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東電福島第一原発が「過酷事故」を起こしたのは2011年。その40年後、つまり2051年までに廃炉させることは、飛躍的な技術の進歩がない限り、不可能かもしれないと同発電所の小野明所長は認めたという。イギリスのタイムズ紙は200年という数字を出しているが、数百年はかかるだろうと推測する人は少なくない。勿論、その間に新たな大地震、台風などによって原発が破壊されてより深刻な事態になることも考えられる。これが世界的な見方だが、日本では多くの人が事故のことを忘れているようにしか見えない。 事故を起こしたこの原発は今でも大量の放射性物質を環境中に放出している。現在、その大半は汚染水として海へ流れているのだろうが、その汚染水対策を担当しているのが昨年4月に設置された「福島第一廃炉推進カンパニー」で、廃炉も担当している。その最高責任者は増田尚宏元福島第二原発所長。小野所長も副責任者として参加している。 全世界につながっている海を汚染するということは、全世界に影響が及ぶことを意味しているわけで、福島第一原発の状況に関し、国際的には厳しい見方が強まっている。今でも環境を汚染し続け、すでに福島では健康への影響が出始めている可能性が高く、太平洋の対岸、アメリカの西海岸でも汚染の兆候が出ていると考えているからだ。 そうした目もあり、放射能レベルに関する全てのデータを公表すると東電は発表したようだが、事故直後から事故の当事者、つまり政府や東電は情報を隠し、嘘をつき続け、そうした情報操作をマスコミは受け入れ、その一方で事実に迫ろうとする人びとは攻撃されてきた。特定秘密保護法も情報を隠蔽する武器になるだろう。 廃炉作業を勧める上で最大の問題は溶融した燃料がどこに、どのような状態で存在しているかを特定することにあるだろうが、わかったとしても、それを取り出して処分する方法はないようだ。燃料以外にも処分しなければならない放射性廃棄物は膨大。溶融した燃料は瓦礫を飲み込みながら下へ向かい、地中に入っている可能性もある。それを地下水が「冷却」、汚染された水が海へ流れているとなると手の打ちようがない。地下水を止めると別の問題が出てくる。 事故直後から官僚や東電は汚染水を環境から隔離しようとしていない。さまざまなアイデアが出されたときも反応は鈍かった。事故の前から汚染水は海へ流すと決めていたのだろう。事前に行ったシミュレーションで流すしかないという結論が出ていたのかもしれない。 既に放出された放射性物質の総量も疑問を持つ人は少なくない。チェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表されているが、その算出の前提条件に問題があるというのだ。 格納容器も破損しているので、放射性物質はダイレクトに環境中へ放出されているはずだが、そうした想定はせず、圧力抑制室(トーラス)の水で99%の放射性物質が除去されることになっている。 しかし、今回は水が沸騰していたとみられ、ほとんどの放射性物質が環境中に漏れ出たと考えるべき状況。トーラスへの爆発的な噴出で水が存在していても吹き飛ばされ、除去できないとする指摘もある。 いずれにしろ圧力容器内の放射性物質がストレートに外部へ出た可能性が高いと言うことであり、原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2〜5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) 福島第一原発の事故では別の問題も注目された。日本はアメリカ支配層の一部勢力から支援を受け、1980年代から2011年3月11日までに70トンのプルトニウムを蓄積していたとジャーナリストのジョセフ・トレントは主張、平和的宇宙探査計画を高性能核兵器運搬手段を開発するための隠れ蓑にしたという。実際、佐藤栄作首相は核兵器の開発に乗り出していたことが判明している。そうした事実をIAEAは見て見ぬ振りをしてきたという。IAEAはアメリカの傀儡機関であり、ありえる話だ。 事故を引き起こしたのは地震だが、その地震が起こる3日前、つまり2011年3月8日付けのインディペンデント紙は石原慎太郎のインタビュー記事を掲載した。その中で石原は外交力を核兵器と結びつけている。核兵器で威圧することが外交だというのだ。要するにアメリカの猿まね。 アメリカの情報機関で分析官を務めた人物も日本は核兵器の開発をしていると語っていた。そのため、CIAは日本の政府機関にバックドア付きのコンピュータ・システムを買わせ、プルトニウムの動きを監視している可能性が高いと語っていた。トレントの記事と矛盾しない。福島第一原発と核兵器の開発を結びつけて考える人も世界的に存在、この面に関する情報の公開もする必要がある。
2015.03.31
TPP(環太平洋連携協定)とは巨大資本が国を支配する仕組みにほかならず、既に形骸化している民主主義の息の根を止めることになる。そのカギを握っているのがISDS(国家投資家紛争処理)条項。TPPでは「自由や企業活動」を実現するためだとして参加国の政府、議会、裁判所の手足を縛る。つまり三権の機能を停止、巨大資本にとって都合良く社会を作り替えることができるようになる。そうした懸念を再確認させる資料をWikiLeaksが3月25日に公表した。 日本のマスコミはAIIB(アジアインフラ投資銀行)の透明性を話題にするが、TPPの透明性はゼロ。巨大企業が送り込んだ約600名のアドバイサーの意見を聞きながらアメリカ政府が内容をまとめているようだが、その内容は「外部」、つまり巨大企業の経営者以外には秘密。 アドバイサーを送り込んでいる企業には、遺伝子組み換え作物で悪名高いモンサント、庶民の住む社会から富を搾り取って金融/投機/博打の世界へ資金を流し込む金融機関、例えばバンク・オブ・アメリカ、巨大石油企業のシェブロンやエクソンモービルなどが含まれているという。 TPPの交渉に参加しているアメリカ政府の担当者には巨大銀行から送り込まれた人物も含まれている。例えば、バンク・オブ・アメリカのステファン・セリグ商務省次官補やシティ・グループのマイケル・フロマン通商代表。セリグはバラク・オバマ政権へ入ることが決まった際、銀行から900万ドル以上をボーナスとして受け取り、フロマンは銀行からホワイトハウスへ移動するときに400万ドル以上を貰っていると報道されている。TPPを巨大資本にとって都合良く作り上げる重要な仕事を前にしてのいわば「支度金」。それだけでもTPPの内容がどうなるかは推測できるが、協議の不透明性をマスコミは批判しないに等しい。 アメリカは基本的に巨大資本が支配してきた国。そうした巨大資本の「総本山」とも言える場所がウォール街だ。1929年に株式相場が大暴落した後、1932年の大統領選でその住人たちはハーバート・フーバーを支援していたが、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選した。その直後に巨大金融機関を中心として反ルーズベルト、親ファシズムのクーデターが計画されたことはアメリカ議会の記録にも残っている。 そうした経験を踏まえ、ルーズベルト大統領はファシズムを1938年に次ぎのように定義している。 「民主的国家そのものより強大なところまで私的権力が成長することを人びとが許容するなら、民主主義の自由は危う」く、「個人、グループ、あるいは私的な権力をコントロールしている何かによって政府が所有されていることがファシズムだ。」 TPPはこうした支配の仕組みを固定化させるものであり、この協定を推進している人びとは親ファシズム派と言える。安倍晋三首相もそうした勢力の一員で、戦争に向かって驀進、沖縄県名護市辺野古での新基地建設を強行しようとしている。 安倍政権が従属している相手のネオコン/シオニストなどの好戦派はロシアや中国を軍事的に脅し、屈服させようとしてきた。中露が脅しに屈しなければ、核戦争になる。そうした脅しや実際の戦争のための新基地建設だろう。 1956年6月にアメリカ下院軍事委員会特別分科委員会のメルビン・プライス委員長が沖縄の基地、軍用地問題に関する勧告を発表、沖縄の基地は制約なき核基地であり、アジア各地の地域的紛争に対処する米極東戦略の拠点であり、日本やフィリピンの親米政権が倒れた場合のよりどころだとしている。 翌年の初頭、アメリカ軍はソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせたとテキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授は主張している。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだと好戦派は見通し、そのタイミングで奇襲攻撃を仕掛けるつもりだったようだ。 1961年に大統領はドワイト・アイゼンハワーからケネディに交代、7月になると軍や情報機関の幹部が新大統領に核攻撃のプランを説明したが、新大統領はこの計画に否定的な反応を示している。つまり、好戦派とケネディ大統領は激しく対立することになる。 1963年11月22日にケネディ大統領はテキサス州ダラスで暗殺されるが、その翌年に核戦争をテーマにした3つの映画が公開されている。スタンリー・キューブリックが監督した「博士の異常な愛情」、ジョン・フランケンハイマー監督の「5月の7日間」、そしてシドニー・ルメット監督の「フェイルセイフ」である。「5月の7日間」では軍の好戦派がクーデターで大統領を排除しようとするのだが、この映画の製作を勧めたのはケネディ大統領自身だった。(Russ Baker著『Family of Secrets』Bloomsbury、2009年) 暗殺の前年の10月、ソ連がキューバへ中距離ミサイルを持ち込んでアメリカとの間で軍事的な緊張が高まっている。この際、カーティス・ルメイなどの好戦派はすぐに空爆してミサイルを破壊すべきだと主張したが、大統領に拒否されている。 この当時、好戦派は偽旗作戦を使ってキューバへ軍事侵攻しようとしていた。この作戦に関する文書の大半は証拠隠滅のために破棄されているが、1962年3月13日付けの機密文書は残った。それによると、まずキューバ軍を装ってアメリカの施設や船舶を攻撃、さらにマイアミなどの都市で「テロ」を実行、ドミニカなどキューバの近隣国でも破壊活動を展開して恐怖を煽り、最終的には旅客機をキューバ近くで自爆させ、キューバ軍に撃墜されたことにして軍事侵攻することになっていた。こうした計画をソ連が知っていた可能性は高いだろう。 その作戦で中心的な役割を果たしたのがライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長だが、この人物は1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めている。プライス勧告が出されたのもこの時期で、「島ぐるみ闘争」が始まる。そうした中、1956年10月25日に琉球政府の比嘉秀平主席が55歳の若さで急死した。 安倍晋三政権が作り上げようとしている仕組みは、巨大資本の都合で各国の庶民に戦争を強いることにもなる。その仕組みの心臓部がTPPのISDS条項であり、沖縄を中国攻撃の出撃基地にするつもりだろうが、そうしたことを目論むアメリカは急速に弱体化している。カネと暴力でアメリカに従ってきた各国の支配層だが、ネオコンの狂気をみてアメリカを見限り始めたようだ。
2015.03.30
日本に続き、アメリカでもプロ野球が開幕するらしい。約半年にわたるリーグ戦を経て秋にはナショナル・リーグとアメリカン・リーグの勝者が対戦、7回戦制で優勝チームを決めることになっている。これは「ワールド・シリーズ」と呼ばれているが、アメリカ国内のイベントに「ワールド」とつけてしまうところにアメリカ人の傲慢さが出ている。「ワールド」の回りが見えていない。 そのアメリカに従属することで自らの特権的な地位を維持しようとしているのが日本のエリート、つまり偏差値秀才の集まり。出題者が求める解答を出す能力はあるが、想定された正解のない問題には答えられない。そこで彼らはアメリカ支配層の命令を「正解」だということにしている。彼らが言うところの「世界」や「国際社会」はアメリカ支配層にほかならない。 そのアメリカ支配層も最近は内部対立が顕在化、バラク・オバマ大統領の周辺もネオコン/シオニストをはじめとする好戦派の暴走を懸念するようになっている。リチャード・ニクソンが言うところの「凶人理論」はアメリカの基本的な戦術だが、ロシアや中国を軍事的に脅すのは正気でないと考える人が増えているということだ。 かつて、ソ連を軍事的に殲滅するという計画はドイツだけでなくアメリカやイギリスも持っていた。例えば、第2次世界大戦の末期、ドイツが降伏した直後、イギリスではウィンストン・チャーチル首相の命令でJPS(合同作戦本部)はソ連を奇襲攻撃する計画を作成している。「アンシンカブル作戦」と名づけられ、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。(Stephen Dorril著『MI6』Fourth Estate、2000年など) アメリカでは1945年4月12日にフランクリン・ルーズベルト大統領が執務室で急死すると政府内では反ファシストから反コミュニストへ方針が転換している。ルーズベルトを引き継いだハリー・トルーマンは上院議員時代、「ドイツが勝ちそうに見えたならロシアを助け、ロシアが勝ちそうならドイツを助け、そうやって可能な限り彼らに殺させよう」と提案した人物。イギリスの参謀本部が「アンシンカブル作戦」に反対しなければ、アメリカはソ連攻撃に参加していた可能性がある。 アメリカの外交部門にはロシア革命の直後からソ連を敵視する勢力が存在した。1917年3月の革命で成立した臨時革命政府の中心は「ブルジョア自由主義者」で、反対勢力からは「イギリスの傀儡」と見なされていた。これを見てドイツは亡命中だったウラジミール・レーニンなどボルシェビキのリーダーを帰国させ、11月の革命につながる。社会主義を掲げたソ連が登場したのだ。 このソ連と手を結ぼうとしたのが「ニューディール派」であり、敵対した勢力は「リガ派」と呼ばれている。このリガ派に属していた外交官にはジョージ・ケナンやジョセフ・グルーが含まれ、その背後にはジョン・フォスター・ダレス、ジェームズ・フォレスタル、ポール・ニッツェたちがいた。日本を戦前の体制へ回帰させたジャパン・ロビーと重なる。 第2次世界大戦の終盤、アメリカは原爆を手にする。好戦派はソ連との戦争で圧勝できると考えたようで、1949年に出された統合参謀本部の研究報告では70個の原爆をソ連へ落とすことになっていた。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年) 1955年にアメリカは2280発の核兵器を保有、テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、1957年初頭にアメリカ軍はソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせている。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだと好戦派は見通していた。1961年に大統領はドワイト・アイゼンハワーからケネディに交代、7月になると軍や情報機関の幹部が新大統領に核攻撃のプランを説明したが、新大統領はこの計画に否定的な反応を示す。 この説明より前、4月15日にキューバを空爆、16日の会議で大統領は侵攻作戦を許可、17日に亡命キューバ人を中心とする部隊がピッグス湾(プラヤ・ギロン)上陸作戦を開始した。黒幕はCIAや軍の好戦派で、最初から侵攻作戦が失敗することは織り込み済みだったと見えられている。亡命キューバ人を救援するという名目でアメリカ軍が直接介入するつもりだったのだろうということだ。ところが、ケネディ大統領はアメリカ軍の直接的な介入を許可しなかった。 アメリカの好戦派は軍事侵攻を正当化するため、偽旗作戦を計画する。キューバ軍を装ってアメリカの都市で「テロ攻撃」を行い、最終的には無線操縦の旅客機をキューバ近くで自爆させてキューバ軍が撃墜したと宣伝、「報復攻撃」するというシナリオになっていた。いわゆる「ノースウッズ作戦」だが、これも大統領に阻止された。 そのケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺されてしまう。その直後、CIAは暗殺の背後にキューバやソ連がいるとする情報を流したが、FBIがこれを偽情報だとリンドン・ジョンソン大統領に知らせ、核戦争は回避された。 好戦派がソ連を先制核攻撃したがった理由のひとつは圧勝できると信じていたから。当時、アメリカのICBMにソ連は中距離ミサイルで対抗するしかなかった。そこでキューバが重要になってくる。ソ連がキューバへミサイルを運び込んだ理由はアメリカの先制核攻撃の計画にあると考えるのが合理的だ。 ソ連が消滅した後、ロシアはアメリカの傀儡だったボリス・エリツィンが大統領として君臨して西側やその手先の略奪に協力した。当然、ロシアの国力は衰え、アメリカに対抗するどころではなくなる。そうした状況を踏まえてキール・リーバーとダリル・プレスが書いた論文がフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載された。その論文はアメリカがロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できると主張している。今でもネオコンはそのように考えているようで、ロシアや中国との核戦争に向かって暴走中だ。 自分たちを世界の支配者だと考えているネオコンはアル・カイダ/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を使ってシリアの体制転覆を目指しているが、さらにイランを攻撃しようとしている。イランと話し合いを進めるバラク・オバマ大統領と対立しているということだ。その話し合いに反対する意見をアメリカのふたつの有力紙、つまりニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙は掲載した。話し合いなどせず、イランを攻撃しろというのだ。 戦意高揚も「言論」なのかもしれないが、アメリカの有力メディアは平和を訴える声を軽視、戦争を正当化するために偽情報を広めてきた。アメリカは嘘の上に築かれた帝国。その嘘を積み重ねてきた有力メディアに所属、その中で安穏に暮らしている記者や編集者の「御託宣」を有り難がるのは滑稽だ。
2015.03.29
ウクライナで富豪同士の対立が激しくなっているようだ。3月19日にはイゴール・コロモイスキーが私兵を使い、大手石油関連会社ウクルトランスナフタ、そして同社の親会社であるウクルナフタのオフィスを制圧、書類を廃棄したと伝えられている。何度も書いているように、コロモイスキーはウクライナ、イスラエル、キプロスの三重国籍を持つ富豪で、ドニエプロペトロフスクの知事を務めてきた。 今回の襲撃を受け、ペトロ・ポロシェンコ大統領に知事の職を解かれたが、こうしたことはアメリカ政府が許可しなければできないはず。パイアット大使がコロモイスキーの行為を非難したとも言われているので、アメリカのバラク・オバマ大統領はこの富豪を押さえ込もうと決断したようだ。こうした展開はコロモイスキーも予測していただろうが、それでも処分しなければならない書類があったに違いない。 会社を利用して私腹を肥やしていたことは想像に難くないが、ネオ・ナチを使ってライバルから略奪していたとも言われている。例えば、東部でビジネスを展開、政治的に中立的だったライバルの富豪、リナト・アフメトフの資産を盗んでいるのだ。この話はクーデター直後から伝えられていたが、興味深いことに、ドイツの有力紙がここにきて報道している。ドイツがアメリカと一線を画そうとしているのは間違いなさそうだ。ライバルから略奪する際、ネオ・ナチが心理的な圧力と物理的な暴力を使い、誘拐もしているという。コロモイスキーは犯罪集団のボスと言えそうだが、その犯罪集団とネオコン/シオニストは結びついている。 コロモイスキーはオデッサの虐殺やドネツクとルガンスクでの民族浄化(ロシア語系住民の殺害/追放)で黒幕的な役割を果たしたと言われている。その手先として使われたのは、やはりネオ・ナチ。コロモイスキーが支配する天然ガス会社のブリスマは重役としてジョー・バイデン米副大統領の息子、R・ハンター・バイデンを雇い、アメリカ政府にも人脈を広げている。 このオリガルヒはネオ・ナチを手下として使う一方、ネオコン/シオニストと緊密な関係を維持してきた。本人もイスラエルの国籍を持っている。このコロモイスキーをドニエプロペトロフスク知事に任命したのはアルセニー・ヤツェニュク首相だが、その後ろ盾はネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補。 キエフでは昨年2月23日、憲法の規定を全く無視した形で暴力的にビクトル・ヤヌコビッチ大統領が排除されたが、そのクーデターで黒幕的な役割を果たしていたのがヌランド次官補だった。現場で指揮していたのはジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使だと言われている。 このヌランドとパイアットが「次期政権」の閣僚人事について電話で話し合っている音声が2月4日にYouTubeへアップロードされたが、その中でヌランドが高く評価、入閣させようとしていたのがヤツェニュクだった。「次期政権」への移行を暴力的に行おうとしていたヌランドは話し合いで進めようとしていたEUに腹を立て、会話の中で「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしている。 このヌランドの結婚相手がネオコン/シオニストの大物、ロバート・ケーガン。ネオコンは1992年にDPG(国防計画指針)の草案という形で世界制覇プランを作成、それに基づいてネオコン系シンクタンクのPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)は「米国防の再構築」を書き上げ、2000年に発表している。ロバート・ケーガンも共同執筆者のひとりとして名を連ねていた。 アメリカの支配層は昔からメディアをプロパガンダの道具と認識、1932年の大統領選で当選したフランクリン・ルーズベルトを排除する目的でクーデターを計画した際には新聞を使って新大統領が病気だと宣伝することにしていた。大戦後にはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハムを中心に情報操作プロジェクト、いわゆる「モッキンバード」を実行したが、1980年代に入ると情報管制が強化され、「プロジェクト・デモクラシー」が始まる。 この「プロジェクト・デモクラシー」時代にCIAで心理戦の中心的な存在だった人物がウォルター・レイモンド。ロナルド・レーガン政権ではNSC(国家安全保障会議)のスタッフとして働いているが、その下で情報操作の手法を学んだひとりがケーガン。ウクライナのクーデターは「プロジェクト・デモクラシー」の延長線上にあると言えるだろう。同じことは「アラブの春」でも言える。 1980年代からアメリカの支配層はメディア支配を強め、90年代からは広告会社を使ってプロパガンダを展開するようになった。2003年にアメリカ政府がいくつかの国を従えてイラクを先制攻撃した際、日本を含む西側のメディアは戦争を推進し、戦意を煽るためのプロパガンダ機関以外の何ものでもなくなっていた。そうした状態は強化され、今に続いている。 こうした流れを作り上げた人脈の中枢にレイモンドの愛弟子、ケーガンがいる。そのケーガンの妻がヌランド。そのヌランドに選ばれた傀儡がヤツェニュク首相であり、その首相から知事に任命されたのがコロモイスキー。そのコロモイスキーと対立しているオバマ大統領は、ウクライナ制圧とロシア支配を夢見てきたズビグネフ・ブレジンスキーの教え子。ウクライナで富豪同士の対立が激しくなってもアメリカ支配層の好戦的な姿勢は変化しそうにない。生存を望むなら、EUはアメリカから離れざるをえない。今、アメリカに従おうとしている国があるとするならば、その国は狂っている。
2015.03.28

アメリカがウクライナへ50台ほどの戦車を運び入れているという情報が流れている。この情報が正確なら、キエフ政権へ武器を供給するように求めているアメリカ議会の意向に沿うもの。すでにキエフ側へ西側から武器が渡っていると言われているが、戦車となると意味が違ってくる。 現在、キエフ政権はロシア、ドイツ、フランスとの話し合いで東部/南部で停戦に合意しているのだが、同政権を支えている柱のひとつであるネオ・ナチが反発、ネオ・ナチの後ろ盾であるアメリカ/NATOも平和的な解決を望んでいない。戦車が運び込まれても不思議ではない状況だ。 ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を追放したクーデターの前、昨年2月4日にビクトリア・ヌランド米国務次官補とジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使との電話会談を盗聴した音声がYouTubeへアップロードされた。その中でヌランドは「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしているが、これは話し合いで混乱を解決しようとするEUへの不満から出てきた表現だった。 このとき、ヌランドとパイアットはウクライナの「次期政権」の閣僚人事について話し合っていた。ヌランドが高く評価していたアルセニー・ヤツェニュクがクーデター後、首相に就任している。このクーデターは2013年11月に始まった反政府運動から始まり、翌年の2月に入ると暴力がエスカレートしていく。そうした中、ヌランドとパイアットとの会話が明るみにでたわけだ。 暴力が加速する過程でヌランドとパイアットは反政府運動の拠点になっていたユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクッキーを配るというパフォーマンスを演じ、アメリカ上院のジョン・マケイン議員やジョー・リーバーマン議員など反乱を扇動する動きもあった。 ヌランドの意向通り、2月18日頃からネオ・ナチは暴力をエスカレートさせた。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手に、石や火炎瓶を警官隊に投げつけ、ピストルやライフルを持ち出して街を火と血の海にしたのである。 21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派は平和協定に調印するのだが、翌22日には屋上からの狙撃で多くの死者が出始め、協定は実現しない。この日、議会は憲法の規定を無視してトゥルチノフを大統領代行に任命、アメリカ/NATOのキエフ制圧は成功、矛先はヤヌコビッチの地盤だった東部や南部に向かい、虐殺が始まる。 広場での狙撃が平和協定を破壊する大きな要因になったが、この狙撃が反ヤヌコビッチ派によるものだとうことは、エストニアのウルマス・パエト外相がEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者/イギリス人)へ2月26日に電話で報告している。 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(後の暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」「新連合はもはや信用できない。」 この狙撃を指揮していたのはネオ・ナチを率いるひとり、アンドレイ・パルビーで、少なからぬ狙撃手がグルジアから来ていた可能性が高い。国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長を務めた後、議会の第1副議長に就任している。 キエフのクーデターで東部や南部を支持基盤としていたヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除するのを見て、クリミアの住民は素早く動く。自治共和国最高会議がロシアへの編入を全会一致で議決、3月16日には住民投票が実施された。その投票率は83.1%で、そのうちロシアへの編入に96.7%が賛成している。 住民がキエフのクーデターに反発しただけでなく、駐留していたウクライナ軍の圧倒的多数もクリミア側につき、アメリカ/NATOの思惑は外れる。少数民族のタタール系の住民も多数派はクーデターに賛成しなかった。 このクリミアは戦略的に重要な場所にあり、特にセバストポリはロシア海軍の黒海艦隊が拠点にしている。1991年にソ連は消滅するが、97年にロシアとウクライナとの間で締結され、99年に発効した条約により、基地の使用と2万5000名までの駐留がロシア軍に認められた。その当時から1万6000名のロシア軍が実際に駐留している。 クリミアを「ユーロマイダン化」できればロシア軍を追い出すこともできただろうが、住民の圧倒的多数がロシアを選択。アメリカの好戦派はこの時点で目算がはずれた。西側メディアは駐留ロシア軍を侵略軍だと宣伝、東部や南部でキエフ軍が苦戦するとそこにもロシア軍がいると叫び始めたが、証拠も根拠も示していない。 その東部や南部での民族浄化作戦は4月に始まる。まず、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、その2日後にアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行が制圧作戦を承認したのだ。 次いで4月22日にジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作に関する会議が開かれた。出席したのはアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行、アルセン・アバコフ内相代行、バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、アンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行、そしてオブザーバーとしてドニエプロペトロフスクのイゴール・コロモイスキー知事。会議の10日後、5月2日にオデッサでクーデター政権を拒否する住民が虐殺された。 オデッサで多くの住民が殺されたのは労働組合会館。犠牲者の数を50名弱とメディアは伝えたが、これは上の階で死体が発見された数。多くは地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名と言われている。70〜80名はどこかに埋められた可能性が高い。 コロモイスキーはスイスのジュネーブを生活の拠点にしているイスラエル系オリガルヒで、ウクライナ、イスラエル、そしてキプロスの国籍を持っている。このコロモイスキーが雇っている私兵が3月19日からウクライナの大手石油関連会社ウクルトランスナフタ、そして同社の親会社であるウクルナフタのオフィスを制圧、文書を破棄したという。 ウクルナフタはウクライナ最大の石油企業で、発行済み株式の51%を国が保有、コロモイスキーは42%のみだが、これまでコロモイスキーが傀儡経営者を使って支配してきた。ペトロ・ポロシェンコ大統領はその傀儡経営者を排除、今回の襲撃につながった。 本ブログでは何度も書いてきたが、ポロシェンコ政権はウォール街の支配下にある。例えば、金融大臣はシカゴ生まれでアメリカの外交官だったナタリー・ヤレスコ、経済大臣はリトアニアの投資銀行家だったアイバラス・アブロマビチュス、保健相はグルジアで労働社会保護相を務めたことのあるアレキサンドル・クビタシビリ、そして大統領の顧問にはミヘイル・サーカシビリ元グルジア大統領が就任している。 そうしたポロシェンコが襲撃事件を起こしたコロモイスキーを解任したということは、アメリカ政府が解任を容認した、あるいは求めたということ。パイアット大使がコロモイスキーの行為を非難したとも言われている。自分たちの正体を明らかにするようなことをするのは軽率すぎるということだろう。コロモイスキーはこのまま引き下がるとは考え難く、混乱要因。 ポロシェンコは私兵組織を統合しようとしているようだが、これもアメリカの意図だろう。キエフ軍を立て直し、東部や南部を軍事的に制圧しようとしている可能性が高い。グルジアを経由してチェチェンの反ロシア軍、あるいはIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)の戦闘員を投入することも考えられる。ポロシェンコ大統領は国連軍の派遣を求めているようだが、国連軍の看板を掲げてNATO軍がウクライナ制圧に乗り出すこともありえるだろう。
2015.03.27

イエメンで勢力を伸ばしていたフーシ派に対する攻撃を始めたサウジアラビアは戦闘機を100機、15万名の兵士、さらに海軍の部隊を派遣(国境を越えているかどうか不明)、フーシ派を指揮していた3名の幹部を殺害したという。この攻撃をアメリカも物資や情報の面で支援、IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)への対応とは全く違ってサウジアラビアとアメリカは本気だ。攻撃にはアラブ首長国連邦、バーレーン、カタール、クウェートなどの国も参加したようだ。問題は、シリアのアル・カイダやISと違い、フーシ派が「侵略軍」ではないということ。サウジアラビアが侵略軍であり、地上軍が投入された場合は戦闘が泥沼化、サウジアラビアに戦乱が拡がる可能性もある。緑の部分がフーシ派、グレーがアル・カイダ、ピンクが政府系 それに対し、フーシ派と近い関係にあるイランは軍事侵攻を非難、即時停戦を要求したと伝えられている。そのイランは現在、バラク・オバマ米大統領と核問題をめぐって話し合いを進めている。この話し合いにネオコン/シオニストや戦争ビジネスなど好戦派は反発、軍事侵略で決着をつけるように求めている。サウジアラビアは今後、イランやオバマ政権を揺さぶる行動に出るかもしれない。 フーシ派の攻勢がアメリカやサウジアラビアを慌てさせる事態になった一因は、CIAのイエメンにおける活動内容が漏れたことにあるようだ。イエメンの情報機関とCIAは緊密な関係にあるのだが、治安機関のオフィスが制圧された際に機密文書の一部がフーシ派へ渡ったというのである。これまでイエメンで活動していたアメリカの特殊隊員約100名はすでに避難したともいう。 イエメンではアル・カイダ系の武装集団も活動しているが、その黒幕はアメリカ(ネオコンなど好戦派)、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟にほかならない。こうした関係を示す文書がイランの手に渡ると面倒なことになる、とアメリカやサウジアラビアは思っているだろう。 ところで、今回の軍事侵略を支持するアメリカ政府の声明が物笑いの種になっている。選挙で選ばれた政府に対する軍事行動を非難、自国国境を防衛して合法政権を守るために軍事行動をとることを擁護、武装集団による暴力的な政権奪取は受け入れがたいというのだが、これはウクライナでアメリカ政府が主張したことの逆。 ウクライナでアメリカは手下、つまりネオ・ナチを使って合法政権をクーデターで倒した。戦乱がロシアへ波及することを警戒してロシア軍がウクライナ国境近くに派遣されると、それを侵略行為であるかのごとく非難、さらにクーデター政権を受け入れろと強要しているのがアメリカ政府だ。最近ではアメリカ軍部隊をウクライナへ入れ、本格的に武器を供給しろと議会は要求している。 サウジアラビアはアメリカからクラスター爆弾を含む兵器を大量に買い込んでいるだけでなく、パキスタンの核兵器開発にも協力してきた国。遅くとも1970年代の終盤、つまりアメリカのアフガニスタン工作が本格化した時からイスラエルとも緊密な関係にある。その一端が「イラン・コントラ事件」として発覚した。
2015.03.26
沖縄県名護市辺野古への新基地建設をめぐって政府と県が対立している。日本に駐留しているアメリカ軍は約4万5000人。そのうち半数以上が沖縄にいて、県の面積が日本全体の0.6%にすぎない場所に在日米軍基地の74%が集中、そこへ新しい軍事基地を建設しようというのだから、反対されて当然だ。 守りという視点から考えると、基地を狭い地域に集中させることは得策でない。一気に破壊されてしまうからだが、先制攻撃という視点から考えると違ってくる。爆撃だけならともかく、東アジア、つまり中国や朝鮮半島へ地上部隊を送り込むことを考えると沖縄に基地を置く意味がある。 ネオコン/シオニスト系シンクタンクのPNACが2000年に出した報告書『アメリカ国防の再構築』は東アジアを重視、オスプレイの必要性を強調しているが、その理由は部隊の行動範囲、つまり軍事侵攻できる地域が広がることにあり、中国侵略が視野に入っていると考えるのが自然だ。 本ブログではアメリカの好戦派が第2次世界大戦が終わって間もない段階からソ連に対する先制核攻撃を計画していたことを指摘してきた。テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、1957年には具体的な作戦が動き始め、先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだと好戦派は考えていたという。好戦派の前に立ちはだかっていたジョン・F・ケネディ大統領が暗殺されたのは1963年11月22日だ。 ケネディ大統領と対立していたアメリカの好戦派にはジョン・フォスター・ダレス国務長官(ドワイト・アイゼンハワー時代)とアレン・ダレスCIA長官の兄弟や、キューバに対する偽旗作戦の中心的な存在だったライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長やカーティス・ルメイ空軍参謀総長が含まれている。 ダレス兄弟はウォール街の大物弁護士で、ジョン・フォスターは戦後日本の支配構造を昭和天皇(裕仁)が協議した相手であり、ルメイは大戦の終盤、日本の大都市に焼夷弾を落として住民を皆殺しにする作戦を指揮、広島や長崎へ原爆を投下させた人物。1945年3月から8月の間に彼が殺した日本の民間人は100万人以上だと言われている。 大戦後、1948年から57年にかけてルメイはSAC(戦略空軍総司令部)の司令官を務めているが、このSACが1954年に立てた計画によると、600から750発の核爆弾をソ連に投下、2時間で約6000万人を殺すことになっていた。 その間、1950年6月から53年7月にかけて朝鮮戦争があり、アメリカ空軍は大規模な爆撃で朝鮮の78都市と数千の村を破壊した。この作戦を指揮していたのもルメイ。彼自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。 この戦争が始まる前からアメリカでは中国南部へ軍事侵攻する計画が立てられていた。その中心になっていたのは、破壊工作を目的に設置された極秘機関のOPC。後にCIA内部に計画局が設置される際、その中核になっている。計画局の活動が外部へ漏れた後に作戦局へ名称が変更され、現在はNCS/国家秘密局と呼ばれている。 OPC/CIAはラオスにいた国民党軍を再編成し、1951年4月に約2000名の部隊がCIAの軍事顧問団とともに国境を越えて中国領内に侵入して片馬を占領したものの、人民解放軍の反撃にあって追い返されている。翌年の8月にも国民党軍は中国に侵攻して国境から約100キロメートルほど進んだが、この時も人民解放軍の反撃で失敗に終わった。この作戦でOPC/CIAは、中国の民衆が「毛沢東打倒」に立ち上がると想定していたようだが、そうしたことは起こらなかった。 1953年7月に朝鮮戦争は休戦になるが、その翌年の1月にジョン・フォスター・ダレス国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それをうけてCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。この段階でアメリカ支配層はベトナム戦争へ足を踏み入れている。流れから考え、朝鮮戦争とベトナム戦争は中国の支配を狙ったひとつの戦争だと考えるべきだろう。 こうした中、アメリカは沖縄を軍事基地化していく。朝鮮戦争が勃発する前年、1949年9月、昭和天皇はアメリカによる沖縄の軍事占領が「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージを出していた。(豊下楢彦著、『安保条約の成立』、岩波書店、1996年) 1951年1月末、ジョン・フォスター・ダレスはダグラス・マッカーサーや吉田茂と会った。その3日前にアメリカの使節団は会議を開き、そこで「日本に、我々が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利を獲得」することを確認しているが、その前に天皇はアメリカへ沖縄を差し出していたわけだ。 アメリカ軍は基地化推進のため、1954年7月に人民党中央委員の林義己と畠義基に退島命令を出し、10月には同党の瀬長亀次郎書記長らを逮捕した。それを不当だと抗議した二十数名がさらに逮捕されている。弁護士のいない裁判で瀬長は懲役2年の判決を言い渡された。 1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めた軍人が後の統合参謀本部議長、ライマン・レムニッツァー。好戦派のひとりで、議長時代にはアメリカ軍のキューバ侵攻を目論んで偽旗作戦を計画した。アメリカの諸都市で「偽装テロ」を実行し、最終的には無人の旅客機をキューバの近くで自爆させ、あたかもキューバ軍が撃墜したように演出して軍事侵攻を正当化しようとしたのだ。これが「ノースウッズ作戦」。なお、レムニッツァーが琉球民政長官だった1956年10月、比嘉秀平琉球主席が55歳の若さで急死している。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、アメリカ軍がソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせたのは1957年の初頭。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだとルメイなどの好戦派は推測していた。そうした計画の前に立ちはだかっていたジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月22日。暗殺の直後、CIAはソ連やキューバが黒幕だという情報を流したが、これは嘘だということをFBIがリンドン・ジョンソン新大統領へ伝え、核戦争は回避された。 沖縄問題に日本側の利権や思惑が関係しているだろうが、それはアメリカ側の都合を利用してのものだと考えるべきだ。その「アメリカ」はロシアや中国を武力で脅している好戦派であり、現在はネオコンや戦争ビジネスが核になっている。 アメリカの好戦派は中東/北アフリカでアル・カイダ/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を使い、ウクライナではネオ・ナチを使って軍事制圧をしようとしている。ロシアや中国に対しては軍事力で周囲から圧力を加えつつ、内部に張り巡らせた傀儡勢力を利用して体制を転覆させようとしている可能性が高い。 アメリカの好戦派は武力で脅して屈服させるという手法を使ってきた。ロシアや中国に対しても同じ事をしているが、この両国に脅しは通じない。脅しの通じない相手を脅し続ければ、戦争になる。その相手がロシアや中国なら核戦争を覚悟しなければならず、EUも核戦争の勃発を恐れる事態になっている。辺野古の問題もこうした動きと無縁ではないだろう。
2015.03.25
昨年2月に合法政権がクーデターで倒されて以来、ウクライナは混乱の中にある。戦乱は続き、経済は破綻状態。金融大臣はシカゴ生まれでアメリカの外交官だったナタリー・ヤレスコ、経済大臣はリトアニアの投資銀行家だったアイバラス・アブロマビチュス、保健相はグルジアで労働社会保護相を務めたことのあるアレキサンドル・クビタシビリ、大統領の顧問にはミヘイル・サーカシビリ元グルジア大統領が就任、つまりウォール街の傀儡政権化している。 そうした中、ウクライナの大手石油関連会社ウクルトランスナフタ、そして同社の親会社であるウクルナフタのオフィスをイゴール・コロモイスキーという富豪の私兵が3月19日から制圧、書類を破棄し始めたという。ウクルナフタはウクライナ最大の石油企業で、発行済み株式の51%を国が保有、コロモイスキーは42%のみだが、これまでコロモイスキーが支配してきたという。 今回の襲撃事件はEUへ近づき、戦乱を話し合いで解決する方向へ重心を移動させたペトロ・ポロシェンコ大統領に対し、あくまで武力で民族浄化を推進しようと考えるコロモイスキーが挑戦状をたたきつけたという側面もある。当然、コロモイスキーにはアメリカの好戦派(ネオコンや戦争ビジネスなど)やイスラエルがついている。コロモイスキーはウクライナのほか、キプロスとイスラエルの国籍を持つ人物。憲法を超越した存在だとも言える。 現在、ウクライナの支配構造のトップは「国境なき巨大資本」。その下でウクライナ人による権力抗争が激しくなってきた。クーデターで政府の力が大きく削がれ、武装した富豪が政府を屈服させようとしているわけで、ボリス・エリツィン大統領時代のロシアと同じように「私的権力」が政府を支配しようとしている。 フランクリン・ルーズベルト大統領はファシズムについて、1938年に次ぎのように定義した。 「民主的国家そのものより強大なところまで私的権力が成長することを人びとが許容するなら、民主主義の自由は危う」く、「個人、グループ、あるいは私的な権力をコントロールしている何かによって政府が所有されていることがファシズムだ。」 こうした意味で、エリツィン時代のロシアだけでなく、現在の西側もファシズム体制になっている。ウクライナも同じ道を歩んでいるのだが、その「羅針盤」がフリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンの新自由主義。現在、秘密裏に協議が続けられているTPP(環太平洋パートナーシップ)協定やTTIP(環大西洋貿易投資協定)は、私的権力が民主的国家を支配する仕組みであり、世界のファシズム化をアメリカの巨大資本は目論んでいると言える。 ナチスの場合、ドイツやアメリカの巨大資本が後ろ盾になっていたことは本ブログでも何度か説明した。1932年のアメリカ大統領選挙でウォール街に支持されていたハーバート・フーバーをニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが破った直後、JPモルガンを中心とするウォール街の勢力がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画している。これはスメドレー・バトラー退役少将とジャーナリストのポール・フレンチが議会で証言して明らかになった。ナチスはカルト集団でもあり、そのひとつの象徴が「黒い太陽」。ウクライナのネオ・ナチも使っている。 ウォール街を支配している「メガ・バンク」は投機で破綻しても国に救済されて倒産せず、重役の不正が発覚しても処罰されないが、その理由は彼らが国を支配しているからだということ。 JPモルガンは関東大震災以来、日本も支配している。この巨大金融機関に君臨していたジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻、ジェーン・グルーの親戚だったジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務め、戦後は日本を「右旋回」させた、つまり戦前の体制へ戻したジャパン・ロビーで中心的な役割を果たした。 グルーが親しくしていたグループには、松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていた。 第2次世界大戦後、朝鮮戦争勃発の直前、1950年6月にニューズウィーク誌の東京支局長を務めていたコンプトン・パケナムの自宅で日本の将来についてジョン・フォスター・ダレス(ウォール街の大物弁護士でもあった)を中心に話し合われている。この会合に松平康昌も出席、そのほか大蔵省の渡辺武、国家地方警察企画課長の海原治、外務省の沢田廉三が参加している。
2015.03.24

ウクライナ最大の石油会社の本社が武装集団に制圧された。その集団はイゴール・コロモイスキーという「オリガルヒ」の私兵だとみられ、中で書類を破棄しているようだ。この人物はウクライナ、イスラエル、キプロスの三重国籍を持ち、ドニエプロペトロフスクの知事を務めている。昨年5月2日にネオ・ナチがオデッサで行った住民虐殺、その後の東部や南部における民族浄化作戦で黒幕的な役割を果たした。現場に姿を現したコロモイスキー 襲撃された会社が発行している株式の51%は国が保有、コロモイスキーは42%。したがって経営は政府が主導権を握るはずだが、これまでコロモイスキーが支配してきたという。そうした状態をペトロ・ポロシェンコ大統領は変えて経営権を奪還したところ、それまでの経営実態が明らかになると困るのであろうコロモイスキーは私兵に書類を始末させたということのようだ。 私兵を使って会社を乗っ取るのはコロモイスキーの常套手段。ボリス・エリツィン時代のロシアと同じように、企業家というよりギャングの手法で巨万の富を手に入れてきた。停戦で合意された後も東部や南部を武力で制圧すべきだと主張しているが、これも「押し込み強盗」の発想。この考え方はアメリカのネオコンやフィリップ・ブリードラブ欧州連合軍最高司令官と同じだ。 コロモイスキーが雇っているひとりがR・ハンター・バイデン、つまりアメリカ副大統領ジョー・バイデンの息子にほかならない。ウクライナで最大の天然ガス製造会社、ブリスマの重役になっているのだが、この会社を所有しているのがコロモイスキー。カネでアメリカ政府にも食い込んでいると言えるだろう。 ジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問した10日後、つまり昨年4月22日にバイデン副大統領はキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作に関する会議が開かれた。出席したのはアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行、アルセン・アバコフ内相代行、バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、アンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行、そしてコロモイスキー。 オデッサで虐殺があったのは会議の10日後。この時に労働組合会館で殺されたのは50名弱とメディアではされているが、これは上の階で死体が発見された数。多くは地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名と言われている。70〜80名はどこかに埋められた可能性が高い。 コロモイスキーを知事に任命したのはアルセニー・ヤツェニュク首相であり、そのヤツェニュクをクーデター前から高く評価していたのがアメリカ国務省のビクトリア・ヌランド次官補。ヌランドの夫、ロバート・ケーガンはネオコン(親イスラエル派)の大物だ。 現在、アメリカの好戦派は部隊をウクライナへ入れて「軍事訓練」を始めるとされているが、すでにアメリカ政府はCIAやFBIの専門家数十名を顧問として送り込んでいる。アメリカの「アカデミ(旧社名はブラックウォーター)」やポーランドの傭兵会社が戦闘員をウクライナへ派遣、東部の制圧作戦に参加させていたとも伝えられているが、それでは足りず、アメリカ兵を増派し、兵器の供給も強化するようだ。 ポロシェンコ大統領がEUやロシアへ歩み寄った場合、アメリカ/NATOはコロモイスキーのような人物を使い、クーデター(あるいは偽旗作戦)で大統領を排除する可能性もある。現在、一般市民の不満はネオ・ナチの武装集団が抑え込んでいるようだが、支配層の内部で対立が起こると、ウクライナはさらに混乱するだろう。その混乱がロシアとの戦争に発展し、EUが消滅する事態もないとは言えない。
2015.03.23
アメリカの空挺部隊が4月からウクライナで現地軍を訓練するという。ドイツ、フランス、ウクライナ、そしてロシアの首脳がベラルーシの首都ミンスクに集まり、停戦で合意したが、これに反発しているのがアメリカの好戦派、そしてキエフ政権を支える柱のひとつでアメリカ/NATOを後ろ盾とするネオ・ナチ(ステファン・バンデラの信奉者)だ。 ウクライナで戦争の火を燃え上がらせようと必死なアメリカ国防総省は新しい司令部をブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニアに設置、ロシアとの国境近く、エストニア、ラトビア、リトアニアなどで軍事演習を行ってロシアを威嚇している。 中東/北アフリカやウクライナでの体制転覆プロジェクトはネオコン/シオニストの影響力が強いCIAや国務省を中心に実行され、その手口はプロパガンダ、反政府行動、非正規戦。ウクライナのクーデターを指揮したひとり、アメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補は2月17日にグルジアへ乗り込んでキエフ政権へ協力しろと圧力、そこからアゼルバイジャンやアルメニアへ足を伸ばしたと伝えられている。 ヌランドとウクライナとの関係は古く、2004年から05年にかけて「オレンジ革命」が実行された際にも彼女はキエフにいた。この「革命」でウクライナの東部や南部を支持基盤にするビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除、アメリカ資本の傀儡であるビクトル・ユシチェンコを大統領に据え、ウクライナ国民の富を奪っている。昨年2月のクーデターもヤヌコビッチを排除し、再びアメリカの傀儡政権を樹立させることが目的だった。 現在、キエフ政権の金融大臣はシカゴ生まれでアメリカの外交官だったナタリー・ヤレスコ、経済大臣はリトアニアの投資銀行家だったアイバラス・アブロマビチュス、保健相はグルジアで労働社会保護相を務めたことのあるアレキサンドル・クビタシビリ、大統領の顧問にはミヘイル・サーカシビリ元グルジア大統領が就任している。ロスチャイルド家のファンドであるフランクリン・テンプルトンやIMFとタッグを組んでウクライナの富を奪うことが可能な態勢だ。 サーカシビリは破壊活動のキーマンになるという見方もある。グルジアのパンキシ渓谷はチェチェンの反ロシア武装勢力が拠点としている場所で、難民の中からCIAは戦闘員候補をリクルート、訓練している。そこからシリアへも戦闘員は送り込まれてIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)に参加、その人数は200名から1000名と言われている。今後、そうした戦闘員がウクライナなどロシア周辺へ派遣され、中国の新疆ウイグル自治区で破壊活動を始めることも予想されるということだ。 サーカシビリは2003年の「バラ革命」で実権を握ったが、その背後で「革命」を指揮していたのがグルジア駐在アメリカ大使だったリチャード・マイルズ。ユーゴスラビアでアメリカ大使館の最高責任者を1996年から99年まで務めているが、このときにアメリカはユーゴスラビアを先制攻撃、建造物を破壊して住民を殺傷した。1999年から2002年まではブルガリア駐在大使、そして02年から05年まではグルジア駐在大使を務めた。このマイルズが2月にキルギスタンへ入り、注目されている。 プロパガンダ、反政府行動、非正規戦という手口はCIAの常套手段。例えば、1953年にイランのムハマド・モサデク政権を倒したクーデター、54年にグアテマラのアルベンス・グスマン政権を倒したクーデター、65年にインドネシアのアハマド・スカルノ政権を倒したクーデター(9月30日事件)、73年にチリのサルバドール・アジェンデ政権を倒したクーデター、いずれもこのパターン。1975年にオーストラリアのゴフ・ウィットラム政権を倒した解任劇も似た手法が取り入れられている。 中東/北アフリカではサウジアラビアなどペルシャ湾岸の産油国、ウクライナではIMFからの借金(いわばレバレッジド・バイアウト)でアメリカは体制転覆工作、つまり戦争を展開しているが、この仕組みが続けば戦乱はロシア周辺や中国へ拡がる。リビアやチュニジアでISを名乗る戦闘集団が活動し始めたようだが、これはEUへの脅しにも見える。
2015.03.22

安倍晋三政権が中国と戦争する準備を進めている理由はアメリカにある。日本の少なからぬエリートが崇拝しているらしいヘンリー・キッシンジャーにしろ、キッシンジャーを教育したフリッツ・クレーマーにしろ、世界に戦乱を広げているネオコン/シオニストにしろ、外交の基本は「脅し」だと考えている。これは本ブログで何度も指摘してきた。必然的に、そうした考え方の人間が日本を動かすようになる。 東北地方の太平洋側を大きな地震が襲い、東電福島第一原発を破壊した3日後、つまり2011年3月8日付けのインディペンデント紙に石原慎太郎をインタビューした記事が掲載された。その中で彼は日本が「1年以内に核兵器を開発することができる」とした上で、外交力とは核兵器なのだと語った。核兵器で脅せば中国も屈服させられると信じているようで、思考レベルは安倍首相と同じと言えるだろう。 2013年9月に安倍首相はネオコン系シンクタンクのハドソン研究所で演説、その冒頭で歴代受賞者の中から何人かの名前を挙げている。ロナルド・レーガン、リチャード・チェイニー、ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツだが、これは彼のマインドを示唆していると言える。 その年の1月13日に陸上自衛隊第1空挺団は習志野演習場で降下訓練を行い、離島防衛のシナリオで模擬戦闘を実施している。視察した小野寺五典防衛相は尖閣諸島/釣魚台列嶼の問題に触れ、「厳しさを増すわが国周辺の安全保障環境に対応し、自衛隊の態勢強化に取り組んでいく」と述べたようだ。 その2日後、記者会見で「中国の飛行機が日本のいわゆる領空に入ってきた場合、この警告射撃ということは、ありうるということでしょうか。」と質問された小野寺五典防衛相は「どこの国も、それぞれ自国の領空に他国の航空機が入って来て、さまざまな警告をした中でも退去しない、領空侵犯を行った場合、これはそれぞれの国がそれぞれの対応を取っておりますし、我が国としても、国際的な基準に合わせて間違いのない対応を備えていると思っています。」と答えた。 尖閣諸島を特別扱いせず、状況によっては警告射撃の可能性はあるというように聞こえるが、尖閣諸島は中国や台湾が自国領だと主張している。そこを飛行している中国や台湾の航空機を銃撃したなら相手は侵略行為と認識、侵略行為には反撃するということで戦争に発展する可能性が出てくる。中国との戦争を辞さないという宣言だと見なされても仕方がないだろう。 16日に安倍首相は自民党の河井克行をベルギーへ派遣、NATOのアンス・フォ・ラスムセン事務総長に「NATOとの安全保障上の連携強化を呼びかける首相親書」を手渡したというが、NATOはアメリカの好戦派が「関東軍」として利用ている軍事組織。アル・カイダ系武装集団と手を組んでリビアを破壊、ウクライナではロシアを挑発している。 アメリカの好戦派/ウォール街は第2次世界大戦の終盤からソ連/ロシアを攻撃したがっている。1945年4月12日にアメリカではフランクリン・ルーズベルト大統領が執務室で急死して以来、米英の支配層はソ連に対する攻撃的な姿勢を明確にしているのだ。 1945年5月7日にドイツは降伏、その直後にイギリスのウィンストン・チャーチル首相はJPS(合同作戦本部)にソ連を攻撃する作戦を立案するように命令した。できあがったのが「アンシンカブル作戦」で、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。参謀本部が拒否しなければ、実行されていただろう。(Stephen Dorril著『MI6』Fourth Estate、2000年など) アメリカでは1948年に統合参謀本部がソ連の70都市へ133発の原爆を落とす計画を立てた。1952年に水爆実験に成功した段階における核兵器の輸送手段はSAC(戦略空軍総司令部)の爆撃機。1948年から57年にかけてSACの司令官を務めたのが、あのカーティス・ルメイ中将。SACが1954年に立てた計画によると、600から750発の核爆弾をソ連に投下、2時間で約6000万人を殺すことになっていた。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、アメリカ軍がソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせたのは1957年の初頭。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだとルメイなどの好戦派は推測していた。そうした計画の前に立ちはだかっていたジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのは攻撃を予定していた1963年の11月22日。暗殺の直後、CIAはソ連やキューバが黒幕だという情報を流したが、これは嘘だということをFBIがリンドン・ジョンソン新大統領へ伝え、核戦争は回避された。アメリカの好戦派にとって核兵器は「抑止力」でなく「攻撃力」であり、日本の上空に「核の傘」は存在しない。そこには核弾頭付きの剣がつるされているだけだ。 こうした過去はあるが、現在の危機は1991年に始まると言えるだろう。この年の12月25日にソ連が消滅、アメリカの好戦派は自分たちを「唯一の超大国」になったと考え、暴走し始めたのだ。 リチャード・チェイニー国防長官の下、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドが中心になり、国防総省のアンドリュー・マーシャルONA室長の助言を得て作成されたDPG(国防計画指針)の草案は「同盟国」も潜在的ライバルと位置づけ、攻撃の対象にしている。 この草案は書き直されたというが、戦略はネオコンの内部で生き続けた。その影響は日本へも及び、まず1995年にジョセフ・ナイ国防次官補が「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を公表、96年には「日米安保共同宣言」が出され、安保の目的が「極東における国際の平和及び安全」から「アジア太平洋地域の平和と安全」に拡大する。 1996年12月にはSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の合意があり、沖縄県の稲嶺恵一知事は99年11月に普天間基地の移設先を辺野古沿岸に決定、2006年4月には、滑走路2本をV字型に配置する案(現行案)で額賀福志郎防衛庁長官と島袋吉和名護市長が合意した。これ以降、沖縄のさらなる軍事基地化に拍車がかかる。 1997年にまとめられた「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」では、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになり、99年の「周辺事態法」につながる。「周辺」は「地理的なものではない」。 こうした流れと並行する形でアメリカは朝鮮半島における戦争を想定した計画を進めていた。1998年に作成されたOPLAN 5027-98は当時の金正日体制を倒すことが目的で、朝鮮を消滅させ、アメリカにとって都合の良い国を建設しようとするもの。そうした中、8月に朝鮮は太平洋に向かって「ロケット」を発射した。その翌年の3月、海上自衛隊は能登半島の沖で「不審船」に対し、規定に違反して「海上警備行動」を実行した。 2003年3月にアメリカはイギリスなどを引き連れてイラクを先制攻撃、その2年後には「日米同盟:未来のための変革と再編」が締結され、日本は「日米共通の戦略」に基づいて行動するとされた。 その後、検察やマスコミは首相就任が確実視されていた小沢一郎、そして沖縄の普天間基地(飛行場)をグアム、あるいは硫黄島へ移すべきだと主張した鳩山由紀夫首相を激しく攻撃、2010年9月には、尖閣諸島の付近で操業していた中国の漁船を海上保安庁が「日中漁業協定」を無視する形で取り締まり、漁船の船長を逮捕している。この逮捕劇の責任者は国土交通大臣だった前原誠司。それまで「棚上げ」になっていた尖閣列島の領有権問題を引っ張り出し、日中関係を悪化させたのだ。 この当時、アメリカの好戦派はロシアと中国を分断したうえで侵略、分割、略奪する予定だったのだろうが、ウクライナ制圧で目算が狂い、今ではロシアと中国は強く結びついている。それでも両国を軍事的に倒そうとしているのがネオコンたち。2006年にフォーリン・アフェアーズ誌が掲載したキール・リーバーとダリル・プレスの論文は、ロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できると主張しているが、まだその分析に基づいて動いているように見える。硬直した思考は旧日本軍の作戦参謀を思い起こさせる。日本のマスコミはその時と同じことを繰り返している。
2015.03.21

チュニジアのバルドー博物館が襲撃されて23名が死亡、そのうち18名が外国人観光客で、5名がチュニジア人(2名が襲撃犯)。自分たちが実行したとするIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)の発表があったようだ。 リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制を倒す際、NATOとLIFG(アル・カイダ)が手を組み、体制崩壊後、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられ、その様子を撮影した映像がインターネット上にアップされた。この事実をデイリー・メイルなど西側メディアも伝えている。この地域はアル・カイダの影響下に入ったわけで、そこから生まれたISもネットワークを持っているはず。 カダフィを惨殺した後、LIFG/アル・カイダの戦闘員はシリアへ移動したが、戦闘員や武器をNATOが輸送したとも伝えられている。マークを消したNATOの軍用機がシリアとの国境に近いトルコの軍事基地へ武器と戦闘員を運んだというのだ。リビアの兵器庫から化学兵器を持ち出された可能性もある。 アフリカを経済的に統一しようとしていたカダフィが排除された後、リビア国内は無政府状態になり、欧米の支配層へ刃向かう力をなくしたが、ここにきてISの活動が注目されている。リビアでISを指揮していると言われているのがアル・カイダ系武装集団、LIFGのリーダーだったアブデル・ハキム・ベルハジだ。要するに、タグの付け替え。 問題はタグを付け替えた目的だが、ひとつの可能性はアメリカと距離を置き始めたEUに対する恫喝。地図を見れば明らかなように、リビアの隣国、チュニジアの首都、チュニスの目と鼻の先にシシリー島があり、その先はイタリア半島。シシリー島の西にはサルデーニャ島がある。 アメリカやイギリスの好戦派はNATOに所属するという形で破壊活動を目的とする秘密組織を編成した。イタリアのグラディオは特に有名。ジュリオ・アンドレオッチ伊首相は1990年10月に発表した報告書でグラディオの存在を公式に認めている。その後、NATOに加盟ている全ての国で秘密部隊が活動していることも確認された。その活動は各国の情報機関が指揮、その後ろには米英の情報機関が蠢いている。イタリアの場合、グラディオと非公然秘密結社P2との関係も明らかになった。 サルデーニャ島には、こうしたNATOの秘密部隊の基地があった。設置されたのはアメリカでジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された1963年のこと。その翌年、イタリアの情報機関SIFARはクーデターを計画している。冷戦時代にグラディオはリビアを活動の拠点に使っていたと言われるが、その理由もサルデーニャ島、シシリー島、イタリアというつながりにあるのだろう。同じことをISやその黒幕が考えても不思議ではない。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの好戦派に対する反発がEUで広がり、ウクライナ情勢でも全面核戦争へ向かうアメリカに見切りをつけ、ドイツやフランスの首脳はロシアのウラジミル・プーチン大統領と話し合いを始めた。核戦争する気なら受けて立つとプーチンは示唆しているが、これに対し、反撃を想定していない欧米の好戦派は反発、日本では「革新勢力」と自称している人たちも「怒りの声」を挙げていた。 クーデターでウクライナの西部を制圧したアメリカの好戦派はロシアとEUとの分断に成功したものの、これが裏目に出てロシアと中国を急接近させ、経済的にも軍事的にも強固な関係を結んでしまった。エネルギーの輸出先も東アジアへ変更、EUは苦しい状況。アメリカの暴走が止まらなければEUは核戦争で消滅することを覚悟しなければならず、対米従属路線は限界に達した。 中国の提唱で設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)には、アメリカの意向を無視してフランス、ドイツ、イタリアが参加へ動き、イギリスも同調。さらにルクセンブルグも加わると表明した。オーストラリア、韓国、スイスも参加する可能性があると言われている。日本の財界も動揺していることだろう。アメリカの支配システムが張り巡らされている日本だが、日本の少なからぬ大手企業は中国なしに存続できないと見られ、アメリカに追随してばかりはいられない。 アメリカ支配層は環太平洋でTPP(環太平洋パートナーシップ)協定、EUでTTIP(環大西洋貿易投資協定)を結び、巨大資本が国の上に立つ体制を築こうとしているが、これも崩壊する可能性がある。ロシアと中国を中心に「ドル離れ」も進行中で、ドルが基軸通貨という地位から転落するかもしれず、そうなるとアメリカの支配力は大幅に弱まる。アメリカ帝国崩壊の危機だ。 少なくとも戦後のアメリカは戦略を旧ソ連圏からの亡命者やドイツから渡ってきた人に依存してきた。例えば、ポーランドの貴族階級だったズビグネフ・ブレジンスキー、ドイツ生まれのヘンリー・キッシンジャー、その師でやはりドイツ生まれのフリッツ・クレーマーなど。反ソ連、反ロシアという共通項がある。 クレーマーは外交を内政より優先順位を上に置き、政治権力や軍事力を重要視、経済活動を軽視していた。キッシンジャーも基本的に同じ。これに「際限なき強欲」をプラスするとネオコン/シオニストになる。新自由主義が庶民を貧困化させ、社会だけでなく経済を破壊するのは必然だ。ブレジンスキーはロシアを破壊することにしか興味をもたない。その結果がアメリカの衰退だ。 その苦境から脱するためにアメリカの好戦派は世界を破壊している。その手先にするために武装集団を育成してきた。イタリアのグラディオ、ベトナム戦争の際にはCIAと特殊部隊でICEX(後のフェニックス・プログラム)という皆殺しプロジェクトを実行、アフガニスタンへソ連軍を引き込み、その部隊と戦わせるためにサウジアラビアのカネを使って武装集団を編成、その戦闘員リストとして「アル・カイダ」を作った。しばしばスンニ派の武装集団だとされるが、勿論、スンニ派とは関係ない。単なるアメリカの傭兵だ。現在、ウクライナではグラディオと同じようにネオ・ナチを使っている。 アメリカの好戦派を崇め、従属している人たちはISを「反米勢力」だと信じているのだろうが、実際はアメリカの手先。だからこそ、キリスト教徒やイスラム教徒を虐殺してもイスラエルやサウジアラビアを攻撃せず、西側の支配層はISの石油密輸も止めようとしない。 そもそも、ISを西側メディアが大きく取り上げる切っ掛けになった攻撃が不自然。ファルージャやモスルを攻撃したわけだが、アメリカはスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人的なスパイ網などがあり、戦闘集団の動きは把握していたはず。ISの動きをアメリカの情報機関や軍が事前に察知していなかったということはありえない。写真を見ると、トヨタ製の車を連ねて進軍しているので、この時に空爆すれば壊滅的な打撃を与えることができたが、パレードをやらせている。ISを売り出したがっていたとしか思えない。 ISに対して行っているという「有志連合」の空爆にも疑惑がある。昨年9月に行われた最初の空爆で破壊されたビルは、その15から20日前の段階で蛻の殻だったとCNNのアーワ・デイモンは翌朝の放送で伝えている。 現在、シリアでは政府軍とヒズボラがISと戦っているが、その部隊をイスラエル軍は1月18日に空爆、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺した。劣勢のISを助けたようだ。 また、イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将は、イラクのアメリカ大使館がISの司令部だと語り、アメリカ軍の航空機から支援物資をISへ落としているとしている。これまでもアメリカ軍が落とした軍事物資をISが回収していることは伝えられていたが、これはミスでなく、故意だったとナクディは主張しているわけだ。イラクのアリ・アクバル大隊の司令官はISとアメリカ軍が定期的に連絡を取り合い、物資の投下地点を相談していることを通信傍受で確認したともイランのFNAは伝えている。 こうした空爆を行う切っ掛けとしてアメリカ政府が利用したのが昨年8月にあった出来事。ジェームズ・フォーリーの首をISが切ったとする映像の公開されたのだが、これはフェイクだと指摘されている。首の前で6回ほどナイフは動いているものの、血が噴き出さず、実際に切っているようには見えないのだ。そうしたこともあり、フォーリーの斬首映像はシリア領内を空爆する口実作りだと推測する人もいる。
2015.03.20
今週、ふたつの興味深い出来事があった。3月17日にイスラエルで行われた選挙と、18日にフランスでイスラエルを批判してきたコメディアンに出た有罪判決である。 選挙では、ベンヤミン・ネタニヤフの率いるリクードが第1党を維持し、120議席のうち30議席を占めることになった。得票率は23.40%。2013年の選挙では23.34%だったので微増ということになるが、議席はひとつ減らした。 ネタニヤフが首相を続けることを懸念する人がイスラエルの支配層には存在する。元モサド長官のメイル・ダガンや元副長官のアミラム・レビンもそうした勢力に属している。暴力を前面に出してイラン攻撃の意思を隠そうとせず、パレスチナ人への弾圧を露骨に推進、イスラエルが人種差別国家だということも明確にしてイスラエルの存在を危うくすると危惧しているのだ。 選挙の2週間前、ネタニヤフはアメリカ議会で演説、感情的にイランを攻撃し、議員からスタンディング・オベイションを受けている。ホワイトハウスへ相談することなく、下院のジョン・ベイナー議長が招待して実現したようだ。強引な行為だったこともあり、当日、60名近い議員が出席を拒否したという。 ネタイヤフの父親、ベンシオンは大学時代にウラジミール・ジャボチンスキーの「修正主義シオニスト世界連合」へ参加、1940年にアメリカへ渡ってジャボチンスキーの秘書になっている。 その直後にジャボチンスキーは死亡するが、ベンシオンはアメリカへ残って活動を続けた。パレスチナへ戻るのはイスラエルの「建国」が宣言された翌年、1949年。1950年代からはアメリカの大学で教鞭を執っている。 現在、ベンヤミンを動かしているのはカジノ業界の大物で、ラスベガス・サンズを所有するシェルドン・アデルソン。イランを核攻撃で脅すべきだと2013年に主張していた。こうした発言はベンヤミンの言動とリンク、イランと話し合いを進めているバラク・オバマ大統領と良い関係だとは言えない。 こうしたイスラエル/シオニストを公然と批判してきたのがフランスのコメディアン、ジウドネ・ムバラ・ムバラ。「非ユダヤ人」を主権者として認めない、つまり差別し、弾圧する人種差別国家のイスラエルを批判してきたが、これを支配層は許せなかった。欧米は勿論、日本でも「反ユダヤ」というレッテルを新聞、雑誌、放送、出版など、「言論」を自称している業界は恐れている。 日米欧で恐れられているイスラエルを「建国」させるために資金を出していた富豪がフランスにはいた。1882年、エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがユダヤ教徒のパレスチナ入植のために資金をだしているのだ。 その孫にあたるエドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドはイスラエルの核兵器開発に対する最大の資金提供者だとされている。シャルル・ド・ゴールによると、彼はイスラエルの核兵器開発を中止するよう命じたのだが、実行されなかったという。ロスチャイルドの力は大統領を上回るということだろう。そうした国でイスラエルを批判することは困難が伴うわけで、昨年の正月には内務大臣がジウドネのパフォーマンスを禁止できないかと口にしたという。 今年1月7日、シャルリー・エブドの編集部をAK-47、ショットガン、RPG(対戦車ロケット弾発射器)を持ち、マスクをしたふたり組が襲った。11名がビルの中、また1名が外で殺された。負傷者は11名だったという。 この襲撃に抗議、「言論の自由」を守るとしてデモが行われた。フランス全土で約400万人が参加したというのだが、この週刊紙は6年前、「反ユダヤ」と言われた記事を書いたという理由でひとりの記者を解雇されている。イスラムを嘲笑しても「言論の自由」だとして許されるが、ユダヤ/イスラエルを批判すると懲罰の対象になるわけだ。シャルリー・エブドが行ってきたことはイスラムに対する「ヘイト・スピーチ」だと見ることもできる。 ところが、「私はシャルリー・エブド」というスローガンが欧米では唱えられ、反イスラム感情を煽ることになった。そうした「空気」、一方を絶対的な正義に祭り上げ、もう一方を全面否定することにジウドネが疑問を感じたのは当然のことだった。そしてフェイスブックに「私はシャルリー・クリバリのような気持ちだ」と書き込んだ。 クリバリとは編集部を襲撃したとされるふたりの友人で、パリの東部にあるイベルカシェル(ユダヤ教徒向けのスーパーマーケット・チェーン)の店舗に立てこもり、そこで射殺されたアメディ・クリバリを指している。 前にも書いたことだが、この事件には不可解な点が少なくない。編集部を襲撃、歩道で警察官を射殺したのがシェリフ・クアシとサイド・クアシの兄弟だということは、自動車に置かれていた身分証明書で明らかになったとされている。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された際にも似た話があった。 負傷して歩道に横たわっていた警察官の頭部を襲撃犯のひとりがAK-47で撃ち、殺害したことになっているのだが、頭部に命中していれば頭蓋骨や脳は飛び散る。地面に当たって破片が致命傷を負わせたとしても大量の出血があるはず。ところが、そうしたことは起こっていない。そこで、演技説が流れている。そのふたりは襲撃の後、誰にも気づかれずに非常線を突破し、最後には射殺された。そこで、襲撃したふたりと射殺されたふたりは別人ではないかという疑惑が出てくる。 クリバリはスーパーマーケットの店舗に立てこもり、そこで射殺されていることになっている。その時の様子を撮影した映像によると、警官隊が突入してからクリバリと思われる人物が中から外へ飛び出そうとするのだが、そこで銃撃されて倒れ込んでいる。そのときに撃たれた人物は手錠をかけられているのか、手の自由を奪われているようで、武器を持っているようには見えない。もうひとつの疑惑は、事件の捜査を担当したエルリク・フレドゥが執務室で拳銃自殺。理由がはっきりせず、疑惑を深める情報が流れている。
2015.03.19
アメリカ/NATOはネオ・ナチを使ったクーデターでキエフをはじめとする西部地域を制圧、東部や南部では民族浄化を展開して多くの住民を虐殺、建造物を破壊してきた。戦闘はキエフ側が劣勢で、アメリカの好戦派は必死にテコ入れ、NATOを使ってロシアを脅そうとするが、逆効果。 ウクライナの経済はクーデターの前から厳しい状況で、だからこそ、大統領だったビクトル・ヤヌコビッチは良い条件を出してきたロシアに接近したわけだが、クーデター後は戦争もあってさらに悪化、破綻状態。その結果、ウクライナ国債の価格は下落したが、それを買い占めているファンドが存在する。そのファンド、フランクリン・テンプルトンは額面総額50億ドルの国債を買ったという。これを操っているのがロスチャイルド家だということもあり、注目されている。 安値で国債を買いあさり、満額で買い取らせるというのが「ハゲタカ・ファンド」のやり口。ウクライナにはIMFがカネを貸しているが、そのカネでファンドの要求通りに支払うことができる。IMFは債務者に対して歪んだ緊縮財政を強制して庶民へ回るカネを減らし、規制緩和や私有化の促進で巨大資本に大儲けさせるということを世界中で繰り返してきた。ウクライナでも同じ事をするつもりだろう。今のキエフ政権にはアメリカの巨大資本が送り込んだ閣僚が並んでいるので作業は容易だ。 キエフで反ヤヌコビッチの抗議行動が始まって間もない2013年12月13日、アメリカの国務次官補を務めるビクトリア・ヌランドは米国ウクライナ基金の大会で演壇に登場し、1991年からウクライナを支援するために50億ドルを投入したと発言している。その際、彼女の背後には巨大石油企業シェブロンのマークが飾られていた。ウクライナに目をつけていたのはエネルギー産業だけでなく、遺伝子組み換え作物で問題になっているアグリビジネスのモンサントやカーギルなども食い込もうとしている。 エネルギー分野では、ロシアのウラジミル・プーチンにもプランがあった。ポルトガルのリスボンから日本海に面したロシアの都市、ウラジオストクを高速鉄道でつないで物資を輸送、さらに、中国、朝鮮、韓国へと伸ばすことも想定されていたようだ。 このプランはウクライナのクーデターで挫折したが、ロシアは中国やトルコとの関係を強め、天然ガスの取り引きを膨らませることを決めた。ロシアと中国との関係強化は経済だけでなく軍事にも及び、強固な同盟関係に入ったと見ることもできる。中東/北アフリカやウクライナでアメリカが行ったことを見た中国はアメリカと距離をおきはじめた。 その象徴的な出来事がアメリカ財務省証券の手持ち残高の減少。今年1月の残高は、中国が1兆2391億ドル(前年同月比365億ドル減)、ロシアが822億ドル(同496億ドル減)、日本は1兆2386億ドル(同372億ドル増)だ。 すでにロシアは貿易の決済にドルを使わなくなっているようで、その流れは中国、それ以外のBRICS諸国、つまりブラジル、インド、南アフリカに広がりそうだ。中国とロシアはSCOで、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンともつながっている。 中国は自国の通貨「元」を基軸通貨にしたいようだが、ここにきて注目されているのは同国の提唱で設立が予定されているAIIB(アジアインフラ投資銀行)。米国の意向を無視してフランス、ドイツ、イタリアが参加へ動くとイギリスも同調、ルクセンブルグも加わると表明した。オーストラリア、韓国、スイスも参加する可能性がある。 アメリカは環太平洋でTPP(環太平洋パートナーシップ)協定、EUでTTIP(環大西洋貿易投資協定)を結び、巨大資本が国の上に立つ体制を築こうとしている。ISDS条項によって参加国政府の手足が縛られ、庶民は奴隷化する。日本の政治家はそうした協定へ入ろうと熱心で、マスコミはそれを後押しする。 かつて、中国(清)との経済戦争に敗れたイギリスは麻薬のアヘンを売りつけるために戦争を仕掛け、さまざまな利権を手に入れて略奪した。その片棒を担いだのがイギリスの後押しで成立した薩摩藩や長州藩を中心とする日本の勢力。東アジアを侵略、支配、略奪した。同じことをしかねない連中が現在の日本を動かしているが、今の中国と清を混同すると手ひどい反撃を受けるだろう。
2015.03.18

FOXニュースの番組に軍事アナリストとして登場したロバート・スケールス退役少将はロシア人を殺せと発言した。そこまでアメリカの有力メディアは戦争に関して鈍感になっている。ロシアには脅しが通用しないと認識、実際に多くのロシア人を殺すしかないということのようだ。シリアの体制を転覆し、ウクライナを制圧する作戦が思惑通りに進まないことに苛立っているのかもしれない。 ロシア人を皆殺しにするべきだと主張している人物はウクライナにもいる。例えば、元首相で西側の覚えがめでたいユリア・ティモシェンコ。国家安全保障国防会議の副議長を務めたことのあるネストル・シュフリチと話した内容が盗聴され、YouTubeで公開されたのだ。クリミア情勢について知人と話した内容をシュフリチがティモシェンコへ伝え、それを聞いて彼女はロシア人を殺すと繰り返している。 言うまでもなく、クリミアでロシアへ加盟する動きが吹き出した原因はキエフで起こったクーデターにある。2013年11月に始まった反政府運動は年が開けると暴力的になり、2月に入るとアメリカ/NATOを後ろ盾にするネオ・ナチのグループがクーデターを成功させ、ビクトル・ヤヌコビッチを大統領の座から引きずり下ろした。勿論、これは憲法違反だが、日頃、護憲、護憲と繰り返している日本の「リベラル派」や「革新勢力」も、このクーデターを支持していた。 2013年12月にはアメリカからネオコン/シオニストがキエフへ乗り込んで体制転覆を扇動している。例えばジョン・マケインとジョー・リーバーマン両米上院議員。ビクトリア・ヌランド国務次官補はジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使は反政府運動の拠点になっていたユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクッキーを配るというパフォーマンス。1960年代の後半から70年代の前半にかけ、戦争に反対するアメリカの若者が行った「フラワー・パワー」の猿まね、中身のない猿芝居にも見えた。 2月4日、そのヌランド次官補とパイアット大使が電話で「次期政権」の閣僚人事について話し合う内容が盗聴され、音声がYouTubeにアップロードされてしまった。その中でヌランドが高く評価していたのが銀行出身のアルセニー・ヤツェニュクだ。現在、首相として活動している。 その当時、EUは話し合いで争乱を解決しようとしていたのだが、ヌランドはそれが気に入らない。そこで、「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」という表現が出てきたわけである。下品な表現を使ったことが問題なのではない。彼女は暴力的にヤヌコビッチ政権を倒し、ヤツェニュクを含む傀儡政権を樹立させようとしていたのだ。明らかな内政干渉。日本のマスコミはこうしたことに興味がないらしい。 ヌランドの意向通り、2月18日頃からネオ・ナチは暴力をエスカレートさせた。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手に、石や火炎瓶を警官隊に投げつけ、ピストルやライフルを持ち出して街を火と血の海にしたのである。 21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派が平和協定に調印するのだが、翌22日には屋上からの狙撃で多くの死者が出始め、協定は実現しなかった。この日、議会は憲法の規定を無視してトゥルチノフを大統領代行に任命した。 こうした状況の中、エストニアのウルマス・パエト外相が2月25日にキエフ入りして調査、その内容を26日にEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者/イギリス人)へ電話で報告している: 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(後の暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」「新連合はもはや信用できない。」 この狙撃を指揮していたのはネオ・ナチを率いるひとり、アンドレイ・パルビーで、少なからぬ狙撃手がグルジアから来ていた可能性が高い。国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長を務めた後、議会の第1副議長に就任している。少なくとも、狙撃していたのは親米勢力だということをEUも2月26日に時点で認識していたわけだ。 クーデターで排除され、場合によっては殺されていたヤヌコビッチの支持基盤は東部や南部。そうした地域の住民がキエフのクーデターに怒り、警戒し、拒否するのは当然。そうした中、最も早く動いたのがクリミアで、ロシアの構成主体としてロシアに加盟するかどうかを問う住民投票が3月16日に実施された。 その投票率は80%を超え、そのうち95%以上が加盟に賛成したという。棄権した人も含め、全住民の4分の3以上が賛成したということになる。住民の意思は明確に示されたのだが、日頃、民意、民意と叫んでいる日本の「リベラル派」や「革新勢力」も、この住民投票を無視していた。 アメリカの好戦派にとっても、ロシアにとっても、クリミアは戦略的に重要。セバストポリはロシア海軍の黒海艦隊が拠点にしてきた。1991年にソ連が消滅するとクリミアはウクライナ領になるが、1997年にロシアとウクライナとの間で締結され、99年に発効した条約により、基地の使用と2万5000名までのロシア軍駐留が認められ、その当時から1万6000名が駐留。このロシア軍をキエフ政権や西側のメディアは「侵略軍」だと宣伝、今でもウクライナの東部や南部にはロシア軍がいるという偽情報を発信し続けている。 キエフ政権はクリミアを軍事制圧すると主張、アメリカ/NATOは周辺に艦船や航空機などを配備し、軍事パレードや演習でロシアに圧力を加えている。スケールス少将のロシア人を殺せという発言には具体的な動きが伴っている。過去を振り返ると、カーチス・ルメイのようにソ連を先制核攻撃したがっていた軍人はいたわけで、スケールス少将の発言を軽く見てはいけない。 スケールス少将と同じようにFOXニュースがアナリストとして雇ったポール・バレリー退役少将はIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を実際に指揮している、あるいは生みの親だと言われている。 コンドリーサ・ライス元国務長官はFOXニュースのインタビューで、控えめで穏やかに話すアメリカの言うことを聞く人はいないと語っているが、そうした考え方は以前からある。その代表例がヘンリー・キッシンジャーを育てたフリッツ・クレーマー。外交の基本を「脅し」だと考えているのだ。 アメリカ/NATOの軍事力増強に対抗、ロシアも戦闘機や爆撃機を西部地域に配備するなど受けて立つ構えだ。クリミアには超音速の戦略爆撃機TU-22M3も演習のためい移動しているという。クリミア情勢によっては核兵器を臨戦態勢に置くことも検討していたとロシアのウラジミル・プーチン大統領が語ったそうだが、当然だろう。 キエフではネオ・ナチを使ってクーデターを行ったアメリカ/NATOはクリミアを押さえ、ロシア軍の重要な基地を手に入れたと思っていたら、住民が反発しただけでなく現地のウクライナ軍もロシア側についてしまう。少数派を扇動することにも失敗、残された道は軍事侵攻という事態になっていたのだ。NATO軍が動けばロシア軍も出るということ。西側のメディアは、ロシア軍がアメリカ/NATO軍に抵抗することは許せないという立場から報道している。アメリカの脅しに怯え、従属するべきだとでも思っているのだろうか。 当時、アメリカ/NATOの行動はロシアとの全面核戦争に発展する可能性があると警告する声が出ていた。それはそうした背景があるからだが、今、プーチン大統領が核兵器に言及し、軍事演習を実施している理由は今後の展開を念頭に置いているのだろう。 すでにキエフ軍は東/南部で劣勢。ネオ・ナチを総動員し、国外から傭兵を投入しても追いつかず、アメリカ軍がウクライナへ入り始めている。ロシア軍がウクライナにいるという作り話とは違ってこれは事実。アメリカの好戦派がこのまま暴走すれば核戦争になるとプーチンは警告しているように思える。フランスやドイツの首脳がロシアへ乗り込み、ウクライナの和平について話し合いを始めたのも、暴走するアメリカの好戦派は正気でないと見切りをつけたからだろう。アメリカを何とかしないと核戦争になるという危機感を持っているように見える。ヌランドはまた「EUなんかくそくらえ」と叫んでいるかもしれない。日米メディアの反応を見ると、プーチンの警告は効果があったようだ。
2015.03.17
政治、経済、外交、軍事など、あらゆる分野でアメリカの巨大資本は宣伝、プロパガンダを重視してきた。第2次世界大戦が終わって3年ほどすると、アレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、フィリップ・グラハムを中心とした情報操作プロジェクト、通称「モッキンバード」が始まったことは本ブログで何度も書いてきた通り。1980年代には「プロジェクト・デモクラシー」が始動、思想戦の領域に入る。1990年代からは広告会社の存在がクローズアップされるようになった。 鳩山由紀夫元首相はクリミアを訪問した後、3月13日にモスクワで、日本の国民に正しい報道がなされていないのではないかと語ったという。アメリカ中心の情報によって報道されていることに原因があると考えているようだが、間違いではない。 アメリカの有力メディアは権力者の側に立って国民を見下し、国の根幹が関わる大きな問題、核戦争を引き起こしかねない問題で好戦派、つまりネオコン/シオニスト、キリスト教系カルト、戦争ビジネス、金融資本にとって都合良く加工された話を垂れ流すだけになっている。 フランクリン・ルーズベルト大統領は「民主的国家そのものより強大なところまで私的権力が成長することを人びとが許容するなら、民主主義の自由は危うい」としたうえで、「個人、グループ、あるいは私的な権力をコントロールしている何かによって政府が所有されていることがファシズムだ」と1938年に語っている。この定義に従うと、現在のアメリカはファシズム国家。だからこそ「異常な報道」がなされているのだろう。 軍事侵略を正当化するために広告会社が使われるようになったのは1990年代からだと言われている。1990年8月にイラクはアメリカから「ゴー・サイン」が出たと判断して軍隊をクウェートへ侵攻させたが、その後、アメリカ下院の人権会議でイラク軍の残虐性をひとりの少女「ナイラ」が訴えたことを覚えている人は少なくないだろう。 証言した「ナイラ」はアメリカ駐在クウェート大使の娘。イラク軍が攻め込んだ時、クウェートにはいなかった。つまり、イラク軍の残虐行為を目撃しているはずはない。アル・イダー病院でイラク兵が赤ん坊を保育器の中から出して冷たい床に放置、赤ん坊は死亡したと涙ながらに訴えたが、全て嘘だった。この証言を演出したヒル・アンド・ノールトンに対し、クウェート政府は1000万ドルを支払っている。 ジョージ・W・ブッシュ政権にはこの広告会社の人脈が入り込んでいる。アフガニスタン駐在アメリカ大使にアドバイスしていたジェフ・ラリーはヒル・アンド・ノールトンの元重役であり、ドナルド・ラムズフェルド国防長官のスポークスマンに就任したビクトリア・クラークも同社の出身。2003年にアメリカ軍はイラクを先制攻撃するが、その際に報道を統制するために実施された「埋め込み取材」を考えたのは、このクラークだと言われている。また、国務次官になったシャルロット・ビアーズは広告業界の大物で、効果的な手法として「単純化」と「浅薄化」を取り入れた人物。小泉純一郎もこの手法を採用していた。複雑で掘り下げた議論、情報を多くの人は望んでいないということだ。 ブッシュ・ジュニア大統領はイラクへの軍事侵略を「平和のため」だと主張したようだが、「露営の歌」(藪内喜一郎作詞、古関裕而作曲)にも「東洋平和のためならば、なんの命が惜しかろう」というフレーズがある。支配層は似たようなことを言いたがるものだ。1949年にジョージ・オーウェルが書いた小説『1984』の中には、「戦争は平和」、「自由は奴隷の状態」、「無知は力」といったスローガンが出てくるが、日本やアメリカの状態を見事に表現している。 2003年にアメリカがイラクを先制攻撃する前、ブッシュ・ジュニア政権は「大量破壊兵器」の存在を宣伝、今にもアメリカが核攻撃されるかのように主張していたが、見え透いた嘘だった。ところがアメリカの好戦派による挑発で核戦争の危機が迫っている現在、この問題にアメリカの有力メディアは触れようとしない。中東/北アフリカやウクライナでの体制転覆プロジェクトでもアメリカの好戦派は見え透いた嘘をついている。こうした嘘を信じる人には思考という習慣がないのだろうが、日本人がそれほど愚かだとは思えない。狡賢い人は騙された振りをする。腐敗した世の中で、手を汚さずに欲しい物を手に入れたいのだろう。
2015.03.16
日本の原発で大事故が起こる確率は無視できるほど小さいということで、放射性物質によって環境が汚染される心配をせずに人びとは暮らしてきた。そして2011年3月11日に東電福島第一原発で大事故が起こり、収束に目処もたっていない。原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2〜5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) それまでにも原発は深刻な事故を起こしてきた。1957年9月29日にソ連のウラル地方で起こった「キシュテム事故」は長く秘密にされていたので知らなくても仕方がないとしても、同じ年の10月10日にはイギリスのウィンズケール原発でも大きな事故があった。1979年3月28日にアメリカで起こったスリー・マイル島原発の事故は、その影響を小さく見せかける工作が展開されたものの、大きな問題にはなった。1986年4月26日にはソ連(現在はウクライナ)でチェルノブイリ原発事故が起こっている。 それでも日本は大丈夫だと多くの人は考え、原発の危険性を認識し、反対していた人びとも実際に事故が間近に迫っているという危機感は持っていなかったようだ。同じように戦争の危機が迫っていることも多くの日本人は意識していない。アメリカが内政干渉、軍事侵略を繰り返し、その手先として「テロリスト」やネオ・ナチを使っている現実からも目を背けている。 2003年3月にアメリカ軍が率いる部隊がイラクを先制攻撃したが、世間で「左翼」と見なされている人びとの少なからぬ部分はそうした展開を予想していなかった。その一方、政治家や大手マスコミの社員たちは開戦の障害になりそうな言動をする人びとを激しく攻撃、「非国民」扱いしていた。テレビに出演していた人の中で唯一抵抗していた橋田信介は2004年5月、甥の小川功太郎と一緒にイラクで殺されている。 このイラク攻撃は予定より半年ほど遅れている。ネオコン/シオニストや戦争ビジネスなどの好戦派のプランが無謀だとして統合参謀本の内部でも反対が多かったことが原因だと言われている。 なお、イラクへの軍事侵攻に批判的な将軍として、エリック・シンセキ大将(2003年退役)、グレゴリー・ニューボルド中将(2002年退役)、アンソニー・ジニ大将(2000年退役)、ウェズリー・クラーク大将(2000年退役)、ポール・イートン少将(2006年退役)、ジョン・バチステ少将(2005年退役)、チャールズ・スワナック少将(2004年退役)、ポール・バン・リパー中将(1997年退役)、ジョン・リッグス中将(2004年退役)らが知られているが、このほかにも同じ考え方の軍人はいる。 これに対し、自衛隊からはイラク攻撃に批判的な声は聞こえてこない。メディアも「いけいけどんどん」で、反対意見は事実上、封殺されていた。この状態は現在も継続中で、ロシアや中国との核戦争に向かっているアメリカの好戦派に追随している。戦争が勃発する確率は無視できるほど小さいと楽観しているのか、それとも「核戦争は安全」と思っているのだろうか?
2015.03.15
今から70年前、1945年3月9日から10日にかけて東京の下町は火の海になった。約300機と言われるB29爆撃機が飛来、深川、城東、浅草などの地域に焼夷弾を投下、10万人、あるいはそれ以上の住民が焼き殺されたのである。1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を日本軍が奇襲攻撃したとき、大多数の日本人はそうした事態が訪れるとは予想していなかっただろう。つまり、殺し、奪うことしか考えていなかった。 しかし、1942年6月5日のミッドウェー島沖での海戦で日本軍は致命的な敗北を喫し、ソ連へ攻め込んでいたドイツは1943年2月に壊滅、敗走を始めた。日本とドイツの降伏は不可避の状況になったと言える。 そうした中、1943年11月28日から12月1日にかけてアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、そしてソ連のヨセフ・スターリン人民委員会議長はテヘランで会談、ドイツ降伏後にソ連は日本と戦争を始めることで合意、1945年2月にウクライナ南部の都市ヤルタで開かれた会議でドイツ降伏から3カ月後にソ連は日本へ宣戦することが決まる。 すでに1942年の冬に入るとナチス親衛隊(SS)は戦況の悪化を認識、アメリカとの単独講和への道を探るためにOSSのアレン・ダレスに接触した。1944年になるとダレスの側近だったフランク・ウィズナー(戦後、破壊工作機関OPCを率いた)を介し、ドイツ軍でソ連に関する情報を担当していた情報将校のラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長)がダレスのグループと接触している。 ヤルタ会談とドイツ降伏の間に重大な出来事が起こった。4月12日にルーズベルト大統領が執務室で急死、JPモルガンをはじめとするウォール街が主導権を奪還したのだ。ルーズベルトが初めて大統領選挙で勝利し、大統領に就任した1933年にJPモルガンを中心とするグループはファシスト体制の樹立を目指すクーデターを計画した。この事実はスメドリー・バトラー海兵隊少将が議会で証言している。 関東大震災(1923年)からルーズベルトが大統領選で勝利(1932年)まで、JPモルガンは日本に大きな影響力を及ぼしていた。その巨大金融資本を率いていたジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアが結婚した相手と親戚関係にあった人物がジョセフ・グルー。 妻のアリス・ペリーは「黒船」で有名なマシュー・ペリー提督の末裔で、大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后(九条節子)とは華族女学校(女子学習院)から親しくしていた。グルー自身は1932年から駐日大使を務め、戦後はジャパン・ロビーの中心人物として日本の支配システム構築で重要な役割を果たすことになる。 1945年3月23日にはアメリカ軍の艦隊が沖縄への攻撃を開始、その3日後に慶良間諸島へアメリカ軍が上陸、4月1日には読谷、嘉手納、北谷へ上陸して地上戦が開始された。牛島満司令官は6月23日に自殺して指揮系統は崩壊するが、戦闘は続き、アメリカ軍が沖縄戦の終了を宣言したのは7月2日だった。日本側の死者は18万8136名(そのうち一般人は9万4000名)、アメリカ側は1万2520名とされている。 5月7日にドイツは降伏、ソ連は3カ月後までに対日参戦することが決まっている。そこでチャーチル首相はJPS(合同作戦本部)にソ連を攻撃する作戦を立案するように命令、できあがったのが「アンシンカブル作戦」だ。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていたが、これは参謀本部が拒否して実現しなかった。(Stephen Dorril著『MI6』Fourth Estate、2000年など) この攻撃プランをチャーチルの単なる思いつきだと考えるわけにはいかない。1939年頃、イギリスには「日本・アングロ(米英)・ファシスト同盟」を結成しようという案があったのである。(Anthony Cave Brown著『"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies』Macmillan、1988年)ただ、これは反ファシスト、反植民地を掲げるルーズベルトの存在が障害になって実現していない。 そして1945年8月にアメリカ軍は2発の原爆を日本へ投下した。6日にウラン235を使った「リトルボーイ」を広島市へ、また9日にはプルトニウム239を利用した「ファット・マン」を長崎市へ落とし、その年の12月末までに広島では約14万人、長崎では7万4000人程度が死亡したと言われている。勿論、この数字は熱戦や急性障害の犠牲者であり、晩発性の障害や遺伝的な影響は含まれていない。 当然、アメリカはヤルタでの取り決めを知っているわけで、原爆投下はソ連の対日宣戦布告を見越してのことであり、ソ連を意識してのことだ。実際は取り決めより1日遅れの8月9日にソ連は日本との戦争を開始する。 こうした事態を受けて開かれた「御前会議」で日本はポツダム宣言の受諾、つまりアメリカ、イギリス、中国、ソ連に降服することを決め、8月10日夜半には同盟通信の海外向け放送でこの決定を明らかにしている。最終的な受諾通告は8月14日。 8月15日に「終戦勅語」がラジオで放送されたが、堀田善衛氏の言葉を借りるならば、その内容は「負けたとも降服したとも言わぬ」不審なもので、日本に協力させられた国々に対しては、「遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス、という、この嫌みな二重否定、それきり」で、「その薄情さ加減、エゴイズム、それが若い私の軀にこたえた」(堀田善衛著『上海にて』)代物だった。 その翌日、日本軍に停戦命令が出るが、重光葵と梅津美治郎が降伏文書に調印したのは9月2日であり、この日、日本の敗北が正式に決まった。7月26日にアメリカ、イギリス、中国が連名で出した「ポツダム宣言」を日本が受け入れることを日本が正式に認めたということだ。 2発の原爆を含む空爆は住民の大量殺戮を目的としたものだが、それを指揮していたのがアメリカ空軍のカーチス・ルメイ。1945年3月から8月の間に彼が殺した日本の民間人は100万人以上だと言われている。大戦後、アメリカにはソ連への先制核攻撃を目論む好戦派が存在したことは本ブログでも繰り返し書いてきたが、ルメイはその中心グループに属している。 大戦後、ルメイたちはソ連に対する先制核攻撃を目論む。1948年から57年にかけてルメイはSAC(戦略空軍総司令部)の司令官を務めているが、このSACが1954年に立てた計画によると、600から750発の核爆弾をソ連に投下、2時間で約6000万人を殺すことになっていた。 1956年にルメイたちは1000機近いB47爆撃機をアラスカやグリーンランドの空軍基地から飛び立たせ、北極の上空を通過、ソ連の国境近くまで飛行してUターンさせるというソ連攻撃の演習を実施、ようするにソ連を挑発している。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、アメリカ軍がソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせたのは1957年初頭。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだとルメイなどの好戦派は見通していた。 1961年に大統領がドワイト・アイゼンハワーからジョン・F・ケネディに交代、その直後にCIAの支援を受けた亡命キューバ人の部隊がキューバへの軍事侵攻を試みて失敗、アメリカ軍の介入を拒否した。7月には軍や情報機関の幹部が核攻撃のプランを新大統領に説明するが、これも拒否、その後、アレン・ダレス長官をはじめCIAの幹部を追放、統合参謀本部議長だったライマン・レムニッツァーの再任を拒否している。 そして1963年11月22日、ケネディ大統領はダラスで暗殺された。このケネディと対立していた好戦派のルメイに対し、日本政府は翌年の12月7日に勲一等旭日大綬章を授与している。 フランクリン・ルーズベルトは「民主的国家そのものより強大なところまで私的権力が成長することを人びとが許容するなら、民主主義の自由は危うい」としたうえで、「個人、グループ、あるいは私的な権力をコントロールしている何かによって政府が所有されていることがファシズムだ」と1938年に語っている。 最近のアメリカ支配層の好戦派はカルト色が濃いが、その基盤には戦争ビジネスや金融機関といった巨大資本の強欲さがある。こうしたアメリカの好戦派に従属し、その利益のために奉仕、自らも儲けようとしているような人たちが集まって安倍晋三政権を作っている。つまり安倍政権はファシストであり、アメリカ支配層と同じ理念を持っている。 そのアメリカの好戦派は中東/北アフリカでイスラムとは無関係の「イスラム武装勢力」、ウクライナではナチスにつながる武装勢力を使って体制を転覆させ、傀儡国家を作り上げようとしている。その事実に触れようとする鳩山由紀夫元首相を「外務省」なる「顔なし妖怪」が批判するのは必然。何しろ自分たちの富と権力がかかっている。アメリカの好戦派に逆らうと全てを失うと恐れているのだろう。
2015.03.14
安倍晋三政権はマスコミに支えられながら戦争への道を驀進中だが、それに付随して国民の動静を監視するシステムを張り巡らせ、情報の統制を強化している。その背後では、集団的自衛権や改憲を実現して日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、TPPで議会から政策決定権を奪おうという動きもある。国民の意思を反映させる仕組みを完全に破壊し、日本に住む人びとや自然をアメリカ支配層へ献上しようとしている。 日本の支配層は強者総取りの不公正な社会システムを推進、犯罪が増えると「防犯」を名目にして街中に監視カメラを張り巡らせ、住民基本台帳ネットワーク、通信傍受法(盗聴法)、共通番号法、特定秘密法など反民主主義的な支配体制を着々と整備してきた。そして「対外情報機関」の創設という話が再び浮上している。 CIAでは反発が強いと思ったのか、イギリスのMI6(正式名称は秘密情報局/SIS)を持ち出してきたが、この情報機関の手も血まみれ。この機関の歴史を振り返ると、1938年にゲリラ戦を担当する「セクションD」を組織内に設置している。1940年にはウィンストン・チャーチル首相の命令で破壊活動を実行する秘密機関のSOEを創設した。 ドイツ軍のソ連侵攻(バルバロッサ作戦)をイギリスやアメリカの支配層は傍観していたが、1943年2月にドイツ軍が崩壊、ソ連軍が西へ向かって進撃し始めると7月にシチリア島へ上陸、翌年の6月にはノルマンディーへ上陸した。その直後、SOEはアメリカの戦時情報機関OSS(イギリスの情報機関を手本にして作られた)と共同してゲリラ戦を目的にジェドバラを始動させている。この部隊が後に「NATOの秘密部隊」やCIAの「テロ部隊」のベースになった。 ドイツが降伏した2カ月後、イギリスではMI6とSOEを統合、つまりMI6は破壊活動も担当することになる。そのプランに基づき、1946年にSOEは廃止され、MI6の内部にSOというセクションが作られる。 アメリカでは大戦後、平和時に情報機関は入らないという意見が強かったのだが、情報の収集と分析に特化するという条件でCIAが創設される。破壊活動はCIAの外部に設置された極秘機関OPCが行うことになり、SOと共同でヨーロッパに秘密工作のネットワークを作った。なお、OPCは後にCIAへ吸収され、計画局、作戦局、そしてNCS(国家秘密局)へとタグが付け替えられる。 こうした動きと並行する形でACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)が設置され、ヨーロッパ統合を目指すというプランが動き始める。その中心にはOSSの長官だったウィリアム・ドノバン、破壊活動を指揮していたアレン・ダレス、イギリスのチャーチルなど。この委員会は米英によるヨーロッパ支配を目的にしていた。ドイツが降伏した直後、チャーチルが米英とドイツでソ連を奇襲攻撃するというアンシンカブル作戦を実行しようとしたが、その作戦とACUEの背景は同じだ。 1949年にNATOが組織されると、その内部に破壊活動のネットワークが潜り込む。そして編成されたのが「NATOの秘密部隊」。NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があると言われ(Philip Willan著『Puppetmaster』Constable、1991年)、「右翼過激派を守る」ことを議定書は義務づけている。(Daniele Ganser著『NATO’s Secret Armies』Frank Cass、2005年) こうした秘密部隊の中で最も有名な組織はイタリアのグラディオ。1950年代から80年頃まで「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返し、クーデターも目論んでいる。こうした工作に参加したとして指名手配されていた前科のある人物に日本政府は数カ月で日本国籍を与えている。「テロの容疑者」を亡命させたわけだ。 ミラノ地裁が欠席裁判で終身刑を言い渡した容疑者を「テロリスト」と呼んだ日本のマスコミに対し、東京地裁の和田剛久判事は2003年6月、合計300万円の支払いを命じている。地裁の段階で有罪になっても確定したわけ出ないので犯罪者扱いすることは許されないということだった。日本にそうしたルールがあるとは寡聞にして知らない。 グラディオの存在は1972年に森の中で子どもが偶然、兵器庫を発見して発覚する。カラビニエッリと呼ばれる準軍事警察が捜査を開始するのだが、その翌月、捜査官が調べていた不審車両が爆発、「赤い旅団の犯行だ」という通報があったという。 その後、事件は有耶無耶なまま推移するのだが、その事実に気づいた判事が捜査の再開を決定、ジュリオ・アンドレオッチ首相もイタリアの対外情報機関SISMIの公文書を調べることを認めざるを得なくなる。そして1990年10月、首相はグラディオの存在を認める報告書を明らかにした。これを切っ掛けにして、NATO加盟国には秘密部隊が必ず存在することも判明した。 イタリアの左翼勢力に決定的なダメージを与え、治安体制を強化することになった爆弾工作を実行したのはグラディオだが、その背後にはSISMIがいることも明確になり、その歴代幹部が非公然秘密結社P2に所属していることも明るみに出た。勿論、SISMIを背後からCIAが操っている。そうした工作の資金としても大戦中にドイツや日本が略奪した財宝が使われてきたと言われている。 電子情報機関もアメリカのNSAとイギリスのGCHQを中心とするアングロ・サクソン系5カ国のネットワークUKUSAが存在する。このネットワークではカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの機関は米英両国の命令で動き、自国政府も工作の対象。つまり国家内国家になっている。これは「NATOの秘密部隊」と同じ構図だ。 自民党は日本にMI6を念頭においた情報機関を設置したいというが、情報機関とは単なる情報の収集と分析をする組織ではない。CIAもそうであるように、自国民も工作のターゲットになり、支配層にとって邪魔な存在を排除する暴力装置にもなる。 大戦後、OPCは東アジアでの活動拠点を上海に置いていたが、1949年1月に解放軍が北京へ無血入城、10月には中華人民共和国が成立している。そうした流れの中、OPCは上海を引き払って日本へ移動、厚木基地などを拠点にしはじめた。その1948年に帝銀事件、翌49年に下山事件、三鷹事件、松川事件、52年に菅生事件といった「謀略事件」が起こっている。 そうした事件を起こしうる機関を安倍政権は作ろうとしているとも言えるのだが、こうした計画は現政権の独創ではない。WikiLeaksが明らかにした文書によると、2008年10月、内閣情報官の三谷秀史がランダル・フォート米国務省情報調査局長と人を使った情報活動、いわゆるHUMINTについて話し合い、公安調査庁の長官だった柳俊夫はフォート局長に対し、テロに関する情報のほか、朝鮮と中国に関する情報を日本は最優先しているとしている。 新情報機関の設置は福田康夫と麻生太郎両政権のときに決まったようだが、アメリカ側はエージェントの訓練をアメリカは急がせているようで、2006年にはフォートから日本のビジネスマンや商社マンのネットワークから協力者を指名するように促している。日本を支配する道具としてもアメリカ支配層は新機関を利用するつもりだろう。もう始動しているかもしれない。
2015.03.13

EUやアメリカ支配層の一部も全面核戦争を懸念し始めるほど、アメリカの好戦派、つまりネオコン/シオニスト、キリスト教系カルト、戦争ビジネスなどは暴走している。世界制覇のプランが揺らぎ、予定が狂い、焦っているのかもしれない。ウクライナで和平交渉が進む中、アメリカ/NATOの好戦派は軍事的にロシアを挑発、軍事的な緊張は高まっている。 好戦派の世界制覇プランがDPGの草案という形で現れたのは1992年のこと。この草案はリチャード・チェイニー国防長官の下、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドが中心になり、国防総省のアンドリュー・マーシャルONA(ネット評価室)室長から助言を得て作成されたとされている。 この草案は一端、封印されたのだが、2000年にネオコンコンシンクタンクのPNACが「米国防の再構築」という報告書で復活させた。この年に行われたアメリカ大統領選挙で勝利したジョージ・W・ブッシュを担いでいたのは、この報告書を作成したグループと重なる。そのひとりがロバート・ケーガン。ウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを現場で指揮したきたビクトリア・ヌランド国務次官補の結婚相手だ。 ケーガンはロナルド・レーガン大統領の時代にメディア操縦の手法も学んでいる。その師にあたる人物がCIAのプロパガンダ担当オフィサーで1982年からNSC(国家安全保障会議)のスタッフになっていたウォルター・レイモンド。 この年、レーガンはイギリス下院の本会議で「プロジェクト・デモクラシー」という用語を使ったが、勿論、真の意味で民主化しようというわけではない。民主化という名目で体制を転覆させ、自分たちの傀儡国家にしようというプロジェクト。1983年にSPGなるグループをNSCの内部に設置、偽情報を流して混乱させ、文化的な弱点を利用して心理戦を開始する。(Robert Parry著『Secrecy & Privilege』The Media Consortium、2004年) この当時、アメリカの有力メディアにも気骨あるジャーナリストは少ないながら、存在した。そうしたひとりがニューヨーク・タイムズ紙のレイモンド・ボンナーで、1982年1月にはエルサルバドル軍による虐殺事件を記事にした。その直前、1981年12月にエルサルバドル北部で約1000名が住む村で女性や子供を含む約800名の村民が殺されたのである。 ワシントン・ポスト紙のアルマ・ギラーモプリエト記者も同じ内容の記事を書き、首都サン・サルバドールのアメリカ大使館が派遣したトッド・グリーントゥリーとジョン・マッケイも虐殺の事実を確認している。 ところが、アメリカ政府は大使館の報告書を無視、国務次官補のトーマス・エンダースとエリオット・エイブラムスは虐殺に関する記事を誤報だと非難した。ジーン・カークパトリック国連大使に言わせると、「右翼独裁者は人権を守り、難民を生み出さない」らしい。(John Prados著『Safe For Democracy』Ivan R. Dee、2006年) このエリオット・エイブラムズの下でケーガンは活動、さまざまな思想戦の手法を学び、ネオコンの世界制覇プランにも活用、妻のヌランドの言動にも影響しているのだが、その一方でボンナーのようなジャーナリストは有力メディアの世界から排除されていった。今は見る影もない。日本のマスコミがいかに無惨な状態かを欧米のジャーナリストに説明すると、異口同音に「どこも同じだ」と言われる。 ポーランドの労組「連帯」は1980年に創設されているので「プロジェクト・デモクラシー」に先行している形だが、関係はしている。この労組を含む東欧の「民主化勢力」はCIAと緊密な関係にあり、西側の反核団体から体制を越えた運動を持ちかけられた際、ソ連を破壊するためには核兵器が必要だとして拒否している。 ソ連消滅後、アメリカは旧ソ連圏を分割、支配していき、1999年にはNATO軍がユーゴスラビアを先制攻撃しているが、このときには偽情報を流し、「人道」という看板をアメリカは掲げていた。ウクライナやグルジアなどで行われた「カラー革命」、最近では地中海沿岸の国で実施された「アラブの春」、そして昨年2月にウクライナでネオ・ナチを使って実行されたクーデター、いずれもメディアを使ったプロパガンダを使っている。 現在、ヌランドやケーガン、あるいはフィリップ・ブリードラブNATO欧州連合軍最高司令官/在欧米空軍司令官のような好戦派はウクライナでの軍事的な緊張を高め、和平交渉を壊そうとしている。 マレーシア航空17便撃墜を利用してロシアを悪魔化、軍事的な圧力を強めようとしたのだろうが、この旅客機は北へ大きくコースを逸脱、ロシア側の主張だけでなく、現地住民も旅客機の周辺をキエフ軍の戦闘機が飛んでいたと証言、この事実はBBCロシアの取材チームも確認している。この報道をBBCは慌てて削除したようだが、コピーされた映像がインターネット上を流れている。 MH17が飛行していた高度は1万メートルのあたりで、キエフ政権と戦う人民共和国軍の地対空ミサイルは届かない。そこでブーク防空システムを使ったという話が出てくるのだが、キエフ政権のビタリー・ヤレマ検事総長は、軍からの情報として、反キエフ軍がこうしたミサイルを奪取したことはないと発表する。そこで、ロシア側から持ち込まれたというシナリオがアメリカ政府やキエフ政権は主張するのだが、ブークが使われれば明確な痕跡が空中に残り、住民に目撃され、撮影されているだろう。つまり可能性はきわめて低い。ブーク・ミサイル発射直後の痕跡 ブーク・ミサイルの痕跡(2) 以前にも書いたが、MH17が戦闘機に撃ち落とされた可能性が高いことは残骸に残された穴が示している。入射穴と出射穴があるなど銃撃されたことを示す痕跡が残っているのだ。OSCE(欧州安全保障協力機構)の調査官も榴散弾ではなく左右から銃撃された可能性が高いと語っている。 12月25日付けのコムソモルスカヤ・プラウダにウクライナ空軍の「アレキサンドル」と名乗る人物がMH17が撃墜された当日の様子を証言している。この人物は部隊から逃げ出し、コムソモルスカヤ・プラウダを訪れたということだが、親戚がまだウクライナにいるので、報復を避けるため匿名にしているとしている。 その「アレキサンドル」によると、当日の午後、3機のSu-25が基地を離陸、そのうち1機には空対空ミサイルが搭載されていたが、戻ってきたときにミサイルはなくなっていたという。 ここにきて、SU-25の主任設計者だったというウラジミル・ババクがドイツのメディアのインタビューで、SU-15攻撃可能な高度は3000メートルから4000メートルで、MH17を撃墜することは不可能だと語ったという。 しかし、戦闘機を製造したスホイによると、SU-25は7000メートルまで使え、ロシア系テレビ局RTによると、ロシア軍は1万0500メートルまで上昇することを許可しているとセルゲイ・ボリシュク少将が語っている。少将本人も実際に何度か1万2000メートルまで到達したことがあり、1万4000メートルまで上った同僚もいるということだ。 繰り返しになるが、ババク証言を信頼できるかどうかに関係なく、ブークでMH17が撃墜されたとは考え難い。この事実に変化はない。
2015.03.12
東電福島第一原発が「過酷事故」を起こしたのは2011年3月11日、4年前のことになるが、今でも放射性物質は環境中へ放出され続けている。事故直後に炉心はメルトダウン、溶融物がどのようになっているかも不明のままだ。建屋の外で1センチメートル程度の燃料棒の破片が見つかったと報道されているのだが、2011年7月28日に開かれたNRCの会合で、新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は、発見された破片が炉心にあった燃料棒のものだと推測している。 事故で放出された放射性物質の総量はチェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表されているが、その算出方法に問題があるとも指摘されている。計算の前提では圧力抑制室(トーラス)の水で99%の放射性物質が除去されることになっているが、今回は水が沸騰していたとみられ、ほとんどの放射性物質が環境中に漏れ出たと考えるべき状況。トーラスへの爆発的な噴出で水が存在していても吹き飛ばされ、除去できないとする指摘もある。 いずれにしろ圧力容器内の放射性物質がストレートに外部へ出た可能性が高いと言うことであり、原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2〜5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) 福島第一原発の事故は史上最悪だということ。1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発事故の場合、その人体への影響が本格的に現れてくるのは20年から30年後、つまり2006年から2016年のあたりからだと見られていたが、すでに深刻な影響が出ている。 ロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループがまとめた報告書『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する重大な影響』によると、1986年から2004年の期間に、事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。癌や先天異常だけでなく、心臓病の急増や免疫力の低下が報告されている。 福島県の調査でも甲状腺癌の発生率が大きく上昇していると言わざるをえない状況。少なからぬ子どもがリンパ節転移などのために甲状腺の手術を受ける事態になっているのだが、原発事故の影響を否定したい人びとは「過剰診療」を主張している。手術を行っている福島県立医大の鈴木真一教授は「とらなくても良いものはとっていない」と反論しているが、手術しなくても問題ないという「専門家」は、手術しなかった場合の結果に責任を持たなければならない。どのように責任をとるのかを明確にしておく必要がある。 事故直後、福島の沖にいたアメリカ海軍の空母ロナルド・レーガンに乗船していた乗組員にも甲状腺癌、睾丸癌、白血病、脳腫瘍といった症状が出ているようで、放射線の影響が疑われ、アメリカで訴訟になっている。カリフォルニアで先天性甲状腺機能低下症の子どもが増えているとする研究報告もある。 言うまでもなく、福島第一原発の敷地内で作業している人びとへの影響も懸念され、実際、少なからぬ死者が出ていると噂されている。敷地内で死亡しなければ原発事故と無関係と言うことにされ、全国の大学医学部で「献体」として処理されているとも言われているが、真偽は不明だ。
2015.03.12
全面核戦争になるであろう第3次世界大戦の危機が高まる中、西側支配層の内部で対立が生じている。好戦派の暴走にブレーキをかける動きが出てきたのだが、日本は好戦派に従属したまま。その関係を象徴しているのが世界第10位の金持ちで、2013年にはイランを核攻撃で脅すべきだと主張していたシェルドン・アデルソンだ。この人物は賭博を稼業とし、昨年2月には日本を訪れて100億ドルをカジノのために投資したいと語っている。 日本には競馬、競輪、競艇、オートレース、さらにグレーゾーンながらパチンコといった博奕が存在、政治家や官僚の利権になっている。そうした人びとの世界でカジノを合法化したいという思いは昔からあり、2010年4月には超党派でカジノ議連(国際観光産業振興議員連盟/IR議連、通称:カジノ議連)が設立された。その時に参加した議員は74名、現在は224名に達するという。 アデルソンは日本でカジノ・ビジネスを展開するため、2013年11月にはIS議連の細田博之会長(自民党幹事長代行)にプレゼンテーションを行い、東京の台場エリアで複合リゾート施設を作るという構想の模型を披露しながらスライドを使って説明したという。その翌月、自民党などはカジノ解禁を含めた特定複合観光施設を整備するための法案を国会に提出した。 そして2014年2月にアデルソンは来日、日本へ100億ドルを投資したいと語る。世界第2位のカジノ市場になると期待、事務所を開設するというのだが、安倍晋三首相はすぐに反応、翌月の衆議院予算委員会でカジノを含む「統合型リゾート(IR)」に前向きの発言をしたのだ。そして5月、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は日本政府高官に対し、アデルソンへカジノのライセンスを速やかに出すよう求めたとイスラエルのハーレツ紙が今年2月5日付け紙面で伝えている。 アデルソンを単なる賭場の胴元だと考えてはならないことはイランへの好戦的な発言からもわかる。アデルソンに動かされていると言われるネタニヤフの好戦性はイスラエルの情報機関、モサドの長官を務めたメイル・ダガンらからも批判されるほど危険なもの。カジノに目が眩んでいるのかもしれないが、日本の政治家は自分たちが誰に取り込まれようとしているかを理解しなければならない。カジノも地下経済と深く結びつき、オフショア市場(タックス・ヘイブン)ともつながっているわけで、情報機関や犯罪組織も関係してくる。 アデルソンはアメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営している。現在、マカオは中国領だが、1999年まではポルトガルの植民地。第2次世界大戦でポルトガルは「中立国」だったが、1942年から45年までは日本がマカオを占領していた。 大戦中、ドイツや日本は占領地で金塊や財宝を略奪したが、戦争の終盤にそれらを隠し始める。ドイツは「中立国」のスイスやポルトガルへ持ち込み、日本はフィリピンに集積させて一部は日本へ持ち帰った。フィリピンでは山間部に埋められたと言われているが、金塊が東京にあるスイス系銀行、マカオにあるポルトガル系銀行、あるいはチリやアルゼンチンの銀行へ運び込まれたとも言われている。(Sterling & Peggy Seagrave, “Gold Warriors”, Verso, 2003)(注) こうした財宝の存在をアメリカはつかみ、情報はヘンリー・スティムソン陸軍長官(戦争長官)へ伝えられた。その下にいたのがジョン・マックロイ、ロバート・ラベット、そしてロバート・アンダーソン。1944年7月に連合国の44カ国から代表がアメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズに集まって国際通貨金融会議が開かれたが、その際、極秘裏に略奪財宝の処理方法について協議されたとも言われている。 その後、金の取り引きが規制されるのだが、マカオは「見落とし」で協定の対象外になり、日本に利用されることになった。ヨーロッパではスイスにある国際決済銀行(BIS)がナチスの略奪財宝をロンダリングしたと信じる人は少なくない。マカオやBISは戦後の闇へ通じている。 西太平洋の情報活動はダグラス・マッカーサーがOSSを排除していたことから、チャールズ・ウィロビーが指揮することになる。ウィロビーはドイツ生まれで、親ナチスとして知られている。占領時代の日本ではGHQ/SCAPのG2(情報担当)部長を務め、「怪事件」の黒幕と噂されている。フィリピンでの財宝捜索はマッカーサーと親しい「超保守的な企業弁護士」のコートニー・ホイットニー中佐が行う。企業弁護士ということは、OSSの長官だったウィリアム・ドノバン、破壊活動を指揮していたアレン・ダレスたちのようなウォール街の弁護士と同じ世界の人間ということだ。 後にフェルディナンド・マルコスは財宝の一部を探し出したと言われている。マルコスにビューティー・クィーンだったイメルダ・ロムアルデスを紹介したフィリピン系アメリカ人のサンタ・ロマーナはマッカーサーやホイットニーと親交があり、何らかのつながりから財宝に関する知識を得たと言われている。その情報がイメルダを介してマルコスへ伝わった可能性がある。 財宝に関する情報は捕虜になっていた日本軍の将校からロマーナが聞き出し、エドワード・ランズデール大尉(当時)へ伝えられたのは日本が降伏した後の1945年10月。その情報を持ってランズデールは東京へ向かい、マッカーサー最高司令官のほか、G2のウィロビー少将やGS(民政局)のホイットニー准将へ伝え、さらにワシントンDCでジョン・マグルーダー准将へ説明した。マグルーダーはOSS出身。つまりドノバンの部下だった人物である。マグルーダーの命令でランズデールはハリー・トルーマン大統領の国家安全保障を担当スタッフにも会ったという。そしてスティムソン陸軍長官が知るところになり、財宝をアメリカの国際戦略に利用しようと考えたようだ。 ちなみに、OSS(アメリカの戦時情報機関)のメンバーだったランズデールは山下奉文大将が降伏した8日後にフィリピンへ入り、ウィロビー少将の下へ配属になっていた。ランズデールは戦後、CIAの幹部として秘密工作を指揮することになり、その中にはキューバの革命政権を倒す工作も含まれている。 この財宝に関する情報が外部へ漏れる切っ掛けはマルコスがアメリカ軍に国外へ連れ出されてから。1983年8にマルコスの政敵だったベニグノ・アキノが空港で射殺され、フィリピン国内で反マルコスの声が高まっていく。1986年2月には大規模な抗議活動が展開され、100万人がマニラの通りを埋めたとも言われている。そうした混乱の中、マルコスは家族と一緒にハワイへ連れ出された。この作戦の黒幕はネオコンの大物、ポール・ウォルフォウィッツだという。そして、マルコスの財宝に関する裁判が起こされ、情報が漏れ出すことになった。 なお、アデルソンが仲間とラスベガスのサンズ・ホテルを買収し、カジノの世界へ入るのは1989年のことだ。(注)現在、ギリシャ政府はドイツに対し、大戦時に盗んだ財宝を返すように要求しているが、その根拠はここにある。その要求が拒否されたことからギリシャ政府はドイツ資産を押さえるとしている。
2015.03.11
IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を支援していた4名の外国人軍事顧問をイラクの対テロ部隊が拘束したとイランで報道されている。そのうち3名はイスラエルとアメリカの二重国籍で、もうひとりはペルシャ湾岸の出身だという。この情報の信頼度は不明だが、これまでに伝えられてきた情報から考えて、こうしたことが起こっても不思議ではない。 少し前、イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将はISの司令部がイラクのアメリカ大使館にあると語り、ISを実際に指揮している、あるいは生みの親はアメリカ陸軍の退役少将で心理戦の専門家であるポール・バレリーだとする情報も伝えられている。 バレリーたちはベトナム戦争でアメリカは戦闘で負けたのではなく、事実が報道されたことで負けたと考え、報道をコントロールすることに力を入れてきた。バレリー自身、アメリカのFOXニュースに「軍事アナリスト」の肩書きで登場していたこともある。 本ブログでは何度も書いてきたが、第2次大戦後、アメリカでは「モッキンバード」と呼ばれるメディア操作を目的としたプロジェクトが実行されている。その中心はアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハム。 ダレスは兄にジョン・フォスター・ダレスと同じようにウォール街の大物弁護士で、大戦中から破壊活動を指揮、ウィズナーとヘルムズは情報機関(OSS)でダレスの部下として活動していた。ウィズナーもウォール街の弁護士で、戦後は破壊工作を目的とした極秘機関OPCの責任者を務めた。ヘルムズは後にCIA長官に就任するが、彼の祖父にあたるゲイツ・ホワイト・マクガラーは国際的な投資家で、グラハムの義理の父、ユージン・メイヤーは世界銀行の初代総裁。このふたりもウォール街との関係が深いと言える。 グラハムはワシントン・ポスト紙の社主だったが、1963年8月、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される3カ月前に自殺し、妻のキャサリン・グラハムが引き継ぐ。言うまでもなく、キャサリンはユージン・メイヤーの娘。ウォーターゲート事件でリチャード・ニクソン大統領を失脚させた当時、ワシントン・ポスト紙の社主を務めていたことでも知られている。 キャサリンに目をかけられていたベンジャミン・ブラッドリーの妻は、ケネディ大統領の愛人だったと言われているマリー・ピンチョットの姉妹。マリーは大統領がダラスで暗殺された約1年後に殺されている。死後、彼女の日記はCIAの対情報工作部長でダレスの側近だったジェームズ・ジーザス・アングルトンが持ち去った。アングルトンは戦争前からファシストと緊密な関係にあり、1960年代にはワシントンDCで反コミュニスト・トリオのひとりに数えられていた。残りのふたりはヘンリー・キッシンジャーの師匠にあたるフリッツ・クレーマーと労働組合に君臨していたジェイ・ラブストーン。 キャサリンの下、ワシントン・ポスト紙の記者としてウォーターゲート事件を明るみに出したことで有名なカール・バーンスタインは1977年に同紙を退社し、ローリング・ストーン誌で「CIAとメディア」という記事を書いた。その冒頭、400名以上のジャーナリストがCIAのために働いているとしている。(Carl Bernstein, “CIA and the Media,” Rolling Stone, October 20, 1977) このように、アメリカの支配層はメディア支配に力を入れていたのだが、バレリーは不十分だと考えていたわけだ。1970年代の半ばに議会が情報機関の違法活動を調査、その一端を明るみに出したが、こうしたことが再発しないような方策が打ち出されたこともあり、メディアの粛清は進む。「規制緩和」で巨大資本のメディア支配も進んだこともプロパガンダ機関化を徹底させることになった。アメリカの有力メディアに「報道の自由」を期待するのは無い物ねだりだ。 こうした体質のメディアが中東、北アフリカ、ウクライナなどで偽情報を流して好戦的な雰囲気を高めてきたことは必然だが、ここにきてドイツでは風向きが変わってきた。あれだけアメリカのプロパガンダを展開してきたシュピーゲル誌も好戦派、フィリップ・ブリードラブ欧州連合軍最高司令官やアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補らを批判する記事を掲載するようになったのだ。 ロシアとの核戦争へと突き進む好戦派を懸念する人はアメリカ軍の中にも広がっているようで、1997年から2000年にかけて欧州連合軍最高司令官を務めたウェズリー・クラークはCNNの番組でアメリカの友好国と同盟国がISを作り上げたと語って好戦派と「テロリスト」の関係を口にし、アメリカの傀儡と言われているドイツのアンゲラ・メルケル首相でさえ好戦派にブレーキをかけようとしている。 そうした中、アメリカの好戦派に従い、自分たちも暴走しているのが日本の政府やマスコミ。「リベラル派」や「革新勢力」も同調してきた。来日したメルケル首相もそうした状況を懸念しているだろう。何しろ、人類の運命がかかっている。
2015.03.09

アメリカ議会でイラン攻撃の演説をして出席した議員からスタンディング・オベイションを受けたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相だが、テル・アビブでは3万人とも4万人とも言われる抗議のデモ隊に迎えられた。ネタニヤフ政権の好戦的な政策はイスラエルを危険な方向へ導くということで、その中には元モサド長官のメイル・ダガンや元副長官のアミラム・レビンも含まれている。 ダガンはモサドの長官だった2010年にネタニヤフ首相からイランと戦争を始める準備をするように命令されたことがある。この決定は全閣僚が参加した会議で決められたわけでなく、閣内で開戦に賛成していたのは首相に近い7名だけだったとされている。そこで軍も情報機関も命令を拒否したようだ。 2012年に行われたアメリカの大統領選挙で、ネタニヤフ首相は共和党のミット・ロムニーに肩入れした。ロムニー自身も富豪だが、そのスポンサーにはカジノ業界の大物でラスベガス・サンズを所有するシェルドン・アデルソンも含まれている。かつて、この人物はニュート・ギングリッチの後ろ盾として知られていたが、このときはロムニー。ネタニヤフを操っているとも言われている。強者総取りの政策を推進、環境規制をなくそうとしている石油業界のコーク兄弟もアデルソンと同じ政治的な立場の富豪だ。 昨年2月に来日したアデルソンは日本に100億ドルを投資したいと語った。世界第2位のカジノ市場になると期待、事務所を開設するというのだが、安倍晋三首相はすぐに反応する。翌月、衆議院予算委員会でカジノを含む「統合型リゾート(IR)」に前向きの発言をしたのだ。そして「国際観光産業振興議員連盟(IR議連)」なる超党派のグループもできた。カネ儲けとなると、議員の動きは素早い。 そして5月、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は日本政府高官に対し、アデルソンへカジノのライセンスを速やかに出すよう求めたとイスラエルのハーレツ紙が今年2月5日付け紙面で伝えた。安倍、アデルソン、ネタニヤフのつながりは博奕の世界を超えて軍事にもおよぶ。安倍政権の政策を考える上でもアデルソンの存在は無視できない。アデルソンやコーク兄弟はアメリカの軍部にも強力なコネクションを持っている。 第2次世界大戦の直後からアメリカにはソ連を先制核攻撃したいと考える好戦派が存在したことは本ブログで繰り返し書いてきた。その人脈は現在でも健在で、戦争ビジネスやキリスト教系カルト(聖書根本主義派、福音主義派、原理主義者などと呼ばれる)が中心。カルトの源流はカルバン派と言えるだろう。 カルバン派の一派がピューリタン。1640年から60年にかけてイギリスで革命を成功させているが、そのときに議会派の軍を指揮していたのが地主や富裕な商工業者を後ろ盾とするオリバー・クロムウェル。 革命の前、1620年に宗徒の一部はメイフラワー号でアメリカへ渡った。彼らは自分たちを選ばれた民だと認識していたようで、北アメリカで「新イスラエル」を建設するつもりだったという。先住民は野蛮で未開の「サタンの息子」ということになり、虐殺されていく。クリストファー・コロンブスがカリブ海に現れた1492年当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたと推測されているが、1890年にウーンデッド・ニー・クリークで先住民の女性や子供が騎兵隊に虐殺された時には約25万人に減少していた。こうした歴史を持つアメリカでカルトが広がっても不思議ではなく、クロムウェルを考えれば軍隊と結びつくのも必然なのだろう。 ナチスはカルト集団でもあったが、似たことがアメリカでも起こっている。アメリカのカリフォルニア州にオレンジ郡と呼ばれる地域があるのだが、そこはキリスト教原理主義の拠点であるとともに、軍需産業の拠点でもある。 特殊部隊とキリスト教原理主義との結びつきを象徴する人物がイラクで「掃討作戦」を指揮してきたウィリアム・ボイキン中将。特殊部隊の出身で、2003年から国防副次官を務めた。その年、ボイキンはある協会で講演、自分たちの敵はオサマ・ビン・ラディンでもサダム・フセインでもなく、「サタン」と呼ばれる霊的な敵なのだと主張している。(NBC News, 2003年10月15日) アメリカでは情報機関、軍、警察の外部委託が進み、傭兵会社も設立されている。その中でも有名な企業がアカデミ(当初の名称はブラックウォーター)。創始者のエリック・プリンス自身は海軍特殊部隊、SEALsの出身で、熱心なキリスト教原理主義者としても知られている。姉妹のベッツィーが結婚した相手、ディック・デボスは「アムウェイ」会社の創設者である。この会社にはキリスト教カルトを信じる重役もいて、何人かは「マルタ騎士団」のメンバーであることを吹聴している。(Bill Berkowitz, ‘Blackwataer Blues for Dead Contractors’ Families’, IPS, June 29, 2007) 1980年代の前半、アメリカ軍の内部に「悪魔教」の信者がいると問題になったことがある。そのひとりが第7心理戦作戦グループのマイケル・アキノ中佐。退役後に悪魔崇拝だという「セトの神殿」なるセクトを率い、ナチスが行っていた儀式を取り入れていたようだ。 イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将によると、ISの司令部はイラクのアメリカ大使館にあるのだが、ISを実際に指揮している、あるいは生みの親だと噂されている退役少将のポール・バレリーは軍隊時代にアキノの上官で、心理戦に関する報告書を共同執筆している。 こうしたアメリカの好戦派は中東/北アフリカだけでなく、ウクライナでもロシアとの戦争を目指している。ここにきてEUの内部でアメリカ離れが起こり、アメリカでもバラク・オバマ大統領との対立が顕在化しているが、好戦的な動きをオバマ大統領は抑えられないでいる。 そうした好戦派の黒幕グループにアデルソンも含まれ、安倍首相はその影響下にある。安倍政権の本質を知るためには、中東/北アフリカやウクライナの情勢を直視しなければならない。好戦派がIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)やネオ・ナチを使ってきたという事実から目を背けては、安倍政権の危険性を理解できない。
2015.03.08
ジョン・ベイナー下院議長を含む議員がバラク・オバマ大統領に対し、ウクライナへ武器を供給するように求める書簡を出したという。「ロシアの侵略行為を止めるため」だというが、ウクライナを侵略しているのはアメリカ/NATO。事実関係をチェックすれば明白なことで、侵略の手先としてシオニストやネオ・ナチ(ステファン・バンデラの信奉者)を使っていることも否定しようがない。それでも平然と嘘をついているわけだ。 ベイナー議長と言えば、オバマ大統領に相談せずにイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を議会に招待、イランを攻撃する演説をさせた張本人。この演説はオバマ大統領に対する批判でもあった。あまりの暴挙に60名近くの議員が姿を見せなかったというが、出席した議員からスタンディング・オベイションがあったことも事実で、アメリカ政界の腐敗ぶりを示すことにもなった。 ロシアを弱体化、あるいは消滅させるためにはウクライナを制圧する必要があると考えたひとりがズビグネフ・ブレジンスキー。ウクライナは鉱物資源が豊富で重要な農業生産国であり、交通の要衝でもある。1991年にソ連が消滅、ロシアを属国化することに成功するが、21世紀に入ってロシアは独立国として復活した。アメリカの支配層は再度、ロシアを制圧しようとしゃかりきだ。 ソ連消滅の翌年、1992年にはリチャード・チェイニー国防長官の下、アメリカの世界支配を前面に出したDPGの草案が作成されている。作業はポール・ウォルフォウィッツ国防次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドが中心になり、国防総省のONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルから助言を得ていたという。 マーシャルはシカゴ大学で経済学を学んだ後、米軍系シンクタンクのRANDに入って核戦争について研究、リチャード・ニクソンが大統領だった1973年にONAが創設されると室長に就任した好戦派で、ソ連脅威論の発信源でもあった。 この主張はCIAの分析部門の判断と対立、そこでCIAの内部でソ連脅威論を宣伝するため、ジェラルド・フォード政権のときに「チームB」が活動を開始する。そのときのCIA長官がジョージ・H・W・ブッシュ。チームを率いたハーバード大学のリチャード・パイプス教授はネオコン。メンバーの中にはウォルフォウィッツも含まれていた。 アメリカの政策決定に大きな影響力を持ってきたひとりがヘンリー・キッシンジャーだが、その師にあたる人物がフリッツ・クレーマー。第2次世界大戦の最中、1943年2月にキッシンジャーはアメリカ陸軍へ入り、6月にアメリカの市民権を獲得したが、その時にクレーマーと知り合っている。 クレーマーの紹介でキッシンジャーはアレキサンダー・ボーリング中将の通訳兼ドライバーになり、後に陸軍の情報分隊(後のCIC)へ配属された。大戦後にアレン・ダレスとつながるが、言うまでもなく、この人物は戦争中から情報機関で破壊活動を指揮し、後にCIA長官に就任するウォール街の大物弁護士。 クレーマーは外交の本質を政治的な強さと軍事力に求め、経済面は軽視していた。大戦後にアメリカの軍部に顧問として入り、大きな影響力を持ち、その考え方は弟子にあたるキッシンジャーに受け継がれている。こうした思考はさらに広がり、最近ではコンドリーサ・ライス元国務長官がFOXニュースのインタビューの中で、控えめで穏やかに話すアメリカの言うことを聞く人はいないと語っている。 マーシャルが経済学を学んだシカゴ大学はネオコンの大物が教授として在籍していた。そのひとりが新自由主義を布教することになるミルトン・フリードマン。ネオコンの思想的な支柱と言われているレオ・ストラウスもシカゴ大学で教鞭を執っていた。ストラウスの教え子のひとりがウォルフォウィッツだ。 20世紀にアメリカは「超大国」と見なされるようになり、その一方でヨーロッパは衰退した。その原因は2度の世界大戦にあるが、またアメリカはヨーロッパとロシアを戦乱と混乱で破壊しようとしている。戦場がヨーロッパやロシアに限定されていれば、アメリカにとってのメリットは大きい。そこで、アメリカは軍事的な緊張を高めたがり、EUは和平を目指し始めた。EUにはアメリカの傀儡政治家が多いが、自分たちの存在が危うくなっていることに気づいて方針を変更したのだろう。 しかし、アメリカはあくまでも戦争を目指す。武器を供給するだけでなく、傭兵を送り込む仕組みを作ろうとしているように見える。チェチェンの反ロシア勢力をCIAはグルジアのパンキシ渓谷で訓練しているが、そこから戦闘員をウクライナへ入れる可能性は高いだろう。 昨年2月、キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で狙撃のために少なからぬ人が殺されたが、指揮していたのはアンドレイ・パルビー、狙撃手の多くはグルジアから入ったと言われている。今後、中東や北アフリカの情勢次第では、こうした地域から戦闘員がウクライナへ移動してくることも想定できる。中国も警戒しているだろう。
2015.03.07
韓国や朝鮮の人びとがアメリカに好感を持っていなくても不思議ではないが、だからといって日本の支配を憎んでいないとは言えない。留学帰りの韓国人と話をしていた時、最初は外交辞令的なことを話していたが、親しくなってくると日本が行ってきたことに対する怒りを口にするようになった。「慰安婦」の話は庶民も「体験」として知っているわけだが、エリートは庶民が聞かされていない事実を知っている。それだけに、日本への怒りは大きい。 その韓国人が留学していたのはアメリカのジョージタウン大学。全世界に戦乱を広げているネオコン/シオニストが拠点にしているシンクタンクのひとつ、CSISを付属機関としていた大学だ。 1962年に大学の付属機関としてCSISが設立された際、CIA副長官だったレイ・クラインも創設者として名を連ねていた。CIAとの関係が深いということだが、その事実が1980年代に入って広く知られるようになり、1987年にジョージタウン大学はCSISとの関係を解消した。大学への信頼度が低下することを恐れたようだ。 しかし、日本では大手マスコミにCSISの人間が「専門家」として登場するだけではなく、政治家、官僚、研究者の中にも崇拝者が少なくない。一種の「権威」になっているようだ。 「受験戦争」で勝ち残った「秀才」たちは出題者が望む解答を出す能力の高い人たち。現実の問題を解決する能力があるかどうかとは関係ない。彼らは出題者としての「権威」を求めているような気がする。留学帰りの韓国人に対し、CSISの日本における評価を説明したところ、即座に「まさか」と反応した。このシンクタンクを本当に信頼することは考えられないということだ。 植民地を経験した国のエリートは面従腹背で支配者と接する。本気でアメリカを尊敬し、従属する愚かな人は少ないようだ。勿論、そうした国のエリートたちは日本人と話すとき、日本を持ち上げることも忘れない。それを真に受けているような人間に外交はできない。 中国の場合、最も憎まれているのはイギリス。言うまでもなく、アヘン戦争の恨みだ。経済戦争で中国(清)に敗れた「資本主義国家」のイギリスは麻薬を売りつけることで赤字を解消しようと目論む。それを拒否した相手に戦争を仕掛けて強引に買わせ、ついでに利権を奪ったわけだ。 1970年代の末にアメリカがアフガニスタンで戦争を始めて以来、世界最大の麻薬生産地は東南アジアからアフガニスタンとパキスタンの国境周辺へ移った。ベトナム戦争が終わり、アフガン戦争が始まったことに伴う現象だとも言える。南アジアがケシの栽培に適していることは19世紀も同じで、イギリスは植民地のインドから中国へ運び込んでいる。 アヘン戦争は1840年から42年にかけて行われているが、その前からイギリスは麻薬を中国へ密輸出していた。そうした取り引きで大儲けした会社のひとつがジャーディン・マセソン商会。清からさらに略奪するため、イギリスは1856年にも言いがかりから戦争を始めた。1860まで続いたアロー戦争(第2次アヘン戦争)だが、その最中、1859年に同社が日本へ送り込んだエージェントがトーマス・グラバー。 アロー戦争が終わった次の年にグラバーは自分の会社を設立、クーデターには武器が必要ということでは武器を買い込んだ。坂本龍馬、後藤象二郎、岩崎弥太郎たちもグラバー邸に出入りしていたようだが、1867年の「大政奉還」もあって戦闘が予想外に早く終結し、70年に会社は倒産した。グラバーは岩崎が作り上げた三菱の顧問になる。 グラバー商会が設立されてから2年後、1863年に長州藩は井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)をイギリスへ送り出した。その手配をしたのがグラバーであり、渡航にはジャーディン・マセソン商会の船が使われている。 徳川体制を倒した薩摩藩と長州藩を中心とする勢力は新政府を樹立、1871年7月に廃藩置県を実施した。強力な自治権を持つ藩を廃止、中央政府の送り込む知事が行政を取り仕切る県の体制に切り替えたわけだ。 ところが、廃藩置県の後、1872年に新政府は新たに琉球藩をでっち上げる。1871年10月に宮古島の漁民が難破して台湾に漂着、漁民が殺されたとされる出来事が起こり、これを利用して軍隊を台湾へ派遣することになるが、そのためには琉球が日本の領土だとする形式が必要だった。 琉球王国が潰された1872年にフランス系アメリカ人で厦門の領事を務めていたチャールズ・リ・ジェンダーが来日、外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を進めたという。このアメリカ人は1875年まで外務省の顧問を務めている。 リ・ジェンダーの意見を受け入れたのか、日本は1874年に台湾へ派兵、75年には李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦が派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功した。同条規の批准交換にル・ジェンダーも陪席したという。こうして日本のアジア侵略は始まり、1910年には韓国を併合する。ちなみに、このリ・ジェンダーをモデルにしたとされるアメリカ映画が2003年に公開された「ザ・ラスト・サムライ」だ。 1910年に日本政府は治安体制を強化するため、暗殺計画をでっち上げる。「天皇暗殺を計画した」として社会主義者、無政府主義者など多数を逮捕、非公開裁判で幸徳秋水など24名に死刑判決(処刑は12名)を出したのだ。その翌年に警視庁は特別高等課を設置している。 アメリカが日本の支配者として姿を現すのは1923年、関東大震災のとき。大きな被害を受けた日本は復興資金を調達するためにアメリカの巨大金融資本、JPモルガンに頼ったのだが、それ以降、日本はウォール街の影響下に入った。1925年には「治安維持法」が制定され、思想統制は強まる。 C・アンソニー・ケイブ・ブラウンによると、ソ連と戦うために「日本・アングロ(米英)・ファシスト同盟」を結成するという案が1939年頃にあり(Anthony Cave Brown, “"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies”, Macmillan, 1988)、第2次世界大戦でドイツが降伏した直後にはイギリスのウィンストン・チャーチル首相の命令でソ連への奇襲攻撃が計画された。「アンシンカブル作戦」と呼ばれ、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていたが、これは参謀本部の反対で実現しなかった。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000など) アメリカやイギリスの支配層には親ファシスト派が存在していた。いや、ウクライナ情勢を見ると、現在も少数派ではない。 1933年にフランクリン・ルーズベルトが大統領に就任する前、日本の支配層はウォール街から強い影響を受けていたわけで、日本のアジア侵略をウォール街が反対していたとは思えない。中国から見るならば、19世紀にイギリスが侵略、麻薬を売りつけて植民地化、それを引き継いだのが日本だ。その延長線上に現在の日米関係もある。
2015.03.07
駐韓アメリカ大使のマーク・リッパートがソウルで切りつけられ、顔に約80針という怪我を負って入院したという。容疑者が1999年から2007年にかけて朝鮮を7回訪れていることを強調する報道もあるが、背景など詳しいことは不明。 朝鮮の国営メディアは、リッパート大使襲撃は合同演習への「当然の罰」だと表現したというが、今の時点で朝鮮にアメリカ大使を襲うメリットはなさそうだ。もし、朝鮮政府がそうしたことを計画していたとしても、ロシアが許さないだろう。 天然ガスを韓国へ送るパイプライン、資源の開発、あるいは鉄道の建設を考えているロシアは2年ほど前から朝鮮に接近し、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすると提案している。ロシアが5月9日に予定している対ドイツ戦勝利70周年の記念式典へ金正恩第一書記を招待したが、これもそうした流れの中から出てきたこと。金正恩としても、ロシアとの関係を壊すようなことはしたくないだろう。 昨年12月、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(PSE)を朝鮮がハッキングしたとアメリカの政府や有力メディアは騒いでいたが、これもロシアと朝鮮の動きと関連している可能性は高い。戦乱で地域を破壊、自分たちが優位に立つという戦術をアメリカは実行してきた。中東/北アフリカや旧ソ連圏はその犠牲になっている。次は東アジアだと推測している人は少なくない。 大使襲撃事件では、早い段階から少なからぬ専門家が内部犯行説を唱えていた。サイバーセキュリティーのトップ企業として知られるノースは、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(PSE)をレイオフされた人物がハッキング・グループの協力を受けて実行したと推測している。こうした推測が専門家の間では強い。 当初はFBIもこうした推測に近い見解を持っていたようだが、すぐ政府に同調する。朝鮮がハッキングしたとバラク・オバマ政権は証拠、根拠の類いを示さずに主張していた。そのFBIに対してノースは12月29日に証拠を示しながらFBIに説明したが、興味を示すことはなかったという。 こうした騒動のおかげで金正恩第一書記を暗殺するという「ザ・インタビュー」は注目されて大ヒット、興行的にも成功した。この映画をプロデュースし、主役も演じたセス・ローゲンは親イスラエル派として知られ、両親が知り合ったのはイスラエルのキブツだという2代続けて筋金入りの親イスラエル派。ジャーナリストのウェイン・マドセンによると、イスラエル軍がガザで行った虐殺を支持、この点はもうひとりの主役、ジェームズ・フランコも同じだという。 映画を製作している途中から関与していたアメリカ政府の目論見通りになったとも言える。デイリー・ビースト(ニューズウィーク誌系)によると、少なくとも2名のアメリカ政府高官がラフ・カットを、つまり編集途中の映像を6月の終わりにチェックし、有効なプロパガンダだと賞賛していたというのだ。第一書記の頭を吹き飛ばす場面は国務省の意向だったともされている。 リッパート大使を襲った人物が朝鮮へ最初に訪れた1999年といえば、日本では「周辺事態法」が成立し、アメリカでは朝鮮の金体制が崩壊した場合に備えるとして新たな構想が検討されはじめてCONPLAN(概念計画)5029が作成されている。5029は2005年にOPLAN(作戦計画)へ格上げされた。 その前年、アメリカはOPLAN(作戦計画)5027-98を作成しているが、この計画は当時の金正日体制を倒して国家として朝鮮を消滅させ、韓国が主導して新たな国を建設するという内容。その直前、日本では「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」をまとめている。 アメリカと韓国/朝鮮との関係を考える場合、忘れてならないのは朝鮮戦争。この時、アメリカ空軍は大規模な爆撃を実施、朝鮮の78都市と数千の村を破壊した。この作戦を指揮していたのは、あのカーチス・ルメイ。彼自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。朝鮮が先制攻撃したと日本では言われているが、逆だった可能性が高いことは本ブログでも何度か書いた。 言うまでもなく、ルメイは日本でも大都市に対し、住民を焼き殺す目的で大規模な空爆を実施、広島や長崎には原子爆弾を投下した責任者。大戦後、1948年から57年にかけてSAC(戦略空軍総司令部)の司令官を務めているが、このSACが1954年に立てた計画によると、600から750発の核爆弾をソ連に投下、2時間で約6000万人を殺すことになっていた。 1956年にルメイたちは1000機近いB47爆撃機をアラスカやグリーンランドの空軍基地から飛び立たせ、北極の上空を通過、ソ連の国境近くまで飛行してUターンさせるというソ連攻撃の演習を実施、ようするにソ連を挑発している。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、アメリカ軍がソ連に対する先制核攻撃計画をスタートさせたのは1957年初頭。先制核攻撃に必要なICBMを準備できるのは1963年の終わりだとルメイなどの好戦派は見通していた。この当時から現在に至るまで、西側ではソ連/ロシアが攻撃、アメリカは防衛というシナリオで議論することが圧倒的に多いが、実際は逆だった。 1961年に大統領はドワイト・アイゼンハワーからケネディに交代、7月に軍や情報機関の幹部が新大統領に核攻撃のプランを説明したという。キューバ侵攻作戦もこうしたプランの一環だと見るのが自然だ。つまり、ソ連がアメリカへ中距離ミサイルで報復するためには、アメリカ周辺に発射基地を建設する必要があり、その有力な候補地がキューバだったということだ。 ケネディが大統領に就任して間もなく、CIAの支援を受けた亡命キューバ人の部隊がキューバへの軍事侵攻を試みて失敗するが、これは予定通りだったと言われている。亡命キューバ人部隊を救援するという形でアメリカ軍を投入、軍事制圧したかったようだが、これをケネディは拒否、その後、アレン・ダレス長官をはじめCIAの幹部を追放、統合参謀本部議長だったライマン・レムニッツァーの再任を拒否している。ただ、好戦派との全面対決を避けるためにルメイを空軍の参謀長に任命したが、これは間違いだったように見える。 1962年8月にソ連が中距離ミサイルをキューバへ運び込んでいることが発覚、10月にルメイを中心とする統合参謀本部の強硬派は大統領と会った。好戦派はすぐにソ連を攻撃するべきだと詰め寄っていたというが、大統領はキューバにミサイルが存在する事実を公表したうえで海上封鎖を宣言するに止めた。 このミサイル持ち込みより大がかりなことをアメリカは旧ソ連圏で実行し、ロシアから抗議されているが、防衛のためだとして配備を続けている。アメリカが行っていることは自分たちの先制核攻撃に対するロシアの報復攻撃を迎え撃つためのミサイル・システム導入だ。 好戦派がソ連を先制核攻撃するチャンスだと考えていた1963年の後半、11月22日にケネディ大統領は暗殺された。日本や朝鮮で住民を大量虐殺、ソ連に対する先制核攻撃を目論んでケネディ大統領と対立していたルメイに対し、大統領が暗殺された翌年の12月7日に日本政府は勲一等旭日大綬章を授与した。航空自衛隊の育成に協力したからだという。
2015.03.06
2週間後に選挙を控えたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がアメリカ議会で演説、感情的にイランを攻撃し、議員からスタンディング・オベイションを受けた。その背景にはカネと宗教が存在している。議員にはイスラエル、あるいはイスラエルを支援している富豪から多額の資金が渡っていると同時に、イエスの再臨を実現するためにはイスラエルの存在が不可欠だと信じる福音主義者(聖書根本主義者)がアメリカには多いという事情もある。 しかし、今回の演説ではボイコットした議員も目につく。共和党のジョン・ベイナー下院議長が政府に相談なくネタニヤフを招待したことを批判する民主党の議員だけでなく、共和党にも欠席者はいたようで、60名近くが姿を見せなかったという。バラク・オバマ大統領もイスラエルの選挙が近いという理由で欠席した。 現在、オバマ政権はイランと核問題で交渉中だが、武力で解決するべきだ主張するイスラエル政府やアメリカのネオコン/シオニストと対立、シリアをどうするかという問題もある。ネタニヤフ首相の攻撃的な演説でオバマ政権はイランと交渉しやすくなったと見る向きも少なくないが、支配層の内部に亀裂が入っている可能性は高い。 ネオコンは「アメリカの利益」より「イスラエルの利益」を優先するシオニストだが、アメリカにはキリスト教系のシオニストもいる。福音主義者と呼ばれている人びとで、アメリカの場合はカルバン派が源流だと言える。ピューリタンはその一派だ。 イギリスでは17世紀の半ばにピューリタンを中心とする議会派が王党派を破り、国王のチャールズ1世を処刑した。いわゆる「ピューリタン革命」だが、このときに議会派の軍を指揮していたのがオリバー・クロムウェルで、その背後には地主や富裕な商工業者がいた。 クロムウェルは次に小農民や職人層が支持していた水平派を弾圧、同時にアイルランドを侵略して住民を虐殺している。その一方、1290年から国外へ追放されていたユダヤ教徒をイギリスへ招き入れるが、クロムウェルは彼らをパレスチナへ「帰還」させるつもりだったという。 ピューリタン(ピルグリム・ファーザーズ)がメイフラワー号でアメリカへ渡ったのは1620年で、革命の20年ほど前。この信者たちは北アメリカで「新イスラエル」を建設するつもりだったようだ。勿論、旧約聖書に登場するイスラエルを念頭においての「新」であり、自分たちは新たな「選ばれし民」だということになる。必然的に先住民は野蛮で未開の「サタンの息子」ということになり、パレスチナ人と同じように虐殺された。 いや、その殺戮はパレスチナにおけるものより凄まじい。クリストファー・コロンブスがカリブ海に現れた1492年当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたと推測されているが、1890年にウーンデッド・ニー・クリークで先住民の女性や子供が騎兵隊に虐殺された時には約25万人に減少していた。 シオニズムを強く支援していた富豪のひとりがパリに住んでいたエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルド。ウーンデッド・ニー・クリークでの虐殺より8年前、この富豪はユダヤ教徒のパレスチナ入植に資金を提供している。こうした行為を記念し、1958年にはイスラエルで「ヤド・ハナディブ(ロスチャイルド基金)」が設立された。 1989年にこの基金の理事長に就任したのがジェイコブ・ロスチャイルド。イスラエルをスポンサーにしてイギリスの首相になったトニー・ブレアのほか、ボリス・エリツィン時代のロシアで巨万の富を手に入れ、ウラジミール・プーチン政権に移行してからイギリスへ亡命したボリス・ベレゾフスキー(後にプラトン・エレーニンに改名)も親しくしていた。メディアの世界に君臨しているルパート・マードックとも親密だ。 エドモンド・ジェームズの孫に当たるエドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドもイスラエルを支援、イスラエルの核兵器開発に対する最大の資金提供者としても知られている。フランスがイスラエルの核開発に協力した一因はここにある。エドモンド・アドルフはヘンリー・キッシンジャーとも親しいという。 2011年から西側、イスラエル、ペルシャ湾岸の産油国は中東/北アフリカを戦乱で破壊、その背景に「サイクス・ピコ協定」を見る人もいる。これは1916年にフランスとイギリスが結んだ秘密協定。オスマン帝国を分割し、両国で分けようとしたのだ。両国をロスチャイルドが結びつけたと考えても論理の飛躍とは言えないだろう。 この協定を甦らせる上で重要な役割を果たしているのがIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)。その黒幕はサウジアラビアだったが、ここにきてISと距離を置こうとしているようにも見える。 サウジアラビアの新国王、サルマン・ビン・アブドルアジズ・アル・サウドはアル・カイダと関係していると言われているのだが、その武装集団を操ってきたバンダル・ビン・スルタンを無視しているとする情報が流れている。バンダルは1983年から2005年まで駐米大使、2012年から14年にかけて総合情報庁長官、2005年から国家安全保障会議事務局長を務め、ブッシュ家と親しいことからバンダル・ブッシュとも呼ばれている人物。 サウジアラビアがアメリカやイスラエルと手を組み、シリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始したとするシーモア・ハーシュの記事が掲載されたのはニューヨーカー誌の2007年3月5日号だった。シリア、イラン、イラクを殲滅するとポール・ウォルフォウィッツが口にしたのは1991年。2003年にイランはアメリカの侵略を受けて破壊され、次はシリアとイランだということだろう。 ところが、シリアの体制転覆は目論見通りに進まない。ロシアが大きな障害になっているからだが、2013年7月末にバンダルはロシアを極秘訪問、ウラジミール・プーチン大統領らと会談している。シリアからロシアが手を引けば、ソチの冬期オリンピックを襲撃するとしているチェチェンの武装グループを止めると持ちかけたのだが、シリアから手を引かないとオリンピック期間中に襲わせると解釈されたという。プーチン大統領は怒り、サウジアラビアがチェチェンの反ロシア勢力を支援していることを知っていると応じたとされている。 ネオコンやイスラエルはシリアやイランを殲滅、傀儡体制を樹立させて中東を支配しようとしているが、ISを大きくしすぎたと考える人もアメリカやサウジアラビアの内部に出てきたようだ。イスラエルでもネタニヤフの強硬策を批判する声が情報機関からも聞こえてくる。 リビアの体制転覆に成功した後、アル・カイダの戦闘員はシリアへ移動したが、今度はシリアからチェチェン、ウクライナ、新疆ウイグル自治区などへ向かうのではないかという見方もある。ネタニヤフのアメリカ議会における演説と混乱は、中東やウクライナの情勢に変化が出てくる前兆かもしれない。勿論、和平に方向へ動くとは限らない。
2015.03.05
モスクワで殺されたボリス・ネムツォフがウラジミル・プーチンに殺された可能性はきわめて小さく、限りなくゼロに近い。ただ、ニューヨーク・タイムズ紙など、アメリカの有力メディアはネムツォフの死を利用して反プーチンのキャンペーンを展開、西側では利用価値があったようだ。和平へ傾いているEUを牽制し、アメリカ国内の好戦的な雰囲気を維持しようとしているのかもしれないが、ロシアに対しては効果がなさそうだ。 アメリカの支配層が有力メディアを使って偽情報を流すのは毎度のことで、今回も証拠は示さず(示せず)、間接的な表現でロシアやプーチンを非難している。有力メディアで働く頭脳明晰な人びともプーチンと暗殺を結びつける証拠がないことは重々承知だろう。そこで考え出したシナリオのひとつが「殺しのライセンス」のようだ。 命令を受けなくても暗殺することが許された部隊が存在、ネムツォフはその犠牲になったというわけだが、これは推測に基づく推測。つまり何の意味もなく、飲み屋で酔っ払いがする程度の「陰謀論」だ。 実は、こうした暗殺部隊がいくつか存在しているとアメリカの情報機関で分析官を務めていた人から聞いたことがある。(これは実体験に基づく話。)ただ、その部隊を持っているとされたのはアメリカの省庁。当然、その中にはCIAも含まれている。 アメリカでは、ジェドバラ(第2次世界大戦終盤)、OPC、CIA(計画局)、CIA(作戦局)、NCS(国家秘密局)もそうした活動も行ってきた。要人暗殺計画「ZR/RIFLE」では、キューバのフィデル・カストロもターゲットのひとりだった。 1980年代からジャーナリストに対する支配層の攻撃が激しくなるが、そうした中、変死した記者は少なくない。広く知られている出来事には、イラン・コントラ事件を含むアメリカの秘密プロジェクト(おそらくCOG)を調べていたジョセフ・ダニエル・キャソラーロの「自殺」も含まれる。 ソ連が消滅へ向かい、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツがイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた1991年の8月、取材先のホテルで死体となって発見されたのだ。バスタブの中に横たわり、遺体の両手にはいくつもの切り傷があった。身だしなみに気をつけ、ベッドから出るときも何かをまとっていた人が裸体を曝すような死に方をするはずがないと恋人は語っている。(同じような事をダグラス・グラマン事件で取り調べを受けていた日商岩井の島田三敬常務の「自殺」でも聞いた。) 警察は自殺と発表したのだが、死の4週間前からキャソラーロと連絡を取り合っていたFBI捜査官のトーマス・ゲイツによると、遺体が発見される数日前の彼は上機嫌で自殺するようには思えなかったという。しかも、警察は現場を封鎖せず、鑑識が到着する前に部屋の掃除は済み、司法解剖の前に防腐剤が注入されて薬物検査ができない状態だった。 死の前日、キャソラーロは重要書類を親友のウィリアム・ターナーに預けたのだが、彼はキャソラーロが死んだ6週間後に銀行強盗の容疑で逮捕され、預かっていた書類はFBIが持ち去ってしまう。その友人は義足で、銀行強盗ができる人間ではなく、目撃者の証言とも一致していなかった。つまりでっち上げ。最終的に起訴は取り下げられているが、6カ月以上の間、刑務所に入れられた。 キャソラーロは身の危険を感じていたはず。自らが死ぬ7カ月前、重要な情報源のひとりだったNSA(国家安全保障局)のアラン・スタンドフが殺され、飛行場で遺体が発見されていたのである。 1991年7月、グアテマラのアパートでフィナンシャル・タイムズ紙のローレンス・グ記者も射殺されている。彼はBCCIとグアテマラにおける武器取引との関係を知られベていたとされているのだが、BCCIは「CIAの銀行」のひとつで、アフガニスタンでの秘密工作資金を動かしていた。1990年3月、チリのサンチアゴで「首吊り死体」となって発見されたイギリスの作家ジョナサン・モイルもキャソラーロやグの死と関係があると推測する人がいる。そのひとりがワシントン・ポスト紙のコラムニストとして有名だったジャック・アンダーソン。モイルはチリを経由した武器の密輸を調べていたという。 アメリカでは政治家が飛行機事故で死ぬことが珍しくない。2001年9月11日に世界は戦乱の時代へ突入するが、その時の大統領を決める選挙が2000年にあった。その前年、世論調査で最も人気を集めていたのは民主党のアル・ゴアでも共和党のジョージ・W・ブッシュでもなく、出馬を表明していなかったジョン・F・ケネディ・ジュニア、1963年11月にダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の息子だった。 そうした有権者の希望は1999年7月に打ち砕かれる。JFKジュニアが操縦する小型機が墜落、同乗していた妻のキャロラインとその姉、ローレン・ベッセッテと一緒に彼も死亡したのだ。 墜落した位置から考えて、パイパー機は自動操縦で飛んでいた可能性が高く、ケネディは左足首をけがしていたので、副操縦士を乗せていたとする情報もある。実際、直前の飛行では副操縦士を乗せていたという。操縦ミスとは考え難い状況で、天候も原因ではなさそうだ。墜落した飛行機にはボイス・レコーダーが搭載され、音声に反応して直前の5分間を記録できるのだが、その装置には何も記録されていなかったという。 墜落現場の特定に時間がかかりすぎているとする指摘もある。緊急時に位置を通報するためにELTという装置も搭載されていたのだが、墜落から発見までに5日間を要していることに疑惑の目を向ける人も少なくない。 中間選挙があった2002年にはポール・ウェルストン上院議員が飛行機事故で死んでいる。「ラディカル」と言われていた政治家で、ブッシュ政権のイラク侵攻作戦にとって邪魔な存在ではあった。天候が「雪まじりの雨」だったことから悪天候が墜落の原因だとされたが、同じ頃に近くを飛行していたパイロットは事故を引き起こすような悪天候ではなかったと証言、しかも議員の飛行機には防氷装置がついていた。 ウェルストン議員のパイロットは氷の付着を避けるため、飛行高度を1万フィート(約3000メートル)から4000フィート(約1200メートル)に下げると報告しているが、その付近では5マイル(約8キロメートル)先まで見えたという。 電子技術の発達した現在、航空機や自動車をコントロールしているコンピュータはハッキングされ、乗っ取られる可能性も指摘されている。2013年6月にはマイケル・ヘイスティングスというジャーナリストが運転するベンツが木に激突して炎上、本人は死亡している。 ヘイスティングスはアフガニスタン駐留軍司令官を務めていたスタンリー・マクリスタル大将を密着取材、記事にまとめたことがあるのだが、その記事が原因でマクリスタルは退役することになった。記事の中で、マクリスタルの側近がバラク・オバマ大統領への不満を口にし、ジョー・バイデン副大統領、あるいは安全保障問題担当の大統領補佐官だったジェームズ・ジョーンズ退役大将などホワイトハウスの高官を軽蔑したことを明らかにし、問題になったのである。 マクリスタルは特殊部隊で活動してきた人間で、ドナルド・ラムズフェルドやリチャード・チェイニーと緊密な関係にあり、その一方でCFR(外交問題評議会)の軍事特別会員選抜会議の議長にも選ばれている。イラクでは「死の部隊」として機能したJSOCの司令官を務めた。 アメリカは心理戦を重視している。1960年代から1980年頃までの期間、イタリアでは「NATOの秘密部隊」であるグラディオが「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返して左翼勢力に打撃を加え、治安対策という名目でファシズム化を推進した。いわゆる「緊張戦略」である。その一端は1990年の10月にジュリオ・アンドレオッチ首相が発表した報告書で確認された。「NATOの秘密部隊」が実在し、EUを支配する暴力装置として機能していることは否定できない事実になっている。その部隊の影はケネディ大統領、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領、あるいはイタリアの有力政治家だったアルド・モロへもおよんでいる。 このグラディオと緊密な関係にあったのが非公然秘密結社のP2。これを率いていたリチオ・ジェッリには娘がいるのだが、1982年7月、ローマの空港で彼女が持っていたスーツケースから「極秘」のスタンプの押された文書が見つかった。 同盟国におけるコミュニストの反乱に対するアメリカ陸軍の情報工作員がとるべき対応が記述された文書で、1970年3月18日付け。例えば、友好国政府が共産主義者の脅威に対する警戒心をゆるめている場合、友好国の政府や国民を目覚めさせるために特殊作戦を実行しなければならないとされている。 心理戦の戦術として、配下の中から何人かの「生け贄」を出すというものもある。工作の相手に殺させるということもあるが、その相手を装って殺すということもある。例えば昨年2月、キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で行われた狙撃もそうした種類の作戦。この狙撃を指揮していたとされているのがアンドレイ・パルビー。似たことは、シリアなどで戦乱の引き金として実行されている。 西側の有力メディアはネムツォフを大物として扱っているが、ロシアでは影響力がほとんどない。もしネムツォフがロシア軍のウクライナへの軍事介入を示す証拠を持っているなら、アメリカ政府と連携して大々的に発表していただろう。発表が予定されていたなら、即座にバラク・オバマ政権はキャンペーンを始める。何しろ、オバマの師匠はアフガン戦争を仕掛けた反ロシア/ソ連で有名なズビグネフ・ブレジンスキーだ。 ユーゴスラビアを先制攻撃して以来、大統領に関係なく、アメリカ政府は偽情報を広めながら軍事侵略を繰り返してきた。言うまでもなく、偽情報を伝えているのは西側の有力メディア。2008年に撮影された無関係な写真を振りかざしてロシア軍がウクライナに軍事侵攻したと叫んでジム・インホフェ上院議員は恥をかいたが、そうしたこともせずにすんだはず。 ロシア側にネムツォフを殺す意味はなく、「敵に塩を送る」ような行為。プーチンがそれほど「お人好し」だとは思えない。ネムツォフは「生け贄」にされたと考える人が西側でも少なくないのは当然だろう。プーチン黒幕説に執着するのは根っからのロシア嫌い/嫌露派か、アメリカの有力メディアを盲目的に信奉しているのか、プロパガンダを役割としているのだとしか考えられない。
2015.03.04
アメリカ政府はウクライナへの軍事介入を本格化しようとしている。アカデミ(旧社名はブラックウォーター)系列のグレイストーンに所属していると言われる戦闘員は昨年3月以降、数百名の単位でウクライナ入りしているが、それだけでなく、CIAやFBIの要員に加え、軍事顧問も派遣していると報道されている。そして今回、米第173空挺旅団のマイケル・フォスター司令官はCSIS(戦略国際問題研究所)で大隊をウクライナへ8日までに送り込むと発言している。また、イギリスのデイビッド・キャメロン首相は75名の軍人を「ロシアの軍事侵略」との戦いを支援するために派遣する。こうしたことが本当に実行されたなら、ロシアから戦争行為と見られても仕方がない。 1月21日にはアメリカ欧州陸軍司令官のフレデリック・ベン・ホッジス中将を中心とする代表団がキエフ入りし、国務省の計画に基づき、キエフ政権の親衛隊を訓練するためにアメリカ軍の部隊を派遣する意向を示したので、予想された展開ではある。 CSISは1962年にジョージタウン大学の付属機関として設立されたシンクタンクで、その創設にはCIAの副長官も経験したレイ・クラインが関与している。CSISとCIAの緊密な関係が一般に知られるようになった1987年、大学はCSISとの関わりを解消した。 このシンクタンクは日本とも関係が深い。1996年にCSISが最初の会合をメリーランド州で開いた「日米21世紀委員会」は98年に報告書を発表、その中に日本が目指すべきだという方向が示されている。 それによると、(1) 小さく権力が集中しない政府(巨大資本に権力が集中する国)、(2) 均一タイプの税金導入(累進課税を否定、消費税の依存度を高める)、そして(3) 教育の全面的な規制緩和と自由化(公教育の破壊)が目標。 TPPなどで国から政策決定権を奪い、巨大資本や富裕層がオフショア市場/タックス・ヘイブンを利用して資産を隠し、課税を回避できる状況を放置する一方、消費税率のアップや保険料の引き上げなどで庶民への負担を重くし、教育に必要な金額を引き上げて庶民から学ぶ権利を奪い、思考力をなくすという政策につながる。 なお、日本側の委員は次のようになっている。【日本】名誉委員長:宮沢喜一元首相委 員 長:堺屋太一(後に経済企画庁長官)副 委 員 長:田中直毅委 員:土井定包(大和証券)、福川伸次(電通、元通産事務次官)、稲盛和夫(京セラ)、猪口邦子(上智大学教授、防衛問題懇談会委員)、小林陽太郎(富士ゼロックス)、中谷巌(竹中平蔵の『兄貴分」)、奥山雄材(第二電電、元郵政事務次官)、山本貞雄(京セラ・マルチメディア)、速水優(後に日銀総裁)顧 問:小島明(日本経済新聞) フォスター司令官は、今年の夏にアメリカの6社にウクライナの6社を訓練させる計画だともしているが、すでに昨年3月からアカデミ(旧社名はブラックウォーター)系列のグレイストーンに所属していると言われる戦闘員が数百名の単位でウクライナへ入り、戦闘に参加していると言われている。 ホッジス中将らがキエフ入りした翌日、キエフ軍はドネツクの市街を攻撃、30名以上の市民が殺されたと伝えられた。その際、現場を取材しているカメラの前を通り過ぎた兵士が流暢な英語で「顔を写すな」と口にしていているので、「英語を母国語とする国」の戦闘員が現場にいた可能性が高い。 キエフ政権が行った民族浄化作戦でポーランド人のイエルジ・ドボルスキが注目されていた。1995年から2005年までポーランド大統領を務めたアレクサンデル・クファシニェフスキの治安担当顧問だった人物で、スラビヤンスクでアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行と並んで座っているところを写真に撮られている。 最近では、ポロシェンコ大統領の顧問に就任したミヘイル・サーカシビリ元グルジア大統領の軍事的な役割が噂されている。2003年に実行された「バラ革命」でグルジア駐在アメリカ大使だったリチャード・マイルズに操られ、傀儡として大統領に就任した人物がサーカシビリ。 サーカシビリ政権の前、2001年からイスラエルはガル・ヒルシュ准将が経営する「防衛の盾」が予備役の将校2名と数百名の元兵士を教官としてグルジアへ送り込み、無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなども提供、07年からイスラエルの専門家はグルジアの特殊部隊を訓練し、重火器や電子兵器のほか、戦車などを供給する計画を立てていたという。 2008年8月、サーカシビリは南オセチアを奇襲攻撃させる。南オセチアの分離独立派に対して対話を訴えた約8時間後の攻撃だった。サーカシビリが独断で軍事作戦を行うとは考えられず、イスラエルが作戦を立てたとも推測されている。ロシア軍の反撃でグルジア軍は惨敗したことでアメリカやイスラエルの好戦派はショックを受けたはずだ。 奇襲攻撃の2年前、2006年にフォーリン・アフェアーズ誌が掲載したキール・リーバーとダリル・プレスの論文によると、アメリカが核兵器のシステムを向上させているのに対し、ロシアの武器は急激に衰え、中国は核兵器の近代化に手間取り、相対的にバランスが大きく変化、アメリカはロシアと中国の長距離核兵器を第1撃で破壊できるとしている。南オセチアでも簡単に勝てると好戦派は考えていただろう。 これ以降、「過激派」の非正規戦の比重が高まったように見える。IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)を含むアル・カイダ系の武装勢力やネオ・ナチなどを戦闘の中心に使うということだ。ロシアを揺さぶるためにアメリカはチェチェンの武装勢力を使っていたが、それもイスラム武装勢力とつながる。ウクライナのネオ・ナチの中にはチェチェンで戦った経験を持つ者もいる。 現在、チェチェンの反ロシア派はグルジアのパンキシ渓谷を拠点にしている。そこでCIAは戦闘員の候補者をリクルート、訓練して戦闘地域に送り出している。シリアへ200名から1000名が入ったと言われているのだが、昨年2月のウクライナにおけるクーデターにも戦闘員が参加していた疑いがある。今後、キエフ軍を立て直すため、ここから戦闘員を補充する可能性がある。そのためのサーカシビリだろうというわけだ。 ネオ・ナチを率いているひとりで、広場での狙撃を指揮していたと言われるアンドレイ・パルビーは議会の第1副議長としてアメリカやカナダを訪問、ジョン・マケイン上院議員らにも会い、武器を調達しようとしている。アメリカの好戦派は戦争を諦めてはいない。
2015.03.03
安倍晋三政権は着実に日本を破滅の方向へ導いている。経済的には日米の巨大資本が日本の庶民から富を搾り取りやすい仕組みを作り上げ、軍事的には日本をアメリカの戦争マシーンに組み込むということ。彼らの思惑通りに事が進めば、最終的に、庶民は政策の決定権を完全に奪われることになる。特定秘密保護法、集団的自衛権、TPPは象徴的な政策だ。 こうした反民主的な政策を推進できるのは、安倍政権が非常に強いからだとする意見がある。首相の座が見えていた小沢一郎がスキャンダルで攻撃され、鳩山由紀夫は首相になれたものの、そのポストから引きずり下ろされた。安倍首相が強いとするならば、それは首相という立場から出ているわけではない。小沢や鳩山を攻撃した主力は検察、警察、マスコミ。こうした組織を操っている存在が真の支配者だと言えるだろう。そうした存在の事情が変わり、必要なくなれば安倍政権は簡単に処分される。 ここにきて、状況の変化を感じさせる出来事が起こっている。ウクライナの問題でドイツのアンゲラ・メルケル首相やフランスのフランソワ・オランド大統領がアメリカ抜きでロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談したのは象徴的。両国の国内では対米追随政策への反発が強まっていた。ドイツでは有力メディアの報道姿勢にも変化、露骨なロシア攻撃のプロパガンダは治まってきたようだ。 日本を操っているアメリカの勢力とは、ネオコン/シオニストや戦争ビジネスなどの好戦派。その基本戦略は1992年に国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)の草案。その当時の国防長官はリチャード・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。このウォルフォウィッツが中心になって作成されたということから、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンはビル・クリントン政権の時代は地下に沈むが、2000年に浮上する。ネオコン/シオニストのシンクタンク、PNACが『アメリカ国防の再構築』という報告書を発表したのだが、その土台は1992年に作成されたDPGの草案だった。 この年の大統領選挙で大統領に選ばれたのがジョージ・W・ブッシュ。この選挙では不正が指摘されたが、裁判所の決定でブッシュは大統領になれた。そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやワシントンDCが攻撃され、これを利用してアメリカ政府は好戦的な方向へ国を導き、中東、北アフリカ、ウクライナなどを戦乱で破壊、多くの人を殺すことになる。 そうした戦争の過程でアメリカの好戦派は自らの正体を明かすことになった。リビアではアル・カイダ系のLIFGがNATO軍と手を組んでいたことが知られ、IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)なる武装集団を作り出したが、その正体も露見している。 最近ではイランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将がISの司令部はイラクのアメリカ大使館にあると発言しているが、欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークのCNNでの発言は重い。アメリカの友好国と同盟国、つまりイスラエルやサウジアラビアを含む国々がISを作り上げたと彼は番組の中で語ったのだ。EUだけでなく、アメリカの支配層内でも好戦派の暴走を懸念する人が増えているようで、その影響は日本へもおよぶだろう。戦争への道を突き進むため、何らかのショッキングな事件を起こそうとすると、裏目に出る可能性が高い。
2015.03.02
武装組織に拘束された人を救出することは容易でない。「あらゆる事態に対処できるように、特にテロリスト、武装勢力の攻撃、そういった事態に対応しうる能力は保有」しているはずのアメリカ軍でも難しい。他国で拘束されているならば、その国が対応するのが基本だ。 以前にも本ブログで書いたが、人質の救出に成功した例だとされているイスラエル軍の「サンダーボルト作戦」は「出来レース」だったと言われている。テル・アビブ発パリ行きのエアー・フランス139便が1976年6月27日にハイジャックされ、ウガンダのエンテベ空港へ降りたのだが、その空港へイスラエル政府は特殊部隊を含むチームを送り込み、人質105名のうち102名を救出した。 襲撃でハイジャックを実行した7名のほか、33名とも80名とも言われるウガンダ兵が殺されている。イスラエル側では、地上部隊を指揮していたヨナタン・ネタニアフが死亡している。この特殊部隊員はベンヤミン・ネタニヤフ首相の兄だ。この作戦は明らかにウガンダの主権を侵犯している。 イギリス政府が公開した1976年6月30日付けの文書によると、このハイジャック事件はイスラエルの治安機関シン・ベトがPFLP(パレスチナ解放人民戦線)と手を組んで実行したものだとする情報がある。 こうした偽旗作戦は日本も行った経験がある。例えば、1931年9月、日本軍の独立守備歩兵第2大隊の第3中隊付きだった河本末守中尉は部下を引き連れて柳条湖へ向かい、その近くで満鉄の線路を爆破、それを合図にして第3中隊長の川島正大尉は中国軍を攻撃した。「満州事変」の始まりだ。 「人質救出」を名目にして、防衛大臣の中谷元は自衛隊を国外へ派遣したいらしい。そうした議論の切っ掛けになったのが湯川遥菜(湯川政行)と後藤健二の事件。拉致され、未確認ながら、殺害されたと言われている。その実行グループと言われているのがIS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)。 ISはズビグネフ・ブレジンスキーのアイデアに基づき、1970年代に組織されたイスラム武装集団までさかのぼることができる。サウジアラビアが戦闘員を雇い、アメリカが武器を与えて訓練していた。秘密工作でアフガニスタンへ誘い込んだソ連軍と戦わせるための組織を育成していたのだ。 1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックによると、そうした訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルが「アル・カイダ」。アル・カイダとはアラビア語で「基地(ベース)」や「データベース」を意味している。 2003年にジョージ・W・ブッシュ政権はイラクを先制攻撃する。欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークによると、1991年にネオコンのポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)はシリア、イラン、イラクを5年から10年(1996年から2001年)で殲滅すると語っていた。このプランに基づく攻撃だ。 アメリカ軍がサダム・フセイン体制を倒した後、2004年にAQI(イラクのアル・カイダ)なる武装グループがイラクで活動を始める。2006年1月にAQIを中心にしてISI(イラクのイスラム国)が編成され、シリアで政府軍が優勢になると活動範囲をそのシリアへ拡大させ、ISと呼ばれるようになる。その間、2012年にはヨルダン北部に設置された秘密基地でCIAや特殊部隊が反シリア政府軍の戦闘員を育成するために訓練、その中にISのメンバーが含まれていたと言われている。 イランの義勇兵組織、バスィージのモハマド・レザ・ナクディ准将によると、ISの司令部はイラクのアメリカ大使館。また、クラーク元最高司令官は、アメリカの友好国と同盟国がISを作り上げたとCNNの番組で語った。 現在、シリアで政府軍とヒズボラがISと戦っているが、その部隊をイスラエル軍は1月18日に空爆、イラン革命防衛隊のモハメド・アラーダディ将軍を含む幹部を殺している。ISはアレッポで政府軍の攻撃を受け、厳しい状況に陥っていた。ISを攻撃していると言われているアメリカだが、高性能武器を「ミス」でISへ渡していることにも疑惑の目を向けられている。 2007年3月5日付けのニューヨーカー誌で、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3カ国がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始したと書いている。その後の展開を見ると、この記事は基本的に正しい。この秘密工作が始まるタイミングでISIが編成されていることも無視できない事実だ。 自衛隊を自分たちの戦争マシーンに組み込みたいアメリカがISの黒幕である可能性は高く、自衛隊を国外へ派兵する口実にISを利用すること自体、大きな問題。「柳条湖事件」なみの議論だ。
2015.03.02

西側の有力メディアはボリス・ネムツォフ殺害とウラジミル・プーチンとを結びつけたいのだろうが、現地からの情報によると、反プーチン派のリーダーもこうした見方を表明していないという。事件の直後に行われたモスクワのデモで「プーチンがネムツォフを殺した」というプラカードが掲げられていたとした上で、「こういう所がロシア人の凄いところ」だとする人がいたが、そうした動きは広がらなかったようだ。そこで「誰が殺したかは不明だが多くはプーチン一派と思い恐怖へ」と解説せざるをえなくなる。支離滅裂。 こうしたロシア嫌い/嫌露派は、クリミアに駐留していたロシア軍も軍事侵攻してきた部隊に見えていた。アメリカあたりの有力メディア、つまり支配層のプロパガンダ機関を信奉しているのか、子どもの頃にそうした考え方を刷り込まれたのだろう。 現在のロシアでは、ネムツォフのようなアメリカに服従している勢力を支持する人の比率は5%に満たないと言われている。それに対し、プーチンの支持率は現在、約85%。ボリス・エリツィン時代の記憶もあるだろうが、ウクライナでアメリカ/NATOが行っていることを見てアメリカ幻想はほとんど消えている。そうした状況の中、ロシア国内を混乱させ、プーチンを失脚させるためには、それなりにショッキングな出来事が必要。 3年前の2月、プーチンは親米派が仲間を「生け贄」にする偽旗作戦を計画していると警告されていると語っていたことが注目されている。自分たちで殺すつもりなら、こうした話はしないだろう。 ネムツォフ殺害に対する反応を見ると、プーチンに反対する親米派でも似たような現象が進行しているようだ。アメリカの支配層への絶対的な忠誠を誓っているようなグループは圧倒的な少数派で、アメリカの好戦派は新たな刺激(偽旗作戦)が必要だと考えているかもしれない。 ウクライナでも戦乱が長引くにつれ、ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)の反民主的な性格が明確になり、兵士から戦争の実態に関する情報も伝わり、政治経済の状況は西側に対する幻想を壊し始めた。クーデター政権の実態が知られるようになったということで、ペトロ・ポロシェンコ政権に抗議するデモもキエフで行われている。 ネオ・ナチとその後ろ盾であるアメリカ/NATOの好戦派を危険視する人はEUの支配層にも増え、ドイツやフランスがロシアと停戦に関する交渉をするようになった。そこで戦争の継続を望むネオ・ナチを率いるひとり、アンドレイ・パルビーは武器を求めて米国へ渡り、議会や国防総省を訪問、さらにカナダの議会へも出向いた。ポロシェンコはアラブ首長国連邦を経由してアメリカなど西側の武器を購入する契約をしたようだ。 昨年2月にアメリカの支配層がキエフでクーデターを実行した理由は、ウクライナがアメリカの属国から抜けだそうとする動きが出てきたからだろう。2004年から05年にかけてのオレンジ革命は西側の「国境なき巨大資本」にとって都合の良い、つまり略奪しやすい体制を築くことにあった。 「革命」の前、2004年11月にウクライナでは大統領選挙があり、ウクライナの東部や南部を地盤とするビクトル・ヤヌコビッチが当選していた。これを嫌った西側は不正選挙だと宣伝、西側を後ろ盾とするビクトル・ユシチェンコ陣営はデモを行い、政府施設を包囲して混乱させる。そしてユシチェンコが大統領になった。この時、ネムツォフはユシチェンコを支援している。 ユシチェンコ政権は内外の巨大資本にとって都合の良い政策を打ち出し、一部の人間に富が集中して「オリガルヒ」を生みだし、庶民は貧困化する。そこでユシチェンコたちは人気をなくし、2010年の大統領選挙で再びヤヌコビッチが勝った。そして2013年から14年にかけてクーデターが行われ、再び排除されたわけだ。 そこで、今回のクーデターをオレンジ革命の第2幕だと言う人もいたが、この第2幕もシナリオ通りには進んでいない。アメリカやイスラエルの支配層がウクライナを抑えたがっている最大の理由はロシア制圧の要になる国だから。エリツィン時代のロシアは西側資本の属国になっていたが、その再現を狙っているだけでなく、主権を奪い、巨大資本の思い通りになるシステムに作り替えようとしているとも考えられる。 それをロシアの親米派は「良し」とするのか、そこまでは認めないという考え方なのかは明確でない。現在、流れている情報から判断すると、親米派の多くも主権を放棄するつもりはなさそうだ。
2015.03.01
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