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昨年5月2日、黒海に面したウクライナの港湾都市、オデッサでネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)のグループが住民を虐殺した。そのオデッサの知事としてグルジア(最近はアメリカ風にジョージアと呼ぶらしい)のミヘイル・サーカシビリ元大統領を任命したとペトロ・ポロシェンコ大統領が5月30日に発表した。 アメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)が合法的に選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除したのが2月23日。憲法の規定を無視したもので、クーデターと呼べるものだった。 そのクーデターを拒否する姿勢を最初に見せたのがクリミア。3月16日に住民投票が実施され、95%以上が加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えているので、棄権した人も含めても、全住民の4分の3以上が賛成したということになる。クリミアと同じようにヤヌコビッチの地盤だったドンバスでも同じような動きが出てきて、5月11日に住民投票が予定された。 そうした中、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、その2日後にキエフ政権のアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行が制圧作戦を承認、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作について話し合われている。 会議の10日後、5月2日にオデッサで住民がネオ・ナチに虐殺された。人びとが逃げ込んだ労働組合会館で50名弱が殺されたと伝えられているが、これは地上階で発見された死体の数で、それを上回る数の人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名だと住民は語っている。 そうした出来事のあったオデッサへ乗り込むサーカシビリはウクライナの「お尋ね者」で、事実上、ウクライナへの亡命者。1994年にアメリカのコロンビア大学ロー・スクールを卒業、ニューヨークの法律事務所でインターンとして働いている。そこで「牧歌的親米派」であるエドゥアルド・シュワルナゼの下で働いていた旧友から声をかけられ、政界入りした。 2003年にジョージアでは「バラ革命」と呼ばれる体制転覆プロジェクトが実行され、サーカシビリが実権を握る。このプロジェクトを現場で指揮していたのがグルジア駐在アメリカ大使だったリチャード・マイルズ。この人物はベルグラード駐在大使としてユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ体制を倒した後、2003年にグルジアへ移動している。 ジョージア大統領となったサーカシビリはロビイストとしてネオコン/シオニストのランドール・シューネマンを雇う。ジョン・マケインの顧問になる人物で、NATOの拡大にも積極的だ。 ネオコンは「イスラエル第一」の人びとだが、そのイスラエルとジョージアは関係が深い。例えば、サーカシビリ政権にはふたりのイスラエル系閣僚がいた。ひとりは国防相だったダビト・ケゼラシビリ、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当していた大臣のテムル・ヤコバシビリだ。ヤコバシビリはイスラエルの市民権を持っていなかったようだが、ヘブライ語は話せるという。 また、2001年からイスラエルのガル・ヒルシュ准将が経営する「防衛の盾」が予備役の将校2名と数百名の元兵士を教官としてジョージアへ送り込んで訓練、その一方で無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなども提供した。ロシア軍のアナトリー・ノゴビチン副参謀長によると、イスラエルの専門家は2007年からグルジアの特殊部隊を訓練し、重火器、電子兵器、戦車などを供給する計画を立てていたという。 そして2008年8月、サーカシビリは南オセチアの分離独立派に対話を訴えるのだが、その約8時間後、深夜近くにミサイル攻撃を開始させた。この攻撃を立案したのはイスラエルだと推測する人もいるが、その作戦はすぐに失敗だということが判明する。ロシア軍が素早く反撃、侵攻作戦を粉砕してしまったのだ。この時、ロシア軍は戦車を含む戦闘車両150両を南オセチアに送り込み、ジョージア軍に対する空爆も実行した。洋上での戦闘も伝えられている。 この時も日本のマスコミはロシア軍が侵攻したと声高に宣伝していたが、ジョージア側が仕掛けたことは明らか。今ではジョージア政府もサーカシビリが南オセチアを先制攻撃したとしている。ところが、日本のマスコミは反省せず、昨年にはクリミアでも同じことを繰り返している。「集団的自衛権」を発動するときも同じことをするだろう。
2015.05.31
先週、イエメンで「サウジアラビア」とペイントされたF-16戦闘機が撃墜されたと伝えられている。その前にはモロッコのF-16が撃ち落とされたようで、攻撃側がイエメンの防空能力を甘く見過ぎていたことは明らかだ。 この「サウジアラビア」機はイスラエルの戦闘機ではないかという疑惑が持ち上がっている。ペイントが真新しということもあるようだが、F-16の中でも中東地域ではイスラエルにしか供給されていない機種だったからである。反撃する能力のない人びとを殺戮する作戦ばかり繰り返してきて、反撃されることを忘れていたのだろうとも皮肉られている。 この戦闘機撃墜と絡んで注目されているのが、その直前にあった大規模な爆発。映像を見た情報活動に関する専門家で「ベテランズ・トゥデイ」の編集長でもあるゴードン・ダフと核物理学者で元IAEA査察官のジェフ・スミスはMOAB(GBU-43/B)級だと推定しているのだが、この爆弾の重量は約1万0300キログラム(2万2600ポンド)で、爆撃にはC-130輸送機などを使うという。 攻撃の際、そうした航空機が飛行していた事実はないようで、F-16と見られる単発エンジンの音が映像から聞こえるだけだった。F-16に搭載できるのは2000ポンド爆弾までらしく、MOAGを積むことは不可能。そこで出てくるのが小型中性子爆弾説だ。1986年にイスラエルの核開発に関する内部告発をしたモルデカイ・バヌヌによると、1984年までにイスラエルは中性子爆弾を大量生産していたという。 2013年5月や14年12月にはシリアで大きな爆発があったと報告されている。まるで地震のようで「巨大な金色のキノコに見える炎」が目撃され、小型核爆弾、いわゆる「スーツケース爆弾」が使われたという噂も流れていた。今回の爆発と似ているようだ。 このイスラエルと日本は核関連の分野で関係がある。2011年3月に東電福島第一原発が「過酷事故」を起こし、燃料がメルトダウンしたが、その際、同原発のセキュリティ・システムや原子炉を監視する立体映像カメラをイスラエルのマグナBSPが設置したとエルサレム・ポスト紙やハーレツ紙は報道している。 こうしたこともあり、日本政府や東京電力が外部の専門家を原発へ近づけなかったことに疑惑を抱く人は少なくなかった。発電以外の何らかの作業が行われていたのではないかというわけだ。 1965年に佐藤栄作首相はアメリカのリンドン・ジョンソン大統領に対して核武装の意志を伝え、69年には政府内で核武装について本格的な話し合いを行い、西ドイツ政府とこの問題で秘密協議をしていることが判明している。 この協議で西ドイツは日本の申し出を断ったようだが、コンラッド・アデナウアー西独首相はイスラエルの核兵器開発へ協力していたことが判明している。1960年3月に同首相ニューヨークでダビッド・ベングリオン首相と会談、核兵器を開発するため、1961年から10年間に合計5億マルク(後に20億マルク以上)を融資することを決めているのだ。 もっとも、イスラエルの核兵器開発で最大の資金提供者はほかにいる。エドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドだ。その祖父、エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドは1882年にユダヤ教徒のパレスチナ入植に資金を提供している。 日本における核武装に関する調査は内閣調査室の主幹だった志垣民郎を中心にして行われ、プルトニウムは日本原子力発電所の東海発電所で生産することになった。高純度のプルトニウムを1年に100キログラム余りは作れると志垣は見積もっている。 1980年代、ロナルド・レーガン政権のときに日本の核兵器開発が本格化すると主張しているのはジャーナリストのジョセフ・トレント。CIAに情報源を持つことで知られている。彼によると、1980年代以降に日本が兵器級プルトニウム70トンを蓄積、IAEAは黙認してきたと主張している。 アメリカ側の支援で本格化した日本の核兵器開発だが、CIAなどの情報機関は警戒、監視してきた。そのCIAをブロックしてきたのが日本の後ろ盾になった勢力。 資金はあったイスラエルだが、核兵器の開発に必要な核物質は不足していた。そうした核物質入手に重要な役割を果たした会社がアメリカのNUMEC。この会社の核物質管理に不自然な点があることをAEC(アメリカ原子力委員会)は1960年頃に察知、65年にはウェスチングハウスや米国海軍からNUMECへ持ち込まれた濃縮ウランのうち90キログラム以上が行方不明になっていることに気づいている。 これを含め、NUMEC関係の「紛失核物質」の総量は178キログラムから270キログラムに達するとも言われている。1964年にイスラエルではディモナの原子炉が本格的な操業を開始しているので、行方不明になった濃縮ウランはイスラエルに運ばれたと疑われているが、CIAもFBIも事件を追及することはなかった。イスラエルに厳しい姿勢で臨んでいたジョン・F・ケネディが大統領だったなら別の展開があったかもしれないが、1963年11月に暗殺されている。 このほか、イスラエルは200トンの酸化ウラニウムをソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジックから1968年に購入、さらにアメリカで3600キログラム以上のウランとプルトニウムを盗み出したとする報道もあった。
2015.05.29
アメリカの司法省がFIFA(国際サッカー連盟)の現役副会長を含む14人を収賄の容疑で起訴、アメリカ側の要請でスイス当局が7名を逮捕したという。FIFAにしろ、IOC(国際オリンピック委員会)にしろ、国連の機関にしろ、そんな話は良く聞く。アメリカは基軸通貨を発行する権利と相場を操縦する能力で維持しているような国。FIFAを摘発するより巨大金融機関にメスを入れるべきだが、勿論、そんなことをするはずはない。現在、FIFAは会長選やイスラエル追放が問題になっているが、今回の摘発は2018年にロシアで開催される予定の大会を揺さぶることも大きな目的なのだろう。 この司法省も碌な組織ではない。1988年2月にワシントン破産裁判所で出された判決の中で民間企業の開発したソフトウェアを横領したと認められ、翌年の11月にはワシントン連邦地裁でも基本的に同じ内容の判決を言い渡され、1992年9月には下院の司法委員会が破産裁判所の結論を支持する内容の報告書を公表した。判決自体は上級審で翻ったが、圧力で裁判官を屈服されただけだった。(詳細は拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を) 司法省が民間企業の開発したソフトウェアーを横領したことを認める判決、あるいは下院の委員会が同じ内容の報告書を出したということ自体、大きなニュースだと思うのだが、この話を日本のメディアが報道したという話は寡聞にして聞かない。アメリカ金融界がフランクリン・ルーズベルト政権を潰してファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画したとするスメドリー・バトラー少将の議会証言も触れず、ウィンストン・チャーチル首相がドイツと手を組み、米英独でソ連を奇襲攻撃しようとした作戦の話も知らん振りしている。「すばらしい言論の自由」! 2014年2月にはロシアのソチでオリンピックが開催されたが、この時はチェチェンの武装勢力が大会襲撃を予告、2013年7月31日にはサウジアラビアの総合情報庁長官だったバンダル・ビン・スルタンがロシアへ乗り込み、ウラジミル・プーチン露大統領を脅したと言われている。 スルタンはプーチンに対し、チェチェンのグループは自分たちの指揮下にあるので、シリアから手を引けば、冬季オリンピックの安全を保証できると持ちかけたところ、プーチンは「ここ10年の間、チェチェンのテロリスト・グループをあなたたちが支援していることを知っている」と言い放ったという。 本ブログでは何度も書いているように、サウジアラバイアはアメリカ(ネオコン/シオニスト)やイスラエルと同盟関係にあり、1970年代後半にジミー・カーター米大統領の補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーがイスラム武装勢力をアフガニスタンで編成したころからこの「三国同盟」は成立、その一端は「イラン・コントラ事件」として明るみに出ている。そして遅くとも2007年にはシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラがターゲットにした秘密工作を始めたとシーモア・ハーシュは書いている。 その後、ロシアは特殊部隊を投入して襲撃グループを殲滅したようだが、ウクライナで別の工作が始まる。2013年11月21日に約2000名の反ヤヌコビッチ派がユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)に集まったのが幕開けで、多くの人が集まったところでアメリカ/NATOの訓練を受けたネオ・ナチが前面に出てくる。 2014年2月18日頃から彼らはチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始めた。その翌日、アメリカのバラク・オバマ大統領はウクライナ政府に対し、警官隊を引き揚げさせるべきだと求めている。オバマ大統領、国内での抗議活動に対しては決してこうしたことを口にしない。 2月21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印すると、22日に狙撃で多くの死者が出始め、議会の議長を務めていたボロディミール・リバクは「EU派」の脅迫で辞任、アレクサンドル・トゥルチノフが後任になる。憲法の規定を無視して新議長を議会が大統領代行に任命したのはこの日だ。 狙撃を実行したのは反ヤヌコビッチ派の可能性が高いとエストニアのウルマス・パエト外相も26日にキャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ強く示唆している。反ロシア感情が強いと言われているエストニアの外相がそう報告したことは、それだけ確度の高い情報だということだろうが、それをアシュトン上級代表は無視する。 2月18日から23日にかけて反ヤヌコビッチ派が暴力をエスカレートさせたわけだが、偶然ではない。ソチ・オリンピックの競技期間は2014年の2月6日から23日まで。大会終了まではロシア政府も動きにくいわけだが、その日程に合わせてアメリカ政府はネオ・ナチを使ってクーデターを仕掛けている。 このウクライナでのクーデターではネオ・ナチだけでなく、アメリカ政府の息のかかったNGOが重要な役割を果たしている。最近、ロシアではNGOに対する規制を強化する動きを見せているようだが、これも2018年のFIFAワールドカップを念頭に置いてのことだろう。 ネオコン、イスラエル、サウジアラビアは武力で押し切ろうと必死のようだが、EUやアメリカの内部には戦争を回避しようとする動きも見られる。例えば、アメリカのジョン・ケリー国務長官が5月12日にロシアのソチを訪問、ウラジミル・プーチン大統領らと会談し、ウクライナでの戦闘を終わらせるためにミンスク合意を支持する姿勢を明確にしている。 しかし、ネオコンがケリー長官と同じ考え方だとは思えず、NATOは軍事的な緊張を高める動きを見せているほか、7月18日から9月15日かけてグリーン・ベレーを中心とするアメリカの特殊部隊がテキサス州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、ユタ州、コロラド州を含む南部諸州(9州とも10州とも言われている)で軍事演習を実施するらしい。特殊部隊が軍事演習をアメリカ国内で、これほどの規模で行うのは不自然。何か、国内で大きな出来事が起こると予想しているのだろうか? 金融界で気になる話が流れていることもあり、ドルを基軸通貨とする体制の崩壊に備えているとする説も囁かれている。1971年にリチャード・ニクソン大統領がドルと金の交換を停止すると発表、73年から世界の主要国は変動相場制へ移行した。 この制度でドルを守るため、アメリカ政府は産油国に対して決済をドルにするように求め、集まったドルでアメリカの財務省証券などを購入させ、だぶついたドルを還流させる仕組みを作り挙げた。いわゆる「ペトロダラー」。 その代償としてニクソン政権がサウジアラビアに提示したのは、同国と油田地帯の軍事的な保護、必要とする武器の売却、イスラエルを含む中東諸国からの防衛、そしてサウジアラビアを支配する一族の地位を永久に保障するというもので、1974年に調印され、これと基本的に同じ内容の取り決めを他のOPEC諸国も結んだという。 このタイミングで石油価格が大幅に上昇する。1973年10月の第4次中東戦争を切っ掛けにして値上がりしたが、その値上げを決めたのは戦争勃発の5カ月前にスウェーデンで開かれた秘密会議で、主導したのはヘンリー・キッシンジャーだったとザキ・ヤマニ元サウジアラビア石油相は話している。イギリスのジャーナリスト、ロビン・ラムゼーによると、その会議を開いたのはビルダーバーグ・グループ。 ドルが基軸通貨である限り、アメリカはドルを発行することで欲しい物を手に入れられる。そのドルを回収する大きなモーターが石油取引というわけだ。日本や中国が財務省証券を大量に購入してきたのも同じ理由だろう。一種のマルチ商法。それが今、破綻しようとしていることは確かだ。 その破綻を決定的にしたのは強欲なネオコンが推進してきた好戦的、侵略的な政策。ロシアを攻撃するために仕掛けられたと言われる石油相場の下落もロシアよりアメリカやサウジアラビアにダメージを与えている。 こうしたネオコンの政策に刺激されてロシアと中国は急速に接近、今では経済面だけでなく軍事面でも緊密度を高めている。この2国を中心としたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)も結束を強め、影響力を拡大中だ。中国の提唱で設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)へフランス、ドイツ、イギリスなど西側の国々も参加した大きな理由のひとつは、ドルが基軸通貨としての地位から陥落する可能性があると見ていることにあるだろう。TPPやTTIPも「ドル後」を睨んでのことかもしれない。
2015.05.28
昨年9月23日、アメリカが主導してシリア領内における空爆を始めて以来、IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)は勢力を拡大してきた。そうした中、イラクはロシアや中国に接近、軍事的な関係を強めている。アメリカ/NATOやペルシャ湾岸産油国がISを使って自国を破壊していると認識しているのだろう。 レバントとは地中海の東岸、シリア、パレスチナ、イスラエル、ヨルダン、キプロス、トルコ南部のハタイ州のあたりを指しているので、この地域とイラクを支配する首長国を作るという看板を掲げていることになるが、実際に攻撃している相手はシリアとイラク、最近ではリビアが加わった。 2011年3月にシリアでバシャール・アル・アサド体制の打倒を目指す勢力が武装蜂起した頃から、トルコにある米空軍インシルリク基地ではアメリカの情報機関員や特殊部隊員が、イギリスやフランスの特殊部隊員と共同で反シリア政府軍を訓練していた。 ヨルダンもトルコと同じようにシリアを攻撃する拠点で、2012年にはヨルダンの北部に設置された秘密基地でアメリカの情報機関や特殊部隊がFSAと呼ばれた反シリア軍の戦闘員を軍事訓練していた。その中にはISの主要メンバー数十人を含むと言われているが、反シリア政府軍は事実上ひとつで、いくつかのタグを使い分けているだけだと見られている。 その2012年に作成されたアメリカの軍情報機関、DIAの文書によると、シリアの反政府軍はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIだとしている。AQIは2004年に組織されたアル・カイダ系の武装集団で、2006年にISI(イラクのイスラム国)が編成された際には中核になった。今ではISと呼ばれている。DIAによると、AQIは当初から反シリア政府軍(アメリカ/NATO)の支援を受け、シリアで戦闘員を訓練、その後にイラクへ送り込まれていたという。 2013年5月にアメリカの好戦派ジョン・マケイン上院議員がトルコからシリアへ密入国してISやFSAの幹部と会談、その4カ月後、マイケル・オーレン駐米イスラエル大使はエルサレム・ポストのインタビューに応じ、イスラエルはシリアの体制転覆が希望であり、バシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだと答えた。実際、イスラエルはISを支援するための空爆を繰り返している。 アル・カイダは1970年代にズビグネフ・ブレジンスキーが発案した作戦で作り出されたイスラム武装集団の中から生まれた。ブレジンスキの作戦はソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、疲弊させるというもので、1979年4月にCIAのイスラム武装勢力支援プログラムを開始、この年の12月にソ連軍の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻した。 この時に多くの戦闘員をアメリカの軍や情報機関は生み出したが、ロビン・クック元英外相によると、アル・カイダとは、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。プロジェクトが企画されると、そのファイルの中から戦闘員が選ばれて派遣されるということだろう。 アル・カイダはアラビア語で「ベース」を意味。「基地」と表現することもできるが、実態は「データベース」だということだ。なお、クックはこの事実を書いた翌月、保養先のスコットランドで心臓発作に襲われて死亡してしまった。享年59歳。 この仕組みは現在も不変だと見られているが、ウラジミル・プーチン露大統領の側近、アレキサンダー・プロハノフはイランのプレスTVのインタビューでISはアメリカの道具であり、イスラエルの情報機関、モサドの訓練を受けている可能性を指摘している。 2014年4月にイラクでは議会選挙があり、ヌーリ・アル・マリキ首相の率いる「法治国家連合」が24%の得票率で第1党になり、全328議席のうち92議席を獲得した。 その選挙が行われた前に月にマリキ首相はサウジアラビアやカタールを反政府勢力へ資金を提供していると批判している。その反政府勢力とはIS。しかも、その矛先はアメリカにも向く。 マリキ政権は反政府勢力を押さえ込むために航空兵力を増強しようと考え、アメリカ政府に対して2011年と12年にF-16戦闘機を供給するように要請、契約もしていたのだが、搬入が遅れて首相は苛立っていたのだ。しびれを切らしたマリキ政権はロシアに戦闘機の提供を求め、ロシア側は要請に応じ、6月下旬、中古ながら5機のSu-25近接航空支援機をイラクへ運び込んだと言われている。 通常では4月の選挙で勝ったマリキが首相を続けるはずだったが、7月に大統領となったフアード・マアスーム大統領が指名を拒否し、ハイダル・アル・アバーディが新首相になった。マリキはアメリカにとって好ましくない人物になっていたということだ。 6月にISがファルージャやモスルを制圧して新たな「テロリスト」として売り出した。その際、アメリカ/NATOは軍事侵攻を黙認している。ISの動きをスパイ衛星や通信の傍受などで把握していたはずで、アメリカが反応しなかったことは不自然。トヨタ製の車を連ねての進軍が撮影されているが、そうしたことが行われたなら、無人機だけでも大きなダメージを与えられる。 2011年10月にアメリカ/NATOとアル・カイダ系のLIFGの連合軍はリビアでムアンマル・アル・カダフィを惨殺しているが、その時はまずイギリスの偵察機がカダフィの車列を発見し、フランスの戦闘機が2発のレーザー誘導爆弾を投下、アメリカ軍の無人機プレデターも攻撃したとされている。最後は反政府武装グループがリンチのうえで惨殺している。アメリカ/NATOもやる気になればできるのだ。 アメリカ/NATOやペルシャ湾岸産油国はISにダメージを与える攻撃をしないどころか物資を提供している。最初の空爆で破壊されたビルはその15から20日前から蛻の殻だったとCNNのアーワ・デイモンは翌朝の放送で伝えている。イスラエルは露骨で、今年1月にはISと戦っていた部隊を攻撃、ヒズボラの幹部5名とイランの革命防衛隊の将軍を殺害する一方、反シリア政府軍の負傷した戦闘員を治療している。 日本が従属するアメリカ、その同盟国であるイスラエルとは、そうした国。現在、「テロリスト」を使って合法的に成立した政権を暴力で破壊、多くに人びとを虐殺している。安倍仙三政権は憲法を隠れ蓑に使いながら憲法を破壊しつつあるが、その目的は「海外で戦争する国」ではなく、侵略と略奪の片棒を担ぐということだ。彼らには「アングロ・サクソン信仰」があり、勝てると思い込んでいる。「勝てば官軍」。何をしても許されると信じているのだろう。
2015.05.27
シリア中部の要衝、パルミラをIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)が制圧したという。この都市は紀元前1世紀から紀元後3世紀までシルクロードの中継地として発展、当時の遺跡は世界遺産に指定されている。この進撃をアメリカは黙認した。つまり、要衝の制圧を目指す作戦を止めようとしていない。 それに対し、シリア政府軍に対する空爆をイスラエルは続けてきた。ロシアに阻止されたアメリカは、昨年9月23日からISを口実にしてシリアで空爆を始めたのだが、最初の攻撃で破壊されたビルはその15から20日前から蛻の殻だったとCNNのアーワ・デイモンは翌朝の放送で伝えている。 その後、アメリカは高性能の兵器を「ミス」でISへ渡していると伝えられた。イラクのアリ・アクバル大隊の司令官はISとアメリカ軍が定期的に連絡を取り合い、物資の投下地点を相談していることを通信傍受で確認したともイランのFNAは伝えていた。 また、イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将は、イラクのアメリカ大使館がISの司令部だと語っている。アメリカ軍機が投下した物資をISが回収していることは事実だが、それはミスでなく故意だとも准将は主張する。 今年1月にはイスラエルがISと戦っていた部隊を攻撃、ヒズボラの幹部5名とイランの革命防衛隊の将軍が殺された。イスラエルは反シリア政府軍の負傷した戦闘員を治療していることも知られている。 イスラエルだけが反シリア政府軍を守るために空爆を実施しているわけでないことをトルコの外相も証言している。トルコのメヴリュト・チャヴシュオール外務大臣はサバー紙のインタビューに答え、アメリカとトルコはシリアの「穏健派反政府軍」を軍事訓練し、武器を供給するだけでなく、空爆で守ることで合意していると語っているのだ。こうしたことは知られていたが、トルコ政府からこうした話が出て来たことは興味深い。アメリカとの間に隙間風が吹き込んでいるのかもしれない。 5月16日にアメリカ陸軍の特殊部隊デルタ・フォースがISの司令部を襲撃した。連れ去られたか殺されたかは明確でないが、そこに残された生き物は山羊と鶏だけだったという。襲撃の目的は資金の流れを調べるためだと「解説」する人もいるが、それなら石油の販売ルートや資金の流れを断てば良い。トルコへつながっているパイプラインを破壊するという手もある。 この日、シリアの特殊部隊も同じ場所を目指し、逃げ出した車列を追いかけ、司令官が使っていたコンピュータや文書を回収したという。コンピュータのデータにはイスラエルなどからの指令が記録され、アル・アクサ・モスクの破壊計画に関する記述もあったようだ。拘束した人物は、アメリカ軍の退役将軍がイギリスを拠点とするCIAの委託会社に雇われ、作戦組織していると語ったという。 ISを作り上げた中心的存在がアメリカ、イスラエル、サウジアラビアだということは本ブログで何度も書いてきた。最近公表されたDIA(アメリカ軍の情報機関)の文書によると、2012年の段階でシリアの反政府軍はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIだとしている。 AQIは2004年に組織されたアル・カイダ系の武装集団で、2006年にISI(イラクのイスラム国)が編成された際には中核になった。今ではISと呼ばれている。DIAによると、AQIは当初から反シリア政府軍の支援を受け、戦闘員の訓練もそこで行われ、訓練終了後にイラクへ送り込まれていたという。 西側では「穏健派」だとされてきたFSAだが、その幹部を務めてきたアブデル・ジャバール・アル・オカイディによると、FSAの約10%はアル・カイダ系のアル・ヌスラだという。DIAによると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使っていた名前にすぎない。つまり、AQIとシリアのアル・ヌスラはタグが違うだけで中身は同じ。バラク・オバマ大統領の周辺で「混沌化作戦」を「安定化作戦」に切り替える動きがあっても、腹を据えない限り、ネオコン/シオニストやキリスト教系カルトの暴走を止めるの難しそうだ。
2015.05.25
マケドニア北部クマノボで5月9日から10日にかけて銃撃戦があり、武装集団14名と警官8名が死亡、30名が拘束されたという。この武装集団とはコソボ解放軍(KLA、あるいはUCKとも表記)の元メンバーで、背後からアメリカの好戦派が操っていたと見られている。マケドニア内務省によると、5月17日に反政府デモが計画され、その中に戦闘員を紛れ込ませて混乱させようとしていたという。 クーデター計画をマケドニア当局が察知したのは昨年9月頃だと言われ、今年1月にもクーデターが試みられ、失敗している。黒幕はアメリカのビクトリア・ヌランド次官補とマケドニア駐在のアメリカ大使で、NATOのジェンス・ストルテンベルグ事務局長も関与したと見られている。そうした人びとを操っているひとりが投機家のジョージ・ソロス。この人物は「人権擁護団体」のスポンサーでもある。 昨年7月にバラク・オバマ大統領は新大使としてジェス・バイリーを指名したのだが、議会が承認したのは12月で、着任は今年2月。前任者のポール・ウォーラーは外交官一家に生まれた人物で、父親のレスターはプロパガンダを担当、ポールは対諜報活動の専門家だ。 コソボの場合、セルビア側と交渉していたコソボ民主化連盟(LDK)は非暴力で、話し合いによる解決は十分に可能だったのだが、こうした展開をアメリカの支配層が壊しにかかる。戦闘員を雇う準備を開始、「人権擁護団体」やメディアが「セルビア側の弾圧」を宣伝し始めたのだ。後に、こうした情報が嘘だったことが明らかになる。 KLAは1996年2月にコソボ北部のセルビア人を襲撃して活動を開始するが、その資金源は麻薬の密輸。当時、アフガニスタンから西ヨーロッパへ流れるヘロインの約40%はコソボを通過していると言われ、その取り引きで儲けていたわけだ。アフガニスタンで違法なケシの栽培が急増したのはアメリカによるアフガニスタン工作とリンクしている。ベトナム戦争では東南アジアの山岳地帯、いわゆる「黄金の三角地帯」が主要な産地だったのだが、戦場の移動でケシの主要産地も移動した。つまり、麻薬取引の黒幕はアメリカの情報機関。 麻薬だけでなく、武器や臓器の密輸にもKLAは手を出している。欧州会議が発表した報告書によると、コソボでそうした「商品」の密売で稼いでいる犯罪組織のトップは首相を務めていたハシム・サチ首相だったという。 国連のICTY(旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷)で主任検察官を務めたスイス人弁護士のカーラ・デルポンテがニューヨーク・タイムズ紙のチャック・スデティック記者と共著で2008年に出した本『追跡(La Caccia)』によると、「西側」が支援していたコソボ解放軍(KLA、あるいはUCK)の指導者たちがセルビア人捕虜の臓器を売買していたという。 マケドニアで銃撃戦があった直後、5月12日にジョン・ケリー国務長官はロシアのソチを訪問、ここ2年で初めてウラジミル・プーチン大統領などロシア政府首脳と会談しているが、銃撃戦とロシア訪問との間に関係があるかもしれない。話し合いを壊そうとしたとも理解できるのだが、最大の目的はパイプライン計画を潰すことにあったと見られている。 ロシアとEUは天然ガスの取り引きを通じて接近していたが、これを嫌ったアメリカは2度のクーデターでウクライナを支配下に置き、この関係を壊しにかかった。ロシアから黒海を横断し、ブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロベニアを経由、そこからイタリアへ入る「サウス・ストリーム」の計画もアメリカはブルガリアに圧力をかけて建設の見通しが立たない状態だった。 そこでロシアはこのルートに見切りをつけ、中国との関係を強化する一方でトルコを経由するルートを計画している。「ブルー・ストリーム」を使うことも考えられるが、そのほかにトルコへ輸送する新たなパイプラインを建設、そこからギリシャ、マケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストリア、イタリアにつなげようとしている。 この計画が実現するとギリシャも息を吹き返し、この国を食い物にしようとしている巨大資本の思惑は外れるが、最も恐れているのはEUとロシアの連携強化だろう。ロシアとEUが結びついたなら、現状では中国もつながるわけで、「唯一の超大国アメリカ」という幻想は崩壊してしまう。そうしたことにならないよう、ハンガリーやセルビアにも圧力を加えているが、周辺にアメリカ配下の武装集団が存在しているマケドニアにアメリカの支配層は目をつけたわけだ。
2015.05.24

NPT(核不拡散条約)の再検討会議が最終文書を採択できなかった、つまり中東におけるイスラエルの核兵器独占体制をアメリカ、イギリス、カナダのアングロ・サクソン3カ国が守ったようだ。サウジアラビアがパキスタンから核兵器を購入するという話もあるが、イスラエルが保有しているとされる核弾頭の数は世界有数だ。 イスラエルは保有する核兵器に関して沈黙しているが、かつてイスラエルの核施設で働いていたモルデカイ・バヌヌは1986年、核弾頭数は200発以上という数字を示した。イスラエル軍情報部の幹部だったアリ・ベンメナシェは1981年で300発以上の原爆を保有していたとした上で、水爆の実験にも成功していると主張している。また、アメリカのジミー・カーター元大統領は150発と推測している。 イスラエルは単に保有しているだけでなく、1973年10月に始まった第4次中東戦争では核ミサイルの発射を決断したと言われているのだ。この戦争を「企画」したのはヘンリー・キッシンジャー。手下のアンワール・サダトをアラブ世界の英雄に仕立て上げ、自分が描くシナリオに従うようイスラエルへ圧力をかけようとしたともされている。 この当時、アメリカは経済的に破綻していた。リチャード・ニクソン大統領は1971年にドルと金の交換を停止すると発表、1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行している。 このシステムの中で基軸通貨の地位からドルが転落するのを防ぐため、産油国に石油取引の決済をドル以外でしないように求め、受け取ったドルでアメリカの財務省証券などを購入させ、ドルをアメリカへ還流させようとした。いわゆる「ペトロダラー」の仕組みである。 1973年5月にはスウェーデンで開かれたビルダーバーグ・グループの会合で石油価格の大幅な引き上げが決められているが、それを主導したのがキッシンジャー。この決定でアメリカ国内の石油産業が活況になり、イギリスの北海油田が利益を生むようになった。石油取引が膨らみ、ドルをアメリカへ還流させるポンプが増強されたとも言える。 第4次中東戦争の際、ソ連はイスラエルが核兵器を使うのではないかと懸念していたようだが、実際、ゴルダ・メイア首相の執務室では核兵器の使用について議論があり、国防大臣だったモシェ・ダヤンは核兵器を選択肢として見せる準備をするべきだと発言したという。メイアは核兵器の使用を拒否したとする情報がある一方、閣議で核兵器の使用が決まったとする話も流れている。戦争の途中でアメリカがイスラエルへ武器を供給したのは核兵器の使用を止めるためだったとも言われている。 そうした支援も功を奏したのか、イスラエルは反撃、機動部隊がエジプト軍の背後へ回り込む動きを見せる。エジプトの第3軍がトラップにかかった形になったのだが、そのまま進むと形勢は逆転、サダトは窮地に陥ってしまう。 キッシンジャーは慌てたようだが、アメリカは動けない。そうした中、ソ連が米英両国で平和維持軍を派遣するという提案をするのだが、アメリカが承諾しないならソ連は単独で行動するという警告も書かれていたという。 そこで、キッシンジャーはWASG(ワシントン特別行動グループ)を招集、ニクソン大統領の名前でブレジネフへソフトな内容の返信を送り、その一方で核戦争の警戒レベルを引き上げた。その翌朝、ニクソン大統領も決定を追認している。そうした中、ダヤン国防相は核攻撃の準備を始め、2基のミサイルに核弾頭をセット、目標をダマスカスとカイロに定めたと言われている。キッシンジャーはイスラエルに停戦を強く求めた。 イスラエルは大量の核兵器を保有してるだけでなく、使用する可能性の高い危険な国。しかも、ドイツはイスラエルに対し、1998年から核ミサイルを搭載できるドルフィン型潜水艦を次々と引き渡してきた。それだけでなく、東西ドイツが統一される前、1960年代に西ドイツのコンラド・アデナウアー首相はイスラエルへ核兵器開発のために5億ドルを融資していたと報道されている。 この潜水艦が搭載している巡航ミサイルは、2000年5月にインド洋で実施された発射テストで1500キロメートル離れた地点の目標に命中したようだが、これが正しいとするならば、イラン全土をカバーすることはできず、潜水艦をイランの近く、例えばペルシャ湾の周辺へ配置しなけらばならない。そのためにはスエズ運河を通過、紅海をからバブ・エル・マンデブ海峡を通ってアデン湾、そしてアラビア海へ出る必要があるのだが、そうなるとイエメンに独立した政権を存在させられない。 そのイエメンでは「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」なる武装集団が活動してきたが、地元の武装勢力が優勢。シーア派の分派であるザイド派に属すフーシ派と呼ばれている。西側ではイランを黒幕扱いしているが、サイド派はイランと関係が薄く、いつも通りのプロパガンダだ。 ロビン・クック元英外相も指摘していたが、アル・カイダはCIAに雇われ、訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルにすぎない。派遣戦闘員の登録リストとも言える。 2011年に実行されたリビアでのムアンマル・アル・カダフィ体制転覆プロジェクトでは、空からNATO軍が攻撃、地上ではアル・カイダ系のLIFGが戦っていた。イギリスの特殊部隊SASの隊員や情報機関MI6のエージェントがリビアへ潜入して支援していたとも言われている。つまり西側とアル・カイダ系武装勢力との同盟関係が明らかになってしまった。そこで登場してくるのがIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)だ。 リビアでカダフィが惨殺された後、戦闘員と武器がシリアなどへ移動したことは本ブログで何度も書いたが、2012年に作成されたアメリカの軍情報機関DIAの文書にもそうした記述がある。リビアの兵器庫から持ち出し、ベンガジからシリアの港へ運んだとされている。マークを消したNATOの輸送機がリビアからトルコの基地まで武器を輸送、反シリア政府軍へ渡されたという報道もあった。 別のDIA文書によると、2012年の段階でシリアの反政府軍はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIだとしている。AQIは2004年に組織されたアル・カイダ系の武装集団で、2006年にISI(イラクのイスラム国)が編成された際には中核になった。今ではISと呼ばれている。DIAによると、AQIは当初から反シリア政府軍の支援を受け、戦闘員の訓練もそこで行われ、訓練終了後にイラクへ送り込まれていたという。サラフ主義者がシリアの東部に「首長国」を作ることもDIAは推測、シリアを孤立化させるとしている。 シリアの反政府軍は2011年春からアメリカ/NATOはトルコにある米空軍インシルリク基地で訓練を受けている。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員。そこやヨルダンからシリアへ侵攻、支配地域を広げてきた。イギリス、アメリカ、フランス、カタール、ヨルダン、トルコも特殊部隊をシリア領内で活動させていると疑われている。 この反政府軍を西側では「穏健派」のFSAだとしてきたが、FSAの幹部、アブデル・ジャバール・アル・オカイディによると、FSAの約10%はアル・カイダ系のアル・ヌスラだという。DIAによると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使っていた名前にすぎず、アル・ヌスラはISと同一組織ということになる。 こうした武装勢力を操っているのがアメリカ(ネオコン)、イスラエル、サウジアラビアだということは、本ブログで何度も書いてきた。日本は、その三国同盟に従属している。「テロ組織」を使い、核兵器を弄ぶ勢力へ日本を「献上」しようとしているのが安倍晋三政権である。
2015.05.23
これまでも公的な情報を国民に開示してこなかった日本政府だが、「特定秘密保護法」を成立させて秘密度は一段と高まった。戸籍が充実し、警察が住民に関する情報を集めている日本は監視制度が整備されている国だが、「住民基本台帳」や「マイナンバー制度」の導入でその監視度は一段と高まる。企業が独自に集めている個人情報も膨大で、それを統合して管理するシステムも開発されているはずだ。既に存在しているかもしれない。 庶民を主権者だと考えていない支配層は昔から強力な監視システムを欲しがってきた。監視社会をテーマにした小説『1984』をジョージ・オーウェルは1949年に書いたが、すでにそれは現実になっている。オーウェルはソ連を想定していたらしいが、実際はアメリカが最先端の国だ。 オーウェルが『1984』を出す直前、アメリカでは闇の世界が生まれていた。1948年には心理戦や破壊活動を目的とした極秘機関の「特殊計画局」が創設され、「OPC(政策調整局)」へ名称変更になった。1944年に米英の情報機関が設置したゲリラ戦部隊の「ジェドバラ」を大戦後も存続させようとしたようだ。 OPCは1950年にCIAへ吸収され、「計画局」の核になった。その直後にアレン・ダレスが副長官としてCIAへ乗り込んで来る。1973年に「作戦局」へ名称が変更になるが、活動の一端が議会の調査で明るみに出たことが原因だ。2005年には「NCS(国家秘密局)」に衣替えしている。 破壊活動の延長線上に戦争はあるが、アメリカの支配層はその戦争に反対する人や団体を最も恐れる。FBIは1950年に国民監視プロジェクトの「COINTELPRO」を、またCIAも同じ目的で1967年にMHケイアスをスタートさせている。彼らにとってアル・カイダ系の戦闘集団、IS、あるいはネオ・ナチは「自由の戦士」だが、平和を愛し、戦争に反対する人びとは「テロリスト」だということ。「愛国者法」でも同じことが言える。 OPCが設立されたころ、アメリカとイギリスは電子的な情報活動の連携を目的として「UKUSA(ユクザ)協定」を締結した。現在もこの協定は生きていて、アメリカの「NSA」とイギリスの「GCHQ」が中心。GCHQが設立されたのは1942年だが、NSAは1952年。NSAの前身である「AFSA」も1949年で、協定の方が先ということになる。 UKUSAは情報の収集と分析が目的だが、発信する情報を統制する仕組みも同じ頃に始まっている。ジャーナリストのデボラ・デイビスが「モッキンバード」と呼ぶ情報操作プロジェクトで、その中心にはアレン・ダレス、フランク・ウィズナーOPC局長、後にCIA長官に就任するリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハム。同紙は後にウォーターゲート事件でリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込む。その時の社主、キャサリン・グラハムはフィリップの妻だ。 ウォーターゲート事件はふたりの若手記者、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが中心になって調査していたが、そのうちバーンスタインは1977年に退社、「CIAとメディア」というレポートをローリング・ストーン誌に書いている。バーンスタインによると、その当時でさえ400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は10名以上の工作員に架空の肩書きを提供していたという。こうしたことは別のメディアでも行われていただろう。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) しかし、1970年代までは気骨ある記者や編集者がメディアには存在、ある程度は情報を発信していた。そうしたジャーナリストの締め出しが強化されたのは1980年代だ。巨大資本による支配が認められたこともあり、プロパガンダ色が急速に強まった。 同じ頃、日本では手間暇かけた地道な取材で中身のある報道をするより、手抜き取材の方が「コスト・パフォーマンスが良い」という考え方をする経営者が増えた。体制に批判的な雑誌を支えていたのは総会屋だったことも事実で、総会屋の取り締まりで反体制的なメディアは大きなダメージを受けた。 フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは最近のメディアとCIAとの関係を本にしている。彼によると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開しているという。 そうした仕組みを作り挙げるため、アメリカの支配層はドイツの有力な新聞、雑誌、ラジオ、テレビのジャーナリストを顎足つきでアメリカに招待、そうして築かれた「交友関係」を通じてジャーナリストを洗脳していくらしいが、これは1970年代と同じ。日本にも「鼻薬」を嗅がされたマスコミ社員は少なくないと言われている。 むのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言して疎んじられるようにようになったらしいが、この指摘は事実。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年) ウルフコテは今年2月にこの問題に関する本を出しているが、その前からメディアに登場し、告発に至った理由を説明していた。ジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないということで、ドイツやアメリカのメディアがヨーロッパの人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできない地点にさしかかっていることに危機感を抱いたようだ。日本の状況はさらに悪い。 こうした告発の前、昨年8月にドイツの経済紙ハンデスブラットの発行人、ガボール・シュタイガートは「西側の間違った道」と題する評論を発表している。ウクライナが不安定化する中、「西側」は戦争熱に浮かされ、政府を率いる人びとは思考を停止して間違った道を歩み始めたと批判しているのだ。 こうしたメディアを使った情報操作のほか、「教育」で洗脳しようとしている。安倍晋三政権はその点、露骨。多くの人はメディアや教育でコントロールされるが、それでも騙されない人はいるわけで、そうした人びとを探し出すシステムも開発されている。 ACLU(アメリカ市民自由連合)によると、スーパー・コンピュータを使い、膨大な量のデータを分析して「潜在的テロリスト」を見つけ出そうとするシステムの開発も進んでいる。つまり、どのような傾向の本を購入し、借りるのか、どのようなタイプの音楽を聞くのか、どのような絵画を好むのか、どのようなドラマを見るのか、あるいは交友関係はどうなっているのかなどを調べ、性格や思想傾向を分析し、支配層にとって「危険な人物」になりそうな子どもを見つけようというわけだ。
2015.05.22
日本共産党の志位和夫委員長は5月20日に安倍晋三首相と党首討論を行った。その中で「ポツダム宣言」は日本が「世界征服ノ挙」に出たと主張していることを指摘、それに対して安倍首相は「その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちにそれに対して論評することは差し控えたいと思います」と応じた。つまり解答を拒否したわけだ。 言うまでもなく、日本はポツダム宣言を受け入れるところから「戦後」をスタートさせている。首相がポツダム宣言を「つまびらかに読んでおりません」と発言することは許されないのだが、そう言わざるをえなかったのだろう。安倍首相のグループはポツダム宣言を無視、あるいは否定することで一種のカタルシスを実現してきたわけで、この宣言を前提にした議論をするわけにはいかない。この宣言に踏み込むと、安倍首相の「キャラ」が崩壊する可能性がある。 ポツダム宣言は領土問題にも深く関係している。この宣言は、「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」と定めている。「カイロ宣言」の条項を履行し、日本の主権は本州、北海道、九州、四国と連合国が決める周辺の小さな島々に限定するとしているのだ。確定しているのは本州、北海道、九州、四国だけである。 カイロ宣言には、「千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト竝ニ満洲、台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト」と書かれている。 第1次世界大戦の後、日本が奪い、占領した太平洋の島々を取り上げ、満州、台湾、膨湖諸島をはじめとする日本が「清国人」から奪った一切の地域を「中華民国」に返還しなければならないというのだ。英文を読むと「清国人」の部分は「Chinese」なので中国人と理解できるが、台湾出兵は1874年、台湾と膨湖諸島の割譲は1894年から95年にかけての日清戦争の結果で、「清国人」を誤訳と言うことはできない。 1946年1月に出された連合軍最高司令部訓令によって、連合国は日本に帰属する小さな島々を決めた。その小島は「対馬諸島、北緯三〇度以北の琉球諸島等を含む約一千の島」で、「竹島、千島列島、歯舞群島、色丹等を除く」とされている。国後島と択捉島は千島列島の一部で、本来なら、日本は韓国やロシアとの間に領土問題が存在しない。 尖閣列島について、1895年1月に閣議決定を経て正式に日本の領土として編入されたと日本政府は主張、「1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認」したとしている。ただ、この閣議決定は官報に掲載されず、つまり外部に公表されていない。公表したくない事情があったと勘ぐられても仕方がない。 日清戦争で日本が中国から奪った領土を返せと連合国は命じているのだが、問題の閣議決定があった2カ月後、日本の伊藤博文と陸奥宗光は清国全権だった李鴻章と下関で第1回会談を開いている。4月に講和条約(下関条約)が締結された。尖閣諸島が「満洲、台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域」に含まれるという解釈も成り立つ。 何度も書いているように、本ブログでは日本の侵略が1872年の「琉球藩」設置、つまり「琉球併合」から始まると考えている。 イギリスを後ろ盾にした薩摩藩と長州藩を中心とする勢力は徳川体制を倒した後、中央集権体制を構築するため、1871年7月に廃藩置県を実施するのだが、その3カ月後に宮古島の漁民が難破して台湾に漂着して何人かが殺されると目を台湾へ向ける。1872年に日本へやって来た厦門のアメリカ領事だったチャールズ・リ・ジェンダーは外務卿の副島種臣に台湾への派兵を勧めているので、これも影響しただろう。その年に琉球藩をでっち上げた。台湾へ軍隊を送り込んだのは1874年だ。 1875年に明治政府は朝鮮半島で江華島事件を引き起こしている。朝鮮の首都だった漢城(現在のソウル)に通じる要衝、江華島の近くに軍艦を派遣して挑発したのだ。これは軍事衝突に発展し、日本は朝鮮から治外法権を獲得した。 リ・ジェンダーは1890年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めているが、当時、朝鮮の王室では興宣大院君(高宗の父)と閔妃が激しく対立していた。この対立にリ・ジェンダーが介入していたことは想像に難くない。 1894年には甲午農民戦争(東学党の乱)が起こって閔氏の体制が揺らぐが、それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争が勃発、日本の勝利で終わった。清の敗北でロシアへ接近することが予想された閔妃を1895年に日本の官憲と「大陸浪人」は惨殺、1904年に日露戦争が始まり、中国への軍事侵攻、そしてポツダム宣言へとつながる。安倍政権はこうした侵略の連鎖をまだ続けようと目論んでいるように見える。
2015.05.21
文部科学省は「道徳」を教科にし、検定教科書を作るのだという。子どもはおとなをデフォルメしてコピーするもので、子どもに問題があるなら、その原因はおとなにある。ところが、そのおとなに反省の色は見えない。そんな状態で「道徳」を教科にしても、「偽善」を教えることになるだけ。「洗脳」とも言える。 平然と嘘をつき、正直でも誠実でもない人物を首相にしている日本。不公正な政策で貧富の差を拡大させ、低所得者は教育を受ける権利さえ奪われている。公正でも公平でもない仕組みを利用して富を独占している強欲な人びとに節度があるとは言えない。 東電福島第一原発の事故で福島県をはじめ広範囲にわたる地域が放射性物質に汚染され、その影響が出ている可能性が高い。かなり深刻な事態だという声も現場から聞こえてくる。それにもかかわらず政府も東電も「安全だ」と叫び、汚染地域に人びとを留まらせてきた。マスコミも口をつぐんでいる。到底、生命を尊重しているとは言えない。 2003年にアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が嘘で始めたイラク侵攻作戦では約100万人が殺されたと推測されているが、その嘘を承知で侵略戦争を支持した政治家、官僚、「専門家」、記者、編集者などは訂正も謝罪もしていない。勿論、戦争犯罪で裁かれてもいない。 アメリカのイラクに対する先制攻撃もネオコン/シオニストが1992年に作成した国防総省のDPG(国防計画指針)草案に基づいている。2000年にPNACが公表した「米国防の再構築」はこの指針がベースで、その執筆者がブッシュ・ジュニア政権に入り、戦略を作り上げていたので、必然的な結果だ。 嘘を容認する人びとは、当然、歴史も直視しない。安倍政権は自分たちの妄想に合わせて歴史の教科書を書き直させようとしている。事実を語る人が現れると彼らは「自虐」だと罵りながら耳を閉ざす。似たように反応するのがシオニストで、イスラエルが行ってきた破壊と虐殺を批判するユダヤ系の人に対して「自己憎悪(Self-hating)」だと攻撃、歴史の書き換えにも熱心である。 日本の独善的な歴史教育の流れをさかのぼると、第2次世界大戦の前にあった京都学派と東大朱光会が見えてくる。朱光会が組織されたのは1931年で、当初の会長は春山作樹。のちに平泉澄へ引き継がれた。メンバーだった村尾次郎は後年、東京教育懇話会へ参加して戦後の教科書を攻撃、時野谷滋、鳥巣通明、山口康助のように、文部省入りしたメンバーもいる。 支配層にとって都合の良い物語を人びとの頭に植え付けようとしているのは教育以外にもある。「報道」と呼ばれているものだ。イラクへの軍事侵略だけでなく、中東、北アフリカ、ユーゴスラビア、ウクライナなどでの体制転覆プロジェクト、核戦争の挑発などアメリカの支配層が知られたくない話も伝えない。何しろ、日本の支配層はアメリカの支配層に従属することで自分たちの権力を維持している。
2015.05.20
アメリカ海兵隊のMV22オスプレイが5月17日、ハワイのオアフ島で着陸に失敗して炎上し、ひとりが死亡したという。安全性の問題が指摘されている輸送機だが、機能、あるいは利権を優先して使われているのだろう。ネオコン系シンクタンクのPNACが2000年に公表した「米国防の再構築」の中で必要性が強調されていた航空機だ。部隊の行動範囲、つまり軍事侵攻できる地域が広がるためだという。 しかし、安倍晋三政権が進める戦争の準備は輸送機の事故より深刻な問題。機械は故障するものであり、航空機は墜落するもの。驚くような話ではない。もっとも、軍用機は安全性より機能を優先しているので安全性には劣るわけで、人口密集地に飛ばすのは正気でなく、ドローンを飛ばすなと言うならオスプレイをはじめとする軍用機の飛行を規制すべきだとは言える。 集団的自衛権、特定秘密保護法、4月27日に外務大臣の岸田文雄と防衛大臣の中谷元はニューヨークでアメリカのジョン・ケリー国務長官やアシュトン・カーター国防長官と会談して新しい「日米防衛協力指針(ガイドライン)」を発表、29日には安倍晋三首相がアメリカ議会の上下両院合同会議で演説し、その中で「安全保障法制」と「TPP(環太平洋連携協定)」を強調した。 TPPとは政府、議会、司法を巨大資本が支配する仕組み。安倍政権は国としての主権を放棄、アメリカ支配層へ日本の自然やそこに住む人びとを売り飛ばそうとしているわけである。そして5月14日には国際平和支援法案や平和安全整備法などを閣議決定、暴走は止まらない。 オスプレイを持ち出したPNACの「米国防の再構築」は1992年に国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)の草案に基づいて書かれた。この草案は、国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルの戦略をベースにして、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンが作成した。そこで「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 マーシャルはシカゴ大学で経済学を学んだ後、1949年に国防総省系のRANDに入って核戦争について研究、リチャード・ニクソンが大統領だった73年にONAが創設されると室長に就任した人物。アメリカの戦略に大きな影響を及ぼしてきた。 彼の師とされているのはレオ・ストラウスとバーナード・ルイス。ストラウスは「ユダヤ系ナチス」と呼ばれ、ルイスはサミュエル・ハンチントンと同じように「文明の衝突」を主張、シオニストを支持していた。マーシャルもシオニストだということだ。 リチャード・ニクソンの失脚を受けて誕生したジェラルド・フォード政権(1974年から77年)ではデタント(緊張緩和)派が粛清され、ソ連の脅威を宣伝するためにCIAの内部に「チームB」を設置して分析部門に対抗させた。チームBを率いていたのがハーバード大学のリチャード・パイプス教授。ウォルフォウィッツもメンバーのひとり。この政権で国防長官になったドナルド・ラムズフェルドもマーシャルやフリッツ・クレーマーの影響を受けている。 1976年には休眠状態だったCPD(現在の危機委員会)が復活、チームBと連携、ネオコン/シオニストを生み出すことになる。メンバーにはリチャード・パール、ジョージ・シュルツ、ウィリアム・ケイシー、リチャード・アレン、ジーン・カークパトリックなどが含まれていた。若手を育成するため、ワシントンDCのマディソン・ホテルで定期的に昼食会が開かれたともいう。 第2次世界大戦後、世界の軍事的な緊張を高める上で重要な役割を演じてきたマーシャルだが、今年1月にONAの室長を辞めている。92歳なので遅すぎるとも言えるが、それまで誰もONAにタッチできず、予算が削減されたのは2013年になってから。マーシャルを辞任させることもできなかった。 このところバラク・オバマ政権におけるネオコンの影響力が低下しているようだが、それとマーシャルの退任は関連があるのかもしれない。もし、それが事実なら、安倍政権にとっては逆風だろう。それでも暴走するなら、1933年以降と同じように、日本はこれまで以上に孤立する。
2015.05.19
2013年4月15日、ボストンで世界的に有名なマラソン大会が開かれた。そのゴール地点で2度の爆発があり、3名が死亡、その後の銃撃で警官ひとりとタメルラン・ツァルナエフが殺されている。重傷を負いながら生き残ったタメルランの弟、ジョハルに対する判決が5月16日にあり、死刑が宣告された。 この事件はアメリカのファシズム化を促進することになるが、検察側も証拠がないことを認めている。タメルランとジョハルの母親ズベイダ・ツァルナエバは事件の直後から冤罪を訴えていた。彼女によると、FBIは3年から5年の間、息子たちを監視下におき、彼女にもしばしば接触していたという。 この事件は当初からおかしいと言われていたが、その理由のひとつは爆破の直前に爆破を想定した訓練があるというアナウンスが流れていたこと。爆破が予告された場所も正確だった。その現場の周辺には大きなリュックを背負った複数の人物がいて、爆破犯だと疑われたサウジアラビア人もいたのだが、なぜかツァルナエフ兄弟が実行したことになり、その友人は捜査の過程で殺されている。逮捕直後に歩いているタメルランだとされる映像もあり、これが正しいなら、拘束されている間に殺されたことになる。負傷者にも不自然な点があり、傷痍軍人がけが人を装っていた、あるいは作り物の血がまかれていた疑いも持たれている。 ところが、ジョハルの弁護士ジュディ・クラークは有罪を認め、兄に責任を押しつけるだけで、弁護のために呼んだ証人は4人にすぎないことから疑惑の目を向けられているほどだ。ちなみに、検察側は92名の証人を呼んだのだが、決定的な証言はない。 もしツァルナエフ兄弟が冤罪だったとするならば、なぜふたりが選ばれたのかという問題が出てくる。そこで注目されているのが兄弟のおじにあたるルスラン・ツァルナエフ。ルスランが結婚していたサマンサ・フラーの父親はグラハム・フラーなのである。 フラーは約20年にわたってCIAのオフィサーだった人物で、トルコ、レバノン、サウジアラビア、イエメン、アフガニスタン、香港を担当していた。1982年には近東・南アジア担当の国家情報オフィサーとなり、86年には国家情報会議の副議長に就任した。1988年に国防総省系のシンクタンク、RANDコーポレーションへ移っている。CIA時代、ジョージ・H・W・ブッシュ(エール大学でCIAにリクルートされたと言われている)と面識があり、ふたりとも「イラン・コントラ事件」で名前が出てきた。 ブッシュ・シニアは大統領時代、バクー(アゼルバイジャンの首都)、トビリシ(グルジアの首都)、ジェイハン(トルコの都市)を結ぶパイプライン(BTC)を計画していたのだが、すでにチェチェンのグロズヌイを経由するパイプラインが存在していた。この競争相手を機能できなくすることもチェチェンを戦乱で破壊する理由のひとつだったと考えられている。 その工作をブッシュ・シニアは旧知のフラーに依頼、そこで「イラン・コントラ事件」仲間のリチャード・シコード退役空軍中将が登場する。シコードは1960年代、ベトナム戦争の最中に東南アジアで秘密工作に参加したが、その工作を指揮していたのがCIAのセオドレ・シャックレー。ブッシュ・シニアと親しい人物で、CIAビエンチャン支局長を務めていた際、約250名の政治犯殺害に関与したともされている。 ベトナム戦争で戦っていたアメリカの武装集団は2系統あった。ひとつは正規軍、もうひとつはCIAと特殊部隊だ。シャックレーやシコードは後者ということになる。この系統は「フェニックス・プログラム」と呼ばれる村民虐殺プログラムや麻薬の密輸を行っていたが、アメリカ陸軍の極秘機関ISAに所属していた元グリーン・ベレーのジェームズ・グリッツ(通称、ボ・グリッツ)中佐によると、その麻薬密輸で犯罪組織との連絡係を務めていた人物がリチャード・アーミテージ。 前にも書いたが、殺されたタメルランは2012年の夏にコーカサス地方の若者を対象としたワークショップ/セミナーに参加している。主催したNGOのコーカサス基金はCIA系のジェームズタウン基金と協力関係にある。ジェームスタウン基金は1984年にソ連の反体制派を支援するために創設されたが、その際にウィリアム・ケイシーCIA長官が支援している。 ツァルアエバ兄弟の周辺にはCIAのネットワークが存在、FBIも監視していた。そうした環境の中にいたツァルナエフ兄弟が爆破事件を起こせばCIAやFBIの存在が浮上してくるのは当然。ズベイダ・ツァルナエバが言うように兄弟は無実なら、実際に爆破事件を引き起こした人物/組織にとってふたりは恰好の「防御装置」になる。
2015.05.18
ネオ・ナチを使ったクーデターでウクライナを乗っ取る際、現場で中心的な役割を果たしたひとりがアメリカ国務省のビクトリア・ヌランド次官補である。先週、彼女はキエフに3日間滞在してペトロ・ポロシェンコ大統領、アルセニー・ヤツェニュク首相、アルセン・アバコフ内務相、ボロディミール・グロイスマン最高会議議長らと会談した後、17日から18日着かけてモスクワを訪問、ミンスク合意への役割を拡大していくと語ったらしい。ミンスク合意が守られていないという名目で合意を破壊しようと目論んでいる可能性がある。 この好戦的なヌランドをバラク・オバマ大統領が国務次官補として採用した理由のひとつは、オバマの師にあたるズビグネフ・ブレジンスキーがロシア制圧のためにウクライナを重要視していたことにあるだろう。 ヌランドはジョージ・W・ブッシュ政権で「摂政」だったと言われているリチャード・チェイニー副大統領の外交担当副補佐官を務め、2005年から08年にかけては大使としてNATOへ派遣されていた。2004年から05年にかけてウクライナでは「オレンジ革命」で親米派のクトル・ユシチェンコが実権を握っているが、この「革命」にチェイニー副大統領が関与しなかったとは考えられない。ウクライナのネオ・ナチは2006年頃からバルカン諸国にあるNATOの施設やポーランドで軍事訓練を受けてきたとも報道されている。言うまでもなく、2006年当時、ヌランドはNATOで大使として活動していた。 オバマはこのヌランドを2008年の大統領選挙でキャンペーンのスタッフとして雇い入れ、現在に至っている。当初、オバマ政権の国務長官はヒラリー・クリントンだったが、このクリントンがヌランドと個人的に親しいこともヌランドが国務次官補に就任した一因だ。 ウクライナを舞台にしてロシアを軍事的に挑発してきたNATOの動向からも目を離すことはできない。ソ連の軍事侵攻に備えるという名目で組織されたNATOだが、実態はアメリカがヨーロッパを支配する仕組みであり、ウォール街にとって好ましくない組織や人物を排除するための秘密部隊が存在している。 そうした秘密部隊のひとつ、イタリアのグラディオが存在していることをジュリオ・アンドレオッティ政権は1990年8月に認め、10月には報告書を発表した。その後、少なからぬNATO加盟国でそうした部隊の存在が明らかにされている。こうした部隊はアメリカの情報機関、つまりCIAと深く結びついている。 CIAで破壊活動(テロ工作)を担当する部署は当初、「計画局(The Directorate of Plans)」と呼ばれていたが、1970年代に議会で活動の一端が明らかにされると名称を「作戦局(The Directorate of Operations)」へ変更、2005年には「NCS(国家秘密局)」になった。計画局の前身はCIAの外部に設置されたOPCで、その源は第2次世界大戦の終盤に組織されたジェドバラ。 1960年代から1980年頃までイタリアで続いた爆弾攻撃の黒幕がグラディオだったことも明らかになっている。事件当時、「極左グループ」が実行したとされ、左翼陣営は大きなダメージを受け、治安システムが強化された。 ジョン・F・ケネディ米大統領が暗殺される前年、1962年の8月にはフランスのシャルル・ド・ゴール大統領を暗殺しようという計画があった。実行したのはジャン=マリー・バスチャン=チリー大佐に率いられたOASの一派だったが、その背後にもNATOの秘密部隊/OPC人脈が存在していたと言われている。暗殺未遂事件の4年後、フランス軍はNATOの軍事機構から離脱し、翌年にSHAPEはパリから追い出された。 ソ連消滅後、NATOは活動の範囲を広げ、1999年にユーゴスラビアを先制攻撃、アメリカ軍が軍事侵攻したアフガニスタンで住民を殺害、2011年にはアル・カイダ系武装集団と手を組んでリビアの体制転覆に成功、シリア攻撃を目論んでいた時期もある。 最近ではロシアへの軍事的な圧力を強め、フィリップ・ブリードラブNATO欧州連合軍最高司令官/在欧米空軍司令官やアメリカ政府がNATOへ派遣されているダグラス・ルート大使はキエフ政権への武器供給を支持、NATO事務局長のジェンス・ストルテンベルグは緊急展開部隊を1万3000名から3万名へ増強すると語っていた。4月20日からアメリカの第173空挺旅団の兵士290名がウクライナの正規軍兵士1200名と親衛隊の戦闘員1000名を訓練している。 停戦合意に挑戦するかのような言動をアメリカは続けてきたわけだが、好戦的な政策を推進してきたアメリカは孤立、軌道修正せざるをえない状況になったようだ。この方針変更を信用する人は少ないだろうが。
2015.05.18
アメリカのジョン・ケリー国務長官が5月12日にロシアのソチを訪問し、ウラジミル・プーチン大統領らと会談した。その際、ウクライナでの戦闘を終わらせるためにミンスク合意、つまり2月11日にベラルーシのミンスクでウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの首脳が集まって決めた停戦合意を支持する姿勢を明確にし、クリミアやドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)に関する作り話をすることもなかった。さらに、イランやシリアの問題も話し合ったようだ。すでにバラク・オバマ大統領はネオコン/シオニストの反対を押し切ってイランとの話し合いを進め、シリアでもオバマ政権は別の道を模索しているようで、ネオコン離れを明確にしてきたように見える。 しかし、ウクライナではネオコンを後ろ盾にするネオ・ナチは健在であり、シリアではネオコン、イスラエル、サウジアラビア、カタール、トルコといった勢力や国々は反政府軍を支援を続け、バシャール・アル・アサド政権は軍事的に押されているとする話がネオコン/イスラエル系の人びとから流れて来る。トルコに近い北部でISは支配地を広げているようだが、イスラエルやヨルダンが空からISを支援しているという情報も伝えられている。イスラエルとISとの連絡係がアル・ジャジーラ(カタールのテレビ局)の取材スタッフに紛れ込んでいるという情報もある。 イスラエルは何度かシリアを空爆しているが、今年1月18日にはISを追い詰めていたシリア政府軍とヒズボラの部隊を攻撃し、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺している。イスラエルが負傷した反シリア政府軍の兵士を治療しているともいう。 2013年9月、退任間近だった駐米イスラエル大使のマイケル・オーレンは、シリアのバシャール・アル・アサド体制よりアル・カイダの方がましだとエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っているように、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権はアサド体制を倒すためならアル・カイダやISとも手を組むという姿勢だ。 アル・カイダ/ISへの支持を隠していないイスラエルとは違い、アメリカ政府は戦っているという立場。5月16日には、シリアの東部でアメリカ陸軍の特殊部隊がISの幹部を殺害したとオバマ政権は発表している。イラクに駐留している部隊がV-22オスプレイとブッラクホーク・ヘリコプターでシリア領内へ入り、作戦を実行したのだという。オバマ政権がISを押さえ込みにかかった可能性もあるが、これまでも嘘の戦果を宣伝しているので、何とも言えない。 ISが広く知られるようになったのは昨年6月、イラク北部の都市、モスルを制圧してからのことだろう。この武装集団の動きをアメリカは事前にスパイ衛星、通信の傍受、あるいはスパイ網などで把握していたはずなのだが、全く反応しなかった。 2011年10月にリビアで侵攻軍はムアンマル・アル・カダフィを惨殺しているが、その時はまずイギリスの偵察機が発見し、フランスの戦闘機が2発のレーザー誘導爆弾をカダフィの車列に投下、アメリカ軍の無人機プレデターも攻撃したとされている。最後は反政府武装グループがリンチのうえで殺している。この程度のこともISに対しては行っていない。 モスル制圧の3カ月前、イラクの首相だったノウリ・アル・マリキはサウジアラビアやカタールが反政府勢力へ資金を提供していると批判しているが、これは事実だと考えられている。その反政府勢力とはISだ。その後、アメリカへの不信感を強めていたマリキはロシアへ接近、選挙でも勝利するのだが、首相になることはできなかった。 そのISの指揮系統が不明確で、誰がトップなのかもはっきりしない。昨年1月に死亡した元イラク空軍大佐のサミル・アブド・ムハンマド・アル・フリファウィ、通称ハジ・バクルが残した文書には、シリア北部で「カリフ制国家」を樹立する詳細な計画が書かれていて、情報活動、殺人、拉致などの手法も記されていたという。虐殺は「狂信者」の行為ではなく、元情報将校による冷徹な計算の元で行われていたのだという。 つまり、フリファウィがISの中枢にいたというのだろうが、イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将はISの司令部がイラクのアメリカ大使館にあると語り、ISを実際に指揮している、あるいは生みの親はアメリカ陸軍の退役少将で心理戦の専門家であるポール・バレリーだとする情報も伝えられている。バレリーは、アメリカのFOXニュースに「軍事アナリスト」の肩書きで登場していた人物だ。 アル・カイダの象徴的な存在だったオサマ・ビン・ラディンについての話も怪しげなものばかりだ。2001年7月にビン・ラディンが腎臓病を治療するため、アラブ首長国連邦ドバイの病院に入院していたとル・フィガロ紙は報道している。その入院患者を見舞うために家族のほか、サウジアラビアやアラブ首長国連邦の著名人が訪れているのだが、それだけでなく、CIAのエージェントも目撃されている。 そうした病人が山岳地帯でゲリラ戦を指揮しているという話に疑問を持つ人は少なくないが、それだけでなく、エジプトで出されているアル・ワフド紙の2001年12月26日付け紙面にはオサマ・ビン・ラディンの死亡記事が掲載されている。その10日前、肺の病気が原因で死亡し、トラ・ボラで埋葬されたというのだ。 しかし、アメリカ政府によると、ビン・ラディンはその後も生き続け、2011年5月にパキスタンで特殊部隊のSEALチーム6が殺害したことになっている。住民の証言ではその家にオサマ・ビン・ラディンは住んでいなかったのだが、それだけでなく、10人から12人のグループを運んできたヘリコプターは、そのグループを20分に回収して飛び立ったところで爆発、炎上したという。この作戦に参加していた人びとはパシュトゥーン人の言葉を話していたとも住民は証言している。こうした証言や情報は反映されていないが、シーモア・ハーシュもビン・ラディン殺害に関するオバマ政権の発表は嘘だとする記事を発表している。 アメリカ/NATOやペルシャ湾岸産油国から流れてくる話には嘘が多く、状況を把握することは難しのだが、アメリカ/NATOがシリアを直接、軍事的に攻撃する計画を止めたことは確か。 2013年9月3日、NATOによるシリア攻撃が決定的であるかのように西側で伝えられる中、地中海の中央から東へ向かって2発のミサイルが発射された。このミサイル発射はロシアの早期警戒システムがすぐに探知、明らかにされるが、ミサイルは途中で海へ落下してしまう。イスラエル国防省はアメリカと合同で行ったミサイル発射実験だと発表しているが、ジャミングなど何らかの手段で落とされたのではないかと推測する人もいる。それ以降、アメリカ政府はシリアを攻撃する姿勢を見せず、イランとの交渉に入った。 ロシアとの軍事衝突は得策でないとオバマ大統領は考えているようだが、ネオコンは「凶人理論」や「狂犬戦術」に固執、脅せばロシアでも中国でも思い通りになると思っているようだ。ネオコンの背後には強大な利権構造が存在するが、オバマ大統領の周辺は利権を手にするより核戦争を避ける道を選んだようだ。そのネオコンに付き従っているのが日本の「エリート」である。
2015.05.17
アメリカの好戦派はすでに戦争を始めている。その戦争へ安倍晋三政権は「積極的」に参加、将来的にはアメリカ軍に替わって侵略戦争を実行しようとしているわけだ。日本のマスコミは勿論、「リベラル」や「革新」を自称している人びとも、そうした戦争と真剣に向き合わず、「王手」を告げられてから騒いでいる。奇妙な話だ。 巨大資本は基本的に戦争を望んでいる。例えば、大統領時代のジョージ・W・ブッシュはアルゼンチン大統領だったネストル・キルシュネルに対し、「経済を復活させる最善の方法は戦争」だと力説、「アメリカの経済成長は全て戦争によって促進された」と話していたという。この証言はオリバー・ストーンが制作したドキュメンタリー、「国境の南」に収められているのだが、ブッシュが言うところの「経済」とは巨大資本の「儲け」を意味している。 戦争と巨大資本との関係はロシア革命とも深く結びついている。革命の直前、つまり第1次世界大戦の最中、帝政ロシアはふたつの柱に支えられていた。地主貴族と資本家だが、この柱が戦争をめぐった対立する。地主は農作業の担い手を戦争に取られたくないのに対し、資本家は戦争で儲けたいということだ。 そして1917年3月に「二月革命(ロシア歴では2月、三月革命とも)」が起こってロマノフ朝は崩壊、臨時政府の中枢には資本家が座る。7月には社会革命党(エス・エル)のアレクサンドル・ケレンスキーが首相に就任したが、資本家が主導権を握る実態に変化はなかった。この人物を通じてイギリス政府とシオニストは新政権に影響力を及ぼしていたと見られている。(Alan Hart, “Zionism,” World Focus Publishing, 2005) 敵が西と東に存在する状態を解消したいドイツは戦争に反対していたウラジミル・レーニンが率いるボルシェビキに目をつける。二月革命当時、亡命中か刑務所の中だったボルシェビキの幹部をドイツはロシアへ戻すのだ。そして11月の「十月革命」につながり、ボルシェビキ政権は即時停戦を宣言、無併合無賠償、民族自決、秘密外交の廃止も打ち出した。そして中東の分割を決めた「サイクス・ピコ協定」の存在も明るみに出る。 アメリカの好戦派は軍需産業や傭兵会社だけでなく、それ以外にもいくつかの勢力が含まれている。戦争ビジネスへ投資している金融機関やヘッジファンド、そしてネオコン/シオニストも中心的な存在だ。 そのネオコンが1992年に作成したDPG(国防計画指針)、いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づいて現在の侵略戦争は進んでいる。この指針は国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルの戦略をベースにして、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンが書き上げた。 何度も書いてきたが、DPGはアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的なライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。当然、日本も破壊の対象に含まれている。ネオコンに従属している安倍政権は日本を破滅させようとしているとも言える。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンに従って日本が破滅への道を歩み始めたのは「松本サリン事件」が引き起こされた1994年のこと。国防大学のスタッフだったマイケル・グリーンとパトリック・クローニンがカート・キャンベル国防次官補を介してジョセフ・ナイ国防次官補やエズラ・ボーゲルに会い、日本が自立の道を歩き出そうとしていると主張したのだ。そして発表されたのが1995年の「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」。この年、「地下鉄サリン事件」が実行され、「警察庁長官狙撃事件」もあった。 1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が作成され、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになる。「周辺事態法」が成立した1999年にはNATOがユーゴスラビアを先制攻撃している。 2000年にナイとリチャード・アーミテージを中心とするグループが作成した「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」では武力行使を伴った軍事的支援が求められ、「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」と主張、「この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる」としている。 ネオコンに担がれたジョージ・W・ブッシュがアメリカ大統領に就任した2001年、好戦派にとって願ってもない出来事が起こる。9月11日のニューヨークにあった世界貿易センターやワシントンDCの国防総省本部庁舎が攻撃されたのである。アメリカでは「愛国者法」という形で戒厳令が敷かれ、アフガニスタンやイラクを先制攻撃する。 日本では2002年に小泉純一郎政権が「武力攻撃事態法案」を国会に提出、03年にはイラク特別措置法案が国会に提出され、04年にアーミテージは自民党の中川秀直らに対して「憲法9条は日米同盟関係の妨げの一つになっている」と言明、05年には「日米同盟:未来のための変革と再編」が署名されて対象は世界へ拡大、安保条約で言及されていた「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念」は放棄された。その延長線上に今回の戦争法案はある。この間、アメリカはリビアやシリアを破壊、ウクライナでクーデターを成功させてイランを攻撃しようとしている。その先には中国とロシアがある。 2006年当時、アメリカ支配層には中国とロシアを簡単に破壊できると信じている人たちがいた。キール・リーバーとダリル・プレスはフォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)にアメリカの好戦派がどのようにロシアを見ていたかを示す論文を書いているが、それを読んでもそうした雰囲気は推測できる。 この論文によると、アメリカはロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できる。つまり、先制核攻撃を仕掛ければ圧勝でき、アメリカは真の覇者になれるというわけだが、この分析が間違っていることはすぐに判明する。2008年8月、グルジアが南オセチアを奇襲攻撃したのだが、ロシア軍の反撃で惨敗したのだ。奇襲攻撃のプランを立てたのはイスラエルだといも言われている。アメリカもグルジアに対し、軍事的な支援をしていた。グルジア政府が暴走したわけではない。 2001年からイスラエルの会社がグルジアへ武器を提供し、軍事訓練も実施、07年には同国の軍事専門家がグルジアの特殊部隊を訓練し、重火器や電子機器、戦車などを提供していた。その間、2003年にグルジアで「バラ革命」があり、西側にコントロールされていたミヘイル・サーカシビリが大統領に就任、ウクライナでは2004年から05年にかけての「オレンジ革命」で西側の傀儡、ビクトル・ユシチェンコが大統領になっている。「第2のエリツィン」でロシアを乗っ取るのは簡単だとネオコンは思っていたかもしれないが、ウラジミル・プーチンは甘くなかった。そこで、西側の「エリート」はプーチンを嫌うわけだ。(日本では「リベラル」や「革新」を自称している人の中にもプーチン嫌いや嫌露派が少なくない。) 現在、戦闘機やミサイルの水準はアメリカよりロシアが上だと言われ、リーバーとプレスの主張は間違っている可能性が高く、ネオコンは負け戦。それにもかかわらず、ロシアや中国を恫喝して屈服させようとしているのがネオコンであり、その後ろからついて歩いているのが安倍政権だ。おそらく、安倍が見ているのはネオコンが振る指揮棒だけだろう。
2015.05.16
ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領が設置した国際諮問グループにネオコン/シオニストの好戦派であるジョン・マケイン上院議員が参加すると伝えられていたが、同議員は指名を光栄に思うとした上で、アメリカ憲法の条項に従って誘いを断らなければならないと発表した。 マケインは2013年にトルコからシリアへ密入国して反シリア政府勢力のリーダーと会談しているのだが、その中にはFSAの幹部のほか、アブ・バクル・アル・バグダディも含まれていた。密入国は法律に違反した行為だが、意に介していないらしい。会談に出席していたひとり、バグダディはIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)のリーダーだと言われることになる人物だ。ウクライナではビクトリア・ヌランド国務次官補と同じようにクーデターを扇動、ネオ・ナチとも会っている。5月12日にジョン・ケリー国務長官がロシアを訪問してウラジミル・プーチン大統領らと会談しているが、マケインの発言はこうした動きと関係しているかもしれない。
2015.05.15
安倍晋三首相に限らず、日本の「エリート」はアメリカ支配層の強い影響下にある。関東大震災からJPモルガンをはじめとするウォール街の巨大資本に操られてきた。1970年代にジェラルド・フォードが大統領に昇格するとシオニストが台頭、ネオコンと呼ばれるようになるが、安倍政権はそのネオコンに従属している。 ネオコンの暴走はソ連の消滅と共に始まる。1991年6月、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の大統領に就任したボリス・エリツィンは、その年の12月8日にベロベーシの森で秘密会議を開き、ソ連からの離脱を決めた。いわゆる「ベロベーシ合意」で、同席したのはウクライナのレオニード・クラフチュクとベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチ。この合意でソ連の解体は決定的になった。 ソ連消滅後、西側の支配層を後ろ盾とするエリツィンは独裁色を強め、1993年9月には憲法を無視する形で議会を強制的に解散すると発表した。議員側は大統領の行為をクーデターだと非難、自分たちの政府を樹立すると宣言して少なからぬ議員が議会ビル(ホワイトハウス)に立てこもると、エリツィン大統領は戦車に議会ビルを砲撃させ、殺された人の数は100名以上、議員側の主張によると約1500名に達する。この虐殺を西側は容認した。 議会制民主主義の体裁を木っ端微塵にしたエリツィンは新自由主義的な「改革」、つまり私有化と規制緩和を推進して国民の資産を二束三文の値段で叩き売る。買い手はクレムリンの腐敗分子と手を組んだ連中。その腐敗分子の中心にはエリツィンの娘、タチアナ・ドゥヤチェンコがいた。そして「オリガルヒ」と呼ばれる富豪が誕生、庶民は貧困化していく。その象徴的な存在であるボリス・ベレゾフスキーを含め、オリガルヒの大半がイスラエル系だったことを偶然で片付けることはできない。 その当時、アメリカの大統領はジョージ・H・W・ブッシュで、国防総省はネオコンに支配されていた。国防長官のリチャード・チェイニーも、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツもフォード政権で表舞台に出てきた好戦派だ。 この好戦派の軍事的な戦略を立てていたのが国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャル。シカゴ大学で経済学を学んだ後、米軍系シンクタンクのRANDに入って核戦争について研究、1973年にONAが創設されると室長に就任している。 デタント(緊張緩和)へ舵を切ろうとしたリチャード・ニクソン大統領の失脚を受けて登場したフォード政権では好戦派が主導権を握り、ソ連との緊張を高めようとする。そこで標的になったのがCIAの分析部門。ネオコンにとって事実は重要でなく、軍事的な緊張を高めるためにはソ連は脅威だと人びとに思わせる必要があった。 そこで始動したのが「チームB」。チームを率いることになったのはハーバード大学のリチャード・パイプス教授、メンバーの中にはウォルフォウィッツも含まれ、その背後にはマーシャルがいた。後にネオコンと呼ばれる人脈だ。ソ連消滅後にマーシャルは中国脅威論を主張、ネオコンは東アジア重視を言い始める。 そして1992年に作成されたのが「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」。マーシャルの戦略をベースにして、ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンが作成したDPG(国防計画指針)を指している。この指針ではアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的ライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。 当然、「潜在的ライバル」には日本も含まれるのだが、安倍政権は日本を守ろうとはしていない。そうではなく、日本の自然とそこに住む人びとをアメリカ支配層へ叩き売ろうとしている。1929年に樹立した浜口雄幸政権はJPモルガンと緊密な関係にあった井上準之助を大蔵大臣に据え、日本の庶民を貧困化させた。失業者が急増、農村では娘が売られるという悲惨な状態になったのだが、その浜口内閣より安倍政権は醜悪だ。 安倍政権の好戦的な政策も「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」が基盤になっている。その戦略に従ってアメリカは絶え間なく侵略してきた。ユーゴスラビアにしろ、アフガニスタンにしろ、イラクにしろ、リビアにしろ、シリアにしろ、ウクライナにしろ、根は一緒だ。その同盟相手がイスラエルとサウジアラビアであり、手先として使われているのがアル・カイダ系の武装集団やネオ・ナチ。チェチェンでこの両武装集団は連結している。 こうしたアメリカの侵略、例えば中東/北アフリカの体制転覆プロジェクトやウクライナのクーデターを直視しなければ、安倍政権の恐ろしさは理解できない。23年前にネオコンが始めたクーデターの日本における総仕上げをしているのが安倍首相であり、そのクーデターは全面核戦争を引き起こす可能性がある危険なものだ。こうした問題に関して口を閉ざして安倍政権の戦争法案を批判するのは単なる「アリバイ工作」にすぎない。
2015.05.15
イエメンの内乱を終結させる交渉が大筋で合意し、停戦が実現する寸前の3月26日にサウジアラビアは空爆を始め、話し合いによる解決の道を破壊してしまったのだという。サウジアラビアは和平を嫌った。 これは国連の調停官だったジャマル・ベノマールの話。昨年2月に任期が切れているはずのアブド・ラッボ・マンスール・アル・ハディを暫定大統領としてフーシ派は認めていたという。アメリカの国務省は停戦交渉を壊したのはフーシ派だと宣伝しているようだが、これは事実に反すると国連の元調停官は言明している。 サウジアラビアがイエメンを攻撃した理由として挙げられているのは、傀儡のハディを大統領にし、フーシ派を壊滅させてイランの影響力が及ばないようにすること。ただ、現段階ではフーシ派とイランは連携していない。西側ではフーシ派の黒幕はイランだと宣伝しているが、イエメンの実情に詳しい人びとはそうした主張を否定しているのだ。 フーシ派と呼ばれている人びとはシーア派の分派であるザイド派に属し、イランなどで信じられている大多数のシーア派とは違い、むしろスンニ派に近いとも言われている。サウジアラビアもアメリカもこうした事情は熟知しているはずだ。 奴隷制国家サウジアラビア(比喩ではない)はカネで傭兵を雇い、中東/北アフリカだけでチェチェンなどカフカスを戦乱で破壊してきた。1970年代にアメリカはアフガニスタンでソ連軍と戦わせるために戦闘集団を作り上げ、戦闘員を育成、資金や武器の供与して「自由の戦士」として戦わせていた。その中からアル・カイダも生まれた。 ただ、このアル・カイダに明確な指揮系統があるわけではなく、戦闘集団と考えるべきではない。ロビン・クック元英外相も指摘しているように、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルだ。 アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味し、「基地」と訳することもできるが、実態は「データベース」。さまざまなプロジェクトへ派遣される戦闘員の登録リストだとも言える。この重要な指摘をした次の月にクックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、急死した。享年59歳。 イエメンでは2009年に「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設され、フーシ派と戦ってきた。その戦況が思わしくなく、サウジアラビアはイエメンを空爆したわけだ。AQAPはそのターゲットになっていない。 現在、サウジアラビアはパキスタンやエジプトの政府に資金を提供して軍隊を出させようとしているが、それぞれの国では評判が悪い。サウジアラビアへの反発がパキスタンやエジプトの体制を揺るがす可能性もある。アメリカとしても「ペトロダラー」の問題があり、サウジアラビアの意向は配慮しなければならない。 本ブログでは何度か書いたことだが、ペトロダラーの歴史は1971年のリチャード・ニクソン政権のドルと金との交換停止までさかのぼることができる。 金という保証をなくしたドルを安定させるため、アメリカはサウジアラビアをはじめとする産油国と協定を1974年に結び、石油取引をドルで決済させることにした。さらに、石油取引で得た利益でアメリカ財務省証券などを購入させてドルをアメリカへ還流させ、固定するわけだ。 その代償としてアメリカはサウジアラビアなど協定を結んだ国を軍事的に保護し、武器を供給、そして支配層の地位を保証する。1975年にはサウジアラビアのファイサル国王が暗殺され、親米体制は盤石なものになった。日本も似たような協定を結んでいる可能性がある。 サウジアラビアはアメリカ(ネオコン/シオニスト)やイスラエルと「三国同盟」を結んでいる。調査ジャーナリストのシーモア/ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いた記事によると、その時点でシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始している。 秘密工作の中心にはアメリカ政府のリチャード・チェイニー副大統領、ネオコン/シオニストのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官やザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタンだと言われている。バンダルがアル・カイダを動かし、チェチェンの武装勢力を指揮してきたことは本ブログで何度か指摘している。 安倍晋三政権はネオコン、つまり三国同盟の支配下にあるわけで、安倍首相が戦争の準備を急いでいる理由はこのグループの動きを見れば理解できる。中国も安倍政権、その政権を支えている日本に甘い期待は抱いていないだろう。 朝鮮でクーデター、あるいは要人暗殺、朝鮮半島の混乱、それを利用して日米軍の侵攻、東アジア全域へ戦乱の拡大、というシナリオ位は日本でも想定しておく必要があるだろう。勿論、日本で偽旗作戦が実行される可能性もある。
2015.05.14

アメリカ支配層の内部で相反するふたつの動きが見られる。 ひとつはロシアとの戦争を回避しようという動きで、例えば、5月12日にジョン・ケリー国務長官がここ2年で初めてロシアのソチでウラジミル・プーチン大統領らと会談したほか、キエフ政権のペトロ・ポロシェンコ大統領に対し、ドネツク空港を奪還するという発言を批判したと伝えられている。2月11日にベラルーシのミンスクでウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの首脳が集まって合意した停戦を支持する立場のようだ。 それに対し、ポロシェンコ大統領が設置した国際諮問グループにネオコン/シオニストの好戦派であるジョン・マケイン上院議員が参加。そのグループを率いているのはグルジアの元大統領で刑事事件の容疑者になっているミヘイル・サーカシビリ。4月4日には「右派セクター」、つまりネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を率いているドミトロ・ヤロシュがウクライナ軍参謀総長の顧問に就任している。 言うまでもなく、サーカシビリは2008年8月、自国軍に命じて南オセチアを奇襲攻撃、ロシア軍の反撃で惨敗するという醜態を演じたことがある。このとき、サーカシビリは南オセチアの分離独立派に対話を訴えた約8時間後、深夜近くにミサイル攻撃を開始している。この攻撃の背後にはアメリカとイスラエルがいたのだが、特にイスラエルの強い影響を受けていた。 グルジアに対し、2001年からイスラエルの会社は武器を提供、軍事訓練を実施、07年には同国の軍事専門家がグルジアの特殊部隊を訓練、重火器や電子機器、戦車などを提供したと言われている。 昨年2月にクーデターで成立したキエフ体制を支援するため、早い段階からアメリカやポーランドの傭兵会社が戦闘員を派遣していたと伝えられている。その中心と考えられているのがアメリカのアカデミ(旧社名はブラックウォーター)系列のグレイストーンで、数百名が戦闘に加わっているとも言われた。CIAやFBIの要員をアメリカ政府はキエフへ派遣、軍事顧問団も入れているとも報道されている。さらに、アメリカの第173空挺旅団の兵士290名やイギリスの軍人75名が「訓練」のためにウクライナへ入り、カナダも200名の「専門家」を送り込むとされている。 以前にも書いたことだが、NATOは「関東軍」的な存在で、ロシアとの戦争に向かって進んでいる。フィリップ・ブリードラブNATO欧州連合軍最高司令官/在欧米空軍司令官やアメリカ政府がNATOへ派遣されているダグラス・ルート大使はキエフ政権への武器供給を支持し、NATO事務局長のジェンス・ストルテンベルグは緊急展開部隊を1万3000名から3万名へ増強するとしていると語っている。 ストルテンベルグ事務局長によると、NATOはキエフ政権へ顧問を派遣、指揮統制や兵站、サイバー防御などの能力を引き上げるなど軍事的な能力を強化しようとしている。そうしたグループのアドバイスを受け、ポロシェンコ大統領はドネツク空港を攻撃して奪い還すという方針を打ち出しているはずで、アメリカの好戦派とケリー国務長官の姿勢は対立していると言えそうだ。 イスラエルから軍事訓練を受け、兵器の提供を受けていたグルジアが南オセチアを奇襲攻撃する2年前、フォーリン・アフェアーズ誌(CFR/外交問題評議会が発行)に興味深い論文が掲載されている。言うまでもなく、同誌を出している外交問題評議会はアメリカの支配層によって設立された団体だ。 その論文とは、キール・リーバーとダリル・プレスが書いたもので、アメリカはロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できると主張している。それだけロシアや中国を軽く見ていたわけで、先制核攻撃を仕掛ければ圧勝でき、アメリカは真の覇者になれると信じていたのだろう。南オセチア奇襲は予行演習だった可能性もあるが、実際はロシア軍の反撃で惨敗した。これはアメリカの好戦派(ネオコン)やイスラエルのとって大きな衝撃だったはずだ。 しかし、経験から学ぼうとしないのがネオコン。自分たちが描いたシナリオ通りに世界を作ろうともがくだけで、旧日本軍の作戦参謀と似ている。その結果、恫喝をエスカレートさせ、世界を核戦争へ近づかせて自らの孤立化を招いた。ウクライナ情勢について「イスラエルの専門家」に分析させていた日本のマスコミもあったが、その意味は重い。 そのネオコンに操られているのが安倍晋三政権。ネオコンやイスラエルの有力スポンサーとされ、戦争の仕掛け人とも見られているシェルドン・アデルソンはカジノ業界の大物でラスベガス・サンズを所有する人物。2013年にはイランを核攻撃で脅すべきだと主張していた。 その2013年にアデルソンはIS議連の細田博之会長(自民党幹事長代行)に対してプレゼンテーションを行い、東京の台場エリアで複合リゾート施設を作るという構想の模型を披露しながらスライドを使って説明したという。その翌月、自民党などはカジノ解禁を含めた特定複合観光施設を整備するための法案を国会に提出、2014年2月にはアデルソンが来日して日本へ100億ドルを投資したいと語っている。安倍晋三首相はすぐに反応、翌月の衆議院予算委員会でカジノを含む「統合型リゾート(IR)」に前向きの発言をした。安倍首相とアデルソンの関係が博奕だけに留まっているとは思えない。
2015.05.14
朝鮮の玄永哲人民武力部長が4月30日ごろに処刑されたとする情報を、韓国の国家情報院は同国の国会情報委員会で明らかにした。ロシアが5月9日に催した対ドイツ戦勝利70周年記念式典への出席を金正恩第一書記が取り消していたことから、国内で何か重大なことが起こっているとは言われていたので、そうしたことがあっても不思議ではない。 長年、東アジア情勢を不安定化させてきたのは日本と朝鮮。中東/北アフリカやウクライナのようにこの地域を戦乱で破壊するための火種だとアメリカの好戦派は考えているだろう。韓国が中国やロシアとの関係を強めようとした場合、大きな障害になることも事実だ。 ロシアにしても、朝鮮の問題を解決できれば、パイプラインや鉄道で朝鮮半島の南端までつなげることができる。そこで、ロシア政府は3年ほど前から朝鮮に接近し、同国がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすると提案している。朝鮮にしても経済発展の起爆剤になりえる提案。そこで金第一書記の対ドイツ戦勝利70周年記念式典出席も決めたのだろう。玄永哲も昨年11月にロシアを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と会談したという。 ただ、朝鮮がらみの話は怪しげなものが多く、今回の処刑話も真偽は不明。例えば、2013年12月に金第一書記の義理の叔父にあたり、国防委員会副委員長を務めていた張成沢が「犬の餌」にするという手段で処刑されたという話も嘘だった可能性が高い。 情報の流れは中国のブログから始まったとされている。12月11日に投稿されたブログの中で張成沢と5名の側近が飢えた120匹の猟犬に食い殺されたと書かれていたという。その後、香港の新聞、文匯報が12月5日に処刑されたという「噂話」として載せたのだが、張成沢が逮捕されたのはその3日後、朝鮮労働党中央委員会の会議が開かれていた8日だったとされている。処刑された後に逮捕されたという怪談。 この記事をシンガポールの新聞で反コミュニストのストレーツ・タイムズ紙が英語に翻訳して報道、それにイギリス、アメリカ、ロシアなどのメディアが飛びつく。本来なら情報の信憑性を確認しなければならないのだが、朝鮮が情報を閉ざしていることから未確認のまま、中国の怪しげなブログに書き込まれた話が全世界に「事実」として広まったわけだ。 最近の例では、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(PSE)のハッキング騒動を挙げることができる。このハッキングについては早い段階から自作自演説が流れ、その後もそうした説が強まっている。 この騒動の中心には金正恩第一書記の暗殺をテーマにした「コメディ」だという「ザ・インタビュー」があった。ハッキングを受けて会社が公開の中止を発表すると、バラク・オバマ米大統領は根拠、証拠を示すことなくハッカー攻撃に朝鮮政府が関与していると断定し、同社の封切り中止を批判した。 しかし、ニューズウィーク誌系のデイリー・ビーストによると、少なくとも2名のアメリカ政府高官は映画のラフ・カットを、つまり編集の途中で見て、6月の終わりには映画を有効なプロパガンダだとして賞賛していたという。つまり、この映画の製作にアメリカ政府が関与しているということであり、第一書記の頭を吹き飛ばす場面は国務省の意向だったともされている。 この映画をプロデュースし、主役も演じたセス・ローゲンは親イスラエル派として知られ、両親が知り合ったのはイスラエルのキブツだという2代続けて筋金入りの親イスラエル派。ジャーナリストのウェイン・マドセンによると、イスラエル軍がガザで行った虐殺を支持、この点はもうひとりの主役、ジェームズ・フランコも同じだと伝えられている。 ロシアのプーチン政権はパイプラインや鉄道の建設を通じてEUや東アジアとの友好的な関係を強めようとしてきた。その一環として朝鮮を経由して半島の南端までパイプラインと鉄道を建設しようという計画を立てたわけだ。 金正恩としても良い条件の取り引きであり、前向きに検討しているはずだが、逆に東アジアの軍事的な緊張を高めようとしているネオコン/シオニストは計画を潰したいところだろう。勿論、安倍晋三政権はその手先。朝鮮の内部にもアメリカの好戦派とつながっている勢力が存在している可能性がある。 ソ連が混乱している最中、1991年11月末から翌月上旬にかけて統一協会の文鮮明教祖が朝鮮を訪問、その際に「4500億円」を寄付したとアメリカ軍の情報機関、DIA(国防情報局)が報告している。1993年にはアメリカのペンシルベニア州に保有していた不動産を売却して得た資金300万ドルを香港の韓国系企業を介して朝鮮へ送っている。安倍晋三も統一教会と関係があるとされているが、アメリカではジョージ・H・W・ブッシュとの緊密な関係が有名だ。 ところで、パイプラインはギリシャでも注目されている。巨大資本やIMFと結びついた欧州委員会や欧州中央銀行がギリシャに要求してきた政策は公務員給与の削減、年金のカット、増税、私有化など。巨大金融機関の利益を第一の考える政策に対するギリシャ国内の反発は強く、1月25日に行われた総選挙では急進左翼進歩連合の勝利に結びついた。 西側の支配層はIMF、欧州委員会、欧州中央銀行を前面に出してギリシャ政府を屈服させようとしてきたが、追い詰められた急進左翼進歩連合がロシアへ目を向けるのは必然。何しろ西側支配層の手法は「闇金」と同じであり、その要求を呑めば借金だるま。無限返済が求められ、「債務奴隷」的な状況に陥る。 それに対し、ロシアと取り引きし、パイプラインをトルコからギリシャ経由でEUへつなげれば、ギリシャの財務状況は改善される。ロシアとEUが計画していた天然ガス輸送用の「サウス・ストリーム」はアメリカの圧力でブルガリアが建設の許可を出さずに御破算、ロシアと中国との関係強化につながったが、ロシアから黒海を通ってトルコへ運ぶ「ブルー・ストリーム」も存在している。これと並行する形で新たなパイプラインをトルコに通し、そこからギリシャへというルートは十分にありえる話だ。経済的な基盤ができれば、EUからの離脱という選択肢もできる。 また、ここにきてロシアはギリシャに対し、BRICSが設立を決めている新開発銀行に加わらないかと持ちかけているようで、ギリシャ側も興味を示している。IMFや世界銀行はアメリカの巨大資本が金融面から世界を支配する仕組みの中心で、AIIBと同様、BRICSの新開発銀行に注目している国は少なくないはずだ。特に、EUの南部諸国はギリシャが成功すれば、後に続く可能性もある。
2015.05.13
垂直離着陸輸送機のCV22オスプレイをアメリカ軍は横田基地に配備するのだという。2017年に3機、21年までに7機を追加する予定で合計10機。「安全性は十分に確認されていると判断した」と防衛大臣の中谷元は語ったというが、横田基地の存在自体が首都圏の安全にとって大きな脅威になっている。 日米地位協定のため、東京都、栃木県、群馬県、埼玉県、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県にまたがる広い空域(横田侵入管制区)を横田基地が管制、民間航空機も毎回、事前にアメリカ軍の許可を得る必要がある。つまり、定期便のルートはここを迂回しなければならず、コストが高くなるだけでなく、飛行ルートに無理が生じ、安全性を低めている。 もっとも、日本に駐留しているアメリカ軍は約4万5000人、そのうち半数以上が沖縄にいて、県の面積が日本全体の0.6%にすぎない場所に在日米軍基地の74%が集中、その問題は首都圏の比ではない。その沖縄にもオスプレイは配備されている。 本ブログでは何度も書いているように、現在、アメリカが進めている世界戦略は1992年に作成された「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」、つまりDPG(国防計画指針)に基づいている。ソ連が消滅し、アメリカが「唯一の超大国」になったという認識に基づいて世界制覇プロジェクトが始動させたが、その指針だ。 DPGをベースにして作成されたネオコン系シンクタンクのPNACが2000年に公表した「米国防の再構築」は東アジアを重視する一方、オスプレイ配備の必要性を強調している。部隊の行動範囲を広げることが理由だという。つまり軍事侵攻できる地域を広げることが目的。そこから横田配備の意味を考える必要があるだろう。 DPGを作成する前提になったのがソ連の消滅。その引き金は、ボリス・エリツィンが主導して1991年12月8日にベロベーシの森で開かれた秘密会議だ。出席したのはエリツィンのほか、ウクライナのレオニード・クラフチュクとベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチ。この会議でソ連からの離脱を決めた。いわゆる「ベロベーシ合意」だ。一種のクーデターだったが、そうした理解を西側の「エリート」は拒否している。 それ以降、西側を後ろ盾にしてエリツィンがロシアで実権を握り、新自由主義を導入、エリツィンの娘であるタチアナ・ドゥヤチェンコを含む政府の腐敗グループと結びついた一部の人びとが国民の資産を略奪しはじめる。そして誕生したのが富豪の「オリガルヒ」であり、そのひとりがボリス・ベレゾフスキー。当然、富の集中は庶民を貧困化させる。 ベレゾフスキーはチェチェンの犯罪組織を暴力装置として利用、反ロシア武装勢力ともつながりがあった。この人物の暗部を暴いたのがフォーブス誌の編集者だったポール・クレブニコフだ。彼は1995年2月に殺害されたテレビ局のプロデューサー、ウラジスラフ・リスチエフの事件も暴いたが、クレイブニコフ自身、2004年7月にモスクワで射殺されている。 エリツィンの政策に対する批判が強まってくると、それに対抗してタチアナは利権仲間のアナトリー・チュバイスを引っ張り出し、金融やメディアを支配する富豪たちを集めてチームを編成、資金の提供やエリツィンに有利な報道を約束させている。アメリカや日本を含む西側でも組織的に行われている情報操作だ。 西側の巨大資本にとって都合の良い政策を推進したエリツィンは1993年9月、憲法を無視する形で議会を強制的に解散すると発表し、議員がクーデターだと非難して議会ビルに立てこもると、戦車に議会ビルを砲撃させて独裁的な権力を握った。2度目のクーデターだが、勿論、西側は容認している。 逆に、エリツィンが進めていた巨大資本好みの政策を止め、オリガルヒが政府を支配する仕組みも壊してしまったウラジミル・プーチンを西側のメディアは「悪魔化」して描いている。エリツィンがロシアの大統領に就任した段階でアメリカの支配層はロシアを属国化することに成功したと認識したであろうが、プーチンはロシアを独立国として復活させた。 ネオコン/シオニストはロシアに残った配下の勢力を使って再属国化しようと必死のようだが、その手法はワンパターンの恫喝。アメリカ大統領だったリチャード・ニクソンが言うところの「凶人理論」、イスラエルのモシェ・ダヤン将軍の狂犬戦術を展開しているのだが、ロシアや中国には通じない。 一度描いたシナリオを書き換えられないネオコンは恫喝をエスカレートさせ、世界は核戦争へ近づいている。そうした状況をEUやバラク・オバマ米大統領の周辺も懸念し始めてネオコンは孤立しつつあるのだが、そのネオコンに従っているのが日本の「エリート」たち。 その「エリート」は自分たちの利益のため、軍事的に日本をアメリカへ贈呈するだけでなく、TPPで政治経済的に日本の自然とそこに住む人びとを巨大資本へ売り飛ばそうとしている。この協定はエリツィン時代のロシアと同じで、巨大資本が政府、議会、司法を支配する仕組みを築くことにあり、日本を含む環太平洋諸国をかつてのラテン・アメリカのような「バナナ共和国」にしようとしているわけだ。 労働環境の劣悪化、社会保障システムの破壊、権利の否定、監視の強化が日本では推進されているが、これは「バナナ共和国」の政策。TPPを先取りしているとも言える。巨大なデータベースで巨大資本にとって目障りな人物を探し出すだけでなく、子どもの性格を分析して「潜在的危険人物」を探し出す作業も始まっている可能性がある。少なくとも、アメリカではこうした研究が進められている。
2015.05.12
アメリカの侵略戦争を支援するための法律を自民党と公明党は整備するようだが、将来的にはアメリカ軍に替わって侵略戦争を行うことを少なくともアメリカの支配層は想定しているはずだ。 勿論、こうした法案は官僚がすでに作成、アメリカ政府へも報告済みだろう。4月27日に外務大臣の岸田文雄と防衛大臣の中谷元はニューヨークでアメリカのジョン・ケリー国務長官やアシュトン・カーター国防長官と会談、新しい「日米防衛協力指針(ガイドライン)」を発表、29日には安倍晋三首相がアメリカ議会の上下両院合同会議で演説し、その中で「安全保障法制」と「TPP(環太平洋連携協定)」を強調したが、その延長線上に今回の法案はある。 現在のアメリカを動かしているのは1992年に作成された「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」。これは、国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルの戦略をベースにして、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンが作成したDPG(国防計画指針)を指している。 マーシャルは冷戦時代にソ連脅威論を宣伝、核戦争計画の中心にいた。ソ連消滅後は中国脅威論を叫び始め、ジョージ・W・ブッシュ大統領もマーシャルの宣伝マンを務めていた。 DPGはアメリカを「唯一の超大国」と位置づけ、潜在的なライバル、つまり西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアを潰すという方針を示している。当然、日本も含まれるのだが、日本の支配層は「私益」を「国益」の上に置き、日本の自然とそこに住む人びとをアメリカの支配層へ売り飛ばそうとしている。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、このドクトリンが作成される前の年にウォルフォウィッツはシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたようだが、DPGをベースにしてネオコン系シンクタンクのPNACは2000年に「米国防の再構築」という報告書を公表、その中では東アジアを重要視している。キエフでクーデターを指揮していたビクトリア・ヌランド国務次官補の結婚相手、ロバート・ケーガンも含まれている。 日本もウォルフォウィッツ・ドクトリンに合わせて動き始める。1994年に細川護煕政権の諮問機関「防衛問題懇談会」が作成した「日本の安全保障と防衛力のあり方」に国防大学のスタッフだったマイケル・グリーンとパトリック・クローニンが反発、1995年にジョセフ・ナイ国防次官補は「東アジア戦略報告」を発表する。そこから今回の安保法案までつながるわけだ。当然、この法案のベースはウォルフォウィッツ・ドクトリンで、アメリカ支配層の世界制覇が目的。TPPも同じ流れの中にある。 1999年にアメリカ/NATOは偽情報(拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』に内容が書かれている)を広めながらユーゴスラビアを先制攻撃、その際にスロボダン・ミロシェビッチの自宅や中国大使館も攻撃している。これ以降、アメリカ/NATOは東方への侵略を開始、ロシアに迫っていく。そうした攻撃的な政策にロシアが対応すると西側の政府やメディアは激しく攻撃してきた。アメリカが軍隊を東へ進めてロシアが近づいてくる責任はロシアにあるというのが、そうした人びとの主張。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンを実行する上で好都合な出来事が起こったのは2001年9月11日のこと。ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのである。 ジョージ・W・ブッシュ政権は詳しく調査することなくアル・カイダが実行したと断定、アル・カイダ系武装集団を弾圧していたイラクを2003年に先制攻撃する。その口実に使われた「大量破壊兵器」の話が嘘だということは、開戦の前から指摘されていた。そうした情報をかき消すように「進軍ラッパ」を吹き続けていたのが政治家、「専門家」、記者、編集者といった類いの人びとだった。その結果、イラクは破壊され、多くの非戦闘員が殺された。支離滅裂な話だが、ともかくサダム・フセイン体制を倒すことに成功、ウォルフォウィッツのプランは前進した。 侵略されたイラクでは建造物が破壊され、多くの人びとが殺されている。西側は見えないところで殺された人は殺されていないことにしているようだが、医学雑誌ランセットに発表されたジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると開戦から2006年7月までに約65万人が死亡、イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は、2007年夏までに約100万人が殺されたという推計している。この数字が最も現実に近そうだ。 2010年には「アラブの春」が始まり、翌年の初めにアメリカ/NATOはペルシャ湾岸の産油国やイスラエルとリビアやシリアの体制転覆プロジェクトを始めた。リビアではNATOの空爆、アル・カイダ系のLIFGが地上軍というコンビで体制転覆に成功するのだが、シリアではまだ戦闘が続いている。そして昨年2月、アメリカ政府はネオ・ナチを使い、ウクライナでクーデターを成功させた。ウクライナはブレジンスキーがロシアを服従させるポイントだとしていた国だ。 この間、アメリカ政府は嘘をつき通しで、その嘘を西側のメディアは宣伝してきた。ドイツなどではネオコン/シオニストの狂気に気づいて軌道修正を図り、メディアも嘘の付き方が穏やかになった。ドイツの有力紙、フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者、ウド・ウルフコテが自著の中で、ドイツを含む多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開していると告発した影響も小さくはないだろう。 かつて、日本の新聞は戦争を煽って東アジア侵略を後押し、中国で日本軍は1500万から2000万人を殺したと言われ、ドイツとの死闘で殺されたソ連人はそれより多く、2400万人に達すると推計されている。ドイツの死者数は550万人から690万人。それに対し、日本は250万人から300万人だという。中国やソ連に比べれば、犠牲者数がひと桁違う。日本のマスコミが歴史から学んだことは、負けても犠牲はこの程度で済むということなのかもしれないが、次の戦争は遥かに悲惨なことになるだろう。
2015.05.11
イエメンを24時間に130回にわたって空爆したとサウジアラビア主導軍が5月9日に発表した。市民には避難を呼びかけたというが、この連合軍は避難に使われていた空港を爆撃している。サウジアラビアの後ろ盾になっているアメリカ政府は自国民の救出も拒否、現地にいたアメリカ人を助け出したのはロシアだった。アメリカの傀儡勢力はウクライナでも同じことをしている。弁護士が考えそうな小賢しいアリバイ工作。今回の空爆では国連の高官も国際法に違反するものがあったと語っていた。 サウジアラビアがイエメンに軍事介入してきたのは2009年のことで、この時は空軍と特殊部隊を派遣している。イエメンのアリ・アブドゥラ・サレーハ大統領の政権はフーシ派(アンサール・アラー)と戦闘状態にあり、そのフーシ派を叩くことが目的だった。 サレーハ政権とフーシ派が軍事衝突したのは2004年。その前年、アメリカ政府はネオコン/シオニストが1991年に描いていたプラン通りにイラクを先制攻撃したが、これに抗議するため、フーシ派のメンバーはモスクで反アメリカ、反イスラエルを唱和するようになる。 政府は弾圧に乗り出し、首都のサヌアで800名程度が逮捕されたという。これが切っ掛けで戦闘が始まり、2010年まで続く。つまり、イエメンの内戦はアメリカのイラク侵攻から派生したと言える。 1991年のプランとはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が語っているもので、ネオコン/シオニストのポール・ウォルフォウィッツは国防次官だったこの年、シリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたという。そのうちイラクを2003年に破壊、次はシリアとイランということになる。 ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセインを排除すると主張、91年1月にイラクをアメリカ主導の連合軍が攻撃した際、体制を倒さなかったことにネオコンは激怒していた。そしてウォルフォウィッツの発言につながるのだが、フセインを排除すると宗派の関係でイラクがイランへ接近することは中東の専門家なら見通せていたはず。ネオコンは親アメリカ/親イスラエルの傀儡体制を作れると考えたのか、親イラン政権の成立を見通した上でイランを攻撃するつもりだったのかは不明だ。 シリアとイランの体制を転覆させ、レバノンのヒズボラを倒すための秘密工作がスタートしたと2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが書いている。秘密工作の中心にはアメリカ政府のリチャード・チェイニー副大統領、ネオコン/シオニストのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官やザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン国家安全保障会議事務局長がいたという。 バンダルは1983年から2005年まで駐米大使を務め、「バンダル・ブッシュ」と呼ばれるほどブッシュ家と近い関係にある「親米派」。2005年から国家安全保障会議の事務局長を務め、12年から14年にかけては総合情報庁長官を務めた。 サウジアラビアがフーシ派に対する攻撃を始めた2009年には「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設されている。元々、アル・カイダはアフガニスタンでソ連軍と戦わせるためにアメリカが創設した武装勢力の中から登場した。ロビン・クック元英外相も言っているように、アル・カイダは軍事組織でなく、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル、つまり「データベース」だ。なお、アル・カイダ系の武装集団はスンニ派と見なされているが、スンニ派のフセイン政権はアル・カイダを人権無視で弾圧していた。 イエメンでは2011年の「革命」でサレーハ大統領が辞任し、副大統領だったアブド・ラッボ・マンスール・アル・ハディが2012年2月に新大統領の座に納まった。任期は2年なので、2104年2月まで。ハディはイエメンに権力の基盤がなく、辞任後のサレーハを脅かすことはないだろうという読みがあったと言われている。つまり、真の意味のハディ派は存在しない。だからこそ、ハディはさっさとサウジアラビアへ逃走したのだろう。フーシ派に武力で対抗しているのは事実上、AQAPだと言える。 AQAPが名称通りアル・カイダならば、そのスポンサーはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟。このAQAPが思い通りの成果を上がられないため、今回の空爆になったのだろう。今のところ自らは空爆、地上軍はアル・カイダ/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)といういつものパターンだが、地上戦にサウジアラビア軍が投入されると、戦闘は泥沼化する可能性が高い。空爆に対する報復攻撃が始まった直後にサウジアラビアとアメリカは停戦を言い始めた理由もその辺にあるのだろう。もっとも、停戦を言いながら攻撃を続けているようだが。 戦闘が長引いた場合、別の問題も生じてくると言われている。サウジアラビアの石油施設で働く労働者の多くがイエメン人のようで、戦況によっては戦乱がサウジアラビアへ飛び火することも考えられるのだ。ペルシャ湾岸の産油国は戦闘機の購入などでフランスを抱き込もうとしているが、それでは追いつかないだろう。 ネオコンを中心に立てられた三国同盟のプランは結果として中国とロシアを接近させ、ペトロダラーの仕組みを揺るがし、ドルは基軸通貨として地位から陥落しそうになっている。つまりアメリカ崩壊の危機。シリアでアル・カイダ/ISを、ウクライナでネオ・ナチを訓練し、軍事的に状況を好転させようとしているようだが、裏目にでる可能性もある。
2015.05.10
1945年5月7日、ドイツは連合国に降伏した。フランスのランスにあった連合国遠征軍総司令部で降伏文書に調印したのはドイツ軍のアルフレート・ヨーデル大将とアメリカ軍のウォルター・ベデル・スミス中将。ソ連軍のイワン・ススパロフ大将とフランスのフランソワ・スビ大将も証人として署名している。ドワイト・アイゼンハワー司令官はその場にいなかったという。 その調印は17名の記者も目撃しているが、そのひとりでAPのパリ支局長を務めていたエドワード・ケネディはその事実を記事にし、それが原因で解雇されている。しばらく降伏の事実を秘密にしておくという約束を破ったからだというが、ドイツがラジオのニュースで報道したことから隠しておく意味がなくなったと判断したようだ。 1941年6月にドイツがソ連の制圧を目指してバルバロッサ作戦を開始、42年から翌年の2月までスターリングラード(現在のボルゴグラード)で激しい戦闘が繰り広げられたが、この間、イギリスとアメリカは傍観している。フランクリン・ルーズベルト米大統領はソ連を支援する意向を示していたと言われるが、アメリカ支配層の総意は違った。 状況が変わるのは、ドイツ軍が全滅、ソ連軍の反撃は始まってから。1943年7月にアメリカを中心とする部隊がシチリア島へ上陸、9月にはイタリア本土を制圧、44年6月にはノルマンディー上陸作戦を敢行し、パリを占領した。ウクライナのヤルタでアメリカ、イギリス、ソ連の首脳が「戦後」について会議を開いたのは1945年2月のことだ。 スターリングラードでの攻防戦が行われている最中、ドイツのSS(ナチ親衛隊)はアメリカとの単独講和への道を探り、44年にはドイツ陸軍の情報部門、参謀本部第12課(東方外国軍課)の課長を務めていたラインハルト・ゲーレン准将がOSS(アメリカの戦時情報機関)のアレン・ダレスたちと接触している。この人物は兄のジョン・ファスター・ダレスと同じようにウォール街の大物弁護士だ。 アレン・ダレスの側近の中にジェームズ・アングルトンという男がいる。イタリアを拠点に活動していた人物で、父親のヒュー・アングルトンもダレスの情報活動の仕事をしていた。ヒューはファシストと緊密な関係にあり、それにダレスが目をつけたということのようだ。 本ブログでは何度も書いているように、アメリカでは1932年の大統領選挙で大企業の活動を制限し、労働者の権利を拡大すべきだと主張するニューディール派のリーダー、フランクリン・ルーズベルトが勝利、その翌年からウォール街のグループは反ルーズベルトのクーデターを計画している。ファシズム体制の政権を作ると記者の取材に答えている。そのグループの中心が日本に大きな影響力を持っていたJPモルガン。 ウォール街はナチスを資金面から支援していたことも明確になっている。その仕組みで中心的な役割を果たしていたのがディロン・リードやブラウン・ブラザーズ・ハリマンといった金融機関。こうした巨大資本は第2次世界大戦後、日本を「右旋回」、つまり「戦前回帰」させたジャパン・ロビーのスポンサーでもあった。 ブラウン・ブラザーズ・ハリマンはW・A・ハリマンがブラウン・ブラザーズを買収してできた会社で、W・A・ハリマンが創設された1919年当時に社長を務めていた人物がジョージ・ハーバート・ウォーカー。その孫がジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュであり、ひ孫がジョージ・ウォーカー・ブッシュ。つまり、第41代アメリカ大統領と第43代アメリカ大統領だ。 1945年初頭にダレスたちはSSの高官だったカール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。サンライズ作戦だ。そして1945年5月にドイツは無条件降伏、同時にゲーレンはCIC(米陸軍対敵諜報部隊)へ投降するが、その際、ソ連に関する情報を記録したマイクロフィルムを携帯していた。ウォール街やナチスにとって好都合なことに、その前の月にルーズベルトは執務室で急死している。 ドイツの降伏を受け、イギリスのウィンストン・チャーチル首相はソ連を奇襲攻撃しようとする。首相だった彼はソ連に軍事侵攻するための作戦を立案するようにJPS(合同作戦本部)へ命令、「アンシンカブル作戦」が作られた。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていたが、これは参謀本部の反対で実現しなかった。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000など) チャーチルは1945年7月に下野するが、「民間人」としてもソ連攻撃を目指して活動している。例えば、イギリスのデイリー・メール紙によると、彼は1947年にアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員と会い、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んでいたという。「冷戦」が始まった後、1951年にチャーチルは首相へ返り咲いた。 イギリスにはアメリカ、日本、そしてファシストと連合してソ連を攻撃したいと考える人びとがいたようで、チャーチルもそうした人脈に属していたということだろう。これはウォール街と共通。こうした米英の親ファシスト派によってスイスで創設されたとされているのがBIS(国際決済銀行)だ。(Anthony Cave Brown, “"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies”, Macmillan, 1988) アメリカの支配層は大戦後、ナチスの残党や協力者の逃走を助け、保護、さらに雇用したことが知られている。いわゆるの「ブラッドストーン作戦」だ。また、ナチスの科学者を保護し、自分たちの研究開発に役立てようという「ペーパークリップ作戦」を実行している。 1948年にアメリカの「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連への核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)、その翌年に出された統合参謀本部の研究報告ではソ連の70都市へ133発の原爆を落とす(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)ことになっていた。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、こうしたグループは1957年初頭にアメリカ軍はソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせ、1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だった。そのころ、先制核攻撃に必要なICBMを準備できると見通していたのだ。ソ連は中距離ミサイルで対抗するしかなく、そのためにアメリカとソ連はキューバに目をつけた。 ソ連を先制核攻撃しようと目論んでいたアメリカ軍の好戦派のひとりがカーティス・ルメイ。1964年に日本政府が「勲一等旭日大綬章」を授与した軍人だ。 1945年2月にアメリカとイギリスの空軍はドイツのドレスデンを爆撃、2万2700名から2万5000名の市民が殺され、3月には東京が空襲されて10万人以上の市民が焼き殺されたと推計されている。8月には広島と長崎に原爆が落とされて多くの人が殺されつつあるのだが、こうした市民虐殺の作戦を指揮していたのがルメイであり、1945年3月から8月の間に彼が殺した日本の民間人は100万人以上だとも言われている。その後、朝鮮戦争でも市民を虐殺する。 現在、アメリカの好戦派はウクライナでネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を使っているが、これは必然。第2次世界大戦が終わる前から彼らはナチスと共同でソ連を侵略、占領、略奪しようと目論んできたのだ。
2015.05.09
中国のフリゲート艦、「臨沂」と「濰坊」が黒海にあるロシアのノボロシスク海軍基地へ5月8日に入ったと伝えられている。5月16日から21日にかけて地中海で実施する予定の中露合同軍事演習に参加するのだという。ロシアと中国は経済面だけでなく、軍事的にも関係を強めている。 この2カ国を接近させた大きな理由はアメリカ(ネオコン/シオニスト)の暴力的な動きにある。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌で書いているように、アメリカはイスラエルやサウジアラビアと手を組み、シリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作をその時点で始めていた。 その工作によってイスラエルの安全を保証し、アメリカ、サウジアラビア、その他のスンニ派諸国はイラン問題で手を組むとしている。パレスチナで強い影響力を持っているハマスが持っているイランとの関係を断ってイスラエルに対する攻撃を抑制させ、すでにシオニストのコントロール下に入っているファタハとの連携を話し合わせようと考えたとされている。 ハマスが創設されたのは1987年だが、その歴史は1970年代の前半までさかのぼることができる。ムスリム同胞団のアーマド・ヤシンなる人物がガザ地区で活動を本格化させ、1976年にはイスラム協会を設立させている。この間、イスラエルはPLOのヤシル・アラファトに対抗するできる勢力を育成するためにヤシンを保護していた。そしてハマスが出現するわけだ。同胞団とペルシャ湾岸産油国との関係を考えると、このプランは十分に実現可能なものだった。 また、ネオコンが主導権を握っていたジョージ・W・ブッシュ政権はシーア派、つまりイランを押さえ込むためにスンニ派諸国と連合、スンニ派の中心的な存在であるサウジアラビアはシリアのバシャール・アル・アサド政権を弱体化させるために資金や物資を提供することになったという。 この秘密工作の中心には、アメリカのリチャード・チェイニー副大統領、ネオコンのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官やザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタンがいたと言われている。 本ブログでは何度も書いてきたことだが、ネオコンのポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は1991年にシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたという。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が公言している話だ。その翌年、国防総省の内部ではアメリカを「唯一の超大国」と位置づけた世界制覇プランを「DPG(国防計画指針)」の草案という形でまとめている。 このDPGの基本的な考え方は、国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルのもの。それをベースにして、ウォルフォウィッツ、ハリルザド、I・ルイス・リビーらが作成した。こうした経緯があるため、この指針を「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」と呼ぶ人もいる。 ブッシュ・ジュニア政権は2003年にイラクを先制攻撃して破壊、2011年からリビアやシリアをアル・カイダ系戦闘集団を使って攻撃、リビアの体制転覆には成功した。この段階まではロシアもアメリカに信頼感を持っていたようだが、リビアでの出来事を目撃してからネオコンは単なる無法者にすぎないことを悟り、シリアやウクライナでは厳しい態度で臨んでいる。一連の出来事を見て中国もアメリカの正体を確認、ロシアとの関係強化に向かうことになった。 ネオコンはネオ・ナチを使ったクーデターでウクライナを乗っ取るが、その大きな目的はふたつある。クリミアなど重要な軍事拠点を押さえてロシアを締め上げ、石油/天然ガスの取り引きを通じて強まってきたEUとロシアとの関係を破壊することだ。この取り引きを破壊することでロシアの財政にダメージを与えられるとも考えたのだろう。 ところが、ロシアは早い段階でEUに見切りをつけ、中国との関係を強め、トルコとのビジネスも進める。この結果、最もダメージを受けたのはEU。ネオコンの戦略ではEUも潜在的なライバルであり、弱体化させる対象のひとつと認識しているアメリカにとっては悪くないのだが、これによってEUの内部でアメリカ不審が膨らむことになった。 かつて、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと同国のモシェ・ダヤン将軍は語ったが、ネオコンの考え方も同じ。日本のような国が相手なら、脅せば簡単に屈服するだろうが、ロシアや中国が相手では無理。それにもかかわらず、ネオコンは核戦争の準備を進め、ボリス・エリツィン時代のようにアメリカの巨大資本に従属しなければ、核戦争を始めると脅している。 その脅しに安倍晋三政権は日本も組み込もうとしているわけで、中国との戦争を視野に入れているだろう。実際、日本の防衛省では「今なら中国に勝てる」と公言している人もいるようだ。ネオコンの戦争は核兵器が使われる可能性が高いが、そうでなくとも「核地雷」を海岸線に張り巡らせている日本が戦争後も存在しているとは思えない。(東アジアを核汚染し、太平洋を死の海にすると脅しているつもりかもしれないが。) こうした流れを見て、EUでも少なからぬ人が目を覚ましつつあるようだ。冷静にアメリカを見れば、すでに破綻国家だということがわかる。 1971年にリチャード・ニクソン大統領がドルと金との交換停止を発表した時点で経済は破綻していたのだが、産油国に石油取引をドルで決済させ、利益はアメリカ財務省証券などの購入に使わせてドルをアメリカへ還流させるという「ペトロダラー」の仕組みを築いて支配システムの崩壊を不正だが、現在、ロシアや中国は貿易のドル決済を止める方向へ動いているようだ。 石油相場の下落によってロシア経済にダメージを加えようとした人もいるようだが、その結果、アメリカのエネルギー産業はダメージを受け、サウジアラビアも手持ちの資産を売却する動きを見せていた。ドルを発行して物を買い、そのドルを回収して固定化するという仕組みが崩れると、アメリカという国も崩れる。中国の提唱で設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)へアメリカの「同盟国」も大挙して参加するのは、そうした事情があるからだ。
2015.05.08
今年1月にフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」の編集部を襲撃したひとりは、自分たちが「イエメンのアル・カイダ」だと叫んだという。2009年に創設された「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」を意味しているのだろうが、そのAQAPと戦っているフーシ派をサウジアラビアは攻撃している。特殊部隊がイエメン領内へ降りたという情報もある。 避難民の輸送に使われていたアデンの国際空港をサウジアラビアは空爆したが、その作戦に特殊部隊が参加したともいう。AQAPが作られた2009年にもサウジアラビアはフーシ派を倒すために空軍と特殊部隊を派遣しているので、基本的な作戦は同じなのだろう。 イエメンでの戦闘に関し、西側のメディアはフーシ派をイランの傀儡として描いているのだが、歴史的にフーシ派とイランとの関係は薄く、そうした話は単にサウジアラビアの侵略を正当化する口実に使われているだけのようだ。 本ブログでは何度も書いているようにサウジアラビアはアメリカやイスラエルと同盟関係にあるのだが、そのアメリカから提供されたクラスター爆弾をサウジアラビアは今回の攻撃で使用しているようだ。これはジョージ・ソロスとも関係がある「人権擁護団体」の「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」が発表した情報だ。アメリカを後ろ盾とするイスラエルやキエフの軍隊は白リン弾やクラスター爆弾を使っているようで、似たことを同盟国のサウジアラビアも行っているわけだ。 この三国同盟が傭兵として使っているのがアル・カイダ(戦闘員のデータベース)系の戦闘員。IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)もそこから派生した武装集団で、演じている役割は同じ。 このISが体制転覆を目指しているシリアでは、ジョージタウン大学のハイララー・ダウド教授によると、反政府軍のうちシリア人が占める割合は5%にすぎず、残りの95パーセントは外国人傭兵。シリア政府によると、トルコとの国境に近いコバニで行われたある戦闘で死亡した反政府軍兵士74名を調べたところ、そのうち15名はウクライナ、8名はチェチェンの出身者だったことを戦闘員が携帯していた身分証明書で確認したという。勿論、サウジアラビア出身者も少なくない。シリアへISの戦闘員として入ったチェチェン人は、200名とも1000名とも言われている。 CIAはグルジアのパンキシ渓谷でチェチェン人を戦闘員としてリクルート、軍事訓練したうえでシリアだけでなく、ウクライナへも送り込んでいると言われている。昨年2月にキエフで合法政権を倒したクーデターで主力になったネオ・ナチを率いていたひとりはチェチェンでの戦闘経験があり、ウクライナとチェチェンとの結びつきは古い。 アメリカはキエフのクーデターをソチ・オリンピックに合わせて実行している。オリンピックは2014年2月7日から23日にかけて開催されたが、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領が追放されたのは2月23日だった。 そのオリンピックをチェチェンの武装勢力は襲撃すると脅していたのだが、2013年7月末にロシアを極秘訪問したサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官はウラジミル・プーチン大統領に対し、チェチェンのグループは自分たちの指揮下にあるので、シリアから手を引けば冬季オリンピックの安全を保証できると持ちかけたのだが、それを脅しと理解したプーチンは怒り、「ここ10年の間、チェチェンのテロリスト・グループをあなたたちが支援していることを知っている」と言い放ったという。 チェチェンの反ロシア武装勢力とアル・カイダ/ISの黒幕はつながり、ウクライナのネオ・ナチの後ろ盾であるアメリカ(ネオコン)はサウジアラビアと同盟関係にある。つまり、こうした武装勢力の根は同じ。サウジアラビアがAQAPには手を出さず、AQAPと敵対関係にあるフーシ派を攻撃しているのは必然ということだが、そのフーシ派はイエメンの地元勢力であり、サウジアラビアやAQAPは単なる侵略軍にすぎない。
2015.05.07
安倍晋三首相は4月29日にアメリカ議会の上下両院合同会議で演説、その中で「安全保障法制」と「TPP(環太平洋連携協定)」を強調したようだ。日本をアメリカの軍事戦略(侵略)に組み込み、主権を放棄してアメリカの巨大資本が支配する国へ作り替えるという宣言にほかならない。 このTPPは巨大企業を政府、議会、司法の上に置くという協定。アメリカ大統領だったフランクリン・ルーズベルトは1938年4月29日、ファシズムについて次のように定義している。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」 この定義にしたがうと、巨大企業が政府や議会を支配するシステムはファシズム。つまりTPPは環太平洋をファシズム化する協定であり、民主主義への死刑宣告だ。だからこそ推進派は交渉の内容を秘密にしている。そこで、アメリカ議会にもTPPに反対する議員がいる。その代表格がシェロード・ブラウン上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員。 両議員によると、アメリカ政府が設置しているTPPに関する28の諮問委員会には566名の委員がいるが、そのうち480名、つまり85%が大手企業の重役か業界のロビイスト。交渉をしているのは大手企業の「元重役」。 こうした連中が導入しようとしているISDS条項は、巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会に作らせないことを目的にしている。そうした法律や規制が作られたなら、企業は賠償を請求できるというのだ。つまり、健康、労働、環境など人びとの健康や生活を守ることが困難になる。 当然、巨大資本はTPPの導入を実現しようと必死で、議会にこの協定を認めるように書簡を出した。その中には不適切な取り引きで世界経済にダメージを与え、その損害を庶民に押しつけ、不正行為を働いたにも関わらず罪に問われなかった企業幹部も書簡に署名している。それだけでもTPPの正体がわかる。 不正な取り引きで大儲けし、経済を揺るがし、庶民を貧困化させた巨大資本を救済するのは「大きすぎて潰せない」からだと言う人がいる。この点をウォーレン上院議員は上院銀行委員会でFRBのベン・バーナンキ議長に質問した。それに対し、同議長は大手金融機関を閉鎖することは可能だと答えている。つまり、「潰せない」のではなく、「潰したくない」のである。理由は言うまでもなく、自分たちの懐に影響があるからだ。「大きすぎて処罰できない」という「理屈」も同じこと。アメリカは腐りきっている。その腐りきったアメリカの巨大資本を「オリガルヒ」にするのがTPPだ。 ところで、安倍首相がアメリカ議会で演説する直前、4月27日に外務大臣の岸田文雄と防衛大臣の中谷元はニューヨークでアメリカのジョン・ケリー国務長官やアシュトン・カーター国防長官と会談、新しい「日米防衛協力指針(ガイドライン)」を発表したが、安倍首相が行う演説の露払いをしたつもりだろう。その演説で首相は太平洋からインド洋にかけての海を「自由で、法の支配が貫徹する平和の海」にすると語っているようだが、そうなると、アフリカ大陸の東岸までが守備範囲だということになる。 しかし、中国のエネルギー輸送を断つ目的で軍艦を中東の近くまで派遣することもあるだろうが、アメリカは日本を対中国戦で使う可能性が高い。米中の経済的な結びつき云々という話もあるが、その経済でアメリカは破綻状態。このまま進めば経済力でアメリカの劣勢は明確になり、「唯一の超大国」は妄想で終わってしまう。 ロシアと中国の関係が緊密化、ドルを発行して物を買い、石油取引を利用してドルを回収するというペトロダラーの仕組みも揺らいでいる。すでにロシアはドル決済を止めているようで、その影響は広がりつつある。中国を中心に設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)へアメリカの「同盟国」も参加しているのは、こうした事情があるからだ。 かつて、イギリスは中国(清)との貿易で大幅な赤字になった際、アヘンを売りつけ、利権を手に入れるために戦争を仕掛けた。いわゆるアヘン戦争だが、同じように、アメリカの好戦派は戦争で解決しようとしている。 アメリカ陸軍参謀長の顧問だったフリッツ・クレーマー、あるいは国防総省のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めてきたアンドリュー・マーシャルはソ連や中国を敵視、核戦争を目論んできたが、このふたりはネオコン/シオニストと緊密な関係を築いてきた。クレーマーは2003年に死亡しているが、その影響は残っている。 マーシャルの戦略をベースにして、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドといったネオコンは1992年にDPG(国防計画指針)の草稿を作成したが、これはアメリカを「唯一の超大国」と位置づけた世界制覇プラン。その前年、ウォルフォウィッツはシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたとウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は語っている。 1929年にクレーマーとドイツで知り合いになったというピーター・ドラッカーによると、クレーマーは国内問題より外交を重視、経済を軽視して軍事力に頼る考え方をしていた。マーシャルも同じ。その結果、現在のアメリカは経済が崩壊状態で、軍事的に世界を支配しようとしているのだが、それだけの軍隊を支える力はない。 そこで、サウジアラビアなどの国々に資金を出させ、傭兵を雇って侵略を繰り返している。その傭兵とは、言うまでもなく、アル・カイダ系の武装集団やネオ・ナチ。ロビン・クック元英外相も指摘しているように、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル、データベースがアル・カイダである。IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)もアル・カイダから生まれた武装集団だ。ウクライナではこの2系統の戦闘員が合流している可能性が高い。
2015.05.06
アメリカのテキサス州で開催されていたイベントの会場近くで5月3日にふたりが殺された。イベントの主催者は反イスラムの立場から戦争熱を煽る活動を続けている「米国の自由防衛構想(AFDI)」。預言者ムハンマドの「風刺画」のコンテストを行い、優勝作品には1万ドルを提供することになっていた。要するに、イスラム教徒を挑発、自分たちを憎悪させることが目的で、イスラム教徒を攻撃しているオランダの自由党党首が基調講演する予定だったという。1週間以上前から「ISISの信奉者」がイベントを襲うように呼びかけていたと伝えられたようで、当然、警備は強化されていただろう。 殺されたのは襲撃犯とされるエルトン・シンプソンとナディル・スーフィ。ふたりはルームメートで、シンプソンは遅くとも2007年の段階でFBIが監視対象にした人物だと伝えられている。その監視下、AFDIのイベントを襲ったことになる。 この「攻撃」に関し、ISIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)が自分たちの関与を認めたというが、「司法監視」という団体は先月、メキシコへ入り込んだISISの戦闘員が自動車を使った攻撃を計画していると主張、アメリカ政府から否定されるということもあった。 テキサスはジョン・F・ケネディが暗殺されたダラスがあり、ジョージ・W・ブッシュの地盤でもある。ジョージ・W・ブッシュの父親は大学時代にCIAからリクルートされているが、表の顔は石油業界の実業家。そのテキサスで現在、石油産業が揺らいでいる。石油相場の下落でシェール・ガスやシェール・オイルに関連した企業の経営が立ち行かなくなっているようなのだ。 アメリカでは、捜査機関や情報機関の関係者、あるいは監視下にある人物が「テロ」に関係するケースがある。2001年9月11日の出来事もそうで、イスラエルの情報機関も登場した。2012年にはオハイオ州を流れるカイヤホガ川に架かる橋を爆破しようとしたとして5名が逮捕されたが、この容疑者はFBIの囮捜査官が提供した偽物の爆弾を橋に仕掛けたのだという。 2013年にはボストン・マラソンのゴール付近で爆破事件があり、3名が死亡、百数十名が負傷した。爆破の直前、爆破を想定した訓練があるというアナウンスが流れ、周辺には大きなリュックを背負った複数の人物がいた。そうした中、なぜかタメルラン・ツァルナエフとジョハル・ツァルナエフの兄弟を容疑者だとして追い始める。兄のタメルツランは射殺され、弟のジョハルは重傷を負った状態で拘束されたが、タメルツランは逮捕された際、歩いていたともされている。 ふたりの母親は冤罪を訴え、FBIは3年から5年の間、息子たちを監視下におき、彼女にもしばしば接触し、「過激派のウェブサイト」を息子が利用していると警告していたと主張している。 しかも、兄弟のおじ、ルスラン・ツァルナエフは1992年から2年間、CIAとの関係が指摘されているUSAIDの「顧問」としてカザフスタンで働いているという。そのルスランが結婚したサマンサ・フラーの父親はグラハム・フラーというCIAの幹部だった人物。 タメルランは2012年の1月から7月にかけてロシアに滞在、ワークショップ/セミナーに参加しているのだが、主催したコーカサス基金はジェームズタウン基金というワシントンDCを拠点とする団体と協力関係にある。ジェームズタウン基金は1984年に創設されたのだが、その際にウィリアム・ケーシーCIA長官が支援、2010年からズビグネフ・ブレジンスキーも理事として名を連ねている。 アメリカの外でも不可解な事件が起こっている。2005年にはロンドンの地下鉄で爆破事件があり、その際、事件とは無関係なブラジル人のジェン・シャリス・ジ・メネジスを追跡していた警官が射殺した。至近距離から11発、あるいは12発の弾丸が撃ち込まれたと言われている。また、実行犯として逮捕された4名も無関係だとする説が存在する。 2011年にノルウェー政府はリビア空爆に参加している部隊を8月までに引き揚げると発表するが、そうした中、7月に与党労働党の青年部が企画したサマーキャンプが襲撃されて69名が殺されている。オスロで殺された人を含めると合計77名になる。公式にはアンネシュ・ブレイビクの単独犯行だとされているが、複数の目撃者が別の銃撃者がいたと証言している。 2012年にはフランスのトゥールーズでユダヤ人学校が襲われた。この事件で犯人とされているモハメド・メラはアル・カイダとの関係が指摘されているのだが、その一方でフランスの情報機関DGSEや治安機関DCRIの協力者だという情報も流れている。 今年1月にフランスの週刊紙、シャルリー・エブドの編集部が襲撃された事件にも少なからぬ謎、疑問点がある。例えば、容疑者の特定は素早すぎないか、プロフェッショナル的な技術をどのようにして身につけ、襲撃に使った装備をどこで調達したのか、射殺される際の稚拙な行動と整合性がないのではないか、スキー帽で顔を隠している人間が身分証明書を自動車に置き忘れているのは「9/11」のときと同じように不自然ではないのか、襲撃しながら自分たちがイエメンのアル・カイダだと叫んでいるのもおかしくないか、襲撃の後、どのように非常線を突破したのか、事件の捜査を担当した警察署長のエルリク・フレドゥが執務室で拳銃自殺したのはなぜなのか、クリバリがニコラ・サルコジを面談できたのはなぜか・・・。襲撃者と射殺されたふたりは別人ではないかと疑う人もいる。 この事件では、歩道に横たわる警察官の頭部を襲撃犯のひとりが自動小銃のAK-47で撃ったことになっているが、その場面を撮影した映像によると、ドラマの一場面のように頭部は無傷のように見える。つまり、血が吹き出すことはなく、骨や脳が周辺に飛び散ってもいない。この時に生じた頭部の傷が原因で死亡したとするなら、歩道はすぐ血の海になっていただろう。 パリの東部にあるイベルカシェル(ユダヤ教徒向けのスーパーマーケット・チェーン)の店舗で射殺された人物は、その時の様子を撮影した映像を見ると、手錠をかけられているのか、手の自由を奪われているように感じられる。武器を持っているように見えない。 そもそも、ISやアル・カイダはアメリカ、サウジアラビア、イスラエルの三国同盟が作り上げた武装集団、あるいは戦闘員のデータベース。1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックもCIAの訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルが「アル・カイダ」だと指摘している。アル・カイダとはアラビア語で「基地(ベース)」や「データベース」を意味している。三国同盟とIS/アル・カイダの関係は本ブログで何度も書いてきた。テキサスの事件も疑問点が多い。
2015.05.05
第2次世界大戦が終わって70年になる。ドイツ軍は1945年4月28日にイタリアで、5月7日には西ヨーロッパで、そして5月8日にソ連にそれぞれ降伏、残された日本も9月2日に降伏文書へ調印している。日本で「終戦記念日」、あるいは「終戦の日」と呼ばれている8月15日は昭和天皇の声明がラジオで放送された日だ。 8月15日に天皇は国民に対し、日本の降伏を公表したとする人も少なくないが、降伏を公表したどころか、「負けたとも降服したとも言わぬ」不審なもので、日本に協力させられた国々に対しては、「遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス、という、この嫌みな二重否定、それきり」で、「その薄情さ加減、エゴイズム、それが若い私の軀にこたえた」(堀田善衛著『上海にて』)という代物だった。 5月9日にロシアがモスクワで「戦勝70周年」の記念行事を予定しているのは、そうした事情があるからで、ウクライナの東部でも毎年、勝利を祝ってきた。昨年、キエフ政権はその日にドネツク州マリウポリ市に戦車などを入れて市内を破壊、非武装の住民を殺傷している。アメリカ政府の圧力もあり、モスクワで開かれる今年の式典に西側のリーダーたちは出席しないようだが、これもキエフ軍の軍事侵攻と根は一緒だ。 現在、キエフ政権は西側の巨大資本と結びついた「オリガルヒ」とアメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)が支えている。昨年2月にネオ・ナチを中心とするグループが暴力的に、憲法を無視して合法的に選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領を追放したが、そのクーデター後、治安と軍事はネオ・ナチが押さえた。 クーデターの際、キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)では狙撃で抗議活動の参加者と警官、双方に死傷者が出たが、そんお狙撃を指揮していたとされているのがネオ・ナチを率いているひとりのアンドレイ・パルビー。ネオ・ナチ系政党の「右派セクター」を率い、ドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)での停戦を拒否すると公言しているドミトロ・ヤロシュは今年4月4日、ウクライナ軍参謀総長の顧問に就任した。 ドンバスではオリガルヒの資金で設立された私兵集団(親衛隊)が傭兵と同じように活動しているが、その中心的な存在と言われるアゾフはアンドレイ・ビレツキーによって、昨年4月に設立された。ビレツキーもヤロシュと同じように「右派セクター」を率いている。設立資金を出したのは、ウクライナ、イスラエル、キプロスの三重国籍を持つシオニストのイゴール・コロモイスキーだ。つまり、ウクライナではネオ・ナチとシオニストが同志。 ネオ・ナチの源流であるナチス、シオニストと結びついているアメリカの巨大資本は第2次世界大戦の前から緊密な関係にある。ニューディール派、つまり巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を拡大しようとしていたグループを率いていたフランクリン・ルーズベルトが1932年の大統領選で勝利すると、JPモルガンをはじめとする巨大資本はルーズベルトを排除し、ファシズム政権を樹立するためのクーデターを計画する。これは海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将の議会証言で暴露された。 アメリカの巨大資本がアドルフ・ヒトラーたちを支援し始めるのはその前からで、その窓口になっていたのがディロン・リードやブラウン・ブラザーズ・ハリマンといった金融機関。 ディロン・リードに出資していたのはロックフェラー家、ドレイパー家、そしてディロン家といった石油産業と結びついた富豪たち。その当時、社長を務めていたジェームズ・フォレスタルはハリー・トルーマン政権の国防長官、副社長のポール・ニッツェは国務省国際通商政策部長、ウィリアム・ドレイパーは陸軍次官、そしてC・ダグラス・ディロンはジョン・F・ケネディ政権の財務長官を務めている。 ブラウン・ブラザーズ・ハリマンは1931年にW・A・ハリマンがブラウン・ブラザーズを買収してできた会社。W・A・ハリマンは1919年に創設されているが、その際に社長を務めたジョージ・ハーバート・ウォーカーの孫がジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュであり、ひ孫がジョージ・ウォーカー・ブッシュ。つまり、第41代アメリカ大統領と第43代アメリカ大統領だ。ハリマン家とブッシュ家の男はエール大学の秘密結社、スカル・アンド・ボーンズに加入していたことでも知られ、ジョージ・ウォーカーの娘婿にあたるプレスコット・ブッシュもW・A・ハリマンの重役だった。 大戦後、アメリカの支配層はナチスの残党や協力者の逃走を助け、保護、さらに雇用している。いわゆるの「ブラッドストーン作戦」だ。また、ナチスの科学者を保護し、自分たちの研究開発に役立てようという「ペーパークリップ作戦」を実行した。日本でも天皇制の維持を図り、軍や治安機関の幹部を守っている。そうした中には生体実験で悪名高い「関東軍防疫給水部本部」、いわゆる「満州第七三一部隊」の幹部も含まれ、この人脈が「薬害エイズ」につながった。 軍需や略奪(ドイツや日本が略奪した財宝の横取り)によってアメリカの支配層は第2二時世界大戦で大儲けしたが、1970年頃になると経済は破綻し、リチャード・ニクソン大統領は1971年にドルと金の交換を停止すると発表した。この決定でブレトン・ウッズ体制は崩壊し、1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行した。 そうした制度でドルを守るために考えられたのがペトロダラーの仕組み。産油国に対して決済をドルにするように求め、集まったドルでアメリカの財務省証券などを購入させ、だぶついたドルを還流させようとしたのだ。このシステムでは、例えば、石油が欲しければドルの発行量を増やし、産油国へ流れたドルを回収するだけのこと。日本や中国が財務省証券を大量に購入してきたのも同じ理由だろう。一種のマルチ商法だ。 その代償としてニクソン政権がサウジアラビアに提示したのは、同国と油田地帯の軍事的な保護、必要とする武器の売却、イスラエルを含む中東諸国からの防衛、そしてサウジアラビアを支配する一族の地位を永久に保障するというもので、この協定は1974年に調印されたという。これと基本的に同じ内容の取り決めを他のOPEC諸国も結んだという。 1975年にサウジアラビア国王が暗殺され、後継者に親米色の濃い人物が選ばれ、この仕組みは強固になった。1978年にサウジアラビアがアメリカへF15戦闘機の供給を求めているが、この時に国王の個人的特使としてアメリカ議会でロビー活動を展開したのがバンダル・ビン・スルタン王子。ロシアのウラジミル・プーチン大統領に対し、シリアから手を引けと脅し、怒らせてしまった人物だ。その当時、総合情報庁長官だった。 ところが、ニクソン・ショック後のアメリカを支えてきたペトロダラーの仕組みがここにきて揺らいでる。すでにロシアはドル決済を基本的に止めたようで、中国も追随、そうした動きはBRICSの残りの国々、つまりブラジル、インド、南アフリカへ波及、さらに広がる可能性がある。中国の提唱で設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)へフランス、ドイツ、イギリスなど西側の国々も参加した大きな理由のひとつは、ドルが基軸通貨としての地位から陥落する可能性があると見ていることにあるだろう。 アメリカの支配層は軍事力でこうした流れを潰そうとしているが、その一方で展開しているのが巨大資本が国を支配する仕組みの確立。環太平洋におけるTPP(環太平洋連携協定)とヨーロッパでのTTIP(環大西洋貿易投資協定)だ。アメリカの巨大資本は各国がアメリカへ預けていた金塊を盗んでいる疑いもある。いずれにしろ、アメリカの支配層は死にものぐるいの戦いを進めているはずだ。
2015.05.04
5月3日は「憲法記念日」だという。憲法は国の根本秩序に関する法規範で、国を動かす立場にある人びとも拘束されることになっていると一般的には信じられているが、そうした解釈を全面否定している法律家集団がアメリカには存在する。アメリカのエリート校として知られるエール大学、シカゴ大学、ハーバード大学の法学部に所属する法律家や学生が1982年に創設した「フェデラリスト・ソサエティー」だ。 ネオコン/シオニストや巨大資本と緊密な関係があり、議会に宣戦布告の権限があるとする憲法はアナクロニズムだと主張、プライバシー権などを制限、拡大してきた市民権を元に戻し、企業に対する政府の規制を緩和させることを目指してきた。この集団はジョージ・W・ブッシュ政権で司法を支配、「愛国者法」を制定して憲法の機能を停止させている。拷問にゴーサインを出したジョン・ユーもフェデラリスト・ソサエティの熱心な活動家。このグループは日本にも大きな影響力があり、安倍晋三政権が憲法を軽視、庶民を守る条項を無視、戦争への道を驀進しているのは必然だ。 日本の現行憲法は1946年11月3日に公布され、その翌年の5月3日に施行された。日本政府全権の重光葵と大本営全権の梅津美治郎が降伏文書に調印したのが1945年9月2日、それから1年余りで憲法は作られたわけだが、その段階で堀田善衛は上海で中国の学生から、「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と「噛みつくような工合に質問」されたという。(堀田善衛著『上海にて』) 自国が侵略され、破壊、殺戮、略奪の犠牲になった人びとだけでなく、連合国の内部には侵略の象徴だった靖国神社を破壊し、最高責任者だった天皇の戦争責任を問うべきだとする人が少なくなかった。そうした連合国の声が日本へ波及する前に「天皇制」を維持する憲法をアメリカの支配層は作ろうとしたわけだ。 アメリカを支配していたのはウォール街に象徴される巨大資本だが、1932年の大統領選挙で当選したフランクリン・ルーズベルトは巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を拡大し、ファシストや植民地支配に反対するという看板を掲げていた。1933年から34年にかけて巨大資本は反ルーズベルトのクーデターを計画している。そのルーズベルトがドイツ降伏の直前、1945年4月に急死、ホワイトハウスを巨大資本が奪い返していた。 その巨大資本を象徴する存在が金融機関のJPモルガンで、1923年の関東大震災から日本に大きな影響力を持っていた。その代理人として送り込まれたのがモルガン財閥総帥の親戚で、日本の皇室にも太いパイプを持っていたジョセフ・グルーだ。1932年から42年まで日本にいて、戦後、日本を「右旋回」(戦前回帰)させたジャパン・ロビーの中心的な存在になる。 JPモルガンのようなアメリカの支配勢力にとって、日本のエリートは戦前から傀儡。アングロ・サクソンをひとつと見れば、幕末から日本は彼らの影響下にあった。JPモルガンと最も親しかったと言われているのが井上準之助で、1920年に対中国借款の交渉を担当したことが切っ掛けだったという。1929年に誕生した浜口雄幸内閣では大蔵大臣を務めている。アメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の団琢磨もアメリカの支配層と太いパイプを持っていた。 大戦後、「日本の民主化」という体裁を整える必要はあったが、アメリカ支配層は水面下で天皇制の維持を図っていた。そして、短期間のうちに作られたのが日本国憲法だ。アメリカに押しつけてもらったおかげで戦前の体制は生き残ったとも言える。 戦前の思想弾圧は思想検察や特高警察が中心で、特高を指揮していたのは内務省の警保局長。その警保局長のひとりとして「横浜事件」をでっち上げた町村金五は戦後、衆院議員や参議院議員、北海道知事を務め、その息子である町村信孝は文部大臣、外務大臣、官房長官に就任している。町村金五の上司、内務次官だった唐沢俊樹は戦後、法務大臣に選ばれた。特高官僚だった高村坂彦は戦後、総理府審議室主任、内務省調査部長、調査局長を歴任、その息子は高村正彦だ。 戦後、国会議員になった人物には、元内務次官の灘尾弘吉、大達茂雄、館哲二、湯沢三千男、元警保局長の古井喜実、大村清一、岡田忠彦、後藤文夫、鹿児島県特高課長だった奥野誠亮、警保局保安課事務官だった原文兵衛が含まれる。奥村信亮は奥野誠亮の息子であり、警視庁特高部長を経て警保局長も務めた安倍源基の息子、基雄も衆議院議員を経験した。裁判官や新聞社の人間も戦争責任は事実上、問われないまま現在に至っている。 こうした状況の中、作られたのが天皇制を維持させた現行憲法だが、昭和天皇はそれでも不満を口にしている。憲法が施行された直後、天皇はダグラス・マッカーサーに対して憲法第9条への不安を口にしたという。(豊下楢彦著『昭和天皇・マッカーサー会見』岩波現代文庫、2008年) 1945年9月には、アメリカによる沖縄の軍事占領が「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージを天皇は出している。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年) そして、1950年4月に池田勇人がアメリカ政府に伝えたメッセージにつながる。そこには、アメリカ軍を駐留させるために「日本側からそれをオファするような持ち出し方を研究」してもかまわないという内容が含まれていた。このメッセージは吉田茂からのものでなく、実際は昭和天皇からのものだった可能性が高い。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年) 現在の憲法には「民主化」と「天皇制」という相反する側面がある。安倍晋三政権はその民主化という要素を捨て去ろうとしているのだが、そうした「改憲」の動きに現在の天皇夫妻が抵抗しているのは皮肉だ。
2015.05.03
昨年5月2日、ウクライナ南部、黒海に面した港湾都市のオデッサで住民がネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)のグループに虐殺された。大量殺戮の舞台になったのは労働組合会館。その中で50名弱が殺されたと伝えられているが、これは地上階で発見された死体の数で、それを上回る数の人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名だと住民は語っている。 オデッサはドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)と同じように、2月23日に憲法の規定を無視したプロセスで追放されたビクトル・ヤヌコビッチ大統領の地盤だった地域。このクーデターで主軸だったネオ・ナチはオデッサを制圧するだけでなく、ヤヌコビッチを支持していた人びとを恐怖で沈黙させようとしたのだろう。 ヤヌコビッチの地盤はロシア語を話す住民が多い地域と重なり、その中にはクリミアも含まれている。ここは黒海に突き出た半島で、セバストポリは黒海艦隊の拠点。そこでソ連消滅後、1997年にロシアはウクライナと条約を結び、基地の使用と2万5000名までの駐留がロシア軍に認められた。この条約は1999年に発効、その当時から1万6000名のロシア軍が実際に駐留してきたのだが、クーデター後、西側の政府やメディアはこのロシア軍を「侵攻部隊」だと宣伝する。 キエフのクーデターを指揮していたのはアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補とジェオフリー・パイアット駐ウクライナ大使、つまりネオコン/シオニストだが、このグループはクーデターを成功させた時点でクリミアも制圧したつもりになっていた可能性がある。 しかし、キエフでネオ・ナチたちがクーデター政権で重要な役割を演じていることを懸念したクリミアの住民は自衛のため、ロシアの構成主体になろうとする。そこで3月16日に住民投票が実施され、95%以上が加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えているので、棄権した人も含めても、全住民の4分の3以上が賛成したということになる。 クリミアは国外からの監視団も受け入れ、日米に比べれば遥かに公正なものだったようだが、その投票結果を認めるわけにはいかない西側の支配層は投票に不正があったと宣伝していた。ネオ・ナチが暴力的に憲法の規定を無視して実権を握ったキエフの暫定政権を正当だとする一方、クリミアの「民意」は認めないというわけだ。 クリミアと同じようにヤヌコビッチの地盤だったドンバスでも同じような動きが出てきて、5月11日に住民投票が予定された。当初、住民側は自治権の拡大を目指していたようだが、オデッサの虐殺は恐怖による屈服ではなく、強い反発を呼び起こして独立への意思を強めさせることになった。 アメリカ政府が暴力的にヤヌコビッチの地盤、つまり反クーデター派を制圧すると決めたのはクリミアがウクライナから離脱したことを受けてのことだろう。まず、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、その2日後にキエフ政権のアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行が制圧作戦を承認、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作が話し合われている。 この会議に出席したのはトゥルチノフ大統領代行のほか、アルセン・アバコフ内相代行、バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、アンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行、そしてオブザーバーとしてドニエプロペトロフスクの知事で三重国籍のシオニスト、イゴール・コロモイスキーも参加していた。コロモイスキーはウクライナのほか、イスラエルとキプロスの国籍を持っている。ビジネス活動の拠点はスイスだ。オデッサの虐殺は会議の10日後だった。 ウクライナ東/南部の制圧/民族浄化作戦を作成したのはアメリカ軍系シンクタンク、RANDコーポレーションだと推測されている。シンクタンク側は否定しているが、そうしたことを示す文書が見つかったのだ。 その文書によると、まず対象地域に住む人びとを「テロリスト」、あるいはその「シンパサイザー」だと考えて地域を軍隊で包囲して兵糧攻めにし、放送、電話、通信手段を断つ。ついで地上軍と航空機を組み合わせて戦略的に重要な施設を攻撃する「掃討作戦」が予定され、目的を達成した後で電力や通信を復活させることになっていた。避難した住民が帰還する際には、分離独立に賛成しているかどうかをチック、またこの間、外国のメディアを排除して作戦の実態を知られないようにするともしている。 オデッサの虐殺から1週間後、5月9日にはキエフ軍の戦車がドネツク州マリウポリ市に突入、住民が殺された。9日はソ連がナチスに勝ったことを記念する戦勝記念日。街頭に出て祝っていた住民を攻撃したわけである。6月2日にはデレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りするが、そのタイミングでキエフ軍はルガンスクで住宅街を空爆、建物を破壊し、住民を殺し始めた。アメリカ/NATOを後ろ盾にしたキエフ軍/ネオ・ナチによる民族浄化作戦の始まりだ。 こうした軍事行動と並行してキエフではジャーナリストや政治家に対する脅しが強化されていく。9月10日には地域党のエレーナ・ボンダレンコ議員は、政府が直接、野党政治家を暴行で脅し、言論の自由を奪い、野党の指導者やその子供に対する犯罪を黙認していると批判する文書をフェイスブックに書き込んでいるが、今年に入って現キエフ政権に批判的なジャーナリストや政治家の殺害や変死が相次いでいる。 例えば、1月26日に地域党を支持していたニコライ・セルギエンコが猟銃で「自殺」、29日には地域党の支持者だったアレクセイ・コレスニクが首をつって「自殺」、2月24日には地域党の国会議員だったスタニスラフ・メルニクが猟銃で「自殺」、25日に地域党の活動家でメリトポリ市の市長だったセルゲイ・バルテルが首をつって死亡、26日にバルテルの弁護士だったアレキサンドル・ボルデュガが車庫で死体となって発見され、地域党の国会議員だったオレクサンドル・ペクルシェンコが路上で銃撃されて負った傷が原因で死亡(公式発表は「自殺」)、28日には地域党の国会議員だったミハイル・チェチェトフがアパートの17階から落下して死亡、3月14日には地域党を支持していた検察官のセルゲイ・メルニチュクがアパートの9階から落下して死亡、4月13日にはキエフ政権に批判的だったジャーナリストのセルゲイ・スコボクが殺され、15日には地域党の幹部だったオレグ・カラシニコフが銃で受けた傷が原因で死亡、16日にはキエフ政権に批判的だったオレス・ブジナが自宅の近くで射殺されている。 クーデター直後からアメリカ政府がロシアのメディアを批判、キエフ政権はロシアのジャーナリストの入国を阻止、あるいは拘束したり追放してきたが、言論統制はさらに強化され、キエフ政権に批判的なブログを書いていたふたりがSBU(治安当局)に連行されて行方がわからなくなったほか、インターネット上にあった3万以上のサイトが閉鎖されたという。特定の新聞を販売店から回収するということも行っている。 今年2月11日、ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの首脳がベラルーシのミンスクに集まって停戦について話し合い、キエフ軍とドネツクやルガンスク(ドンバス/ナバロシエ)の部隊は同月15日から停戦することで合意しているが、アメリカ/NATOとネオ・ナチは拒否した。戦車を含む兵器が送り込まれ、訓練を名目にして空挺部隊を派遣、情報統制を強化するなど新たな戦争の準備をしている。 しかも、キエフ政権は4月4日、ネオ・ナチを率いているドミトロ・ヤロシュをウクライナ軍参謀総長の顧問に就任させた。やはりネオ・ナチを率いているひとりで、昨年2月のクーデターでは広場での狙撃を指揮していたとされるアンドレイ・パルビーは国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長を経て、議会の第1副議長を務めている。 こうした侵略行為を繰り返してきたアメリカ/NATOへ日本も組み込もうとしているのが安倍晋三政権。日本を「押し込み強盗」の仲間に引き入れようとしている。ウクライナで行われていることは日本と密接な関係があるのだが、そのウクライナにおけるアメリカ/NATOの侵略行為を批判できない政治家、記者、編集者、活動家といった人びとが安倍政権の暴走を止められるとは思えない。
2015.05.02
4月12日、メリーランド州ボルチモアで、25歳になるアフリカ系アメリカ人が飛び出しナイフを持っていたとして警察官に逮捕された。その直後、若者は昏睡状態になり、19日に死亡したのだが、逮捕時に棍棒で殴られるなど不必要な暴力を使われた疑いが持たれている。ボルチモアでは、しばしば警官がアフリカ系市民に暴行を加えているようだ。 21日には数百人がボルチモアで抗議、その後、全米から1万人程度が現地に集まって平和的に抗議したのだが、そのうち100名程度が暴れ回り、35名が逮捕された。こうした暴力的な行為に走った人にメディアは焦点を当て、バラク・オバマ大統領はそうした人びとを「犯罪者で悪党」だと表現して批判、知長は州兵を投入して緊張は高まった。 こうしたアメリカ大統領やメリーランド州知事などの反応を冷ややかに見ている人も少なくない。2013年11月21日、キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で始まった反政府行動は次第に暴力的になり、ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)が前面に出てきたのだが、そのときにアメリカ政府は暴力を容認していたからだ。 年明け後の2月18日頃からネオ・ナチのグループはチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始めるのだが、オバマ大統領はウクライナ政府に対し、警官隊を引き揚げさせるべきだと要求している。 この段階では平和的な解決への道を探っていたEUの働きかけもあり、2月21日にビクトル・ヤヌコビッチ大統領と反大統領派が平和協定に調印したのだが、ネオコン/シオニストはそうした流れを嫌う。 2月4日に流されたビクトリア・ヌランド米国務次官補とジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使との「次期政権」の閣僚人事に関する電話会談の音声を聞くと、EUの遣り方を生ぬるいとヌランドが怒っていることがわかる。そして、「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」という発言につながった。 平和協定調印の翌日、広場周辺のビル屋上から狙撃があり、多くの死者が出始める。こうした状況の中、25日にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相は状況を調査し、その内容を26日にEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者/イギリス人)へ電話で報告している。 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」そして「新連合はもはや信用できない。」と主張したのだが、アシュトンは「議会を機能させなければならない」と応じた。「もし議会が機能しないなら、完全なカオスになる」ので、その事実を隠してクーデターを成功させろということだろう。 結局、ヌランドやアシュトンの思惑通り、ウクライナではクーデターが成功し、オデッサでの虐殺やドンバス(ドネツクやルガンスク/ナバロシエ)での民族浄化作戦という流れになる。 ボルチモアの状況に外国が関与しているとは思えないが、抗議活動を放置しておくと体制を揺るがしかねないとアメリカの支配層は考えているという見方もあるのだが、州兵を投入するような状況を警察は作っていたという情報もある。 昨年8月9日にはミズーリ州ファーガソンで18歳になる丸腰のアフリカ系男性を警官が射殺、その時には海兵隊のような装備で警官隊を出動させ、装甲車やヘリコプターも投入された。その際、取材していたワシントン・ポスト紙とハッフィントン・ポスト紙の記者が逮捕され、撮影の準備をしていたアル・ジャジーラの取材班は催涙ガスを投げつけられている。アメリカでは暴動鎮圧の準備が進められているのだが、鎮圧作戦の予行演習を行っている可能性も否定できない。
2015.05.01
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