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真夜中に日記を書くのはやめようと思ったのに、真夜中だ。このサイトの形態が変わったから、書くのイヤになっている。
2004.05.30
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同窓会だった。一緒の方へ行くオトコノコが地下鉄の切符を買ってくれた。自分は障害者フリーパスを持っている。心臓が悪いらしい。でも、出席した連中はみんな若々しかった。出て来ない人らはやはりクタビレているのだろう。 帰り2時間の予定。しかしホームで電車待っていて居眠りしてしまい、1台乗り損ねた。次のやつが20分あとで、乗ったら「河内長野行き」。河内長野で降ろされ、また15分待ち。来たのは「林間田園都市行き」で、林間田園都市で「なんば行き」に変わる。 またしても待つ。あと駅二つなのに、17分。「高野山行き」が来た。シートが高い。足が床に付かない。向かいの座席に小学生みたいな女の子が座っていたけど、私より背が低そうなのに、足はちゃんと床についていた。mmmmm--- hasimotoの駅前からタクシーに乗ろうと思ったら、千円札が無かった。電話でショータンを呼ぶ。またまた待つ。 灯りの中に大きな蛾がいて、ツバメがスイッと来て捕って行った。ツバメって、夜まで子供養うために働いてたんだ。 ショータンはパジャマを着ていた。「晩、ウナギ食べた?」「お漬物と海苔とごぼう天と納豆」 ウナギを切ってチンするのが面倒かなあ。子供育てるために必死で働いたこともなくて、息子にねだり、私からかすめ取り…… 家まで、やっぱり3時間かかった。予報は「雨」だったのに、全然降らなかった。「晴れ女」の私も、トモダチの「晴れ女」も、折り畳み傘をちゃんと持っていた。みんな「晴れ晴れ」だったのか。初めからしまいまで習っている俳句の話をしているのがいた。俳句なんて、習うものではない。 ダンディーな神戸のmitaさんに、「神戸の人はお洒落ですねえ」とk子さんが言った。「え?」「お洒落は神戸からでしょ」「おれのことと違うんか」 (いえいえ、やっぱり一番ダンディでしたよ) K子さんは、普段あまり冗談言わない人たちとばかり話しているらしく。誕生日の話題になって、「ナニ座ですか?」とk子さんが訊いたらIさんが、「松竹座です」と答えた。「というと、1月ですか」なんて。 子供の頃のワルガキは、大酒飲みの理屈屋に。 みんなの前の飲み残しのビールを片付けたせいばかりではなく歩くのがフラフラ。「大丈夫ですか」「大丈夫なことおまっかいな」「ナナメになってますよ」「いや。ナナメやない。ハスカイです」 ハスカイ歩行の酒飲みは皆に敬遠されて、淀屋橋ぐらいまでは行く人があったのに、一緒に帰ってくれる人がいなかった。 このメンバーで、一番あとまで残るのはダレだろうなと、それぞれに考えていたみたい。私達はもうすぐ、3度同窓会に来てくれた先生が亡くなった年齢になる。
2004.05.29
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「国立病院へ行くから、お昼は焼肉食べよう」 とショータンが言った。 病院へ行く前に大阪の家へ送って貰って、掃除と仕事をした。お昼過ぎにショータンは迎えに来て、焼肉屋へ行った。駐車場に車が1台しかない。店内に電灯も点いていない。こんな時間に閉まっているということは、潰れたんだと仕方なく、うどん屋へ行った。先日お寿司を食べに行ったら開店1時間も前だったし、焼肉屋は潰れたみたいだし、外食するなということか。牛の病気が蔓延したせいで肉が高くなって、牛丼屋ばかりでなく肉屋は困っているんだ。ひところ、「焼肉」の看板がイヤというほど目についたけど、閉めた店が増えた。景気が悪いんだ。大丈夫か鯉住(koizumi)。 帰り道、ショータンはコンビニへ寄って、書いて貰った診断書をコピーした。パソコンのプリンターでちゃんと出来ると言うのに、コピーはコピー機でないといけないと信じている。認めてくれた「後遺症の査定」がいまいち不服で、追加するつもりだ。家へ帰って封筒に入れようとして「あっ」とショータンは言った。「番地、間違ごうてる!」 住所は大阪で、番地はここの家のになっていた。先生はなにかを見て書いたんだから、ショータンが間違えたのだ。「またアシタ、行かんならん」 明日も同じ先生がいるかなあ。どうも、さいさき良くないみたい。
2004.05.28
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小学1年生の時、教壇の机の前に座っている受け持ちの先生に、ワッとたかるのが5、6人いた。背中に張り付く子、肩にぶら下がる子、首に抱きつく子、頭に自分の頭をすりすりする子、腰にしがみつく子………おぞましかった。 日記のどっさり<コメント>見ると、あのガキどもを思い出す。 中学の頃、叔父の嫁さんの妹が来たので絵を描いてやっていたら、私の後ろから背中へおっかぶさった。夏だった。汗くさくて、手が熱くて、びっくりして背負い投げくらわした。ガーッと泣いた。「ウルサイッ」と怒鳴った。叔父の嫁さんは慰めた。 いや、その子、顔も不細工だったんだ。可愛いらしくない子は万事控えめがいい。 我が家の塀の角で、毎朝夕お喋りしていた主婦グループがあった。トイレの窓の外で、連中はなんとも思っていなかったけど、迷惑だった。一人の主婦の子供が自転車で引っくり返って入院した。一人の主婦は、舅さんが惚けて目が離せなくなった。リーダー格の主婦は、ダンナが会社をリストラになって、働きに出始めた。 入院していたとき、毎晩消灯までの1時間余り、ロビーに集まって「ワイワイがやがや」やっている連中があった。 他人は他人だからナニをしていたって勝手だけど、(イヤだなー)と思っている人がいることも……
2004.05.26
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姉が、自分たち二人の戒名をメールで送ってきた。 一昨年義弟が死んだとき、病院へ見舞いにも行ってやらなかった母がお坊主さんに高い戒名をつけて貰った。お葬式は私と姉だけでして、お棺に花を入れたのは私一人だった。 「ご飯一杯食べさしてもうたことない。死ぬまでお金むしり取られた。伯父さんが不憫がって甘やかしたから、50になっても1人前やなかった」と母が言う義弟だった。3歳で実母を亡くして、5歳から母が育てた。 お葬式のとき、坊さんは10万円のお布施が不服で、葬儀会館の霊安室で4、5分のお経を唱えてさっさと帰ってしまった。私が義弟の戒名をつけた。院号と7文字に信士。 義弟は、死んで35日めに義父を迎えに来た。母は、義父のお葬式を盛大にして、ついでに義弟の戒名も坊さんに頼んだ。50万円だった。「戒名は、素人が勝手につけたらあかんねんと」 坊さんが言ったそうだ。死んだ人は、「私の名前はお寺さんがつけました」「私の名前は普通の人がつけました」などと、何処かで言うのだろうか? 「こいつは坊主が付けた名前やないゾ」と冥土の番人がいじめるのだろうか?「自分の戒名は自分がつけたらええねん」 と、姉と私は話した。それで、姉は自分と夫の戒名を考えたのだ。そう言えば、私も数年前に自分の戒名を用意したんだ。何処へ仕舞ったんだろうか。なんだか忙しいな。 ショータンは、手術のあと「しんどい」「胸が悪い」「アシがいたい」と言いながら、大阪に家を建てる算段もしている。まだまだ戒名は要らんみたい。
2004.05.24
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この忙しいのに、いま編み物をしている。凝り性なので、始めたらもう、テレビ見る間もせっせせっせと…… 新しいホームページも思うように行かないし、気がついたら日記ブランク3日……あれ? おかしいな。昨日書いた筈なのに、----えー? 毎日少しずつ雨。庭の水遣り助かっている。
2004.05.23
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「拉致被害者の蓮池さん、地村さんのお子さん達が帰って来られましたとた」というニュースばかり。向こうで生まれて育ったのだから、やっぱり「初めて来た」んじゃないのかなあ。25万トンの米&1千万ドル分の医薬品と引き換えでというのなら、金日正の作戦勝ちだ。Koizumiさんは、(やったぞ。おれはやるんだから)と得意そうな顔をしているけど、行方不明の人達の安否は判らずだし、違うよ。負けだよ。 イラクへの自衛隊派遣と支援といい、幾ら遣うつもりなんだろう。「これこれ遣います」と国会で相談して決めたとは全然聞いていない。「年金未納議員は、国民年金を棄権しよう」という旗も立てず、この子供たちを迎えに行ったことで次の選挙の票獲得を狙っているということらしい。???('へ )☆ いままだ行方不明の10人の、うち1人でも2人でも見つかったら、日正はまた「なんぼで買うか?」というだろう。ほんとは何処にいるかちゃんと判っていて、(一人でコメ5万トンはいけるで)と計算しているんだよ。誘拐の首謀者で、法外な身代金ふんだくり大成功なんて、おかしいんじゃないの? 物取さんなら「問答無用!」と大砲ぶっ放す筈。10人の家族会が怒っているのも無理ない。10人の内の一人も判らないままだったら、米は10万トンが関の山ヨよと、なんで言わなかったんだろう。Kizumiさんはほんとに交渉が下手だ。うちのショータンの爪の垢進呈したいもんだ。 記者会見の時の表情が、今日魁皇をやっつけた朝青龍の(どんなもんだァ)の表情と同じだけど、負けだよ負け。負けるが勝ちなんてことはない。負けは負け。アシタもタイヘンだァ。
2004.05.22
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JAの保険屋が来た。「あのセンセが書いた後遺症の所見がパスするとは思いませんでした。ここ2年ほどでは、おタクさん一人ですよ」と言っていた。「ダテや酔狂で医者通いしたんと違いまっせ」 アハハとショータンはご機嫌だった。私の分も自分が貰うんだもんな。東京からの入金を見たら急に、食欲が出たみたい。ダイエット目標の60kになったのに、「ちょっと減り過ぎた」と、また「肉や」「魚や」と言っている。 後遺症が認められると、テキの保険屋もその同額を支払わなければならない。こっちのJAも同じ。手術したタイミングも良かったみたい。「おれは寝ててもちゃんと考えてる。お前は、ただ寝てるだけや」 そう言われたら此のごろ、いろいろと考えなくなった。「少年老い易く…」ならぬ「老年ボケ易く…」だな。トイレへ入った時、「電気消す電気けす」と唱えても、出る時は唱えたことを忘れている。長生きしそう。 ショータンのご機嫌に便乗して、「同窓会に行くよ」と言っておいた。 このトラックバックは面倒そうだけど、他サイトの方には使い良いかも……
2004.05.20
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「もう来んとこう思うたけど、そういうわけにも行けへんから…」と姉が言った。「昨日も、どうせお供えなんにも買うてへんやろと思て買うて来てんけど、仕出しの注文もしてないねんよ。『いつものとこへ電話して』言うから電話したら、『急に言われても出来ません』言わはんねん。そらそうやわなあ。お寿司屋さんやからお寿司やったらすぐに出来るやろけど、5000円のお弁当いうたら、準備が要るもんなァ。10人前だけやからと無理に頼んでんけど、うちが来ぇへんかったらどうするつもりやってんやろ」 お姉ちゃんはイケズやし怒ってばっかりやから、なにしてもうても嬉しいないと母は言うけれど、べったり頼りにしているわけだ。自分で準備が出来ないのなら、法事などやめておけばいいのに。昨日も母に言ったのだ。「お膳して、お供養も全部して、お寺さんに7万円も包んでも、来る人はみな迷惑やのに、法事なんかやめといたらええのに」と。「これでしまいや。もう、7回忌まではようせんから」 生きているかいないかは判らないけど、ほんとに、法事など喜ぶのはお寺さんだけなのだ。坊さんは、「死んだ人が往生できるから喜んでます」と言うが、死んだ人は、お葬式して貰っただけで充分喜んでいる筈だ。法要に効用なんかあるもんか。 「お花でもお供えください」とお金だけ郵送してきた人達に、宅急便で送るおさがりの包みを4つ拵えた。私の分も送ることにする。お金を送ってこんなおさがりを貰っても損だ。人迷惑なことだ。 数年前、ショータンの2番目の兄嫁さんが、「G兄さんとこのお嫂さんが死んだ、49日です、O兄さんの奥さんが死んだ、49日の法要です、お姑さんが死んだ、息子さんが死んだ、1周忌です、初盆です、ダレソレの3回忌です」と年中言って来るので、「お付き合いしてない親戚の方達にお会いしても仕方ないし、そういちいちお知らせ頂かなくて結構です」と言ってやった。それから知らせて来なくなって、兄さん達も順番に死んだ。 みんなが帰り、私も姉も帰ってしまったあと、また母は一人だ。おマツリ前より寂しくなる。
2004.05.17
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朝5時に起きて、6時半に家を出た。駅まで送ってくれたら1100円助かるけど、機嫌が悪いからタクシーにする。 土曜日だから、先日病院へ行った時より空いていると思っていたら、学生が大勢いた。女子高校生。優先座席でパンを食べている。ああ。またアナウンスが壊れている。スイッチ、入れてないのか? 「guzuguzu hunyahunya----」 母の家は阪急の十三の向こうだ。南海電車から新今宮でJR環状線に乗り換えた。環状線も学生だらけ。大阪駅からバスに乗ってはじめて、大人ばかりに。 8時半に、着いた。まだ寝ているだろうと合鍵で開けようとしたら、開いていた。「早かったな」 ちくわの煮たのと海苔で朝ご飯を食べていた。母は、お漬物とお茶漬けは食べない。ご飯を食べ終えて、トースターから焼いたお餅を取り出した。お茶碗に入れて醤油、味の素を加え、お茶をかける。「あんたもお餅食べる?」「要らん」「食べ。すぐに焼けるで」「要らん」 耳が遠い。要らん要らんと手を振る。仏壇の横に座卓を置いて、お供え物の箱が5種類並べて積んである。姉がちゃんとして行ったらしい。「昨日お姉ちゃんがそれ持って来てんけど、えらいことやってんでぇ」 お餅を食べながら。「なにあったん」「紙買うて来てくれてんけどな、『この紙ちょっと悪いな。もうちょっとええのん買うて来て』言うたらな、『どこが悪いのん!?』言うて箱を破ってな、掴み出してん。トイレットペーパーも、全部袋から出して、巻いたあるのをほどいて、そこら中紙だらけにして……。『そんなんせんでもええやろ』言うたら、『この紙は、頼まれて買うて来たんと違うわ。うちが買うて、やる、言うてわざわざ持って来たったやつや。ヒトが呉れたもん、文句いいなッ』言うて、部屋中紙だらけにしたまま帰ってしもた。その紙片付けて、お供えの入ってたダンボール箱やらそんなんゴミ袋に詰めて、朝から何べんもゴミ小屋へほかしに行った。5時に起きてな」 散らかす方もだが捨てる方も……。「朝早ようでないと、ダレかが見たら手伝うてくれるからな」 モッタイナイよりケッタクソの方が大事なんだ。花は半分枯れている。「花、なにも今日買わんでも、昨日でも一昨日にでも買うといたらええのに」「mamiが持って来てくれる」「mamiなんか、あてにせんでもええやろ」 「ヒト頼らんでも一人でやって行ける」と言いいながら、ヒトを頼りにし過ぎる。「mamiが触ったから飾りの時計が動かんようになってん。なんでやろ?」 見ると、置物の電池時計。単2が1個。「あっちの部屋にたんとある」 見たが単1ばかり。もう一つの時計を調べると、単3一つ。「ああ。その電池をあっちの時計に入れといて」 10時前に、お坊さんが来た。「あ。まだ誰も来てませんねん」「みんなには、11時と言うといた」「午後から行く所があるから、10時にしてもうてたんです」 母はまた勝手に、自分が思った時間を知らせたのだ。次に来たのはmamiだった。手ぶらで。「あんたに花頼んだ言うてたよ」「えー? 頼まれてないわ」mamiは慌てて外へ飛び出した。------眠いから続はまた----
2004.05.15
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メモ帳 からHP作っている。トップページは3つも出来たけど、他のページがなかなかだから、アップまで行かない。 トモダチが同窓会(老そうかいではない)の誘いの電話をくれた。ショータンが入院中に2回。メールで「考えとく」と返事していた。オトコノコから葉書も来た。「会場予約の都合があるから」と、最終の電話。Oさんは来ないKさんは遠くへ行ったSさんは病気らしいAさんは連絡ができなくなった-----つまり、女は3人かも知れないって。いや、キレイなときが過ぎたから、会いたくないんだよきっと。(あの人よりはまし)と思って行くつもりだったけど、棄権の人ばかりじゃあ仕方ない。 明日は義父の3回忌だし、出て行くことが多いとショータン機嫌が悪い。身体の加減も良くない。「しんどい」「熱がある」「食欲がない」と。 今日は夕方から掛かりつけの循環器医院へ行って、なにやら薬を貰って帰ってきた。夕飯が済むと、すぐに自分の部屋へ引き上げた。 朝はメロンを食べていたけど。嬉しそうに。
2004.05.14
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戦争の好きな人がいる巻き添えで死ぬ人がいる戦争の好きな人は抗議に対して曖昧に微笑み「自分のせいではない」と言う遠い国で人が死んでも老後の生活保障をより多く獲得しようとやっきになっている人がいる
2004.05.13
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裏のTさんのおばあさんが来た。「すみませんでした。知りませんでしたから……なんのお手伝いも出来ませんで、ほんとに済みませんでした」 しきりと謝って、お見舞いを置いて行った。隣近所の人を「最近みないけどどうしたのだろう」とか「入院でもしているのではないか」などと気を遣っていては、ゆっくり暮らせはしない。事故か出先での急病で病院へ運ばれ、そのまんま死んでしまって、病院から葬儀屋の霊安室-----焼き場というコースだったら、こっちが説明しにくくなる。 「なにかあったら、いつでもおっしゃってください。雨戸が開いたまま帰って来られてなかった時、おかしいなあと言うてたんですよ。外から雨戸だけ閉めてあげようかなあ、と言うたり……」「ああ。あのときは、大阪の家で泊まったんですわ。次の日、駅の銀行へ行く用事がありましたから」「そんな時、ちょっと電話……ああ、うちの電話、電話帳に載せてませんねん。お教えしときますわ。」 世間に内緒の電話番号まで教えてくれた。重たいお見舞いは、メロンだった。guhehehehe-----
2004.05.11
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ショータンがいないから、事故の示談がストップしている。病院でそれが一番気になっていたらしく、朝から自動車屋へ行くという。一人で行くのだろうと洗濯をしていたら、「早よ、行こ」と待っている。「こんな格好してるのに?」「格好なんか、どうでもええ。果物買わんならんし」 買うのが好きだ。姉に貰ったレンガ色のファスナーつきパンツに、庭仕事用のブラウスだ。どうでもええと言えばそうだなあ。母は、「その服は似合わない」とか「スカートと合うてない」とか、「そんな色……」とかよく言った。「ヒトが見たら笑いはる」と。私がどんな格好していても、笑うヒトはないだろうけど。 「どうでもええ格好」のままで行った。自動車屋で事故の写真を貰って、農道のカンツリー・スーパーへ行った。花の苗を5鉢買う。新タマネギとイチゴとトマトと甘カンも買った。甘カンは私が食べる。ショータンが好きなのはメロンとイチゴ。私が好きなのはハッサク。メロンは好きではない。以前、母が入院していたとき、お見舞いに貰ったメロンを「持って帰り」と言ったので袋に入れてぶら下げて帰ったのだけど、途中で重たくなって、ホームのベンチへ置き去りにして来た。8千円ぐらいのメロンだったそうだ。 大体、高級なものが嫌いなのかもしれない。27年前にショータンの姉さんに貰ったシャネルのブローチは、タンスの抽斗に放り込んで1度も使っていない。あるのを思い出すだけでも、気分が鬱陶しくなる。 3000円の蘭の鉢植えを貰うより、60円の花苗20鉢の方がいい。何故30鉢じゃないのかって? 30鉢もだったら、育てて増やす楽しみがない。いや、貰うよりは買うほうがいい。貰うのは嬉しくない。明日は母の日だ。なんにも贈り物はしない。母も私に似て(私が似てか)、贈り物を喜ばないから。10年前にショールを編んで宅急便で送ったが、トモダチにやったと言っていた。 ショータンは、示談が済んだら車を買うつもりだ。
2004.05.08
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6時半にタクシーを呼んだ。「明日退院する。9時に迎えに来て」とショータンから電話があったのだ。朝は電車の本数が多いから、昼間みたいに3時間半はかからない筈。 タクシーの運転手さんは、「バスはまだ走ってません」と言った。道路が空いていたから、駅まで940円。 なんと! 電車は急行でがらがら。天下茶屋で7時15分。地下鉄は各停だから北千里で8時。途中から学生がわんさか増えて、北千里では殆ど学生ばかりだった。病院に着いたのは8時20分。2時間もかかってない。ショータンは服を着替えてベッドに腰掛けていた。「早かったなあ」「もう30分遅かったら、混むから」「9時にならんと清算でけへんねんと。此処の郵便局も、9時にならんと開けへん」 さあ、車だが、ショータン式計算の勝ちだった。他の人が真似をするといけないから内緒だけど、私の予想の1/10だ。やったもん勝ちなんだ、なんでも。 国民年金未納議員だって結局は、掛けていた一般国民並みに年金貰うんだ。プラス、議員年金と。殺したヤツの人権人権と言って、殺されたもんバカの世の中なんだから。 お昼はお寿司を食べようと、行きつけの寿司屋へ寄ったら、11時からだった。「あー。まだ10時10分や。待ってられへん」 9時半に病院を出て、10時10分には家までもう30分の地点へ帰ってきた。やっぱり車。ショータンが車好きなのムリない。運転しているショータンは、いま退院して来たばかりのようには見えなかった。 帰りにスーパーで、魚とパンと牛乳とヨーグルトとほうれん草とそら豆とお豆腐とお茄子の漬物とアサリと、お寿司を買った。 家に着くなり、ショータンが病院で拵えた洗濯物をドカンと洗濯機に放り込んだ。 午後、ショータンは自分の部屋で3時間余り寝ていた。私が、乾いた洗濯物を畳んでいるとき階下へ降りて、お風呂にお湯を張った。「病院の風呂は、手術したもんはみな湯船に入れへんそうや。シャワーだけや。一人ずつ、湯、抜いて入れ直すのに。傷からバイキン入ったら怖いからな。手術前のヤツはお湯に浸かってるけど」「そういうたら、南おおさか病院で股関節の手術5遍目いう人、水虫の菌が入ったいうてはったわ」 それも退院して1年も経ってから、入れた人工骨に菌がついて、その骨を出して洗って入れ、退院して1年したらまた菌がついて……と繰り返し繰り返し、5回目は新しい人工骨と取り変えて貰っていた。「何遍も手術やり直すんやったら、風呂を我慢した方がええもんな。傷はきれいになってます、と医者が言うてたけど、こんなん」とショータンは手術の痕を見せた。「毛、みんな剃りやがって……。看護婦て、ケッタイな商売や」 あははは
2004.05.07
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朝から庭の手入れ。山茶花に、白いこな虫が棲みついた。接木がうまく行かなくて、花が咲かずに大きくなる。「これはなんの樹ですか」と、近所の人3人に訊かれた。「花ナシサザンカです」「へええ、花梨? カリンの種類ですか」「花咲けへんから、もう切ってしまおかと思てますねん」「花が咲けへんかったら、実も成りませんわなあ」 鋸で切るのも面倒だし、と放っておいたら、尚なお切り難くなった。 切花にした一枝のサンザシを挿し木したのが大きくなった。小さいときは葉っぱが霜焼みたになる病気によくかかったが、去年から病気しない。3月に目立たない小さな花が咲いて、いま小さな黄色い実をつけている。赤い実になる。 サザンカの伸びた枝を切っていると、花好きな筋向いのおメカケさんがひょこひょこ来て、「ご主人、ご病気ですか」と訊いた。「はい。動脈瘤、手術しましてん」 破裂寸前で、病院は往復8時間も……と説明する。「そうですか。いえ。車がないし、奥さんが一人で出て行ったり帰って来たりしてはるから…。お買い物に行くのも車で行ってはったのに、不便でしょう」「入院する前の日に買うたもんが、まだいっぱいありますわ。一人やったら料理するのが面倒で」「一人やったら、簡単なもんしか食べませんもんねえ」 この人も滅多に買い物は行かない。野菜の話、木の話、花の話、犬の話。「あそこのおじいさん、2ヶ月入院してて、死にはったんですて。3月の末に。そいで犬3匹、安楽死さしたんですて」「えー!? 犬のために屋上造りはったのに?」「イヌ大事にしてはったのにね。奥さんが病院へ行くのに犬の世話まででけへんから、いうて」「おばあちゃんは?」「おばあちゃんも、具合悪いそうでっせ。おじいちゃんは天国行き。犬は地獄行き。はははは」 見解の相違だな。繋がれっ放しの犬よりは、安楽死の犬の方が幸せだ。おじいちゃんはどうだか知らないけど、犬は天国へ行ってるよ。そのあとハウスへ来た素人園芸屋の話をして、「暑いねえ」と帰って行った。裏のジャスミンを切っていると、東横のオクさんが来た。「ご主人、入院でもしてはるん?」 どういう生活していた人か、言葉使いがザツい。「うん。大阪の病院に……」 片道3時間半も、と説明する。「寝てる人はええけど、行ったり来たりする方が敵わんな」「なあ。おタクは、もう病気よろしいのん?」 10年ほど前に、肺がんの手術をしたということだ。「定期健診も行ってへんねん。風邪が怖いんやけどな、こないだ孫が幼稚園でインフルエンザ貰うて来て、私、移って、死にそうやった」「入院してはった?」「いいや。家で寝てただけ」 病気の話、息子の話、犬の話、お葬式のはなし。「お葬式みたいなもん、せんでもええわ」「そうや。お葬式なんか、しょうむない」 筋向いのおメカケさんは私より1歳下。この人は私より5歳若い。「死にはったんですて」と、ダレがダレに言うのが早いのだろうか。
2004.05.06
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はーん。連休でみんな疲れているかして、新しい日記がない。私は昨日病院へ行っただけなのに、眠い眠い。昨夜は、ほったらかしのHPの更新しようとポチポチやってて、4時だった寝たのは。ショータンがいないから8時まで寝ていたけど、今日の昼は写真の整理と絵の修正やって、もう眠い。 結局、HPはまだ更新していない。 田植えの準備が済んだ田んぼの上を、鷺がキチキチ金属的な声で鳴きながら舞っている。一つがこっちの方へ降りたら、あっちの方から別のやつが「キチキチキチ」と舞い上がる。そいつが降りたら、またこっちのが「キチキチ、キッ、キッ」 あ。これは昨日だ。 今日は雨。 携帯電話のメロディーがけたたましく鳴った。母の声。「聞こえてる?」「なんで携帯になんかかけて来たん!?」「いつも、おれへんから」 いても、電話に出る時間はあまりない。普通この時間は晩御飯だし、もうちょっと早ければお風呂。もうちょっと遅ければテレビの前で居眠っていて、もっと遅かったらパソコンやっている。パソコンしている時長い電話に構っていて、画面でオモチャが泳いだあと消えてしまうと、なかなかさっとは元へ戻せない。母と従姉の電話は恐ろしい。2時間も3時間も喋るんだから。「頭、怪我してなあ」と言う。「お姉ちゃんが、植木鉢の植え替えしに来て、私がベランダから覗いてるのにピシャンと戸を閉めたから、枠でおでこに怪我してん。頭、割れたかと思た。28日。お医者さんへ行こうと思うけど、休みやから……」「うちの薬つけとったら治るやろ」「つけてるけど、頭の中の方がいつまでもギチギチ痛いわ。レントゲン撮ってもらわなあかんのと違うやろか」「怪我した時に、なんで行けへんかったん!?」「お姉ちゃん救急車呼ぶいうたけど、要らんいうてん。お正月にも、2月も、足が痛いいうて呼んだから…」「足と頭はちがうやろ。怪我やったら仕様ないやん」「植木なんか、誰も構もてくれと頼んでへんのにな。私が覗いてたかて、根性悪うに戸を閉めんでもええのにな」 母は8人きょうだいのオトンボ(末っ子)で甘えた、姉は人前で泣いたことがない長女。姉は親切だけど優しくない。「いつもな、『長生きして迷惑かけるな。すんまへんな』言うてんねん」と涙声。「15日法事やから、14日に来て。sugikoさんもmisaeさんも、身体の具合が悪うてよう来んねんと」 再婚で、金婚式まで仲良しだった義父の三年だ。「お前百までわしゃ九十九まで」というが、90過ぎて一人残ったら寂しいことだ。90歳過ぎて死ぬと、お葬式に来てくれた人も順番に減っていく。 ショータンの退院と一緒ぐらいになるから、いけるかどうか判らないと言った。法事なんか、どうでもいいと思うけど、残った者のおマツリか。母は、わいわい人に来て貰うのが好きだ。「どこの病院?」 自分が喋ることが肝心だから、どうせあっちの耳へすっぽん抜けなのに訊く。「循環器病センター。ここから片道3時間半もかかるねん」「なんで、そんな遠いとこへ……」「循環器の手術はあそこが日本一やそうやから」「ダレとカレは来てくれるけど、ダレソレは病気。お母ちゃんも、15日までこないしておれるかなあ。なんだかんだなんだかんだ------」いつものように喋るので、「この電話で長いこと喋ってたら電話代高いよ」と言った。「電話代なんか、知れてる」「普通の電話の倍もくるよ」「そう。ほんなら切るわ。----あのォ、なんだかんだ----」 なかなか切らない。画面でオモチャが走り出した。「病院まで、2時間もかかるのん?」「3時間半」「何処の病院やて?」「吹田。千里」「ここからやったら近いのに。ここにずっとおって、病院へ通うたらええねん」 よう言うわ。(昔は、「よう言わんわ」と言ってたのに、20年ぐらい前から「よう言うわ」になってしまった。「仕事もあるし、植木の世話もせんならんし」「植木みたいなもん、ええ加減にしとき。…頼んでもせへんのに、お姉ちゃんは………なんだかんだなんだかんだ」
2004.05.04
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「女三界に家無し」というけど、三軒の家を回っている。昔はよく3階に住んでいた。寮にいた時、下宿していた時、ハワイのアパートに住んでいた時。3が好き。 公団では1階でも「103」だった。千代田の家は2階で「503」。なんでか。 千代田は高台で、夏は涼しい。いま、鶯が鳴いている。日当たりもいいし風通しもいいし静かだし。12時まで仕事をして12時10分に布団(ベッドがない)に入り、本を読みかけたら半ページで眠くなった。 夕方からという予報なので折り畳み傘をバッグに入れて肩から斜めに掛け、9時に家を出た。傘が重たい。バスの時間は知らない。ゆっくり歩いてぼんやり信号を待って。(長い信号)と思ったら、青一回見過ごしていた。向かい側のバス停へゆっくり行くと丁度バスが来た。 電車はがら空きの各停。急行の止まる駅で大方のヒトは降りて移動したけどそのまま乗っていた。ガッタンガッタン、いつも乗るやつなら3つしか停まらないところを七つも八つも停まる。 北千里から乗ったバス、「次は北公園前ぇ」と言ったからブザー押さなかった。前のおじいさんが手を伸ばして押した。すぐに停まったのでバス停の標識をひょいと見ると、「循環器病センター前」と書いてあるような。いつもと違う席に座ったから病院の建物が見えない。慌てて立って、念のため運転手に訊いた。「ここ、病院前ですか?」 サングラスをかけた若いにいちゃんの運転手、「えー?」なに言うてんねんという顔。「病院前ですか」「循環器病センター前です」 はっきりゆっくり言った。なるほどなるほど、「病院前」というバス停ではない。降りた。ブザーを押したおじいさんは降りなかった。私のために押してくれたのか。 この病院は、手術直後と重病人以外はお金持ちも貧乏人も一緒の4人部屋。どの人もカーテン閉めてプライバシーを保っているけど、ショータンはバーッと開けてテレビを見ていた。25℃だもの。私は脚の手術をしたとき、窓際の寒がりリウマチ患者と暑い寒いで喧嘩して、(こんな病院におれるか!)とムリに退院した。お陰で元通りに歩けなくなった。 3日の間に、ショータンは3枚もパジャマを着替えていた。「傘持ってるから、よう持って帰らんわ」「雨降るまでに帰るのに、持って来んでもええやろ、傘なんか。今週いっぱいで帰るから、車のトランクに入れてきて」「来週いっぱいと違う?」「今日、半分糸抜いた。明日、残り抜くらしい。示談もちゃんとして貰わんならんし、こんなとこにのんびりしてられへん」 手術してもらって、病院を「こんなとこ」と言うのは私と似ている。母が、「年寄りは病院へ入ったら惚けるねんて」と言っていた。ショータンも「電気消すのん忘れてるッ」「こんなとこへ置いとくなッ」と怒ってなかったら、惚けるかも。怒られない私の方はぼんやりして来た。 駐車場係り今日は休み。トランクに洗濯物入れておく。<夜間出入口>の脇に座っている守衛さんが、出る時も入る時も頭を下げてくれた。(今持って出た荷物、何処へ置いて来たのかな?)と思っていないかな。 腰も膝も踵も痛いから、金曜日まで来ないと言っておいた。「新聞代と交通費」と、2万円くれた。珍しい。重いから、傘はロッカーへ置いて帰った。 夕方からどころか夜中でも雨は降ってこない。
2004.05.03
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今朝思いついたので、リンクの日記一つ落とします。5ヶ月ぐらいリンクしてたけど、ほとんどこっちへ来ないので。黙って落とすのもなんだから、名前だけ書いておきます。yokko_888さんです。 女って、つまらないお喋りばっかりして、ヒトへの気遣いなんかないんですねえ。(つまらないというのは個人の見解ですけど)-----今日の日記はまた晩に書きます------- 晩に日記書こうと思っていたけど、急な注文が入ったので千代田の家へ行くことに。 ショータンの病院の詰め所に、「今日は行けなくなった。明日行きます」という伝言を頼んだ。 今夜は千代田泊まりだ。雨戸を閉めて行かなければ……。イッソガシーなあ。で、忙しいのにお昼はお好み焼きをした。3枚焼いて、1枚余った。明後日食べるか。 で、忙しいけどちょっとこれ書いておく。
2004.05.02
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