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朝から変な電話がかかってきた。 旧姓の名を言われたので、昔の教え子かと思ったが違っていた。 いわゆる「変態さん?」と思っていたら きたきた 下着をどうたら と始まった。 「イタリア製の下着」と聞こえたような。 叶姉妹じゃあるまいしそんな高級なの持ってまへんで~~~ しかも私の下着は外には干してない‥‥なんとなく。 「警察行けば」と途中で切ったが、 住所を知っているかも知れないのが気持ち悪かった。 二階だし、人の目があるところだし、と ベランダの窓を閉めたことがなかったのだけれど、 これからは閉めよう、と思った。 朝からやな感じだった
2007年03月31日
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つっこみどころはたくさんあるのだけれど けっこう面白かった。 CMで流れているとおり、夜になると「展示物」が動き出すのだ。 展示物にあしらわれている主人公に「蝋人形」の大統領がアドバイスする。 ロビンウィリアムスって私は好きなんだけれど、 今回も良い味出していた。 つっこみどころの最大のモノは 「館長」は、このことをどの程度知っているのか、ということだ。 態度からは、知っているような感じはあまりない。 誰かのアドバイスを入れる という感じもあまりしない人だった。 それにしても。 夜警を三人辞めさせて一人雇う というところが なんともリアルだった。 昨日のレイトショーで見たので、終わる頃には売店が閉まっていて パンフレットを買えなかった。 出ている俳優さんは知っている顔がたくさんあったような気がして 知りたかったのだが。 オフィシャルサイトでは、俳優の名前は出ていなくて。 けっこう笑えたし、子どもと見るには良いのではないかと思う。
2007年03月30日
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有休が少ないのでほとんど毎日出勤である。 けれど まだ四月からの所属学年もはっきりしていないし、予習も手につかない。 なので 図書室の整頓をしている。学年末に届いた本を書棚に入れるのに、 あっちこっちと入れ替えている。 総合学習のための資料になるような本は少し大型の本が多いのだが 大型の本が入る場所は限られているので、 場所探しが大変だ。 近頃は、分類のラベル貼りは業者にやってもらうのだけれど その分類も微妙なモノもある。 同じ伝記でも、200番台と300番台もあるし、 クラシックの作曲家の伝記ならば 700番台にして欲しいし。。。 ということもあって、 ラベルの番号を越えて、探しやすい図書室にするにはどうするか 考えている。 そもそも 00番台の「総記」なんて、中学生でなくても どんな種類の本があるかわからないわけだし‥‥ だから、例えば「戦争について知る」などと案内板をつけて 集めておくのが良いかな、と思う。 詩の本や古典などはバラバラに置かれているのを集めたら かなりな冊数になった。先月探そうと思ったときには見あたらなかった本が 実はあったということも知った。 築年数が40年という校舎のこの図書室は 本棚もそうとう傷んでいる。しなっているのが微妙にわかる。 あとから入れた本棚も、ビスがゆがんで取れていたりする。 そんな図書室の本が、何冊あるか数えよ という司令が来るらしい。 それは、生徒一人あたりの冊数を満たしているかどうかを調べるためらしい。 それも、四月になるまでなんとなくお預けである。 とはいえ、図書室の仕事はかなり好きなのだ。図書館が好きなので。 並べ直し、どこに何があるかを少し頭に入れて 次年度どんな本を買うかを考えるのは楽しい。 こういう仕事は、ほとんど「楽しみ」のウチである。 クラス担任のない私のような人間が入れ込んでやるのでない限り 学校の図書室は整わない。 授業が始まったら私もどこまで出来るかわからないし。。。 そういえば司書を入れるなんて話もかつてあったような。。。。 低予算の前に、企画倒れになったのかも。。。
2007年03月30日
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佐渡裕には幽体離脱の経験があるそうだ。 人生を決めるときにも、さまざまな「意味ある偶然」があったという。 まあ、番組的には「必然」なのだろうけど。 阪神淡路の犠牲者の魂を慰めるのに一役担ったのだそうな。 音楽や芸術は、魂を浄化する。 そうなんだろうな と思う。 そして、佐渡裕が「神に愛されている」というのはそういう感じがする。 題名のない音楽会などで彼を見ていて、嫌える要素を感じなかった。 こういう世界的な権威が出てくるというところに この番組の面白いところがあるのだろうと思う。 後半、「ねたみそねみ怨みなどのイヤな言葉が溢れている」 「子どもたちもその中で生きて行かなくてはならない」 というようなことを言っていたけれど 確かにそうだなあ と思う。 イヤな感じの気に満ちている と感じることはとても多い。 ねたみそねみ怨み などの感情を自覚させ 自分の力で少しずつでも解放できるようにするには どんなふうな言葉かけが良いのだろう と考えてしまった。
2007年03月29日
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ランプの精も三巻目。これで完結である。 双子の友人のディパックから協力を頼まれてあちこち探り、 インドまで行ってしまう。 そこには叔父も捉えられていて‥‥ ニューヨークのホームレスの中には、たまに天使が隠れているとか。 いわゆる「メルヒェン」の中には 親切にしたら助けてくれる神様とかはいたように思うけれど、 「ジン」がいるように、天使もいるというのが、なるほどとは思う。 そういう天使にも助けられながら、 ジンの血を取り込んで自分も「能力」が欲しいと思う人間がいて、 その人間に巻き込まれるカタチでいろいろな事件が起こるのだった。 その事件の解決を図っている間に、 双子の母親は、全てのジンの長である「ブルージン」になるために 家庭を去っている。 そのため、双子は母親を取り返そうと決意するし、 友人のディバックには出生の秘密があることもわかる。 ‥‥のだが、いちおうそこで完結することになる。 この作者は、完結と言っていて、続編を書いたことがあるそうだ。 書くのか書かないのか‥‥ 読みたいような‥‥でも母親を取り返す、という内容は? それだったら、大した魅力を感じない。 この本を読むたびに もしも三つの願いが与えられたらな としょーもないことを思う。 作品の中で、悪のジンが、 「人間は愚かだからすぐに金というが 金などというすぐになくなるようなモノではなくて、才能とか魅力とか そういうのを願えばよいのに」 という場面がある。 なるほどなあとは思ったが、それは若い内だよね とも思った。 まあ健康は必要かもしれないけど‥‥ ある年齢までぴんぴんしていて、何日も寝込まないで死ぬ なんていうのが 理想なのかもしれない。 ‥‥‥‥ どちらにしろ、言ってみただけでしかないわけだけど‥‥‥
2007年03月28日
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オダギリジョーの、アメリカ・ヒッチハイク物語という感じ。 モニュメントバレーの景色はとても美しかったし、 女優さんはとてもきれいだった。 出てきたパキスタン人役の人も、とってもそれらしく見えた。 ‥‥というだけだったかも。 特に何か胸に迫る、というほどでもなかった。 景色だけがきれいだった。
2007年03月27日
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ツタヤにDVDを借りに行き、 店の横の自販機でアイスを買った。 息子が一緒だったし、一人で一個食べきるのも‥‥と思い、 一口もらおう と一つだけ買った‥‥ なのに取り出そうとすると二つあったのだった しかも、種類が違うアイスで、 しかも、私自身が食べたかったやつだった‥‥ しかも、溶けてもいなかった。 ふたが邪魔して取れなかったのに、ない、と思ってしまったんだろうか?? こういうので、無差別な「毒」関連事件が‥‥ なんてこともアタマをよぎったのだったが、食べてしまった。 「太らない食生活」を目指している者にとっては、 広い意味で確かに「毒」なのだった それから約二時間たったが、まだ元気なので とりあえず「ヒ素」とかは入っていないようだす。
2007年03月27日
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女性になりたい「男性」がいる。 やっとお金も貯めて、来週手術と言うときに 息子を補導した という電話がかかる。 知らん顔しようとするが、セラピストの助言で引き取りに行く。 息子の母親は既に自殺していて、義理の父親は性虐待をする男だった。 そこを知ることができたのは、 子を捨てた親として、必要だったと思う。 日本では確か、子どもがいたら戸籍上の性別変更はできないとか。 いいかどうかはわからないけれど、 子を持つに至る過去の関わりを一切断ってしまう というのは 今ここにいる子どもにとってはひどい話である。 家出して、身体を売っていた少年の孤独。 家族がみんな、自分を否定しているかのような。 そして 理解されない存在としての自分をなんとかしようとする父親の孤独。 父親の両親は、性別変更をしようとする息子を受け入れられない。 特にその母親(祖母)は、 なんだかべたべたと自分の価値観を押しつける感じで、 家出したくなる気持ちはちょっとわかった。 最後にちゃんと救いがあり、 女になった父のところを訪ねてくる。 地味だけど、なんか心に沁みる作品だった。
2007年03月26日
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数学にはコンプレックスがある。 高校の時の先生が、どんな式を使って解くか選ぶのは 「数学的直感力だ」と宣ったのだが、私は 「そんな直感力はありませーーん」と、それ以来拒否してしまった。 今思うと、「たくさんやっていけば直感力がつくよ」 ということだったのだと思うけれど、当時の自分は、 数学の問題に取り組むよりも、読書にふける方を選んだのだ。 博士の言葉はどの言葉も暖かい。 子どものアタマをなでながら、「賢いものがつまっていそうだ」というのも、 誕生日の友愛数というのも、 なんだか、人間をまるごと肯定されているようで、心地よい。 特に、あの少年にとっては心地よかったろうと思う。 無条件に受け入れてもらう ということは子ども時代には必要だ。 無条件に人格を尊重される、 それでいて甘えすぎることでなく、相手の健康などを気遣うことで 個々の「人として」対峙することができる って 良い関係に思える。 家族のようで家族でないというところが良いのかも知れない。 虚数の「虚」と言われたら 私などは「空虚の虚」と言いたくなってしまうのだが 「謙虚の虚」なのだという、その人間性そのものが美しいと思う。 映画のラストでは、なんとなく皆で寄り添うように暮らしていく感じだけれど 博士とその義姉の孤独の深さというのもすさまじいものがあるだろう。 記憶とは人格そのものだという。 その人格とのつながりが更新されないというのは‥‥ あんなふうな人に勉強をみてもらったら 確かに数学を好きになりそうだなあと思う。 数学だけでなく、人生をちゃんと肯定できる人になりそうだ。 それが、いちばん大切なことだ。
2007年03月25日
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エグザイルのあつしさん。 「エグザイルの再生」みたいな番組をこの前たまたま見ていたので 彼のポリープの話や、オーディションの話が すんなり入ってきた。 真面目にいろいろ取り組む、ピュアな若者。 こういう感じの人も意外と現代には多いのでは、と思えた。 いよいよ四月から土曜のゴールデン‥‥‥ 「世界一受けたい授業」をたいがい見ていたんだけど‥‥
2007年03月24日
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学期末は、通信簿を筆頭に ハンコを押す必要のある書類がたくさんある。 本来は、全て点検したという確認のように担任が押し 校長が押すのが建て前だが、 残念ながら、誰もそんな余裕はない。 教師が忙しくても子どもがイタズラを辞めてくれるわけでもないし。 なので 担任外の教師がハンコを押す。 ‥‥‥ 通算いくつ押したかな‥‥ たぶん 500は下らない。 なので 家に帰ると低周波治療器を肩に当てっぱなしなのだった。 一応、学年終了だ。 私自身は、有休が少ないから、あまり春休みは取れないけれど。 私が実際使っている機種です。
2007年03月23日
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最近は、通信簿もパソコンでプリントアウト という学校も増えてきたのだろうか。 テストの合計点や平均点などを書いた個人票も プリンターから少し厚めの紙にじかに印刷できる。 昔は、基本の枠をたぶん印刷屋さんが印刷していたんだと思うけど、 今は職員の名前も子ども個人の名前も、みんなプリンターが印刷する。 時代の変化なんだろうな と思いつつ、受け入れ切れてないかも。 手書きが全てだと言い切る自信もないけれど。 変化について行けてないみたい。
2007年03月22日
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スニーカーを買ったら、いろいろな色の靴ひもが下がっていた。 ラメ入りのもあった。 勤務先の上履きは、かかとの固いひも靴であるが、 かかとが固い上履きでも、あえて踏んでいる子がかなりいる。 学年のカラーが三本入っているのだが それを違う色で塗りつぶしている者もいる。 そして、靴ひも。 なんだかいろいろな色の靴ひもに付け替えられている。 昔は、おしゃれしたがるのも個性 という議論にうなづきもしたけれど、 中年になった、今 内面を磨かなくてはいけない時期になぜ上履きの靴ひもまで‥‥ と、思わなくもない。 ピアスもマニキュアも、中に着るTシャツも 携帯ストラップも、手に持つタオルも膝掛けも、 自分の好きな色で飾り立てる女の子たち。 オトナの化粧と同じで、それって一種の鎧なんだろうか? カタツムリなどの貝のように、中が柔らかすぎるから 外を固めなくてはならないのか‥‥ まぁ どんな靴ひもをしていても しっかりお掃除してくれるようなら良いのだけれど、 たいがい、そういうわけにはいかなかったりするのが実情だ。
2007年03月21日
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自己犠牲 なんてことは絶対出来ない って思っていたんだけど 今回これを見ていたら 今の自分だったらできるのかも と思った。 年のせいかしら。 見るべきほどのことを見つ‥‥ なんて言葉もあるけど、もういいや という気分もあるし。 ‥‥‥そういう問題か‥‥‥超不純 草なぎくんと長山さんの母子をまた見てしまった。 なんとなく真面目な息子と「日本の母」って感じなのか。 逃げ出す政治家とかがとてもリアルでイヤになった。 むしろ 大地真央とか石坂浩二みたいな政治家がいないだろと思う。 そう思えてしまう って、悲しいかも。 諸外国に見捨てられるのも、まあそうだろうとも思う。 何千万という単位では絶対無理だろう。 日本人の勤勉さは「お得」だとも思うけれど。 日本人の心情として、 このままでいる というのがあるということだったが ある程度の年になったらそうかもしれない と変に納得してしまった。
2007年03月20日
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闇の部分と、表の部分が切り替わるような感じだけれど 何が本当なのかわからない場面が続く。 怖いのは怖いんだけど。 だんだんわかってくるのは 養女にそっくりな子に何かあった、という、町の過去。 魔女狩りをするような狂信的な集団。 う~~~~ん 微妙。 ずっと味方してくれた女性の警官は犠牲になった。 身をていして彼女を先に進ませてくれた人。 なのに 最後 その彼女のことは「なかったこと」のように フツウに家に戻っていく。 自分たちを生かすために死んだ人がいるのに 元の生活に戻れるというんだろうか???? アメリカの映画ってそういう展開をすることが良くあるんだけど どうもそういうところにはなじめない。
2007年03月19日
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景色が素晴らしかった。 ハイジが可愛かった。 おじいさんは、もっとたくましいようなイメージだったし お医者さんは、細い人というイメージだったが 基本的な映像イメージは悪くなかった。 ではあるが。 小学生の頃、「ハイジ」は愛読書の一つだった。 アルム叔父が涙する場面、 「失ったと思っていた息子が帰ってきた」という一節に感動した。 残念ながら、そんな場面はなかった。 宗教色がほとんど排除されていた。 西欧で作られた映画なのに、それでよいのか??? 好きだった場面のいくつかも、省略されていた。 例えば冬の場面。 教会に通い始める場面。 ペーターのおばあさんに本を読み聞かせる場面。 学校の先生が、ペーターが読めることに驚く場面。 宗教色排除のせいかもしれないが、 良いのか、それで???? まあ、原作のある映画では、読者の思い入れがあるから そんなものかも。 中年になった自分がおじいさんの気持ちを思うと けっこう泣ける。 ずっと心を閉ざして孤独に生きてきて あんなに可愛い女の子がある日突然現れて、 気持ちが解きほぐされたと思ったら、またいなくなる。 ペットロス症候群なんてものではないと思う。
2007年03月18日
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ここ何回か、録画してもみていないことが続いていたオーラの泉。 今日は時間もあり、見てみた。 小谷実可子がいるかと泳ぐのは、テレビの番組で見たことがある。 いるかが仲間のように思っている様子がなんとなくわかる。 本人の、「いるかに会うには自分をピュアにしていないと」 というのが、なるほどなぁ と思ったのだった。 いるかやクジラは死んだ人の生まれ変わりだ という話が 西欧にはあるらしいけれど、 いるかというのはスピリチュアルな存在なのだろうな と感じる。 オリンピックのメダリスト ってやはりそれだけで注目されるから いろいろ大変なんだろうな。 そして、ある種発言に責任を持たされる立場にもなってしまう。 40才っていろいろ節目だろうし、生活していかなければならないわけだし なんというか、 みんな、いろいろ大変なのね、と思ったのだった。
2007年03月17日
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週末になるとほっとするのは常だけれど、 最近特にそうだ。 学年末で、いろいろとざわざわしている。 授業はなくなったので、それなりにのんびりしているが クラス編成の会議も少しずつ始まっている。 私が気になってしまうのは ひとりぽっちでいるような感じの女の子たち。 つらいだろうなぁ 毎日来ていてえらいなあ と思う。 来週の美化作業では その子のクラスに入ってゴミ拾いをしようかなぁと思う。 家に帰り、食事を終えると ミニハンゲームをやってしまったりする。 今凝っているのは「ドキドキプロポーズ」という変なネーミングのゲーム。 ベルトコンベアのように流れるいろいろなカタチの空白に その形に合ったものを埋め込んでいくだけのゲーム。 対戦型のゲームにはまったく興味がない。 コミュニケーション欲求は、げーむに関しては全くない。 その時間本を読めばよいのに、と自分で自分に突っ込んでいる。
2007年03月16日
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学年末である。 学級編成をどうするか、という資料を作ったり 指導要録や通知票に書き込むことを考えたり、と クラス担任を持つ人は本当に忙しい。 しかも、その合間にも いたずらや、微妙な問題を起こす子もいて、その指導もある。 体調を崩す人も出てきた。 というわけで、 雑務に近いことを「やりますよ」とつい言ってしまう私。 ブリッ子したいわけでなく、フツウの親切なんだけれど ‥‥‥ うかつに引き受けすぎると後でつらいかな と、ふと気づいた。 難しいところ。 気づいてしまったら、やってしまったほうがラクだから。。。 部活動もないし、手が空いているのも確かだし 早く帰れるときは、早く帰る‥‥ということで、 疲れを溜めないように自衛しようとは思う。
2007年03月15日
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最終回らしく、すごい展開だった。 GPS、位置確認の衛星情報を、書き換える‥‥ それも、ハッキングの一つなんだろうか?? 例えば、アメリカのミサイルがどこをねらおうとしても 行き先を「ホワイトハウス」と書き換える、そういう技術。 そんなことができたら 核ミサイルなんて無くても、十分対応できる。 これからは、そういう時代になっていくのだろうか? ‥‥良く考えてみると、近頃の映画には パソコンでミサイルの進路を変えるというのがあったような。 でも、もう少し、わかりやすかったけれど‥‥ もっと水面下でいろいろやられるから、庶民にはわからなそうだけど‥‥
2007年03月14日
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昨日は何故かネットがつながらず そういえば、携帯で送るやり方を覚えていないんだった、と気づき。 早々にあきらめて 子どもの持っていた、「文字ぴったん」で遊んだ。 わりと面白かった。 年長者にも対応できるソフトなのかな と思った。
2007年03月14日
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一晩経って、なんとなしの違和感のわけがちょっとわかった。 それは、あの兄弟の子供っぽさなのだと思う。 そこを映画では誇張して描いたのかも知れない。 紙飛行機を飛ばしに行ったり、 じゃんけんして、「グリコ、パイナップル」と移動するあのゲームを やってみたり、 銭湯に入った後、ポーズを取って飲み物を飲んでみたり。 下品な猥談などが、あまり想像できないような描き方。 パソコンにわいせつ画像をたくさん溜めている、という感じがしない、 妙な潔癖感。 私は女性なので、人としてそのほうが良いと一瞬は思うが、 奥行きを考えると、どうなんだろう?? そのへんが、間宮兄弟の謎なのかも知れない。
2007年03月12日
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気づいたら、40000のキリ番を過ぎていた。 楽天の方でなく、偶然立ち寄ってくれた方?? ちょっと複雑
2007年03月12日
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家から近いスーパーには、直営の手作りパン屋さんがある。 我が家は朝パンなので、息子がバイトを始めたら おいしいパンが安く買えるな、という、軽いノリで勧めた。 仕事内容は、翌日のパン作りのための、計量などの下準備作業らしい。 仕事が終わらないときは、閉店間近になるが、 初めのうちは、時間通りに帰ってくるので パンをもらって帰るなんてことはなかったのだが‥‥ 先日、雨の激しかったときに、サンドイッチや調理パンを 文字通り山ほどもらってきた。 雨で客足が鈍ったらしい‥‥確かにひどい雨だった。 それ以来、週に二三回のペースでもらってくるのだが、 カツサンドを四パックに、○○バーガーみたいなのが3~4個はある。 我が家は三人家族だし、私にはカツサンドは重すぎるので 食べきるのはかなり大変だ。 ‥‥捨てるには罪悪感があるし‥‥ なかなか贅沢な悩みである。 息子も、捨てられるなら、ともったいないからもらうんだ、という。 私の贅沢な要望としては、甘いパンを一個の半分くらい食べたい と思っているのだけれど、甘いパンは翌日まで安く売れるので 息子のおみやげには入ってこないのだった。 食べ物屋さんに勤めると、食いっぱぐれが無くて良い なんていうけれど、息子のバイトに限っては その通りなのだった。
2007年03月11日
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「間宮兄弟」を見た。 基本的には小説の雰囲気を壊さない、良い感じの作品だと思う。 強いて言えば、出てくる人がきれいすぎるところ。 作品を読んだときには、兄はドランクドラゴンの鈴木とか、Mr.オクレとか そういうイメージだったので。 ただ、常盤貴子の女教師は、ものすごく似合っていて びっくりした。 いわゆる、「眼鏡をしているととても地味」という漫画のキャラクターのように 地味だった。 ふられたりすると、電車を見に行く弟。 新幹線の、「AMBITIOUS」の文字が、何とも言えない。 その弟を心配する兄。 かまい過ぎ という感じもちょっとする、近い距離で暮らしている。 こういう共同生活にとても違和感を感じるのは 「仲の良い男の兄弟なんていない」とか、 「男は一人暮らしの方が好き」とか、そういうイメージしか 兄弟というものに抱いていなかったからだと思う。 だから、 男の兄弟の共同生活を覗いて見たい という気持ちがわくのだろう。 彼らは、なんだかんだ、上手く暮らしていると言えるのだろう。 仕事はちゃんとやっているし、 コミュニケーション能力も無くはない。 兄弟という家族だけで完結しているわけでもない。 恋に悩む女性陣に比べると、どこか達観した別世界に見えてしまうのが 何故だろう と疑問が残る。
2007年03月11日
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あの江原さんが、霊感商法に利用されているらしい。 「天国からの手紙」を見せて脅しまがいに説得して 壺だの何だの買わせるとか。 何年か前に、「額に転換相が出ていますよ」 と呼び止められたことがあった。 どうせ「壺」か「印鑑」だと思ったし、私は通り過ぎたが、 誰かに悩みを聞いて欲しいと思っている人は 引っかかるのだろう。 その後、ニュースの特集で取り上げられたこともあった。 その手の話は、もっと前からある。 黒柳徹子さんのユニセフの寄付です、 と言って、集金する詐欺だってあったらしい。 その件は、テレビで、 絶対に戸別訪問はしません と、徹子さんが言っていたのを覚えている。 その他にも、わかめだのお茶だの、いろんなモノを 買ってくれと、来たりするらしい。 いろいろなパターンはあるが、 要するに、霊感商法自体がいけないのであって、 良くある 「広告塔」として使われたわけでさえない。 ある意味、完全な言いがかりだ。 とはいえ。 あんなわけのわからないことをテレビで言っているから利用される 自重しろ。 といいたい人がいるんだろうな と思う。 霊感商法も振り込め詐欺も、人の弱みにつけ込む。 気をつけて欲しい。 よく知らない人に相談したいことなどない私には、 ○○協会も、振り込め詐欺も一緒だし、 立派すぎる仏壇を持っているような宗教団体の人を見ると 入るときにきっと買わされるんだろう なんて思っていたりする。 金が絡んだら、純粋な宗教ではない。 というのが、単純な原則だろう。 ようく考えよう、お金は大事だよ というのは、こういう時の標語だと思う。
2007年03月10日
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つくしに関することだけ、記憶喪失になった司 その司に取り入る、一見明るい女の子‥‥ そういうシーンが漫画の中に確かにあったような‥‥ 次回 15分拡大だそうだけど どんな終わりになるのだろうか。 司の母のたくらみが、なんだかフツウでない感じで とはいえ どんな手を使っても、自分の思い通りにしたいと考える人もいるし、とも思い。 都合の良い展開になるとしても、限度はあるだろうし‥‥ 第三シリーズを、今からねらっているのだろうか。
2007年03月09日
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なんとなく見たら、卒業式ネタだった。 ストーカーにつきまとわれ亡くなった少女は、 本人にも問題があったように言われ、 その子の遺影を持って卒業式に出たいと願う友人の願いは聞き届けられない。 遺影を共にしてくれないなんて、 イマドキそんな学校もないだろうとは思うけれど。 ドラマに出ていた中学生は 「対面式の卒業式にしたいし、『仰げば尊し』なんて歌いたくない」 と言っていた。 「来賓の祝辞とかそういうのは短くして」 と。 神奈川県では、「仰げば尊し」なんて歌っている中学はあるんだろうか? 私が新採用の頃の20年以上前でさえ、歌っていなかった。 今は、例えば「大地讃頌」とか、合唱コンクールでよく歌われるような そういう歌を歌う学校も多いと思う。 もちろん対面式の学校も増えている。 今の職場もそういう感じだ。 在校生と卒業生で四部合唱になる「大地讃頌」は見事である。 ドラマはフィクションではあるけれど 脚本家の願いが込められているのかしら と思ったのだった。
2007年03月08日
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木の芽時には、おかしな人が出るという。 早い話が、「変質者」と言われる人たちだ。 このところ、毎日のように不審者情報が知らされる。 何か見せる なんてのばかりでなく、 スカートをめくった とか、ついてきた とか、 本当に、「一歩間違えば」ということもあるようだ。 部活なんて、恐ろしくてやらせられない。 せめても ということで 最終下校の時間ぴったりには、全員校内から出ているように という指導はしている。 とはいうものの。 まだまだ幼さの残る生徒もいるし、 そういう子が、警戒心ゼロなのは仕方がないのだが‥‥ 無理矢理警戒心を持たせなければならない、イヤな世の中だ。
2007年03月07日
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日の入りの時刻に合わせて、最終下校時刻が遅くなった。 なので、どうしても職場を出る時間は遅くなる。 勤務時間は同じだが、仕方がないのか。 成績を出す季節であるが 職場には、学校備品としてのパソコンは、40人に3台しかない。 皆が一斉にパソコンを使う必要が出てくる場合には、 自宅から持ってくるか、自宅で入力するか、しかない。 私は徒歩の通勤だから、重いし持参したくない。 以前の職場で、 個人情報のことを云々するなら パソコンを一人一台使えるようにするとか、その辺を整備すべきだ と言っていた人がいるが、その通りだと思う。 家で仕事するには、ちょっと疲れ気味だ。 夢も見ずにぐっすり眠れる‥‥くらい疲れているのだと思うが、 更年期的な部分もあろうか、熟睡できている感じがしない。 週末が待たれる。
2007年03月06日
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「はてしない物語」は、その中で、誰かがどこかに旅立って行ったりしながら 「それはまた別の話」といって、先に進むことがあった。 その「別な話」をいろいろな作家が書いている。 今回私が読んだのは、一番新しく書かれた話である。 はてしない物語」のバスチァンは、一つずつ願いを叶え、 そのたびに自分の記憶を一つずつ忘れ、 最後に「ヨル」という坑夫のいる「ミンロウド坑」にたどりつき、 そこで最後の記憶を掘り当てるのだけれど、 そこにバスチァンがたどりつく少し前の話なのだった。 インソムニア人というのが出てきて、 その人たちは「忘却病」というのに罹ってしまうと、 少しずつ身体が薄くなり、消えてしまう。 その消えた身体を取り戻すための手がかりが このミンロウド坑にあるのかもしれないのだった。 この物語は、 不眠症の人々が、もしちゃんと眠れて夢を見ていた場合に 生まれ出てファカタージエンに生きることになる人々のことを 語っているのだった。 私たちの「無意識界」の中も、きっとこのミンロウド坑のように いろいろな画像があるのだろうと感じる。 掘り出しても、なんだかわからないものも、きっとたくさんあるのだろう。 掘り起こして見てみたい と思ったりもする。 ペーター・フロイント 作 酒寄 進一 訳
2007年03月05日
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引退するかも、と書かれているのを読んで しかも、それが三月末 という時期だというので、 子どもを産んだ方がよいか という例の会話を思い出してしまった。 でも、そんなに簡単にいくことでもないんだろうと思う。 引退するのも大変だ。 国内にいられるか ということもあるのだろうな。
2007年03月04日
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いつも空想の友達と遊んでいる女の子。 家族は辞めさせたいとも思うけれど、子どもがあまりにも真剣なので 辞めさせることができないし、女の子の心には入れない。 空想の友達を亡くして半狂乱になる小さな女の子。 こういう状態で「‥‥して」と言われると、家族はつい聞いてしまう。 けれど、 それを他人にわかってもらうのは難しい。 オパールを採掘している町で、採掘する男たちは自分の穴を持っている。 その他人の穴に、空想の二人を探すために父を追い立て、 そのために、「盗掘」したと言われ、裁判にまでなる。 けれど、その女の子は徐々にからだが弱っていく。 その一家の中で、奮闘する兄。 父のために知り合いが弁護士資格を持つことを確認し、 妹のために、もう一度、坑道へ戻り‥‥‥ 不思議な物語だった。 荒くれ男たちのある種のいじめが支配する町だったが、 裁判官はまともだったし、医者は、町の人の意地悪をちゃんと指摘する。 生きていたことも、「死んだ」ことも、 小さな女の子ケリーアン以外にはわからないのだけれど、 その、いわば彼女の心の中の世界のことに、みんなで付き合う。 その微妙なところにオトナが付き合う ってどういうことなのか、 でも、彼女のやつれている姿は真実なので‥‥ なんだか考えてしまった。 スーパーナチュラルは、四巻を見たのだけれど、 その中に、二話とも、嘘をつくか、真実を言うか という隠れテーマが潜んでいたように感じた。 先住民族の、嘘を見破る人、 その次の話の、兄弟が元住んでいた家に住んでいる女性にも。 まず、嘘を語ろうとする兄と、誠実に接しようとする弟。 架空のモノを信じるということとは違うけれど なんとなく、真実とは何か、ということを考えさせられた。 こういうのも、広い意味では「意味ある偶然」なのかも。
2007年03月03日
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彼の色彩心理学の本を以前読んだ。 巻末についていた「塗り絵」をコピーして塗ったこともある。 色彩心理学 というのは不思議で興味深い。 何色に塗るか、ということを考え、決める。 それも、自分自身との対話だ と思う。 心が弱っていると、いろいろなことを決められなかったりする。 大きな紙の上に寝て、その姿をマジックでなぞり、 大きな、等身大の姿に色を塗っていくのを見て、 子どもの目が輝いた。 その小学校の美術室(?)には、一人一人の絵を架けて見ることが出来る、 画架が置かれていたけれど、もともとの学校の備品なのか、 それとも、授業者の要望でNHKが用意したのだろうか。 壁沿いに置かれた画架に子どもたちの絵が並んでいるのが ちょっと素敵なアトリエのようだった。
2007年03月03日
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司がカードを使用できなくされた。 その前に、業務提携の話がなくなったのだったが。 そういう「兵糧責め」は、もっと前の段階でやるべきだったのかも知れない。 フツウに考えたら、「会社グループ」を継ぐ立場としては あまりにも甘すぎたのだし、 「自分では確かに一銭も稼げない」ということがわかっていれば 「アメリカでの失言」にはつながらなかっただろう。 まあ、言ってみれば、あのお母さんの失敗だ‥‥ とはいうものの。 会社がいくつもつぶれる なんてことを目の当たりにしたら つくしの反応の方が当然である。 金がカタキの世の中ではある。 司が記憶喪失になる という予告編である。 「会社経営」的見地から見たときに、 そんなことで進展していくことなどあるのだろうか??
2007年03月02日
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三沢直子さんの話で興味深かったことをひとつ。 高層住宅に住んでいる子どもの中には、 家や木を描いたときに普通に描く、「地面の線」が ない子どもが多いのだそうだ。 三沢さん自身の子どもも、「二階」に住んでいるときに あまり外に遊びに行かず、その後、一階に越したら遊びに行くようになったとか。 「何故?」と聞くと、 「地面と続いていなかったから」というようなことを言ったとか。 イギリスでは、子どものいる家庭は高層階には住んではいけない と 決まっているとか? ゲームもそうだし、高層住宅もそうだし、 我々の社会では、壮大なる実験をやっているのかもしれない。
2007年03月01日
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