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「どうしたの?」「銀とニンニクが効かない。」「知らなかった。」「知ってたら教えたか?」「隠しごとはしてないわ。」「(だが)やつは君を助けたぞ。」面目ない。吟遊映人の読みは、まだまだ浅かった。てっきり前回で死んだとばかり思っていたウィスラーは、ヴァンパイアのところでどうにか生き長らえていたようだ。ウィスラーはとてもわかり易い立ち位置で、むしろ安心感のある存在なのだ。日本の「仮面ライダー」を思い出していただきたい。ほら、“オヤジさん”が出て来るのを覚えていないだろうか?確か、仮面ライダーを影ながら支えてあげる唯一の理解者だ。端的に言ってしまえば、ウィスラーの存在はこの“オヤジさん”である。それから驚いたことはまだある。2作目はもの凄いことになってしまった。なんと、ヴァンパイアさえ無差別に襲う、新種のウイルス・リーパーズというやつが現れてしまったのだ!恐るべしリーパーズ!そんなわけで考えられないことが起こってしまった。それは、フツーのヴァンパイアからブレイドたちハンターのもとへ、休戦協定が申し入れされたのだ。なにしろブレイドとフツーのヴァンパイアたちが、いつも通り戦っている場合じゃなくなってしまったというわけだ。とりあえず和平を結び、お互い手に手を取り合って、同じ敵であるリーパーズを倒してからその後にでも本来の戦いを再開しようではないか・・・みたいな段取りになった。日夜ヴァンパイアと戦い続ける男ブレイドは、前回フロストとの決戦の際、殺されたはずの盟友ウィスラーがヴァンパイアのアジトに囚われの身となっていることを知る。ブレイドは決死の覚悟で潜入。無事にウィスラーを救出する。ブレイドはウィスラーのいない間、スカッドという相棒を得て新しい武器の開発やマシーンの改良を重ねていた。こうして3人のハンターたちがチームを組むことになった。そんなある日、ブレイドたちの前にヴァンパイアの大君主ダマスキノスの愛娘ニッサとその仲間たちが現れる。なんとそれは休戦協定の申し入れであった。これはお世辞でも皮肉でもないのだが、ますますおもしろくなって帰って来た2作目、という感じがする。なんだろう、この感触は・・・そう、「スターウォーズ」と「エイリアン」と「プレデター」を丸ごと足して2で割った、そんな超大作なのだから!さらにさらに、本作「ブレイド2」ではこれまでの強いヒロインから脱却し、強がらない女性が登場した。ラスト、日の光を浴びてヒロインが死んでいくシーンなのだが、セリフがスゴイ。「私、(フツーの)ヴァンパイアとして死にたい・・・。」リーパーズに感染して得体の知れない生きものとして死にたくなかったのであろう、このけなげなセリフって・・・。(涙)ここで申し上げたいのは、“ヴァンパイアとして死のうが、リーパーズとして死のうが、50歩100歩じゃん”などと冷めたことを口にする人たちにはこの作品は観て欲しくない。あくまで正義を愛する人たち、そしてマンガの実写版を心から喜ぶ世界のアメコミファンに捧げたいと思う。(←映画製作者サイドの胸の内を代弁してみた。)2002年公開【監督】ギレルモ・デル・トロ【出演】ウェズリー・スナイプスまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.27
「怖い顔してどうした? 最近男とやってないのか? ブレイドじゃ満足できない? 俺なら(君を)ほっとかないね。・・・きれいな肌だ。君を満足させたい。」「(私に)吸血鬼になれってこと?」「(お前を)殺してもいいんだぞ。」「さっさと(私に)咬みついたら?」国民性というものが多分に含まれていると思うが、アメリカ人はとにかく“いわくのある正義のヒーロー”が好きだ。しかもヒロインは気の強いインテリジェンスでなくてはならない。日本人が好みがちな、薄幸そうなか弱き乙女ではストーリーが成り立たないのだ。ヒーローがピンチの時、女だてらに敵を蹴散らす肝っ玉と根性の持ち主でなくてはならず、しかもお色気ムンムンが求められるから不思議だ。日本でもアニメとして放映されている「スパイダーマン」や「トランスフォーマー」は、言わずと知れたマーベル・コミックというアメリカのマンガ出版社から人気に火が点いた。(※)本作「ブレイド」もマーベル・コミックから出版されたマンガが原作で、1998年に映画化された作品だ。例外でなく「ブレイド」における主人公ブレイドも、いわく付きの過去に苦悩し、それでも悪と真正面から向き合う正義のヒーローなのだ。そしてヒロインも、血液学を専門にする女医で、鼻っ柱が強く逆境に負けない強靭な精神力の持ち主なのだ。そのくせ妙にお色気ムンムンで、男性の視聴者を意識したカットが多いのもさすがだと思った。母親が妊娠中にヴァンパイアによって殺されたところ、生まれて来た子どもにはヴァンパイアとしてのDNAが組み込まれていた。彼は成長すると吸血鬼ハンター・ブレイドとして、ヴァンパイア退治を行なう。ブレイドは日々血清を打ちながら、人間としての尊厳を保ちつつ、世界制覇をもくろむフロストらを倒すため戦い続けるのだった。ヴァンパイアはやっぱり西欧のモンスターなんだろうか?グロテスクで残酷なシーンが多いものの、恐怖に打ち震える・・・的な描写はなかった。 そう、この作品を「リング」や「らせん」など超一級のホラーと比較してはいけない。 あくまでホラーは作品の演出であって、要は“悪と戦う正義のヒーロー”なのだから。 相棒を亡くし、たった一人で悪と立ち向かうブレイドの雄々しい姿を支持しなければいけない。休日、こたつにゴロンと横になって家族と楽しみたい作品であった。※管理人の不注意で記事中に不足事項がありましたので、加筆訂正をして本日あらためてアップさせていただきました。1998年(米)、1999年(日)公開【監督】スティーヴン・ノリントン【出演】ウェズリー・スナイプス、スティーヴン・ドーフまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.24
「他人の行動は自分の価値観だけでは測れん。」「ものは言いようだ。・・・さぞ満足だろう。正義の味方のつもりで母親から実の娘を奪ったんだ。」「娘の将来のためだ。」「あんたにそんな権利はない。」ベン・アフレック監督デビュー作ということもあり、ものすごい気合いの入った脚本・演出そしてキャスティングであった。ベン・アフレックと言えば、「グッド・ウィル・ハンティング~旅立ち~」「アルマゲドン」「パール・ハーバー」でおなじみの、しかもハリウッドの若手スターである。演技はどちらかと言えば大味で、その大柄な体格とかかもし出す素朴な雰囲気がファンを魅了しているのだと思われる。そういう自分の役者としての立ち位置に限界を感じたのか、あるいはもっと映画人としての才能を開花させたかったのか、それは想像の域を出ないが、事実として映画を製作する側になりメガホンを取った。今回の作品「ゴーン・ベイビー・ゴーン」は、社会派サスペンスという肩書きだが、テーマはもっとシンプルのような気がする。“幼児虐待を見逃すな”とか“杓子定規で物事を判断するな”と言ったことが内包されている。要は、“正義を振りかざして善人面するな”と言うことか。舞台はボストン、パトリックは恋人のアンジーとともに主に夜逃げをした失踪者の追跡をする私立探偵をしていた。ある日、貧民街で4歳の少女アマンダが忽然と姿を消した。悲痛な叫びをあげる母親の姿がテレビで放送されるものの、その実態は酒とドラッグに溺れ育児放棄をした母親ヘリーンであった。そんな中、アマンダの叔父夫婦がヘリーンを見かねてパトリックのもとを訪れ、アマンダの捜索を依頼するのであった。本作の主人公パトリック役をケイシー・アフレックが好演。彼はベン・アフレックの弟ということで、大味な演技まで似ていた。そんなケイシーの脇を固めるモーガン・フリーマンやエド・ハリスが、重厚で隙のない演技を披露。全体的にとてもバランスの取れたキャスティングになっていた。後半、エド・ハリスやモーガン・フリーマンのセリフに注目していただきたい。「君があと30年もすればわかる」などの言葉に、視聴者は何を思い、何を考えるのか。 明快なテーマが作品のそこかしこに散りばめられているせいか、観終わった後の充実感は、深く鋭利であった。2007年(米)公開 ※日本では劇場公開されていません。【監督】ベン・アフレック【出演】ケイシー・アフレック、ミシェル・モナハン、エド・ハリスまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.21
「普通の人間だったのに目覚めたら特別な人間だった。注射しようとすると肌に刺さらず針が折れた。頭の傷は1時間で治っちまった。医者はもちろんびっくり。俺自身は何も分からない。」「記憶喪失ね。・・・頭を強打されて。」「そうらしい。ポケットにあったのは風船ガムと映画の切符2枚。ボリス・カーロフの『フランケンシュタイン』だ。」今やハリウッドのドル箱スターであるウィル・スミスは、グラミー賞受賞歴を持つ列記としたミュージシャンである。歌も芝居も何でもござれのマルチ・アーティストというわけだ。「バットマン」や「スーパーマン」と違う今回の「ハンコック」は、もちろん前者と同様に超人的な力を誇るスーパーヒーローのお話なのだが、なんと言うのかヒーローっぽくないのだ。ある意味、正義の味方とは言いがたく、行き過ぎたバイオレンスやバカ力に市民からブーイングの嵐と言った具合なのだ。言わばヒーローの落第生みたいな存在だ。そんな茶目っ気たっぷりのキャラクターを、ウィル・スミスはすっかり我が物にしている。恐るべし、ウィル・スミスである。ロサンゼルスで起こる難事件を次々と片付けていく一方で、街に多大な損害を与える男、ハンコック。粗野で手荒な性格も災いして、市民からはいつもブーイング。だがある時、そんなハンコックに助けられたPR会社の落ちこぼれ社員のレイは、命の恩人であるハンコックのイメージ改善計画に乗り出す。なんと、ハンコックに刑務所で罪を償わせ、正義のヒーローとして社会に貢献させようというイメージアップ作戦であった。PR会社の社員であるレイが、イメージ戦略として売り出そうとしていたハートのシンボルマークを、月面に描いたハンコックの茶目っ気が可愛いと思った。また、時を同じくしてレイとハンコックが違う場所から月を仰ぐのだが、それもロマンチックなエンディングとして仕上がっていた。本音を言ってしまえば大絶賛とまではいかないが、観終わった後、なんとなく心があったかくなるような、そういうSF映画であった。2008年公開【監督】ピーター・バーグ【出演】ウィル・スミス、シャーリーズ・セロンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.17
「(ミャンマーへ)出発する日の朝、マイケルはここから発つと言った。」「事件か?」「(いや)分からない。予定では10日前に戻るはずだった。大使館に相談したが、ミャンマーでは埒があかない。」「(彼らは)生きてるのか?」「カレン族の戦士と連絡先を取ったら、連行先が分かった。そして大使館のツテで元軍人の米国人からこの種の事件に経験のある連中を紹介された。」「傭兵か?」「そうだ。」肩や肘に妙な力が入ってしまう映画がたまにある。おそらく「ランボー」シリーズがそれであろう。ベトナム戦争帰還兵という設定のランボーは、どんな血生臭い戦場においても、まるで闘う人間兵器のように無表情のまま突破していく。今回の舞台はミャンマー。北朝鮮にも似て、我が国と国交がないためか、その実情はベールに包まれている。シルヴェスター・スタローンはそんなミャンマーに注目し、我々に現実を直視することを促しているように思える。タイの北部でボートの運搬を営みながら、世捨て人のように暮らしていたランボーのもとに、キリスト教系のボランティア団体がミャンマーまでボートを出して欲しいと依頼して来る。一度は断わったランボーであったが、ボランティア団体紅一点のサラに熱望され、ミャンマーまでの案内を請け負うことにする。一方、ミャンマーの情勢は著しく悪く、人権弾圧が続き、軍部が少数民族を毎日大量虐殺しているのだった。この作品を観て思ったのは、“小さな親切、大きな迷惑”という言葉。弾圧されている少数民族の救済のために白人のボランティアグループが(ランボーの)制止を振り切って現地へ向かったところ、誰かを救うどころの話ではなく、たくさんの犠牲を払ってほうほうの体で救出される側になるのだ。要するに、戦場はキレイゴトで済まされない、もっと残酷で陰惨で恐怖を伴うものなのだ。R-指定になるほどの残酷極まりないシーンが露出されるのは、よりリアルな戦場を再現するために他ならない。「ランボー」シリーズ最終幕に相応しい、壮大なアクション映画に仕上がっていた。2008年公開【監督・脚本・出演】シルヴェスター・スタローンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.13
「田中君が砂高(さごたか)部屋に入門が決まった。本人のどうしてもという熱意に負けて、俺が紹介した。来年からの貴重な戦力を失うのは残念だがな・・・。」「最後の試合で神様の声聞きました。“お前にはこれしかない”そう言ったんです。」 地味だが、地に足の着いた作品・・・それが本作の感想である。若さだけを全面に打ち出してエネルギッシュに表現する作品もあるが、地道にコツコツ、無理せず、日に一度の神様への感謝を捧げ・・・のような青春映画があっても良いと思う。漲るパワーとほとばしる汗なんて、所詮映画に求められていないことをこの監督はよく心得ている。そういう熱いものは、スポーツ観戦をライブで見れば満たされるのだから、映画ではもっと違った形で表現世界の扉を開けねばならないのだ。周防正行監督は、立教大学文学部仏文科を卒業しておられるためか、ロケは立教大学のキャンパスが使用されたらしい。ユニークなのは、実際にある大学の名前をもじった架空の大学の名前で、たとえば次ようなものが登場する。立教大学→教立大学日本医科大学→本日医科大学東北学院大学→北東学院大学などである。(笑)教立大学4年生の山本秋平は、すでに就職先も決まっていたが、フランス語の単位が取得できそうになかった。フランス語の先生であり相撲部の顧問である穴山は、相撲大会に参加することで秋平に単位を与えるという駆引きを持ちかける。廃部寸前の相撲部には、現在、青木という8年生の部員しかおらず、大会に出るためにはまず頭数を揃える必要があったのだ。ストーリーとしては、廃部寸前の相撲部に新しい風を吹き入れた爽やかな青春ドラマに仕上がっているが、何と言ってもおもしろいのは一人一人の豊かな個性であろう。キャラの違いを認め、受け入れた中にある友情、仲間としての絆、それでいてギトギトした嘘くさいものを感じさせない絶妙な距離間、さらにはところどころツボを押さえた笑い。良い意味で計算し尽された青春映画は、正に周防監督のストライクゾーンかもしれない。 後味の良い、スッキリとした甘さの映画であった。1992年公開【監督】周防正行【出演】本木雅弘、清水美砂また見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.11
「負傷したイラク兵を捕まえた。車両に乗せてマイクが衛生兵のフリを(した)。傷口に手を突っ込んで“傷むか?”って(訊いた)。捕虜は苦しんでわめいた。マイクは同じ場所に手を入れ“ここも傷むか?”って。・・・愉快だった。・・・マイクは毎回やってた。だから“ドク”と(あだ名がついた)。彼なりの現実逃避だ。(彼だけじゃない)みんなバカなマネを(やっていた)。」キリスト教の信者ではなくても、旧約聖書中にある“ダビデとゴリアテ”の逸話ぐらいはご存じであろうか?羊飼いの少年ダビデが、ペリシテ人の巨人ゴリアテを相手に戦い、たかがパチンコで放った石がゴリアテの額に命中して倒れたという話である。本来は、弱者でも勇気を持って戦えば必ず勝てる・・・という故事として扱われるべきテーマなのであるが、本作「告発のとき」においては違った。作中、この勇敢な物語を少年の枕もとで寝物語として聞かせるのだが、その少年は武器であるパチンコに興味を持ったらしいのだ。少年の母親は“じきにエアガンが欲しいと言い出すわ”と、不安を覚える。この作品のテーマはいくつか挙げられるが、そのうちの一つが、エスカレートする人間の欲望。正義のために一人でも多くの人間を殺害するという最大級の矛盾を抱えた戦争とは・・・?現在は退役しているが、元軍人のハンクのもとに、軍から連絡が入る。イラクから帰還したマイク(ハンクの息子)が、基地へ戻らないとのこと。矢も盾もたまらずハンクは軍の基地へと向かい、マイクの行方を捜すことに。その後、マイクの無惨に切り刻まれた焼死体が発見され、ハンクは原因を追究するため、必死で事件の真相を探ろうとする。古今東西、親はだれよりも子を愛し、その全てを理解している・・・と思っている。もちろん、それは決して間違いではない。だがたとえ親子と言えども人格は別モノであり、分身ではない。特に、軍人として戦地に赴いた若き兵士たちは、人間としてのルールやモラルから逸脱し、心に深い痛手を負う。親にも白状できない生々しい現実を引き摺り、拠り所のない心境で帰還。平和な環境の中でさらにギャップに苦しみ、神経を病み、荒んだ心のままバランスを崩し、やがて人格を崩壊していく。サスペンス映画としてストーリーは展開していくが、実は反戦を訴求する内容として実に見事な構成に仕上げられている。イラクに派兵された息子を持つ父親役を、トミー・リー・ジョーンズが好演。いぶし銀の重厚な演技力に要注目だ。2007年(米)、2008年(日)公開【監督】ポール・ハギス【出演】トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロンまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.09
「ジョアン、宗教色を弱めろ。必要な人間を遠ざけてしまうぞ。」「お金を募るためのパーティーよ。」「会場の人々が武器を集めるんじゃない。CIA、イスラエル、エジプト、パキスタンが秘密裏にやる。全員をキリスト教に改宗させる気か?」「私はキリストに救われたのよ。宗教の自由を広めたいの。共産主義者はそれを認めず、殺す。」詳細について触れてしまうと、非常にデリケートな問題なので、善悪の判断を誤ってしまうおそれがある。そんなわけで吟遊映人として着目したのは、この作品中の主人公チャーリーが、その人柄と持ち合わせた幅広い人脈により、これだけ大きなプロジェクトを成功させてしまったのだというサクセス・ストーリーを楽しむことにしてみた。端的に言ってしまえば、冷戦時代のアメリカがソ連軍の侵攻を食い止めるために、現地人を使ってゲリラ訓練を指導し、武器の密輸をした・・・という内容である。しかし、そこに至るまでの様々な人間模様、駆引きがユニークなのだ。テキサス州選出の下院議員チャーリーは、平和を愛する政治家。ソ連の攻撃に苦しむアフガニスタンを支援するため、予算を増額するように働きかける。 そんなチャーリーを支持するため、テキサスで六番目の大富豪で反共産主義者のジョアンや、個性的で毒舌家のCIA捜査官ガストが全力でバックアップする。本作は、決して反戦映画的な類ではない。アメリカン・ドリームよ再び・・・的な、一介の議員があの手この手を使い、その人間クサさに惚れ込んだ仲間たちに支えられ、冷戦の状況をアメリカに有利な風向きに変えたという事実に基づいた自伝である。この主役を演じたトム・ハンクスは、好色で軽薄そうな、だけど実は敏腕政治家であるチャーリー役を好演。人間クサく、親しみのある人物として明るく陽気に演じてくれた。また、富豪でありキリスト教主義者のジョアン役をジュリア・ロバーツが、小悪魔的でしかも個性いっぱいに好演。「プリティ・ウーマン」では娼婦役、そして本作では富豪役。この自在な演技力がプロたる所以であろう。ラストではチャーリーがアフガニスタンに学校の建設を提案して、議会で却下され、エンディング・タイトルが流れる。そんなところも、計算し尽した一連のプロジェクトにも失敗はあるものだと教えてくれる。泥クサく、人間クサく、社会の裏と表を表現した作品なのだ。2007年(米)、2008年(日)公開【監督】マイク・ニコルズ【出演】トム・ハンクス、ジュリア・ロバーツまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.07
「ジョニー、お前には失望した。初めてのパリを楽しむこともせずに無意味な騒ぎを(起こして)・・・。」「退屈が嫌いで。」「私もだ。だがお前は退屈な奴だぞ。」リーってばカッコイイ!無表情でクールで、しかもラブ・シーンのないリーってやっぱリーらしくってリーね!(←イイね・・・のダジャレ。)この作品はフランスと香港の合作らしいがフランス語ではなく、英語とところどころ広東語(?)での会話になっている。ロケ現場はもちろんパリの街並みとチャイナタウンとパリっ子たちで賑わう鉄道・駅ではあったが、何ら違和感もなく楽しむことができた。ジェット・リーは己の求められるキャラクター像を、この作品によってますます気づかされたのであろうか?何やらこれまで以上に“こうあるべきリーの姿”に近づいたような気がする。パリのドゴール空港に降り立った一人の中国人男性。彼は、中国から麻薬密輸組織の捜査のために派遣された捜査官リュウであった。リュウは、まず市内の一流ホテルに向かい、パリ警察と合流。しかしそこで目にしたのは、ホテルの厨房で警察の指揮官であるリチャード警部が中国人男性を血祭りにあげているようすだった。リュウは怪しみながらも、ホテルで麻薬取引が行なわれる現場を押さえるために、パリ警察の指揮の下、見張りの任に就く。だが、この捜査には大きな罠が仕掛けられていたのだ。海外から見た日本人のイメージは、“ゲイシャ”とか“ニンジャ”などが強烈なインパクトを与えるものらしい。一方、中国人のイメージは、“中国武術”とか“鍼灸・整体”なのか?驚いたのは、主役のリュウが腕に何本もの針を所持していることで、ケースバイケースでその針をツボに刺すのだ。ある時は痛みを和らげ、ある時は眠りに誘い、またある時は必殺の技として・・・。これからは単なるドンパチやるだけのガン・アクションばかりではなく、こんな異色の“針アクション”があっても良いかもしれない。そしてますます東洋人に、世界の映画業界で活躍していただきたいものだ。2001年公開【監督】クリス・ナオン【出演】ジェット・リー、ブリジット・フォンダまた見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.05
「(博士)なぜ火曜の朝8時33分に突然始まり、翌朝9時27分に突然終わったのでしょうか?」「では正直に答えましょう。自然界の出来事は完全にはわかりません。」「博士、多くの考察がなされています。なぜ北東部だけに起きたのか・・・どうです?」 「個人的な意見ですが、これは前兆であり、最初の発疹のような危険信号です。人間が地球を脅かしていることへの警告です!」ごめん! やっぱりコレ好きだわ。(←だれにあやまっているのか不明。)何が好きかって、もちろんこの手の映画。そう、サスペンス・ホラーモノである。ジャンル的にこれらはB級扱いされて来た歴史もあり、びっくりするほど評価が低い。 サスペンスの神様ヒッチコックでさえ初期のころは酷評を受け、常にB級観を拭えなかったようだ。だが、これら一流サスペンス・ホラーに感じられるシュールレアリズムを理解せずに芸術の何たるかなんて分かろうはずもないではないか。超常現象を鼻先で笑うやかまし屋に、ロマンは語れまい。リアリティと合理性を重んじる族に、愛は不要なのだ。今回観た「ハプニング」は、シャマラン・ワールド全開の世界観だ。この監督は、目に見えない不気味な何かをモチーフにすることを心がけているようだ。 思うに、ミステリアスでショッキングでアンニュイな語り口を得意とし、ラストは視聴者に全てを委ねるようなスタイルを確立したように思える。悲劇はニューヨークのセントラルパークから始まった。大勢の人々が突然立ち尽くし、その後、奇異なことに自らを殺傷し始めた。一方、工事現場では作業員らがビルの上から次々と身を投げ、地面に叩きつけられる音が辺りに響く。メディアは一斉にテロによる有毒ガスの攻撃ではないかと報道するものの、一向に原因が分からず、人々は恐怖と不安に怯えるのだった。「ハプニング」のテーマはズバリ、“警告”だ。全ての現象を科学的に割り切ろうとする人間に対する警鐘。さらに、“環境問題”だ。実に世相を反映していて好ましいテーマではないか。ちなみに作中、科学の授業で“全米各地からミツバチが消える(※)”という問題を扱う場面があったが、これは実際に起きていることで、現在進行形の未解決の問題なのだ。情報の氾濫する現代社会において、非現実的で超常的なものを敬遠するキライのある昨今、シャマラン監督の提示するスピリチュアルでモラルを問う作品を、我々はどう捉えるのか・・・そのあたりがポイントになりそうだ。※2006年秋~現在にかけて、ミツバチが一夜にして大量に失踪する現象が米国各地で起こっている。この現象を「蜂群崩壊症候群」(CCD)と呼び、日本では別名「いないいない病」とも呼ばれている。【参照:ウィキペディア】2008年公開【監督】M・ナイト・シャマラン【出演】マーク・ウォールバーグ また見つかった、何が、映画が、誰かと分かち合う感動が。See you next time !(^^)
2009.02.01
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