全4件 (4件中 1-4件目)
1
【いとうせいこう/想像ラジオ】◆震災による膨大な被害の前に、残された者が成すべきことは静岡のジュンク堂書店でいとうせいこうのサイン会がおこなわれたらしい。『想像ラジオ』が、静岡書店大賞(小説部門)を受賞したからだ。私はご本人にお会いすることは叶わなかったけれど、以前から一読したいと思っていたので『想像ラジオ』を購入することにした。ありがたいことにサイン本だった。一生、大切にしようと思う。 いとうせいこうと言えば、みうらじゅんとの共著である『見仏記』を読んだ程度で、他はあまり知らない。新聞や雑誌などのコラムでいとうせいこうの記事を見つけたりすると必ず読むけれど、その時の印象はごくごく一般的な内容だったように思う。『想像ラジオ』読むきっかけともなったのは、ウェブサイトで公開されている*対談での発言を読んだことからだ。(*対談いとうせいこう×星野智幸)驚いたのは、いとうせいこうが鬱病を患っていたということ。前作は『去勢訓練』なのだが、『想像ラジオ』発表まで、なんと16年ものブランクがあったのだ。作家にはありがちなスランプと言ってしまえばそれまでだが、「書けなくなってしまった」状況を想像すると、、、いや、想像できない。そのブランク中、みうらじゅんとのライフワークともなっている『見仏記』シリーズの執筆は進んでいたので、おそらく小説としての文章に限って書けない状況に陥っていたのではと思われる。 そんな中、2011年3月11日東日本大震災に見舞われた。この時、多くの人が失語的な状況を味わった。いとうせいこうが書けなくなってしまったのと同じように、震災によって日本中が言葉を失ったのである。それまでの世界観が音を立てて崩れてしまった。現実を言ってしまえば、音声として発せられる励ましの言葉や、紙に書かれた文字なんか、何一つ役に立たないことが露呈してしまったからだ。言うまでもなく、震災後は小説が無力なものになってしまった。どれほどの美文とリアリティーで描かれようと、うすっぺらなものにしか感じられなかったのだ。そこで漸くいとうせいこうは、悟り(?)を開いたようだ。つまり、「死者の存在を受けとめる」小説を書くことである。 「想像すれば絶対に聴こえるはずだ、想像力まで押し潰されてしまったら俺達にはあと何が残るんだ」 こうして『想像ラジオ』が誕生した。 私個人の正直な感想を言わせてもらうと、この小説は退屈だ。当然だろう。娯楽小説ではなく、文学だからだ。ファンタジーな要素もあるし、思索的でもある。柔軟な姿勢がないと、得られるものも得られない。 震災に関しては、様々な意見、考え方があるだろう。ありがたいのは、それらどんな姿勢であれ、読者の生き方を尊重してくれるのが『想像ラジオ』の世界観である。「書けなくなってしまった」いとうせいこうが、自分を奮い立たせるようにしてペンを執った『想像ラジオ』は、これまでにない「未知の形の小説」となって発表された。実際に被災したわけではないいとうせいこうが、全力で真正面から引き受けて、全部想像して作り上げた作品なのだ。内容上、私が簡単にあらすじを言ってしまえるものではない。まずは一読し、読者が可能な限りの想像を膨らませてみることだろう。ただし、従来の小説を望んでいる方々には苦痛でしかない。積み重ねられていく文体ではなく、感覚を求められる作風となっているからだ。まずは興味のある方、新しい未知の小説に触れて感動していただきたい。 「亡くなった人はこの世にいない。すぐに忘れて自分の人生を生きるべきだ。まったくそうだ。いつまでもとらわれていたら生き残った人の時間も奪われてしまう。でも、本当にそれだけが正しい道だろうか。亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しずつ前に歩くんじゃないのか。死者と共に」 『想像ラジオ』いとうせいこう・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから
2015.07.25
コメント(0)
【猿の惑星 新世紀(ライジング)】「ここは危険だ。無線が通じたからじきに兵隊が来る。仲間と逃げてくれ。ここに君がいたら戦争に巻き込まれる」「戦争、すでに、始まった。エイプ、戦争、始めた。人間、エイプを、きっと、許さない。戦いが始まる前に、君、逃げろ。すまない、友よ」「共存できると思ったのに、、、」「私もだ」これだけ分かりやすいと、安心して見ていられる。『猿の惑星』シリーズ、創世記の続編である新世紀(ライジング)は、人間と猿の共存・共生の難しさをテーマとしている。もっと突っ込んで言うと、意外にも敵というのは味方・同胞の中にいて、なかなか一筋縄ではいかないという嘆きにも似た悲哀に包まれている。人間も猿(エイプ)も、インテリ層はある一定の理解を示し、なるべく戦争を回避しようと試みるのだが、身内にうごめく武力や権力への欲望、恐怖心からの暴走、無知の悲劇等が戦争へと発展していくのだ。一般的な考え方として、ハリウッドが製作していることから言っても、アメリカ国内において年々信者数を伸ばしているイスラム教徒への脅威を表現しているのは、まず間違いない。なにしろキリスト教圏であるにもかかわらず、もうほぼ互角の信者数ではなかろうか。宗教観の異なる日本人には理解しづらいことだが、国内の支配宗教がキリスト教→イスラム教へと変わるというのは、大変な意識の改革、変更にもつながる。下手をすれば、文化伝統さえ覆されかねない。アメリカは近年、その根幹を揺るがすほどの脅威にさらされていると言えるかもしれない。とはいえ、日本にとって対岸の火事だと、たかをくくってはいられない。 ストーリーはこうだ。10年前に始まった猿インフルエンザにより、人類は激減した。わずかに生き残った生存者グループは、荒廃した都市部に身を潜めていた。一方、森の奥に平和なコミュニティを築く猿の群れは、リーダー格であるシーザーのもとに団結していた。ある時、武装した人間が猿の集落を脅かす。猿に取り囲まれた人間は、恐怖のあまり銃を発砲。猿にケガを負わせてしまう。怒った猿たちはシーザーに先導され、人間の集落まで出向き、二度と縄張りに近づくことがないよう釘を刺し、争いを回避した。そんな中、人間はどうしても猿の集落内にある水力発電施設に行く必要があった。燃料の尽きかけている今、どうしても電力が必要だったのだ。生存者グループを代表し、マルコムは命を懸けて猿の集落に再び出向くのだった。 敵が身内にいるというのは、もうどうしようもない。考え方が異なる同種族間の争いは、だれにも止められない。例えば、シーザーの側近であるコバは、なんとしても人間をやっつけてしまいたいから開戦派。激減し、弱っている人間を徹底的に滅ぼすなら今しかないと考える。ところがシーザーはあくまで不戦派。むやみやたらと争いごとはしたくない、いざ戦いともなれば、味方にも多くの血が流れるからだ。そんなわけで、意見の違うコバは、シーザーに反発。クーデターを起こす。このような流れから、戦争という行為が、実は身内の中から発生する危険性を示唆している。また、様々な理由・要因から、戦いを回避できない状況になっていく流れのようなものが存在するのを知る。 時代は共存・共生などというキレイゴトから、もっと根幹となる実態を直視せねばならないところまでやって来た。私たちに必要なのは知識か、理解か、それとも武力なのか。この作品を見て、大いに論じ合おうではないか。 2014年公開【監督】マット・リーヴス【出演】アンディ・サーキス、ジェイソン・クラーク、ゲイリー・オールドマン※ご参考まで前作、『猿の惑星 創世記』はこちらから。
2015.07.18
コメント(0)
【グランド・ブダペスト・ホテル】「君はなぜロビーボーイになったのかね?」「なぜって、、、誰もが憧れるグランド・ブダペストですよ、名門ですからね」「実に結構」見始めてからすぐに、まるで童話の世界へと引きずり込まれてしまったような感覚に陥った。回想シーンはスクリーンが狭くなるのだが、回想シーンそのものが主なストーリーとなっているため、過去が過去ではなく、現在進行形として感じられるのが不思議だ。主人公のホテル・コンシェルジュであるグスタヴ・Hに扮したのは、レイフ・ファインズである。この役者さんは『ハリー・ポッター』シリーズの悪役として知られていると思うが、私個人としては『愛を読むひと』に出演していた時の印象の方が強い。とはいえ、レイフ・ファインズのゴシップ記事を読むと、なかなかの好色のようで、スクリーン上のイメージとは違うことを今さらながら思い知らされる。それぞれチョイ役だが、F・マーリー・エイブラハム、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジュード・ロウなど豪華キャストで固められていて、驚いてしまう。 ストーリーはこうだ。ヨーロッパ某国の国民的作家が、過去のミステリアスな事件を語り始める。1968年、若き日の作家はグランド・ブダペスト・ホテルを訪れる。かつての繁栄は薄れ、すっかりさびれてしまった。そんな現在のホテルのオーナーであるゼロに対し、作家はこの上もなく好奇心を抱いた。それを知ったゼロは、作家に、我が身に起こった人生を、ありのまま語り始めるのだった。ゼロの回想によれば、1932年、ホテルにベルボーイとして雇われた時のこと。当時は富裕層の客ばかりでグレードが高く、また、ホテル全体が活気で満ちていた。さらに、伝説のコンシェルジュ・ムッシュ・グスタヴ・Hが、ゼロをことのほか愛してくれた。究極の顧客満足を信条とするグスタヴは、マダムたちの夜のお相手も完璧にこなし、最高のおもてなしを提供することで定評があった。ところがある日、長年懇意にしていたマダムDが、何者かによって殺されてしまう。訃報を知ったグスタヴは、取るものも取りあえず、ゼロをつれてマダムDの自宅を訪れる。そこでは弁護士からマダムDの遺言が発表されようとしていた。なんとその内容は、貴重にして高額の絵画「りんごを持つ少年」をグスタヴに譲るというものだった。その遺言により、グスタヴはにわかに容疑者にされてしまうのだった。 内容は淡々としているわりにとてもコミカルで、退屈さを感じさせない仕上がりだ。端的に言ってしまえば、最高の顧客満足を追求するコンシェルジュが、大切な得意客のために真犯人を捜す姿を、後にゼロの口を借りて作家に話し、さらにはその事件を後年、作家が執筆するという構成になっている。ちょっとややこしいが、これはウェス・アンダーソン監督の愛嬌であり、テクニックでもある。一見コミカルなのに、実はノスタルジーなまでの過去の記憶がテーマとなっている。もっと突っ込んで言ってしまうと、どんな栄華も繁栄も永遠にはありえないし、必ず滅びる、という『平家物語』における序文を彷彿とさせる。人生とは喪失の連続で、再生のできない虚しさを表現しているように思えた。豪華キャストの顔ぶれを楽しむだけでも、一見の価値あり。 2014年公開【監督】ウェス・アンダーソン【出演】レイフ・ファインズ、F・マーリー・エイブラハム、エイドリアン・ブロディ
2015.07.11
コメント(0)
【悪の法則】「僕を助けてくれませんか?」「あなたは自分が置かれた状況の事実を見るべきだ。これは私の心からの忠告だ。どうすべきだったかは私からは言えない。犯した過ちを取り消そうとする世界は、過ちを犯した世界とはもはや違う。今あなたは岐路にいて道を選びたいと思っている。だが選択なんてできない、、、受け入れるだけなんだ」脚本を担当したコーマック・マッカーシーという独特な名前には覚えがあった。この作家、『ノー・カントリー』の原作者でもある。『ノー・カントリー』と言ったら、絶望に輪をかけたような、後味の悪い作品だった。とはいえ、メガホンを取ったのがコーエン兄弟で、徹底的な悪の象徴としてハビエル・バルデムが好演。さらにはいぶし銀のトミー・リー・ジョーンズが、善き人間の最後の砦として輝いていた。そのせいか、決して嫌いな作品ではなく、むしろ、人間の非情と無秩序を綿密に表現していたと思う。さすがはコーエン兄弟監督である。 一方、『悪の法則』はリドリー・スコット監督がメガホンを取った。『エイリアン』を作った人である。おどろおどろしい殺害方法は、やはりホラーを感じさせる。インパクトは強烈だし、容赦ない危険性に溢れている。だが、何と言ったら良いのか、そこに品性が見られないのだ。テーマとなっている人間の原始的本能(ウィキペディア参照)、道徳外など、思う存分残虐性は表現されているのに、セリフに込められた哲学的フレーズがどうも追いつかないのだ。 ストーリーはこうだ。若く有能な弁護士“カウンセラー”は、恋人のローラとベッドを共にしていた。その後カウンセラーは、美しいローラにプロポーズするため、宝石商から高価な指輪を購入する。カウンセラーは決して貧乏ではなかったが、さらなる自己実現を果たすため、裏社会のビジネスに手を染めていく。カウンセラーの友人である実業家のライナーに、「一回限り」という約束で、麻薬ビジネスに足を踏み入れたのだ。ライナーから紹介された麻薬の仲買人ウェストリーは、弁護士という立場のカウンセラーに好奇心を抱きつつも、取引に関わるメキシコの麻薬組織が、弁護士には容赦ないと警告する。カウンセラーは動揺を隠せず、絶句するが、欲望は抑えられず、利益率4000%という数字に決断してしまう。一方、自動車工場では、ドラム缶に入れたコカインをバキュームカーに隠す作業が行われていた。そのバキュームカーは、デザート・スター下水処理会社へと向かっていた。 こういう作品を目の当たりにすると、やはり人間というのはどうしようもない生きものであることを痛感する。メキシコの麻薬組織をあげて、徹底的な悪に仕立て上げているが、とにかくハンパない。美しい人間の女性でも容赦なく殺害し、見る影もない死体をごみ処理場にポイ捨てだし、殺される理由のない人間でも蟻を踏み潰す程度の感覚で殺害される。そこには感情など存在せず、命乞いは無駄な抵抗に過ぎない。本能に突き動かされた人間を、常識人にはもうどうすることもできないという現実を物語っている。 オールスターが演じているだけに、演技そのものは非の打ちどころがない。だが、この世に「善」などありはしないという究極の結論を突き付けられた気持ちは拭えず、絶望的だ。とにかく興味本位だけで見てしまうと、大失敗する。心身ともに健全な方で、どんな映画も肥やしにしたいと思っておられるエネルギッシュな方、限定かも。 2013年公開【監督】リドリー・スコット【出演】マイケル・ファスベンダー、ペネロペ・クルス、キャメロン・ディアス、ハビエル・バルデム、ブラッド・ピット
2015.07.04
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1