2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全20件 (20件中 1-20件目)
1

2015年の1月も早や月末となりました。イルミネーションといえばクリスマス時期の風物詩で、年が変わり新年気分もすっかり通り過ぎると、イルミネーションを話題にする人はいなくなります。私も、年末に銀座へ出掛けた折りに皆さんが撮影している間にまぎれて一緒に撮影していたのですが、写真だけ撮ってあって、アップするのを失念しておりました。写真は、JR有楽町駅前にある東京交通会館です。ここは東京都が所有する物件で、なかにはテナントとして各地方自治体のアンテナショップが入っていたりもするのですが、そのためもあってかイルミネーションも集客目的というよりは、街の賑やかさを演出するような借景として行われているように感じました。最近のイルミネーションは、もっぱらLEDになってしまって、省エネルギーになったのはいいことなのですけれども、真っ青と真っ白の二色のイルミは寒々としていて、観ていても楽しいというより早く帰宅したくなります(笑)。そういう意味では緑色の方が青に比べて温かみがあり、クリスマスツリーも想起させて時期に合っていると思いますがいかがでしょうか。白熱灯色も若干ですが、電灯とLEDでは味わいが異なる気がします。色温度で合わせると同じなのかもしれませんが、人が感じるものは色だけではないのかもしれませんね。もう少し明るめの「濁った色」がいいなあ~と思ったりします。感謝!
2015年01月30日
コメント(0)

久しぶりというか、お待ちかねというか、待ってましたというか、お約束というか、毎年恒例というか。牡蠣の天ぷら入りラーメンでございます。この1月のスペシャル・メニューですが、もうかれこれ17、8年ほど続く、超のつく人気メニューとなっており、月替わりの特別メニューのなかでも屈指の長寿商品となっています。私自身もお店から遠くなってしまったので、ずいぶんと久しぶりに知人と訪れたのですが、改めてマスターに聞いたら今年で開業20周年になるそうです。おめでとうございます!お互い歳を取るわけですね(苦笑)。肝心のお味の方ですが、すでに今月初旬に訪れたという、その友人いわく「違う」のだそうです。どう違うのかは、食べてのお楽しみ。今月末までです。感謝!
2015年01月29日
コメント(0)

えーっ!これがたったの100円!?というわけでワインのことは分からないミーちゃんとハーちゃんですが、最近話題のダイソー100円ワインを買い込んで試してみました。肝心のお味の方は、100円なら十分に美味しいと言えると思います!改めて考えてみると、250mlで100円ですから、フルボトル換算で300円。現地なら1ユーロ台だってあるわけですので、計算上の可能性はあったわけです。日本のテーブルワインて、元来舶来ものだった歴史に紛れて高すぎるんですよね。そこを規模の出口を持つダイソーと、貿易ノウハウを持つ三菱が風穴を開けたことが偉大です。そういう時系列でみると、日本のワイン史において歴史的に意義がある一本といえるかもしれません。低グレードの単一品種ワインですので、3口めには飽きてしまいますが、最初のインパクトだけで十二分な仕事をしてくれます。このダイソーの100円ワインは幸いにも単品種ワインなので、そこでテイスティングにはピッタリだと思って本日は帰りにステーキ肉を仕入れて参りました。言われるがままアメリカ牛の良いとこらしいのですが、焼いてみるとトウモロコシの甘さが滲み出てくる𠮷野家の肉厚版みたいな味で、テストした赤5種類のうち、なんとシラー、カベルネ・ソーヴィニョン、ピノ・ノワールが合わずに、メルローと白のヴィオニエが合う甘い話になってしまいました。なんだかちょっとイマイチだったので、調子に乗ってブラインド・ノージングにチャレンジしたら、これまた全然当たらず、次回肉抜きで再度挑戦いたします!もうそろそろ僕の欠点の凝り性が顔を出して、ソムリエまで遣り尽くしたくなりそうで自分でも恐いのですが、乗りかかった船ですので以下省略。まだシラフですよ?(笑)商品の方は、円安傾向の昨今では次回はあるかどうか分かりません。在庫のあるうちに是非。感謝!
2015年01月28日
コメント(0)

弁当が続いてきましたが、久方ぶりにムール貝でございます。ムールといえば、なぜか有名なのはベルギーはブリュッセルで、あそこは海に接していない内陸なのに、名物料理になっています。もうひとつ有名なのは、フランスのモン・サン=ミッシェルですが、あそこは海に接して養殖をしておりますが、訪れて消費する観光客の数が多いので、貝のサイズが小さく食べ物としての美味しさは少々悩ましいものがあります。だってパリで食べたほうが美味しかったりしますから。そういうわけで、ムールといえばマリエールが一押しですが、その濃厚な出汁が取れることから、塩味のホワイトスパゲッティはどうかということでした。答えはご覧の通りです♪たまに食べたいですね。感謝!
2015年01月27日
コメント(0)

この弁当は、会場で人気1、2を争う長い行列が出来ていたもので、次から次へと飛ぶように売れるので、驚いた一品です。ひつまぶしとは、うな重の豪華版のようなものですが、3通りの食べ方で楽しむのが特色です。ですが、最後の3膳目はお茶漬けにして食べるので、それを弁当でどうやって実現するのか?が関心の的になっていました。そこで、ちょっとミーハーですが、興味本位でひとつ購入しました。一番外のパッケージを開けると、「日本一のうなぎ生産地三河一色の蒲焼を味ご飯に豪華に盛り付け、日本一の抹茶生産地西尾の抹茶(展茶を挽いたもの)をのせ、日本一長い守口大根を添えた贅味あふれる日本一、名古屋の抹茶ひつまぶし」と、でかでかと書かれていて、度肝を抜かれます。売り子のおばちゃんが「全部入ってますから、そのまま食べていただけます」と言って売っていましたが、確かにスティック袋に入った抹茶も付いていますので、あとは白湯があれば抹茶でのお茶漬けも楽しめて、しっかりひつまぶししているという一品です(お茶は付いてきません)。ですが、よくよく見てみると、駅弁という表示はどこにもなく、いわゆるこれは相乗りの企画商品ということなのでしょう。列車のクロスシートはもちろん、特急などのリクライニング・シートで食べることすら想定していないと思われます。しかしながら、ここで4回も日本一を強調するあたり、さすが名古屋といったところで、腹が据わっているというか肝試しをされているというか、確かに非常に美味しいうなぎに加えて、薬味も充実しており、はったりをかます名に恥じない充実した内容の豪華なお弁当です。見方によっては、これで千円台で食べられるのですから、貴重な食材となったうなぎの弁当としてはコスパは最高かもしれないとも思いました。私個人の駅弁に対する評価基準は、オーセンティックかどうかということですので、これはあくまで番外編ですが、形骸化して味が評価できない駅売りの弁当よりは、数倍も素晴らしい弁当だと胸を張ってここに断言いたします。見事な売れ行きも天晴れです!感謝!
2015年01月26日
コメント(0)

今回の元祖有名駅弁と全国うまいもの大会の白眉をご紹介させてください。それは、秋田・大館駅の「鶏樽めし」です。大館の鶏めしは、知る人ぞ知る一部で有名な駅弁ですが、今回の樽状の容器は復刻版だそうです。味はもちろん天下一品ですが、この復刻物語が涙なくして食べられないような素晴らしいもので、弁当に同封されていた説明書きを写します。「【鶏樽めし】とは、昭和45年~51年頃に販売されていた駅弁でお客様から大変ご好評いただいておりました。ところがその頃、容器を作る金型が壊れてしまい、当時の花善には資金的な余裕もなく苦渋の決断で販売を取りやめた商品です。当時を知るお客様には古き良き時代を懐かしみ当事を思い出して頂き、当時を知らないお客様には、花善の鶏めしの歴史を知って頂きたいという思いが込められております。「掛紙」について 掛かみは当時使用されていた物を一部修正し作成致しました。掛紙のデザインは秋田県と青森県の県境にある「矢岳峠」をイメージしたものと考えられ、掛紙中央にいる鶏は、昭和17年に国の天然記念物に指定された「比内鶏」、毎年8月16日に大館で行われる「大文字まつり」の「大」の字が山の部分に描かれ、さらに、当時と変わらずクラフト紙に印刷することで時代を感じさせるものとなっております。「容器」について 今回の復刻にあたり、容器の樽は花善の倉庫から見つかりましたが、蓋に関しては見つける事が出来ず、花善の従業員や元従業員などに聞いてまわりましたが、見つけだす事が出来ませんでした。最後の望みをかけて、新聞広告に【鶏樽めし】の蓋を探していると掲載した所、当日中に多数のお客様から持っているとの連絡を頂き、それをお借りする事で、当時の色や形を出来る限り忠実に再現致しました。お品書き鶏めし 当時は「キヨニシキ」という米を使用しておりましたが、今では栽培する農家もほとんどいない為、今回の復刻では現在も使用している「あきたこまち」を使用致しました。製法・調味料は今も変わりませんが、時代に合わせ味を調整しており、現在の鶏めしに比べ、だいぶ甘味が抑えられた昔懐かしい素朴な味をご賞味下さい。鶏肉の甘辛煮 国産鶏肉を使用し、当時から変わらぬ西方で甘辛く味付けされた鶏肉となっております。ホタテの甘露煮 青森県むつ湾産を使用し、当時の味付けを知る従業員(勤続四七年)が、当時の味付けを思い出しながら納得いくまで何度も作り直し復刻にこだわった一品です。いそあげ(蒲鉾) 【鶏樽めし】で使用していた蒲鉾は秋田市にある宮城屋蒲鉾店様の「いそあげ」という商品を使用しており、現在では廃盤商品となっておりました。しかしながら、復刻の企画を説明したところ、当時と変わらぬ製法・味で作ってもらう事を快諾頂きました。「いそあげ」の由来は魚肉に海苔を巻いた事で磯の香りをイメージして作られたそうです。厚焼き玉子 過去の鶏めし弁当で人気のおかずでもあった厚焼き玉子。当時の味を思い出しながら何度も作り直し、当時の味を再現致しました。椎茸甘露煮 昔から変わらぬ製法と素朴な味付けの椎茸甘露煮で根強い人気があります。なら漬け 秋田県産のカタウリを使用し、昭和四十年代から変わらぬ製法で漬け込んだこだわりのなら漬けです。栗の甘露煮 昔から変わらぬ栗の甘露煮。鶏めしに彩を加えております。紅生姜 国産の紅生姜を昔ながらの製法で味付けしたものとなっております。おてふき・箸 おてふきは昔懐かしいデザインをそのままに、箸袋も当時の記憶をたどり作成致しました。現在の花善では、秋田県産の杉箸を使用しておりますが、復刻にこだわり当時使用していた樺材の箸を使用し、細部にわたって忠実に再現致しました。花善さんは折詰ごご専門のようですので、この樽容器は特別なのでしょう。また食材も特別にお願いして作ってもらっているとのことですので、それらの理由で期間限定なのだろうと思います。一見、ノスタルジーを売り物にしているようにも見えますが、それだけで箸まで拘ることは普通やりませんよね。単なる駅弁といえばそれまでですが、こういうことがきっかけで非常に大切になる財産と巡り合えることがあるものです。私は今回、伝統というものを有難く頂きました。もし機会がありましたら是非に。感謝!
2015年01月23日
コメント(0)

瀬戸内のあなごを食べて感動したのは、宇高連絡船が廃止になるというので出掛けていった高松でのことだったと思います。もう記憶があいまいになってきているのですが、行きは連絡船のなかにあったうどん(それがいま高松駅の改札脇にある「連絡船うどん」です)を食べ、それはそれで初めて食べる本場の讃岐うどんの美味しさに感激したのですが、帰りは駅弁を買うことにして、安く手軽に買えるもののなかから選んだような気がします。その(比較的)安かった駅弁の美味しさに、さらにいっそう感動したので、折詰の青く四角いパッケージは宇高連絡船廃止旅行の大切な土産として持って帰ってきたと思います。その素晴らしい思い出があり、今回の駅弁フェアでは数ある、また多くの人が並んで待っている有名orボリューム駅弁を横に、まっさきに「あなごめし」を買いに走りました。「あなごめし」といえば宮島口が有名で、たしか今回のイベントに参加されていたと思いますが、そちらは現地同様数量限定で、しかも超がつく人気商品ですので、有閑マダムにはとても敵わず、皆さんがスルーしてしまうところを頂いてきました。うやうやしくひと口頂くと、あの時あの場所のあなごめしの記憶が蘇ります。確かに、あの味なのです。もう美味しくてありがたくて、涙が出てきそうになり、感謝していただきました。やはり瀬戸内のあなごは天下一品です。こうして20年以上の時間が過ぎてもなお、当時の味わいを再び体験できることで、生きていてよかったとおおげさでなく思うものです。次もまた思い出になるような食べ方をしたいですね。感謝!
2015年01月22日
コメント(0)

京王百貨店の有名企画である駅弁まつりが20日まで開催されて合間を縫って覗いてきました。なんと50回の記念大会だったそうです。驚いたのは、フロアにあふれんばかりの人出で、定番というか基本というか、横川の峠の釜めしや森のいかめしなど飛ぶように売れる商品があることに加えて、今回は大阪で人気の551蓬莱が関東初出店とかで階段下まで行列が出来ていて、ここまでくると駅弁フェアなのかどうか分かりませんが、同時開催の全国うまいもの展も同じく賑わって素晴らしいのひとことです。全体の雰囲気としては、このように駅弁のなかでも定番商品やボリュームたっぷりの肉を使った弁当が人気度高いわけですが、上記のように話題性の高い商品という切り口では「あまちゃん」で有名となった三陸鉄道の「うに弁当」も飛ぶように売れていて、まだまだ人気健在の様子でした。私はといえば、もっぱら伝統的な「本当の駅弁」にこそ、楽しみに買いに出掛ける価値があると考えていまして、ときどき東京駅などでも買えるものは避け、大規模イベントだからこそ入手できるものを選びました。それは、岐阜は高山本線高山駅の「飛騨牛しぐれ寿司」です。もちろんパッケージも撮影したのですが、手違いで削除してしまったようで外観がありません。すみません。しかし、パッケージに小さく印字されている「ローストビーフ」の文字がもったいないくらい、非常に美味しい半生火通しの牛ロースが並んでおり、ひと口含んだだけで「こんなに美味しい駅弁があったのか」と思わんばかりの充実振りです。またローストビーフだけでなく、牛肉を甘辛く煮込んだバラも入っており、確かに飛騨牛は有名ですが、その美味しさを十二分に引き出して美味しい食べ方をプロデュースしているところが素晴らしく、これだけを食べるために岐阜・高山まで旅に出ようかと思っていまうくらいでした。そういえば、岐阜県にはきちんと降り立ったことがありませんので、まだまだ行かなければいけないところがたくさんあるのだなと感じ入った次第です。感謝!
2015年01月21日
コメント(0)

21世紀の現代で、高崎から蒸気機関車の列車に乗りたい場合に、上越線と信越線と2つの選択肢から自由に選べるなどというのは、ほとんど奇跡に近いようなことに違いないと思います。その奇跡に近いような選択肢のうち、前者の上越線については普段はC61牽引であることが多く、後者の信越線についてはD51牽引であることが多いのですが、列車運転の都合や機関車のメンテナンスの都合等々によって、上越線にD51が入線することもあります。すると、終点の水上駅に到着後、折り返し復路の上り列車を牽引すべくターンテーブルで機回しをするわけですが、その旧水上機関区の跡地でもう一両静態保存されているD51とランデブーすることになります。その静態保存機がD51 745です。蒸気機関車牽引列車に乗って分かることは、客車に乗ってみると肝心の機関車は見えないことで、終点でターンテーブルに載るイベントがあったとしても、間近に寄って好きなだけ見たり触ったりすることはできません。また、現役で営業列車を牽引する看板商品だからか、まるで新車のように綺麗に洗われていて、過度にお化粧を施したようなちょっと現実離れした感じすら受けてしまいます。しかし、こちらは静態でこそあれ、囲いもされず自由に見て触ることができるので、実際に現役当時に近い距離感をもっており、また装備品等の欠品も少なくて、可動部品に触れる等、最高の静態保存機ではないかと思っています。こういう実際に触れる展示こそ、産業遺産保存の王道だと思いますので、今後も大切にしていきたいものですね。感謝!
2015年01月20日
コメント(0)

毎年続いて世間を賑わせている蒸気機関車関連のニュースですが、先日には山口線での牽引機として、従来のC56 160に代わって梅小路で動態保存されてきたD51 200が整備の上充てられる旨が報道されました。D51といえば、100号機の話は聞きませんが、300号機は先日見事に修復されお披露目されたと知人からニュースが入ってきました。200号機といえば、中央本線の中津川区でA氏が整備に携わっていた個体のはずで、勾配線区のトンネル越えのために後年装備されたものなど色々とお伺いしたものです。その同じく中央西線で走っていたのがこの792号機で、青いナンバープレートは稲沢区の貨物機である証左です。現役時には、排煙装置が装備されていた煙突も、現在はクルクルパー(回転羽はついていないそうです)となっており、オリジナルに近い形態を保持しています。個人的には、この方が蒸機らしく感じられて好ましいと思っています。私が訪問したときは、月一度の奉仕清掃の日で、大変ありがたいことにお仲間に加えていただき、本来ならば庫内手として台枠の下に潜り込まねばならないところ、ナンバープレート磨きの栄誉まで頂いて、煙室戸を閉める体験もさせていただきました。本機で特筆すべきは、シリンダーの先でピストンが往復運動を繰り返すうちにピストンリングが磨耗で減り、ピストンが下に落ちてくる、個体ごとに異なるそのクリアランスを記したプレートが貼られていることです。こんな保存機は他に見たことがありません。これこそ、静態とはいえ蒸機を保存する皆様の熱い情熱と、現役時代から変わらぬ高い志の証左だと思います。この素晴らしい中津川区で可愛がられた僚機が21世紀に復活するのは、蒸機保存に携わっている保存会の皆さまにとって、これ以上のご褒美はないでしょう。おめでとうございます!感謝。
2015年01月19日
コメント(0)

旧京都駅の島式ホームの反対側で出発準備をしているように見えたブルートレインは、日本を代表する貨物用蒸気機関車としておなじみのデゴイチの2号機でした。ふつうD51の記事ということになると、お約束のように蒸気の貨物機であるとか、C型とD型の違いであるとか、最大生産台数のことが話題になるものですが、それはマスコミや他の方にお任せするとして、ここで申し上げたいのは、梅小路に新しい博物館施設ができると、D51もC62と同様に1号機と2号機とが一同に会すことになるということです。日本で最大の蒸気機関車として有名なC62に加えて、一番人気でポピュラーなD51についても、トップナンバーと2号機が揃うというのは、保存展示施設だからという理由を差し引いてもなお他では真似のできない素晴らしいことです。新施設では、ぜひともこのインパクトを最大限活かした話題づくりと展示方法を実現していただき、C62とD51が4両並んだ扇形庫からスワローエンゼルが仕業を始めるシーンを演出していただきたいと願っています。さて、当機に関する私個人の興味関心といえば、なめくじ型の初期型になじみがなかったということもあり、煙突からキセ・エンドまでのケーシングの形態であるとか、砂撒管がどのような形状をしているのか、といったことでした。また、本機で興味深かった、といいますか気がついてしまった点としてはキャブに製造銘板が存在しなかったことですが、昭和11年川崎車両製と案内板に記載がありました。とはいえ、画竜点睛を欠くというものではないかと思いますので、梅小路展示までに復元をお願いしたいです。その案内板を転記すると、「昭和10年代、貨物が激しく増えつづけ、より強力な蒸気機関車が必要となって製造された大形の貨物用蒸気機関車である。長年つちかってきた知識と経験のすべてがそそがれ性能、実用性ともにすぐれた蒸気機関車となった。昭和10年代に1,115両が製造され、昭和40年代ころまで全国で貨物輸送をになったが、やがて電気やディーゼル機関車と交代してすべて廃車された。製造両数、性能ともに日本を代表する蒸気機関車であった。」感謝!
2015年01月16日
コメント(0)

なぜか不思議で仕方がないのですが、昨今は蒸気機関車がブームとのことで、C61 20が復元されたあたりから毎年のように蒸気機関車に関する話題がマスコミを賑わしています。もちろん蒸機好きとしては、グッド・ニュースには違いなく、国鉄が分割民営化され営利性を追求する民間企業となった後でもそのまま維持するのか精一杯かと思われた博物館でさえ、大宮にスケールアップした施設が大好評とみるや、相対的に財政に余裕のない西日本でも大阪・弁天町の交通科学館を閉鎖して、京都の梅小路に一体化・巨大化した施設を開設するとアナウンスされました。田舎育ちの当方としましては、秋葉原すらなかなか出掛けられなかったところ、上方など夢の彼方でしたので、貴重な保存機については触れずじまいとなっていました。そういう訳で、これも交錯する記憶を確かめるべく訪れたのが、C62の26号機です。交錯する記憶とは、尾灯や砂撒管のことであり、記憶のなかで現役だった50号機は絵だったとはいえ砂撒管が露出しており、当時貪るように読んだ雑誌などの写真も露出しているものだとばかり思っていたのですが、実際に初めて動くC62を見た小樽の山線を走る3号機は砂撒管が見えず、びっくり仰天・驚いたものでした。また前端梁をみると、尾灯が埋め込まれていて、このあたりも検証したい事のひとつでしたが、今となっては山陽本線や呉線で使われたであろうことが形態から理解できるようになりましたので、それぞれの理由を理解できるようになったことと、それを確認できたことで十分でした。それはテンダの後部灯がシールドビームであることも、併せてのことで、瀬野八での使用を物語っていることを味わう楽しみでもあります。このように、保存機には現役時代の動く機械としての証拠と、展示財としての資料性との両面があり、その両方を合わせて一度に味わえるのは、少しは私の技量も上がってきたのかな、とうれしい発見となりました。感謝!
2015年01月15日
コメント(0)

天皇が列車で国内を移動する場合、現代では電車になってしまいましたが、その前は専用の電気機関車が牽引する列車で、その列車をお召し列車と称しました。そのお召し専用の電気機関車が登場する前は、蒸気機関車を使用していたわけですので、各地の機関区毎にお召し列車運転の連絡があると、牽引する機関車を選定して入念に整備をしたうえ、用いられたそうです。その蒸気機関車が最後にお召し列車を牽引したのが、このC57 117号機です。お召し牽引機というのは、上記のような経緯を持つため、機関区のなかでも花形機であり、蒸気機関車の時代が終わろうとするときには、真っ先に保存の対象としてリストアップされるものですが、残念ながら当機は保存されず解体されてしまい、主動輪だけが東京・祐天寺に保存されています。主動輪とは、C型蒸気機関車では3対ある動輪のうち2番目のものであり、シリンダーからの往復運動を主連棒を介して、動力に転換して回転運動させる重要な役目をもつものです。このある意味で蒸気機関車の足ともいえる部分が、21世紀となった現在でもギアオイルの匂いを漂わせて鋳鉄の存在感を表しています。近づいてボックスのなかを覗き込むと、中子で抜いたボックスと機械でC面加工を施した輪芯を観察することができます。このように、本来ならばお召し牽引機として現代なら復元を求める声すら上がりそうな気さえする当機ですが、廃車解体時に払下げを求めると既に車籍を抹消した後だからか、当時の鉄材相場×目方と運搬費用で東京までやってきたとのことでした。東京にいらっしゃる場合には、静態保存機も結構ですけれども、手の届く範囲で最高の保存をされている、このような機体にもぜひご興味を持っていただけることを期待いたします。感謝!
2015年01月14日
コメント(0)

縁起の良くない始まりで申し訳ないのですが、伯父鬼が亡くなり久しぶりに訪れた福島で寄り道をしてもらって、見に行ったのが旧会津線のC11です。それを思い出したのも、汽罐車展でご一緒させていただいた折の会津線?只見線?の写真を見つけたからです。C11といえば新橋のSL広場でもおなじみで、日本で蒸気機関車というなら、デゴイチことD51か、または最大の超弩級であったC62か、はたまた全国各地で一番身近だったC11かというところではないでしょうか。そのどこにでもあるC11の保存機というと、その小ささのせいか、実はあまり見かけることはなく、改めて考えてみると、ここで観たのがしっかりとした観察という意味では、初めてだったかもしれないと思いました。この個体は、会津抜海駅に保存されていたものが、旧滝の原から田島までの電化と新駅舎落成に併せて、移転公開されたのではないか?とこのように記憶が曖昧なのですが、簡単に検索する限りでは、地元の高校に保存されていたようです。いずれにしても、綺麗で広くなった会津田島駅には驚きました。形態的には、デフレクターが標準型ではなく、九州の門鉄デフを装備しているところと炭庫に風通し穴が開けられているのが特徴で、なぜ東北の蒸気機関車に九州のデフが付いているのか?と思いましたが、もともとは福知山から九州に移動となり、最後の全検有効期間中に会津若松へ移動となって、支線の列車牽引に用いられたようです。後部のナンバープレートが失われているところなどは、その元来もつ表情を失ってしまって少々寂しいですが、地元の保存会の方々が毎月清掃作業をして維持に努めてくださっているご様子で頭が下がります。老朽化による危険やアスベストの処理など、維持コストの増大を前に解体される機体が出てきているなか、人々の足となって働いた機関車は歴史の証人として永く保存していただけましたらと願ってやみません。囲いフェンスに添えられた、当機の案内板の内容を転記しておきましょう。「C11ー254号蒸気機関車この蒸気機関車は、昭和9年国鉄会津線が開通して以来、昭和49年まで会津地方の鉄路をひた走り、地域発展のため活躍した蒸気機関車です。時代の進展とともに、その役割を終了いたしました。平成2年には、浅草~会津田島間が直通電車により運転されるようになり、これを記念し展示するものです。なお、機関車の形式などは次のとおりです。形式 C11-254船長 12.650m幅 2.936m高さ 3.990m重量 68.06トン最大馬力 610馬力最高速度 85km/H田島町」田島の名前も過去のものとなりましたが、ご当地の人々は駅や線路端で、このように一日に数本やってくる列車を眺めたことでしょう。感謝!
2015年01月13日
コメント(0)

あるときスーパーで、スペインの有名なイベリコ豚のロース肉が販売されていまして、いくらなんでもカツにして食べてはもったいないと色々と思案したのですが、ブラウン・マッシュルームと一緒にソテーしたら美味しそうだということになりまして、これでスパゲッティにしようと思い至りました。そのときは、何故かどうしてもブラウン・マッシュルームがなく、そうこうしているうちに豚肉が傷んでしまいそうで、この企画はいったんキャンセルとなってしまい、別の肉で作ってみたもののやはりどうしても同じイメージの味にはなりませんでした。それからリベンジを誓って約1ヶ月ほど経ち、ふたたびイベリコ豚を入手しましたので、今度は用意周到にマッシュルームやルッコラなども仕込んで、当初のイメージの通りにスパゲッティーニ・ビアンキにしてみたところ、まったくビンゴな味に仕上がってヤッホー・ブルーイング!という具合です。スペインとかイタリアに出掛けると、こういう動物性たんぱく質と茸などの野菜とパスタをオリーブオイルで食べる美味しさ、というのがあるのですが、最近とんとご無沙汰でしたので、ちょっとしたイタリア気分となりました♪感謝!
2015年01月09日
コメント(0)

こちらも初めてで驚いた一件です。初めてみるマセラティの現行ギブリです。私は追越車線を走行していたのですが、サイドミラーに何やら異様な形態のクルマを発見して、それは何となくマセラティだとは思いましたが、クアトロポルテではなく、先日アップしたグランカブリオでもなく、一体何か?と思ってあえて減速し、先に行かせてから後ろに付いたら「Ghibli」の文字と、さらに異様なリアの造形が目に飛び込んできました。シャシーをクアトロポルテと共用して、フロントは同一メーカの共同意匠である必要性は理解できるのですが、なぜまた自由なはずのリアの造形がこのようになってしまうのか?不思議というよりは異様という感じがいたしましたが、皆さまいかがでしょうか?しかも白を選んで買うかな?(笑)感謝!
2015年01月08日
コメント(0)

こんどは打って変わって、超が付くほど有名な浅草は浅草寺の通称雷門です。が、この雷門といわれて想起する巨大提灯には、何と書かれているでしょうか?答えは「小舟町」です。えぇ!と思われるでしょう?意外と皆さんきちんと見ていないもので、改めて聞かれると分からなかったりするのですが、では続けて第2問です。この提灯の裏側には、何と書かれているでしょうか?ここまでくると、もう皆さん分からないでしょう!(笑)答えは「風雷神門」です。じつは、私は浅草寺に来たのが数十年ぶりでして、山門の提灯に何と書かれているかなど、まったく記憶にありませんでした。幸いにも、日中はもはや日本語が通じないかのような浅草ですが、夜になり店が閉まると観光客もいなくなるので、こうしてゆっくり見て回ることができます。もちろん何もありませんが(笑)実際に訪れたのは、時間的に前後して暮れも押し迫った頃であり、各お店(のほとんど全て)には、立派な門松や松飾がなされていたのが印象的でした。これは、立派な日本の伝統ですので、これからも末永くぜひ続けていただきたいと切に願って、有難く引き上げてきました。感謝!
2015年01月07日
コメント(0)

相州とは相模国、現在の神奈川県の旧武蔵国を除いた大部分です。旧国名は、現在でも自動車のナンバープレートに名残が残っており、相撲と紛らわしいため冗談のネタとされていますが、「さがみ」と読みます。その相州の三大神輿と呼ばれた大神輿を、初詣の際に拝んできました。旧柏尾通大山道沿いは門沢橋です。ここでは、元旦の正午から執り行われる元旦際に合わせて、祭典の屋台囃子が披露され、祝い事に合わせたように見事な神輿がご披露されていました。ご当地の方の解説によれば、神輿というのは大きく威勢よく如何にも重そうに見えて、その実は軽くて担ぎやすいのが良い神輿なのだそうで、この巨大神輿は2tくらいあるのでは?と思いきやおそらく600kgくらいしかないだろうとのことで、一同唖然としたものです。見えないところに拘る美学こそ粋というものですね。正月から有難いご利益を頂いたような気がいたしました。感謝!
2015年01月06日
コメント(0)

故石川元則先生作「イチャリバチョーデー」の5日です。毎日ゼロになる月曜ゼロになる一日ゼロになる正月ゼロになる0からの出発だ感謝!
2015年01月05日
コメント(0)
明けまして おめでとうございますお健やかに 佳き新春をお迎えのことと お慶び申しあげます昨年も同じようにご挨拶したのは、ついこの間のような気がいたしますが、あっという間に一年が過ぎてしまいました昨年は師走に選挙があり慌しい年末でしたが、投票にはいらっしゃいましたでしょうか 国政選挙でしたので、当選した議員の方は国会で法律を作るのが仕事となります ところで、日本にはいくつ法律があるかご存知ですか? 答えは2480余です法律はルールですので、法律がなければ自由なところを法律があると自由が縛られることになります そう考えると、法律は少ないほうがよさそうですし、議員の仕事も少ないほうがよさそう、議員の数も行政の仕事も少ないほうがよさそう、となります法律やルールは面倒な世界ですが、より知ることでより良く生きるという側面もあるでしょう 皆さまがより良くよりスマートに生きられるよう、本年も法律手続の無料化を進めてまいります本年も倍旧のご厚誼を賜りますよう どうぞよろしくお願い申しあげます
2015年01月01日
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1
![]()
![]()
