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一般的に言われる事だが、日本の“おもてなし”とは、相手が欲するだろうと思う事を先回りして行う。一方、ヨーロッパのサービスとは、相手の欲する事を必ず行えるようにしておくこと・・・例えば、外国映画を見ていて、貴族の館に住んでいる主人と執事の関係を見て頂いたらご理解頂けると思う。主人が必要なモノを言えば「はい! ご主人様、すでに用意できております」というようなぐわいだ。“おもてなし”は、お客様が浴場から出てきたとする。温泉につかると汗をかき水分が不足する。そこで冷たいおしぼりとお水を持って「いかがですか?」という。しかし昨今少し変わって来たと僕は思う。例えば男性が女性の誕生日を祝う目的で来られたとする。ヨーロッパ的な例でいえば、彼は高価なシャンパンを注文するかもしれない。何時通門があるかわからない高価なシャンパンを用意できるのが店の姿勢であり、それに応えられるのがサービスの一つだ。日本では、彼の気持ちと懐ぐわいも想定して店からのプレゼントにするのかお勧めの酒をうかがうかもしれない。でも今は、ネット社会。お客様は「記念日だけどどのようなサービスがある?」と聞かれるし、提供側は「記念日にお越しになると、このようなモノをサービスします。」とうたう。日本人の多くは、サービス=値引きや、物品の提供をいうと思っている人が多いのではないだろうか?その様な疑問を覚えながら、ある日若いスタッフに聞いてみた。「旅館へ行って。お風呂に入ると、汗をかくやろ? 風呂上がりに冷たい飲み物が欲しいと思ったらどうする?返って来た答えが「自販機を探す」だった。こりゃおっさんと違うわ! と思った。ちなみに僕は、さっと部屋に帰って冷蔵庫を開けてビールを飲む。この瞬間を楽しむ為に普段より長く湯船につかって汗をかく。「自販機がなければ、どうする?」すぐ、返って来た答えが「コンビニに行く」だった。「何故? 旅館のスタッフに『水をちょうだい!』って言わないの?」と言った。もし以前、泊まった宿に自販機が設置してあれば、「ここは自販機も置いていないの?」というクレームにつながるのだろう時代がずいぶん変わったのかもしれない。昔のボヤキ漫才みたいだ。でもそれからも又、時間が過ぎた。“サプライズ”という言い方をするようになった。つまり予想しないサービスを求めだしたのだ。おもてなしとは、まだニューアンスがちがう。しかし、刺激の強い時代だ。驚きがあり、おもてなしを感じられるサービスを考えなければいけない。その一つ、夜景のご案内をしようと考えた。そして少しサプライズも加味したい。
2012.11.30
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神戸のハイソな住宅街に住む奥様方に料理を教えておられる、ご婦人に女性好みの会席のアドバイスを頂戴しました。通常、御所坊で提供させて頂いている会席料理の皿数や量を減らせて、八寸やお弁当のように一口大で料理を盛り込みさせて頂きました。 そして「別腹」といわれるデザートをたっぷりご用意します。写真はイメージで御所坊の関連の洋菓子屋、カフェドボウや有馬山叢 御所別墅のフレンチのパティシエ部門の協力を得て美味しいスイーツを盛り合わせます。そうそう和菓子も低カロリーでお勧めです。米からついた極上のお団子や三田の有名和菓子屋のお菓子等も盛り込みます。 そしてたっぷりと女性の方々におしゃべりを楽しんで頂いて温泉をご利用頂こうと考えました。御所坊の通常のプランと比べるとずいぶんお財布に優しい価格設定になっています。その理由に平日の月曜日から木曜日限定。4名様からのご利用に限定。さらに・・・・現金でお支払い限定という事になります。奥様方がお出かけになられるのに問題のない曜日ですし、お友達とお越しになる設定ですので4名様以上から受付や各自がたぶんお支払いされるので条件的には問題が無いかと思います。是非一度、御所坊のサイトをご覧ください。
2012.11.22
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楽天の今年の人気ランキングで紹介された御所坊のお風呂。一日に揚げる事の出来る画像数が決まっている為に先日の続きです。 女性が安心してご利用頂けるように、色々な配慮を行っています。例えば温泉の部分でも女性専用の部分も設けています。そこも格子が入っており、専用の空間を確保するとともに、外の景色を見る事ができるようにしています。その様な細部の仕掛けが浴場だけでなく、御所坊の空間全体に広がっています。
2012.11.21
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11月18日(日曜日)16:00~テレビ東京で放映された番組を紹介いたします。年末が近づくと、今年の○○ランキング・・・という番組が増えてきます。 日本信販が潰れたが、楽天市場は好調。カニの販売や牛肉の販売会社がランキングの上位を占めていました。またオカキやチョコレートなど訳あり商品で、安くて量の多いモノも人気があるようです。その楽天の三木谷社長にお墨付きという事で番組は始まりました。 その二番目のコーナーに・・・ このコーナーに御所坊が登場しました。しかし言えるのは有馬温泉のレベルが高いという事です。日本のベスト10に有馬の旅館が3軒入っている・・・・そりゃ競争は激しい 個性が強いと、このように注目は浴びるが、全ての人に好まれるという事はない。それでこのランキングというのは上出来だと思っています。そして個性的だからこそ番組の中で取り上げられたと思うのです。 なかなか視聴者の興味の引くコピーです。考えてみれば楽天市場で商品を売るコツはこの様な所に隠されているのかもしれません 一見単純に半混浴というときわどさを追求しているように思う方や嫌がる女性もおられることは事実です。でも見えないように徹底的に視線を研究して造っています。 ・・・ここで一日の画像のアップ量の制限が来てしまいました。続きは、又という事でお許し下さい。
2012.11.19
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いまさら当たり前のこと。ニーズは多様化している。おっちゃんが好む食。酒飲みが好む食。若い子が好む食。女性人が好む食。それぞれ違うはずだ。そして価格は誰が決めるのか!?売り手か買い手か!?阪神淡路大震災の時、宿泊客は皆無。そこで温泉と昼食を売り出すこととなった。価格はいくらにするか!?神戸市の観光課の職員と昼ごはんを食べながら彼らにいくらが良いかたずねた。彼らは「3.800円が限界」と言った。「じゃそれで行こう!」と決めた。多くの旅館の主人から「安すぎる!」と言われたが押し通した。当時はまだまだバブルの残像は残っていた。しかし御所坊は、つるべそば膳が2.300円、温泉が1.500円だったので3.800円で行くことは問題が無かった。それが現在の有馬温泉の昼の活況につながっている。そのことを思い出しながら先日、ある女性の女子会についての話を聞いた。料理について・・・「量が多い」確かに提供する側は量を少なくすることに抵抗がある。美味しい物を少しずつ、多種に・・・しかし彼女は具体的に指示をしてくれて助かった。八寸にお造りを盛り込んで、切り身も少なくてよい。椀物は理解できるけどいらない。油モノも半分で良い。肉は2種類のものを盛り合わせにして量を少なく・・・部屋は相部屋でよい。昨日の部屋だったら4名でもOK「イビキや歯軋りする人は?」と質問するとそんなん最初から言っておけば良いのよ!あ・・・われわれはかみさんや子供たちにイビキがうるさいといわれて、寝ているときに枕を投げつけられて虐げられてきた。だから一人で寝るほうが楽だ。それで・・・最後は「●●円だったらOK!」・・・・想定額より低い。でも、価格を決めるのは買い手・・・・と考えると女子会は平日月曜日から木曜日。割り勘にするなら現金でもOKだろう。その価格だと自社サイトのみで売る。最初から2名設定ははずして4名ぐらいから・・・試してみる価値はある。かつての3.800円だ
2012.11.17
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温泉のピンチといえば・・・(1)温泉疑惑問題、確か白骨温泉から始まった各地の温泉疑惑(2)レジオネラ菌による問題(3)有馬の温泉が出なくなった温泉は生き物といってよいと思うぐらい変化する。白骨温泉は半混浴風呂を考えた一番のきっかけの温泉地。白濁した湯が特徴だ。その白濁した湯を求めて人々が訪れたが、温泉の気まぐれか白濁しなかったそうだ。そこで草津温泉の入浴剤を入れた事から問題が全国に飛び火した。レジオネラ肺炎による死者が出て、温泉の殺菌の必要性が説かれるか、かけ流しは安全で、殺菌不要。殺菌を行うと発がん性物質が出るといった、お客様の誤解というか誤った情報が流れる。レジオネラ菌の対策については、また別の機会にお話ししたい。今回は(3)の温泉が出なくなった。源泉で地中に入っているパイプはケーシングとよばれる直径10センチぐらいのパイプの内側に、ようとう管とよばれる直径5センチぐらいの鉄管が入っている。まず ようとう管を入れ替える事になった。200メートルの深さのパイプを交換すると1本4メートルのパイプを50本繋がなければいけない。交換の作業も大変だ。管を底に落としてしまう事もあれば、再度入れようとしてもスケールが付いていてうまく入らない。その時はケーシングの内側のスケールを削らなければならない。それでも出ない。結局ケーシング全体を取り換える事になった。ケーシングは抜けないので、ケーシングと同じ大きさで削るように掘っていく。温泉のパイプは真っすぐ直線で地下には入っていると思われるが、実は岩石等の影響で曲がっているから、再度掘り直すというのは至難の業なのだ。それが出来ても、以前の温泉と違って非常にスケールが付きやすくなり、ようとう管の交換頻度が増すようになった。という事は、日々湯量が変化する事になった。そこで多い時は溜めておき、少ない時にそれを使用するといった備蓄タンクが必要になった。候補地は2か所結局、温泉の配湯槽に一番近い所に備蓄タンクを設けることにした。この構造は、お客さま方対象に「有馬の温泉講座」でご説明しているので、ここでは紹介を控えさせて頂きます。二階部分が空いたので、「湯屋松風」という貸切風呂にした。ここは有馬の源泉の湧きたてを供給できる有馬一の泉質の浴場だと自信を持っている。貸切風呂なので他人と一緒に入るのが嫌な人やアトピーなどに悩んでいる人に良いと思う。ご一報賜れば湯治のプランをご提案いたします。
2012.11.11
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有馬の温泉を加熱加温することなく適温で供給するのは至難の業だ。まず湯量が変化する。・泉源の湯量・泉源から御所坊に来るまでの道中の配管のつまり具合・-------季節。欲しい冬場は夏場に比べて全体量が少ない泉源から浴槽の中まで全ての配管を簡単に掃除できるようにしなければいけない。温泉とはパイプ掃除との闘いだといってよい。そして温泉は 浅才非学の僕をあざ笑うかの如く不思議な対応をする。当初男女の仕切りの上の方から温泉を滝の様に流すように考えていた。泉源の位置に比べて滝の出口が下だったら流れるはずだ。水は高い所から低い所に流れる。僕はそう習ってきた・・・ところが出ない。施工業者は絶対下だという。それは僕も理解できる。でも出ない。もちろん温泉は来ている。結局掃除用に設けた下のバルブを開け、そこから温泉を出した。何故でないのか未だに謎だ。温泉を供用開始して。1ヶ月ほどたった時。そのバルブをたまたま触った。すると・・・・僕の手の中でバルブは崩れてしまった・・・・金属のバルブが温泉の塩分で錆びてボロボロになってしまっていて、かろうじてビニールコーティングで形が保たれていたのだった。もう一つ。温泉の排水にスケールが付く事を想定して、出来るだけ太い排水管を設けた。しかし10年もたたないうちに詰まってしまった。これだけの太さの管が詰まってしまう。玄関を掘り返し、排水パイプを新たに設けて温泉以外の排水も加える事で詰まりにくくした。この管は、玄関の待合の所に、物置のようにして隠してある。このロッカーの扉を開けると、先ほどの配管が出てくる。この様に温泉に長く携わって来たのに想像できない事が起こる。温泉の湯量が多い時には正面に設けた透明のシャッターを開ける事で、自然冷却するとともに、限りなく露天風呂の雰囲気を味わってもらうシャッターも温泉の塩分による腐食との戦いを常に行っている。半露天風呂を味わってもらうのも想像以上にメンテナンス費用がかかる。ところが温泉が7~8年前から変化してきた。昭和22年に神戸市と合併し、23年から掘削を始めて30年から現在の高温の温泉が供給され出した。それ以前は金の湯前の飲泉の様に40度ぐらいの湯が自噴していた。泉源の地中のパイプが50~60年経過していたという事だ。おそらく腐食が進み、表面水が流入し、泉質が変わったのか湯量が激減してきた。御所坊は泉源より低い位置にあり、泉源からパイプで直接浴槽に温泉を引いていた為に比較的湯量に恵まれていた。だから昇温装置を設けていない。時には泉源から温泉が一滴も出なくなり、それが何カ月も続く事になった。泉源のケーシングとよばれる外側のパイプの交換は容易ではない。透明な温泉であれば沸かした湯を注げは見た目は変わらないが、有馬の温泉はそうはいかない。どうしようもないピンチを迎えた。
2012.11.09
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当時、男性の浴場だった部分を温泉の浴槽にする。有馬の温泉は時間が経つと酸化して温泉の成分がヘドロの様に底にたまる。掃除の事も考慮して浴槽の形状を円形から考える事にした。ここまでコンセプトをつくると、餅は餅屋、設計師は浴槽に至るスロープを確保した絵が出来上がった。浴槽の深さは浅い部分は通常の浴槽の深さ、60センチ。つまり座ると首が出る深さ。中央に行くほど深くする。仕切りの高さや位置は出来てから現場合わせにすることにした。御所坊の風呂の底は赤茶色の固い岩盤になっている。よく親父は「この岩盤の下から温泉が湧いてくる」と言っていた。実際ボーリングをして、この色の岩盤の下から温泉が出てくるという。そういえば、祖父の家に泉源があったという。現在のカフェドボウのエントランスの部分に泉源があったそうだ。金の湯の飲泉のすぐ近くだから出て、当然だろうなあ。工事期間は1ヶ月。この期間はさすがに休業するしかない。固い岩盤ゆえ浴槽を掘るにはてこずったが浴槽の形は出来上がった。ビール瓶の空箱をたくさん持ち込んで、仕切りをつくった。色々な角度から検証した。片方がうまく行っても、片方がダメになる。試行錯誤の連続だが、創造的な楽しい時間を費やして、ほぼ形は出来上がった。石積みの作業が行われ、明日には完成するという時に、親父が旅行から帰って来た。ほぼ出来上がった浴場を見て驚き、怒った。コンセプトを説明しても聞く耳を持たない。職人たちは「期限まではまだ時間がある。明日中に仕切りをもっと積み上げるか、どうか決めてくれ」と言って、その日は作業を終えた。親父が参列している町内の会合まで出かけて行って説得した。設計師たちも、これで駄目だったら設計料はもらえないなと覚悟したそうだった。ともかく1ヶ月、お客様のアンケートを取りながら様子を見て、それでもダメだったら、今後一切、親父の言う事を聞くという条件で工事を再開した。まずは出来上がり、当時テニスクラブの若い人たちに試しに入ってもらって感想を聞いた。彼ら彼女らの評判がよかったので、実際に一般のお客様にご利用頂き、場合によっては湯浴着を用意する事まで考えた。結果は現在まで続いている事で物語っている。(PS)旅館商売をやっていると色々な事が起こる。酒を飲むと歯止めが利かなくなる人もいる。ある土曜日の夕食時間帯。スタッフがびっくりして僕を呼びに来た。行ってみると、お風呂へ行く廊下の天井が抜けていた。そしてその残骸が点々と広間の方に続いていた。あらためて以前のお風呂の配置図を掲げるが、昔 番台のように風呂場の係員が待機する場所があった。何者かが、そこの天井の点検口から登って、女性の脱衣場の天井に行こうとして、天井をぶち抜いて落ちたのだ。その時は2組の団体客のご利用があった。どちらかが怪しい。一方は建設関係の会社。一見怪しいが、構造を知っているだけに踏み外す事はないだろう???しかし酒を飲んだから・・・もうひと組みは若いグループ・・・いまだに謎である。
2012.11.09
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女性の裸体に興味はないとはいわない。しかし見てはいけない裸体はあるはずだ。その逆もある。神の恩恵を感じる湯船から、より大きい湯船に、そして景色が良い展望大浴場に。さらに開放感を増して露天風呂に・・・N360から、いつかはクラウンに、サンルーフ付きの車からオープンカーの様に、温泉浴場は変わって来た。その次に来るものは???より開放的な混浴風呂ではないかと考えた。もし当時ヨーロッパの混浴温泉に行っていたら、さらに変わっていたと思う。少し脱線するが、ドイツ、バーデンバーデンの古い浴場にフレイドリッヒ・スパがある。ドイツは反ローマ帝国だったのか、ローマ風呂が快楽的な要素を盛り込んだのに対して、療養的な要素を重要とした。その為か利用者が少なかったという。そこで日本に視察旅行を行った。草津温泉に行ったようだ。そこで日本人が男女仲良く入る風景を見て、「温泉の活性化は混浴だ!」と悟ったという。以来、フレイドリッヒ・スパでは曜日を限定して混浴を行っている。それは今も続いているが、日本は混浴が廃れて行った。話は戻して、御所坊の浴場の間取りを考えながら混浴風呂が出来ないかレイアウトを考える日々が続いた。それと同時に若い女の子たちに「混浴はダメ?」と聞いて回った。当時はまだ若かったから良いが、今だったら問題になっていたかもしれない。「裸見られるのは嫌よ!」「湯が濁っているし、ボディラインは見えないよ!」その彼女達だってプールに行けば薄い水着を着てボディラインをさらしている。その事を言うと・・・「布があるだけで安心するのよ! いくら色が付いていても、知らない人がすぐ傍に来ると嫌よ!」・・・・あ! そうか! 考えてみれば赤ちゃんを湯船に入れる時に、ガーゼを持たせると安心するのか泣かないで湯につかる・・・女性にとって薄くても布があると安心するのだ。湯あみ着が必要か!?でもこれは最終手段だ。だったら男女の境を設けよう。堺はどのようなモノが良いのだろうか!?この質問を設計師にぶつけた。「・・・・・60センチ!」「何故?」「飲み屋の女性は知らない男性客の横に座るのは抵抗あるが、カウンター越しだと良いみたい。スナックのカウンターの一番狭い幅が60センチだ!」と二人の設計師は言った。60センチといえば人の肩幅がそのサイズ。カウンター席の隣との間が60センチ。女性にとって近くても安心できる距離が60センチ。男性にとって近くて遠い距離が60センチという事になる。そして、女性が安心して入れる混浴風呂のアイデアを図面にする作業が始まった。つづく・・・
2012.11.06
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真赤に色ついたモミジの垂れ下がった枝を見ると、御所坊の金郷泉を造った時の事を思い出します。造ろうと思ったきっかけは、松本から野麦峠を越えて高山に行く途中、白骨温泉に立ち寄り湯をした事がありました。親父と我々夫婦とまだ小さかった子供2人。 露天風呂から見える山々と、白濁した温泉の上に垂れさがるモミジが真っ赤に紅葉していたのが印象的でした。露天風呂は混浴で、湯につかってしまえばボディラインは見えない。しかし屋内の浴場から露天風呂に入る時はタオルで隠してもボディラインは見えてしまいます。その時、ふと・・・それより少し前の事を思い出しました。 妹が結婚するという事で、お別れ旅行に親父夫婦と妹と我々家族で湯村温泉に出かけました。湯村温泉の旅館も露天風呂はもともと混浴だった。しかしにわかに男女の境を設けた旅館に泊まりました。旅館に皆で来ると、幼い子供たちは大喜び! 「おじいちゃんと入る!」「おばあちゃんと入る!」と・・・しばらくして男女の境から向こうの声が聞こえてくると「おばあちゃんところに行きたい!」と言いだしました。向こうは反対にこちらに来たいと言い出しました。せっかく家族と来たのだから小さな子供は自由に行き来することができると良いだろうなあ・・・と考えたいたことを思い出しました。有馬温泉の温泉は赤茶色でボディラインは見えない。ここ白骨温泉のように湯船につかる所を見せないように造る事が出来れば良い。そういえば1年間お世話になった北海道の定山渓温泉のお風呂も混浴でした。女性専用のお風呂から扉を開けて女性は自分の意思で男性用の大きなお風呂に入れることができた。しかしそれが可能なのは湯量が豊富でお風呂が大きかったからです。浴場が大きく湯けむりであまり見えないのです。その当時の御所坊の浴場は、大きな風呂、小さな風呂、家族風呂が2つありました。 大小の風呂はその時の男女のお客様の割合で男湯、女湯を決めていました。家族風呂も小さかったですが、需要はありました。御所坊は特殊建造物に指定されていますので、増築するわけにはいきません。現在ある浴場のエリアの面積を拡大出来ないのです。現状の範囲で割り振りを決めなければなりません。100人乗りの電車があるとします。男性ばかり100人乗りこむと・・・「狭い!」とクレームが来るそうです。女性でも同様だそうです。ところが男女が各60人乗れば合計120人乗った事になりますが、それぞれ「せまい」「窮屈だ」と思わないといいます。そんな話を思い出しました。限られたスペースを最大限有効に利用する策として"大家族風呂が造れないか!"と考えたのです。普通家族風呂というのは夫婦・・・それに子供と入るケースが多い。しかしそれにおじいちゃんやおばあちゃんも一緒に入る。なんなら兄弟夫婦も一緒。おじいちゃんやおばあちゃんの金婚式や米寿の祝いなどに集まっても一緒に入る風呂をつくりたいと思ったのです。つづく・・・・
2012.11.06
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2012年の有馬温泉大茶会が終了した。今年は表千家の担当の年。2つ改めて気が付いたことがある。一つは確実にお茶の世界の人達も世代交代をしているという事。かつて親父たちが接待をしていたえらいさんの子弟の人達が表舞台に登場してきた。うちの息子たちの世代だ。世代が変わると今まで当たり前だと思っていたことが、ふと新しい視点で見られると「・・・え! 何故?」という事が起きる。太閤を偲ぶ有馬温泉大茶会・・・何も今まで気にしていなかった。「献茶式ってなに?」(掲載してある画像はすべて2012年のものではありません)家元が来られてお茶をたて、それを供える・・・ 「誰に供えるの?」そりゃ“太閤を偲ぶ”とあるから太閤さんにきまっているじゃないか?「何故? 善福寺で献茶式をするの?」(善福寺は御所坊の前にあり、神戸銘木100選に選ばれている「糸桜」が有名)確かに太閤さんのゆかりといえば、日暮らしの庭とよばれる瑞宝寺や太閤さんの正室、北野政所ねねさんゆかりの寺は念仏寺だ。どうやら今回初めて知ったことなのだが、善福寺は秀吉が建てたらしい。そして秀吉の位牌があるという。これは改めて調べなければならない。(PS)善福寺の末寺に阿弥陀堂があった。今の天神泉源の横。ここの坊主の頭の形が面白くて、秀吉がその頭の形に似せて造らせたのが阿弥陀堂釜といわれている。阿弥陀堂で秀吉は茶会を開いているので、善福寺になったという事になる。「利休は秀吉に切腹させられたのだろう? なのに何故 千家の人達が秀吉に茶を供えるの?」確かに有馬温泉で秀吉が茶会を開き、その3ヶ月後に利休は切腹を命じられている。有馬温泉で何かがあったのか?この謎を有馬のゲームにしようという話は何度かあった。しかし献茶式とは結び付けていなかった。たぶん第二次世界大戦後、温泉地も茶の世界も復興が優先で苦しい時代に結びついたアイデアだったのかもしれない。これも調べなければならない。しかし有馬温泉大茶会で御所坊にはお茶の関係の人達がお泊まりになる事で、色々なことを教えられることがある。『御所坊のさんま事件』というのがある。お茶会の時期はサンマの季節でもある。ある時備長炭でお造りにでも使用できるサンマを焼いて、焼きたてをすぐに会席の料理の順番を無視してお出しする事を考えた。御所坊の中庭にコンロを持ちだして、私と調理長とで焼いたことがある。大阪のおばさまには「旅館まで来てサンマは食べたくない!」とお叱りを受けたことがあったが、茶人のえらいさんは「これは美味い!」とお代りをされた。この辺が少し違うのだなあと思ったことがある。何年かは続けたが中庭に偲豊庵をつくったことで止めてしまった。二つ目の思い出は、お茶会というより11月の紅葉のシーズンに間に合わせようと考えて、夏休みの終わりから約1ヶ月かけて大浴場を改装し、今の半混浴、半露天風呂の金郷泉をつくった時の事だ。確かに今でも驚かれる造りの浴場だが、最終段階で旅行から帰って来た親父とぶつかった。「しきりを高くしろ!」・・・大分やりあったことがある。とりあえず様子を見ようという事で、やり過ごし現在にいたっているのだが、その時の親子げんかが、茶会の人達の接待の席で話題に上ったという。そりゃ茶会の人達も入浴したわけだから、ビックリされたのかもしれない。今、確かに世代交代の時期。親子でぶつかる事は多い。でもモノづくりは「モノ」と「つくり」が合わさった言葉。「もの思いにふける」というように、この場合のモノは単に物体をさす言葉ではない。「應物無方」という言葉があるように、モノというのは思想とか考え方をさす。応物無方とはモノ、考え方に「方」は形とか枠にとらわれない。つまりフリーな考え方で臨むという事だ。この姿勢で御所坊を代表する一つ「金郷泉」が造られた。そのモノづくりをこれからお話ししたい。つづく
2012.11.05
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