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阪急では、沿線の名所などをラッピングした編成が走っています。京都線は「古都」、宝塚線は「宝夢(ゆめ)」、神戸線は「爽風(かぜ)」です。先日、十三駅で電車を待っていると、宝塚線の「宝夢(ゆめ)」と神戸線の「爽風(かぜ)」がほぼ同時に梅田方向へ走り去っていくのを目にしました。残念ながらそのシーンを撮影することはできませんでしたが、少し待てば梅田で折り返してくる2列車の同時入線が記録できるかも、と思い、待機することにしました。阪急の場合、日中の特急は10分ヘッドで運転されており、3線同時に発車していくのがお決まりです。京都線の特急に乗っていると、横を宝塚線の急行、さらにその向こうを神戸線の特急がほぼ同じ速度で走っていき、その光景は、子どもでなくてもワクワクしながら眺めてしまいます。そんなことを思い出しながら十三駅で待っていたのですが、ラッピング車は普通での運用。こうなると、同時に発車しても、神戸線だけにある中津駅のため、並走は不可能となります。残念。一足先にやってきた「宝夢」は京都線の列車とすれ違いましたが、狙うとなかなか思いどおりにならないものです。今日6月30日は、ハーフタイムデー、トランジスタの日、アインシュタイン記念日、集団疎開の日だそうです。
2016/06/30
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雨の勢いはさらに増し、徳佐のカーブに着いたときは本格的な土砂降りとなっていました。山口線で、これほどの雨の中、撮影をしたことはありません。というか、自他ともに認める晴れ男なので、本降りの経験は数えるほどしかないのです。ただ、雨が降っている分、気温の上昇が抑えられ、煙の出方が素晴らしい。それを楽しむことにしましょう。徳佐カーブではオーソドックスに、S字を抜けるあたりに布陣しました。駅を発車する長音一吹。そのあと、竹藪の向こうに真っ黒なのろしが立ち上がります。そしてドラフト音とともにS字に姿を現したC57は、これ以上はないと思われる爆煙でこちらへ近づいてきました。雨のベール越しですが、この迫力はたまりません。良いものを見せてもらいました。このあと、津和野まで行って午後の上りに備えるのがいつものお約束ですが、もうこれで十分です。広島、山口と2日に亘った撮影行。早めに切り上げて大阪へ帰ることにしましょう。撮影地:山口線徳佐~船平山今日6月28日は、貿易記念日、パフェの日だそうです。
2016/06/28
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長門峡で花絡みのカットを押さえたあとは、再び追尾体制です。めざすは地福の発車。基本的には線路の南側で構えるのがお約束のアングルですが、この日に関していえば、光線の向きは全く関係なし。てか、雨足はますます強くなる一方なので、早く来てC57、というのが正直な気持ちです。とはいうものの、雨なので煙の出方は言うことなしの状態です。晴れてスカスカか、濡れて爆煙か。二律背反の選択ですが、晴れて爆煙がいいなあ、やっぱり。撮影地:山口線地福~鍋倉今日6月27日は、メディア・リテラシーの日、ちらし寿司の日、演説の日、日照権の日、女性雑誌の日だそうです。
2016/06/27
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仁保の手前で1回、長門峡で1回、地福の発車で1回、徳佐のカーブで1回という山口線お約束の追っかけパターンで移動します。これまでに何度も繰り返してきたことで、我ながら芸がないな、と思いながらも、雨天なので安全策を取ることにします。仁保路では一休みしていた雨降りですが、長門峡へ移動する間に本格的になってきました。お蔭で、長門峡のお立ち台での先客は数えるほど。この雨じゃ、煙の出は良くなるけれど、ギャラリーの出は減るよなあと思いつつ、いつもの場所にひとまず立ち位置を確保したのですが、前方のギャラリーが微妙な位置に立っているため、場所を変えることにしました。後ろを振り向くと、三脚を立てている人が一人見えます。そこへ移動したのですが、線路際の小物の存在がしっくりきません。その場でさらに後方を振り向くと、アジサイや立葵が咲いており、明らかにそれを意識した立ち位置に数人のギャラリーがいるのに気づきました。お、混ぜていただこう。煙の上がり具合を予想すると、編成全体は入らないけれど、縦位置の方が良さそうです。そして待つことしばし。長門峡を発車するC57の汽笛が山あいに響き渡ります。真っ黒な煙を上げ、轟音を立てながら鉄橋を渡り、こちらへと近づいてきます。いかにも梅雨らしい1カット。でも、ぐっしょりです。撮影地:山口線長門峡~渡川今日6月26日は、国連憲章調印記念日(国連)、国際麻薬乱用撲滅デー(国連)、露天風呂の日、雷記念日、オリエンテーリングの日だそうです。
2016/06/26
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新幹線の撮影がほぼ終了するころからポツポツと降り出した雨は、次第に勢いを増してきました。この日のメインは、何といってもSLやまぐち号。久しぶりです。新山口駅構内には、SLやまぐち号の機関車がC57からD51へバトンタッチされること、あわせて客車も旧型客車風に復刻新造されることなどを告知したポスターが貼られていました。D51の運転開始は平成29年度から。つまり、C57の運用は今年が最後となる可能性が高いのです。あわせてSL北びわこ号でのC56もD51に変わるようですから、JR-WでのSL運転は来年から大きく様変わりするようです。C57、C56の雄姿を今のうちに記録しておかなくっちゃ。さて、久々の山口線。まずは定番の大山路を下見しましたが、時間が早かったこともあり、ギャラリーが一人もいません。そうなると、ファンと地元の方との間で何かあったのかしらん、などと逆に不安になるのですから、わたくしも小心者です(笑)。いずれにせよ、この日は大山路から少し離れたカーブで正面土管を想定していましたので、早々にポイントを移動しました。そして少し前まで降っていた雨が止んだ瞬間、仁保路の勾配をC57がゆっくりと上ってきました。さらに、ほとんど目の前まで来たところで盛大に空転をしてくれました。写真でその様子を伝えることはできませんが、ビデオではしっかりと記録することができました。とりあえず第1弾は無事ゲット。さあ、次、いってみよう。撮影地:山口線宮野~仁保今日6月25日は、東京馬車鉄道が新橋・日本橋間で開通(1882年)、日本鉄道が上野・高崎間で開通(1884年)、住宅デー、天覧試合の日、指定自動車教習所の日だそうです。
2016/06/25
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広島から山口へ移動した翌朝も500系狙いでスタートしました。新山口と徳山の間にある国道2号沿いの歩道から新幹線を狙うアングルです。この場所では、上り列車を撮る構図がよく知られています。光線は午前中の上りに対して良好ですから当然のことです。しかし、この日は前日とうって変わって朝から曇天が広がっています。現地に到着した直後はまだ日が出ていたのですが、時間の経過とともに光量は減少。ISOを上げることで対応せざるを得ません。しかし、晴れていたら逆光になるアングルの下り列車も、曇りであるがゆえに押さえることができましたので、結果オーライと考えましょう。やってきたのは、原色の500系ですが、先頭部にステッカーがしっかりと貼られたカンセンジャー500系。これも今の時代の記録です。撮影地:山陽新幹線徳山~新山口今日6月24日は、UFO記念日、ドレミの日、林檎(美空ひばり)忌だそうです。
2016/06/24
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この日は夕方まで広島で撮影し、そのあと山口へ移動する予定にしていました。朝から山陽本線、山陽新幹線、さらに呉線、再び山陽新幹線と転進に次ぐ転進を重ねてきましたが、このまま切り上げるのはもったいない。あと一つぐらいターゲットを増やしたいと思い、記憶のデータベースを探すと、海沿いの広島電鉄が浮かび上がってきました。市内を走る古いタイプの電車ではなく、比較的新しいタイプの連接車が被写体になりますが、ここは情景を優先しましょう。新幹線の俯瞰ポイントから撤収して移動します。しかし、広島市の東の端から宮島の手前まで移動するわけですから、これまたそれなりの距離があります。幸い車の流れがスムーズだったのでよかったのですが、これが渋滞続きだったら、途中で引き返していたかもしれません。この場所には以前にも一度訪れています。そのときも天気はあまり良くなかったのですが、どうやらこのポイントでの天気の相性はあまり良くないみたいです。今回も撮影している間は曇ってしまいました。でも、広島名産、牡蠣の養殖いかだと路面電車の組み合わせは、おそらくここでしか撮れないでしょう。その意味では十分記録に値するシーンを撮影できたと思います。とりあえずこの日の撮影はここまでとし、新山口へ移動しましょう。撮影地:広島電鉄地蔵前~阿品東今日6月23日は、東北新幹線、大宮~盛岡間開業(1982年)、オリンピック・デー、沖縄慰霊の日、ふみの日、踏切の日だそうです。
2016/06/23
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500系新幹線は、博多から上り列車として運用がスタートする大半のスジは岡山で折り返し、大阪までやって来るのは限られます。新大阪~岡山間では日中3回しか撮影チャンスはありませんが、岡山以西では運用の数が増え、その分、撮影回数も増やせます。東広島付近で午前の上り新幹線を撮影し、呉線へ転進したあと、午後は再び下りの500系を狙うことにして、広島市内へと移動しました。事前に調べてはいたのですが、訪れるのは初めての場所だったため、果たしてどのような感じなのか、少し不安でした。しかも、呉線からの移動となると、それなりに時間がかかります。途中、少し迷いましたが、何とか現地到着。山の斜面からアウトカーブを駆け抜ける列車を俯瞰するアングルです。汗をかきながらたどり着いた苦労は報われました。エヴァ通過後45分ほどしてやって来る原色500系まで撮って、次なるポイントへと移動しました。撮影地:山陽新幹線東広島~広島今日6月22日は、らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日、ボウリングの日、日韓条約調印記念日だそうです。
2016/06/22
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東広島付近での500系撮影が一段落したので、次はどうしようかと考えた結果、呉線へ転進することにしました。この日は呉線で快速「瀬戸内マリンビュー」が走っていたからです。「瀬戸内マリンビュー」は、JR西日本が広島駅~三原駅間を山陽本線・呉線経由で運転している快速列車(臨時列車)です。定期的な観光列車として運転されるようになったのは2005年10月1日からだそうで、キハ47形気動車を当列車専用に改造したキハ47形7000番台を使用し、2両編成で運転しています。私自身は、以前にも一度撮影したことがあるのですが、それからでも大分時間が経っているため、久しぶりにカメラを向けてみようと思い立った次第です。東広島からカーナビを頼りに小一時間のドライブで瀬戸内の海辺に到着しました。海にアウトカーブを配したアングルで待つことしばし。沖には鯛釣りでしょうか、遊漁船が行き交います。梅雨の晴れ間で、写真を撮る方としてはうれしいのですが、何しろ暑い。海辺で待っていると、ついつい、水の中はどうなっているのだろう、とダイバーの気持ちが膨らんできます。撮影地:呉線忠海~安芸幸崎今日6月21日は、近畿日本鉄道で冷房特急の運転を開始(1957年)、がん支え合いの日、冷蔵庫の日、交番の日、スナックの日(全日本菓子協会)だそうです。
2016/06/21
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500系の場合、博多を出発した列車は、大半が新大阪駅まで行かず岡山駅で折り返していきます。つまり、新大阪~岡山間ではTYPE EVAが往復するスジ以外には、もう1本、早朝に新大阪駅から下っていくスジしかないのですが、岡山以西では運転本数が増えます。その分シャッターチャンスも増え、しかも大半が原色の500系というのがうれしいところ。東広島付近では、地形的な関係からか、短い区間にオーバークロスが連続しています。もちろん、しっかりと金網でガードされていますが、撮り方に工夫すれば網目を目立たなくすることができます。この朝は快晴とはいかず、空は薄雲で覆われていましたが、それが逆に幸いして、本来なら半逆光になるアングルで、先頭部運転台のガラスが何とも言えない色に光り輝いてくれました。撮影地:山陽新幹線東広島~広島今日6月20日は、世界難民の日、健康住宅の日、ペパーミントデーだそうです。
2016/06/20
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金曜の夕方、広島駅で下り、レンタカーを借りて東広島へと進路を取りました。そのままホテルへ行くのも手ですが、翌日の撮影に備えて現地を確認することにしました。撮影予定場所へ着いたときには、すでに日は完全に沈み、付近は田園地帯とあって、車のライトを消すと真っ暗闇となりました。ところで、最近、撮影機材を変えました。連写速度と高感度が売りものの新愛機。最高感度にしたときの撮影状況がどのようなものなのか、一度確認しておく必要があると以前から思っていましたので、真っ暗闇の中での撮影がどのような結果になるのか、試してみることにしました。それが1枚目のカットです。ISO10万を超える状態にセットしても、稼げるシャッター速度は400分の1秒。もちろん、絞りは開放です。新幹線の撮影に400分の1秒のシャッター速度では不十分なのはよく分かっているのですが、とりあえずどのような感じに写るのか、高速で接近するN700系を相手にカメラを振り回しました。ピントの合い具合や画像のシャープさは致し方ないとして、肉眼では真っ暗闇の空が、青く写っているのには驚きました。スペックを確認するための闇撮でしたが、一応のチェックはできたと思います。2枚目が翌朝、ほぼ同じ場所で撮影した500TYPE EVAです。明るい状況で見ると、こんな場所だったのね、ということを改めて実感しました。撮影地:山陽新幹線広島~東広島今日6月18日は、海外移住の日、考古学出発の日(大森貝塚を発見・発掘したアメリカの動物学者モースが来日、1877年)、おにぎりの日、頭髪の日だそうです。
2016/06/18
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先週末、広島と山口へ行ってきました。第1の狙いは500系をはじめとする山陽新幹線を撮ること、第2の狙いは久々のSLやまぐち号です。山陽新幹線のなかでも、500TYPE EVAを広島や山口近辺で撮影するためには、前泊が必要です。そのため、金曜日の夕方、大阪を発ちました。そして東広島駅前のビジネスホテルに泊まり、翌朝はセノハチの後押し運用から撮影を開始しました。しかし、期待したオレンジ色のEF67は現れず、押し太郎(EF210の300番台)が後補機で上っていくのを見かけただけでした。広島滞在中、EF67は何度か目にしたのですが、撮影は一度も叶わず、次回の課題として残してしまいました。そうした中、普通電車でも新型車輌、227系レッドウイングの台頭がめざましいことを実感しました。黄色い115系もまだ頑張っているのですが、近い将来、もしかすると115系を追いかける日がやって来るのかもしれません。そんなことを考えながら電車を待っていると、遠くからやけに赤い電車が近づいてきました。「真赤激」のヘッドマークを掲げたカープ電車です。噂には聞いていましたが、実車を見たのは初めてです。カープファンなら、広島が勝った翌日、この電車がやってきただけで再びテンションが上がってしまうだろうな、などと思いながらシャッターを切りました。撮影地:山陽本線八本松~瀬野今日6月17日は、砂漠化および干ばつと闘う国際デーだそうです。
2016/06/17
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旧駅名標と組み合わせたカットを撮っていると、201系が入線してきました。見ると、「OSAKA STATION CITY 5th ANNIVERSARY」のヘッドマークをつけています。大阪環状線では今、大河ドラマとタイアップした「真田丸」仕様の編成が走っているのは知っているのですが、この日は電車庫で休憩しているのを確認していたので、USJラッピング車が唯一のラッピング車と思っていました。5周年記念HM車が走っていることすら知りませんでしたので、何だかとっても得をしたような気分です。ホームには背中にギターを背負ったハードロックガールが列車の到着を待っており、国鉄時代の電車との組み合わせが、平成の、そして大阪環状線での201系終焉間近の光景として心に残りました。今日6月16日は、アフリカの子どもの日、ケーブルテレビの日、和菓子の日、麦とろの日だそうです。
2016/06/16
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大阪環状線寺田町駅ホームに旧駅名標が残っていることが発見されたのは平成27年(2014)8月、駅改良工事中のことでした。それは偶然の発見でありました。それまでに幾度かの駅改修工事を経ていたのですが、手書きの駅名標が現存していたのは全国的にも珍しい事例となりました。その後の考察で、この駅名標自体は、昭和7年(1932)の駅開業時に設置された可能性が高く、昭和20年(1945)の大阪大空襲等の戦火をまぬかれた歴史を物語る重要な史料でもあり、このほど貴重な鉄道資料として保存されました。駅名標の保存整備作業が終わったという記事を先日、目にしましたので、現状を確認するのと、近い将来、大阪環状線から姿を消すオレンジ色の103系や201系とのコラボカットを記録しておこうと、寺田町駅へ行ってきました。旧駅名標は黒い展示ケースの中に収まり、下部には説明文も書かれ、その由来が理解できるようになっていました。30分ほどホームで列車の往来を眺めていたのですが、オレンジ色の103系や201系だけでなく、USJラッピングの201系などもやってきて、歴史の中の現在の大阪環状線を記録することができ、よかったと思いました。今日6月15日は、新橋~下関間に初の特別急行列車が運転された日(1912年)、信用金庫の日、暑中見舞いの日、千葉県民の日、栃木県民の日、オウムとインコの日、お菓子の日、中華の日だそうです。
2016/06/15
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すでに日は大きく西に傾いたのに加え、薄雲が広がり出したため、あたりは急激にトワイライトがかってきました。この日最後の撮影はDD51の訓練運転。これを撮ったら大阪へと進路を取りましょう。猛者テツさんのご教示により、三岐鉄道の貨車2輌だけを従えたDD51の訓練運転が四日市から富田の短区間で行われることを知りました。赤ホキ氏がいつも四日市での締めの撮影にするポイントへ、わたくしも同行させていただきました。場所はよく分かるのですが、このアングルからは撮ったことがありません。そういう意味では、バリエーションを増やすことができました。当初、赤ホキが終われば閉店、帰宅の予定だったのが、思いもかけず四日市まで転進し、さらに今まで経験したことのないアングルばかりで3回、DD51を撮影することができたのですから、たまには粘ってみるのも大切だと実感しました。撮影地:関西本線富田東~富田今日6月14日は、世界献血者デー、フラッグデー(アメリカ、13邦の星条旗が国旗として制定された日、1777年)、五輪旗制定記念日だそうです。
2016/06/14
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DD51タンカーを待っているときにやってきたファンの一人は地元の猛者テツで、赤ホキを待っているときに知り合った方とは顔見知りの間柄のようでした。二人の会話を横から聞いていると、タンカーが通り過ぎるとすぐに反対方向からDD51牽引のコンテナ貨物が来るのですが、それが原色DD51であることを知りました。さすがは地元の猛者テツ。他の場所へ移動する時間はないため、反対側を振り返って撮るしかないけれど、カーブが急なので、編成の最後までは入りませんけれどね、とのご教示。いえいえ、原色機が撮れるだけでもありがたいことです。それにしても、今や原色機は2輌しか残っておらず、そのうちの1輌は、早ければ今年中には落ちてしまう(廃車)可能性があるとのこと。さらに、四日市のDD51そのものがそう遠くない将来に消えてしまう可能性も大きいとは、赤ホキ氏の予想です。では、DD51の代わりはどうなるのですか、と尋ねると、道産子の赤熊さんになるでしょうね、とのこと。赤熊さんかあ。フォルムの印象が、若き日に追いかけたDF50につながることから、個人的には嫌いじゃないのですが、やはり四日市ではDD51にがんばってほしい。また折を見て、平日が休みの日に四日市詣でを再開するかな、などと思いながら次の場所へ移動しました。撮影地:関西本線富田~朝日今日6月13日は、鉄人の日(広島東洋カープの衣笠祥雄が2131試合連続出場の世界新記録を達成、1987年)、小さな親切の日、はやぶさの日、FMの日だそうです。
2016/06/13
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ロクヨン赤ホキを待っているとき、偶然知り合ったおテツの方と話をしていると、このあと、その方は関西本線へ転進するとのこと。わたくしは、ロクヨンが撮れたので帰ってもよいかな、と思っていたのですが、その話を聞くと、久々に四日市のDD51に会うのもよいかもしれない、などと思い始めました。美濃赤坂から地道を走っても、夕方のDD51貨物には問題なく間に合うとのことです。そうだ、四日市、行ってみよう!詳しい場所を打ち合わせたのではないのですが、恐らくあそこだろうと見当をつけた場所へ行ってみると、しっかりと立ち位置を確保されていました。その後、わたくしたちを含めて4名が夕方のDD51に備えて布陣したのです。これまで四日市には何度か通い、それなりに土地勘も持っています。しかし、この場所は、次の機会に、と思いながら撮影が果たせなかったポイントでした。その意味では、新たなアングルで撮影できてよかったと思います。ただ、そのとき初めて知ったのですが、比較的最近ポールが追加されたため、その間を抜くためにスイートスポットが非常に制限されるようになったそうです。超望遠で抜くため、前後にひしめき合うような感じでカメラを構えざるを得ませんでした。列車が通過するまでに情報収集をしたのですが、四日市のDD51に残された時間はあまりないようです。特に、原色機にいたっては2輌ほどしか残っておらず、いつ落ちても不思議ではない状況だそうです。そんなことを聞くと、また四日市通いを再開しなくては、と思ってしまう今日この頃です。撮影地:関西本線朝日~富田今日6月10日は、路面電車の日、時の記念日(生活改善同盟会、1920年)、商工会の日(全国商工会連合会、1985年)、ミルクキャラメルの日、歩行者天国の日だそうです。
2016/06/10
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今回初めて訪れた美濃赤坂駅は、大垣駅と結んで美濃赤坂線と通称されていますが、れっきとした東海道本線の支線の終点なのです。しかし、南荒尾信号場と美濃赤坂駅間は単線で、列車運行本数は、日中だと2、3時間に1本程度、それ以外の時間帯は1時間に1、2本だそうです。まぎれもないローカル線です。もともと美濃赤坂周辺で産出される石灰石・大理石の輸送を目的として大正8年(1919)に開業した路線ですから、人より貨物の運送がメインなのかもしれません。おかげでロクヨンの赤ホキ列車が撮れるわけですから、テツ的には貴重な路線と言えます。駅の外れから休憩中の赤ホキ列車を撮影したあと、走行シーンを押さえるべく移動しました。しかし、市街地の間を走っていることから、ここは、という場所がなかなか見つかりません。ようやく、何とかいけるかも、という立ち位置を見つけたのですが、列車を待つうちに少しずつ日が傾き、線路のそばに建っている工場の影が伸びてきました。あらあら、と思ったのですが、こればかりは仕方ありません。とりあえずはロクヨンの赤ホキ撮ったぞ、と記録に留めるだけの1カットとなりました。撮影地:東海道本線美濃赤坂~荒尾今日6月9日は、ロックの日、ロックウールの日、ドナルド・ダックが初登場した日(1934年)だそうです。
2016/06/09
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名鉄瀬戸線に一区切りをつけ、さて、次はどこへ行こうかと考えた結果、ロクヨンの赤ホキ貨物を撮ることを思いつきました。美濃赤坂駅の外れから停車中のロクヨンを撮れることがガイドブックに紹介されており、それを思い出したからです。そうだ、大垣へ行こう!名古屋から大垣へ、カーナビ任せで走り、駅の外れに着くと、赤ホキを従えたロクヨンが午後の日射しを浴びて待機していました。隣には構内入換用のDE10も停まっています。良い感じ、良い雰囲気。しばし、独り占めの撮影タイムを過ごさせてもらいました。今日6月8日は、世界海洋デー、大鳴門橋開通記念日だそうです。
2016/06/08
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全区間を確かめたわけではないのですが、名鉄瀬戸線は市街地を走っているため、撮影ポイントが少ないようです。事前に調べてみても、矢田川の鉄橋くらいしか見当たらないのは、そうした理由のようです。オーソドックスな編成写真を撮ろうと、直線コースの沿線に車を進め、ようやくかぶりつきの1枚を手に入れることができました。すでに時間は正午を回っています。どこかでお昼を済ませ、次なるポイントへ移動しましょう。撮影地:名古屋鉄道守山自衛隊前~瓢箪山今日6月7日は、母親大会記念日、緑内障を考える日、むち打ち治療の日、ノルウェーがスウェーデンからの分離を宣言した日(1905年)だそうです。
2016/06/07
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名鉄瀬戸線は、矢田駅と矢田川鉄橋の間で90度ほど大きくカーブしています。列車の編成は4輌と、それほど長くありませんので、アウトカーブで狙えば画面に収められそうです。鉄橋での撮影が一段落したあと、カーブの途中にある小さな踏切へ移動しました。鉄橋を渡り終えた編成がゆっくりとカーブを曲がってきます。ときに、車輪のフランジがレールに当たってリーン、キーンという音が響きます。鉄橋、アウトカーブときたら、あとはオーソドックスに編成写真を押さえておきましょう。移動です。撮影地:名古屋鉄道守山自衛隊前~矢田今日6月6日は、楽器の日(全国楽器協会)、邦楽の日、いけばなの日、飲み水の日だそうです。
2016/06/06
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考えてみれば、これまで名古屋鉄道の写真って、撮ったことがありません。どのような電車が走っているのかすら知らないのです。以前、東京へ出張するとき、名古屋駅の周辺で赤い電車を見かけたくらいで、そのイメージのまま、名鉄イコール赤い車輌という固定観念を持っていたのですが、今回それは改める必要があることを知りました。それにしてもEF64重連の貨物、よかったなあ。中央本線ではロクヨンシングルのコンテナ貨物と重連のタンカーがありますが、やはり、重連の迫力は魅力的です。中央本線でのロクヨン貨物はこれまでにも何度か撮ったことがあるのですが、久しぶりの撮影に、何だか癖になりそうな予感がして、ちょっと怖い。重連タンカーを撮ったあと、名鉄瀬戸線へ移動しました。中央本線同様、矢田川を渡るシーンを撮影します。そして、やってきた電車は、オールステンレスの無塗装車体の4000系。おいおい、赤い電車じゃないの? などと思ってしまうのですから、名鉄初心者は困ります。撮影地:名古屋鉄道守山自衛隊前~矢田今日6月5日は、世界環境デー(国連)、ろうご(老後)の日、落語の日だそうです。
2016/06/05
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北は北海道から、南は九州・沖縄まで、日本の鉄道を幅広く撮影するため、いろいろな場所へ出かけています。もちろん、未踏の線区も残っているのですが、エリア的にはひと通り押さえられたかな、と思っています。しかし、そうした中にあって、中京圏はまだまだ手薄です。そうだ、名古屋へ行ってみよう! 過日、そう思いたち、日帰りで名古屋方面へ行ってきました。考えてみれば、大阪から名古屋まではザックリ片道200km。これは岡山へ行くのと同じくらいの距離です。最近、「みまさかノスタルジー」がらみで岡山方面へよく通っていますので、その向きを東へ転じるようなもの、と考えたら、それほど敷居が高いものでもありません。要は慣れているか、いないかだけの問題です。ということで、名古屋方面のワンデイトリップですが、単に名古屋鉄道だけを撮って帰るのではもったいない。どうせ行くなら、あれもこれも、がわたくしの主義。事前に調査した結果、まずは中央本線でシェルパロクヨン貨物を撮り、そのあと名鉄に転進するというプランでスタートすることにしました。撮影地:中央本線新守山~大曾根今日6月4日は、歯の衛生週間(厚生省、文部省、日本歯科医師会、4日~10日)、虫の日(日本昆虫クラブ)、土地改良制度記念日だそうです。
2016/06/04
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空港に着くまでに、もう一箇所寄っておきたい場所がありました。石勝線は駅間が長いのと、山間部を通っているため、トンネルは言うに及ばず、列車交換用の信号所やシェルターも結構見かけます。かまぼこ状のシェルターは、雪の少ない西日本などではほとんど目にしたことがありませんので、被写体として心動かされます。そうしたシェルターバックのカットをぜひとも撮ってみたいと思い、カメラを構えました。下り列車が通り過ぎたあと、しばらくして上りの「スーパーとかち」が接近してきました。バックのシェルターとのバランスを取りながらシャッターを切ります。思い描いたシーンをゲットできましたので、楽しかった北海道の思い出を胸に、わが家へ帰ることにいたしましょう。今日6月3日は、測量の日(国土地理院、1989年)、雲仙普賢岳祈りの日だそうです。
2016/06/03
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今回の北海道訪問で感動したのは新緑の美しさでした。トマムの山々はベビーリーフの柔らかい緑に覆われ、しかも木々の色合いが微妙に異なり、それはそれはビュリフォ~。長く厳しい冬のあとに訪れた春を山の木々が一斉に謳歌しているかのようでした。これまで北海道には何度も行っていますが、新緑の季節に訪れたのは初めてです。助手席に座っている妻も、新緑の美しさに感嘆しきりでした。占冠の道の駅で昼食を済ませたあと、夕張へ移動しました。めざしたのは「「幸福の黄色いハンカチ」想い出ひろば」。山田洋次監督の不朽の名作「幸福の黄色いハンカチ」のラストーシーンが撮影された場所で、風にはためく黄色いハンカチの幟(のぼり)や炭鉱住宅などがロケ当時のまま公開されています。展示室になっている炭鉱住宅の室内には、来場者が記念に書き残した黄色のメッセージカードがびっしりと貼られていました。そこには世界中の人々の「幸福」があふれていました。その後、新千歳空港へ移動する前に石勝線の撮影に向かいました。トンネルから出てきた列車が夕張川に架かる橋梁を渡っていくイメージそのままのシーンが目の前に広がっています。バックの山々の新緑が本当にきれい! その景色の中を駆け抜けていく特急「おおぞら」は、まさしく「幸せの青い気動車」でしょう。撮影地:石勝線占冠~新夕張今日6月2日は、横浜港開港記念日、長崎港記念日、路地の日、うらぎりの日、おむつの日だそうです。
2016/06/02
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トマムのリゾートに2泊し、用事を済ませてから10時ごろにチェックアウト。そのあとは夕方のNH便までフリーなので、夕張観光などをしながら新千歳空港へ向かうことにしました。当然、石勝線の撮影も間にはさみます。というか、むしろ撮影の合間に観光をすることになるのですけれどね。それにしても、改めて石勝線の撮影ポイントが少ないことを感じました。札幌・千歳と十勝・帯広方面とを直結する路線という性格から、線路は自然豊かな場所を通っており、人家などがあまりない結果、踏切など、撮影ポイントとなる場所もあまり見当たらないということになります。自然が多いということは、線路に沿って白樺などの木もたくさん立っていて、編成にかかることが多いのです。石勝線初心者のわたくしにとって、思ったよりハードルの高い路線でした。ようやく占冠駅から程近い場所の線路際で、ここならオーソドックスな編成写真を撮ることができるかも、という場所を見つけました。少し見上げる角度で「スーパーとかち」を待ちます。占冠駅を発車した列車が速度を上げながら近づいてきました。撮影地:石勝線占冠~トマム今日6月1日は、日本国有鉄道、日本専売公社発足(1949年)、国際子どもの日、電波の日(郵政省、1951年)、気象記念日(気象庁)、人権擁護委員の日(法務省他、1981年)、写真の日(日本写真協会、1951年)、国際放送記念日、真珠の日(日本真珠振興会)、万国郵便連合加盟記念日、麦茶の日(全国麦茶工業協 同組合、1986年)、ねじの日(日本ねじ工業協会、1976年)、梅の日(梅研究会、1987年)、ガムの日(日本チューインガム協会、1994年)、あゆ解禁、衣替え、生糸年度始め、薪能、氷の日(日本冷凍事業協会)、バッジの日(徽章工学協会、1993年)だそうです。
2016/06/01
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