を配り、そのための気疲れは並大抵のものではないと。このくだりを読んだ時、つくづく金を払って楽しめる一視聴者であることの幸せを噛みしめたわけなのだ。さて、「オーシャンズ13」。言わずと知れたソダーバーグ監督作品であるが、吟遊映人オススメの一作である。難しいことは分からないが、映画本来の役割でもある娯楽性、つまりエンターテインメントの世界を突き詰めた作品であると感じられるからだ。細かく分析すれば、もっと奥行のあることが語れるかもしれないが、あえて端的に言ってしまうと、このソダーバーグ作品では“独特のテンポ”を楽しんでもらいたい。ウィットに富んだ会話や出演者たちのオシャレな服装はもちろんだが、この監督の持ち味はズバリ“テンポ”だと思う。ある人物の時間と他の人物の時間軸の解体、そこから生み出されるテンポ。これは、ソダーバーグ的特質として受け留めて良いのではなかろうか。我々はお金を払って映画を観ることのできる立場にある。つまらない映画に出会ってしまったら、その作品をこき下ろすこともできる客の立場なのだ。だがもしも「ああ、この作品はスゴイ!」と思うような映画にめぐり逢えたら、とことん突き詰めて、一体何が、どうしてこれほどまでに心を揺さぶられたのかを自分なりに吟味してみるのも一興かもしれない。それにはまずたくさんの映画を観て、自分の好きな映画の傾向を知ることが先決だ。そんな中、これから何を観ようかと迷っている映画好きの方々に、ソダーバーグ作品はオススメである。言うまでもなく、現代映画に革新をもたらした才能溢れる監督なのだ。2007年公開【監督】スティーブン・ソダーバーグ【出演】ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピットまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.09
「せっかくの式だ。僕らでどうだ? (君は)尻に敷く相手が必要だろ?」「正気? 重婚なんてお断りよ」「僕もだ。・・・離婚したんだ。21年間君を愛し続けて。今回島に着いた時からこの愛を伝えようとしてた。・・・結婚しよう」いくつになっても女性というのはかしましい。どんなにブランクがあろうと、仲良しが顔を合わせると年齢を忘れて盛り上がる。人にもよるだろうが、一般的に社会人になってからの友人より学生時代の利害関係が何一つ絡むことのない友人は、それこそスペシャルな存在である。「マンマ・ミーア!」の作中においても、ヒロインを囲む親友たちの存在は大きい。いっしょにゲラゲラ笑って、バカなことをまともに語り合える関係というのは、実に貴重な存在だからだ。主人公のドナや娘のソフィーを支える女友達の愉快なことと言ったらない。おもしろおかしいキャラで、青空の下、広大な海をバックに、素直に楽しませてくれるのだ。島の人たちが桟橋に並んで歌って踊るシーンも実に愉快!破天荒な人生さえ、どんな不幸に見舞われようと流す涙も笑い飛ばしてしまいそうなたくましさが感じられる。舞台は、エーゲ海に浮かぶ小さな島の古いホテル。オーナーであるドナは、女手一つで娘のソフィーを育て上げた。そんなソフィーも結婚式を明日に控え、有頂天。母親ドナの昔の日記を盗み読みして、自分の父親と思われる人物を3人とも島へ招待する。ソフィーはヴァージン・ロードを父親のエスコートで歩きたいと切望するのであった。 この作品を観ることで、ミュージカルの楽しさを改めて味わうことが出来たような気がする。吟遊映人にも、数少ない高校時代からの親友が存在するのだが、この人物がまるでミュージカルのような生き様なのだ。暗く、鬱々とした気分で塞いでいる時、歌うようなノリでおもしろおかしな冗談や、「これしきのことでくじけるな!」とばかりに激励してくれるのだ。生きることは決して楽なことではないが、「マンマ・ミーア!」にもあるように、人生を明るく陽気に、過去の汚点さえ福に転じてしまえるようなバイタリティーと前向きな精神が大切なのだと教えてくれる。思わず、顔がほころんでしまう・・・知らないうちに笑顔を浮かべている・・・それがこの作品のすばらしさである。人は、1人では生きていけない。誰かに支えられながら、弱い自分を奮い立たせる。「マンマ・ミーア!」は、山あり谷ありの人生がいかにすばらしいものであるかを、音楽に乗せて教えてくれる作品なのだ。2008年(英)、2009年(日)公開【監督】フィリダ・ロイド出演】メリル・ストリープ、ピアース・ブロスナンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.05
“You are terminated.”(お前を抹殺する)ターミネーターシリーズは前2作で完結したものと思われたが、2003年にファンの間では度肝を抜いた。なんと、「ターミネーター3」が公開されたからだ。だが、前2作のメガホンを取ったキャメロン監督は「T3」の製作を断固として反対し、本作ではオファーを断わり、代わりにジョナサン・モストウ監督がメガホンを取っている。驚いたのは、アーノルド・シュワルツェネッガーの肉体美!当時、すでに50代後半の彼は(現在61歳)、この作品のために前作「T2」の時とほぼ同じ体型を作ったというからスゴイ!そんなアーノルド・シュワルツェネッガーは、周知の通り現カリフォルニア州知事で、この「T3」の撮影を最後にしばらく役者業を休業することになる。残念なのは、前2作で強くたくましい母親(サラ・コナー役)を演じたリンダ・ハミルトンは、台本を読むなり「この脚本にはストーリーがない」と言って出演を断わっている。そんなわけで、本作はアーノルド・シュワルツェネッガーを除いてほぼ新しいキャストとスタッフでの撮影となった。液体金属で作られたT-1000型ターミネーターとの結末からすでに10年が過ぎた。人類とスカイネットとの戦争“審判の日”は、1997年8月29日が過ぎても事無きを得た。 だが2032年、新たに2体のターミネーターが未来から送り込まれて来る。1体は、ジョン・コナー率いる抵抗軍の副官達の抹殺を目的とする最強のターミネーターT-X。そしてもう1体は、ジョンとケイトを護るために送り込まれて来たT-850型であった。 なんと、回避されたと思っていた核戦争は、予定が狂っただけで先延ばしされたに過ぎなかったのである。本作においても前2作を凌ぐアクションシーンが満載であった。何と言っても今回は女性が悪役だから、そのナイスバディと虫も殺さないような顔立ちに反比例した大胆な破壊力と殺傷能力には肝を冷やした。また、モストウ監督がいかに前2作を愛しているか垣間見られるのだが、我々のイメージするターミネーターをそのままターミネーターとして登場させてくれるのが嬉しい。さらに、撮影に関してもCGを駆使するばかりの合成的なカットは少なく、リアルに撮れるものにこだわり、イメージの定着化を図った気配りが感じられた。全体的に安定して楽しめるアクション映画に仕上げられていた。2003年公開【監督】ジョナサン・モストウ【出演】アーノルド・シュワルツェネッガー、ニック・スタールまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.07.01
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